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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    事件も事故も数人と交じえただけで多くの人に聞いたわけではないが、中2少女のデュオ自殺、15歳の少女の母殺し、いずれもショックであろうことは聞かずともわかる。本ブログの表題は、「死ぬまで生きよう」で、自殺した13歳の2人の少女も、15歳の娘に殺された41歳の母親も、死ぬまで生きたことになるが、これは「死ぬまで生きよう」の真意に概等しない。

    13歳と15歳の少女はいずれも被害者であろう。追い詰められたネズミがネコを噛んでも、ネズミは加害者でないように。弱い立場にある加害者を被害者と見なし、正しく処遇するのが司法に委ねられている。自殺少女たちの加害者は今のところ不明だが、15歳少女の加害者は母親である。父親は仕事で不在がちだったというが、無責任の謗りは免れない。

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    当事者でないから分らない問題は確かにある。ここにも何度か書いたように、母親が子どもの躾や教育を牛耳って、父親に手出しさせない家庭もある。なぜ、そういう状況になるのかもさまざまな理由があるが、いかに仕事が忙しく不在がちといえども夫をたて、夫にいろいろ相談することは可能である。そうであれば夫も子どものことに積極的になるだろう。

    夫を子どもに関心もたせるのは妻の力量でもある。「なぜそんなに簡単に死ぬのか?」、「なぜ簡単に人を殺すのか?」の巷の声は当然だし、周囲や部外者は、「簡単」という言葉をいうが、彼女らに「簡単」という言葉が当て嵌まらないのである。30歳、50歳の「簡単」と、13、15歳の「簡単」は違うし、自分もその年代時、思慮などほとんどなかった。

    今、振り返るとバカだったとしか思えない。回想というものはそういうものだし、それでいい。昔の自分をバカと思えるなら、成長があったということだ。このような事件に遭遇するとき、ある言葉が浮かぶ。「何のために、ということが分かっていれば、どのような苦しみにも耐えられる」と、これはニーチェの言葉。彼の引用が多いのは彼の書を好んで読むからだ。

    言葉は世の中の多くのことに当て嵌められ、あらゆるところで生きている。夫の死後、3人もの幼子を抱えて懸命に生きる母親の強い生命力に脱帽させられたし、受験生やスポーツ選手の頑張りもそうであろう。42.195kmのマラソンを見ながら、彼らの苦しみは想像しても克明には伝わらないが、ゴールという目標を描いて頑張っているだろう事は理解できる。

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    ゴールがないのに走れといわれて誰が走るかと。上の言葉を補強するなら、「何のための苦しみか分らない苦しみは、もっとも耐えがたい」ものではないか。そのことを念頭に改めて考えてみる。13歳少女の自殺の要因は、人間関係に悩んだとしか発表がない。人間関係の人間が誰か特定されていない。親も兄弟も級友も知人も教師も近所のおっさんも人間だ。

    報道によれば、両少女とも家庭関係に問題はなく、学校でいじめなども確認されていないが、数枚ともいえる遺書を分析・精査しなければ分らない。「中2病」というのは、いわゆるネットスラングで、「病」とあっても治療を要する病気でも精神疾患でもない。中学2年生頃の思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄した言葉にすぎない。

    これでくくる者もいるであろうが、人間関係と記された対象によって思考も変わるので、この件については考えようがない。一方、15歳少女は母親を殺した容疑であり、今のところ本人は黙秘を続けているという。が、15歳少女を逮捕と言うからにはあらかた状況証拠は揃っているはずだ。少女は黙秘を続けているというが、母親殺しを否定はしていない。

    逮捕前の任意の事情聴取段階では、「勉強のやり方について、母親とけんかをしたことがある」などと話していた。また、すでに持っていた携帯電話を別のものに変更したいとして、母親と口論になっていたこともマスコミの捜査関係者への取材で分かった。「(友人らと自由に連絡が取れる)スマートフォンが欲しいと母親に言っているが、許してくれない」と述べていた。

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    と、いうのを見ても、少女は家族としか通話・メールができない携帯を持たされていたようで、これは非常に拘束的である。なぜ、親はそのような携帯を持たせたかは明らかで、母親とすれば防犯意識であろう。しかし、見方を変えると子どもをまったく信用していないことで、子どもから見れば信頼感を持たれていない親となる。で、そういう親を信頼できるか?

    問題はそこにある。信頼できない親、半ば敵対関係にある人間と毎日顔を突き合わせ、あげくあれこれ命令され、従わなければ発奮したり、物を投げつけられたり、「お前なんかいらない」(少女の友人の証言)などなど、ストレスを与え続けたら我慢が怒りに増幅していくのは当然であろう。それが殺人にまで行くか否かは、個々のモラルバランスの問題となる。

    自分も同じような母を持っていた。携帯のない時代だが、女性から届く手紙の類はことごとく開封され、あげく捨てられたが、「うちの親はそんなことしないよ」と言う友人が特別に思えて羨ましかった。こんな事は当たり前のことだが、されるのが当たり前の家庭環境では、されないことが特別に思えてしまう。つまり、当たり前の家庭環境ではなかった事になる。

    今に思えば「今日、○○という女から手紙が来ていた」と教える父に対し、「そういう事をしないようにお父さんからも注意して欲しい」と頼む発想はまるでなかった。手紙の内容は読めなくても、それを教えてくれた父に感謝していたからだ。これが思春期というものだ。そういう思春期の実体を親が理解もせず、無視し、親の保護意識だけで子どもは育たない。


    それが分らないのが視野狭窄的母親という。息子を思うあまり、心配するあまり、鎖で縛って解放しない親と、思春期時期に戦うのは当然である。「小学校の頃は親に逆らわないいい子だったのに…」とバカなことを言う親って、今でもたくさんいるのだろうか?子どもは背丈と体重が大きくなる事だけが成長としか見えないのだろう。非常にバカの類の親だと思う。

    少女の父親は警視庁の調べに対し、「教育や子育ては基本的に妻に任せていた」と発言している。「あまり教育に関心がなかった」のか、「関心を妻に奪われ、教育熱を失ったのか」、「恐妻家だから口出しできなかった」のかなどは分らない。が、今後父親に課せられたことは、事件の全責任を取る覚悟で娘との信頼関係を構築していくしかない。大変な道のりである。

    父親がどういう性格であるかはわからないが、今後同居するなら事件に蓋をし、よそよそしい父娘の生活を想像しただけで息苦しくなる。自分なら明るく、快活に、事件の事は蓋をするより、「まあ、確かにヒドイ母親ではあったな。お父さんだって同じように殺ったかもしれん」などと、冗談交じりに、あるいは本気も含め、笑い話にする方が二人の今後にプラスになる。

    故人を肴に罵るのではなく、悪い事は悪いと、それが親であれ教師であれ、友人であれ、一国の総理大臣であれ、親子が屈託なく話し合う事が大事である。悪い事は悪いのであって、そこを避けたり遠慮をすると、人間関係はギクシャクする。互いが共有できる事は共有する方がいい。親子は縦の関係だが、性の問題は口にだし難いが、人間の誰にも共通する問題だ。

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    実際問題、親も同じ行為をしたわけだし、そこは隠さない。学校で性教育をすることになったとき、教師側から反発があった。親からも同じようにあったと言うが、それは今まで、先生はそういう事はしない、親もそういう事はしないのだという上に、生徒や子どもの尊敬があったからだ。バカげた話である。性は押入れの隅っこに隠しておけばいい、そういう事だった。

    自分がPTAのときに、丁度小学校の生活科で性教育元年の年だった。性教育の出産シーンのビデオを地元の産婦人科で借りたりで全校生を前に体育館でやったとき、子どもは真実に触れることになった。が、事前の反対は強力だった。何事も初めての場合、当然にしてある反対など当たり前と思っていたし、反対意見を説得するのが発案者の自分の役目であった。

    そのときに教師や親たちから聞いた様々な意見は、(滑稽として)今も忘れない。「襖を隔てて子どもと寝起きする住宅事情で、そういう事は親として避けたい」、「子どもがどこから生まれるという嘘を通している」、「自然にわかることをあえて教える必要はない」、「『お母さんもそういうことをしてるん?』と聞かれると困る」など、一切は自分たちの都合である。

    イメージ 5教師は、「高学年の女子が傷つくのが見えています」、「もしわたしが6年生だったら、恥ずかしくて耐えられません」、「今、性急にやらなくともこれから学校でやって行くことなので…」などの意見を丁寧に説得したのが懐かしい。「真実を知るという事は、教える側も知る側もリスクはあるが、子どもが真実を知る事を曖昧にする理由は、大人の都合では?」などと…。

    大人の事情で物事をぼかすことに、子どもはもっとも関心を持つが、それをぼかして分らないだろう、はぐらかせば済むというのは、大人が子どもを見くびっているからである。大人にとって都合の悪い事は先延ばしにする、それが教育か?今どきの(といっても20年も前だから、当時の)子どもが、コンドームが何のためのものかを知らないものはいない。全員とはいわないが…

    ふと当時を思い出したが、親子は、教師は、できるだけ心を開いて、本音で向き合うことが大事である。性は親と子を、教師と生徒を、互いを平行に誘う題材である。性がオープンな家庭には、妙なわだかまりはないのでは?親の都合で子どもを虐げるなら、子どもは子どもの都合で親を信じる対象と見ない。互いが嘘の素振りをするが、そこには大きな乖離がある。

    15歳の少女にとって、母親を殺すに至った具体的な動機は、あり過ぎてまとめられないのだろうし、母親を殺害した時の様子や手口は、死体を見たときの生々しさを思い出したくない事として、記憶の隅に排除していると考えられる。だから、口を閉ざしていると推察する。殺ったのは分かっているが、15歳の少女にとって、記憶の蒸し返しには躊躇いがある。


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    舛添都知事の問題がどんどん膨れ上がっている。海の向こうではトランプが大統領にならん勢いである。単純に舛添とトランプを比較すると、方や貧乏人、方や大富豪である。舛添氏が世間的に貧乏人の類とは思わぬが、やってることは青色申告自営業者が、野菜や米を買ってせっせと領収証を集めてると、同等の貧乏臭さ丸出しではないかと。

    舛添知事の幼稚園レベルの言い訳を都民はどのように感じたのか?もっとも舛添を知事を選んだのは都民だが、選んだ時点で分らないこともあるし、そのためにリコール制度が設けられている。舛添知事は本年3月、韓国人学校を増設するため、新宿区にある約6千平方メートルの都有地を韓国政府に貸し出す方針を固めた事に批判が相次いだ。

    都有地のあるJR市ケ谷駅周辺はマンション新設が相次ぎ、保育ニーズも高まっているが、舛添知事は、「なんでもかんでも保育園のニーズ、ニーズ。都有地を国際親善に使うことが問題なのか。(見直す考えは)全然ありません」と、計画を撤回しない考えを示した。この発言に対し、都庁には、「外交ではなく都民のために使うべきだ」などのメールや電話が寄せられた。

    その数メール2500通、電話680件である。舛添知事は、「都民は1350万人いる。どんな政策をやっても批判がある。私の支持者が9割いて、1割反対でも135万人。それが政治の世界だ」と開き直った。都庁前では25日、保守系市民団体の呼びかけで、「絶対反対」などのプラカードを掲げた男女約60人が「保育所を求める都民の切実な声をなぜ聞けないのか」などと訴えた。

    都の説明によると、韓国人学校の敷地探しは、舛添知事のトップダウンで進められた。世界の主要都市と友好を深める「都市外交」の一環で、舛添知事が26年7月に友好都市のソウル市を訪問した際、面会した朴槿恵大統領から、「首都圏には韓国学校が1つしかない」と要請を受けたことで、舛添知事が「全力で協力したい」と快諾したことがきっかけだったという。

    跡地は現在の東京韓国学校(新宿区若松町)から約1キロと近く、来年4月以降は使途が決まっていないことから“白羽の矢”が立った。候補地選定に際して舛添知事は18日の定例会見で、ソウル市にある日本人学校が老朽化に伴い、22年に新校舎に移転した際、同市が用地売買を斡旋したエピソードを紹介し、「こちらもお世話になった。恩返しでやる」と意義を強調した。

    反対意見については、「いろんな声があるのは当たり前。政策判断、私の判断でやったこと。保育所について、何もやっていなければ別だが、きちんと取り組んでいる」と述べている。都側も、「国際交流も都の重要施策。その観点から協力することにした」と説明。過去には都とフランス政府の間でも学校用地について同様の契約を交わしており、「法的問題はない」としている。

    正しいとすることにも反対はあり、間違いにさえ賛成があるのは人の世の常だが、本跡地は、昨年4月時点で待機児童168人を抱える新宿区が、跡地周辺のマンションの建設が相次いだことで、今後見込まれる保育需要からもあって、区は昨夏、都教委の担当課に保育所整備用地として借りたいと申し出たが、「要望を受ける窓口がない」と受け付けてもらえなかったという。

    舛添知事は会見で、「新宿区からそういう話は聞いていない」と一蹴したが、どっちの言う事が正しいというより、どっちもどっちのお役所仕事である。ついでに「お役所仕事」の意味は、日本の政府、省庁、役所、行政機関において、公務員や政治家が体力や精神を疲弊する事無く、自分たちのみ安定した繁栄をもたらすためにあみ出された優れたシステムを揶揄して言う。

    跡地の問題は行政と外交の兼ね合いだから、いずれかに落ち着くとしても、今回噴出した舛添知事の「何様」的な資質は、開き直りは許されない個人の問題であり、辞職に発展しかねない様相を呈す。この問題で産経新聞は全国の知事に緊急アンケートを実施した。回答のあった45都道府県のうち、渡航にファーストクラスを使っていたのは東京、岩手、茨城、群馬、愛知の5知事。

    条例に基づく規定を上回り、1泊10万円を超える超高級ホテルに泊まっていたのは舛添氏のみで、東京都の突出ぶりが伺える一方、規定はファーストクラスに乗れるのにビジネスクラスにする「倹約型」の知事も多く、各自治体の“意識の差”が浮き彫りになった。1回の出張費が5千万円を超えたのは東京都と福島県のみで、最高額は舛添氏のロンドン・ベルリン出張の6976万円。

    2位は福島県の内堀雅雄知事のミラノ万博出張で6227万円、3位は舛添氏のパリ・ロンドン出張で5042万円となっている。ただし、福島県の場合は食の風評被害の払拭に向けたイベントに約5300万円を支出。それが出張費に含まれており、旅費、宿泊費などの割合は少ない模様。また、1泊あたりの宿泊費が最も高かったのは舛添氏で19万8千円(パリ・ロンドン、スイートルーム)。

    次いで福岡県の小川洋氏の8万8千円(ロンドン、デラックスルーム)だった。一方で千葉、埼玉、奈良など11県では条例に基づいて定める上限額を超えないよう工夫し、最高でも1泊3万円程度に収めていた。舛添知事は高額出張費外にも、公用車で毎週末に湯河原の別荘通いも問題とされ、当初はトンチンカンな言い訳をしたが、批判多きに屈して改める意向を示した。

    舛添といえば、「まったく問題ない」と言う言葉が多いイメージが自分にある。大見得切って自信たっぷりに言うのが彼の用法であろう。概ね政治家は自己正当化を法に基づいて言う事が多く、だから政治家に倫理観がないといわれる。「法に反しなければ何をやってもいいのか?」の言葉に対しては誤魔化すしかなくなる。よって、大事なのは法でなく倫理観ではないか。

    「まったく問題ない」は、法に対して言ってるのであって、倫理観に対してではない。よって、舛添用語には以下の言葉を付け足してもらいたい。「法にはまったく問題ないが、倫理にはまったく問題なくはない」と。ややこしいので詰めて、「法にはまったく問題ないが倫理には問題大あり」と。そもそも問題の「ある」、「なし」を自分で決める人間は権威的である。

    これだけ、倫理やモラルが政治家に言われる時世にあって、これを問われて誤魔化さざるを得ないような事は、最初からするなといいたいが、ケチでケツの穴の小さい、度量のない政治家は法に触れない詭弁を用意して私腹を肥やす。最初にトランプのあげたが、富裕者である彼をなぜ中産階級もしくは低所得者が指示するのか?これについてある支持者はこのように言う。

    「彼は裕福だから信頼できる。企業からの寄付や援助の必要がないから、賄賂も受け取る必要もないし、純粋に政治に専念できるだろう」。なるほどザ・ワールドである。人間は金に目がくらんで特定企業に利益誘導などの汚職をする。トランプは資金援助を無用とする「金持ち喧嘩せず」的な様相だが、相手を挑発するなど、別の意味での喧嘩はお嫌いではないようだ。

    ある奴が、「(トランプを大統領にするなどと)アメリカ人はバカなのか?」というので、民主主義はヒトラーを生んだように、民主政治に信頼を置かないものからすれば、トランプ現象など驚くことではないよ」と端的に言った。いうまでもないトランプは今までの大統領にないの強烈な個性の持ち主だが、それを生み出し、支える今の米国社会の深い混迷を示唆している。

    他国のトランプの事はいいとして、モラルも倫理観もない舛添知事を辞めさせる事が先決だろう。擁護側だったホリエモンさえ、政治資金の私的流用疑惑が報じられると、「これが事実ならダメ」とあっさり。文春が疑惑視している記載は、2013年1月3日と翌14年1月2日、いずれも正月に、千葉県内の温泉ホテルで「会議費用」として計37万円が計上されている。

    橋下元市長は、「舛添さん、ここまで来たら思いっきり謝って、もう1度チャンスを下さいと都民にお願いするしかないね」とし、「都民に土下座する姿勢であればまだ許されるギリギリのところでは?そうでなければ辞職だね」と、政治資金の私的流用は、いかなる詭弁を弄しても正当化できないと、土下座の必要性を説き、全面謝罪か、辞職かの決断を迫った。

    舛添知事は11日、自身のツイッターに政務活動報告を投じたが、「辞めてください」、「税金泥棒」などの強烈な批判コメントが殺到し、ツイッターが苦情掲示板と化している。知事は疑惑について、「精査してコメントする」と説明を先送りし、本日午後の定例会見で報告するが、「厚顔無恥な舛添が、どういう言い訳を用意するのか?」、衆目の一致するところ。

    可能性が高いのは、収支報告書が問題の資金管理団体がすでに解散していることを理由に、「精査には時間がかかる」という逃げであろう。何十年も前のことならともかく、たかだか2~3年前に、公的な金で私的な家族旅行をしたくらいは、当然にして記憶にあるが、政治家とか官僚という人種は、逃げ通せない絶対的な事実が提示されるまではシラを切る。


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    舛添都知事の会見だが、ああいう苦しい釈明では疑義が晴れるどころか、不信感を増すばかり。リコール請求がない限り都知事でいれるが、あんな人物が首長なら都民は情けないだろうな。舛添要一といえば強き一辺倒性格で、頭を下げるのをもっとも嫌う印象があり、彼のそういう資質は人相にも現れている。が、会見席では、「不徳の致すところ」と何度も頭を下げた。

    かといって、相次ぐ問題発覚で失った信頼を取り戻すのは容易でなく、取り戻せることはないだろう。舛添知事は今年2月に任期(4年)を折り返したが、最初に持ち上がった海外出張費の問題。2014年秋の欧州出張時の費用が総額6976万円に上り、多くの部下を従えての外遊は、飛行機のファーストクラスや一流ホテルのスイートルームを利用、「大名行列」と批判を浴びた。

    批判に対してはいつもの強気な態度で、「遊びに行っているわけではない」などと彼らしい言葉を放った。ついで、神奈川県湯河原町の別荘に公用車でほぼ毎週末通っていた問題には、「ルールに従っている。まったく問題ない」との説明を繰り返した。責められればギョロ目むき出しで真向反論するなどは、幼児気質で好きになれないが、今回は強きの姿勢が裏目にでた。

    強きで否定すれば正しい印象とばかりの態度が有権者らの反感を買い、一連の問題や疑惑をめぐって都に寄せられた意見は、12日までに6500件近くに上っている。これに対して都議会与党の自民党のある幹部は、「どうぞお好きにという感じ。大人ならきちんと説明してほしい」と、冷ややかに言う。「東京を世界一の都市にする。20年東京五輪を史上最高の大会にする」。

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    これが彼自身のスローガンのようで度々口に出す。ということは、これだけ信頼を失っても辞職の考えのないことを強調するが、別の新たな問題が噴出すれば窮地に追い込まれるのは間違いない。今回の政治資金をめぐる疑惑について、「不適切な点がいくつかあった」と述べ、私的な飲食費を記載するなど、政治資金収支報告書に複数のミスがあったことを認めた。

    政治資金規正法なんてのは、故意でもミスで通すことができるザル法である。11日発売の週刊文春は、舛添知事の三つの政治団体の収支報告書に虚偽記載の疑いがあると報道した。舛添氏が知事に就任する前の2013年と14年に「会議費」と計上された千葉県木更津市のホテルの計約37万円の支出で、文春はこの支出が実際には家族旅行に使われた疑いがあるなどと報じた。 

    舛添氏は、いずれも家族と宿泊した部屋を衆院選の総括や、都知事選への立候補の対応をめぐる事務所関係者との会議にも使用したため、政治資金として処理したと説明したが、その時居合わせた人員(人数のみ)でさえ問題があるからと口を閉ざす。オカシイだろう。家族旅行の場に、誰が来たかを問うてるのではない。何人と会議をしたかを言わない理由を想像してみた。

    おそらく誰一人来訪していないからだ。それなのに人数とかになると膳の用意や有無など、詳細に調べられると嘘が発覚する。申し開きができないような嘘をつくのは致命的との判断と、自分は彼の腹を呼んだ。政治資金収支報告書は、会計責任者がミスをしたといえば監督責任は問われても、違法性は問えない。ミスであるから修正申告すればそれで通る。だからザル法だ。

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    文春の報道の主旨は、会議室を使った形跡のない用途は私的ではないか?というものだが、家族の居る居室で会議をしたのであって、そのことが誤解を受けたといえば済んでしまう。舛添知事は、「家族と宿泊した部屋を利用したことは反省している。今後は別途部屋を借りるようにしたい」などと述べた。費用は返金するという、こんな子供騙しのロジックである。

    そんな程度の言い訳しかできないのは、それ以外に言いようがないからだ。厚顔無恥であろうがなんであろうが、これが事実といわれて、覆せるものではない。都民はこういう弁解に腹を立てるのであり、こんな知事はもういらんとなるのは当然だ。疑惑と言うのは、晴天のように晴らす言葉は見つからないもので、概ね嘘の弁解に終始する。よって、疑惑の多くは事実であろう。

    世田谷区の自宅近くの天ぷら屋やイタリア料理店、神奈川県湯河原町の別荘近くの回転ずし店での計5件の飲食代についても、「政治活動に利用したことを確認できなかった」として、これらに使われた計約8万4000円も返金する考えを表明。舛添氏は、「個人の飲食とは思わず、誤って計上したようだ。収支報告書の作成は全て会計責任者に任せていた」と釈明した。

    ようするに、事実を述べても意図ではなく会計責任者のミスだったといえば済んでしまう。何でも誤って計上したといえば許される。「あなただってミスをするでしょう?」などと恥性丸出し知事に、都民はリコールで吐いた唾を飲み込ませるべきだ。猪瀬直樹前知事の徳洲会グループからの資金提供問題における辞職後、クリーンなイメージで知事選に打って出た舛添氏。

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    それが同じ穴のムジナとあっては、猪瀬氏以上に問題となる。「まったく問題ない。違法性はない」。それほど適法を強調するなら、「これは言えない。政治家の機微にかかわる」などと勝手な機微を作るなである。「誰でもミスはある」という言葉は、ミスをした人間がいえば言い訳になる。都民が慮っていうなら信頼のある知事が、自分で言うところが破廉恥漢だ。

    「できる限りの説明責任を果たした」。と自賛の舛添知事は、2時間近くに及んだ会見中、笑みを浮かべる場面もあったが、「公金に対する意識が低いのでは?」と指摘されると、「政治家としての資質が問われる質問がないよう改める」と語気を強めた。彼は瞬間湯沸かし器型の単純性格だから、語気を強めるときは腹の底で怒っている。こんな人間に「反省」の二文字はない。

    「資質」というのは、一朝一夕に修正できるものを言わない。生まれつきの性質や才能のことだ。政治家の資質というのは、人間的な資質のことであり、特にお金の好きな人間はモラルや倫理などは当てはまらない。お金が嫌いにならない限り、ズルすることを常に考えるようだ。政治家はお金があれば出来るものでもない。鳩山由紀夫がいい例だがトランプはどうだろう?

