経済学というのは、我々の生活を豊かにしてくれる知恵である。我々は意識しようがしまいが、毎日経済活動を行っている。この世に生まれてきた以上、生きているかぎり、何らかの経済活動をすることになる。言い換えれば、生きている事そのものが経済活動であるとするなら、我々は決して孤独ではない。みんなが手を差し伸べ、協力し合って生きている事になる。
ゆえに、経済政策に対するさまざまな考え方が生まれるが、こうしたいろいろな思考を経済思想という。我々は欲望のかたまりであり、その欲望は膨張を続ける宇宙のように限りがない。我々の欲望は無限であるけども、工場や機械設備、労働力や森林や、農地や石油や電気などの商品を生産するための経済資源は有限である以上、生産される物も有限ということになる。
一人一人が欲している商品を素早く届けるという仕事は、案外難しい。これは個人でできることではなく、そうした仕事をしているのが実はマーケットである。そういう経済の仕組みがあるから、我々は生活ができている。一本がたったの20円程度のトイレットペーパーでさえ、人間一人で作れるわけではないが、普段は意識しないけれど、どれだけロールティッシュが便利であるか。
商品は工場で製造されても、それを我々に配送するためのトラックも必要、走る道路の整備も必要であり、積み込む労働者も運転手という人的インフラも必要になる。先般、ヤマト運輸がamazonなどの契約企業からのあまりの受注の多さに、時間外労働を強いられたが、あの時ヤマトホールディングの社長は、長時間労働の改善を図るために人員を9000人増やすと発言した。
経済環境の中で生きる我々は、「何かを選択する代わりに何かを犠牲にする」という経済活動を営んでいるが、経済用語でこれを「トレード・オフ」という。政府がミサイル一基を買う、あるいは製造するとならば、その資金として民間から税金を徴収するしかない。ミサイル一基のために何が犠牲になるか、それを犠牲にしてもミサイルに価値があるか、それが政治である。
経済活動を発展させるのも阻害するのも政治である。多くの規制が経済の発展を阻害する事実を考えるとき、規制緩和や構造改革など政治の役割は大きい。逆に、行き過ぎた緩和政策が経済を疲弊させるなど、政治の舵取りひとつで経済は大きく影響される。政治は国を良くするための政策を施すが、国民の勤労をいかに良い条件でさせるかはその国の経済力が関係する。
こうした企業の事業目的達成のための経済行為に支障がでないように、あるいは法的な問題が起こらぬように配慮・改善するのが経営である。経営学で用いる経営の概念には、次の3種がある。①一定の継続的施設を基礎にして、財またはサービスを経済的給付として生産する組織体を経営と呼ぶ。②企業もしくは組織体一般を運営する動的全体過程をもって経営とする。
③これについては②の概念からの派生であり、経営機能のうち、全体的、基本的、戦略的、長期的、政策的意思決定機能をもって、とくに経営とするもので、経営者機能ともよばれるもの。労働力としての人間が会社に携わる以上、優れた経営者というのは働き手である人間を大切にする人格者であらねばならず、人間性を逸脱した経営なり会社なりは間違いなく滅びる。
これは山崎豊子の『華麗なる一族』の中で発せられた印象的な言葉である。自分は「経営の神様」と言われた松下幸之助自伝の感想文で賞を戴いたことがあるが、世の中広しといえども、「経営の神様」と言われたのは彼をおいていない。孫正義や柳井正も優れた経営者であるが、幸之助の以下のエピソードには心を打たれた。時は1929年の世界大恐慌時の最中である。
病気療養中の松下幸之助の下に、人員半減やむなしとの提案を持ってきた経営幹部に対してこれを採用せず、「生産は直ちに半減する。しかし、従業員は一人も解雇してはならない。工場は半日勤務として生産を半減するが、従業員には給料の全額を支給する。その代わり店員は休日を返上して、在庫の販売に全力をあげてもらいたい。」と指示し、全社員の雇用を守った。
