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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    STAP細胞論文問題で、新たに二つの図表の捏造を認定された小保方晴子氏が、理研に対して不服申し立てをしなかったことが6日分かった。昨年3月に認定された別の2件の捏造・改ざんと合わせて計4件の不正が確定し、一連の不正調査は終結する。理研はSTAP細胞の有無を確かめる検証実験などで中断していた懲戒手続きを、同日中にも再開する。
     
    理研の規定では、不服申し立ては調査委員会で研究不正を認定された当事者が通知を受けてから10日以内にできるとされ、1月5日が期限だった。発表当日に小保方氏側の受理を確認したというが、腑に落ちない懲戒前の退職だ。ありもしないSTAP細胞をあるかのように見せかけて研究費を騙し取った疑いもあり、立件されれば欺罪での刑事告訴も考えられる案件だ。
     
    これについて野依良治理事長は、「STAP論文が公表されてからこの 10ヶ月間余り、小保方晴子氏にはさまざまな心労が重なってきたことと思います。このたび退職願が提出されましたが、これ以上心の負担が増すことを懸念し、本人の意志を尊重することとしました。前途ある若者なので、前向きに新しい人生を歩まれることを期待しています。」とのコメント文を発表した。
     
    野依理事長は、笹井氏の発生・再生科学総合研究センター副センター長の辞任を認めなかったことで、同氏の自殺に要因になったことを懸念したと思われる。小保方氏は笹井氏の一件で利権側の強い処分を逃れたのかも知れない。巷いわれている研究費や給与報酬の返還は見送られる可能性が高く、退職している事もあって、「処分相当」のペナルティで収束するのでは…
     
    小保方氏は自分の口から何の説明することなく世間の闇に消えた恰好だが、今に思えば佐村河内氏はさすがに男である。孔子は「女子と小人(しようじん)とは養い難し」と言った。女子と器量の小さい者は節度をわきまえず、何かと扱い難いとの意味だが、小保方氏の科学者としての不甲斐なさは、孔子の言葉を印象づけるとともに世間の女に対する甘さを実感する。
     
    女に「正々堂々」なる言葉はないのだろうか?素っ頓狂な顔で平然と嘘をつく小保方類の女は腐るほど見てきたが、都合が悪くなると涙を見せたり、具合が悪い、身体の調子が悪いなどと場を逃れんとする。自分も若かった時分は、そういう女のズルさが許せなかったが、これが女のやり方と思えば、それ以上のものを女に求める気はすっかり失せてしまった。
     
    STAP細胞の存在はほとんどないという科学的論拠のなか、「STAP細胞はあります」と言った彼女に、本人にしかできないコツ、レシピがあるならと与えられたチャンスであった。小保方氏は「魂の限界」まで尽くしたと述べたが、そこまでいうなら200回以上作成したというのは常識的に嘘だったと言うしかない。何が「魂の限界」だ。「ダマシの限界」だろ?
     
    つまらん女を見させられた。もし彼女が自分の手柄欲しさに世間を欺いたとするなら、こういう人間を輩出した彼女の生育環境に問題を感じる。親も兄弟も友人も恋人も、彼女の「私はこう思う」に押し切られ、人を簡単に押し切る(欺く)と言う事がなんとも簡単に、安易に、それが彼女にとって多くのことが「押し切る術」と育まれ、身につけたのではないか?
     
    周囲を煙に巻く性向を幼少時期から彼女が育んだと、自分はそう考える。たとえば、一度万引きで成功すると、それが旨みになるように。レイプに成功するとまたやってみたくなるように。とどの果ては捕まるまでやり続けてしまうのは、成功体験が旨みとして沁みついたのだろう。躊躇った悪事が成功したとき、こんなに簡単なのか?これが「旨み」の実態だ。
     
    小保方氏からの不服申し立てがないことで理研は6日小保方氏の不正を確定した。と同じ日、日本音楽著作権協会(JASRAC)は、ゴーストライター騒動渦中の佐村河内守氏との著作権信託契約を、昨年12月31日付解除と発表した。佐村河内氏は先の会見で「著作権を自ら放棄することはない」と言ったが、JASRACは昨年1~3月期から著作権使用料の分配を凍結していた。
     
    当然といえば当然の決定だ。佐村河内氏は新垣氏にあやかり多分な報酬を手にしたが、新垣氏自身が名乗り出たことを相当恨んでいるらしく、会見では新垣氏を「名誉毀損で訴えます」と発言した。何が名誉毀損にあたるのかといえば、二人の嘘の関係を新垣氏が、何度も「やめよう」と提案したと証言したのを嘘であり、18年間で一度だけだと佐村河内はいう。
     
    公正なことが自らに不利益だから名誉毀損という論理をかざすバカ。さらに、楽曲制作において「新垣氏に曲の内容と構成とギャラを提示する。すると彼は、最初は首を横に振ります。そして私が値段を釣り上げると、渋い顔をしてもう少し値段を釣り上げると、彼は笑顔で『いいですよ』と。18年間ずっとそうでした。」と恩人新垣氏を貶めることに躍起になる。
     
    訴訟を起こす意向を示した佐村河内氏は、「弁護士の方は内定しています。」とし、加えて「新垣さんを絶対に訴える。けど、他の人はそうすべきかを考えている」と言葉を濁す。 二人組の強盗が長年盗みを働いていた。ある日、相方が「もう止めにしよう」といった。それを相手が、「何度も言ってない、一度だけで、こういう嘘は名誉毀損」と言ってると同じ。
     
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    長年悪事を続けると、悪事が正しくなる人間の愚かさ。公金横領事件の当事者は、最初は1万円から始まるが、1000万になっても、1億使い込んでも判明しないからと額が膨らんでしまう。逮捕後は一様に「見つからないのでどんどん増えていきました」と言う。浪費家は金がなくなるまで使い続けるし、それでも懲りないバカは借金をしてまで使い続ける。
     
    袋を開けたポテトチップスはつい最後まで食べてしまう。あれを半分で止められる人はなかなか意思の固い達人であろう。自分も黒かりんとうの袋を開けて、全部食べきらなかった事はかつて一度もない。何度も袋を閉じ、輪ゴムで縛るのだが、その輪ゴムを取ってしまう時の快感。制約を打破するときの快感こそが、人間の生の実在感に思えてしまう。
     
    幸せを得るための生き方として宗教に入信し、教義に殉じてそれで幸せになれるとしても、人間が真に求める「生」の実在感を手に入れたとは思えない。自分が教科書や宗教を否定する理由はそこにある。それで幸福になれたとしても、乞食の自由さに比べると何という不自由さであろう。そんな幸福に価値を見出せない。自由に生きた代償は死であっても。
     
    映画『イントゥ・ザ・ワイルド』の原作は、ジョン・クラカワーのノンフィクション小説『荒野へ』である。裕福な家庭に生まれたクリスは物質的に恵まれた境遇を厭うが、裕福さが彼を頑なにしたのではなく、親の育て方に問題があったことは明白だ。現に同じ裕福な家庭に生を受けたfacebookの創設者マーク・ザッカーバーグの父親は、物質的教育を行わなかった。
     
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    裕福な家庭に生まれてバカになる人間も、貧困家庭に生まれて卑屈になる人間も、親の育て方一つであり、どちらの子どもに罪はない。生まれたときから始終傍にいる親の影響力の大きさを自覚し、認識する親であるなら、貧困家庭に生まれた子どもにも生きる活力を与えることはできるし、裕福家庭に生まれた子どもを甘えたバカにさせる事も避けられるだろう。
     
    秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大、大阪大附属池田小事件の宅間守の家庭が如何に問題であったか。加藤の完璧主義者の母は常に完璧を求めた。母親の作文指導にあった「10秒ルール」。兄弟が作文を書いている横で母が「検閲」しながら、「この熟語を使った意図は?」などの質問が飛んでき、答えられずにいると母が、「10、9、8...」とカウントダウンを始める。
     
    「0」になるとビンタが飛んでくる。問題における正解は常に母の好みの答えに限定されていた。加藤が中1の時、『食事の途中で母が突然智大に激高し、廊下に新聞を敷き始め、その上にご飯や味噌汁などのその日の食事を全部ばらまいて、「そこで食べなさい!」と言い放った。智大は泣きながら新聞紙の上に積まれた食事を食べた。父黙って助け船も出さない。
     
    狂信的な母の仕込みもあって加藤の小中学校時代は成績優秀スポーツ万能で、母の期待に応え県立青森高校に入学するが、優秀な生徒が集まる高校で埋没し成績も低迷する。母に暴力を振ったり部屋の壁に穴を空け、教室の窓ガラスを素手で割ったりが始まるが、反動の要因は母親の欲望を満たす為にのみ長期に渡って欲求を抑圧する生活を続けていたからだと思われる。
     
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    「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」。智大の弟優次は、この1週間後に自ら命を絶った。
     
    死の一週間前に優次はこのように漏らしている。「餓死って難しいですね。10日目に水を飲んでしまった。なぜ餓死か?いちばん苦しそうだから。やっぱり、加害者は苦しまなければいけない。楽に死んではいけないんです。唯一心配なのは、母親です。事件発生時の母は病的に取り乱していて、思い出すといまだにザワザワします。その母親が僕の死を知ったらどうなるのか…」
     
    宅間守の成育環境が悲しい。彼は刑場に消える最後の最後、「妻に僕がありがとうと言っていたと伝えてください」の言葉を残し、死刑台に立った。「なあ裁判長さん!わし死ぬ前は美味いもん食わせてもらえるんやろか!」と暴言を吐いていた宅間が、最後はジュースとタバコしか口にしなかった。彼の所望したジュース、タバコの味は格別だったのではないか。
     
    母親が宅間を身篭ったとき、「あかん、コレおろしたい」と言ったという。大人になった宅間がそれを知り、母親を半ば拉致し犯した。以後、数十人の女とsexしながら結婚したのは何十才も年上の女ばかり、それも教師や看護士といった人たち。3番目の妻に過去の経歴(前科11犯)がばれて逃げられた時、「戻ってこんとビール瓶で顔ずたずたにしたる!」と強迫した。
     
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    数百万の借金をして興信所を使い、執拗に妻をストーカーをしたというが、宅間の精神は小学校3年生レベルと精神科医が言うように、もしかしたら母親の愛情を求めてた小学3年生のままだったのか。最期に礼を述べた妻とは、実際には触れ合った事もない、獄中結婚した支援者女性。自分の味方になってくれる人や甘やかしてくれる人には弱い人間であったようだ。
     
    宅間 :「わしが殺したガキどもは、わしの自殺の為の踏み台の為に、生きていたんやな!ほんま、感謝しとる。 あのガキが8人死んでくれたから、俺が死ねるんやから 感謝せなあかん!死んでくれてありがとう!! でも、死刑になるだけやったら3人で十分やったな。残りの5人はおまけで感謝しといたる!」(法廷における勝手な暴言)

    裁判長 :「被告は不穏当な発言を控えなさい!」(かまわず宅間は暴言を吐き続ける)

    宅間 :「人間なんて一瞬で死ぬんやで!ワシの人生の幕引きの道連れに、 ガキが死んだだけや!そやからワシには反省や申し訳ない気持ちはないし、 後悔もない!しょうもない貧乏たれの人生やったら今回のこのパターンの方 がよかったんや。あるんは自分への後悔だけや!なんで、幼稚園にせんかったんやろ?幼稚園ならもっと殺せたと今でもこんなんことばかり考えてしまうんや、なんで、ダンプにせんかったんやろ、その方が数もいけた!
     
    親父を殺しておればもっと違う人生があったかもしれん、○○(元妻)の顔をあの時ズタズタにしてやればよかった。何でせえへんかったんやろと今でも、ほんま、後悔しとる。まあ、いずれにせよ、こんなひどい人生に終止符を打てられて、ほんま、幸せや!死刑は、はようにしてな!そや、裁判長、死ぬ前日はうまいもんでも食いたいが、ワシ、うまいもん、食べれるやろうか!」(裁判長が退廷を命じる) 
     
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    加藤智大や宅間守のような人間がなぜ生まれるかにおいて家庭要因は大。傲慢で近視眼の加藤の母、それを黙認する父、どちらの責任も重い。自分の父も母の言動を黙認したが、母の目をかいくぐって愛情を見せてくれた。それがなかったら、双方に見棄てられたと感じたろう。父の黙認は自分が母への反抗をも黙認、母は父に助けを求めたが我関せずの父だった。
     
    父の黙認は母に遠慮してではなく、母の性格を知り尽くした父は下手に口出しをすれば火に油を注ぐのが分っていた。母は独善者であり神であり、「触らぬ神に祟りなし」を実践していた。加藤の狂気行動後における警察の事情聴取で、父親は手を前に組み、淡々と話したが、母親はハンカチを口にあて、疲れ切った表情で終始うつむいたままであった。
     
    息子が犯行を行ったの日が自分の誕生日の翌日だったという母親は、父親が記者の質問に答えている途中、急に力を失ってひざから崩れ落ち、頭をうなだれ、土下座するような形でそのまま動けなくなっていた。会見が終わっても立ち上がれぬ母親を父親が抱きかかえ、カーテンが閉め切られた自宅の中へ入っていった。この姿を視聴者がどう感じたか察しがつく。

    息子への教育を正しいと妄信する母は、斯くの事態で社会に言葉を発せず狼狽する姿は、まさに内弁慶の自分の母と同じである。外部で自分の起こした謝罪に奔走する父、畳に頭を擦り付けて詫びる父に胸が痛んだが、そのことで自分を叱ることも嫌味を言う事もなかった。何もせずに家でぶつくさいうのを待ち構える母は卑怯者の愚か者にしか見えなかった。
     
     
    責任を取ろうという行動も起こさず、文句の限りをいうだけの親などナニクソであろう。加藤の父の黙認と言う自己責任はある。言葉にして世間に謝罪する父であるが、足が震えて倒れこんで、よろけるような母に教育を委ねた責任を父は痛感したであろうか?何よりやるせなかったのは、加藤と生活を共にするということで加害責任を感じて自殺した弟である。
     
    こういう母親を野放し状態にした父親を断罪するのは、自分が男として、父親としてだけではなく、人間としてである。無思慮な女の暴走を食い止めるには、血で血を洗う覚悟がいるし、それでこそ父親だ。会見中、倒れた妻を無視して社会への謝罪を続行した父に、唯一男らしさを見たが、悲惨な結果が出る前に母親の暴走を食い止めるべきであった。
     

     

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    埼玉県朝霞第三中2年の齋藤杏花さん(当時13歳)が、昨年3月に行方不明になって10カ月が経過した。埼玉県警は事件・事故に巻き込まれた可能性も含め、地道な捜索を続けている。先の1月15日で14歳を迎えた杏花さんの父、紀明さん(45)と母、真希子さん(41)は、昨日テレビの行方不明者捜索の生放送で呼びかけたが、北九州近辺での目撃情報が相次いだ。
     
    杏花さんの行方が分からなくなったのは昨年3月10日午後3時45分ごろで、自宅前で10代くらいとおぼしき男性と話しているところを近所の人が目撃したのを最後に、携帯電話や財布も家においたまま、制服姿の着衣で消えた。その日は、放課後に習っていたエレクトーンと塾に行く日だったこともあり、杏花さんは部活を休み、家が近所の友人と家路についていた。
     
    同日午後5時ごろ、真希子さんが仕事から帰宅すると、ポストに杏花さんとよく似た筆跡で「家も学校もちょっと休みたいです。しばらく友達の家です。さがさないで下さい」とメモ書きが残されていた。「変なイタズラかな」と思いながら不審に思いながら玄関を開けると、いつもあるはずの杏花さんのスニーカーがない。室内を探しても娘の姿はなかった。
     
    学校に電話をかけると副担任が「ホームルームまではいました。帰ったはずですが…」と返答があった。思いつく連絡先に電話をかけ、近所を探し回ったが、見つからなかった。通報するのは気が引けたが、午後8時前に県警朝霞署に届け出た。数日後、自宅には杏花さんの名前入りで「元気で過ごしている迷惑掛けてごめんなさい」などと書かれた手紙が届いた。
     
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    手紙には同県上尾市内の3月15日の消印が押され、切手が貼られていない状態だった。しかし、捜査関係者によると、指紋採取や筆跡鑑定をしても、杏花さん本人が手紙を書いたと断定する証拠は見つからなかったという。「家出じゃないの?」周囲から向けられる疑問の声に、両親は「それはない」と首を振る。杏花さんが初めて1人で買い物に行ったのは中学1年の夏。
     
    「電車の乗り方もまだ分からないような子。1人で出かけるとは考えられない」と真希子さんは言うが、電車に1人で乗ってどこかに行くということならばである。4月には熱が出ていても「休みたくない」と言うくらい熱中していたバレエの発表会の練習が始まるというが親の思い込みもある。バレエもエレクトーンも楽しくない事もあるし、それを親に隠す子も多い。
     
    嫌なことを親に悟られないよう我慢する子にむしろストレスは多くなる。ポストに投函されたメモ書きの筆跡は杏花さんの字に間違いないと親はいうが、親宛のメモに"齋藤杏花"とフルネームは不自然。県警は携帯電話やパソコンなどの履歴をさかのぼり、同級生への聞き取り調査も行ったが、周辺でのトラブルは確認できず、失踪の前日に変わった様子もない。
     
    真希子さんは「母親として杏花の全てを知っているわけではないが、うまくいってないことがあればすぐに気がつくはず」と首をひねるが、親は子どもについて実は無知であるものだ。なぜなら、子どもは親に見せない自分をたくさん持っている。着替えなど身支度をしての家出は大人の家出で、子どもの確信的家出が着の身着のままであっても何ら不思議でない。
     
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    制服姿で財布も携帯も置いたままというが、財布(お金)は誰かに依存するなら必要性はないし、携帯は誰かが「置いてくるように…」と周到に指示されたならそうするはずだ。ただ、"自宅前で10代くらいとおぼしき男性と話している"というのは、確信的家出としては解せない。あらかじめ用意された家出なら、自宅から離れたポイントで待ち合わせをするはず。
     
    県警の捜査は縮小されたが、自宅を伺う捜査員も親も、「なんでこんなことになってしまったんだろう」と、突然悲しみに襲われることもあり、その都度捜す会のメンバーの励ましや、「早く杏花を見つけてあげたい」という一心で何とか心を奮い立せてきた。クリスマスは母娘でケーキを選び、紀明さんお手製のチキンを食べるのが齋藤家の恒例行事であった。
     
    いつでも帰ってこられるよう杏花さんの部屋は、いなくなったときのままにしてある。真希子さんは失踪前も今も変わらず杏花さんの部屋で眠り、紀明さんは「お父さんは杏花をいつも待っている」、真希子さんは「風化させないでどうか力を貸してください」と声をつまらせる。杏花さんは眉が薄くいわば朝鮮系顔。まさか北朝鮮による拉致はないだろう。
     
    栃木県旧今市市(現・日光市)の小学1年生・吉田有希ちゃん(享年7歳)が殺害されて8年半の年月が経ったが、2014年6月3日、事件は急展開をみせ、まもなく同県鹿沼市在住の無職・勝又拓哉容疑者(32才)が殺人容疑で逮捕された。やっとのことで犯人が逮捕されたこの事件だが、発生当初は物的証拠に乏しく、迷宮入りも囁かれていたほどの難事件であった。
     
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    逮捕のきっかけとなったのは"驚愕"というしかない。まさに「事実は小説より奇なり」であった。事件発生から半年後の2006年8月、何の手がかりも得られず、困り果てたある捜査員は、藁をも掴む心境で地元で名の知られたひとりの占い師・A子さん(49才)の元を訪れていた。A子さんは、初めて警察が訪れた時の様子をこう振り返る。
     
    「8月中旬、まだ暑い日のことでした。栃木県警矢板署の刑事さん2人が、自宅まで来られて、“捜査が難航していまして、透視していただけませんか?”と言われました。彼らは有希ちゃんの写真を持ってきていました。刑事さんは、私の透視能力の話を近所で聞かれたみたいで、ぜひ今後の捜査の参考にしたいということで、うちに見えられたようです。」
     
    当時、A子さんの透視で見えたものは以下のようなものだった。
     
    ◎犯人は26~30才くらいの男性。目がくりっとして特徴的で、ほんの少し釣り目気味。髪の毛は耳が隠れるくらいの長さで、前髪を少し上にあげている。ヒゲはない。

    ◎犯人は「たくちゃん」の名で呼ばれている。

    ◎犯人が乗っている車は、ステーションワゴンのような形。有希ちゃんを連れ去った後は、日光市内の4車線道路を茨城方面に走り、その後、栃木方面に戻っているのだが、その際に迷走した。途中で、道路沿いの白い公衆トイレにも寄っている。

    ◎車の中で有希ちゃんが泣き出したため、途中、日光市内の山道に入り、朽ちた家屋や廃車、壊れた家電製品、粗大ゴミが捨てられている場所で、有希ちゃんを脇に抱えて地面におろし、刃物で刺して殺害した。方角でいえば、日光市内の東の方。刃物は両側に刃がついた特殊なものだった。

    ◎犯人は、有希ちゃんを殺害した後、車の脇でメンソールのたばこを吸っていた。脱がせた衣類や靴は車の後部座席に置き、ランドセルは石を詰めて、どこか池のようなところに沈ませた。遺体は近くの水場で洗ったのか、傷口以外はきれいだった。
     
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    これらがA子さんが透視した結果から得られた情報だが、このときは残念ながら犯人に結びつく物証は出てこなかった。それでも、捜査員は山中の現場で廃屋や家電ゴミなどがA子さんの言った通りの場所にあり、一様に驚いていた。さらに衝撃的なのは、彼女はこの時点で「たくちゃん」という呼び名を警察に伝えていたことだ。容疑者の名前は"拓哉"と言った。
     
    他にも目の特徴、髪の毛、髭の有無などもピタリと言い当てていた。というがこれをどうみるか?たまたま偶然と自分は断じる。名前や特徴が、"たまたま"、"偶然"にしては確率的にいってもあり得ないというが、偶然というのはあり得ないほど奇異なことが起こる。自分は20歳のときに、大阪府下の八尾市の駅で、高校時代に最も中の良かったSと偶然出会った。
     
    自分も広島から八尾の友人のところに遊びに来てたし、Sも広島から友人に会いに来ていた。1分の時間差が違ったら実現しない奇跡的な出会いであったが、たまたま諸条件が合致した事になる。これほどの経験をした人間として、少々の偶然を驚く事はなくなった。あり得ない偶然もあり得るという経験である。透視ができる人間を透視能力者という。
     
    そういう能力を人間は持つことができるのだろうか?過去にどこかで起こった事件についての透視とは、事件にまつわる何かが透視者の頭の中に映像として映るというが、物理的にどういうことなのか?我々でも、経験していない事や想像上のことを頭の中で映像として浮かべることはできる。木星や土星の側を宇宙船にのって飛んだり遊覧したりも想像可能だ。
     
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    一切はイマジネーションであって、一般的に透視能力というのはいくつか異なる要素が一緒に語られていたりするが、そのうちひとつが、「箱の中身や封筒の中に描かれている記号・文字などを読み取る力」。もうひとつが、"遠隔透視"といわれ、「ある事件が発生したときに、その事件発生当時の状況・出来事を断片的に感じ取る力」が透視能力と紹介されている。
     
    透視と霊視は違うらしいが、自分的には厳密に区分けの意味を感じないので一緒に考えている。例えば箱の中に入っているものを箱の外側から透かして見えるというなら、そういう透視能力が人間に備わるはずがない。X線と言う放射線の世界である。しかし、箱の中身を想像する力は人間なら100%所有している。したがって、中身が当たる当たらないはヤマ勘である。
     
    試験の出題傾向に強いヤマ勘能力を発揮する人間はいた。たまたまなのか、合理的推察力なのか、で、それが能力か否かを誰が判定するのか。友人がそれを「あいつは凄い能力だ」と思えばその程度のもの。もう一つ想像とは別に、「箱の中身や封筒の中に描かれている記号・文字などを読み取ること」に関して、それを実現することが出来る、複数の"感覚"が存在する。
     
    例えば、記号・文字が鮮やかな色で書かれているものであれば、「電磁波感覚」の一種で「色彩を体感的に感じ取ることが出来る感覚」から、そこに描かれている形状(文字・形)を判断することは可能であろう。この感覚を活用するには"鮮やかな色彩"で記されているということが条件となる。「白・黒」の場合、色彩エネルギーが存在していないので、判別は難しい。
     
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    また、箱の中身が、「自然素材由来の要素」であれば、そこに残留している"自然エネルギー"を感じることで、「植物素材」、「動物性の革素材」などの素材感を感じ取ることは出来る可能性はあり、訓練によって感覚感度が鍛えられていれば、なんとなくの全体の形状(細部詳細はわからなくとも、球体か立方体かなど)は、判別できる可能性はなくはない。
     
    いずれにしてもこれらは透視力といったものではなく、前者の場合は「色エネルギー感覚」であり、後者の場合は「自然エネルギー感覚」の活用である。遠隔透視能力はどうか?事件発生当時の状況・出来事を断片的に感じ取る力を遠隔透視能力という呼び方がおかしい。「遠方の状況を把握する」、「過去の出来事・状況を把握する」ということであって透視ではない。
     
    また、上記のようなことが出来る人(便宜的に遠隔透視と呼ぶ)は、「亡くなった人や霊体を感じたり、交信したりする」ことが出来るケースが多い。これは何故かというと、遠隔透視が出来る人は「自分の生命エネルギーが身体から分離させられる」特徴を有し、これは基本的には、誰しもが深い睡眠時に、生命エネルギーと身体エネルギーを分離することが出来る。
     
    遠隔透視”が可能な人は、この分離(幽体離脱とも言う)を少々意識的に行うことが出来るといわれている。また、意識的に分離は出来ないが、日常的に「生命エネルギーと身体が多少分離した状態となっている」人がおり、こういう人も、遠隔透視などが可能となっているケースがある。まあ、否定するためにはそれなりの根拠がいるから、「自分は信じない」で罪はない。
     
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    最も、「自分は透視能力者である」というお方側に罪がある場合が多い。透視者を海外から呼んできて事件の透視解決をする特番などを見ていると、透視者の"我を信じなさい"という自信に満ちた態度が、依頼者には信じなければいけないように気持ちにさせられるようだ。「新宿の母」といわれる占い師に恋愛相談をした時点で術中にはまっているようなもの。
     
    論理的に物事を思考する男に、思いつきでアレコレ言われてもね~。占いの行列に男が並んでいないのを見れば分る。あらかじめ決まった運命を占い師に聞くなどというより、運命は自力で切り開いていくという志向が男には強い。「当たった、当たった、すごいよ」というが、相手は幾度となく恋愛相談を受けた人、少ない情報からおおよその見当はつくものよ。
     
    人生経験を積むことであらゆる体験をし、また他人の体現を耳目にすれば、そいった豊富な経験から人と人の機微について分ることが多い。自分は霊能者でもスピリチュアリストでもないが、他人の少ない情報からいろいろなものが見えてくるし、当たることが多い。当たっても当たらなくても人間の勉強だという姿勢さえあれば、自然と洞察能力は磨かれるもの。
      
    霊能者のいってることを一方的にきくのではなく、あくまでも対等性意識で質疑応答形式にしたら、いかなる霊能者、スピリチュアリストであろうが、根を上げると思われる。自分なら根を上げさせる自信がある。「あなたの前世は河童ですね~」といわれて、「ああ、そうなんですか」ではつまらない。どんな河童?身長は?体系は?人相は?色は?兄弟は?
     
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    いくらでも聞く事はあろう。適当に「前世は河童」では承服しかねる。江原とかいう奴も、もうちょっと行方不明者の捜索とか、結果の出ることで自身の評価を問うならいいが、しょーもない個人のナンたらカンたらばかりで何の公益性?商売もいいが、その合間にでいいんだし、キチンと透視できるなら礼も受け取れようが、「そんなん分るか!」ということか?
     
    杏花さんの安否や不明時の状況を特定できる人間はこの世にいないし、どこぞの男による拉致誘拐にしろ、合意の上での逃避行にしろ、13歳という年齢からして隠匿生活は早晩飽きてくる。友だちや学校や家が恋しくなったときには、隙をみて姿を現す。監禁・軟禁状態にしても男が彼女から目を離す時間はあるはずで、生きているならそうなるだろう。
     
     

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    彼女の失踪における可能性としては、①家出、②誘拐、③某国による拉致の3つだが、③について、今の時期に日本人を拉致するメリットはなく、可能性は極めて小。よって家出か誘拐であろう。先ずは家出の線から思考してみる。家出といっても、①単独、②協力者の存在、が考えられるが、単独行動にしては目撃情報もなく定点カメラで確認もされていない。
     
    財布・携帯不所持に制服姿という、生きて行く面からみても単独家出の線は薄いし、家出動機も不明。親との喧嘩や、言い合いした後に感情的に手ぶらで家を飛び出す事はあり、親に心配をかけるための"プチ家出"というのが言われたりの時世だが、家出と違ってプチ家出は2~3日で帰るとか、寝るときと食事時だけ帰るとか、まあ、情けない甘ったれた家出である。
     
     
    杏花さんと親とはそういう状況になく、親も家出するなどの心当たりはないと言う。となると残るは誘拐か?児童誘拐には2種類あって、2014年7月にあった岡山女児誘拐監禁事件は、女児の自宅近くの路上で連れ去る際、刃物のようなものを突き付け、「殺すぞ」と脅して連れ去り、自宅などに監禁ケースと、少女があらかじめ顔見知りの男と合意の上に逃避するケースがある。
     
    後者は威圧的・暴力的ではないが、18歳未満の婦女を合意といえども、連れまわすのは青少年保護育成条例違反に該当するが、杏花さんのように長期に及ぶ場合は、未成年者略取誘拐となる。高橋ジョージと三船美佳も当時は15歳と39歳であり、青少年育成条例違反などと言われたが、30歳と18歳未満の少女であっても恋愛関係なら法に該当しないという例外規定がある。
     
    男女間の恋愛に法は無力であるが、13歳の少女を親権者以外が連れまわすのは、双方が恋愛と言い張っても未成年者略取誘拐で起訴されるだろう。少女に乞われても懇願されても、夜の遅くまで引き回すなどとんでもないし、家に帰るよう説得するのが真っ当な社会人である。「家に帰りたくない。ずっと一緒にいて…」などの言葉でデレ~と鼻の下を伸ばすようではダメだ。
     
    母親のいうように家出の理由、つまり家にいたくない理由があったかなかったかは、本人以外は親といえども分らない。杏花さんが残した手書きのメモには「家も学校もちょっと休みたいです。しばらく友達の家です。さがさないでください」と書かれてあった。この"家を休みたい"という耳慣れぬ言葉に正直驚いた。学校を休む、会社を休む、クラブを、塾を休むというのはある。
     
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    が、「家を休む」という言葉はこの世に存在するのだろうか?杏花さんが始めて使った言葉ではないか思うが、どうしてこういう言葉が生まれたのだろう。「家を休む」とは何を意味するのか?この斬新な言葉の意味をいろいろ考えた末に、家を休むとは、"子供である事を少し止めたい"の言い回しではないのか?つまり、家とは親と子で成り立っている。その家を休むと子どもが言う。
     
    これは子ども(でいることを)休みたいと聞こえるのだ。子どもである事を休みたいなら家にいては成り立たない。だから家を出る。彼女はそれを実践した。子どもである事を休みたいのは、子どもであることが嫌だったにちがいない。このような言い回しをするような子は、親に反抗できない、あるいは、嫌なことを嫌と言えない性格であり、ハッキリものを言う子ならこうは言わない。
     
    「家が嫌なのでしばらく出ます。さがさないでください」などと書くのでは?家出をすれば学校は必然的に登校できないので、あえて書く必要はない。彼女は家を出たかった理由を「家を休みたい」と表現したのだろう。彼女の今までの親におもねた生き方からして、親が嫌だった、ウザかった、苦痛だったなどの強い言葉を発せない、発したくないお利口さんであったと推察する。
     
    それが家を休みたいという表現になったと見る。子でいることが嫌だったと見る。子にとって家庭は生活の源泉である。親が嫌いでも家庭を捨てることはどういうことか?たちまち生きるを放棄することになる。なぜなら、親と大喧嘩しても親は飯を食わせてくれるわけだ。親憎しといえども、家庭を捨てるのは容易でない。ところが、彼女はそれを実行した。
     
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    「お母さんもお父さんも大嫌い」といわれるより、家出される方がショックは大きい。確実に親を否定された訳だから。にも関わらず杏花さんの親は、嫌われる理由はない、うまくいっていたと言ったりするところに、子の心に気づかない抜け落ちた部分があったはずだ。心当たりがないというくらい鈍感な親ではないのか?別段この親に恨み辛みはないが、親が好きなら家を出ない。
     
    杏花さんの親は家出などと思いたくないではなく、寸分家出などと思っていないように思う。本音は分らないが、これだけ家出の状況が濃いにも関わらず、自分たちは拒否された、見棄てられたとは思えないのだろうか。再度いうが、親が好きで大切なら家出はしない。だから誘拐となる。親子の問題が何もないという前提なら100%誘拐であろう。本当にそういえるのか?
     