    平井伸治氏といえば鳥取県知事である。1961年生まれの54歳だが、現在知事を三期務めている。東京都千代田区外神田生まれの彼が鳥取県にゆかりがあるのは、1999年、自治省官僚から鳥取県庁へ出向し、鳥取県総務部長に就任したことによる。平井氏は2001年、全国最年少(当時)で鳥取県副知事に就任した。2007年には前知事片山善博氏の後を受け、知事に初当選する。

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    次期東京都知事には平井氏が適任ではないだろうか。舛添知事の出張費が騒がれる中、鳥取県の平井知事の有能ぶりが明らかになった。1回の随行人数が最も多かったのは、沖縄県の翁長雄志知事のシンガポール出張で32人。もっとも少なかったのは、鳥取県の平井伸治知事の0人で、計27回にわたり「一人旅」を繰り返していた。東京都知事就任ならそうも行かない。

    が、そうした倹約姿勢はその人の能力であり、彼こそ次期東京都知事に相応しい人物ではないだろうか。「鳥取県にスタバはないですけれども日本一のスナバがあります」、「鳥取にドンキはなくとも、ノンキに暮らせる」などと、ダジャレPRでも有名な平井知事。彼の円満顔は舛添知事より見ていて疲れない。知事は見るものではないが、見たくない顔よりいいだろう。

    お金目当てで私腹を肥やす知事もいるようだが、ちゃんと日本のタメを思って活動してる知事もいる。なにかと芸達者な平井氏だが、東京大学法学部卒のエリート自治官僚出身である。「江戸っ子だってね~、神田の生まれよ。飲みね~、寿司食いね~」に言う、千代田区外神田出身。小学校は秋葉原のど真ん中にある旧芳林小学校だが、現在は昌平小学校と統合した。

    「月刊千代田人」(千代田区観光協会)によると、子どもの頃から社会人になっても神田祭で神輿を担いでいたようで、当時の経験は大学の学園祭などに役立ったと述べる。エリート街道を歩みつつもネアカで機転がきくのは、人間関係の濃密な下町育ちだから?生粋の江戸っ子東京人に都政を任せてみたいと、他県の者がいうが、平井氏なら東京人も賛同が得れよう。

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    お正月に家族で出かけたホテルは、「家族が宿泊や団欒に使用していた部屋」ですよ。…でも、「会議もしたんだから政治活動です」。「誰と会議をしたか?それはいえません。人数もいえません。問題がありますから…」。これってバカでは?自分はそう思う。政治資金に対するズレた感覚は、ケチな人間の資質であろう。都民もこんな知事は要らないだろうな。


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    恋人と別れて新しい恋人を持ったはいいが、「前の彼氏の方がよかった」という経験は以外に多いようで、そういう事をいう女は結構いた。「どこが?」と聞けば、SEXだったり、気前のよさだったり…。「前の彼女の方がよかった」という男は記憶にない。そんなみみっちいことは思っていても言わないのが男なのかも…。女はそういう事を臆面なく言う生き物。

    一種の愚痴であろう。期待を担って登場した舛添知事だけに、猪瀬前知事の行政手腕がクローズアップされている。猪瀬は公金無駄使いをしたわけでなく、民間人に選挙の費用を工面してもらったわけだが、その民間人が都からの認可事業を営む医療法人である事が問題だった。「都と利害関係にある業者から借入れをした職員が懲戒免職」という前歴規程に触れた。

    イメージ 1汚職がなぜよくないかは、公務の廉潔が保てないからで、絶対にあってはならない。疑義が持ち上がった当事者は、「業者に特定の配慮をした事はない」という言い方をするが、そんな事は関係なく、「ダメ」としたもの。業者が利益の優遇や配慮を頼むわけではないが、そんなのは口に出さずとも腹の中は読めるし、そういう事が人間関係の機微である。餅をくれる人は自分にとっていい人である。

    いい人でなくともいい人になる。そういう過ちを犯さないためにも、一切受け取らないのが正しい。自分は感情に溺れやすい人間であるし、自分のことだからよくわかっている。心も卑しく、欲の固まりの自分を徹底的に嫌うようにした。だから、他人の金でメシを食うことを、醜いことだと自分に言い聞かせた。醜い人間は嫌なので、徹底的に実行するようにした。

    自分を変えたいなら、嫌な自分を排除すればいい。これが自分で考えた方法だ。だから、4人の子どもからプレゼントを貰わないことにした。付き合ってる彼女からも、あるいは自分に何らかの利害にある人からも、貰うのを拒んだ。それで分かったことは、「拒んだけどどうしてもといわれるものだから…」などというのが、都合のいい言い訳であるのがよくわかった。

    貰わないようにするのは絶対に可能である。または、自分が何かを差し出したとき、相手が断固拒否し、引っ込めることもできるが、渡そうという強い意志があれば、絶対に渡すことはできる。かなり強く拒否をされると、「そうまで拒否するならしかたないな」という気分に一瞬なったりするが、それで「得した」と思う人間は自分の目指すところの人間ではない。

    儀礼で拒否する人もいるが、嘘のない態度を感じる人もいる。そうした相手の心や毅然とした態度に感動しながらも、自分の気持ちに屈しないのも心の強さかと。男が一度口にしたことは返られない。一度差し出したものを引っ込めるわけにはいかない。そういう武士道的教訓のようなものに影響されているのも事実だ。いろいろな人を見るに、その中に範とする者は必ずいる。

    そういう人間に出会い、友とできるならそれだけで財産である。「彼は立派な人間だ。教わること多し。彼に劣らぬよう、また彼が寄せてくれる友情を裏切らぬよう、自分も心を磨き、精進せねばならない」と、そういう気持ちが友情に花をつける。他人を卑下し、貶して精進することなどありえない。よほど反面教師にする覚悟ならやぶさかでないが、対象は友人ではない。

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    友人ではないが反面教師も効用がある。いい人を真似るというのはなかなかできないが、ダメを見て「あんな風にはなりたくない」は、即効性がある。もちろん、あんな人間になるのを徹底的に嫌悪するならばこそだ。周囲を見渡せば、それこそ百態の人間がいる。例えば会社の仕事にしろ自分の職業にしろ、ある人は言われるとすぐに着手し、手順よく仕終える。

    別のある人は快く引き受けるが、なかなか着手せぬ人もいる。また、なかなか引き受けないが、一旦引き受けると敏速に仕上げてしまう人、あるいは終始だらだらしている人など、様々である。こういう中から、自分はどれを範とするか、どのタイプを目指したいか、最初の一歩が大きく左右し、自己に反映する。上記でいうなら、もっともダメなのは最後のタイプだ。

    それを徹底して嫌悪できるかである。人間性まで嫌悪する事はないが、そういう人間は一事が万事というのか、付き合っても得るところはない。そういう風に、我々の仕事のやり方、進め方の順序は人によって違う。ある人はそれを性格からきたものというが、自分はそうは考えない。それも無きにあらずだが、問題は本人の仕事に対する心構えの不足であろう。

    人間はそれほど立派でもないし、それほど悪辣でもない。であるなら、心構えが大事であろう。心構えさえしっかりしていれば、人にも喜ばれ、自分も満足できる。私利私欲を優先すると公に歯向いているが、私利私欲を満足と感じるか、公に生きて満足を得るかの価値観の差であろう。自分は性格的にそれは出来ないというのは、怠け心からくる自己瞞着にすぎない。

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    何が何でもやり抜こうという意思の弱さを正当化する言葉はいくらでも見つけてこれるからだ。地位に甘え、環境に甘える人間はいる。それが今回の舛添都知事であろう。監視をしなければ、彼らは私欲を貪るばかりで、そういう人間をどうして信頼できるだろうか?よって、このような事が露呈した舛添は、もはや都知事の資格がないと断罪されるべきである。

    今まで野放図なことをし、それを問題視すれば正当化し、さらに拡大するに至っては、今後は改める、そういう事はしないというのは、地位に連面した言葉であって、誰でもいうことだ。それを信じてはならない。問題が小さく露呈した時に、どういう態度で、どういう対応を取るかで人を見なくてはならない。職を失うか否かでいう言葉は、どんなことでもいう。

    それを間に受けてはダメだ。幸いにして猪瀬には石原という鈴付け役がいたが、舛添にはそういう人間がいない。比較する問題ではないが、猪瀬の選挙資金借用にすれば、舛添の傲慢ぶりは日常的であるだけに甚だしく、公僕意識の薄さを感じる。知事なんて職は総理大臣もそうだが、地位ではなく役目に過ぎない。偉くなったと勘違いする権威主義的人間もいる。


    「今の恋人より前の彼氏がよかった」ではないが、ここにいたって猪瀬待望論がでているが、それに踊らされるほど猪瀬もバカではないだろう。「猪瀬知事の方がよかったな」と思われるのは、単に舛添が体たらくであったからで、前の彼氏の良さは、後の彼氏のダメさを知ったから言える。確かにそれが原因で元彼に戻る女もいるが、それになびく彼氏はダメ男。

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    一度自分を見切った女とヨリを戻すこと自体、女に振り回されるダメ男である。「あり難いけど、今は別の彼女がいるんで…」と、本当はいなくとも、主体性を生きた方が男らしい。でないと、女のわがままに振り回されるだけ。同じ事は女にもいえる。自分を捨てて別の女に行った男に、「やはり君の事が忘れられない」とヨリを戻すのは絶対に止めれと進言した。

    そういう相談を受けて反対しても、女の相談は形だけで実際は決めている事が多かった。そういうチャライ、都合のいい男の先は見えている。心ある男は自分の都合でそんな戯けたことはしないし、捨てた女は解放してやるものだ。「やっぱりお前がいい」と擦り寄る男に、「何、勝手なこと言ってんの、バカじゃないん?」と言える女は、魅力的な女性である。

    女の心の弱さを利用するような男は見切るべし。同じ論理で言えば、猪瀬再登板はありえないし、舛添は葬るべきであろう。良き人材は先にあげた平井氏以外にも居るだろう。舛添の無駄使いを放任した都議会も責任はあるが、石原知事のようなカリスマ的な怖れもなく、実績もなく、選挙もそれほど強くない現知事は、議会側にすれば与しやすい知事であろう。

    豪華外遊や公用車のムダ使いが批判されても、強きの反論で議会や都庁を掌握できていたその理由として、彼は議会や役所の既得権益に斬り込むことはしない。石原都政では、「アジア大都市ネットワーク21」を立ち上げ、多都市間で事業を行っていたし、猪瀬は副知事時代から都の水道、下水道などインフラシステム等を積極的に外国の都市に売り込んでいた。

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    舛添知事は、返金や政治資金収支報告書の訂正で議会を突破できる考えだろうが、多くのメディアが舛添バッシングを煽れば潮目も変わる。来年は都議会議員選挙の年、自分たちの選挙に不利となれば与党議員も舛添バッシングを起こすだろう。JNNの世論調査では、知事の釈明におよそ9割の人が「納得できない」と考えており、議会は都民の声を反映させるべし。


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    年をとって思う事は、知ってる人がどんどんと消え、知らない人がどんどん増えていく。理由は言うまでもない、若い年代には時代の只中に生きていたが、老齢になるとその時代に生きてるという感覚が失せ、自分たちの生きた時代は遠く去ってしまっている。別の言い方で、「時代音痴」になっている。テレビで観る芸人や歌手や俳優たちの知らないこと甚だし。

    そう分析してみた。確かに、新しいこと、新しいもの、新しい人たちを知らない。古い事はどんどん古くなり、喪失し、古い人たちもどんどん消えていく。仕方のないことだと思いながら、世間ズレのままに余生を送る老齢者である。新しいものに関しては、若い人に太刀打ちできるハズがない。となると、我々は若い人たちにひれ伏さなければならないのか?答えは「YES」。

    若い人たちに、「時代遅れ」とツマハジキにされてしかりである。当たり前だし、自分は現代的な知識を組み込めていない。それで、「年寄りを粗末にするな、大事にしろ!」って吠えても無理がある。年寄りを大事にというなら、「そっと」放って置いてあげることではないかと…。老齢者も若い人にツマハジキにされるのが苦痛なら、老人の集団に寄って集っていることだ。

    若い人と打ち解けたいなら、現代にしかと目を向け、様々なことに興味をもち、あるいは吸収し、習得していくことだ。そういう気概も気力もないなら、老人クラブで昔話に花を咲かせるのが無理のない生き方である。中島みゆきの『時代』のなかには、普遍的な言葉がある。サビの部分の以下の歌詞。「まわるまわるよ時代はまわる 喜び悲しみくり返し」の部分。

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    みゆきのいう、「喜びや悲しみを繰り返す」というのは、仏教でいう輪廻転生であろう。弥生時代や平安・鎌倉時代、江戸・明治時代にあっても、人の世には悲しみと喜びが存在した。当たり前だから普遍性である。お釈迦さまは、「六道輪廻」というのを発見した。当初は五道(地獄、畜生、餓鬼、人間、天界)輪廻を発見され、後に阿修羅界が組み込まれて六道輪廻となる。

    生命は、この6つの境界をグルグルと移り変わっていくと釈迦は言った。地獄に堕ちる者、動物や虫などに生まれ変わる者、餓鬼になる者、人間に生まれ変わる者、天界に召される者、そして阿修羅である。阿修羅とは、インドにおける悪魔の通称だが、リグ・ベーダ(バラモン教の聖典)においては、常に悪い意味とはかぎらず、特殊な神格をさす場合もある。

    釈迦のいう、「阿修羅道」は、妄執によって苦しむ争いの世界。果報が優れていながら悪業も負うものが死後に阿修羅に生る。阿修羅の意訳は、「非天」という。これは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが、天には非ざるという意義から名づけられた。人間道の下とされ、天道・人間道と合わせて三善趣、あるいは畜生道・餓鬼道・地獄道・阿修羅道の四悪趣に分類される。

    みゆきは時代を喜楽・悲哀と単純に捉えたが、彼女のいう時代とは世代のことをいう。時代とは、時間の流れを何らかの基準で区切った一定期間をいい、世代とは、(人間の生きる時間を前提)として、同じ時期に生まれた人たちの共有する期間をいう。喧嘩別れした恋人も夫婦も、次の時代では前世を知らずにめぐり合うと、互いが人間に転生した場合の輪廻を述べている。

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    方や虫、方や人間に生まれた場合にはあり得ない。単純であるが共感する。釈迦の教えは複雑だが、生まれ変わりは人間である方がロマンチックである。もっとも、生まれ変わりなど、有るのか無いのかは定かでない。仏陀の生まれ変わりという基地外もいるし、美少年と誉れ高い天草四郎であるという準基地外もいる御時世。「基地外」という言葉にもユーモアがある。

    ♪今日は倒れた旅人たちも生まれ変わって歩き出す、という語句はなかなかよい言い回しだ。道半ばで挫折した人々に来世への光明を見出さんと述べている。人は挫折しても来世の希望で死ねるものだろうか?いや、そうするのが穏やかな「死」であろう。この世に遺恨を残すよりも、次の世に思いを託す方がよい。もちろん、この場合も生まれ変わりは虫であってはならない。

    人はまた人に生まれたいのだろう。自分はそんな事は思わない。前世の記憶がないなら、たとい蚊に生まれ、ゴキブリに生まれ変わって、手の平で一瞬に潰されようと、足で踏みつけられて瞬間に圧死しようと、それが蚊やゴキブリの宿命である。「オレは前世は人間だったのに、何で蚊なんかに生まれたんだよ、トホホ…」という記憶は耐えられないが、おそらく記憶はない。

    だから、何に生まれたところで屁でもない。そんなご利益は宛てにしない、期待もない。せいぜい悪を行って世を生きる。たまに善もするが、天国に行きたいからではない。無意識の善、無意識の悪ならそれが人間だろう。地獄で科される労役などは屁とも思わぬが、牢獄で科される懲役は御免被りたい。極悪非道行為をしないのは、監獄に行きたくないからだ。

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    宗教的なモラル感など、頭の隅にもない。おそらく極悪犯罪者も地獄に堕ちるという意識は無いのかも知れない。彼らがバカなのは、監獄に行きたくないとの思いは同じでも、おそらく犯罪行為は露呈しないだろうし、よって監獄に行くことも死刑になることもないということなのか?犯罪者の心理分析は容易でないが、後先など何も考えずに行為するのか?それもバカの類だ。

    人間は考えなければバカをやる生き物だし、だから考えることは重要である。考えた上での愚かな行為ならそれらの結果は受け入れるしかないし、それを犯罪の成立とする。この世に犯罪がなくならないのは、人間がバカで愚かである事だが、少なくともバカで愚かでいたくないという気持ちを大切にすることだ。バカが犯罪を犯すのではなく、犯罪を犯した者がバカである。

    権力者や為政者の弾圧を受け、のっぴきならぬ状況からの犯罪であったとしても、愚かな行為を抑えられないのは理由の遺憾に関わらず「罪」である。人間が間違いを起こす動物と言う前提で「罰」が設けられている。「罰」は「罪」の抑止目的の意味もあるが、純然たる「罪」の対価でもある。「罪刑法定主義」というのは、思想であって、これが近代刑法の原則とされている。

    「罪刑法定主義」とは、いかなる行為を犯罪とするか、それに対して、いかなる刑罰が科せられるかが、あらかじめ法律によって定められていなければならない。これは、封建領主や専制君主が恣意的に処罰権を行使するのをチェックするためのもので、起源は遠く十三世紀の「マグナ・カルタ」にまで遡るが、法思想として体系化されるのは、十八世紀以降に属する。

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    罪に対する罰の量刑をあらかじめ決めておかないと、人によって不公平の事態が発生することになる。こういう笑い話もある。国のために忠勤を働き、王様にも信頼されていた男が死罪となる犯罪を犯した。ギロチン、火あぶり、銃殺、絞首刑、車裂き、磔などから、王様は罪人に希望の死に方を選ぶよう、最大限の配慮を言い渡した。罪人は王様の配慮に謝意を述べて言った。

    「有り難き温情に言葉はありません。お言葉に甘えて私の希望は、老衰でお願い申し上げます」。王様は言った。「いったん約束したからには、それを反故にしようとは思わぬ。そちを釈放し、老衰で死ぬまで待とう」。老衰が刑罰であるはずはないが、希望の死に方に合致はしている。刑罰とは何か?罪を犯したみせしめとして、苦痛を与えるというのが主目的の時代もあった。

    十八世紀のイタリアの刑法学者で啓蒙思想家ベッカリーアの著『犯罪と刑罰』の、「汚辱刑」章に以下の記載がある。「自尊心に基づく犯罪、刑罰の苦痛を受けることに自らの名誉を感じているような罪人に対しては、肉体的苦痛を内容とする刑罰をもって臨まぬようしなければならない。彼らは狂信者ゆえ、嘲り、恥をかかせることによる以外、彼らを押さえつける方法はない。

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    「自尊心に基づく犯罪」は、「確信犯」という用語のない時代の言い方で、『罪と罰』のラスコーリニコフの犯行も同様である。彼に対する「汚辱刑」の執行者は娼婦ソーニャである。ラスコーリニコフから犯行を告白されたとき、彼女は次の宣告をしている。「お立ちなさい!今すぐ、すぐに行って十字路に立ちなさい、お辞儀をして、まずあなたが汚した大地に接吻なさい。

    それから四方を向いて、全世界にお辞儀をなさい。そして、みなに聞こえるように、『わたしが殺しました』と言うんです。そうしたら神さまが、あなたにまた命を授けてくださいます」。こう宣告した彼女は、乾草広場の中央でラスコーリニコフが大地に突伏したとき、その左手、五十歩ほどのところで、物陰に隠れて、ちゃんと刑の執行を見届けていた。

    様々な事件の様々な罪に対する罰が「罪刑法定主義」に合致しているにせよ、加害者の死者への罰は納得行かない。稲毛殺人事件の被害者の友人が以下のメールをよこした。「りなっこちゃんは犯人に対して全く悪いことしてないのにこんな目に遭って…許せないって気持ちとで掻き乱れました。(略) りなっこちゃんを思い出してはまた会いたいと思い、いつか私が死んだら会える。

    でも、死後の世界はないとも思っているので、あの世いう場所があったらいいのに。あの世はこういう気持ちからも作り出されたものなんだろうなと最初の子息子を亡くした時に思ったおんなじ気持ちになっています。あの世があり、そこで幸せに暮らしていてくれたら自分が安心できるのです」。この言葉に触発され、急遽記事を書いた。罪の度合いは様々だが、舛添知事…

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    「あなたはソーニャの声を聞け!」。『罪と罰』くらい読んだのだろう?元学者なのだから…。みみっちい、こせこせした行為とはいえ明らかに確信犯。それを誤魔化すなどは断じて許せない。「汚辱刑」宣告者兼執行者のソーニャにひざまずくしかない。「舛添は日本国民の恥である」と、都民だけではない万民の思いである。恥知らずゆえに居座るのだろうが…


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  • 05/17/16--17:17: ブログあれこれ…

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    遺書代わりにと始めたブログだが、遺書的なネタなどすぐに喪失する。遺書的なネタとは、家族や親族に伝えたい何かを残しておきたいということなどだが、そういうネタばかりで何年も続かない。よって、遺書的なネタを拡大し、父が何をどのように考えていたか、その軌跡を書き残すことにシフトした。変節というよりこれなら書く楽しみも湧くようになる。

    音楽記事も多く書いたが、当方の操作ミスで誤って消してしまった。その数400~500はあったろうか…、2006年10月5日に始めたブログだが、初めてコメントは2007年1月9日で、遠い蒼空さんだった。彼は名古屋在住で大学の仏文科の先生で、2010年6月20日に末期ガンにて逝去された。自分のブログを気にいり、「人がこないね、なぜだろ?」と気にかけてくれた。

    「蒼空文学賞」など設けて、自分のブログを宣伝してくれもしたが、人のブログを覗いたり書き込んだりなど、の交流を意図しない自分には当然ながら来客はない。遠い蒼空さんは、「コメントがなくて書く気が失せませんか?」と問い、自分の「そんなことはないです」の返答を不思議がった。彼は他者からのコメントがブログを書く張りになるとし、人も同じと考えていたようだ。

    確かに原初期には、「わたしのブログにも来て下さい」など、ブログの宣伝コメントが多かったが、人の記事にあまり興味はなかった。遠い蒼空さんは、友だちを増やすアドバイスをいろいろくれたが、悪いと思いながらそれには従わなかった。ただし、記事を書く以上、いろいろなコメントがくる。性別や年齢を想像したり、文章から性格などを勝手にプロファイリングが結構面白い。

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    賛同もあれば批判もあり、知らない人が知らない相手をいきなり罵倒したり、誹謗するなどのネット特有のコメントもくる。実社会ではそのような非礼はないし、よって斯くの人物は病人というしかない。あまりに粗雑な書き込みは無視をするが、たまにどういう返信がくるかと煽ることもある。少しだけでも文字のやり取りをする方が、性格分析の楽しみもあるからだ。

    そういう嗜好は人一倍強いと感じている。昔から人に興味を抱くほどに人間はオモシロイ。学術的興味とまで言わないが、真面目に興味を持つと、初対面の人でも見えてくるものがある。素直に自分を晒す人、なかなか実態を現さない人、理解するのが至難な人など、姿が見えないことでより興味が沸く。人に興味を持ち、人を思考することの楽しきこと哉。

    見えない相手であれ、行間を読むことで老若男女くらいは分かるようになり、推理のプロセスが楽しい。実社会の見える相手よりも、感受性を駆使することで受信レベルも磨かれる。研ぎ澄まさないと見えてこない相手もいる。これらは無意識の訓練だろうが、どんな相手であれ、対象の興味が尽きることがない。罵り言葉を吐く人にあっては背景をいろいろ思考する。

    直近の二つのコメントについて、どう考えたかをなぞってみる。3日のコメは、「なんというマスターベーション。さぞ気持ちいいだろうね」などと、下品な書き込みだが、いわゆる「バカの罵り」であり、本来は無視の類のもの。罵りコメをバカと言いながら罵りを返していては、自分も同等のバカである。嫌味で気晴らしする見えない主は、一体どういう人物なのだろうか。

