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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    哲学は面白い。が、「哲学のどこが面白いのか?」と問われるとどうなのか?答えに窮する。以前マンガ好きに、「マンガのどこが面白いんだ?」と聞いたら、「面白いから面白い」と答えた。子どものような言い方だが、よくよく考えると、「理屈じゃない」という風にも聞こえる。ならば「面白いから面白い」は、なるほど的な答えである。面白いものに理屈はいらない。

    ビートルズ旋風が巻き起こったころ、大人たちはこぞって、「あんな騒々しい音楽のどこがいい?」と思ったようだ。それに対して10代のファンが、「どこがいい」、「かしこがいい」と答えられるハズもなかったし、答える必要もない。「いいと思うからいいんだよ」と答えた気もする。「いい」とか、「わるい」とかは、論理的に答えようなどは無意味であって、感性の領域だ。

    哲学の面白さは、物事を突き詰める面白さであろう。何かの役に立つから哲学書を読むのではないが、読みながら感激し、感動することが多く、それも面白さの要因である。読み手を感動させる事は、良書の持つべき基本の条件であり、マンガも哲学書も読めば感動し、感動するから面白いということだ。哲学書を読んで、「新しい感覚が自分に備わった」という感動がある。

    読んで面白いというだけで、哲学に何かの効用を求めているわけではないが、漢字だらけでお経に近い文章で、普段使わない言葉も多く、何が面白いのだ、やっかいなだけという人もいる。しかし、やっかいな哲学の世界は人間の避けられない宿命と言える。なぜなら、ものを考えない人間はいないからだ。ひとたびものを考えるなら、より正しく、より深く考えるのを目指す。

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    そしてついに哲学に突き当たる。つまり極めるという意味での哲学という言葉は、「経営哲学」、「人生哲学」、家を建てる際の大工さんの哲学、イチローの野球哲学などのように使われる。極めることで、一本筋の通った基本的な原理・ものの考え方になる。人生をどう歩むかについて、きっちりした考え方を持って生きる人を、「あの人の人生には哲学がある」などとという。

    何も高尚で高貴な生き方だけでなく、遊びも人生に大事なら「遊びの哲学」というものさえある。人生哲学も人によって違うように、遊びの哲学もまた人によって変わる。「遊びには金をかける」という彼、「金のかかる遊びはしない」という自分は、「遊びの哲学」は違った。「女遊び」は金で割り切るべしの彼、「女遊び」に金は要らないよいう自分である。

    自分から見て不思議に思えるのは、「金で割り切れる」という彼の女性観は、遊びの王道に思えた。そもそも「女遊び」という言葉がオモシロい。どういうものが「女遊び」なのか、何をもって「女遊び」というのか、哲学的に突き詰めてみると、何のことはない。「女遊び」とは性の対象とすることである。彼は言う。「女遊びはプロとすべきで、素人さんはよくないよ」。

    この考えが自分には理解できなかった。「その方が手っ取り早いし、相手も傷つけない」という彼を自分は単に横着な男としか考えられなかった。「手っ取り早い」という言葉に現れている。そもそも自分はこの「手っ取り早い」という言葉が好きではない。「手っ取り早い」とは、素早い、てきぱきしている。の意味と、手間をかけない、簡単に。の意味がある。

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    どちらかというと後者の意味に用いることが多く、横着をするというニュアンスがある。自分は「横着をする」というのを戒めているところがある。理由は自分が面倒くさがりやで横着な人間だからだ。もし、そういう自分を野放しにしたら、とんでもないことになるのが分かっているからで、それを改めようと自己啓発したことがある。嘘もつき続ければ真実になる。

    同じように、嫌なこと面倒なことでも、それ忌避し続けると慣れてしまう。嫌いな食べ物でも我慢して食べ続けると食べれるようになるばかりか、好物になる。これで納豆を食べられるようになったというのはよくある話。身体にいいから、是非とも食べられるようになりたいと、ちょっとだけ頑張ったが、どうしても「納豆」だけは食べられない自分だった。

    アレを美味しい、美味しいと食べられる奴は信じられない人間である。人はどう頑張っても、努力しても出来ないことがある、というのを納豆で自らに実証した。人に出来て自分に出来ないのは癪にさわるが、人には合う合わないがあるのだろう。地球が反対に回っても納豆は人間の食べ物として承服できない、情けない自分である。「臭いものには蓋」で今後も通したい。

    この世で一つくらい食べられない物がある、それも人生だ。悔しいが出来ないものはどうにもならない。「食道楽」という言葉がある。「遊び」も、「趣味」も、極めると、「道」になるということで、それで「道楽」である。「女遊び」も達人になれば「女道楽」というようだ。三味線や太鼓を使って行う演芸に、「女道楽」というのがあるが、内海英華が継承している。


    男の「女道楽」は、「女たらし」、「チャラ男」という。歌舞伎では「和事」といい、噛み砕いていうなら、優美な色男がやわらかみのある動作や台詞で恋愛描写をする演出・演技のこと。「和事」といえば坂田藤十郎が有名だ。別の言い方で「やつし」、「色事」、「濡れ事」などといい、英語では、「womanizer」という。「和事師」といえば人気歌舞伎役者である。

    「女たらし」も同じ意味だが、実社会では敬遠される。欧米でプレイボーイといえば読んで字の如しで「プレイ(遊び)」、「ボーイ(男)」これまた、「女たらし」の男だが、同じ意味のフランス語で、「ジゴロ」といい、日本と違って女性に人気がある。最近は真面目よりも女たらしやチャライ男がもてる時代になったが、女性が自分に正直に生きるようになったからであろう。

    「女たらし」が敬遠されたのは、女性が恋愛や性の遊びよりも、結婚重視であり、その目的が阻害されたからであろう。楽しい恋愛には真面目なダサ男より、チャラオくんがいいに決まってる。モテ男は女心を理解しており、好まれるのは当然であろう。自分が若い頃にいい合った「遊ぶならプロ女、素人さんを傷つけちゃダメ」ってのは40~50年前の古くちゃ~い言葉である。

    時代変われば女も変わる。女も変われば男も変わらねばと、今も同じようなことをいうならこの言葉を贈らねば。恋愛ゴッコが女性を傷つけるというのはいかにもカビ臭いことばだ。飽きっぽい男もいれば飽きっぽい女もいる。主婦の浮気や不倫が派手に行われるのは、その事を示している。飽きても貞操だけは守ると言うのは立派なことだが、なかなか酷なことであろう。

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    「結婚してみて夫の本性がわかった!」、「こんな夫とは夢にも思っていなかった!」といえば、「自分が見つけて自分が選んだ相手だろう?」とお決まりの言葉が幅を利かせていたが、結婚して分かる事もあるのは事実。夫に生計を依存する時代には我慢するしかなかったが、今や女性がパートにしろ、稼げる時代とならば、嫌な相手と寝食をしたくないはつのっていく。

    嫌な相手と離婚する、しないは選択であって、絶対に離婚すべきでないという時代ではなくなった。人に依存せず、自らの足ですっくと立ち、人生をリスタートさせた女性は多い。その姿は気品にあふれている。「離婚は人生の汚点」と考えるのではなく、「この結婚は自分の人生の汚点」と思えるなら、悔いも反省もあろうが、未来に目を向けるのが正しい選択に思う。

    結婚は人生の一事象で、「人生哲学」とはいえないが、離婚は重大な局面であり、岐路であるなら「人生哲学」として思考し、決意の必要がある。まさに臨床哲学の実践であろう。「分かる」と言う事は、相手の気持ちになって考え、理解すること、と考えがちだが、そうばかりではない。いろいろと話し合う中で、相手と自分は本当に違うということも「分かる」ことだ。

    「分かり合える」を相手と共感するだけにしか使わない人もいるが、相手と違うと感じる、共感できないことも「分かる」である。ようするに、正しく判断することが本当に「分かる」ということ。哲学は正しく、深く思考すること。感情だけではなく、冷静に、理性的に考えること。難しく込み入ったこと考えることが哲学ではなく、「正しく考えること」だと思っている。

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    哲学の原語はギリシア語の「philosophia」で、知を愛するを意味する。それを音訳でなく翻訳語(和製漢語)として「希哲学」という言葉を創ったのが西周(にしあまね)。西は1829年3月7日生まれ、江戸時代後期から明治時代初期の幕臣及び思想家で、政治学者として幕末の激動期に徳川慶喜のブレーンとして、現行の憲法制度の先駆けて象徴天皇の政治形態を示した。

    西は津田真道と共に、日本人初のフリーメーソンである。フリーメーソン精神の最も重要な概念の一つである「理性」という用語は、フリーメーソン会員である西周が訳出した言葉でもある。西と関係のあった坂本龍馬、トーマス・グラバーもフリーメーソンだったとの説もあるが、龍馬を暗殺した犯人もいろいろな説があるが、資料の少なさから龍馬の実像は闇の中である。


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    「遊びは一生懸命、学びは遊び心で」。「学びながら遊び、遊びながら学ぶ」と捉えて実践してきたし、ブログも、だから続いている。人間には自ら気づかない、開発されていない感覚や能力がたくさんあるはずで、これを開墾することこそ人間の生きる意義であり生きる目的かも知れない。確かに学問から発見するものは多い。それらを知識といい、知識は使えば役にたつ。

    小説を読むだけで発見がある。物語中の知らない場所や土地を知識として得たり、感覚的な発見もあるが、そのような発見は知識とはいわない。哲学書を読む意味は、その哲学者が世界に向かってどのような発見をし、報告をしているかを掴むこと。有り体にいうなら哲学書を読むのは、哲学者が発見したことを読者が再発見することではないだろうか。

    しかし、そういう発見も知識といわない。カントが何を書いた、ニーチェがどういう考えを述べているの知るは知識だが、他人にひけらかす以外、そういう知識は自分にとって役立たない。哲学書から得るものは、哲学者自らが見つけた問題の解決に、悪戦苦闘する思考の共有体験から、我々の頭脳を思考の疾風怒涛に晒す。哲学書を読む意味はそういうこと。

    philosophy」という語句は、ギリシャ語の「philos」(愛)+「sophia」(知)の結合で、 「知を愛する」という意味が込められた語。即ち、「知を愛する」ことが哲学であり、西周によって作られた言葉であるのは先に述べた。もっとも最初は、「賢哲を希求する」という意味で、「希哲學」とし、それが「哲學」となり、フィロソフィーを哲学と訳すようになった。

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    「知を愛し」、「知の恵み」を得る。我々は知識は学べるが、知恵は学ぶことはできず、知恵は体験として身につけるしかない。したがって哲学の対象とすべくは知識ではなく知恵であって、「哲学する」とは、ものごとをよく考えるということで、これ以上簡単にも、複雑にもいえない。実に単純だが、これがいかに難しいことであるか、プラトンを開けばすぐに判る。

    政治家になろうとしていたプラトンだが、彼を哲学に回心させた最大の動機は、ソクラテスの刑死であった。「現実は厳しいよね」と人は言う。厳しさとは何か?何を指していっているのか?もし、生きることが厳しいのなら、「生」はそれ自体が現実の中に含まれていることぬなる。働けど楽にならない、人間関係は欺瞞に満ち、善意の人はまるで道端の雑草の如く踏み倒されていく。

    プラトンは現実を避けて通ろうとしなかった。ばかりか、より善い現実を生み出そうとした。彼の哲学として名高い、「イデア論」は観念論の典型とされるが、上記した厳しいという現実を自ら作り、その中に埋没するなら、その現実が除き去られるよう努力しない限り、人は与えられた現実に甘んずることになる。現実はうつろいやすく、変化に富み、その時その場に固定していない。

    確かに難しい哲学、身近な哲学がある。哲学者でお茶の水女子大学名誉教授の土屋賢二は、週刊文春に長年、『棚から哲学』を連載していたが、あれは身近な哲学、生活の中の哲学だった。学術論文をパロディ化したような独特の作風と、ユーモアに満ちたエッセイから、「笑い哲学者」のあだ名がついた。漫画家柴門ふみはお茶の水女子大時代の教え子である。

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    「知」を愛し、「知」の探究者たる哲学者にあって、デカルトは「知」のデモデモクラシーを求めた。古代ギリシャ哲学にあって、哲学的に考えるということは、「難しく考える」ことであった。難しくなければ哲学といえないと思い込んでいる人もいるが、確かにここ数百年間にあって、哲学者や哲学研究者は、哲学をいっそう難しくすることに力を注いできた感がある。

    そんな中にあってただ1人、フランスの哲学者ルネ・デカルト(1596~1560)は例外であった。彼は誰にも分かる言葉で語った唯一の哲学者といえる。彼の哲学において、その分かりやすさに驚かされるが、その理由として、「哲学用語」が存在しないことがあげられる。哲学用語という面倒な定義に煩わされることなく、また哲学用語を厳密に使うための回りくどい表現もない。

    したがって、日常的な言葉で記された彼の哲学は、一般的な哲学書から想像されるものがほとんどとなくて、まるで小説を読むと同じように読むことができる。面白い読み物があって、誰がその解説書から読み始める者がいるだろうか。デカルトといえば、「我思う、ゆえに我あり」の言葉を思いつく。これは、哲学史上でもっとも有名な命題の1つであろう。

    これほど有名になった言葉はなく、デカルト自身も自らの哲学の第一原理と呼んだ。したがって哲学研究者たちも、デカルト哲学の解明をしたり、批判したりする最大の拠点とした。ところがこの、「我思う、ゆえに我あり」から始めると、デカルトの哲学は途端に難解になってしまう。もっと、もっと、タケもっと…、デカルトの平易な言葉から、デカルトを理解するべきではないか。

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    「我思う、ゆえに我あり」の意味は、「私は考える、ゆえに私は存在する」と略されている。この言葉は大変に哲学的で、ちなみに今、誰かとある景色を観たとする。が、二人がまったく同じ景色を観ているかというと、実はそうではない。たとえ目に入る色や形が同じであっても、その色や形の定義自体が同じであるということを、証明することができないからだ。

    その論法にそって考えると、世の中にあるもので、絶対に存在を証明することのできるものは一つもないことになる。「在る」ように見える物が、本当に在るのか?ということだが、デカルトは、「そのように考えている思いがあることは確かだ…」と気づく。つまり、世の中で絶対に存在することがはっきりしているのは、今このことを考えている、「自分自身」のみである。

    何かを考えているこの自我というのは何なのか?これだけは、確かに自分自身以外の何者でもなく、自分ではないかとデカルトは考えた。ここまで徹底して考え抜いた人、それがデカルトである。「我思う」=自己に内在する自我。「ゆえに」=自我がそのように思うからこそ、「我あり」=私は間違いなく存在しているのだ。自我とは考えているがゆえに「自分」がいる事実。

    精神と肉体、存在論、述語的規定といった議論の中で分かりかけたデカルトを遠ざけるのが、「我思う、ゆえに我あり」という言葉。デカルトは哲学を分かりやすく記したが、彼の有名な言葉から入門すると失敗する。デカルト入門に相応しいのは、『方法序説』であろう。著書の冒頭にはこうある。「良識は、この世でもっとも公平に分配されているものである。」


    一般的に「良識」とは、社会的な常識の意味に使われるが、デカルトのいう、「良識(bon sens)」とは、物事を正しく見極める能力という強い意味を持つ。彼は、「よく判断し、真なるものを偽なるものを区別する能力」と説明するが、これを知性と言い換えてもいいだろう。デカルトはこのような能力は、およそ人間はみな生まれつき平等に備えているといっている。

    彼は主著『哲学の原理』の序文で、このようにも言っている。「私はいろいろな人びとの生まれ持った才能を調べてみて、どんなに粗雑で、頭の鈍い人でも、正しく導かれさえするなら、ほとんどの人が正しい意見を理解する事ができるばかりか、最高の知識一切でさえも獲得できることに気がついた」。なんとも心強いデカルトの言葉ではないだろうか。

    これほど人間を勇気づける言葉はないだろう。デカルトは、「他人に分かって自分に分からぬことはない」と強調し、それを補足するかのようにこうも述べている。「自分が他人より無知だと思うようなことはない」といい、さらに大事なのは、「この事実を知る事は、他のいかなる事柄を知ることより大切だ」といっている。もちろん、深い意味ではあるけれど。

    バカと利口は間違いなく存在するが、バカは生まれながらにしてバカではなく、環境によってバカになるのだと。デカルトの言葉を再度述べるなら、「どんなに粗雑で、頭の鈍い人でも、正しく導かれさえするなら…」であり、「正しく導かれさえ…」とは、「導かれようとする意思」も反映する。『馬の耳に念仏』という言葉がある。『猫に小判』ともいい、意味は同じ。

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    直訳すると後者は、「バカに良い物の価値」は分らない。前者は、「バカに良い話は無意味」という。この言葉に、"バカを導こう"という意思はないように思えるが、デカルトはこの慣用句をどのように否定するだろうか?人間を学名で、「ホモ・サピエンス」というが、意味まで知る人は少ない。「サピエンス」とは、「良識」、「理性」を意味する言葉である。

    「ホモ・サピエンス」という学名は、1758年にスウェーデンの博物学者、生物学者、植物学者カール・フォン・リンネ(1707年5月23日 - 1778年1月10日)によって考え出された。ラテン語の名詞で、「homō」(属格の「hominis」)は、「人間」を意味する。「ホモ・セクシャル」の「ホモ」とはちゃうよ。


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    「すごいね~、根詰めてやってるわりにナイスがない…」、「コメントも少ない」などブログの感想だ。「根詰めて」という言葉、どれだけ言われたことか。逆に人には一度も言ったことがない。なぜなら、「根詰めて」なにかをするって人を見たことがないからで、まあ一生懸命にやる人は数多く見たが、別に賛美することでもない、批判することでもないのは分かりきった事。

    人が一生懸命にやるのは自分自身のためにであって、他人が「凄いね」などいうのは余計なおせっかいでしかない。本人が褒められて喜ぶなら、「凄いね」も悪いことではないが、自分に一生懸命な人が他人からの評価をいちいち気にするハズもない。だから、心で思って自身の糧にするべきものだ。思わず「出る」ならいいけれど、わざわざ口に出して相手に伝えるものでもない。

    「あんまり根詰めてやると体を壊すよ」などという人間は、本当に自分の体を慮っていってない。そういうのは言い方や言う相手によってわかるもので、「頑張るね~」の方が、「可もナシ、不可もナシ」といった単純な響きに聞こえる。頑張る当事者にとっては「可もナシ、不可もナシ」でいいのであって、他人には関係のないこと。ただ。敬意をはらって、「頑張るね」を言う人はいる。

    まあ、「敬意」すらどうでもいいことだが、言う相手に罪はない。同じように皮肉を込めて言う相手にも罪はない。自分がそれを罪と感じれば罪だと思うだろうが、他人の言質を気にするような人は一生懸命さが足りないともいえる。あくまで自分のためにやっているという境地に立つことこそ、真の一生懸命さではないか。境地に立たなくても自らに一生懸命やってるわけだ。

    他人の評価であれ中傷であれ、意に介さないというほどに集中するのは楽しい事でもある。それが自分の世界である。「オタク」という人の多くは自身の世界に埋没しているのだろうが、それすら肴にしてアレコレ言いたい人間も少なくない。いちいち人に干渉したい心理というのはコンプレックスの裏返しとみたらいいし、あるいは現状の自分に満足が得れていない人に多い。

    ようするに他人に干渉するというのは「不満の捌け口」である。自身に満たされているひとは、他人のことなどどうでもいい。といっても、「無関心」ではなく、他者のアレコレを尊重しているということ。なぜなら、自分は他人でなく、だから他人のことは他人のものである。自己の不満を誤魔化すためもあってか、他人のことに首をつっこみ、おせっかいな助言をするのだろう。

    本当に乗り越えるべきは自分のことなのに、それは放っておいて他人におせっかいをやく。「オレのことはいいから自分のことをしろよ」、「余計なおせっかいだ、放っておいてくれ」などと思ったり、口に出して遮ったりした事もあろう。また、自信家の類にも他人に強弁したり、何事かを押し付けたりの傾向がある。自分も若気の至りか、他人のことに口出ししたこともある。

    困っている人、悩んでいるに対し、我がことのように考え、対処するのはイイことだと思っていた。「イイ」とは相手のため、また疑似体験としての自分のためという風に捉えていたが、他人のことを自分の考えで「ああしろ」、「こうしろ」といっても、性格も状況もちがってか、自分の様には出来ないものだと分かってくる。それなら、相手の性格を考慮して考えることになる。

    それでも本質は「自分ならこうする」という域をでるものではない。そうして行き着いた場所は「自分ならこうするな」ということ。あくまでヒントであって、決して押し付けるものであってはならないが、若い頃は心の弱い相手に対し「強者の論理」を押し付けていた。若さはバカさ…、バカだったと今に思う。他人に関わるのは本当に難しく、解決方法は相手主体でなければならない。

    「その場合は、こういう風に言った方がいいよ」といっても、それが本当に名案であっても言えない人もいる。それは妻がよくいっていた。「私はそんな言い方はできません」と、妻だからハッキリいえるのだ。せっかく自分のために言ってくれているのだから、という遠慮がないからで、夫婦というのは長年にわたって寝食を共にするから、そういうった遠慮もなくなるようだ。

    「この一言で解決つく!」という言葉ひとつでも、「私にはいえない」のは人と自分の違いである。「そうか、ならば仕方がない」というしかない。そんなとき、明らかに自分と他人の違いを発見させられる。さて、他人にブログのことを言うことはないが、ある苦悩や問題について記した自分のブログを教えることがある。同じ事を口に出して言えばいいのだが、つい横着をするのだろう。

    普段は遊び人にしか見えない自分の糞マジメでお堅い文章に驚くのか、「凄いですね」と言われると答に面倒くさい。「凄くないよ」と子どもジミた返しもアレだし、他人の反応に無言でいるのもアレだし、読みたいところだけを読めばいいだけなのに、何かにつけて「アレ」だから面倒臭い。おまけに「根詰めてやってますね」などと言われると、「根など詰めてないわ」と言うのもアホだ。

    人と自分は違うのだから、相手が凄いと思うこともこっちはただの遊びなのだからと、そういう事は多い。「100人の女とやった」を、事実を越えて自慢風に受け取る奴もいたり、「凄い」と本気で言う者、嫌味でいう者もいる。「凄くはない、遊びだ」などと返そうものなら誤解を受ける。面倒がたたってか、自分の事は話さないに限るとなる。人は自分と違い、こちらの意図など伝わらない。

    自分の事は何につけても言うべきでないというのが希薄な人間関係の王道である。どのように受け取られるか分かったものでもないと認識すべし。ブログは発信であるが、自身のためとするのが最善のようだ。「ナイス」がこない。「コメント」がこないなどに一憂していると自分のためが大義名分となる。書く事は調べる、調べるは知る、よって書くは知る、との三段論法が成り立つ。

    また、「知る」は自己満足のお遊びである。公然とやることで「知る」の共有という点でお遊びも広がっていく。先にデカルトは「知のデモクラシー」を目指したといったが、彼がこのことを発見したのは、「良識はすべての人に公平に配分されている」である。大人も子どもも、若者も老人も、男も女も、日本人も外国人もであり、彼はまた「合理的精神」という言葉を多用する。

    「合理的精神」は「知のデモクラシー」を実現するためのもので、「合理的」とは、すべての人が同意できるという意味であって、それこそがデモクラシーの原理である。また、彼は「知のデモクラシー」の原理を、著書の出版にあたって実践した。『方法序説』の最後に読者に対し、「反対意見のある者はそれを出版社に送ってくれるなら、対する答弁とあわせて出版する」と書いている。

    実現には至らなかったが、これが単なる思いつきでなかったことは、後の『省察』という著作において試みを本格的に実行しているのが判る。『省察』、神ならびに人間の精神と身体の区別について述べた著作だが、当時オランダに隠棲中だったデカルトは、パリ在の親友の神父に送り、当時の著名な哲学者に読んでももらうことを依頼した。彼の真の目的は、批判を仰ぐためであった。

    『省察』はさまざまな人に回覧され、本文と反論と、反論に対するデカルトの答弁が合わさって出版される。あらかじめ反論と答弁のついた哲学書など例がなく、これほど読者からの質問に答えようとした哲学書もない。これぞデカルトの「デモクラシー」精神である。彼は隠棲し姿は見せなかったが、知識をできるだけ公開し、多くの人びとの批判に委ねられることを目指した。

    デカルトは、『方法序説』第六部で、「私が発見したことはどんなささやかなものであれすべて公開したい。そして、有能な人びとが私より先に進めるよう、それぞれ好みと能力に応じて必要な実験に協力し、人々も自ら得た知識をすべて世間に伝えて欲しい。こうすれば、後人は先人が終えたところから始められ、皆が力を合わせれば一人が行うよりもはるか遠くに進めることができる」と記した。