    親の子どもに対する基本的な姿勢は、「うちの子に限って…」であろう。しかし、これは自分に言わせるとメデタイ親である。あらゆる可能性と、子の心親知らずという危機感に即して子どもと接していれば、「うちの子に限って…」などの言葉は出てはこない。子どもが成人していろいろなことを子どもたちから聞き及ぶに、親ってのは子どもの10%も知らなかったである。
     
    自戒ではなく、そういうものだという親子の摂理として感じたこと。子どもは澄ました顔をして親に隠れて生きているものだし、それを何でも知っている、分っているなどという親は危機感のないメデタイ親である。こういう親ほど、子どもが起こした行動にショックを受けるのではないかと。物事を善意に、いいようにしか解釈しないから、裏の部分に眼が行かない。
     
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    行かない=ない、と断定してオワリだ。「知らない」ことは「ない」ではないということ。単に知らないだけであるということ。齋藤杏花さんの行方不明の根本としてそこを感じる。親を好きで愛していれば、心配をかけるような事はしない。多少の落ち度や過ちは起こしたとしても、心で親に詫びるものだ。が、杏花さんの行為が家出であるなら、親が障害であったのだ。
     
    よって男といる事は何ら苦にならない。学校や塾や家庭から自由になる事がこれほど楽しいことかと感じるはずだ。さほど今までの生活に深刻な問題がなくとも、それらを上回る自由さが新鮮に感じられる。男との性的な問題は、これは人によっても違うから、虜になる子もいれば、さほどという子もいる。もし、性的強要が苦痛や負担というなら、逃げ出す算段をするかも…。
     
    実は正月5日に中学二年生の女子に相談を受けた。彼女は母親を極度に嫌っていたその理由は、携帯にあった学校の友人以外のアドやメールや電話番号を全て消去されたこと。それで彼女がした事はネットで出会った男のアドや携帯電話番号を別の秘密のノートに書き写し、1回1回メールや電話はその都度時分で消していたという。結局、携帯を持っている以上こう言う事ができる。
     
    それを親が消したから安心と思っているのだからお笑いだ。で、結局彼女は22歳の男と数度のメールで処女を渡したという。男とはそれ以後プッツンとなったという。男から見れば大体の事情は飲みこめるが、そこは中二の少女。きっと連絡がある事を信じて待ち続けているという。メールをしても電話をかけても音沙汰ない相手に対し、事情を呑み込めないでいる。
     
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    自分にとってのよくないイメージで想像する事もしない。ただただ、ひたすら待ち続けるという。罪な男だが、彼女にとっては罪ではない。あわば、彼女は男の罪というものを理解できない憐れな子羊である。彼女の居住する湘南から荻窪まで会いに行った行為を無防備と思うが、この子らに「無防備」という言葉は死語のようだ。会いたいから会う、とただそれだけ。
     
    会ってどうなるという想像力より、会いたいが優先するから危惧は相殺されるだろう。何が起こっても当たり前という感覚だから、それを「無防備」と言う。厳し過ぎる親に対する反動が、彼女が彼女自身を粗末にしているといえば言い過ぎだろうか?少女にとって自分を大切にするとはどう言う事かが判っていない。せめて、親を心で裏切らないでおこうという気概もない。
     
    親に粗末な扱いを受けていると感じ、彼女の無防備な行為が自虐的であるかないかも判断できない。親に対する敵対心が自虐心を増幅させているように思う。やり逃げ同然の男でも、親よりは数倍大事にされたのだろう。ラインのやり取りのコピーを見て、少女に今後の防備を教えるのは難しいが、少なくとも親の傲慢さが少女を「家庭」の外に追い出している。
     
    彼女の行為を親は目糞ほどとて考えられないだろう。決して不良ではないし、素行が悪いという少女ではない。いわゆる真面目な部類であるが、そういう真面目な子であるがゆえに親が傲慢でいれる。して、親がこういう子を崩していくのかも知れない。締め付けに対する反動は怖い。少女の相手、22歳の男はイケメンであった。だから少女はすぐにヨレてしまう。
     
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    ジャニーズ系に憧れる少女が誰しもかかるハシカのように。おじさんが中学生の少女に「無防備」を説教する時代ではないと言えるほどに、無防備など当たり前の少女の感性だ。ネットというひろ~い世界の中で、少女がイケメンと出会うことの確率が高まり、それが見知らぬ相手といえども、すべてを投げ出してもいいほど満足感をイケメンは彼女たちに与える。
     
    韓流イケメンにうつつを抜かすオバサンと変わりはない。サカリのついた女が出会い系でいとも簡単、その日のうちに見知らぬ他人と会う時代である。これも現代風的"いきずりの恋"というのだろう。道端がネットになっただけのこと。不安よりも性欲が優先し、手軽に叶うツールを時代は生んだ。一生懸命に女を口説いた時代の勇士から見れば、なんと殺伐とした時代であろう。
     
    ネット世界の怖さは、メールや掲示板で少し話しただけの見知らぬ相手は、見知らぬ相手でなくなってしまう。道で声をかけられるのも、ネットで声をかけられるのも同じという時代になってしまった。知らない人に道で声をかけられると警戒するのに、なぜかネットでは警戒心が薄れてしまう。その大きな原因は姿形が見えないのと、自分を秘匿できるからだ。
     
    こちらから言わない限り、一切を秘匿できる気軽さが気を大きくさせる。20歳の男に道で声かけられてすぐにアパートまでついて行く少女はゼロに近いくらいに少ないが、ナンパをされたいという意思を持っている少女なら多少数字があがる。に比べて、自分が相手を求めて参入するネットは「わたしは異性を求めていますよ」という合図を相手に発信している。
     
    イメージ 6これならバカでもチョンでも女をゲットできる。口説きの上手さ、言葉のニュアンスなど無用の長物であり、無機的な文字会話のみで事が足りる。「出会い系」なるサイトでは、数分で話がまとまるなど当たり前の時代。鎧や兜をかなぐり捨てた女が、「ムラムラしてるので会える人いませんか?」と呼びかける時代。下半身に人格を持たない人間が中学生頃から養われていく時代。
     
    初体験年齢が小・中・高では女子が男子を上回る時代など、我々には考えられなかったが現実となる。少女の「無防備」さが死語になったならそれも当然であろう。社会が純潔を煽る時代にあっては少女は煽られ、社会が性を煽る時代に少女は煽られる。いつの時代もマーペースなのが男である。いや、むしろ草食系男が増加しているという現象も、我々には信じ難い。
     
    もし、齋藤杏花さんがネットで好意的男の存在があったなら、警察は彼女の相手との通話やメールを確認していると思われる。しかし、10か月経っても進展しないのは存在の確認が出来ていない可能性が高い。不明になったときの書置きメモは全文公開されたが、9日後に上尾局の消印で父親宛に届いた手紙はなぜか断片的な文言のみしか公開されていないのは何故?
     
    「県警生活安全規格課によると、手紙は19日昼前に届き、ノートを切った1枚の紙に「元気ですごしている」、「迷惑をかけてごめんなさい」などと書かれ、女子生徒の署名もあった。「しばらくは帰らない」という内容も記され、居場所などは書かれていなかった。母親は女子生徒の筆跡と確認した。
     
    手紙は父親宛て。15日付の「上尾」の消印が押されており、上尾郵便局管内のポストに投函されたとみられる。縦約20センチ、横約9センチの茶封筒表面に差出人名はなく、切手も添付されていなかった。着払い扱いだったため、投函から4日後に届いたとみられている。朝霞署は引き続き、事件、事故、家出など幅広い視点で調べている。」
     
    「元気で過ごしている」、「迷惑をかけてごめんなさい」、「しばらくは帰らない」をわざわざ告げた理由は何だろう?杏花さんの筆跡であるという。自分の想像は、同伴の男によって書かされたもので、投函の意図も当然同伴者である。その意図はおそらく、騒ぎになっている現状にあえて波紋を投げかけ、それによってどういう反応があるか、記事が出るかを気にしたのでは?
     
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    殺人犯は殺害現場を再度訪れるというが、このケースも似たようなもので市井の反応が気にして"様子伺い"の投函したと推察する。齋藤杏花さんは自宅の前で10代風の男と話していたといわれるが、携帯、財布が家に置かれたままというなら、一旦自宅に戻って、外に出たということだ。たまたま外に出たのか、電話などで呼びだされて出たのか?逃避行なら後者だ。
     
    呼ばれて出たなら着信記録に相手の番号が、たとえ非通知であっても警察の捜査で特定できる。警察はその情報をもっているのか?それとも用意周到、呼び出しに公衆電話を使ったのか?9日後の手紙も"不自然、今どきの子は電話で済ますよ"の声もあるが、親の声を聞きたくない、会話したくないなら手紙はおかしくない。切手を貼らなかったのは、意図的か単純に忘れたか?
     
    手紙投函慣れしていないなら、意図というより単純に忘れたのだろう。また、消息を絶った9日後に1回だけの連絡のみで、その後に沙汰がないのは、生死の問題とも受け取れるが、駆け落ちでどこかの地方で暮らしているなら、今さら帰ってもという羞恥心、あるいはこのまま同伴者と暮らそうという諦観なのか。生活の新鮮さは10か月もすれば消滅している。
     
    1946年の住友邦子事件の場合、誘拐されたにも関わらず、犯人は「いい人」と漏らしたほどに自由のない窮屈な住友家であった。邦子は小6で12歳であり、逃げる機会もあったが助けを求めていない。岡山誘拐事件の森山咲良は11歳の小5で、いずれも誘拐犯は従僕的に少女に親切である。齋藤杏花さんの結論は、なにより不明時の書置きメモのインパクトからして、男との逃避行と見る。
     
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    赤ん坊の顔は男女の区別がつかない。幼少時期も女顔の男の子、男顔の女の子がいたりで、これまた区別するのは洋服とか髪型だったりする。男が男で、女が女になる時期、それが思春期。この時期の男の子は傍で見ていて面白い。彼らにはいったい何がみえているのか?会話がバカげていて面白い。女の子はどうか?色香を出す者もいるが、かつて子どもの思春期を"サカリがつく"といった。
     
    近所のおっちゃんが、「そろそろサカリがついたんかいのう」などと言われると、気恥ずかく、思春期がいけない気がしたし、そういえば思春期にただならぬ嫌悪感を抱いたという女性の話を聞いたこともあるが、昨今の子どもはそういった罪悪感は薄れているように感じる。心の発達とに追いつかない精神の未熟さ、好奇心とは裏腹な無知さ、人を善人としか思えない無邪気さが思春期の苦悩となる。
     
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                                  サカリ真っ盛り~!
     
    正月5日に中学二年生の少女から悩みの相談を受けた。悩みというより、少女は毎夜涙に暮れているという。毎夜涙に暮れるなどという心情は到底理解に及ばないが、そんな言葉が平然と出てくる少女と言う得体の知れない生き物を実感する。ネットの掲示板かなにかで出会ったのだろう、「ネットで知り合った」という相手は22歳の社会人である。13歳と22歳の出会いをネットは可能にする。
     
    実社会では到底不可能な年齢同士の出会いが何故起こるのか?男と女が単に出会うという意味において、障害とならない条件がネットに多いということだ。昨年熊本県人吉市の山林で殺害されていた17歳少女の相手は47歳であった。静岡から熊本まで会いに行くのを驚かない。鹿児島⇒新潟、埼玉⇒仙台、東京⇒札幌などの実例も聞いたし、女を求める男に距離など屁でもない。
     
    人吉市では市内の小中学生1805人を対象に携帯電話の利用状況を調査。約470人が専用のスマホ、携帯を所持。「知らない相手と通話やメールをした」は半数の234人。家電の時代、電話は知った相手と語るもので、見知らぬ相手と話すのは怖ささえあった。それが今、見知らぬ相手との電話は普通の時代である。見えない怖さというより、見えないことが安堵にさえなっている
     
    それにしても17歳と47歳という年齢差の出会いや交際がなぜ成立するのか?答えは簡単明瞭、どちらも相手を求めているからだ。長距離恋愛が途絶える話をかつて、「距離が二人を引き離す」と言ったものだが、恋愛ならそうかも知れない。近くにいる相手との方が頻繁に会えるし、寂しさがつのらない。ネット出会いもやるだけなら距離などものともしないが続かない。
     
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        進路相談が強制わいせつ?拙者は下半身より女性の脳に興味がアルので安心でゴザる
     
    恋愛ではないからだ。充実した恋愛は距離が障害とならない。友人は距離を越えて結ばれた。二人は宮城と静岡であったが数年を経て結婚した。「ネット恋愛」という言葉はリアル社会で異性に縁遠い男女の駆け込み寺。そこに目をつけたナンパ師が参入してくる。ネットの女は秒殺で落ちるを合言葉に手当たり次第のヤリたい放題。ネット用語でこういう男をヤリモクという。
     
    相談の中学生は彼氏が欲しい夢見る少女。その前に現れた男の目的・意図がどうであれ、少女にとっては王子さまでしかない。ましてやイケメンであれば、少女の脳からドーパミンが出まくり状態となる。少女は神奈川県茅ヶ崎市、男は東京都下荻窪。最初の出会いから男は少女の居住地に出向かず、荻窪に来させる横着三昧。会話もままならぬ状態の出会いもネットでは荒業とならない。
     
    ヤリモク男が中学生の居住地に行ってどこに行く?一人暮らしの男にとっては自室はラブホ。少女は男の自室に憧れる。これが今どきの処女であって、"危ない少女"という形容詞はない。処女などはお荷物、たまたま無縁で所持していたに過ぎない。となると、そういう境遇になればお荷物は捨てられる。性を煽る社会がこういう少女を増やしている。ネット社会という人間の殺伐さも重なって…
     
    「処女性」という言葉が死語であるばかりか、昨今は女性に処女性を求めるのが男の傲慢と言われる時代。確かに「処女性」という言葉は喪失した感がある。古来キリスト教圏にあって、処女を《純潔》として崇めたり、日本では儒教精神のもと、「節婦は二夫にまみえず」といった美徳を女性に押し付けたり、洋の東西を問わず、男性は女性に対して差別的な性道徳を強いてきた。
     
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                  これって、「求む!ナンパ」の売り込み? モテない女も大変よのぅ…
     
    女性に性道徳の押し付けは封建時代の流れで、社会は民に、親は娘に純潔を強要した。女は慎ましくあり、やりたい動物であってならない。一度花開けばどんどん足を開く女であるが、女の性欲をタブーと信じ、性を抑制し、格闘して生きた多くの女性は、時代の犠牲者といえなくもない。されど、時代の必然性や価値基準というのは、少なからずそうしたものだ。
     
    近年、どこの母親が娘に「処女性」について話したり、諭したりするだろうか?社会の乱雑な性道徳の実態に埋没しろと言う親はいないが、親が見本を示せているわけでもない。週刊誌は性の乱雑という言葉も使わなくなった。「男の人は気をつけなさいよ」という母親の言葉そのものこそ「死語」であろう。そんな中で、あの"うるさババぁ"こと、岡本夏生の過激な発言が物議を醸す。
     
    2014年10月21日に放送された『5時に夢中!』(TOKYO MX系)に出演し、乃木坂46・松村沙友理(22)の不倫スキャンダルの話題に触れ、「もし恋愛がやめられないなら、アイドルなんかとっとと辞めて、普通の女の子に戻ればいい」、「恋愛やセックスなんて後でいくらでもできる。アイドルは命が短いんだから」と発言した。岡本は、「アイドルは基本的にファンのオナペット」という。
     
    確かにファンの妄想を駆り立てることで成り立つ部分はある。ビートルズがデビューしたときでさえ、ジョン・レノンが既婚者である事は伏せられていたし、人気芸能人が実は既婚者だったというのが後に露呈するなど珍しくない。岡本のいうように、男の影があって「処女じゃなかったのか」、「彼氏がいてパコパコやってる」とファンがイメージできたらアイドルとしてはNGだろう。
     
     
    続けて岡本は、「男関係を連想させないからこそファンは幻想を抱いて多額のお金を使う」と解説した。また、同じくコメンテーターとして出演した元女子プロレスラーの北斗晶(47)も「アイドルになりたくてこの世界に入ってきたんだから代償ってあると思う」、「ガマンしなきゃいけないこともいっぱいあるし、ここで『これをしていいのか』という考えを持たなかったらダメ」と厳しい口調で批判した。
     
    さらに「この子をアイドルにするために何十人、何百人という人間が動いている。自分の言動には気をつけなければいけないと思う」と、大人の立場から語った。実際、岡本の言うようにアイドルに処女性は不可欠とされてきた。だからこそAKBグループは「恋愛禁止」を掲げて、ファンに"純潔"をアピールしているし、アイドル本人にとっても、処女アピールはファンをつかむための重要な要素である。
     
    言ってる事は商業主義に照らして当然であり、商業主義か人道主義かを分けて論じなければ不毛の論理。あくまでアイドルを商品とするなら、商品としての価値を損なわぬよう、厳しく管理するのが所属事務所の役割だが、かつてのようにプロダクションの寮があった時代と今とではまるで状況が違う。つまり、寮の玄関に電話機が設置され、盗聴・管理されてる時代と今とでは制約がまるで違う。
     
    岡本は今年50のおばさんだから当然たる言い分だが、クビに縄をつけて管理できる時代と違うという前提で言っていない。自分も「アイドル」という虚像について、彼女たちの商品価値をしっかりと意識させ、もし、隠れた異性交遊が判明した時点で商品価値を落としたと認定し、即刻クビと多額の違約金支払いの保護者責任を契約書に明確にしたらいい。未成年者についてはだ。
     
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         昨今のアイドルって普通の少女がなれる職種だろ?普通の少女に偶像を求めるファンがaho!    
     
    それでも男狂いの子は出るし、万が一彼女たちがドル箱の人気アイドルであればクビにできない、したくないというプロダクションの思惑も絡む。これら一切が商業主義の不条理で、現に同じ不祥事を起こしたメンバーであっても、並や並以下はクビにし、人気があるメンバーをクビにはできない。完璧に差別であるが、貢献度という数字が物語る商業主義の論理である。
     
    厳しく管理もされ、責任感も芽生えていたかつてのアイドル教育もなされぬまま、「不完全さが売りもののAKB、ファンには成長をみてもらいたい」という秋元康のコンセプトは、実は管理側の麗句に過ぎず、即席で人気が出る素人を売る時代のご都合主義である。人気メンバーのクビも切れないで口頭注意だの左遷だの、彼女たちは独自の事務所契約だから、越権行為もままならない。
     
    これらを把握した上でアイドルに何かを物申すことなど「豚に真珠」。事実彼女らにクビになるという危機感も、契約違反で違約金を請求されるなどの切迫感もない。不祥事を起こして人気が上がった元AKBメンバーの例もあり、何がどう転ぶか分らないという主宰側にすれば、日和見主義的な行動しか起こせない。一切はファンが決め、落ち目になったら解散すればいいだけ。
     
    物事を毅然と決められず、理念もない家庭にあって、親が子どもに遠慮し、触らぬ神にの思いで眺めている。こんな家庭で親が躾の主導権を握れるか?このような家庭が今後益々増えてくる気がする。中高生の性の乱れは、乱れというより管理不能の状態であって、乱れを把握した時ははや遅かれしであろう。のっけの中2少女は、処女食いにあっただけ。
     
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    ネットでサカリのついた少女は供給過多状態で、この手のネットナンパ師は、女を1回やれば御用済み。少女は連絡しても返信がこない、どうしてそうなったのか分らない、遊ばれたのかも知れないし怖いと言う。クリスマスの日は荻窪駅で4時間待たされたという。掛け持ちだろうなと思った。チャらい男はクリスマスには3人くらい掛け持ち出会いをする。需要過多の時期だ。
     
    ひたすら会いたい、会えると信じて4時間も待つのだろうが、男側にすれば待ってなくてもいい、待ってる方がどうかしてるという気か。少女の切ない気持ちなどどうでもいい。出会うまではメールもラインもするが、だんだん少なくなったと女が嘆くのも男の意図が分らないからだ。クリスマスの日は機嫌が悪かった。それから以後は全く連絡なしで、無視されているという。
     
    無視ではなく終りたいのだよ。だから返信をしない。人を信じる前に信じるに値するかっどうかを判別し、信じるに値しない相手を信じる愚かさ。女性が感情だけで物事を判断するからこういうことが起こるが、理性的に考えればこやつは悪人というより女たらしである。彼からのラインやメールのコピーを見たが、いわゆる「豚も木に登る」が如くチャらい言葉。
     
    これらの言葉に体を熱くする少女に罪はない。「これって嘘だったのかな?」と見せてもらったラインの言葉に、「嘘かどうかはその時は分らない。でもこうなってみると嘘だと思うのが正しいよ」と言うしかない。「憎めないんだろう?相手が悪い人だと思えないんだろう?」と問うと、「思えません」と言う。「エッチして終る相手じゃダメだろ?それから発展していく彼氏が本物だよ」と説く。
     
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             部屋のAV捨てるからやらせろってか?気をつけよう、この言葉&この写メもらった子
     
    いいながらも、今この少女に1000の言葉を言ってもダメだと思いながら、自分も含めて他人は彼女に何もして上げられない。「連絡くるのをずっと待つのか?」、「はい、待ちます」、「いつまでそうするの?」、「分りません」。少女の切ない言葉が胸を抉られる。「やり逃げだろ?またしばらくして気が向いたときに連絡来て嬉しがってたら、そんな状況がずっと続くよ。それでいいのか?」
     
    「好きだから連絡きたらうれしい。待っていたい」と言う。「がんばってな」という言葉以外の言葉はすべて少女を傷つける。悪い男である事を認識させたいが、感情が災いして届かないだろうな。女たらしは魅力があるのよ。だからたらせる。「何日も連絡ないなら、忘れる努力をした方がいいかも知れないね」、「忘れる努力ってどうすればできるんですか?」
     
    「難しいかも知れないけど、自分の行動が悪かったと反省し、急にプッツンメール来なくなった相手を、単に遊びだった、悪い男だと思うことかな。そう思えるようになったら忘れられる。いつまでもいい人、好きな人では忘れることはできない」、「多分忘れられないと思います」、「辛いけどがんばって」という言葉がやはり相応しいようだ。これ以上話しても、豚と話してる気にしかなれない。
     
    子どもをあやす術は女に向いている。自分はダメだし無理だ。「悪」を「悪」と認識できない心の清さに勝つ事はできない。「悪」を「悪」と認識できるようになるためにはもう少しスレて、人間の何たるかを経験してからだな。「少女は無垢」であるというのはかつての少女と思っていたが、いつの時代にも彼女のような「純真無垢」な少女は存在するのだろう。
     
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              かつて 「少女時代」 という雑誌があったが、今「少女時代」は、ばばぁユニット 
     
    人間を神の生贄にするのを「人身御供(ひとみごくう)」といった。神の怒りとされる天変地異において、理不尽ではあるが公の利益のために創設された儀式である。生贄にはなぜか純心無垢の処女である少女が選ばれた。これが神への最上級の奉仕と考えられた。アルゼンチンのジュジャイジャコ火山の山頂(標高6739m)で、インカ帝国時代に人身御供とされた少女のミイラが発見された。
     
    神がそんな無謀な要求をするモノかと思うが、人間の考えの行き着く先がそれであったのだ。悪魔崇拝においても少女が生贄とされた。少女に何の罪があろうか。日本の静岡県には人身御供伝説が多い。「伝説富士物語」には生贄の条件として、15~16の少女で処女、「東海道の伝説」には美女という条件が付加されている。生きたまま淵に投げ込まれるか、生贄自らの入水の形を取るとある。
     
    「人身御供」は、神が人を食うために行われるとも考えられているが、神隠しと神が人を食う事との関連を柳田國男は自身の著書「山の人生」にて書いている。非人道的な人身御供は今では考えられぬが、「やり神」というバカ神が少女を生贄のごとく狙っている。「処女などとやっていいことはないが、調教する楽しみ」とうそぶく「やり神」ども。今日もどこかで少女が生贄となっているのか…。
     
    全国で、児童生徒のスマホなどの夜間使用を制限する動きが広がっている。先駆けは愛知県刈谷市だ。2014年4月から全21小中学校がPTAと連携し、午後9時以降は児童生徒のスマホなどを保護者が預かるよう呼び掛けた。効果は出ているのか。主導した刈谷市立雁が音ね中(生徒850人)の生徒や親に聞いた。「最初はいやだったが、もう慣れた」と話すのは、Kさん(14)=3年。
     
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              「性教育」で教え諭した時代は過去のもの、こんにち「SNS教育」が必要だ
     
    3月までは無料通信アプリ「LINE」で夜遅くまで友達とメッセージをやり取りしていた。今は原則夜9時以降は使わず、どうしても使いたいときは親の了承を得るという。使用制限についてYさん(14)=3年は「反対。一方的だし、こんな便利なものを制限するなんて」と不満げだ。家庭で抵抗したが、親から「刈谷市全体で決めたルールだから守れ」と言われたという。
     
    女子生徒の母、Sさん(42)は「娘は次第に『返信しないと明日困る』と言い始め、夜9時以降もメールするようになった」と嘆く。だが、友達から「返信が無かった」と言われたくない娘の気持ちも理解でき、無理に取り上げる気にはなれないという。男子生徒の母、Tさん(43)も「反抗期で言うことを聞かない。夜になっても『目覚ましに使う』などと言ってスマホを離さない」と困り顔。
     
    刈谷市のスマホ規制は、雁が音中の大橋普支俊校長らが呼び掛けて始まった。刈谷市に続き、愛知県新城市や豊橋市、兵庫県多可町も4月以降、スマホやラインの利用制限を各家庭に呼び掛けた。内閣府の2013年度のサンプル調査で、小中高校生の60%が携帯電話を持ち、うちスマホは57%と11年度の6%から急増。便利ではあるが危ないツールであろう。
     
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  • 01/21/15--15:05: 老人ボケと認知症
  • 年明けから老人ネタを集中したが、今後も折に触れて書く。自分の老人感は子に遺産をちらつかせて依存するより、猿山のボスが老齢で行方不明になるように、蓄えを持ってさっさと終の棲家をみつけ、そこで新たな仲間と共に生きる事。先に書いた、"老いたらこどもと縁切り宣言"を自ら率先して行うことだ。が、その辺の割り切りができないのが日本人的依存心。
     
    「ボケ老人」という言葉があった。今でも使えるが「品がよろしくない」、「年寄りを小バカにしている」などから使われなくなったようだが、「どうも最近ボケてきたわ」のように、自分で言うのは和ましい。ボケというのは意味を率直に捉えており、よって便利な言葉である。「認知症」と言う言葉を総称して使うが、「老人ボケ」=「認知症」と勘違いしてる人は多い。
     
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    確かに「老人ボケ」は「認知症」が原因で起こるものもあるが、生理的な老化現象である「老人ボケ」と「認知症」はまったく別である。確かに「認知症」の最も中心的症状は"物忘れ"だが、物忘れ=認知症ではない。人間の脳は知性だけでなく、精神や理性をもつかさどっており、認知症は脳が広範囲に障害され、それが回復できなくなった状態を意味している。
     
    よって認知症とは単なる知性(記憶に代表される知的能力)の低下にとどまらず、理性や精神の障害をもひき起こす。認知症で生ずる物忘れと、ふつうの老化現象とではどこがちがうのか。初期時期にこれを見分けることは困難だが、認知症がある程度まで進行すると見分けることはさほど難しくない。年寄りの特徴的な認知症による物忘れは比較的最近の記憶の障害から始まる。
     
    昨日のこと、「さっき言ったこと・言われたこと・頼まれたこと」、大切な約束など、その具体的内容の一部にとどまらず「そういうことがあった」ことを、すっかり忘れてしまう。ようするに、記憶を保てる時間が非常に短くなり、そのときはしっかり覚えたつもりでも数分たつと忘れてしまう。食事がすんだばかりなのに、「ごはんはまだ?」は認知症の記憶障害の一例。
     
    時間・場所・人物に関する記憶を見当識という。これらの記憶は日常生活には欠かせないものだが、認知症が進行すると、時間・場所・人物の順番で見当識が失われて行く。これを(失見当)と言う。日付があやしくなり、月日の感覚が大きくずれる。その人なら当然知っているはずの場所(近所や自宅の中など)で迷子になったり、自宅にいるのに「家に帰る」などと言う。
     
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    記憶障害がかなり進行すると、息子や娘を自分の兄弟姉妹と、孫を自分の子どもなどと間違う。認知症患者は自らの物忘れの程度を正確に自覚することはほとんどなく、これが家族にとって何とも扱いにくい問題だが、認知症になっても人生に絶望せずに生きて行こうとする、人間の心理的な防衛機制が作用していると考えられている。物忘れ以外の認知症の症状もある。
     
    言語を介するコミュニケーションが困難となる。話の了解が悪くなり、自分の意志を言葉でうまく伝えることができない(失語症状)。ちぐはぐな応答や語句の言いまちがいが頻繁になり、簡単な指示が理解できず、「あれ」、「これ」などの代名詞を多用する。運動障害もなく、どのような行為を行なうべきか十分理解しているのに要求された行動をとれない状態(失行)となる。
     
    例えば、洋服をきちんと着ることができない、鍵の開け方がわからない、ガスのつけ方がわからない、排泄の後始末ができないなど。また、物は見えているのに見たものが何であるかわからないなど、大脳の高次機能の障害もみられる(失認)。さらに病気の症状としては見過ごされやすい性格の変化も現れ、多くの認知症患者に共通しているのは無関心と言われる。
     
    かつての趣味に関心を示さないなどの軽度の関心低下から、入浴や着替えをしなくても平気でいたりなどと程度はさまざまだが、こうした無関心を背景に、元々の性格が強調されたりする。節約家だった人がお金に執着心が強くなったり、疑い深い人が配偶者に病的な嫉妬心を抱くなどの性格変化は、病気の症状でもその人の性格の延長線上にあるものと誤解されやすい。
     
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    上記したものは、認知症のさまざまな症状のなかでも、治らない部分(中核症状と呼ばれる)のものだが、必ずしもすべてが出揃うわけではない。物忘れを中心とする、失語や失行が加わることもあったり、物忘れと軽度の性格変化だけで穏やかに認知症が進行するケースもあったり、病気の展開は個人差が大きく、病気の種類や発症年齢などによっても異なると言う。
     
    認知症には中核症状に加えて、種々の精神症状や行動異常に及ぶ事もある。「物盗られ妄想」、「被害妄想」、「徘徊」、「興奮」、「不眠・夜間せん妄」などがあげられるが、すべてが出現するわけではなくケースバイケースであるし、知的機能が低下しながらなんとか現実を生きていこうとする努力の現われや、心理的な安定を確保するための自己防衛的な反応もある。
     
    「認知症」はかつて「老人性痴呆」といったが、2004年に厚労省の用語検討会によって「認知症」への言い換えを求める報告がまとめられ、まずは行政分野及び高齢者介護分野において「痴呆」の語が「認知症」に置き換えられた。各医学会においても2007年頃までにほぼ言い換えが完了した。「認知症」の狭義の意味として「知能が後天的に低下した状態」の事を指す。
     
    誰がいつどうして認知症になるかは、がんや心筋梗塞や脳卒中と同じように分らない。病気の要因は多岐に渡ることが多いが、認知症の原因には病気やストレスなどさまざまな要素があるのが分っている。明らかでない部分もあるが、原因になることがわかっている病気はいくつかあって、その病気を治療することで症状を改善できるケースもある。認知症も例外ではない。
     
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    偏った食生活で高血圧や脳梗塞などの生活習慣病にかかると、認知症が発症する可能性が高い。脳の老化を予防する食生活を送ることが大事、他にもアルコールの過剰摂取は脳が委縮し認知症を発症する確率が高くなるし、喫煙者は非喫煙者より認知症の発症率も高く、脳梗塞や動脈硬化の発症率を上げる喫煙は、脳血管性認知症になる確率もあがるといわれている。
     
    しかし一方ではたばこのニコチンが脳中枢神経を刺激して、認知症予防につながるのではないかと言われているが、仮にそうであったとしても、他の病気のリスクもあり、認知症予防にたばこを奨励することはない。後は性格的な問題も大きい。穏やかでのんびりした性格、外交的で活発な社会生活を送っている人は、認知症の発症率が低いことが研究からわかっている。
     
    一方、自己中心的、わがまま、几帳面、非社交的などの性格は認知症発症リスクが高く、日常生活で強いストレスを感じる人も、ストレスホルモンが増え、記憶障害だけでなく、免疫機能が低下して病気にかかりやすくなる。活動的な生活を送る、さまざまなレジャーを楽しむ、社会的な関わりを充実させるなどのライフスタイルを送ることで、認知症が予防できると言う。
      
    認知症は生活習慣病の部分もあるが、確かな原因がわからず、作られた症状であるという意見もあり、これに反証・反論する明確なデータもない。「医者にうつは治せない」という記事を読み、「抗うつ薬」が万能でないことも、「抗がん剤」についても同様の効果について医師は周知している。ただ、それに頼るしかないという現状のなか、治療としているに過ぎない。
     
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    医療関係者によれば、日本人の人口5%にあたる6百万人がうつを患っているといわれ、医療機関で治療を受けないで本人の自覚のない「潜在うつ患者」はその数倍いるというのが精神医学界の常識のようだ。皇太子妃にあっても東宮職医師団の発表では「適応障害」とされるが、これは軽いうつと同義である。でありながら10年間治療を続けてもなぜ雅子妃は回復しないのか?
     