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    この手のコメは一回限りの言い捨てが多く、情報の特定は難しい。よって、さらなる返信を書かせるべく、「まさか田嶋さん?」と疑問符にしてみた。コメの主は女性であるのは分かるが年齢はわからない。「マスターベーション」などと羞恥な言葉を平然と書く年代として50代以上はない。40代もない事はないが危い。よって、20代、30代であろう。などと勝手に推測する。

    田嶋さんであるなどは目くそほどにも思ってないし、「差別主義者」という表題を閲覧する以上、このあたりの社会問題に興味を持つ、もしくは被差別経験者。で、最終的なプロファイリングは、30代後半の独身女性とした。返信を待ったが叶わなかった。しつこさがない点からしてさほど情緒の混乱もなく、それなりの思慮ありとの結論だが、しっかり文を読めてない。

    とりあえず気に障ったところで罵ればいいとの動機であろう。自分のようなあっちゃこっちゃ跳んだ文の読解は至難であろう。自分が読んでも日数が経過していれば理解するのは数度の読み込みがいる。理解できないのは、書いたときの気持ちではないからだ。行の短いツイッターならともかく、まとまりも要点もない自分の文章に、随意のコメントは無謀であろう。

    高校の現国の教師が常々言ったのは、「現代文は、読んで、読んで、読み込むこと」と、口酸っぱく教えた。確かに読むにつけ御利益はある。テストの御利益とは、正解につながる事。現代文はテストの冒頭だが、読み込む時間の必要ゆえに後回しにする。確かに読むにつけ理解は深まり、書き手の心境に同化するくらい読み込みたいが、時間の制約もある。

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    とことん分かるまで読むべきなのに、何で制限時間という奴があるのか?正しい答えを求めさせるなら、時間は無制限でいいはずだ。大事なのは「分かる」こと。と、言いたいが、時間制限は合理性の問題。現代文にしろ、小説にしろ、マンガにしろ、書き物の面白さは、書き手の心境に同化することである。そこら辺りまで追求できると、読む楽しさも倍増する。

    また、文章表現は、「書き手と読み手の合作」といわれるが、書かれたものなしには、論理も認識も存在しないし、読み手不在の文章も無意味である。書くと読むが根本的に違うのを、文を書いてみるとよくわかる。たまにコメントが入った古い記事を読み直する、これって自分が書いたのか?と、自分で書いておきながら3回くらい読んでやっと理解に及ぶ文章もある。

    書くのは難しいというが、実は読むのも難しい。人間の能力で重要なのは、①創造力、②読解力、③記憶力だと聞いた。「読む」はただ読むではなく、読み込むことだが、「読む」の本質は意味の理解である。西田幾太郎は、「読・書・考」といったが、文章を書くための適切な処方は容易でない。文法上誤りのない文章は、正しい文章であれ、美しい文章といえない。

    泳ぎ方を学んでも水に入らぬ限り泳げない。誰でも書く力は持っている。してその能力を抽き出すためには、自らペンをとり白紙に文字を埋める作業を積み重ねるしかない。何かをいうとは何か?何か言うべきことを持つために何が必要か?そのためには、表現主体の内側が耕されていなくてはならない。つまり、「言うべきこと」は発見であり、創造である。

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    「読・書・考」の反復つまり、読んで、書いて、考える。上に記した、「書く」と、「読む」が違うのは、書いているときは、「書く」に専念し、読み手になった場合に自分の文は客観的に映るが、書いているときはさながら主観的である。自らの文をして、書き手と読み手の差となる。ピアニストの内田光子は、「ピアノを弾く理由は、音楽を自分の耳で聴きたいから弾く」と言った。

    多くの子どもがピアノを弾いているとき、大方は聴いていないし、弾くことに夢中である。十本の指を駆使するピアノはそれほどに難しい。ところが達人となる、ピアノを弾くのは聴く事が主体となる。同じピアニストのグレン・グールドは、弟子をとらない理由をこう述べた。「誰かにテープ係になってもらい、生徒の演奏を録音し、後で聴かせることが最善の学習である」。

    ピアノに限らず音楽(楽器)を奏すのに大事なことは、「聴く」こと。グールドは続ける。「本当にためになるものは、自分自身を見つめることからのみ得られる。教師にできる最良の事は、生徒をそっとしておいてやる事。ただし、いくつかの質問を投げかけて、自分の演奏には疑問の余地があり、その回答は自分で見つけるのを自覚させる事。教師にできるのは質問する事」。

    弾き手が自分の演奏のどこが自分で気に入らないか、を自覚させるのが教師というのはよくわかる。試しに自分の出来る楽器演奏を録音してみるといい。ピアノであれギターであれサックスあれ、「なんだこの演奏はヒド過ぎる!」と感じれば、そこから修正が始まるのだ。他人の指摘より自らの発見が大事。グールドのいうように、教える立場とはそれ以上の何もない。
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    彼女には、「中傷は匿名であれ、(コメントの少ない)ココでは目立つよ」と伝え、反論はなかった。最新は5月11日のコメントである。書き手のプロファイリングでは、罵り目的でないのが分かる。理由として、「内緒」モードであったこと。内緒でも誹謗・中傷もあるが、「いままで見たなかでもトップクラスの駄作レビュー」のくだりは、罵りというより意見であろう。

    素直な批判意見と感じた。書き手は映画レビューのみを期待したようだが、読むうちに話がアチコチ飛んで、「なんじゃ、これは?」となった。それで、「こんなのは映画レビューなんかじゃない、要旨もない、まとまりもない最低レベル」と感じた。映画レビューの期待感からすれば当然である。書き物の良し悪しは読み手の判断基準でなされるものだ。

    読み手は「僕」からして男で、年齢は13~16くらいか。「駄作」という言葉にそれを見た。相手の知識レベルにもよるが、高2、高3くらいなら、「駄文」という言葉を使うのではないかと、これはあくまで主観である。「途中からよくわからない政治の話がが出てきたり、最後は謎の命令口調で締められたりと…」の行は、知ったかぶりのない素直な表現である。

    イメージ 7若者から、「命令口調」とのの批判は改めるのが柔軟さで、強い言葉に反感を抱けば中身が伝わらないのは、自分も経験したから分かる。年長者は若い人から忘れ物を思い出させられる。若者に対するエールも、言葉の使い方ひとつで、「馬に念仏」と化してしまう。お偉い先生方なら、「少年よ、大志を抱け!」の命令もまかり通ろうが、自分はそこいらのただのおっさんである。

    この少年は、家庭環境に特別問題がないのは、自分の映画レビューに、感慨がなかった事で分かる。自分の境遇に無関係であっても、感受生の高い人は想像力を働かせる。人それぞれの生活環境が、同じ映画一つにおいても、受ける印象はまるで違ってくる。共感、否定、どちらもナシ…、というように。人の情緒は生活環境によって異なる。

    が、人間はどうしても、「自分に理解できないものに否定的になる」のは、イソップ物語の『酸っぱいブドウ』の例が示す。取ることの出来ないブドウを酸っぱいと慰めるように、自分にできないこと、理解に及ばぬことで自尊心を傷つけられ、だから対象を揶揄し、非難する。「人間の証明」という映画があったが、「若さ証明」とはこうしたもの。自ら気づかぬ限り判ることはない。

    高い向上心で伸びていく人間は、できないこと、分らないものを対象のせいにすることない。すべてを自らの至らなさとすることが、向上の糸口になるからだ。人間の差というのは、そういう出発点の違いであろうが、そのことを理解し、できるようになる年齢も人によってマチマチだ。自分は遅くて30代くらいだった。人間は生あるかぎり向上すべきで、終点はない。


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  • 05/18/16--17:02: 暴走老人
  • ◎ 同じマンション住人の玄関ドアに自分の尿をかけたとして、兵庫県警須磨署は14日、建造物損壊容疑で、神戸市須磨区の無職の男(67)を逮捕した。男はこのマンションで1人暮らしで、上の階に住む無職男性(55)方の玄関ドアに、数回に渡って自分の尿をかけた容疑。同署によると、「生活音がうるさかった」などと供述しているという。

    ◎ 北海道のJR根室線池田-豊頃間を走行していた札幌発釧路行き特急スーパーおおぞら5号の車内で2015年1月、60代の男が喫煙。喫煙を注意した車掌と口論になった際、備え付けのテーブルを壊したため、警察は器物損壊の疑いで男を逮捕。車内は全面禁煙だった。現場検証のため、列車は浦幌駅に93分間停車した。

    イメージ 1◎ 大阪府高石市のJR阪和線富木駅周辺で、乗用車など90台のパンク被害が相次ぐ事件があり、大阪府警捜査1課などは3日、うち乗用車1台のタイヤをパンクさせた器物損壊容疑で、同市取石の男(65)を逮捕した。男は容疑を認め、「親族から陰口を言われたり、年金が少なくなったりでイライラしていた。鬱憤を晴らすためだった」などと供述しているという。
     
    男は「くぎを使ってパンクさせた。くぎは川に捨てた」と供述したといい、府警は自宅から長さ3.2~10センチのくぎ6本と、千枚通しを押収した。2回のパンク被害にあったという女性(56)は、事件後も男と会話していたといい、「犯人が逮捕されて安心したが、まさかこんな近所の人だったとは」と話している。

    ◎ JR京浜東北線鶴見-新子安間を走行中の大宮発大船行きの普通電車内で9日午後、優先座席に座っていた男は突然包丁を乗客に突きつけたが、包丁は別の乗客がすぐに取り上げ、非番で別車両に同乗していた神奈川県警鶴見署員が銃刀法違反の現行犯で男を逮捕した。けが人はいなかった。

    男は住所不定、職業不詳の寺谷正澄容疑者(71)で、寺谷容疑者は隣に座っていた会社役員の男性(50)が使用していたタブレット端末をめぐってトラブルになり、持っていた袋の中から取り出した包丁(刃渡り約17cm)を突きつけた。JR東日本によると、騒ぎに気付いた乗客がドアコックを操作し、電車は緊急停止。複数の乗客が線路に降りて避難した。 
     
    ◎ 近隣住民の女性に対し、怒鳴り散らすなどの嫌がらせを繰り返したとして、大阪地検堺支部は2015年6月23日、府迷惑防止条例違反と住居侵入の罪で、大阪府羽曳野市野々上、無職、水谷悦子容疑者(74)を起訴した。水谷被告は今年5月、近所の30代の女性宅前で、「この女はヒステリーで怖い。近づかない方がいい」と叫んだり、女性につきまとったりした。

    女性が同年3月、「水谷被告から嫌がらせを受けている」と羽曳野署に相談。同署は複数回注意したが嫌がらせをやめなかったため、今月2日に大阪府警羽曳野署に同容疑で逮捕に踏み切った。

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    ◎ 京都府警北署は25日、強制わいせつの疑いで、京都市北区紫野雲林院町、無職の男(50)を逮捕した。逮捕容疑は、25日午前11時50分ごろ、同区の市北図書館で、本棚の前で座って読書していた主婦(42)ら女性2人に覆いかぶさり、胸などを触った疑い。

    ◎ 京都府警八幡署は2日、強制わいせつの疑いで、大阪府枚方市伊加賀南町の男(85)を逮捕した。逮捕容疑は同日午後0時半ごろ、八幡市内のマンションの入り口付近で、同市の女性(33)に声を掛け、体を触るなどのわいせつな行為をした疑い。

    ◎ 京都府警右京暑は7日、準強制わいせつの疑いで、京都市右京区西京極北衣手町、無職の男(80)を現行犯逮捕した。逮捕容疑は、午後5時半ごろ、同区内の公園のベンチで知的障害がある同区のアルバイト女性(26)の胸を触った疑い。

    ◎ 大津署は5日、傷害の疑いで、大津市丸の内町、無職の男(68)を逮捕した。逮捕容疑は、同日午後7時10分ごろ、自宅アパートの階段で、近くに住む知人の無職女性(79)の顔などを素手で数回殴り、左目周辺や後頭部などに打撲の軽傷を負わせた疑い。同署によると、男は「女性が野良猫に餌をやるのでもめていた」などと供述している。

    ◎ 川端署は4日、強盗未遂の疑いで、住所不定、無職の男(79)を逮捕した。逮捕容疑は4日午後1時すぎ、京都市左京区岡崎最勝寺町の岡崎公園の女子トイレ内で、伏見区の女性(50)に「金を出せ」と脅し、傘で頭や肩などを殴って現金を奪おうとした疑い。川端署によると、女性は腕に軽傷を負った。騒ぎに気付いた通行人が近くの交番に通報したという。

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    ◎ 茨城県警つくば中央署は住居侵入と強制わいせつ致傷の疑いで、同県つくば市、会社員の男(51)を逮捕した。住人の女性(39)にわいせつ行為をしようと侵入、けがを負わせていた。男は女性が経営する飲食店の常連客で、10月中旬、女性が住むマンション1階の真上の部屋に引っ越し、約10日間かけてのこぎりなどの工具で自室の床に縦40cm、横60cmの穴を開けていた。

    最近年寄り絡みの事件が多過ぎる。もう昔ながらのおじいちゃん、おばあちゃんでは無くなっている。65歳以上の高齢者犯罪の検挙数は、ここ10年で、傷害は9倍、暴行は48倍にも増加しているという。他の世代と比べて極めて高い増加率で、平成11年までは横ばいだったものの、その後一気に急増した。原因は不明で、警察庁も調査に乗り出している。

    暴力事件が起きやすいのが病院で、私大病院で過去1年間に暴言・暴力などを受けた経験のある人は44.3%。暴言を吐いた人の年齢は、50代が24%、次いで60代が21%。暴力をふるった人の年齢は70代(24%)がトップ、次いで60代(22%)、50代、80代と、高齢者が上位を占める。都内のある大学病院には、警察OBが常駐する院内交番を設置し、院内でのトラブルを見張っている。

    院内暴力は、病院側の不手際が原因で起こることもあるが、ほとんどは患者側の粗暴な行為が原因という。院内暴力に詳しい筑波大学・三木明子准教授によると、院内暴力をふるう高齢者にはある共通点があるという。特権意識の強い人、"自分が一番大事"という考え方を全面に出してくる人。自分には特別にしてほしいなどがそういう事になりやすい傾向を持つ。

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    いろいろな例があげられるが、たとえば、診療の順番でも早くしてほしい、最高の治療結果が欲しいとか、そういう色々な所で、暴力で要求を通そうとするという。有り体にうえば、院内暴力を犯すのは”偉いポジション”の高齢者ということ。そうでない場合は、社会への不満で抑圧されている人、あるいは性格的にわがままなど、そういう類の人であろう。

    病院に限らず、その手の人間は社会のどこでも同じような問題を起こす。こういう事例もある。スーパーで毎日のようにお弁当を購入するおじいさんがいたという、店員はいつもサービスのおしぼりをつけていた。ある日、それを知らないスタッフがおしぼりをつけ忘れたところ、腹を立て、レジスタッフを激昂し続けていたという。心ない人としか言いようがない。

    コンビニで袋を入れてもらえず、テープだけが気に入らず床に商品を投げつけた子どもと何ら変わらない。それなりに年齢も重ね、世の中の事が分かっている高齢者であるはずなのにやる事は幼児と同じこと。同じ事は将棋の場で自分も経験した。あの爺さんも、「自分は将棋が強い!」というアホな自負を持っているから、あのような態度をとるのだ。

    「道で石を投げれば社長に当たる」。会社では偉い社長でも、道で会えば普通の人だが、一般人に対しても自分は偉いと振舞う人がいる。物事の道理が分かっていない、という意味で「バカ」の類である。陰口たたくより、口に出してではなく、遠慮なく腹で「バカ」と見下す方が、つまり、バカをしっかりと認識し、それを批判して避けることが人格向上に寄与する。

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    バカにバカと罵るよりは、バカにバカを気づかせてあげたいという気持ちであれ、頭の硬い老人に言って(教えて)みたところでも無理からぬこと。若い人でもすぐには気づかぬものだが、彼らは10年後、20年後という将来があり、時間がかかれど分かることがある。自分もそうであったし、恩人の類は多い。余命いくばくもない老人に何かを諭すのは止めた方がいい。

    「年寄りの冷や水」という。老人が冷水を浴びるような、高齢に不相応な危ない行為や差し出がましい振る舞いを、警告したりたしなめたりして言う言葉。こういう事例もある。70歳の父を持つ娘が、父と一緒に旅行した際、電車が遅れたことに対して「時間を返せ!」と駅員を罵倒し続けた。子ども(孫)もいて、「恥ずかしいと言うより怖かった」娘は言う。

    また、72歳の元大学教授が自身の体験として、他愛もないことで若者とつかみ合いのケンカをしてしまった。駆けつけた警察官が仲裁に入ったものの、先に手を出したことから加害者扱いされてしまったという。「『先生』、『教授』と呼ばれていたのに普通のおじさんになっちゃった。普通のおじさんじゃないだろう…?」と、元教授はショックを隠し切れなかったという。

    元大学教授が路上で、そういう意識を持つ、持たないは個々の自由だが、別に「先生」とか「教授」とかの履歴のない人間でも、優れた人格者はいる。このおっさんは、「元大学教授であるのに恥ずかしい」というが、元大学教授という肩書きは単に付け焼刃で、人格的には低位にある人で、権威主義者の成れの果てだ。普通に高い人格を備えるよう精進すべきだった。

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    こういう人間は少なくない。疎外感や孤立感がポイントにあり、企業のトップや大学教授を歴任した人が退職すると肩書きを喪失。「社長」、「先生」と呼ばれてちやほやされていた人が普通のおじさん扱いされるというギャップが耐えられない。孤立はしていないが、強い疎外感があるのは事実。偉い人が人格者ではなく、偉い立場が人格者と思わせていたに過ぎない。


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  • 05/19/16--08:04: 暴走老人 ②
  • 「老害」という言葉は以前からあったが、「暴走老人」という言葉は、田中眞紀子が衆議院議員時代、東京都知事を辞任した石原慎太郎が石原新党の立ち上げを宣言し、ロッキーの音楽に合わせて東京都を立ち去った。眞紀子はそんな石原を、「暴走老人で大変だ!」と批判した。石原はこの指摘に対し、「私は暴走老人だ!」と認め、「暴走老人宣言」をする。

    石原慎太郎は眞紀子の父でもあり、かねてよりその金権政治を批判した政敵であった田中角栄について、『天才』というタイトルで著した。大川隆法ばりの霊言スタイルと話題を撒き、一人称文体で描いた奇書とも言われているが、奥付には、「すべては筆者によるフィクションであることをお断りしておきます」とある。小説だが、正直どういうジャンルなのか不明。

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    田中がロッキード事件でアメリカに嵌められたのは周知の事実だが、石原自身、「自分もかつてはアメリカに洗脳されていた」というのが本書である。石原はサルトルの実存主義の影響も受け、かつて三島由紀夫から、「こんな機会なのだから天下国家のことを考えるといい」的な手紙でもらったのを契機に、「表現の手段」として政治を選んだという。

    石原は伊藤整にも、「俳優でもなんでもやったらいい。失敗しても文士は全部作品の肥やしになる」と言われたようで、こちらの影響もあったと思われる。それらから彼は十分に暴走老人資格者である。老人はその気力・体力の無さから、世の風当たりを避け、おとなしくしているべきものかも知れないが、石原の暴走老人宣言は、生き方の自負であろう。

    石原は舛添都知事についてこう述べた。「舛添さんの問題はあまりに惨めな話で、ただ彼は何回も結婚したり、離婚したりしているからお金がない。私は知事時代、大きな改革をしたつもりですが、(その秘訣は)役人を使ったことですよ。役人は利口かもしれないが、発想力が全くない。その点、田中角栄という人は非常に素晴らしい歴史観を持っていた」。

    とし、ロッキード事件について、「刑事免責に基づく証言とか、滅茶苦茶な裁判で葬られた田中角栄について、最高裁は謝罪すべきだ。最高裁は以前、ハンセン病の隔離政策について患者に謝罪した。あの田中角栄の裁判についても謝罪すべきだと思う。私も長いこと国会議員をやって最古参の一人だけれども、非常に古いアメリカの新聞記者の仲間がいた。

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    ポーカー仲間だった。彼らが言うんだ。(刑事)免責(に基づく証言の証拠採用)、それに対する反対尋問も許さない。こんな裁判しても良いんですか。これで法治国家といえるんですか、といわれた。私はとても恥ずかしかった」。田中眞紀子に暴走老人と揶揄はされたが、娘は娘、オヤジはオヤジと、石原は政治家田中角栄を評価してやまない。

    「私は東大を出ていない。しかし、仮に東大を出ていれば卒業年次は(昭和)16年前期だ。今の次官は16年後期。私は大臣として初めて後輩の次官と相まみえることになった」。昭和46年、53歳で通産相に就いた田中角栄は、こんな就任スピーチで通産官僚たちを笑わせた。尋常高等小学校しか出ていない「たたき上げ」が売りの田中角栄である。

    その田中に東大などそうそうたる大学を出たエリート官僚たちが数多く魅きつけられた。田中の魅力にスピーチの上手さがあげられる。発想力や資金力も政治家田中角栄の魅力であったが、スピーチで国民を惹き付け、さらには巧みな官僚操縦術で官僚たちを上手く使った。眞紀子もスピーチの上手さは定評だったが、官僚を使いこなすことは出来なかった。

    田中は官僚の名前と顔をこまめに記憶していた。「顔色が良くないぞ。昨晩徹夜したのか。わるいな」などと声をかけたりした。せっかちで知られる田中だが、プライドの高い官僚たちに細かく指示したり、怒鳴りつけたりせず、遠回しな物言いで自発的に取り組むよう仕向けてもいた。ようするに田中は官僚たちの能力を認め、それを引き出すことに長けていた。

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    一方の眞紀子は、自分ばかりが有能で、官僚たちを無能と決めつけたことで反感を買った。かつて眞紀子とバトルを繰り広げた新党大地代表の鈴木宗男は、田中にこう教えられたという。「いいか。世の中は三すくみだ。役人は政治家に弱い。政治家が人事を握っているからだ。しかし、役人は国民に強い。国民は政治家に強い。だから世の中はうまくいっている」。

    角栄は憎めない政治家だが、眞紀子は2012年の衆院選で、新潟5区の地元民からもそっぽを向かれ、現役大臣でありながらまさかの落選である。結局、眞紀子には庶民意識が欠落していたのだろう。それは彼女の著書『時の過ぎゆくままに』の中にも見える。、女がアメリカの高校に留学していたころ、ロックフェラー家の大邸宅に招待されたことを書いている。

    角栄は庶民宰相の看板を引っさげて首相になったが、眞紀子は違うし、庶民は遺伝しない。どう転んでも庶民がロックフェラー家などに招待されるはずがない。鳩山由紀夫もお坊ちゃんで有名だが、橋本龍太郎元首相もお坊ちゃまであった。1963年、26歳の若さで代議士になった時、初登院に母親が付き添ってきたことで、そのマザコンぶりが話題となった。

    子どもが母親べったりをマザコンというが、妻をママと呼ぶ夫もいる昨今なら、妻べったりをママコンと言っても良さそうなもの。眞紀子の夫である直紀が田中家に養子で迎え入れられたのが1969年。熊本県知事、参院議員、衆院議員などを歴任した鈴木直人氏を父に持つ直紀氏が慶応大学法学部を卒業し日本鋼管に就職していた時のことだった。

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    角栄は常々、「眞紀子には日本一の婿を探してやりたいんだが、あのじゃじゃ馬娘はさすがのオレの手にもかなわん」と側近に明かし、そんな角栄のお眼鏡にかなったのが直紀氏だった。側近は、「あの茫洋とした鈍牛ぶりは、余人をもって代えがたい」といい、「日本一我慢強い男」というのが眞紀子の婿に選んだ決定打だったということらしい。

    「ようやくいいのが見つかった」と、角栄は手放しで喜んだらしい。誰がみても眞紀子嬢にうってつけの人物である。角栄氏のお膝元・旧新潟3区の元後援会幹部も、直紀氏が旧福島3区での衆院選に敗れ、参院新潟選挙区に鞍替えした98年のリベンジ選挙戦の模様をこう振り返る。「応援演説の眞紀子氏は、どちらが候補者かわからないほどの饒舌ぶり。

