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女性に立ちはだかる「ガラスの天井」

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「私たちはいまだ、最も高く、硬い『ガラスの天井』を破ることができていません」。米大統領選で敗北したヒラリー・クリントン氏は、初の女性大統領誕生が幻となったことをこう表現した。「硝子の少年」ならぬ、「ガラスの天井」とは、こんにち社会用語というほどに認知はなく、人事労務用語の範疇にある英語の、「グラスシーリング」( glass ceiling )の訳である。

組織内で昇進に値する人材が、性別や人種などを理由に低い地位に甘んじることを強いられている不当な状態を、キャリアアップを阻む、"見えない天井"になぞらえた比喩表現で、1984年あたりからの使用例がある。「ガラスの天井」というのは、女性の社会進出を阻む言葉である。「女性の道を切り拓いた人たち」というタイトルで幾人かの女性を挙げた。

「ガラスの天井」という言葉はなかった。なかったが、女性にたいする抑圧は現代とは比べ物にならなかった。女医第一号となった荻野吟子は、当時の医学校はどこも女人禁制であり、医学界の有力者に嘆願し入学を許されたものの、一人女性であったことで、男子学生いじめを受けたが、ならばと女を捨てた吟子は、髪を切り、袴に高下駄という男装で対抗した。

医学校を首席で卒業した吟子は34歳にして難関の試験に見事合格し、晴れて国家資格の女医となったが、メディアからは、「女は医者に適さず」とこき下ろされる。しかし、医師になると決めてから15年も要した吟子に、そんな非難は取るに足らない。「産婦人科 荻野医院」を東京で開業した吟子は、社会の女医に対する偏見を打破せんがために、反論に努め戦った。

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「医は女子に適せり、ただ適すといふのみにあらず、むしろ女子特有の天職なり」、「特に婦人科と小児科に女医は必要である」などの言葉を残している。また、16歳で嫁いだ先の遊び人の夫から性病をうつされたこともあり、男の身勝手さから性病が蔓延していることに憤慨した吟子は、風紀を正すべく廃娼運動や、衛生知識の普及活動に力を注いだ。

同じく女医を目指した吉岡彌生も、男子学生から、「ここは女の来るところじゃない」など、露骨ないじめにあいながら女医になる。彼女は後進の育成のための東京女医学校を設立した。自由民権運動に飛び込んだ福田英子も、牢獄に入れられたが、警察の取り調べ官には、「この国賊めが、味噌汁で面を洗って出直して来い!」などと突き飛ばされた (福田英子自伝より)。

管野スガ、伊藤野枝、平塚雷鳥ら女性解放の魁となった時代の女性は、封建的因習が強く存在する時代にあって、人がやらないことを初めてやろうとする女性にとって、偏見と戦うのは勿論であり、様々な妨害も乗り越えなければならなかった。こんにちではごく当たり前の女流作家だが、明治初頭にあって女性の職業は、看護婦と産婆しかなかった時代である。

どれだけ頭がよくて学校の成績が良くても、女性に学業は不要だと考える人が多く、女性にとって作家という職業は未開のものだった。そんな社会環境の中で、樋口一葉は近代以降では最初の職業女流作家となった。1871年(明治4年)11月12日、岩倉使節団がアメリカに向けて出発したが、このとき59人の留学生が岩倉らと一緒に横浜港を出帆している。

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その中には5人の女性留学生が含まれており、当時6歳の津田梅子は最年少であった。5人の少女は、それぞれアメリカの家庭にホームステイの形で預けられ学校に通ったが、年長の吉益亮子と上田悌子(渡米の際はともに15歳)の二人は健康を害し、早々に帰国する。梅子のホームステイ先は、アメリカ東部ジョージタウンのチャールズ・ランメン宅であった。

梅子は足掛け12年間にわたって寄留し、ランメン夫妻は彼女を実の娘のようにかわいがったという。梅子はアーチャー・インスティチュートに在学し、10年目に帰国期限がきたとき、卒業まであと一年あったので、留学延長を申し出、結局帰国したのは1882年(明治15年)のことだった。梅子は19歳になっていた。梅子は後に女子英学塾(現・津田塾大学)を創立する。

矢嶋楫子(やじまかじこ、天保4年4月24日(1833年6月11日) - 大正14年(1925年)6月16日) は、9人兄弟の8番目として熊本県上益城郡治山津手長木山町で生まれた。姉たちが5人も続いたあともあって歓迎されなかった。封建時代に女は厄介者であり、特に熊本は俗に、「男威張り」というほどに女性の幅の利かぬ地域であり、楫子は生まれながらに、「余り者」として扱われた。

姉たちは次々と結婚したが、3歳上の姉は47歳の相手のところに後妻で入るも妾扱いだった。6歳上の姉久子が、婚家先の徳富家から大きなお腹をして実家に戻ってきたが、生まれたのが男の子であった事で帰っていく。楫子はこうした時代の現実にショックを受ける。男が大事、男が必要なのは分かる。が、なぜその責任を女だけが負わねばならない?楫子は母に尋ねた。

