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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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  • 06/03/16--08:22: 大和くんのこと

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    28日に行方が分からなくなり、6日後の昨日発見された大和くんのことをいろいろ考えた。考えるといっても、7歳の男の子の心中は覗くのは大変であり、子ども時代をあれこれ思い出しながら彼の心の奥を探ってみた。発見されたところが放置された場所から直線で6km離れた鹿部町の陸上自衛隊駒ケ岳演習場内の小屋ということで、昨日はそこに向かったと書いた。

    向かったのではなく、たまたまそこに辿りついたというのが正しいようだ。自衛隊の演習場に興味があったのではなかった。とりあえず大和くんの性格を象徴するのは、置き去りにされた場所からすぐに移動したこと。これについては、二度にわたって放置されたことが影響したのではないか?なぜ二度も?一度目は降ろされて泣いたといい、再度車に乗せられた。

    ところが再び降ろされた。その理由というのは、おそらく大和くんが親から謝罪を命じられて、従わなかったからと推察する。つまり、親にとって満足がいく返答がなかったことが、二度目の放置となったのではないか?こんな会話が想像できる。「親のいう事を聞かないような子は、すぐに捨てるからね。わかった?これからはちゃんと親のいう事聞くんだね?」

    「返事は?ちゃんと返事しないとまた降ろすわよ!」。大和くんはこのようにたたみ掛けられ、「うん」と素直にいえなかったのでは?これらの会話が誰を意図しているか、母親である。自分は、今回の騒動で母親がまったく画面に出ないことを訝しく感じていた。父親は当初は冷酷非道な、つっけんどな物言いだったが、おそらく母親の行為を代弁したからであろう。

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    「しつけ」、「教育」といえど、父と息子という男同士の連帯感からすれば、少々のやんちゃは理解できるし、子どもは親に迷惑をかけて育つものだという事も、男親なら当たり前に分かっている。母親にとっての男の子の育て方は大変であり、大和くんの父親は板ばさみに合っていたと思われる。子どもが見つかった時の父親の姿を見、この人はいい父親と感じた。

    なぜ母親は姿を見せない?これだけの大騒動で、息子が見つかって真っ先に喜ぶのは母親と思われる。喜びに取り乱した姿も想像できるが、母親は身を隠していた。その理由は、大和くんを二度にわたって放置したあげく、母親は大和くんを嫌っているのではないか?分らないことだからあくまで推察だが、母親の手放しで喜ぶ姿が見れないのは一体何なのだと…?

    大和くんは母親との折り合いが悪いのではないかと…?男の子は反抗するわけではないが、人のいう事を聞かないところがしばしばある。いかにも男の子であり、小学校時代を顧みても、決まりを守らないからと、ゴチャゴチャうるさいのは決まって女子。女の子は自己保身的であり、決まりを守っていれば幸せになれるとでも思っているのか、決まり、決まりと小うるさい。

    それがそのまま母親になって、「アレをするな」、「これはダメ」となる。いつだったか、ウォーキング途中で象徴的なことがあった。目の前に小学生の男女が黄色いランドセルを背負って歩いている。学校帰りだろう。早足で追いつくと二人に声をかけた。「いっしょに早歩き競争をしよう!」と…。女の子は、「うん、いいよ!」と了解し、足早に歩きだした。

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    ところが男の子は、とっとこ駆け足で行く。「ダメダメ駆けたら、早歩きなんだから、ちゃんと守って!」と制止するも、そんな声に耳を傾ける気もなく、さっさと駆けて行ってしまった。仕方なく女の子と二人で早歩き競争をしたが、ちゃんと駆け出さないよう守りながら、懸命に歩くのだった。お母さんも女の子の方が育てやすいだろうな、などと思った。

    人の言うことなど聞く気のない男に子に追いつき、「ダメじゃないか、歩かなきゃ!」といっても知らん顔である。「ボクは競争に勝ちたかっただけ、だから走った」と言わんばかりの顔。これが男の子なんだろう。これをやんちゃと言うんだろう。などと思いながら、女の子はいろいろ話しかけてくるし、男の子は一言も言葉を発しない。二人とも一年生だという。

    「毎日歩いてるん?」と女の子に聞かれておどろいた。そのものズバリであったからで、なぜ普通の通行人でなくウォーカーだと思ったのかが、気になった。女の子にはそのように見えたのだろうが、それにしても図星であった。同じ一年生と言いながらも、男の子は4~5歳のガキである。判断力もまばらで、勝ちたい一心に一目散に走るという単純さがかわいい。

    こんな男の子だから母親には手ごわい。大和くんは一度目に降ろされ、泣いて車に乗ったが、ここぞとばかりの母親の厳命に素直に返答せず、また、それが母親の逆鱗に触れ、再度降ろされた。こうなってしまった以上、大和くんに成すすべはない。親の脅迫まがいの言葉に従わないとて、所詮は7歳の子どもである。途方に暮れ、とぼとぼ歩き出すのは無意識の諦めモード。

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    親から見離され、見捨てられたという実感。その場で待てば引き返して迎えに来るという、後ろ向きの希望を持てない男の意地か。車中でのやり取りも、納得できないことにはクビを振らぬ男の気概か。大和くんがその場に留まらなかった理由をいろいろ思考する。自分も実母から同様の威嚇体験を数度味わった。小学1~2年生にとって、親の本気と思える脅しは恐怖である。

    恐怖ゆえに対応は諦めである。謝罪の子もいるが、やんちゃな子は謝らない。敵対関係にある男の子と母親、その板ばさみの父親、母親は都合悪きことは逃げし隠れし、父親が対応するパターンとなる。自分の子ども時代も、教育の主導権や方向性を母親が一手に握り、父親は息子のケンカの後始末に菓子折り持って参じる。そういう母親を男の子は卑怯に感じた。

    内弁慶で対外的な行動のない母に比べて、父は自分の粗相の後始末を楽しんでいるかのようであった。息子の罪は自分の罪という連帯感というものが子ども心にも伝わった。大怪我をした相手の家に赴き、今なら訴えられても当然の中、相手の父親に罵倒されながら畳に頭を擦り付けて謝罪する父に胸が痛む。この人に二度とこんな思いをさせたくないと心に誓う。

    大和くんの父親には、大和くんへのほとばしる愛情が感じられた。いいとこ取りで無責任な母は、都合悪けば退散というのは実母に重なる。大和くんの保護に際し、母親の安堵する姿が画面に映し出されないのは、それだけの理由があるのだろうが、何とも不自然で淋しい限りである。ネットやメディアではまるで正義の代弁者とばかりに、親の放置を責め立てる。

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    それほど問題にすることでもないが、たまたま大和くんの行方が分からなくなった事で、大袈裟に鬼の首でも取ったかの如く喚きたてるアホな評論家どもにはいつもウンザリだ。彼らはお決まりの後出しじゃんけんで持論をいうだけの卑怯者である。心理学者に脳科学者に教育評論家に芸能人が寄って集って「虐待」の大合唱。彼らは後出しじゃんけんで、決まってパーを出す。

    パーを出す「パー」である。「子どもを放置するのは典型的な児童虐待、この両親は間もなく逮捕されるでしょう」と、オカマ評論家が言う。しかし、男児が保護された途端、「良かった!見つかりました!」と喜びを爆発させる。何ともつまらん人たちであろう。気の利いた状況分析はなく、問題にするのは大和くんが居なくなったことだけ。こういう投稿があった。

    「俺も小2の頃に山に捨てられたことあった。車からマジで下ろされた時は泣いたな、走り去った時も泣いた。でも見えなくなったらすくっと泣き止んで元来た道を戻って、行きがけに見つけた交番に向かってた。交番から下ろされた場所までの道のりは覚えていたし、あのときの俺は凄く冷静だった。このバカ親と同じように、俺を時間が経って探しに来たんだろう。

    親が、俺が元いた場所からいなくなってたから血相変えて探してきたわ。『反省しただろ帰るぞ!』とか言われたけど、俺は心の中で、これから交番にあんたらの悪行を言いに行くとこなんだけどって思って車にすぐに乗らなかったら、『早く乗りなさい!』って無理矢理乗せられて家に帰った。まぁ、一応親子やってるが、この恨みは死ぬまで忘れんわ。」 
     
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    本当に5分後に戻ったなら、声を枯らして「大和~~~!」と呼べばいいのに、必死になって叫んでないんだな。自衛隊もなぜ拡声器で大和くんを呼ばなかった?大音量の拡声器がないなら、右翼の宣伝カーを借りたらいいんで、まさか彼らは死体を捜していたのではあるまいな?スピーカーを使わない理由がサッパリわからん。見つかったからいいけれど…。

    どうやら母親に問題がありそうだ。普段はガチャガチャうるさく、主導権を持っていながら、肝心なときには人前に出ない小心者は、教育の主導権を持つべきでない。なぜなら、教育(しつけ)とは責任であるからだ。キチンと責任をとれる者が、自己の責任においてやるべきだし、やった方がいい。責任逃れをする人間は親であれ、教育評論家であれ、卑怯者だ。

    最初、親の言い分がコロコロ変わったのも、責任逃れを意図する妻が、己の立場が悪くならぬように夫に喋らせたのだろう。何とか辻褄を合わせようと画策した。保護されたときの父親の人柄から類推すれば、最初から父親の判断で正直に対応すべきだった。女の浅知知恵、思慮ない発言が物事を混乱させ、墓穴を掘るのはよくあること。このケースもそう感じていた。

    こういう憶測はメディアも避ける。評論家も口を閉ざす。それで事件の本質を探れるのか?何が事実かは当事者以外に分らない。ならば可能性を探るしかない。そうした可能性に蓋をするのは、ありがちな親子の問題点を遠ざける。本件の核心は、子どもをクルマから降ろしたことではなく、大和くんが何故その場を離れ、遠くに移動したかを思考すべきではないか。

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    金沢市の山道で小学2年の男児(7)が母親に置き去りにされ、石川県警金沢中署が心理的虐待の疑いがあるとして、金沢市児童相談所に通告していたことが4日分かった。置き去りにした20代の母親は、「言うことを聞かず、宿題をしなかったので…」との理由で、5月23日午後6時15分頃、金沢市の山道に隣接市から車で向かい、長男を降ろしてその場を離れたという。

    母親は数分後に現場に戻ったが、長男がおらず、午後7時15分ごろ110番した。金沢中署員や消防が山中を捜索し、同9時20分ごろ、現場から数百メートル離れた山中で、しゃがみこむ男児を見つけたが、ケガなどはなかった。これは28日に起こった大和くん置き去りの5日前になるが、どちらもやった事は同じ。どちらもあわてて110番通報をすることになった。

    言う事を聞かない子どもに対する折檻という方法は昔からあった。折檻が躾的な効果がある、ないという科学的分析がなされない時代のは、おそらく効果があるとされたのだろう。代表的な方法はお灸と押入れである。どちらも頻繁にされたがいずれも母親にである。父親がそのようなことをするはずが無かった。というのは、父親にはどこか通じるものを感じていた。

    「愛されていた」という実感は、さすがに子ども心にはなかったが、敵か味方かと区分すれば父は自分の味方であったようだった。殴る蹴るの折檻が当たり前にされていた頃に、そういうことを一切しない父の存在を、味方と感じるのは当然だろう。これらの行為は今でいうなら虐待といわれるが、当時は「虐待」という言葉もなく、する側もされる側も悪の認識がない。

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    お仕置きや折檻は、する側もされる側も当然の時代だった。子どもの頃に観た映画『宮本武蔵』(1961年・東映京都/監督:内田吐夢)で、武蔵が寺の和尚に木の枝に吊るされるが、これは吉川英治原作『宮本武蔵』に実際にある場面だ。状況を説明すると、関ヶ原の戦いに足軽として参加した武蔵が戦いに敗れて故郷に戻るも、敗軍の一兵として追われていた。 

    物事が上手く行かないときに「自棄酒(やけざけ)」を煽るが、武蔵も戦に負けた憔悴感と敗残兵として追われる身の苛立ちからか、村で大暴れをしたようだ。大聖寺住職沢庵和尚は、そんな武蔵を見かねて捕縛し、村の千年杉に吊るしたとされる。その後武蔵は、姫路城の天守閣に幽閉され、「野獣」から「人間」として知性に目覚めていくというストーリーである。

    内田吐夢監督、中村錦之助主演の『宮本武蔵』は、吉川英治の原作を一年に一作ずつ計五部作を五年かけて製作された超大作であり、興行的にも内容的にも成功を収め、戦後時代劇映画の輝きを象徴するシリーズとなった。賢人や達人はそういった折檻あってこそ、というのが我々子どもにも叩き込まれていたようだ。されるのは嫌だったが、そういうものだとの認識はあった。

    いちばん記憶にあって、もっとも恐怖体験として、トラウマになっているのは、「寺に預ける」という言葉だった。事あるごとに言われるので口だけと思っていたら、ある日バタンコ(オート三輪自動車)が家の前に来て、泣き喚きながら無理やり乗せられるシーンは今でも頭に残っている。母親が近所の炭屋の店主に頼んで、わざわざバタンコを要請したのだった。

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    自分はされる側だが、その場面を観る側として頭の影像に残っているほどに、戦慄な体験なのだろう。寺になんか預けるハズがない、すべては仕組まれた演出、三文芝居であるが、どうして子どもは恐怖を感じるのだろう?「やれるものならやってみろ!」と、タカをくくって大正解だが、どうして子どもはそう思えないのだろうか?正解は「子どもだからである」。

    炭屋のバタンコが家の前に来た時の恐怖は長く(今でも)頭にとどまっている。あの時ばかりは気が狂いそうに泣き叫んだ。当時は子どもを社会全体が成長させたものだが、お灸や押入れや寺に預けるなどの脅しが、どの程度子どもの成長に寄与したのだろう。やってることは今でいう「虐待」と何ら変わりはない。近年は児童相談所全国共通ダイヤルというのがある。

    これは近所、近隣が虐待を感知した際に、通報するシステムで、匿名でよい事になっている。近所・近隣が子どもの成長に関わろうとした時代から、近所・近隣が「虐待」を監視しようという時代になった。どちらがいいのだろうか?善悪良否よりも、時代の流れという他ない。子どものしつけ方も時代や社会の変遷によって変わっていくのだろう。昔は昔、今は今である。

    武蔵が木に吊るされ立派になったからと、同じ事をやるバカはいない。孔子といえば「仁愛」だが、『論語』には孔子らしからぬ文言もある。「子曰く、唯上知と下愚とは移らず」。これを直訳すると、「とびきりの賢者ととびきりのバカは同じ」というが、「最上の知者と最下の愚者は学習では変わらない」という事で、「ダメな人間はいくら努力してもダメ」という風にも読める。

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    王陽明の弟子は同じ疑問を持ち、『論語』のこの一節はどういう意味なのかを質問している。陽明は弟子の問いにきっぱり答えて言った。「先生曰く、是れ移すべからざるにあらず。只だ是れ移る肯ぜざるなり」。これは、「変えることが不可能なのではなく、自身が変わろうとしないからである」。つまり、成長し立派になるかならないかは本人次第と説いた。

    なるほど、すべての人がその資格は持っているということ。変わる、変わらないは、変えようとするかしないか、つまり、やるかやらないかである。誰にも能力はあるし、それを引き出すか引き出さないかが大切だ。反対にこうも言える。「朱に交われば赤くなる」というように、どんな立派な人間でも、ある環境に交わると、環境どおりの人間になってしまう。

    これを別な角度で思考するなら、赤くなるということは、赤くなる因子をだれもが持っているということ。つまり、我々は良い因子と悪い因子の両方を持っているということ。ならば大事なことは、たえず意識して良い因子を使う努力をすればいいということになる。何も考えず、無意識・無気力で生きていると、当然にして気づいたら「朱に染まって赤く」なっている。

    性格形成の一要因は、その人の生い立ち環境が大と科学的に検証されている。とくに三歳までの家庭環境や、両親が子どもにどう向きあったかは、人の一生を左右するくらいのインパクトを持つ。科学の「カ」の字もない時代に、「三つ子の魂百まで」という言葉は、怖ろしく的を得ている。三歳にまで受けた影響は、良いこと悪いこと全て後の人生にまとわりつくという。

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    とくに、感覚的、感情的、非論理的、な性格の部分として、脳の中に焼きついてしまう。それにしても何故三つ子なのか?別に、二つ子(2歳)でも、五つ子(5歳)でもいいと思うのだが…。そこでポイントになるのが、まずは物心(ものごころ)。よく親が「うちの子、最近物心がついてきた」などというが、物心とは、世の中のこと、外界や他人の感情を理解する心のこと。

    人間が、「なるほど、これはこういうことなんだな」と分かり始める年齢が、ちょうど3歳くらいにあたる。心が成長したから、いろいろなことが理解できるようになった、と考えられるが、もう少し深く思考すると、それまで無意識の活動が中心だった自我が成長し、無意識の壁を破って自我が意識に目覚めたから、いろいろなことが理解できるようになった。

    それが物心といっている。物心で自我が無意識の壁を突き破る前…、つまり、3歳以前の子どもは、ほとんどのことを無意識的に行動している。大人でもそう言う行動をする人を「なんだお前は子どもじゃあるまいし、もう少し考えて行動しろよ」などと言ったりする。が、そうした大人の無意識(無思考)と3歳前の子どもの無意識とは、まったく別のものだという。

    分かりやすい言葉でいうなら、子どもは「完全なる無意識状態」である。そこが大人の無意識と違うところで、大人の無意識行動というのは、ある程度の年齢からして、それらを意思によってコントロール出来るほどに成熟している。出来るけど、「しない」のと、コントロールできないから、「しない」はまるで違う。大人は、「しない」で子どもは、「できない」と考えていい。

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    子どもは完全なる純真無垢。「無垢」とは仏教用語で、煩悩の穢れがなく、清らかなことをいい。一般には、精神や肉体が穢れていない純粋なことを意味する。子どもと接してみるとつくづくわかるし、だから経年の大人が子どもに接して心が洗われるのだ。純粋に自身の中の「快」・「不快」で行動を決められるのが子どもの特権である。つまらないことには見向きもしない。

    「つまらないことでもやらなければならない」と感じるのは自我の芽生えた移行である。嫌な相手とでも口を利き、付き合う必要性を理解するのが大人だ。感情は、心の奥(無意識)から湧き出てくるものなので、それ自体、直接コントロールは出来ないし、理性の力を必要とする。よって非理性的な人間は、自分の好き嫌いも行動に反映され易く、固定化され易い。

    3歳以前の子どもにはそれがなく、だから親も大人も手に負えない完全無意識行動者である。別の言葉でいえば、「完全無欠の無敵もの」。無欠とは無欠勤ではなく、欠点が無いこと。子どもが無欠なのは即ち無いものを欠点とは言わない。欠点と言う段階に入れば、「有る・無し」という言い方をするが、それ以前にあっては「有る・無し」の問題ではない。

    欠点のない人を立派というが、長所・短所が構築される段階以前の3歳児は、何をしても許される特権階級といっていい。高価な花瓶を割ろうが、母親のジェエリーをトイレに流そうが、絶対に怒ってはいけない、怒る意味がない。7歳男児のやんちゃが問題になっているが、5歳児、7歳児でも3歳児のような多少成長は遅いが、高度な感受性を持つ子どもは存在する。

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    「決まり」を守ろうとする保守的な女の子に比べて、ノーベル賞や世紀の大発明をするのが男であるように、男は革新的研究心に富む。何かオモシロイことはないか、変わったことはないか、好きあらば寄り道をしよう、好きあらば妻以外の女に言い寄ろうと考える生き物である。それが男の感受性を満たすというのは、スカートめくりのロマニズム(幼児性)と言える。

    無意識というのは、理性の支配を排除していることであって、言い換えるなら「ホンネ」の部分であろう。ホンネの行動がその人の性格になるのは当然といえば当然である。これが「三つ子の魂」の正体である。3歳の子どもの行動はすべて無意識のホンネであり、そうした時期は建築物で云えば、基礎部分(土台)にあたり、我々にとって重要な時期となる。

    親の好まざる傾向性であっても、むしろ固定したものが「ある」ことを喜ぶべきであろう。親の好みにどおりに子どもを変えようと無理をすると、さてどうなるだろうか?未知のことを断定はできないが、答えを求めたいなら、それをやってみるしかない。自分はそのことを体現した人間だから、自分と親の関係における答えは持っている。が、他人の結果は分らない。

    子どもの心に上手く対応できる親もいれば、子どもの心を益々荒らすような物の言い方や態度の親もいる。その差は親の性格というよりない。親子といえども人と人の関係だから、いい性格の持ち主を「いい人」というように、「いい親」とはいい性格を持った人であろう。別に教育書を読んだり、躾の方法を学ばなくとも、いい性格を持った人がいい親になる。

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  • 06/06/16--16:51: ハゲの皮が剥がれる

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    舛添都知事は猪瀬前知事の辞任を受けての登板であったが、公金に対する鈍感さには呆れを通り越し、セコさについては笑いのレベルにある。お笑いの本場大阪の吉村市長は先の定例会見で舛添知事に対し、「公費を『公私混同』していたのはみんな分かってる。そこは認めないと。もう、人として信用できないレベルに達しつつある」とコメントした。

    吉村市長は、昨年11月の市長選に地域政党「大阪維新の会」公認で出馬し当選した橋下徹前市長の後継。舛添問題には橋下氏も、「じつにセコい」などと批判している。吉村市長は、「一番の問題は都民への説明より自己保身に走り、『第三者による調査結果を待つ』ところに逃げこんだこと」と指摘。「セコいを通り越し、信用できないレベルとした。

    舛添知事の一連の対応は、嘘をつくのを避けるための策にしか見えない。「政治とカネ」をめぐる疑惑が次々と噴出した当初は、「会計担当者に調査させる」。さらに5月20日の会見では、「第三者に調査していただく」などと連発し、自らの言葉で説明責任を果たそうとしない。舛添氏は「嘘」が致命傷になることを怖れるというセコさは誰の目にも明らかである。

    セコい人間は、あらゆることにセコい。徳州会から5000万円を借用した猪瀬前知事の後継としてクリーンイメージで都知事になっただけに、さぞかし都庁の幹部もガッカリだろうし、こんな知事では東京都のイメージが悪くなるばかりだ。これほど問題が噴出すれば、都政専門紙『都政新報』も、現役の部課長ら都幹部による敬意ゼロの本音を報じている。

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    「裏切られた」、「品格なし」、「セコい性格」などの痛烈批判は、昨日の弁護士同席による会見後も、都民や都職員の信頼は到底取り戻せそうにない。『都政新報』で匿名ながら心中を明かした幹部職員のひとり本庁課長は、「就任時の期待が大きかった分、裏切られた思いもまた強い」と語り、「都民もまたクリーンな点に期待して投票したと思う。

    それが公金無駄遣いと公私混同が分かりやすい形で表面化し、一気に信頼が失墜した」と突き放した。別の本庁課長は、「謙虚にはほど遠い、一般の都民にはかなり不自然な説明で、屁理屈と映ったのでは?」と厳しく指摘し、「情けない話で世間の笑いものにされるのはこりごり」と切り捨てた。別の「本庁課長」は以下、痛烈に舛添知事を批判した。

    「一連の騒動は全て身から出た錆。品格のない『セコい性格』が周囲の反感を買い、今日の事態を招いた。(自民党も舛添氏の)政治家としての人間性を批判してきたのではないか」などと辛辣に語った上で、「都知事は大統領制ではなく、議院内閣制に近い形の方がいい」と、大胆な提言を行った。上位職である「本庁部長」はこのように述べている。

    「知事の任期は1年9カ月あるが、早くもレームダック状態になろうとしているのは遺憾」といい、「(都議会の)自民や公明は辞任を求めていないことから、静観しているに等しく、知事は自公に頭が上がらなくなった」と、冷静沈着な分析。都庁出先機関のある幹部(部長待遇)は、「週刊誌では次期都知事選の顔ぶれなどを報道しており、異常事態だ。

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    参院議員時代ではなく、今の政治団体で政治資金問題が明るみに出たら、(資金提供問題が直撃した)猪瀬都政の末期に近付く恐れがある。2代続けて知事が任期途中に辞職となれば、都政の汚点になる」とし、そのうえで同出先部長は、「自身の政治資金問題だから、都政に混乱を与えないよう対処すべきだ」と述べ、舛添知事に対し、事実上の辞任を迫った形だ。