    説が終わり支援者と握手をしていた直紀氏は、みかん箱から降りた眞紀子氏に、『パパ、何をクズクズやってんの!次行くんだから早く車に乗りなさい!』と一喝されていました。この"婦唱夫随"ぶりに、支援者はアッケに取られていました」。直紀氏はバツが悪そうに、「私は妻の下僕ですから」と漏らしていたというが、様子を知らない者でも分かる事。

    直紀は2008年9月26日、自民党に離党届を提出。その後、第45回衆議院議員総選挙を目前に控えた翌年の2009年8月15日、新潟県長岡市内で記者会見を開き、眞紀子とともに民主党への入党を表明した。2012年1月13日には、野田第1次改造内閣で防衛大臣に任命され、初当選から約29年目にしての初入閣で、夫婦ともに喜びもひとしおであったろう。

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    ところが田中直紀防衛大臣は、舌鋒鋭い野党議員らを前に、"世紀の珍答弁"の連発で失笑を買う。自民党はこんなダメ大臣への問責決議案を提出せず、国会でイジメ倒す戦略を描いていた。ところが、「国会中継はクイズ番組なのか。みっともない」、「かわいそうで見ていられない」、「イジメは子供の教育にもよくない』など、有権者からの抗議が殺到した。

    思いがけない同情論に救われたハズの田中大臣だが、鼻水が止まらないからと審議中に委員会室を抜け出し、カゼ薬の到着を待つ間、食堂でコーヒーを飲んでいた。「行方不明事件」を指弾されると、「私は日頃のクセで、食堂に行ったらただ座るのではなく、コーヒーを頼む精神でして。今後は国会内ではコーヒーを飲まない決意で臨みたいと思います」。

    と、トンチンカンな答弁で再び失笑を買った─。これには野田首相ばかりか、他の閣僚からも見放されて孤立無援になったという。夫の涙ぐましい努力の末の初入閣だっただけに、眞紀子文科相の怒りも相当激しかったようで、野田総理に喧嘩を宣言したというが、「こんな人物が国の安全保障に関わる要職か?」を、敏感に感じていたのは国民だった。

    眞紀子文科相も、文科省が決めた新設予定の3大学の開校認可をひっくり返し、その後に猛反発を受けて撤回するなど、自ら「暴走老婆」と化した。これには地元講演会関係者も、「またか…!」とウンザリ気味。存在をアピールしたかったのだろうが、やる事なす事が思いつき過ぎる。父角栄が守り続けた議席を失ったことを問われた眞紀子はこう応じた。

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    「時代背景が違う。価値観が多様化し、少子高齢化で政治へのニーズも変わってきている」。落選の街頭演説では、「角栄の娘」、「越後の白雪姫(!)」を前面に訴えたものの、「お父さんが泣いてるよ」とヤジが飛ぶ。眞紀子をジャンヌ・ダルクにたとえ、総理待望論をブチあげたのが渡部昇一。「タラは北海道」というが、もし眞紀子総理が実現していたら…

    朴正煕元大統領長女で、現在針のむしろに立たされている朴槿恵大統領同様、悲惨であったろう。両名ともに、国家最高指導者だった父親を持ち、政治的資質、資性に富んでいると見られ勝ちだが、為政者に求められる「帝王学」を学んでいない者がリーダーにはおぼつかない。待望論のあった眞紀子だが、その器にあらずとの馬脚を現す結果となる。


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  • 05/20/16--18:49: バカの論考

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    暴走老人についてもう少し論考する予定だったが、舛添都知事の会見もあったことで、思考がそちらに釘付けとなり、急遽タイトルを変更した。バカについて論じるとはいえ、バカが多岐に及ぶこともあって総論になりやすい。男はバカ、女はバカ、若者はバカ、老人はバカ、親バカ、学者バカ、釣りバカ、バカ殿、バカ芸人、バカ正直、バカ力…、そしてバカ知事。

    総論とは、内容を全体的にとらえたもので、具体的にいえば、「或る大枠があって、原則としてその枠当てはまる共通のことや一般的なことを述べるもの。一方各論とは、総論を基礎としつつも当該枠の中で特定の部分にしか当てはまらない事柄、あるいは特定の部分においては総論が当てはまらない旨を述べるもの。よって、「バカ女」と書いて怒るのは、「バカな女」。

    「親バカ」と言って文句を言うのは、「バカな親」。他人を名指しでバカというのは気がひけるものだが、そのように表現しなければどうにもならない人物に出くわすことがある。今回の論考対象となるバカ知事とは、舛添要一東京都知事のこと。人を名指しでバカというのは気が引けるといったのは、思っていれば済むことで、それを口に出す必要があるのかないのか。

    普段の日常生活において、面と向かって他人をバカ呼ばわりすることはそうそうないが、文字会話だとできてしまうのは、卑怯といえば卑怯。「腹で思っていれば口にださなくてもいい」は理解できるし、そうする場合が多いが、「腹で思っているなら、口に出そうが出すまいが同じ事」という考えもある。そういう人は素直に、正直に自分のスタンスを相手に伝えるようだ。

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    が、口に出す人を一概に正直者と限定するのも違うだろう。自分の場合は、意思の表明は親切だと思っている。ただ、「あいつは嫌いだ、どこもかしこも全部嫌い」の場合あれば、「あいつは嫌いだ。でもいいところ(好きな部分)もある」場合もある。他人はともかく自分について言えば、「お前を嫌い」と思っているのは、口に出さなくても分かるが、言われた方がいい。

    「口に出さなくても分かる」といっても、推測であって実際にいわれる方が確かな情報である。先日、将棋の場で、「いい年こいてつまらん人だね、あんたは」と言ったのは、「お前なんか将棋をすな!」と言われたからで、いくらなんでもそこまで言われることはない。そう言わなければ黙っていた。後で隣の人が、「あの人は偏屈だから、相手にしてはダメ」といった。

    「こっちが黙っていれば、一人でゴチャゴチャ言うのもバカらしくなって止めるんだよ」と言った。それは確かにそうだが、自分は腹を立て、頭に来たから言葉を返したのではない。何を言っても相手が理解するとは思わないが、「いい年こいて子どもじゃないか!」くらいは言うべきと思った。分からせるためではなく、バカにバカといわなければ、相手は真っ当と思うからだ。

    橋下徹が森永卓郎を、「バカコメンテーター」というのは、ホリエモンが他者に、「あんたはバカ」というのとは違う。ホリエモンはむかついて人格否定言葉を投げているが、橋下はあくまで、「コメンテーターとしてバカ」と言っているのがわかる。人格否定というより、職種を問題にしている。コメンテーターに向かない人がコメンテーターなら、それはバカと思うだろう。

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    将棋を趣味とする人間に、「お前は将棋をするな」というのは、筋違いなバカである。「ワシはお前とはしない」というなら何の問題もないただの選択。そこに意を唱えるのも文句をいう筋合いもない。隣で自分を諭した人にはそこが分らないから、「そうですか」と相槌を打っておく。橋下が森永に、「よくそんなバカなことが言えますね」は、明らかに呆れた物言いである。

    森永は橋下に対して、「よくそんなことがやれますね」といい、彼は、「バカ」という言葉は使わなくても、橋下を批判している。問題は批判を論理的に反論された森永が、同じように論理で反論すればいいわけだが、それができないからバカコメンテーターといわれる。情緒で批判するのはバカでもできるゆえ、橋下は森永の職業的資質を問題にするだけのこと。

    橋下市長という権力者を監視し、物をいうのがジャーナリストやコメンテーターの仕事であり、橋下はそこに不満を抱いているだけのこと。ホリエモンは青山繁晴に対し、思わず「バカ」と言ったが、そこを突かれたときに、「すみません、言葉が過ぎました」といえないところがコドモである。彼がどんなに頭がキレても、人を束ねて上に立てる人間ではない。

    一匹オオカミで自由に発言するなら彼の領分だろうが、頭に血が昇ったときに出る侮蔑語の種類や、使い方が橋下より幼い。橋下も言葉を選ばないが、言葉使いが荒れることがないのは、法廷という神聖な場を仕事とするからであろう。ホリエモンが弁護士なら即退廷だ。人は馬脚を隠せるものではない。人をバカという自分ブログを読んで、バカと感じる人も多かろう。


    「自分がバカなのに、他人をバカといっていいの?」。これは全然問題ないが、人にバカと言われたくないから、人にも言わないという選択は構わない。それも自己保身であろう。「自分はバカだから」というのを素直に思うのはいいが、人を批判する時は、「自分もバカ」の方がいい。意味の違いは、「自分はバカだから批判する」と、「人を批判する自分もバカの類」。

    とまるで違う。バカだから批判するのではなく、批判する自分もバカである。の違いは分かる必要がある。もっとも、「自分はバカばっかやってます」という言葉も、そんなことをいう人間は好きになれない。そんなことを公言して自身の器の大きさを見せているのだろうが、「お前がそう思うならそうだろう」と肯定してやる。否定してくれるのを期待して言うなである。

    過度に謙るのは強い自尊心の現われであり、「いやいや、お前はバカじゃない。ちゃんとやってるよ」と、言われたい心がミエミエだ。女の世界なら構わんが、こういう男の世界は存在しない、認めない。また「お前はバカなんだよ」と威張った言い方もダメだ。「どうだい、オレは…」と威張るその性恨じたいが、すでにバカである。自慢は自信のなさに過ぎない。

    「バカとは何か?」は、いろいろだからその都度、その事象を指して言う場合が多い。ただ、バカとは知識がない、モノを知らない、学力がないを必ずしも意味しない。それを指していう場合もないではないが、学歴も、性別も、年齢も、収入も、地位も、そんなものは関係ないバカもいるからだ。常に自分の利益や幸福のことだけを考え、相手のことを考えない人がいる。

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    それ自体がバカというより、そういう人は当然にして嫌われる意味においてバカであろう。相手を自分の利益の手段としか見ない人間はバカというよりクズである。バカは直る見込みはあるが、クズとはゴミクズのクズであり、ゴミ箱行きだ。嘘をつく人間も以下の意味においてバカであろう。「嘘をついて得することがあっても、それはほんの一時のことである」。

    バレない嘘もあるが、だからと言って自分の嘘がバレない保証はない。むしろ、嘘はバレるものだと考え、身を節し、嘘がバレれば他人は二度と自分を信用しなくなる。その事で失う物の方が大きい。だから自分は嘘をつかないようにする。と思う人は居るだろう。それがその人の人格の土台になっているが、カントにいわせるとこういうふるまいは道徳的ではない。

    なぜなら、「嘘をついてはならない」という道徳の掟は、「理性」に由来するものであるべきとカントは言う。上の考えは、「嘘ついたら地獄で閻魔さまに舌を抜かれるよ」と同じ種のものであるからだ。「妻にバレたら離婚を言われるので浮気はしない」のも同じ。「酒気帯び運転の罰則が厳しいのでやらない」も同じ。カントは一切を理性の支配下におきたいのだ。

    カントのいう、「嘘をついてはならない」を理性の支配下におくというのは、「騙しあいの横行する社会が、安楽で望ましい生活をもたらすことはできない」ということ。したがって、「嘘をついてはならない」という命令は無条件の「理性の法」である。哲学者というのは、中でもカントにおいては厳格なまでに理性に従わせるのは、法が絶対で神聖なものとする。

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    我々はカントの言葉を鵜呑みにはできない。我々の社会道徳とカントの道徳の間には、埋めきれない溝がある。我々の道徳は、社会生活のために必要な嘘はあり、方便としての嘘は認めている。つまり、「円滑な社会生活を送りたいなら、○○せよ」といった形の、条件付きの命令から成り立っている。カントの理想は皆が理性の支配下にあった場合に有効である。

    舛添知事が、自身の犯した行為について、口先だけの反省はするが、実体を明かさないことで法的、道義的責任を逃れようとしている。果たして逃れられるかどうかは、一部の逃さない人間の怒りと行動にかかっている。つまり舛添は、「怒りの人間など大した数ではなかろう」と読んでいる。日本人が欧米人に比べて憎悪心の希薄な人種であるのを知っている。

    「昨日の敵は今日の友」、「人の噂も75日」、「和を以て尊しと成す」といった日本人観はいかんともし難い。「元少年A」の手記出版の記事にも書いたが、『良心をもたない人々』を書いたマーサ・スタウトの言う、怒らない人も良心を持たない人と同種である。我々市民社会の場で、軽度な交通違反から万引きから、ゴミ屋敷、騒音おばさん、ゴミ不法投棄など。


    あるいは、イジメを見ぬふりをする校長、エロ教師、給食費を払わぬ保護者、政治資金でパンツやパジャマを購入する知事もいたりと。それを怒らないのは、皆が同じ事をやっているからで、だから本気で怒れない。議員の多くが叩けば誇りの出る身分であり、政治資金規正法がザル法であるのも知っている。どうして、自分たちを律する法を作らないのか?

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  • 05/22/16--17:19: バカの論考 ②
  • 自分を、「律する法」と「利する法」がある。子どもがバカをやるのは仕方ないが、分別わきまえた大人が、そこそこの社会的地位をもった人が、こんなでは、大人を見て育つ子どもにいい環境とならない。ベネディクトは、『菊と刀』で「恥の文化」を著したが、日本文化の廉恥の精神に翳りが見え始めている。「恥知らず」もバカに属し、以下はそれ以外のバカの定義。

    自分だけが大事のバカ、自分が正しいと信じて疑わぬバカ、自分の殻から一歩も外に出ようとしないバカ、道理がわからぬバカ、自分で考えようとしないバカ。これらが今回の舛添知事に当てはまる。さらに付け加えるなら、都民・国民に対する不誠実極まりないバカ。これだけプラスすれば極バカである。果たして舛添は、バカの上に幸福になっていいものか?

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    他人は容赦なく攻撃する舛添だが、自分のこととなるとよくもあれほどバカになれるかと、馬脚を現した舛添である。今後テレビで何を言おうが、バカの言葉を真に受ける者はいない以上、彼のジャーナリストとしての生命は終った。猪瀬もバカというが、あれは過ちであり、人間は誰も一時の過ちは犯すものだ。人間が真にバカであるかどうか、過ちの収め方にある。

    バカの真正はそこに現れるというもの。過ちを犯したからバカではなく、過ちを過ちと認めない人間が真正のバカである。小うるさい東国原も出しゃばりバカで、あちこち顔を出しては、つまらんことを言う。彼は、「猪瀬さんが、舛添さんのことを言えたギリか?」と言ったが、「(前科持ちの)お前こそ言えたギリか?」と叩かれ反論できず。彼は芸人ならオモシロイ。

    「東国原と舛添がケンカして、どちらもケガ(毛が)なくてよかったね」なら古典的ギャグだが、今は舛添を問題にすべきで、石原や猪瀬に絡むことた~ない。途中でケツを割っておきながら、善き知事だと言わんばかりの発言が小物すぎる。東国原に制止されたと思わないだろうが、猪瀬は舛添についてどんどん語るべし。どちらが破廉恥漢であるか、誰が見ても一目瞭然だ。

    許認可業者から無利息の選挙資金の借り入れは誤解を生むが、あくまで誤解の段階であったのは事実。また、収支報告書に記載しなかったのは、記載できなかった理由を猪瀬が知っていたことになる。舛添は、自分の雇った第三者(弁護士)の聴取には応じるだろうが、自分を選んでくれた都民という第三者には口を閉ざす。こんなバカは見た事がない。

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    舛添は自分が雇った弁護士に、「厳しく徹底的に調査を」と戯言をいうが、彼らは顧客(依頼者)の利益になるよう働く。しかるに、どこのどんな弁護士を、どういう基準で選ぶかは舛添が決めること。自分の金で雇う弁護士を果たして(善意の)第三者と言えるのかの疑問は沸くが、「第三者に厳しく公正に調査していただきます」と、何度も何度も繰り返して言うところが嘘臭い。

    「舛添さんは、なんであんなことしか言えないんですか?」と聞かれたので、「あんなことしか言えない人間なんだよ」と言っておく。他にいう事があれば言うが、言えないから同じ事ばかり言う。「バカの一つ覚え」という言葉を、彼は見せてくれている。元妻片山さつきは、舛添のバカを見近に知る人物だが、彼女には「称賛」と「お悔やみ」を同時に言いたい。

    舛添のようなバカと結婚したことに対する「お悔やみ」と、さっさと結婚を解消した賢明さに対する「称賛」である。舛添はかつて朝日ジャーナル編集長だった下村満子との対談で、「女性は感情的で政治に向かない」と決め付け、その例をこう述べた。「人殺しが上手いのも実は女の方なんです。中国の動乱で三千人殺せば片付くという状況で、小平は三千人にとどめた。

    もし、女性指揮官だったら、カッとなってもっと多くの人民を殺していたかも知れない」とし、下村の顰蹙を買う。かつて、「二つの言葉をいえば大臣は務まる」といった政治家がいた。二つの言葉とは、「個別の事案についてはお答えを差し控えます」と、「法と証拠に基づいて、適切にやっております」である。なるほど舛添はそれを模倣しているが、発言主の柳田法相は8日後に辞任。

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    発言はバカの謗りを免れないが、地元支持者への国会報告会での発言で詳細はこうだ。「9月17日(の内閣改造の際)、新幹線の中に電話があって、『おい、やれ』と(首相に)いわれ、『何をやるんですか』といったら、法相といわれて、『えーっ』て言ったんですが、何で俺がと…。皆さんも、『何で柳田が法相』と理解に苦しむでしょうが、一番理解できなかったのは私です。

    私はこの20年近い間、法務関係は1回も触れたことはない。触れたことがない私が法相なので多くのみなさんから激励と心配をいただいたが、法相とはいいですね。二つ覚えておけばいいんですから。『個別の事案についてはお答えを差し控えます』と。これはいい文句ですよ。分からなかったらこれを言う。これで、だいぶ切り抜けて参りましたけど、実際の問題なんですよ。

    『法と証拠に基づいて、適切にやっております』。この二つなんですよ。 まあ、何回使ったことか。使うたびに、野党からは責められ。政治家としての答えじゃないとさんざん怒られている。ただ、法相が法を犯してしゃべることはできないという当たり前の話。法を守って私は答弁している」。着物を脱いでパンツ一丁になれる地元選挙民の会合とはいえ軽率だった。

    この発言について自民党の河井克行は、11月16日の衆議院法務委員会で「法相という職を汚している発言」として謝罪と撤回を要求。柳田が「委員会の審議では真摯な答弁を心掛けたい」と陳謝し再開した。その後柳田は、仙谷官房長官から厳重注意を受けている。柳田はその後も法相続投に強い意欲を示していたが、辞任やむなしの情勢となる。クビと言った方がいい。

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    これが当時、「烏合の衆」と揶揄された民主党政権の実体である。自民党アレルギーから国民は政権交代を望み、鳩山民主党にやらせてみたいとエールを送ったが、結果は散々だった。同じような答弁に終始し、他人任せで説明責任を果たさないバカ知事を辞めさせるのは、都民によるリコールもあるが、人口の多い東京都なら、署名も時間がかかって大変だ。

    ならば都民の代表の議会に委ねるしかないが、舛添の議会解散権に怖れをなして保身の議員に対し、それなら都民は怒るしかない。都民の声を代表者する都議会議員が、我が身可愛さで報酬を受けるなど許せないが、保身という名のバカは世に多い。ハゲがバカというのは聞いた事がないが、子どもの頃に大人が「ハゲに悪人ナシ」と言っていたのは耳にした。

    自分が生まれた地元での言葉と思いつつも、こういう事が日本のアチコチで言われているのかどうなのか、気になって検索かけてみたところ、あるわ、あるわ、なるほど「ハゲに悪人ナシ」は全国区言葉のようだ。面白半分に友人等といろいろハゲ談義をしたことがある。その中でズラ使用者が死んで幽霊になったとき、ズラをつけているのか、ハゲで幽霊なのかの疑問。

    神の存在証明は哲学的に解決を見たが、ハゲズラ論争をした哲学者はいないし、我々レベルでの幽霊談義は所詮は水掛け論。経年で知識も増し、「思念体」などの言葉を駆使して思考すれば、思念体としての幽霊は、理想の姿が具現化されるゆえに。髪はきっと生えることになる。ありし日の一番ベストな状態で幽霊となって、挑んでくるはずだ。「挑むって誰に?」という問題はあろう。

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    都民ならぬ多くの国民が先の舛添の記者会見に辟易したが、「ハゲは悪人」とは断定できないが、「ハゲに悪人ナシ」が正しくないのは分かった。あれほど有権者や国民をバカにし、欺いた知事がかつていたろうか?東国原は都知事になりたかったようだが、同じハゲであっても舛添のようなバカではないだろう。舛添がしきりに言う第三者を橋下徹弁護士に依頼したら?の声もある。

    橋下なら舛添の望みどおり、「厳しく徹底的に調査する」だろうが、その前に橋下は依頼があっても受けないし、また舛添が依頼をするはずがない。仮に依頼をしても、弁護士の仕事としての本分をわきまえる有能な弁護士なら、依頼人の利益のために働くのは当然である。だから、舛添を追い落とすようなことは絶対にしない。橋下は舛添の第三者依頼についてこう語る。

    「政治資金規正法違反について弁護士による第三者委員会なんて全く意味なし」、「こんなのでごまかしてはダメ!」と、ツイッターで批判した。橋下はその理由として、「なぜなら政治資金規正法は、公私混同の使い方も違法にしていない。金の支出について記録があれば公私混同でも合法」といい、これは彼が弁護士としての、"悪知恵"部分を世間に披露した。

    イメージ 6つまり、「政治資金規正法そのものがザル法。不動産を買わない限り原則支出について制約はない。あとはその使い方について有権者が政治判断を下すというのがこの法律の仕組み」と法律解説をし、その上で、「舛添問題における公私混同をいくら追及しても政治資金規正法上違法にはならない。これは政治倫理の問題。その事をメディアは分かっているのか?」と問う。
     
    普段から議会が追及し、有権者に政治判断を下してもらうもの。「(舛添問題は)都議会の責任」と指摘した。法は完璧ではない以上弁護士というのは、法の網を見つけ、矛盾を提示するのが仕事。そもそも、「政治資金規正法」はあくまで監視が目的で、政治資金の適正な支出を目的にしていない。法に穴がある以上、「法の穴をついて何が悪い?」というのが橋下ならず、弁護士共通の思いである。


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  • 05/23/16--16:07: バカの論考 ③

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    弁護士も検察官も裁判官も法学部で学び、司法試験を受けた後、合格者は最高裁判所に司法修習生として採用される。司法修習は裁判官・検察官・弁護士のいずれを志望する場合であっても、原則として同一のカリキュラムに沿って行い、修了後、裁判官なら判事補、検察官なら検事(2級)として任官、弁護士は弁護士会への登録を行い、それぞれ法曹として活動する。

    いずれもが正義を行う強い人。のようにみえるが、実は我々と同じ弱い人間である。凶悪犯を極刑にするのも正義なら、凶悪犯の命を助けるのも正義であるように、いづれにも家族・親族はいる。それぞれが正義を行使するなら、それぞれが深く傷つくが、仕事であると割り切るしかない。ゆえに悪を追い詰め、方や悪を守ろうとし、最後は司法が断罪する。

    訴訟や裁判というのは、真実を追究ではなく、正義の戦いでもなく、論理のテクニックを披露するディベートの延長線上のようなものである。凶悪犯などの弁護を恐れ慄いて断る弁護士はいる。国選でなければ、仕事を受ける受けないは弁護士に選択権があるが、巷には「凶悪犯の弁護なんかするな!」と叫ぶ声。弁護士も人間、これらの声に深く傷つくことになる。

    それでは仕事ができないではないか。したがって、凶悪犯を救おうとする弁護士の気持ち、つまり弁護士の正義の理念とは、「困った人を助けることこそが正義」という考えにある。誰にも分らない架空の真実を法廷で争うのではなく、論理を駆使し、矛盾を激はして依頼人を救う。依頼人が凶悪犯であるとかは関係ナシに、凶悪犯に対する世間の非難も関係ない。


    世間の声などまったく気にならないと言ったら嘘になる。先にもいったが、弁護士とて弱い人間だ。したがって、「あんな凶悪犯の弁護なんか、よくやれるよな!」という声を気にしないでいるためには、自分たちの仕事に対する「世間の無理解」と考える。人によっては「バカの無理解」と、自らを叱咤・激励するものもいよう。もちろん、口には出さないが…。

