Quantcast
Channel: 死ぬまで生きよう!
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1448

若槻禮次郎『古風庵回顧録』 ③

$
0
0
第三次近衛内閣 が総辞職に至ったのも陸軍の干渉が一因であり、 責任の大半は陸軍大臣東条に帰するものだが、 後継首班に指名されたのは意外にも東条その人であった。外交上の危局を打開し、 対米戦争を回避しようとする、昭和天皇及び天皇を取り巻く重臣層の苦渋の決断によるものだった。陸軍の指導的人物であり、 開戦論の急先鋒である東条に敢えて組閣を命ずる。

その際、戦争回避の意向を昭和天皇から直々に申し伝える事で、真正なる尊皇家としての東条に開戦を翻意させ、 陸軍全体を抑え込もうとする狙いであったが、 矛盾を更に深める結果しかもたらさなかった。憲政下の畸態として成立した東条内閣 は、 結果的に日本を国力の限界を超える戦争へ導くことになる。若槻は石油などの資材不足から戦争継続は至難と考えていた。

イメージ 1

日米開戦の是非を判断する陛下の御前会議席上で若槻と東条は遣り合ったが、とうとう東条はこのようなことを言い放つ。「陸軍では十分調査して、戦争資材には不足のないとも公算を得ている。ただ若槻をしてこれを了解せしむるためには、3、4時間の時間が要ります」。こうまで言われては若槻のいうことは妄言に近い、若槻はいたく自尊心を傷つけられたろう。

このように述べている。「東条のこの発言は暗に私の御前における陳述を食い止める態度を示したから、私もこれは始末に遺憾と思い、陳述を中止した。首相に質問する等午後4時ごろまで続いたが、いかさまと納得のゆくまでに至らずして、めいめい退下した。これが日米開戦のときの重臣会議の真相である。この場面はいろいろな戦争映画などで表現されている。

東条のいう最後通牒とはいわゆるハル・ノートだが、「ハル・ノートのようなものを突きつけられれば、モナコでもルクセンブルグでも立ち上がっただろう」と言わしめたパール判事は、東京裁判で唯一日本の肩入れした親日派だ。歴史は時間とともに展開して行くが、「ハル・ノート」を書いたのは、ハル国務長官ではなく、財務省特別補佐官ハリー・ホワイトであった。

実はハリー・ホワイトはソ連のスパイだった。なんと、ルーズベルト政権には300人のコミンテルンのスパイがいたというが、となると、ハル・ノートはソ連が日米開戦に持ち込むように仕組んだ罠だったのか…。というのは、ハル・ノートが日米開戦の引き金になったという解釈ならそのように考えられるが、日米交渉が決裂したのはハル・ノートのせいではないようだ。

イメージ 2

そうはいってもハル・ノートのせいでもあるが、実はアメリカは「基礎案」としてのハル・ノートと一緒に、「暫定協定案」 を日本に手渡す予定であった。もし、この「暫定協定案」 を日本が受け取っていたら、日米交渉が継続した可能性は高かったとされている。ところが日本側へ手渡す直前に、「暫定協定案」が外され、「基礎案」のみが日本に手渡されたのだった。

これが日米開戦を決定的にしたことになる。なぜなら、「暫定協定案」はかなり突っ込んだ内容で、これが提示されていれば開戦はなかったというのが学者の一致した見解である。それがなぜ日本側に提示されなかったのか?ハル長官は「暫定協定案」を手渡すつもりで、事前に英国・オランダ、支那(中国)・オーストラリアの各大使を呼び、暫定案への意見を求めている。

ところが、支那が猛烈に抗議したことと、他国もまた代表者らが本国から何ら訓令を受けて来ているわけでもなく、また戦争になった時は米国が軍事行動を準備し、全地域の防衛に指導的役割を担うことを期待していることにハルは失望し、呆れもした。蒋介石のヒステリックなまでの反対は英首相チャーチルまでも動かし、チャーチルはルーズベルト宛てに電報を打つ。

暫定案は支那を不利に追い込むと批判する内容であった。そうしたルーズベルトの進言もあり、ハルは暫定案の提示を取りやめ、「基礎案」と、オーラル・ステートメントが26日に野村・来栖両大使に渡された。ルーズベルトもハルも日本がこんな要求を呑むはずがないのは最初から分かっていたことだった。近年、ルーズベルトの戦争責任が言われはじめている。

イメージ 3

ハル・ノートは、「日本は仏領インドシナばかりでなく、中国全土から撤兵せよ」であった。ハル・ノートを実行すれば日本が明治以来、日清、日露戦争から中国で得た権益を一挙に捨てる事となる。ハル・ノートを直接手渡され、その場で読んだ来栖大使は驚きのあまり、「本当にこれが我が国の暫定協定締結の望みに対する回答なのか」と念を押している。

一夜のうちに暫定案を放棄して日米決戦を選んだルーズベルトは11月25日、ハルに言った。「暫定案を承服しない日本は、12月1日にでも攻撃を仕掛けてくるだろう。日本は警告ナシで攻撃する事では悪名高いからだ。問題は、攻撃されるとわかっていて、如何するべきかである。向うに最初の一発撃たせ、こちらの危害を最小にするにはどうすべきか。実に難しい問題だ」。

