趣味で将棋を指す人間にとって、将棋界の話題やあれこれ将棋に関する記事が目に止まるのは普通であるが、将棋をやるやらないにかかわらず、巷では将棋がブームであるらしい。どういうブームなのか分からないが、15歳の中学生棋士藤井聡太くん関連のミーハーブームらしい。SNSのトップ記事の見出しも将棋に関するものが多く、昨日のニュース見出しは以下7件である。
・スマホカンニング冤罪の三浦弘行九段「名誉回復」果たす執念の残留
・豊島将之八段が勝利し第2局へ 佐藤康光九段と3月10日に対局/順位戦A級プレーオフ第1局
・藤井六段、記録目白押しの年度末 フィーバー再来に注目
・里見香奈、最後の奨励会対局終わる
・里見香奈女流五冠、過酷な修行でトップに 対局前日に夜行バスで出雲から東京へ
・将棋の長谷部新四段、黒田投手から学んだ男気と地元・栃木へのこだわり
・渡辺明竜王と近藤誠也五段の同門対決
三浦事件といえば「ロス疑惑」の三浦和義が懐かしい。1984年だからもう34年も前のことだが、今回の三浦事件とは将棋竜王戦の挑戦者として名乗り出た、三浦弘行九段にカンニングの疑義ありと文句をつけたのが当時の渡辺明竜王。証拠もないままにただの思い込みで、「彼が挑戦者なら自分は指さない」とまで言い切った渡辺竜王には内外からの批判が大きかった。
当時の将棋連盟会長の谷川浩司九段の実兄からも、このような言いがかりをいう渡辺竜王は棋界から追放させるべきであり、弟は連盟会長の任にふさわしくないので、即刻解任すべきとの辛辣な意見もあった。第三者委員会による調査の末、三浦九段には確たる証拠もないということで無罪となり、無能(?)理事数名が辞意を表し、新たな理事と佐藤康光新会長が選出された。
それによって連盟と三浦九段側と和解が成立したものの、ダメージをくすぶっていた将棋界であったが、突如藤井聡太新四段のデビュー以来29連勝という快進撃によって、連盟に対する風向きが一変したのが記憶に新しい。まさに、神様・仏様・藤井様といわんばかりの救世主の出現だった。前記事に書いたように、3月2日に行われたA級順位戦最終局で、三浦・渡辺が激突した。
結果は三浦が勝利し、渡辺は棋王というタイトルとA級在位9年目にしてその地位から陥落した。三浦九段は無実であったが、「疑われるほうが悪い」、「対局中にソフトを使えなければきっと弱くなる」など、心無い中傷があったがひたすら耐えるしかなかった。渡辺寄りの棋士にさえも言語に絶する発言をされていたが、人の尻馬に乗る人間の無様さをしかと見た気がした。
将棋界という狭い社会である以上、人間関係の力学が働くのは分からなくもないが、擁護に回る棋士も何名かいたが、連盟会長たる谷川九段の組織統率力の無さが、こういう事態を招いたと自分は思っている。おそらく谷川九段にも三浦クロという先入観があったのだろう。組織の長として不適格さ丸出しの予断と偏見に基づいた優柔不断さが事態を深刻にしたのだった。
『仁義なき戦い』を執筆したのが美能幸三といわれるが、あれは獄舎内で書いた手記のようなもので、それを元読売新聞社会部記者で、『山口組三代目』などの著書のある作家の飯干晃一がまとめあげた。「つまらん連中が上に立ったから下の者が苦労し流血を重ねた」の言葉を最後に唐突に終わっている。つまらん連中とは、言葉を変えれば、「バカな連中」だろう。
なぜ、三浦事件といわれるようなことが起こったかについては、当時の連盟会長谷川九段の対処の甘さ、リーダーシップの無さに尽きると思っている。「もし、米長が会長だったなら絶対に起きなかった」と自分は書いたが、それ以前に、米長会長であったら、渡辺竜王はあんなことを言い出さなかったろう。どちらにしてもガバナンスの甘さであり、谷川には荷が重かった。
東大卒で民間企業に勤める谷川の兄があれほど怒った理由もよくわかる。米長の実兄三人は東大に行ったが、「兄たちはバカだから東大に行った。自分は利口なので棋士になった」などと面白可笑しく解釈されているが、こと谷川に関しては東大出の兄が賢い。谷川ファンだった自分だが、あくまで棋士としての谷川であって、あのときほど棋士に失望したことはなかった。
こうして当時のことを思い出すとき、こと「決断」ということにおいても、将棋と人生ではまるで違うものだと感じている。将棋が強ければ人間的にも優秀で素晴らしいというのは誤解であったと切実に感じさせられた。谷川九段は以前も今後も将棋の人である。ともあれ、一時はどうなる事かと思った将棋連盟のお家騒動も、救世主の出現でこれまで以上に脚光を浴びている。
2020年の東京五輪の経済効果は全国規模で32兆円と試算されているが、藤井聡太くんが及ぼした経済効果も計り知れないものがある。彼の出現なしに連盟のこんにちはなく、将棋界は暗澹したしたままだったかも知れない。2016年10月1日付けでプロデビューした聡太くんだが、18年2月1日に順位戦C級1組昇級で五段に、同月17日には全棋士参加の棋戦優勝したことで六段に昇段した。
現在、竜王戦トーナメント5組であと2勝すると決勝に出場となり、規定により七段に昇段する。「すごすぎる」という以外に言葉はない。名人戦挑戦者を決めるA級順位戦は2日に最終戦が行われたが、6名の棋士が6勝4敗となり、プレーオフとなった。4日に久保王将対豊島八段の第一戦が行われたが、豊島八段が勝利し、10日に佐藤九段との第2戦に臨むことになった。
さて、女性初の四段誕生かと目されていた里見香奈奨励会三段は、残念ながら7勝11敗の成績となり、規定の年齢制限により退会となった。別枠の女流棋戦では目下5冠であるが男性棋士のハードルは高く、超えることはできなかった。かつて天才少女と騒がれた林葉直子は、1979年、11歳で女流アマ名人戦で優勝し、同年6級で奨励会入会するも最高位は4級で退会となる。
それを思えば里見の三段はすごいことだが、あくまで女性としてすごいのであって、男性棋士で奨励会三段のまま四段になれない棋士は並以下ということだ。過去に女性で奨励会在籍者は11名となるが、四段にもっとも近いといわれた里見があえなく退会となったことで、やはり女性は将棋に向いていないと結論を出すのも致し方がないのかも知れない。
現在は加藤桃子初段と西山朋佳三段ががんばっているが、西山も今季リーグでは里見と同じ7勝11敗で終えるも、22歳の彼女はあと3年間頑張ることができる。里見三段は最後の対局を終え、「今は何も申し上げられません。これからのことはゆっくり考えたい」と連盟を通じてコメントを寄せたが、女流棋戦では敵なしの里見も男性棋士の壁を突破できずさぞ残念であったろう。