    仕事に誇りを持つとはそういう事でもある。世間の非難は理解できるが、仕事に邁進・鼓舞するための「バカの無理解」である。バカという言葉を「無知で純粋」と置き換えるなら、「なんで弁護士は悪い人の味方をする?」と多くの人間は思う。舛添がいかに悪人といえども依頼された弁護士は、共感できるできないに関わらず、彼の立場に立って弁護をする。

    英米法には、「訴訟はゲーム」という考え方がある。特にアメリカはこの考えが顕著で、武器を多く、説得力ある証拠を多く出した方が勝つ。それが絶対的正義というわけではないが、どんなに疑わしくても証拠によって証明されない限り、責任を問えないと言うのは訴訟の基本である。日本の法体系は、もとはドイツ法がベースで、「絶対的真実発見主義」である。

    この方が、何となく日本人の感性になじみやすいようだ。裁判をゲームと割り切ることができない空気が日本社会にあり、そのことが日本人にとっては、弁護士というシステム自体がしっくりこない馴染まない。ディベートというのは、「個人的な心情としては共感できない人の立場に立つ」ことを目的にしたゲームだが、遊び心のない日本人はディベートが苦手。

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    悪い人の味方をしない、良い人にだけ味方する、というものでもない。それが弁護士の仕事である。したがって、橋下が舛添の弁護士を引き受けたら100%無罪にする。もっとも弁護士は依頼人を有罪にする仕事ではないし、舛添がそれを狙っているのは明らか。そうしたメディア、マスコミの無知を橋下は指弾した。舛添を辞めさせるのは議会しかないのだと。

    橋下は、『たかじんのそこまで言って委員会』のレギュラー出演していた際、2007年5月27日放送のにおいて光市母子殺害事件弁護団に対し、「あの弁護団に対して、もし許せないと思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」と懲戒請求を行うよう視聴者に呼びかけたことがあった。(「光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件」)。

    これに反発した光市母子殺害事件弁護団の今枝仁ら4人は、2007年9月に橋下に損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こす。第一審、控訴審では橋下の行為を不法行為と認定、損害賠償を命じたが、2011年7月15日、最高裁判所は、「橋下の行為は弁護士として問題なしとしないが、懲戒請求の呼びかけそのものは不法行為とはいえない」として、原告の訴えを棄却した。

    これが発端となり、2007年の弁護士に対する懲戒請求件数は、前年1367件の約7倍に当たる9585件となり、うち84%に当たる8095件が弁護団に対するもの。しかしいずれの弁護士会も、「弁護士の職責を果たすためで、懲戒事由に当たらない」との理由で、2007年11月22日付の東京弁護士会を始め、大阪、仙台、広島弁護士会と、いずれもが処分せずの結論を出した。

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    これに対し橋下は、2007年12月9日放送の『たかじん~』において、「7000通も(懲戒)請求が出てるのに何にも意味がないんだ」と懲戒請求制度および、弁護士会の態度に不満を洩らした。「橋下的生き方」なるものがあるとするなら、朱に染まることなく多くの事象を客観的に見つめる。焼け跡派言論人小田実、大島渚、野坂昭如亡き後、ひとり異彩を放っている。

    小田(東大)、大島(京大)らは左翼インテリだが、野坂(早大)は、違う。彼の『火垂るの墓』を左翼映画とガチャガチャいう者はいた。戦争を悲劇的・否定的に描くものは全て左翼的との短絡思考だろうが、誰もが生きる為に精一杯だったあの時代を知らない世代の言い草であろう。アニメはジブリ制作だが、共産主義者の宮崎駿の監督でなく、高畑勲が担当した。

    昨今のインテリと彼らの決定的違いは、いずれも行動派であったこと。彼らの少し前に三島由紀夫(東大)がいた。彼はおぼっちゃまで、青白インテリの汚名を晴らさんがため、右翼思想に傾倒した。三島の没後20年にちょっとしたブームがあった。『文藝春秋』90年12月号で吉本隆明と西部邁の対談があった。吉本はかつて三島に最後の対談相手に指名された。

    吉本が断ったために実現しなかったが三島は晩年、左派系論客との対談を積極的に行った。その中で戦中派として、同世代として、あるいは対極と見られがちな、吉本を指名したのだろう。吉本の著書に『共同幻想論』というのがある。友人が血まなこになって読み、是非ともと勧めてくれた本だが、薦められると読むのが嫌になってか、読む機会を逸した。

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    「当時の教条主義化したマルクス・レーニン主義に辟易し、そこからの脱却を求めていた全共闘世代に熱狂して読まれ、強い影響を与えた思想書である。」との解説がある。吉本は「幻想」という言葉を好んで使うが、仮に国家が幻想であっても、問題はそこからで、幻(まぼろし)から何かが見えてくるものでもない。後に、『共犯幻想』というのをマンガで読んだ。

    原作は斎藤次郎(本名:水上次郎)で、自著『若き日の読書』(1968年 三一書房 高校生新書)が切っ掛けだが、『共犯幻想』は吉本隆明著、『共同幻想論』の表題借用なのはいうまでもない。先に出たのが、『共同幻想論』だったが、時系列反転するほどに、『共犯幻想』の方が学生にインパクトがあったようだ。巻末には原作者による、6300文字相当の長い解説がある。

    斎藤は漫画原作者として活躍後、1987年から子どもや子ども文化に係るミニコミ誌『三輪車疾走』、『子どもプラス』、『子どもプラスmini』の編集代表を務める傍ら、「BPO放送と青少年に関する委員会」副委員長などを歴任、教育評論家として子どもに関する多くの著作がある。2007年9月、岐阜県多治見市にあるダイニングバー「Jazz inn PAPA’z」で講演を行った。

    その2週間後に長男(39)と、長男の同居人の女性(32)とともに、大麻取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕された。斎藤容疑者は自宅書斎の机の引き出しの中に、ポリ袋に入れた乾燥大麻約10グラムを所持し、長男も自宅から少量の乾燥大麻が見つかったほか、居間で大麻10鉢を栽培していた。これで彼の教育評論家としての人生も、過去の業績も終ったことになる。

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    逮捕時斎藤は68歳で、晩節を汚したことになる。若き日々を振り返れば、呆れるほどバカであった自分だが、その時は誰より正しいと思っていた。若さとは自分しか見えないようだ。大人になってもバカがいるが、あれは成長しないということなか?バカでなくとも権力を持つとバカになる。舛添もただの一市民であったなら、バカな発言はあってもバカな行為はなかった?

    舛添と下村満子の対談の続きだが、彼は、「女の許せないところは、すぐ女を出して議論をするところ」とし、消費税に台所の主婦感覚で反対するのも、「オッパイ見せて僕を誘惑するのと同じレベル。女を武器にしている」と感情的な物言いに対し、「舛添さんはオッパイ見せられる程度で誘惑されるの?」と切り替えされた。引用の仕方がいかにも品性なき舛添である。

    20日の釈明(しない)会見の前に、全米さくらの女王にハグ写真があった。ハゲがハグして悪くはないが、この写真はバグだ。耳元に顔を寄せた舛添の顔がキモイ。舛添の元妻片山さつきは表立った舛添批判をしなかったが、彼のバカさに我慢の糸が切れたのか、片山は舛添の会見を、「号泣県議と基本は同じ」といった。方や号泣、方や沈黙、どちらも同じ誤魔化しである。


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  • 05/24/16--08:22: バカの論考 ④

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    バカは犯したミスの収め方で判るといった。無様なバカになりたくない人は、真摯な自己批判をし、地位に連綿としない。バカはとことんバカになっても、自ら地位を物乞いをする。『武士は食わねど高楊枝』というのは好きな言葉だ。物乞いは武士にとってもっとも卑しく、醜く、忌避する行為である。また、『葉隠』には仕舞物(しまいもの)に手をだすなとある。

    仕舞物とは、残り物、掘り出し物で、今で言うバーゲン商品。町人、商人から物を貰って喜ぶのは風儀の悪い事。また、百両の値打ちの物を五十両で入手するを卑しき心とする。つまり、そのようなことが癖とならば、千両の値打ちのある人物を五百両に評価する危険を犯し、大いなる損失を招くといっている。石田三成は、島左近を自身の禄の半分で雇ったという。

    当時、三成の知行4万石だから、いきなり2万石でスカウトである。それが後に、「三成に過ぎたるものが二つある。島の左近に佐和山の城」と言われる様になる。世の中にはどうしようもないバカもいれば、賢い人、立派な人もいる。人を「賢い」、「立派」と言えば、「アレが賢い?立派?」と文句をつけるのがいる。「あいつはバカだ」と言えば、なぜか怒る奴もいる。

    「人にバカってお前は何さま?」と、なぜか絡んでくるのだ。バカをバカと言って、なぜ「お前は何さま?」と返すのか理解できない。別に何さまというでもないし、異論があるなら、「自分はそうは思わない」と言えばいいだけだろう。「(人をバカなどと)そんなこと言うもんじゃない」と絡む善人気取りは、自分が人を、「バカ」という以上に高い目線を向けている。

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    「お前はこの世にバカがいないとでも?」、「そうじゃないけど、腹で思ってればいいだろ?」、「それなら、(バカ)に該当する対象について意見交換はしないということだな?」、「そうじゃないよ」、「いや、そう聞こえるな」、「他人をバカというその事にムカつくんだな、人を安易にバカといっていいのか?」、「安易じゃない。バカにバカというだけ」。こういう善人気取りはいる。

    曽野綾子の、『善人はなぜまわりの人を不幸にするか』ではないが、言葉じりをとらえて正義の使者もしくは、善人気取りで絡んでくる。だからうっとうしい。バカだの、何だのと私情悪口を言う人間もいるが、例えば舛添知事のようなバカについていろいろ話し合うことも大事である。こういう奴は口には出さないが(出すとうっとうしいので)、「勝手にムカついてろ」だ。

    小学生のころ、親の悪口を言ったら「親の悪口いっちゃダメ」という子はいた。男は悪ガキが多かったから、そういう級長的お説教は女子に多かった。「級長的お説教」といったが、級長であっても腹が立つ。「赤いものを赤いというように、悪いものを悪いと言ってどこが悪い?」と、迫ったことはないが、言えばおそらく、「育ててもらってるんでしょ」だろう。

    「育ててもらってるなら何をされてもいいんか?」といえば、論理で返さず、「ダメはダメ」というのは目に見えている。それが子どもというものだ。「親の悪口はダメ」という奴は中学にも高校にもいたが、上の問いに論理で答えられるのか、一度試してみればよかった。バカは死ななきゃ直らないように、ダメな親が突然いい親になるわけがないし、ダメな親は永久にダメ。

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    口に出そうが、出すまいが…。だからそういう奴の前では言わないようにすればいいだけの話。親の悪口を言わなかったらいい親になってくれるなら、すぐにでも言わないで置く。ダメな親に苦しめられ、それに対するせめてもの願いである。子どもはいつまでも無知・無力ではないし、そのようにタカをくくった親は危ない。子どもに殺される可能性がないともいえない。

    「殺されないだけ有りがたいと思えよ」と親に言った事がある。ショックだったようだが、それも束の間、そんな言葉で反省したり、おとなしくなるような母親ではない。これまでいろいろなバカを見聞きしたが、もっともバカなのはやはり母親であった。その理由は、子ども(自分)に対する権力を持っているからでもある。権力なきバカは無視すればそれ以上の害はない。

    ところが権力を持った上に、寝食を共にするバカが目の前にいると、油断をすれば伝染もする。だから、「こんなバカには絶対にならんぞ!」という強い戒めが必要になる。世の中でもっともよくないのが、バカが、「力と金」を持つことだという。持たせてはならない「バカに金と力」である。子は生まれながらに親の権力下にあるのは仕方ない。だから、権力にひれ伏さぬよう振舞うしかない。

    親殺しが続いたときに、ある親が(心当たりがあるのか)、「子どもに殺されないようにするにはどうすればいいと思う?」と聞くので、「そんなことは絶対に予測はできないことだ」といった。世の中見渡せば、周囲からみて、「いい人・いい子」が殺人を犯したりと予測不能だ。が、あえて言うなら、「親を殺さない子どもを持つこと」。これなら殺されることはない。

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    親子間でのトラブルはいつの時代にもあるが、近年においてどういう問題がクローズアップされているか、あくまで自分の想像だが、子どもが大人の楽しみを早いうちから求め過ぎている。そこの点での親との争いで、個別の問題というより社会全体の問題であろう。我ら子ども時代は、大人になる楽しみはたくさんあったが、どのようなものがあったろうか。

    ずいぶん昔のことなので忘れてることもあるが、忘れ得ないものは成人映画(18禁というやつ)である。規制が解かれ、堂々見に行ける楽しみは、友人同士との昔話に出る男の共通の楽しみだ。が、今はネットで中学生でも見れる。「高校卒業したら携帯電話を持っていい?」と娘がお願いに来たのは、ほんの25年くらい前だった。今はもっていない子どもの方が珍しい。

    「昔はよかった」、「昔は○○だった」と懐古主義に浸るのではなく、今の子どもが大人になる楽しみがない、という話。みんなが大人になりたいと思っていた時代、大人になることに憧れていた時代。それらはつまり、"大人の特権"という言葉に集約されている。成人映画や、携帯だけではない。夜遅く帰ってきても良いとか、いつ飲んだり食べたりしてもいいとか…。

    自分用のテレビやオーデイオ、ウォークマンが持てる、好きな洋服を選んで買える、お化粧ができる、恋人とデートができる、SEXも大人のお仕事であった。まことささやかではあるが、「そういう大人の特権を持ちたい」という気持ちは誰にもあった。これは裏返せば、子どもは暗黙の我慢を強いられ、それを当たり前のように我慢をしていたということだ。

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    強制だけではない、自己規制も多だあった。今は我慢を強いられることもなく、自己規制の必要もない自由な子どもたち。その方がいいように思いがちだが、反面、大人になる楽しみがなくなっている。今の子どもたちは、最初っからすべて持っている。許されている。自分専用の部屋、そこには当然テレビがあったり、オーディオもあったり、さらにはスマートフォン。

    子どもが大人になる楽しみがないなら、「何のために生きてる?」などと思わないのか?いや、思ってしまうだろう。いきなり何もかも与えられたり、出来たとして、それでどうやって生きれば良いのかについて、分からなくならないのかと…懸念する。今の時代の子どもではないから想像するしかないが、自由すぎると、かえって何をやっていいのか分らないのでは?

    自由は規制があるから価値がある。我慢も抑制もなく何でも自由なら人間はバカにならないか?節操のない人間をバカというようにである。わけが分からなくて引きこもったりするのではないのか?いつごろからこんな時代になったんだろう。70年代後半から80年代前半に生まれた人たちの最良のルートは、勉強して、いい大学に行って、いい会社に入ることだった。

    だから東大は当然、学問しに行く大学だった。昨今は、東大というブランドを得るために行く学生も少なくない。確かにブランドではある。立花隆は、『東大生はバカになったか』の中で、「今の学生に教えるべくは、学生が歴史的に見て、どのような状況にあるということ。そこをしっかり教えると、『自分はもっと勉強しなければ…』と、なるのではないか?」と言う。

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    そんなこんなを思考するに、やはりというか、子どもを取り囲む時代が大きく変わったのは、80年代ではないだろうか。70年代の子どもはまだ、"大人の特権"に憧れる空気があった。80年代といえば、東西冷戦時代であったが、世界が一変した出来事といえば、何はともあれ、ソ連が崩壊したこと。つまり、社会主義、共産主義体制が崩壊してしまったことだ。

    なぜソ連は崩壊した?についてはネット内に山のように書かれている。ソ連に限らず、1980年代の中頃から、世界の社会主義諸国は音を立てて崩れた。「資本主義社会の抱える様々な矛盾は、必然的に社会主義社会を生み出す…」。これが社会主義国家を支えたマルクス理論の、確信に満ちた予言だった。他方、エンゲルスは、「空想から科学へ」と言った。


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  • 05/25/16--18:51: バカの論考 ⑤
  • 「バカとは何か?」について、過去、多くのバカを見聞きし、体験もし、自ら実践もし、それで分かったつもりで、実はよく分らないある種得体の知れないもの。それが「バカの論考」を推し勧めている。とことん、思う限りのバカをついばみ、書きもしながら、まだまだ書き足りてない。石川五右衛門は、「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」といった。

    が、「世にバカの種は尽きまじ」ともいえる何事も徹底すればひと段落着く。よって、「バカの論考」を続けてみる。「バカ」を揶揄し、嘲笑し、「バカ」を焙り出す目的でなく、「バカ」を止めるべきとの気持ちで書いている。人が「バカ」を止める世を想像するが、想像できない。人が「バカ」を止めたら、どうなる・こうなるを、まるで想像できない、その理由は、あり得ないからだ。

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    想像するけれども、想像できないというのは苦境である。苦境でありながら、反面微笑ましくもある。なぜなら、バカを行為する自分と、同じようにバカを行為する他人と、共に生きてこそ「人」であるからだ。人は「バカ」を止めて欲しいといいながら(書きながら)、反面、人は(含自分)もバカをやる楽しさを求めているのかも知れない。「バカも休み休み言えよ」という言葉がある。

    「バカを言うな!」ではないなら、「バカを(言ってもいいが)断続的に言うな!」それが「バカも休み休み言えよ!」という言い方ではないかと。なるほど、人は他人のバカ発言を許容しているのが判る。もちろん、「バカなこと言うんじゃない」という奴もいる。昔の彼女は二言目に、「なにバカなこと言ってんの」と言った。自分はこの言葉をいう時の彼女が好きだった。

    彼女がそういう言葉を発するとき、その生真面目な顔や仕草が、いつにもまして可愛く思えた。だからその言葉を期待し、彼女がその言葉を言いそうな(彼女にとっての)「バカ」発言を多用した。性格的に真面目な上に、「超」をプラスしても足りないくらいのクソ真面目な彼女は、世俗的に普通のことでも、「バカなこと」に思える女性なのだと、当初は考えていた。

    しかし、女が魔物といわれるのは、「昼は淑女、夜は娼婦」といわれるように、傍から見て十分にバカなこと、破廉恥なことをやりながらも、なぜか本人はそうした意識のなさを感じるのだ。そんな女を得体の知れないものと、だんだん認識していくようになる。女は、自分にとっての、「○×」を的確かつ主観的に見極め、×を無意識に排除する能力を持っている。

    イメージ 2判りやすく言えば、「(自らに)都合の悪い事は、すぐに忘れられるような、特別な心の仕掛けを持っている生物」という認識を得るに至った。いかに彼女が、「なにバカなこと言ってんの」と言ったところで、彼女は何一つバカを行為しない、バカな発言をしない聖人では決してない。なのに、そういう言葉を真顔で吐ける女と言う生き物の、可憐さに男は魅せられる。

    同じ人間とはいえ、生息環境によって男と女は別の生き物に作られるが、それが分らなかった若き日にあって、女のつく嘘は耐えられなかった。あまりに恣意的、あまりに場当たり的につく嘘の類は、男を愚弄しているようにも感じられた。男同士なら、「人を舐めてんじゃないよ!」と出る言葉だが、女に言うのは不向きな言葉であるのは本能的にわかる。

    だから、「見え透いた嘘は止めろ」みたいな、自然、トーンダウンした言い方になる。男は男に対等意識はあっても、男は女にそれはない。女には無意識に言葉が変わるが、別の言い方でいえば、男は女に甘いのかも知れない。甘いは弱いとも置き換えられる。もし、男が本当に女を対等と感じたら、行為も言葉も大きく変わるであろう。そこが女には分かっていない。

    昇進や給与体系など、社会的な対等は必要だが、男は女を本質的に対等に見れないのは、本質が違うからだろう。女が男を区別(あるいは差別的に)するのと同じようにだ。それを、都合のいいところだけ推し出し、「男と女は対等でしょ?」と言われると、口に出さずとも腹が立つ。怒りというより、「何をいってんだ!」と、無知に対する怒りのようなもの。

    「本当に男が女と対等に接したら女は恐くて男の側に寄れないよ」というのは、差別ではなく、男の思う真実かなと。あくまで力や生活環境が異なるという意味でだ。それはまた男が女を必要とし、必要とされる点からいっても、男は自然と女にやさしく振舞うように出来ている。出来ない男も中にはいるが、女を知らない、理解出来ていない無骨な男かも知れん。

    女性を理解できる男の心情はよく判るが、女を理解できていない男の心情については、分らないゆえの想像である。すぐに女に暴力を奮ったり、男に対する喧嘩腰の暴言を吐く男もいるというが、鼓舞するだけでデリカシーが身についていないのだろう。そういう男は女性にモテない。だから、さらに力で抑えようとする。野卑な男は同性からみてもデリカシーはないな。

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    男は女にやさしく、また女も男にやさしく、性別というより、人間として自己愛と奉仕愛のバランス感覚は、環境や人間関係で身につけるものである。やさしさは本来、「十分に愛された者に自然と身につく情動」といわれる。なぜなら、十分に愛されることで周囲を信頼し、自分を信頼もでき、周囲の自分への反応に自分の感情が左右されることがない。

    反対に、親から感情を押し付けられて育った子どもは、自身の内面の感情に怯える。なぜなら、親や周囲の要求に応えよう、叶えようとなり、そうしなければ、親・周囲から拒否されると思うからだ。それでは子どもとして生きていけない。その葛藤で怯えた性格になる。子どもが真に自分に強く生きるのは難しいが、そういう親を持った子は早い段階で親に媚びないことだ。

    今の子どもは生まれて自立するまで、親元にいる期間が長すぎるから、心の摩擦や葛藤から「親殺し」、「子殺し」という不幸な結果も生まれる。子どもの多くは、「親の望む人間になろう」と頑張り、自己のアイデンティーも根づかぬ不幸な子どもになりやすい。だから子どもは自分が親に、「こうあって欲しい」と願うべきで、そういう子どもになるべきである。

    それが子どもの主体性というものだが、欧米のように、「子は神からの授かりもの、親と言えども自由にすべきではない」という宗教的理念がない日本では、親があまりに子どもの人格を左右し、支配しすぎる。ここに不幸の元凶がある。自分は、親の期待に応えるなどと小学低学年からなかった。というより、ある事件が切っ掛けで喪失してしまった。

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    だから、子どもは親の加護化、保護下に置かれる立場ではあっても、親から人間として許されざる無慈悲な行為を親から受けたときは、親から立ち上がるべきと思うが、親を精神的に排除し、自らを信じて生きて行こうとするのはいつごろがいい?信頼できない親の称賛や、物的誘惑に動じないでいれるか?親を排除とばかりに、親を殺すことは断じてあってはならない。

    そこを見誤り、過ちを犯した子どもは痛ましい。「これしかない」選択は、想像力の欠如だし、親を殺す以外のあらゆる選択を思考すべきだ。現に親を殺さない子は、ただ耐え忍んでいるだけでなく、殺す選択は自身の最大の不幸と冷静に考えているのではないのか?傷つけられて育った人間にだって、「やさし」は身につく。それは唯一、対象を反面教師にした場合であろう。

    さて、5月25日は「遠い蒼空」さんのブログの、最後のメッセージが書かれた日。日付は時々思い出すが、「一週間。」と、たった3文字の言葉に「生」への希望が見て取れる。執着と言えるかも知れない。「一週間」は、"ホスピス生活"という表題で書かれたものだが、以後、一度も記事をおこすことなく、眺めることもなく、3週間後の6月20日永眠された。

    5月1日の、"死ぬのか、オレが!"のタイトルはショックであった。「まだしたい事がある、死んでる暇はないぞ!」の言葉が切実である。5月7日の記事は、「余命あと一週間。急激に逝くのだろうか。」と、死への不信と疑問を呈している。生者にとって、死は当然の疑問である。医師に余命宣告を受けて後、書かれた「遠い蒼空」さんの記事を… 

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    読みながら、人が死に臨む思いはいかばかりか想像するのだ。人は死ぬ前に何を思い、何を書きとめるのか、自身の予行演習のつもりもあるかも知れない。おそらく自分も、そうするのかなと…。余命宣告経験はないが、人が死に臨んで思うこと、書く事は、特別のことではないのだろう。いかに死が特別なことであっても、特別のことは書かないのでは?