第二次大戦の舞台裏を身近で目撃した米国政界の重鎮ハミルトン・フィッシュの著書『ルーズベルトの開戦責任』は、腹黒で二枚舌のルーズベルトを浮き彫りにした。何はともあれルーズベルト大統領は国民に向けて、「アメリカの若者をヨーロッパの戦争に送るようなことは絶対にない」と言ってはいたものの、実はヒトラーと戦争をしたくてたまらなかったという。

さて、ハル・ノートを受け取った東条首相の開戦意思は固く、軍閥内閣を推しとどめる重臣は若槻をしても不可能であった。東条は自分が答えられない内容の質問には、企画院の鈴木貞一総裁らに答えさせる。若槻は鈴木を奇妙な答弁をする男と表現している。例えば、「石油はどうする?」などの答えを、「日本国民に愛国心ある以上、必ず出来る」などという答えをする。

イメージ 4

忠義な国民がおりさえすれば、なんでも出来るような答弁をするからだ。「こんな男とは問答する気も失せる」と若槻はいうが、確かに頓珍漢なことをいう相手との会話というのは会話にならない。どんな頭の構造をしているかはともかく、答えられない問いに論理や理屈で誤魔化そうとするなら突破口もあるが、あさってのような物言いをする人間には呆れるばかり。

頭のいい若槻が問答する気になれないというのも理解できる。若槻はまた、東条首相や政府がしきりに、「英米撃滅」を唱えて国民を鼓舞し、激励することについて、「英米を撃滅するには、我が軍がロンドンまたはワシントンに乗り込んで城下の敵を討つことだが、制海権、航空権をもたないで、どうして「英米撃滅」などができるであろうか」。などと現実思考である。

開戦後東条首相は、月に一度に重臣を招いて戦況報告をしていたが、「その戦況たるや、新聞に公表せられたものとほとんど大差のないものであった」と若槻がいっているように、東京裁判の審理で暴露されたように、戦局の真相は重臣も国民も同じように久しく政府の欺瞞とするところであった。敗戦のミッドウェーも戦勝ごときで、無人島のキスカ上陸も誇大報告された。

東条にすれば自分で挑んだ戦争であるがゆえ、そのような虚偽の報告になったのだろう。戦局が長引くにつれ、如何に政府が欺瞞しようとしても、国民の不満と不信は昂まっていった。東条内閣もいよいよ行き詰まり、国家の政務を任せられる状況ではなくなりつつあった。内閣改造で人気を得ようとすれども、上辺を換えただけで中身が疎かとあってはどうにもならない。

イメージ 5

「私は最初から戦争に反対していた。戦争が始まってからは、なるべく早く戦争を終わらせることを念願した。吉田茂ら2、3の同志も、度々私のところへ来ては、相共に悲憤慷慨した。しかし、痩浪人がいかに切歯扼腕したとて何の効能もない。世間からよく、「お前は重臣でありながら、なぜ直接陛下にい勧め申し上げて、戦争にならないようにしないと」いわれたが、そうはいかない。

国政について意見を奏上するのは、輔弼の責任のある国務大臣でなければならない。(中略)ところが近衛などのなると、そこが違う。近衛なら理屈なしに拝謁できる。また近衛は直接拝謁しなくとも、内大臣を通して申し上げることもできるし、陛下の思し召しが内大臣を通して近衛に伝わる。他の者にはないが、雲の上近くにはそういう一種の流れがあった。

昭和という時代は、「陸軍の謀略と共に始まった」と言われている。昭和3年6月の張作寮爆殺事件にはじまり、昭和6年9月18日の夜、奉天郊外で日本が経営する南満州鉄道会社、満鉄の線路が爆破された事を切っ掛けに満州事変が勃発する。「乱暴な支那を懲らしめよ」。国民の声に押され、関東軍は電光石火、3か月半後には全満州を占領した。これは日本本土の三倍半に当たる面積。

時の内閣は、民政党の第二次若槻内閣。右翼の凶弾に倒れた浜口雄幸首相の後を引き継いだが、外務大臣は平和外交、国際協調主義の幣原喜重郎が留任し、陸軍大臣には宇垣に代わって南次郎が就任していた。満州事変を食い止めるチャンスはいくらもあった。若槻首相が毅然とした姿勢を見せていたら、拡大の芽だけは摘むことが出来た。おそらく浜口首相ならそうしたはずだ。

イメージ 6

決して無理をしない若槻は、押しの利かない人間ということになる。早くから頭脳明晰で優秀な大蔵官僚と言われた若槻だが、平和時ならそれなりの実績をあげていたろうが、時代は激動の昭和である。指導力のある強力な首相を欲していたが、誠実で善意な若槻は自ら率先して嵐の中に飛び込み解決するという気迫に欠けた。それゆえに陸軍の謀略に翻弄されてしまう。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1448

Trending Articles