    今では何でもない文章だが、当時は知識の独占体制の強い時代で、科学者の共同研究など考えられなかった。科学の共同研究機関としての科学アカデミーが、ヨーロッパの国々に作られたのはデカルトの死後であるが、彼の「知のデモクラシー」の一環としての共同研究と情報公開の提唱は先駆的なアイデアであった。多くの人が『省察』に反論を寄せたが、その一人にパスカルがいた。

    隠棲しなければ情報や知識を公開できない時代、デカルト得た正しい知識や「知のデモクラシー」は宗教的権威の前に民衆に理解されなかった。地動説を提唱したコペルニクスの著書は禁書目録に挙げられ、異端の説を唱えただけで処刑された者も多い。デカルトの母国であるフランスにおいても、パリ大学が認めない説の擁護や教授したものは死刑とパリ最高法院を布告していた。

    デカルトは、「知のデモクラシー」に悪戦苦闘し、哲学論争から聖書の権威を傷つけたとして裁判沙汰になる。その過程でデカルトは隠棲先のオランダ人女中に子どもを産ませたことが暴露され、「デカルトは行く先々で子どもをこしらえた」、人里離れた所に居住するのはオランダ人の愛人との密会を隠すためなどと言われた。彼は生涯独身であったが、子どもを産ませたのは事実である。

    迫害され、醜聞の十字砲火を受けたデカルトは、コペルニクスやガリレイのように、あまりに時代の先を行き過ぎていた。デカルトの終焉の地はスウェーデンである。反体制的なデカルトも遂には真理の後だけとなる権力を必要とし、スウェーデン王室のクリスチナ女王からの宮廷士官に応え、北の国に旅立つ。ベーコンは、「知は力なり」と言ったが、デカルトは、知は力を必要とした。


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    難しい哲学用語を排除したデカルトの真の目的は、自らの掲げる真理を広く多くの人々に受け入れてもらえることで、そのために「知のデモクラシー」を主張したが、良識や理性がすべての人に備わっているそのことに人々が同意するだけではうまくいかなかった。誰にも理性があるといっても、人殺しはなくならない。正しく導くといっても従わぬ者もいる。

    首に縄をつけて説教を聞かすわけにもいかないし、無理やり塾に押し込んでも学力が伸びない子どももいる。デカルトは良識や理性が何であるかについての意見の一致の必要性を感じるにいたった。なぜなら、理性の働き方が異なれば、真理(理性が認識する)も異なる。すべての人が備えている理性とはいえ、理性の共通のはたらきを突き止める必要があった。

    そこに至るデカルトの道は平坦ではなく、54年の生涯の半分以上をそのことに費やした。彼が10歳から8年間学んだラフレーシ学院での教育は、一言でいえば「スコラ哲学」で、「スコラ」とは学校を意味する。当時、スコラ哲学はカトリック教会が支配し、ラフレーシ学院もカトリック教会最大の組織であるイエズス会によって』設立されたものだった。

    教会が公認した学説を擁護し、伝承することがスコラ哲学の目的で、「哲学は神学のしもべ」という言葉に代表される、「知るためには、信ぜよ」がモットーだった。ところがデカルトがスコラ哲学から得たものは、「知るためには、疑え」という教訓だった。デカルトは書物からの学びを見限り、「世間という大きな書物」から学びを得るために旅にでた。

    「私は、自らをもとにして、すべてのことを判断してかまわない」と悟ったデカルトは、当時ヨーロッパで勃発した三十年戦争もあって、オランダで軍隊に従属、軍隊とともにヨーロッパ中を移動した。何も戦争が好きだったわけでなく、当時は軍隊に入ることが金をかけずに旅行をする有力な手段で、自衛隊に入ってクルマの免許を取るようなものかと。

    デカルトは軍隊を離れて一人旅もしたが、足跡はオランダにはじまり、ハンガリー、ポーランド、オーストリア、イタリアなど、ヨーロッパ全域にまたがり、当時としては有数の旅行家である。生まれ故郷から一歩も出なかったカントとは対照的で、散歩しながら思索したのがカントなら、デカルトはベッドに横になって考えた哲学者といえる。

    毎朝5時起きのカント、にたいして、デカルトが寝床から起き上がるのはいつも昼ちかくだった。すべてを書物から学んだカント、書を捨て街に出たデカルトだが、「世間」という書物からも「確実な認識」を彼は得ることができなかった。国や社会によって文化も違い、人間の考えも矛盾し、すべての人間を納得させられる共通の概念は何一つ発見できなかった。

    書からも世間からも何も学ぶことができなかったデカルトが辿りついたのは、自分と言うかけがえのない伴侶だった。どれほど遠くに行っても必ずついてくる道ズレは、自分と言う港であった。そこでデカルトは、自分自身を徹底的に研究する決心をしたが、それは物事の真理を発見できるように、自らの精神を磨くことでもある。一体どうやったのか?

    そのあたりは定かでない。デカルトの凄さは、書からも世間からも学ぶものがないと見切った点である。書からも世間からも学ぶことばかりの凡人にとって、どれほどデカルトが凄かったかがわかろうというもの。先に、「他人が他人を凄いというおせっかい」といったが、デカルトやイチロー当たりになると、それはもう額面以上に「凄い」という他に言葉はない。

    山本晋也という映画監督がいた。彼にはタレント、俳優、リポーターの肩書きがあるが、最近とんとみないので、死んだのかと思いきや存命のようだ。彼の口癖は「凄いですね~」で、流行語にもなった。さほど凄くないものでも「凄いですね~」という彼はリポーターに向いていた。そんなカントク(愛称)には芸能人喧嘩番付で最強との噂がある。

    デカルトの残した手記によると、彼は次々に見た夢を「衝撃」として残している。他人が見た夢と言うのは、その話は信じることができても実感はできないものだ。最近見た夢(おそらく1か月内外と思う)で、自分ですら何でこんな夢を見たのか理解できない不思議な夢を話す。英国のエリザベス女王から電話が入った。「軽自動車の新車が欲しい」という相談電話。

    自分は女王に、「新車は止めた方がいい、新古車なら未使用であるにも関わらず39.8万円で売ってます」という内容。何でエリザベス女王?何で軽自動車の新古車?他人はおろか、自分でも不思議な夢だが、やはりというか、夢の布石はちゃんとある。英大衆紙「サン」が「英国のEU離脱をエリザベス女王が支持している」と報道したことに抗議という報道。

    新聞業界の自主規制審査機関「独立新聞基準組織」(IPSO)に不服を申し立てた。ということだが、女王が特定の新聞に対して行動を起こすのは異例中の異例で、それほどに女王が今回のことを深く不快に思っているかの表れである。が、今回の不服申し立ての動きは、「王室は決して文句を言わず、決して言い訳しない」の合言葉とは大きく異なるからだ。

    穿った見方をすれば、よほど本心を突かれたものと推察するが、日本の天皇陛下が、東日本大震災の後に、「原発はよろしくない」と言った程度のスキャンダルである。なぜ、軽自動車の新車を買う相談電話で、自分が39.8万円の新古車を勧めたかといえば、ウォーキングでよく通過する「サコダ自動車」という軽自動車専門店に、39.8万円の値札が並んでいた。

    こんなに安い?とビックリし、唖然としたのが深層にあったようだ。エリザベス女王と、サコダ自動車に対する特別な感慨が夢に現れた。デカルトの彼の夢の衝撃体験は『方法序説』にも匂わせている。彼の手記には、「驚くべき学問の基礎を発見した」と記されている。その事と夢がどう関連しているのか、本人以外は分らないが内容は以下の四つの規則。

     1.自分が真であるとハッキリ認めたものだけを判断の根拠とすること。
     2.問題をできるかぎり小さな部分に分けて考えること。
     3.単純なものから複雑なものへと、順序正しく進めて考えること。
     4.何ものも見落とさないように、関連する事柄を完全に数えあげること。

    このような規則が威力を発揮するのは数学の世界で、所詮は真理認識のための練習問題に過ぎない。彼は哲学上において何も発見しておらず、あの有名な、「我思う、ゆえに我あり」という哲学原理の発見は、それから9年の歳月が必要だった。その間デカルトは、たまにフランスに帰るものの、ほとんどの日々は異国の空の下、気ままな旅行者であった。

    就職もせず、相当の遺産を受け継いでいたデカルトは、その利息で一生を保証されていた。そんな中でも彼は夢の衝撃による強烈な使命感もあって、真理の探究者としての日々を止める事はなかった。「哲学する」といっても、我々のような凡人は、歩きながら薬局の看板の「ぢ」という字を、なぜに「じ」ではなく「ぢ」とするのか、くらいしか考えない。

    それでもアレコレ頭がめぐって楽しき時間である。偉大なる哲学者の本を読みながら、偉大なる哲学者たちが残した文言、例えばデカルトが、ニーチェが、カントらの言葉を通して、どのような自分自身を発見するかということに他ならない。ニーチェや安吾を読むことで、長年で積み上げられた言葉や、ちっぽけな考えがどれだけ壊され、新たに生を得たことか。

    昨日の自分は昨日の自分でしかないという、新たな挑戦的な言葉から崩壊しては蘇生という断続的な営みのなかで人生の終焉に向かうのも喜びである。ポケモンGOに熱中する若者が増加中だが、すべてを忘れさせる玩具に夢中になるのは何故だろう?「与える害」、「得る害」は、売春と似て判別不能である。与えるから得るのか、得たいから与えるのか。

    結局ゲームも売春も、「与える害」、「得る害」ではなく、「与える利」、「得る利」と、害悪が効用に変わってしまう。だから止められない、だから止められない。これは懐かしい食材でいうなら、「かっぱエビせん」である。100円でかっぱエビせんは買えるが、かっぱエビせんで100円は買えない。お金でゲームは買えるが、ゲームはお金を生まない。

    スマホのゲームは無駄以外ナニモノでもないというのは、やらない人の論理である。やる側は「これほど楽しくオモシロイものはない」である。二極化論理は平行線だが、なぜゲームに熱中するかは生産性の否定ではないか?生きて行けるだけ食べれればいい、ポケモンに熱中するその国の生産能力が落ちるとの懸念、若者の多くがキリギリスになるのか?


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    「人間とは何か?」これは哲学的な問いの最たるものではないか。だから、これに答えを出せるのが哲学者である。デカルトは動物は機械だといった。時計などの機械は部品の組み合せで規則的な動きをするが、 動物も同様に自然が与えた部品の組み合わせによって機械的な行動をとる。人間も動物だが、人間には精神があるから「単なる機械」ではない。

    人間だけが精神(理性)をもっている証拠は、人間のみが言葉を話すからである。つまりデカルトは、「人間は機械であるが単なる機械ではない」とした。カントは「人間とは何か?」に直接答えてはいない。彼の全著作が答えであろうが、彼のいうメッセージを要約すると、「人間とは、自己を啓蒙・開発すべき存在」というのがカントのいう「人間」観であろうか。

    人類にとって啓蒙の時代は未だ終わっていない。永遠に終わることもなく、人間はいつも啓蒙時代のなかにある。これがカントの発見である。「哲学は人間学」という主張は当時、画期的だった。カント以前の哲学がもっぱら対象にしたのは「神の存在」というテーマであったが、カントは啓蒙された市民のための哲学を著書『純粋理性批判』にしたためた。

    ニーチェはどうか?『ツァラトゥストラ』には、「人間は超越される存在である」という言葉がしばしば登場するが、「超越する存在」を超人とするなら、ニーチェのいう超人というのは、特段ふつうの人間から隔たった存在ではない。簡単にいうなら、自らの主人公となり、あらゆる虚妄から解放され、自己を支配する本来の「己」となり得た人間であろう。

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    ニーチェといえば、「力への意志」、「超人」というキーワードに悩まされる。「力への意志 Wille zur Macht 」は、「権力への意志」とも訳されているが、Machtをどう受け取るかによって解釈が分かれるようだ。ニーチェ自身はまったくもってつかみどころがないのである。「力への意志」は、晩年の遺稿集に頻繁に登場するが、『ツァラトゥストラ』にはこんな記述もある。

    「およそ、生があるところにのみ、意志がある。しかし、それは生への意志ではなく、力への意志なのだ」。いったい何を言おうとしているのか、この文の意味を確実に理解できる人がいるのだろうか?彼の言うことはいずれも断片的であり、それら断片をすべて集めたところで、何がしか概念ができることはない。Macht とは政治的な意味での権力とは異なる。

    突出した概念にはちがいないが、断片集から類推するに、「人間を動かす根源的な動機」といった思想であろう。「我がものとし、支配し、より以上のものとなり、より強いものとなろうとする意欲」という彼自身の記述もある。「力への意志」という言葉が、が公刊された著書に初めて出てくるのは、『ツァラトゥストラ』第2部、「自己超克」の章である。

    「汎神論」は、神と宇宙、または神と自然とは同一であるとみなす哲学的・宗教的立場であるが、物質一元論の行き着く先は「汎神論」であるという主張は、極めて妥当かつ論理性を持った思想であろう。神は非人格的原理としてのそれである場合が多いように、ニーチェの、「力への意志」というのは、同様に非人格的な「汎神論」といえるかもしれない。

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    「ニーチェ → ハイデガー・ユングらパクリ常習犯らによってアクセサリーと化し生きとし生けるものの劇薬なった『 哲学 』を嘆く者でアリマス」。 と、これは先日のあるゲストコメントだが、ユングは深層心理を個人レベルからさらに掘り下げ、人類共通の「集合的無意識」を説いた。そのユングは無意識との対決で、ニーチェとの違いをこう語っている。

    「医師の免許を持つ私は、患者たちを助けねばならず、妻と子供たちがおり、キュスナハトのゼー・シュトラーセ228に住んでいることについての自覚、これらの事実がわたしに目覚めているようにと要求し、私が現実に存在しており、ニーチェのような人間と違い、精神の風に吹き回されている木の葉だけではないということを私に証明してくれた。

    ニーチェの足が地につかなくなったのは、彼が自分の思想という内的世界以外、何も他に所有せず、さらに、彼が思想を所有していたというよりはむしろ、思想が彼を所有していたからである。彼は根こぎ状態になり、大地の上に遊離していた。だからこそ、彼は極端と非現実性に陥ったのである。この非現実性は私にとって恐怖の本質をなしていた。

    というのは、私が目差していたのは、まさにこの世界というこの生命だからである」。ユングは深層心理学の先駆者ニーチェに両価的な態度をとる。ニーチェが外在的な神の死を宣告することで、時代精神を把握したことを評価する一方、ニーチェが神の体験的リアリティを理解しなかったがゆえに、自己神化という傲慢の罪に陥り、狂気の道を歩んだとした。

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    ユング(1875-~1961年)と、ニーチェ(1844年~1900年)は同時代を生きたが、ニーチェは45歳の時に発狂、その後10年間は精神の薄明状態の中で生き続け、20世紀の始まった年に世を去った。ニーチェの大洪水のような哲学書は、発狂の寸前まで書き続けられたが、著作には狂気の兆候は見受けられない。したがって、彼の特異な思想は狂気とは相容れない。

    ニーチェは現代哲学の出発点であり、20世紀の思想や哲学にもっとも大きな影響を与えた人である。「ニヒリズム」、「永劫回帰」、「力への意志」、「超人」、「価値の転換」といったキーワードを、どう解釈するかはまさに千差万別。ニーチェ以後の学者がニーチェを理解するのにどれだけ手を焼いたことか、それは「永劫回帰」という言葉一つとってもである。

    こんな言葉を真面目に受け取るべきか、研究者の見解は二分し、解釈ともなると四分五裂。自分もニーチェから多大な影響を受けたが、中でも彼が14歳の時に書いた言葉が熾烈である。「人間の生涯はひとつの鏡。その中で自分を見きわめること。これこそ第一のこと。われら努めてこのことをなさん」。この言葉のなかにニーチェ生涯にわたる関心事がある。

    さらに、キリスト教や善人への断罪である。キリスト教は虚妄なるものを信仰する体系であり、「善人」は偽りものを信じているとニーチェは考えた。一体キリスト教や善人のどこに虚妄が潜むのか?例えば隣人愛である。「自分を愛するように、隣人を愛せよ」と聖書にある。キリスト教に限らず、隣人愛は美しくも永久不滅の道徳律と見なされているが、ニーチェは言う。

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    「君たちは隣人の周りに群がり、それをさも美しい言葉で飾り立てる。しかし、私は君たちに言おう。君たちが隣人を愛するのは、君たちが自分自身をうまく愛せないからだ。君たちは自分自身から逃げ出して隣人のところへ行き、それで何か美徳を施したと思いたいのだ」。ニーチェは隣人愛は自己逃避のひとつの形式に過ぎず、道徳律に値しないという。

    「いったい君たちの隣人とは誰なのか。いくら『隣人のため』に尽くしても、君たちは隣人のために何かを生み出すことはできない。この『何々のために』を忘れよ。こうした『何々のために』では決して何事も行われないということこそ、まさしく自らの美徳とせよ。君たちの仕事、君たちの意志こそ、君たちに最も近い『隣人」なのだ」。なんと感動する言葉であろうか。

    胸の鼓動が高まる言葉である。「隣人よりも自分自身を相手にせよ」、「自分自身のことに精をだせ」と叱咤する。虚妄に満ちた道徳観にとらわれている限り、人生はむなしい、ニーチェは自分たちにそのように語り掛ける。人生に悲哀は感じても、人生そのものを悲観してはいず、むしろ鼓舞しているようだ。彼がもう一つやり玉に挙げるのが「同情」の美徳である。

    自分もニーチェに出会うまで、「同情」は美しいものだと思っていたが、同情が人を見下げているという深層心理であるのに気づかされた。いささか誇張した言い方だがこのように言う。「たとえ一日だけでも同情が支配したら、人類はそのために破滅してしまうだろう」。他人の悩みや痛みを共に苦しもうとするうち、こちらも悩みや痛みに侵略されてしまうからだ。

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    本当に、本気で、同情すればの話で、形だけ、言葉だけの同情はさにあらず。医師は患者に同情することはない。なぜなら、患者に同情することは、その患者を苦しめている病気を励ましていることになるからだ。医者でない我々とて、不治の疾病に罹患した人に同情する気にはなれない。彼らに同情することで何が生まれ、何がもたらされるというのか?

    多くの人は気づかないが、隣人愛と同様、同情には本来の動機とは裏腹の偽善が隠されている。「まことに、私は人に同情して幸福を感じるような憐み深い人たちを好まない。彼らにはあまりに羞恥心が欠けている」。同情を美徳と考え、他人に同情して、さも敬虔な顔をしたがる人に贈りたい言葉である。もちろん、同情を受けることも拒むべきである。

    他人に決して同情することなく、他人から寄せられる同情を断固として拒否する。これが「男らしさ」でなくて何であろう。自分の知る限り、女性は他人に同情を寄せ、また他人からの同情を欣求するようだが、なんとも淡く希薄な、なんとも虚妄に満ちた人間関係に思えてならない。他人に、「凄いね」は、余計なことだと思っている。本当に凄い人以外、方便で言う。

    無意味な方便も、相手が喜ぶなら効用となる。例えば毎日長文ブログを書く、月に300kmのウォーキングをする。しない人、やらない人、できない人は、「凄いね」という。普通にやってる自分だから、他人に「凄いね」など思わないし、言いもしない。同じことをやる人に、「凄いね」と言おうものなら、自分も凄いことをしていることになる。これって自慢?考えようによれば…

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    自画自賛といえば聞こえはいいが、別に自画自賛などしなくとも続けられるし、そんなことする必要ない。特別なことではないのに、相手が勝手に特別だと感じて、「凄いね」と言われるのなら、まさにスーパーマンの心境である。スーパーマンは自分でスーパーマンと呼ぶのだろうか?「私はスーパーマンです」などと言うなら、いかにも調子こいていて大人気ない。

    周囲が、「スーパーマンだ!」と騒ぐのはいい、ただし自分で言ってはダメだろう。が、彼は胸に、「S」のマークのシャツを着ている。あれは、「スーパーマン」のイニシャルなのか?わざわざ発注するときに、「S」を入れてくれるようにたのんだのか?発注先は米国だと面が割れてやばい。メリヤス肌着メーカーの福助、グンゼ、あるいはスポーツ用品のオニツカ(現アシックス)あたりか?

    いずれにしても、「S」は自己顕示欲の表れならいただけない。せっかく世のため、人のために尽くし、働いているのだから、自らスーパーマンなどと鼓舞せず、胸の「S」など表さず、無地のほうが謙虚で奥ゆかしい。まあ、「スーパーマン」の「S」でなく、シャツのサイズの「S」、「M」、「L」と思ってしんぜよう。そう思いたい。これにてスーパーマンのTシャツ、一件落着衣!


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    「人間とは何か?」と問えば、「動物じゃないよ」と答えらる小学生もいよう。もう少し上になると、「人間だって動物だろ?」という反論はくる。デカルトやカント、ニーチェなどのような、高貴・高尚な考察はできかねるが、自分も、「人間とは何?」について考えたこともある。というより、「いったい人間は何をしたいのか?」それこそが人間なのでは?と考えた。

    年代によって人間観も変わってきたが、今問われる、「何がしたいか?」の前に、「何をしてきたか?」のほうが老いぼれの出す答えより、シビアではないだろうか?確かに、「これから何をしたいのか?」と言われても、「健康に留意し、できたら生活習慣病を予防したい」が、まずは頭に浮かぶ。いろいろ答えはあろうが、真っ先に浮かぶものこそ当面の答えだろう。

    「自分は何をしてきたのだろう?」といろいろ過去を回想し、真っ先に浮かぶのは、「自己を作ってきた」ということだ。自己とは何か?自己とは精神である。「人間という動物は、精神があるがゆえに人間である」とデカルトは言った。カントは、「自己を啓蒙・開発するのが人間」の、ようなことを書いている。ニーチェも、「人間は超越される存在」といった。

    肉体も人間だが、多くの哲学者は人間を精神ととらえている。肉体を超越して、ムキムキマッチョになれとは誰も言わない。キルケゴールはその主著『死にいたる病』の冒頭でこう書いている。「人間は精神である。しかし、精神とは何か?精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか?自己はひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。

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    あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するというそのことである。自己とは関係そのものではなくして、関係がそれ自身に関係するということ。アイデンティティという方が判りやすいか。人間は無限性と有限性との、時間的なものと永遠的なものとの、自由と必然の統合である」。これがキルケゴール哲学の肝心な部分、つまり要点であるが、意味の理解は大変だ。

    そこで「自己」を作るということにおいて、何が自己を作る邪魔であるかを考えてみた。その邪魔をいかにして取り払うことが自己を作ることに作用するかを考えたときに、自己を邪魔する確実な存在が母親であった。キルケゴールの文に多用される「その関係」、「それ自身に関係」という言葉。これが親と子、自分の場合、母と自分と考えられた。

    自己とは母と自分の関係における関係を言う。自己は母から与えられないし、母の要求する自己は真の自己ではない。精神を自己というなら、自己は自己の精神であるべきで、それを自己と言わねば真の自己とは言えない。自分は、真の自己、自己の自己たる自己を作ることに奔走した。それはあくなき自己を自己足らしめる作業の障害との戦いであった。

    「無限性と有限性」、「時間的なものと永遠的なもの」。前者は人間の宿命、後者は親子関係となぞらえられる。親と子は存在する限り親子であるが、子を強権的に従えていた親であっても、やがては子に従うように、その立場は逆転する。立場の逆転というのは言葉のあやで、老齢した親は子どもに対していつまでも権威を振り回すわけにはいかないのだ。

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    つまり親子の主従関係というものは時間的なもので、時間によって変遷していく。それにしても子どもが幼少であるときの親は、なぜにあれほど傲慢でいれるのか?まさに製造者の特権と言わんばかりに、子どもを奴隷にしたがる親こそわが母であった。いったいに親子関係とはこういうもので、これで許されるものだが、あまりに無慈悲な親もいるにはいる。

    親になる資格もなければ免許もない。認定試験もない。だから、親はバカでも親になれるが、バカな親を持った子どもは不幸のドツボにはまるであろう。快感作業の末に生まれる子どもは、養育の義務があるにも関わらず、身命をわが子に尽くすなどと思いあがった、あるいは恩着せがましい言葉を子どもに吐くような親も、バカな親の部類である。

    子どもを躾け、育てるのは、子どもの将来を見越した親の社会的責任である。将来を見越すというのは、子どもが社会で卒なく生き、できるなら社会で役に立ち、人から敬愛されるようであるなら、それこそが親の喜びであろう。親の自己満足が親の喜びという親は、バカの部類であろう。社会的に不満のない子どもであることが教育の目的ではないのか?