    医師によって書かれたうつの解説書や、うつに関連する書物や精神科医の見解では、「うつは治療を続けることで一年以内に治る」と断定する。それなら雅子妃の軽度の「適応障害」はなぜ治らない。あるうつ患者は、「精神科に通うのは悪化を防ぐためで、抗うつ剤もお守り程度、主治医に期待なんかしていません。病院に通うのは抗うつ剤の処方をしてもらうため」と言う。
     
    うつの治療には「抗うつ剤」の他に、考え方の歪を矯正する精神療法があり、アメリカで開発された「認知療法」や、日本では「森田療法」があるが、即効性はなく、日本では普及していない。ほとんどのうつ患者は「抗うつ薬」を治療に用いている。うつ患者も医師も「抗うつ薬」に疑問を所持する理由は、「抗うつ薬」の効果が「セロトニン仮説」に基づいているからだ。
     
    「抗がん剤」が人体を悪化させると主張する医師もいるが、「抗うつ薬」がうつを悪化させるといわれている。しかし、どちらも医師によっては正しい治療として行われている。何をもって正しいというのかだが、「現時点ではこれしか方法がない」という点において正しいのである。認知症にも様々な種類があるが、最も多いのが、「アルツハイマー型」である。
     
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    これは脳が萎縮したり、神経伝達物質が失われることで起こるが、原因は分っていない。次に多いのが脳梗塞や脳出血が引き金となって起こる、「脳血管障害型」といわれてきたが、近年は「レビー小体型」と言われるようになった。これはβアミロイドというタンパク質が脳細胞に沈着して発症し、「幻視」や「抑うつ」が特徴的な症状といわれている。
     
    原因疾患が分っても、なぜ認知症になるのかという問いには誰も答えられない。認知症は医者に治せないというのが本当のようだが、病気を前にして、「治らない」と言うのは医師の沽券に関わるばかりか、信用問題であるからして、そう答えるのは勇気がいるし、嘘でも「治る」と言えばいい。うつは医者に治せないというが、「治る」というのと「治せる」は微妙に違う。
     
    「医者に治せる」はある意味曖昧で、「自分なら治してみせる」と一人称でいうなら力強い言葉に感じるも、信憑性があるかどうかは別。誠実な医師なら、「長引くでしょうし、これからとうつと共に生きて行く生活や考え方に転換することです」というのではないか。雑誌やテレビで「うつは絶対に治ります」と断言するような医師の言うことは聞くに値しない。
     
    抗うつ薬を飲めば、うつは改善されるという医師の言葉には製薬会社の影がちらついている。ある精神科医は環境や経済状態など、うつ治療に好条件下であったとしても、完治は0.5%以下という。実際問題うつ治癒率について、厚労省も医師会も発表していない。うつは現状の精神医療では「治らない」とするのが納得行くが、それでも「うつは治る」と医師は言う。
     
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    理由は簡単明白で、治療を続けて病院に通わせるためである。もし医師が、治りませんなどと言おうものなら、「治りますよ」と言ってくれる別の病院を探すことになる。どこかの病院が「治ります」という以上、医師は患者確保のためにも「治ります」というしかない。認知症の場合「治る」、「治らない」以前に介護の必要があるが、重度の患者を受け入れない施設もある。
     
    多くの施設はスタッフが少ないため、介護に手間暇かかる人は困る。これはグループホームも特別養護老人ホームも同じ。さらにがんなど他の病気を抱えた認知症の人たちは断られる。がんや脳卒中にならずとも、年を重ねれば誰でも認知症になる。認知症はやがて「自分の行く道」と思えば当事者の思いは気になろう。認知症者を物として扱えば、先にあるのは絶望だ。
     
    医療の世界では、患者を病院から「在宅」へ押し出そうという流れが加速した。2000年にできた介護保険、2006年にはさらに在宅医療を増やすために在宅療養支援療養所が全国各地に設立され、同年「がん対策基本法」で、がん患者の在宅緩和ケアの推進を地方行政の義務と定めた。そうして今はがんに続いて認知症でも病院から在宅への流れが確立されようとしている。
     
    2012年秋、厚労省が「認知症施策推進五か年計画(オレンジプラン)」を発表した。【「認知症になっても本人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で暮らし続けることができる社会」の実現 】をコンセプトに、「早期発見、早期ケア」や、「認知症サポート医」の養成などで、認知症高齢者を収容型介護施設ではなく、「在宅」で受け止めようという。
     
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    これには地域密着型介護サービスも含まれている。一見素晴らしい理念のようだが、本音は別のところにある。15日の記事で団塊の世代が75歳以上になるのが2025年で、団塊の世代高齢化に並行して認知症の人も急増、介護職員が約30万不足するとの試算がある。問題はその後で、団塊の世代が死に絶えたら入居者は激減する。施設が使えるのは実質20年~30年か。
     
    そういうものにお金をかけても無駄となり、それで在宅をというわけ。要するに財政が逼迫して厳しいがゆえに「在宅」に頼ろうということ。介護ビジネスは10年後には21兆円と試算されているし、介護師を目指す子どもたちは需要は尽きないし、介護士は必要だ。確かに同じ歴史を背負った家族が家族を介護するのは難しい部分があるし、認知症ならさらにであろう。
     
    認知症になった母親は、姿形は元の親であるが、実はかつての母ではなくなっている。変わり果てた姿も見たくはない一方で、そんな母が自分たちを攻撃したり、周辺でトラブルを起こしたりすると、家族は我慢をできなくなって爆発する。「ある僧侶ですら自分の母親が認知症になったとき、『殺したくなった』と言ってました」とある医師は言葉を添えた。
     
    豪華な建物などいらん。雨風しのげれば…。燃やすのに豪華な棺桶もいらん。合理性がなさ過ぎだ。挙式場の豪華絢爛さも教会で挙げれば済む。葬祭場も地域の公民館で済む。やっとその辺に気づいたのか、金をかけるバカらしさに。粗末な施設であっても、楽しく暮らす自信があるからいい。幼少期に身につけた遊興心はこういうところで役に立つ。
     
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  • 01/22/15--16:27: 「芽生え」の考察
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    47都道府県の中で唯一18歳未満とのみだらな性行為を禁止する「青少年健全育成条例」などがない長野県。県警の佐々木真郎本部長は昨年6月の県議会で、「インターネットに『長野県内のホテルに少女を連れ込んでも条例や法律に違反しない』という趣旨の書き込みがあった」と危機感をつのらせ、「条例がないため摘発できなかった事例が散見される」と、県に条例の制定を求めた。
     
    異例の要請に県弁護士会は、「自由恋愛が前提の(未成年)男女間の交際までも規制するものだ」と反対の意向を表明した。阿部守一県知事は、「広く意見を聞いて対応を決めたい」と慎重な姿勢をみせた。長野県の市町村内では東御市が唯一、淫行処罰規定がある市青少年健全育成条例を制定している。条例がなくても「児童福祉法違反」でしょっぴけるし、県はそれで対処してきた。
     
    青少年保護に詳しい甲南大学法科大学院(神戸市)の園田寿教授(刑事法)は、「条例では大学生と18歳未満の高校生の恋愛も処罰される可能性がある。こういう場合も処罰する必要があるのかどうなのか、もう少し議論の必要がある」と話している。また、長野市に「青少年健全育成条例」はないが、「長野市青少年保護育成条例」があり、処罰規定が緩やかなのが他県の条例と異なる。
     
    外国での18歳未満の性はどうなっている?香港では相手が20歳までに親告すれば犯罪となり、アメリカ・マサチューセッツ州では16歳未満との性行為を制限するものがある。性行為に関する年齢制限(性交同意年齢)だが、性交同意年齢が、性行為に関する実質的理解が可能か否かを基準に設定されている、淫行条例は性行為に関する実質的理解ができても「みだらな」ものは違法とする。
     
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    東アジア・東南アジア・中近東諸国では、未成年の性に関する規制はなく、あるのはレイプ関係のみ。ヨーロッパはどうか?東側諸国は分らないが西側諸国にはない。もっともこのような倫理観を伴う問題は、宗教上の教えがその基本となっており、キリスト教・ヒンズー教・イスラム教・仏教などがそれにあたる。年齢でSEXを否定する宗教はないし、15才程度の花嫁も珍しくない地域も多い。
     
    後進諸国では、経済的な問題や社会的通念から、早期結婚もかなり見受けられる。西側先進国においても、売春は取締の対照となっているケースが見受けられる(英国)が、ドイツ、オランダのように売春そのものでさえ、規制されていない国もある。ただし、ロリータ系の問題を規制する国はあるが、日本のように18歳をロリータとしない。宗教色のない日本では性意識がファッション化傾向にある。
     
    本人の意思で好んでSEX行為を行なう時、その判断者の年齢が問われるというのは児童保護を超えた過保護であろう。なにより本人の意思であって、13歳や15歳でしたい子も18歳でしたくない子もいるわけだ。早期妊娠や出産については医学的な問題はあるが、早期性行為が医学的に問題アリというのはどこにも書かれてない。こういう快感を早くから知るのはよくないというのが禁止理由。
     
    園田教授の自由恋愛を規制する点に異論はない。確かに条例で締め付けている都府県にあっては、青少年との真摯な恋愛における性行為まで逮捕される事例が存在するし、これ自体問題である。青少年の権利を侵害しない性行為、特に真摯な恋愛での性行為に対し、処罰される可能性含む条例、地方自治体が道徳を国民に強制する性質を有する条例を押しつけていいのかという問題。
     
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    ただし、青少年が望んでいない性行為を強要される事については、青少年の権利の観点から問題にされるべきであろう。長野県が条例制定に前向きでないのは、青少年の健全育成については住民や関係団体、行政が一体となった県民総ぐるみの運動を推進するという基本方針に立った住民運動、関係業界の自主規制、行政の啓発努力など、地域ぐるみで青少年の健全育成に効果をあげた自負がある。
     
    が、それも昔の話で、近年のインターネット等の急速な普及、価値観の変化等社会環境が大きく変化し、子どもが性被害に巻き込まれる事件が増加している。そんな中で長野県も「子どもを性被害等から守る専門委員会」を設置し、法規制の必要性も排除せず、子どもたちを性被害から守るための方策を検討しているというが、ネットが性犯罪の温床であるなら、つまらぬ自負に拘るべきでない。
     
    性行為が恋愛でなされるか本能欲求でなされるかの線引きができない以上すべきではないが、レイプや強姦と区別してそこは取り締まらなければならない。15歳や16歳が本人の意思で性行為するのを淫行条例で取り締まるのは日本的な過保護。「18歳未満の少女は思慮も浅く、大人の口車に簡単に乗ってしまうから、法で保護しなければならない」という考えに基づいており、人権侵害である。
     
    人権侵害は少年法との絡みもある。つまり、少年法の適用を受けるような年齢では、正常な判断が下せないとし、SEXの自由という問題に限らず、自由を主張する判断能力がまだ問題であるということ。刑犯罪に問われない少年法適用下でのSEXの自由の主張は、釈然としないという考え方による。よって、SEXなどの自由を主張するなら、少年法の適用年齢をさらに下げるか、廃止かの論議となる。
     
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    個人的には、成人年齢を20歳から18歳に引き下げ、15歳程度以上のSEXを規制を止める。自分の想像だが、飲酒運転や相次ぐひき逃げなどから、悪質運転厳罰化に効果が見られないように、淫行条例が抑止とならない者は多い。少女とやったらさっさと跡形もなく消えられた経験を有す女性の苦しみは大きい。数ヶ月程度付き合って別れるならまだしも、いかにもヤリ逃げは悲しすぎる。
     
    淫行条例があるから足がつく前にさっさと逃げるのだろうか?保護される女性側に刑罰が発生しない以上、18歳を15歳にしたからといって、男が少女に対する性的搾取の抑止が増すとは思えない。こんにち未成年者の飲酒は多く、飲酒を20歳から18歳に下げたところで変化はないと同様に、淫行条例と言うのは、甚だしく女性を過保護下においている。例えばこういう論理も成り立つ。
     
    未熟で正常な判断が出来ず、少年法や淫行条例の下におかれて刑事罰から逃れられるような者が、SEXをして子供を作れるはずはない、ということ。SEXは表現の自由や基本的人権との考えとは別に、子供が出来る確率は0%でないし、親となる可能性があるわけだ。そのような者が、少年法や淫行条例の傘の下で擁護ざれるべきではないし、「社会的に責任をとれ!」という提言だ。
     
    確かに少女をたぶらかす大人はいるが、大人をたぶらかす少女もいるわけで、買春は罰せられるのに売春は罰せられないのはなぜ?厳密には売春は売った側も違法行為で年齢も関係ない。なぜなら、売春防止法3条に、「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」と明記されている。ただし、違法ではあってもこの法律には罰が無く、したがって法律上では罰せられない。
     
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    相手が18歳未満だった場合は売春防止法ではなく、『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』という法律で裁かれることになる。対象は淫行条例ではない。法律の主旨は、「児童の保護」であり、よって対象行為は「売春」でなく「買春」で、はじめから「買った側を裁く法律」であって、売った側を裁くようになっていない。なので当然買った側にしか罰がない。
     
    18歳未満の人間に淫らな行為をすることが違法であって、18歳未満の人間が淫らな行為を要求し誘うのは違法でない。これが児童保護というなら、「そんなもんイラン、あって迷惑」という少女も多い。さらに近年の少女はしたたかである。こういう法律の存在を知っていて、金品をゆする中高生もいるという。「おっさん、もっと金くれんと警察にいうで!」などと、これは立派な強請りである。
     
    が、文句は言えまい。法を犯したものの弱みだ。中高生をナメたら遺憾ぜよというか、少女保護の法律がおっさん受難と化す。いかに脅迫されようが、強請られようが、おっさんはどうすることもできない。ヤリ逃げされて夜毎泣いて暮らす純な少女もいる反面、気をつけなければいけない少女もいる。やりたいことをやって、「間違えて子どもできちゃった~」という少女のバカさには呆れる。
     
    SEXしたなら子供が出来ることもあるとの意識もなく、こんな言い分けで事を収めようとする。これが今のこの国の原状だろ。保護、保護、保護で自己責任がどうして身につく?快楽の為だけのSEXが100%である10代のSEXを、自由という名のもとに認知するのは少年保護にはならない。何より責任を持たせる教育が重要で、それにシフトするなら淫行条例などアンバランスな法も撤去できる。
     
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    自己責任を高める教育といえ、高まらない奴も無視する奴もいる。それはまあ人間に能力の差がある以上当然だ。が、高まらない、無視することも含めて自己責任の洗礼を浴びればいいし、浴びれば分かる事だし、そこまで過保護にすることはない。それが成熟した国家のあり方だ。日本は青少年に甘すぎる。たしかに淫行条例の主旨は、「性的搾取」の部分もある。
     
    「性的搾取」とは、15歳同士がSEXしても罪にならないが、20歳が15歳の性を搾取する、搾取したという論理である。レイプならともかく、保護の名の元にこれはオカシイ。「弱き者よ汝は女なり」ではないが、弱者救済が弱者でない場合も多く、「淫行条例なんか、イランわ」という女性を対象にしていない。いずれにしろ、自己責任で生きるということを主眼においた教育がなされるべきであろう。
     
    「自己責任は困る。依存したい」という考えを徐々になくし、高校入学となれば自立を目指す子どもを作るべきだが、親が子どもに依存し、大枚はたいて勉強をお願いする今の日本の現状では親教育が先決であろう。親が子どもに依存する限り、自己責任は育まれない。つまり、親がその芽を摘み取っている。勉強をしたいからする、将来は○○になりたいから、それを目指したものをする。
     
    これが理想だが、親が子どもに割って入りすぎる。口を出しすぎる。お金を出しすぎる。これみな親の都合。といえば、「いや、子の将来のため」と言う。それならそれでいいが、「自己責任感をいつ、どのようにしてつけさせようとするんだ?」と聞いたら、「そんなもん、自然に身につくんじゃないの?」といわれれば、「はいはい、自然に身に付くといいね~」決まり言葉でお開きにするしかない。
     
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    自然に身につくってのは安易で都合のいい方便だ。身につかなかったらという危機感がないから、こういう言葉が吐けるのだ。あるいは、成績に比べてどうでもいいことなのだろう。あまち興味のないことは自然に身につくと言っておればいいのだ。勉強の危機感はあってもこういう危機感が親にない。勉強が大事でないとは言わないが、並行して人間を作っていかねばねダメなんだな。
     
    社会ではそれが一番求められることって、分かってないんだよ、親が。勉強できたら人に好かれて、成功すると思ってるんかも。使い物にならない人間っていっぱいいるけどな。躾が行き届いてないのはすぐに分る。人間は本当に一人で生きられないから、死ぬまで人間関係はついて回るし、とくに会社と言う組織の中ではその悩みは尽きない。会社を辞める理由の断トツは人間関係だ。
     
    仕事のキツさ、辛さ、給料の安さより、人づき合いのウェイトが大きい。とかく人間関係は難しい。そんなところにも嫌なやつはいるし、どう対処するかに苦慮するのだろうが、とにかく嫌なやつは必要最小限の会話しかしないことだ。無視するに限る。無視して悪いなどと思わぬこと。露骨に無視し立っていいくらいだ。そもそも嫌な相手と人間関係を円滑にしようという態度がどうかしてる。
     
    その場合は大抵相手に合わそうとする場合が多い。「どうしたら人に好かれる」などの本など読む意味がない。普通にしていて好かれる奴には好かれるし、嫌いだといわれるなら何も気にすることない。相手におもねる、合わせるは大変だろう。で、なぜそうしなくちゃいけないんだ?そこを考えてみればいいのよ。自分が嫌ってる相手にまで好かれようとしていないか?何の得でそうするんだ?
     
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    カンで合わないと思ったら大概合わないんだよ。積み重ねた経験からの直観力やカンと言うのはある。「女のカン」というくらい、実は女の方が優れているのかも知れない。おそらく女の方が論理性に頼らない自由な発想ができるからかも知れん。カンは無意識のメッセージだ。人間関係でつまづく人は、寡黙で口下手な人が多い。そういう人は他人から「チャンといわないからだよ」と叱られる。
     
    言わないではない、言えないから寡黙なんだし、さらには「上手く言えない」から口下手なのだ。それを責めてもそんな、急にできるようにはならない。寡黙で口下手な人は襲い掛かる試練に対応する術を編み出すことだ。ブログなどで文章書いてみるのも、自己啓発になるかも知れない。確かに口下手でもごもごと何をいってるのか分らない人間はいる。そういう人だと思えばどうってことないだ。
     
    世間はそういう人ばかりではない。だから会社を辞めようとするのだろう。なぜ口下手なのか、なぜ寡黙なのかは分らないが、喋る、話すという時間を多く持たなかったからだろうと想像できる。自分も口下手でもごもごな奴は頭に来たというか、イライラする事はあった。若い頃だから仕方がない。今は大概の人間に対処できる引き出しを持ち、相手に合わせて対応するようにしている。
     
    基本的に誠実に答えようとするし、それを欠かさないが、相手の性格や物言いや性格の歪などが露呈した場合は、誠実に答える事ができない。それは無意識にそうなるのだ。あからさまに嫌悪感を出したり、嫌味やつらみをいうような子どもじみた対応はしないが、不真面目でチャラけるようだ。「ようだ」というのは無意識の自然発生である。その手の人間とはまともに話す気がしないのだろう。
     
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    なんかコイツ、チャラけてるなと相手が悟れば対応を考えるだろう。面倒な事は相手に考えさせる。まあ、そういうこと一切合財が、「人間関係のしきたり」というものだ。別に誰からも好かれる人になどなる必要はないのだし…。そういう気持ちが強すぎると、どこかで無理をする。とにかく、自分に無理をせず、自分に正直に生きていれば、そうそう悩むことはない。
     
    人づきあいは男も女も基本は一緒。彼女とか恋人となれば別の部分もあるが、明るく楽しく生きていくための極意は、「無理をしないこと」。分っていても無理をしてしまうのが人間。どうしたら無理をしないで自分に正直に生きていけるか?無理をせず正直に生きる自分にその答えは分らない。ただ、そうしている、できるというだけ。答えになっていないが、実際そういうこと。
     
    「青少年健全育成条例」は青少年の性を無理に禁止をしていないが、おっさんは若い子を性の対象にするなよということ。若い蕾はおっさんの回春剤なのだろうが、「わかっちゃいるけどやめられない」なら、それは「わかっちゃいない」ということだから、どんどんしょっ引かれるしかあるまい。少女買春でしょっ引かれたらオワリだろ?みっともなさ過ぎ。
     
    それでもおっさんは若い柔肌に憧れるなら、お楽しみの後には地獄が…との覚悟でやれ! 若い男の子の少女遊びだが、これは回春というより、需給の問題だ。昨今は供給過多に思える。性をファンションのごとく考える少女が多い現状では、仕方がない。供給過多なら生産調整するのが経済効率だが、少女の性への憧れを他人が止められない。
     

     

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    自分に正直に生きて、誤った方向に進んだ者がいたのだろうか?もし、自分の思う通りに生きて後悔するというなら、いったい人は誰の思い通りに生きればいいのか?誰かのいう通りに生きたら後悔はないとでもいうのか?それはないだろう。結果的にどちらか一つの生き方をやるしかないし、論理で突き詰めると自分を信じて自分の思う通りに生きるのが良いとなる。
     
    「後悔」という言葉がある以上、人は後悔する生き物だ。無くても後悔はする。一つの選択しかできないなら後悔はある。「後悔しない生き方」などという本もあるが、「後悔しない生き方」を読んだばかりに後悔するかもしれない。後悔しないというのを端的にいうと、ああしておけばよかった…、こうすればよかった…ということだが、後悔しないことがそれほど大事とは思わない。
     
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    ああすればよかったのにこうした、こうするべきだったのにああしたなど、自分の意思とは違う行為をした場合の後悔と、自分の思いどおりに生きての後悔とは違うし、後者はむしろ後悔すべきでない。意思に逆らった行為で後悔しても、それについて反省し、修整できるるし、それで自分が以前より大きくなることだってある。「失敗は大事」と言う言葉はそれをいう。
     
    ただ、「うちはな~んにも考えないで生きてるし、そうするのが好き」みたいなことを自慢げにいう女がいる。人の生き方だからどうでもいいが、よくよく聞けば"考える力がない"、あるいは"考えるのが面倒臭い"からそうしているに過ぎず、何も考えない行動が、考えた行動に勝るはずがない。だのにそんなことを言うのは、頭の良い女ではないことを自ら公言している。
     
    ある局面で何が正しいか、何が最善かを考えるのは難しい。それは未来のことを予測しなければならないからだが、霊能師もそうだが、自分には予言能力、予知能力があるなどという人間は、「自分は先が見えるので間違いを起こさない」と言ってることになる。そういう能力があるのか、そういう人の言葉を信じるかはさて置き、自分の事は自分で考えるのが基本だ。
     
    「何も考えないで生きてる以上、起こった事に後悔はしない」というのは良いことだが、後悔はしなくとも、最善を生きたとは言えないし、善を尽くしたとも言えない。が、そういう人間は、「別に最善なんかどうでもいいし、わたしは普通に生きたいだけ」みたいな言葉を用意している。こういう人間と話していても、前向きな何かを感じることはない。
     
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    人が親や他人や、周囲の誰からも影響を受けず、自分の感じるままに生きてるなら立ち入らないほうがいい。「それはどうかな?」とか、「こうしたらいいのでは?」などの工夫や助言も不要なんだし、ある意味で「神」の聖域である。そういう生き方もあるんだし、尊重してあげるほうがいい。ただ、人は間違うから成長し、上手く行かないから工夫や思考もするわけだ。
     
    人は人の影響を受けて成長するが、こういう人はあまり他人と会話をもたない。すべてを一人で行い、一切を自己完結するなら他人と話し合う余地はない。強い人というのだろうが、人は弱い時代も必要だ。人間がより良く生きて、後悔しないためにはどうすればいいのか?本当に後悔しない生き方があるのか?などの疑問の前に、「後悔しない生き方」が載っていた。
     
      ・健康を大切にする
      ・やりたいことをやる
      ・夢を叶えておく
      ・他人に優しくする
      ・人の意見に耳を傾ける
      ・趣味に時間を割く
      ・行きたい場所へ旅行する
     
    上の項目はいかにも人間が考えつきそうなことで、文字にすればそれなりの言葉に聞こえるが、いかにも抽象的で反論はいくらでも可能だ。常に健康で、やりたい事をやり、夢も叶え、他人に優しくでき、人に耳を傾け、趣味に時間を割き、行きたい場所に旅をする。こんなことができたら後悔しないとどうして言えるのか?行きたい場所に旅行するという項目でさえ難しい。
     
    難しい事を"やれた"ことで後悔しないという言葉のすり替え。「夢を叶えておく」など安易に言うだけでもメデタイ人間よ。念願のメジャーを果たし、今年からソフトバンクに移籍する松阪大輔はかつてこのように言った。「ぼくは夢という言葉は嫌い。見る事はできても叶わないのが夢。メジャーで投げられると信じ、目標としてやってきたので今ここにいる。」
     
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    「夢を叶えておく」など簡単に言うなって。夢が叶えば後悔しないのは当たり前だろ?と、他人の言葉にイチャモンつけるくらいなら自分で考えた方がいいわけだが、「後悔しない方法」ってのはないと思う。どんな風に生きても後悔はあるし、あえていえば後悔も大事であろう。要は自分の意思で、自分のために何かをすることだ。自分のためにした事なら失敗も生きる。
     
    自分のための失敗なら、自分のための後悔であるし、自己責任における失敗や後悔は、行動について回るものだ。だから、失敗し、後悔することで、次ぎはそうならないよう工夫を加えて新たな挑戦もできる。失敗、後悔が悪いなどというのは見出せない。負けて群れていたら何も気づかない。群れる場所は責任転嫁をする場所。そうではなく一人で自分の負けを認める。
     
    自分が負けているのを自覚することで、自分の上にいる者への挑戦心が損なわれずに入れる。勝って、勝って、勝ち続ける人もあるときすべてを失った方がいい場合がある。頂点を極めた者があれよあれよと落ちていくのをいろいろ見たが、印象にのこっているのは、将棋の羽生善治名人である。彼は、1996年2月14日に残る最後の王将位を奪取して7冠を達成した。
     
    将棋界の全タイトルのすべてを取る偉業であった。ところが以後は次々とタイトルを失い、2004年には王座というタイトルのみとなった。羽生の一冠は11年と9ヶ月ぶりであった。この頃の羽生は誰の目にも挫折に思えた。特に名人戦で森内俊之九段に勝てないことでの苦悩は相当のものがあったろう。そんな羽生が昨年の名人戦で森内を4-0で蹴散らした。
     
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    森内は昨年名人位の他に竜王位も奪われ無感となった。新竜王は馴染みのあり広島出身の糸谷六段であり、彼は竜王挑戦者になった9月に七段となり、竜王位を奪取したことで八段となった。彼は奨励会時代から幹事の畠山鎮七段に最も多くの礼儀作法の注意を受けたいわくつきの人物である。「周りの意見などどうでもいい、生きていくのは自分だ」という典型的な現代若者気質。
     
    それでいい場合もある、よくない場合もあるが、身につくなら周囲や他人への配慮も有る方がいい。ある部分において優れた能力があるなら、他の部分はガサツでいいということにはならないし、トータルとしての人間性を周囲は見てしまう。見ない人間もいるにはいるが…。寝癖をおっ立てて平然と正装和服で現れる羽生名人を「将棋以外の事は頭にない表れ」と周囲は許す。
     
    では、寝癖のことに1分時間を割いたら、羽生は将棋が弱くなるのか?24時間のうちのたった1分を身だしなみに割けない彼を自分は頓珍漢と思っている。いろいろな事に配慮ができてこそ人格であろう。羽生名人は周囲が寝癖を望んだとしても、それをすべきでない。糸谷竜王も今は26歳だから甘えがあってもいいが、他人から見た自分を見る事も大事と分る日はくるだろう。
     
    本当に忙しい人は、「忙しい、忙しい」などと言わない。なぜなら、時間は作るものであり、「忙しいから」は言い訳にならない。忙しいが口癖の人間は、性格を表しているのだと思っている。同様に身だしなみの1分を惜しんで将棋に集中するというのではなく、周囲に甘え、自分に甘えている。「忙しい」といって甘えているのと何ら変わりはない、精神年齢のお粗末さだ。
     
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    糸谷竜王の我関せず的振る舞いを、「大物の片鱗」と形容する人がいる。おそらく正しいかも知れない。しかし大物とは、その方面で大きな影響力を持つ人間だから、大物の行為を大物でない人間が真似る事もあろう。そういう社会的影響力を考える時、大物は、大物的独尊的行為をしないのも立派な大物の証しである。謙虚に礼儀正しいから大物でないとは言えないのだから。
     
    糸谷竜王も「大物ぶりを発揮する小物」にならないよう注意すべきだし、44歳になっても人前に寝癖をさらすようでは羽生も小人物であり、決して尊敬の対象とならない。ある一面が優れているから、他も優れていることはなく、他は他で補う事も必要となる。身近にいれば付き合う、付き合わないにはいろいろ加味されるし、優れてるから何でも許されるは自己陶酔タイプ。
     
    自分はあまり人間関係で苦労したり悩んだ事はないが、大きな理由はイヤな奴とは付き合わないと決めてるからだ。「みんな仲良く」は幼稚園の標語であり、誰にも嫌な相手は出現する。人間関係というのは、神経質になればだんだん悪い方に向かっていくもの。巷にいう"箸の上げ下げまで気になりだした"、という夫婦が終焉間じかであるように。
     
    イヤだなと思う相手にはそれなりに理由も原因もある。金銭や時間がルーズであったり、無神経であったり、そういう相手にアレコレいっても「観念」は一朝一夕には直らない。これは双方にとっても不幸である。「相互の好き嫌い認知は一致する」法則によれば、こちらが嫌いなら相手も嫌っている。気の合う人間は心地いいが、そればかりにも問題がある。
     
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    双方が嫌いなら付き合わなねばいいのに、人はこの単純な事実を無視してうまくやろうとするから苦労する。どうしても付き合わねばならない情況なら、「相手の短所に目をつむる」くらいは必須であろう。にも関わらず無神経な相手なら、最小限度に関わるしかない。将棋の陰険な戦術に盤外作戦というのがあって、相手が気にすることをワザとやって精神を乱す。
     
    それで乱されるのも人間だが、相手の意図を察知し、同情するくらいになれたら達人の域だ。実社会でもあるだろう。何で相手は自分を目の仇みたいにするのか?理由は相手が自分を意識しているからで、ブスが美人に僻むのは止められないから、相手の心中を慮ってやることだ。人の付き合いには浅い付き合いと深い付き合いがあり、人は深い付き合いを大事に考える。
     
    が、本当に豊かな人生を送るには浅い付き合いを上手くやって行く方だ。なぜなら、たとえ親しい関係といえどもそんなに深刻に付き合う事はそうそうない。深い付き合いをする人もそうそう多くない。だから、浅い付き合いを円滑に大事にする。人と付き合い始めると、だんだん親しくならないといけないとか、オカシイとか思う人は多いが、その考えこそがオカシイ。
     
    恋人同士ならそうなるのが自然だが、それは互いが"特定の相手"と認識し、そうなりたいと思うからだ。昨今は体の関係が決して深い関係とは言わない時代のようだが、"かつては一線を越えた関係"という認識だった。処女を戴いた相手には自ずと責任感も生じた。なぜなら処女は女性にも大切であった。昨今はバージンのバーゲンセール。大安売りの様相。
     
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    これでは大事にされなくとも当前。処女が大事なのではなく、「人」を大事にしようという我々の世代観であっては、人は自分を大切にしなきゃ。「他人をまるで風景を見るが如き」と形容するように、人が人を大事にしない時代になっている。それだけ人間関係も希薄になり、互いが心を許せないいかめしい存在で、何でそんなに用心する?と感じる場合がある。
     
    浅い関係しかできないというのと、浅い関係を大事にするは似て非なり。前者は望ましい関係でなく、後者はよい関係である。前者に余裕はなく、後者は客観的でゆとりがある。前者はともすれば敵対心となるが、後者は友好心に満ちている。前者は間があいたりすると「何かあったのか」、「嫌われたのか」などと不安が過ぎるが、後者は数ヶ月会話がなくても不安が過ぎらない。
     
    数日前に歯科医院の受付で支払いをするとき、受付さんから「これ使ってください」と、歯ブラシ、歯磨き、うがい薬などのものをパッケージに入れて手渡された。ビックリして、「えっ、えっ、なんですかこれは?」というと、「いつも楽しくさせていただいてお菓子もいただいてるので…」という。「こちらがお世話になってるのに、気を使わないでくださいよ」と…。
     
    開けるとメッセージカードが入っていた。いろいろな歯医者に行ったが、歯医者ってとこは黙って口を開けているだけの認識だが、今の医院は愛想もよい。ちょいと発信してみてそこは分る。一度予約をすっぽかし、「これで許してくれます?」と、お詫びにお菓子を持参した。「○○さんって、実はオモシロイ人だったんですね。最初は堅い人かと思ってみてました」
     
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    「最初はね~、ネコかぶってたんでしょう?地を出すところでもないから…。来たくないところは来るのが楽しくなる方がいいですからね」と今は和やかである。浅い付き合いの場所だが、浅い付き合いの前提で楽しくやる事はできる。今は相当突っ込んだ話を誰ともするようになった。人間関係と言うのは二つの「そんな人と思わなかった」で成り立っている。
     
    親しくなってアラが見えて嫌悪感から「そんな人だと思わなかった」と、これは口に出さないで心で思うこともある。反面、親しくなって仏頂面が実は虚像で本当は愉快で楽しいから、「そんな人だったんですね」ならこちらが勝る。人は社会の顔と本音の顔を持つが、カラを脱ぎ捨てることで「意外」というのは結構ある。但し、女が服を脱いで「こんなだったんだ」は禁句。
     
    いつも「キレイだね」といってあげよう。三段腹を気にしてようが、乳首の黒ずみ、大きさを気にしてようが、どこか一つでも褒めるところを見つけられるはず。人間関係とは得てしてそういうものだ。相手のネガティブな面、マイナス点ばかりが気になるのは、こちらの人間性に問題があるのだよ。自分の観察眼、至らなさを棚にあげて人に文句をいうのはダメだね。
     
    心が大きくならないと視野も大きく広がらない。浅い関係でも良好に続けていくためには、常に「初対面のつつましさ」を忘れずに付き合うことだ。「つつましさ」の根底にあるものは、自分自身の弱みの自覚である。が、驕り高ぶった人間にはこれがない。つまり、人に好かれるポイントがない。相手の弱みばかりを攻撃する人間は、大抵の人間関係を壊す人だ。
     
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    相手に感じたことを発信するのは構わないが、その言葉が愛情からの発露であるか、鬩ぎであるかは伝わるものだ。難しいのは被害妄想、被害意識の強い人。こういう人には何もいえなくなる。何もいえない=人間関係が樹立しない。被害妄想の強い人は、その点をよ~く認識して改善に努めること。相手の善意な言葉にも牙を向けていては人は逃げるよ。
     
     
     

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  • 01/25/15--17:39: 欝に寄す
  • 現代人の風邪といわれるくらい、多くの人が罹患する鬱病(以下うつ病)である。横浜労災病院の江花部長はうつについてこのようにいう。「うつ病の患者さんは約600万人以上といわれ、それだけうつもポピュラーな生活習慣病と捉えられます。ならば、うつと共に生きる選択肢があってもいいのではないでしょうか。日頃、うつになるリスクは高いと考える方が無難です。」
     
    うつ病というものがどういうもので、どういう風になのかまったく分らない。なった事がないが辛いものらしい。長いことうつに悩まされた、苦しんだなどという芸能人の記述を読むと、何でうつ病になるのだろう?という疑問さえ沸いてくる。一度なってみるとどういうものか分るのだろうし、辛さ苦しさも分るのだろうが、どういう症状がでるのか、とりあえず調べてみた。
     
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    【マイナスな感情(不安、悲しみ、焦り)】…うつ病最大の症状。思い当たる節がない、自動的な不安や悲しみが特徴。若い人だと焦りがメインに出てくることがあるので、端から見てると落ち込んで見えなくてうつ病に気づくのが遅れることもある。この先何も良いことがないんじゃないか、自分はダメなやつだ、何をしたってムダなんじゃないか、っていう考えも起きてくる。
     
    【やる気がでない】…2番目あたりに多い症状。最初のうちは仕事に取りかかれずにグズグズするくらいで、症状が進むと趣味をやる気もなくなってくる。楽しいことをする気になれないのだ。こんな風になりたい、という希望もなくなってくるので、前向きな努力がしづらくなる。さらに進むと外出する気がなくなる→着替えや洗顔、入浴をするのが面倒→布団から出られない。
     
    【眠りが悪い】…眠れない方面の悪化と、寝過ぎ方面の悪化がある。眠れない方面は不眠とか睡眠障害とか言われる症状。寝付きが悪い、夜中に起きる、朝早く目が覚めるというのが3大症状。眠りが浅いというのも不眠の一種。ただし、不眠症とは違って全く眠れないケースはまれ。寝過ぎ方面は、ズバリ過眠。昼まで眠いとか一日中眠いとか。
     
    【頭が回らない】…働く人にとって切実な症状。いわば「仕事ができなくなる」。最初のうちは「勘がにぶる」、「アイデアが浮かばない」くらい。やがて物事の優先順位が分からなくなってきて、何が大切なのかピンと来なくなる。体の動きが遅くなる、口数が減る、会議で自分の意見が言えなくなるという事も。若くても物覚えが悪くなったり暗算が苦手になる。
     
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    【症状は朝悪く、夕方楽になる】…よほど重症でないかぎり、こういった精神症状が1日中最悪ということはない。朝が悪くて次第に楽になる「日内変動」という傾向が一般的。「昼からは平気だから、自分はまだ大丈夫」と思うのは間違い。その変動こそがうつ病の特徴。最初のうちは朝の出社が辛いところから始まる。特別イヤなことがあるわけじゃないのに行く気が起こらない。
     
    【強い罪責感】…典型的なうつ病では、特に理由もなく自分を過剰に責めたり、過去の些細なことを思い出しては悩むといった症状が見られる。自分を責めるあまり、「自分はこの世からいなくなった方がよい」と思いこんで、会社の業績が落ちたことまでを妄想的に自分の責任だと思い込むようになったりする。
     
    【自殺念慮・自傷行為】…これはもう最悪であり、ここまで来ると一刻を争う。自然と死にたくなる、どうしても手首を切る、という症状。思い詰めて決心して死ぬ人もいれば、自分でも意識せずフラっと自殺してしまう人もいるようだ。しかも怖いのは、これが慢性的になって自分でも慣れてしまうということ。
     
    【その他の身体的症状】…どこかが痛い。食欲不振・食欲増進。発汗。めまい。性欲減退。胃腸の具合が悪い。耳や目が悪くなる。

    ざっと読んで大変な病気のようだ。うつ病の比較的初期症状として、「不安感」はほとんどの患者に見られる。うつ病によっていろいろな症状が重なり、今までできていたこともままならなり、「自分はこのままどうなってしまうんだろう」、「周りからどう見られているんだろう」、「一人でいることがたまらなくつらい」といった不安が次々とおそってくる。
     
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    診断はどうなのか?現在のところ「うつ病」などの精神疾患を診断するための決定的な検査方法はない。血液検査や画像検査でうつ病を診断することができないため、医師と患者あるいは家族などの周囲の方との面接、問診から得られた情報をもとに診断する。近年、米国の精神医学会によって作成された「DSM-IV」と呼ばれる精神疾患の診断基準が多く用いられる。
     
    発症に際してハッキリした理由が見当たらない場合、「内因性」という診断が付く。単極性うつ病の発症においては、発症を導くような誘因がないというわけではない。例えば、転居、転勤、昇進、子供の結婚、近親者の死去、別居、地位や財産を失うなど、急激な負担の増加・軽減といった事柄の影響が多い。ただし、これらはあくまで「誘因=きっかけ」である。
     
    これに併せて、患者の生育歴ならびにこれまでの病歴、家族に同様の病気になった方がいないかどうか(遺伝性の有無)また、患者本人の病前性格(うつ症状が出る前の性格)について確認される。①一般的には真面目で頑張り屋、②完璧主義で何でも自分がやる、③自己評価が低い、④人に相談できないなど。内因性うつ病にかかりやすい病前性格として、以下挙げられる。
     
    反対にうつ病になりにくい性格というのは、①部屋が汚い、②遅刻をしやすい、③忘れ物が多い、④仕事(勉強)がいつも一夜漬け、⑤感情の起伏や好不調に波がある、⑥好き嫌いによって集中力や完成度の差が激しい、などと書かれていたが、信憑性はない。どれ一つとってもデマっぽい。うつになりにくい性格がどうであれ、それになれるわけではない。だったら不要だろ?
     
