青春が貴重な時代であったと、誰もが青春期を過ぎて思う。自分の友人のように、「若いうちでなくてもやれる」などと保守的に生きた人間も、少なくないのだろう。青春期に学ぶことは人によって違うが、あらゆる人に共通することは一つだけある。「自分に対する自信」を学ぶことではないか?ならば、「自信を学ぶ」とは何をどうすればいいのか?
いうまでもない「経験」である。 「経験」とは、実際に見たり、聞いたり、行ったりすること。また、それによって得られた知識や技能などをいう。経験が自信となるのはさまざまな事例があるが、分かり易い例で性体験がある。性経験でもいいが、性体験とする場合が多い。「体験」は経験によって得られた知識や技能を、身をもって感じるところに重点を置く。
想像でいうしかないが、ある男が性体験がないままに30歳、40歳になるとどういうことになるだろう?そのような場に直面し、自信がもてず不安で逃げ出したくなるのだろうか?女はどうか知らんが、自分は初体験をした時、男としていっちょ前になった気がした。大概の男はそうであろう。大磯心中で思い出したことがある。先ずは、坂口安吾の『堕落論』の一節。
「十年前だかに童貞と処女のまま愛の一生を終わらせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが、世人の同情は大きかったし…」以下略。美しい話には裏がありがちだが、女の処女は分るとして、男の童貞がなぜ検死で分かるというのか?これについて友人とあれこれ言い合ったが、「女が処女だからそうじゃないんか?」くらいしか考えようがない。
誰にも分からないことをそのように発表し、誰も突っ込まなかったということだ。「何事も経験。やらない後悔よりやっての後悔」などと言われるが、これは本当に正しいのか?「正しい」、「正しくない」とするから批判もあろう。生き方の選択とすれば押し付けにならない。人によっては、「やらない後悔よりやる後悔」をした人もいるわけだから…
何事も結果重視でなく、プロセスを大事にし、その中に学ぶエキスを感じている。何もしないでは過程も何もないのだから。しかし、自分の友人の例を述べたように、「やる怖さ」、「行動する怖さ」に支配される人もいるから、そういう人に強制はできないし、やらない生き方の選択ということになる。行動する人は、自発的な人が多く、だから行動も生きる。
先ずは第一歩を踏み出し、二歩目は第一歩を踏み出したあとで考えればいい。人は歩きながら考える方がいい。考えてから歩こうとすれば、いつになっても歩けない。「面白くないからやらない」という人は多かったが、面白いからやるのではなく、何かをやる事によって初めて面白さが生まれてくる。自分が徹底拒否したのは「酒」である。飲めないことをバカにされた。
いろいろ言われたが、「酒を飲めることがそんなに大切か?」と言い聞かせていた。だれでも人にできて自分にできないことはある。自分にできて人にできないこともある。だから自分は、「できる」ことがそんなに大切か?という考えでいた。劣等感というのは、「人にできて自分にできない」ことだがら、こういう考えでいると劣等感に苛まれることはない。
「酒が飲めなくてなんで男か!」みたいな言い方をする奴は多かったが、だから何とか飲めるようになろうと、頭痛を我慢し、吐くことに耐え、一本のビールを、一合の酒を飲もうとする。バカげたことだ。こんなことをするためにこの世に生まれてきたわけではなかろう。下戸の苦しさを人に分からせる必要もないし、分かるはずもないし、だから拒否をした。
好きでもないことを、イヤイヤしてまで他人の目を気にする人間の弱さだろう。「できない」ことはできないと公言するのは恥ずかしさでも何でもない。我々がやることは、単にみんながやっているというだけで決める必要はない。人生の物差しは自分でつくればいい。自分には自分にしかやれない役割がある事に早く気づくことだ。これも自信につながる。
その役割を全力で出してこなしきるとき、人には強い自信が生まれる。その根底には、「人は人」、「自分は自分」という当たり前のことの復習がいる。そのように生きることで、「自分は人と同じでない」ということも身につく。こういう当たり前のことが分からない、身につかないほど人は他人の目を気にするものだ。自分はダメだ、生きる資格がないという人。
