ミニー・リパートン(Minnie Riperton, 1947年11月8日 - 1979年7月12日)といえば、誰もが思いうかべる曲がある。それが、「Lovin' You」。8人兄弟の末っ子としてシカゴの黒人の多いサウスサイドに生まれたミニーは、歌好きな母の影響で幼少の頃からダンスレッスンや、ボイストレーニングを受けていたといい、兄もプロのミュージシャンとして活躍している。
ミニーも幼少の頃から歌手としての才能を認められていた。本来なら教会で聖歌隊でゴスペルソングで歌唱を磨くが、彼女はオペラ歌手のもとで声楽の基本を勉強した。コロラトゥーラ・ソプラノ歌手になるための訓練のおかげで、5オクターブ超の音域を出せるようにもなった。しかし、彼女の居住するシカゴのサイスサイドはソウルミュージックのメッカである。
南部からシカゴに移住した黒人たちが生み出した文化がシカゴ・ブルース。ミニーは10代初頭からシカゴ・ブルースアーチストによるレコーディングのバックコーラスをしていたが、14歳でグループ、「ジェムス」に加入、19歳でアンドレア・デイヴィスという芸名でソロデビューするも、ヒット曲には恵まれなかった。その間プロデューサーのリチャード・ルドルフと結婚する。
当時は黒人女性と白人男性の結婚は理解されなかった。「周りから変だと思われても、僕たちはごく自然なことだったし、周りが変なだけと気にもしなかった」と、リチャードは回想する。おそらく強い愛で結ばれたのだろうし、いろいろな面において周囲を気にする人は、彼ら夫婦のように、「お前らの方が変なんだよ」と思って強く生きるのもいい。
自分などは、「他人の人生(生き方)に口出しする前に、自分のことを心配しろよ」とすぐに思ってしまう。1960年代は黒人の公民権運動が盛んな時期で、様々な抑圧もあってか、ミニー夫妻は大都市シカゴを離れ、気候も温暖で自由な空気にあふれたフロリダへと移住する。二人は新しい土地で子どもを育てながら、思う存分自分たちの作品を書き始めたのだ。
ミニーの大ヒット曲「Lovin' You」は、この地で形になったという。愛にあふれた二人の生活から生み出されたやさしいメロディーの、「Lovin' You」であるが、実はこの曲は子守歌の要素があると、作曲者のリチャードは述べている。曲はメロディーと歌詞でできてはいるが、それがそのまま世にでるというものではない。楽曲の大事な要素に曲調というのがある。
どういう曲調、どういうアレンジが相応しいか、そこがプロデューサーのセンスと言われるもので、「Lovin' You」も3つの異なるアレンジでレコーディングされている。もとはこの曲は、アルバムの中の一曲で、リチャードとミニーは、アルバムのプロデュースをスティーヴィー・ワンダーに依頼している。スティーヴィーは自分の所属するレコード会社との契約があり、夫妻の申し出を一度は断った。
ところが、以前からミニーの才能を評価していたスティービーは、二人からの強い要請もあって、匿名を条件でプロデュースを引き受けることにした。そのため、ジャケット裏面のプロデュース名は、「PRODUCED BY SCORBU PRODUCTIONS」となっているが、「SCORBU」は、リチャードがさそり座(Scorpio)、スティービーが牡牛座(Bull)に由来する造語である。
「Lovin' You」を聴くとわかるが、この曲はこれ以上はあり得ないくらいにシンプルであり、ベースやドラム、パーカッション系のリズムセクション楽器がない。3人はこれで行くつもりであったが、レコード会社は大反対であった。「ベースとドラムが無い曲など、どのラジオ局も掛けない」という理由。リチャードはコンサートなどで評判がいいと食い下がる。
シングルリリースも拒否の姿勢であったレコード会社も、説得に折れてアレンジを変更することなくシングル化された。シングル化以降はみるみるチャートを上がり、世界的な大ヒットとなった。イントロの小鳥のさえずりが特徴的な「Lovin' You」だが、マイアミの自宅でこの曲を作っている時に、この曲を聞かせると子どもがすやすやと寝るという。
それで子守唄としてもこの曲をテープに録音したそうで、そのテープを聞いたスティービーは、自宅録音されたことで曲の途中に入っている窓の外の小鳥の声を大変気に入り、是非ともレコードにも入れたいとアイデアを出す。そして、小鳥を探しに公園に行き、スティービー自ら持参したテープレコーダーで録音し、曲の効果音に使ったという。
こうした様々なエピソードに彩られた、「Lovin' You」であり、それらを思い浮かべながらこの曲を聴くと、また違った楽しみ方が可能である。ところが、人生は何が起こるか分からない。まさに一寸先は闇。順調に人気シンガーの道を歩んでいたミニーの胸に腫瘍がみつかり、検査の結果ガンだった。「Lovin' You」がリリースされた1年後の1976年の事。
「とにかく進行が速かった。彼女は若かったし、一夜のうちに悪化したという感じだった。ミニーは迷うことなく直ちに乳房除去手術を行った。回復期に入ったミニーに周囲は、ガンや乳房除去手術のことは、秘密にした方がいい。歌手としてのキャリアに傷がつくといったが。ミニーは違った。秘密にしておくのは良くないこと思っていた」とリチャードはいう。
「ガンになったのは私が悪いからじゃない。なぜ隠す必要があるの?」このミニーの言葉を当たり前に感じる人もいるだろうし、虚飾の世界で自分を保とうとする人もいる。自分も前者だから隠す理由はさっぱりわからないし、キャリアに傷つくという論理も理解できない。さらにミニーはガン公表に際し、リチャードに以下のようにいって理解を求めた。
「公表することで私自身の気持ちも楽になれるし、同じような境遇の女性や、がんと闘っている人たちを勇気づけられるかも知れない」、彼女はそう述べた。その後まもなくして、彼女はジョニー・カーソンが司会を務めるNBCの、「ザ・トゥナイト・ショー」に出演、乳がんの手術を受けたことを話した。番組終了後、多くの支援の声がミニーのもとへ寄せられた。