    そのために親がとるべくは、親のエゴを抑制することではないか。親と子は別の生き物であり、それは親の個性と子どもの個性は相容れないという風にも言える。となると、親が自らの個性を没却することが、逆に子どもの個性を尊重することになりはしないか?親が個性的であり過ぎることで、子どもが潰され、壊されるパターンは有能な親にこそ多い。

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    「一流は一流からは育たない。一流は三流から生まれる」。この事実は「原則」と言えるくらいに示されている。スポーツにしろ、芸術にしろ、学問にしろ、最高の師たる親を持ちながら、なぜに子どもは最高の教育の影響を受けないのか?凡人の親を持った子は高額な月謝を支払い、優れた師を選ぼうとするのに、そういう親を持った子はタダである。

    なんとも不思議な現象であるが、これこそが、「一流は三流から」の原則である。つまり、一流というのは、教わって成るという以前に、ひたむきな個人の努力の賜物である。一流の親を持った子が、一流に相応しい努力をするということはない。一流は遺伝しないし、いかに自分が努力をするかではないだろうか。そういえば、自分はある努力をしたことがある。

    勉強にしろ、職業にしろ、努力などといえる努力は、「していない」と断言できるが、辛く苦しき努力をしたといえるのが、自己を作ることだった。自己とは自分で他人ではない。従って自己を作るとは他人の意に沿わないということになる。まずは自分を支配しようとする母親に徹底抗戦したこと。親に逆らうことで飯を食わさないというなら、何日でも食わないでいれた。

    こんにちの時代、子どもに飯を食べさせないのは甚だしき児童虐待であるが、昔の親は当然の躾け手段だった。「○○するのを止めなければ食事させない」、「○○をしなければ食事させない」。子どもにひもじい思いをさせても自己の主張を通そうとする鬼親に屈せず、自己を貫くことでしか自己は作れない。自己と自己の対決とは、死ぬか生きるかくらいの修羅場である。

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    そんな親であるからこそ、強靭な自己の子どもが生まれる。それは創生の土壌である。生みの苦しみとは、厳しい「場」にあってこそ、用意されてこそであろう。人間が出産をあれほど厳しくしたのは、生まれた子を愛しむためではないか、とそのように聞いたことがある。真偽はともかく、安易よりも苦しさから生まれた物は、間違いなく価値が高い。

    キルケゴールは、「人間とは精神(自己)」といったが、彼と父の壮絶な話もまことに聞くに耐えないものだ。キルケゴールは父について、「私がこれまで知っている最も憂鬱な人間」と語っている。自分も母について、「自分がこれまで知る最も頑強な人間」と脳に記している。「そこまでするか?」。親がそこまでして子どもの自尊心をいたぶるのか?

    中学のある日、成績が良いと自転車を買う約束をした。自転車店のウィンドウに置いてある車種という約束だった。自分は親の要求を叶えた。が、親は自分の要求を無視、自転車なら何でも同じだと言わんばかりに…届いたボロ自転車。「約束が違う」。届いた自転車には見向きもしなかった。約束は信頼関係である。それを反故にするのは信頼をなくすこと。

    「どうせ乗るだろう」とタカをくくっていた親に虫唾が走るばかり…。自転車に触れもせず、見向きもせずの自分に親は呆れた行動をとる。ある日、学校から帰ると自分の部屋の天井に、自転車が針金で吊られてぶら下がっている。母が自転車店のオヤジに頼んで、自分の目に触れさせるように細工をしたのだが、頼まれた自転車屋のオヤジもバカもいいとこ。

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    母のバカさは今に知ったことではないが、頼まれたからといって、そこまでするのか?こういうことが子どもの自尊心を傷つけ、歪め、さらには親への信頼を一層損なうなど、考えもしない。そのとき思ったことは正確には覚えてないが、自転車店の大好きだったおっさんまでが自分の敵になった思いは覚えている。「ここまでするか?」これが親なのか?

    自分は絶対に降りない、負けず嫌いの母の性分が現れている。この一件もあってか、子どもとの約束、他人との約束は絶対に守ることだけは植え付けられた。約束を破ることの心の痛みが芽生えたのだろう。武士の一言、男の一言はかけがえのないものである反面、女の約束はこんな程度と我が心に収まっている。男の約束は大事だが、女と約束はしない。

    キルケゴールは父親のいけにえにわが身を捧げたが、彼は親が子どもに対する絶対的な力を「父親の権能」と呼んだ。父親が子どもをいけにえに捧げる物語は、旧約聖書『創世記』に、我が子イサクを神に捧げるアブラハムの話がある。キルケゴールはこの物語をめぐって『おそれおののき』という著書にした。そこには以下のように記されている。

    「アブラハムのなしたことは、倫理的に表現すれば、イサクを殺そうとしたのであり、宗教的に表現すれば、イサクを捧げようとしたのである。この矛盾のなかに人を眠れなくさせる不安がある」。キルケゴールはアブラハムの行為を決して理解に及ばぬが、イサクの不安は自ら体験している。彼はイサクについて、イサクの不安について考え続けた人でもある。

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    『死にいたる病』の冒頭の文、「自己はひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係」という分かりにくい言葉は、次のように言い換えできる。(自分は、絶望しているか、否か)をいろいろ考え検討するものこそ自己である。自己が絶望の淵にありながら、「自己が自己自身でない」ことにまったく気づいてないケースもある。よって彼はこのようにいう。

    「自己が自己自身でないということこそ、絶望にほかならない」。「絶望」は、「憂鬱」とともにキルケゴール哲学の有力なキーワードである。父親から33歳で死ぬという呪いをかけられたキルケゴールは、運命の時間までに手元の財産を使い尽くすつもりで浪費に走ったこともあった。ところが、34歳の誕生日を迎えると、いつまで生きるのかが問題となる。

    彼が最後の預金を引き出し、帰路の途中で路上に倒れて病院に搬送されるも、40日後に息を引き取った。42年と6か月の生涯だが、最後の所持金で入院費と葬式代を賄える。自分の葬式代をポケットにいれて死んだキルケゴールは、マッチ売りの少女が最後に残ったマッチ一本で、天に召されたメルヘン的世界観。決してハッピーエンドではないけれど…


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    宇宙がビッグバンで始まったとされるが、ビッグバン前にはどうなっていたのか?様々に考察されたが、ビッグバン以前には極小だった宇宙全体が、一瞬で急膨張する「インフレーション」現象が起きていたとする説が、宇宙誕生の謎を説明する理論として有力視されている。2014年3月、インフレーションが起きていたことを示す証拠を発見したニュースが世界を駆け巡った。

    米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターなどの研究グループによるこの発見を受け、「インフレーション宇宙論」の提唱者である物理学者で東京大学名誉教授で現在は自然科学研究機構長である佐藤勝彦氏は、18日に東京都内で記者会見し、「大変ありがたい話で、30年の技術の進歩で観測が可能になった。本当に素晴らしい時代になった」と喜びを語った。

    佐藤機構長は「理論を提唱した当時は、宇宙が始まってすぐのデータが得られるとは思わなかった」と成果をたたえた。今回は重力波の痕跡を検出したという間接的な観測。「今後は重力波を直接測定してインフレーションが起きた瞬間の『写真』を出してほしい」と希望を述べた。昨年のノーベル物理学賞のヒッグス粒子の発見を上回るともいわれている。

    さらに同月、米カリフォルニア工科大学などの研究チームが、138億年前に宇宙が誕生した直後に発生した「重力波」という現象の証拠を世界で初めて観測した。これはアインシュタインの予言であり、「インフレーション宇宙論」を強く裏付けるノーベル賞級の大発見で、「今後は重力波を直接測定してインフレーションが起きた瞬間の『写真』を出してほしい」と佐藤氏は希望を述べた。

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    宇宙が火の玉で始まったとするビッグバン理論が説明しきれない部分を解決する「インフレーション理論」は、1980年代初めに、佐藤氏や米国のアラン・グース博士がそれぞれ提唱し、広く受け入れられている。科学は現象を解明する学問で、宇宙や素粒子の謎を解き明かすための様々な機器、観測機械を得て、人間がその叡智を駆使して発展していくものである。

    古代~近代においては、科学と哲学が現在のように区別されていず、哲学の中にあらゆる知識が含まれていた。当然ながら、現在の科学のいくつかも含まれていた。哲学史の記述は通常、ギリシャのターレスから始まることになっており、そのころの哲学は、すべて自然哲学で、自然の研究に関して現在の物理学者の発想と似たような好奇心、問題の立て方、解き方を持っていた。

    これは当然といえば当然のことで、幼児が最初に、「なに?」、「なぜ?」という疑問を持ったとしても、「意識とは何か?」などの疑問は頭に浮かばない。自分の目に映ったり、感じるたりの外界(物理的な世界)に対し、まずは好奇心を持つ。そこから、「世界は何からできているのか」などの素朴な疑問が生まれる。その好奇心なくして自然科学の最初の動機はない。

    哲学は「人間学」という主張は現在のもので、カント以前の哲学はもっぱら神の存在である。様々な巨人たちが神の存在証明を試みた。我々のような小人は、「例えば神が世界を創造したとするなら、創造する前の神は一体何をしていたのか? あぐらをかき、あるいはいびきをかいて寝ていたのか?だとするなら(だとするならの証拠はないが)なぜに世界創造を思いたった?


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    「神様がこの世界を作ったのだとしたら、その神様は一体誰が作ったのか?」。これは新井白石が江戸城においてキリスト伝道の宣教師にした質問だ。13世紀、トマス・アクィナスによって否定された神の存在証明は、17世紀になったデカルトによって復興されることになる。デカルトは、『方法序説』の第4部と、『省察』の5で、神の存在について論証している。

    要は完全性という述語が含まれるように、「存在も神の規定の一つだから、神は存在する」といっている。神という観念を詳細分析すると、「完全な存在」という概念となる。が、「完全にして最高」という観念からは、存在が切り離せない。なぜなら、我々はもともと存在せず、空虚な絵空事などについて、「完全で最高」などといった観念を結びつけるわけがない。

    したがって、神という観念には存在が必然的に結びついている。こんな論法は現代人に詭弁にしか映らないが、デカルト自身は、真面目に真剣に論じている。無神論者の自分は常々、神が存在についての議論をするなら、「自分にとって神とは何であるのか」を明らかにしないと議論が成り立たない。「原発反対!」、「原発賛成!」の前に原発の知識なしに議論できない。

    「創造者(絶対者)は一人」との意見に賛同できない。善くも悪くも人間一人一人が創造者であり、そうあるべきだから。我々は誰もが創造者である。この世に善いことをする人間はただの一人だなんて、それが神である、神は因果まで支配するというなら、支配される我々にとっては面白くない。少なくとも自分は因果など信じないし、すべては自身の選別で起こること。

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    考えて行動しようが、考えないで行動しようが、因果(結果)は同じというなら、ポケモンしまくって楽しく生きたらいいのよ。こんなことをしてる場合じゃない、ゲームに感情移入しても、ゲームの中で生きられるわけではない、こんなのは時間の無駄と考えるなら、考える人生はポケモン愛好家よりも違ってくるはずだ。その違いを信じないで、人生に希望は持てないだろう。

    自分はポケモンを批判しない。人が楽しいと思うことを批判したところで、説得力に値しない。「ポケモンに夢中になっていると交通事故に合うよ」も予言ではない。交通事故に合った人でしか後悔はしない。それでは遅いだろ?といっても、合わない確率のほうがはるかに高い。「まさかの時の興亜火災」というCMのように、「まさか」を考える人でなきゃ無意味である。

    一つの「因」が、一つの「果」をもたらすなどありえない。ポケモン愛好者には百の「因」、百の「果」があるのだ。確かに「因」は「果」に帰結するが、「ああやったから、こうなったんだ。因果応報だ」などと思う人はそれでいい。そのことを次の人生にいかせばいいことだ。まあ、自分は因果について、「結果が出てから思いつく空想に過ぎない」と考えている。

    よくよく考えると、「ああやったから、こうなった」を言ってみても仕方がない。「ああやった」ことは確実に「こうなる」とは言い切れないからで、「ああやる」前に「こうなる」ことを体現はできない。したがって、「ああやる」と「こうなる」という予測を元に行動するか、「ああやる」ことに対するいかなる結果も受け入れる覚悟で「ああやる」べきであろう。

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    後悔することが悪いとは言わないが、未知のことに対する結果を知ることはできない。後悔を覚悟でやりたいことを「やる」、あるいは、やったことの後悔は「しない」、この選択をすればいい。さらには、後悔そのものが嫌だから「何もしない」という選択もある。こちらは、何事もやる前からビビる弱い人間であろう。「そう、自分は弱い人間だ」と思うならそれもよし。

    「自分は弱い人間でいたくない」と思うなら、上の二つの後悔に向けて行動すべきである。行動は良くも悪くも何かを起こす。「絶対によくなるならやります」などという愚か者は何もしないでクソして寝てるべきだ。行為をどう悔やむかより、行為をどう生かすかで新たな自分が創造させる。繰り返したいのは、我々はみんな創造者である。動物は植物と違って自ら動ける。

    自分とは何か?自分の中にある本能とは何か?そしてそれを嗅ぎ分けられるか?ついには行動に移すことができるか?このように自分自身に忠実になれるなら、他人の中傷も茶化しも気にすることもない。自分は自分に忠実に生きれるか、良くも悪くも人間はエゴイストたるべきであろう。そのことで周囲に迷惑をかけることも、社会の制裁を受けることも、自分の「生」である。

    相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件で思い出すのは、強欲な老婆を殺したラスコーリニコフである。「正義」というのは誰にもあるが、ない人もいる。あってもはき違える人もいる。キリスト教の正義もイスラム教の正義も、中国の正義もアメリカの正義も見えるが、日本の正義というのはよくわからない。金魚のうんちに正義があるのだろうか?という感慨。

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    この世には真実自由なるもの、真実放恣なるもの、それらは存在しているのか。自由は放恣、放恣は自由という錯覚に陥ることはある。が、よくよく考えるに、自由はいたって苦痛なものであろう。芸術とは自由の領域であるが、逆に芸術は自由を強要されるものでもある。だから芸術家は苦しむことになる。自由を強要されたあげく、束縛と限定にわが身を委ねたりする。

    家庭というのは、親の子への献身的な愛情と自己犠牲によって成り立っていると思われた時代もあった。事実はどうあれ、そういう親が多かったようだが、自分の母親は違った。二言目には、「お前のため」などと言うが、一度たりともそう思ったことはなかった。その言葉はまさしく「恩着せ」言葉であった。それほどに親の献身は母親の身勝手な自己妄想の類であった。

    子どもに服従と犠牲を要求し、強いる親を見て自分は育った。育てられた部分もあろうが、物心ついて以降は自ら育もうとうとした。親のエゴイズムに沿っていれば家庭は平穏だったろう。それを思うと秩序はエゴイズムを基本によって作られ、保たれるものだ。が、エゴイズムによって支配されたものは、やがてはエゴイズムによって反逆される。これはもう仕方のないことだ。

    人間がエゴイストである限り永遠の平和はありえない。「津久井やまゆり園」殺傷事件の植松聖容疑者の動機というのは、他者には判別不能な彼自身に内在する正義であろう。殺された被害者は、彼によって障害の重度が選別されたという。行為そのものは凄惨だが、彼はデリケートな人間である。この事件は『罪と罰』と、もう一つ『くちづけ』という映画を思い出した。

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    父が障害を持つ娘を殺すのを法治国家が許すはずがない。理由は法治国家だからである。人を殺していい理由は戦争と死刑。映画の結末は善悪を超えた選択である。植松は園において労働していたからして、犯行に至った複合的な動機は想像できる。純粋な正義の行使とは到底言えない。が、重度障碍者の親族の中に内心「良かった」と思う人もいるように感じる。

    子どものころ、自分が死ぬか親を殺すかの選択に直面した。あまりのリスクの大きさを考えると実行できなかったが、あれがもし、事故や疾病による急死ということなら、望外の喜びに満たされたろう。しかし、笑顔を封印し、親を失った子どもという深刻さを演じていたであろう。いや、素直な子どもであった自分は、おそらく上手い演技はできなかったろう。


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    ドストエフスキーは哲学者ではないけれども、「人間とは何か?」という巨大且つ哲学的な問いに心血を注いだ思想家であり、小説家である。彼の『地下室の手記』(原題『地下生活者の手記』)は、一度読んだ後に誰かに貸したまま行け不明になったが、異様で哲学的な内容であった。ネットの立ち読みフロアで読むと、かつて読んだ記憶とは大きく異なっていた。

    人間の内的世界を深く掘り下げた、『死の家の記録』から代表作、『罪と罰』へといたる道程の著作であろう。自らを地下生活者と名乗る男の独白で、「私は病的な人間だ…私は意地悪な人間だ。私は魅力のない人間だ。どうも肝臓が悪いらしい。もっとも私は自分の病気のことなど何も分かっていない。一体どこが悪いのか、それさえ確かなことは分からないのだ。」

    かの書き出しで始まるが、これは小説で彼自身を述べた手記ではない。主人公の「私」はドストエフスキー自身ではないが、「自分が一杯の紅茶を飲むことに事欠かないなら、世界が滅んだってかまわない」と、このようなセリフは徹底したエゴイズムならではの発想。『地下室の手記』の「私」はドストエフスキーではないが、徹底して地下にこもるドストエフスキーが発する言葉。

    利他主義を批判するニーチェは、こう述べている。「利己主義は悪ではない。なぜなら、『隣人』の表象は、われわれにあってきわめて微弱であり、われわれは隣人に対してほとんど石や植物に対するように自分を自由で責任のないものと感じているからである。他人が苦しむということは学ばれなくてはならないことである。」(『人間的な、あまりに人間的なⅠ』より)

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    自分の利益を犠牲にしてまでも、他人の利益や幸福を求める、いわゆる、「利他主義」といえども、「そうすることが当人にとって満足が得られるから、利他的行為を行うのではないか」という反論は言えている。何が当人にとっての利益になるかという「利益の内容」が違うだけで、利他主義も利己主義や自己中心主義と構造的に変わりない以上、利己主義批判は意味をなさない。

    これに反駁を試みるなら、「そもそも利益とは何か?」を定義すべきであり、この場合の「利益」とは、個々の趣味や価値観の相違を反映したものである以上、原理的に決着をつけることは不可能であろう。ドストエフスキーをニーチェの後継者と捉えた哲学者(名を失念した)もいる反面、ドストエフスキーの思想を、ニーチェに引き付けて読むのは異論も多いようだ。

    ニーチェは伝統的な価値観、道徳観を批判した。であるならニーチェはどういう新しき価値観を提唱しているのか?これこそがニーチェを読む意味といえる。要約すればニーチェが提唱する新しいモラルは、「エゴイズム(利己主義)」であろう。一般的にエゴイズムとは、「我がまま」、「自分勝手」と解されている。古い道徳、特に日本では「我」を抑えるのが美徳とされた。

    だからか、自己主張を惜しまない外国人にやられてしまう。「私がまずもって証明しようと思うのは、エゴイズム以外には何ものもあり得ない」というように、ニーチェのエゴイズムという新しい道徳は、「我」の解放をめざすものだ。『ツァラトゥストラ』ではこれまでもっとも悪く言われてきた、「肉欲」、「支配欲」、「我欲」がいかに人間に好ましいかを説く。

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    上記した3つの悪は、いずれも人間の力強い魂の叫びであり、精神から自然に生み出される健全なる欲求であって、人間にとってこれ以上に確かなるものはない。この確かなるものを信ずることで、初めてニヒリズムを超えることが可能となり、人生も意味をもつことになろう。ニーチェから教わること、肝心なことは、いかにして自分自身に忠実であり続けるかに他ならない。

    「後悔を恐れてはならない。後悔を受け入れるか、強い精神力で後悔を排除するか、それが人生ではないか」と先の記事で持論を述べたが、ニーチェはこのように言う。「もっとも後悔すべきことは何か。それは己のもっとも固有な欲求に耳を貸さなかったこと、己を取り違えること。己が低劣なものであると思い込むこと。己の本能を聞き分ける繊細さを失うことである」。

    このような真のエゴイズムの欠如を人は失ってはならないとニーチェは教える。「己の本能を聞き分ける繊細さ」とはどういう意味か。人が我がままであるのは、本当に「したい」何かがあるからで、自分が、「したい」何かが判らない人だっている。「したい」何かがあって、それで、「我がまま」に生きるというなら、「我がまま」に生きるというのは、実は至難なことである。

    それに較べれば、「隣人を愛する」ことの自己抑制はいかに容易いことであろう。ニーチェの思想というのは、強烈なナルシシズムに裏付けられた男らしい生き方の探求であろう。ニーチェは「ニヒリズムの哲学」とされるが、「ニヒリズム」は、虚無あるいは虚妄を意味するラテン語で、日本語的に、「虚無主義」と訳され、一切は虚無であることを主張する主義の印象だ。

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    理想を信じるのが、「理想主義」であるように、ニーチェのいう、「ニヒリズム」とは虚妄を信じることである。何ものも信じないのではなく、無意味なこと、虚妄なるものを信じることが、「ニヒリズム」である。ルター派の裕福な牧師の家庭に生まれたニーチェが、キリスト教を批判したことは知られている。それはキリスト教がもっとも、「ニヒリズムの宗教」だからである。

    「キリスト教はもっとも深い意味においてニヒリズム的である」とニーチェは言ったが、これは逆説的に聞こえるようだがニーチェの思想全体からすると、逆説どころかいかにもニーチェ的である。なぜキリスト教がニヒリズムで、善人がニヒリストなのか?その理由は、キリスト教が虚妄なるものを信仰する体系であり、「善人」もまた偽りのものを信じているからである。

    さらには、西欧文明そのものがニヒリズムの信奉者だったと、ニーチェは考えた。つまるところ、ニーチェの哲学は決して、「ニヒリズム」を主張いるのではなく、ニヒリズムを批判し、そしてニヒリズムを乗り越えて、真に価値あるものとは何か、意味あるものは何であるかを考えるのがニーチェ哲学の本領である。キリスト教や善人のどこに虚妄が潜んでいるかは先にあげた。

    隣人愛や同情といった各種慈善行為に励んできた人、隣人愛を自己逃避の一つの形式とし、ニーチェは彼らを自己喪失者と呼ぶが、それらはこれまでの道徳律から言って美徳とされたものである。「美徳」とされるものの中に偽善を嗅ぎ分け、それを発見するのがニーチェを読む意味かも知れぬが、それを嗅ぎ分けでどうすべきなのか?自分の人生にどう生かすべきなのか?