幸之助はこう檄を飛ばす。「企業の都合で解雇したり採ったりでは、社員は働きながら不安を覚える。松下という会社は、ええときはどんどん人を採用して、スワッというとき社員を整理してしまうのか。大を成そうという松下としては、それは耐えられんことや。曇る日照る日や。一人といえども辞めさせたらあかん。ええか、解雇無用やでッ。」と、激を飛ばす。幸之助35歳であった。「人間愛に基づく経営」それが、幸之助を、「経営の神様」と言わしめた。90年近い昔の社会情勢と現在とでは違うことも多いが、解雇や人員整理があっても当然の社会情勢の中で、断固として従業員を辞めさせなかった幸之助の人間愛を疑うすべがない。我々が様々な電気製品を買うには家電店に行けばよいが、家電店イコール、マーケットと言うのではない。
トヨタ車を買うためにトヨタのディーラーに行くが、そこがマーケットというのではない。経済学でいう、「マーケット」は、個々の商品ごとに存在する抽象的概念で、特定の店舗を指すのではない。カローラという車のマーケットとは、カローラ販売店のことではなく、カローラを販売するディーラーすべてを寄せ集めた、売り手と買い手が出会う、「場」のことをいう。
なにも難しいことではなく、要は、商品やサービスを売りたい側と、それを買いたい側が出会って、取引をする場のことである。中世には、「市」が開かれていて、そこにさまざまな地域から売り手と買い手が集まって取引をしていたようにである。現在でも古着や不用品を安く販売するいわゆる、「フリーマーケット」が自治体のコミュニティで開催されている。
マーケットでは、需要と供給が調整されている。つまり、売り手は買い手の欲望(需要)に対して、供給量を決めている。むやみに過剰生産しても、在庫を抱えて損害を被ってしまう。そうした消費者の動向を探り、調査するのをマーケット・リサーチという。「どこの場所にどれだけの規模の店舗を作るか」から始まって、うまく当たれば成功、ダメなら失敗となる。
需要と供給が上手く一致することを「均衡」といい、需要と供給をたえず調整することがマーケットの重要な役割となる。そうした働きの全体を総称して、「マーケット・メカニズム」と呼んでいる。この均衡が上手く調整されているからこそ、欲しいものを手に入れることができるが、あまりに売れすぎて在庫切れもあれば、売れない場合はバーゲンセールで在庫を掃く。
アダム・スミスが、『国富論』のなかで、個人個人が自分の欲望の趣くままに行動しているのに、全体ではちゃんと調整が取れているのは、「見えざる神の手」の仕業だと述べているが、この「見えざる神の手」とは、即ちマーケット・メカニズムのことを言ったものだ。マーケットのない社会では、需要と供給が出会う場がない。言い換えると、情報がまったくない。
誰が何を欲し、何をどのように売りたいか、どこに行けば買えるか、均衡による商品の適正価格はいくらにすればいいのか?これら一切を官僚が勝手に判断し、決めてしまうのが社会主義国である。つまり、マーケット・メカニズムは、経済活動の方向を決める上での民主主義システムといえる。社会主義国であれ自由なマーケットを作ればそこには市場のメカニズムが発生する。
政治的には共産党独裁の社会主義国である中国が、経済において「経済特区」なる特定の地域を作り、そこではマーケット・メカニズムを奨励する。さらには生産設備を私有財産として所有することを許している。会社を作り、利益をあげることもoO・Kである。外国資本に優遇措置をとっているので、広東省の特別区には、大量の外国企業が工場を建設した。
結果、中国経済は大発展を遂げ、世界第二位のGDP国家となる。こうした中国の体制をしばしば、「社会主義市場経済」と呼んでいる。この体制がいつまで続けられるかの問題もあるが、中国経済がある程度以上に発展し、真の豊かさがもたらされるようになれば、中国は社会主義を放棄せざるを得なくなろう。今の政治体制での経済政策はいかにも矛盾に満ちているからだ。
経済活動では自由を保証するが、政治的決定については独裁体制を維持するというおかしな仕組みがいつまでも続くはずがない。実際、市場経済の優位性は、1989年のベルリンの壁崩壊や、旧ソビエト連邦の崩壊によって、歴史的に証明されている。文化大革命によって中国の社会・経済はガタガタになった。それを立て直す役目を負わされたのは首相の周恩来である。
周恩来が体制再建に必要とした人物が小平だった。小平は毛沢東と対立、1968年に全役職を追われ江西省南昌に追放された。1973年3月、周恩来の復活工作により、小平は党の活動と副総理の職務に復活、病身の周恩来を補佐して経済の立て直しに着手。「改革開放」政策を推進して社会主義経済の下に市場経済の導入を図るなど、同国の現代化建設の礎を築いた。