    『都政新報』の後藤貴智記者は、「どの職員に聞いても、ひと言目に出てくるのは『恥ずかしい』という声だ。都庁職員は、『地方自治を牽引してきたのは自分たちだ』という誇りを持っている。それが、民放のワイドショーで、毎日のように『セコい』、『卑しい』などと非難されるのは、耐えられないだろう」。と、都職員の声を代弁した。

    猪瀬前知事の問題があっただけに、都庁職員も幹部も、それなりの期待をもっていたようで、それがこの体たらくとあっては不満が大きいのも当然だろう。「化けの皮が剥がれる」という言葉がある。「人は本来、深いところで自分に利することしかしない」という韓非子の言葉を借りるなら、「化けの皮」は被ってもいいが、剥がれないよう自制すべきもの。

    どれほど、「ハゲの皮が」が剥がれ、ハゲが進行してズル剥けとなっても、せめて「化けの皮」だけは剥がしてもらいたくない。都政13兆円という小国一国規模の予算を預かり、税金の使い方を決めていく立場にあるこんな東京都知事は、「ごめんなさい。今後は改める」という事で許す問題ではいかない。知事を辞めさせる手段は、都議会と都民によるリコールだ。

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    都民の代表で送られた都議会議員が自らの保身で歯切れが悪いなら、都民自らリコールを決断するしかない。130万票という膨大なリコール票が必要だが、他人事でなく我が事としての怒りと意識なら不可能な数字ではない。「すいません、もう次からしません」を許していいのは、将来ある子どもであり、頭のハゲた大人の、「すいません」を許すことは出来ない。

    自分を利することができる環境や立場にあるものは、結局、それをするか、しないかであり、そういうズルを陰でやるような人間は、やった時点で浮かばれない。バレたら、「すいません」は誰でも言う言葉で、それで許されるものではない。吉村大阪市長のいうように、「セコいを通り越し、信用できないレベル」。本人がどれだけ居座ろうとしても、辞めさせるべきである。

    もはや一本の木も1本の髪の毛も焼け落ちるがごとき、山火事炎上状態の舛添知事でありながら、知事追及の動きが鈍いと指摘される自民党都議らのSNSにも、厳しい意見が書き込まれる“延焼”が始まっている。8割、9割といえる都民の不支持状況のなか、現状、自民党都議団は調査権限を持つ百条委員会の設置には、なぜか慎重姿勢を示している。

    こうした中、自民党東京都連のツイッターには、「静観とはどういうことだ?」、「百条委員会の設置はやるのか?」、「有権者は舛添知事に呆れはてて、怒りの矛先が自民党に向きはじめてますよ」、「都民の為に働け!」、「まさかダンマリを決め込む訳ではないだろうな?」、「都知事選で彼を擁立した責任をどう考える?」などのコメントが相次いでいる。

    イメージ 5当たり前のコンコンチキだ。選んだ責任は追及されるべき。また、東京都連だけでなく、各都議のツイッターにも、「舛添降ろしに言及しない自公都議会議員の実名を一覧にして公表しろ」、「都民を甘く見るなよ」、「追及しない都議は次の選挙でブーメラン喰らうぞ!」、「次回の選挙であなたには投票しない」など、かなり厳しい文言で、納得いく対応を求めている。そんな中、音喜多駿氏(かがやけTOKYO)、大山とも子氏(日本共産党)、西沢圭太氏(民進党)、柳ケ瀬裕文氏(東京維新の会)、西崎光子氏(生活者ネットワーク)ら東京都議会議員の5氏が、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に出演、都知事の疑惑追及に「期待していない」との都民の声が多数の中で、「覚悟を持ってやる」と決意表明した。

    都議が怖れるのは知事辞職に伴う都議会解散である。こういう保身都議連中を選んだ都民の責任といえなくもないが、人の良し悪しは選んでみなければ分らない。恋人もそう、結婚相手もそう、親は選べないが、明らかに間違った結婚は一日でも早く解消すべきである。その理由は、そういう相手というのは、結婚以前からい大きな問題を抱えているからだ。

    そうことが原因となって、結婚直後から上手く行かないのは見えていたというケースが多い。「結婚すればなんとかなる」は、そうも行かない。我慢をし、耐えて続ける結婚生活になど何の意味もない。それと同様に、今、舛添知事が知事になる以前の問題がこれほど大きく騒ぎ立てられていて、「知事になればなんとかなる」という問題ではなかったようだ。

    「セコさ」はあいも変わらず、「何様」的態度も増幅するばかり。何が1泊20万のスイートルームだ、何が家族旅行で政治活動だ、バカたれが。ロンドン市長が来日した時のホテルは1泊3万5千円だったといい、飛行機代も十分の一以下であった。こういうバカ知事を辞めさせるべく都議の行動は当然で、音喜多氏も「解散・失職することも覚悟して臨む」とした。

    我々も都民も、都議の失職よりは知事の失職にしか興味がないが、都議は知事の失職より自身の失職が怖いとあっては、知事と都議は一蓮托生である。自らの命を賭して知事と戦う都議には大いにエールを贈るべし。都知事失職、議会解散・選挙となると、次のオリンピックの前に選挙という問題もあるようだ。さらには後継都知事の適任者の問題もある。

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    失職寸前に東日本震災でクビがつながった菅元総理だった。あれをラッキーという見方もあるが、所詮ダメはダメのお荷物総理に変わりなかった。「善は急げ」である。後釜については、6月3日に総務次官を退任した「嵐」の桜井翔の父、桜井俊氏の名前が上がっている。自民党からのバックアップがあれば、桜井氏の都知事出馬はあり得ない話とはいえない。

    「息子が日本のトップアイドルなら不祥事の心配はまずない」といった見方もされているが、資質を問うならそんな言い方は失礼千万。また、今回の退任で改めて優れたルックスが全国に広まったことから、「2020年の東京五輪時にはイケメン都知事がいい」といった女性の声もある。が、それもどうか?なにより堅実第一であり、氏なら当選の可能性はある。


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  • 06/07/16--19:00: 記事とは…

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    はて、ブログの記事とは作文なのか?論文なのか?はた、一般的に、「記事」というが、記事というなら記事とは何なのか?子どもの作文について、①言うべきことを持つこと。②言うに価すること。③適切に表現する能力を持つこと。この3つが、生きた文章を書くポイントとなる。なるほど、言われてみると、①が肥大し、③が欠如し、②に価しない文もある。

    ブログの文を記事というなら、記事とは、「現象・存在・状況などを文字からなる単語を組み合わせ、文章で表した事物を、伝えるための文章」とある。新聞記事、雑誌記事はそういうことだ。それでは作文とは?「ある情報を伝達することを目的として、文章を秩序立てて作製する行為。人間の言語活動の中でも特に論理性や構造性が最も問われるもの」。

    論文とは?「学問の研究成果などのあるテーマについて論理的な手法で書き記した文章」。というが、ならば小論文はそうともいえない。小論文とは、「特定の研究成果についての記述ではなく、あるテーマについて論述する論文の一つの形式」とある。なるほど納得だが、作文は、感想でも自論でも何でも良いが、小論文は論理的になってなければならない。

    つまり作文より高度な要件・技法がいる。したがって、小中学生は、「作文」でよいが、高校・大学生なら、「論文」に進化すべきであろう。さらに論文は、「ある意見に対して自分の判断を下し、その判断がなぜ正しいのかを根拠を挙げて述べる文章」ともいえる。ありがちなのは作文では、「ボクは××よりも○○が正しいと思います」でいいが、論文でそれはダメだ。

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    「自分がそう思うんだからいいでしょう?」という女性がいる。男にもいるが男はそれでは通用しないと知っている。女性同士の会話では、「私はそう思うからいいの!」で突っ込むと嫌われるが、男は、「何でそう思うんだ?」は必然で、「オレがそう思うんだからいいだろう?」では相手にされない。根拠(理性)を示せとになるが、女性は感情の発露で済ませられる。

    女性が女性の意見に対し、「何で?」、「どうして?」、「根拠は?」などと突っ込むと、間違いなく嫌われる。共感型女性関係にあっては、「そうね、あたしもそう思う」などと同意していれば仲良しこよしとなる。女の子同士の言葉、「仲良しこよし」の「こよし」とは、「小良し」でなく「小好し」と書く。どういう意味かというと広辞苑には、「小」のひとつお意味に、「語調を整える」とある。

    「夕焼けこやけ」と同じ接頭語で、「仲良し小好し」は単に語呂合わせ、あるいは、「仲良し」を調子よくいったものであるらしい。「うちら仲良しこよしじゃけんね~」などの言い方をする。「粋な」を「こいきな」、「憎らしい」を「こにくらしい」、「しゃくな」を「こしゃくな」、「小耳を傾ける」、「小腹がすいた」などなど、幹語のニュアンスを弱める使い方もある。

    調べるとオモシロイが、日本語も英語も文法に拘ると結構むつかしい。中高6年間も英語を習ってもほとんど喋れないのは、会話主体より文法主体だからであろう。動詞や助詞、現在完了、過去完了、感嘆文、などの意味より喋るに勝るものはない。自分は、「夕焼けこやけ」の、「こやけ」はちょっと夕焼け、「こよし」はちょっと仲良しの意味と解するスタンスである。

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    どちらにしても男が、「俺たち仲良しこよし!」とは言わない、「女言葉」であろう。そもそも男同士にあって、「仲良し」という言葉が使われることはないし、使った記憶もない。女の子同士の世界観は男に謎だが、とかくトラブルがつきまといがちな女友達関係とは無縁というある外国の有名人女性が、「女友達とずっと仲良しでいたいなら…」と、その秘訣を述べている。

     その1♡ 忙しくても、友達との時間を大切にね。
     その2♡ 友達が失恋したら、そばにいてあげて。
     その3♡ 一緒に成長してこそ友達ってものよ。
     その4♡ 誕生日は必ずお祝いして!
     その5♡ シンプルなことを一緒に楽しんで!

    読んで思ったことは、「こんなんやってられん!」である。これほどまでして(男同士)仲良くする必要があるとも思えんし、上のことを率先して無理なくやれる女性というのが驚異に思えてしまう。それほどに男の基本は、「自由奔放」である。自分に無理せず、相手にも媚びず、それで関係が続けばいいし、そんな事までして、「ずっと仲良し」でいるなど自慢にもならない。

    誇りにも思えない。というのは自分や、自分の知る男観だが、こういう事をやる男がいるならそれはそれで人の選択だ。が、同じように望まれるなら結構である。まあ、人にされて自分がしないのもどうかと思うし、面倒くさいプレゼント交換なんかどっちもしないのがいいに決まっている。欲しいもの、買いたいものは自分で買うし、貰って嬉しくない物はいらない。

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    どうやら女性は貰うこと、その行為が嬉しいらしく、男とは本質的に異なる動物のようだ。だからか、上に記したように、「欲しい物は(人に貰うより)自分のお金で買ってこそ嬉しい」傾向の強い自分は、自分にあったように生きたいし、自分にあったように相手にも望みたいし、ゼニカネの介在もない、煩わしさのない関係を望むから、無理したくない事は最初に言う。

    妻や恋人の誕生日を忘れて責められる男はいるが、おそらく最初から無理をしていたのだろう。責められてするのもどうかと思う(責める側も同じ)が、そういう人間関係は望まない。善悪というより自分に無理な生き方をしない、自分に合った生き方というチョイスである。本当に無理してくたびれるよりは、自分と言う人間を知り、知り尽くしておくのが楽な生き方になる。

    服を着てめかすというのも、ある意味社会の制約であり、誰もが家の中ではめかさずフランクでいる。できるだけ世の中の制約は少ないほうがいいに決まっている。ストレス軽減を模索すればそのようになるし、ストレス軽減の人体への影響は計り知れない。ガンもストレス、胃潰瘍や便秘もストレス、総じてこの世はストレス社会であり、クライシスが体を精神を蝕む。

    「産後クライシス」、「介護クライシス」、「ミッドライフ・クライシス」、「老年クライシス」などの言い方もあり、いわゆる、「五月病」は新社会人のクライシス、「中二病」は思春期のクライシスである。「ミッドライフ・クライシス」とは、カナダの精神分析学者エリオット・ジャックが命名した中年期の思春期で、キアヌ・リーヴスも悩まされるなど、欧米では社会問題として認知されている。

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    中年の危機の始まりは大体45歳頃といわれ、その後1年3か月ほど続くという。今まで価値があったものに価値を見いだせなくなったり、今までの生き方に関心を失い始める、といった形でその危機が訪れる。誰もが人生という作品を、「つくり出す」なら、言うなれば人生という創作活動のなかで、「創造の病」にかかる可能性は高くなる。それをどう処理するか?

    避けられるものならいかに回避するか?というようなことを無意識のままに書いている自分である。なぜ書くのか?ひとえに問題意識であろう。世間に横たわる様々な問題を自然にピックアップし、自らに問いかけ、思考の末に答えを導くのだが、その答えは正しいのか否かは人によって違うし、気にすることではない。大事なのは、考える時間を持つことだ。

    結果を気にするあまり、過程を持たぬのをいいとは思わない。結果は過程の必然といえばそうだから、たとえ答えが導かれなくともそれが結果である。「我思う、故に我あり」ではないが、書くことは思うことの具現化であり、自分の考えを客観的に眺めることでもある。単に思考は空気のように形に残らない。脳の中にストックしておいても、消滅することも多い。

    「書くのは残しておくため」というのは二次的要素で、取り合えずは、「今の今」の自分を知ることにある。「自己表現」というが、自分を表現してこそ自ら足り得る。文章は表現活動である。書かれたものなしには、論理も認識も存在しないし、過去および現在についての明瞭な区分も存在しない。対象が現象か本質かを問う、「存在とは何か」という哲学思考もある。

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    本質は難しい。我々凡人にとってさらなりだが、多くの人間にとって、直接的に物の本質を直観する能力を果たして人間に与えられているだろうか?現象は本質を開示するために、しきりに自らを現しつづけてくれているが、だからといって本質を見極めるのは能力であろう。その能力を砥ぎ、磨くのも人間の探究心である。人間はまた偏見のかたまりとして育っていく。

    物事をありのままに見ることの難しさとは何であろうか?「ありのままに」という言葉が流行ったが、我々は現象として対象であれ、果たして、「ありのまま」に見ることができるのだろうか?具体的と言う手法は、それほどの客観性を期待し得るものだろうか?一人で判ったようなことをいい、一人判ったような気になっている。そんな文章はいくらでもある。

    無理に人に伝えるべきとも思わぬが、公に文を書く以上、独善であるべきというのもどうであろうか?人間が現実を認識するのは、人間的現実を形成するためだ。ところが、事物は直接的にその本質を示さないことが多い。世の中で多発する事件なども、報道が本質とは限らないし、裁判結果が本質ともいえない。そこで人間は認識のために推論を行うしかない。

    イメージ 7しかるに、正しい認識を得るためには厳密な推論が必要になる。どうやってそういう力を得るのだ?「プロファイリング」という言葉は、映画『羊たちの沈黙』を機に一般的になった。犯罪捜査において、犯罪の性質や特徴から、行動科学的に分析し、犯人の特徴を推論することだが、基本的な構造は、「こういう犯罪の犯人はこういう人間が多い」という統計学である。

    よって、霊能師や予言師の予知能力とは異なる科学的推論である。占い師が占いを行う前に、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というのは正直な言葉で、なにかと気取ったあるいは驕った霊能師は、そういう事はいわない。いわない以上インチキ詐欺師である。したがって、「当たるか当たらないか判りませんよ」という占いにお金を出すのは遊興精神であろう。

    それなら許される。事件においての犯行や、犯罪現場で犯人像を推定する作業は、現場の警察官や刑事でも行うが、それら現場の推定が経験や勘によって行われる物であるのに対し、プロファイリングは行動科学的知見を用いると言う点において異なる。が、あえていうなら、プロファイリングというものは、事件を解決するものではないというのが大前提である。

    よって、犯罪捜査のテレビドラマや映画にあるような、一人のプロファイラーが犯人を特定し、はたまた逮捕するようなことは絶対にない。個人を特定するのではなく、あくまで確率論的に可能性が高い犯人像を示すものであり、捜査を効率的に進める支援ツールであるがゆえに、当然にしてプロファイルに当てはまらない人間が犯人である事は、何ら珍しくない。


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    5月21日夕方、東京・小金井市で芸能活動中に刃物で刺され、意識不明の重体となっていた冨田真由さん(20)が、先週末に意識を回復していた。傷害の疑いで現行犯逮捕された職業不詳の岩埼友宏容疑者(27)は、冨田さんのファンで、冨田さんは岩埼容疑者からブログに執拗な書き込みをされるなどし、警察に相談していたというが、とりあえず危篤状態を脱したことになる。

    冨田さんは現在も入院中で面会謝絶の状態が続くなか、入院先の医師が「脳機能に異常は認められない」と診断していることがわかった。「脳機能に異常がない」を単純にいうと、視たり聴いたり話したりなど、五感に問題なしということだ。さらには記憶、思考、空間認知などの知的認知機能を高次脳機能というが、右脳・左脳とも問題ないということなのか?

    報道(日テレニュース)によると刺された個所は、左胸3回、右胸2回、左目4回、右目1回、首7回、口3回の計20回刺されたとし、また、事件を目撃していたとされる人物が、「目をくりぬかれていた」との証言もある。これらはあながちデマともいえないが、今回医師による「脳機能に異常なし」という診断は視覚障害もないということで、彼女にとって不幸中の幸いといえる。

    内臓にダメージなしとのことだが、高次脳機能障害は精密検査を要するうえにまだまだ楽観は許されない。冨田さんの容態は経過を見るしかないが、犯人の岩埼容疑者は調べに対し、「刺したのは間違いない。冨田さんのファンだった」と容疑を認めている。前回記したように、好意を抱く女性から「無視」されたというネガティブな体験から逆上する人間は存在する。

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    失恋体験も同じようなものだが、交際相手でもない不特定多数をファンにもつ、いわゆる芸能活動を行うアイドルに対し、思いが届かない、叶わないなどは、むしろ当然にして当然のことであると思うが、どの程度の至近距離的な交流があったのかは定かでない。最近のアイドルはAKBの指原の例もあったように、ファンに逆ナンするというから、アイドル=高値の花ではない。

    今回の事件も距離感の問題が根っこにあったといわざるを得ない。その事の善悪はともかく、こういう事件に触れるとファンもいろいろという事で、それを踏まえた対応を取るしかなく、自分の身は自分で守ると言う危機管理意識を強めるしかない。ファンは善意ばかりとはいえないわけだから。プレゼントをくれたり、ファンレターをくれたり、それもファンである。

    安易に受け取らないほうがいいとまでは言わないが、一度もらったプレゼントを返却されたというファンとアーチストの関係もあるんだなと、我々門外漢は驚くばかりだ。コンサート会場の芸能アイドルに限らず、フィギュアの選手などもリンク内に多くの物が投げ込まれるが、アーチストへの贈り物というのは、本来的にいえばファンとしての無償の捧げ物であろう。

    今回の事件のような、アーチストとファンの距離感の近さというのか、経験ないから想像するしかないが、ファンからすれば無償の捧げ物というプレゼントではないのでは?分かりやすい事例として、「親切」や「やさしさ」という感情の実体について思考してみる。「親切」とか「やさしさ」とか、これらの情動は人間にとって道徳的に美しい心の最上位に置かれている。

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    ところがその実体というのは醜いものが多い。人に優しくすることで、その見返りを得る心理は間違いなくある。「親切」という美名の裏で、「せっかく優しくしてやろうとし たのに、相手が拒否しやがった。なんてやつだ。」と、これが親切、優しさといえるのか?押し売りや強引なセールスと同じ心理であろう。ようするに、自分の都合を「親切」に当てはめているだけ。

    「親切」や「やさしさ」が何であるかを実感するには、自分に置き換えて考えたり、体験を思い出してみるのがいい。人から「やさしさ」を感じる瞬間とは、どんなときだろうかと…。自分が困っている時に、願ってもない手が差し伸べられたとき? あるいは、困っているときに飛んで来てくれたり、力になってくれたり、いずれも、困っているときという前提がある。

    反対に、優しさを感じないときとはどんなときか?さして困ってもいないのに、いかにも善人ぶったり、親切ぶったりであれこれする人間ではないか?相手の行為を、「ぶったり」感じるのは、迷惑だと思っているからだ。もちろん、相手は「ぶったり」ではなく、本当に親切にしたいのかも知れないが、こちらが望まない事は親切どころか、「おせっかい」という状況となる。

    それなのに相手は、「やさしさ」という陶酔感に浸っているのだから、罪はないのだろうが、「親切(善意)の押し売り」というのは、やはり罪であろう。社会生活のなかで関わった経験は誰にもある。行った経験もあろうが、こちらは自身が知覚しにくい。道徳的に善いことをしている、という思い込みが判断の障害になっている。まさに善意とおせっかいは紙一重。

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    「親切」や「やさしさ」という美名に隠された、計算高い行為を無意識に、あるいは意識的に行うのが人間である。このブログに数度となく書いたが、親切と言う美名に驕らず、客観的になる事は人間関係に大事だと思うようになった。自分の都合を相手の都合と勝手に置き換えて行為することの醜さである。それを気づかせてくれたのが坂口安吾の「赤頭巾ちゃんの親切」である。

    本当の親切とは…、人に親切にすることの本当の意味とは、赤頭巾ちゃんが(狼が化けた)おばあさんに親切にして、食い殺されたように、たとえそうなったとしても文句もいわない気持ちですることをいう。それが親切の見返りを求めない確たる信念であるのだと。そういう気持ちでなされない親切ならすべきでないと。思えば初めてこの考えに触れた時の甚だしいショック。


    そんな事は学校はおろか、誰ひとりとして教わったこともなければ、説いてくれた人もない。安吾の考えに激しく心が揺さぶられた。こういう気持ちで行為する以外の親切は、すべてにおいて見返りを求める醜さにある。そういえば昔の時代劇映画には、そんな旅がらすの渡世人がいた。人助けをし、感謝され、礼には及ばないと、ビタ一文受け取らず、背を向けて去っていく。

    「後生です。せめて、お名前を…」と聞かれて、「名乗るほどの者じゃ~ございやせん」と、かまわず去っていくその後ろ姿にみる男の美学。子ども心にカッコイイであったが、青年になって安吾の一文に触れたときは、少年期に抱いた、「カッコイイ」ではなく、人が人であるための美しさであった。「そんな綺麗ごとをお前はできるのか?」という声はたまに聞く。

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    こんな事は簡単にできる事。誰でもできるし、そんなに難しいことじゃない。自らが望めばそういう気持ちになれる、「やさしく」人に接することができる。つまり、そういう気持ちで行えない親切は、親切ではないと思えばいいだけのこと。何気に人に親切にする事はある。その後に相手から礼など言われたときに、人のための行為ではなく、自ら向上するための善とする。

    「自分が自らのためにしたかったこと…」と言うもよし、言わぬもよし。まあ、謝礼の何かを受け取るなどはとんでもないことで、それでは自身の気持ちに背を向け、歪めてしまう。それでこそ安吾の言葉を理解したことになる。人間は卑しく、欲であって、他者からの評価を求めたいものだと…、そういう自覚が前提にあるからこそ、そうした醜さに反逆できる。

    自分は善人なのだ。誠実で、無欲で、人に慕われる卑しい人間ではないと思えば、見合った理屈をつけて金品や、地位・名誉を貪る。公金・税金を己の金としか見ない人間が、「あらためます」と言ってすぐになれるか?あり得ん。自らの欲と長き格闘の日々があってこそだ。舛添はつくづく醜い男。地位にしがみつくためには、人のケツの穴でも舐めるような男。

    誰がそんな男を信じる?自らの給与減額を提案したり、湯河原の別荘を売却したりと、あの手この手で食いつなごうとする、姑息で卑怯な男に騙されるほうがどうかしている。あわば70歳に届くような老齢の人間が、今さら何を言おうが、どんな手を講じようが、やったことの責任を取ることにならない。やってることがバレた後に、「もうしません」などと、そこらの不良でも言うよ。

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    「公務に殉じることが責任を果たす」などの言葉を金科玉条の如くほざいても、切り捨てられた者は多く、国民を舐めるな、甘ったれるんじゃないである。孔子様の言葉によると、七十歳というのは、「自ら思うままに自由に生きても、人の道から外れるようなことはなくなった」である。「お願い、もう1回やらせて!」など、幼稚園児の言葉。「鬱陶しい、恥を知れ!」だ。

    舛添要一という人間を都知事職から追い立てなければならない理由は、あれこれ言われているが、究極的にはたった一つ。ようするに、あれほど数々の粗相をしでかして置きながら、この場に及んで辞職の「じ」の字もなく、必死に地位にしがみつこうとする無様さ、惨めさ、無責任さ、哀れさ、恥知らず、と1つと言いながら5つ言ったが、ひとまとめで、「無能さ」である。

    いかなる手段を講じても知事を続けたいというバカな男。そんな、無能と分かった人間を続投させる理由がない。悲しいかな本人は無能の自覚もなく、「やらせて欲しい」と訴えるが、普通の企業なら左遷で子会社送り。会社は株主のもので、無能をトップにおくなど株主が許さない。都知事は都民のための善良な仕事を担うべしで、無能知事は都民が引きずり降ろすべし。


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  • 06/09/16--16:53: 暴走老人・暴走男子

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    「暴走老人」なる言葉を編み出した田中眞紀子は紛れもない、「暴走老婆」だったが、「あなたも暴走老婆じゃないの?」と、石原は返さなかった。小説家の彼はボキャも多く所有しているが、石原は、「暴走老人」という語句が気に言ってるように感じた。本来「暴走」は若気の至りを揶揄する言葉だが、老人の、「暴走」は元気がいいと聞こえ、石原もご満悦だったのでは?