    文学を好み、文学を愛し、文学に傾注した「遠い蒼空」さんをして、死に間際の筆跡に特別の言葉らしきは何も見えなかった。5分後、10分後にこの世にいないと判れば、特別な言葉も出ようが、「一週間。」の3文字から、3週間後に彼は逝った。何も書けない昏睡状況だったかも知れない。人が残す特別の言葉は、数分後、数時間後に確実に死ぬ自殺であろう。

    特攻隊員にもそれを見る。平和な時代、死に臨む自分はありきたりを書くのだろう。再度言うが、死は人生最大の特別な出来事であっても、死ぬまで人は特別の時間を過ごさないのかと。予測できない死、予測できない切羽詰った死に際し、心構えに思考を廻らせた。「遠い蒼空」さんは、なぜそういうハンドルにしたのか?心に蒼い空を望んでいたんだろう、きっと…。

    「心に蒼空」なる心境は、雲一点ない清々しい澄みきった夏の青空と違って、"鬱蒼とした森"という表現からして、寒々しい、どんよりしたとの意味かも知れない。それも蒼空であるなら「大人の蒼空」とでもいえるかも知れない。あの世を信じない自分なので、会う事はないと思いますが、とにかく、「遠い蒼空」さん、死んでも元気でいて下さいよ。

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  • 05/26/16--19:33: アイドルいう受難
  • 東京都小金井市のアイドル刺傷事件。この手の事件にはどこかしこ安易が見える。本人、イベント開催側、マネージメント側が、距離の近さという安易さを売り、それに対する誤解や思い込みが犯罪者を生む。被害者はアイドルだが、本格的で完全防備の身辺警護付き大手プロダクションアイドルとは格段に違う。危険と背中合わせの手弁当持参の地下アイドルである。

    アイドルを目指す少女は応援する親も含めて、今も昔も少なくない。オーディションやスカウトはハードルが高いだけに普通の中学生、高校生が、寝て起きたらアイドルになっていたというのは、まさに夢物語。そういったアイドルと手弁当アイドルでは、待遇・処遇がまるで違う。ただ、後者はファンと距離感が近く、ファンにとっては夢物語で、それが問題となる。

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    「安易さが犯罪を生む」例として、1億円のダイヤを展示する場合、常時ガードマンに監視させるなどの防犯をする。簡単に盗まれるようなら、ダイヤは展示室から消えるし、それが犯罪だ。怪盗ルパンでも至難といえる防護体制があれば、誰も"盗む"などを考えないというように、価値あるアイドルは費用をかけて守るが、地下アイドルにそれはない。

    地下アイドルとは新しい語句で、メディア露出もない狭い地域でLIVEやイベントを中心に活動するアイドルをいい、差別語的ニュアンスがあるため、ライブアイドルという言葉を用いるが、差別といっても価値の大小の区別だから仕方がない。コンサート会場のステージにおいても観客と仕切られ、アイドルに近づくことも出来ない厳重な警備がされている。

    少女たちはなぜアイドルを目指す?これは愚問だろう。売れなければまともな収入もないアイドルは厳しい世界である。が、そんな彼女たちをアイドルに誘う動機は、自己実現における向上心や努力とは別物の虚栄心であろう。売れなければ悲惨という意識も思考もなく、親の全面的バックアップを得て、自らの感情に忠実にアイドルを目指す。

    愚問としたのは、虚栄心の固まりで出来ている女性は、生活の糧を得る目的以上に他人から注視されたり、ちやほやされることが無常の喜びである。たとえ安いギャラであっても、ステージに立たせてくれるなら、文句もいわずどこにでも参じる。生まれつき可愛い子はみなの注視の的になるから得である。自分もそうなりたい、なれたらいい。きっとなれる…

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    そういう思いがアイドルを目指す根底にある。芸の道は厳しい。たった一握りの人間がスポットライトを浴び、多くの人間は陽の目を見ずに埋もれ、消えていく。が、少女たちの自己顕示欲は、そんな現実などものともしない。地下アイドルという負い目などは少女にはこれっぽっちもない。そんなのは世間の言葉であり、彼女たちの自負は紛れもないアイドルである。

    多くの中から選ばれ、世間に認められ、あげくにお金もざっくざっく手に入るという。とにかく売れさえすれば、高級ブランド衣類も、高級マンションにも住める。特別な技能・才能はなくても、売れさえすればいい。アスリートのような技術向上の努力も不要で、売れるためのもっとも大きな要素は可愛いこと。もしや自分もそれに合致しているのかもしれない。

    そういうナルシシズム幻想が少女をアイドルに向かわせる。単純に考えれば、誰もがなりたい、なれるもんなら…。という理屈だが、誰でもなれる、簡単に…。それがこんにちの地下アイドル量産時代の背景にある。そこらの普通の少女が国民的アイドルにとの前例も多い。主宰側はウハウハ、ガッポガッポ、笑いが止らず、更なる柳の下の泥鰌を求める。

    応募する少女たちに主宰者側は、彼女らの夢を叶える社会的責任と胸を張る。たとえ売れずとも「娘を食い物にされた」と、意を唱える親もいない。AKBに代表される普通の少女たちが国民的アイドルになれる時代は、少女たちに一層拍車をかけた。この20年、30年間で時代は大きく変わった。その事をアイドルのスキャンダル事件で実感する。

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    1983年6月、「ニャンニャン事件」と呼ばれる芸能界を震撼させるスキャンダルが起こった。ターゲットは当時、「わらべ」の一員でもあり、人気の絶頂にあった未成年の女性アイドル高部知子である。事件というのは、当時15歳の彼女が、「ベッドで二人仲良くニャンニャンしちゃった後の、一服」を掲載した写真が、写真週刊誌『FOCUS』に掲載されたことに端を発する。

    「ベッドでニャンニャンしちゃった後の、一服」という表現の意味は、ベッドで裸体の上に布団を掛けた状態で、煙草を咥えた様子を捉えた写真からして、当然ながらセックス後を髣髴させる、「仕事語の一服」画像と誰もが想像させられた。高部は女優としての力量を高く評価され、第二の大竹しのぶといわれていた、その矢先の大スキャンダルである。

    高部が主人公・不良少女役を熱演したテレビドラマ『積木くずし~親と子の200日戦争』は、最高視聴率45.3%という驚異的数字を記録した。次いで主演予定だった劇場版の『積木くずし』も、クランクインしていたが、この一件で高部は降板、代役が立てられた。当然にして高部が起用されていた三菱鉛筆、ハウス食品、牛乳石鹸のCMは急遽中止となった。

    彼女が通学していた堀越高校を無期停学となり、謹慎処分も受けた。「ニャンニャン写真」を『FOCUS』編集部に持ち込んだのは18歳の少年で、事件の3カ月前に、テレビドラマ、『積木くずし』のエキストラとして出演した際に高部と知り合った、高部の3歳年上の元交際相手だったという。動機は金銭目的などではなく、実際、少年は謝礼を一切要求しなかった。

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    軽い気持ちで民放のテレビ局に写真を持ち込んだところ、すぐに取材が始まり局の上層部からリーク写真をネタの番組企画が潰され、さらに暴走族や暴力団から嫌がらせを受けるようになり、そのことで自衛のために持ち込んだと少年は、『FOCUS』編集部に語っていたという。そういう事もあって、写真をリークした少年はストレス性胃潰瘍で入院。

    さらに同年9月4日、茨城県東茨城郡の林道で、自動車の排気ガスによる自殺死体で発見された。「ニャンニャン事件」の「ニャンニャン」は、「性行為」と定着しているが、当時『FOCUS』誌が「ニャンニャン」としたのは、記事を執筆した記者が「セックス」という言葉を使いたくなかったためと、もう一つ、「ニャンニャン」は高部のオノマトペである。

    高部は、テレビ番組「萩本家の愛娘」3人で構成されたユニット、「わらべ」の長女・のぞみ役としてリリースしたシングル、『めだかの兄妹』の曲中、彼女はソロパートの歌詞フレーズ、「ニャンニャン」(猫の鳴き真似のオノマトペ)を担当していた。事件直後に高部は番組に電話出演して謝罪し、高部は「欽どこファミリー」を、とりあえず謹慎するという扱いとなっていた。

    それが2ヵ月後に元交際相手が自殺したため、遺族に配慮するという理由により完全に降板となり、「わらべ」からも除名、萩本からも「破門」の烙印を押されることとなる。以降、「わらべ」は残りの倉沢淳美、高橋真美の二人だけの活動となった。無期停学処分が解けた後、高部は学業に専念する姿が女性誌に小さく取り扱われることがあった。

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    芸能活動の謹慎が解けた1984年、1年3ヶ月ぶりにTBS系の連続テレビドラマ『転校少女Y』の主役で本格復帰。1984年11月にはシングル『雨の街』でソロデビューし、岡村孝子のバックアップを受け、ソロ・アルバムも発売したがヒットには繋がらなかった。高校卒業後、22歳で幼馴染と結婚し、芸能界を引退。2人の子供をもうけたが数年後、離婚。

    その後再婚するが、再び離婚する。2000年に慶應義塾大学文学部哲学科通信制へ入学し、2006年に卒業。その後、東京福祉大学(通信制)精神保健福祉士養成課程修了。国家資格を取得した。「自分のように不器用な人に寄り添いたい」という思いから、精神保健福祉士の道を志した彼女は、2児の母と精神保健福祉士の活動の両輪で生きている。

    「わらべ」の一員倉沢淳美は、「わらべ」解散後ソロデビュー。直後の1984年4月8日、札幌市で開催されたサイン会会場で、サイン会終了後にファンの見送りと握手をしているところ、サイン会に参加していた男から突然、刃物で斬り付けられ右手首を約6cm切る傷を負った。犯人は26歳の会社員で警察の取調べに対し「生意気だから切った」と供述した。

    「わらべ」のもう一人、たまえこと高橋真美も、「わらべ」解散後の1985年にフォーライフ・レコードよりソロデビューを果たす。現在も主にテレビ番組のレポーターを中心にタレント活動を続けている。ふくよかだったアイドル時代から13kgのダイエットに成功した彼女はその著書、『みんなに黙ってダイエット』を1995年に出版。別人のようなスレンダー体型である。

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    高部の「ニャンニャン事件」から29年後の2012年6月、元彼氏を名乗る男がAKB48指原莉乃との肉体関係と写真を週刊誌に暴露した。人気絶頂のAKB48スキャンダルにファンも衝撃を受けた。彼曰く、「彼女は超肉食系で、初めて彼女の家に遊びに行ったとき、指原は僕より一つ年下なのにマセていて、『何でずっと下見てるの?』、『もっとこっち来なよ』。

    って僕の手を自分の太ももの上におきました」。というコメント付きである。これから飛躍だっただけに、指原のショックはいうまでもないが、『災い転じて福と成す』という言葉が、これほど生きた時代もなかろう。指原はあの一件でHKTに転勤になったが、さらには指原はあの一件で押しも押されぬ有名人となり、アイドルとして最高の稼ぎ手となっている。

    同じスキャンダルでありながら、不遇の時代にアイドルとして生きた高部知子と、社会がアイドルに寛容な時代に、アイドルを生きる指原莉乃の対比を見るに、アイドルの系譜の変遷には、どうも社会全体の緩みが大きいようだ。時代の変遷と共に、人間の感覚が変容するのを身近に感じる。川本三郎はその著、『感覚の変容』のあとがきに以下記している。

    「ここ数年、風景(ランドスケープ)という人間社会の背後にある広大な空間に心ひかれてきた。それはあるときは宇宙であり、あるときは廃墟であり、あるときは深い森だった。(中略) いままで重要だと思われていた現実的なもろもろなことが消えてしまい、そのあとに背後にあった風景がゆっくりと姿をあらわす。広大なランドスケープがひとりきりになった個に接近してくる。

    『ヒトとヒト』の関係性が後退し、『ヒトと風景』のより無機的な関係性が静に見えてくるなかに身をまかせたい。ランドスケープのさらに遠くにあるものを見たい」。ヒトがヒトをヒトとして捉えない時代、ヒトがヒトを風景のように眺め、接するという時代の潮流を肯定的に捉えているのか。ヒトがヒトをヒトとして捉えない、ゆえにヒトはヒトをいとも簡単に刺し殺す。

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  • 05/27/16--18:03: 非アイドルの受難
  • 東京・小金井アイドル刺傷事件の被害者をアイドルと報道することの是非が問題となっている。はたして、彼女は「アイドル」なのか?何をアイドルというのか?の論議がなされた結果、肩書きはアイドルから女子大生に修正された。事務所に所属しないフリーのシンガーソングライターとして活動する彼女を、守ってくれるものなどいなかったろう。

    経歴を見ても彼女は現役のアイドルではない。せめて「元アイドル」と報道するのが適切な配慮であろう…。実際問題アイドルの定義は難しい。AKB48ブーム以降、全国各地にアイドルグループが誕生、街のいたるところでアイドルグループのライブ活動がなされ、若い女性たちが歌ったり踊ったりしている活動は、世間一般的にすべて「アイドル」と捉えられている。

    だからこそ“事件の本質”を見誤らない真摯な報道をすべきであろう。アイドルという言葉を初めて耳にしたのは、シルヴィ・バルタンの『アイドルを探せ』だった。アイドルが何か分からず、フランス語も分からず、誰もアイドルの意味を教えてくれず、そんな時代だった。後に歌詞と邦題は何の関連もないのを知ったが、それにしても何でこんなタイトルをつけたのか?

    『アイドルを探せ』の原題『 La Plus Belle Pour Aller Dancer 』は、「ダンスに行く中で一番きれいな人」と訳される。それがなぜ『アイドルを探せ』になった?楽曲発売の前年(1963年)シルヴィ主演の映画『 Cherchez L'idole 』のタイトル直訳が、『アイドルを探せ』の邦題となり、主題曲の日本発売にあたり、映画の邦題がそのまま販促のため流用されたという。

    「ダンスパーティのために自分で作ったドレスで誰よりも美しくなって、意中の男性と恋に落ちたい」という乙女心を歌う原曲の歌詞の内容と、全く関係のない日本語タイトルがついてしまった理由はこういうことだ。妙といえば妙だが、歌詞の意味など分からずとも音楽がよければいい。『上を向いて歩こう』も、アメリカでは『SUKIYAKI』というタイトルだった。

    『アイドルを探せ』は日本で大ヒットしたし、自分もフランス人女性の楽曲やジャケット写真のあまりの美しさに度肝を抜かれた。情報の希薄なこともあり、外国人が珍しい時代でもあった。シルヴィは、ペギー・マーチやコニー・フランシスなどのヤンキー娘とは違う上品な顔立ち、囁くような言語と歌唱にカルチャーショックを受けた。フランスといえばフランス人形。

    親戚に何体かフランス人形があった。後年知ったことだが、フランス人形というのは、フランスに関係なく西洋風人形の総称をいったようだ。男の子は人形になどまるで興味はなかったが、シルヴィ・バルタンのあのジャケット写真は、いかなるフランス人形より美しかった。その美しさもあってか、来日した際に、「レナウンわんさか娘」のCMソングを歌った。

    シルヴィの日本語の上手さに驚いた。今の時代に美人はわんさかいるが、彼女の妖精のような美しさは奇跡というしかない。シルヴィと同時代、サン・レモ音楽祭優勝のジリオラ・チンクエッティも可愛かったが、シャンソン、カンツォーネよりロック、シルヴィやジリオラという美人より、ビートルズ、ビーチボーイズに魅かれた。それが音楽の魔力である。

    美女の話はこれくらいにし、こんにちの地下アイドルを含むアイドル量産の時代に警鐘を鳴らす事件であろう。本人や警察、イベント主催者、マネージメント会社に責任もあるが、予測のつかない事件というのは、予測がつかないから起こったとしても、起こった時点では遅きに失す。危機管理の問題であるその危機管理を誰が行うか、ということになる。

    危機管理は重要だが、ファンはアーチストに近づきたくとも襲う確率は極めて少なく、アーチストもファンをさほど警戒しないが無警戒というのではない。1980年12月8日、元ビートルズのジョン・レノンが自宅アパート前で襲われた。その日の、スタジオ作業を終えたレノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着したのは22時50分頃だった。

    2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンが暗闇から、「レノン?」と呼び止めると同時に拳銃を5発を発射、うち4発がレノンの胸、背中、腕に命中した。彼は「撃たれた! (I'm shot!) 」と2度叫び、アパートの入り口に数歩進んで倒れた。直ちに警備員は警察に電話をし、数分後、セントラル・パーク警察署から警官が到着した。

    警官の到着時にレノンはまだ意識があり、病院に搬送されたが大量出血もあって23時過ぎに死亡した。犯人のマーク・チャップマンは、ジョンの狂信的ファンと報じられ、世界的にその報道が定着した。ケネディ暗殺と同様、さまざまな憶測も語られたが、チャップマン自身は、仮釈放申請の際に、殺人の動機はレノンを殺すことで有名になりたかった、と語っている。

    ファンはアーチストに、アーチストはファンという共生関係にあるが、名を上げるために信奉する相手を利用するのは、自尊感情や、自己愛的有能感などの理由によるが、自尊感情は、他者に対する自己肯定感の強さだけでなく、強い自己否定感からも芽生える。つまり、自己否定感が強いと、他者の能力を軽視することで仮想的有能感を抱く。

    あまりに自己愛的で自己認識が甘いために、自分の方が他者より上と感じる。こういう場合の自尊感情は本物とはいえないが、強い自己否定感が他者を抹殺する動機にもなる。人を殺すなんて、バカもいいとこ。「なんでそんなバカなことするんだ?」となるが、人間は、たくさんの理不尽なことを乗り越えて、子どもから大人に成長しなければならない宿命を背負っている。

    理不尽なこととは何か?生まれついた環境や、生まれ持った容姿もあろうし、勉強の出来、不出来や、部活動の能力差や、ありとあらゆる多くのものが理不尽といえばそうである。傷つきやすい青春時代というが、確かに思い出してもそうであるし、今でこそひとくくりにして「バカ」であったといえる。多くの人間がそういう時代を、それぞれなりに乗り越えてきたのだ。

    我々は犯罪者を見下す。「捕まる事が分かりきって、なぜ犯罪を?」と考えるが、実はそうばかりではない。捕まりたくないなら逃げるが、例えば犯罪の目的が殺人なら、実行した時点で目的は完了している。チャップマンは、母親や自分に怯える生活の中で、自分は寝室の壁の中に住む小人たちを支配する王であるという空想に浸るようになる。

    ジョンの熱狂的ファンであったが、ジョン・レノンの伝記を読み、その金満生活に怒り狂う。ある日、レノン殺害計画を小人たちに話した。チャップマンは当時ハワイ州ホノルルに住んでいたが、10月23日に勤務していた夜警を辞め、27日に銃を買い、30日にジョンの住むニューヨークに向けてホノルルを発った。これら、緻密な計画の元に殺害は実行された。

    小金井のアイドル刺傷の犯人岩埼友宏容疑者(27)は、報道にあるような刺し傷(左胸3回 、右胸2回、 左目4回、 右目1回、 首7回、 口3回)が事実なら、半端ない憎悪であるのが分かる。目を刺すという余りに残虐さは、余人には想像できない憎しみが伝わって来る。今後意識が回復しても失明や障害は残り、いっそこのまま死んだ方がいいのかも…

    好意を抱く女性から「無視」されたは、人間関係におけるネガティブな体験であり、こういう時に激高する人間は、過去において過大な自尊感情があり、自信とか、得意とか、満足とかの状況が多いとされる。犯人とされる岩崎容疑者は、中学・高校と柔道強豪校で、180cm、90kgの身長・体重の彼は、中学校時代に柔道の県大会優勝メンバーだった。

    JR武蔵小金井駅付近で2、3時間待ち伏せし、Twitterには、「まだかな」と書かれていた。岩崎容疑者は駅で発見した冨田真由さんの後をつけ、そのまま犯行に及んだとみられている。また、彼は送検時に、「彼女、死にましたか?」と聞くなど、未だ憎悪抜け切らぬ様子である。人間が何を行為し、何を発言しても「異常」という言葉で収められる。

    犯罪を捜査し、犯罪者を捕まえるだけでなく、異常性格人間に当たりをつけ、犯罪を防止するのも警察の仕事である。「桶川ストーカー殺人事件」を契機にストーカー規制法は議員立法された。岩崎容疑者は、過去にも犯罪予告をするなど、ストーカー行為要注意人物であったが、起こらぬことを事前に想定し、マークするのは人権問題にも絡んでくる。

    警察や医師、議員などの権威的職業従事者に共通するのは、なかなかミスを認めない。権威者の指示に従うことが必ずしも悪いことではない。権威者は我々より知識も素養も持っており、正当な権利を持っての指示であろう。が、時として権威者も間違うし、そのような時でも権威者の指示に盲目的に従ってしまう危険性が権威性には備わっている。

    権威者のミスを権威者も含めて誰も正さないなどあってはならない。東京都知事は総理大臣にも匹敵する権力者であるという。首相には閣議という意見の場があるが、知事にはそれもなく、したがって総理以上の権力者とも言える。舛添一人に手をこまねいているようでは、誰もが金魚のウンチに過ぎない。都民、都議会は、「ハゲ山の一夜」に向け、断固行動すべき。


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  • 05/29/16--16:37: 正しいは間違い?

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    込み入った問題を考えるのが苦手な人間がいる。例えば、「あなたがこの問題を解く前に解いた問題を解いたあとで解く問題を解く前に解いた問題が、あなたがこの問題を解く前に解いた問題を解いたあとで解く問題よりも難しかったとしたら、あなたがこの問題を解く前に解いた問題はこの問題よりも難しかったのだろうか?」さて、この答えは如何に?

    回りくどいが結局何を言い、何を問うているのかを判別するために、何が書かれているのかを頭で要約する。理解力(読解力)のない人間だと、途中で頭がこんがらがって要約どころではないが、理解できなければ積極的になれず、また、そうした態度は相手に伝わり、この人は伝えられたことを理解しようという気がないと受け取られる。人の事を人が察知するのが人間関係。

    同じ言葉や文章であっても、上っ面だけの理解しかできない人もいれば、血や肉の部分にまで理解を及ぼす者、さらには骨の部分(根本)まで理解を深める者もいる。これらを言い換えると、「一を聞いて一を知る」者、「一を聞いて五」を知る者、「一を聞いて十」の者につながってくる。読解力が卓越した人間との会話はさすがに面白いが、ない人との会話は結構疲れる。

    話しの中のあることを理解できてないにも関わらず、「分かったフリ」をする人はすぐに判る。気をつかってくれているのか、見栄なのか、「和」を以て尊しか、いろいろだ。理解を得ない知ったかぶりも困るが、もっとも困るのは頭がカチカチの人。これには対処のし様がない。頭の固い人への対処法は、こちらが苦手とするなら無理して関わらないのが一番である。

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    自分は決して苦手ではないが、無益な意見の押し売りを避けるために、相手の理屈を理解したフリをすることになる。「無益」というのは、人間の生活には何の関係もない、機微も見当たらない理念や概念を論じ合うこと。そんなものは自身が持っていればいいことで、人に聞かせることでも押し売りすることでもない。自分が自己確認のために書くのは構わない。

    自分は自己の生き方の理想を描くが、決して人に押し付けない。他人の生き方の理念を聞くのはやぶさかでないが、押し付ける人は困ったちゃんの代表格である。若い頃はムキになって反論したが、無駄と気づいたというより、「あなたはあなたの好きに生きて下さい」という尊重。自分は自分を生き、他人は他人を生きるが、宗教家を嫌う理由は、押し付けにある。

    「自身の幸せは(すべて)他人にとっても幸せ」というのが宗教ではないかと。この世で唯一正しい法則を謳うのが宗教ではないかと。雑多な環境や境遇、雑多な文化や人種に共通する普遍法則を真理というなら、真理を模索する旅に出るのが悪いとは思わない。それが宗教であっても、自らの足で歩く行脚であっても、何かを求めるは、求めないに勝るに異論はない。

    何もしないのは、多少の問題があったとしても、何かをするのが勝るようにである。「行為」にはいろいろある。「行為に理屈をつけて正しい」とする。「行為に理屈をつけずとも正しい」とする。これらは理屈の後付だが、そうではなく誰かの教え(理屈)に従う行為もあれば、善悪が判らぬままの行為もある。後で自己正当化の理屈をつけようにも、それすら躊躇われる。

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    自己の行為を「善し」とするか、「悪しき」とみるかの多くは、自らの思念からいずるもの。人間は自身の行為を善く思いがちだが、自己肯定と自己批判の狭間で成長する。将棋の対局後に行われる感想戦というのは、一局の将棋を一つの人生とし、さまざまなチョイスについて自己批判をする。羽生名人クラスであっても、自慢の一手を絶対評価をすることはない。

    「あの局面のあの一手は正しい」などを本人の口から聞くことはない。「局面における絶対手」という言い方をするが、正しいといわない理由は、将棋は対話であるからだ一局の将棋は、個人の人生における道程ではなく、相手と共に作って行く道のりである。「正着が実は敗着」というのは矛盾するが、実際に起こり得る。口語的には、「正しいことが間違っていた」である。

    正しいものは正しいハズが、「正しきが間違い」とはどういうことか?これまで、「正しいことを正しい」と主張するのは、正しいことだと思っていたが、今は全く思わない。それが経年で得た人間関係の機微という奴だ。「正しい事は実は間違い」というのがいかに多いか、それに気づかなかった若き日々。「正しい」は自己評価に過ぎず、相手には迷惑千万だったりする。

    将棋の感想戦に戻る。「その手が正しかった。いい手だったと思います」と、これは相手の評価である。そのように言われても高段棋士は有頂天にならず、「そうですか?そう思われますか?」と応える。謙虚に見えるが、相手から指摘され、評価されてこそに賛同に価するという気持ち。自慢の一手は自賛ではなく、評価とは相手から戴くものといえる。

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    他者の評価を規範にするではなく、個々の評価は時々に発生する。相手の正しいが真に正しいなら、行為の評価を他人に委ねることになる。それが信念といえるのか?自身の行為の善悪良否が、他人によって判断されていいのか?という問題だが、評価を求め、評価に迎合して生きるのではなく、時として思わぬ評価を戴くこともある、という姿勢でいいのでは?

