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「恋愛」はこの世の花…

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映画『卒業』のインパクトは半端なかった。余韻とでもいうのか、アレコレ思考が脳を巡るゆえに名作であろう。アメリカン・ニューシネマのいいところは、アンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドというリアルさにあった。『卒業』しかり、『明日に向かって撃て!』しかり…。キャサリン・ロスは、上記二作品に出演していた。彼女の地味で自然な演技に好感を抱く。

有名な『卒業』のラスト。教会で、「ベ~ン!」となりふり構わず絶叫する女の情念に、身も心も持っていかれる。何度観てもこの場面で目を潤ませる人は、情熱の記憶をしまっている人だろう。多くの若者たちがあの場面に、恋愛という壮絶なパワーを見せつけられたことか。「情熱と現実の生命力こそ若さの象徴」といった坂口安吾の言葉を頷けられるものでもある。


世に「恋愛論」と称す書籍はさまざまある。哲学的、観念的な書もあれば、指導的な手引書や実体験記述など、実にイロイロだ。タイトルは目に入るも、自分は安吾の「恋愛論」以外は読んだことはない。安吾の「恋愛論」は全集に入っていたことで目にしたものだ。彼の辛辣さ、率直さは、「青春論」、「堕落論」、「悪妻論」、「戦争論」など衝撃を受けた。

が、「恋愛論」においては、そのタイトルと中身が一致せず(読解力がなかった)、ガッカリ感を抱いた若き日の記憶がある。「恋愛とはいかなるものか、私はよく知らない。」で始まる彼の、「恋愛論」の要旨は、以下の点に集約されている。「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず滅び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸なものだ。

若い人たちは同じことを知っていても、情熱の現実の生命力がそれを知らないが、大人はそうではない、情熱自体が知っている。恋は幻だということを。年齢には年齢の花や果実があるのだから、恋は幻にすぎないという事実については、若い人は、ただ、承った、聞き置く、という程度でよろしいのだと私は思う。本当の事というものは、本当すぎるから、私は嫌いだ。」

今読めば面白い表現だが、10代の自分にはつまらなかった。年齢には年齢相応の実があり、花もあるがゆえにつまらなかった。安吾は、「恋愛論」の最後をこう絞めくくる。「ああ、孤独。それをいいたもうなかれ。孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない」。当時は分らなかった中身が今は分り過ぎる。

イメージ 1「孤独は人のふるさと…」とはよい表現だが、孤独は男に似合う。女は賑やかなに振る舞うのがいい。「孤高の男」という表現は、孤高の阿羅漢と重なる。つまり、俗世間から離れて(あるいは精神的に離れて)、ひとり自分の志を守る。また自分を高めることに専念する人でもある。最近は語尾に、「力」をつけるのが流行りのようだが、「孤独力」というのはない。

ないけれども孤独のバロメータはいろいろだ。特別、「孤高」でなくとも、「孤独」を愛する男は無造作、無頓着につるむ男に比べ、群れないオオカミのカッコよさがある。つるむという淋しさが男の品位を下げる。そういう男に逞しさは感じられないが、孤独を愛する男は必然的に逞しさが滲んでいる。だから男としてカッコいいのだ。孤独についてはいろいろ書いた。

安吾は何事も肯定的である。物事を理路整然と肯定する説得力がある。堕落を肯定、悪妻を肯定、戦争すらも肯定し、悲恋すらも肯定する。例えば、「私は繰り返して言う。戦争の果たした効能は偉大であった。そして、戦争が未来に於いて果たすであろう効能も、偉大である」。平和学習を強いられた我々戦後世代にとって、度肝を抜かれる戦争肯定論である。

彼の肯定論に難儀をしたが、今はよく分かる。安吾はまた、両親と子どもによる家制度の合理性を欺瞞と批判する。近年に至ってはそうした著書が出回るが、安吾は80年も前にこう述べる。「家制度はこんにちの社会秩序を保たしめているが、又、そのために、こんにちの社会の秩序には多くの不合理があり、蒙昧があり、正しい向上を阻むものがあるのではないか。

私はそれを疑るのだ。家は人間を歪めていると私は思う。誰の子でもない、人間の子ども。その正しさ、広さ、温かさは、家の子どもにはないものである。人間は、家の制度を失うことによって、現在までの秩序は失うけれども、それ以上の秩序を、我が物とすると私は信じている」。安吾は、非民主的な家制度によって子どもの個性が損なわれると批判する。

戦争についても、「雨降って地固まる」という論理に貫かれている。家制度の崩壊が新たな秩序を生むように、戦争は世界単一国家の「魁」になると述べている。安吾はグローバリズムの信奉者として戦争賛美を行っている。こうした一見反動的ともいえる道理を生み出す安吾の性格は、どういう環境から養われたかに興味を抱かずにはおれず、安吾について文献を漁った。

