「離婚が賛美される場合」という記事を書いたのが3月8日。書いた内容などいちいち覚えてはいないが、改めて読んでみると、記事を書いた時の心情などが思い出される。知人の娘が離婚したと聞き、「おめでとう」というのはいかにも自分らしいと、改めて感じた。何かにつけて、"当たり前のこと"を避けようとする自分である。言葉も行動も人と同じではつまらない。
つまらないだけでなく、"能がない"とまで思ってしまう。物事にはあらゆる可能性があるわけだから、そういうものを考え、行使してみるのも一興である。「お前は一筋縄ではいかない奴だから」といった知人がいた。彼の物言いに反応するよりも、「一筋縄」という言葉に反応したのを覚えている。他人の見方は他人のもので、人が自分をどう捉えるのも相手の見方である。
他人の視点に文句をつける筋合いはどこにもない。ずいぶん前のことでその際、「一筋縄」の正確な意味や語源を調べようと思わなかったが、昨今のインターネットは百万力である。物知り博士ケペル先生は、「何でも考え、カンでも知って、何でもカンでもやってみよう」と子どもたちを諭した。さながらそれを実践する自分は、ケペル先生の影響を受けている。
「一筋縄」を調べてみた。1本の縄。また転じて、普通のやり方。尋常一様の手段。というのが用語解説だが、語源は何かと思いきや、「1本の縄という意味で、それ以外に特別な用途は何もない」という。一本の縄という当たり前の物であるがゆえに、"普通の方法、当たり前の方法"という比喩的な意味で使われるようになったようだ。改めて、「なるほど」であった。
諺や慣用句には特別な意味がある者ばかりではなく、当たり前のこと、普通の方法であるがゆえに、それを否定的な意味で使い始めたのが、「一筋縄ではいかない」となったという。さまざまに使えるが、①彼に気持ちを伝えたいが、一筋縄ではいかない気がする。②親の承諾を得るのは一筋縄ではいかない。③彼は一筋縄で勝てるような容易い相手ではない。
④若いもんに道理を教え、諭すのは一筋縄ではいかない。などなど、肯定的にも否定的にも使える言葉であるからして、言われた側にすれば嬉しくない場合もある。④の場合などはその典型だ。見下げた言い方ではなく、単に骨が折れるということだが、言われていい気がしない者もいよう。「骨が折れる」で思いだしたのが、昭和天皇の園遊会での一コマだった。
ロス五輪の男子柔道無差別級で金メダルに輝いた山下泰裕氏が招かれ、その山下に昭和天皇が、「(柔道は)ずいぶん骨が折れますか?」と言葉をかけたところ、実直な彼は、「2年前に骨折したんですが、今は体調も完全によく一生懸命がんばっております」と答えて周囲の笑いを誘った。まさに"骨が折れる違い"であったが、昭和天皇が、「あ、そう」とかわしたのはさすが。
陛下を前に緊張はするだろうが、それにもまして黒柳徹子は饒舌である。"あり過ぎる"といえるくらいに言葉が多すぎる。「男は黙ってサッポロビール」ではないが、言葉は女の武器といわれるが、これについてココ・シャネルはこう述べた。「美しさは女性の『武器』であり、装いは『知恵』であり、謙虚さは『エレガント』である」。謙虚が美徳なのは日本人女性だけではない。
美しさこそ武器、装いはそのための知恵…、なかなか良い言葉だ。武器も知恵も所有するがゆえに、「謙虚であるべき」というのがいい。謙虚さがエレガンスというのは、女性の理性と捉えている。あらたまっていうことではないが、男と女の世の中である。男は夫に、女は妻に変貌する。変貌という言い方は、ある種的を得た実例であるをしばしば耳目にする。
実態が変貌するのではなく、親であるとか、姉であるとか、夫や妻である、その"であること"というのは、所属の肩書であるのがいい。会社における主任や係長も、県の知事も国家の大臣や総理などの肩書も、権威ではなく役目という認識であるべきだが、愚かな人間は肩書がつくと偉くなったと勘違いする。常々思うのは、親も役目でしかない。同様に夫も、妻も役目である。
仮にも、「夫である」、「妻である」ということによって、夫としての権利、妻としての権利を要求できるとするなら、怠け夫や怠け妻にとって、これほど有難いことはないだろう。特に日本人は、結婚をスタートというより、ゴールと考える社会であるから、いったん結婚なり就職なりすれば、あるいは議員に当選なりすれば、自分の地位が確立されたと思ってしまいがちになる。
これが業績本位ならぬ所属本位の考え方であり、西洋の業績本位に比べて東洋では儒教にみられる所属本位意識が強い。正確にいえば、結婚式の当日は妻でも夫でもなく、日々、夫になり、妻になっていくが、所属本位の考え方でいえば、結婚式後に即夫、即妻となる。夫としての仕事、妻としての仕事を放棄し、権利ばかり主張するとどうなる?以下の実例がある。
3上場企業の管理職だった1歳下の女性と35歳で結婚した機械メーカー社員のK氏。妻は仕事を理由に婚前から決めていた妊活を先送りにし、「やっぱり無理」と拒絶。さらには夫婦で分担していた家事も放棄するようになり、食事も洗濯も夫任せ。何度も話し合おうとするも、「私は忙しいの!」と毎回逆ギレする嫁に愛想を尽かし、2年前、離婚に至る。
「かんしゃく持ちだった嫁に怯える必要もなく、今はとにかく快適の一言。子供がいたら簡単に離婚できなかっただろうし、家のことを何もしない母親では子供にとっても不幸。その点では彼女が子供を望まなくてよかったのかも。結婚の失敗がトラウマになり、再婚する気は一切ない」とキッパリ言い切る。その分、プライベートを充実させようと思ったとか。
20代の頃から交際していた女性と30代半ばで結婚したI氏。お互いのことを知り尽くしていたつもりだったが、一緒に生活してみると相容れない部分が目につき、すぐに夫婦仲は険悪になった。「お互いに一人暮らしが長かったこともあって、家事一つとってもやり方が気に食わないんです。そうしたボタンの掛け違いで、結婚からわずか2年で離婚話が持ち上がりました。」
しかし離婚までには1年以上の時間を要した。「浮気、借金など、はっきりした原因があると離婚に踏み切りやすいんですけど、特に大きな理由もない。世間体も考えてズルズルと離婚を引き延ばしたんです。でも一度、気持ちが変わってしまうと駄目ですね。同じ空間にいるだけで息苦しくなるし、ちょっとした会話でケンカになるんです」と語るI氏は、35歳での離婚だった。
後腐れのないようにと夫婦で購入したマンションは元妻に譲り、離婚後は賃貸アパートで一人暮らしを始めた。「マンションのローンも残っているし、決して生活は楽じゃないですけど、気分的には解放感でいっぱいです。元妻はキレイ好きで、僕の趣味である古本と音楽DVD収集を快く思っていなかったんですけど、今は気兼ねすることもないですからね。」
細かいことを言う女は多いが、趣味にまで文句や口出しされては何のための結婚生活であろう。釣りが趣味だった父だが、実入りがない時に、「餌代にいくら使ってると思ってるんだ!」と、グダグダいう母に何も言わずに堪える父に、息子の自分が腹を立てるしかなかった。若い頃は卓袱台をひっくり返した父の、"触らぬ神に祟りなし"の変貌を、当時は理解できなかった。