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「しょうがなか。女じゃもん」。答えになっていないが、当時にあっては疑問の余地のない答えだ。26歳で晩婚の楫子は、夫の暴力に耐えかね実家に舞い戻る。その後、東京在住の兄が病気になり、楫子に上京を求めてきた。楫子は幼子を妹に預け、単身上京する。兄は大参事(副知事)兼務の左院議員で、神田の800坪の屋敷に書生、手伝いの女中らを雇っていた。

楫子は生来の向学心もあって学問に励む。小学校の教師などをしながら、楫子の後半生に多大な影響を受ける米国の宣教師で、教育者のマリア・ツルー夫人と出会う。夫人の影響でキリスト教に入信し、洗礼を受けた楫子は、1881年(明治14年)櫻井女学校の校主代理に就任する。1890年(明治23年)、櫻井女学校と新栄女学校が合併して女子学院となり、初代院長に推される。

現在、女子学院は、桜蔭、雙葉とともに多くの東大合格者を出す、女子御三家と言われる進学校である。そんな難関入試をくぐり抜けてきた才女達は、将来どんな女性になるのか?日本初の、「塾ソムリエ」として活躍中の西村則康氏は、「研究職」、「キャリア」、「教養のある婦人」としたが、テレビなどで見る有名人を拾ってみた。膳場貴子、辛酸なめ子が女子学院。

菊川怜、響奈美・白石みゆき・八ッ橋さい子 (以上3人共にAV女優) が櫻陰、川上弘美、いとうあさこ、高橋真麻が雙葉。AV女優もいたりと華やかである。何にしても学歴はついて回るものだ。中学、高校より先の人生もあるし、女子校御三家を出ただけで、「教養ある婦人」は言い過ぎではと、異論を挟んでおく。さて、ヒラリー・クリントンは、「ガラスの天井」を破れなかった。

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理由はいろいろ言われているが、落胆を隠せない民進党の蓮舫代表はこう述べた。「ヒラリーは最も、『ガラスの天井』を壊す可能性の高い方だと思っていました。多くの米国の女性たちの応援も見ていましたので、この結果によって今後 (大統領選に) 手を挙げる女性が少なくならないことを願います。わが国でも女性リーダーの誕生は、まだまだと認識しています。」

日本をはじめとする多くの国々で女性たちは戦いを通し、さまざまな女性の権利を獲得してきた。そうした歴史の中からフェミニズム(女性解放)運動が始まったが、もっとも活発だったアメリカで、フェミニズム運動に関わった60代、70代の女性にとって初の女性大統領の誕生は、運動の最終的目標のひとつである。その夢を実現する理想の女性がクリントン候補だった。

今回の選挙をつぶさに観察し続けた中岡望氏は、現地アメリカでは、女性大統領が誕生するかもしれないという熱狂ではなく、女性の間にある妙に冷めた雰囲気であった。むしろ女性が女性の大統領を選ぶべきという雰囲気や状況は影を潜めていたという。これに対してジャーナリストのペグ・タイヤは、「そもそも女性票というものは存在しない」と指摘する。

女性だから、男性だからといって投票行動が異なるわけではないとし、女性だから女性候補に投票すると考えるのは、神話であると言い切る。アメリカの女性有権者の多くは、ジェンダーではなく、党派や、宗教により忠実で、すべての女性が、女性大統領を選ぶことを重要と思っていない。現実に白人女性の53%が女性蔑視論者トランプ候補に投票している。

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なるほど、数字は具体的である。トランプ候補を支持した層の多くは、高卒以下の労働者であったし、民主党の大統領予備選挙でサンダース候補を支持したのは、巨額の学生ローンを抱え、アメリカンドリームを夢見ることさえできなくなった若者たちであった。いずれも格差の急激な拡大の犠牲者であり、ワシントンのエリートには忘れ去られた存在であった。

このことから中岡望氏は、今回の選挙の争点は、「エスタブリッシュメント」対「忘れられた人々」であったと分析する。アウトサイダーのトランプ候補は、既得権を壊し、既存の秩序を、「変革」すると主張したのに対し、インサイダーであるクリントン候補は、既得権を擁護し、社会を変革するのではなく、「進化」させると主張した。この時点で既に勝負はついていた。

トランプ氏支持者に多い専業主婦。トランプ氏を支持した白人中間層男性の妻。さらにはシングルマザー。そうした女性にとって、「ガラスの天井」は、「上から目線」、「鼻につく」、そんな象徴に映ったのではないか。クリントン候補を支持する超セレブ層を嫌った、非セレブ女性層。クリントン敗北には、そうした女性の分断があったのではとの分析もある。

クリントンは、「ガラスの天井」を破れなかったと発言したが、「ガラスの天井」ゆえに大統領選挙で敗北したわけではないと考えるのが現実的である。クリントンのような優れた女性をして達せなかった大統領だが、そう遠くないうちに、アメリカで女性大統領が誕生するだろう。その女性は、「ガラスの天井」を壊すべく巧みな戦略をひっさげた人ではないか…

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