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    誰でもものごとを明晰に考えることができた時の快感をしっているはずだ。これこそが、魂の健康の源であり、生きていて本当に良かったと思わせる一瞬でもある。人間はものを考える喜びだけで生きていくこともできる。ギリシャ時代の哲学者や東洋の思想家がそうであったように、混乱した思考は、「知の病」であり、硬い石のようにしか考えられない人間は重病人である。

    哲学を、「知のデモクラシー」としたデカルトは、そのような病から人間を解放しようとしたのだった。考えるよりはテレビでお笑いバラエティー番組に興じ、歩きながらポケモン探しに夢中になることも楽しいことのようだ。その楽しさが判らぬ自分は、彼らを否定してはならないというにが自分の考えである。お酒の楽しさを分からぬ下戸が酒飲みを批判しても、説得力はない。

    「飲む・打つ・買う」の三態を批判したくば、酒飲みが酒を、博打好きが博打を、色好みが淫売を批判するならともかく。タバコを批判する喫煙者がいないように、人はみな自分のやることを良いと思っているようだ。良いからやる、良くないからしない、これもエゴイズムである。が、良くてもやらない、悪いと思ってもやるという人間もいるから、人間は複雑なのだ。

    哲学者を通してどのような自分を発見するかという楽しみでデカルトを読み、ニーチェを読み、「人間とは、自己を啓蒙・開発すべき存在」というメッセージを残してくれたカントを読むのは決して立派なことではない。ゲームに興じて楽しい時間を送るのも、楽しい人生の瞬間であろう。人間は自分の分からないことを批判すべきでない、というのを我々はビートルズから教わった。

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    人間は脆弱な精神、全弱な肉体の所有者であり、それぞれを頑強に鍛えたいという願望を持っている。だからこそ体力作りに励み、自分を励ますためのアイデアを得るために様々な本を読む。哲学書はもっともそのことを教えてくれるのだ。売らんがために書かれたしょーもない自己啓発本やハウトゥ本にも良いことが書かれてあるが、一度読んで分かる程度のものは底が浅い。

    何度となく目を通しても新しい発見があるものは、深い内容と高い芸術性に富んでいる。ベートーベンの音楽しかり、ピカソやゴッホの絵画しかり、ゲーテやシェークスピアしかり、漱石や安吾しかり…。「ベストセラーに名著はない」というが、その理由はそれだけ芸術的価値の高いものを理解する人間がそうそうたくさんいるはずがないというのが真相である。

    「全員一致の審決は無効」という、いわゆる、「ミカの弁証法」であるが、「一人の反対者もない全一致」は、偏見か興奮、または外圧以外のなにものでもないということ。ベストセラー書の購入動機もそれに似たものだ。ポケモン大ブームについて、「ポケモンGOの魅力は、"懐かしさ"だと思います。もちろん、最新の技術も凄いけれど、現実世界でポケモンに出会えるのが嬉しい。

    でも、『他者にオススメできるか?』と問われたら、私は、『ノー』です。特に、普段からいろんなゲームをやっている人にとっては、“ポケモンを捕まえるだけ”のポケモンGOはつまらなく感じるのではないでしょうか」。と、いう意見は的を得ている。大爆発して、さっと引いていく流行り廃りには本物がないと証明されている。しかるにビートルズは偉大であった。

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       1日 28486歩 19370m   90/分
        2日 14325歩   9741m    83
         4日  24583歩   16716m    88
       5日  18319歩   12456m    89
       6日   9519歩   6472m   88
       7日 10486歩   7130m   85
         8日   5179歩    3521m   85
        9日 27802歩  18905m   93 
       11日  15705歩   10679m   92
       12日  23702歩   16117m    90   
       15日 29814歩  20273m   91
        18日 21993歩   14955m    92
       19日 25467歩  17317m  90
        20日 24728歩   16815m    88
       21日 16339歩  11110m    93
        22日 36656歩  24926m   87
       23日 15116歩   10278m   86
       24日  9349歩    6357m   85
        25日 17514歩   11909m   91
        26日  23606歩   16052m    88
       27日 19148歩  13020m   85   
       29日 22391歩   15225m   89
       30日 27630歩   18788m  88
        31日  13543歩     9209m  82   
         
                
          total  481400歩   327338m 

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    「歩くスピードの速い人ほど長生きする!」と、 これは米国の調査結果である。ゆっくり歩く人は、速く歩く人に比べて、がんや糖尿病、心不全、脳梗塞などの重大疾患になる確率が約3倍も高くなるというが、以前から歩くスピードのが速い自分はがんになったので、「これはいい加減な調査」というのも早計だ。ほかにも、健康と歩く速度に関する調査結果が出ている。

     ● 高血圧を改善
     ● コレステロール値を改善
     ● 糖尿病を予防
     ● 心疾患を抑制

    などだが、なぜだろう? 速く歩くと血管に適度な負荷がかかるので、血管を強くすることができるのだが、「血管を強くする」というのはどういうことか、そのあたりから考えてみる。まず、血管というのは本当ヤワなもので、老化によっても衰えるし、なおかつ生活習慣のアンバランスさ、ストレスなどによっても、血管の壁はもろくなったり柔軟性を失ったりする。

    「血管が弱い」とは、血管の壁が弱いということになる。血管に欠陥があるという語呂合わせでシャレてみたが、じつは血管の弱さはある程度遺伝も関係しているとも言われている。ハゲも遺伝なら血管も遺伝であって、ハゲを予防できないように血管も弱くなる体質なら仕方がないのだろうか?いやいや、毛生え薬はノーベル賞級でも、血管は日々の意識によって強くできる。

    意識と言っても、「念じるだけ」では強くはできない。その初歩的な運動がウォーキングであるという。ただし、ダラダラ歩きではなく、ある程度意識した早歩きでなければならない。速く歩けるということは、それもある程度の距離ともなると、足腰(骨、股関節、筋肉)も健康な証拠である。老齢になって速く歩けなくなると、血管の老化が進んで病気になりやすくなる。

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    いつまでも健康でいたいなら、心拍数を上げて血管に適度な負荷がかかるよう、速く歩くことが大切ということになるが、いつまでも、というわけにもいかない。「できるだけ長い期間」と考えるべし。老化は足から始まり、太ももの筋肉の落ちが早い。子どもは一日中でも駆け回っているものだが、歩くことさえ難儀なのか、3歩、5歩あるくのにも大変そうな年寄りがいる。

    外見ではわからないが、見るからに足・腰の筋肉や骨が劣化しているのが想像できる。どう劣化し、どのような自覚症状か、までは本人以外には分かりづらいが、速く歩けないお年寄りを見ると、自分もあのようになってしまうのか?などと思ってしまう。最近ふと思ったことだが、「ラジオ体操」というのが、こんなに大変な運動であるというのを実感として知った。

    手を挙げたり、跳んだり跳ねたり、腰を折ったり、体を回したり、子ども時代には、こんなのが運動と思ったこともなかった「ラジオ体操」である。そのことだけでも体力が低下しているのを思い知らされるのだった。「ラジオ体操」は年寄りにとって非常に優れた健康維持運動である。さて、血管に戻るが、血管は体の隅々に大事な酸素を補給するパイプラインである。

    毛細血管というのもあるくらいに、動物の細胞というのは、血管から主に酸素などの栄養補給を受けている。マンションの排水管でも大規模修繕工事の際、簡単に取り換えられるよう、現在は埋め込み式はほどんどないが、人間の血管は取り換えを前提にしていないし、体の中にあって普段見ることは不可能だ。すべての動物は、生命維持の多くのものを体内にしまい込んでいる。

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    だから、自動車と同じように外観が美しいのであろう。消化器系、骨格器系、筋肉系、神経系、循環器系、内分泌系、生殖器系などと分かれており、それに合わせて内科、外科、脳神経外科、耳鼻咽喉科、歯科、肛門科などの専門医が看板をあげている。ふと思い出したが、子どもと昔ピアノをやっているときに、実はピアノの先生というのはオールマイティでないことを知った。

    一口にピアノ音楽といっても、バッハ、ヘンデルやハイドン、ベートーベンなどは古典派、ウィーン古典派ろ分類され、ショパン、シューマンのロマン派、ラヴェル、ドビュッシーなどの印象派とは様式も構造もまるで違う音楽である。古典派と印象派というのは、内科と耳鼻咽喉科くらいに違っており、印象派が好きなピアノ教師は、古典派の音楽はトンチンカンである。

    古典には古典の音法というものがあり、モーツァルトをショパンのように弾かせる発表会に遭遇して驚いたことがある。それほどに街のピアノ教師というのは、資格も試験もいらないし、片手間にやれる職業であるのだと気づいた。「バイエル」といえば誰でも知る子どもの初級ピアノ教則本だが、「赤バイエル」、「黄バイエル」の二冊はピアノレッスンの王道であった。

    ところが近年、バイエルを使ってピアノの練習をしているのは日本くらいで、海外では、「バイエル」という単語自体通じない。日本のピアノ教師も「メトードローズ」や「カバレフスキー」などのフランス、ロシアものを使う教師も目立ち、バイエルはピアノ人口減少とともに死語となりつつある。理由は一言でいうと、お堅くて面白くないということらしい。

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    つまりバイエルを嫌う指導者がおおくなり、「バスティン」や「バーナム」といった商品でテクニックを学ぶ教材に移行しているという。が、実はバイエルはドイツ古典の香りが充満する素晴らしいものだと思っているが、今の指導者は、フランス物、印象派物をかじった人が多く、それが古典派嫌いが顕著となり、バイエルは嫌いという図式になっているのではないか。

    ある指導者はいう。「昔は、つまらないと思っても習いに行く以上は練習するのが当たり前との意識がありました。でも、今の子は面白いことしかやらない…」。この言葉にこんにちのピアノレッスンの現状が集約されているのか。もっとも、音楽は楽しいのが一番だが、テクニックを身に着けるのと楽しいは別で、それをごっちゃにした教則本が主流というのも分かる気もする。

    昔も今もピアノを弾く技術を身に着けるのは大変だが、「面白くなければテレビじゃない」というスタンスで視聴者を伸ばし、それがまた視聴者を飽きさせることになったフジテレビのかつての光芒路線を思い出す。話を戻すが、動物の基本は「動いてナンボのもの」であり、動かないのは健康に良くないということになる。動かなければ血流の勢力も低下し、循環が悪くなる。

    毛細血管なんてホントに細いもので、しょっちゅう切れたりします。すると、本来血腋が行き渡るはずのところの細胞に栄養が到達しなかったりする。健康はもちろんのこと、女性にとって美容に良くないことが分かる。身体や肌の細胞に必要な栄養分を運ぶ血液の機能が低下すれば身体中の細胞の元気がなくなって行く。それはまた、人間の活路を奪っていくことになる。

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    毛細血管が弱ってぶっちん切れてもアオジができるくらいでさほど影響はないが、太い血管がブッチーンと切れると、脳卒中や心筋梗塞に陥るといった率も上がる。それでなくとも生活習慣の悪害(飲酒、タバコ、暴飲暴食など)によって、血管が弱くなっている場合は、内臓にも負担がかかっていることになるので、なおのことガンなどの病気にかかりやすくなってしまう。

    などなど、あえて書かなくてもあちこちで言われていることだが、血管が弱くなることで何ひとつ良いことはない。かといって、血管が弱いかどうかなんて、ABI測定や PWV測定をしないと分からない。機会があったら調べてみると良いかも知れない。血管がつよくなると間違いなく血の巡りが良くなり、血管の壁も丈夫になることで、内から外からのショックにも強くなる。

    男はどうでもいいが、女性にとっては肌や栄養がスムーズに行き渡り、ハリとツヤのある老化知らずの元気な肌が形成されるという。これはもう、シワやたるみの改善にも一役買っている。つまり、肌美人は血管美人であるという。ウォーキングと併用して、血管を強くするには、良質なタンパク質を摂ることが推奨され、最新研究では、内皮細胞の強化がいわれ、注目されている。

    "内皮細胞"とは、血管の収縮や拡張を担っている。ただし、タンパク質の摂取の仕方には問題もある。肉ばかり食べていると、良質と言えない脂肪分を摂取したり、消化不良を引き起こす。そのため、肉以外の魚や卵、大豆食品でタンパク質を摂るのがいい。これらにはビタミンB群(B1、B2、B6、B12、ナイアシン、葉酸など)も含まれ、新陳代謝を促進するので美肌効果もある。

    イメージ 6魚のEPAなどはコレステロール値も抑えてくれる。と、健康志向に何がいい、かにが悪いを言い出すとキリがない。あまり神経質になってもストレスが多くなれば逆効果。よって、知識は頭の片隅に置いておき、あとはバランスのよい食生活を心がけ、生活習慣を改善したり、身体を動かすことに力を注げば良いというのが結論。歩くのが生活習慣になればこの上ない。

    自分のウォーキングのきっかけは、尿管結石であった。結石が10mmを超えていたこともあって、医師は超音波による結石の粉砕を進めたが、「重力に伴って下に落とせばいいんだろう?だったらやってやろうじゃないか!」ということだった。医師に抗ってというわけでもないが、医師はそう感じたようだ。「10mm以上の石が自力で出たケースは聞いたことがない」という。

    「お前はそこまでいうか?そんなに手術をさせたいのか?」権威に反発せよとビートルズが教えてくれたんじゃ。若者は好きなことやってイイんだと教えてくれたんじゃ。馬は若くはないが、彼らの教えて心にしまってある。まあ、それは理屈であって、自分の体は自分のものだ。一人の医師のものではない。やってみる価値、努力する価値はあろう。石はでたが続いている。

    続けている、というより続いているというくらいに、いまでは歩くことが意識外の行動になっている。いつまでやるのか自分でもわからないほどに半端ない距離を歩いている。理屈はどうとでもつけられるが、効果の問題というよりレジャーである。つくづく思うは、自分は根本的に遊び好き人間である。いかなることも遊びに変えて楽しんできたし、今も、楽しんでいる。

    「A」を何でもいい。達成でもいいし、成功でもいい。ならば、以下の公式は成り立つはずだ。A=X+Y+Z。 「X」は働け、「Y」は遊べ、「Z」は沈黙。 遊びに言い訳はいらない。黙ってやれ、言い訳は決していうな。


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    様々な哲学者がいるが、「パスカルの原理」として物理の教科書に出るあのパスカルが、哲学者であるを知ってビックリ、アルキメデス以来の早熟の天才ぶりを発揮するパスカルの才能は多分野に及んでいた。「我思うゆえに、我あり」と、「人間は考える葦である」と、これはもう世界中の誰もが知っているように、どちらも同じ程度に有名な哲学者の言葉である。

    「天は人の上に人を作らず…」の言葉は、世界的周知というより、日本だけで有名な言葉であろう。パスカルといえば『パンセ』、近所に「パンセ」という名のパン屋があるが、パン屋さんでない『パンセ』について書いてみる。その昔、『パンセ』と『リルケ詩集』を貸してくれた女性がいて、彼女はうんこなどしないような清楚顔だった。が、借りても読まないままに返却した。

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    ああいうときにバツが悪いのはどちらであろうか?貸した側は貸した著作について感想とか、いろいろ話をしたいのだろうが、借りてもパラパラめくった程度で読まない側も、それなりに気まずい。そういう場合にどう言って答えるかは人によって違うようで、自分はどういったのか覚えていない。「ぜひ貸してよ、読んでみたい」と、所望して借りた本なら、まだしもである。

    望みもしないのに、「これ読んでみて…」ほど迷惑千万なことはない。言い方にもよるが、言い方よりも行為そのものが命令であり、押し付けに他ならない。「お願い、これを読んでください」と言われても、読まざるを得ないが、親のトラウマか、命令を何より嫌う自分である。よって、断れなくて悩むくらいなら、断り方を大事にした。コツは気まずそうに断らない事。

    日本人は相手から無理に何かを言われて、断る時に気まずい思いをするが、何故なのだろう?と、その原因を考えたことがある。普段、考えないこともアレコレ深く考えてみると、おかしなことが多かったりする。なぜ、見栄を張るのか、自慢するのか、言い訳するのか、嘘をつくのか、このようなことを考えることで、人間の矮小さを理解すに及ぶ。「なんだかちっちぇーな」である。

    つまらぬことでヤキモキする人間はなんと滑稽であろうことか。と、そのように思えただけで、考える前より大きくなっているハズだ。あとは、行動に移せば、「免許皆伝」である。「自分で考え、自分で知って、何でも自分でやってみる」。これがケペル先生の教えである。他人から教わったり、指示されたりでなく、自分で考え、自分でやるから熱心にやれるかも知れない。

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    何事も自ら主体的にやるのが「良い」に行き着くが、指示待ち人間が量産されたこの頃だ。自ら行動の前には、「自らで考える」が必要となる。こういう基本的で当たり前のことができるようになれば、人間関係の悩みや、おぼつかない自分自身においても、思考すれば答えが出、行動によって完結することになる。考えただけでは解決されない。やはり行動が答えを出してくれる。

    「殺人はなぜ許されないか?」と、唐突に問われて答えに窮する者はいるが、一度足りとて思考したことがあるなら、答えはストックされている。いろいろな答えがあるが、単純に「法的に許されない」というのも立派な答えである。なぜなら、「法的に許される」殺人もあるからだ。たくさん殺さば英雄となり、それが戦争である。「なぜ戦争は人を殺しあうのか?」も難しい問いだ。

    が、命を張って守ろうとするものを排除しなければならないから、殺す必要が生じる。降伏する者を殺してはならないとなっているが、捕虜など足手まといだからと殺してしまう人間の狂気性、それも戦争だ。戦争においても法の規定がある。ハーグ条約(ハーグ陸戦条約)は、戦争における陸戦の法規慣例に関する条約だが、第二次大戦中の広島・長崎の原爆は明確な条約違反。

    アメリカの言い訳は、「日本が『国家総動員法』を発令したことで、日本人全員が軍人だと解釈した」などと言っている。つまり全国民が軍人なら非戦闘員などいない。よって無差別爆撃はおろか、原爆も許されるという弁証法が成り立つ。条約違反は明確であっても、戦時国際法はお互いに違反した場合、その違反を追求しないというのが戦時下の慣例である。

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    日本も中国の便衣兵にはかなり苦労をさせられた。便衣兵(の用語は日中戦争に関連して主に使用される言葉)とは、一般市民と同じ私服や民族服などを着用し、さも民間人ごときに偽装して、各種敵対行為をする軍人をいうが、これは明確な国際法違反であり、捕虜となったとしても裁判にかけられ処刑される。南京事件、南京事件論争にはこの便衣兵のことが問題になっている。

    日中戦争さなかの1937年、日本軍の南京陥落の際、「南京安全区」に逃走した中国兵を、日本軍が「便衣兵」として多数摘発して逮捕・処刑した。便衣兵の摘発が適格であったかなど論議あるが、歴史学者の東中野修道(1947年10月19日 - )は、「日本軍は便衣兵の厳正な摘出を行い、捕虜の資格が無い便衣兵のみを処刑したが、これが曲解されたものが南京大虐殺である」と主張している。

    軍隊と戦う資格のあるものは軍隊だけとの規定があるが、偽装兵を使った戦術は大きな効果を狙うというより、捨て身のゲリラ戦術で、ベトナム戦争時のアメリカ兵も偽装したベトコンに悩まされた。女も子どもも爺も婆も、民間人の恰好をしていながらいきなり発砲したり、手榴弾を渡されたり、こういうことをされると当たり前に人間不信となり、もはや誰でも戦闘員に見えてしまう。

    平穏な社会でも法を守らない人間が、戦争という狂気世界にあっては何でもオーケーである方がむしろ自然であろう。一切を理性の支配下に置きたいカントがもし、今の時代に生きていたら、不倫ブームをどう捉えるであろう。彼は徹底した禁欲主義者であるから、ガリガリの理性主義を背後に論を立てるのは分かるが、快楽主義者においては一瞥されるのがいいところだ。

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    あの時代の人がそのまま現代にタイムスリップしても発狂するのではないか?まあ、ニーチェはあの時代において発狂してしまった御仁である。物が溢れ、レジャーやアミューズメント施設が溢れる昨今、禁欲主義などは時代遅れも甚だしい。誰もが快楽志向、快楽主義であろう。確かに一定の秩序に従って事物を整える能力を広義の理性と呼び、我々は理性的秩序への嗜好を持つ。

    あの時代のカントにとやかくいうべきでないのかも知れない。「欲望にとらわれた生活よりも、理性の法に従うのが好き」という人間も少なからずいる。だが、カントは自らの見解を「道徳の言説」と語るところは問題であろう。カントは「嘘をつくのは道徳的によくない」と同様、「不倫は道徳的によくない」という。「そんな不自由な…?」であるが、それがカントのいう自由。

    カントは、「道徳の掟(道徳法則)」によって自由を律することこそ真の意味での自由とした。これは我々の思う自由とは大きく隔たっている。我々の自由とは、「自分の行為に対して外的な障害が存在しないこと」である。カントは自由をはき違えているというしかない。しかし、カントの考えは少し後のヘーゲルやフィヒテらに大きく影響を与えた。ヘーゲルはいう。

    「やましい心には、義務や掟としての正しさの形は、死んだ冷たい文字として、また、束縛として感じられるものだ。それは、この心が掟のなかに自己自身を認識せず、したがって掟のなかで自由ではないからである」(『法・権利の哲学』序文)。ふ~ん…。こんな考えなどは理解はできても、とうてい背負いきれるものではない。ヘーゲルなんざ、屁ーでるといいたい。

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    かくの、「道徳の掟」などというのは、まさに快楽や自己の利益の追求を放棄しろと迫るだけでなく、幸福追求すら認めていないではないか。確かに自己の利益や幸福ばかり考える人間はいる。間違いなくそういう人は嫌われるし、平気で嘘をつく奴は不愉快極まりない。フィヒテも「それをするのがお前の利益だ。しなければ幸福になれない。そんな言葉に耳を傾けてはならない。

    自分は不正なことをしなかったゆえに良き運命にあやかれると意識を抱くがよい」などと言っている。立派な言葉だがこれは、『フランス革命に対する公衆の判断是正のために』のなかで述べたもので、いかにも情熱家フィヒテらしい。立派な人は立派過ぎて、一応承っておく、くらいしか言葉はない。さするに我々は、学童期において、校長先生の言葉すら耳に入らなかった。

    が、新興宗教の教祖であっても、下半身を否定しないが、カントは正面から否定してみせる人であろう。カントは徹底したガチガチ人間である。パスカルはどうか?彼はデカルトやカントが行った神の存在証明はしていない。「キリスト教神学者」の肩書もあるパスカルは、神の存在について確率論を応用しながら、論理学的思考実験「パスカルの賭け」が知られている。

    パスカルにとって神の概念はあまりに畏れ多く、異なる秩序に属するものであることから、神の存在など論理学的に証明できる次元にあらずとの考えであった。したがって、同時代のデカルトが行った哲学的な、「神の存在証明」の方法論を否定した。パスカルの一家は、パスカルが23歳の時に信仰に目覚めたが、教育熱心な父は、彼が少年期に一家を引き連れパリに移住する。

    パスカルは学校に行かず、自然哲学やアマチュア科学者の父から、英才教育と知識を授けられた。家庭で英才教育を受けた。むか~し、映画監督の羽仁進がパスカルの影響なのか、娘の未央を学校にやらず、学校教育を否定して話題になる。未央は、5 - 7歳をパリで、9 - 11歳をケニアで過ごすなど、家庭のみで教育を受けるなど、ホームスクーラーの先駆けともいわれた。

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    1651年にパスカルの父は他界するが、妹の一人は修道院に入る。パスカルは一時期社交界に出入りし、人間に関心を示すが、31歳の時に再び思考への意識を傾ける。2年後、イエズス会の乱れた道徳観を非難、議論を巻き起こすもキリスト教擁護書(護教書)の執筆に着手、様々な思索のメモ書きを多数残す。体調を崩したパスカルは書物を自力で完成させられなかった。

    39歳の若さで死去したパスカル。彼のノート、メモ類などは死後整理され、『パンセ』として出版されることになる。『パンセ』の別名は、『キリスト教護教論』といい、人間の空しさや人間の偉大さを述べた部分と、神の存在や奇蹟などの宗教的テーマを扱った二部に分けられている。前者の人間論はしみじみと味わい深いが、後半の宗教論で多くの日本人は躓く。



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    『パンセ』の別名が『キリスト教擁教論』であったとしても、これまで多くの人に読みつがれ、感動を与え続けたのは『キリスト教擁教論』とは思えない内容でしょう。他の外国人はともかく、特に宗教心の薄い日本人は、『パンセ』を半分しか読まない。これでいいのか悪いのかはさて、推理小説を最後から読もうが中間から読もうが、読み手の問題なら、『パンセ』もしかり。

    昔、LPレコードを買ったのはいいが、聴きたい曲ばかり聴き、聴かない曲はまったく聴かないということも多だあった。『パンセ』という遺稿集はどういう種別の本かといえば、「幸福論」である。「幸福論」なる本は多く、幸福を求めて「幸福論」を読むのか、読んで幸福な気分になるのか、あるいは表題に偽りありか?書きながら定義はよくない。読み手の自由かと。

    「どう読んだか?」については言えるが、「どう読め!」はいただけない。以前、ルソーの『エミール』を出産後の母親に勧めたとき、数日たって「どう読んだらいいのか分からない」と言われ、勧めたことを後悔した。本はやはり、自分で選ぶべきである。「どう読んだらいいのか?」に何と答えたらいいのやら。キューブリックの映画を「どう観たらいいのか?」の質問も同じこと。

    そんな問いには答えられない。あえていうなら、「感じるままに読め(観ろ)」というしかない。そういえばカントは散歩を忘れるくらいにルソーを読みふけったが、それほど彼には読む価値があったということだ。学者が一番偉いと思っていたカントはルソーによって打ちひしがれた。その理由は、学者の知性よりも庶民の感性にしばしば真理が宿ることに気づかされたからであろう。

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    カントは『人倫の形而上学の基礎づけ』という著書で、「知性、判断、勇気などは、絶対的に良いというものではない」とした。一般的に「知性、判断、勇気」などは良いものの代表のようにいわれるが、カントを読むと納得できるし、彼はこのように言う。「悪党が沈着冷静になれば、いっそう危険な人物になるだけである」。ダメなものをダメというのは簡単だが、理由が必要となる。

    「幸福もそれ自身では善ではない。善意志によって動かない人間にとっては、幸福も堕落のもとになる」。「う~ん」、上手いことを言うというのか、説得力のある言葉だ。ニーチェも、「善とは善意志でなければならない」といった。寄付は善い行為だが、功名心が目的なら「善」とはいいがたい。ところで、人は何のために寄付をするのだろう?寄付は利他的行為である。

    隣人愛や同情の美徳を否定し、理想主義までも否定し、何でも手あたりしだいに否定したかのように見えるニーチェは、概ねその通りであるが、問題は、「ニーチェは何を肯定したか?」である。それが判れば一切の価値を否定したニヒリズム哲学であるとの誤解は吹き飛ぶことになる。同情をあらゆる角度から否定したニーチェが、それと同じ強さで肯定したのが友情である。

    「友情の多くは見せかけであり、恋の多くは愚かさであるにすぎぬ」と言ったのはシェイクスピア。彼は48歳で断筆後、3年の隠居生活の後に世を去った。遺産の分配で妻アンにはベッドのみということからして不仲であった。友情、恋愛と聞くと永遠に美しいもののようだが、彼は疑いの目を向けている。そこに、人間の虚偽とエゴイズムを見たからで、友情とて欲がからむともろい。