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安吾は小学校入学時から手のつけられない腕白坊主で、学校から帰ると家に鞄を投げ入れて夜まで帰らなかった。母は家にカンヌキをかけ、「大阪の商人に養子に出す」と威し、毎日叱責したという。ここまでは自分と同じ環境だ。「私は極度に母を憎んでいた。母の愛す他の兄妹を憎み、なぜ私のみ憎まれるのか、私は8歳の時、出刃包丁で兄を追い回したこともあった」。

母を極度に憎んだのも自分と同じである。自分の母は事あるごとに、「寺に預ける」だった。情緒短絡的な母親は威したり、スカしたりで子どもを手名づけ、そういう子を、「いい子」と錯覚するなど、バカもいいとこである。男の子にそんな威しは無意味で、逆に心が離反するばかり。安吾には沢山の兄妹がいたようだが、自分は一人っ子ゆえに、兄妹と比べられた経験はない。

その代わりというか、近所の大人しくて従順な子どもと比較される。女の性分というのか、すぐに他人と比較したがる。それによって相対的な価値を見出そうとするが、男の生き様は絶対的価値観であろう。他人がどうあれ自分は自分というのが、ぶれない男の信条である。あるピアノ教師が、「女の子は他の子の進度が気になるけど、男の子はそんなの気にしない」という。

「そんなのカンケーねぇ!」が実体的な男の世界観である。小学時代は腕白だが利発で成績も良かった安吾、中学の人物評がこう記されている。「性質は粗暴、挙動は稍軽騒、言語明瞭にて作文優秀、勤怠は怠ル/勤ムレバ上達スベシ」。安吾は三年生の第一学期出席すべき88時間を欠席、落第は必須だったが事前の配慮で、東京の豊山中学に編入学させられている。

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欠席の理由は松林でごろりと物思いに耽っていた。後年安吾は、「私にとって古里は家ではなく、空と海と砂と松林であった」と述懐する。この頃、谷崎潤一郎の『或る少年の怯れ』を読みふけっている。谷崎の特異な世界観で少年の深い心の闇が描かれた秀作だ。確かに安吾は得体の知れない作家である。彼の心中、奈辺は知るすべもないが読めば見えてくる。

彼は日本人として、日本的であり、日本人の代表選手のようで、書いてる作品はすべてが和風であるが、うどんや焼きそばというよりも、和風パスタの味わいがある。自分はカツオだしの代わりにブイヨンを使い、隠し味にバターを使っても旨味醤油で味付けた和風パスタに、炒めたしめじをてんこに盛って食べるのが好きだ。具材は「ディ・チェコ(De Cecco)」の1.6mm

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以前は面白がって、「スケベニンゲン(SCHEVENINGEN)」という具材を使っていたが、置いているところが少なく、昨今はもっぱら、「ディ・チェコ(De Cecco)」一辺倒である。パスタは置いておき、安吾に「論」のつくエッセイは上記の5つ以外に、「続堕落論」、「敬語論」、「戦後新人論」、「推理小説論」、「花田精輝論」、「戯作者文学論」、「デカダン文学論」。

「戦後文章論」、「歴史探偵方法論」、「神経衰弱的野球美学論」、「エゴイズム小論」、「天皇小論」、「咢堂小論」などがあるが、エッセイの数は、彼の作品量からすれば少ない。そんななか、「恋愛論」は朴訥の中に雄弁さが潜む。あんな文章を書けるのは彼をおいてない。彼は人が貶すようなものをワザと褒めてみせる。中ハゲ頭を褒めたり、誘拐犯を褒めたり。

堕落を促し、淪落を肯定する。かと思えば、「大根脚は隠せ」と書く。安吾の眼中には物事の本質しかない。「淪落」なる言葉はとうに死語だが、太宰や織田作に出る。寺田寅彦の「映画雑感」に、「おしまいの場面で、淪落のどん底に落ちた女が昔の友に救われてその下宿に落ち着き、そこで一皿の粥をむさぼり食った後に椅子に凭ってこんこんとして眠る」とある。

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戦争はいけない、堕落すべきでない、泥棒は罪、ということは簡単だ。誰でもいえる。当たり前の正論を当たり前に言って、楽する人はゴマンといる。正しいことを言うのは大切だが、もっと大切なことは、いかにして言うか、どう伝えるか、である。一つの問題を縦横斜めから見、あらゆる角度から捉え、いったんは自らの考えから離れ、戻れるものなら戻る。

こうした精神作業から、「論」が生まれるが、恋愛に真理はない。男と女が織りなす気まぐれな情動だ。安吾の、「恋愛論」には一般的な、「恋愛論」にある言葉は出てこない。愛が破綻し、それぞれが別の異性の面影を抱くようになったとき、さてどうすべきか?などの答えもない。いかなる真理も万人に当て嵌まらぬように、各々が自身に照らして答えを見つけるしかない。


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