    『関白宣言』という歌がある。懐かしいがあれほどキモチわるいと思った曲は無い。理由はさだまさし。男の願望がギッシリ詰め込まれた詞を、ニヤケ顔で歌うさだがキモチわり~。亭主関白を続けた夫が最後に、「いい人生だった」と妻に感謝するという慎ましやかなオチが羞恥心の元凶。亭主関白は男の願望などでなく、文字通り男の責任感である。

    さだまさしがテレビでアレを歌おうものなら、速攻チャンネルを変えていた。女性の言葉に、「生理的にダメ」と言うのがあるが、その手の人間が現在3人いる(た)。出演番組を見ない、速攻チャンネル変えの一人はテレビから姿を消した「ジャパネットたかた」の高田社長。それと、「今でしょ」の林修。あのひょっとこ顔がダメ。もう一人はマツコデラックス。

    この3人が、「生理的にダメ」。高田社長は裏返った声に脳髄を犯される。女性でダメがベッキー。不倫騒動でなく顔がダメ。大方のものは受け入れたいが、受け入れられないものあってこそ人間。ニーチェは著書、『人間的、あまりに人間的』の序文でこう述べる。「私はかつて、必要に迫られて、自分のために、"自由精神たち"をも発明したのである。

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    彼らに、『人間的、あまりに人間的』という標題をもった重苦しくも勇敢なこの書が捧げられている、かかる"自由精神たち"は、存在しないし、してもいなかった」。などとニーチェは、もっとも悪しきものの弁護者を演じることを自らに唆し、自らを励まし、本を著した。彼の著作というのは、疑惑、侮蔑、勇気がほとばしる、まさに大胆不敵な学校である。

    知事や市長の言葉を捨てた橋下徹も、善悪の相対性を論理的に述べる人だ。安易に多数派に属さない姿勢がいい。「よからぬもの」のただ中で上機嫌でいるためには、ニーチェのいう自由精神たちを伴侶とする必要がある。『人間的、あまりに人間的』の副題は、「自由精神のための書」とあり、真の自由とは、「道徳」に対する嫌悪や不信の念さえない状態である。

    「己の精神を自由にするために、己の感情を縛りつける」というのではなく、「己とは精神であって、感情は己ではない」という考えが前提になっている。したがって、「感情に振り回される」ということ自体がそもそもおかしく、そのとき既に己の感情を、己から切り離してしまっていることになる。つまり、切り離すからこそ、「振り回される」ことになるのだろう。

    誰にでもある自分の中の気に入らない自分、あるいは理想的でない自分、をそれら「理想とする自分」から切り離し、「感情に振り回されている」と正当化することで、「振り回される自分・理想的でない自分」を温存させるならば、自分を変えることなどできない。感情を縛りつけ、抑え込んだとしても、縛りつけられ抑え込まれているのも自分自身であるからだ。

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    斯くの、「理想的な精神」に自由などない。理想的なところに自由を求めるのではなく、なにより自由であることに気づくことこそ真の自由である。己が一つであれば、自分が自分に振り回されたり、自分が自分に何かを強要したりすることは起こり得ない。一時的に感情的になることがあっても、自分は一貫して自分自身であり、すぐに自分に素直になる。

    自分の中で自己分裂をきたさないことが大前提。己を縛ったり、抑制したりの作為を排除した自由な自分。我慢をして何か(悪)をしないのではなく、よく思われたいから何か(善)をするではなく、そういう理想的な自分を求めず、真に自由精神から理想とする自分になる。外から眺めた自分を排し、徹底的に内側から眺めた自分こそ自由精神である。

    人から嫌われる、人から好まれるなどに一喜一憂しないのを自由精神とするなら、これが自分の目指す自分のあり方。橋下徹も自由な精神の所有者だ。彼は誰に対して物怖じしない。テレビ番組ではその構成上やり過ぎ感はあるが、その辺を差っ引いて彼の本心を覗いてみる。彼を嫌う人に一貫して感じるのは、人受けを好むお行儀のよい偽善者か。

    『五体不満足』の乙武氏はあの一件後、「自分は善人を演じすぎた」と言ったが、彼が心を許せる一部の知人にはエロ男で有名だった。よって不倫が公になった際、彼の本質を知る人間は驚かなかったという。障害者だから人間的に立派とは思わぬが、障害と言うハンデを乗り越えて生きる人を、立派とみるのは無意識の差別意識かも知れない。

    イメージ 4その期待に答えるべく彼は自分を偽った。真の自分を晒したい意識はあっても、障害者ビジネスで生計を立てる以上、世間を裏切るような言動は表向きにはできなかった。「善人を演じる不幸」といえば分かり易く、善人をメシの種にしたことによるの苦悩と察する。たとえ「清純派女優」という看板であっても、ファンは清純女優に夢を抱く。

    アイドルという架空の実体に抑圧されながらも、ファンの期待に応えて抑制したアイドルをプロ意識という。プロスポーツ選手が、自身の成績ばかりでなく、ファンの期待に応えて節制し、努力・研鑽するのをプロ意識というように、プロとアマチュアを分かつ顕著なものがそうであっても、近年のアイドル不祥事の多さを責めるのは間違い。

    AKB48を創った秋元康が、「彼女らの魅力は未完成であること」と言うなら、それを受け入れるのがファンである。プロとしての教育をされない彼女らにプロの自覚が備わるはずがない。それに加えて、今の時代は横断的な生き方が許される時代でもある。銀幕のスターや英雄的な企業人といえど、普通の人間であるという、カリスマ性は消失した。

    かつてカリスマといわれた人たちが、彼らを仰いだ人を裏切ったことはさまざまにあった。企業の不祥事や経営危機はトップの責任であり、企業内の混乱もリーダーの責任でだが、未完成アイドルであると公言して売りだす主宰者も、彼女らの不祥事の責任をとらなくていい。なんとも都合のいい論理であり、不祥事を見越した姑息な防衛策であろう。

    素人に好き勝手やらせて、何か不祥事があったら、彼女らの責任としてクビにすればいい、主宰者に責任はなく、カメラの前で謝罪をする必要はさらさらない。教育もされず、自覚もない危なっかしい素人の自制心のみに委ねたやり方を考えた秋元が頭がいいことになり、そんな策略にまんまと利用される若者たちは、必死に彼女らのケツを追っかける。

    老人の若者批判は永遠の図式なら、アイドルに依存する彼らを哀れとの同情も批判に違いない。異性は床の間に飾って眺めてないで、適切な言葉ではないが、手に取り足に取って使ってみろである。会話もし、行き来もし、デートも楽しいハズ。半熟卵にアイドルの偶像を抱き、握手券を買って手を握ることでアイドルを身近に感じるようだが、周囲に女はいるだろ?

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    素人アイドル量産の時代は、彼女らにすがる若い男を益々腑抜けにし、ダメにしていくように感じる。秋元はそれでうはうは金万になり、目の前の女を口説けない若者が素人アイドルに入れ込んでいく姿を腑に落ちない思いでいる。彼女らの総選挙CDを大量に買うなら、そこいらの女を彼女にし、アジの開き定食でもご馳走すればアシも開こうに…

    暴走老人について頭を巡らせ、アレコレ書いているうちに若者の、それも男が女を刺したり、殺したりが多い昨今である。男が女を刺し殺すというのは、それ自体男が女よりも弱くなったということだ。かつて女に刺された男は多いが、刃物を使うのは女が非力だからで、男は女を殴り、蹴り、踏んづけ、投げ飛ばせばいいだろうに、何で刃物なんだ?

    今の男はそれだけ非力になったということ。同僚予備校生を背後から襲って殺したという事件が福岡であったが、背後から切りつけるなど、あってはならない卑怯である。侍の時代は、「だまし討ち」と非難されたが、有効性があることから暗殺に用いられた。あくまで武士の時代。彼氏が彼女を暗殺などの言葉はないが、「背後から抱きしめる」は、大いにやってよし。

    コミュニケーション不足、兄弟喧嘩なしで育った若者は、少子化時代の申し子といえる。かつて貧乏な時代、子どもの数は多かった。今は貧乏=少子化ではなく、子育てにカネがかかる、だから少なく産んで大事に育てる時代。大事に育てるから男が脆弱になるのと、男が女を刺す関連は不明だが、男の子を逞しく育てられない時代であるのは事実だ。

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    少子化と高齢をくっつけて、少子高齢化時代という。男が女を刺す事件と同様に、高齢者の犯罪が目立つ昨今だ。おじいちゃん、おばあちゃんはいい人、子どもの頃に抱いた思いは幻想になりつつある。少子高齢化や核家族化を背景に、地域社会や家族・親族から孤立する独居の高齢者が増えている現状。その事と高齢者犯罪の因果関係はあるようだ。

    「(高齢者が)何らかの理由で不満を抱え、はけ口を見つけられないまま、犯罪行為で解消する」という。犯罪抑止には、独居高齢者が抱える不満をくみ取り、解消することが必要となる。「健康面や経済面などの問題をかかえる独居高齢者を、コミュニティーに参加させ、社会との接点を見いだすことが犯罪防止にもつながる」との指摘されている。


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  • 06/10/16--16:04: 大和くんのこと ②

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          振り返って悪ガキ時代、親の監視がないのをいい事に、死んでもおかしくない事は沢山した


    あれから一週間。世界的関心を呼んだ大和くん、退院の際の映像をみて、人は写真とは違うなと改めて感じた。言うまでもなく、時間の一瞬を切り取った映像が写真で、これに対して映像(動画)では、時間の経過とともに映る像は変化していく。つまり写真と映像とでは時間の使い方が違う。別の言い方をすると、場面の切り抜き方に大きな違いがあるということになる。

    世の中でいう瞬間というのは、物理学的にいうとないように思うが、瞬間の時間を刻むとどこまでもゼロにはならないからである。が、実生活の中では瞬時なものを瞬間という。それでも瞬間湯沸かし器はどこが瞬間なのかと、それでも命名者はいい名をつけたものだ。大和くんの発見についてはいろいろな疑問や謎が提起されているが、自分は一部の疑問も抱かない。

    例えば、「(不明になった)28日から(陸自宿舎に)いた」という大和君証言と、「30日の点検時に、誰の姿も見えなかった」とする陸自の説明の「矛盾」も注目を集めている。見落としや、一時的に宿舎を離れていた可能性もあるが、「なぜ30日の時点で発見されなかったのかはひとつの謎」とされるが、見落としや記憶違い、宿舎を離れていたなら謎でもなんでもない。

    また、「子供が険しい山道に入っていくはずがない」という、捜索のプロたちの「想定」を超える行動を取った大和君の足取りに、不自然さを感じる人もいる。朝日新聞4日付朝刊によると、「(大和君が施設へ)どうやって来たのかは、はっきりしていない」。とあるが、大和くんにしてみれば怖い、疲れた、これからどうなるなど、巡る頭で何も覚えてないのが遺憾のか?

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       子どもであれ、歩くしかないときは歩く。じっとしている方が怖いから、歩いたり駆けたり

    「はっきりしていなくて当然だ」と思う。サバイバル探検大会ではないんだし、後で何かを聴かれることも、何かを話さなければならないことなど予想もせず、何にも覚えてない、話すのが面倒臭いはむしろ子どもらしい。1週間近くも「水だけ」で生き延びた状況ながら、自分で歩けるなど比較的元気なことに驚きの声があるが、事実であるなら勝手に驚けばいい。

    公園で遊ぶ子どもを見ていると、放っておけば一日中動き回っている。他にも、なぜ1週間近くも陸自施設から動いて助けを求めようとしなかったのか、逆に、「遭難時に動かない」原則を知っていたのだとすると、なぜ親が「置き去り」現場へ「約5分後」に戻った時、その場にいなかったのか、との疑問を呈する人もいるが、思いを正確な言葉で話せない子どももいる。

    「誰かが保護してたんだろ。虐待を疑って帰さないでいるうちに出るに出れなくなったんじゃないかな」という記事もあり、それに拍車をかけるのが、神奈川県警の元刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏の以下の推理。「たまたま通りかかった人が、子どもが泣いているのを見つけ保護して、早く連絡してあげようと思っているところに、大捜索が始まった。

    ここで自分が名乗り出ると誘拐犯人と思われるかもしれないと、本当のことを言えなくなったということも考えられます。その線が強いかなという気がします」。「ふ~ん」と思った。悪気はない、誘拐したわけでない、そういう善意の人が、「自分が名乗り出ると誘拐犯人と思われるかもしれないと、本当のことを言えなくなった」などと尻ごみするものだろうか?

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              この人たちは、「人を疑うのが身についている」から、それはそれで職業意識

    そういう自己の危機意識より、子どもを心配して保護しましたと、普通に、正直に、胸を張っていえるのではないだろうか?元刑事の発言は、自分の推理を強めるために、善意の行為を勝手に尻ごみさせているように感じる。まあ、そういうことがあったなら、大和くんは間髪をいれずにそのことを話すハズ。彼は子どもだから、控える、躊躇う、より、正直に何でもいう。

    どう歩いた?時間は何時ごろだった?などの観念時計もない7歳の子どもは、そういう事は考えることさえ面倒でも、人と居たくらいは、それが事実なら言うはずだ。「偶然」、「非常に珍しい」などと、専門家らをも驚かす展開だっただけに、ネットでも、にわかには信じられない、といった反応を示す声があるのは吝かでない。一切の疑問も持たぬ人もいよう。

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            判らないから疑うわけだし、クマの分際で人の揚げ足とってはいかんよ

    それよりなにより、映像でみる大和くんの愛らしさ。最近、この年代の子どもはみんな天使に見える。天使は女性に言われる言葉だが、昔の絵画をみると、オチンチンのある天使もいたりする。疑問に思い調べてみると、聖書で天使といえば男であるらしい。「君はぼくの天使だ」と、いつしか女に変わった理由はなぜ?まあいい、言いたい奴には言わせておけ。

    言われて喜ぶならそれもいい。だからと言って天使が悪魔に豹変する責任は、言った側にも言われた側にもない。元は天使でないことくらい知った上でお世辞で言えば良し。確かに病床に臥せっている時は、看護師のやさしさを天使と感じることはある。男にいくらやさしくされても天使とは感じないのはなぜだろう?やはり自分が男であるからで、有り体にいえばスケベだからだ。

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         それにしても天使に羽根がはえてるって何でだ?横着せずに歩かなきゃ太るで?

    案ずるな、男をスケベに誘うのは異性であってそれでこそ正常である、もし、同性にそう感じるなら自分がキモイ。ところで大和くん退院の際に、母親がまるで顔を隠さんばかりに大きなマスクをしたのが種々取り沙汰されているが、代弁する人間が、「先生も看護師もマスクかけてたよ」には笑えたし、視点が違っている。子どものことで父親ばかりが全面に出るのは珍しい。

    数日前にも書いたが、出れるに出れない母親の心の歪みがあるのだろうし、一点の曇りもないなら、こういう場合は母親が止めても前に出るのが自然であるし、そこが自分で理解できれば分かればアレコレ尻馬に乗って言う気もない。むしろ言うのが嫌味ったらしい。大和くんの夫婦についていえば、そもそも最初にああいった嘘をつくこと自体、人として問題がある。

    親のメンツとか以前に、自分たちの体裁を繕うという考えになる、そういう発想が浮かぶこと自体、どういう人間かを判断できる。自分的にはそれで終っている。だから後々のことはすべてがその流れであって、いちいち取り上げて夫を妻を論じる気にはなれない。夫も妻も双方合わせて一対の親である。どっちがどうこうではなく、二人が子どもに大きく関わることになる。

    どちらに問題があるにせよ、それは夫婦の問題である。ハッキリとした言葉をあえていえば、あのような嘘をつく人間であるということで、それ以上のものは何もない。どうしてそういう嘘をついたかは、考えれば分かる事。それが大和くんの親である、それだけのことだ。いろんな親、いろんな人間を、いろんな機会を通じて眺めることになる。人はいろいろだとしみじみ感じる。

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        「お父さん、お父さん、お父さん…」ばかり。「お母さん」とは、口が腐っても言わない?

    大和くんと同じ出来事に出会ったとして(子どもを置き去りにしたとことではなく、その後の対応)、あの両親と同じような虚言をつくか、どうかをそれぞれの親が自問し、自答すればいいこと。正直か虚言か自分ならどうするか?あるいは妻(夫)が、虚言を画策したときにどうするか?合わせるのか、断固反対するのか?そういうことが人間性の問題であろう。

    問題というよりも、根幹であろう。自分がした事はした事であり、それを曲げ、誤魔化して対応するという発想をおもいつく人間(親)が、どのくらいの数になるかは分らないが、問題はその事だと感じている。正直は誠実である。自身の利害得失よりも、した事はした事である。それが「責任感」という事ではないか?自身の利を優先して嘘をつくような親に育てられたくない。

    それが親としてみた親の像であり、子どもであったらという仮定で眺めた理想の親の像である。そのことに大いなる違和感も抱いた事件であった。生活の中での嘘や方便は、生活の中での必需かも知れぬが、世間を前にしての大虚言は人間性の発露である。ついた時点でバレるバレないに関係なく、世間に顔向けが出来なくなるはずだ。それが人間の羞恥心というものだ。

    本件における母親の子どもへの憚った態度を推理するが、あくまで推理。一切を父親に委ねたが、誘拐事件や失踪事件において、母親の子どもへのほとばしる愛情が無意識に晒されるものだ。大和くんの行動の謎に興味はなく、また、発見時の父親の心情に嘘は感じられず、母親の控えた行動が理性的なものか、感情的なものなのか?これが最大の謎である。

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      夫をたてる控えめな妻…とみるか、それとも前に出れない事情があるのか、オカシイのは間違いない

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    世間の人々関心ごとは日々移る変わるが、政治、経済、外交、医療、芸能、スポーツ、さらには社会で起きる事件など、さまざまジャンルがある。リオ・オリンピックを直前にし、4年後の東京オリンピックを控えていることもあり、東京都知事の問題が現在において最大の関心事となっている。いつまで続くのだろう舛添知事問題、そんなしぶとい男がこういう発言をした。

    「死んでも死にきれない」

    なんだこの言葉は?である。舛添知事はこんなぶしつけな言葉を都民・国民に向けて吐いた。「ぶしつけ」とは「不躾」と筆記するが、文字通りの意味は「躾がなっていない」こと。他にも「礼をかく」、「無礼」などの意味がある。知事のこの言葉には驚いた。「窮鼠猫を噛む」ではないが、窮地に追い込まれた人間が理性を脱ぎ捨て、突拍子もない発言をしたりする事がある。

    東大出の学者という履歴のある舛添が、自分が撒いた種であるにも関わらず、「死んでも死にきれない」って、こんなバカな言葉を吐くものかと、呆れもした。自らの行状からしてさっさと死ぬ(辞職)すべきはずなのに、この男はどこまで自己中バカなのか。彼の追い込まれた窮状を示す言葉といえばそうであれ、舛添はこれほどバカだったのか?彼のバカ度を検証する。

    まずはこの言葉を発された状況。「私は何としても仕事がしたいと思っております。私は東京を世界一の都市にするために東京都知事になったわけで、現在、主として国会議員時代の政治資金について指摘をいただいておりますけれども、都知事になってからは相当頑張って私自身仕事をしたつもりなんです。都民の皆さんのおかげで東京はここまで素晴らしい都市になりました。

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    そして、東京は外国の方からも『すばらしい』、『安全だ』と褒められるんですね。非常にうれしく思います」。「今後、さらにやりたいということで、ご批判を受けたので、今から生まれ変わったように粉骨砕身仕事をして、東京は良くなったな、自分たちの暮らしも 良くなったなあと、非正規労働も変わった、待機児童も変わったと思ってもらえるように 都民にお返しをしたい。

    どうしても働かせていただきたいと思っております。そういうことで、都民に対して仕事をしないと死んでも死にきれない。そういう思いなんです」。誰が考えたのか、自らが草稿したのか、「都民の生活をよくするため」、「東京をよくするため」、「そのために自分も頑張った」などと必死の訴え。秋の時節ではないが、彼が物を言えば唇が寒々しくなるばかりである。

    極めつけは、「国会議員時代の政治資金についての指摘をされるが、都知事になって以降は相当頑張って仕事をした」という自賛である。言葉は選んでいるものの、彼の腹のなかは、「国会議員時代と知事になってからは別、知事としていい仕事をしている」と、あからさまに言っている。この言葉を聞くだけで、舛添要一という人間は土台から腐った奴だというのがよくわかる。

    悪い事をしても(したとしても)、良いことをしていると摩り替える。イタズラをして叱られたときにプラス部分を提示し、マイナスを帳消しにしようとするのは、子どもの常套手段。いたいけな子どもは悪い事の意味も、真に反省する意味も分からず、自己評価ばかりを訴えるが、これら同じ事は大人の「悪人」が使う手段でもある。用法は子どもと同じようであれ似て非也。

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    なぜなら、子どもと違って悪事を知って行為し、反省が必要と分かって反省しない。あるいは反省のフリをする。謝罪の意味を知らぬ子どもとそこが違う。確かに子どもは、「ごめんなさい」と言う。言うけれど、意味を感じての深い謝罪というより、表層的(いわゆる義務的)な謝罪であり、心から真摯で誠実な謝罪と言うのは、情緒未発達の子どもには不可能である。

    それなのに、子どもに儀礼的な謝罪を要求し、それでご満悦の親は多い。謝罪がいかにも教育であると言わんばかりにである。謝罪の意味の分からぬ子どもに、「ごめんなさい」を言わせる何の意味があろう?そんな形式的謝罪言葉より、やった行為の是非をトクと教えられる親が賢い。子どもは善悪が分らないし、謝罪によって「悪」の意味を教えることにはならないからだ。

    多くの男の子と同じように、自分は大のイタズラ好き少年だった。男の子のイタズラ好きは肯定的に捉えるべきだが、この事は後日書くとして、舛添知事のおバカ発言に戻る。東大卒は偉いは偏見である。確かに学力的に上位の人間が東大に入るのが、昨今の言動に終始する舛添を「偉い」、「賢い」と思う人がどれくらいいるのか?東大出た学者でもこんなにバカである。

    「無から有を生む」が賢いの本質。との考えに立てば、保守的人間を「バカ」と言わないにしろ、守るだけなら進歩はない。立花隆は著書、『東大生はバカになったか』のなかでこう述べている。「歴史をたどれば、昔から東大生はバカだった(あるいはバカに育てあげられた)のだ」。バカの意味はいろいろで、東大生が基本的な知的能力を欠くという意味のバカではない。

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    立花は社会学の創設者といわれる18世紀・フランスの哲学者コンドルセの以下の言葉、「教育の目的は現制度の賛美者をつくることではなく、制度を批判し、改善する能力を養うことである」を引用し、そういう達成目標に到達できなかった意味においてバカであると指摘した。「今がいいのだ、何につけても今でいい、今で十分、変える必要はない」これらを保守と言う。

    現状満足を保身ともいう。立花は「知的亡国論」を東大生が担っていることに危惧を抱き、バカの支配から改革者や革命家が旧来のものを変えていかなければならないとする。東大生がバカであるなら、日本人全体がバカになっており、日本人がバカであるなら、必然的に東大生もバカとなる。バカの集団を率いて得意になる「バカのボス」こそ、政治家・官僚と立花はいう。

    「類は友を呼ぶ」。舛添が自身の政治資金使途の、「調査依頼報告書作成」を選任した佐々木善三弁護士もバカでは?の、世間の声は多い。彼は、猪瀬直樹前知事の弁護人として略式起訴を勝ち取り、小渕優子代議士の政治資金収支報告書虚偽記載問題で、第三者委員会委員長として報告書を作成した人物であるが、今回の内容を見ると、とても中立の立場にいるといえない。