1977年には当時のカーター大統領から、「勇気ある女性」の一人として表彰され、1978年には全米ガン協会(American Cancer Society)の教育会長に任命される。全米ガン協会のCMに出演したミニーは、「わたしはガンになって胸は失ったけれど、命は助かったわ。わたしは今、健康に生活し、走ることも、愛することも、歌うことだってできるのよ」と述べる。
彼女は協会のために奔走し、歌と同様に多くの時間を費やした。「わたしは音楽と人生を愛し、人生を楽しんでいる。みんなの前で歌い、歌を聴かせてあげられるなんて、なんて運のいいことでしょう。わたしは、コップに水が半分しかないと思うより、半分も入っているんだと思える人間なのね」。彼女はステージの上でいつもこのように語っていた。
コップの水の比喩を日本語的にいうなら、「足るを知る」ということであろう。ガンで乳房一つを失ったことにかけて、「もう一つあるじゃない」と言っているようにも感じる。満ち足りた人間というのは、何事もポジティブに受け取るが、何においても不満の多い人は、多くをネガティブに受け取る。が、そんなミニーの心の裏で、彼女の命の炎は燃えつきようとしていた。
ガンが再発し、右腕に転移しているのがわかった。ミニーは入退院を繰り返しながら、新しいレコーディングを行った。偽名で、「Lovin' You」のプロデュースを引き受けてくれたスティービー・ワンダーはミニーの友人として、アルバムに曲も提供してくれたし、何度もミニーを見舞い、励まし続けた。スティービーはミニーの臨終の場にも立ち会っていた。
1979年7月12日、ミニーは帰らぬ人となった。31歳という短い人生であったが、きっとこれも彼女にとっては満ち足りたものであったろう。細く長く生きる人と、太くも短き人生を生きる人がいる。その善悪はそれぞれの人の思いであろう。ミニーの死後、彼女を慕う多くのアーチストが集まり、未発表作品にオーバーダビングし、一枚のアルバムを完成させた。
アルバムのタイトルは、『 Love Lives Forever (愛・生命 (いのち)・永遠 )』と題された。アルバムに参加したロバータ・フラックは、「充ち足りた午後」を歌い、「ミニーの内なる光は今なお輝いている」の言葉を捧げた。マイケル・ジャクソンは、「アイム・イン・ラブ・アゲイン」で、「ミニーはとてつもなく…、そしてその歌声は信じがたいほど素晴らしい」と述べている。
また、ミニーの最大の友人であるスティービーは、「この命尽きるまで」を歌い、「もう君に触れることができないのが寂しい。だけど一方でまた触れることができるとも思う。なぜなら君が僕の心に触れているから…愛は永遠に生きている」という言葉を贈っている。ミニーの代表曲である、「Lovin' You」は、日本人も含めた数多くのアーチストにカバーされている。
人の心に優しく歌いかける、「Lovin' You」は、シンプルでピュア、汚れを感じさせない曲。「この曲を聴くと、ミニーがこの世に戻ってくるように感じるんだ」とリチャードはいうが、これは聴く人みなの思いであろう。余談だが、ミニーの夫リチャード・ルドルフは、日本人のジャズシンガー笠井紀美子と再婚している。笠井は1998年、30年にわたる音楽活動から引退した。
「Lovin' You」
Lovin' you is easy cause you're beautiful
Makin' love with you is all I wanna do
Lovin' you is more than just a dream come true
And everything that I do is out of lovin' you
La la la la la...
Doot-n-doot-n do doo
Ah...
Makin' love with you is all I wanna do
Lovin' you is more than just a dream come true
And everything that I do is out of lovin' you
La la la la la...
Doot-n-doot-n do doo
Ah...
No one else can make me feel
The colors that you bring
Stay with me while we grow old
The colors that you bring
Stay with me while we grow old
And we will live each day in the springtime
Cause lovin' you has made my life so beautiful
And every day my life is filled with lovin' you
Cause lovin' you has made my life so beautiful
And every day my life is filled with lovin' you
Lovin' you I see your soul come shinin' through
And every time that we oooooh
I'm more in love with you
La la la la la...
Doot-n-doot-n do doo
Ah...
And every time that we oooooh
I'm more in love with you
La la la la la...
Doot-n-doot-n do doo
Ah...