    信念は大事だが、信念だけで社会を生きている人間は、おそらく仙人ではないだろうか?なぜなら、自身の善、自身の正義を他者が客観的に裁いてくれるなどあり得ない。その意味で人は信念と自問し、葛藤する。理屈だけ書き散らした文章をみるに、なんという味気のなさであろう。ロジックの世界のみで人が真っ当に生きて行けるはずもなく、だから嘘っぽい。

    偽善者に思えてならない。槍玉に上がっている舛添都知事のような人間は、真に人間としての体を成していない。その理由は、間違いや過ちを、絶対に認めようとしないし、彼に「謝罪」の意思はない。また、彼が真実を話せないのは、自分が傷つくからというより、役目を追われるからだ。わが良心と言いながら、その実、自らのエゴイズムにしか過ぎない生き方である。

    「彼は強い人間。嘘をつきながら、よくも平然としていられる」。というのは間違っている。舛添という人間の本質は、「嘘をつきながら、嘘をついている自分を認められる強さがない人間」である。そういう人間の常套句は、法だの道徳だの良心などと言い出す。「今後は自らの良心に誓って、一生懸命に仕事で評価を出す」などと、悪事を言葉で誤魔化そうとする。

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    悪知恵の働く人間は、だから絶対に信用できないし、してはならない。橋下は、「舛添は土下座謝罪でギリギリ、それなくば辞職」といったが、彼は人間を理解している。ようするに、舛添に人間になれと言っている。自らの弱さを、弱さと認められないなら、人間の偉大さなどどこにもない。醜いことを醜いというのは勇気がいるが、醜いことを善というのは欺瞞である。

    頭で語る人間と心で語る人間がいる。頭で語る人間は、理論武装で身を固め、論理に卒がないが、自分は神か仏かといわんばかりで味気ない人間。心で語る人間は、人間の弱さを隠さない点で共感を持てる。人間は人間に感じるのであって、神や仏は崇める対象である。神や仏ごとき物言いの人間は、崇め奉ってもらいたいのか、「そこまでいうか?」の困ったちゃん。

    そんな言い方は嫌味なので、そこまで思わないが、ようするに頭が固い人間は、考え方のクセである。人にはさまざまな思考のクセがある。どんなクセも根底にあるのは、人に認められたい、人に愛されたいという気持ち。それと、頭が固い人は無意識に「ルールを守らなければ、人に愛されない」という思い込みに縛られており、なんとも窮屈なものに思えてならない。

    どうしてもそういう人と付き合う必要があるなら、認めてあげることだ。認める=模倣ではないし、自らに取り入れる必要はない。単に人を人として認めてあげること。押し付ける人に対し、「はいはい、あなたの言うとおり」などの投げやりな態度をとると、相手はさらに頑固になるから注意。絶縁するなら茶化すもいいが、そうも行かぬ境遇なら、聞くフリをすればいい。

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    結局、認めてもらいたいのだから、認めてあげる度量を持つ、それも人生勉強である。「よくもこんなくだらないことを真顔でいうな?」と思っても、それがその人なのだと。それでイッパイイッパイなのだと理解をする。相手を批判したところで、自分が向上するわけでもなく、自分にとって益にならぬ意見であっても、あえて害にせず、「愛ある無視」に止める。

    さて、のっけの問題文を要約は、「この問題の前に解いた問題が、この問題より難しかったとしたら、この問題の前に解いた問題は、この問題より難しかったか?」となる。よって答えはイエス!あるブティックの店員が、老齢の経営者からこう言われたという。「自己の個性の没却は、客の個性の尊重」。なるほど、自分の好みを捨てて客の好みに合わす。それが客商売。

    ブログをやるものにとって、コメント来訪者は顧客さまという意識のようだ。だから礼を言ったりするが、自分はそのように思ったことはない。威張っている、頭が高い、と誤解も受けても気にしない。相手は相手の都合で来たというのを尊重する。つまり、相手の純粋な意思を尊重するから、礼などの考えにならない。「遠い蒼空」さんは、こんな風に自分を諭した。

    「コメ来訪者には、相手のブログに伺って礼をいう」。「ファン登録にも礼をいう」。押し付けではなく、親切で善意の進言と理解したが、実践はしなかったし、従う必要性も感じなかった。意義や必要性を感じたときは心を込めるが、表層的な謝罪と謝礼を好まぬ自分である。それらを人によってしたり、しなかったり、などの恣意性は、公平感という一貫性に反してしまう。

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    対象には公平であるべきを「善」としたのは、4人の子どもを持ち、彼らの思いや目線を痛切に感じたからだ。時に感情に左右されがちになるが、相手の立場になると、こちらの感情や気分は害悪でしかない。子を持って学んだことだ。自らに課したルールを踏襲することは、リベラルを自認する者の努めである。自由愛好主義だが、時として自由は制限されるべきものだ。



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    「我思う、故に我あり」というのはつくづくよい言葉に思う。「人間は考える葦」もいいが、「我思う~」からどれほどの解釈を、どれほどの啓示を得るかは人によって違うけれども、どのように解釈するのが正しいのか?若い頃は何事も正解ばかりを求めていた。「正しいこと、真実は岩よりも固い」ということだったが、「我思う、故に我あり」とは思うことがすべて…。

    思えば通じる。思いは波動であり、波動はエネルギー。エネルギーは仕事である。つまるところ、思いは現象化する。が、思いに正しいはない。初めて彼女の住むアパートに行ったことを思い出す。締め切った窓とカーテンに警戒感が漂う。外国映画の一場面で、恋人を自身のアパートに招待する彼女。玄関ドアの前で、「ちょっと待ってて」と彼氏を待たす。

    先に部屋に入った彼女は、部屋のすべての窓を開け、カーテンを引いた。部屋にこもった空気を入れ替え、澱んだ部屋に外光が射し込む。印象的な場面であったが、彼女は窓にもカーテンにも触れなかった。自分は断りもなくカーテンを引き、古い木枠の窓を開けた。白や黄色や緑の木枠に格子の窓は、児童文学にでてくるそのもので、窓辺には花も欠かさない。

    寒い冬は花を内側に置き、春には外側におく。庭の風がカーテン越しにサラサラと入ってくる。そのこと自体が恋人たちを演出してくれる。日本の窓は今はアルミサッシ全盛である。日本も外国も文明度は同じだが、レトロな雰囲気の窓を取り付ける。強度や耐久性においてはサッシが勝るが、外国の建築には個性が光る。個性は文化であり、それらを大切にする。

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    日本の家屋は人が住めればいい、雨風しのげたらいい、というだけでは無個性は否めない。近年のプレハブアパートは、屋根材、外壁材、玄関仕様など、外観はゴージャス感を漂わせるが、外国の窓の多様なあしらい方に、日本の窓はとてもじゃないがついていけてない。アールコーブをとりいれたオシャレな部屋作りなど、見習いたい要素・技法は満載である。

    「アールコーブ」はペンションやホテルなどで見かける洋式建築技法の一種で、壁の一部分をくぼませて作る空間をいい、バロック時代のフランス建築で、ヨーロッパを中心に流行した。壁に埋め込み状態になっていることから、部屋に無駄な出っ張りを作らず、フラットな状態にすることで、デットスペースを作りにくく、結果的に部屋を広く見せることができる。

    日本に馴染みが無いのは、現代建築の主流が洋風で、日本の気候や風土にあった在来工法は一部の田舎を除いてほとんど行われない。窓枠の額縁や幅木などの建築資材も、日本の部屋作りにおいては重視されない。文化の違いもあるが家に対する精神の豊かさが根本的に違う。安物の簡素な建材が主流の日本と違い、小さな個所にも心をくばせ、豊かさを実感する。

    話が文化や建築様式のほうに流れたが、初めて訪れた彼女の部屋から、初めて観る外の景色はいかなるものであったか。記憶にはないが、その事実は覚えている。自分がそこで眺めた景色は、日々彼女が観慣れた景色と同じだろうか?それより、その景色というのは、必ず窓を開けると目に飛び込んでくる景色なのか?絶対にそこにあるというものなのか?

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    悪魔か何かが存在して、窓を開けた瞬間にその景色を作っているという可能性を、絶対的に否定はできない。普通は、「そんなバカな」であろう…。さらには、彼女の観る景色と、自分が観る景色が同一であるとの証明はできない。なぜなら、色や形を言葉で説明しても、色や形の定義自体が自分と彼女とで、同じであるということを証明することができないからだ。

    そう考えていくと、この世に存在するもので、絶対に存在を証明することのできるものは一つもない、ということになりはしないか。確かに存在するように見えるが、幻想ではなく本当にあるのかと。デカルトはそこに気づいた。そのように考や思いがあることは確かだ。ということは、そのことを考えている「自分」がいることも、絶対に間違いない事実となる。

    となると、この世にあって、存在がハッキリしているのは、今、このことを考えている、「自分自身」のみということになる。このことだけは絶対であり、間違いのないこと。それが、「我思う、故に我あり」である。考えるのは脳ミソという肉体ではない。考えるのは自我である。考える自我=これぞ真理で、この場合の真理とは、真偽の判定を下す真実、事実。

    考えるということは、たとえ空想であっても意義はある。団塊の世代に代表されるかつて若者多くは、社会主義の「幻想」を持てた。エンゲルスが、「空想から科学へ」と言ったように、社会主義というのは、まさにその空想性ゆえに意義があったのだ。つまり、夢や可能性がそこにある、存在すると考えることができた。ところが、それが崩壊してしまった。

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    そこで新たな希望が生まれてくればいいが、そのための革命は起こらなかった。ソ連は崩壊し、中国に至っては、共産党独裁政権下の自由主義経済みたいな訳の分からないことになっている。天安門事件以降、中国の少数民族や、下積みの労働者や農民には、「革命」という選択肢すら許されない。革命は許されてやるものではないが、革命は失敗から学ぶものではない。

    よって、革命は二度と起こせないものである。そうなると、何の幻想も持ち得ない世界になってしまった。吉本隆明の『共同幻想論』に触発され、栗本慎一郎は『幻想としての文明』を書いた。二人が対談した本が『相対幻論』。いずれも「幻想」という言葉がお好きのようだ。窓から観る景色も幻想なら、高速道路の高架も、軌道を走る新幹線も、幻想のせいということになる。

    「恋愛」も幻想である。恋愛は精神活動ゆえ、思いは通じる。思いは波動、波動はエネルギー、エネルギーは仕事であるなら、恋愛は仕事である。ドン・ファンは恋愛仕事人。石川淳は、『恋愛について』のなか、「恋愛生活では、それが精神に依って貫かれる限り、そして肉体がくたばらない限り、情熱の過度は女性遍歴という形式を取らざるを得ない」とする。

    有為の男子はどうしてもドン・ファン足らざるを得ない。ドン・ファンのエネルギーは、女性遍歴において集中するがゆえに、個々の女性ついて散乱することがない。恋愛は結婚ほど社会的抑制と管理下にないが、恋愛は性と社会がぶつかり合う戦場ゆえに、いろいろなことがある。ストーカーもあれば殺人もある。恋愛は情緒に身を委ねる一つの病気であろう。

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    アイドル刺傷事件と言われた女子大生の被害者は、なぜあんな目にあったのか?セキュリティとか夢追い女とかいろんな論評があるが、加害者は被害者に本気の恋愛感を抱いていたのだろう。本気の恋愛は怖いし、爆発物を持ち、それがいろんな形で爆発する。家庭内においても、思春期の性の成熟が、親に対する独立戦争と重なると、同じように爆発するようだ。

    女子大生刺傷事件の加害者は、被害者に対する愛情がホンモノだから、あんなことができる。「本当にわたしのこと好き?遊びじゃないよね?」などという女はいた。「本当の恋愛」とは何?と問えば、恋愛の目的は結婚であるという。結婚を前提に女と付き合わなければ遊びなのか?バカな策略を考える女もいるもんだ。こういう女に「自由」という発想はない。

    恋愛は幻想でいいのよ。本気だと、どれだけ人の命が奪われることか。ドン・ファンは女を殺したりはしない。殺すのと逃げて行くのとどっちが大事かを考えてみればいい。愛の終わりはあってもいいし、逃げて行った男が悪いのではない。自分とは別の他人という個人に対し、自己愛的な同一視を行うのなら、対象喪失(失恋)は自己喪失ということになる。

    そもそも対象選択が自己愛的であるから、あのような事件が起こる。アイドルや芸能人を自己愛対象するファンは多いが、理性を失ったときが怖い。アイドルでなく、一般人の恋愛であっても、恋愛関係が自然に解消に向かうならいいが、一方的にふられ、しかも相手が別の恋人といちゃいちゃヨロシクやってるとなら、すさまじい復讐心が湧きだつこともある。

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    自己愛的な恋は破滅する。なぜなら、自己愛者は依存心が強く、いつまでも相手に固執する。だから、「この恨みは忘れない。必ず復讐する」と自らに誓う。失恋の結果、刃傷沙汰になるケースは、恋そのものが自己愛的なものだからだ。相手を愛すと言うより、愛してやまなぬは自身の依存心。恋愛は幻想でいいが、結婚が何かはさまざまだが、異性の目から見ると?

    倉橋由美子はこう述べている。「わたしの見るかぎりでは、結婚した男とは、罠に落ちているのに幻の愛に酔いたがっている夢想家か、無気力な模範囚か、一夫一婦制に従いながら、その抜け道を研究している技術者か、そのいずれかです。いずれにしろ、結婚とは男の本性と相反するものではないでしょうか。(倉橋由美子著『愛と結婚に関する六つの手紙』より)


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    その生涯でもっとも長い距離を歩いた日本人では誰?と問えば、伊能忠敬であろうか?彼は1800年から1816年まで、足掛け17年をかけて全国を測量し、『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした。忠敬は1745年生まれだから、55歳から72歳の17年間ということになる。年齢的にもどれだけ大変であったかが伺える。

    忠敬は、上総国山辺郡小関村(現・千葉県山武郡九十九里町小関)の名主・小関五郎左衛門家で生まれた。忠敬は17歳のときに酒造家である伊能家の跡取りミチと婚礼をあげ、正式に伊能家を継いだ。4歳年上の妻ミチは前夫と死別、3歳男児の子連れであった。50歳にして江戸に出た忠敬は、年下で31歳の天文学者高橋至時を師と仰ぎ弟子入り、熱心に勉学に励む。

    寝る間を惜しんで天体観測や測量の勉強をしていた忠敬は、「推歩先生」(推歩とは暦学のこと)というあだ名で呼ばれていた。忠敬と至時が地球の大きさについて思いを巡らせていたころ、蝦夷地では帝政ロシアの圧力が強まっていた。寛政4年(1792年)、ロシア特使アダム・ラクスマンは根室に入港して通商を求め、その後もロシア人による択捉島上陸事件が起こった。

    日本側も最上徳内、近藤重蔵らによって蝦夷地の調査を行った。また、堀田仁助は蝦夷地の地図を作成した。至時はこうした北方の緊張を踏まえた上で、蝦夷地の正確な地図を作る計画を立て幕府に願い出た。蝦夷地を測量し、地図を作成する事業の担当として忠敬を当てた。忠敬は高齢が懸念されたが、測量技術や指導力、財力などの点でふさわしい人材であった。

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    寛政12年4月、幕府から蝦夷測量の命令が下りた。忠敬は、「元百姓・浪人」という身分で、1日あたり銀7匁5分が手当として出された。忠敬は出発直前、蝦夷地取締御用掛の松平信濃守忠明に申請書を出すが、そこには自らの思いが綴られている。忠敬一行は同年4月19日、蝦夷へ向けて出発。忠敬55歳、内弟子3人(息子の秀蔵を含む)、下男2人の総勢6名だった。

    測量にかかった日数は180日、うち蝦夷滞在は117日。測量データを元に忠敬は地図の製作にかかり、約20日間を費やして地図を完成させた。測量の手当として1日銀7匁5分の180日分、合計22両2分を幕府から受け取る。忠敬は測量に出発するとき、100両を持参し、戻ってきたときは残金は1分との記述がある。差し引き70両以上を忠敬個人が負担したことになる。

    忠敬が負担した金額は現在の金額に換算すると1,200万円程度となる。また忠敬は、この他に測量器具代として70両を支払っている。忠敬が蝦夷測量で作成した地図に対する高い評価は、幕府天文方で編暦・測量を行っていた堀田正敦の知るところとなり、正敦と親しい桑原隆朝を中心に第二次測量の計画が立てられた。随時日本全国の測量が行われた。

      ・第一次測量(蝦夷)
      ・第二次測量(伊豆・東日本東海岸)
      ・第三次測量(東北日本海沿岸)
      ・第四次測量(東海・北陸)
      ・第五次測量(近畿・中国)
      ・第六次測量(四国)
      ・第七次測量(九州第一次)
      ・第八次測量(九州第二次)
      ・第九次測量(伊豆諸島)
      ・第十次測量(江戸府内)

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    これらの測量データを元に、忠敬らは八丁堀の屋敷で最終的な地図の作成作業にとりかかったが、文化14年(1817年)には、間宮林蔵が、忠敬が測量していなかった蝦夷地の測量データを持って現れた。地図作成作業は、当初は文化14年の終わりには終わらせる予定だったが、大幅に遅れた。14年秋頃から忠敬は喘息がひどくなり、病床につくようになっていた。

    翌年になると喘息はさらに悪化し、急激に体力も衰える。そして文政元年(1818年)4月13日、弟子たちに見守られながら満73歳の生涯を終えた。忠敬の死後、地図は完成していなかったために忠敬の死は隠され、高橋景保を中心に地図の作成作業は進められた。そうして文政4年(1821年)、『大日本沿海輿地全図』と名付けられた地図はようやく完成を見た。

    7月10日、景保と忠敬の孫忠誨(ただのり)らは登城し、地図を広げて上程した。そして9月4日、忠敬の喪が発せられた。忠敬の喪が発せられた年、忠誨は15歳で五人扶持と85坪の江戸屋敷が与えられ、帯刀を許された。伊能忠敬が17年の歳月をかけて作った日本地図、総歩行距離4万km、地球一周分を歩いたことになる。松尾芭蕉が「奥の細道」で歩いた距離は2000km。

    本に依れば,千住から大垣までの推定移動距離は1870.5km。それ以外に日光等見物に115km移動したとされている。殆ど徒歩であるが、途中馬や舟で244kmとあり、その分を差し引いた総歩行距離は、1870.5+115-224=1761.5km。総移動距離なら1985.5km。芭蕉が弟子の河合曾良を伴い『奥の細道』の旅に出発したのが、元禄2年3月27日(1689年5月16日)であった。

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    芭蕉45歳であった。さて、自分の先月の歩行距離は381.6km、11月からの総歩行距離は2275.6kmで芭蕉を超えた。総歩数は3,338,624歩となる。月間平均歩行距離は、325.1kmだから、12倍した年間平均は約3900kmとなり、この調子でいくと伊能忠敬の総歩行距離40000kmには10年3カ月で到達する。このまま行けば…だが、忠敬の17年で40000kmよりかなりのハイペース。 

    今後、10年歩くのだろうか?病気もせず、死にもせず、気力も失せず、飽きもせず、トコトコ歩くのか?分らない、先の事は…。1寸先とはいわぬが1年先は分らない。1カ月、2カ月先なら大まかに読めるが、1年先となると、まったくの闇。「来年のことを言うと鬼が笑う」と言う。将来のことなど予測できないし、あれこれ言ってみても始まらないの例えだが、なぜ鬼が笑う?

