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末は乞食かルンペンか

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人間がその成長過程で自己と格闘するものだが、なぜ格闘するのかを考えてみる。誰もが思うのは朝起きがけに、「あ~、仕事に行きたくない」という思い。「行きたくない」の程度の差こそあれ、「温かいベッドから離れたくない、このまま続けて眠れたらどれだけ幸せであろうか」などは当たり前に思う事で、一日の始まりはそうした自己との闘いから始まっていく。

ごく小さな闘いであるが、「仕事に行きたくない」の原因が、それらとは違った会社の内情や人間関係に起因するなら事態は深刻である。「仕事に行きたくない」という小さな理由が大きくなれば、「仕事を辞めたい」となるが、その場合は一般的に転職を意味する。なぜなら、仕事をしなければ生きてはいけないという死活問題ともいえる目的意識があるからだ。

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本当に仕事をしなければ生きていけないのか?乞食やルンペンはちゃんと生きてるではないか?その前に雑学として「乞食」と、「ルンペン」を記しておく。まずは、「ルンペン」という語句。本来はドイツ語で、「ボロ(服など)」を意味する言葉が最下層の労働者への蔑称として使われるようになり、日本語ではこれが転じて、浮浪者の意味で使われるようになる。

「乞食」は、元々は仏教の修行のひとつ。托鉢(信者から必要最小限の食糧などをいただく)のことであったが、ここから食べ物を貰う姿だけを転用し、物乞いを指すようになったもの。「乞食」と、「ルンペン」は混同して使われるが、「乞食」は、「物乞い」をいい、必ずしも定住していないとは限らないが、「ルンペン」は、「浮浪者」をいい、物乞いをするとは限らない。

したがって、「乞食」というのは職業的要素が強い。ちゃんと家もあって、乞食という職業に出かける場合もある。かつて傷痍軍人という白装束を纏った物乞いがいた。松葉杖の不具者であったり、黒い眼鏡で目を覆って目が見えなそうであったり、子どものころは彼らの異様な雰囲気に同情したが、父が、「あの人たちは働けるのに働かないズルい人達」と教えてくれた。

父の言葉は同じ戦争体験者としてのシビアな見方でだったろう。みすぼらしい軍服姿で義足を付けて立っていたり、手や足がないままに路上に座り込んでいたり、その姿は他人の善意に付け込んだ、悪く言えば自らの力で生きつ気持ちがない人。近所の時計店の店主は足がない。義足を外して机の前に座し、一日中時計の分解・修理を行っていた。足がなくても働ける。

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小卒で船場の問屋に丁稚奉公にだされ、主人に頬を叩かれて左耳の聴力を失った父だが、それを推して戦場に赴いた。脳裏には父の想い出と息子への父の想いが交差する。縁あって母との間に自分を設けたが、情緒障害(ヒステリー)の母に対して機嫌を損なわぬ配慮をする父の痛々しさは、母への腹立たしさと増幅していった。父が自分を拠り所にするのは分かった。

が、母と息子を奪い合いすることはせず、想いはいつも遠くの岸からであった。母親は息子に依存するあまり、自分に息子を依存させんと企てる。母親の突き放せない愛情は自立を阻み、子どもに依存心を芽生えさせるなら間違った愛であろう。子の親殺しという惨事に触れるたびに、いずれもが「殺人」を犯した以上の罪を、親が子どもに与えていたのではないかと。


人間は格闘するといった。自分と格闘し、親も含めた他人と格闘し、習俗と格闘し、道徳や倫理や法とも格闘する。「真面目な人」という言い方がある。定義は難しいが、規則を守り道徳や他人の言いつけを守り、朱に染まって生きていく人のことだと自己規定している。が、それが抑圧であるのは、真面目といわれる人の越した犯罪が実はあまりに多いからであろう。

北海道・南幌町における高2女子の祖母と母殺しは胸が痛んだ。一般的にこの世で殺人ほど重い罪はないとされるが、そうした罪・罰は法治国家の建前論であり、人間社会の深部に目をやると、罪にならない殺人以上の行為はある。これをして、人間社会の矛盾とは、「最大の罪を最大の罪と規定できないことにある」。南幌町親族殺人はその顕著な例といえるだろう。

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自分の母は猛烈なやきもち焼き人間である。だから、他人(息子)を己が意のままに支配しようなどの意識が強い。自分の家庭と似た事例はいくらでもある。以下はある実話である。嫉妬深い母親は自分の娘が父親と遊んだ後で、子どもをいじめたり、つれない態度をとる。父親は露骨にそういう態度を娘に取る母親を知ると、娘が忍びなく哀れに思い娘と遊ぶのを避けた。

時たま娘が、「パパ、遊ぼう」といってくると、「ママと遊びなさい」と突き放した。そうした行動をとらねばならぬ父も哀れであるが、妻のためというより娘のためであった。父は自分が娘に嫌われてもいいと考えて、そういう態度をとった。その方が家庭は円満である。そうするうちにやがて娘は母親と結託し、「パパなんか大嫌い」と面と向かって言うようになった。

そんなでは仕事も手につかず、家庭の中で孤立し、妻に対する善意と娘に対する配慮は一体何であったかという苦悩に陥る。二人から粗大ごみ扱いされ、あげく妻は離婚を前提に娘を連れて実家に帰ってしまった。父親は自問をし、その結果として出した答えは、「妻は絶対に許せない」というものだった。妻を殺したいほどの憎悪に駆られたが、彼は以下のように自分を納得させた。

「自分の受けた仕打ちは、殺人を超えるものではない」。冷静な考えだろう。思えば自分も母殺しを企てたが、それを実行しなかったのは、「母親の自分に対する罪は、殺すほどのものではない」であった。罪にならない殺人以上の罪は絶対にある。そう信じるが、法はそれを許さない。殺人以上の罪はこの世にいくらでもあろう。が、法はそれを許すことはない。

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感情の赴くままに行為するか、「理(法)」に殉じるかという選択であろう。法というのは、殺人以上の罪を認めてしまうことはできない。なぜなら、社会の秩序維持が保てなくなるからだ。情状の酌量はあっても、暴力や陰湿ないじめはが殺人以上の罪に該当することはない。人間にとって究極的なもの、決定的なものは理性である。決して感情に左右されてはならない。

人間の謙虚さというものは理性のなせるわざゆえにか、その行為が卑屈にみえても、事に処するには「理」に適っていれば、何をも怖れぬ果断な一面を自分は有している。自分は幼少期から、感受性の高い子どもだった。感受性が高いとは、感性の研ぎ澄まされた人間である。何事も感性に優先で決めてしまうが、それが果たして判断なのか?と突きつけられた。

判断というのは理性で行うもので、それはまた感情を抑え、追いやるものでもある。自分に最も欠けて、最も過ちを起こしやすいものは理性というのが分かった。感情とは思考ではないがゆえに、理性を育むことを自らに課した。自由主義者の考える自由とは、感情的な自由ではなく、理性に留めた自由である。昨今の自由礼賛は、そこが欠けているように思う。

教師や弁護士や警察官による理性の欠片もない行動は、「自由」と、「感性」の穿き違えとしか言いようがない。「正当」とは何か?あるいは、「正統性」をいずこに求めるか?深く思考をすべきであろう。正統性を社会倫理に求めているだけでは、正統とはいえない。そういうしたことで自己の正統性を主張するものは、自らの行動を倫理に基礎をおいているに過ぎない。

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