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    ただし、いつも温和な人はキャパシティが高いのではなく、いい人ぶったりで我慢をしているから、異なった意見や対立した人たちの板挟みになりやすく、ストレスを溜めやすくうつ病を発症しやすいといえるかも。子どもの頃から毎日親と言い合いし、結局小学生の自分が母親をバカと見下せるくらいにバカだったから、ひれ従わずに済んだ。もし、反抗できなかったら…
     
    考えただけでも怖ろしいが、完璧に自己の精神が内部分裂し、壊れていただろう。壊れていたというのは、親にひざまずいて、作られた嘘の自分を生きることになったと思う。親が怖いという人間に遭遇する度に、「親など恐るに足りない。嫌なことはは嫌と言った方がいい、殺されるわけでもないのに」などという。親はが正しいは絶対にあり得ないという自信。
     
    正しくないことを押し付けられたり、いい含めようとするときは、ただ逆らい、無言の反抗をするのではなく、したくない理由を述べること。剛直な親はそれでも「お前のため」などと自分の都合を子どもに転嫁させたりするが、それとて信じないこと。自分にとっての善い悪いは、自分で決める」くらい言って、親に腹を立たせた方が利口というものだ。
     
    一休さんは、大人を頓知で一蹴したとなっているが、大人(親)より自分が正しいと思って何ら差し支えない。が、大人はこましゃくれた子どもを嫌うので、ちゃんと論理を磨いて、反論できないようにすること。子どもが論理で大人(親)をやっつけられるなら、すべての主導権は子どもが持つ。そこまでせずとも、善い親というのは子どもに自主性を持たせようとする。
     
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    子どもにとって不幸な親は権威で押さえつけようとするが、これに勝つには理屈しかない。理屈は人を説得(納得)させる事ができる唯一のツールであろう。もう一つ「信頼」という高次なツールがあるが、子どもが親に信頼を得るのは難しい。何をやっても親に信頼される子どもというのはひとくくりの天才だから、凡人は理屈でもって反抗するしか手立てはない。
     
    かつて精神主義が信奉された時代にあっては、子どもの躾として体罰が間違った方法であることは異論はないが、たとえ暴力をふるわないとしても「言葉による暴力」は子どもの成長に悪影響を与えるという研究結果が出ている。アメリカで13歳、14歳の子どもを持つ家庭976世帯の2年間の聞き取り調査で、怒鳴りつけるしつけ法と子どもの問題行動との相関関係を調査した。
     
    結果明らかになったことは、13歳の子どもが母親や父親から怒鳴りつけるしつけを継続的に1年間受けた場合、問題行動を起こす確率が増加し、また子どもがうつ病の症状を示す確率も増加していたという事実であった。驚くべきことに、母親と父親が深い愛情をそそいでいたかどうかは、子どもの問題行動と抑鬱症状との強い関連性に影響を与えなかったということ。
     
    さらに問題行動の多い子どもたちは日常的によく怒鳴られる傾向にあることも明らかになった。子どもを怒鳴りつけたり批判したりのしつけを続けることは、子どもを気むずかしくし反抗的にし、子どもをこき下ろす親は、子どもに無関心な親と同様、正しい教育が出来ていない。子育てにおける三大要素は「良いコミュニケーション、愛情、規律」と心理学者のバーンスタインは定義する。
     
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    怒鳴りつければその時は子どもは行動を止めるが、それは何かが身についたことにはならない。大事なことは子どもの行動を正しく認識し、良い振る舞い見つけ、それをきちんと褒めること。これができれば、子どもは親に敬意を払い、悪い行動を減らす。怒鳴りつけて管理をした星野監督が果たして選手に何かが身につけたか?こういう管理は短期には効果があっても長続きはしない。
     
    大人なら誰だって嫌な上司の言う事は聞きたくないし、尊敬する人の言う事を聞こうとする。子どもを怒鳴りつけることで素行不良やうつ病を引き起こすというが、親が子どもを壊してどうする。脳の病が難しいのは、脳は他の臓器と違って一部分を取り出し、病理検査ができない。したがって脳は常にブラックボックスであり、現状のうつ病治療は暫定的な「見込み治療」といえる。
     
    名古屋でうつ病患者を定期的に集めて聞き取りを行っている「名古屋うつ病友の会」の伊藤訓之代表も、精神医療の「うつ病治療」に疑問を抱いている。「ほとんどの患者さんが2年以上、10年もうつ治療をし、医師に対する不信感は増えるばかり。これには患者自身の錯覚も関与している。うつになる前のバリバリ働ける自分に戻レると思うあまり、完治しないと治療意欲を失う。
     
    医師も患者さんが診察に来た時に病状が悪化・緩和くらいしか聞けないし、患者も詳しく話さないので、抗うつ薬を処方されるだけの治療になってしまう。医師は患者の日常生活を知らない。限られた診察室の中だけの会話で治療を進めている。之では何が問題か、抗うつ薬は必用か、と言う判断材料も得られない。こんな治療態度で抗うつ薬だけ飲んで完治するとは思えない。
     
    イメージ 2患者の精神医療への不信感が募る中、「治る」に疑問を抱く精神科医も少なくない。沖縄県名護市の精神科医蟻塚亮二医師は、「医者の力だけでうつは治らない」という。「病気を図形の円で考えてみると、うつになった起点があり、抗うつ薬が効いたとしても円を描いて同じ起点に戻ってしまうのでは、頑なな自分と言うストレス環境に置かれ、うつは再発する。」病気になったということは、元の自分に何かの変化が起きたということ。病気が治ったとしても元の状態には戻らない。それはガンなどの病巣を取り除いても元の自分に戻れないことを前向きに考えないと再発の危険性が高まるように、うつも同じこと。ならば精神医療は無力なのか?「患者が治療に参加する事が大事で、医師に任せきりではいつまで経っても治らない。
     
    新しい自分と、新たな生き方を患者さん自身が発見しなければ楽にはなりません。医師はその手助けをするだけです。主治医はあなたなのだから」と、蟻塚医師はいう。患者には薬信仰が強く、その効果を疑いながら抗うつ薬を処方せざるを得ない場合が多いと蟻塚医師も嘆くが、なぜそんなことが起きるのか?我々はよく「病院に薬をもらいに行く」などという。
     
    日常何気に言い、何気に耳にする言葉。日本には優れた国民皆保険制度があり、これによって少ない医療費で高度な治療を受けれるが、その恩恵を誤解し「治療費はタダ」と思っていないか。実際は高額な保険料を払い、その上、診察毎に三割の自己負担。薬とてもらっているのではなく、「買っている」という意識が希薄であると、多くの薬をもらうと得した感となる。
     
    このように医療保険財政の逼迫は患者側にも問題がある。人間には二種類あって、すぐに医者や薬を頼る人、医者嫌い、薬嫌いの人。自分は典型的な後者で、少々のことでは医者にもいかないし、薬は毒だと思っている。数年前に捻挫をしたときもネットで調べて自力で治した。捻挫は骨折と違って、患部の把握と考える力があればそんなに難しい治療ではない。
     
    風邪を引くなと思えばたくさん着こんで発汗させ、意識して栄養を取る。特に喉辺りにマフラー類で防護し、どてら巻き状態で早く休めば風邪の方から逃げていく。医者に頼った大きな疾病手術は盲腸と大腸がんと包茎と童貞再生手術くらいか?その昔、「処女膜再生手術」というのが流行った事がある。何のために破れたものをワザワザ縫い合わせる必要がある?
     
    イメージ 1結婚相手に処女と思われたい女の切なさと、「処女信仰」という時代錯誤がバカげた事を容認した。『白日夢』(1981年)などに主演したポルノ女優愛染恭子が18歳デビューしたときは処女で、初体験は20歳と述べている、そんな時代である。彼女は1984年アダルトビデオ『サバイバル』の処女喪失シーンを演じるために「処女膜再生手術」を受けて話題になった。80年代初頭にストリップに出演、御開帳で「公然猥褻罪」で二度の現行犯逮捕を受けた。愛染出演の際は警察が劇場に紛れ込んでいたが、それを承知で観客に喜ばれたいという女の心意気である。彼女の引退記念映画『奴隷船』(2010年)で見せたポルノ女優看板抜きの演技はそこそこ評判であった。愛する男で変質者の吉岡睦雄と逢引しやすいよう、うつ病を装って入院するのだ。
     
    そんな愛染を尻目に、しげしげ見舞いに通う夫那波隆史の切なさを、カタカタという下駄の音で表現した演出は見事。そういえば『白日夢』の5年前、日・仏合作の『愛のコリーダ』は、性器丸出しの外国版を主体に撮られ、日本上映版は結合部がボカシでアウト。わざわざモロ版を観るためのグァム・サイパンツアーが旅行代理店で組まれて大盛況であった。
     
    【 『愛のコリーダ』鑑賞ツアー 】とうたってないが、口から口へと瞬く間に評判となり、日本からの多くの女性客で空きナシ状態となる。2年前に上映され話題になった『エマニエル夫人』が女性客で長蛇の列を作った余韻冷めあらぬ中、時代はポルノ解禁と女性の性の自由化に邁進して行く。
     
     

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  • 01/26/15--07:11: 人はなぜ騙される?
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    人が人に騙されるパターンは大きく分けて二つある。一つは「もうかりまっせ!」、もう一つは「苦しい、助けて!」である。前者は投資詐欺などで、詐欺商法や誇大広告などの広義にこの部類に属すのではないか。後者は振り込め詐欺、結婚詐欺など人の弱みに付け込んだ騙しの手口である。人がなぜ騙されるのかは、騙す人間がいるからとか、騙す方が悪いからとか。
     
    そんな事を言ったところで何の意味があり、何のご利益があるかを考えてみよ。騙す側の責任にして何が解決するのか?騙す人がいなくなる世の到来を望んで実現するとでも思っているのか?確かに騙す人間が一掃されれば騙される人間はいなくなるが、どうやってこの世から騙す人間をいなくできるのか?寝ぼけたことをいうなであろう。とするなら…
     
    騙される人間が騙されないようにする方が現実的である。「騙される人間が100%悪い」これが自分の持論である。これには騙す人間は0%も悪くないのか?と、そういう意味ではなく、騙す人間が20%悪い、50%悪いといったところで無意味という論拠から導かれた理念である。騙されない人間になるためには、なぜ騙されたかを遡って考えてみることだ。
     
    誰だって騙されたことはあろうし、自分なんかその数は自慢できるほど多いと思っている。「もうかりまっせ!」と「苦しい、助けて!」の他にもう一つ「無知・幼さ」というのがある。年端もいかない少年・少女が騙される理由はを一言で表現するなら「無知・幼さ」というのが手っ取り早い。これにはどう対処すればいい?方法があるのか?を、最初に思考する。
     
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    このブログにも書いたが小学3年生のときの天体望遠鏡接眼レンズ事件を取り上げる。自分の人格形成に大きな役割を果たしたこの事件は、過去に4度もブログで取り上げているくらいに自分にとって悔いの残る大きな出来事だった。確かに悔いは残るが、その時に、そうしよう、どうするべき、どうすればよかった、について何ら行為をできなかったのは明らかだ。
     
    相手を憎むことすらできなかった。自分が貸した物を、トイレに落としたと言われたときに自分が感じた精神状況を50年以上も克明に忘れないのは、やはりショック度の大きさであろう。全く言葉を返せず、半べそ状態の自分は、悲しさをこらえるのがやっとであったし、同級生にそれだけのことを味わされたのだが、味わさせた岡本は相当に罪深い人間である。
     
    彼の嘘は明白で、他人のものを手に入れる手段として、それが彼の方法だったのだ。もう一度タイムマシンであの日、あの場面に戻って、大人の考えで彼の嘘を実現させない自信はある。そう考えると、実はうそと言うのはつかせる側にも責任がある。彼に嘘をつかれた悔しさより、彼に嘘をつかせてしまった自分の無知、不甲斐なさが悔やまれるのだ。
     
    だから、あの場面がやりたい。できるのなら…。同じような思いを生きる人間は多いだろう。なぜあの時、何もできなかったのかを悔やんでいる人間であり、それこそが人間を偉大にさせている部分でもあろう。印象に残るは1979年のプロ野球日本シリーズ第7戦近鉄-広島戦で、スポーツドキュメント『江夏の21球』として、ノンフィクション作家山際淳司が書いたもの。
     
     
    点差は4対3で広島リードのまま9回の裏ノーアウト満塁の場面で、代打で登場したのが佐々木恭介である。その佐々木はカウント2-2から江夏のカーブに空を切った。「2球目を見逃した悔いが野球生活のすべて」と言わしめた佐々木は、「もう1回何がしたいと言われたら、これがしたい。この場面がしたいです」と語る佐々木の真剣な表情が印象的だった。
     
    大人になった自分が小学3年生のときのことで、「あのときどうして○○言えなかったんだろう」と思ってみても、それは無理というものだ。貸したものを便所に落としたといわれて、それを真に受ける幼い脳ミソを悔いても仕方あるまい。それで悔いるのはなぜだろうか?ある事に対して、"何が最善か?"と思考するのが習性になっているからかもしれない。
     
    あの時の最善を、大人になって見つけたのだ。10歳には10歳の考え、20歳には20歳の考え、40歳には40歳の考えしかないのだと。その時には分らないが、年を重ねてみたときにそれを実感する。30歳は子どもだった、50歳もまだまだ甘かったなと思えるのは、自分がさらに成長しているからだろう。自分が成長したかどうかは他人には分かっても自分に分かりづらいもの。
     
    が、過去を振り返って、"なんであのとき、ああしかできなかったんだろ?こうする方が全然よかったのに"と、そう思えたら成長しているのだ。自分の成長を自らが確信を持った瞬間だろう。20歳ころの日記を30歳で読み返したときに、"なんでこんなくだらんことで悩んでいたんだろう"と思えたなら、自分が成長してるんだ。が、20歳のときに最善が分るはずもない。
     
    イメージ 3後悔とは成長であろう。人は後悔したらいい。何十年を経て最善が見つかったら素晴らしい。その時には見つらないんだから。人間の進化は、思考の進化。肉体も進化するが、言い換えるなら老化に向かっている。トレーニングを継続して若々しい体をそれなりに維持する事は可能だ。もちろん、思考も鈍くなり老化に向かっているが、やはり脳トレによって遅らせる事は可能。
     
    ひと口に老化といっても、80歳、90歳近くになっても健康的な人はいる。それでも老化は避けられないが、科学の進歩によって老化を早めたり、遅らせたりする食物や生活習慣の存在が分ってきた。それは「アンチエイジング」という学問にもなっている。「噛みトレ」という言葉もできた。いうまでもない「噛むトレーニング」である。噛むが脳によいといわれている。
     
    さて、本題に戻ろう。「人はなぜ騙される?」についてハッキリした答えがある。それは相手の言う事を信じるからだ。「そんなの当たり前だ」と言うでない。現に人は人を信じて騙されているし、この当たり前のことを防ぐ手立てを考える前に、「人は人を信じるから騙されるのだ」と復唱してみたらいい。そうすれば、当たり前のことに防ぐ手立てがないのがわかるだろう。
     
    机上の空論をあえていうなら、人が言う嘘と本当をしっかり見極めれば、人は人にだまされない。それは可能?答えは「No!」だ。人に絶対に騙されない人間などこの世にいない。例えば誰かの前で、「昨日は腹痛を起こして下痢した」と嘘を言ったとする。これを「それは嘘だろ?」と見破る人間はまずいない。なぜなら、そんなことを疑う理由がないからだ。
     
    嘘であっても本当であっても、どうでもいいことに人は騙されたと思わない。別段、「嘘だよ~」とバラす必要もない。さらにいえばそんな嘘をつく意味もない。自分だってそんな程度の嘘なら100回でも1000回でも騙されてやりたい。そうではなくて、自分の財産を失うとか、目減りするとか、精神的なダメージを受けるとか、そういう嘘には騙されない自信がある。
     
    その自信は何か?相手の腹を読む、嘘を見破るというのではない。そんなあやふやな能力は時として失敗する。「自分は人の嘘は確実に見破れる」などと豪語する人間が、大きな嘘で騙されたりするのは、自信そのものが問題であるからだ。自分は人を的確に見破る能力なんか持ち合わせてない。それでも絶対に騙されない自信は、相手の言葉をハナから信じないからだ。
     
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    こちらに利益を誘導するとか、生活が困窮して助けて欲しいとか、いろいろなことを言われたところでまず信じない。それが嘘とか本当とかの以前に、信じない自由はあるわけだから、仮に自分に大きな利益がもたらせられるとして、それが本当であっても信じないのは勝手だと思う。それで自分が損害をきたすわけではない。得をしなかったかもだが、損したわけじゃない。
     
    これが自分が騙されない自信の根源である。「上手い話に裏がある」というように、そんな一攫千金を何も人に勧めなくとも、本人がやったらいいんだよ。そういう疑問に対して取ってつけたようなことをいうが、そんな事も一切信じない。こじつけでしかないし、信じる人間はもはや騙されたも同然だ。お涙頂戴と同情を乞う言い方をする人間もいるが、結局言葉だけだ。
     
    実際どうなのかを見せたわけでもあるまい。若い女の結婚詐欺に騙される男は、みんなありもしない同情話を信じるからだ。「父が大病で手術するのでお金がいるんです」というのを、人はなぜ信じるのかを深く考察して分るのは、嘘っぽいなと思っても、それを嘘だとか信じないで証拠を見せろとか疑うのは相手に悪い。相手を困らせる。相手を傷つける。このように思う。
     
    嘘かどうかを確かめないで、相手を追い詰めるのが悪いと思う時点、そういう遠慮や配慮をする点において男は女に騙されてしまっている。これが「男は女に甘い」ということ。女に厳しくなれない男は、女に好かれたいという欲望、願望があるからで、女の嘘に慣れていない男の悲しい性。あえていうが、自分が女に騙されないのは、過去に多く騙されたから。
     
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    月謝を払ったと言う事。それらについて悔い、相手のせいにしなかったこと。どうすれば騙されなかったかを考えたこと。それらから得た結論は、人を安易に信じる自分の甘さ、賎しさであったこと。女に嫌われたくない、あわよくば好かれたい、あやかりたいというスケベ心が災いした。「そんなもんだ、男は」そう納得させる男も多いが、そういう妥協が許せなかった。
     
    「友情の多くは見せかけであり、恋の多くは愚かさにすぎない」はシェークスピアの言葉だが、無理して友人をつくることもない、恋人を作ることもないのよ。無理をせずとも生まれる友情はあろう。自然にしていて芽生える恋もあろう。携帯電話やネットで簡単に友をつくり、友人と言ってはばからないが、ちょっとした友だちを友人にしたいようだ。錯覚と言うか自己満足だろう。
     
    自己満足が悪いとは思わない。自己満足が好きならそうすればいいのであって、批判はしないしする気もない。教育学者の斎藤孝も「友人は無理に作る必要はない」といっていたが、そういうものだろう。友人とは相対的な関係であり、一方的に「欲しい」と望む存在でもない。恋人とて同じこと。欲しいという気持ちで生きていれば、ある日偶然にできたりするものよ。
     
    「魔性の女」という言葉がある。「魔性の女」が存在するのかどうかは知らない。いろいろ見聞きしてきたが、総合すると男をその気にさせるのが上手い女だという。あげく男の家庭やらなにやらを崩壊させるとか、何だとか尾ひれのついた話は多いが、自分はそういう女の存在を信じない。外国の小説にも頻繁に現れる。そういう女をフランス語で「ファム・ファタル」という。
     
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    「宿命の女」という意味だ。男の運命を狂わせる女のことだが、なぜ男はそういう女に惹かれるのか?まあ、男だから分る。自制心が利かなくなる女と言う事。女のもつありとあらゆる魅力で迫ってくるから腰砕けの腑抜けにさせられる。渡辺淳一の『愛の流刑地』の主人公がまさにそれで、自制心がコントロールできなかったことで女は死に、男は殺人者になった。
     
    男と女が紡ぎあう世界にあって、男と女にはさまざまな形がある。どういう形も男と女の世界である。「魔性の女」という形容詞があれば「毒のある男」と言う言葉もある。女にいわせると多少なり「毒のある男」が深遠で魅力的という。もちろん、大人の女の言い分だ。「毒」とは「アク」と言い換えられる。「悪」ではない、「アクが強い」の「アク」である。
     
    いまどきそういう個性的な男は希少だろう。「毒舌の会話」、「ユーモアのセンス」、「幅広い知識と教養」、「秘めたるやさしさ」、「男としての身体能力が秀逸」などと言えるかもしれない。一時期「ちょいワルおやじ」がモテるだのと言われたが、マヌケはダメだろうし、「ちょいワルおやじ」はマヌケパターンが多かった。男にインテリジェンスは不可欠だろう。
     
    イメージ 7男は「魔性の女」に騙されるという。ならば女も「毒のある男」に騙されるのか?持論をいうなら、男は女を騙していけない。常に誠実、また全身全霊で接するべきであろう。最初から騙そうなんて男は、女にたかり金品を目的にしているようだが、こんな男はコキタナイただのハイエナだ。だってつまらないだろう?今、自分の目の前にいる女が世界一と思わなければ…。
    接する以上、全力投球をモットーとする。フランスの小説家シャルドンヌ(Jacques Chardonne 1884~1968)はこういう言葉を残している。「男にとって大切なものは愛する女である。男はありとあらゆる幸福と苦悩とを女から引き出すのだ。女はあらゆるものに味気なさや辛みや、甘みを付ける」。今、目の前の女を幸せにし、目の前の女で自らも幸せになろう。
     
     

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  • 01/27/15--15:23: 「読・書・考」

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    本を読まないのが悪いと思わないが、読まないのは「もったいない」気がするだけ。モバイルゲームが好きな人は、「ゲームなんかしないよ」という人を「もったいない、こんな面白いものをしないなんて…」と思うのだろうか?本を読まないのを「もったいない」と思う理由は、本が面白いからではなく、本から得る何かが生き方や人生観に大きく寄与するからだ。

    ゲームは楽しむためだけだが、読み易い本とは面白くなきゃ。面白くない本は早晩飽きて飛ばし読みをするが、面白くなくても有益な本は多い。かつて一世を風靡した言葉に、「読み書きそろばん」というのがあった。文字・文章を読むこと、内容を理解して文章を書くこと、および計算すること、ならびにそれらができる能力をもっていることをいった言葉。

    近世末期以降、初等教育における基本的な教育内容とされ、また初等教育で獲得させる基礎的な能力・学力の総称である。が、さらに深い意味でいうなら、「読む」とは、相手の伝えたいことを正確に読み取ること。「書く」とは、自分の伝えたいことを正確に表現すること。「そろばん」とは、数字をきちんと把握し、正確な答えを出すこと。であるという。

    確かに正確に相手の意図を読み取るのも、自分の伝えたいことを正確に表記するのも、数字をきちんと把握して正確な答えを出すのも、いずれも難しい。ところが、「(言葉を)読む」も、「(意思を)伝える」も、これといってテクニックはない。様々な体験や訓練を経てやっと可能になることだろう。しかし、数字を把握して正しく計算の答えを出すことにはテクニックがある。

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    そのことをある例で示す。上の図形の水色の部分の面積を求める問題だ。こんなのは小学生ならまあ、あれこれ簡単に出せるが、テクニックを知ってる子供なら1秒で答えを書ける。テクニックとは私立中学を受験するためには欠かせないものであり、瞬時に答えを出す必要があるからだ。そのテクニックとは「0.57」である。知らない人なら「0.57って何?何の数字?」となる。

    0.57とは図形にある水色の部分の面積が、正方形の面積の面積の0.57倍になるということ。それを知っていれば、10×10×0.57=57で、57c㎡が答え。1秒で答えが出せるのは0.57を知っているからで、もし、それを知らない場合はどうするか?様々な考え方があるが、半径10cmの円の1/4の扇形の面積から、底辺と高さが10cmの直角二等辺三角形をひき、それを2倍する(円周率は3.14)

    扇形の面積=10×10×3.14÷4=78.5c㎡
    直角二等辺三角形の面積=10×10÷4=50c㎡
    78.5c㎡-50c㎡=28.5c㎡ したがって、28.5c㎡×2=57c㎡   答え 57c㎡

    一見むつかしそうに思われる面積の問題も、このように分析⇔総合という手法で解決することができる。数学教育も他の領域と同様に、認識力・思考力をつけるためにおこなわれる。57c㎡という結果は、正方形の面積の57%にあたることになるということだが、迅速に答えを出すテクニックを教えるために、正解は出せるけれど、認識力・思考力は伴わないこととなる。

    また、図形を使った考え方としては、「↓の画像の面積を2で割ったもの」と考えてみる。円の面積=10×10×3.14=314、円の内側のひし形の面積=対角線(20)×対角線(20)÷2=200、円の面積からひし形の面積を引けば、周りの色のついた部分の面積が求めることができる。円の面積(314)-ひし形の面積(200)=114、これを2で割ると形は質問にあった問題の図形と等しくなり、114÷2=57で、解答も等しくなる。

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    塾に通ってる子どもは、こういう図形の場合は0.57をかけるように教わるが、何で0.57をかける理由は分らない。分らないけれども正しい答えを瞬時に出せる。円周率の3.14も同じこと。円周率3.14の意味が何かを教わらないままに、直径×3.14=円周と教えるからだ。算数とはそういうもので、それで事足りる。もし、理系でない先生が算数を教えるとどうなる?

    「むかーし、紀元前のころ、大きな大木があったとして、木を切らないでその直径を知りたい。さてどうすればいいか?」瞬時に子どもは、「周囲を測って3.14で割ればいい」と答える。「紀元前に3.14なんて数字はなかったぞ?ところで君は、3.14の意味を知っているのか?」と問えば「分りません」という。3.14の意味は、昔の人は円周は直径の約3倍と知ってた。

    そこで木を切らないでも円周は直径の3倍である事を知っていた。ならば円周を測って3で割ると直系が出る。周囲が3mの大木の直径は約1mである。3倍が正確に3.14倍となったということ。大体円い池があって、その周囲を巻尺で測っていけば、直径が出るということにもなる。まあ、個々まで考えなくとも、4+7がなぜ11となる理由を知らなくとも答えは出せる。

    スーバーの閉店間際に398円の商品に20%引きの札が貼られて、それを頭でいくらくらいに値引きになると考えないで買う人が多いと知って驚いた事がある。「計算しないのか?」、「できないからしない」、「何で計算できないんだ?」、「レジでわかるから必要ない」という答えにも驚かされた。現役の大学生である。要するに大学生は20%安いという事実が問題なのだ。

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    我々は瞬時に値引き額を頭ではじくが、これも便利な時代の弊害だろう。脳ができることをしないでいいように仕向けられてしまったのだ。「どうせ買うのだから、割引額なんか知らなくても一緒でしょう?」と、こうまでいわれたら、ものの考え方の方向性の問題である。我々は知る必要のないことを知ろうとしていると、そういう時代なのだと笑って時代に迎合してやる。

    時代は合理主義に走った側面もある。○×式思考法からくる単純な二価値的判断、目まぐるしい視覚映像文化からもたらされる浅薄な思考が指摘されている。矛盾を嫌い、合理性を求めるのは青年の潔癖さかも知れない。合理性とはともすれば理性だけで生きることと合点しがちで、文章においてもある種の欠如感を感じる。何が欠けてるといえないが、心の匂いというものか。

    文章を書くための適切な処方となると容易でない。以前、言語学者を自認する輩が当方の文章を、助詞の使い方がオカシイと書いていたが、別に否定はしない。彼は自分の文章を常連に褒められて嬉しがっていたようだが、正しい文章が美しいとか、面白いとかとは別次元。くそ面白くもない文章を書いてる意識もないのだろうが、形式よりそちらを目指したい。

    世に嘘つき媚売り臆病者がいる。誠実に生きたら壊れてしまう。だから、誠実に生きるためには強くあらねばならず、それなくして誠実などは嘘。自他に誠実に生きるのは難しい。若い頃に比べてある程度の強さを手に入れた。だから人に対して困ることがなくなった。かつては振り回されたのに。厚顔相手に対して上から見下ろすが、誠実で弱き人には下に位置す。

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    水泳の技法を学んでみても水に入らぬかぎりは泳げないが、書いていることには間違いがない。素人文の上達とは如何にオモシロイかだろうが、なかなか難しい。芭蕉は「はいかいはなくても在べし。ただ世情に和せず、人情通ぜざれば人不調(ととのはず)」と言った。俳句などなくていい。文学活動などどうでもいいこと。が、人間として感情を欠き、社会に通用せぬは困る。

    人間としてふくらみを持つことを強調している。人間性の上に俳諧(創作活動)はあるべしという主張だ。文学に限らず、「なくても在るべし」といえるものは多い。人間であるために、養うべきものを養えと申しているのだ。確かに芭蕉の言うがごとく、人間として真に誠実に生きているものでなくば、すぐれた表現も期待し得まい。そう、誠実に生きるを目指したいもの。

    誠実とは真面目のことではない。誠実とは、言葉や行動に嘘がなく、心がこもっていること。真面目とは、本気であること、性質や行動などに嘘やごまかしがないこと。類語だから意味は似ている。が、自分的には大きく違う。逆さにしても真面目人間にはなれない自信はあるが、誠実は難しいことと思えない。酒や博打、女をやらない男が真面目と言われた時代があった。

    酒好きにして、酒はいいものだろう。博打の面白さは充分に分っている。女もまたしかり。それをせぬが真面目とは財産をなくすとの意味もある。すべては適度に無理をせずに、己に誠実に、決して無理をせずといったところだろうが、案ずるなかれ。人間は完璧に誠実になどなれるすべはない。真面目も人に見えない部分では悪辣なことを考えたりするものかも。

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    大きな事件を起こした人間の多くが、「あんな真面目で家庭思いのご主人が…」というの言葉に嘘はないが、あるとしたら真面目が勘違いだったのだろう。真面目は、実は真面目に見えたという表現に思える。人に人の本質などわかるはずがない。「この世は舞台、男も女もみな役者」という言葉が、最近分りかけてきた。人間はどうあがいてもそういうものだろうと…

    何かを書くときは必然的に何かを言おうとするときだが、言葉の対象は相手に限らない。自分に向かう事も多く、それを自問自答という。自分に投げかける言葉といえど、思うだけと文字に残す場合とではまるで違う。「ブログに書く事がなくて困ってる」というが、書くこと(何か言うべきことをもつ)は発見であり、創造である。したがって、「読・書・考」は反覆である。

    物事の表面ばかりみていると飽き飽きしてくる。長いことそこを見てきた。だから根っこを見たくなる。表面的な現象に惑わされることなく、何が真に価値があるのか、ないのか、を識別でき、してそれを臆せず書こうとする原動力は強さであろう。弱き心の人間は、"これを書いたら何か言われないか"とか、"ちょっとヤバイかな"とか自己規制し過ぎもつまらんし。