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    「借金の依頼を断って友人をなくすことはないが、お金を貸すと友人をなくす」。世間の常識のようなこの言葉の主は、ショーペンハウエルである。友人と借金について昔も今も変わりない。「恋愛に年齢はない。それはいつでも生まれる」と、パスカルは美しい言葉は現実的である。アランにあってパスカルにないものがあるとするなら、それはユーモアであろう。

    「言い訳探しする者は自分に満足できない。自らの過ちに立ち向かい、『自分はバカだった』と言える者は、過ちを消化し成長する」これは現実的であり、もっとも好きなアランの言葉。将棋をしていても言い訳する人は多い。将棋ごときでつまらぬ自尊心に一喜一憂するようで、もっともっと遊びだと思えばいいことなのに…。「言い訳しても強くならないだろ?」などと言っておく。

    同じように「幸福論」を読んで幸福になるのだろうか?アランは、「幸福は自分が引き寄せるもの」が土台のようだが、アランに限らず誰でもそう考える。降って沸いてくるような幸福などはない。パスカルは人間は弱い生き物という前提で、その弱さを明らかにするために書き続けた。そして、世の中を冷静に見つめることで、「理性こそ万能」という考えに危うさを確信する。

    だからか、おいらくの恋さえ推奨する。というよりも、感情の発露は人間にとって年齢を問うことなく自然なことであり、「われわれは理性によってのみではなく、心によって真実を知る」というように、この言葉はいかにもパスカルの現実的な思考の現れであろう。人生には選択は必要だが、だからといって、その選択が理性に基づいたものといえるのか、懐疑的である。

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    所詮人間の判断というのは、環境や習慣などの外的要因に大きく左右されているとし、人間の限りがない願望を見越したパスカルは、「人間はいかなる選択をしたところで、常に『この選択で良いのか』と悩み続ける」と述べている。確かに、それは言えてる。良い選択であっても悩みは尽きない。浮ついた言葉による浮ついた生でなく、不幸の自覚から幸福論が始まっている。

    まったく幸福な人間は幸福を求めたりはしないものだ。幸福論を考えるにあたっては、人間に幾分かの不幸が必要であり、不幸の自覚から幸福論は始められる。パスカルの幸福論も、人間がいかに不幸な存在であり、いかに悲惨な状態に置かれているかを描きだすところから出発する。「人間の生活は、不断の迷妄に過ぎない。人々は互いに欺き、互いにへつらう。

    誰も我々の面前では、我々について、陰で言っているようなことは言わない。人間同士の間には、かかる相互の欺瞞に基づいている。陰で友人が言ってることを、お互いが知ったならば、たとえ真心からの感情を交えぬ言葉であったとしても、それに耐えうる友情はまれであろう。ゆえに人間は、自己においても他人においても、偽装、虚偽、偽善であるにすぎない。

    人は他人から真実を聞くことを欲しない、他人に真実を語ることを避ける。正義と理性から遠く離れたこれらの性情は、人間の心のうちに生まれつき根ざしているものである。」パスカルが強調するのは、人間がいかに自分自身を欺いて生きているかである。自分を欺く人は他人を欺く。自分を欺かぬ人も他人を欺く。他人もまた自分を欺く。それが人間社会というもの。

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    そこが前提にあってこそ、「さあ、どうすべきか?」の幸福論が必要になる。虚飾の言葉を散りばめてみたところで、現実の苦悩や不幸は改善されることはない。パスカルの記述の最大のテーマは、人間の「死」である。彼は遺言書においても、「死より確実なものはなく、死期より不確実なものはない」と述べているが、人間の幸福論とは、死を自覚することから派生する。

    幸福を求め続けたパスカルの人生は幸福だったのか?決してそうではない。なぜなら、彼の人生は病気とともにあった。その理由として、計算器の開発に精神と肉体を酷使したことによる。18歳から以降パスカルは、一日として苦痛なしに過ごした日々はない。姉のジルベルトはパスカルの耐えがたい頭痛、胃痛、脚のしびれや便秘に悩まされ続けたことを伝記に書いている。

    上を見ればキリはないし、下には不幸な境遇の人はたくさんいる。「上見て暮らすな、下見て暮らせ」の語源は江戸時代あたりの言葉と思っていたが、Wikiには、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」について、「近世の為政者がこうした旨の蝕を発した記録はない」と書かれている。誰が言い出したとともかく、質素・倹約に生きるためには、よい言葉に思えてならない。

    自己実現欲求の果敢なアメリカ人には向かない言葉だろうが、だからと言って銃で脅して金品をせしめるような社会は野蛮すぎる。何事「中庸」というが、それが難しい。パスカルは『パンセ』の宗教部分の随所に「恩寵」をめぐる問題について書いている。「恩寵」とは、神が人間に与える恵みで恩恵ともいう。人類を救うために神が人間に与えた力というのが宗教解釈。

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    恩寵をめぐる問題がなぜに大事かは、それが人間の幸福をめぐる議論に他ならないからだ。またパスカルは、「神なき人間の悲惨さ」ということを述べているが、パスカルは死の直前まで、病床の身でありながら教会を回り、子どもの面倒をみた。天然痘の子どもを抱えた貧しい一家のために自宅を明け渡すなど、利他愛に尽くした。彼は密かに神の恩寵を信じていたようだ。

    キリスト教の信仰によって死を克服しようとしたパスカルの最後の言葉は、「願わくは神が私をお見棄てになりませんように…」だった。死因は腸結核とも全身に転移したがんともいわれているが、ハッキリしていない。誰も及ばないほど強く幸福を求め続け、誰よりも幸福になることを確信しながら死んでいったパスカルをニーチェは、「自滅し、絶望したパスカル」と評した。

    ニーチェは意地悪くいったのではない。神の加護や恩寵は、反キリスト者ニーチェの頭に目くそほどもなかった。確かに現代人にとって新しい幸福論の最良のテキストは、『パンセ』であろう。パスカルはこう売り込んでいる。「ほかのことで随分無駄に費やしている時間を、少しでもこれを読むために割くべきだ。それに対してどんな反感を覚えようと、何かに突き当たる」。

    「『パンセ』を読め!」とは、いささか傲慢に思えるが、パスカルの短い生涯において心血を注いだという自信の現れと推察する。ためになるからでなく、批判も人を作る。「可もなし」、「不可もなし」なら読む価値ナシ。ノエル・ギャラガーが、新譜リリース時に、「買うな!俺ら、もういらないってくらい金持ってんだから」と吐いた。こういうパンキーな人間もいいね。

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    「人間は生まれながらの死刑囚である」と、パスカル。言い方はともかく、一切の動物は死を待つ。死刑を宣告されたように、悲しみと絶望のなかで互いに顔を見合わせながら、自分の番がくるのを待っている。これが人間だ。というの悲観主義が、「生」に強い執着とあくなき幸福追求欲をもたらす。人間が幸せになるなら不死でなければならない。

    パスカルの幸福論は神秘的領域へ踏み込んでいくが、彼は理性より心情に訴えかける。「理性の最後の一歩は、理性を超えるものが無限にあることを認めることであり、そこまで到り得ないなら理性は弱いものでしかない」。パスカルは自滅し、絶望したとニーチェは言ったが、パスカルは絶望などしていない。誰も及ばないほど幸福を求め続けた人だった。

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    そして、幸福になることを確信して死んでいったのを次の言葉に見る。「この世には、来世の希望においてしか幸福はない。人はそれに近づくにしたがってのみ幸福である。永遠について完全な確信を得た者にとっては、もはや不幸は存在しない」。これがパスカルのいう「幸福論」であるなら、狂っているとまでは言わないが、到底理性的とは思えない。

    彼は理性より心情の人で、彼の思索がいかに飛躍していようと、パスカルと読者の間には、共感という細い糸が張り渡されているのだろう。哲学者や思想家の思索というのは理性をもってなされる。物事を筋道立てて、合理的、論理的に考えることで、この世のすべてが解決できるとの期待感が高揚、斯くの理性信仰が絶頂に達したのがフランス革命だった。

    理性は万能か、人間はどこまで理性的でいれるか。カントの『純粋理性批判』は、理性の限界を検討するとの動機で始まり、理性の積極的役割を求め続けたカントが発見したものは、道徳世界であった。純粋理性は先天的、実践理性は後天的・道徳的なもの。『純粋理性批判』で神の存在を否定したカントは、『実践理性批判』では一転神の存在を要請した。

    イメージ 2プラトンは人間には「知・情・意」の三つの「イデア」があるとした。道徳は「知」にあらずして「意」の領域、「意志」と「行為」の関係にある。よって、道徳を論じるために神が欠かせない。『実践理性批判』の冒頭に以下定義がある。「実践的原則とは、意志の普遍的規定を含むような命題のことである。そしてこの普遍的規定には、若干の実践的規則が従属している。

    これらの実践的原則は、主観がかかる意志既定の条件、主観自身の意志ののみ妥当するとみなす場合には、主観原則であって、格律と呼ばれる」。非常に難解な言葉で、翻訳が下手というより、こうしか訳しようがないとされている。分かりやすく平易にいうなら、「『格律』とは、自分の意志を決めるにあたっての主観的原則である」と、いっている。

    「『格律』とは、自分がこうしたいと決めていること」。カントは毎日決まった時間に散歩をした。自分も月に約300km程度のウォーキングをやっているが、距離を決めているわけではない。距離は決めてないが、歩くことは決めているのを格律という。つまり、主体的に、自らの意志でやっている。強制的に命じられるなら、早々嫌になり、続かない。

    ウォーキングは健康によい、脳にも良く、「ボケ」防止にもなるなどいいことづくめ。すべての人がウォーキングをする、客観的で普遍的な実践的法則はないものか?のようなことを、道徳格律の中にカントは模索した。そうしたあげくカントが得たものは、「道徳法則の客観的実存性は、理性がいかに力を尽くしても決して証明されない」ということだった。

    存在することが証明できないからといって、不存在が証明されたことにはならないし、存在するかどうか分からないに過ぎない。これは「神の存在証明」と同じ理屈。AがBを殺したことが証明されないからといって、殺してないと証明されたことにはならず、やったのかやってないのか分からないが、「疑わしきは被告人の利益」が刑法の原則である。

    これで逃れた殺人犯もいようが、無実の者を罰せないために採用する。人間は社会でさまざまな罪を犯す。法に抵触するものから罰のない罪まで実にさまざま。罰があってもお構いなしに罪を犯す。なぜだ?それが行為者の利益になるからでは?罰があっても罪を犯すのは、逃げられる、免れられると思うからだろうが、捕まろうが捕まるまいが罪は罪。

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    捕まらなければ(露呈しなければ)罪の意識は低い。交通違反も不倫もそうで、カントがどれほど「道徳」を書物にしたためても、誰もカントのいうことなど耳に入れない。カントは存在が証明されないものでも、その存在を信じた人である。我々が死後の世界や、幽霊や、地球外生命体など、存在が証明されないものを信じるように、カントは道徳律の存在を信じた人だった。

    カントを読んだ功徳があるとするならそれは何か?先入観からの解放、思考を通じての新たな自己体験、さらには理想に向かっての自覚などか。功利と道徳は対立するが、それも人間かと。己の利害だけで行動する人はいる。人間関係の基本も利害関係か。いかにも功利主義的だが、それも人間である。好きだ、嫌いだ、善だ、悪だと言いながら生きている。

    カントやニーチェを読むことで、物事に対して今までとはまったく違う考え方ができる。これを、「精神的に生まれ変わった」といってもいい。それくらい大きな抜本変化は、坂口安吾の読後においてもあった。数冊の恋愛小説を読んだ記憶はあるが、感情がざわつくことはあっても、理性がざわめくことはなかったし、恋愛小説を読んで成長したとの実感はない。

    難しい問題や言葉を脳に汗して考える方が面白い。多くの文豪たちもカントを読んでいる。なかでも、ゲーテはカントを読んで、「自分の生涯でもっとも楽しい時期を過ごせた」といい、詩人シラーもカントの美学理論に傾倒、「芸術論」を書きあげた。トルストイも『戦争と平和』を書くにあたって、『純粋理性批判』を参考書に歴史観を作り上げたと述べている。

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    ドストエフスキーも同書をシベリアの流刑地で読んでいる。日本人作家では埴谷雄高が「カント体験」を直接反映させている。自分もある時期むさぼるようにカントを読んだが、大変な書であるのは多くが認めるところで、読んで分かったではなく、分かろうと努力するために読む。カントは、「凡人は道徳的判断において、きわめて正しい」などと言った。

    「哲学者以上に正確である」とまで言っている。哲学者は、アレコレのことを知っているため、かえってアレコレ論議し、結局ことの正邪を決められないが、凡人は、何が正しく、何が正しくないかをきわめて正確に判断するという。まあ、凡人が事の良し悪しを見分けられるなら、難しい道徳哲学など無用だ。しかるに凡人は無邪気でオメデタイという。

    持ち上げて落とすなど、性格の悪いカントであるが、正しいことを判断する能力があっても、凡人は様々な欲求や欲望にかられ、誘惑されたり道に迷ったり、だから道徳の学問は必要だという。さらに、道徳哲学は一介の物好きや、哲学者のたわごとではなく、なんびともが、正しく生きるために、欠かせない学問だというところが、さすがカントである。

    勉強(知識)のない批判は空虚であり、批判のない勉強は盲目である。学問に勤しむ姿勢と、するどい批判精神とによって、事物や事象を捉えていくのは正しくもあり、面白きこと。正しいから面白いのではなく、正しいことを導く過程が面白い。将棋が面白いのは、勝ったそのことよりも、思考していろいろな指し手を編み出す、そのことであるように。

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    一切の事は過程が面白い。スポーツ中継を見ないで結果に一喜一憂する。結果は重要でも、結果が面白い訳ではない。将棋の凄い手、スポーツの美技、巨匠の文学や絵画や音楽や建築、思索や思考も凄い。人間礼賛に誘われる。人間が人間を凄いと思うのは、自分も人間であるということだ。野生のライオンを凄いと思えど、人間はライオンになれない。

    人間が凄いアスリートであり、人間が哲学の巨人である。技能と英知とジャンルは違うが、人間が高めてきたものである。特に哲学や宗教は、人類が英知として築いてきたもので、そこにはまさに「人間とはなにか」という「人間性の追究」があふれている。しかし、残念なことに、哲学や宗教の対立は人類を滅亡に誘う危険性を孕んでいる。薬はまた毒になる。

    「ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。――ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている――」。「神戸連続少女殺傷事件」の少年Aの脅迫文が、ニーチェの『ツァラトゥストラ』や、ダンテの『神曲』からの引用であったのはショックだった。十四歳の少年がニーチェやダンテを読むこと自体、早熟と言えなくもない。

    ニーチェに触発されたという犯罪者は何人かいた。歴史学者樺山紘一は、「人を殺す思想がなければ、人を生かす思想もない」という。「人を殺す思想」とは、正当防衛もそうであろう。愛する人や子どもたちが殺されようとしているとき、その相手を殺したい、殺してもいいと考えるのは許される。何に許される?法に許され、実行しても犯罪とならない。

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    同じ状況にあって、死刑廃止論者は危害を加えようとする相手を殺さないのか?彼らは犯罪者といえども、その生命は尊重されなければならないとの持論を有す。ということは、自分の愛する人や子どもたちが殺されるのを、じっと見ているのか?死刑廃止という考えは、突き詰めるなら正当防衛否定の思想であろう。したり顔でこういう考えを述べる人間がいる。

    「対人関係において、あいつを殺さなければいけないという判断や死に値する者がいるという考え方は、人間の尊厳に関わる重要な問題である。死刑廃止は、人間が共同体を作って、その中でいいもの悪いものをお互いにかみ合わせながら、あるメカニックな関係性を形づくっていくという考え方を致命的に壊す」。これはニーチェの引用か、それとも彼自身の洞察か?

    「人を殺す思想」は悪、「人を生かす思想」だけが善などと気取っている。死刑廃止論者の考察には、なぜこうも深みがないのか。人間同士の対立関係をも含めた、「ふくよかな関係」を見ていない。同じことは憲法9条に関連する論争にも言える。かつて野党第一党の隆盛を誇っていたころの日本社会党は、現実路線からほど遠い、「何でも反対」の観念政党であった。

    毛沢東が日本社会党を指して、「不思議な党」であると言って以降、この言い方は随分流行した。いろいろな意味があるが、ふつうは、"社会民主主義の党でありながら不思議と日本社会党は戦闘的で左翼的"という内容を込めて使われる。土井たか子が死に、愛弟子福島瑞穂も党首を降りた。反日辻本清美はとっくに去っている。まさにご愁傷さまの社民党。

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    いかなる哲学者も、哲学者である前に、現実の生活を生きた一人の人間である。食って、寝て、出して、という世俗的な言い方もするが、人並みに恋もアレもしたはずだが、不思議なことに多くの哲学者は独身を通している。デカルト、カント、ショーペンハウエル、ニーチェ、キルケゴール、パスカルなどの有名人はみんな独身である。が、恋をしなかったわけではない。

    ニーチェは生涯に2度求婚している。キルケゴールは婚約までしながら、何故か破棄をしている。これは、「レギーネ事件」と呼ばれる出来事で、婚約破棄をした理由は謎である。キルケゴール自身、「レギーネとの婚約破棄の謎を解いた者は、自分の思想を解くことができる」などと言っている。そこまでいわれれば研究者も謎に取り組まざるを得ず、様々に分析されている。

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    「レギーネ事件」についてキルケゴールは上のような奥歯に物が挟まった思わせぶりな言い方しかしていないが、彼の著作から様々な研究の結果、「これ」らしいことは分かっている。レギーネ・オルセンは、キルケゴールと同じコペンハーゲンに住む役人の娘で、彼は知人宅で彼女を見染、愛を告白し、二人は婚約した。キルケゴールは26歳、レギーネは17歳の少女であった。

    ところが、キルケゴールは婚約した翌日には後悔をし、一年後に一方的に婚約を破棄し、交際を断っている。キルケゴールは生涯独身を貫いたが、レギーネは数年後、のちにデンマーク領西インド諸島の総督となる人物と結婚し、短命だったキルケゴーより半世紀長生きした。キルケゴールの生涯は、父親から受けた強大な影響ととともに、レギーネなしでは語れない。

    彼が哲学的・宗教的思索にふける際はいつもレギーネが念頭にあり、彼のほとんどの著作はレギーネのために書かれている。彼は、「レギーネは自分の著作の共著者」といい、「ぼくの人生は、君についての神話になるのだ」と書いていることからして、終生彼女のことが頭から離れなかったようだ。彼の言葉は決して誇張ではなく、レギーネを愛するがゆえの婚約破棄である。

    「う~む」。現代人の感覚でいえば、あまりに真っ正直であり、ナイーブすぎる男としか言いようがないが、人はその時代に生きるものだから、現代との比較は意味をなさない。ドンファンは17世紀スペインの放蕩児だが、架空の人物であり、カサノバは実在するイタリアの漁色家である。時代といっても男もいろいろで、哲学者は真面目でお固いと考えるべきかもしれない。

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    哲学者は物事を難しく考えるのか、物事自体が難しいゆえに難しく考えざるを得ないのか。現代にあっても、簡単なことを難しく考えて躊躇う人間もいれば、何も考えないで行動が先立ち、失敗ばかりする人間もいる。どちらかというと深刻なのは前者で、後者は失敗が多くとも意外に明るい。結婚を難しく考えたら踏み切れないが、キルケゴールはそういう男だったようだ。

    キルケゴールは支配的で一筋縄ではいかない父親から、「憂鬱」な世界に育てられた。彼の著作は、「重い心」で溢れており、レギーネとの婚約破棄も研究者からすれば、父親から植えこまれた「重い心」だろうと言われている。親の存在が子に影響するのは昔も今も変わらない。子に引き継がれるのは、主に本能習性のみという動物に比して、人間には「性格」という複雑さがある。

    もちろん、犬や猫にも個体別的性格の違いはあろうが、親からの影響というほど親子が密着することはない。むしろ飼い主である人間がペットの性格を作る要因になるのではないかと愚考するが、どうなのだろう。最も犬の個別性格を別の犬が判断するというより、人間が判断するものである。犬は犬の、猫は猫の何を判断しているのだろう?臭いだけ、ではあるまい。

    以下は婚約破棄当時のキルケゴールの日記。「もし私が自分の内部を打ち明けなければならなかったとするなら、私は彼女にまことに恐ろしいいくつかのことを明かさねばならなかっただろう」。「恐ろしいこと」とは何か?日記にしたためられた記述によると、酩酊の勢いにまかせて女と関係をもった。もしや自分の子どもが宿され、父親になっているのでは?とある。

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    このような不安が結婚に踏み切れないという、当時の時代背景並びにキルケゴールの真面目さに現代人は驚く。あのころ、「やり逃げ」という言葉がなかったわけではない。ドンファンがいい例だし、いちいち避妊などしない場合も多く、相手が支配階級の同じ貴族の娘なら面倒なことになりかねないし、だったら下女などを性欲の対象とした方がよいと、そんな時代である。

    また、キリスト教の戒律は厳しく、結婚していない女性が処女を失うことを禁じており、結婚前に処女を失ったら、「悪魔と結婚した魔女」として魔女狩りの対象になったりもした。ましてや私生児は「悪魔の子」と呼ばれた。貴族とはいえ、貴族社会で好き勝手に遊べないし、まあ、中世の女性の適齢期は12歳から15歳くらいで、遊びを覚える前にさっさと結婚させられる。

    そのためか未婚の女性はみだらな遊びもできなかったが、代わりというか既婚者は自由し放題。結婚したら女は自由となり、あちこちで遊んでも夫が怒らない限り大丈夫というより、結婚後は浮名を流すのは名誉の一つといわれ、昨今以上に不倫当たり前の時代であった。戦争に行く時は、奥さんに鉄のパンツをはかせて鍵をかけ、その鍵をもって戦争に向かったという。

    むしろキリスト教的戒律のない日本の方が乱れていた。戦国時代に来日した宣教師ルイスフロイスは、手紙の中で日本の女性の貞操観念のなさを、「日本の男性はとてもおおらかで寛容だ」と、驚きつつも皮肉を交えて書いている。江戸期の安定時代には、間男(夫のある女性が他の男と関係を持つ。あるいはその男)に対する制裁が増し、不倫妻は切り捨て容認となる。

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    妊娠を目的としない生殖外の性行為をする人間は、早くも紀元前3000年ころには動物(ヤギ、ブタ)の盲腸、膀胱をコンドームとして使用した。ただし純目的は、避妊具や性病予防具としてでなく、熱帯病や昆虫の咬刺から陰茎を守る保護具や、セックス時の小道具、あるいは身分・地位のしるしとして用いられていた。女性の避妊具は紀元前200年頃のペッサリーが出土している。

    ペッサリーとは子宮の入り口部分で子宮を塞ぐ避妊具で、青銅製でできている。ゴム製のコンドームは1844年、米国のグッドイヤーや英国のバンコックがゴム技術を発達させたことで、現在のゴム製コンドームの原型が出来た。この頃江戸時代であった日本では、性具として鼈甲や水牛の角、革製の甲型などが使用されていたというから、まあ、女性も大変であったろう。

    哲学者に独身が多いのは、真面目で硬い性格が災いしてか、女を口説く能力がなかったのではと勘繰る。今でもそういう男はモテないし、女は自分を自然に堕としてくれる男を好むところがある。だから、チャラい優男(やさおとこ)の方が断然モテる。「色男」というのは男前のことではなく、その語源は、歌舞伎で男女の濡れ場を演じる「濡事師(ぬれごとし)」のこと。

    色白の美男子に見せるため、顔を白く塗っていたことから、「濡事師」は「色男」と呼ばれるようにもなり、やがて美男子を意味するようになった。あまり使わないが現在では色男=イケメンを言う。俗に「女嫌い」という男がいる。男が男を「あの男は女嫌いのようだ」というより、女が「あのひとは女嫌いみたい」との言い方をよく聞く。男が言わないのは「嘘」だと思うからか。

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    女は自分をちやほやしてくれない男を即座に「女嫌い」と判断するナルシシズム傾向がある。自分に魅力がないのではなく、単に「女嫌い」とした方が傷つかないのだろう。まさか哲学者の権化とされるソクラテスの妻が稀代の悪妻であったことが影響してるとは思わぬが、女嫌いの代表といえばショーペンハウエルである。彼には「女について」の以下の記述がある。

    「女性の狡猾さは本能的といってもよく、その嘘つきの傾向を全然なくしてしまうことは出来ない。けだし、自然は獅子に爪と歯とを、象には長い牙を、猪には短い牙を、牛には角を、烏賊には水を濁らす墨汁を与えたように、女性にたいしては、自己防衛のために「いつわる力」を与えて、武装させたのだ」。「なるほど」。自分の経験則でいっても女の嘘は我が身を守るためだ。