    お気の毒だが、バカはバカの味方をしなければならない点に於いて、バカになるという図式である。同じヤメ検弁護士の大沢孝征や郷原信郎は、舛添知事の調査依頼はキッパリ断るといっていた。郷原弁護士は今回の調査報告について、「どうせロクな調査結果ではないだろうとは思っていたが、『違法ではないが不適切』を繰り返した調査結果は、全く予想通りだった」とした。

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    郷原弁護士は、「正月の家族旅行の際の"会議"の有無について事実解明を行おうと思えば、"出版会社の社長"の聴取が不可欠であり、そのような舛添氏や事務所関係者等以外の『第三者』に対する調査は、舛添氏の依頼からは除外されていたということだったのではないか」と疑問を呈し、この会見では、舛添氏は、『事務所関係者らと会議をした』と説明していたはずだ」とする。

    今回の調査報告書での舛添氏の説明では、"事務所関係者"は消えてなくなり、"出版会社の社長"だけとの会談だったような話になっている。しかし、もし、舛添氏の依頼が、第三者にはヒアリングしないというものだったとすると、調査は、『厳しい第三者の目』で事実を明らかにすることなど全く想定しない、まさに、"都民の目を欺くための調査"だったということになる。

    舛添氏は、いったい佐々木弁護士らに、どのような調査を依頼したのか、その依頼の中に、事実解明に必要な「第三者」の聴取を行うことが含まれていたのか。仮に、舛添氏からの依頼事項が限定されたものであったとしても、今回の調査は、"元特捜検事による厳しい調査"にしては、追及が余りに手ぬるく、大甘だったことは否めない」。と、強い疑問を述べている。

    さらに郷原氏は、検事時代の先輩でもあった佐々木弁護士に対し、以下のような辛辣且つ嘆きの言葉を贈っている。「東京地検特捜部時代には政治権力に対する捜査で、「マムシの善三」という異名をとった佐々木氏だが、小渕優子氏の政治資金問題での第三者調査等を行う中で、権力者側から便利に使われる、『元特捜検事』になってしまったということなのだろうか」。

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    面識も交流もないから第三者と言いたいなら、この考えもバカである。90%に近い不支持にも関わらず、よくもヌケヌケと、「私の進退は都民の皆様に委ねます」と言えたものだ。舛添流の論理というのは、「だったらリコールしろよ。それが都民の声(行動)という事なのだろう」。殺しても死なないような奴は過去にもいたが、あの図太さは、「王様乞食」を地でいく人間だろう。

    にしても、「死んでも死にきれない」と言うのは、一般的には病症に臥して死を待つ身の言葉では?元気でピンピンしている人間がそんな言葉をいう状況にないが、これだけ八方塞がり、四面楚歌の状況を「死に体」と捉えたのかも知れない。ここで辞職するのは、東京を世界一の都市にする願いを、道半ばで放棄という後ろ髪を引かれる思いだろうが、せんでよい。お前はクビだ。

    と、議会が、都民が、突きつけない限り、「王様乞食」独善論に「Mo!」を突きつけられない。都民、国民の多くが望み、見たいのは、クビになったときの舛添の面であろう。藁にしがみついても生き延びようとする彼の、これまで都民や国民を愚弄した行状に対する罰を受けさせたい。彼のような道理に疎い、しぶといバカには、都民の行動以外に辞めさせる方法はない。

    都民、国民の多くが「どうぞ、さっさと死んでくれ」と願っているにもかかわらず、よくもまあ、「死んでも死にきれない」などと言えるところが、前知事にも増してバカである。ドケチでも地位を失うくらいなら給与減額がまだマシと、吝嗇家舛添要一としての決断だろうが、この程度の自主規制でこれまでの行状がチャラにできるなどと、これまた都民を舐めている。

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    東大出の元学者が、我々のような愚民に、「バカ」呼ばわりされるということ自体、存在価値も意義もない。「ああ、それなのに、それなのに…」、必死に地位にへばりつくバカを辞めさせられる行動を起こすことが、バカを選んだバカの責任だ。バカをバカだなと眺めているだけでは知事と同等のバカだが、バカを追い払う行動を起こす事で、バカよりマシと胸を張れる。


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    国辱という言葉はあるが、今回舛添都知事用にプレゼントするために「都辱」という造語を用意した。今や彼のバカぶりも板についた感もあるが、昨日の総務委員会では「政治家の信義」という新しい言葉を使うことになる。「精査する」、「第三者の目」、そして「政治家の信義」と舛添用達語は変わってきたが、彼にとってはいずれも「嘘」と断定できる「誤魔化し用語」である。

    自分だけではないと思うが、昔から彼の発言には何というか棘を感じていた。討論番組の常連者であったし、田原総一郎のお気に入りという事もあって、「朝生テレビ」にも頻繁に出演していた。論客といわれる人には、それぞれに話し方のパターンというか、癖があるが、それを個性というのだろうが、舛添や大島渚や東国原の三者は似通っている。

    議論には、「侃々誇々(かんかんがくがく)」、「喧々囂々(けんけんごうごう)」などの言葉があてられるが、「侃々」とは"信念を変えない"、「誇々」とは"正しいと思ったことを遠慮なく述べる"の意味だが、どちらも大事であるにせよ、口から泡を飛ばすような大声で怒鳴り気味に喋る論者は好きになれん。別に声の大きさと、意見の正しさは一致しないのよ。

    熱くなる(ヒートアップ)のは分かるが、至近距離で話すなら普通の声で十分だ。中国人の声の大きいのは、言語と習慣の違いで仕方がない。「四声」といい、発音に大きな抑揚がつく中国語と、一本調子的に聞こえる日本語の違いはある。さらに中国人は他人との至近距離をあまり気にしない。だから会話においても日本人よりは数段近い距離で話す。

    イメージ 2日本の観光地における中国人観光客イメージとして、「声が大きい」、「場所を構わずうるさい」、「並ばない」など、マナーの悪さがいわれている。当地広島にあっても、大きな声で会話する集団を見かけると、決まって中国人だ。広大な土地に生息した大陸文化との見方をする学者もいる。日本人の姑息性を、「島国根性」というのも、一理あるのだろう。
    狭い土地にひしめき合って暮らすしかなかった日本人は、大声を出す必要もなく、自ずと他人に迷惑がかからないような文化が育ったのだろう。日本人オペラ歌手が発声で苦労する話はよく聞くが、これは石で作られた西洋建築に比べて、日本家屋は畳、木材、ふすま・障子などの紙で作られているからと言われ、低音域が畳等に吸収され貧弱になる。

    プロとしての発声の基本は横隔膜肋間呼吸であるが、高音域が伝わりやすい日本式家屋にあって、日本人は高い声(キンキン声)を習得した。キンキン声は、舌をあまり活発に動かさなくても発声することが可能だが、オペラ的な発声に必要な舌根の上下運動には、横隔膜の動きも重要になる。日本人は、舌の動きが欧米人に比べて少ないのは文化的特質であろう。

    それが横隔膜肋間呼吸を必要としなくなったとも考えられている。ロシアの発声法は、人を1000人並べ、1000人目の人に聴こえるということだ。「1000人向こうに飛ばすピアニシモ」というロシアのピアノテクニック、ピアノ教育というのを聞いたとき、「そんな教え方、日本人とはまるでちゃうな」と驚いたが、ホロビッツのPPには確かにソリッド(芯)がある。

    話の方向を戻すが、舛添要一の声は昔から気に障った。ジャパネットたかた社長の声も気に障るが、、林修と舛添はそれプラス顔も含む。好きなもの同様、嫌いなものであっても偽らなく公言するのは精神によい。『不適切な日本語』の著者でもあるフリーアナウンサーの梶原しげるは、舛添の言葉がなぜ人をイラつかせるについて以下分析する。

    ①「ご心配をおかけして」…「都民の方々にご心配をおかけしていることを心からおわびします」、「湯河原への公用車利用について、都民の皆様ならびに都の職員にも大変なご心配をおかけしているところでございます」などと言うが、誰も心配なんかしていない。こういう常套句を使うのが無難と言う人はいるが、心から思ってないならマイナスだ。

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    ②「~たい」を連発…「批判を受けるような恥ずかしい行動について、心から反省したいと思います」、「粉骨砕身で都政の運営に努めて参りたいと思います」、「宿泊費や飲食費の支出については返金したいと思います」、「慈善団体に寄付したいと思います」など、「する」ではなく「したい」と曖昧にするのは、逃げの言葉の常套。

    ③理屈っぽさが仇…。「不適切であるが違法性はない。だから辞任はしない」という論理を報道陣は崩すことはできないが、だからといって共感を得られるわけではない。むしろ、言いくるめられたような気持になり、反感を覚える人が多かったのでは?こうした勝ち誇った言い方を論理に自信のある人はふつう避ける。論理が仇になるからだ。

    それプラス梶原は舛添が連発した「不適切」について言及しているが、この条項については意味不明につき省略。「不適切」を連発したのは舛添の代理人であり、自分の雇った弁護士からの「不適切」指摘は舛添にとっても苦渋であったろう。「不適切」とは「適切でない」との意味で、適切ではないが違法ではないという事が本来の要旨となる。

    それで、どのような責任をとるかについては、代理人の手を離れているわけで、あとは知事の問題だ。総務委員会各会派の質疑が終了した。結果的をいえば、公明・共産両党が辞職を求め、共産党のみがさらなる真相究明のための、百条委員会設置の提案をした。ところが舛添知事は集中審議の終了後、異例の発言を求めてこのように述べた。

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    「今後は知事給与を全額カット」、「不信任決議案が可決なら、知事選または都議選がリオ五輪に重なるので、(不信任案提出を)猶予してほしい」との意向を表明したが、いかに苦境という立場であれ、こういうことを言うから舛添はバカに尾ひれがついてしまう。不信任猶予に対して共産党都議は、「この言葉には腹が立ちました」とおかんむり。

    民進党都議は、「猶予って、なんのために、またいつまで?」などと不可解とした。あくまでリオ五輪の混乱を避けるためというが、今この人の言葉を信じるものはいない。ホンネは、一日でも長く知事の座に居座り、事態の収拾を目論んでいるのがありありと見受けられる。彼のいう事なす事、すべてが公益ではなく自身のためと映るところが憐れだ。

    不信任案提出を躊躇っていたとされる自民党都議団も、自公が与党として提出するという形を取ることで決着した。共産党に同調したのではないという主体的な態度を示したかったと思われる。先の参議院選挙に大きく影響を及ぼすという懸念が、国政から都議に通達されたようだ。自民は2014年の知事選で舛添氏を支援してきた経緯もあって消極的であった。

    さらには次の候補者探しも難しく、舛添知事の早期の進退追及には慎重な立場をとってきたが、集中審議を経ても舛添氏への世論の反発は高まるばかりで、舛添知事は完全に後ろ盾を失ったことになる。日本の首都で二人つづきのバカな知事が、これで早期退陣することになる。両者共に知名度はあったが、この際知名度候補というのも問題かと。

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    おそらく嵐の櫻井翔くんのおとうちゃんの確率が高いが、永田町界隈ではNHKの報道番組「クローズアップ現代」の顔であった国谷裕子の声も上がっている。知名度も人気もあり、都知事候補になり得ても、櫻井とうちゃんに対抗するにはどうか?櫻井元次官は本人自身の知名度は低いが、息子のおかげで間接知名度はずば抜けている。はて、それ以外の候補は?

    「ケガの功名 」と言う言葉は、失敗したと思ったことが、意外にもよい結果 になること。 というが、残念ながら「ハゲの功名」にはならなかったようだ。舛添知事をハゲと揶揄したところで、彼のやったコレまでの数々の不祥事に比べれば何でもないこと。残念ながら乙武の五体不満足も、美談でも何でもなかったようにだ。人間は中身、中身、中身でしかない。

    美人も中身、イケメンも中身、お金持ちも中身、政治家も中身、ブロガーも中身…。してその中身とやらは、他者の判断による。自分の中身の判断は出来かねる。それではどうすれば良い中身を作れるのか?それは無理だ。そもそも「いい人間」という定義が多岐にわたるし、複雑だし、善人とて、自分勝手に幸せになるが、周囲を不幸にすることもある。

    それでは一体、「中身」とは何であるのか?何を、「中身」というのか?それにはこう答えるしかない。「中身」とは「外見」の対義語である。「外見(そとみ)」は「外身」とは書かないし、「外見」である。「中身」は見えないから「中見」と書かない。「中身」とはやはり見えないもの。「見た目より中身」というが、本当にそうなのか?「Yes!」、財布は中身であろう。

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    驚いたことに、ヴィトンやシャネルの財布を持ってる女子高生がいる。自分はワゴンセールの1000円の財布(正確には1080円)。売る側は限定しないからシャネル持つのは別にいいけれども、財布は立派でも中身は入ってるのか?何だと?0円?これを中身のない女と言っておこう。


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    高校の頃に気の合う友人がいた。気の合う部分というのは、自分らは何かにつけて、「遊び心」気質を持っていたことである。遊び好きの二人は、あらゆるところで遊びを楽しんだし、彼との遊びは知的遊びが主で、互いの知識をひけらかしあうことで、やりかたは、「しりとり」がメインだった。しりとりといっても、りんご~ゴマ~マメ、としたものではない。

    「ことわざしりとり」、「地名しりとり」、「人名しりとり」、「熟語しりとり」などなど、これが結構楽しかった。「しりとり」の基本というのは、最後の文字(しり)を取るので、「しりとり」だが、範囲が限られているし、高校生なのでそんなに、「ジャンル博識」でもないし、最後の文字より3つ前までO.Kにした。そんな彼に負けたくないし、家で辞典片手に予習もしていた。

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    「小倉百人一首」なども、「あ」から順番に覚えたりした。暗記を自らに強いるではなく、覚えよう、覚えなくちゃという強迫観念もなく、覚えてるほうが、「得だ」くらいの気持ちである。予習が勉強であるとか、必須であるとかでないゆえに、それらを知識と呼ぶなら、楽しみながら蓄えられたものだ。これを、「学びながら遊ぶ、遊びながら学ぶ」というのであろう。

    「学び」は遊び感覚でやる、「遊び」はまた、真摯に・真面目にやる、という相乗効果である。そんなこんなで、「ことわざ」や、「熟語」やらを目くじらたてて覚えるというのではなく、所詮知識遊びであるからして、意味をかみしめながら、「知ろう」の意識が強かった。いや、知識という感覚よりも、どちらが、「ものしり博士」であるか、という気持ちだったのでは…

    彼とのお遊びは、やはりNHKの子ども番組、「ものしり博士」の影響だろう。偉大なるものしり博士ことケペル先生は番組の冒頭で、「何でも考え、カンでも知って、何でもカンでもやってみよう」と訴えるのだが、科学や歴史その他、日常の様々な疑問にいたるまで、子そもに分かりやすく解説する、まさにテレビ百科事典とも言うべき教養番組であった。

    好奇心はあらゆる生物の子どもに備わる特徴だが、ヒトの子どもほど好奇心の発達した生物はいないとされる。「こどもは、謎やむずかしくて混み入ったバカげたことが大好きだ。なぜなら、奇妙でとらえにくいものは何でも、あらゆることに先がける興味深い教えとして、人の本性を魅きつけ、引き込んでしまうのだから」と、これはブルタルコスの言葉。


    自分のまわりのあらゆることに興味を持ち、詮索、探検しようとするその特徴は、あらゆることへの実際的な先駆けとしてつながっていく。同じようにプラトンは、すべての若い生物が"飛躍"しようとするとことに、「真の遊び心」を見出した。それというのも、遊びにはいつも驚くような要素があるからだ。男の子のイタズラを制止しないように、と言った。

    「イタズラ」って悪い言葉、ネガティブなイメージがある。「24歳の配管工が、5歳の幼女にイタズラをして逮捕」、「中学の教頭が中学生の少女にイタズラ…」。これが何を意味するかは誰でも分かるし、これもイタズラである。イタズラを奨励するなら、良いイタズラと悪いイタズラがあるということになるが、何がよくて、何が悪いのかは子どもに関わる親の判断による。


    自分が言いたいのは、すべてのイタズラが「悪」ではないということ。すべてのイタズラを親から小うるさく禁じられ、守るその子は果たしてどんな子どもになるのだろう。世間には、「イタズラ遊び」といって、許容されたイタズラもある。いろいろ思いつくが、『子どもの遊びポータルサイト ミックスじゅーちゅ』の中に、「イタズラ遊び」のあれこれが載っている。

    子どもなら誰でも、たいがいやったことのある懐かしい、「イタズラ遊び」がある。いずれも他愛のないものだが、ワンパクな男の子となるとこんな程度ではすまない。自分がやったから、ということもあってか、それでも奨励したいのは、「ダメ」ということをやるのが男の子の本質だと思うからだ。ダメといわれたことを多くの女の子は素直に従うようだ。

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    もちろん、従う男の子もいる。が、ダメと言われたら、なぜダメなのかを、「知ろう」、「確かめよう」とする男の子もいるし、女の子もいるハズだ。「ダメなものはダメ」という言葉は旧社会党委員長土井たか子の常套句と言われた。揶揄も含めてであるが、「なぜダメなのか?」を論理的に説明せず、「ダメなものはダメ」は、女言葉だろう。男の世界では通用しない。

    が、そういうおたかさんだった。イタズラをした子どもを制止・禁止するときに、「ダメなものはダメ」という母親がいる。児童心理学的にいえば、「ダメなものはダメ」が通用するのはせいぜい10歳くらいまでといわれる。「人を傷つけてはいけない」。「人の物を盗ってはいけない」。「人に迷惑をかけてはいけない」。これらを観念として諭すのも一理ある。

    が、自分はダメな理由を噛み砕いて諭すのを好んだ。その理由は、10歳前の自分が「ダメなものはダメ」では納得しなかったからだ。「戦争はダメ」それを観念的価値と刷り込むのはいいとしても、子どもに分かる理由を提示するのは悪い事ではないだろう。頭の悪い子には念仏だといっても、早いうちから考えさせる訓練はしないより、した方がいい。

    ケペル先生の言う、「何でも考え、カンでも知って、何でもカンでもやってみよう」は子どものバイブルではないだろうか。ところが、逆もまた真なりで、「ダメなものはダメ」と言った方が、むしろ考える子になる。という考え方もあるが、方法は人の性格によって変わり、唯一絶対という「法則」はない。自分は、「ダメなものはダメ」の恩恵を受けたのかも知れない。

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    学問というのは体系である。これが絶対というより、こうするのがベターというのが体系である。個々別々の認識を、一定の原理に従って論理的に組織した知識の全体を体系というなら、例外は間違いであるという指摘も間違い。イチローが従来のバッティング理論を覆したように、既成のものを正しいと妄信しない彼の反骨精神がもたらせたものでもある。

    一般的に、女性を保守的とするなら、男は革新的であろう。であるがゆえに、「責任感」という文字がのしかかる。好き勝手をして責任を取らない男はただのクズである。いくら男は革新的、反骨的であっても、責任は取らせるべきかと。行き詰って、「どうしよう、どうしよう」とうろたえ、泣いていいのは女であって、男がそうではダメだと我々は学んだ。

    人から、書物から、映画や、紙芝居から、男の何たるかを学んだ。「泣くんじゃない!男の子は泣いちゃダメ!」というのは、感情を押し込めてこそ男の子という試練でもあった。昨日、舛添知事が泣いたと言う。あの男は自分のために泣いたのだろう。都民や他人のために涙を流すような情緒を持った男ではない。泣いた理由が笑止千万の手前味噌。

    「自分の子どもがマスコミに追いかけられ、泣きながら帰ってくる。殺害予告までされている。子どものことを考えれば辞めたいと思っているが、都政を混乱させるわけにはいかない。だから続けている」などと、よくもまあ、こんな言葉まで弄し、そうまでして知事職に留まろうとするものかと呆れを越える。利用できるものは何でも、たとえ子どもまでも、というクズ人間。

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    辞職をかたくなに拒む舛添氏について、局長級の都幹部の一人は、「知事は自分が置かれた状況が分かっていない。『なんで僕だけこんなにいじめられるんだ』って思ってるんじゃないか」と言ったとされるが、的確な状況判断ができないという完全なるバカである。そんな人が日本の首都の長において置く訳にはいかないのはまさに自明の理。

    ここまで羞恥の人間というのは近年居なかったろうし、その意味で彼は人間としての異常性を感じる。物事の見極めがつかない人間は、社会や近隣でも迷惑千万であるが、バカならたしなめることはできても、「クズ」はゴミ箱に捨てるしか処置がない。彼の涙は、今までの彼の都民を舐めた態度からして、反感を増幅させるだけ、という事すら分らない。

    常識が通じない人間のサンプルというしかない。これで政治家のはしくれというなら、自公もつまらん人を担いだものだ。つまらん人間と判明した以上、つまらん人間の言い分、言い訳、懇願など聞いてはダメだ。つまらん人間の特筆すべきは、自分のことだけに没頭するし、それを隠すために、余のため、民のためという言葉をしきりに用いる。

    いかにダメ知事といえども、「五分の魂」をもった人間である。折角、腹を切らせてやろうという、「情け」を各方面が提示したにも関わらず拒否する彼の根底にあるのは返報感情であろう。ならば三条河原に引き連れて斬首するしかあるまい。都民のためという大嘘は、自分の意見を聞いてくれなかった恨みから、都議会を解散に持ち込むことで証明できる。

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    辞職なら知事選のみの50億で済むところ、都議会選挙50億の計100億となる。往生際の悪さ+恨みつらみ感情の強さ、甚だしき自己愛に蹂躙された人間の醜態を見ることになるのか。「愛」という情緒の欠片もない人間が、他人の説得で殊勝な態度を示すと思わないが、議会解散を強行するなら、彼の汚名は末代まで。最後くらいバカを止めてほしい。


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    舛添知事がようやく辞職を決めた。あらゆる手をつくしてみたが、どれも巧を奏さなかった。将棋を指していても同じような局面に出会う事は多い。どうやっても逆転しない勝ち目のない将棋を、身も蓋もなく指し継ぐ人はいるが、それを「頭金がのるまで」と肯定する格言がある。何が起こるか分らないのだから、最後の一手まで諦めないで指すこと。

    そういう教えである。かと思えば早めに投了する棋士は、、「無駄に指し継いでも棋譜を汚すだけ」という。言葉を変えていえば、「最後まで諦めない」というのと、「引き際の美学」の対決となる。さて、どちらが正しいのか?いかなる賢者に問えど、この世を支配する神に問えど、答えは出ないだろう。よく引き合いに出されるのは、「二つに分かれた道」である。

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    長い一本道を歩いてきた。それが急に二本に別れている。人は立ち止まり、どちらに進むべきかを迷う。迷う理由は、片方に必ず「幸」があり、片方に「不幸」があると思うからだ。二つの道には「幸」「不幸」はない、どちらに進んだところで「幸」、「不幸」を作るのは自分なのだ。という風に思うとしたら、迷う意味がないのが判る。

    どっちに行こうが、どっちを選ぼうが、どう転んだところで這い上がればそれでいい。所詮、人生などはイバラの道と心をくくっている人を「強い人」といえなくないか?その逆に「弱い人」というのは、あらかじめ道が決まっていると考える人ではないか?二つの道のどちらかに「幸福」があるはずだと思う人。あると思えば「ある」、ないと思えば「ない」。

    物事は見方、感じ方でどのようにも転ぶ。将棋に限らずどの道そうしたものだろう。「最後まで諦めない」も「引き際は清く」も、生き方の選択であって、どちらが正しいというのではない。そのように思えば、他人の生き方に口を挟むこともなくなる。ということなら、「他人の生き方に口を挟む」のは悪いことなのか?と聞こえるが、自分はそうは思わない。

    もし、他人のことに口を挟まないなら、自分のことに口を挟むのか?自分の行為・行動に「口を挟む」とは言わない。親は子に、子は親に、教師は生徒に、生徒は教師に、夫婦は片割れに、師は弟子に、友人は友人に…、自分以外は他人であり、他人に口を挟むのは世の習わしとしたものだ。「口を挟む」は別の言い方で「意見を言う」である。

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    なぜ意見をいうのか?また、なぜ他人は自分に意見をいうのか?「他人は自分でないし、自分は他人でないから」である。つまり、自分と他人は考え方が違うから、他人を見て違和感を持つからだ。ちょっとした作業でも仕事でも、A地点からB地点に物を移動させるにしても、いろいろ方法がある。他人の行いを見て、「こうした方がいいのに」は親切である。