    また、読書は疑似体験でもある。「所詮は疑似体験だろ?」というほど否定的にはならない。原体験に勝るものはないが、疑似体験を通しての想像力も捨てたものではない。寺山修司に「書を捨てよ、町に出よう」という評論集がある。彼はこれを元に「ハイティーン詩集 書を捨てよ町へ出よう」という天井桟敷用に演劇作品を書いた。これを機にアングラ演劇ブームが起こる。

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    寺山は鉛筆のドラキュラである。その彼が「書を捨てよ、町へ出よ」と言った。評論集の最初「青年よ大尻を抱け!」でこう言っている。「青年が、〈2DKと安定した就職口と、ささやかな幸福〉を求めて、老人のご機嫌をとりむすんでいるうちは、魅力がない。青年は、そうした「安全な馬券」ではなくて「危険な馬券」に手を出すようでなくては、一攫千金の理想を手に入れたりすることはできないであろう。」

    ボソボソ口調の寺山だが、彼は故郷の青森県訛りをいたく気にしていたし、彼は稀代のカッコつけ男であり、であるがゆえにカッコつけないという技をもっていた。そういうところは東北人の奥床しさであろう。タモリがデビュー当時、寺山のモノマネが十八番でよく聞かされたが、寺山本人よりタモリのモノマネの方が寺山に似ていた。それほどに特徴ある喋りである。

    寺山は「百聞は一見にしかず」と言いたいのだろう。が、「百聞は一見にしかず」というのは本当だろうか?見るは聞くをはるかに凌駕するのだろうか?「私は身長160cm、体重48kg、スリーサイズは80・52・85、顔は北川景子似かな」といわれるより、見た方が早い。しかし、仮説に基づく適切な状況証拠は、実際に目にした直接証拠よりも確かな事だってあろう。

    読書は「聞」に過ぎないから、「見」に劣るという発想には概ね納得する。読書は「毒書」との言い方もあるが、否定は、それが否定するところの現実から出発しないで成就はされないもの。「否定するところの現実」への認識が浅いなら、否定の根拠は浅くなる。ともすれば人間は、二者を比較するさい、一方はその高さで、一方はその低さで対比するという過ちを犯しやすい。

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    思考行動型、行動思考型、どちらにも言い分があろう。自分はどちらだろうか?若さゆえの前者であったが、その名残りを維持しつつ経年の節操も芽生えている。どちらかに決める事はできず、ケースバイケースだろう。考える事は嫌いではないが、行動に関していえばやらずして分らぬという持論もある。多分の経験から思考だけでシュミレートする事も可能。だからケースバイケース。

    人間は時に動きを止めて思索も必要だろう。ルネ・シャールの言葉も頭を過ぎる。「人間が、時には厳として眼を閉じて見ることがないならば、みつめがいのあるものを見ずに終ってしまうだろう」。確かに人は自分の知っていることを見る。それではダメとシャールは言う。みつめがいのあるものはしかと眼を閉じ、本質に心をくばせよと…


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    絶対的な「真実」、絶対的な「善」、絶対的な「悪」、という価値は存在するのかしないのかはともかく、「する」と思うも「しない」と思うも自由。前者は「本質主義」に基づいている。本質主義とは、自然科学のような、一般性を持つ法則の存在を仮定する考え方で、そのような普遍性を追求しないのが「構築主義」であり、両者は対峙する考え方とされている。

    構築主義は上に記した「絶対的な真実や価値はない」という価値相対的な思考につながる。自分はこちらに同意する。この世で信じるに値する唯一絶対のものがある的な考えに同意しない。「信じない」の本質は「信じたい」であり、信じるに値する何かに遭遇すれば逆転する。が、唯一絶対的な神を持つイスラム教・キリスト教の妄信者にそれはないのだろう。

    彼らは異教徒は悪魔であって、絶対に認めていない。ムハンマドがメッカで神からの言葉を聞いたとき、イスラム教は誕生した。我々にはほとほと縁のなお宗教だが、イスラムの人々にとって、アッラーの教えは絶対である。ムハンマドは、20代に年下の若い女ではなく、中年の富豪女性と婚姻し、安定した40代を迎えたが、どこか世の在り方に疑問を抱いていた。

    折々、ムハンマドは彼の住むメッカの東北郊外の山に登り、その中腹にある洞窟の中で物思いにふけっていた。洞窟にこもる日が何日も続いたある日、何処からか彼に呼びかける声を耳にしたのだ。「イクラー…(詠め…)」という言葉で始まる命令は、天使ジブール(ガブリエル)を通した神の声だった。ムハンマドはその声に怯え、洞窟を飛び出し、毛布に包まっていた。

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    以来、ムハンマドに神アッラーの言葉がジブールを通じ、何度も伝えられるようになった。と、これがイスラム教の始まりである。最初にワヒー(アッラーのメッセージ)が伝えられたのが紀元610年頃とされている。以後、預言者ムハンマドが没する632年6月8日までの22年間にイスラム教はアラブ半島全域に広まったが、当時の交通事情からしてあまりにも早い拡大である。

    最も有名なのは、"イスラム教は剣によって広められた"という説。"右手に剣、左手にコーラン"というイスラム教の暴力的イメージは払拭しきれない。イスラム教の信仰は、「ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に神はいない)」に始まり、アッラーに絶対的な帰依をする。テロリストにして英雄である日本赤軍幹部の重信房子は一人の母でもある。

    そんな彼女の獄中手記が『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』という表題で出版されている。彼女はたびたび刹那的な恋愛を繰り返し、たまたま妊娠してしまったようだ。相手がパレスチナ人と書かれていたが、普通の家庭より戦いを望む彼女は、生れた娘にも特別な環境を強制することになる。日本赤軍の目的は戦いでパレスチナを取り戻すことだった。

    イメージ 3女性にして真の闘士、そして一児の母、そんな重信は著書で、「お母さん、月に人間が行ったら、アッラーフはいなかったって。どこにいるの?」、「おまえね、アッラーフの姿は見ることはできないものだよ」と書き綴っているように、アッラーフは時空の創造者であり、時空に拘束されることはない。宇宙であれ、異次元であれ、いかなる場にもアッラーフは存在しない。
    他のすべてを否定し(ラー・イラーハ)、アッラーのみを認める(イッラッラー)の一言は、イスラム教を最高価値とし、またその一言はイスラムの人々の平等を説いた。アッラーの下では何人も平等であり、善行を積む者がアッラーに祝福されるという教えは、当時の社会的弱者、貧者、奴隷を勇気付けた。イスラム教の最初の入信者はムハンマドの家族や貧者、奴隷層だった。

    当初メッカの支配階級の人々は、ムハンマドの始めた奇異な活動を傍観していた。なぜならムハンマドがメッカの有力部族クライシュの名門ハーシム家の人間であったからに他ならない。支配階級の人々の多くがムハンマドの新しい宗教に強く反発したのは奴隷問題であったからと主張する学者もいる。カネで買った奴隷と自分がどうして平等?との単純な疑問である。

    メッカ内における支配階級者や他部族などさまざまな嫌がらせや軋轢の中、ムハンマドはついにメッカ以外の他の地にイスラム教を移し、信徒の安全を守るべく使命を帯びていた。移住先はさまざまな候補地からメジナが選ばれ、622年、ムハンマドと彼の信者はメッカを離れ、メジナへと移り住んだ。が、メジナ移住後もムハンマドと信者の生活は安全ではなかった。

    624年、メジナで力をつけたイスラム教に対し、メッカの住民は兵を送り攻撃を加えた。これは「バドルの戦い」といわれ、イスラム教徒側の大勝利に終るが、教徒たちは当然ながらムハンマドと神の御加護であったと今直語り継がれている。勝ったり負けたりの戦を経るうち、イスラム教徒は結束を強め、ついには630年、イスラム教徒はメッカに凱旋する。

    こうしてイスラム史の第一期が終り、続いてカリフの時代を迎えると、イスラム教はアラビア半島から北アフリカ、ペルシャ、アンダルシアと拡大する。厳しい戒律で知られるイスラム教にあって、第一になすべきは自分がイスラム教を信ずることを告白すること。イスラム教ではあらゆる行為が自分の明確な意思に実行されるべきとされていることによる。

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    自分の善行も、この意志無しに行われたのでは永続性もないもとなろう。したがってイスラム教徒は、自身の明確な意志によって入信し、善行を積むことを告白しなければならない。コーランには"行為は意志によるべし"と書かれている。ニーチェの「善とは、善意志によるすべての行為」の言葉はここに帰す。多額な寄付も何か別の思惑絡みなら善とならない。

    彼女にご馳走するもプレゼントを贈るも、下心ありては善とならない。と、以前、友人に注釈したら、「当たり前だろ?そんなこと善人気取りでできるかって!」と言ように、それが生身の人間だ。大いに下心を感じながらもしっかり受け取り、相手の下心に乗るかはぐらかすか、時々の気分という女心。「恋の多くは愚かさ」と言ったシェークスピア、あんたは偉い!

    自分などの無神論者に言わせれば、「宗教の多くは愚かさ」である。注釈いうなら、「多くは」なので、あなたの宗教のことではございやせぬ。ま、基本は自分がよければの世界。ラマダン(断食)やハッジ(巡礼)という厳しい戒律のない日本の新興宗教って、所詮は「カネもってこ~い」に思えてならない。キリストは言った。「自分に従わぬものは許さない」

    「おお、こわ。まるで○○組の親分じゃ」であるが、アッラーも言った。「自分のために善行せよ」。神ってのは信徒に尽くすのではなく、信徒に尽くさせるというなんとも傲慢な御方であることよ。イスラム法上では、棄教者は原則として死刑。ただしハナフィー派とシーア派では女性の棄教者は死刑ではなく終身禁固に処するべきという意見が主流となっている。

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    改革派のムスリムはこのような刑罰に反対し信教の自由を擁護しているが、現在のイスラム法学では保守派の見解が主流である。アブドル・ラフマンというアフガニスタン人は、1990年にイスラム教からキリスト教(カトリック教会)に改宗し、アフガン難民を支援するキリスト教系NGOで2002年まで働いていた。このことはイスラム教国である祖国アフガニスタンで問題となる。

    彼は2006年に棄教の罪で起訴された。宗教指導者や国民からシャリーアに基づいて死刑にすべきという声があがった。アメリカ合衆国や欧米諸国からの呼びかけもあり、裁判所ではラフマンの精神状態に難がある等を理由に訴追を中止した。ラフマンは釈放後、アフガニスタンを出国、イタリアに亡命した。彼の身の安全のため、居住地は公開されていない。

    イスラム教には面白い話がある。それは、栄誉あるイスラム教徒第一号は女性であった。名はハディージャといい、ムハンマドの妻であった。夫と2度の死別を経てハディージャが相手に選んだのは、15歳年下のムハンマドであった。ハディージャは夫の残した貿易業を営む大実業家で、その彼女が15歳下夫の教えに従った程にムハンマドの人格の高さが分る。

    イスラムの聖典『コーラン』は一貫して男性優位主義で説かれている。例えば「妻が不貞をなした場合は、まず証人を喚(よ)んで来ること。もし彼らが証言したなら、女を家の中に監禁し、死が女を連れ去る――」など。ムハンマドはある日天使ガブリエルの声を聞くが、彼にはその声が天使なのか、悪魔なのか分らない。そこで妻ハディージャがムハンマドに言った。

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    「それはきっと天使の声。もっと瞑想を続けてはどうでしょう」と、このハディージャがムハンマドに投げかけた一言が、こんにち世界に13億人ともいわれる信者数を持つイスラム教に発展させたのだ。ムハンマドは幼くして両親と死別、貿易商の叔父のもとで貿易業務に従事する夫ムハンマドを、ハディージャは脱サラさせ、信仰一筋に生きるよう諭したのである。

    これぞ姉さん女房の力であろう。イスラム教は600年代の始めに興り、わずか20~30年という短い期間に広大な地域に浸透した。西はモロッコ、モーリタニアなどの北・西アフリカ~アンダルシア、東はフィリピン~マレー半島を始めとする東南アジア、中央アジア、中国大陸もイスラム教の広まった地域に含まれる。この中でシリアのダマスカスを中心にマイヤ朝が興る。

    また、イラクのバスラを中心にアッパース朝が隆盛を誇った時代もある。エジプトにはファーテマ朝、モロッコにはムワッセド朝が栄えた。インドではムガール朝で当時建立された、タージマハールが今なおその美しい姿をとどめている。これらの各王朝は、その富と権力により、多くの高価な品々と、文人、技術者、学者を集め、一大文化を生み出している。

    中東アラブ諸国は東洋なのか西洋なのか?どちらにも属さないがアジアには違いない。「アジア」という言葉は、元々は古代ギリシア、あるいはギリシアから文化的影響を受けた古代ローマから見て、東方を指す言葉であった。地中海の北岸地域がヨーロッパ、南岸地域がアフリカ、地中海の一部エーゲ海で隔てられた地中海東岸地域がアジアとされた。

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    東洋でも西洋でもない二つの「洋」の間に横たわる巨大な「中洋」史、東西の間に軋む5000年の中洋史を、かつて「古代オリエント」なる術語で文部省に認めさせた学者がいた。元東京教育大学名誉教授の杉勇(1904年~1989年)である。彼によると中洋史は、一般の歴史と同様に古代、中世、近代、現代という四つの明確な時代区分でさえ立派に可能であるという。

    ①古代 ~前330年。ペルシャ帝国がアレクサンダー大王によって滅ばされるまで。②中世 前330~後622年。ヘレニズムの時代からイスラムの誕生まで。③近世 622~1453年。アラブ、イスラム高揚期からオスマン・トルコによるコンスタンチノーブル攻略まで。④近代 1453~1914年。オスマン帝国の興亡。⑤現代 1914~現在。民族主義の時代。

    ペルシャ帝国支配にあった古代末期、西の辺境ギリシャと衝突した。このペルシャ・ギリシャ戦争に勝利したギリシャのアレクサンダー大王の夢みた「東と西の融合」ヘレニズム時代が開花したが、クレオパトラの自殺で閉幕する。世界三大美女と言われ、「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていた」とまでいわれたクレオパトラとは何者?

    「絶世の美女」として知られ、人をそらさない魅力的な話術と小鳥のような美しい声であったといわれている。ただし、クレオパトラの肖像は治世当時、アントニウスが発行したとされている硬貨に横顔が残されているのみで、この評価は後世の作り話だとの説もある。アレクサンダー死後、エジプトを受け継いだプトレマイオス朝では、権力を巡る骨肉の争いが常態化していた。

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    クレオパトラ14歳のとき、父であるプトレマイオス12世と、姉ベレニケ4世は王位を巡って争い、父がローマの支援を得て勝利、ベレニケ4世を処刑した。紀元前51年、クレオパトラが18歳の時に父が死亡したが、父の遺言とプトレマイオス朝の慣例にのっとり、兄弟で最も年長のクレオパトラが弟のプトレマイオス13世と兄弟婚を行い、共同で王位に就いた。

    以前の王なら、玉座に君臨すればよかったのに対し、衰え行く自国を守り、さらには自らの夢を実現するため、玉座を降り「女」を武器として戦わなければならなかったところに彼女の悲劇がある。クレオパトラの戦いとは、自国を侵略する敵カエサルとアントニウスを味方に引き入れることで、エジプトにかつての栄光をもたらすには西方随一の彼らの力を必要とした。

    カエサル死後、アントニウス・プトレマイオス朝連合軍と、カエサルの養子オクタヴィアヌス率いるローマ軍が、ギリシャ西岸のアクティウムで激突。この海戦の最中にクレオパトラは戦場を離脱し、アントニウスもクレオパトラの船を追って逃亡し、ともにアレクサンドリアへ戻った。結局、アントニウス・プトレマイオス朝連合軍は、追跡してきたオクタヴィアヌス軍に敗北を喫す。

    アントニウスは部下を置き去りにし、女を追って戦場を後にしたと嘲笑された。クレオパトラ死去の誤報に接したアントニウスは自殺を図る。それを知ったクレオパトラは、瀕死のアントニウスを連れて来させたが間もなく彼は息を引き取った。クレオパトラはオクタヴィアヌスに屈することを拒み贈答品のイチジクに忍ばせていたコブラに胸を噛ませて自殺した。

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    クレオパトラ儚き夢…。オクタヴィアヌスは「アントニウスと共に葬られたい」との彼女の遺言を聞き入れた。彼女を破局に追い込んだオクタヴィアヌスは、初代ローマ皇帝アウグストゥスとして君臨、以後、東地中海一帯のローマ化が始まる。パレスチナの小さな町ナザレで、マリアがイエスを生んだのは、クレオパトラの死から約四半世紀後のことだった。

    EC諸国やアメリカに対して中東人が信頼を置いてないのは、かつての十字軍遠征などの歴史的背景が大きい。日本や西洋の教科書に十字軍は意義ある立派な軍隊と書いてあるが、虐殺や強盗を繰り返した泥棒部隊に他ならない。こんにちも中東に石油の安定供給しか求めない大国のエゴイズムだが、中東とてOPECの石油戦略以外に外交手腕をもたない。

    世界の火薬庫といわれる中東は常に問題を抱え、憂慮が耐えない西側だが、そのとばっちりは同じアジア圏の日本にも及んでいる。


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    パレスチナがユダヤ教徒の地であった約1900年前、ナザレという小さな町に大工の子として生を受けたイエスは、そのユダヤ教の世界に独自の信仰集団を築きあげていった。ユダヤ教は、ユダヤ人と唯一神との契約に基づく宗教であり、契約当事者は神とユダヤ人となるが、イエスは一方の当事者であるユダヤ人を外して、すべての人間が神との契約可能と説いた。

    そのことでユダヤ律法社会からあぶれたりはみ出した人々が救済を求めてイエスに従った。それに反して、既得権者であるユダヤ人はイエスに反発したのは当然であろう。上流社会を形成するユダヤ教徒はイエスやキリスト教徒に対し、誹謗、中傷、及び激しい弾圧を強めていったが、イエスはそれにもめげず、「神の国は近づいた。悔い改めよ」と説いた。

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    「私は王国を築く。そこに入れる者は幸せである」と言った。当時パレスチナはローマ帝国の属領で総督ピラトが統治していた。ユダヤ教の律法師は、「おそれながらピラト様」とでも前置きをして続けた。「イエスは聞き捨てならないことを言っています。国をつくって王になるのだと――」。ローマ帝国領内に国を築き、王になるなどローマ皇帝への反逆である。

    ピラトに召喚されたイエスは「その通り、わたしは国をつくり、その王となる」とピラトの尋問に毅然と答えている。あげく、「しかし、わたしの作る王国はこの世のものでない」と、イエスはきわめて重要な言葉を最後に付け加えている(新約聖書ヨハネ第18章36節)。イエスのいう「この世のものでない王国」とは、心の世界、精神の領域を言ったものだ。

    イエスの死からおよそ500年、アラビア半島のメッカでイスラム教が生まれた。ムハンマドは神アッラーから「預言者」であることを告知され、以降10年間布教に努め、西暦622年、メディナに「イスラム共同体」を建設。そして10年間、共同体の首長を務め、多くの「神の命令」と「預言者としての言行」を残した。前者は『コーラン』、後者は『ハディース』にまとめられた。

    唯一神教の預言者はムハンマド以前にたくさん輩出されている。アブラハム、ノア、モーゼ、ヨハネ、そしてイエス(イスラムでは預言者)。これらの預言者とムハンマドの決定的な違いは、彼が「最後の預言者」に指名されたことにある。「最後の預言者」とは、もう二度と現れないことを意味する。神はムハンマドに全てを託したと理解すべきなのだ。

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    人類がいつまで続いたとしても、その間に起こる全ての問題は『コーラン』と『ハディース』に解決のカギが隠されているという解釈である。政治的、宗教的にいまだ紛争が絶えないイスラム国の中心都市エルサレム。ここはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史と重みが数千年に渡って渾然と溶け合った旧市街地は、三大宗教の巡礼地(聖地)と呼ばれている。

    85万平方キロに及ぶ聖地一帯はぐるりと約4キロの城壁に囲まれ、そのほぼ中央に位置するのがオリーブ山。イエス・キリストが死後3日後に復活し、その40日後に昇天したとされる標高825メートルの小高い山。旧市街の真正面辺りに位置し、日の光を浴びて黄金に輝いているのが「岩のドーム」(黄金ドームとも)で、イスラム教のモスク(礼拝堂)である。

    このドームを中心とした周辺一帯が、「神殿の丘」といわれる「モリヤ山」で、ユダヤ教によると世界が創造されたときの「基礎石」が置かれた場所であり、その基礎石の三層下には泉が湧き、天地創造以来、その泉の水が水脈として全世界に流れ渡っているといわれているという。いわば、ユダヤ教にとって、"世界のヘソ"ともいえる重要な場所となっている。

    また、ここはユダヤ人の太祖アブラハムが神と契約を結んだ聖なる山でもあり、ダビデ王が都を置き、ダビデの後継者ソロモンの神殿であり、紀元七〇年に崩壊するまでユダヤ人の宗教・政治・文化の中心地だったところ。イスラム教のモスクの岩のドーム内部には、ムハンマドの「ミラージュ」(昇天伝説)の大きな岩があることで、「岩のドーム」と呼ばれている。

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    これはムハンマドの次のような夢に由来している。「ある日、ムハンマドは天馬ブラグに乗り、メッカからひとっ飛びでこの聖地にやってきた。そして岩を蹴って今度は天国へと昇り、そこでキリストとモーゼに会い、再び天馬に乗ってメッカに戻って来たとき、夢から醒めたというものだ。ドームの中心部で崇められている岩は、その時の岩だったという。

    エルサレムという都市郊外に位置するこの聖域は、世界三大宗教にとっての重大な意味を持つ場所である。ユダヤ教の「嘆きの壁」、キリスト教の「聖墳墓教会」、イスラム教の「岩のドーム」が入り組んでいる。城壁に囲まれた旧市街ではマシンガンを手にした兵士の姿が目を引く。なぜ兵士がいるのか。それは、エルサレムが「抗争の場」であったからである。

    現在でも、ユダヤ人とここに住むアラブ人との争いによって火種が消えることはない。エルサレムは「深い信仰心」と「争いの血」がにじんだ都市なのである。イスラム国の人質問題に苦慮するわが国とヨルダンの人質解放に向けた交渉ははかどっているのだろうか?湯川さんは不幸な結果となってしまったが、問題の焦点となっているのが内戦の続くシリアである。

    中東問題を歴史的に振り返るとき、その根底にはエルサレムがある。ユダヤ人とアラブ人は2000年以上に渡り聖地エルサレムを巡る争いを繰り返してきたのである。同じアジアといえども日本から遠い中東だが、血塗られた歴史を持つ中東にあっては、敵対する相手国と和平についての交渉を始めても、「裏切り者」として味方から殺されるということもしばしば起こっている。

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    中東は日本からみて西に位置するが、なぜ西にあるのに中東なのか?「中東」は、かつてこのあたりを植民地にしていたイギリスを基点にした言葉であること。イギリスにとって東とはインドのことで、それより東の日本あたりは「極東」になる。逆にインドよりイギリスに近いバルカン半島あたりを近東になり、その中間が「中東」で、全てイギリスから見た言葉。

    人質問題を始めとするイスラムの焦点となっているのが内戦の続くシリアである。中東における争いを歴史的に振り返るとき、根底にエルサレムがある。ユダヤ人とアラブ人は2000年以上に渡り聖地エルサレムを巡る争いを繰り返してきた。イスラエルは中東のパレスチナに位置する国家で現在のイスラエルはシオニズム運動を経て第二次大戦後にユダヤ人が建国した。

    シオニズム運動とは、1897年、スイスのバーゼルで第1回シオニスト会議が開かれる。「シオニスト」とは、「シオンの丘に帰ろう」という運動の活動家たちをいう。「シオンの丘」とは、ユダヤ人にとっての聖地エルサレムにあり、エルサレムに帰って自分たちの国を作ろうというのが「シオニズム運動」である。ユダヤ人は、紀元前にエルサレム周辺に王国を築いていた。

    それが一世紀にローマ帝国によって滅ぼされ、ユダヤ人はヨーロッパ各地に離散した。以来、キリスト教社会でさまざまな迫害を受ける。「こんな迫害を受けるのは自分たちの国がないから…」と、ユダヤ人の一部がかつてのユダヤ王国のあった場所に国作りの運動を始めた。その場所は、パレスチナと呼ばれていた。ユダヤ教徒は『旧約聖書』を信じる人々である。

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    『旧約聖書』には、「カナンの地」と呼ばれるパレスチナに移ってきたアブラハム(ユダヤ人の始祖)は、ヤハウェ(エホバ)神を唯一神として信仰を誓う。これに対して神は「この地をあなたの子孫に与える」と約束し、「約束の地」という考え方となる。ユダヤ人の独立国家を」の願いに呼応し、1948年5月14日午後4時、テルアビブ美術館で「イスラエル建国宣言」がなされた。

    宣言したのは、初代イスラエル首相ダヴィッド・ベングリオンである。「イスラエル」とはヘブライ語で「神の戦士」を意味する。ユダヤ人の独立国家を喜ぶユダヤ人は町に繰り出し国家を歌い、踊ったが、はやくも翌日には、イスラエル建国を認めないアラブ連合(エジプト、シリア、ヨルダン、レバノン、イラク)がイスラエルを攻撃、第一次中東戦争が始まった。

    戦争は8ヶ月間も続き、翌年1月停戦となる。周囲のアラブ諸国はイスラエルを正規の国家と認めなかったが、軍事境界線が設けられ、イスラエルは実質的に存在した。が、それはまた、長い戦争の幕開けだった。中東はなぜ、戦争ばかりしているのか?日本人にとっても素朴な疑問であるが、一言でいうとイスラエルと言う国が生まれた事が戦争の原因である。

    1995年11月4日夜、イスラエル最大の都市テルアビブ市役所前の広場に10万人が参加して「平和集会」が開かれた。ラビン首相も出席し、歌を合唱して帰ろうとして駐車場に向かったときに悲劇が起こる。至近距離から3発の銃弾を受けたラビン首相は、直ちに病院に搬送されるも絶命した。パレスチナとの和平を進め、ノーベル平和賞を受賞したラビンの最期である。

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    首相を撃った犯人はその場で逮捕された。男は26歳の狂信的ユダヤ教徒で、ラビン首相がパレスチナ住民と和平を進めていることに反対しての犯行である。ユダヤ人が同胞に殺されるという事に衝撃を受けたイスラエル国民は、それでもラビンの葬儀に100万人がかけつけた。ラビンの手で中東和平が大きく進み始めていた矢先であっただけに世界は悲嘆にくれた。

    またイスラエルとの和平を求めたエジプトのサダト大統領も、1981年、和平に反対するエジプト軍部内のイスラエル原理主義者によって暗殺される。さらには、イスラエルとの平和共存の道を選んだパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長も、味方のはずのパレスチナ側の強硬派から命を狙われている。そしてイスラエルとパレスチナの決定的対立の事件が起こる。

    2000年9月28日、イスラエルのアリエル・シャロン(後の首相)が、エルサレムの神殿の丘にあるイスラム教の聖地に踏みこんだ事件をきっかけに、ハマースら非PLO系の組織を主流とするインティファーダ運動が起こり、パレスチナ人による自爆攻撃とイスラエルの攻撃が相次ぎ、ガザ地区や西岸の状況が置かれている状況は悪化、アラファトが仲裁に乗り出す。

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    交渉で解決しようとする穏健派アラファトに対し、イスラエルとの戦闘を呼びかけるイスラム主義勢力がパレスチナ人の支持を強め、アラファト人気は低下した。イスラエルのシャロン首相は「アラファトがいる限り和平交渉はできない」と、イスラエル政府からの信頼を失う。アメリカ政府も、アラファトの排除なくしてパレスチナ統一は不可能と考えていた。

    2001年、イスラエルはアラファトをテロ蔓延の原因とみなし、ヨルダン川西岸地区のラマラにある議長府をイスラエル軍が包囲し、軟禁状態に置いた。長期に及ぶ軟禁で健康を害したアラファトは2004年11月11日、パリ郊外クラマールのペルシー仏軍病院で死去した。生前アラファトは東エルサレムまたはその近郊に埋葬を希望していたが、イスラエル政府は拒否。

    遺体はカイロに運ばれ国葬後、翌12日にラマラにある議長府敷地内に埋葬された。アラファトの死後も、諸外国が期待していたパレスチナの意思統一は進まず、パレスチナ内部およびイスラエルとの紛争はその後も継続している。イスラエルはエルサレムを同国の首都であると主張している。しかし、エルサレムは3大宗教の聖地が入り組む複雑な都市である。

    イスラエルとパレスチナを隔てる「分離壁」と呼ばれる巨大なコンクリート壁はイスラエル政府が建設した。第4次中東戦争終了後、パレスチナに住むアラブ人によるテロが頻発、パレスチナからのテロを防ぐ目的で建てられた。しかし、国際社会から「テロを理由にパレスチナ自治区を壁で分離しようとしている」との非難の声もあり、国際的に壁は認められていない。

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    泥沼化した中東問題だが、和平交渉自体が命がけだが、その泥沼を抜け出そうとする新たな動きもでてきた。2013年7月、イスラエルとパレスチナがワシントンで和平に向けて実質交渉に入ることで合意した。協議を仲介したケリー国務長官は、「困難はあっても達成可能と信じている」と述べた。1993年のラビンとアラファトの歴史的握手を仲介したのがクリントン大統領。

    そして今、20年ぶりにパレスチナ和平への期待が集まっている。もつれた糸は簡単にはほぐれないが、同じ神を信じる同士としての宗教的寛容精神が問われている。




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    ユダヤ教徒は『旧約聖書』のみ信じ、キリスト教徒は『旧約聖書』と『新約聖書』を信じ、イスラム教徒は『旧約聖書』と『コーラン』を信じている。が、『コーラン』こそがイスラム教徒の最大の聖典である。彼らは決して宗教が違うから対立しているのではなく、問題を複雑にしたのは第二次大戦後も中東に影響力を残したい、イギリスのしたたかな思惑であった。

    イスラエルがアメリカの支援で強大になるのに対抗するかのように、ソ連はアラブ諸国に接近して軍事援助を増強して行った。中東で米ソの東西冷戦が広がったことも問題をこじれさせたが、やはり最大の元凶はイギリスである。第一次大戦前、パレスチナを含むアラブ地方はオスマントルコ帝国の領土であったが、大戦が始まるとオスマントルコはドイツ側についた。

    イギリスやフランスと戦うこととなるが、このときイギリスはトルコ支配下のアラブ人を味方につける工作をする。イスラム教の聖地メッカを守っていたアラブ人有力者のフセイン・イブン・アリーに対し、戦後、東アラブ地方にアラブ独立国を作る約束を与えた。フセインはイスラム教の創始者ムハンマドの子孫、「高貴な血筋をひく」としてアラブ界に強い影響力を持つ。

    イギリスとの約束を信じたフセインは1916年6月、トルコに対してアラブの独立を宣言、「アラブの反乱」を起こす。このときアラブ反乱軍に加わり、イギリスとパイプ役を果たしたのがイギリスの考古学者で、イギリス軍の将校でもあった、トーマス・E・ロレンス大佐である。その時の彼の活躍ぶりは後に『アラビアのロレンス』という映画にもなった。

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    イギリスはこの地方にイギリス寄りの国家を作ることで国益を増進させる思惑を秘め、アラブ人には独立国家を、ユダヤ人には「パレスチナにナショナルホーム建設」を約束し、フランスとは「サイクス=ピコ協定」を結び、大戦後に旧オスマントルコの支配地域を、両国で分け合うとの約束を秘密裏に交わしていた。大戦に勝利した英・仏は中東を分割支配をした。

    ところが、アラブ人の独立国家建設はフランス軍に鎮圧され、チャーチル植民地相(後の首相)の裁定で、ヨルダン川の東側にトランス・ヨルダンという国を認めた。これによってヨルダン川の西側がパレスチナとなり、イギリスはその後もパレスチナ統治を続ける。ところが第二次大戦で国が疲弊したイギリスに、パレスチナを統治する力がなくなっていた。

    その一方でナチスドイツに虐殺されたユダヤ人に対する同情的な世界世論が高まる中、「ユダヤ人のパレスチナへの移住を認めようではないか」という動きが出てき始めた。そこでイギリスはパレスチナをどうするかという問題に直面したが、結局これを国連の判断に委ねる。そして1947年11月29日、国連総会で「パレスチナ分割」が決議されるに至ったのだが…。

    結論を言えば国連の「分割案」は守られなかった。決議内容は、パレスチナの56%の地域に「ユダヤ国家」を、43%の地域に「アラブ国家」を建設し、両者にとっての聖地エルサレムだけは「国債管理地区」にするというもの。この分割案によってイスラエルが建国されたが、イスラエルを認めないアラブ連合との戦争でイスラエルは国連決議を上回る地域を占領した。

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    その広さはパレスチナ全土の77%にも及んだ。残りの地域はヨルダンとエジプトが占領し、パレスチナは事実上3つに分断された。中東戦争は四度起きている。イスラエル建国で始まった第一次中東戦争、第二次中東戦争は1956年10月、エジプトがスエズ運河を国有化したことで、運河会社の株の大半を所有していた英・仏がイスラエルにエジプト攻撃を働きかけた。

    イギリス、フランス両軍もエジプトを攻撃した。が、この戦争には米ソが強く反発したことで、三ヵ国ともまもなく軍隊を撤退させる。1967年6月5日に始まった第三次中東戦争は、エジプト、シリアがイスラエルへの軍事圧力を強めたことに反発したイスラエルが先制攻撃を仕掛け、わずか6日間でイスラエルが圧勝した。これを俗に「六日戦争」と呼ばれている。

    エジプト空軍機は滑走路を飛び立つことさえできなかったといわれるほどに、イスラエル空軍による猛攻を受けて壊滅した。この戦争でイスラエルは、ヨルダン領であったヨルダン川西岸と、エジプト領だったガザ地区とシナイ半島全域および、シリア領のゴラン高原を占領した。これはもう国連が決めた「パレスチナ分割案」のほぼ全域を手に入れたことになる。

    戦勝国イスラエルの鼻息は荒く、休戦ラインのバリケードを撤去、エルサレムを「統一された首都」と宣言する。それまで聖地エルサレムは国連の分割案では、どこにも属さない「国際管理地域」に指定されていたが、イスラエルの行動は国連無視の暴挙であった。国連の形骸化は今に始まったことではなく、かつても今もボランティア団体の様相を帯びている。