    さらには、「男性には体力ならびに理性として与えた力のすべてに匹敵するものを、女性には、このような天賦の形で授けたのである。それゆえ、女性は生まれつき偽るものであり、従って、賢女だろうが愚婦だろうが、偽ることにかけては同じように巧みなのだ」。などと、そこまで思索でき、言い切るショーペンハウエルであれ、女の嘘を許容する度量がなかったのよ。

    確かに嘘をつかれるのは嫌なものだが、「嫌だ、嫌じゃない」という感情的なものを超えて、その嘘が自分にどの程度の実害を及ぼすか否か、そう考える方が、女と一緒にいる上で現実的だ。「あれは嫌い」、「これは嫌い」は子どもの論理で、「実害なきは許す」くらいの方が人間的に大きい。ただし、嘘の多い女は信頼できないので、約束をしたりは自然と遠ざかる。

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    あげく、「なんで私の言うことを信じてくれないの?」というバカならうんざりだが、「この人は私の言うことは信じなくなったんだね」と自省し、改悛していくようでなければダメだろう。嘘をつくことの利益はその場、その場であるけれども、失うものもあるんだというのを実感しなければ女の嘘は直らない。自分で考え、自分で判断し、自分で改めるのが救いの道だ。

    だから、男は女の嘘を逐一責めない方がいい。相手が主体的に分かるまでゴチャゴチャ言わないのが男の男らしさである。子どもに対しても同じスタンスをとる男は多い。妻から、「あなたも少しは何か言ってよ!」とけしかけれれても、言ってどうなるものでもないというのを男は分かっている。男は言葉と言葉というその場の関係より、心と心という信頼を重視する。

    言葉はむしろ心を隠すためのものであって、心と心がつながっていれば、言葉は「代用の具」でしかない。女は「好きといって」、「愛してるといって」と言葉をねだるが、男は言葉を重視しない。「男の一言」もそうであり、「一回言えば済むこと」。だから何度も同じことを言わせるなという言い方を男はする。「一つ」を大事にする。そういうものが希少で価値が高い。

    こういう心を理解する女が傍にいると、男はますます男らしく、ガミガミ、ゴチャゴチャいう女が傍にいると、男はますます女性化する。一家に女性は一人で十分。寡黙な父と多弁な母がいるから、家庭はそれなりにバランスが取れている。子どもは双方の思いを理解して育っていけばいいし、目先の心配をする母も、じっと黙って信頼を寄せる父も子を思う親である。

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    哲学とは、哲学者の思索や思考のみならず、生きることで起こるすべての事象。個々の人生観や世界観、何かの問題に対する是か非かの答え、何が正しい、正しくない、というような、正解があるようでないような複雑な人間関係や恋愛や子育てに類するすべてのこと。例えば、「得ようとして求めた愛はいい、求めずして与えられた愛はさらにいい」なども哲学的思考だ。

    考えるのは面白い。なぜなら事象は複雑であり、正しいことは直感的に判断できることも多いが、思考は直感の裏付けと考えた方がいい。囲碁や将棋の指し手も多くの場合、も直感が正しいとされるがそれを丹念に精読して指し手を決める。ある局面で同じ指し手であれ、読みの裏付けのある手が高段者、そうでないのが初心者と区別されるが、その意義は責任感であろう。

    自分には5人の孫がいるが、中3の孫以外はあまり交流がない。ただ「いる」という程度でしかない。中3の大志は、バスケ部のキャプテンとして部員に信頼されているようだが、彼がキャプテンに推された中2の時、「キャプテンの意義」をこう伝えた。「キャプテンにはいろいろな役割があるが、ここぞというときに皆の信頼に応えられるのがキャプテンだからな」。

    M・ジョーダンや本年4月16日に惜しまれて引退した・ブライアントは、さすがのスーパースターだった。当初は強豪校に100点ゲームという惨めなチームだったが、彼もうまくなったし、皆もうまくなったし、チームとしての卒のないプレーができるようになった。先週は区大会で優勝できるほどに上達したが、なによりこの2年間は、観覧者として楽しませてもらった。

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    彼の頭の中には寝ても覚めてもバスケのことしかないようだ。社会情勢や国家のことなども少しは考えて欲しい気もするが、押し付けるものでもないし、バスケ少年は恋愛にさえ興味が見られない。14歳の彼に読ませようと買ってある、『14歳からの哲学』という本もまだ渡せないでいるし、タイミングを計ってはいるが、おそらくこのまま渡せないのではないかという気さえする。

    常々思うことだが、本というのは自らの意志で読みたいと思わなければ、どんなに優れた本も、「猫に小判」でしかない。目次に目を通してみても、自分が14歳だった時にはまったく読む気がしなかったろう、そんな内容だ。あの当時は、松本清張や江戸川乱歩の推理小説にはまっていた。『14歳からの哲学』の著者池田晶子は、2007年に46歳で死去した哲学者である。


    美人でもあった。だから美人薄明だったのか。美人は需要が多くて、「パンツ履くめ~」などと若いころには言った。今はそんなギャグなど笑い者もいない。本のあとがきには、「14歳の人へ」と、「14歳以上のひとへ」と、二つが収められている。「自分とは誰か」、「死とはなにか」、「存在とはなにか」など、「あたりまえ」のことを考える書物であるがゆえに内容は難解だ。

    「14歳」にも、「14歳以上」にも難しい。自ら率先して読もうとせねば哲学はとん挫する。例えば次の文。「純粋な有は純粋な抽象、したがって絶対的に否定的なものであり、これは同様に直接的にとれば無である。無はこのように直接的なもの、自分自身に等しいものであり、逆にまた有と同じものである。従って有ならびに無の真理は両者の統一で、この統一を生成という」。

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    こんな文章は、余程の向学心と忍耐力がない限り、続けて読もうなど思わないだろう。上はヘーゲルの記述であるが、ヘーゲルはニーチェ以上に難しい。ニーチェはアフォリズムの集合であるからまだしも、西洋の歴代哲学者のなかで、もっとも難解なのはヘーゲルであろう。ヘーゲルを、"屁~出る"といったように、頭を抱え込むほどに理解できない哲学者である。

    したがってヘーゲルを書くのは躊躇われるが、難しいことを避ければいい。さて、大哲学者で独身が多い中、唯一ヘーゲルは妻を娶ったが、これは哲学者にして大変に珍しいことだ。独身を通したイギリスの哲学者ベーコンは、「最良の仕事、社会に対して最大の価値のある仕事は、 結婚をしなかったり、あるいは子供を持たない人たちから生まれている」と言っている。

    ベーコンは1561年生まれ、ヘーゲルは1770年生まれだから、当然にしてヘーゲルはベーコンの言葉を知っている。気にもしなかったろうが、確かに独身でいるのは、家庭を守ることにとらわれず、好きな生き方ができるのができるという利点はある。ニュートン、プラトン、スタンダール、ボードレール、ムンクらも独身で、オタク的に一つのことに没頭できるのかも知れない。

    ベーコンの決めつけ言葉とは裏腹に、ヘーゲルは結婚しても立派な仕事ができることを証明して見せた哲学者である。1831年に61歳で死去したヘーゲルだが、21歳も年下の貴族の名門令嬢(名はマリー)と結婚したのは41歳のときであった。これは晩婚といっていい。当時ヘーゲルはギムナジウム(高校)の校長をしていたが、二人は表面上は熱烈なる恋愛だったといわれている。

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    20歳も年下の少女に40男がどう近づき、どう口説いたのであろうか?ヘーゲルはこんな手紙を書いている。「私に対するあなたの愛だとか、あなたに対する私の愛だとか、そういう風に分けて言うことは、区別を持ち込むことになって、私たちの愛を分断することになります。愛は私たちの愛でしかありません。区別することはよして、この一体性をかたく守りましょう」。

    二人の年齢差は障害でなく、愛は愛であり、二人にとって1+1=2ではなく、答えは「1」だと言っている。結婚してほどなく、ヘーゲルは友人にこう書き送っている。「これで私は地上の目的を達成した。仕事と愛する妻を手に入れれば、この世ではすべて片がついたことになる」。これはもうのろけというのか、若い妻を手に入れてよほど嬉しかったのだろう。

    年齢差は問題なく、ヘーゲルは幸せに浸っていた。結婚した彼がまず始めたのは家計簿をつけることだった。当時ヨーロッパで一家の主人が家計簿をつけるのは普通だったのか、特異なことだったのかは不明である。死ぬまで毎日記入し続けた家計簿はこんにち現存しており、定期的に宝くじを購入しているのも興味深い。結婚とは何か?「性行為の社会的認知である」。

    昔はこのように言う者が多かった。「ただでやれる相手を所有」などという者もいたが、女遊びの多かった自分にとって、結婚の目的は社会的な承認を得ることだった。言っておくが性行為に社会認知ではない。結婚することで箔がつく、一人前と認められる、それと自分の子どもの顔が見たいというのもあった。自分の子がどういう顔をしているのかという興味は強かった。

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    したがって、相手は不細工では困る。そこの点を強く重視したのは間違いない。恋愛と結婚は別であり、結婚は日々の日常である。したがって、特段強い愛がなくても結婚はやれるという考えにあった。哲学者で結婚したヘーゲルも、どうやら、「結婚」を、自己の野望を実現するものであったらしい。愛の欲望は対象を求めるが、結婚というのは恋愛と違って社会認知性が強い。

    好きな相手といつも一緒にいたい。好きな彼氏においしい料理をつくってあげたい。相手のすべてを知りたい。抱きしめたい。二人の子どもを宿したい。守ってやりたい。などなど、こういった愛の感情は心地いいものであるが、反面において、苦しみや絶望や嫉妬や憎悪などのの要因となる。"ゆうこりん"などと戯言時代の小倉優子が、妊娠中に夫に浮気されたという。

    おっとり口調のゆうこりんも、「ざけんじゃね~」と激怒したらしく、"ゆうこりん"などと舌ったらずで言ってる情勢ではない。今年6月に第2子の妊娠を発表した矢先の不倫報道であり、夫は肉体関係を否定しているが、身重な妻の知らぬところで、密会を繰り返すこと自体、言い訳が女々しい。しかも相手は小倉の事務所の後輩タレントというから、事実ならば「新ゲス不倫」。

    相手とされる女性は早々に事務所を解雇されているが、誤解というなら解雇はない。決して芸能界だけが不倫の巣窟ではないし、芸能界を週刊誌が嗅ぎまわるだけで、100m歩けば不倫に突き当たる時代である。結婚してすべてを知り尽くせば、知らない女に興味の矛先はいくだろうし、妻以外のパンツの中身を見てみたいのを、我慢することが不倫(浮気)の抑止ということだ。

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    「いや~、別に他の女のナニを見てみたいなどないっす!」という男ならいいが、見てみたいのは自然な思いであっても、せっかく我慢しているのに、相手女性にも罪がないわけではない。この男性は妻子があり、ましてや奥さんは妊娠中である。そんなふしだら且つ妻を侮辱するような行為は人としてすべきでないと、そういう倫理観が女にあれば防止できるが、どちらにもない。

    だからどちらにも同じように罪がある。誘う男が悪いというのは間違っている。昨日は生協の配達員が妻と浮気をしたからと、ボコボコにされたというが、夫の気持ちも分からなくはない。こんな妻は蹴とばし、追い出し、浮気相手に対して慰謝料は当然とし、勤務中であるなら生協側に損害賠償請求できるわけだし、相手を殴る蹴るに至った夫は妻を愛していたんだろうな。

    ここは哲学的にとまではいわずとも、冷静に思考し、判断する方が賢明であった。生協の配達員をつまみ食いするような妻なら、首に縄をつけておいても無意味。相手が上がり込めばいいわけだから…。妻を寝取られているというだけで夫の尊厳はなくなってしまっている。それいしてもなぜ分かったのだろうか?怪しいと感じて夫が探偵に監視させていたのか?

    映画『うなぎ』は、近所の奥さんが夫の会社宛に妻の浮気を垂れ込む手紙を出した。生協配達員なら、近所の目ざとい奥様は気づくかもしれない。真実というのは、分かった時点で傷つく者多し。浮気というのは、バレなければ真実もくそもない。「悪は露呈せずとも悪である」という、道徳法則に従う心性としての、「徳」を目指したところで、果たしてそれが人生の楽しさか?

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    世俗社会の自然の成り行きからして、まあ、高速道路のスピード違反もそうであるが、道徳の掟に忠実に従って暮らす人が幸福になるとは限らない。逆の言い方をすれば、幸福な生活を送る人が、道徳の掟に従っているとは限らない。道徳の掟に従う心性と、幸福であることがピッタリ一致した状態を、「最高善」とカントはいうが、そんなものは限りなくゼロに近い。


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  • 08/12/16--02:31: 最後の一族旅行か?
  • 『家族』という映画があった。「家族」のことを描いているが、家族は変貌し、流転する。家族が一つの形にとどまっていることはない。家族は生まれ、家族は死ぬ。よって、家族は増え家族は減る。自分が家長であるところの家族だが、子どもたちはみな独立し、もはや家の族となってない。よって家族は減ったが、それぞれ婚姻することで、姻族は増えたことになる。

    家族、親族、姻族、血族などの言葉は正しく理解されているのだろうか?とくに家族の定義は、一般的な定義とは別に自動車所有の保険の特約や、携帯電話の家族割引などあって、多岐に渡っている。「家族」とは人間社会の営みの単位であり、世界共通であるべきだが、「家族」にも、英語圏でいう「family」といった言葉にも、いくつかの意味がある。「家族」とは?

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    1. 夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団。近代家族では、夫婦とその未婚の子からなる核家族が一般的形態。

    2. 民法旧規定において、戸主以外の家の構成員。

    「家族」・「family」という言葉は、動物生態学や行動学など一般に広く用いられ、多くは厳密な定義に基づくものではなく、生物学的家族(biological family)として人間家族とは区別することが望ましい。したがって、米国の人類学者マードック(George Peter Murdock、1897年-1985年)の言う、"夫婦と同居する未婚の子どもよりなる核家族"を、家族とするのが一般的である。

    Oxford Dictionariesでは、「family」に関して、大きく分けて3つの意味を挙げている。①ふた親とその子たちで、ひとまとまり(ひとつの単位)として一緒に暮らしているものたち(血縁や結婚によって関係づけられた人々)。②共通の先祖を持つ全ての人々。③関連性のあるものごと。大辞泉では、「夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団」。

    広辞苑では、「夫婦の配偶関係や 親子・兄弟の血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団」とある。婚姻によって生じた夫婦関係、「産み、産まれる」ことによって生じた親と子という血縁関係、血縁関係(など)によって(直接、間接に)繋がっている親族関係、また養子縁組などによって出来た人間関係等を基礎とした小規模共同体も家族である。

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    さらには、企業の定義する自動車損害賠償保険の、「運転者家族限定特約」は、運転者の範囲を「家族」に限定することで保険料を抑えることができるが、この特約の、「家族」に含まれない人が運転していたときの事故については保険金が支払われない。その中では、「子ども」の扱いが微妙且つ複雑で、以下のケースのどれが、「運転者家族限定特約」における「家族」に該当する?

    ① 婚姻歴はないが、別の家で一人暮らしをしている子ども
    ② 結婚して、同じ家に住んでいる子ども
    ③ 結婚して、別の家に住んでいる子ども
    ④ 離婚して、同じ家に住んでいる子ども
    ⑤ 離婚したが、家には戻らず、別の家に住んでいる子ども

    ①②④は「運転者家族限定特約」における「家族」に該当するが、③⑤は、「家族」には該当しない。この辺りは保険加入の際に重要説明事項でなされるも、聞き洩らしや思い違いがトラブルの要因となる。補償あっての保険だが、「家族以外の人が運転する機会はあまり無い(=少しはある)」場合は、「運転者家族限定特約」は付けない方が良いということにもなる。

    上記のように、ひとくちに「家族」や、「family」と言っても、辞書や保険の説明でも同居していることを家族の要件に挙げている場合もあれば、そうでない場合(つまり、同居は要件でない場合)もある。また、「家族」の指す範囲がかなり広くて人数が数十人以上におよぶ文化圏や国がある。日本においては、「家族団欒」、「家族旅行」などの言葉も生まれた。

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    「家族団欒」を広辞苑では、「集まってなごやかに楽しむこと」と説明されているが、いうまでもなく家族で一緒に食事をしたり、談笑するなどして、なごやかに、楽しくすごすことである。「なごやかに」とあるように、喧嘩をしている場合や、険悪な状態や雰囲気では、「家族団欒」とはならない。近年は家族の一部が機能不全状態という意識が広まっているのも事実である。

    男と女が夫婦になり、子が生まれ、子が成長して結婚し、また子が生まれる。一つの家族がネズミ算式にどんどん増えていくが、役目を終えた夫婦はその生涯を終えていく。当たり前だが不思議であり、それが生あるものの宿命である。家族も独立して別の家庭を持てば、三世代そろっての家族(親族)旅行もだんだんと予定を合わせるのが難しくなる。それは仕方のないことだ。

    「子どもたちと揃って何処かに行けるのは難しくなる。行ける間に行っておかなければ…」というのが、妻の強い気持ちのようで、家族(親族)旅行の立案者はいつも妻。すっかり様相が変わった我が家族、バラバラになった子たちが、伴侶を添え、子どもを添えて一同に会するのは楽しくなければならない。なぜなら、元は寝食を共にした家族という「同士」であるからだ。

    結束力を誇る我が家においても、昨今は、それぞれが無理して休暇を取らなければならない情勢であり、よって、今回の夏の旅行が最後になるのではないかと妻の弁。さて、恒例の家族(親族)旅行は、一族旅行としてみた。孫の人数も5人となれば、当主としては、「一族」という感慨もある。小説には、「阿部一族」、「華麗なる一族」などもあり、それに倣った。

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    誰が決め、どこに行くのか、場所も行先も分からず、迎えの車に乗るだけの殿様気分の当主である。「水着は用意しておいて」との達しで、8日の9時半に迎えに来るとのことだった。海水浴でもあるらしい。実際問題、何処に行くなどは問題でない。集まって顔を見せあい、何気ないことを話したりする。やむごとなきことなど何もないし、そんなのはない方がよい。

    我がfamilyは、集まれば賭け事をする博打家族。賭け事をすることで緊張感をもたらせ、家族・親族という馴れ合いから解放されるオモシロさ。発案者は常に自分で、ボーリング大会は恒例として、宿泊先でのトランプは少し飽き気味になった感もある。それで今回は、「輪投げ」を持参した。大人8人が個々に100円を出し、一番多く輪を入れたものが総取りする。

    同点となって2人、3人でのプレイオフもあったりする。一回につき700円の収入となり、家族・肉親といえど、真剣になるところがいい。お金を賭けるから真剣になるのではなく、我が家族は何事も真剣になる性質であり、それら一切はプロセスを楽しむためで、収入も損益も単に結果に過ぎない。たかが、「輪投げ」だが、されど「輪投げ」、それぞれが真剣にやるから楽しい。

    もし、中に一人でも不真面目な奴、やる気のない奴がいると、シラけてしまうだろう。高校野球ではないが、一生懸命さは人間の純粋さであり、物事に一生懸命になれない人間は、それなりの見方をすれば憐れ也。親が一生懸命にやる姿勢を、幼少時期から見せておくのがいい。地域の奉仕作業など、文句ばかりで積極的でない親の背中を子どもはちゃんと見ている。

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    そういった一切のものが子が育つ環境である。さて、一族旅行の最初の目的地は、「島根県立しまね海洋館 AQUAS」。ここのシロイルカのメス、「アーリャ」が、空気を吐き出して作る泡の輪、「バブルリング」を、一人遊びで勝手に作るようになった。その遊びをトレーナーがパフォーマンスとして、いつでも披露できるようにしたところ、爆発的人気となった。お目当てはこれである。

    昨年の日本食研「宮殿工場」もそうだったが、島根にこんなところがあって、こんなイルカがいるのを知らなかった。海洋館を出て向かった先は、大田市温泉津町の宿泊地「輝雲荘」。温泉津町は、「ゆのつまち」と読み、温泉のある港の意味だが、難読地名とされている。、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の石見銀山は、2007年世界遺産に登録された。

    高品質で信用度も高いことで世界に知られた石見銀山をはじめとする日本の銀は、16世紀半ばから17世紀前半の全盛期には、世界の産銀量の約3分の1 を占めたといわれている。その銀を世界各国に積み出したのが温泉津港で、温泉津町に2泊し、翌日は出雲大社に向かう。初めての出雲大社詣。縁結びの神様として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)を祀る出雲大社。

    現在60年ぶりとなる、「平成の大遷宮」が行われているが、その意味には諸説あり、①木造建築の建物を維持していくため、②社殿の建築など様々な技術を継承していくため、③神社は清浄であることが必要で遷宮を行う(神の力がリフレッシュ)などと言われている。以前、友人が「あんな凄いものはどこにもない。奈良や京都にもない。一回は見ておくべし」といっていた。

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    「芸術は爆発だ!」の岡本太郎は、初めて大社を訪れた時の印象をこう表現した。「真前から、真後から、ぐるぐる周囲を廻ってみると、簡潔な部分々々と、壮大な全体の重さ、その均衡が素晴らしい。日本の過去の建築物で、これほど私をひきつけるものはなかった。この野蛮な迫力。―—恐らく日本建築美の最高の表現だろう」。「野蛮」はさておき、「凄みと迫力」には同意。

    出雲大社の大遷宮は、伊勢神宮と違って、「建て替え」にあらず。あくまで、「修造」である。部材を一つ一つバラし、慎重に検討して再利用可能なものは釘一本ですら再使用するという壮大なリサイクル事業。リサイクルばやりのこんにちだからそうするというのではなく、出雲大社は昔からそうしてきた。現在の本殿は、1744年に造営されたもので、以後3回修造された。

    1809年、1881年、1953年の大修造の際も、再使用できるものは何度も利用した。今回の修造の最大の特徴は、すべてのプロセスを一般公開の形で公衆の眼にさらしながら行ったこと。修造期間中、祭神オオクニヌシは、本殿の隣に作られた、「御仮殿」に移動し、修造が終わる2013年5月までそこにとどまった。その間、空っぽになった本殿を、「特別昇殿拝観」として40日間公開した。

    それを見ようと25万人が押し掛け、5時間待ちの行列ができた。神の御所も情報公開時代に合わせて進化したということか。と、思いきや、遷宮の総事業費80億円のうち、修造費用の30億円は、国から6割5分の補助が出、県や市からも相当の補助が出るが、大社の自己負担金も相当である。大社は早くから、「御遷宮奉賛会」を作って資金集めをしたが、「昇殿拝観」もその一環である。

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    出雲大社を後に、浜田の石見海浜公園にて海水浴。ここ数日間の炎天下、日焼けした背中がイタイ。2時間滞在して一路広島に戻り、「一族対抗ボーリング大会」開催後、夕食をとって解散。長女の孫も来年は高校ということで忙しさも増すという。結束力を誇るわれら家族も、長男夫婦も休みを取るのも難しいとやらで、よって、「今年で最後になるかも…」と、妻は言う。


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    イメージ 1毎日毎日、犯罪が繰り返されている。世界の各国で、昨日も犯罪、今日も犯罪、明日も同じように犯罪は繰り返されるだろう。軽微な犯罪から重大な犯罪、個人の犯罪から国家ぐるみの犯罪、人のいるところに犯罪のない場所はない。イエスは天上に犯罪はないとした。釈迦の仏教にも、「浄土」という言葉がある。嘘か真か、「ある」というものを、「ない」と覆す明確な根拠がない以上、否定はできない。

    「なぜ犯罪者になるのか?」というより、「(人は)なぜ罪を犯すのか?」というべきかもしれない。人が罪を犯せば自然と犯罪者であるし、すき好んで犯罪者になるというより、必然的の問題だ。「すべての犯罪は人間が孤独でいられないというところから起こる」といい、E・H・フロムも、「人間のもっとも根源にあるものは、孤独を避けたいという欲求である」とした。

    広大な砂漠を延々と一人で歩き続けるという孤独感を想像してみる。その砂漠にいる人間にとって、何の関わりあいのない人間であれ、人がいることを望むであろう。たとえ自分の心がその人たちの心につながっていないにしろ、その人たちの中に受け入れられたいと思うのではないか。どんなに気疲れしても、ただ一人生き残るよりも、仲間のいることを望む。

    人間は本質的に受け入れられないとしても、表面上だけでもいい、社会に受け入れられることを望む。それほど人間は孤独に耐えられない。心理学者は人間の多くの欲求リストを作ったが、その中の一つに「人間の人格性の要求」というリストがあり、次の項目がある。「集団に属していたい」、「人から認められたい」である。この二つは決して別のものではない。

    いづれも孤独になることを「本質的」に、あるいは「表面的」にだけでも、逃れたいという要求である。人間にとって、すべてから分離されるほど怖くて不安なものはない。一切から分離された人間が、孤独の不安から逃れるために、たとえ表面的であれ他人に受け入れられようとする現代人。人生の儚さを感じながら、絶望に陥ることを避けようと、表面を繕う現代人。

    精神分裂病の初期症状は、他人とともに生きる欲求を次第になくすることだと言われている。「鬱」という症状もそうではないか。「愛と憎しみ」は人間が生きる上での共生であり、後天的な必要性である。愛情も憎悪も共生の必要によって引き起こされた欲求にほかならないなら、誰が誰を愛そうと、その愛に罪はないし、誰が誰を憎もうとて、その憎悪に罪はない。

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    「共生」の欲求は後天的なものもあれば、遺伝的・本能的なものも研究的に認められている。ハチの群れ、渡り鳥の群れ、イワシの大群など、多くの動物が「種」に共通の遺伝的・社会的行動をおこなっている。人間も群れる動物である。よって、孤独を避けるためには規範や道徳に対して同調的な態度を示す。規範や道徳に反する行為をした場合には、必ずといって言い訳がつく。

    「人のものを盗む」というのは犯罪である。が、人がそれをするとき、必ず正当化する何かの言い訳を自身に課している。それは現代社会の誤りであったり、現在の自身の境遇であったり、生まれ持った環境であったり…。自分は本質的には皆と考えは一致しているが、社会規範や道徳違反は相手から許されるべく範囲内の反乱なのだと…。相手に理解してもらおうとする。

    人間は独善的になりやすい。よって、カントのいうように、「人間は教育しうる唯一の動物」であるし、フロイトのいうように、「人間は自らが考えるほど道徳的でない」。よって、問題はそうした自己を解放しながら、なおかつ許される新しい社会を作ること。50年、100年前と社会はまるで変ってしまった。みんなが電話やゲーム機を持ち歩いて余暇を楽しんでいる。

    これが人間のつくる新しい社会的価値なのだろう。すべての物は、人間が孤独でいられない、孤独を忌避するために編み出されたツールである。長々書いたが、これが犯罪と孤独の関係だ。犯罪とは、「罪を犯す」こと。「罪」とは何か?と言われても単純すぎて即答できなかったりする。あげく、「罪は罪だ」とありきたりをいう。たしかに、罪は罪で、それ以外のなにものでない。

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    「法や道徳などの社会規範に反する行為」と答えたいが、ブリタニカ国際大百科事典には、「人間が自己の存在の場の秩序やその緊張関係を破ること。法や道徳に対する違反行為も罪と呼ばれるが、罪とは本来的に宗教的観念であり、たとえば孔子、ソクラテスあるいはモーセの教えも単なる人間生存の規範ではなく、常に天や神との緊張関係において成立している」とある。

    「ほへ~?」誰がこんな難しいことを考えるのだろうか?誰かが考えるから辞典に記されているのだろうし、記されているからには正しいだろうし、「罪」についてここまで述べるはさすが辞典である。 深い部分を要約すると、「宗教観念でありながら賢者や哲学者の教えは、人間生存の規範というより天と神との緊張関係にある」だと?「天」とは何だ、「神」とは…?