    「なるほど。確かにそのやり方がいいね」と、喜ばれることもある。かと思えば、「いらぬ口出しは余計なお世話。自分はこのやり方でいいと思ってる」と、これは親切が仇ということ。さて、どちらがいいのか?これとていかなる賢者といえども、「正しい」を決められない。全能の神とて同じこと。そういう風に突きつめていくと、神が絶対に正しいとは思えなくなる。

    つまり、自分の行為の正誤を知ろうと神に問うなどは無意味で答えてくれるハズもない。何かを行う場合の、「祈り」というのは、神の加護を期待してのことである。道が二つに分かれていて、どちらに行けばいいのかを神に問うのではなく、こちらを選んだ自分にどうか「幸」あれと祈るわけだ。「祈り」とはそうしたものであろうと、「祈った」ことのない自分の想像だ。

    宗教に無縁の自分は、「祈り」と神についての素養はないが、「祈り」と神についての象徴的な場面を思い出すのがプッチーニのオペラ『トスカ』である。祈りを神に裏切られる物語は、他にも様々あるが、『トスカ』の悲劇は筆舌に尽くしがたい。トスカの恋人は捕らえられ、死刑宣告を受けた。あくどい警視総監は助命懇願するトスカに、ある条件を突きつける。

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    ある条件とは「やらせろ!」である。汚い言葉だが、汚い行為に相応しい言葉としていった。劇中ではもっと奇麗な言葉で言うのだが…。敬虔なクリスチャンであるトスカにとって、これほど無慈悲な言葉はない。しかし、それを受け入れなければ恋人は銃殺され、受け入れれな助命するという。トスカは苦しみのさなか、心中を神に訴え、嘆き、絶叫する。


    最近あまり見ないし、やらないが、「究極の選択」というお遊びがある。「ウンコ味のカレーと、カレー味のウンコ、どっちを食べる?」みたいな…。『トスカ』のこの場面は自分にとって究極の場面である。「何がいい」、「どうすればいい」などと、1000日考えても答えの出る問題ではないし、ようは選択だ。世の中に起こる、難しい、あらゆることのほとんどは選択であろう。

    「自分はどうする」というのが答えである。が、「どうする」の答えが間違ったと後になって思う。誰も最初から間違った選択はしないものだ。「これは間違いと思うがやろうと思う」という言い方をする人間がいる。何事も間違いかどうかはやってみなければわからないが、先にそういう言い方をするのは、結果に対する言い訳、もしくは自信の無さである。

    自身の罪や落ち度に由来する非難を免れる名目のことを「免罪符」という。それを自らに申し付けているに過ぎない。「免罪符」とは「贖宥状(しょくゆうじょう)」のことで、16世紀、カトリック教会が発行した罪の償いを軽減する証明書。これが「罰を許す」という通俗的な意味で使われるようになった。が、あくまで罰を許すで、罪を許すのではない。

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    カトリック神学では、罪とその結果である罰とが区別され、前者は改悛によって赦されるが、後者は罪が赦された後も、罪の赦しを前提に何らかの善業によってしか相殺されない。したがって、カトリック教会が善行(献金など)を代償として、信徒に与えた免罪符(一時的罪に対する罰の免除証書)は、中世末期、教会の財源増収のため乱発された。

    1517年、聖ピエトロ大聖堂建築のための贖宥(しょくゆう)に対し、ルターがこれに真向批判した。そのことが宗教改革の原動力となった。「カネ持って来い」宗教は世にうじゃうじゃある。が、教祖らしきは決まっていう。「信者の自主的なもので、強制はしていない」。権威にすがるものは権威にひれ伏し、自らを縛っている権威が、それ即ち暗黙の強制であることに気づかない。

    宗教批判は染まらぬものの批判であって、信者に対する批判ではない。人が自分のカネをどこにどう使おうが、それはご自由にだ。こういう場合の「口を挟む」は、自らの心にであって、口を挟むほどに自らの批判を増す。批判はまた行為につながり、行為なき批判はただの悪口である。自分がしたくない事への批判、批判はそのためにすべきものだ。

    「沈黙は金、雄弁は銀」という諺について、誰が考えても銀より金の価値が高い。したがって、「沈黙」が「雄弁」より高いことになる。と、思いきや、これは外国産の諺であって、この諺ができた時代は、自然銀は少なく、生成が難しかく、金より銀の方が価値が高かった。よって、「沈黙」より「雄弁」が勝る。が、「言わぬが花」同様に日本では間違った解釈となる。


    「言わぬが花」という諺について、他人のことをあれこれ言わぬ方が人間関係を上手くやれると解釈する者は多い。まったく意味の吐き違えで、「言わぬが花」とは、口に出していうより、言わぬ方が「趣きがある」としたもの。100万円の腕時計を、「税込み108万したんだぜ」というより、黙ってさりげなくつけている人間の方が趣きがある、ということ。

    贅沢品、高級品を自分のステータス、心の満足で持つ人は真のセレブだろうが、人に見せびらかせるために持つ人を庶民という。舛添は「セコイ」のオンパレードで「晩節を汚す」ことになった。外国の英字新聞にも「sekoi」という文字が使われた。世界的な成功者であり、世紀の大資産家でもあった、ジョブズやゲイツは高級品を身につけない。

    金銀じゃらじゃらも身につけない。金を身につけなくとも光、輝いているからであろう。「王座の上にあっても、木の葉の屋根に住んでも、その本質において人間は同じ」という言葉に合致する。金銀財宝を見せびらかす人間は、それで自分はお金持ちと言いたいのだろうが、本当のお金持ちはそんな小物はいつでも買える。買うのがら面倒くさいだけだ。

    「人格」という言葉を英語で「personality」というが、これはラテン語のお面を意味する「persona」から来ている。「お面」はいうまでもない、劇の道具である。老人の面をかぶれば、若者でも老人になれる。したがって「お面」は、役割、配役との意味も持つ。さらに個人を英語で「individual」といい、「分けられないもの、代用できないもの」の意味。

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    シェークスピアは、「世界は一つの劇場である」言った。つまり、人格・個人とは、世界と言う劇場で、他の者では代用できない独自の役割・配役を持つものという意味である。世界は広いが、自分と言う人間は、唯一無比の個人である。たとえ極少でも自分と言う役割はあるはずだ。自分に自信を持ち、他人も大切にすれば、それも自分の役割であろう。

    悪党は殻を被るから悪党になる。殻を脱いだ悪党もいるが、殻を脱いで悪党やっても得るものはない。だから自然に、悪党から遠ざかる。舛添知事は、自分が悪党であることを必死で隠そうとした。故に傍からみると悪党に映る。彼は劣等感の塊であろう。自分と直面するのが怖い人間に思える。自分が感じているように感じるのは、弱い人間にはできない。

    人を土台にして自分がのし上がることだけを考えるような、そんな人間であるのは、彼の周辺から聞こえてくる。ビートたけしもそんな風にいっていたし、元妻片山さつきも、「彼は大蔵官僚であるわたしの肩書きが欲しかった(自慢したかった)だけ」とまで言い捨てた。まあいい、すべては終ったことだ。我々は舛添劇場という三文芝居を観たに過ぎない。

    彼がこれほど惨めなバカであったかを知ることになったに過ぎない。それは知る必要もなかったし、知りたいことでもなかったが、彼が分相応の自分を目論んだことで、勝手に彼がそういう自分をさらけ出したのだ。憐れな王様乞食として、矢も尽き刀折れて去っていく今の彼の背中に、惻隠の情を贈りたい。分からせるために叩く必要はあったが、目的を果たせば無用だ。

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    まだ67歳だろう?つまらん如きで世間から嘲笑されてしまった舛添要一。彼のシンパでもあった田原総一郎は、「彼はテレビで台頭し、テレビで潰された人間」と評した。内田裕也は、「舛添はロックじゃね~、フォークソングだ!」と言った。おそらく織田哲郎のバンド、「TOUGH BANANA」の、作詞家舛添のことをいっているのだろう。


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  • 06/16/16--17:27: 花オンチの花便り
  • ♪さいた さいた チューリップの花が ならんだ ならんだ あか あお き色…

    確かにどの花みてもきれいだ。おそらく、花の名前を初めて知ったのがチューリップだったのではないか。薄い記憶だが、チューリップの花をクレヨンで画用紙に画いた記憶が残っている。確かに子どもにとって、チューリップは画きやすい。バラやサクラを画けといっても画けるものではない。チューリップにサクラ、レンゲやタンポポという野草、それに大嫌いな菊。

    子どもの頃に知ってる花の名はこれくらいだったかも知れない。菊が嫌いな理由は、たびたび親に連れて行かれた菊人形展がその理由。遊園地なら楽しいが、そんな所よりも何故か菊人形。5~6歳の子どもに菊人形のどこが面白いものかと。子ども心に、「なぜ人形が菊の服を着ているのか、理解できなかった。あんな服はないだろうと…」。そんな自分を「花オンチ」と自認する。

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    男の子で花に魅かれ、花に興味を抱くなんてことはないし、レンゲの首飾りを作って王女さま気分に浸っていたのは女の子だった。枯れたタンポポに「ふ~」と息をかけて胞子を飛ばすのがオモシロかったのは覚えている。植物ってのは、自ら動けないから、ハチや蝶によって受粉を行うしかないが、タンポポは風を利用して自ら動こうとする優れもの、頭のいい植物である。

    こどもの頃は意味も分からず吹いていたが、理由を知ると新たな感動と、それはそれで十分に知識というものだ。ウォーキングをするようになって、野山や住居の庭の草花が目に付くようになった。普通に歩いて目に入るのは、べっぴんさんの顔とケツと、草花とコンビニの看板くらいか?それ以外に何があろうか?ランドセル姿の子どもの後ろ姿を観察するのは好きだ。

    だいたい2~3人で道行く子どもというのは、大概ランドセル姿の学校帰りが多く、休日などで子どもの集団は公園や空き地の広場と決まっている。学校帰り以外で道行く子どもを見るのは確かに少ない。最近の子どもは、一人で出歩かないよう学校で指導されているのか?ランドセル姿の子どもを見るのは楽しく、飽きない。彼らはなぜあんなに天心に成り得るのか?

    特徴を言えば、女の子同士は距離感せまく、寄り添って会話に夢中であり、男の子は双方の距離感などというものがなく、互いがそれぞれに勝手気ままに、好きなことをやっている。歩道があるのに、わざわざ水のない側溝の中を歩いてみたり、棒キレを手に持って草を叩いたり、とにかく悪さのしっぱなしだ。どうして女の子と男の子はこうも違うのか、考えさせられる。

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    会話に夢中になる女の子が言語(ボキャ)が発達するのも理解できるし、男の子が大人になってもやんちゃである理由も、勝手に一人行動するようになるのも、大いに理解に及ぶ。まさに「三つ子の魂」は、百までに通じるものかと。そういえば北海道で不明になっていた大和くんが、子どもの足で10キロ近く歩いていたのが、不思議とされた。「よく歩いた」、「すごい脚力」などと。

    学者、専門家などの意見を吹き回しにするが、そんな大人の論理でなく、どうしてもっと子どもの気持ちになって単純に考えないのだろう。コイツら暗い夜道を歩いたことがないのでは?と訝しくなる。今でこそ道には街灯、防犯灯なるものが整備されているし、民家の数も多くて昔にくらべて町全体が明るいが、昔の夜道は怖かった。祖父母宅から生家までの数キロが怖かった。

    夜の明けぬ前の新聞配達の経験もある。子どもにとって暗闇はなんと怖いことか。それを思うと、大和くんはあの暗闇を、無我夢中駆けたのではないか?普通に、まともに歩いたという状況でなく、怖いの強迫観念に支配され、何ひとつ思考できる様子でなかったのでは?宮沢賢治の原作をアニメにした、『銀河鉄道の夜』という映画を子どもに観せたことがある。

    その時の感想は「なんか怖い」であった。「何が怖い?」と聞くと、「絵が暗い」、「夜が多くてなんか怖い」というのを「なるほど」と思った。確かに一般的なアニメ映画の明るさはない。あの映画は、深い漆黒の暗闇に主人公の濃紺色が溶け込んでいる。街灯の夜道を駆けて使いにいくジョバンニに闇が襲い掛かるのを、子どもは同化するのだろう。そこは頷くしかない。

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    母親に頼まれた薬を買いに、わざわざ夜道を行かなくても次の日にすればいいものを、薬だからか、今必要なのだろう。大和くんが闇の怖さを跳ね返すために、疲れを忘れてあの道を走ったのを想像する。怖いから駆け、駆けると怖さから逃れることになる。なぜ、怖いと人は駆けるのか?人だけではない、ワンちゃんでもネコちゃんでも怖いと駆ける。駆けて一目散に逃げる。

    怖いと駆け出す理由は、逃避であろう。その場から逃げ出すことだが、夜道はどこまで駆けても怖い場の逃避にならず、だからずっと駆ける。そんな子ども時代の記憶はある。今でも何か殺気に感じれば、夜道を女性は駆けるだろう。男が殺気を感じて駆け出すものかどうかは定かでないが、女性が駆け出すのは分からなくもない。男から見て女性である事は大変のようだ。 

    闇の怖さの克服は、人間の文化の歴史である。   闇という情報の希薄さ、情報の無さにあっては、そこで何があっても、あった時の対処を事前に立てられない不安、それが闇の怖さだ。人は情報のほとんどを視覚に頼って生きている。が、子どもに及ぶ怖さというのは、単純にお化けが出そうな怖さでもある。そういう記憶がある。そこで逃避であり、逃げるが怖さを忘れさせる。

    動物も何かあったら逃げるといった。動物より知能の高い人間は、何かあったら逃げるでなく、何かが起こる前、つまり危険を予測し、回避・逃避できる能力がある。人間以外の動物は、危険の回避はできても、未然の恐怖に怯えることはない。人によってマチマチの、「危機管理意識」というのは、崇高にして重要な能力であろう。予測ナシに人は生きるのが難しい。

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    『銀河鉄道の夜』から、子どもの感受性を知ることになった。大人は多くのことを忘れ、それで子どもに対処するが、子どもにとってはさぞ迷惑なことだろう。子どもは「保護」されるべくものだが、あまりの心配性の親の「過保護」も問題だ。何事も「中庸」が難しいのは子育てに限らずである。ヒトの幼児が無力であり、幼児を世話し、食物を与えるのはもっぱら親である。 

    「女性の乳首が敏感なのは授乳を促進するため」というのを読んで、目からうろこが落ちたものだ。そうはいっても、女性はそれを乳児以外の相手にも求める。が、相手が恋人であれ、夫であれ、そこいらのおっさんであれ、その行為は相互依存に変わりない。アドラー心理学で名を馳せたアルフレッド・オーストリアの心理学者アドラー博士はこんなふうに言っている。

    「新生児の最初の行為である"母の乳房からお乳を飲む"行為は、協同作業である。それは母親にとっても、子どもと同様、快いものである」。子どもにとって、他者が喜びを与えてくれるという「ふれあい」感覚が芽生える第一段階である。幼児の世話というのは、 子どもの要求を満たすことである。それがどうしてだか、どういうわけだか、母親の子どもへの要求に変わっていく。

    宿題をしなかったから、車でわざわざ子どもを置いてきぼりに連れ出すという母に何が間違っているのか?そこを親がしっかり考えないと、宿題をしない程度で、子育てを歪めてしまう。人や車に石を投げたので放置したという親もいたが、その行為が本当かどうかは分らない。放置の正当化要因とも取れるが、石を投げた子どもの手を叩いて、しかと諭すことはできよう。

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    それができないで、恐怖体験だけで悟らせようなどは、親の怠慢である。押入れに入れられたり、お灸を据えられたことで、それでいい子になったとの自覚はなく、いい子になろうと思ったこともない。やはり大事なのは、目と目でする心の通ったコミュニケーションであろう。子どもには「ギャングエイジ」という年代があるが、その時代はむしろ、親が試されることでもある。

    花について書くつもりだった。まあ、何につけ記事は記事。川土手を利用して花造りに勤しむおっさんがいる。年代は70歳前後であろう。余りに美しく咲いてる花につい名を知りたくなった。映画『君の名は』ではないが、せめて名を知りたくなるのは人情だ。「これは何と言う花ですか?」と尋ねた。「これはスイートピーだよ」とおっさん。「きれいですね」と返したものの…

    心の中では「これがスイートピーなのか」と知った感動に浸る。♪春色の汽車にのって海に行きたいと。そして、心の岸辺に咲いた花、線路の脇のつぼみ、そして心に春が来た日、との松田聖子を想い浮かべながら、「これがスートピーなのか」と嬉しくなる。イッパイ咲いていたのは春だったが、今はすべての花が切り取られ、茎も葉もベージュに変色してしまっている。

    数日後、そんなスイートピーを知り目に、これまた背の高い茎に、ゴージャスで、派手な花が群を連ねているではないか。 「先日はスイートピーを教えていただきました。ところで、この派手な花は何でしょうか?」。「これはタチアオイってんだ」。「すごい背丈がありますね」。「こんなもんじゃない、もっともっと高くなるよ」と、おっさんと花談義に花が咲く。 

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    知ればそれが知識だ。知識も増せば、名も知れぬ花も満足であろう。「わたしはタチアオイよ。名前くらい知っててね」と知る前はそんな気分だったが、知った後には満足そうに大輪がこちらに向かって微笑んでいる。いや、美しい。実に、美しい花だ。昨日も雨、まさに梅雨に彩るタチアオイ。あのピンクは女性のパ○○○を髣髴させられた。それをスケベと言うかい?        
          

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  • 06/17/16--17:01: 花オンチの花便り ②

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    石内バイパスから五月丘入り口を右折し、県道71号を田方方面に南下の途中の山道に、紫色の棘のような花弁を持つ花の原生群がある。昨日も書いたが、ウォーキングの途中で、名も知れぬ花に心を寄せたり、おもむろに近づいて、しげしげと花弁を眺めたり、自然との共生を楽しんでいる昨今だ。花に目をやる、花に心を奪われるなどという事は今までなかった。

    野辺や山を歩くことで、ほとんど人に知られず、見向きもされず咲く花たちも、見方を変えると、咲き誇っているように感じられる。さほど自己主張のないような控え目な野草もあるが、目に止まった紫の尖った花弁をもつこの花は、なんともいえないエキゾチック感を醸していた。近づいてみると、「何でこんな形をしているのか?」と自然の造形に驚かされる。

    花弁を引き寄せようと、がくの部分に手をやると、「いテテ!」。美しさに魅かれ、こちらに引き寄せようとしたのに、棘があるではないか。美しい花にも棘、とはいったものだが、何でお前には棘が必要なのだ?と「むっ!」と来てしまった。ひょっとしてこれは「アザミ」ではないのか?花オンチの自分が、この花をアザミと断定するうっすらな記憶があった。

    眺めながら思いは確信に変わっていく。「これはアザミに違いない」。棘のある花はバラとアザミ、くらいの知識程度は花オンチの自分にもある。バラは野草ではないし、有名な花だが、アザミの形状についての知識はなかった。「アザミ」で思い出すのは中島みゆきの『アザミ嬢のララバイ』である。「アザミ」といえばそれ…、この曲以外、アザミにゆかりはない。

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      花の棘は防護の効用もなく虫に食い荒らされる。バラの棘は盗難防止になるが、アザミは… 

    棘で痛い思いをさせられた「こんにゃろめ」のアザミと決別し、再び歩きながら『アザミ嬢のララバイ』のことが気になり始めた。頭の中でメロディーがぐるぐるとめぐり始めるが、詞は定かでない。「アザミ嬢」とは何だろう?アレは何を歌っているのか?「アザミ嬢」の謎を考えるには、歌詞を思い出す必要がある。聴いた事はあるが、歌った事はない。

    そのせいもあってか、思い出そうにも部分的な歌詞しか出てこない。のっけの、♪ララバイひとりで 眠れない夜は…、のところと、春は菜の花 秋には桔梗 そしてあたしは いつも夜咲くアザミ、のところしか浮かばない。全体を通して、ララバイの語句が多いのが特徴だ。歌詞で象徴的なところは、「そしてあたしは いつも夜咲くアザミ」というところである。

    歌にあるようにアザミは夜咲くのか?夜咲く花といえば、「月見草」、「月下美人」であり、どちらも花の形状は知らない。夜咲く花という知識があるだけ。歌詞全部は分らないが、歩きながら「アザミ嬢」というのは、女の本名ではなく水商売女の源氏名ではないかと想像した。「夜咲くアザミ」というのは、アザミが夜咲くのではなく、夜の女の比喩ではないかと。

    アザミの形状からして、夜咲いて朝閉じるというより、一日中咲いている花のようでもある。結局ウォーキング中に思ったのは、『アザミ嬢のララバイ』は水商売女のことを歌った曲とし、帰るや否やアザミを調べてみた。『アザミ嬢のララバイ』についても調べたところ、アザミは夜咲く花ではなかった。この曲で、20年間アザミは夜咲くと思った人もいたようだ。

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    ララバイ(lullaby)は、いうまでもなく子守歌。曲中25回も使用されている。ララバイで印象的な曲として、岩崎宏美の、『マドンナ(聖母)たちのララバイ』がある。マドンナ(Madonna)は、古いイタリア語の、「ma donna」が語源で、「我が淑女」の意。短縮形では、「mona」が伝統的綴りだが、現代イタリア語では、「monna」となり、モナ・リザ(Monna Lisa)と表記する。

    例のごとく節操なき文ゆえにあちこち飛び火をするが、ブログをやることで知識は増大する。取立て必要な知識ではないにしろ、知ることで世界は広がって行く。「知る」ことは調べること、「調べる」ことはまた考えること。「考える」を思考し、分解すると、「過去の事例を踏まえる」+「リスクやベネフィット(価値)を推し測る」+「優先順位をつける」ということになろう。

    そこには、「知る」と、「調べる」が手段として含まれることになる。逆の言い方をすると、概ね、「考える」という行為は、「知る」と、「調べる」という要素に支えられていることになりはしないか?何かについて、「考える」というのは、何かについての、「当面の答えを出す」道程のことで、その、「考える」を効率よくこなす行為が、「書く」と、「話す」であろう。

    有名なロダンの、「考える人」は、人が考えるポーズであるが、ウンコのポーズでもある。ポーズだけでは、「書く」、「話す」という行為の効率には到底及ばない。できるだけ多くアウトプットすることが、インプットの効率性を高める王道にあるとの気持ちで、できるだけ多くのアウトプットを心掛けて書いている。記事の論点や有用性より、できるだけ多く考えたいという自慰行為である。


    「アザミ嬢」が水商売女なら、マドンナとは対極的である。『マドンナたちのララバイ』の詞をあらためて読んでみると、なんとも言いがたい聖母の慈悲を感じる。この曲は男への癒しの歌であるのが分かる。『アザミ嬢のララバイ』の詞の内容も、男を癒したい女の心情を歌う点は共通するが、こちらは水商売女が主人公であり、日陰女の切なさが見える。

    「こんなあたしでいいなら、いつでも尋ねてきてよ、こんなあたしでいいなら…」。と、これが中島みゆき独特の世界観である。「水商売」は職業的差別用語の意味合いがある。最近はキャバ嬢などとオシャレな言い方をするが、差別意識はなくとも、当事者は被差別意識を持つのだろう。女性は夜の商売で確かに高賃金、高収入を得るが、反面失うものもある。

    ハッキリいえる事は、風俗、モデル、コンパニオンなどにしろ、女を武器にする商売はある程度の容姿が備わって、接客のコツさえ掴めばOLに比べてはるかに稼ぎは大きい。が、いかにテクニックが磨こうとも短命であることは間違いない。若さを失えば、ワザは価値あるものとならない。逆説的な言い方をすると、輝ける期間が短いからこそ値打ちが上がる。

    いわずもがな水商売女性の客は男である。大抵の男性は下心を持って近づいてくる。したがって、女性は値踏みされる立場にある。使う側も勿論、商品としての女性であって、商品価値のない女性に高給は払えない。ビジネスの論理としては当然のこと。昼に会社で働いているOLたちは、「女は金になる」などの意識はないが、水商売をするとよくわかるという。

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    「自分自身が商品である」ことを知った女が、まともな恋愛などは高値の華なのだろうか?夜の仕事でたくさんの男性を相手にする女性であっても、恋をしたい、恋愛を楽しみたい気持ちは、昼の女性と何ら変わらない。『アザミ嬢のララバイ』は、そうした女の控え目な心情を歌っている。三度も繰り返される、「春は菜の花 秋には桔梗」は何を意味するのか?