学歴社会の底辺に生きることで、人から笑われていると思うのだろう。人を笑う人間が本当に幸せなのか?人に笑われても一生懸命に生きてる人と、人を笑って生きてる人と、どっちが幸福だろうか?自分は前者と思うから、人を笑って生きてるやつ等、不幸で哀れとしか思わない。まるで人を貶したり、笑ったりしかすることがないように思えてしまう。
「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない人生を、本当に生きなかったら、人間は生まれてきたかいがないじゃないか」。この言葉に出会った時の感動は忘れない。人間にすべての条件が揃うわけがないのに、あれがない、これが足りないという奴がいる。それを言ったところで、身につくものでも、得られるものでもないのに、一年中それを言う。
なぜ、ないものの中で頑張ろうとしないのか?「あれがないからできない」というのは、やらない言い訳にしか思えない。人は誰でも幸福になりたい。幸福を望む。だから人はどうすれば幸福になれるか、と考える。そして、その方法を人に教わろうとする。宗教に依存しようする。いったいこの世の中に、幸福になる方法というのがあるのだろうか?あるわけない。
宗教が人の幸福を実現するものなのか?そう信じる人もいるようだ。『二十歳の原点』の高野悦子はなぜ死ななければならなかったのか?学生運動に加わりながら、一人である事、未熟である事、それを自ら20歳の原点と称し、闘い、傷つき、そして死んでいく手記だが、彼女は20歳という自らのいたいけな心に希望を見いだせず、挫折してしまっている。30歳、40歳と続く将来的な、「生の実在感」を考えることがなかった。
あるいは惰性で生きる自らへの決別である。彼女には彼女なりに、真に求めるものはあったろうが、人間は己が真に求めているものを味わい、堪能できるほどに強くはできていない。至らぬ自分を嘆くのはいいが、至らしめるために明日を生きるのだ。今日がダメだから明日もないではなく、今日はダメでも明日があると信じるのも一種の自信であろう。
自信とは自らを信じると書くし、高野悦子はどうしてこんなに自信のない子であったのか?「私は見知らぬ世界、人間に対しては恐れをもち、人一倍臆病であったので、私に期待される『成績のよい可愛い子ちゃん』の役割を演じ続けてきた。集団から要請されたその役割を演じることによってのみ私は存在した。その役割を拒否するだけの『私』は存在しなかった。(中略)
演技者である自分自身を変化させて順応してきた。中学、高校と、私は集団の要請を基調として自らを変化させながら過ごしてきた」。「悲しいかな私には、その『生きてる』実感がない」。人は自分を偽って生きて行くと、「生の実在感」を失うようだ。20歳の彼女が13歳、14歳の自殺と決定的に違うのは、文章から判断する成熟な女性の死であるということ。
「旅に出よう テントとシュラフの入ったザックをしょい ポケットには1箱の煙草と笛をもち 旅に出よう」で始まる最後の詩には、死えの憧れが読める。死に憧れを抱いたことはないが、死に憧れるひとは無力感の現れと説明できる。自身に対すエウ「足るを知り」あまり高望みをしなければ、楽に生きていけるハズだ。周囲を見渡せば確かに有能な人はいる。
が、人間が最初から「超人」であるわけはない。苦労をし、努力をしても超人の道は険しいが、その中で超人になれた人もいる。ミュンヘンオリンピックで優勝した日本の男子バレーボールのエースだった大古選手は、あと三点が勝負という切羽詰まった時に、「苦しいボールは全部おれに持って来い」と叫んだという。最後の三点がバレーでは最も苦しいときである。
その大古は実は四年前のメキシコオリンピックの時は、「もうおれのところに球を持ってこないでくれ」と言っていたという。初めから自信などはつくものでないことを現したエピソードである。誰も強くなどない。最初から自信のある人間はいない。が、強くなろうとすることによって、自身の中にある強くなりたい欲求を知り、その欲求を実現させようとする。