がんの治療法といえば、外科手術、抗癌剤、放射線が三大療法とされていた。ところが近年、がんは遺伝子の異常によって起きることが分かってきた。がん発症の原因とされる遺伝子が発見されて以来、がんを遺伝子レベルで治そうとする取り組みが、今や世界レベルで行われている。さらにはがんを抑制する遺伝子が発見されたことで、がん医療は飛躍的に進歩した。
これまでの三大療法に加えて遺伝子療法は、がん抑制遺伝子を外からがん細胞の中に入れてやる治療で、最大のメリットは抗がん剤に比べて副作用が圧倒的に少ないことが挙げられる。スズメバチの巣の中にスプレー式の殺虫剤を入れて吹きまくればハチは死ぬ。抑制遺伝子は殺虫剤のような殺癌剤とはならないにしろ、抗がん剤の副作用の苦しみから解放できる。
「毒をもって毒を制す」というが、抗がん剤はあまりに猛毒で、苦痛な闘病を強いられ身体も弱ってくる。身体に負担のかからない治療こそが、真に患者のための治療であることから、今後は遺伝子治療に大きな期待が寄せられている。人間は約60兆個の細胞でできているが、正常な細胞はそれぞれの役割に応じて決まった周期で細胞分裂を行い、また増殖を繰り返す。
そうした正常細胞がもしもDNAの損傷などによる異常が感知され、完全に修復が困難となった場合、その細胞は周りの細胞に影響を与えない(周囲の細胞を守る)ために、アポトーシスという細胞自滅機能が働く。迷惑をかけないために自死するとは、見上げた心意気である。それとは別に細胞にはがん化しないように働くがん抑制遺伝子があるのが分かっている。
人間はいつも万全な状態であるとは限らない。劣悪な生活習慣や飲酒、喫煙などの生活環境や加齢などから、細胞の最適なサイクルや分裂のスピードが崩れて遺伝子変異を起こす。それが正常細胞が本来持っているアポトーシスが機能せず、不死となる場合があるのだという。他人に迷惑をかける人間は自発的に組織から出て行けばいいのに臆することなく居座る。
これらもある意味神経が異常だろうし、「彼は組織のがん」などといわれる。正常細胞も何らかの異常で狂いが生じ、自死すべき機能が壊れたものががん細胞になることが分かってきた。さらにそのがん細胞は、無限増殖を始めるというから始末におけない。正常細胞は数週間から数か月の寿命しかないのに、がん細胞に寿命はないため、いつまでも生き続けることになる。
その上がん細胞は自律的分裂のスピードが非常に速い。このため、普通よりも多くの栄養補給が必要で、普通の細胞の5倍以上のブドウ糖を摂る。そのためにがん細胞は自らへの栄養補給のために新たな血管を、それこそ網の目のように作ってしまうというから、これだけでもがんというのはとんでもないヤツである。さらに、さらに、がんというヤツは旅好きという。
普通の細胞(例えば肝細胞)なら肝臓内のみに留まり、膵臓なら膵臓内に留まって、出て行くことはないが、がん細胞は留まることをせず、あちこちのどんどん出て行き、人体のあらゆる領域を支配しようとする。これを増殖・浸潤というが、なんという傲慢さであろうか。さらに、さらに、さらにはがん細胞は、細胞死をしない超自己中細胞という際立った特徴を持つ。
正常細胞はちょっと異常が発生すると、周囲の細胞から、「お前、死んだほうがいいぞ、周りに迷惑かかるから…」と指摘されて素直に従うが、がん細胞はこれを完全に無視するばかりか、普通正常細胞が増えすぎると周囲から、「これ以上増やすな」という声に呼応して、増殖停止命令を働かせるが、がんはこれすら持ち合わせない。どこまでふてぶてしいヤツであろう。
がんの種類のなかでも膵臓がんほど厄介なものはない。ほんの一昔前、膵臓がんは比較的まれな病気といわれ、実際、20年くらい前には膵臓がんの患者はそれほど多くはなかった。ところが膵臓がん患者は年々増加傾向にあり、日本における死亡者数は2013年には年間3万人を突破した。増加の原因ははっきりしていないが、食生活の欧米化が一因ではといわれている。
膵臓がんの治療が難しい理由として、症状がでにくいために進行した状態でみつかること、まわりの臓器や血管に広がったり、血管を経由して遠くの臓器に転移したりしやすいことの他に、抗がん剤や放射線などの治療効果が低いことがあげられる。膵臓がんを治癒させる唯一の治療法は外科切除だが、約8割の患者は切除手術ができないほど進行した状態で見つかる。
膵臓がんで他界したのは、九重親方、竹田圭吾、十代目坂東三津五郎、夏八木勲、山本七平、スティーブ・ジョブズらがいる。もっとも激しいがんとされる膵臓がんの5年相対生存率は、男性7.1%、女性6.9%となっている。これは他のがんに比べて著しく悪い数値である。3年前に近くの病院で血液検査を受けたある50代の女性は、後日膵臓がんのステージ4と診断された。
手術は不可能で抗がん剤治療が始まった。「すごく辛くて苦しかったです。痛いし、何を食べても吐いて吐いて10キロ以上痩せたし、もう体力的に限界と諦めていましたし、余命も3か月~半年と言われました」。主治医は、「患者さんのがんは肝臓に転移がみられ、胃、腎臓、脾臓にも浸潤していて手術もできないし、放射線もかけられない状態でした。