    あくまで自分の感じ方だが、菜の花は黄色い可憐な花であり、「可憐」は女性の憧れであろう。桔梗を画像でじっくり眺めると、どことなく折り目正しい清楚感が漂っている。「清楚」もまた女性の憧れであろう。アザミ嬢は「夜咲く」という、そのことだけで、菜の花や桔梗とは異なる世界観を抱いている。自己嫌悪に違いないが、歌詞に卑屈は感じられない。

    『アザミ嬢のララバイ』の歌詞をさらに読み込むと、アザミ嬢の恋心を綴っているのが分かる。恋する男がいて、彼を癒すことができるなら、それで自己の存在感を増すという、控えた女の心情が伝わってくる。ところで、中島みゆきはなぜ結婚しなかった?過去形だが、もうないだろう。1952年2月23日生まれの彼女は、列記とした64歳である。列記しなくても64歳に変わりないが…。

    人がなぜ結婚しないかなど、想像する方がどうかであり、余計なお世話。そんなこと分かるはずがない。まあ、分らないから想像するのだが、本人が心中を喋るはずもないなら、想像するのは人間が考える動物として許されることか。いかなる人間も考える葦である。中島みゆきの恋の噂はほとんど耳にしないが、唯一あったのはデビュー直後で、相手は松山千春だった。

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       デビュー直後の千春はアルにはあったが、ズラに頼らずツルピカにしたのも自然派である

    ハゲる前の千春はまあ、カッコ良かった。同じ北海道出身であり、みゆきが千春に恋心を抱くのは無理からぬこと。しかし、言葉を選ばないのが信条の千春はこう述べている。「デビューしてから数年後に、俺と中島みゆきとの噂があって、あれには背筋がゾーッとした。嫌いじゃないよ、でもタイプじゃない」。背筋がゾーッとだなんて、千春も言うね~。

    そしてこのように結んでいる。「あの時みゆきと一緒になってたらよ、(今頃)あいつのマネジャーやってただろうな。ヒモみたいな生活してた…」。これは何となく意味が分かる。ヒモというのは男冥利といわれるが、尽くす女だからやれること。千春はみゆきを一途で尽くす女と見る反面、彼女を玉座に据えて、使いッパシリの憂き目に合う、強い女と見ている。

    巷いわれている彼女の結婚しない理由として、①学生時代に亡くなった彼氏がトラウマになっている。②不倫関係のプロデューサーとずっと同棲している。③同性愛者である。④仕事と家事を器用にこなせない。などが風評として出回っているが、いずれも確信はもてない。当たり前だ。人が結婚しない理由などの想像の確信が持てるのがどうかしている。

    自分の考えとして言うなら、結婚していない女は二種類いる。結婚をしたいができない女。結婚に人生観を宿さない女。前者を「結婚できない女」、後者を「結婚しない女」といっていい。後者にはさらに二種類あって、「結婚したいが意に添う相手、もしくは自分のメガネに敵う男がいない」。「まったく結婚する意思(意欲)がない」。これについては次回…

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         売れる前のみゆき嬢は、○○イクというより、どこにでもある庶民的な顔で、ユーミンとは違った

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  • 06/19/16--17:55: 差別と区別の恣意性
  • 小学校のPTAをやって教師について判ったことがある。運動会を前にした予行演習の際の、用具の準備・片付けのときだった。平均台を倉庫をしまうときにある古参女性教師が、「力仕事は男の仕事、ヨロシクね!」。手伝う素振りもみせず、事もなげに言うので、「それ、差別だろ?差別撤廃なんてご都合主義か?」というと、「いえいえ、これは区別ですよ」と言う。

    「なるほど…、だったらお茶汲みは女性の仕事だな?」といえば、「それは差別なんですね~?」と言う。こういうバカ女に男教師は我慢しながら一緒に仕事をするのか、というようなことをいうと、「学校という所はイガミあってはやっていけないんです」と男教師は言った。差別と区別の曖昧さを楯に、噛み付くのは決まって女。男は黙して従うという図式である。

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    区別だ、差別だなどと言い合う場合でないなら、言った者勝ちである。「(女性教師に)重いから嫌など言わないで一緒に片付けましょう」と、自分なら言うが、あんな態度を野放しにする男教師も悪いと感じたし、これが世の現実なのを知っている。「お茶汲みは女の仕事じゃない」といいながら、「力仕事は男の仕事」と言われて踵を返せない逆差別の実態を見た。

    女がお茶汲みをしたくないから拒否するのはいいが、差別だなどといわずに、「嫌なんです」と正直に言えよ。そういう女のズルさに腹が立つ。が、率先してやろうとする女性にまで、「しない方がいいわよ」とけしかける性悪女もいる。お茶を入れることに躊躇いのない女性もいて、それは人格の問題であるが、フェミニズムというのは女性のやさしさまで否定する。

    この世の女性の多くが男と対等に張り合いたい訳ではないし、フェミニズムが女性に支持されなかった要因はそこにある。田嶋陽子、上野千鶴子、遥洋子らのように、男に立てつけばいいという攻撃志向に批判的な女性も多い。そのことにフェミニストは気づいていても、今さら変えられないのだろう。あげく、しおらしい女性を、「男に媚びている」と、悪口をいう。

    言われた女性も気にしないことだ。女性のイジメの基本は、例外を認めない。みんなが同じでなければ困るという子どもの論理が多く、だから「自分がお茶汲みを嫌じゃないからといって、されるとわたし達が迷惑するのよ。悪者にされてしまう。だから止めてね」などとやさしくいうが、その裏では男性に、「あの子はいい子」と人気があることを腹立たしく思っている。

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    こういう苦悩というか、悩みを聞いても男にはどうにもならない女の世界である。かわいそうだが、結局居づらくなって辞めていく。「みんなと同じようにしてくれなきゃ困る」という同調圧力は、村の論理、村八分の論理である。どうして女はこうなのか?皆が同じ化粧をし、同じバッグを持ち、同じ服を着るなど、流行(はやり)ものに目ざといのも同じ論理である。

    女の世界観を男が否定したところで意味ない。否定はしないが、他人にまでアレコレいい、圧力をかけるのは人を苦しめるのがなぜ分らない?分かっていてもやるのか?「人がいい子=自分が悪い子」という屈折した考えのようだ。他人と競ってばかりでこの世は務まらないのを男は知っている。周囲の目は相対価値より絶対価値。ならば自身の価値を高めるしかない。

    「男の世界っていいね」多くの女がいうのは、男の「他人は他人」という世界観である。一歩外にでると、誰がどういうバッグを持っているか、どういう洋服がトレンドであるか、化粧法はどうか、あの女性はスタイルがいい、ヘアスタイルがかわいい、などと実に目ざとい。他人ばかりを見ているところがある。実に面白い光景でもあり、ある意味大変という気もする。

    それが女の活性ならいい。ある女性「イロイロ楽しめるし、女に生まれてよかった」と、思える人は幸せのようだ。しかない男はつまらんことで女と張り合うのをよしとせず、言われるままにやってしまう。「つまらんこと」とは何かといえば、バカと言い合いするのも面倒くさい。上野も田嶋も経年で大人しくなったが、遥洋子は以前は可愛く、男にも人気があった。

    イメージ 3彼女はどちらかというと、前出の二人に比べて美人形である。1984年(昭和59年)放送開始のテレビ番組、『ときめきタイムリー』(読売テレビ)では、上岡龍太郎とともに8年間司会を務めた。1986年(昭和61年)には、テレビ番組、『週刊トラトラタイガース』のキャスターとして14年間、川藤幸三と共演した。そんな彼女がフェミニズムに開眼した理由は大失恋と推察する。過去、自分の知る幾人かの女性で、男に裏切られたことで二度と恋をしない、もう男は要らない、それくらいに自我が傷ついた女性がいた。それなりの容姿であり、どうもしなくても男が寄ってくるやさしさも備えた女性である。「セカンドバージン」という言葉が持てはやされた時代もあったが、今は死語化している。長いことsexしていない意味に使われるようだ。

    「セカンドバージン」の本来の意味は、「最初の経験で男性に不快・不振な気持ちになり結婚までセックスをしない」、「二度と男と付き合わない」などである。遥洋子は女として生きるを決別したのは、1997年から3年間、東京大学大学院の上野千鶴子ゼミに特別ゼミ生として通い、フェミニズム社会学を学んだ以降か?ゼミ明けの2000年に『結婚しません。』という著書を出す。

    法要で実家に帰った際、兄嫁から、「洋子ちゃんはもう男として生きるねんて」と嘲笑され、場に居た皆がどっと笑ったという。その恨みからか、「女の敵は女」とブログに記しているが、兄嫁から痛い所を突かれても、『結婚しません』という本も書くほどに一家言はあろうし、非婚主義ならいいではないか。兄嫁如きに敵対するダサイ女に、「○○主義者」という肩書きは程遠い。

    茶番と言うか、真似事というか、中途半端で他人に惑わされない、真のフェミニストになったらいいのよ。主義や思想のためなら、自らを滅ぼすことのできる人間こそが、真に思想家足りうるのであって、目先の感情や性格の毒に左右されることなく、それらとは別の高い次元で生きてこそ、「○○主義者」である。我々は偉大な哲学者の苦悩を知っている。

    真に主義者、思想家を目指すなら、その事で本人が苦しむのは当然にしても、実際に苦しむのは本人より、それを見ている側である。見ている側の苦しみに耐えることのできる人間こそ、何かをなし得るのだ。ニセモノは五万といる。ホンモノを目指すなら、自己の些細な感情と決別する。結婚しない選択をとっていても、他者から「何で結婚しないの?」と言われてムカつく。

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    「非婚主義」とは到底言えない。主義とは自分が主張するだけでなく、他人から認知されること。そのためには、明解で説得力ある言葉を他人に投げかけなければならない。よって、感情に支配される女性が、「○○主義」は至難である。所詮は、「触らぬ神に祟りなし」と無視されるのがいいところ。何を言われても動じぬ女性の、「○○主義者」の到来を望みたい。

    差別主義者というのは、大統領候補のトランプのような人間でなければならないし、「○○主義」を名乗るのはそれほど大変なことだ。自分もかつて、「女性差別主義者」と言われたことがある。文脈や要旨を度外視し、言葉じりを捉えた差別主義者発言に、いちいち弁解するのも面倒くさい。田嶋や上野は男をリスペクトしないが、自分は大いに女性に一目置いている。

    区別を差別と言い、差別を区別という人間は多い。突き詰めた議論の最中、「わたしが差別と思うから差別」という女性がいたが、「わたしが痴漢と思えば痴漢、好みの男は痴漢と思わない」と発言する女性と同等のアホである。善悪良否の基準が自身の感情なら、膝を付き合わせた議論などできるはずがない。自己の主張を一方的に推すだけの相手と不毛な議論もダルい。

    「オフィスに生活はない」と苦悩した佐高信著『逆命利君』主人公、鈴木朗夫の言葉を思い出す。「ゴミゴミしたオフィス、机の前に坐って、複数人の中で、そこいらの女の子に調子を合わせながら過ごす8時間の馬鹿々々しさはどうだ…」。東大経済学部を卒業後、人気企業のトップ住友商事に入社した一人のサラリーマンの、入社早々期の独白日記である。

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    真面目でひたむきな性格の鈴木は、確固とした自分を持っていた。がゆえに、彼は日記に次のような呪詛を書いて自らを癒す。「馬鹿げている。この生活はゼロよりも悪い。人間というものがこうも愚劣だとは想像もしなかった。僕の周りでガツガツと飯を食い、無作法に振舞い、知性の欠片もないところをひけらかす若い男達、その間に黙って坐っている事のい苛立たしさ。

    日本人はこんなに馬鹿だったのか。尤も、僕は日本人じゃないから知ったことではあるまいが…」。鈴木は紛れもない日本人であるが、嫌悪感を同胞と見定める抵抗感が、「僕は日本人じゃない」と書きつける。別の書き方もある。「僕のレベルが高いのだ、などということではない。つまり異質なのだ」と、自己の独善的有能感を戒めるため、「異質」という言葉にすがる。


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  • 06/20/16--08:43: 逆命利君
  • 横浜市戸塚区で5月、自宅近くのマンション駐輪場にあったオートバイのカバーに火をつけて燃やしたとして、器物損壊罪で起訴された女(31)が、「自分の恋愛がうまくいかず、イライラを解消するために火をつけた」と供述していることがわかった。女の自宅周辺では、2013年からバイクや自転車が燃やされる不審火が10件発生、女はうち8件で関与を認めたという。

    捜査本部によると当初女は、「お酒を飲んでいたのでよく覚えていない」と否認していたが、その後、「職場の後輩女性との飲み会で恋愛の話になり、別れた彼氏のことを思い出してイライラが募った」と火をつけたことを認めた。職場の「女子会」ではいつも恋愛の話になり、「帰り道に自転車のカバーなどに火をつけると多少スカッとした」と話しているという。

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    30歳にもなって、こんな稚拙な動機の犯罪に驚くしかないが、別の面も危惧される。こういう女が結婚して母親になったら…である。母親が子どもに当り散らすのは、自己の身勝手を越えてバカ女というしかないが、人や物に当たる以外のことをなぜできない?人や物に当たることに罪悪感がないなら、人も物もたまったものではない。ある母親がこんな風に言っていた。

    「子どもに当たる自分のどうしようもなさが情けなくて、自己嫌悪に陥る」。自己批判するくらいだから、自分の行為を分かっているのだろう。自分の行為が見えないよりマシだが、所詮は自己批判である。他人(夫)からガツンといわれる批判に比べれば、自己に甘い批判なら傷つかない。夫が何かをいえば、「あなたに言われなくても、分かっているわよ!」と切り返す。

    自己に甘い人間は救いようがないし、成長もない。いっそ気づかなくて、他者の批判を素直に受け入れる女性の方がまだ救いようがある。つまり、分らないなら指摘もできるが、分かってやるのは確信犯である。人は他人の批判に晒されてこそ、自己を変えられる。もっとも、素直に受け入れる性格というのが条件であるが、素直な人間はマチガイなく成長する。

    「(あなたに)言われなくても(そんなことくらい)分かってる」という反抗は、無様で止めたほうがよい。なぜなら、自己批判は所詮は蜜の味だからである。人は誰でも自分で悪いと思ったことを他人から注意や指摘をされると、自尊心が傷つけられるので反抗する。そこをグッとこらえて他者の注意に反抗しないほうが良い。相手の言葉を善意として受け入れる心の大きさを作るために。

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    注意の側は、「分かっているか、どうか」を問うているのではないし、「できているかどうか」の指摘であって、「できていない」、「やれていない」から言葉に出すわけだ。それに対し、「そんな事は分かっている」という口答えは、「行為」の是非の問いに対する答えになっていない。どうしても返したいなら、「確かに分かっているんだが、やれていないよね」と、批判に素直に向き合う。

    「何で遅刻するんだ?遅刻はダメだろう?」の注意に対し、「そんなこと分かってます」は、だからオカシイ。どうしても反論したいなら、子どものような幼稚な言葉でなく、もちょっと頭を使えである。幼稚な作り話を理由にするのも頭の悪さを現すだけで、誰も信じない。人が考える遅刻の言い訳や作り話などは、本当であっても他人からみると嘘にしか思えない。

    そのように考えると、クソみたいな言い訳などは言うほうがバカである。くだらん遅刻の言い訳を考えることの方が、遅刻をする以上に恥と思っていた自分は、遅刻はしても、それを偽るバカにはなりたくなかった。だから、言い訳など考えることもなく、あるがままを正直に遅刻届に書く。あまりに当たり前な理由に、上司がだんだん自分という人間に興味を持ったと後で聞いた。

    「普通遅刻をすれば嘘の一つや言い訳くらい考えるものだが、なんでいつも"寝坊"なんだ?」と言われたことがある。「事実だからです」。「寝坊がマズイと思わないのか?」、「マズイも何も、事実ですから…」、上司は苦笑し、呆れというより、バカ正直も褒められたものでないというようなことを言った。が、バカ正直なのは小事にあってで、仕事は駆け引きである。

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    「遅刻と仕事は別です。遅刻程度にくだらない知略など考える気もしません」。これが自分の本心だった。大事の小事というが、遅刻程度の小事に躍起になるなど労力のムダである。遅刻はヤバイよ。「自己管理がないということだし」と同僚は言うが、「Leave me alone!」自分の生き方である。遅刻で出世できないならその程度のバカ会社でしかない。

    「遅刻を自己正当化してもしょーがないね~」などと批判する同僚はいたが、嘘の言い訳を考えるほうがよっぽどさもしい。遅刻をしない自信はないが、仕事に自信はあった。佐高信著『逆命利君』には、あるサラリーマンの独白が記されている。「逆命利君」とは、中国の古典『説苑(ぜいえん)』にある、「命に逆らいて君を利する、之を忠と謂う」を略した言葉。

    文字通りその生き方を貫いた住友商事元常務・鈴木朗夫が入社間もない1955年5月あたりの彼の心痛が興味深い。彼は、「オレは会社に仕事を売っているのであって、時間を売ってない」と称した遅刻の常習犯。日本的企業風土を何より嫌う、仕事のできる非仕事人間であり、彼の遅刻の言い訳は、素直に表記する自分とは異なり、人を食った反骨心むき出しであった。


    鈴木は決して仕事をおろそかにしなかったが、仕事人間でもなかった。分かりやすく言うなら、自分の人生のコアを仕事においていなかった。そんな彼の18歳時の自己批判が鋭い。「俺は生意気な青年だ。何一つとして率直に事を容れない。身体中が虚栄で飾り立てられた役に立たぬロボットだ。理性のない木偶の坊だ。反抗と衒学しか知らぬ、創造を忘れた非文化人だ。

    この俺の何処に取り柄が有ろう。駄目な男、生意気な男。心と現実が実にしばしば相反する円満でない男、要するに何一つとしてする事の出来ない男だ」。18歳にして「生意気な男」と自己規定し告白する少年だった。2011年6月8日の記事に書いたが、1987年10月、56歳の若さで胃がんで世を去った。「社畜となるなかれ」実践した鈴木のストレスは計り知れなかった。

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    「僕は今、自分自身に対して、多少感傷的になる事を許す。いや、許すより前に、僕はすでに感傷的になっている。(中略) ニーチェのいう現代的知識人だった。今の僕は、歌はうたわない。涙は流さない。非生産的な感傷をいじり廻しはしないが、大学の友人達、東京の女友達とにこにこ握手をし乍ら、胸がつまるのを何とも仕様がない。此の感傷は単純であると同時に複雑だ」。

    いい文章である。辻井喬(堤清二)、池井戸潤、山田智彦など、企業人から小説家に転進した作家は少なくないが、鈴木もひけを取らない名文家である。山崎豊子も毎日新聞の記者であった。毎日新聞大阪本社調査部を経て1945年学芸部に勤務し、当時の学芸副部長・井上靖のもとで記者としての訓練を積んだ山崎は、勤務のかたわら小説を書きはじめた。

    大作家の長編小説はその調査・資料力に圧倒されるが、世に出版されている9割のビジネス書は、ゴーストライターによって書かれているという。ゴーストライターの存在がにわかにクローズアップされたのが、2014年、全盲(といわれた)佐村河内守のゴーストライター新垣隆であった。こちらは小説でなく作曲であったが、本件は新垣が告発したことで発覚し、騒動となる。

    この事件を取材し、『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』(2014年:文藝春秋)を著したノンフィクション作家の神山典士は、自身も盲目のピアニスト辻井伸行の母の書籍など、50冊以上手掛けたというが、文筆を主業としないタレント、俳優、政治家、スポーツ選手、企業経営者その他著名人の名前で出版されている本のかなりの割合が、ゴーストを使っている。

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    江本孟紀の『プロ野球を10倍楽しく見る方法』、田中角栄『日本列島改造論』(1972年:日刊工業新聞社)、長門裕之の『洋子へ』(1985年:データハウス)、堀江貴文による小説『拝金』(2010年:徳間書店)、『成金』(2011年:徳間書店)もゴーストになる。『日本列島改造論』は官僚や秘書が代筆した。『洋子へ』が暴露本として騒がれたとき、長門はこう説明した。

    「あれはゴーストライターが書いたもので、原稿チェックもできずに勝手に出版されてしまった」。と、自らがゴーストライターの存在を認めることでしか、降りかかる火の粉を回避する手段はなかったようだ。堀江の著書は、堀江が最初に1000字程度の指示書を書き、それをもとにゴーストライターがあらすじを作り、お互いに意見を交わすかたちで作業が進められた。

    テーマやあらすじや人物などには堀江のアイデアが入っているが、文章はすべてライターが書いた。印税の取り分は当初、堀江6:ライター4が予定されていたが、堀江が「しっかり宣伝するから」と主張、7:3になった。傑作なのは松本伊代。彼女の著書、『伊代の女子大生(モテ)講座』(1985年:ペップ出版)が発売されたとき、「まだ読んでない」と発言した。

    仕方なく後にゴーストライターによる代筆であったことを認めたが、当時の状況はこうだ。1984年に放送されたフジテレビ系、『オールナイトフジ』で、自著とする『伊代の女子大生(モテ)講座』を手に取りながら、「私も今日初めてこれを見たので、まだ私も読んでないんだけど、いろいろオールナイトフジのこととかオシャレのこととか…」と、"自著"とは矛盾する発言で宣伝。

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    同番組に出演していた片岡鶴太郎が、「自分で書いた本をまだ読んでない?」とツッコミを入れると、松本は、「いーじゃんそんなのなんだって!」と反論して笑いを誘った。いわゆる、"伊代のゴーストライター事件"だが、後に彼女はあの場面について、「あの後、すっごいマネージャーさんに怒られたんですよ」と明かしつつ、「(本の)中身はちょっとね」と反省。

    「私は伝説だとはそんなに思ってないけど、鶴太郎さんのおかげ…」と、笑い話として語り継がれていることに感謝している。仮に片岡から指摘がなかった場合、「なんだあれは?ということで終わっていますよね。みんなの心がモヤモヤしてるだけで終わってるんじゃないですかね」と伊代。彼女は失言も多く、プロデューサーが詫びに出向いたこともあったという。


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  • 06/21/16--17:42: 逆命利君 ②
  • 拙者の大腸がんの執刀主治医、広島大学病院のH先生とは、問診の際に世間話が多かった。彼は臨床医でありながら、研究医としての希望を絶やさないでいるというH先生だが、どう考えても臨床医の方が収入面で勝る。H先生との話題で多かったのは、『患者よ、がんと闘うな』などの多くの著書で話題をさらった、当時慶応大学病院講師の近藤誠医師についてである。

    大体は自分のほうが話題を振るが、こういう専門的な話になると一家言をもつ臨床医として身を乗り出す。H先生は、「近藤さんは、好き勝手をいって本を売っているけど、我々は医療の責任において、軽はずみなことはいえない。極端なことをいえば本も売れるでしょうが、どうもそういうスタンスのようですね」と、当然ながら近藤医師の発言や著書については批判的だ。


    東京都内の開業医の家に生まれた近藤氏は、慶應義塾中等部卒業から高等部を経て、1973年慶應義塾大学医学部を首席で卒業し、同大学放射線科に入局した。在局中からアレだけ得意な反アカデミック発言をしながら、2014年の定年退職まで慶応病院に勤務できたのは、強い精神力と揺るぎなき信念と推察するが、大学病院を始めとする現場の臨床医は近藤氏を非難する。

    「命に逆らいて君を利する、之を忠と謂う」『逆命利君』の考えが近藤氏の根底にあるのだろうか?自身の勤務する職場の悪口を公言しながら、その職場にいること自体が不可解であるが、近藤氏は「おかげで万年講師でおわりました」と笑っていう。もっとも、彼の信念と言うのは、いささかも反逆という考えにない。そのあたりについて、近藤医師はこのように言う。

    「私が上梓した『医者に殺されない47の心得』(2012年:アスコム)は100万部を超える支持をいただき、『がん放置療法のすすめ 患者150人の証言』(2012年:文春新書)などの反響も大きかった。その影響でしょう、慶應大学病院の私の外来は、がん治療相談を求める新患が殺到してパンクしたので、2013年4月に渋谷にセカンドオピニオン外来を開きました」。

    結局、慶応大学病院にしても、コレだけ近藤医師に外来患者が集中することを見過ごせない状況だったのではないか?医療は患者のためのものとするなら、近藤医師の肩を叩くわけにもいかないし、とはいえ、彼の独断的解釈は病院全体のマイナスとなる。そういうジレンマを抱えていたとしても経営的に見れば、近藤医師の存在は病院にとってマイナスとならない。