    諸説あるが、「明日のこと、今年のことも満足に出来ない未熟者が、来年のことを得意になって語るのを聞いて、鬼(超自然的なモノの例え)が彼をあざけ笑っているという様」が、意味としてもわかりやすい。もう一つ、「鬼は人間の寿命を知っているとされる。ある人が、「来年こそは○○するぞ!」と言ったとき、その人の寿命が今年で尽きると知っている鬼が笑った」という。

    これもよく出来た話だ。鬼だろうがお多福だろうが、笑いたいなら笑ってくれ。来年のことを言ったくらいでそんなに可笑しいなら、いつまでも笑っていろい。人のちょっとしたことを笑い奴がいるが、そんなことで笑う奴が滑稽に思える最近だ。同じように、ちょっとした事で腹を立てたり、怒ったり、これもバカかと思えてしまう。年を重ねると人間は剛毅になるようだ。

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    怖いものがなくなるんだろう。物事に動じなくなる。おそらく、大方の事は見たり聞いたり体験したり、あらかたの事は耳目にし、経験もし、原体験を積んだからだろうか?傷つきやすく壊れやすかった若き日は、まるで別人のように思えてならない。それを成長といい、成熟というのか?心理学は、乳幼児心理学に始まり、児童心理学、青年心理学に分類される。

    人間の成長について考えるのはここまで、ということだが、近年は老人問題が取り上げられるにつれ、老年心理学も生まれた。しかし、日本の大学で「中年心理学」の講座はないだろう。なぜなら、これまでの考えによると、人間は大人になると安定し、変化もなく、研究対象にならなかったからではないか。心理学で中年を取り上げたのはユングであった。

    彼は相談者の中に中年が多いといっているが、その中の三分の一の人は、一般的には何の問題もない、むしろ、「適応が良すぎることが問題と言いたい」と言う。財産、地位、家族などに問題がないどころか、他と比較するとはるかに恵まれていた。それなのに彼らのすべては、「何かが足りない」、「不可解な不安」を背負い、悩まされ、ユングのところに訪れたのだ。

    イメージ 6「悩みがないのが悩み」という言い方をするが、半ば冗談であろうが、ある意味本質でもある。単純にいえば、激しく移り変わる社会についていけない、置いてきぼりにされる不安と言うのもあるのではないか?自身の境遇は満たされていても、時代に取り残される不安と不満、それが中年、あるいは老年であるのか。身近な問題でいうなら、夫婦の関係も、親子の在り方も変質する。

    そのために適応に困難さを生じることもあろう。何かひとつの考えや方法を確立し、それで一生押し通して行くことはできない。どこかで何らかの転換を必要とするはずである。夫婦も親子も言い争うものだ。争いの主な要因は、原因 - 結果という思考パターンである。夫の酒量が多いから家系が圧迫、ゴルフばかりで家庭を顧みない、妻がアチコチ出かけ過ぎる。

    それで子どもがやる気をなくし、成績も上がらない。子どもは子どもで自由を制限されて親はウザイとする。すべては自分が悪くない、相手が悪いという論理が展開される。勝負は力の強いほう、声の大きいほう、口が建つほうが勝つが、問題は片付いていない。中年期は山の尾根に立っているようなもの。左右のどちらに足を踏み外せば、崖の下に転落する。

    孔子は、「三十にして立つ。四十にして惑わず」と言った。三十にして立つとは自立で、四十にして惑わずとわざわざ言ったのは、自立して後、四十までは惑ったということ。何に惑ったかはいろいろ。自分の経験で言えば、本当に惑わないのは、六十歳を経てである。四十やそこらで、「惑わず」などあり得ない。が、三十までのふらつきという惑いではない。

    「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる」。オカシな歌詞と思ったが、これも迷い、惑いを現しているのだろう。ユングのところに訪れた順風満帆の人たちは、ユングが考えた人生の前半と後半とに分けた、その転換期にある人たちである。前半は自我の確立、社会的地位も得、結婚して子どもを育てるという一般的な尺度によって自分を位置づけていた。

    その後半において自分の、「本来的なものは何か?」。一体自分は、「何処から来、何処に行くのか?」という根源的な問いに答えを見出すことに努め、来るべき「死」をどのように受け入れるか、という課題に取り組むべきとユングは考えた。太陽は昇りやがて沈む。上昇から下降に向かう転換点の課題に取り組むことで、下降にあっても何がしかの上昇を見出す。

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        1日 14258歩   9695m   87/分
       2日 31161歩  21189m  90
        3日  20999歩   14279m     84
      4日 28306歩  19248m  90
      5日 28375歩  19295m  89
      6日   9681歩    6583m  85
        7日   13818歩    9396m   88
      9日 27728歩  18855m  89 
      11日 25402歩  17273m   92
      12日  31316歩   21294m    88   
      13日 16994歩  11555m   87
      15日 10146歩   6899m  77
      17日 44537歩   30285m    87
       18日 34054歩   23156m   90
      19日 25494歩  17335m   88
      21日 43890歩  29845m  89
       22日   6513歩   4428m   76
      23日 23023歩   11655m   89
      24日 16685歩  11345m   86
       25日 14063歩     9562m   79
      26日 17411歩   11839m   85
      27日 16553歩  11256m  87   
      28日 22401歩   15232m   88
      30日 29392歩   19986m  91
       31日  14893歩   10127m     87    
       
         total  567095歩   381612m 


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    第74期名人戦七番勝負を制した佐藤天彦新名人(28)が、初タイトル獲得から一夜明けて取材に答えた。以下の言葉が印象的だった。「きのう一瞬、そういう(名人を意識)時間帯がありました。これに勝ったら名人だと、経験したことのない感情ではありました。夕食休憩前ですかね。局面自体はまだ大変だと思っていましたが、少しいいのかなとも思っていました。」

    自分の気持ちを素直に表現する世代感覚。33年前に谷川浩司九段が初めて名人になったのを思い出す。史上初の21歳の新名人は、感想をこう述べた。「名人になろうとか、名人を獲ろうとか、欲の深いことを考えなかったのがよかったと思います」。「1年間、名人位を預からせていただきます」。関西棋界の重鎮内藤國男九段は、若き新名人の言葉をこう評した。

    「『1年間、名人位を預からせていただきます』なんて言葉は前もって考えていたんやろ。カッコよすぎるわ」。言われてみるとそうかも知れん。「名人になる。名人を獲る」などの気持ちがまったくない、考えないのも不自然だが、いかにも優等生気質の谷川浩司九段らしい。本当の気持ち、正直な胸の内を明かさないのを謙虚というが、これぞ日本人の美意識である。

    「謙虚」という得体の知れない情動とは一体何であるか?「謙虚」とは、控え目で、つつましいこと。へりくだって、素直に相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。とある。日本人は謙虚な人を好み、謙虚であることが素晴らしいとされることが多い。が、外国ではこのような考えは障害になる。障害の意味は、「謙虚さ」や「遠慮」は役に立たないという。

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    理由は、外国人には「謙虚さ」や「遠慮」という発想がないからだ。もちろん、優しい人や親切な人はたくさんいるが、ビジネスの現場などで、「謙虚さ」、「遠慮」を持ち出し、それでより良い契約締結ができたり、越えられそうにないハードルを越えたりなどはないという。つまり、「謙虚」や「遠慮」が伝わる日本人にはプラス、伝わらない外国人にはマイナスとなる。

    外国で忘れることができない失敗がある。いろいろ話の途中に外国人が、「自分は気にいってたとしても、妻の好みでない物は選ばない」と言った。「何で?あなたが気に入って、あなたがいいと思うなら誰が何と言おうが関係ないのでは?奥さんの好みをそこまで気にするのか理解できない」と自分がいうと、相手の表情がみるみる変わり、顔がゆでだこのように赤くなった。

    頭から湯気はでないが、「お前に言われることじゃない。オレは今まで誰にも手をねじ上げられたことはない!」と面と向かって言う。敵意むき出し状態だ。なぜそんなに怒るのか、さっぱり分からなかった。後で外国人の同僚が、「あんなこと言ったらダメ、絶対に…」と教えてくれた。あちらでは、恋人や妻の一言など存在は大きく、自分は彼の妻を批判したことになる。

    「じゃかましい、嫁がなんて言おうがそれが何だ?そんなのカンケーあるめ~!」といえる日本とはまるで違い、このカルチャーショック体験は忘れられない。それにしても今期の名人戦、佐藤天彦挑戦者は本当に強かったし、ブッチギリの勝利であった。若手棋士がタイトル戦であと一歩まで羽生さんを追い詰めたことはあるにはあったが、ここまで圧倒した前例がない。

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    佐藤天彦はなぜそんなに強いのか?将棋界の天才と目される羽生の言葉を借りるなら、「天才とは努力し続ける人」である。「天才は1%の才能と99%の努力」と言ったエジソンの言葉のアレンジと見る。佐藤の1%の才能の中身は分らないし、99%の努力も知ることもないが、彼が特異な棋士であるのは以下の事例が示している。プロ棋士養成機関「奨励会」での一件。

    プロの棋士になるためには小学生から奨励会で研鑽を積むが、六級から一級までは月2回の例会で1日3局を戦うが、初段、二段は1日2局。三段に昇段すると「三段リーグ」という枠で勝ち星を争い、上位2名が四段に昇段し、正式にプロ棋士となる。現在三段リーグには13歳から25歳までの29名が在籍するが、奨励会規定には以下の年齢制限があり、満たさぬ者は退会となる。

    【 満23歳(※2003年度奨励会試験合格者より満21歳)の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会 】。ところが特別規定として、【 三段リーグ戦で、2回次点を取った者はフリークラスに編入することができる 】制度があり、佐藤は16歳のときに2度目に次点をとり、プロ(フリークラス編入)の資格を得るもこれを拒否。

    今までこの権利を放棄した前例は無く、「佐藤は自信があるから蹴った」などと言われた。本人は「そうではない」と明確に否定し、理由として、「降って湧いたような権利で、それではプロになるための、"気持ちの面で準備ができていない"と考えていたようだが、おそらく言葉を選んだと推察する。次点でプロになった棋士も大勢いるし、彼らへの配慮と言える。

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    いかなる理由であれ、とりあえずプロの資格を得た以上、プロになって研鑽を積めば強くなれるわけだが、それを捨てて三段リーグに残ったのは、佐藤の美学もあるが、自身に対する叱咤とモチベーションの高め方、それらは総じて自信といっていい。それ程に鬩ぎあいの厳しい三段リーグで、次点で四段はまさに棚ボタ…。結果で言うわけではないが、結果が示している。

    それくらいの人間だから名人になれるのかも知れない。将棋には7つのタイトルがある。序列的には最高賞金額の「竜王」が上位であるが、これは強ければ誰でもなれる。アマ枠があって、アマチュアでも半端なく強くて勝ち上がれば竜王になれる。名人はそういうわけには行かない。プロ棋士となり、CⅡ⇒CⅠ⇒BⅡ⇒BⅠとクラスを上げ、A級入りすることが大前提だ。

    天才集団のA級リーグでトップになって初めて名人挑戦権が得られる。昔から「名人は選ばれし者」とされ、強くなければ名人にはなれないが、強いだけで名人にはなれない。名人になれし者は、そういう星の下に生まれ持った人間であるという。80年の歴史の中、たった13人しか名人になっていない。自分たちには分らないプロ棋士の名人に対する思いであろう。

    飯野健二七段は昭和49年に四段昇段後に一度もCⅡクラスから上がったことなく、通算445勝544敗の成績で2011年に引退した並の棋士である。0.449の勝率が物語っているが、彼は6級で奨励会に入会した以降、三段昇段までは各昇級昇段に1年以上をかけることなく順調に昇った天才少年だった。三年で二段昇段は羽生、谷川、森内と同じスピード。佐藤天彦は5年弱を要した。

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    その飯野は後年、このように心中を漏らす。「棋士を志す者なら誰でも名人の称号を目指します。たとえ一度でも名人と呼ばれるなら、数年の寿命と引き換えても何の悔いはありません」。三流棋士の切ない思いだが、名人とはそういうものであるらしい。佐藤の初タイトルが名人だが、かつて初タイトルが名人というのは森内がいた。が、彼は6年前に名人挑戦者になっている。

    その時は羽生名人に惨敗した。佐藤は名人初挑戦で羽生を圧倒して名人位を獲った。そんな佐藤新名人について思ったことは、彼は名人になりたい派というのではないと、自分には映った。名人になりたくない者など棋界にいるはずがないが、世の中には大きく分けて、「なりたい派」と「やりたい派」がいるようだ。「なりたい派」とは、社長になりたい、政治家になりたい。

    あるいは偉くなりたい…、だから頑張る。ところが、「やりたい派」というのは、やりたいから社長になった、名人になった。それほど強靭な願望と言うのは傍目には見えないが、自然とその地位に誘導される人。たしかにこの手の人はいる。明らかに後者の方が地位に相応しく幸せにもなれる。「なりたい派」の代表は舛添都知事であり、明らかに彼は都知事に不向きな人。

    より自分らしさを追及した仕事ができる人に、「やりたい派」が多い。自分も若き頃は「やりたい派」だった(意味が違う"やりたい"であるが…)。佐藤新名人は、「一年間名人を預からせていただきます」などの殊勝な言葉はいわなかったが、何のタイトルであれ、奪取より防衛が難しいという。名人戦は終ったばかりだが、来年の挑戦者への期待、それを受けて立つ天彦。

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    待ち遠しいわ。ところで、公民館で将棋を指している小学3年生のY君が低学年の部で「こども名人」になった。といっても、全国大会ではなく地方であるけれども。お父さんから「今日は○○さんに何か言いたいことがあるんじゃない?」と促され、恥ずかしそうに「大会で優勝して名人になった」と照れくさそうに言った。「すご、今度から名人と呼ぶね」と自分。

    負けてはベソをかき、目を真っ赤にして涙を流すYくんの心中は察することはできないが、勝負とはいえ、相手を詰ますときはつくづく将棋は残酷だなと思う。子どもに勝って嬉しくはないが、勝ってやる気をなくさなければいいと思いながらフォローをする。益になるならいいが害になってはダメ。負けてばかりで嫌になる子どももいるが、Y君がそうならない事を願う。

    子どもは素直で正直だからいい。「名人」と呼んでも、「そんなんじゃないです」、「自分は強くないし…、たいしたことないです」などの、野暮な謙遜がない。選ばれし自分の境遇を素直に認め、それに浸っているし、悪知恵を働かさない。本当の謙虚というのは、自分自身を素直に認めることかも知れない。他人にむやみに迎合せず、誤解されても気に留めない。

    そんな子どもたちを見ていると、大人の裏の世界が妙に汚く思えてくる。上っ面の謙遜の裏に見え隠れする傲慢は隠せないものだ。謙虚で控えめな人を、そのまま間に受けると恨まれることもある。大人の世界はなぜこうも澱んでいるのだろう。子どもと接していると、失われたものや汚れた自分をハタと気づかせてくれる。

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           一見、柔和で優しそう。こういう人が殺人を?年齢的にも孫もいるだろうし、何でまた…?

    保育士の寺沢良子容疑者(57)は8日午前1時半ごろ、自宅1階の寝室で寝ていた夫の繁美さん(63)の首をコードで絞めて殺害した。「夫を殺してしまった」と寺沢容疑者から電話を受けた兄が警察に通報して事件が発覚した。付近の住民は、「(良子容疑者は)とても良い感じの方で、びっくりしました。トラブルらしきことは全然感じられなかった」と、驚いたようだった。

    周囲にはいい人であれ、夫婦の事情とは無関係。寺沢容疑者の勤務する保育園の園長(56)によると、昨年夏ごろ「夫が躁鬱病になった」と園内で話し、入退院や服薬治療を受けていたが寺沢容疑者は繁美さんの暴言に悩んでいたという。事件前日に会った同僚(49)は、「変わった様子はなかった」と話した。青森地検は30日、寺沢良子容疑者を殺人罪で青森地裁に起訴した。

    スマホを買ってもらえないとの理由(いろいろ原因はあろうが引き金になった理由)で、子が親を殺す時代がなんとも痛々しいが、スマホといえどオモチャであり、かつてオモチャを買ってくれないとの理由で、親を殺した子がうあただろうか?親子もいろいろ、夫婦もいろいろだが、殺意は抱いたとしても実行には移さず、気分転換や気持ちの切り替えができないものか?

    殺せば憎い相手はこの世から消えるが、人を殺して自分が幸福になれることは絶対にない。不幸になるのは目に見えている。事にはやらず、逮捕後の行き場などしっかり考え、自身の幸せの在り処をしっかり見つめる。不幸になると分かって、それでもいい、それでも殺すというなら仕方がない。人を殺したい人間を前にし、人殺しを阻止する言葉はこれくらいしか浮かばない。

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        人を殺せる理由は、事の後先を考えないからだ。何十年も刑務所って普通は嫌だろ?


    モラルや道徳を持ち出したところで効果はなく、「損か得か」の自己談判をさせるくらいしか自分には出来ない、分らない。人を殺すのを本当に止めさせる方法があるならどういう説得法があるか?血のつながりも何もない、顔見知りでないアカの他人に、殺意を止めさせる事の出来る有能者が吐く言葉はどのようなものなのか、是非とも聞いて見たいものだ。

    法は犯罪者を断罪するためだけではない。犯罪者を救うためにも法はある。なぜなら、犯罪加害者というのは、実は被害者によって作られることもあるということ。善良な子どもの多くは、いじめを受ける相手や、家庭における親が加害者となり、その加害者を葬るために凶器を取る。犯罪を犯すような人でない人が犯罪を犯すのは、ジギルとハイドのような心の二重性ではない。

    被害者によって加害者となったケースは多い。それさえ「心の弱さ」と一律に言えるのか?ハズミと言うのは実際にあるからハズミであって、やるかやらないか未知で断定できぬ事をハズミという。人の心はその日の気分によって変わるし、そうしたハズミまでも「心の弱さ」と言うのか。自分はたまたまやらなかったに過ぎないが、人はたまたまやってしまった。

    「ハズミ」とか、「たまたま」は熟達者にもあるのは、プロ棋士の将棋などを見ても感じる。こういう事例もある。現在は無冠だが、かつて名人・竜王などを取った羽生世代といわれる実力者で永世名人の資格もある森内俊之九段が四段当時の逸話。ある局面で秒を読まれながら指したところで、食事休憩が告げられた。途端、対局者の二人が同時に詰みに気がついた。

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        子どもたちに言う。「勝って嬉しい、負けて悔しい」でなく、「負けて(も将棋は)楽しい」

    森内は負け、勝った相手は、「なんだ、危なかったな」と言ってケタケタ笑った。40歳も年上だからそんな態度も出来るが、それには森内も腐った。そこに入って来た別の棋士が、「あと1分で食事休憩、1時間ゆっくり考えられたのに…」と言い、「そうなんです。(自分の)時計を合わせておかなかったので判らなかった。ひどかったす。死にました。もう投げます。」

    相手は終局後、「君は詰みが読めなかったの?」と慈悲ない言葉を言う。普通は行われる局後の感想戦もせず帰った。森内は対局終了後、自らを痛めつけるかのように、横浜の自宅まで走った。鉄道経路で27kmの距離だが、一般道を走ったので実際には30kmくらいになろう。彼は5時間走り続けたという。記録によれば、この日の最高気温は10.2度、最低気温は5度。

    家に着いた時には、背広の上着と靴がドロドロになって使い物にならなくなっていたと、森内は名人になって当時のことを語っている。相手棋士は目立った戦歴もなく、生涯成績389勝513敗で、本対局から3年後に引退した。他方森内は、886勝523敗と、相手棋士と負け数は同じだが、勝ちは300も多い大棋士である。駆け出し四段時の悔しさが彼をまた精進させたのだ。

    プロ棋士は我々素人が1秒で読める盤上この一手という局面でさえ、数分の時間を使うが、それはこうした悔しさを身に染みて味わっているからだろう。彼らには「ハズミ」も「たまたま」も言い訳にできない。アマチュアがよく言う、「考えればあんな手を指さなかったのに」などのいい訳だが、「だったら考えろ。考えるなと誰が言った?」と言われたことがある。

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                おっさんに一句! 「クソオヤジ鍛えてくれてありがとう」

    中学のときに近所のオヤジにである。剛毅な土建屋のオヤジは、自分が勝つまで一度も平手(正規の対局)で指してくれなかった。二枚落ち(飛車と角を下す)で、「勝つまではこれだ!」と言って、自分を鍛えてくれた。子どもだろうが容赦しない、その態度は今なら愛情と理解できるが、その時は悔しく、泣きそうになったことも何度かあるが、奥歯をグッと噛んでこらえる。

    子どもに対してキツイ物言い、「負けて強くなるなら女が名人になる。勝たなきゃ強くはならん、ワッハッハ!」と、子どもだからと遠慮はしない。あんなオヤジは近頃いないな。公民館で子どもと将棋をするが、どこに行くにも親が付き添う時代。自分たちが子どもの頃に遊びの場に親などいない。監視といえば監視、過保護といえば過保護、社会が逞しい子ども作りを担わない。

    親が暇ということもあろう。全身全霊で子どもに入れ込んでいる。放任がいいとは思わないが、愛ある放任と、面倒だからの放任と、そこの見極めが難しい。昔はただ放って置くしかなかったが、社会全体の教育力が子どもを監視し、保護していた時代である。今は公園で親の監視の元で遊ばせる時代にあっては、過保護・過干渉が近年の子育ての代名詞のようだ。

    児童期の子どもに「躾」と称して、「ごめんなさいわ?」、「ちゃんと謝らなきゃダメでしょ?」などと急き立てる親は多い。素直に謝る事はいいこととばかりに無意味な謝罪を子どもに強要するのは「躾」というより、親の自己満足では?それらを嫌と言うほど味わった子ども時代を顧み、子どもにプラスになるとは思えない。大人は自分の子ども時代を思い出してみるといい。

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          善悪の分らぬ子どもに型式的な詫びを強要するより、善悪の意味を教えることが大事だろ

    「ごめんなさい」と言わせて満足そうにする親の顔に腹が立った。「謝らなければ食事を抜き!」、「謝るまで家には入れないから!」それがどうして教育なのか?北海道七飯町の林道で、両親に置き去りにされた小2の男児しかりだ。自衛隊も出動して大掛かりな捜索を続けているが、この男児は何処でどうしているのか?心配を超えて不思議という気もしている。

    躾と虐待を履き違える親は多い。親としての母親の特権は違和感があったし、だからバカだと思っていた。子どもは親をバカと思ったら言う事を聞くはずがない。聞かない方が正解である。バカの言いなりになったら間違いなくバカになる。自分は小学高学年で親を見切ったが、その年でバカをバカと見切る賢い子どもだったのかも。自賛というより、辛い部分はあった。

    同じ家屋に住み、ファミリーの一員である子どもが、親と敵対するなど憐れとしか言いようがない。客観的にみれば、だが。当時は主観しかなかったし、バカな親にひれ伏さないことが絶対に大事だと思っていた。それくらいにバカに見えたのだ。子どもは親の指示どおり動くのが一般的だが、「あんたのいう事は絶対に聞かない」という言葉を母親に吐いたくらいだ。

    そんな言葉を吐いているのだから聞くわけがないし、本当に母親の指示で動いた事はない。親子がそれでいいのか?それで良かったと思う。強い気持ちがあれば子どもはそのように出来ると思うがどうだろう。北海道の児童は、「言う事を聞かない」との理由で置き去りにされたというが、自分ならどうしたろう?何とか頑張ってうろうろし、あげく補導されたかもしれない。

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            父への批判は子どもが消えたからで、それより「なぜいない」を考えろ

    男の子の意地と気概として、降ろされてヌケヌケと家には帰らない。親の言う事を聞かない子は、ある意味覚悟の反抗をしているハズだ。覚悟とは、(親に)嫌われてもいいとの覚悟で、だから嫌ってる親の言う事を聞かない。親に嫌われたくないがために、悔しいけど我慢して親の言う事を聞く子は多い。自分は物心がついて以降、我慢して聞いた記憶がない。

    証言者としての児童の親の言い分はこうだ。28日は午後から一家4人で鹿部町の公園に車で出掛けた。水遊びなどをした後、大和君(児童)が車道に向かって石を投げていたためしかったという。大和君は以前にも車に石で傷を付けたことがあり、「父親としての威厳を示さなければ」と感じ、自宅へ帰る途中、林道に寄り「反省しなさい」と車から降ろしたという。

    大和君が泣きながら車を追い掛けてきたため、一度は車内に入れたが、約500メートル先の三差路で再び大和君を降ろしたという。父親は車を止め、5分ほど歩いて大和君を迎えに行ったが、姿は見えなかった。家族で周辺を約30分捜しても見つからず、それで警察に通報した。とのことだが、父親の言い分が本当だとしたら、大和君が見つからないのは大和君の問題か?

    車から降ろしたことの是非より、これほど探しても見つからない理由(問題)を大和君が握っているなら、彼は何処かに隠れているのか?誰かが自分探してるようだが、「意地でも出てやるか!」くらいの推理はできるが、にしても5日経っている。いくらなんでも7歳児にして根性あり過ぎだが可能性はある。親のヒドイ仕打ちに究極の怒りで頑張る子はいてもいい。

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         何処にいる?どうして見つからない?「出てやるもんか!」なら威勢がいいが…

    出動要請を受けた自衛隊員は、おそらく大和君の死骸も含めた捜索であろうが、親の言い分が事実との前提で言うなら、あんなクソ親に徹底反抗して、頑張って欲しい。死骸というなら自殺だろうが、それは負けだ。親の暴挙に屈したことになる。明日くらいには出て来いよ。お前を凄過ぎる男として誰もが認めるから。だから、もういい、明日くらいに出て来い、大和君!

    ―― 追記 ――

    大和君が発見された。鹿部町の陸上自衛隊駒ケ岳演習場内で保護された。見つかったのは演習場内で陸自隊員が雨宿りに使う小屋の中。見つけた関係者が、「大和君か」と聞くと、「はい」と答えたという。彼は行方不明になった28日当日から駒ケ岳演習場に居たという。彼の立場で考えれば、親が去ったならしょうがない、そこに留まって迎えを待つ意味もない。

    折角与えられた自由なら、とっとこ、とっとこ行きたいところに行くよ。周囲が大騒ぎしてるなど、知ることもないし、知ったことでもない。じっとしてるのが嫌なやんちゃ坊主の普通の行動だ。周囲も評論かもつまらんことを言うのだろうが、大和君にすれば、なんでもない行動であっただけだ。大騒ぎせず、このやんちゃ坊主を普通の目で見ていればいいだけのこと。

    彼にとってすべての行動は普通だっただけだから。周囲は騒がぬほうがいいよ。やんちゃは彼の資質であって、当たり前に逞しさでもある。7歳にして、「親が親なら、自分は自分」という独立心がいい。自分は10歳くらいに芽生えたが、同じように親とのバトルの結果だった。親は考えるべきかも。手放せば、手放すほどに子は独立心が増すということを…

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    好奇心は岩をも砕く?一人寝など怖い訳がない。大事にしすぎるから依存心坊やとなる。かくれんぼ気分かと思ったが、それは女々しい。好奇心の塊りのやんちゃ坊主は演習場に行ってみたかったんだろう。だから、自然とそこに足が向いた。普通は入れない演習場に行ってみたかった。親は絶対ダメというし、やれるいいチャンスだったし、周囲の騒ぎをよそにいい冒険したよ!


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