    「天」とは天道のことだろ。子どもの頃によく言われた。「悪い事をしたら御天道(おてんと)様のバチがあたる」に、ビビッた子ども時代である。「バチ」とは「罰」。ネットに「『悪いことしたらバチが当たる』を信じるかどうか」の設問で、信じる60%、信じない40%とあるが、10人に聞いたのか100人なのか1000人か、サンプル数の無い適当な数字だが、まあいい。

    話を勧めるために妥当としよう。信じない人は、「根拠がない」という答えで簡単明瞭だが、信じる人は、「どういう根拠」をより所にしてなのか?おそらく根拠があるのだろうが、「漠然」というのも信じる人にとっては根拠となる。無神論者の自分にとって、こういうものは勿論、「神」や、「あの世」、「幽霊」や、「生まれ変わり」などと同等の根拠なきものである。

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    しかし、宗教的根拠も立派な根拠であるから、別段否定はしない。有神論者を批判しないかわりに、無神論者を認めればいい。まあどちらも、「認めてくれなくても別に構わない」というスタンスも結構だ。無益な言い争いやケンカをしないで、共存すればいいのよ。ただ、無神論者は神がいて困ることもない、いなくて困ることもないが、有神論者はいないと困るであろう。

    都合の悪い事もでてくるようだが、無神論者にはその手の都合は一切無い。むしろ居てくれたほうが聞きたい疑問はイッパイある。昔、こんな事を言っていた。「神がいるなら、NHKテレビに出てインタビューに答えてくれんかな?『明日夜8:00から神が出演!インタビューに答える』と宣伝すれば超絶視聴率だろ?」に宗教者は、「何をバカげたことを…」と呆れてた。

    「神は幽体だから、姿かたちは見えないし、テレビなんかに出るわけがない」というので、「残念だな、そうすると信じる人は倍増どころか、100%神を信じる事になるけどな」、「そうまで無理に信じなくていいよ」という。「いやいや、信じたいんだよ本当は?信じたいから疑ってるんで、だから根拠が欲しいだけ」。さて、バチの当たるを信じる人の根拠は以下のようだ。

    ・自分に後悔が残ると思うから、それ自体もうバチが当たっている(22歳・大学生)

    ・悪いことをすればするほどバレる確率は高まるし、悪事は人の敵意を集めやすい。当然、生きているだけで災厄は降りかかるが、悪いことをするとその確率が跳ね上がる(22歳・大学院生)

    ・神罰かはわかりませんが、因果応報はあるような気がする(23歳・大学院生)

    ・そう思うと悪いことができないから昔の人の知恵だと思う(32歳・会社員)

    ついでに、悪い事をしてもバチなんか当たらないと信じる理由として…

    ・ずる賢い人間の方が世の中うまく渡っていけるから(23歳・事務職)

    ・人生はその人の運で、元々決まってると思う(29歳・専業主婦)

    ・関連性がなく、そう思うのは後付け(36歳・自営業)

    ・「悪いこと」の定義は人それぞれで、自然はそんなことかまっちゃいない(51歳・ライター)

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    など、肯定派よりも否定派の意見がオモシロイ。「人生が元々決まっている」という否定派は考え方として肯定派に移動すべきかと。「すべては後付け」は同感。「悪に自然はかまっちゃいない」というからには、バチは自然が与えるものとの考えのようだ。御天道様とは神ではなく、「天地をつかさどり、すべてを見通す超自然の存在」のことだ。神と同様に悪を監視する。

    いや、監視しなくとも悪に対する罰は自然摂理に行われる。ということなら、悪の定義には司法的な役割も果たさなくてはならない。「自然はそんなことかまっちゃいない」という考え方は否定派ならではあり、肯定派になると「自然はそんなことにかまうものである」となる。一つの命題に相反する二つの考えが存在するところがいい加減(?)でオモシロイ。


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    卓球女子日本が銅メダルを取った。にしても、卓球は観る側も緊張して力が入るし、気づいたら拳を握っていたり…。狭い卓の上でスピード感溢れる応酬がそうさせる。強いから勝ったのか、勝ったから強いのか、という設問を自らに課す。自分は後者の、「勝ったから強い」とする。理由は、「強いから勝つとは限らない」し、だから勝ったものが強かったとなる。

    が、さらなる思考をするに、「勝ったから強い」も正しくない。なぜなら、強いものも負けるし、勝ったから強いとも言えない。終わってみればそこに勝者と敗者がいたというのが、純然たる事実。強い・弱いを定義するランキングはあるが、あったところで勝敗に反映されるとは限らない。勝敗には運など、様々な要素があり、強い・弱いより、「勝者と敗者がいた」。

    オリンピック中継は観る。観て結果に一喜一憂する自分もナショナリズムを背負っている。世界的競技はどうしてもそのようになる。国家の威信をかけて戦う者と、国家の威信をかけて送り出す側と、その「威信」が犯罪の温床になっているのは嘆かわしい。オリンピックやワールドカップが、ナショナリズム高揚になってもいいが、犯罪とは無縁の純粋なナショナリズムを望みたい。

    宗教もまたナショナリズムの道具。それぞれの宗教が、「我こそ真理」とするのが無神論者には滑稽である。無神論者の視点とはそういうもの。たくさんの宗教がある以上、それぞれの人間の心に、それぞれの神が居るということだ。信者にとって、信仰対象としての神は居なければ困るし、その神を信じることで救われる。自分も子どもの頃、御天道様はバチを当てると思っていた。

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    親は何かにつけ、「それみたことか!御天道様のバチが当たった」と子どもの不幸を神様のせいにしたりと、躾けにさんざん神様を利用した。自分はある日、神社の本殿前の階段に小便をひっかけ、バチがあたるかどうかを試したことがあった。数日間、恐々とバチがあたるかじっと待ったが、「これ」というバチは何にも当たらなかった。それで神様はいないと実感した。

    いろいろ悪い事もしたが、その都度これと言ったバチは当たらなかった。期待しているのにバチが来ないというのも変である。悪さに対してバチを当てないのは、神様の威厳にかかわろう。御天道様が自分だけに寛大である理由もないし、津波や震災や不慮の事故で不幸になる人はバチが当たったということでもない。小学生にして自分は御天道様の不存在を確信したのだった。

    天道にあっては何ら天道たる作為はなく、すべての出来事は無作為に発生する。これを自然の摂理、自然の出来事と言って何の問題があろうか。「天道是か非か」という有名な言葉は、『史記』の一文。伯夷・淑斉のあわれな死に様から生まれたもの。悪辣な暴君だった殷の紂王(ちゅうおう)を武力で倒した周の武王に対し、非道だから止めるよう意見した伯夷・淑斉兄弟。

    周の支配に対し、「我々は周の食糧は口にしない」として、首陽山で蕨を取って食べ、栄養失調で死ぬという話。この兄弟には何ら落ち度はないはずだった。なぜに天は彼ら善人を見放すのか…司馬遷には理解できなかったのだ。「天道是か非か」は、司馬遷の慟哭から生まれた言葉である。老子も79章で、「天道は親なし、常に善人に与す」という言葉を置いている。

    イメージ 3「天は全ての人に公平で、贔屓ということをしない。そして善人の行いというものを必ず見ているので、安心して徳を積めば良い」との意味だが、「天の摂理などない!」とした司馬遷に比べると老子の楽観さが際立つ。司馬遷は、漢の将軍・李陵が匈奴に囚われの身になったとき、漢の武帝の御前会議で諸官が李陵を責めるなか、唯一李陵の弁護を行った事で知られている。

    それに激怒した武帝は司馬遷に宮刑を言い渡す。斯くも屈辱刑にあいながら、父・司馬談から委嘱された歴史書の編纂という大事業を前に、恥を忍んで生き延びた司馬遷の「天道是か非か」の言葉は、司馬遷自身の運命に深く関わっている。正義や善が天から見離される以上、是非もない。織田信長は本能寺において、「是非に及ばず」との言葉を残したと伝えられている。

    が、この言葉は歴史学者頼山陽の創作である。この場合の「是非」と「天道」は無関係。信長は「是(よしとする)、非(あらざることとする)に及ばず(そこまでする必要がない)」とした。要約すると、「今この場で善悪良否の判断する必要もない」と腹をくくった。和睦も無用、惟任(明智)への非難も無用、攻めて来た以上はともあれ、武将として戦うのみという心情を映す言葉。

    家来の裏切りに、怒るでなく、悔しがるでなく、うろたえるでなく、いつでも死に臨む覚悟が戦国武将の生き様である。奇しくもわれわれ後人が信長に代わって、「下天は夢であったか」などと悔しがっている。津本陽氏の、『下天は夢か』を読んだのは30年前、あれで自分の信長観が変わった。強いカリスマ性の信長のイメージを、世俗的、人間的にとらえていた。

    富や名誉や地位を失うことは人間には簡単だが、命を失うことを恐れないあの時代の武将たち。何が怖いといえば命を恐れぬ人たちであろう。ヤクザが怖いのは、彼らが命を恐れないからである。信長もそうだが、道半ばで斃れた人の残念さはいかばかりか。今まで作り上げてきた自分の統一性が、夢もろとも壊れるのは耐えがたき事。おそらく信長は自身の油断を責めたろう。

    あの場に及んで、自分と世界の構造を理解した信長は、自分に向かって押し寄せる森に対し、何の覆いもなく自らに直接触れてくる森の大群に運命を悟った。寡勢の家来を従えただけの信長に思いあがった点はあったろう、それが油断を招いた。近年、思いあがった政治家が地位を金目当てに利用しながら、金儲けを軽蔑する発言をする。これを滑稽と言わずして何という?

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    作家が読者をバカにしているようなもの。民主主義社会の政治家は、その票を大切にすべきだが、彼らは選挙の時だけ平身低頭をやる。2期も続いた東京都知事の金をめぐる不祥事、さらには都議会議員の内情を報道で知ると、彼らは一体どのような権利があって、自分たちが都知事や都議会議員でいられると思っているのか?国民も都民も自らの幸福を追求している身である。

    国家も自治体もそうした民衆の幸福追求に対する努力に応え、何を守るべきか、どういうことをしてはならないか、という規則を制定し、順守すべきであるが、こんな小学生でも分かりそうな原則を理解できない政治家が多過ぎる。民の幸福追求に尽力しない、そんな気概もない政治家であるなら、せめて道徳は守ってもらいたい。自分たちを縛る規律を忘れて欲しくない。

    宗教家は教義を守ってこそ宗教家足り得る。縛りのきつい戒律もあるが、それが宗教である。神を信じない無神論者であれ道徳は守る。もちろん、宗教家とは隔たりのある道徳だが、自立自尊の精神で生きている。「長寿の道は『自立自尊』から」、という記事があった。「長寿であるためには、まず、好きな時に自由に行動できる身体的活動力を維持してなければならない。

    その健康づくりの基本は、正しい姿勢で歩くこと」と医師が記している。「自立」とは字の如く、「自らの力で地面に2本足で立つ」とする。さらには、物事に対して独自の判断ができ、自分を信じる「自尊」の人。「自尊」とは、自主性の尊重を意味し、既存の宗教、思想、学問に とらわれることなく、自分の耳目にて得たものを自分の智慧にて判断できる「個の完成」とする。

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    人は老いては乳児と同様、他人の手を必要とする。この世はまさに介護社会であり、当然にして高齢者の行く末と言われている。が、尊厳ある死というものは、自尊心のある生き方から生まれるのではと愚考する。つまり、「よく生きること」即ち「よく死ぬこと」。たとえ介護を要したとしても自らの足で立ちたい。本人に立ち上がる執念がなければ、介護は死に向かう道である。

    二人に一人ががんで死ぬといわれる昨今だ。それならそれでいい。芸能人をはじめ、多くの人ががんで世を去った。が、長々と何年も生きた屍ごとく、高齢者介護施設になどで命を長らえたいとは思わない。死を悟った時、渾身の力を振り絞って自らの足で立ち上がり、周囲に「ありがとう」と礼を述べて死にたいものだ。人の手はできるだけ短い期間、病との闘いに限定したい。

    あと、老人に大事なのは水である。老人の肌が飢饉の地面のようにヒビ割れ、かさつくのは細胞の水分の減少による。成人の体水分率は60%と言われている。体重60kgなら36kgが水分だが、高齢者になると40%に減少する。 したがって高齢者は、常に水分の補給が必要となる。水といってもミネラル分を多く含んだ良質な水がいい。とりわけマグネシウムの摂取が良いと言われている。

    水分は生体反応の場であり、細胞内ではマグネシウムが多く、300以上の酵素反応(ミトコンドリア内)に関与している。よって、水に溶けたマグネシウムを摂取することが最も効率のよいマグネシウム摂取法となる。単純な水道水よりもミネラルウォーターに照準がいくということ。何の基準でミネラルウォーターを選ぶかだが、水には硬水、軟水という硬度があるのは今や周知されている。

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    硬度とは、水1,000mlの中に含まれているミネラルのうち、カルシウムとマグネシウムの合計含有量を表した指標の事。WHO(世界保健機関)の基準では、硬度が120mg/L以上の水を硬水、120mg/L未満の水を軟水とする。フランス産の超硬水「エパー」は硬度1849、「エビアン」は硬度304、日本産で有名な、「日田天領水」は硬度30、長年自分が愛飲する、「六甲のおいしい水」は硬度30である。

    硬水のメリットは、①ミネラルが豊富で、ダイエット・スポーツ時のミネラル補給に適している、②妊婦さんのカルシウム補給に良い、③パスタを茹でる時やお肉の煮込み料理に適している、などが挙げられる。が、日本の水が軟水ということもあり、いきなりミネラル分が高い硬水をたくさん飲んでしまうと、人によってはお腹を崩してしまう可能性もあるので、徐々にすべきであろう。

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    軟水のメリットは、①口当たりが軽くてまろやか、②飲みやすい、③のどごしが柔らかい、④赤ちゃんの授乳に適している、⑤だしを使う和食に相性ピッタリ、⑥お茶や紅茶などの香りをより引き立ててくれる。「六甲のおいしい水」は、ミネラル含有率というより、緑茶と紅茶を水出しで飲むのに、最適であったからで、水の違いは、お茶の水出しで知ったということだ。

    犯罪とミネラルウォーターと、何の関係もないようだが、関連する事件があった。世界で最も住みにくい都市とされるバングラディッシュの首都ダッカのホテルに宿泊した日本人が、激しい腹痛・下病・発熱に襲われ、病院に運び込まれた。検査の結果は細菌性の食中毒で水が原因という。飲み水はミネラルウォーター以外飲んでいない。不思議に思いホテルに戻ると謎が解けた。

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    部屋に用意されているミネラルウォーターのボトルをよく見ると、キャップに一度開けられた痕跡があったという。恐らく、ホテルの従業員が空のボトルに水道水を詰め、正規のミネラルウォーターとすり替えていたようだ。ダッカは砒素による汚染が問題になっていたこともあったが、5つ星のホテルとはいえど従業員にとって、外国製ミネラルウォーターは高価なものだった

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  • 08/17/16--23:53: 自由と公序良俗

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    オリンピックなどの国際的な競技に国家が絡むことは避けられない事情もあるが、個人の人間性を無視してサイボーグを造ることは許されない。が、昨今の情勢はそういう傾向に向かっている。これを監視し、歯止めをかけるべく団体もあるにはあるが、問題はいかにして自制心を働かせるかであろう。選手個人も強くなりたいし、国家も威信をかける。その共依存体質が不正の温床だ。

    「国家あっての個人」なのか、「個人あっての国家」なのか。日本国憲法第十三条には以下の条文がある。「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。日本国憲法は103条からなるが、実はこの条文こそが我々国民にとって最も大事である。

    条文には、「すべて国民は個人として尊重される」と書かれている。「個人が尊重される」ではなく、「個人として」尊重されると書かれている。ここに気づくかどうかが、文の解釈として大きな違いである。たいていにおいて普通の人は、「あなたは個人ですね」と改まって言われても面食らうだろうが、「個人として尊重される」ということには、どういう意味があるのか。

    その前に、「個人」という言葉は、実は江戸時代までの日本にはなかった。これは、西洋から来た "Individual" (インディヴィジュアル)という言葉の和訳である。"love"を「御大切」と訳し、その後「愛」に変わったように、明治時代の先人達が四苦八苦して訳として作りだした言葉は多い。「個人」も完全に日本人の価値観に溶け込んでいないせいか、だから分かりにくい。

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    とはいってもヨーロッパでも、Individualという言葉の歴史はそれほど古くはない。これらは、いわゆる、「近代」という時代になって登場した価値観を反映した言葉である。したがってこの言葉の意味を深く理解しようとするなら、近代以前の社会、つまり「中世」と呼ばれる時代を勉強するのがよいが、手っ取り早く参考図書を開いて知識を得るという便利なご時世である。

    近代になるまで、日本においてもヨーロッパ諸国においても、一人一人の人間は中世的な「掟」、つまり、「身分」や、「家」や、「領地」などに、がんじがらめにされていた。好きな職業についたり、好きな人と結婚したり、好きなところに住むことなどは、様々な、「掟」(制約)もあって許されなかった。そして、この中世的な、「掟」をうち破る人間像こそが、「Individual (個人)」である。

    そこには、「自分は自分だ」、「自分が自分の人生の主人公だ」という決意が込められている。そのことを以下のように分かりやすく絵本などで表示したのだった。

     ・「あなたは、あなたであるだけで、大切な人」
     ・「あなたは、誰のものでもない」
     ・「あなたは、どこに住んでもかまわない」
     ・「あなたは、どんな仕事についてもかまわない」
     ・「あなたは、誰と結婚してもかまわない」
     ・「あなたはほかの人にめいわくをかけなければ自分で自分の生きがいを見つけて自分の人生を歩むことができる」
     ・「それが自由です」

    こんなことは今の時代なら、「そんなの当たり前」と思うだろうが、歴史的に見ると、今の時代とは事を異にするものは多い。しかるに現代社会にあっても、このような当たり前というべき価値観に反する生き方を余儀なくされている人たちはいるし、そんな個人として尊重されない社会がいかに不自由であるか、と考えてみると、憲法が「自由」を保障することの意味も分かろう。

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    13条は、それを、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を、「国政の上で最大の尊重を必要とする」と表現している。誰もが、「個人」として、自分で自分の生きがいを見つけ、自分の人生を歩むことができるような社会をつくることこそが、われわれが日本という国を作っているる最大の目標である。ただし文言には、「公共の福祉に反しない限り」という言葉がある。

    「公共の福祉」とは何ぞや?これを問われて即座に答える人は、「賢い」というより、職業的か何かで意味を理解しているであろう。一般人には即答は無理だし、辞書を引いて説明を読んでも理解は難しい。つまり、「公共の福祉」なる言葉も日本には戦前なかった。語源でなる "public welfare" に相応する言葉もなければ、基本的人権の保障すらなされていなかった時代であった。

    そんなところに適正な制約について共通の認識がなかったのは当然で、ぴったりあてはまる、「分かりやすい」日本語などあるはずもなかった。public welfareは、そのまま、「公共の福祉」と直訳されるが、これはわが憲法が認める唯一の人権制約原理である。したがって、これを広義に解するか、狭義に解するかで、人権保障のあり方そのものが根本的に左右される大問題といえる。

    明治の先人が、「love」や、「Individual」を「御大切⇒のちに愛」、「個人」と訳し、元々なかったこれらの言葉の意味を理解するまで悪戦苦闘したように、戦後のわれわれでさえ、「公共の福祉」という言葉と同時に、その中身を受け入れなければならなかった。とはいえ難しい言葉である、「公共の福祉」について、学者はどのように考えたのか、こんにち通説になっているのは…

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    「基本的人権相互の矛盾・衝突を調整する公平の原理である」と解釈する考えである。つまり、人権を制約することはあっても、それは、「個人」相互の調整のレベルにとどまる…という考えで、これは「お国のため」という価値観を排除するという共通理解がある。問答無用の「国益」とか、「そんなことをする奴は非国民だ」という軍国主義的論理は、戦後は認められなくなった。

    日本を軍国主義国家から脱却させるというアメリカの強い意図が見える。自由国家には当然にして表現の自由がある。とはいっても、他者のプライバシー権や名誉権を無視してはならない。これが、「個人相互の調整」である。ましてや戦前のように、集会や演説会を憲兵が監視したり、「戦争反対」というだけで逮捕されるようなことがあってはならない。

    それら、国家のために個人の表現の自由を規制することを憲法が許さない。「公共の福祉」とは、「公益」とか、「公の秩序」のみを押し出さない。そういう言葉は戦前からあったもので、したがって、「公共の福祉」を単に、「公益」、「公の秩序」と言い替えただけなら、その言葉に、「国家あっての個人」という戦前の考えが結びつくと、元の木阿弥に戻ってしまいかねない。

    これまで憲法学者が懸命に排除してきた、「お国のため」の論理が憲法に持ち込まれてしまいかねない。となれば、国民は、自分の人生の主人公、つまり、「個人」ではなくなってしまう。戦時中の日本に支配的だったのは、この考えであった。「非国民」という言葉、これは、「お国のために生きる」ことを拒否した個人が、人間として扱われなかったことを意味する。

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    「お国のために生きる」とは、裏を返せば、「お国のために死ぬ」ということでもある。おかしな話だ。リベラリストであった故J.F.ケネディの演説には、「自由」の文言が多かった。彼の大統領就任演説は、その格調の高さにおいて、リンカーンのゲティスバーグ演説や、F.ルーズベルトの大統領就任演説に勝るとも劣らぬものと評価されているが、その中にひときわ有名な文言がある。

    And so, my fellow Americans: ask not what your countly can do for you―ask what you can do for your countly.