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    近藤医師は大学病院内で孤立し、孤独な戦いを続けていたが、病院側と最初に論争を巻き起こしたのは80年代、乳がん患者への乳房温存療法だった。現在では一般的な治療だが、当時は乳房全摘出が標準。近藤医師は、慶応大病院の外科が乳房全摘出するのは、犯罪行為と名指しして雑誌に発表したのだ。それ以降、大学病院の軋轢は続き、大学病院内で孤立状態となる。

    佐高信著書になる『逆命利君』の主人公である鈴木朗夫が、東大経済学部を卒業して勤務した住友商事を、入社わずか二ヶ月にして、「ここは自分の居るべき場所ではない」としたのも、彼は本質的に社会に嫌悪を抱く人間であったからだ。1955年3月28日付で東大を卒業した翌日の日記にはこう書かれている。「成績表をもらった。びっくりするほどいい成績がついていた。

    べたべたと優が並んでいるので、僕は、しまった、大学院へ行って教授コースに入ればよかった、と思ったくらいだ」。愛知県出身の鈴木は旧姓八高(現名古屋大学)卒で海部俊樹元首相と同い年で友人であった。海部の師であった三木武夫が、石油確保のため中東へ特使として派遣される時に、鈴木は海部に頼まれて三木にレクチャーしている。

    鈴木は三木に物怖じせずにこう直言する。「単に『日本が困っているから石油を売ってくれ』と言ってはダメです。『アジアの発展途上の国々は日本を頼っている。日本が中近東の石油を入手できなければ、アジアの国々が窮地に陥る』と言いなさい」とのアドバイスを三木は受け入れた。その甲斐あって日本は石油の入手に成功した。まさに鈴木の直言が巧を奏したことになる。

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    『海賊とよばれた男』(百田尚樹著)のモデルは、出光興産の創始者出光佐三である。佐三は漁船相手に海の上で軽油を販売する画期的な方法で売り上げを伸ばしたことで知られるが、ライバルからは「海賊」と呼ばれた。佐三も大胆な振る舞いをする人間だが、住友商事の鈴木も世界を舞台にした商戦で、決して卑屈な妥協はせず、外国人バイヤーと対等にわたりあった。

    鈴木のスケール感の大きさは以下の問答からも伝わってくる。前日、遅くまで仕事をした鈴木は、意図的に出勤時間をずらすなどし、遅刻の常習犯だった。人事や総務から度々、注意を受けたが、「何か問題ありますか?」と平然と言う。「就業規則違反だ」と言われると、「就業規則には遅参をしたら遅参届を出せと書いてあるので、いつもちゃんと出しています」。

    「遅参届を出せ」とあるが、「遅参が悪い」と就業規則のどこにも書かれてない。鈴木はそういう理屈で相手を黙らせる。こんな男が同期のトップを切って常務に昇進したのも、仕事が卓越していたからだ。鉄鋼部門で日本の鉄鋼製品を海外に売りさばいた。上司の伊藤正は総務から鈴木を庇っていたが、「会社に仕事を売るが時間は売らない」という鈴木の主張に理解を示す。

    これまでの9時出社を、9時半にするよう伊藤は人事・総務に掛け合ったりした。それでも鈴木は早くて10時過ぎ、たいていは昼から出社したという。遅くまで仕事をし、翌朝ムリして早く来ても、いい仕事は出来ないという理由で、フレックス制が採用されることになった。日本企業で最初のフレックス制度を住友商事が採用したのは、まさに鈴木のおかげであった。

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    「規則を守りましょう」などのこせこせした人間に大事はやれない。鈴木には伊藤という上司も幸いした。以下は伊藤の持論である。「下から上にものが言えず、下が上のイエスマンなら風通しが悪くなる。上に立つものは部下からの進言、忠告を受け入れる雰囲気を作ること。もっと言えば上に逆らっても言ってこられるような上下関係にすべきである。」

    「常識やコンプライアンスなんか吹っ飛ばせ!」。かつて日本には大事の前の小事を軽やかに飛び越えて「仕事」をする豪胆社員がいた。渥美俊一もその一人。今では当たり前であるチェーンストアを日本に根付かせたのは、読売新聞の一記者だった、2010年に83歳で亡くなった渥美は、1962年にチェーンストア経営研究団体「ペガサスクラブ」を設立・主宰する。

    商業に関心を寄せていた渥美は、当時、日本でも台頭し始めていたスーパーマーケットを丹念に取材して回る一方で、横浜支局時代に輸出入の現場を取材し、アメリカの流通業の先進性を痛感した渥美は、1962年、チェーンストア経営研究団体「ペガサスクラブ」を設立、翌1963年にチェーンストア経営専門コンサルティング機関である「日本リテイリングセンター」を設立。

    設立当初のペガサスクラブの主なメンバーは、ダイエーの中内功、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊、ジャスコの岡田卓也、マイカルの西端行雄・岡本常男、ヨークベニマルの大高善兵衛、ユニーの西川俊男、イズミヤの和田満治など30代の若手経営者が中心となり、会員企業数は急速に伸びて行く。1969年に1,000社を超えたのを機に新聞社を退職した渥美は、コンサルタント専業となる。

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    先駆者言えば聞こえはいいが、言葉は結果論に過ぎない。新しいことを始めるその時は「先駆者」でもなんでもない、失敗と隣り合わせの勇気ある人間である。昔、VANというブランドに触れたときに、VANとは何かを調べたら「先駆者」とあった。なるほど、VANの創業者石津謙介もまた、先駆者であった。今でこそボタンダウンの襟は当たり前であるが、最初は違った。

    近所の中1の頃に、近所の兄ちゃんたちが、ボタンダウンのマドラスチェックのシャツに、カーキ色のコットンパンツが何ともカッコよくて、制服の白いカッターシャツの襟を針と糸でボタンダウンに変えた自分だ。ボタンダウン様の小さいボタンがなく、普通のシャツのボタンだったし、可笑しくて仕方のない代物だが、自分的には列記としたカッコいいボタンダウンであった。

    石津がこのシャツを売り出そうとデパートなどの仕入れ担当に見せると、「何ですかコレは?襟にボタンなんてこんなもの売れるハズがない」とあしらわれたという。石津はその時どう思ったかの感想はないが、想像するにおそらく、「こいつは何もわかっちゃないんだよ。アメリカの大学生ではボタンダウンにあらずはワイシャツにあらずってことなんだよ」ではないかと。

    当時の日本にブランドはなく、あるといえば福助足袋うあ、グンゼのズロースくらいだろうが、あれをブランドとは言わない。たんなる社名、商標であった。VANは日本で始めての男性用ブランドであり、それもすべては男性ファッションであった。女性物は当時、「わんさか娘」のレナウンであった。VANの先導によるアイビーファッションは、日本の男を変革した。

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    石津はレナウンに勤務していたこともあり、当時はなかった男性ファッションブランドを画いていた。鈴木が住友商事、近藤は大学病院、石津はデパートの仕入れ担当と戦ったように、問題意識を持つ者は戦士となり、派生する軋轢は人間関係の法則である。鈴木の日記には辛い時間と我慢の日々が綴られている。以下は入社後1年目のある3月の日曜日。

    「明日からまたしても仕事。ガヤガヤと無目的に集合して、後生大事にノンセンスを守りつづける人々の間で退屈。とりわけ、あのベタベタした身ごなしの、我慢ならないA子の隣に坐らなければならないと思うと、ぞっとする」。入社1年経っても、こうした嫌悪感に満ちた内面を綴っていること自体驚異だが、鈴木が自己を見失わないための自己再生というものだろう。

    「僕の昂然としたポーズは、人々の注意をひき、攻撃的で偽悪的な言動は珍しがられるのだが、それも諸君と総称する、僕が軽蔑する人達の間では満足すべき結果をもたらすのだが、どうやら近頃、そのポーズが膨れ上がりすぎたようだ。少年時代のような、内も外も変わらない自然の姿勢を失ってしまったのだ。女性に対する僕の態度に一番ハッキリ現れる」。鈴木のイライラや不機嫌は日増しにつのった。

    以下は同年夏の日記。「サラリーマン生活はもう分かった。後はコレを止す時機を選ぶだけだ。男といわず女といわず、これはまったく異質な世界だ。(中略)僕のレベルが高いのだ、などということではない。つまり異質なのだ。これは偏頭痛のもとだ。僕は日毎に沈うつになる。大変な青春の浪費だ。意味のない事の為に自分の時間の殆どの全てを費やす苦痛が僕を疲れさせる」。

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    イメージ 1「牛の糞にも段々がある」と言ったら、女から品がないと蔑視されたことがある。「人糞といったんじゃない、牛の糞は人が野原で目にする共有概念、そんなところに品だの何だをもってくるか?比喩と楽しめよ。」と言ったことがある。「比喩なら何を言ってもいい訳?」と言い返す女に、「自分の常識でしか物事を見聞きしないなら、人を選んだ方がいい」と通告。

    隣人と見境無く喧嘩をおこして、騒ぎ立てる女性を中世ヨーロッパでは、「がみがみ女」と言い、水攻めの刑が科せられた。「水攻め刑」を正確にいうと、懲罰椅子に縛り付けて川に沈めるというやり方であった。「がみがみ女」には、革のくつわをはめて公衆の面前を歩かせる恥辱刑を行ったとの説もあり、風刺画も現存するが公式記録がなく創作とする説もある。

    くつわも水攻めも、舌禍の元兇者(おしゃべり、暴言)を戒めるもので、慣習に逆らったり、男尊女卑に異論を唱えたりなど、当時の常識に反することを言った場合に用いられる刑罰で対象は女性である。歴史的に当時の女性は、「家の中で奴隷のように扱われた」うえに、「常に妊娠していた」ために、「心神喪失」から血迷ったことを言いだす事件が多くあった。

    そう言う女は、「口やかましい女」、「がみがみ女」との謗りを受け、面をかぶらされ晒され苦痛と屈辱を味あうことになる。罰を受けるのは、必ずといっていいほど女性であり、取締りの主旨が「教会では女を黙らせるべし」であった。ここでの「教会」とは「教階制」(キリスト教徒においては、教義的な理解度によって階級がきまっていた)の意味である。

    女性が最下層の人間と定義される、「教会制度としての女性蔑視」であり、実際の意味は、「男の前では女は黙らせるべし」である。面をかぶらされた者は、広場の杭に晒された上、人々から仕打を受ける。殴りつけられ、汚物を塗りたくられの大怪我で苦しむ。とくに乳房と恥骨を傷つけることが流行したのか、その場合は死にいたることも多かった。

    男であっても女であっても、対論を好む人間は嫌いではないが、感情にかまけた一種のヒステリー状態から、ムチャクチャであり得ないことを言う女がいる。頭に血が昇った本人はまさしく田嶋状態で、他人の言葉を聴こうとしない。聞いて判断して言葉を返すことをせず、自分の感情だけを突きつける女は逃げ出すに限る。これが恋人だの妻だのなら冗談じゃない。

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    それで妻と離婚になった男は多く、「(そういう女は)最初からわかりそうなものだろ?」としか言いようがない。「最初はやさしくてそんな風には見えなかった」と大概の男はいう。「女のネコ被り」について話していたとき、「ウチの嫁は結婚後5年もネコ被ってていた」と、お披露目の場でこぼした夫がいたが、それが三女が嫁いだ先の義父である。

    自分のほうから先に、「娘はネコを被るのが得意なので、額面どおり受け取らないほうがいいですよ」と言った時に、相手の父がそう言ったのには思わず笑った。もちろん、妻が隣にいるにも関わらずだが、まあ、自分も娘の前で言ったわけだ。その時に妻の顔を見ると平然としていた。帰って「何であんなことを言ったのよ!」と言ったかどうかは不明。

    三女は「何であんなことをいったのよ」とは言わない。外面のいい娘を「お前は今世紀最大のネコ被り女」としょっちゅう言っていたから、今さら…である。早いもので嫁ついで1年7カ月になるが、娘と姑今年の正月くらいから絶交状態で、口を利くのも嫌だと言う。口喧嘩をした後に、翌日は何事もなかったように擦り寄ってくるから腹が立つという娘。

    男でそういうお調子者はあまりいないが、それも女の世界なのか?「そういう子って大嫌い」と娘がいうのなら仕方がない。姑には何を言ってもラチが開かないからと、舅に「何とか言って下さい」と頼んだらしく、「あいつは何を言ってもダメだから、諦めている」とあっさり言われたらしい。近年は嫁と姑が別居だからいいものの、同居でコレはたまらんよ。
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    昔の嫁は姑との確執でどれほど苦労をしたかと推察する。我が妻においても思うところがある。やっと医療老人ホームに入所したので、苦労から逃れられたようだ。自分は、こんなキチガイ母と同居していたら、それこそキチガイがうつるとさっさと逃げ出した身である。キチガイが伝染する事はないだろうが、キチガイと同居したら間違いなく精神障害をきたす。

    嫌な人間と我慢して顔を突き合わす事はないし、それでストレスがたまって体の抵抗力が下がり、様々な疾患の要因になるなどバカげている。自らの健康のためにも別居すべしである。もちろん、修復不可能な夫婦でも同じ事。のっけに記した口減らずでやかましい女には、とっとと失せろというスタンスでいた。もちろん、互いにとっての益にならない。

    「牛の糞にも段々がある」を品がないというなら、同じ意味の、「ピラミッドは頂上から作られない」という比喩を言う相手を探してくれ。誰からも好かれるなどあり得ないし、自分が嫌だと思う相手から気にいられるほど不幸なことはない。大事な事はこちらが正直な態度を示せば、相手もそれ相応の対処をするだろうが、態度や言葉が伝わらない相手もいる。

    これを通称、「にぶい」といい、「鈍い」と表記することから、「鈍感」ともいう。それにしても「鈍感」はなぜに、「鈍感」なのか?「鈍感人間」は、対人関係の七不思議といわれるように、女性はよくこういう言い方をする。「こちらがそれとなくアプローチしてるのに、ぜんぜん気づかないのよ。鈍感でしょう!」。ふむふむ…、よく聞くし、言われたことでもある。

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    確かに感性の鈍い男はいる。が、一般的に男の鈍感の多くはタヌキ。鈍感の素振りを楽しんでおり、興味のない女に仕掛けられて、ワザと気づかないフリをする。コレは女にもあるが、なぜそうするか、した事のある人間なら分かるだろう。また、好意を抱く相手でさえ、気づかぬ素振りもある。舛添流にいえば、人間関係の機微、普通にいえば、恋愛ゲームの一事象。

    ゲームは遊び、男は危険な遊びを好むもの。「男が本当に好きなものは二つ。危険と遊びである。そしてまた、男は女を愛するが、それは遊びのなかで最も危険なものであるからだ」とニーチェはいっている。「恋は危険」という歌詞の楽曲は多いが、恋はなぜ危険なのか?漠然とではなく考えてみよう。まず浮かぶのが不倫の恋。のめりこむと家庭破綻の危険がある。

    「よこしまな恋」というよこしまは「邪」と書いてよこしまという。漢字の「邪」の「牙の文字は、日本の柱に切り込みをいれて噛み合せて繋いださまを描いた象形文字で、チグハグに噛み合う歯を現す。歯科医に「噛み合わせが悪いようですね」と強勢されてしかり…。チグハグな食い違いの意味から「邪」が「よこしま」という文字に宛てられたという。

    よこしまは道理にはずれたことだが、漢字も奥が深い。拙者はボーダー柄と格子柄をこよなく愛す「よこしまな男」である。さするにシマウマもよこしまな馬なのだろう。ファンションコーディネーターによると、ボーダー柄は水平線で落ち着き、それに縦のストライプ向上心。つまり格子柄は落ち着きと向上心などといっているが、ま、確かに目指したいもの。

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    別のサイトによる心理分析によると、チェック柄好きは、一般的に「常識人」だと。あと、チェック柄スキは「オタク系」とある。「オタク系の人はチェック柄を外出しに着る」とある。自分がオタクだなんてあり得んし、単に若い頃にチェックが流行った名残り。欲しくても買えなかったあの時代の憧れを再現したい、それがチェック柄が必然的に増えていく理由。

    ボーダー柄好きの「よこしま男」を自認するが、ボーダー柄の批評がオモシロい。「夏になるとマリンルックのボーダー女が増殖する。ボーダーを選ぶ理由は"さわやかさと清潔感"をアピール。マリンテイストには、ユニセックスなイメージもあえい、異性を意識させないさらりとした軽やかさと清涼感を演出したいその心は、"実はモテたい!"の下心いっぱい。

    けれど、ガツガツしていると思われたくないので、下心を隠すためにさわやかさを装うのです。ボーダーを着ると彼氏ができないと言われていますが、下心を無意識に押し込めていると素直に自己アピールできず、やはり不利。たまには女の子らしい花柄やドットを選んでみては…」。どう思うのもその人の自由だが、生地の柄で人の心理が分かるなんて甘い甘い。

     たまに「囚人服みたい」などといわれるが、バカいっちゃいかんよ。水兵さんのマリルックも陸軍の戦闘服も、トップガンルックも今やファンションである。ボーダーの発祥地はイギリス・ロンドン北部にある「ボー・ダ・ボー」と言う刑務所があり、そこの囚人は皆太い横線の服を着ていた。セーラー服も今や憧れであるように、囚人服も立派なファッションでございやす。

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    「囚人服みたい」と見下げ、蔑むやつのオツムも社会的認知度が幼稚ということだ。と、口に出さず腹で笑っておこう。今どきそんな風に思うか?と訝しいが、今どきいるのは事実。本日は、牛の糞の段々が、ボーダーにて終結す。「風が吹いたら桶屋が儲かる」理由は定義されているが、「牛の糞はボーダーになる」は即興であり、ことわざにはなり得ない。


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  • 06/23/16--17:58: 女子アナのこと
  • いつだったか、ずいぶんと前と記憶する。30年、50年もずいぶん前だが、そこまじゃない。ある女性と親しくなる前の会話だ。「好きなものって何ですか?」と問われ、「女子アナかな」と答える。「へ~、意外ですね」と女は驚き、「そういうの興味なさそうに見えます」というので、「そんなことない、男はみんな女子アナ好きだよ」といえば、「誰がすき?」と絡む。

    「特に誰ってことないな~、普通に女子アナが好きだから。あなたの女子アナも好きですよ」、「えっ、わたし??どういう意味?」、「だから、女子のアナが好きなんですよ、略して女子アナ」、「……」、「判った?」、「そういうことですか…」、「男はいろんな言い方をするけど、上品な言い方でしょう?」、「そうですか?でも、ちょっとびっくりです」。真と、面目な女である。

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    問いに対する女性の答えは千差万別で、真面目な女性ほど面白い。そういえば、「千差万別」を、「万差億別」と言ったことがある。四字熟語の変形はよく使う自分で、「日進月歩」を「秒進分歩」、「不言実行」を「不倫実行」、「品行方正」を「品性方向」、「大器晩成」を「性器晩生」、「公平無私」を「公平無理」、「初志貫徹」を「処女貫徹」などなど…

    文字なら説明は不要だが、言葉の場合は注釈がいる。注釈つけても分らないのは、熟語本来の意味が分かってない。ある種知的な遊びなので、人を選ぶ必要もある。四字熟語しりとりをよくやったので、結構知っているが、そもそも四字熟語ってどれくらいあるかといえば、岩波四字熟語辞典で約4000語で、結構オモシロい。四時塾GO!より楽しいかも知れん…

    ところで女子アナウンサーだが、知ってる名前をあげろといわれたらどうだろうか?顔は分かるが名前の出ないのもいたり、顔が分かって名前が言えるのは一致するのは小宮悦子、安藤優子、長野智子の3名しか浮かばない。退職者なら、近藤サト、内田恭子、木佐彩子、中井美穂、有賀さつき、滝川クリステルらの名は出る。さらには宮崎緑、頼近美津子の美人アナは格別か。

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    頼近美津子は広島出身で、フジサンケイグループ創業家に嫁いだ玉の輿婚でも知られたが、夫の鹿内春雄氏が42歳で急死の不幸もあって、わずか3年8か月の夫婦生活だ。頼近は県内トップの広島大附属高校から東京外大に進み、卒業後はNHKに勤務、アナウンサーとして人気を得るも、フジテレビに移籍した。フジテレビでは同局史上初の女性正社員として話題となった。

    それまでフジテレビは、女性は全員契約社員でのみ採用する方針を貫いていたが、頼近の2000万とも3000万とも言われた高額の移籍金に加え、年収もNHK時代の300万から1200万に跳ね上がった。彼女はNHK時代にも、1980年(昭和55年)4月から放送開始となる早朝ニュースショー、『NHKニュースワイド』で、森本毅郎とコンビでNHK初代女性キャスターを務めた。

    これらは彼女に天が二物を与えたことによる待遇だが、多少ハナにかけたところもあり、NHKから移籍する際、「私はジャーナリスト」とミエを切ったこともあってゴタゴタが起きた。しかしながら「人生一寸先は闇」というか、夫の死後、フジテレビは春雄の後継問題と社内抗争で揺れ、そのゴタゴタから逃げるように彼女は1990年(平成2年)、2人の息子とともに渡米した。

    春雄氏はフジテレビの親会社ニッポン放送株を大量に所有し、その株のほとんどを未亡人である頼近が相続することになる。その場合、フジテレビは実質的に美津子の支配下に置かることとなる。これに慌てた春雄の父・鹿内信隆は、なりふり構わずニッポン放送株を取り戻そうと画策、美津子が相続した時価100億円のニッポン放送株は、鹿内家に6,600万で買い戻された。

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    これら一連のゴタゴタもあって、彼女は悲劇のヒロインと言われた。1993年に古巣NHKで復帰、1996年には、NHK大河ドラマ『秀吉』にも出演した。同年12年ぶりにフジテレビ、『来日直前!三大テノール』の司会者として復帰するなど、節操がないように見えるが、それほど彼女はメディアに必要とされる人物ということだった。しかし、2007年に食道がんを宣告される。

    通院のため世田谷から千葉・流山に転居し、癌治療を受けたが2009年5月17日に他界。53歳の薄命だった。頼近が結婚する3カ月前に、音楽誌『ショパン』で、同じフジテレビ『おはよう!ナイスデイ』の中村洋子アナとの対談で、こんなことを言ってる。「私、高校時代からレコードは『トスカ』ばかり聴いてたから、近所の人が『お宅、あれしかないんですか?』って」。

    「ピアノは3歳で始めたの。ヤマハ音楽教室が広島にできて、親が『世の中に遅れちゃいかんから』って。教則本一冊終えると親がぬいぐるみを買ってくれる。だからあと4分の1くらいになると必死でやった。ぬいぐるみ欲しさに…。ヤマハの後は『桐朋子供のための音楽教室』に入ったの。チェロも弾いた。面白かったよ。テクニックはともかく、音楽の心はわかったみたい」。

    頼近は、桐朋学園の総帥齋藤秀雄に才能を見込まれ、東京に出て本格的にチェロを学ぶことを勧められたが、家族会議の末に断念した経緯からして、それなりの才があったようだ。懐かしい29歳の頼近である。対談当時、彼女も自分も、その後の彼女の人生など想像もできず、ましてや53歳で世を去るとは…。フジテレビで頼近と田丸美寿々は、双璧の看板女子アナだった。

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    二人とも広島出身、二人とも東京外大卒である。田丸は現在63歳、早稲田大学大学院政治学研究科非常勤講師の肩書きがある。田丸と頼近は共通点が多く、二人とも夫が三度目の結婚で、田丸の夫ジャーナリスト美里泰伸とは不倫だった。美里の妻は当時妊娠中であり、不倫発覚後の翌年二人は結婚する。田丸は、「奪ったのではなく譲ってもらった」と意味深な発言をした。

    おそらく、相当の慰謝料を支払っての略奪婚と推察する。田丸は不倫発覚後にフジテレビを電撃的退職した。不倫略奪愛の汚名に耐え切れなかったのだろう。二人とも才媛・美人であり、和田アキ子は自著、『和田アキ子だ 文句あっか!』で、女性アナウンサーの美人化、タレント化について、田丸をその嚆矢(かぶらや=物事の始まりの意味)であると言及した。

    田丸は1983年にフジテレビを退社独立すると、退社翌日にゲスト出演したTBS『モーニングジャンボ奥さま8時半です』からは、結婚後の本名である美里美寿々の名でフリーランスのアナウンサーとしての活動を開始した。1985年には客員研究員(国際関係論)として、アメリカ・プリンストン大学に約1年間留学、これには夫・美里氏も付き添って同地に滞在した。