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    現在の事務総長藩基文の役立たずぶりは目に余る。紛争地域には行かない、慰安婦とかヘイトスピーチ等韓国の言い分を積極的に取り上げるわ、はたまた韓国人を国連の事務員等に多数登用して議論をかもしている。日本政府は国連に対する活動資金を米国に次ぐ2番目に居室しているが、中国の妨害で理事になれない。ちなみに中国はお金を一円も出していない。

    第一次、第三次中東戦争で領土を拡大したイスラエルには「不敗神話」が生まれていた。これが打ち破られたのが第四次中東戦争である。1973年10月6日、この日はイスラエルの「ヨム・キプル」と呼ばれるユダヤ暦の「贖罪の日」。ユダヤ人は24時間の断食をし、外出もせずじっと静かにする日。この日を待っていたかのようにシリア・エジプト軍が攻めてきた。

    不意を突かれたイスラエル軍は初期に苦戦はするものの、態勢を立て直して反撃したが、一時的にせよアラブ側が始めてイスラエルを追い詰めた。この戦争による支配地域に大きな変化はないが、「石油ショック」という事態が世界を揺るがすこととなった。これを機に膨大な製油貯蔵を持つアラブ諸国は、石油を政治闘争の武器にできることに気づいた。

    「石油ショック」が世界の経済に与える打撃は計り知れない。OPEC(石油輸出機構)は1960年に石油輸出国によって結成されたが、1970年代には石油の価格決定権を国際石油資本より奪い、2度のオイルショックを引き起こした。1986年以降、石油価格の決定権は自由市場へと移ったが、OPEC加盟国は全世界の石油埋蔵量の2/3を占め、石油供給の鍵を握る存在である。

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    1973年11月、関西でトイレットペーパーを求める人々がスーパーに殺到した。この情報は瞬時に伝わり、東京でもスーパーが開店2時間前から長蛇の行列となり、トイレットペーパーや洗剤などの日用品が瞬時に棚から消えた。これが第一次オイルショックである。石油価格の急騰に慌てた日本政府は、「緊急石油対策推進本部」を設置、石油の節約に乗り出す。

    官公庁での石油・電力の節約、デパート・スーパーの営業時間短縮、テレビの深夜放送自粛、ネオンの節約、エレベーターの使用制限などが実施された。OPEC加盟のペルシャ湾岸6カ国が原油価格21%値上げをするなどの方針を発表した直後、官房長官が「国連決議に基づいた平和の確立を望む」などと寝ぼけた発言をする日本政府に対して批判が集まった。

    日本は当初、イスラエル批判はできなかったが、だんだんとパレスチナ寄りになり、最後は反イスラエルの立場を匂わせるまでになったが、再び批判がのしかかる。中東情勢をきちんと見極めた上での批判なら、その見識は評価されてしかりだが、"石油欲しさ"の方針転換が見え見えで、日本の外交政策の転換は「アラブ寄りというよりアブラ寄り」と批判された。

    日本だけが醜態をさらしたのではなく、「石油が手に入らないのでは?」の脅しは効果があった。EC(ヨーロッパ共同体、その後EU)諸国もアラブ寄り方針を掲げたことで、開発途上国の多くもイスラエル批判を展開し、イスラエルは孤立した。イスラエル建国と同時に勃発した中東戦争で、イスラエル領内に住んでいたパレスチナ人が迫害され、住居を追われている。

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    これがいわゆる「パレスチナ難民」。彼らはもともと住んでいたイスラエルに住むこともかなわず、他に住める土地もない。非情なイスラエルに言い分はないようだが、イスラエルが現在の地に建国した理由は、イギリスとの約束と自分たちの法典が根拠だが、誰にも認められるものではない。パレスチナ人を追い出して建国して良いとする理由はどこにも無い。

    が、イスラエルがパレスチナの地を侵略・占領してから、相当な時間が経過した。現在では世界の殆どの国がイスラエル国を承認している以上、既成事実のうえに立って新しい安定した関係を模索すべき状態にあるのがこんにちの情勢である。先の湾岸戦争にも触れておく。1990年8月2日、兵士10万人のイラク軍大戦車部隊が国境を越え、突如クウェートに侵攻した。

    6時間後には首都を制圧、クウェート全域を占領した。クウェート空軍は交戦することなく隣国サウジアラビアに逃走する。わずか人口200万、石油資源に恵まれた小国クウェートは6日後にはイラクに併合され、イラク政府は「クウェートはイラク・バスラ州の一部になった」と発表した。隣国に軍隊で侵攻、その国を領土にする野蛮な行為に世界は震撼した。

    なぜイラクはそのようなことをしたのか?実はイラクは前からクウェートを自国の領土と主張していた。19世紀、イラク~クウェート一帯はオスマントルコ帝国の領土であった。ところがイギリスが進出してきたことで様相は一変する。1913年、イギリスはオスマントルコと協定を結び、クウェートをオスマントルコ領から切り離して自国の植民地にした。

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    1914年の大戦でイギリスはオスマントルコ軍に勝ち、トルコ帝国領土であったイラクも支配下にする。イラクは1932年独立したとき、クウェートから分離独立することを反対しなかったが、まもなく態度を変えてクウェートを自国の領土と主張する。1961年、イラクのカセム大統領は、クウェートはイラク・バスラ州の一部でイギリスの勝手なでっち上げと主張。

    イギリスは同年、クウェートの独立を容認する。1979年、イラク大統領に就任したサダム・フセインはこの地域に巨大帝国を作る野望を抱き、80年9月に隣国イランを攻撃、イラン・イラク戦争が始まる。ペルシャ湾に面した土地のないイラクはクウェートを必要とした。豊かなクウェートを手にすればイラン・イラク戦争の長期化で生まれた900億ドルの負債も返せる。

    フセインの勝手な考えがイランに続いてクウェート侵攻となった。国連の安保理事会はイラクの無条件撤退を求めた決議を採択するが、侵攻当日という素早い対応であった。その後もイラクに対する経済制裁を行うが、11月29日、イラク軍が翌年1月15日までにクウェートから撤退しない場合、「必要なあらゆる手段」とると通告する。ソ連は賛同、中国は棄権した。

    国連決議案に対してフセインは、イラク撤退の条件として、「イスラエルの占領地からの撤退」という奇策で応酬する。イスラエル問題を持ち出すことで、フセインはイラクのクウェート侵攻をアラブ対イスラエル問題にすり替えを狙う。これに呼応したのがイスラエルに土地を奪われた難民組織のPLOで、イラクの打ち出した方針は、国際社会をPLOに向けるチャンスと捉えた。

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    PLOのこの態度表明にはこれまでPLOに資金援助をしていたサウジアラビアは援助を打ち切り、PLOは窮地に立つ。アメリカもイスラエルに対し、イラクの挑発に乗らないよう説得、イラクがイスラエル攻撃をしても黙視したことでイラクの思惑は外れた。その後は多国籍軍という新たな軍隊が組織され、一方的に傷めつけられたイラクはクウェートからの撤退を決めた。

    その際、腹いせにイラクはクウェートの約500もの油井に火を放ち、莫大な石油が燃え上がり、黒煙がクウェート上空を覆い、大気汚染をもたらした。戦争とはそれ自体が環境破壊を伴うが、イラクのフセイン大統領のこうした罪は重い。結局イラクは負けたがフセインの独裁者的立場は変わらなかった。2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が発生する。

    同時テロ以降の合衆国は、アルカイダを支援しているとしてフセイン政権のイラクに強硬姿勢を取るようになった。ブッシュ大統領は、イラクをイランや北朝鮮と並ぶ「悪の枢軸」と名指しで批判する。2003年3月17日、ブッシュは48時間以内にフセイン大統領とその家族がイラク国外に退去するよう命じ、全面攻撃の最後通牒を行ったが、フセインはこれを黙殺する。

    2003年3月20日、ブッシュは予告どおりイラクが大量破壊兵器を廃棄せず保有し続けているという大義名分を掲げ、国連安保理決議1441を根拠としてイラク戦争を開始した。2003年12月13日、フセイン大統領はイラク中部ダウルにある隠れ家の庭にある地下穴に隠れているところを見つかり逮捕された。拳銃を所持していたが抵抗や自決などは行わなかった。

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    2004年7月1日、大量虐殺などの罪で訴追され、予備審問のためイラク特別法廷に出廷した。2006年11月5日、フセインはイラク中部ドゥジャイルのイスラーム教シーア派住民148人を殺害した「人道に対する罪」により、死刑判決を言い渡された。サッダームは判決を言い渡されると、「イラク万歳」と叫び、裁判を「戦勝国による茶番劇だ」として非難した。

    2006年12月30日、フセインは米軍拘置施設「キャンプ・ジャスティス」から、バグダードのアーザミーヤ地区にある刑務所にて、絞首刑による死刑が執行された。湾岸戦争は冷戦が終ったために起きたものだが、冷戦が終ったゆえに国際社会全体によるイラク包囲網の実現もなったことなどを考えると、二重の意味で「冷戦」の終わりを象徴する出来事であった。




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  • 02/01/15--15:04: 発言者気どり

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    ブログをやっていてタマに思うことがある。それは「発言者気取り」の存在だ。他人のブログ巡りをあまりしない自分だが、「人気ブログですよ、御照覧あれ」とせかすシステムに押され、人気ブログを見る事はある。そういう人気ブログでありながら、どこかの記事をそっくりコピペであったりする。引用ならまだしも「小保方博士論文」流といっていい。

    彼女の剽窃が問題になったが、引用と丸ごとコピペでは趣旨が違う。ブログも同様のコピペ重複記事は多いのか?自らの発言せず、記事のコピペだけのブログ開設者を「発言者気取り」といっていい。気取る理由は虚栄心なのだろう。誰でも所感を述べるための記事や書籍引用はするが、厳密には「発言者気取り」といえる。引用は自分の論を強調するためだ。

    「格言」や「名言」を引用するのは、持論を権威づける目的もあろうが、そんなことより、"上手い喩えだな"と感心する。書く際に留意するのは、人があまり書かない事、触れない事、人間関係の機微、夫婦間の問題や親子の確執、子どもの成長、男女間の泥臭さなど多岐に渡るが、表面上は美しい人間関係も内実は泥沼もどきで、それを隠したり我慢したり…

    人間関係が滑稽なのは、言いたいことを言えないから押し黙る。確かに我慢をすることで平和的共存を確保できるが、反面、我慢のストレスで心身に異常をきたすほどに人間は脆弱である。己の心が弱いように、実は相手の心も弱い。弱いもの同士が鬩ぎあうのが人の世なら、見えない人の心は外から判断するしかなく、当たったり外れていたりと、そこが面白い。

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    「外見の派手な人は性格が派手」と言われる。実際は違っていても、そういう見方をされること多し。外見が派手でも中身が地味な人は多い。派手の定義もいろいろあるが、例えばブランド好き人間は内弁慶が多い。性格とファッション(外観)は結構関連するが、真逆を表す場合もある。なぜ日本人ブランド好きが多い?答えは簡単、日本人が内弁慶だからだろう。

    ブランド品で自己実現を図りたいとの願望だ。のっぴきならぬ自己実現を手っ取り早く実現してくれるのがブランドだ。おまけにブランド指向の強い人は、権威や肩書きが大好きである反面、それがまた権威や肩書きに弱いという反動心理を示している。したがってそういう人間は、付き合う相手を己と同等、もしくはそれ以上と決め、以下は無視する傾向がある。

    有名大卒女が自分と同等もしくはそれ以上を求めるのも学歴がブランドであるからで、人間性よりもブランド。安くて品質のよい商品よりもブランドのレッテルが自己価値を高める。虚飾を好む人に、事物の本質を見ろというのはまずは無理であって、自らが目覚めないかぎり虚栄心から抜け出せない。が、同じブランド好き人間でもそこまで病的欲求のない人もいる。

    所持することで優越感にひたれるとの女性心理に比して、子どもの頃、若い頃、貧乏だった頃に買えなかった夢を実現したいというのが男の心理。ギターが弾けるというレベルにないのに、50万、100万のギターを買う。弾けなくても所有という自己満足感。なけなしのお金で買い揃えたアイビーファッション、憧れのブランドを身につけたい回顧主義もその傾向だ。

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    派手好みで高いステータスを好むブランド依存志向女性を、生活破綻を危惧から結婚相手から外した過去がある。結婚は現実であるとの認識をもっていた自分は、彼女の現実離れした高い理想に承服できなかった。かつて女性の結婚相手と持て囃された、高身長、高学歴、高収入(いわゆる三高)が陰を潜めたのは、理想が独身ババァを作ると世の女が分かったからであろう。

    ブランド好きにも様々なケースがある事を知っておくべきだ。人の隠された本質を見抜く目は大事である。「人の本心を探るためには酒を飲ませて喋らせる」というのは、会社の管理職に言われるが、これは真に正しい。酒を飲むことで日頃言えないこと、溜まっていた鬱積や鬱憤を晴らすことは誰でも経験があるだろう。もっとも超絶下戸の自分にそれはない。

    いつなんどきも言いたいことを言って生きていける世の中でもなく、あまり言わずにストレスを溜めるのもよくない。言い過ぎて墓穴を掘る事もあったりと、言う、言わないの加減が難しい。飲めない人間が酒飲みの相手をして理解できないのは、何軒もハシゴする人間だ。アレは典型的な淋しがり屋だろう。表面上は豪快に飲んでいるが、心淋しい男の本音がみえる。

    既婚男が家に己の居場所がない孤立感も臭う。このまま長い時間、酒に酔い、いい気分でありたい心理がハシゴ酒。妻や子どもがいたところで、心の交流がないなら寂しい家庭である。さもなくば早く家に帰って子どもの顔を見たいはず。「うるせー、女房がなんだ、あんな女怖くもなんとねえ!」とグダを巻く。男の悲哀か、結婚はまさに「人生の墓場」なり。

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    酒が強くて豪放に喋る男らしい男の内面に潜む男の深い闇、そういう男に酒は必要なのだろう。もっとも、必要だから飲むわけで、酒など必要なしで生きていれる人間もいる。「酒を何で飲むのか?美味しいのか?」の疑問には、決まって「酔いたいからだよ。酔わなきゃこんなもの飲まない」という答え。いろんな問題抱えて不満のある男ほど酒で威勢がいい。

    「無くて七癖」ではないが、ぶつぶつ独り言をいう男がいる。いろいろ付き合って分かる事だが、そういう奴はマジメ人間である。マジメにコツコツ努力型の人間に独り言が多いのは、心理学的にはセルフコントロールと深い関わりがあるからだ。独り言は内と外との自己対話で、「自己肯定感を得ること」で、「自尊心を保つ」ことに繋がっているといわれる。

    「これで良いのか?」と自己に問いかけ、確認する。これが独り言の性質だ。動揺しても不安であっても、「自分の真意は何処にあるのか」、「自分を信じられるのか」といった自問であり、自答であり、「自らを支える根拠」が言葉になって発せられた「自己確認」である。独り暮らし者が自宅でいう独り言は、「己の存在確認」意識が働いているのだろう。

    イメージ 5「ぶつぶつ独り言をいう奴」と、ネガティブな見方をされ、敬遠したり、遠巻きに見るだけでなく、そういう彼らはマジメでストレスを溜め易い人間なので、それらを上手く取り除いてやるなら一生懸命に働くタイプである。長期接していて分る事も多いが、人がその人の傾向をもっとも示すのが実は初対面である。初対面には新鮮な "朱に染まらぬ"情報が多い。
    間違った判断もあるが、「付き合ってみて分る」というのはいわれがちだが、実は相手が自分に合わせる要領を得たとの言い方もできるが、初対面ではそれがない。あまり注意を払わない、意識もそれほどない初対面時の何気ない言葉が、相手の本質を晒していたりする。初対面ほど面白く、緊張感に満ちた「素」の人間関係は、初対面だからこそ味わえる醍醐味か。

    女性に多いナルシスト。女性のナルシストは「美意識」に対する執着心に関する場合が多く、男のナルシストは「できる」、「持っている」、「もてる」などの気取り屋、自惚れ屋が目立つ。女性の習い事好き、資格好きは、自身の知識を深めたいという気持ちであるよりも、"レベルアップをする自分を傍から見るのが好き"という、ナルシシズムが働いている。

    これは「恋をしたい」、「誰かを好きていたい」という自己の内面動機以上に、"誰かを好きでいる自分が好き"というナルシシズムと同義。誰かに恋するでなく、「恋に恋する少女」という言葉がある。女はめざとく周囲を見ながら生きていくが、さらには自らをもめざとく監視する別の自分がいる。アロマテラピーや紙粘土、絵手紙が流行ったときがあった。

    それらのことを本当に好きだからやって見たいではなく、そういうことをやっている自分が女としてかわいいとか、教養があるとかは、当時傍にいた女から得た印象だ。綺麗な下着に身を包まれている自分がかわいいということに類す女心。自身の下着に拘る男とてナルシスト。男が下着に?だからであろう。習い事や趣味などにも当然個々の人生観が反映する。

    恋人とレストランに行き、何かを注文するときの態度、仕草からも人間の本性は現れる。ファミレスのようにメニユーを二つ渡されるならともかく、一つの場合、自分は先に手に取り、さっさと決めてしまう。食い物を迷ったり、時間をかけるなどはなく、それからメニユーを相手に渡すが、わざとトイレに立つなど、席を外したりをする事がよくあった。

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    理由は、女があれこれ悩むのをせかす自分に気づいたこともあったからで、確かに女の優柔不断は、食事のオーダーと洋服選びと思っている。男の即断・即決は「早飯、早糞、早漏れ」と言われるように、ちんたら悠長にやっていられない。いつ寝首を掻かれるかわからない、危機管理意識の遺伝子かは不明だが、せわしさ、あわただしさは男の持病である。

    恋人と買い物に行き、数度の試着に耐えて待つ男は、男の女性化現象、決して優しいなどではない。男の遺伝子が変わっているのだ。最近、「遺伝子は変わる」という事実を知った。進化論の考え方は、ランダムに起きた突然変異体のうち、環境に適したものが生き残る確率がより高くなるために生存競争に打ち勝って残されていく、ということになっている。

    それが何世代にもわたって選抜された結果であり、そういう意味で遺伝子の変化は起こる。女性上位社会になり、そのことが上に記された「環境に適したものが生き残る確率がより高くなるために生存競争に打ち勝つ」ということのようで、何とかメスに気にいられるため男は自らの遺伝子まで変えて女性化していく。女性が強く逞しい男を求めなくなったということだ。

    女が男に自分に合わせるように迫ったりワガママいっても、男が女に迎合しすぎて男の潜在気質や能力を失うのは問題。そんな男のプライドを奪ってまで自分を押し通そうとする女は、男をダメにする典型。男は実は強いようで弱く、女はしたたかに生きていける生命力がある。よって、男の自尊心を踏みにじったり、失わせたりすると、男は益々いじけてしまう。

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    次のような事例がある。妻が浮気をした。夫に分った時「申し訳なかった。もう二度としない」と謝ったので夫は妻を許した。しかし、浮気をした妻への嫉妬が癒えず、ことあるごとに妻への嫌味を言い、詰ったりした。そういう毎日にほとほと嫌気のした妻は「後の事は弁護士に…」とメモを置いて子どもと家を出た。夫はその後、やむなく協議離婚に応じた。

    夫から離れた妻は気丈にも実家になど帰らず、子連れで住み込みの寮母の仕事に就いた。好きな料理を作っては寮生たちから「美味しかった」、「いつもありがとう」の言葉を拠り所に仕事に精を出した。夫からは感謝の言葉一つかけらず、「俺が食わせてやっている」と恩着せがましく言われた過去を振り返り、自ら職に就き母子楽しく暮らせる喜びを味わった。

    結婚だけが人生の幸福ではない。幸せな結婚生活も惰性の生活もある。浮気はいけないが、責任を取った後のことを考えれば、それも新たな生き甲斐を見つけるきっかけになったのは事実。浮気は許されないとはいっても、見つからない浮気は何に許されないのか?道徳、倫理に許されないなら、不倫理という行動があるではないか。つまらぬ結婚なら止めばいい。

    可もなく不可もないというなら何とか惰性でやっていけるが、早いうちから夫の悪口の耐えない妻は、自分の性悪性格が問題である事に気づいていない。「ウチのバカ夫は何もしてくれないし、休みの日に家でゴロゴロ、ああもううざったい」という妻も同罪のである。愛のなくなった夫を貶すのはいいが、そういう夫を選んだ自分の責任はどうなんだと。

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    親から強制的に一緒にさせられたわけでもあるまい。どんな素敵な芸能人に憧れてみたところで、一緒に生活すれば問題は起きてくる。「隣の芝生はいつも青い」、ない物ねだりで得をする事もない。はたして、父親を尊敬しないようにと教えられ、粗大ゴミ呼ばわりする母親を前に、子どもが立派に育つ道理がない。自分を貶す妻に優しい言葉をかける夫はいない。

    子どもを味方につけようとする女の浅ましさに比べ、夫は子どもに「お母さんみたいになるんじゃない」などと無思慮な言葉は言わないものだ。こういう結婚生活を続ける理由がどこにあるかと思う。熟年離婚は若年離婚と比べて、新たな人生の見つけ方ではないか。二人の人生に不満なくばいいけれども、不満と我慢の人生なら、妻は夫を見切るべきである。

    夫が妻を見切る場合は、往々にして一緒に暮らしたい若い女が現れたとき…。どちらも新たな人生設計であろう。50過ぎれば若い女と居たいという男の理想は、男なら理解できる。が、50女が20代、30代の男に見初められることは残念ながらない。その理由は男にとって、ハリのある女の若い体は安心感を覚えるといわれている。理由というより本能的なもの。

    男が若い女を求める6つの理由として、①自分が優位に立てる、②肌が綺麗、③自分が若くいたい、④尊敬してくれる、⑤精神年齢が若い、⑥子供が沢山欲しい、などがあると言われている。人によって充てはならないこともあるが、男はプライドの生き物で、プライドを傷つけられるのを嫌がる、幼い母親の肌の記憶、若い女性が若さをくれる、若い女性は年上男に憧れる。

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    男は精神年齢が幼い、などの理由が考えられる。どういう理由か、20代~30代の女性は、同年代の男がガキっぽくて嫌だという。先日も歯科医院で衛生士がふと、「わたし、同年代の男の人と話が合いません」と言う。確かに、安定感のある落ち着いた雰囲気の女性である。やはりというか、女は本質的に頼れて優しく(見せ掛けではなく)行動力ある男に憧れるのだろう。

    などと今宵も思うところを書いたが、自分と同じことを書いてるブロガーはいないだろう。何かを書いたり述べたりすれば発言者であるが、のっけに言ったように気取ったところで人間はたかが知れたもの。何はともあれ書きたいことを書く。思考という無文字を活字にする作業はなんとも心地よい脳トレである。




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  • 02/02/15--15:40: 血液型に寄す
  • 人間は個々がいろいろな考えを持ち、それに沿って行為・行動を起こしたり、考えとはまったく逆の行為・行動をしたりと、実に様々な様態を見せる。自分は他人でなく、他人は自分でないから、自分と他人の考え方や生き方が違っているのは当たり前だ。しかし、各々が自分の考えを述べるのは自由であろうし、その考えに他人がイチャモンを付けるのも自由である。

    マイアミ・マーリンズに移籍が決まり、異例の日本会見に臨んだイチローは、以前このように言っていた。「他人の打撃はぼくにコントロールできない。自分に制御できないことに関心を持たないことです」。松井秀喜もこう語る。「人の書く記事をぼくはコントロールできないでしょ?だからまったく気にならないですよ」。それぞれ違ったインタビューだが二人の言葉は符号する。

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    イチローと松井の性格は似てない、血液型も違う。血液型と性格・行動は根拠がないという。イチローはB型であり、同じB型の有名野球人といえば、長島茂雄、金田正一、野村克也、張本勲、掛布雅之、イチロー、古田敦也、野茂英雄、清原和博らがいる。松井はO型で、同じO型の有名野球人には、王貞治、星野仙一、落合博満、佐々木主浩、松坂大輔らの名があがる。

    人の傾向を表すのに「血液型」や「県民性」というのがある。どちらも非科学的だが、「県民性」はともかく、自分は相手の血液型を当てるのが得意である。得意というより面白がっているといった方がいい。そこには何らかの傾向性を見ているのだろうが、当たる事もあれば当たってない事もある。本質か抑制かにもよるから、当たっても当たらなくても面白い。

    上のイチローと松井の言葉も似ているが微妙に異なる。イチローは、「他人のことに関心がない」といい、松井は「他人の事は気にしない」と述べている。同じことでは?ともいえるが、「他人に興味はない」と、「何を言われても気にしない」と言い換えると違いが浮きだつ。さらに突っ込むとイチローは相手を無視、松井は己の精神力が強いという見方もできる。

    友人との会話でも同じパターンはある。「他人は無視」という奴と、「何を言われても気にしない」は受け取り方が変わる。前者は無視することで自我を安定させるが、後者はとりあえず受け止めるが人は自分ではないと、自分的には解釈できる。なぜこのように思考したかといえば、自分は後者である。さらに「他人は無視する」という言葉は好きでないから言葉にしない。

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    イチローの言う「自分に制御できないことに関心を持たないことです」は奨励にも聞こえるが、自分の場合はそういう無視はせず、他人を制御できる何か言葉はないかな?」を反射的に考えるからだ。イチローの話を聞いていると、やはりというか他人の事は言わず、自分のことばかり。一方の松井の会話には他人の無視傾向が感じられない。先日こういうことがあった。

    今オフ、どのイベントに出席しても「巨人監督」について聞かれる松井。その度に「そういうチャンス、縁があれば…」と、その場を収めてきた。ところがこの日の女性記者は、「復帰は(間近か)?」「ファンも(巨人監督としての復帰を)期待していますが?」「背番号は55で?」と執拗に食い下がる。これには松井も思わず苦笑いを交えこのように答えた。

    「誰かに聞いてこいって言われたんですか?」

    「しつこいですね、ジャイアンツの方ですか?」

    13日に行われた松井による、「バイク王」の新CMキャラクターの記者発表会での一コマだった。心温かい松井は質問にはなるべく答えようとする姿勢を感じるが、さすがにここまでしつこいと、ついこのような言葉になってしまう。それでも答えるところが松井らしい。もし、これがイチローなら相手をきっと睨みつけ、無視して答えないように感じた。

    性格と言う事もあるが、上の言葉からして彼なりのコンセプトでもあろう。B型の人間は確かに自分以外に興味がない、人の話を聞こうとしないというのは顕著に感じる部分である。性格はそうでも、それではよくないという部分を持っていたりする場合は違うだろう。人は社会に生きる以上、社会的儀礼も考慮にいれて生活するから、地の性格だけで生きていけない。

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    理性的に抑制する場合もあるし、諸条件や心のあり方の問題から抑制が効かない場合もあるし、最終的には性格に殉じて生きて行く。唯我独尊志向、自己中などといわれるB型だが、【 意外すぎる事実!!サッカー日本代表の血液型別一覧 】と題するサイトには新旧日本代表選手の血液型が表示されており、その中にB型が希少であるを「意外すぎる!」と表現する。

    A型の日本代表…香川真司、今野泰幸、宮市亮、ハーフナー・マイク、細貝萌、酒井高徳、酒井宏樹、権田修一、栗原勇蔵、乾貴士、佐藤寿人

    O型の日本代表…中田英寿、中村俊輔、長友佑都、内田篤人、長谷部誠、中村憲剛、清武弘嗣、岡崎慎司、吉田麻也、高橋秀人、川島永嗣

    AB型の日本代表…本田圭佑、遠藤保仁、前田遼一、西川周作、中澤佑二、楢崎正剛

    B型の日本代表…闘莉王、柿谷曜一朗

    おそらく偶然だろうがオモシロイ。自分は血液型で人間が分かるとも思わないが、傾向性はあると感じている。サッカーも野球もチームプレー、組織プレーである以上、血液型がどうであれ、役割分担は決められているが、サッカーに比べて野球の方が自由裁量権が多い。もしB型がサッカーに不向きというなら、子ども時分に合わないと見切りをつけているのだろうか。

    イメージ 4かつて野村克也は楽天監督時代、以下の迷言を吐いた。「楽天の選手は野球がマジメ過ぎ。やんちゃがいない。そういうのは流れている血と性格だから。楽天の選手はAB型とA型ばっかり。名球会のほとんどはB型とO型だよ」。確かに名球会はB型とO型が多く、A型は少ない。つまり野村はB型、O型は一流選手になれるが、A型は一流になれないといいたいようだ。確かに多いけど、根拠はない。
    人は一人では生きていけないし、よって死ぬまで人間関係がついて回る。それによって悩み苦しむものも少なくない。できる限り相手に合わせてストレスを抱え込むものもいれば、自己中満載で嫌われるものもいる。人間関係が難しいと感じるのは嫌な相手への対処で苦悩するからだ。嫌な相手に対して苦悩も苦労もしなければ、さっぱりと生きていける。

    そのための方策が先のイチローであり、松井である。彼らの発言は人間関係の対処法である。他人に惑わされることなく、自分自身の考えを大事にし、信じるところに従って生きるほうが才能は伸ばせる。他人の言葉や世間の反応に気を遣うのはマイナスでしかない。有名人になればマスコミにプライバシーを問われ、書かれるよって、対処も仕事の内となる。

    サザンの桑田のように、社交辞令を嫌い、本音で生きるを目指す人間は何かと社会的な粗相を講じることにもなるが、それはそれで彼の魅力でもある。大人しく世間を生きることに長けてる人間もいるが、桑田の場合"これくらいはいいだろう"という主観で冒険をしてみたい性格のようだ。常識は百も承知だろうが、そこに挑んでみようという先進性を彼に見る。

    桑田佳祐、さだまさし、玉置浩二、長渕剛、吉田拓郎はA型である。変わってるのにA型?というのも偏見で、ミュージシャンは変わってナンボの世界でもある。他人と同じではつまらないという、それが個性でもある。B型ミュージシャンは、尾崎豊、奥田民生、吉川晃司、佐野元春、布袋寅泰、山下達郎、YOSHIKI、中島みゆきといえば、また頷ける部分もある。

    ちなみに0型は、久保田利伸、小室哲哉、桜井和寿、浜田省吾、氷室京介、 松本孝弘、松山千春、松任谷由実、渡辺美里などで、AB型には井上陽水、稲葉浩志、大滝詠一、西城秀樹、鈴木雅之、谷村新司、南こうせつ、今井美樹、岡本真夜があがれば、自分的には「なるほど」な部分がみえる。自分はAB型を、"クールでよそ行き発言主"と見ている。

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    よって、O型で本音主義の自分にAB型が最も隔たりを感じる異星人である。将棋の米長邦雄、羽生善治、森下卓のAB型トリオはどことなく本音を隠し、よそ行き発言を心掛けるきらいがある。O型妻・A型夫のパターンの娘夫婦を見ていると、O型が出しゃばりすぎてA型夫をキレる寸前まで追い込んでしまっている。O型に出しゃばるなと言うのがそもそも無理のようだ。

    確かに人間は個々で甚だしい違いを見せる。それを何かでひとくくりにして、共通項を見出そうとするのは分らなくもない。確かに、共通項から共通点が見出せればオモシロイ。非科学的であれ、偶然であれ、多少のこじつけであれ、何らかの共通点があればなるほどそれはオモシロイ。国民性、県民性、北方系、南方系、肥満系、痩せ型、高学歴、低学歴、富裕、貧困…

    分類というのか、状況というのか、環境というのか、様々に分けられる。大まかな区分でもなんとなく傾向はあるようなないような、ハッキリしない点も含めてオモシロイ。実際、あるのだろうか?国民性や県民性。マジメにというより、ジョークで国民性を表すものは多い。以下に代表的なものをあげてみたが、笑えるところに、それなりの何かがあるのだろう。


    【料理】

    イタリア人:「やっぱり我々の料理は最高だね」

    フランス人:「いや、我々の方が上だ」

    ドイツ人:「そんな事だから、戦争が弱くなるんだ。ビールとソーセージで十分だ」

    フランス人:「まずい食事しか出来ないひがみか」

    ドイツ人:「ワインにうつつを抜かして、瞬く間に降伏した連中に言われてもな」

    フランス人:「何を!」

    ドイツ人:「やるのか? 受けて立つぞ?」

    イタリア人:「まぁ、どちらともイギリスよりはマシなんじゃないの?」

    イギリス人:「いや、我々の食文化も偉大だ」

    仏・独・伊:「?」

    イギリス人:「まずい食事を何とかするために、料理を求めて植民地を作った」

    仏・独・伊:「それで?」

    イギリス人:「いつの間にか、七つの海を支配してしまっていたのだよ」

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    課題【世界で一番速く走れる選手を用意してください】

    日本:「最新のトレーニング技術を駆使しよう」

    北朝鮮:「我が国以外全て滅ぼせばいい」

    韓国:「一番速い選手を韓国人認定すればいい」

    アメリカ:「世界で最高の施設と技術を用意し、それでもだめなら最高の選手にグリーンカードを発行し、それでもだめなら競技のルールを変え、それでもだめなら選手を持つ国は大量破壊兵器を備蓄している疑いがある」


    イメージ 8■世界各国の人々が乗った豪華客船が今にも沈没しかかっている。しかし、乗客の数に比べて、脱出ボートの数は足りない。したがって、その船の船長は、乗客を海に飛び込ませようとしますが…。さて、船長が各国の人を海に飛び込ませるために以下の言葉を放って成功したのだった。

    アメリカ人に対して…「飛び込めばヒーローになれますよ」

    ロシア人に対して…「海にウォッカのビンが流れていますよ」

    イタリア人に対して…「海で美女が泳いでいますよ」

    フランス人に対して…「決して海には飛び込まないで下さい」

    イギリス人に対して…「紳士はこういう時に海に飛び込むものです」

    ドイツ人に対して…「規則ですので海に飛び込んでください」

    中国人に対して…「おいしい食材(魚)が泳いでますよ」

    日本人に対して…「みなさんはもう飛び込みましたよ」

    韓国人に対して…「日本人はもう飛び込みましたよ」

    北朝鮮人に対して… 「今が亡命のチャンスです」

    関西人に対して…「阪神が優勝しましたよ」

    広島人に対して…「お好み焼きを食わせるけん、行ってこーい」

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    有名な「沈没船ジョーク」だが、最期の二つはアドリブで、それ以外は概ね各国の国民性が理解できるジョークとなっている。一体どこの誰が考えたものやら…?確かに血液型にはそれなりの傾向性があるように思うが、「B型=自己中」と書かれてあるのを知ったB型が、「うちは超自己中よ」と言っているようにも思えるし、そういう決め付けを嫌うB型もいる。


    いうまでもない、人の性格は環境や境遇など、多くの要因で作られるものであって、血液型のみによって決定されるものではないが、それでも傾向性があるのは単なるこじつけ、思い込みであろうか。自分は人と交流する際、頭の中に血液型を入れておく事が多い。それによって何かが左右されると言う事はないが、いかばかりかの傾向性を頭の隅において置く。

    昔、こういうことを言われた事がある。「ボクはAB型なので、人前で公然と注意されるとダメなんです」。この言葉はハッキリ覚えているが、血液型などに興味がなかった時分であったから、少しばかり驚いた。「AB型ってそうなん?」、「本当に?」など、知識もないが看過できない気がした。自分が血液型に興味を抱いたのは、これが契機だったのかも知れない。



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    家族内に絶対的信頼関係があるというのは幻想で、そこに抑圧がある限り親子といえど命を危険に晒す。戸籍上は可能だが、親子を解消する法的手段はない。関係を絶つ、敷居をまたがせないは法律上問題はない、佐世保高1殺害事件の加害者A子の父親は、A子を祖母(父親の母)の養子としたが、なぜまた?父親の代理人を務める弁護士は週刊誌の取材にこう説明した。

    「財産分与と節税の観点からの措置で、娘を切り捨てたわけではない。戸籍上A子の親は祖母になるが実父が父親である事実は生涯変わりなく、実際その後も事実上の父親としてA子と接している」。あり得る相続税対策だが、節税に熱心な資産家でもここまでやらない。相続財産が10億円以上あるなら、1000万円程度の控除が増えたからといって納税総額はさして変わらない。

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    それなら戸籍も普通の親子のままでいたいと考えるのが一般的である。わざわざ娘が精神的に不安定になっていた時期に、節税のためとの理由でわざわざ戸籍の変更をする理由があったのだろうか。A子は同級生を殺した理由として、「人を殺してみたかった」といったが、父親の頭を金属バットで殴打した理由も、継母にも捜査陣にも「殺すつもりだった」と打ち明けた。

    長崎県警は1月20日、少女を父親殴打事件の経緯を捜査し、殺人未遂容疑で再逮捕した。再逮捕容疑は、昨年3月2日午前3時ごろ、佐世保市の実家で就寝中の父親の頭などを金属バットで数回殴り、殺害しようとしたとしている。一方殺害された被害者の父親は同日、事件から間もなく半年となる現在の心境を綴った手記を公表、公開裁判で容疑者少女を厳罰にするよう訴えた。

    手記はB5判用紙3枚に綴られ、代理人弁護士を通じて報道機関に公表された。「本当に悔しくてたまりません。この気持ちは以前とまったくかわりません」と悲痛な思いを吐露し、事件前に少女が父親を金属バットで殴打したことを把握していた学校側には「警察に通報すべきだった」と対応の不備を指摘した。このような結果から考えると問題は残るが、判断は難しい。

    娘に殴打された父親は担当教諭に連絡して経緯を話している。その際、父親が「事件にしたくないので、誰にも言わないでほしい」と頼んだため、担当教諭は校長らに報告しなかったという。生徒の問題であるが、校内で起こった事件ではないし家庭の問題といえなくもない。「事件にしたくない。誰にも言わないでほしい」と懇願されたら、自分が担任でも言わなかったろう。

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    担任教諭はその後に生徒である少女と面談した際、少女から、「人を殺してみたかったので(殴打は)父親でなくてもよかった。担当教諭でもよかった」という趣旨の話をしたという。それに対して教諭は、「私はあなたに殺されるわけにはいかない。あなたにも私にも悲しむ人がいるから」と答えたというが、のやり取りは担任教諭としてあまりに不甲斐なさすぎでないか?