そこで患者さんに遺伝子治療を施したところ、がんの縮小がみられ、放射線があてられるようになりました。その後、放射線治療によって患者さんは完全によくなられました」という。現在、遺伝子治療は正式な治療ではなく治験(臨床試験)という段階につき保険の適用がない。下図はある病院の費用の内訳だが、あくまで目安であり、実際はさらにかさむという。
遺伝子治療は、抗がん剤の問題点である、「薬剤耐性」改善の可能性があり、効果が得られなくなった抗がん剤が再度有効になることもあるが、全面的な効果が期待できるものではない。1990年にアメリカで世界初の遺伝子治療が実施されて以来、世界中で10,000名を超える患者が遺伝子治療を受けたものの、はっきりした治療効果が出ていないのが現状のようだ。
三大標準治療以外の治療法は、治験的に効果のあった患者を大々的にアピールするが、効果の見られない患者については沈黙する。少しでも効果があれば、「効果があった」となり、「全く効果がない」を打ち消すことはできるものの、0.1%であれ、0.001%であれ、それは「0」ではないというところに、患者は期待を抱くが、「効果が薄い」というのが実は正しい。
治療として認可を受けない治療技法には問題点がある。効果が見られないのも問題点の一つだが、遺伝子治療の最大の問題点は、「ベクター(遺伝子の運び屋)」にある。ベクターにはウイルスベクター(無毒化したウイルス)と非ウイルスベクター(人工化合物など)があり、人工ベクターはウイルスベクターと比較して、より安全ではあるが遺伝子を運ぶ能力が劣る。
これまでに、アデノウイルス(肺炎、結膜炎の原因ウイルス)ベクターの大量投与を受けた患者が死亡したケースや、レトロウイルス(マウスの白血病原因ウイルス)ベクターによる患者が白血病を発症するなどの重大な副作用が報告されている。従って、遺伝子治療を成功のためには、十分な遺伝子を運ぶ能力、十分な安全性を確保した、全く新しいベクター開発が必要か。
今や大学の医学部や民間の研究機関は、ベクター技術研究を進めている。九州大学のセンダイウイルスベクター(SeV)もその一つ。これまでのベクターは、導入された遺伝子が染色体遺伝子にキズを付けるために白血病などの副作用が起こるが、SeVは染色体が存在する細胞の核とは無関係に細胞質で遺伝子を発現するため、白血病などを起こす危険性は全くない。
今後も新しいベクターの開発がなされ、遺伝子治療が加速するだろう。放射線療法とは別に、「光免疫療法」というのがある。これはオバマ大統領が一般教書演説で取り上げたほどの有効な治療法であり、開発者の日本人小林久隆氏は、アメリカ国立衛生研究所の主任研究員である。日本人の活躍は同胞として嬉しいが、何人であろうと関係ない。この際、誰が桃太郎になるか!
末期がん患者の多くが、治癒を諦めて緩和ケア(ホスピス)にシフトする現状にあって、小林氏の光免疫療法は、末期がん患者にとってもある程度希望が持てる治療になり得るという。週刊新潮7月6日号などが、「小林麻央さんは、標準治療を選んでいれば助かったのではないか」と、彼女が頼った代替治療批判を報じているが、そもそも乳がん自体は命に影響を与えない。
しかしながら、それが他の臓器などへ転移した時に生命へとかかわってくる。さんのブログでは気功のほか、マッサージ、サプリメント、温浴療法、酵素風呂などの言葉が散見されるというが、現代の科学では効果が検証できていない治療法を総称して代替療法と呼び、標準治療から遠ざかったのは事実で、その理由は定かでない。すべては後の祭りで、だから騒いでいる。
「あの過ちを消すことができるなら…」。「あの日に引き返すことができたならば……」。これが人間の常、人間というものだろう。『あの日に帰りたい』という有名な曲がある。♪ 青春の後ろ姿を 人はみな忘れてしまう あの頃のわたしに戻って あなたに会いたい と、この歌詞には驚いた。男の理性にはない感情であり、発想であり、女性の感性には驚かされる。
「済んだことをぐじぐじいうな!」、「過去に追い回されるな!」というのが男の性分だが、中島みゆきの『時代』にしても、過去を悔いたリ、否定したりが、女性にはないのだろうか?さだまさしがみゆきの感受性や表現力を異質とし、「到底戦えない」と言っていた。「女性としての視点、ものの捉え方、考え方は、男が生半に想像して書けるものではない」と…
確かに、男にとっては異質である。が、病気は違う。命にかかわる病については、感性もヘチマもないようだ。当初、麻央さんのブログには、≪あのとき、/もっと自分の身体を大切にすればよかった/あのとき、/もうひとつ病院に行けばよかった/あのとき、/信じなければよかった≫ などの言葉が並んでいた。「後悔」というのは、未来の選択の難しさを示している…