    「…ゆえに、わが同胞のアメリカ国民よ、国家があなた方のために何をするかではなく、あなた方が国家のために何ができるかを問うてもらいたい。」

    ケネディの言葉は美しく、話し方も素晴らしい。が、それ以上に素晴らしかったのは内容である。これほどの言葉を掲げる日本の総理大臣がいただろうか。安倍総理が2015年4月30日未明(日本時間)、日本の総理大臣として初めて、アメリカ議会上下両院の合同会議で英語で演説した内容は素晴らしく、スタンディングオベーションで喝采をあびた。と、日本のメディアは伝えている。

    が、実は失笑の対象だったという。事実、米メディアは、ほとんど関心を示していない。ばかりか、安倍首相が英語で書かれた原稿をひたすら棒読みしただけでなく、原稿に日本語で、「顔を上げ、拍手促す」、「次を強く」などと、あんちょこが書かれていたことを笑いものにした。「ウォールストリート・ジャーナル」などが、そのあんちょこペーパーを大きく報じている。

    アメリカ人記者たちは、「まるで中学生の英語スピーチ大会だ」と笑い合っているそうだから、素直に日本語でやればよかったのだろう。国際ジャーナリストの堀田佳男氏は言う。「テレビで見ていましたが、リズムが悪すぎて意味が分かりませんでした。米議員の半分以上がスピーチを聞かずに、紙を見ていた。文節の切り方がおかしいし、リズムもない。

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    単語ひとつひとつを明確にしようということなんでしょうが、8割の議員がわからなかったでしょう。安倍首相は演説で自らの留学のエピソードも入れていましたが、ただ恥ずかしいだけです」。途中退席の議員もいたという。米議会では、スタンディングオベーションは習慣で、タイミングもあらかじめ決まっている。喜んでいるのは無知な日本のメディアと、おめでたい安倍首相だけか。

    最近言葉で気になったのは、TBS系、「サンデーモーニング」レギュラーの、「喝!」でおなじみ張本勲氏。リオ五輪、卓球男子個人戦で銅メダル獲得の水谷隼が、勝利後に派手なガッツポーズをするのを、「あんなガッツはダメだよ」と述べた。さらに、「ワンちゃん(王貞治氏)なんか、世界記録を達成した時も、決して、相手のこと思ってね、やらない。これエチケットだからね」。

    張本氏の持論はいいが、王選手の記録達成の写真は残っており、後方で飛び上がっているのはまぎれもない張本氏。己を棚に上げて何を言うのも自由で、水谷も、「戦場なので理解して欲しい」と応じたが、何か言って理解する張本氏なら、最初から理解して何も言わないハズ。張本氏はいかなることがあっても一言を変えない頑固一徹の昔人間。

    このての無益な老害は無視に限る。広いグラウンドでやる野球と、瞬発性と緊張感のある卓球を一緒にするのはミソクソの論理。勝利の瞬間の水谷が、全身で喜びを表現したのは、卓球やテニスプレイヤーにしか理解できない緊張感からの解放であろう。張本氏に黙れとは言わぬが、スポーツの先輩として後輩に換言などと気取っているが、あまりに無知な野球バカである。

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    にもかかわらず、スポーツコメンテーター気取りで、アレコレと別のジャンルに口を出す。スポーツ音痴の御仁は、野球のことだけ言っておればいいよ。さらに付け加えるなら、昔のことが基準の老人が若者の足を引っ張ってはダメだ。世に中の変遷に耳を貸し、目をくばせる。ボブ・ディランの、『時代は変わる』には、"黙れ批評家ども"の一節と、以下の一節がある。

      母たちも父たちも来たれ
     国中すべての親たちよ
     非難をするな
     理解のできない
     息子たちと娘たちは
     あなたたちの手から離れて
     あなたたちの道は急速に老いてゆき
     あたらしい道から出ていくのだ
     手をかすことがないならば
     時代は変わるのだ  


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  • 08/18/16--17:44: ヒーロー談義
  • むかしむかし、パソコンちまちま普及のころ、インターネットなる言葉がちょぼちょぼメディアに出てくる前、マイクロソフトがネット内に「フォーラム」という「場」提供していた。フォーラムとは、古代ローマ時代にあった集会用の広場が語源で、ネット創世記にパソコン通信のネットワーク内に設定された様々なジャンルのフォーラムには夜な夜な人が集まってきた。

    正式には、「フォーラムディスカッション」といい、集団討議の形式のひとつで、話題別の部屋に我こそは論客なりを自負する熱き暇人たちが、さっそう自慢の論をぶち上げていた。それぞれのフォーラムは盛況だが、お堅い議論ばかりでなく、話題フリーの「ラウンジ」という世間話専用フォーラムもあって、ここには女性も参入し、にこやかな話題で盛り上がった。

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    1993年頃だったから、かれこれ23年前になる。当時の論客たちのIDは記憶から消えない。そこで、「ヒーロー」についての所感を述べあったことがある。喧々諤々な議論というより、半分真面目、半分おフザケ風味の言い合いであって、「熱き」が高じて無様で大人気ない喧嘩同然と見まがう議論を自分は好まなかった。「喧々諤々」とは、こんにち一般用語になっている。

    元は、「喧々囂々(けんけんごうごう)」と「侃々諤々(かんかんがくがく)」という別の言葉が合わさって、「喧々諤々(けんけんがくがく)」となった。それぞれの意味は違い、喧々囂々は喧しく騒いでいる、侃々諤々は口角泡を飛ばすような激しい議論のこと。「喧」も「囂」もやかましい、騒がしいの意。「侃」は、(性格)が強い、「諤」は正しいことを遠慮なく言うの意。

    これが二つが合わさって、「大勢の人が騒々しくそれぞれ正しいと思うことを堂々と主張しているさま」の意となる。「正しい」ことをではなく、「正しいと思う」ことをであって、自分も正しいと思うなら、他人も正しいと思っているわけだから、そこには節度が必要となる。つまりは、「思う:」と「思う」のぶつかり合いだ。説得する場合もあれば、物別れに終ることもある。

    「朝まで生テレビ」が始まったころに、「どうでもいいことをそれぞれが自己主張ばかりして、何にもまとまらないクダラない番組」という奴がいた。男にも女にもいた。彼らがどういう理由であれ、観ない自由はあるし尊重はするが、観てる人間に釘を刺すようなことをいうと言い返した。「学級会じゃないしまとめる必要はないよ。それぞれベストの意見を聞けたらいい」。

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    「電波の無駄使い」みたいに言う奴もいて、「お前の好きなバラエティーは無駄ではないんか?」と反論する。人はみな自分が基準になるのは分かるが、反論されて言い返せない事はいうもんじゃない。自分の好みと他人の好みの違いは当然にあるし、他人を貶してまでの自己主張はすべきでない。ナンでもカンでも相手を押し黙らせる必要はないことに気づくことだ。

    自分も長いことそこに気づかなかったが、気づいたメリットはある。メリットととは、自分にも相手にもである。我を尊重して欲しいなら、相手を尊重するという簡単なことだが、なかなかそこが分らない。相手は間違っているとどうしても思ってしまうからだが、仮に相手が間違っていても、自分の人生には関係のないこと。遠慮しない意見は、求められていうならいい。

    それでも利害が絡み、敵と味方に区分けされるのが日本社会の特質であろう。AとBとCと3人の人間がいる。A(自分)は、BともCとも仲良くしたいが、BとCは反目し合っている。BはAにCの悪口をいい、CもまたAにBのことを悪く言う。こういう人間は70歳になっても80歳になっていてもいる。先日もこういう事があった。将棋の会所で初対面のBとCだった。

    最初にBと対局をたが、Bはこの場の主的なCについて小声でこう言った。「Cの将棋だが、あんなのは将棋じゃない。まったく考えもせずに、ポンポン指し、こっちが考えているとせかした物の言い方をする。あんな奴とはやらない」。Bが退所した後にCと対局した。なるほどポンポン指してくる。当然にしてこちらもつられてそのようになるが、自分はじっくりタイプだ。

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    が、考え方を変えてみた。「これは30秒将棋だと思えばいい。プロ同士でも直感力を磨くために10秒将棋をやっている。そう思って指せば、何かプラスになるはずだ」。指しながらCはBのことをこういった。「アイツは小さい男よ。負けたらやらないからな」。なるほど、自分を嫌ってる人間のことは分かるものかと、二人は対局どころか口も聞かない。Bは67歳、Cは70歳。

    年齢を重ねても人間は人間である。好き嫌いもあれば悪口も言う。数日後にBと会ったが誘われなかったし、自分も誘わなかった。「あの後でCと指したけど、凄いね。考えないでポンポン指してくるので、こっちもつられて…」。「将棋ってそういうもんじゃないよな。考えて手を生み出すのがオモシロイ」。「人はイロイロ、相手が自分に合わせられないなら、こっちが合わせばいい」。

    BはCについて自分の同調を得たかったのだろう。スカされて戸惑ったのか何も言わなかった。10秒将棋(早指しの効用)を知らないわけではないし、だから返答に窮したのだろうが、Bにはそういう柔軟性がなかったということだ。批判するのは簡単だが、同調するために自分なりのメリットを探るのも大人の対応だ。それが人間関係の基本だし、できないならできないまで…。

    話は前後するが、フォーラムでヒーローについて論じ合ったとき、自分の「ヒーローは架空の人物がいい。現実のヒーローに裏切られることしばしばで…」に対してEという男は真向反論した。「ヒーローは現実の人物でなきゃ意味ないね。架空というのは脚色されており、どんな風にも作ることは可能。そういうヒーローに実在感なんかを感じない」という論旨だった。

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    いろいろ話して分かったことだが、彼は実の父を心のヒーローと仰いでいるのが分かった。自分も父親は尊敬の対象であったが、ヒーローと崇めるよりも、心の拠り所であった。そこで、「ヒーロー」とは一体何か?ということになるが、双方のヒーロー観に差異があるのは感じていた。彼が父親をヒーロー視する理由を聞いたが、なぜか具体的な思いを述べるのは避けた。

    「自分も父親は心の拠り所だが、ヒーローという概念には当てはまらない。君は親父をヒーロー視するが、心の拠り所とは違うのか?」この問いに彼どう答えたか記憶にないが、彼は歯科医で、同じ医師の父親に対し、崇高なヒーロー観を抱いていたのだろう。我々はヒーローを拠り所とするが、「拠り所」というのを具体的にいえば、憧れ、願望、理想、尊敬などであろうか。

    ヒーローなどと、正確には固定されていない概念であり、人によって様々に位置づけられている。デジタル大辞泉によるヒーローとは、① 敬慕の的となる人物。英雄。② 劇・小説などの、男の主人公。③ スポーツの試合などで、特に活躍した人。なるほど、①「国民的ヒーロー」、②「歴史上のヒーロー」、③「試合終了後のヒーローインタビュー」などからして言葉の意味は頷ける。

    自分が、「ヒーローは架空人物に限る」としたのは、人間には欠点があって、したがってどんなヒーローにも欠点はある。欠点のないヒーローが成功することもないだろうから、そんなヒーローたちにわれわれが重視すべくは、彼らの欠点ではなく、彼らが何をしたかである。ヒーローに限らず他人の欠点ばかりあげつらう人間がいるが、ヒーローとて人間ならそこは目をつぶる。

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    自分が現実のヒーローを拠り所にできない大きな理由は、これまでヒーローと言われた人たちの現実が暴かれ、ヒーローの虚像に残念な思いを抱いた。昨今の情報化社会はヒーローを逐一監視しているようでもある。北里柴三郎がペスト菌を発見し、湯川秀樹が中間子理論でノーベル賞を取ったなど、随分あとに報道で知るしかなかった時代と現代ではまるで違う。

    小保方氏の「STAP細胞」だが、あれが事実であったとしたら、あのような壮大な発表セレモニーは別としても、昔のような隔離された情報が、ある日突然新聞紙面に発表される時代とは訳がちがう。現代のヒーローであるイチローとて、その偉業は毎日情報(報道)で更新されている。我々はイチローのヒーロー観を、更新される業績とともに歩み、実感していくそんな時代に生きている。

    昨日のヒーローが今日は奈落の底に落とされる…、そんな恐ろしい時代である。「壁に耳あり、障子に目あり」といったのは過去の話で、今は週刊誌が目も耳を持ち、密かに個人を駆逐する。数十年前、数百年前、呪術師、予言者などともてはやされた多くのインチキ詐欺師が暴かれることもあったが、そのためには大学教授といった権威がいったし、時間もかかった。

    今の時代は一般人がコミュニティーで寄って集ってアレコレ情報を交換し、共有する時代。だから、佐村河内も小保方もひとたまりもなかった。数十年前なら、当分の間ヒーローを名乗れただろう。松下幸之助の松下電器はパナソニックと社名変更をし、幸之助のカリスマ性は消滅した。子どものころに彼を仰いだ自分は、情報として出てくる彼の真実に、裏切られた思いであった。

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    ヒーローなんていない。所詮はずる賢い人間である。田中角栄も一時期ヒーロー宰相と言われたが、総理大臣の犯罪という汚名とともに地に落ちてしまった。麻原彰晃をヒーローと片棒担いだインテリたちもいたが、獄舎につながれた信者たちはどういう思いであろう。人間である以上、対象を見誤ることはあったとしても、それにしても麻原彰晃という人物は、あまりにも虚飾の権化である。

    角栄は近年見直されてはいるが、確かにあれほど個性的な人物は排出されていないし、今後もあのような人物が生まれる社会的土壌はもはやない。その意味で彼は時代が生んだヒーローであろう。学閥が牛耳る政界など、所詮は「無間地獄」であったが、学歴社会と言われた政界にあって、安倍総理は微妙な大学である。角栄の娘真紀子が安倍の大学をバカにしたのは解せないが…。

    スポーツにしろ、将棋にしろ、負けた者が勝った者を罵ったところで、自分が強くなる訳ではあるまい。田中真紀子が安倍の大学をいかに見下げようとも、彼女はあれまでの人間であった。学歴のない父を高学歴の娘が見習う要素はたくさんあったが、それもないままに真紀子は地に落ちた。学歴のない人間は「頑張る」。学歴のある人間は「威張る」。同じ「張る」でも大違い。


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    先月26日、ピアニストの中村紘子が亡くなった。彼女が夫の庄司薫氏とともに、大腸がんの治療に専念するとして、演奏活動の休止を事務所が伝えたの昨年8月。中村は2014年に腸閉塞の手術を受けており、その時の内視鏡検査で大腸がんが見つかり、この時点の進行度合いはステージ2だったが、手術はせず、抗がん剤治療を受けながら演奏活動を続けていたという。

    しかし、抗がん剤の副作用は大きく、体に力が入らない、暗譜が飛ぶ、楽譜通りに鍵盤を追えないなど、とてもピアノを弾ける状態ではなくなり、本年2月から演奏活動を休止していた。大腸がんの宣告を受けた時の中村は、「そんなの全然平気」と、どこか他人事のような大きな気持ちでいたといい、ただひとつ、「ピアノを弾きたい」という思いだけが頭にあったそうだ。

    アーチストが創作活動を中止するのは、病気よりも身を切られる思いがあるという。中村は手術をしなかったのはおそらくスケジュールに穴を開けたくなかったと見受けるが、抗がん剤の副作用によってできた血栓のせいで血流が妨げられ、一時は腕が飛行船のように腫れ上がったという。中村はそんな苦しみをも乗り越え、3月6日には一度ステージに戻っている。

    今回の活動全面休止と療養は、将来的にもピアノが弾けなければ意味がないとの意思で決定されたという。事務所側は当初、「8月29日から11月末まで予定されていた演奏活動を休止する」とし、その後2016年3月末まで休止期間延長を発表した。活動再開予定は、「中村紘子の体調の経過をみながら」と、実質的な復帰時期は未定であったが、帰らぬ人となった。

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    いうまでもない、彼女は日本を代表するピアニストで、1965年の第7回ショパン国際ピアノコンクールにおいて、日本人として初の4位入賞を果たす。それまでは田中希代子の10位入賞(第5回)が最高位であった。この成績は彼女にとって非常に不本意な結果であった。この時の優勝者はマルタ・アルゲリッチである。後で述べるが、彼女は18歳でジュリアード音楽院に留学する。

    そこで彼女を奈落の底に落としたのは、それまでの自分の奏法ばかりか、ピアノに関する一切を捨てるに等しい状況に遭遇し、虚脱状態になったという。ピアノにも触れることができないという精神状態が半年も続いたというから、その度合いが想像できる。彼女は日本の音楽界を牛耳っていた井口門下生であり、子どものころから井口愛子の壮絶なレッスンと幻影に怯えていた。

    中村が一人たりとも弟子を取らなかった理由が、彼女自身が体験した決して消し去れない師弟のトラウマだったともいわれている。彼女は当時を回想してこのように言う。「あの頃、怖い事では日本一いや世界一と言われた愛子先生のレッスンを週1回受けていましてネ。もう毎日が地獄でしたヨ。毎日5~6時間家で練習でしょ。(レッスンが水曜か木曜)金曜、土曜は幸せ、青空なの…。

    でも、日曜ぐらいから曇りはじめて、月曜は雨雲、火曜日はどしゃぶり、火曜の夜から発熱、レッスンの日はだいたい熱だしてました。(愛子先生の雷鳴が轟く)のは、30歳を過ぎても時々夢を見るんです」。どんな親でも親は親、どんな師であっても師匠は師匠。といった日本社会の閉鎖性が、ダメな親、ダメな師を相手を非難も批判もできかねる状況で、批判しようものなら吊し上げである。

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    中村も恩師井口愛子についての本心を打ち明けない状況は長らくあったが、是々非々という観点から後年、師についての批判を述べるようになった。それははかならずも、師から享受されたピアノ奏法が、屁にもならない無意味で徒労であったことを、留学先のジュリアード音楽院で思い知らされたことも発端となった。中村は一般人と結婚後に大きく価値観が変わったという。

    上記したように弟子はとらなかったが、自身の演奏活動もさることながら、指導者として若手の育成にその情熱を注いできたのは、NHKの「ピアノと共に」出演などでもその片鱗を見せている。それまでNHKのピアノ番組は「ピアノのおけいこ」であったが、中村はそのタイトルには不満であったようだ。生徒が教師に学ぶのではなく、共に対するというのが、彼女の教育観であった。

    外国人ピアニストが、「○○を教えた」といわず、「○○とは共に学んだ」、「良い時間を過ごした」などというが、謙虚でも謙遜でもなく、教師⇒生徒という一方通行的なレッスン形式を勉強と思わない。中村は弟子や生徒に大先生という恐怖心を払拭することを最重要視しているように見える。子どもを虐待する親は、同じ体験を持つというが、虐待されたからこそ知る苦しみを生かす親もいる。

    まさに自分はそうであった。「こんな親には絶対にならない!」という強烈な反面教師という支えがあった。また、「エレキは不良だ」、「ビートルズなんて音楽じゃない」と言った大人たちにも、「(若者の価値観を否定するような)大人には絶対にならない」と誓ったものだが、自分が親になり、大人になると、世代断絶に直面し、かつての誓いがいかに難しいかを知る。

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    それでも、あの日、あの頃を思い出して、傲慢な親、傲慢な大人の自分を見下げるのだった。自分を苦しめた大人にならないことが、最大の復讐と考えたからである。同じことをやる自分は絶対に許すことができない。それほどに己を客観視したのだった。さて、中村がジュリアード音楽院でどれほど苦しい思いをしたか、それは井口門下生として身に着けた奏法の悪癖であったという。

    一から変えさせられたというから、「自分は一体何を学んだのか?」と紘子は思ったという。そんな思いから遡った彼女の師匠批判は、「井口門下」を誇りにさえ感じている多くの門下生の自尊心を汚すことになるばかりか、「井口」という暖簾の権威を貶めることにもなるが、これはある意味会社でいうところの内部告発のようなもので、誰も言わない勇気ある発言と思われる。


    桐朋系関係者を敵に回し、自らをも否定することに何の利益があるだろうか?多くの門下生が口を閉ざすのはそこにある。中村はそうした利害より、よき指導者でありたいという崇高な思いからか、事実に蓋をしなかったのだろう。自分はそのように推測する。口を開けば火の粉を振り払わねばならなくなるのは分かり切ったこと。おそらく彼女は夫の庄司氏にも相談したであろう。

    元はいえば「井口」という暖簾を背負う彼らも被害者である。井口基成・愛子兄妹が牛耳っていた当時の日本のピアノ界は、彼らの師であるレオニード・クロイツァーというピアニストの奏法が「是」とされ、そのピアノ奏法の指南書も出版されるなど、日本のピアノ奏法黎明期における記述の習得・発展に多大に寄与した。中村がそれを「否」とすることで、間接的に師の非難となった。

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    中村は井口基成・愛子の実名をあげてはないが、名を挙げなかったということだけで、聞く者には分かること。彼女は間違いを間違いとしただけである。クラシック界という権威主義社会における伝統やオーセンティックなものが間違っていたと勇気をもって告発しただけだ。留学先で幼稚園児扱いを受けた、あまりの不甲斐なさと過酷さの中ででピアノが弾けないほどに苦悩した。

    だから言えたし、だから書けたのである。15歳でN響のソリストとしてとヨーロッパを廻り、ショパンの協奏曲を弾いた自信は辛くも消え去った。著書『ピアニストという蛮族がいる』中に、「くる日もくる日も指の形、手首の高さ、指のあげ方さげ方、などということをばかりを中心にやらされる破目になってしまった」と書いているが、悪い癖を修正するのは至難であった。

    井口兄妹の功罪は黎明期ゆえに相半ばするものであったが、いつもウィスキー片手にレッスンをし、ミスタッチをしたり、譜読みを間違ったりすると、子供の手の甲を鉛筆で刺すというのは、そんなことは当時は当たり前とはいえ、これは児童虐待である。そんなにピアノ教師は偉いのかといっても、偉かったのだし、生徒にとってレッスンは恐怖だったのは間違いない。

    ピアノを弾くということは、大変であったのは間違いない。中村紘子の少女時代をピアノの黎明期というのは、正しいようで正しくないが、黎明期にも一期、二期があるということなら、彼女よりもさらに前の黎明期に、久野久(くのひさ)というピアニストがいた。明治末期から大正期にかけて活躍したピアニストだが、ヨーロッパ留学中に謎の投身自殺を遂げた。享年38歳。

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    彼女は1917年(大正6年)、31歳の若さで東京音楽学校(現・東京藝術大学)の教授に昇格したが、1923年(大正12年)文部省の命令により、海外研究員として自費で渡欧する。表向きは栄華な留学とはいえ、給費留学でないのを見ても、東京音楽学校の人事における実質左遷であり、現役教授を移動に一か月もかかる遠地に追いやることで、久野と周辺は事情を知っていた可能性もある。

    久野については作家の宮本百合子が小説『道標』に、久野を川辺みさ子に見立てて書いている。宮本はこのように書いている。「川辺みさ子は、日本のピアニストである自分の芸術で、すくなくとも自分の弾くベートーヴェンで世界の音楽界を揺すぶってみせる、とインタヴューで語った。」久野のヨーロッパ行きを「世界の音楽界」を揺さぶる野望として宮本百合子は描いたのだった。

    だが実際の久野はそんなことは語っていないし、そんな言葉は一言たりとも残していない。問題は、そんな風に思わせる印象を久野が残していることだ。すごい意気込みを新聞記者に語っている(報知新聞 大正12年04月12日)。その頃の「留学」はエリートの道であるだけに、「望んでいたこと」と久野は語っているが、「渡欧留学」について久野久子の不思議な《冷静さ》が窺える。

    留学の目的があまりに漠然としており、以下の言葉は何とも言いようがない。「こんな状態の中から向ふへ参りましても特別の奇異の感じなんていふものが起らないとは思つてゐますが、(略)一度は行つてみたいといふ願いが叶つて、(ゐよゐよ)学校から約二年間の暇を頂いて参ることになりました」。実体としての左遷を繕って見せているように受け取れると解釈する人間もいる。


    久野は23歳にして日本女子大ピアノ科講師となり、当時日本女子大生であった宮本(旧姓中条)百合子にピアノを教え、二人は師と弟子の関係だった。1925年4月20日、オーストリアのバーデンにて久野久死す。享年39歳。自殺とあるが、遺書もなく、帰国直前にしてなぜ、という疑問もある。中村紘子は著書『ピアニストという蛮族がいる』の中で、久野の奏法について批判し、言及している。

    「彼女(久野久)は要するに、それまで最も基本的なピアノの構造自体を知らぬまま、文字通り血の滲む、しかし頓珍漢な努力を重ねてきたことになるのだ」。「世界制覇」という妄想の破綻と、奏法にもとづく芸術失望という冷笑的視点で久野の死を語る中村の著作は、学問的検証のない、いちピアニストのエッセイとして読むべきとの批判もある。素人には名著と思ったが、なるほど…


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