    「私はあなたに殺されるわけにはいかない」などと生徒に答えたとは信じられない愚答である。幼く、社会的に無知過ぎる。親の寝込みをバットで殴打した動機が「人を殺してみたかった。父親でなくてもよかった」、担任を名指しで「あなたでもよかった」などの言葉は、到底看過できない。父親の元に出向き、生徒の精神の異常性について何らかの措置を講ずべきでないか?

    それほどの言葉である。「あんたを殺したっていい!」と言われ、「私にも悲しむ人がいるから殺されるわけにいかない」などと答える教師って、あまりに暢気すぎる。全部とは言わないが、教師の感性とはこんなものなのだろうか?。重大な事に対する感受性が鈍いというか、なさ過ぎる。「お前を殺したっていいんだ」と生徒をオカシイと思わないのだろう。

    言葉だけではない、実際に寝込みの親を金属バットで殴打している生徒に尋常ならざる切迫感を感じないのか?普通の感性なら。何も講じなかったことによる責任はないが、鈍感な教師でなかったら違う展開となったろう。殺害された高一の女子生徒の父親が、刑事裁判で裁いて欲しいと思うのは当然だ。娘が殺されているにも関わらず、殺人容疑を処分保留されていた。

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    県警は同級生殺害に至る経緯を調べるため、父親殴打事件の捜査する必要があると判断したとするが、実父の殺人未遂容疑だけで再逮捕ということで、殺害された女子高生の刑罰が軽くなる事は決してあってはならない。少女は県警の調べに対しても、「殺すのは誰でもよかった」と供述し、善悪の判断に問題はないとみられ、刑事責任能力が問えると見通している。

    長崎地検は鑑定結果を精査した上で「刑事処分相当」の意見を付けて家裁送致を検討しているようだが、家裁が刑事処分にあたるという判断を望みたい。「キチガイに刃物」という言葉は、正常な能力や判断力のない人間に刃物(あるいは武器や権力)を持たせると危険だと言うことだが、刑事訴訟法でっは、キチガイが刃物で人を殺せど刑罰は問わないとある。

    キチガイ(判断能力がない人間)が野に放たれていることが問題だが、昨今はそういう人間を家庭が作る場合が多い。「うちの子は頭悪いから手に職でも…」という聡明な親が消え、我が子、我が子と大枚投じて塾に通わせ、バカでもケツをひっぱたけばどこぞの三流大学は出れるというのを足るを知らぬ親の浅ましさと眺めていたが、確かに問題を起こさぬ方が多い。

    イメージ 4金属バットで親を殴殺といえば、34年前、二浪の受験生が両親を金属バットで殺害した事件が想起される。東大卒で一流企業に勤務する父親は2人の息子たちにも一流大、一流企業へ進むことを期待した。母親は夫を尊敬、夫の方針に従って子供の躾、教育に当たってきた。長男は一流大学に進学し、一流企業に就職したが、2歳下の次男は2度大学受験に失敗した。もう1年浪人を父親に懇願したが、予備校に通うと家を出るが予備校には行かず、時間とお金を浪費し続ける。ある夜、父親の定期入れからキャッシュカードを盗んだことがバレ、その際身に覚えのない現金盗難を疑われ、「家に泥棒を置くわけにはいかない。出て行け!」と父親に激しく叱責される。こんな時、いつも支援してくれた母親も、この夜ばかりは違った。

    次男は2階の自室でウイスキーをあおり、やるせない気持ちを紛らわすが、その時父親が部屋に入ってくる。酒を飲んでいる次男を見るなり、怒りを爆発させた。「大学に行くのを止めて、明日、出て行け!」と足蹴りする。次男は追いつめられて逆上、ウイスキーをさらに飲み犯行を決意する。1階で就寝中の両親の顔と頭が叩き割られ、脳漿は飛散、血飛沫は天井まで達した。

    この事件が世間を震撼させたのは、その残虐さよりもむしろ受験生を抱えた家庭、エリートで仕事中毒の父親がいる家庭なら、日本中どこでも起こり得るという点にあった。 決して他人事では済まされない事件であったという世間の関心である。2006年には奈良の高校生が自宅に放火、母と弟妹2人が焼死した事件で、高校1年生の長男は調べに激白した。

    「父親から成績のことで再三叱られたことが嫌になり、すべてをなくし、リセットしたかった」と供述。医師の父親は長男にも医学部に進学することを期待し、ICUと呼ぶ勉強部屋で勉強を見るなどしていたが、時には熱心さのあまり、長男に暴力を振るうこともあったという。2つの事件に共通するのは、エリートの父親が息子にも同じ道を歩ませんと強制したこと。

    イメージ 5親の価値観や基準を子どもに押し付けることで悲劇・惨劇にみまわれたケースは少なくない。外国の場合、親が子どもに暴力をふるう例は珍しくないが、子どもが親に暴力をふるうのは極めて日本的な現象だそうだ。なぜなら、親の最大の役割は子どもをしつけることで、子どもに保護や愛情を与える代わりに暴力によって勉強を強要するなどのケースは外国にない。個人の能力、個性を何よりも尊重する西洋諸国では、親が子どもの将来像を描き、それに沿って無理やりレールを敷き、その上を走るよう叱咤激励したり、時には暴力をもって子どもにプレッシャーをかけることなどはまずないであろうし、さらにはキリスト教の倫理観が厳然と存在している社会であるから、子どもが親に暴力を振るうことなど起こり得ない。

    宗教による倫理的な規制がほとんどといってなく、直情径行な日常生活が自由に営まれる社会も日本だけではないか。イスラムの戒律の厳しさを眼にしながら、こういう国に生まれなくて良かったとつくづく思ってしまう。さらに日本ほど言語に頼らない文化はあるまい。「以心伝心」の文化の長所はあるが、「初めに言葉ありき」の西洋社会とは異なるマイナス面もあろう。

    それは、言葉や論理より情緒によるコミュニケーションが重要視されてきた点である。そういう社会であれば、どうしても家庭内では必要以上に「甘え」という依存関係が幅を利かす。その依存関係が大きければ大きいほど、それが破綻すれば言葉や論理で修復を図ることが難しい。対案も見出せず、絶望的になり、感情的な怨念に転化されて激しい言動が噴出する。

    言葉社会の文化は言葉による修復がなされるが、情緒文化におけるいさかいに修復の難しさはある。若き頃はさほど人の内面に興味はなかったといったが、言行不一致に甚だしき人間にはひどい目にあわされた。お菓子を買ってあげようという大人について行ったら、クルマに押し込められて誘拐される幼児を責められるだろうか?騙される側は無防備なものである。

    「腹黒い」とは、心に何か悪だくみをもっている、の意味の他に、陰険で底意地が悪い、の意味もあるが、こういう人間に対する防線はかなり出来上がった気がする。言い換えると、言葉の端々からこういう人間を見抜くのが得意かも知れない。ちょっとしたことで分るのだが、それはこの手の人間に共通するものがあるからだ。どんなに隠してもすぐに見抜ける。

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    口から出る言葉の100%近くが嘘の人間が身近にいた。臆病で内弁慶、見栄っ張りで嫉妬深い、自己中心的で無慈悲、無知のくせに他者をバカ呼ばわり。他者に共感しないがする振りをする。利害のみで他者と接する。被害意識が強い。感情だけで理性の欠片もない。言葉をコロコロ変える。褒められて極度に喜ぶ。これが自分の母親であるなら労苦は想像できよう。

    どれほどつくろっても騙されない自信はある自分は、この手の専門家。女の嘘は我が身を守るものだと認識・理解できるようになったが、噓をつかぬ女は信頼できる天使ある。離婚した後、妻に私生活を暴露され、あらん限りを公表される有名人は憐れである。家の中はパンツを脱いでいれる場所だが、身近な妻に暴露されるは、寝首を掻かれたようなもの。

    これまさに百年の不作であろう。ジェームス三木、堺正章、井上ひさし、春風亭小朝、小沢一郎らの妻が思い浮かぶ。西川史子も今は黙して殊勝な素振りだが、辛抱の糸が切れると黙っていれないタイプかもしれない。が、彼女は甘やかされて育っただけで、アレコレ夫婦関係や、結婚に関する書物を読めば、自分の愚かさに気づかぬほどのバカではないんだろう。

    女同士の話を聞いていると、くだらない自己規範を振りかざして夫や恋人をコケにして盛り上がったりする。「ハナ毛が出てるひとってどう思う?」、「うわー、絶対イヤー!」、「オシボリで顔を拭く人は?」、「いるよねーオヤジっぽいの、なんかいっきに冷めるよねー」、などと人をコケにするのがそんなに面白いんか?それでご満悦という低脳ぶり。

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    女みたいに毎日飽きるほど鏡を見ないんだよ、男は…。ヒゲは鏡がなくてもシェーバーで剃れる。鼻毛がイヤというが、昨日は伸びても今日は切るという流動的なもの。流動的な事は流動的に対処するのがまとも。鼻毛ごときできゃーきゃーいう女にそういう事は言わない。なぜなら、まともな女ならそんな事は言わないし、まともでない女に言って分るはずもない。

    「鼻毛、イヤよねー」って死ぬまでいってろ。感性のままにものをいい、感性のままに対処しようとする女にアレコレ言うには野暮。明石家さんまのなんたら番組のように、バカ女をそろえて好き勝手を言わす面白さ。まるで天下を盗ったかのごとく言いたい放題ぶりで、アレは視聴者が「バカだな~女は…」と思わせるのが狙いであり、それで番組は成り立ってる。

    同性からみても、「この女どもはどうしようもないバカ!」って思うらしい。さんまがオーバーリアクションで盛り立てるが、「君はバカでないか?」などといえば番組はなりたたない。もっともそんな司会者を登用するはずもない。さんまはバカを相手に上手く盛り上げてるし、彼のあのパーソナリティはさすがだよ。タモリやタケシより、盛り上げ感が上手い。

    もし、男があんなような自己陶酔気味というのか、好き勝手いうならまず誰も相手にしない。「いい加減、バカかお前は?もっと広い視野を持てよ」くらいは言うか、思われてオワリだろうが、美女だから番組的に面白いのだろう。ということは、女はバカを晒しても「絵」になるということか。ブサイクが言おうものなら「絵」にもならない、いいとこ「屁」だろうな。

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    この程度で問題発言ということもなかろう。芸能人の問題発言はいろいろあった。第33回紅白歌合戦で桑田佳祐は三波春夫のコスプレで登場、「国民の皆様ありがとうございます。我々、放送禁止も数多くございますが、こうやっていけしゃあしゃあとNHKに出させて頂いております。とにかく、受信料は払いましょう!!裏番組はビデオで見ましょう!」と発言した。

    これが物議を醸し、NHKから謝罪文を要求されたが拒否、NHKとの関係が悪化した。 問題発言の多くは事実を述べたものが多い。桑田にとって権威主義のNHKも、紅白もどうでもいいんだろう。今回の桑田発言も、橋下徹も、タブーに挑戦する実直さであり、要領のよい男に比べて臆せぬ発言に男気をみる。マツコ?美川憲一の方がズボン履くだけまだマシ。



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    三大宗教を始め、新興宗教と称されるものは、人生の意味とか真実を追究する哲学とならんで人類と共に生き続けるだろう。すべての人が自覚した宗教を持っているわけではないが、例えば死後の世界を思わぬ人はいないであろう。埋葬するときに火葬は止めて土葬にしろとか、骨粉にして大海に棄てよとか、葬儀には多くの花をとか、葬儀はしてくれるなとか…。

    などと人は言うが、それらは気休めであり、夢想に過ぎないかもしれないが、それらも宗教的心情といえなくもない。なぜなら、「死」という絶対にどうする事もできない世界と関わっているからだ。人は必ず死ななければならないという明らかな事実、当然の理を、なんとかして避けたいとするのが人の常であるが、死の意味を知ることで多少なり死の恐怖が軽減される。

    それが宗教であったりする。死後の世界の存在や死後においても希望を持てるというなら、死は人の終わりではなく新たな旅立ちという理解になる。理解であって真実かどうかは別の問題だ。人は「真」だけを理解するわけではない、虚実であっても不確かであってもそれなりに理解をすべきだろう。他人の戯言に理解不能はありがちだが、そういう言葉を発する人間という理解はできる。

    中身を理解できないなら、外を理解すればいいのであって、すべて一切を理解できないというのは捨て鉢な言い方に思える。「人は幸福であらねばならぬのか?」という疑問を携えてはいるが、人は不幸であるべきとは思っていない。が、不幸でないなら幸福か、幸福でないなら不幸なのか、に照らし合わせて「人は幸福であらねばならぬのか?という設問である。

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    人は漠然と「幸福になりたい」などという。他人の挙式に呼ばれて「幸福になってね」と声をかけるのも社交の辞令であろう。何をもって「幸福になってね」と言っているのかは、相手に伝わらない。「仲睦まじく…」が、この場合の最適な伝言であろうことは想像できる。結婚して一緒に暮らすことになる夫婦が「仲睦まじい」のは幸福なのだろうか?

    そうならない場合に反しては幸福だろうが、仲睦まじく暮らすのは実は当たり前のように思っている。それはあらゆる動物のツガイを見ていて感じることだ。それが一緒に住むものの条件であるように思う。が、人間はどうもそうは行かないらしい。動物の夫婦に浮気はあっても離婚はないのでは?その前にこれは比喩である。結婚は人間の社会制度であるから動物にはない。

    が、動物番組のナレーターがツガイになることを結婚というように、だとするなら離婚はあるのか?であるけれども、自分の知る限りにおいて動物はいわゆる離婚はない。鑑賞して中睦まじき動物の代表格の鳥類の中には、一生、同じ相手と暮らすものが多いとされる。が、相手が死んだ時は新しい相手を見つける。これは仲たがいの離婚ではなく、人間と違って一途である。

    また、動物の結婚は繁殖の相手(人間も大義に於いて)、という意味であるなら、繁殖期以外はオスとメスが一緒に暮らさない動物は多く、人間も社会形態の中では単身赴任や別居婚もあるが、人間のそういう本質と動物の繁殖期は異なる。毎シーズン交尾のたびごとに相手が変わる動物は、そのつど結婚と離婚を繰り返しているが、それが人間のいう恋愛なら不義ということになる。

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    『鶴の恩返し』という民話がある。鶴は人間の姿になって老夫婦の前に表れるのだが、身を削って恩に報いようとする鶴の、けなげな痛々しい話。あれは丹頂鶴で、丹頂鶴というのは、一度夫婦になったら相手が死ぬまで浮気をせずに添い遂げるという。なんとも一途な生き物である。どちらかが死ぬと悲しげに鳴き、屍から離れず身を挺して死体を守るという。

    人間に離婚が多いのは「言葉を話す生き物」である要素が大きい。まあ、言葉を話してこそ人間なので、離婚理由が「言葉があるから」というのはオカシな話だが、「ヒドイ言葉をいわれた」は多いにあることだ。先の三船美佳・高橋ジョージ夫妻の離婚問題も「こんなこといわれた」だったらしい。そればかりではないし、積もり積もっての離婚だが、何かを原因にしたいらしい。

    係争中ともなれば、特定する何かが必要である。「何となく飽きたし、顔を見るのも嫌になったので…」であっては、離婚も叶わない。「モラルハラスメント(モラハラ)」は、フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが提唱した言葉。外傷等が残るため顕在化しやすい肉体的な暴力と違って、言葉や態度等によって行われる精神的な暴力のことをいう。

    イメージ 4見えづらいため長い間潜在的な物として存在していたが、イルゴイエンヌの提唱で広く知られるようになった。昔から「言葉の暴力は肉体的暴力と何ら変わらない」といわれていた。場合によっては肉体的暴力以上かもしれない。おそらく動物にはなく、人間特有のものだろう。雄ライオンの何かにむかついた雌ライオンが、知らん顔して無視したり、睨んだりはないだろう。以前、こういうことを問われた事がある。20代前半の女性である。「好きな人に向かって"お前なぁ"とか普通いいます?そんなの、好かれてるとは思えません」。一言聞いて、困った女だと感じた。こういう自己規範の多い女と付き合うのは大変なのよ。女に限らず男もそうだが、男の場合はそこまで感情的でないので、諭すことはできる。が、女の決め事はなかなかうるさい。

    「好きな相手にお前などと言わないという規範意識を持っているなら、いくら相手が君を好きであっても、好きでないと判断するんだろ?それは自分の規範を相手に押し付けていることになる。大事なのは言葉ではないし、英語では"You"しかないんだよ。それが日本語では、君、お前、そっち、あなら、あんた、てめぇ、などといろいろ呼び名はあるし、どう言われたいの?」

    「名前で呼んで欲しいです」、「じゃ、そう言えば?ただし、いろんなシチュで、お前も、てめ~も出ることあるよ。それが人間関係だし、一筋縄ではいかないと思う方が視広い視野の持ち主ってもんよ」と、言ったものの…。「ウザイんですよね、もう結構です」と言われやした。女子にモノを分らせるってのは大変だよ。自己規範を変えない人間と付き合うと苦労する。

    自分の理想は「言葉」や「物」を介さない人間関係だ。それが日本人の文化の中に浸透していたし、良い意味での文化であった。もちろん、「愛してー」、「愛してるよー」の欧米文化とは異なる。「暗黙の了解」、「以心伝心」、「言わぬが花」などが象徴している。相手に思いやりの心をもち、理解しようとする心。「好きよ」といわれるより、「言わなくても分かるでしょ」がいい。

    「言わなくても///」というところが奥床しさ。日本人の中に脈々と生きてい、、「言わなくてもわかる」という心の声が、「言わなければわからない」に変遷しつつあるのは、欧米文化輸入の影響だろうか?確かに言葉にすべき効用も多だあるが、ナンでもカンでもとはならない。いい人間関係を目指すなら、「言わなくても分かり合おう」姿勢の相手を見つけること。

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    見え透いた仲良しが人間関係のベストと誰が決めたのか?見え透かない仲良しがいいに決まっている。「口開けて大いびきをかいてる夫を見てると気持ちが冷める」という女もいる。これも自己規範であろう。もし、乳児がそうであったら、ペットがそうであったらどうなのか?自分の気持ち、規範意識の問題であるのに、そのようにして相手と自分を離している。

    寝てるときの無防備さにまで文句を言うような妻なら、自らさっさと出て行けばよい。ナポレオンの妻だったジョセフィーヌも、ベッドで大いびきをかいて眠りこけている夫を見て、「この人がヨーロッパ全域を震撼させた男だ何て信じられない」と言った。バカ女はべッドの寝姿で男を判断してしまうようだ。仲良くするのがベストでないのは、夫婦にだって言える。

    人間関係は相手あってのことで、こちらが仲良くしようと思っても、この妻のように、他方が避けるなら無理。相手にその気がないのに、仲良くする必要はない。だから、そういう事も頭において、可もなし不可もなしの付き合いを目指すのがいいのだよ。会話をしなくとも、心に存在を持つ相手はいる訳だ、妻とてそう、夫とてそう、恋人、友人とてそうであろう。

    心から消え去ることが存在がなくなることで、媚びたり無理したりの見え透いた仲良しをする必要を感じない。ブログのコメントなどを見ていると、リアル社会では到底いいそうもないような愛想を振りまいているのが多いが、批判と言うよりも嘘の言葉の世界観を感じるのだ。確かにシェークスピアは「人生は演劇であり、人はみな役者」と言った。役者だから大根もいよう。

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    が、人生の役者は自分で役が選べるのに、そういう選択権を知ってか知らずでか、不本意な役を立ち回っている人が多い。どう演じても役は役であるが、不本意な役とは自分に無理をした役である。演出家に無理強いされるならともかく、ワザに自分が好まぬ役をやる必要はない。嘘も続けば本当になる。気づかぬうちにだから、環境というのは実に怖ろしい。

    幼少期から人に媚びてばかりいるとそういう人間になるんだよ。自分は人に媚びないが、生意気だ、偉そうだという人は、人に媚びる人間もしくは媚びられるのが好きな人間だろう。自分はいつなんどきも自分を失わないようにしているし、基本的には相手を尊重する姿勢は崩さない。陰で悪口を言いそうな人間には触覚が自然に働き、あしらう事もあるが、人は基本的に好きである。

    森繁久弥彌がこんな風にいっていた。「乞食の役をするために、乞食の恰好をしてデパートに入ったら、みんなからジロジロみられイヤがられた。そのうち自分は本当の乞食になったような気持ちになった」環境は人を作るし、環境は人を変える。自ら望まない役をあえて演じようとは思わなかった。「生意気だ」という相手に媚びなかったことで自分を強くできたと思う。

    日常生活でいじめられてる子は、本当にいじめられることが嫌ではなくなる。つまり、自分が自分で楽な生き方を選ぼうとするのだ。反抗して独立心を養うのは大変なエネルギーがいるし、だったらいじめられてる方がむしろ楽だということになる。いじめは、いじめる方が悪いというけれども、それを良しとしてる本人にも問題がある。が、これを変えることは他人にはででない。

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    本人がいじめ役を率先して買って出てるのだから、どうにもならない。この世に無菌状態の場所はないのだし、自覚をもって少しずつ自分を強くしていこうとすべきなんだよ、本当は…。しかし、それは強制できないし、地道な指導が必要だが、教師も親も、そういう綿密な教育ができない。やる暇もない。だから「いじめを止めよう」などと声高に叫ぶしかない。

    自分は相手と少し話せば、この子はどういう環境から今の自分が形成されてるのかが大体わかる。人の心は言葉や文字に現れる。だから、それを察知して本人に迎合するでなく、自分の何かを感染させるように持っていく事が多い。感染力のある人間という言い方は変だが、感染される側に立ったときは、相手をそのように感じてしまう。ふつうは「影響力」というのだろうが。

    好かれるとか好かれないとかよりも、影響を与えたいとは思う。どうなんだろうね~、人に好かれる方法って本は多いから、そういうノウハウはあるんだろうが、考えたことがない。いや、若い頃は考えたかも知れないが、忘れているのだろうか?感じたことを率直に言うのが「自分らしさ」実践していたj。が、それで「生意気だ」といわれる理由が分らなかった。

    イメージ 8直接に「生意気だね、若いのに」と言われると、「若いからそうなんでしょう。年取ったら丸くなりますかね?」など、いろいろな答えを用意していた。他人が言い合いをしているの、、バカ犬の吠えあいと冷めてみていたせいもあってか、不毛な言い合いをくだらないと思っていた。だから言い合いをしないよう努めていた。その方法としてソクラテス的問答法は良いと実践していた。ソクラテス式問答法は、口論の元となっている問題点を指摘するのではなく、相手に質問することで感情的にではなく、現実の状況に焦点を当てる事ができる。これなら両者ともに考えられるようになる。相手は自分の問いや言い分を基準に他人を、周囲を見ているわけだが、その問い自体を自分に当て嵌めて考える作業をさせてみる。すると、相手の主観は見事に客観的になる。

    主観ばかり論じていても平行線で面白くないし、議論で相手を説得させるのは骨が折れる。というのも、どんなに正しいことをいっても、相手が本当は納得したことを言ったとしても、正しい事が分らない相手だったり、納得してない素振りをすることはできる。説得されるのが嫌な人間はいるから、説得は本意ではない。自然に相手が主体的に納得するのが言いに決まっている。

    ソクラテス問答法の核心は、「議論をせずに相手に気づいてもらうこと」だ。そういえば「世界三大悪妻」は、ソクラテスの妻クサンティッペ、モーツァルトの妻コンスタンツェ、レフ・トルストイの妻のソフィア・アンドレエヴナということになっている。が、以前友人が、「うちの嫁も…」というので、「悪妻を持つとお前は哲学者になれるんだよ」と言っておいた。

    「よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる。」はソクラテスの言葉。「悪い妻で不幸にならない」というところが彼らしい。幸福にはなんかニセモノが多い気がする。わざわざ「幸福だ~」という実感がなくても、「不幸だと思わないから幸福なんじゃないのか」ていどの幸福で十分だと思っている。幸福という言葉に盲従することもない。

    人間の欲望が満たされることを「幸福」と思わない。欲望の全部が満たされた人間とは、考えただけでも怖ろしい。それを幸福といえるだろうか。満たされないもの、叶わぬものを追ってる姿も幸福なのである。とどのつまり、幸福とは生きていることそのもののように思う。今日一日を生き切れば、明日という日が必ずやってくる。それは幸せなことじゃないか…。

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    カール・ブッセの「山のあなた」を知ったのはいつ?中3か、高1か?言葉の意味は分かるが、文字の奥にある本意は分からない。いろいろに訳されている。「山のずっと彼方に「幸せの理想郷」があるというので尋ねて行ったが、どうしても見つからず涙ぐんで帰ってきた。あの山の、なお彼方には「幸せの理想郷」があると、世間の人々は語り伝えるのだ。」

    上田敏の美しい訳が、言葉の本意より詩の美しさに心奪わせる。俳句にしろ短歌にしろ、詩的表現にしろ、表現されたものより表現主体のあり方を重視するのは、中世以来の日本の伝統だ。ブッセの原訳は、山の遥か彼方に『幸せ』があるそうで、私は仲間と共に探しに行ったけど、結局は見つからなかった。山の彼方のそのまた向こうには、『幸せ』があるらしい。

    どんな山の向こうを訪ねど幸せの郷などあるはずがない。山のさらに奥を越えても同じことだ。「幸福」は観光地ではないからだ。あるという幸福を信じて人里離れた山の向こうにむかってみた。それなのに、"どうしても見つからず涙ぐんで帰って来た"と、この表現は、そのまま受け取るといかにも子どもじみている。自分は大人になってこの詩をこう解釈した。

    「人は自分が得たいもの、欲しいものに憧れをもつのは誰も同じ。人からよいことを聞けば実行に移す。「幸い住むと人の言う」だと?そんなことで幸福がつかめる?人の言い伝えに裏切られて涙することになるのなら、果てない彼方にある幸福に自らの意志で向かえよ。人の言葉を鵜呑みにした涙より、自ら信ずるところの涙を流せ。そこが幸福の在処ではないか?」

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    自らを生きろと言っているのでは?人の言葉に惑わされず、自ら信ずるところの涙が尊いのだと…。チルチル、ミチルの『青い鳥』も同じモチーフで描かれている。「貧しい家に生まれた主人公がおばあさんに頼まれて、様々な世界に幸せの青い鳥を探しにいく。彼らは行く先々で青い鳥を捕まえるが、この世界にもどってくると違う色になっていたり、死んでいたりする。

    結局家の鳥かごの中にいる鳥が青い鳥だったのだが、その鳥も どこかへ飛んでしまう。幸せは案外身近なところにあるという解釈で語られている。『オズの魔法使い』もまったく同じこと。『青い鳥』の主人公たちと負けず劣らずの冒険をするドロシーである。子どもの好奇心をつまらぬ学問で押さえ込まず、大いに堪能させまくるという大人の心の願いが込められている。

    なぜなら、いかなる大人もかつては子どもであったからだ。だから、真に子どもの身になれば大人が子どもの好奇心を削ぐような事はしないものだ。学習塾や○○教室に閉じ込めておくなど愚の骨頂であろう。とまあ、自分が自分の子ども時代からの教訓であるが、子どもに学力をつける、学歴を与える事が真に子どもの幸福だと考える親がいても理解はできる。

    他人のことには責任を持たなくていいので、批判もするし、目先の理解もするが、大事なのは自らが関わる子どもたちである。よその家の子どもと関わっても、「自分の思うように生きたらいいよ。それで自分が責任を取ればいいんだから」などと言うが、子どもというのは、結構親の呪縛に捉われているもので、それは、ある意味楽、ある意味子どものズルさでもある。

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    「自己責任」ということほど子どもを悩ませる言葉はないのではないか。ある日子どもに100万円与えて、これを一年以内に200万円にしろという命題と、全教科100点を取れという命題とどちらが価値がある?どちらが簡単であるか。名は失念したが、実際に大富豪になった子どもの親に、このように投資を勧められた子どもがいたといい、そこは納得が行く。

    「なぜ学問を?」という目的が欧米と日本ではまるで違っているのだろう。イギリスと日本の教育体系は異なるが、王室に嫁いだダイアナもカミラも、両人ともに貴族家庭に生まれながら好きでない勉強をさせられることもない。あちらは日本でいう高校がなく、義務教育を16歳で終えると、大学進学を志す子どもは、6th formという大学入学資格試験準備校に進学する。

    ここで大学で学ぶ予定の科目の基礎を2年間学ぶ。ただし、6th formに進んでもその後大学に行かない(あるいは行けない)子どももいるので、6th formに在学する子どもは30%強で、それでも日本のように全員が高校進学ことはない。義務教育後の2年間は、6th formでも各種学校でも公立に通う限りは無料で、子どもがアカデミックな勉強は義務教育だけで終了する。

    子どもたちは義務教育を終える年齢までにGCSEという中等教育修了試験(国家試験)を受験する。受験科目は人によって異なるが、通常は8〜12科目程度を受験する。不合格もあり、卒業制度がないので、GCSEを受験して合格しないと日本でいう中卒資格も得られない。GCSEの成績はA*(エースター)からEまでが合格でそれ以下は落第。この成績が大学進学時、就職時など一生ついて回る。

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    ダイアナは学校に行ったがGCSEの資格を持っていない。2回受験しひとつも合格しなかった。代わりに、人に尽くす慈善の感性が学校で非常に高く評価されていて、それが後に数々のチャリティワークでの無私の活動として結実したようだ。カミラもOレベル(GCSEの前身の同等資格)をひとつしか持っていないそうですから、当時の貴族なんてこんなものだ。

    ダイアナもカミラも学業を終えると16歳ぐらいでスイスのフィニッシングスクールに行き、貴族の娘として嫁ぎ先で恥ずかしくないような教育を受けた。ちなみにエリザベス女王は当時の王族の娘としては珍しく家庭教師からアカデミックな教育を受け、チャールズ皇太子も王族としては珍しく 6th formのあとにすぐにオックスフォードに進学、まずまずの成績で卒業している。

    日本の名家・貴族なら、どんなバカでもカネで裏口入学という手を講じる。日本人がバカなのは、本人の主体性より親の見栄を重視する。だからこう言う事をする。子のためという口実は自分のためである。雅子妃がいかに才媛とて、結婚生活に向いていたのか?皇室に相応しかったのか?秋篠宮紀子妃の方が国民に和らぎを与える。人間関係をこなすのは頭の良さではない、心であろう。

    先の名古屋大理学部女子生徒の事件をみるに、彼女は長崎・佐世保の高1生と「人を殺してみたい」共通点があったが、両者共に生育過程で歪があったと推察する。秀才であったというが、特に前者は「名大出身死刑囚ってまだいないんだよな」などとツイッターで呟いているのをみても、ハナから名古屋大に学問しに行っていないのは明らかであろう。