    田丸は翌年帰国、テレビ朝日と専属契約を締結する。以後、同局の番組、『モーニングショー』、『ザ・スクープ』、『ナイトライン』、『朝まで生テレビ!』、『ザ・ニュースキャスター』などに出演。これらの活動を通して田丸は女性フリーキャスターの草分けとなる。1991年美里氏と離婚。美里は、「10年経ったら離婚しても良い」とした手記を発表、田丸は沈黙を通す。

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    今や女子アナといえばタレントである。ブサイクより美人が好まれるのは当然にして、いわゆる女子アナブームは、1988~94年に起こり、TV業界では革新的な出来事であった。番組アシスタントという枠を飛び越え、この時代から芸能人のような活躍を見せるようになった才色兼備の女子アナ人気が沸騰した。頼近美津子がNHKからフジテレビに移籍したのは1981年。

    まだ女子アナブームはなく、ブーム到来は、1988年にフジテレビに入社した八木亜希子、有賀さつき、河野景子の3人が契機となる。「フジテレビが局を挙げて、3人を"花の3人娘"として売り出した。それまで女子アナはバラエティ番組に出演してもアシスタントに徹し、タレントのように脚光を浴びる事はほとんどなかったです。」と、女子アナ評論家の戸部哲也氏。

    彼女たちはその枠を超えて活躍、女子アナの概念を変えていった。ある30年のベテランカメラマンA氏はいう。「フジが東京・河田町に社屋があった1992年、野外イベント『フジテレビまつり』で、女子アナ出演のファッションショーを開催。最初は普通の衣装を着こなしていましたが、ステージ中盤に有賀さつきがビキニ姿で登場!夢中でシャッターを押しました」。

    局主催のイベントで女子アナが水着姿になるなど当時は珍しくなかった。「八木亜希子は新人アナ時代、『ゴルフコンペのプレゼンターとしてバニーガールになってくれ』と上司に言われたといい、近藤サトは温泉中継でバスタオル一枚でリポートした。日本テレビの薮本雅子アナは、『スーパーJOCKY』の熱湯コマーシャルに挑戦、スタジオで水着に生着替えした」(戸部氏)

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    フジが先導し、日テレ他の各局も便乗し、かくして女子アナブームが起こる。タレントさながらの活躍を見せるようになった女子アナだが、本人たちは、"自分は会社員"という意識が強かったという。次々と人気アナが誕生していった第1次女子アナブームを牽引していたのはフジ、日テレ、TBSの3局、正統派を地で行くテレビ朝日はブームを冷ややかに見ていたようだ。

    フジ「花の3人娘」のその後、河野景子は1995年横綱に昇進したばかりの貴乃花と婚約、既に妊娠6カ月であった。有賀さつきはフジテレビ報道局政治部編集委員和田圭と2002年に結婚したが、「私生活でも上司でした」と2006年離婚、八木亜希子は外資系金融機関の一般男性と2002年に結婚した。上記したように小宮悦子、安藤優子らおばさんアナしか知らない自分だ。

    ところで八木亜希子。1965年6月24日生まれの彼女は、明日で51歳になる。彼女においては離婚寸前、10年近く仮面夫婦を続けている、などの記事が目に入るが詳細は不明だ。3人娘の有賀や河野のようなゴージャスな顔立ちはなく、庶民的な感じが好感を持てるが、最近の彼女の話題はもっぱら女優業である。

    今回、以下の記事が目に入る。「とある平日の正午前、フジテレビの最寄り駅である東京テレポート駅に、ひとりの美女の姿があった。『めざましテレビ』でメインキャスターを務める永島優美アナである。彼女のこの日の服装はなんとも意外な、薄い紫色のパンツに白いシャツ、足元はアディダスのスニーカーという、花の女子アナとは思えない地味なファッション」。

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    彼女は父親が元サッカー日本代表の永島昭浩ということもあってか、男勝りな性格らしく、動きづらいヒールを嫌い、「収録や女性らしく振る舞わないといけない時しか履かないらしい」とか同局の中堅局員。もう一つ、彼女がラフな服装を好む理由は、『めざまし…』のメインになってから街で声をかけられる機会が増え、それに辟易して、あえて地味な恰好をするという。

    女子アナらしくない(?)地味で質素でカジュアルな着こなしが、美人をスポーティーに引き立てる。自分の好みもあって、彼女の画像に触発されて今回、「女子アナ」の記事を書いた。「○○らしい」というより、「○○らしくない」の方が、インパクトがあるが、街をこの格好で歩く彼女を、女子アナらしくないというより、いかにも永島昭浩の娘らしいといえなくもない。


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  • 06/24/16--18:35: 過程を楽しむ!
  • 21日午後3時過ぎ、北海道釧路市昭和中央4丁目のイオンモール釧路昭和店の1階で、女性4人が男に包丁で切りつけられて死傷する事件が発生した。男は警備員に取り押さえられ、駆けつけた警官に逮捕された。包丁で切りつけた男は、釧路市阿寒町の松橋伸幸容疑者(33)で、4人の女性のうち、釧路市の戸沼雅子さん(68)は病院に搬送された後、死亡が確認された。

    また、ほかの3人も、首を刺されるなどして、70代の女性が重傷、40代と60代の女性が軽傷を負っている。松橋容疑者は警察の調べに対して容疑を認めており、「人生を終わりにしたかった」などと話しているという。事件は午後3時15分ごろ、商業施設の入り口から30メートルほど入った、時計の売り場の向かって左側で発生し、直後に顧客は締め出された。

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    刃物を振り回していた松橋伸幸容疑者は警察の調べに対し、「統合失調症で悩んでいた。死刑になってもいいと思い、殺人が一番いいと思った」などと話をしているという。当時、店内にいた女性は、「悲鳴などは聞こえなかった。辺りを見渡したら一気に人だかりができて、騒ぎになっていた」と当時の状況を話し、警察が店内で状況を詳しく調べている。

    統合失調症とは、精神障害の一つで、一般的には幻聴、幻覚、異常行動などであるが、日本では2002年まで精神分裂病といい、それ以前はキチガイという言葉を使っていた。まさにキチガイに刃物である。1974年以降一時期、精神障害者の家族らで構成される精神障害者家族会の会の一部から、治癒を妨げる等の医学的根拠を理由に抗議を受け、以降使用自粛につながった。

    キチガイも病気なら、正しい病症用語を使うべきだろうが、キチガイは気違い、気狂いなどと表記をした。意味は「気が違う」、「気が狂う」であるが、精神障害者、知的障害者、または理性が欠如した者に対する、蔑称として使われていた。今でも、端的な言葉として使われるが、「端的に使うべからず」との考え方に添うことも、表現の自由も大事である。

    多様な解釈をするなら、「気」という言葉の意味は、日本語的に広い解釈があり(たとえば「病気」、「気が弱い」など)、「気」という物の概念の範囲は広く、他の人と違う考えを持っている、あるいは若干ずれた考えを持っているという意味を含んでいる。よく言われる端的言葉には、「バカ」、「アホ」、「ボケ」、「クズ」などがあり、いかにも端的で分かりやすい。

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    自分は、「端的言葉」が好きだが、「端的」の意味は、はっきりとしているさま。明白。ということで、率直な人間にとって端的言葉は心地いい。遠まわしにいわなければならない場面もあるが、対面する相手に直接的に言わない場合や、文章に書く場合には、くどくどいうより率直がいい。今回の舛添氏にも理性的な文化人が、「クズ」、「ゲス」などの言葉を多用した。

    「ケチ」や「セコイ」も端的言葉であり、率直で分かりやすい利点がある。「ケチではない、倹約だ」という奴がいたが、ケチを丁寧語でいうと倹約家・始末家なのか?ケチと倹約はニュアンスが違うようで、調べてみるにケチの語源は、不吉なことをいう、「怪事(けじ)」が訛ったものであると言う。それが、「粗末で貧弱なさま」、「卑しいさま」などにいわれるようになった。

    なるほど…、それらからケチと倹約の違いを思考するに、倹約は純粋に世のため、人のため、あるいは国家のため、地球のため(多少はオーバーだが)を考えたうえで節約するという考えなら素敵だが、ケチは、自身の性格的な卑しさから、身銭を切るのを嫌がったり、他人の饗応を望んだり、などのはしたない行為に思える。つまり考えの根本の違いであろう。

    端的な、「ケチ」という言葉を言い換えれば、「卑しい」、倹約は、「志」と考える。「質素倹約」というのは、大らかで美しい行為だが、「ケチ」は出すもの(必要なもの)さえ渋る、醜い、しみったれた行為である。「しみったれ」は、「染っ垂れ」と書き、意味は物惜しみすること、こせこせして卑しいこと。水などがじわじわと染みとおることからの表現であるという。

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    何気に使う言葉も深いが、掘り下げると結構オモシロい。何事も掘り下げたり、追及してオモシロくない物はないし、そういう感性を持った人間には知的なお遊びでもある。学者・研究者というのは基本はそうではないか?突き詰め、追い詰めても徒労に終る研究もあるが、徒労に終ったというのは結果論で、最初から分かったことではない。すべてはプロセスあっての事。

    自分は結果をあまり重視しない。だから宝くじも買わないし、ギャンブルも好きではない。ギャンブルは結果がすべて、過程が面白いものではない。「将棋」は勝負事であり、人によっては勝負に辛い人もいたりするが、勝ち負けよりも思考の楽しさである。自分の将棋観を論理でいえば、初手と最終手は存在するが、初手と最終手のピロセスにこそオモシロさがある。

    その論理は人生にもたとえられる。オギャーと生まれたのが最初の一手なら、ご臨終を最後の一手とするなら、人生とはその過程である。様々な局面があるのも将棋と同じで、様々な局面を乗り越えて指し継いでいく。将棋も人生も同じように、辛い場面も苦しい場面もあるが、苦しい局面を諦めずに耐えることで光を見出すこともある。将棋を指していると辛抱を学ぶ。

    人生もそうかも知れない。が、人生が試練や苦しいのは当たり前と思っていた節がある。人生が順風満帆だけなどあり得ない。苦しさにどう耐え凌ぐかが将棋にも人生にも共通する。将棋はゲームだが、人生もゲームではないのか?「人生ゲーム」というスゴロクのようなボードゲームがある。アレはアメリカで1960年に考案されたもので、発案者は24歳の若者である。

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    日本版は、「人生ゲーム」の名称で1968年に株式会社タカラ(現タカラトミー)から発売された。タカラトミーの発表によると、日本版の累計出荷数は1000万個を超えるというが、自分は見たこともやったこともない。「人生ゲーム」というくらいなのだから、俯瞰してみれば人生はゲームなのだろうが、我々は自分の人生を俯瞰したり、客観的に見れないし、だから苦しい。

    苦しさのあまり命を絶つこともあるが、「人生ゲーム」に自殺はあるのか?実際の人生も「ゲーム」だと思えば、多少は命を捨てる歯止めになるのかも知れない。人には楽観的、悲観的という分け方があり、楽観主義者(オプティミズム)、悲観主義者(ペシミズム)というの分類でもある。哲学的には難しい注釈がつくが、世間では端的に楽観的、悲観的という言い方をする。

    「彼は楽観的だな」、「彼女は凄まじい悲観主義だ」などと使うが、的を得ているかどうかはともかく、個々の主観であろう。グラスに半分残った水を、「まだ半分もある」と言うのは楽天主義者、「もう半分しかない」は悲観主義者という有名な性格判断法がある。英語で、「Glass Half Empty or Half Full?」という定番の言い回しで、バーナード・ショーの格言による。

    故井上ひさしは楽観主義者を、「ドーナツの輪を眺める人」、悲観主義者を「ドーナツの穴を眺める人」と比喩し、井上は前者だといった。井上には百年の不作と称される元妻西舘好子がいた。彼女は井上と婚姻中に、男と浮気をし、駆け落ちまでした後に男に捨てられ、金に困ったあげくにデタラメ本を書き、メディアに取り上げられようと画策したバカ女である。

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    井上ひさしは西館と離婚後、米原ユリと結婚し、幸福な家庭を築いていた。三女の麻矢も前妻も、これに怒りを感じて、何とか井上夫妻にケチを付けようと、『激突家族』、『修羅の棲む家』という暴露本を出版、井上の評判を落すことに躍起になったが、娘と前妻の攻撃を浴びながら、井上は文筆家にも関わらず、反論することなく一切を黙殺する大人の対応だった。

    マスコミも同様に、被害者意識丸出しで吠えまくる西館を黙殺して、井上の家庭内暴力について追求することはなかった。理由はといえば、西館好子の身勝手で気ままな行動に愛想を尽かしていたからだろう。好き勝手した人間が被害者面をたところで、周囲はそっぽを向くという好例だ。母に同情して父を非難していた三女も、後に父と和解し、小松座の代表に就任した。

    巷でいうところの楽観主義、悲観主義という分類の詳細や定義はよく分らないが、自分はどちらに属するのかを考えたこともある。物事はなかなか二元論に分類するのは難しく、楽天的な部分も、悲観的な部分もある。すべては時と場合ではなかろうか。ただ、自分流に「事」を分類すれば、将棋もそうだが、人間には、「得をしたい」タイプと、「損をしたくない」タイプがいる。

    自分は明らかに後者である。得をするより、損をしないことを優先するから、上手い話には乗らない。お金目当てのギャンブルはしない。宝くじで3億円より、3000円の損が問題。「無料○○」キャンペーンは信じない。将棋も駒損を躊躇う。コレは楽観、悲観というよりも、堅実ということなのか?そうはいっても、結果重視の堅実的行動はしないで、今を楽しむ傾向が強い。

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    「得をするより、損をしないこと」をどういう風に考えるかだが、「上手い話には絶対に裏がある」、「ただより高いものはない」という格言を信じているからであろう。つまり、世の中の善人などそうそう居るものではなく、まして善人から得を得るというより、善人には損をさせないよう配慮すべきである。人のいい善人には、人の良さをなだめてあげるべきかと…


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    「動くものが動物」という定義だけで、動物を定義した事にはならない。動物である前に生物であるべきだ。しかるに、人間は生物であり動物であるが、ロボットが自らの意思で動いたとしても、動物でもなければ生物でもない。アレは単に動く機械である。子どもは、「犬は動物だけど、人間は人間で動物でない」といった。それを、人間も動物と説明し、判らせたことを思い出す。

    人間は生物、生物の動物、動物の中の人間。「動物は植物と違って動く。だから人間は動物であるが、アブやハチやアリと人間が徹底的に違うのは、「人間は動物でも、『動く物』の、"動"ではなく、『行動』を意味する、"動"でなければならない」。との記述もあったが、言わんとする意味は分かるが、言葉じりを取れば、アリやハチも、牛や馬や犬も行動する。

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    主婦がママチャリでスーパーに買出しに行くのも行動である。いずれも生きるための、神聖にして尊く、立派な行動であろう。「立派」は余計なのか?余計と感じる者もいようが、家の中で韓流ドラマを見ながら生協からの食材配達を待つ主婦よりも、底値のチラシを持って遠出の買出しに向かう主婦のほうを好む。「好む」としたのは、「賢い」では御幣があるからだ。

    「家に居て配達を待つのも賢いでしょう?交通事故に合わないし…」。「なるほど」。手動の掃除機より、自動掃除機(ロボ掃除)の方が賢いといえなくもない。しかし自分的には、「電気掃除機の主婦の方が好み」と言っておく。世の多くの事は、「愚・劣」より、「好き嫌い」を了とすればいい。と、感じるこの頃だ。主観的な正しいは、普遍的な正しいにあらず。

    世界で初の家庭用ロボット掃除機は、スウェーデンのエレクトロラックス社が2001年11月から商品名「トリロバイト」を欧州で売り出した。このプロトタイプ(試作)機はBBCの番組、「en:Tomorrow's World」にて1997年に特集されたが、その15年前の1986年、日本の三洋電機が自律走行できる掃除ロボットの試作機を完成させていた。原型となるのは任天堂のチリトリー。

    「ルンバ」といえば知る人ぞ知るお掃除ロボの商品名だが、任天堂はルンバの20年前に自動掃除ロボ、「チリトリー」を発売していた。さらに、さらに…記憶にないくらいの昔に消しゴムカスクリーナーを買った記憶がある。汎用商品となる前のアイデア商品として、面白半分に買ったものだが、おそらく40年くらい前だったろうか?乾電池式で取るには取れるが吸引は弱かった。


    そういえば小学低学年の頃、友だちと、「消しゴム」か、「ゴム消し」かで言い合ったことがある。今は、「ゴム消し」とは言わない。「(字を消す)ゴム」、「ゴム(で字を)消す」ということだからどちらでもいいが、商品名としての、「消しゴム」が主流となっている。そいつとは1961年に来日した英国王室の、「アレキサンドラ王女」についても再度言い合いをした。

    「アレク」か「アレキ」か、いかにも子ども的言い合いだが、解答を求めて近所中を尋ね歩いたが、誰も適切な答えをくれなかった。最終的に自分の父が、「昔、アレキサンダー大王ってのがいたから、アレキサンドラだろ?」で落ち着いた。アレキサンダーもアレクサンダーというし、父はアレキサンダーと覚えていたのだろう。自分はアレキサンダーだったかも知れない。

    近年ネットは、「知識の泉」である。知りたいことは、そこいらの大人に聞く必要もなく、いくらでも入手可能な時代。おかげで百科事典が売れない。家庭の必読書、「平凡社の世界大百科事典 全34巻」(本巻30巻・索引1巻・地図帳2巻・百科便覧1巻)も、2007年以降はCD-ROMに移行しているのかと思いきや紙製事典も廃れていない。書棚を飾るに相応しい代表が百科事典である。

    ところでお掃除ロボは出始めは4~5万もしたが、今は通販の目玉として1万弱の商品もある。ルンバの高級品は10万を超えるが、思考が時代遅れの自分には1000円でも買えない代物だ。姉さん被りでハタキをかけ、水バケツで雑巾がけをする時代は過去の遺物でも、せめて掃除のときは、手動掃除機をガーガー鳴らし、"掃除をしている"という気分に浸りたい。

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    が、今や掃除を機械が勝手にやってくれる時代である。それでいいのか?それでいいのだ。全自動洗濯機があるなら、全自動掃除機があっても良い。確かに洗濯機は便利であったが、あれで洗濯をしている気分に浸れたのか?洗濯といえば、たらいに洗濯板ゴシゴシこそ、洗濯であったが、洗濯機が回ることで、"洗濯している"という気分に慣らされてしまった。慣れとはオソロシイ…

    独身時代、よく洗濯をした。汚いものが奇麗になるのはキモチがいい。渦巻きを真上から眺める無駄な時間が好きだった。「何で眺めてるの?」と聞かれれば、「見てるだけ…」と答えるしかない。意外と不器用なのか、ながら族が苦手なタイプ。ラジオや音楽を聴きながら勉強できない、本や新聞読みながら食事できない派で、唯一ながら族になるのはウンチ読書。

    洋式に限る。あれほど読書に相応しい時間、静寂、体位はない。携帯が巷に出回ったころ、電話しながら牛丼食ってる奴がバカに見えた。息子に、「お前はクソしながら携帯で人と話すバカじゃないだろうな?」と言ったことがある。隣のトイレで携帯通話をする人に出くわす(聞くわす)が、ウンコ中なのに何で喋らねばならぬのか?後で掛け直すと、なぜいわない?不思議な時代だ。

    上に乗ってバッコンバッコンしてるのに、女が松田聖子をハミングしたから萎えたという奴がいた。今どきの10代女なら、その最中にあからさまに携帯通話をするのは、モハメドアリだ。斯くの時代は、相手に合わせる必要もモハメドアリかと。時流に乗らず、あるいは乗れず、「今の若いもんはとんでもない」と思うのもいいが、それで時代が停止するはずがない。

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    自ら変わるか、孤立するか、選択すべし。自分たちが若いときに、「エレキは不良だ」、「男のくせに長髪なんか」と見下した大人たちがバカに見えたが、大人から見た若者はバカに見えたなら、どっちもどっち。ビートルズが日本に来たのが1966年6月29日であった。なんと、あれからもう50年になるのか…。彼らは、「長髪とエレキギターの伝道師」、という見方もできる。

    50年はさまざまに時代を変えた。思えば電気炊飯器や電気洗濯機にも驚いた。電気掃除機が我が家にお目見えしたときも驚いた。が、やたら音がうるさかった。そうして50年経つと、掃除機は勝手に掃除をするまでになった。電気掃除機で十分便利だが、人間はここまで考える必要があるのか?ロボ掃除機の動きについて回るのか?何だか堕落しているようで買う気がしない。

    手動掃除機を持って動き回るほうが健康によい(ような気がする)。クルマに乗らずに歩くようにである。まあ、人もいろいろだから、批判は自分に向ければいいのだし、自分は永久にロボ掃除機は買わない気がする。ところが、今や主婦にとって、"欲しい家電"の1つとなった「ロボ掃除機」である。当初は「本当にキレイになるのか?」、「価格が高い」などの問題があった。

    それで購入に至らぬ人も多かった。奇麗になっても買わないが、最近では"掃除力"が認められ、市民権を得ている。それもそのはず、2015年10月23日。日本市場を皮切りに、ついにダイソンがロボ掃除機を発売した。サイクロンテクノロジーによって、世界の掃除機市場を席巻するダイソンが、キャニスター型、スティック型に次いで、ついにロボ掃除機市場に参入した。

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    ダイソンがダイソンたるゆえんは、1998年、ダイソンはロボ掃除機の開発をスタートさせている点にある。さらにダイソンは、「既存のロボットに掃除機を乗せるのではなく、きちんと掃除ができるロボットを、キャニスター型と同じ性能、吸引力の搭載を求めたため、残念ながら非常に重くて高価となり、市場に投入できるまでにはなりませんでした」。(開発担当者)

    最初に開発したロボ掃除機「DC06」の画像をみると、いかにも大きく、重くて高価なため、製品化は見送られた。キャニスター型と同等の吸引力を実現するために54個ものバッテリーを搭載したことでこのようになったという。ダイソンは苦悩するが、その間、他社からロボット掃除機が次々に市場投入されるが、ダイソンはダイソン害を被った意識はなかったようだ。

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    かくして17年の歳月の中、ついにダイソンはダイソンらしいロボ掃除機を商品化した。さらにダイソンは家事の自動化について色々なことを考えているという。自動炊飯器を魁に、洗濯機、掃除機、瞬間湯沸かし器、食洗器、それら以外に手間のかかる家事・炊事に何があるかを考えてみたが浮かばない。自動ケツ洗い機も便利だし、ならば自動オムツ取替え器か?

    温水便座は家事・炊事というより生活家電であろう。そこにまで思考を広げても、これ以上に便利な家電機器って何がある?必要は発明の母というが、とりたて必要なものが見当たらない。川にて洗濯、山にて風呂の炊き木取り、釜戸でご飯炊き、ハタキに雑巾がけ、障子・襖の張替えなど、主婦や家族総出の大仕事がほとんどない。七輪でサンマの炭火焼きが懐かしい。

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    どんどん生活が楽になれば、平均寿命も伸びるばかり。それが介護や老人問題を生んでいる。他人の手を煩わせてまで生きたくないという人は多い。介護の現状や痴呆の実体を知ればそういう気持ちになるだろう。が、生きたくないと言いつつ、逝きたくないのも事実である。となると、介護ケアに関する自動化が求められる。それこそ人の手を煩わさない本命だ。

    ベッドに横になったまま、自動用足し洗浄乾燥機や、上記した自動オムツ取替え器は、十分に需要が見込めるだろう。開発のための研究は始まっているのではないか?寝たきり老人は人手を煩わすし、ホンネをいえば厄介ものだ。プロの介護士に委ねるのが賢明とはいえ、費用負担もバカにならない。極めつけの横着家電は、家事・炊事もこなすロボットである。

    このようなものが、人間に本当に必要なのだろうか?必要が発明の母といい、だから生まれたのだろう。ところで「SpotMini」と言う家事ロボットだが、こんなものが家のなかを自走するのも、気味が悪いといえなくもない。まあ、これも慣れであろうし、半世紀後には、一家に一台「SpotMini」というキャッチフレーズで売れに売れまくっているかもしれない。

    人間がリビングのソファーに坐ったままの時代は、人間が理想とする生活なのだろうか?こうした自走ロボットにつくのは疑問符ばかりである。最近は、めったなことでクルマも乗らず、自転車さえもサビついている自分の生活環境であるせいもあってか、人が植物と化してしまうのを憂慮する。人は動物、動物は行動、それが楽しいことなのら…



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