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    彼女の顔を見て驚いたのは、「これが女?」であった。世にブスとかブサイクとかに合致する顔は確かに存在するが、それでも心の温かい和やかな性格の持ち主は多い。偏見かも知れぬが、秋葉原事件も附属池田小事件も宮崎勤事件も、その他無差別殺人犯や凶悪犯にイケメンをみない。いや、イケメンならずとも自分の主観でいえば、並以下に該当する男が多い。

    容姿と事件の関連性は定かでないが、容姿コンプレックスが性格を歪めたり、卑屈にさせたりの要因はないとはいえまい。こういう声を体験した事がある。某有名国立大の女生徒は高校時代の恋愛相手と同じ大学に行くことを約束し、努力もあってそれを叶えた。最も進学校であったゆえの自力はあったようだが、地方から来た二人は互いの下宿を行き来する。

    共にサークルはグリークラブに入り、彼女はソプラノ希望であったが、途中からメゾソプラノに変えられたことに不満を述べていた。それよりも、問題だったのは彼氏が同じグリークラブのソプラノと恋仲になり、彼女は絶縁を告げられたという。男の気変わりはありがちだが、高校の3年間を一途に過ごした女の立場、一途で他の女を知らない男の好奇心の違い。

    どちらも理解はできる。彼女のショックは計り知れず毎夜泣き明かしたという。女が失恋で泣き明かすという感性を自分は到底理解し得ないが、そこで彼女は相手の女に対する心情をこう表現した。「あんな女、シチューの具に煮詰めてやりたい」。どっひゃーの言葉は、文学部的表現か。太宰の短編に「かくめい」というのがある。多くが平仮名で書かれている。

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    「じぶんで、したことは、」そのように、はっきり言わなければ、かくめいも何も、おこなわれません。じぶんで、そうしても、他のおこないをしたく思って、にんげんは、こうしなければならぬ、などとおっしゃっているうちは、にんげんの底からの革命が、いつまでも、できないのです」。太宰らしい、句点多き文体だが、いかにも太宰らしいのは「革命」である。

    彼は『斜陽』の中で、「人間は恋と革命のために生まれてきたのだ」と言った。なぜか彼の書く死には「卑屈」な印象がない。おそらく死に秘められた希望というものがあり、『斜陽』自体、崩壊をテーマに書かれた作品であるが、蘇生する為の破滅のように読み取れる。がしかし、崩壊してしまえば再生は無い、という厳しさをも理解し、表現している。

    人が生きていくには、あるいはそれを実感するためには、革命を起こすしかない。神に反し、道徳に反し、倫理に反しても、自分の気持ちだけには反してはならない。それが革命というものだろう。ビートルズのメンバーで革命家であったジョン・レノンは、「Revolution」の歌詞を、「体制を変えたい?そうかい、そうかい、いっそ頭を変えた方がいい」と書いた。

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    自分で自分のことをする、自殺もそうであろう。が、人を殺すのは自分が人の事をすること。人の生を奪うなど、余計なことをするな!「人を殺してみたい」の感性は、なぜ「人に殺されてみたい」にならないのか?バカの考えと言うのはいつも一方的、独善的。「ソプラノをシチューの具にしたらいい」といった彼女は、女の情念であろうし、言葉だけなら許されよう。

    人を殺した後、「名大出身死刑囚ってまだいないんだよな」とのたまうような奴は、希望通り吊るしてやった方がいい。それが彼女の希望なら、叶えてやるのが彼女の幸福というものだ。太宰は死への憧れを具現化した。彼もまた幸福ものであったろう。人を殺すのがまるで芸道の如くなされ、それを携帯電話に撮っておくなどは、「ゲロ」を吐きたくなる芸道だ。

    坂口安吾は太宰の死を以下記している。「太宰の自殺は、自殺というより、芸道人の身もだえの一様相であり、ジコーサマ入門と同じような体をなさざるアガキであったと思えばマチガイなかろう。こういう悪あがきはそっとしておいて、いたわって、静に休ませてやるがいい。」ジコーサマとは璽光尊という新興宗教教祖で、あの大横綱双葉山も信じていた。

    親とすれば近所に自慢の名大生の娘が、一夜にして買い物に出かけることすらおぼつかぬほどに周囲の辛辣な目線である。「バカとキチガイは紙一重」というスラングは、「バカと天才は紙一重」から派生したものだろう。いずれも言い得て妙である。バカとキチガイが紙一重なら、秋葉事件の加藤智大も附属池田小事件の宅間守キチガイ行為もバカの所業であろう。

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    が、長崎県内有数の進学校や名古屋大学に通う者を世間はバカとは呼ばないはずだ。世間が呼ばずともバカであった事が露呈すれば考えを変えるしかない。しかし、選ばれたエリートといわれる人間が、学業以外にバカであるのは仕方のない事で、勉強できればすべてが凄いという思い込みは止めた方がいい。それでも親は子に勉強を望むのを変えないだろうが。

    子どもが学業優秀であるのが、親の何を満たすのだろう?そこが自分に分らず、底の浅い考えという風にしか思えないところでもある。「学業優秀な子どもを喜ぶ親の底が浅いとは何事だ!」なる文句はしばしば耳にしたし、出来の悪い子どもを持ったひがみとも囁かれる始末。囁く前に、「何がそれほど満たされるのか」について、説明を受けたことはない。

    無理をすれば心は歪むが、そこをごまかすと自己崩壊からうつになる。名大生の近所評判は、成績がよいという偏見もあってか、「感じの良い子」、「何かの間違いではないか」と困惑の声が挙がっているという。自分ならそうは思わない。成績がよい故のしっぺ返しと思うだけだ。感じのよさなどどうでも演じられる。また、動機の解明など明らかになるわけがない。

    本人だって分らない動機であり、生まれて以降の人生の集積である。普通の子が、本人にとって普通ではないと感じる教育的訓練を強いられた結果であって、親も学校も友人も誰も悪くない。小さな違和感を増幅していった本人を、周りの誰も気づかなかった。教育や躾の怖さは、与えること以上に"気づく"が大事なのに、そこがおざなりにされている。人は間違いなく「歪む」。


    イメージ 10与える側は常に受け取り側に立ち、その感情の起伏への洞察を心掛けることだ。決して与えていればいいというものではない。そこに気づくことで早めの修正も出来るわけだし、極論すれば、気づかぬ親の責任である。自分のいう、"子は100%親の責任"の言葉の重さがこれ。どのように道を踏み外そうとも、転落しようとも、ネガティブな部分は親の責任であろう。
    反対に子どもが親を超えるくらいに堪能に、優秀になるのは親の力ではない。子どもの努力であろう。親の功績は食わせて小遣いを与えたことくらいである。『山のあなた』も『青い鳥』も『オズの魔法使い』もそうであるように、幸福は本人が行為し、涙の暁に手に入れるものだ。もっとも、生きていること自体、幸福という概念ではあるけれども…。

    平和の中に平和はない。幸福の中に幸福はない。健康の中に健康はない。富裕の中に富裕はないなどと、意識にないのが最良だ。無意識の中にあっては、平和も幸福も健康も富裕もみんな当たり前のこと。どうしても、平和を、幸福を、健康を、富裕を意識し、それらを実感したいのなら、戦争、不幸、疾病、貧困に身を投じるがいい。ならばすべてに感謝の実感するはずだ。

    人の生の「極めつけ」とは、欲や驕りを棄て、妬みなど一切を意識しないで自然に生きること。仙人というのは、それを目指して人里離れて山に住む人をいう。幸福も不幸も意識しないで生きていけたらいい。意識しないあなたは、日々幸福なのだと…。それが結論だ。



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  • 02/06/15--15:44: 梅の時節

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    梅の花だよりの聞かれる時節である。咲き始める時期はその年の天候によって変わるが、太平洋に沿った気候の暖かい地方では、1月中旬ころから梅が咲き始める。2月に入ると中国・関東・東海・近畿など、本州の要所で咲き始める。1月下旬~2月上旬は、寒さが峠をこえる時期であるからして、梅の開花は季節が春へ折り返すことを知らせる、サインとも言える。

    ところで梅といえばウグイスが対のように言われ、ウグイスはまた春告鳥、花見鳥といった別名もあり、春を象徴する鳥である。各地の気象台ではウグイスが、「ホーホケキョ」とさえずりはじめた日をウグイスの初鳴日として観測している。ここで疑問、ウグイスは本当に、「ホーホケキョ」と鳴くのか?今さらだが、「ホーホケキョ」と鳴くのは先人からの先入観ではないのか?

    一度もウグイスの鳴き声を聴いた事のない人に鳴き声を聴かせ、「何と鳴きましたか?」と尋ねたとき、「ホーホケキョ」はどれくらいいるのだろう。この疑問は後でじっくり考察するとして、とりあえずウグイスの鳴き声が、「ホーホケキョ」として春以外の季節も、「ホーホケキョ」と鳴くのか?ウグイスは冬の間は暖かいところにいて、春がくるとササが茂った山野で子育てをする。

    実は、春の子育てシーズンにオスがメスを誘うために、「ホーホケキョ」と鳴くのであって、正解は「No!」、ウグイスが、「ホーホケキョ」と鳴くのは春から夏のナンパの時期のみである。繁殖期がおわる秋ころになると、「ホーホケキョ」とは鳴かずに、「チャッチャッ」という小さな声で鳴く。鳴き方が季節によって変わるのは日照時間の影響で本能習性に変化が生じる。

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    日が長くなるとオスの体内で特別な物資が増え、脳が刺激され、ノドの筋肉もついて、「ホーホケキョ」の鳴き方ができるようになるというのだ。であるからして受け身のメスは、「ホーホケキョ」とは鳴かないし、鳴けない。であるのに、なぜ人間の電話交換手や、野球場のアナウンスを担当する女性、選挙カーの女性をウグイス嬢と呼ぶのだろうか?男にそうは呼ばない。

    語源は定かでないが、どう考えても文字通りウグイスのように美声であるという意味から作られた言葉であろう。実はプロ野球球場で初めて女性アナウンスが使われたのは、終戦2年後の1947年4月3日で、この日は東京巨人軍が東京読売巨人軍になった日でもある。その時に、「ウグイス嬢」と呼んだかは定かではないが、どこぞの誰兵衛が、いつしかそう呼んだのであろう。

    声だけ綺麗でウグイス嬢が務まるほど簡単な仕事ではない。ウグイス嬢の勤務地は、プロ野球の開催地を初め、高校野球、社会人野球や草野球に至るまで、全国各地の様々な球場であり、仕事の依頼を受けたウグイス嬢は、試合開始数時間前に球場入りし、その試合で対戦する両チームの選手名、ポジション等を確認し、読みづらい名前にはフリガナを振るなど周到に準備をする。

    本番のアナウンスで詰まらないよう原稿準備、試合進行のスケジュールなどの打ち合わせを関係者と行う。初めて行く球場では、機材等のチェック、スコアボードやグラウンド内の視点確認など、はっきりと試合状況を伝えられる環境を整えなくてはならず、球場内にキチンとアナウンスが届いているかどうかのマイクテスト、当日の声の調子に問題がないかもチェックする。

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    開場後には客席に向けた場内案内やスタメン紹介、更に試合前の始球式やイベントの進行役を務めるなど、プレイボールまでにも多くのアナウンス業務を行う。試合開始後もイニングや選手交代のアナウンスだけにとどまらず、ファウルボールの注意喚起やスコアボードの操作、高校野球ではサイレンや校歌の音源操作などの試合運営の裏方的業務もウグイス嬢の担当である。

    プロにはプロの綿密で周到な作業がある。さて、ウグイスの鳴き声といえば、日本人ならまず間違いなく、「ホーホケキョ」であろう。しかし、人によっては、「ウグイスはホーホケキョなんて鳴かないよ」と思う人もいるはずだ。同じ日本人といえども、全員が「ホーホケキョ」なんてことはない。ニワトリの、「コケコッコー」は、「ホーホケキョ」よりは確かに信憑性が高い。

    が、あれを外人が聞くと、「くっくどぅーどぅるどぅー」と聞こえるという。日本人には到底そうは聞こえないと同時に、外人に、「コケコッコー」とは聞こえない。犬も日本人は、「ワンワン」なのに、アメリカを始めとする英語圏では、「バウワウ」、「バークバーク」であるが、スペインではなぜか、「グゥアウグゥアウ」、ブラジルでは、「アウアウ」と聞こえるらしい。

    フランス「ウアウア」、中国「ウーウー」、韓国「モンモン」、タイ「ホンホン」とまあ、カタカナ表記ではこうだが、実際に各国の人たちに発音してもらうとまた異なって聞こえるはずだ。ちなみに、犬の鳴き声を「ワンワン」と表現するのは、15カ国以上の中で日本だけである。日本人である自分的には誰が何と言おうと、犬は「ワンワン」でしかない、それが正解だ。

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    と言いたい…が、日本でも歴史的には日本の歴史的には、「ひよひよ」、「べうべう」、「びよびよ」などと表現していた時代もあり、名残りが狂言の台詞に残っている。現在の、「ワンワン」は江戸時代に現れ、しばらくの間は上記の表現と共存していた。さて、頭を緩く柔軟にし、先入観を取り払って近所の犬の鳴き声を聞くと、「モンモン」、「べうべう」に聞こえるかも。
     
    ネコも「ニャー」は日本だけ。アメリカ「ミャオウ(meow)」、フランス「ミャオ ミャオ(Miaou Miaou)」、韓国「ヤオーン」となるが、動物が鳴き声を変えるはずはなく、一言でいえば文化の違い。同時に国によって、言葉が違うように「発音」も違うし、「聞こえ方」も違う。しかし、よ~く聞いたら犬が、「ワンワン」に聞こえる?「ヴォンヴォン」の方が近い気もする。

    虹だって日本では7色だが、外国では5色、6色だったりする。ニュートンが分光器にかけて7色と発表するまで、虹は3色ないし5色と考えられていた。実際ニュートンもはっきり7色を見たわけではないし、太陽の光をプリズムで分けても、光はくっきりと7つに区切れたりしない。色の境目はあいまいで、ぼおっと各色がつながった帯になっていたりする。

    イメージ 5見方によっては、青と緑の間に「青みどり」があったり、緑と黄の間に「黄みどり」があったりと、7色よりもっと多くの色があるようにも見える。ニュートンが無理やり「7色」としたのは理由がある。彼は、音楽と関係づけて、「各色の帯のはばが、音楽の音階の間の高さに対応している」と結論したのだ。なぜニュートンは音楽と関係づけさせたかったのか?

    ニュートンの時代の3ヨーロッパでは、音楽が学問のひとつで、音楽と自然現象を結び付けることが大事なことと考えられていたからだ。たぶん、そうすることが当時はカッコイイことだったのだろう。 ニュートン自身は虹の色が無数にあることを実は知っていたということ。言語、食生活、日常、習慣、それらを総合した文化…、何においても世界は広しである。

    犬が正確には、「ワンワン」でないように、ウグイスは、「ホーホケキョ」でない。科学的にも矛盾がある。カ行の音が「ケ」と「キョ」と、2つも入っており、特に「ケ」と聴こえる音は無い。何度聴いてもカ行の音はなく、ウグイスの鳴き声はハ行で、「ホーホヒヒョ」が最も近いのでは?または、「ホーポピピョ」と、パ行を充てればスムーズに聴こえるはずだ。

    ではなぜ日本人は、「ホーホケキョ」というあり得ない聴こえ方に疑問を持たなかっか?もともとウグイスの鳴き声を誰も、「ホーホケキョ」と表現しなかった。一説には都の繁栄を宣伝するため、「ウグイスは都でヒーヒトク(人来)と鳴いている」と広めたのだ。都を造るとき、「ウグイスも人が集まるよう願って鳴いている」と良いイメージを定着させようとした。

    イメージ 6そのことで反対勢力を抑える狙いがあったという。しかし後に遷都する際、法華経を政権獲得に利用して広める事を狙った政治勢力が、「ウグイスは法華経(ホケキョ)と鳴く鳥だ」とし、信者新規加入推進キャンペーンを行ったというのだから、これは一種の政治利用である。人の長い歴史の中で、暗示や洗脳に似た効果をウグイスの鳴き声から得たのである。

    日本人はスズムシの音色や、川のせせらぎの音を「もののあはれ」と情緒的に聞く感性持っている。外国人には雑音としか聞こえないのに、日本人はスズムシの音を言葉として聞くとの研究が分っている。また、日本人の脳は風鈴の音色を涼感へと変化させるが、外国人に、「なぜ夏には風鈴なのか?」を説明するのはまず不可能。うむむ、怪しげなるは日本人。

    日本の企業が朝礼などで社是や創業者の訓示を復唱させるなど、外国人からすれば、「オーマイガーっ!」であろうが、何事も当たり前として繰り返し聞いた言葉は、人間の脳内でも正当化されるのだ。デパートでは、「おはようございます」、「ありがとうございました」を復唱させるが、考えると幼稚園の園児のようなことを真面目にやる日本人である。

    日本人の頭が固い、柔軟性がない、決まったことをなかなか変えないなどの悪しき習性・習慣は反復効果によって染み付いたものかも知れない。毎日毎日説得すれば社員や部下はついてくるとの考えだろうが、それだと万が一間違ったことでも正しいと信じてしまう。「檄」は奨励されるとも限らないし、上に立つ者は上司や親も含めて己の言葉を疑うことだ。

    利発な子どもならいいが、いわゆる「いいこ」の危険さは何事も妄信することにある。「親を疑い、師を疑い、我を疑う」というように、疑いの中から新しいものが生まれてくる。いつの時代も若い人が世を変えてきたように、若さと言う無謀さ、柔軟さが国家の骨格であるべきだ。老兵は死ななくともよいが、さっさと引き下がる方がいい。「隠居」は実は大事なこと。

    猛烈なパワーと人並み外れた集中力を持ってすれば、それは若者の比ではないかも知れない。「大事なのは集中だ。本当に必要なもの意外は…全てやめてしまえ。」と、これはスティーブ・ジョブズの言葉。「天才は99%の努力」という言葉があるが、比類ない集中力というのも天才の資質ではないか。あるいはそれは能力かも知れない。「努力」と言う事自体、能力である。

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    「努力」と人は簡単にいうが、誰でもできることではない以上、与えられた能力であろう。自分の大嫌いな、「忙しい、忙しい」って言葉をこれみよがしに言う人がいる。あの心理を考えてみるに、「頑張っているんだねー」と認めて欲しい、人に褒めてもらいたいんだろ。本当に努力する人間は、努力するところは見せたくないものだ。だから、こういう人間は嘘っぽい。

    人にも自分にも甘えて、だから上の言葉はポーズである。そういうことをいうと角が立つのでいわない方がいいが、「忙しい、忙しい」うるさいなら、「時間の使い方が下手だねー!」くらいは言った方がいいよ。以前、「忙しい」が口癖の同僚に、「壁に向かって言ったらどうだ?」と言ったことがある。以後意識したのか、言わなくなった。気づかせるのも大事だ。

    「暇だ~、やることがない。」なんてのも間抜けなセリフと思う。春は花を見、夏は太陽を浴び、秋は落ち葉を踏み、冬は静かに春を待つ。何もしないでいても、実はやってるんだ。飯を食い、糞を足れてるように。だから、やることがないんじゃない、やることをわかってない凡人なんだろう。人は誰も凡人でいいが、同じ凡人ならやる事くらいは見つけたい。

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    あと、こういう泣きの言葉を平気で発する奴がいる。「迷ってしまって先にすすめない」。「怖くて何もできない」。いかにも自分が愚図で駄目みたいな、そういう言い方で自己肯定をし、防戦を張る。迷わないことが強さじゃない、怖がらないことが強さじゃない、泣かないことが強さじゃない。本当の強さってのはどんなことがあっても、前に向かうことだ。

    だから、「つまらんことをいうな!」としか思わない。人は面白いし、実に身勝手な言葉で横着をし、何かをしないでいる口実を見つけてくる。黙ってそうしてるなら別にいいが、口に出されるとついこういうことを言ってしまう自分だ。「勝手なこと言ってんじゃねー」と腹が立ってくるんだろう。昔は…。が、今はそういう人間を見慣れたのか腹も立たなくなった。

    沢山人を見ると、いろんな人間の存在が分ってくる。それぞれに自分で自分を都合よく生きてるんだろうから、それで良しと思うようになった。究極的には「人は人」なのである。人の人生に立ち入るべきではない。眺めながら多少の注釈を加えたり、自己正当化を言ってるなと思えば、暗にそれが自己正当化にすぎないと、やんわりとなだめたりで言いと思うようになった。

    「六十而耳順」(六十で何を聞いても驚かなくなった」に該当する。十歳では菓子に、二十歳では恋人に、三十歳で快楽に、四十で野心に、五十歳では貪欲に動かされるのが人間なら、せめて六十代は英知のみを追うようになりたいものだ。梅の時節が過ぎれば桜である。年に一度の桜に、「もののあはれ」を強く感じるこの頃のよう…

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    ホトトギスの季語は夏。春告鳥がウグイスなら、ホトトギスは夏告鳥であろう。文部省唱歌『夏は来ぬ』では次のように歌われる。♪ 卯の花の匂う垣根に 時鳥(ホトトギス)早も来鳴きて 忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ 。初夏の五月に南方から渡ってきて日本に夏を告げる鳥。雪月花に並ぶ夏の美目でもあるホトトギス。昔は初音を待ちわびた。

    初音を待つのはウグイスとホトトギスだけである。夜、密かに鳴くときは忍音といった。日本では古来から様々な文書に登場し、杜鵑、杜宇、蜀魂、不如帰、時鳥、子規、田鵑など、漢字表記や異名が多い鳥である。上に記したホトトギスの異称の中で、「杜宇」、「蜀魂」、「不如帰」の3つは、中国の故事や伝説にもとづくものである。

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    長江流域に蜀という傾いた国(秦以前にあった古蜀)があり、そこに杜宇という男が現れ、農耕を指導して蜀を再興し、自ら帝王となり「望帝」と呼ばれた。後に、長江の氾濫を治めるのを得意とする男に帝位を譲り、「望帝」は山中に隠棲した。望帝杜宇が死したとき、その霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来るとそれを民に告げるために鳴いた。

    杜宇の化身したホトトギスの鳴き声は鋭かったという。また、後に蜀が秦によって滅ぼされてしまったことを知った杜宇の化身であるホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず=帰りたい)と、血を吐くまで鳴いたという。ホトトギスのくちばしが赤いのはそのためだ、と言われるようになった。ホトトギスの激情的なさえずりは、和歌に多く詠まれている。

    また、夜に鳴く鳥として珍重され、その年に初めて聞くホトトギスの鳴き声を忍音(しのびね)といい、これも珍重された。『枕草子』ではホトトギスの初音を人より早く聞こうと夜を徹して待つ様が描かれる。平安時代以降には「郭公」の字が当てられることも多く、これはホトトギスとカッコウがよく似ていることからくる誤りと考えられ、芭蕉もこの字を用いている。

    子規をホトトギスの異称であり、正岡子規は結核を病み喀血した自分自身を、血を吐くまで鳴くと言われるホトトギスに喩えた。日本近代文学の師である正岡子規。この人の生き方は凄まじい。俳壇を確立した人物として有名だが、彼は芭蕉に対する批判者として俳句界に登場した。子規は評論「芭蕉雑談」の中で、芭蕉の高名な俳句を次々と批判している。

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    芭蕉の業績を全面的に否定したわけではないが、正岡子規の志は、ニッポンという国の先頭に立って、新しい世界を切り拓くことにあった。芭蕉の俳句には説明的かつ散文的な要素が多く含まれ、詩としての純粋性が欠けている点を問題にし、それまで認められていなかった蕪村の俳句を、技法的に洗練され、鮮明な印象を効率よく読者に伝えていると高く評価した。

    喀血した自身をホトトギスになぞらえたことに象徴されるように、子規の文学は病とは切り離せないものである。乳児のころの子規は顔が異常に丸く、見苦しく、鼻も低かった。体質虚弱で背も低く、内向的だったことでいじめられた。 幼少時代からの友人秋山好古・真之兄弟とともに、時代の荒波に果敢に挑んだ青春時代の姿は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』にもある。

    子規は、志半ばにして病に倒れ、絶望の淵へと沈んでゆく。彼の強さは、絶望の淵に在ってなお、志を貫き続けた強靭な精神力にあった。肺結核から脊椎カリエスを患った子規の晩年は、自ら床を這い出ることもままならなくなる。結核は当時は死病と恐れられた伝染病であったが、子規の元には何十人もの仲間達がやってきては、病の床の子規の手当を買って出た。

    死病のやまいびとにあって、大勢の人々を惹きつけた子規の魅力とは、何だったのか?一瞬々々を疎かにしない生き方だったに違いない。彼はその作品『仰臥漫録』あたりから人間が変わってゆく。諦めから離れ、生きるための全力投球を始めるのだが、ダメもとの開き直りの強さというのか、覚悟が定まってからの子規の生き方は、とてつもない迫力に満ちている。

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    仏教言葉の「縁起」とは、自己や仏を含む一切の存在は縁起によって成立しており、したがってそれ自身の本性、本質または実体といったものは存在せず、空であると説かれる。 つまり、「悟り」を求めるものだが、決して「楽」を求めるものではない。平気で生きることの厳しさであり、その厳しさを持つ者であるが故に、人の心を打つ人格の輝きが生まれる。

    自分の死からさえも逃げずに生きるということの激しさと情熱を、私たち日本人は、どこに置き忘れてきてしまったのか?五体に不満があるわけでもなく、体の奥深くに死の病巣があるわけでもなく、それなのに我が命を捨ててしまう人が、毎年3万人を下回ることはない。「縁起」は読んで字の如し、「他」との関係が縁となって生起することである。

    死と向き合っているからこそ、今この瞬間を生きることに全力を傾ける。本物の生命の輝きを正岡子規にみる。「縁起」に生きる人に死の寂しさはない。「死ぬまで生きよう」ブログのタイトルさだ、死ぬまでどう生きるかに触れていない。が、正岡子規の「平気で生きることの凄絶さ」に目をくばせるとき、『当たり前」とか「平然」とかの難しさを実感する。

    難しい事はやろうとするが、当たり前の事が出来ないエリートの存在というものに驚かされたりするが、彼らは表を見せるけれでも、決して裏を見せない人たちなのだろう。それがエリートの弱さである。学問は頭を秀逸にするが、決して心を強くはしない。傷つきやすく壊れやすいガラスの心を持ったエリートは、学問の書もいいが、心の書を読む暇はないのだろう。

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    生きることに正面から向き合うことが難しいのは、簡単なことを難しくしているからだ。学術書の折にふれて、良寛の書の真意を知ることである。良寛は独自の書法を編み出した人。それは、上手に見せようとするのではなく、「一つの点を打つ」、「一つの棒を引く」その位置の僅かなズレが文字の命を奪う。そんな際どい瀬戸際に筆を運んで良寛の書は出来上がる。

    彼は子どもたちから凧文字を依頼されたとき、好んで「天上大風」と書いた。無欲恬淡な性格で、生涯寺を持たず、難しい説法を民衆に対せず、自らの質素な生活を示す事や簡単な言葉(格言)によって一般庶民に解り易く仏法を説いた。その姿勢は一般民衆のみならず、様々な人々の共感や信頼を得ることになった。詳細はNHKの『美の壷』のホームページにて。

    良寛という人もまた、生きることに正面から向き合った人物だった。五合庵に隠棲する良寛の最期を看取った弟子の貞心尼が、良寛忌の際に贈った句が残っている。「生き死一致しない状況が長く続くと、「心」が置き去りとなり、 やがて「心」は疲れます。にの さかい離れてすむ身にも 去らぬ別れの あるぞ悲しき」。返歌がある。「うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ」。良寛辞世の句だった。「うら」も「おもて」見せれたのはお前のおかげだと。

    「心のままに生きる」というのを人はどう捉えているのだろうか?人のことは分らないが、「心のままに生きたい」という言葉はしばし耳にする。自分なりには、発する言葉と心の言葉をひとつに合わせるということだ。言葉と行動が一致するのを「言行一致」というが、心と言葉と一致しない状況が長く続くと、「心」が置き去りとなり、 やがて「心」は疲れてしまう。

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    女の子の決まり文句でよく耳にする言葉、「言えないよそんなこと。だって嫌われるし…」これをどう見る。女の子らしい、かわいさとみるのか?ズルさとみるのか?処世術とみるのか?自分はこういう場合、「無理をしてまで好かれたいのか?」、「無理は長く続かないだろ?」というが、その場限りで対処する人には、どうやらそうしか出来ないようだ。

    1ヵ月後、3ヶ月後のスパンで会話をと言っても無理だろう。男も女もモテないタイプに共通する特徴としての「好かれたい」という気持ちであろう。誰でも嫌われたくはないが、「好かれたい」が強すぎると、卑屈なまでに相手に迎合することになる。「体ばかり求められるし、断ると嫌われそうで」という女の子の言葉は、女ゆえのやぶさかのない言葉なのか?

    こういう男にどうすればいいのかは、誰にも言えないことだろう。自身の利害に合わせて自身が決めるしかないし、他人には何の利害もなく、まして当人の利害の程度はわからない。ひとつの提案として、「好かれようと思わない」態度を見せることだ。よそよそしい態度を取れではなく、「好かれよう」とするのを悟られないようにするのがよい。

    あきらかに「ポチ」的な態度を見せると、相手は図にのってしまう。相手に「好かれよう」としている態度を悟られることは、暗黙の強制と同じこととなる。実際にモテる人間を観察してみるといい。決して媚びることなく、遠慮なくものを言うのになぜか好感を持たれる。理由はいろいろあるが、こういうタイプは、相手の方が好かれようとすることになる。

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    つまり、こちらが好かれようとしないなら、相手が好かれようとする。理由は、ズケズケいうのが好感をもたれるからだ。有吉やマツコのづけづけは他人ことだからいいが、彼らとて自分が好かれたいと思う本人を前にしては、あんな風にはならないだろう。ところが、嫌われたくない本人の前でも終始、自分の態度を変えず、思うところは遠慮なく言う人間がいる。

    そういう人が好かれる理由は、正直になりたい。この人なら自分も正直にいれそうというものが高感度になっている。つまり、良寛のいう「おもてもうらも見せれる関係」ということで、昨今は女性とて制約のない楽な関係を求める志向が強い。そもそも誰でもかれでも、前後の脈絡もないのに「人から好かれたい」と思うこと自体、どうかしてるし、オカシイ。

    自分が自分らしく生きて、その姿を相手が好感を持ち、「いいな」、「こんな風にいきれたら」と思われるのが、真に好かれることである。それをふまえていえば、異性に好かれるコツは、「相手に好かれようなんてハナから思わない」にある。媚びてデレデレしてるばかりの男に対する女の触感は、表では愛想をしても、腹では見え見えの下心と思っている。

    だから、見え見えの下心も感じさせないでいると、相手の方が他の男と違うし、こういう正直な人からみると、自分には魅力がないのか?といささか不安になったりする。ならないなら、ハナから気がないわけだから、デレデレしたり、媚びたりするち逆に嫌われるだけで、何の得もない。そこは相性の問題と諦めるしかないよ。先ずは嫌悪感を与えず、それからだろう。

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    ホトトギスの話はどこに?であるが、ホトトギスといえば天下人3人の例のアレが頭に浮かぶ。「鳴かぬなら…」、「鳴くまで待とう」、「鳴かせてみよう」、「殺してしまえ」が家康・秀吉・信長の性格を表しているというが、自分に当て嵌めるとどうだろうか?「鳴かぬならバイバイするわホトトギス」だな。どのくらい待つだろうか?いいとこ20分程度かも知れん。

    家康はどのくらい待つのか?秀吉はどうやって鳴かせるのか?信長は焼き鳥にするのか?などと、「それを言っちゃ~オシメ~だよ」。後人によって作られた比喩なんだから…。そういえばあまり知られてはないが、「鳴かぬなら 逃げしてしまえ ホトトギス」と、これは前田利家である。賤ヶ岳の戦いで利家が柴田勝家を裏切って逃げ出したことによるもの。

    ホトトギスの鳴き声はカッコーもそうだが、オペラ歌手ごとき響きのよい声量があり、火がついたような、なにかをしきりに訴えるような迫力のある甲高い声で鳴く。フクローのような夜間も鳴く習性がこの鳥を有名にした。夜の静寂のなか、他に鳴く鳥も少ないことで注意をひき、昔の人の夜に対する特別な気持ちと相まってこの鳥を強く印象づけたのであろう。

    鳥の声は文字に表わしても実感が出ない。昔の人はホトトギスの声を「テッペンカケタカ」と聞きならしたという。最近では「特許許可局」との聞きならしである。確かに「特許許可局」と聞こえ、とちることもない。「特許許可局」は早口言葉の代表である。聞いたままを文字にするなら、「キョッキョ、キョキョキョキョ」または「キョッ、キョ、キョキョキョ」となろう。


    ホトトギスにちなんだ句や歌は多く、真っ先に浮かぶは、「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」という句で、作者は山口素堂という江戸時代の俳人である。目にも鮮やかな「青葉」、美しい鳴き声の「ほととぎす」、食べておいしい「初鰹」と、春から 夏にかけ、江戸の人々が最も好んだものを俳句に詠んだ。作られたのは鎌倉で、当時鎌倉は鰹の名産地であった。


    「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」というのもあるがこれは間違い。正しくは「目には青葉~」である。初鰹の美味しさは格別で、かつて江戸っ子が女房と娘を質に入れても食べたいもの、と言うほどの人気だった。素堂は、延宝3年(1675年)、江戸で初めて松尾芭蕉と一座し、深川芭蕉庵に近い上野不忍池や葛飾安宅に退隠し、芭蕉の門弟としてでなく友人として親しく交流した。

    当時は初物を食べると寿命が75日伸びるという話もあり、そんな時代の庶民の生活を活写した名句である。1969年に小沢昭一、永六輔らと共に、「東京やなぎ句会」を発足させた演芸評論家の江國滋(1934年8月14日 - 1997年8月10日)は、俳人として俳諧味に溢れた軽妙な作風で知られ、殊に挨拶句の名手として知られ、長年日本経済新聞の投句欄「日経俳壇」の選者を務めた。

    その江國は、「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」の句を、「この句のほんとうの季語は、青葉でもほととぎすでも初がつおでもなくて『季節感』なのだ」と評しているが、「季重なりもいいところだが、(中略)こういう手法は商売人(俳句の専門家)の手口であって、アマチュアがまねするものではない」と釘をさしている。(『俳句とあそぶ法』 朝日新聞社巻)

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