掲示板ではないが、「おカネをあげます」という迷惑メールを受け取った人はいるだろう。金額も多いもので5000万、少ないもので数百万と尋常でない。これを信じる人も世の中にはいるだろうし、こういうメールをスパムとして大量発信すれば、信じる割合が0.1%であっても10万人に出せば100人となる。中身を読まずに無視してさっさと削除するのが一般的良識であろう。
呆れて関わる気もないが、体験の顛末を記事にしてる人がいるので引用して記してみた。「【お金当選第59回現金1000万円】現金1000万円の確認お願いします。自宅へのお届けと銀行振込はどちらがよろしいでしょうか?」(原文ママ)に対し、「銀行振込でお願いします」と返信したらしい。間もなく、iPhoneの「メッセージ」アイコンに、新着メールの表示が出ていた。
確認すると、先ほどの迷惑メールとは違うアドレスなので、また新たな迷惑メールが来たかと思いきや、新たなアドレスメールに以下の文章が記されてある。(顔文字はすべて省略)「Re:松●優子です。実はいま、オーストラリアのシドニーにいます。来月帰国するんだけど孤独とか不安な気持ちに押しつぶされちゃいそうで辛くて…お話出来ないかなってずっと思ってたんです。
このメール以外にも何通かメールしてたんだけど、お返事もらえないから忘れられてるのかなってヘコんでました。ちなみに1000万の件ですけど、全部読んでもらえましたか? 実はあれ…間違えて転送しちゃっただけなんです。あのメールは私宛に届いたものなんだけど、今ちょっと事情あってお金が欲しいというよりは処分したい状況でして。
それに今はオーストラリアのシドニーに居て来月まで帰国出来ないので…辞退メールを入れようとしてました。それで話が変わるのですが…今ちょうど800万を処分したいなって思ってて、でもどうしようかなって悩んでました。あのメールにお返事くれたって事は金が必要っていう事ですよね?それなら詳しい事情を次のメールで説明するので受け取ってもらえないですか?
もちろん変なお金では有りません 。個人的な事情なので迷惑とか面倒が掛かる事も 有りません。説明を読んだらきっと安心して受け取って貰えると思います」。――なんと先ほどの「1000万円当たったメール」は、「間違えて転送した」とのことで、「それとは関係なく、自分の800万円を処分したい」と申しているのだ、シドニー在住の松●優子とは何者なんだ?
事情は複雑であれ、800万円をくれるのであれば遠慮なく頂戴したい。ということで、私は優子に以下のシンプルな文章を即レスした。「800万円ですか!まかせてください。説明よろしくお願い申し上げます」。すると今度はまたも違うアドレスでメールが届く。確認すると「優子」とある。優子はなぜか、"メールを返信するごとにアドレスを変えている"のだった。
ちなみにメールアドレスは、偽装に偽装を重ねたと思しき実に複雑なアドレス、メチャクチャなドメインであるが、ともかく、メールの内容は凝っている。ストーリーが凝っている。偽装の仕方も凝っている。優子はなにげに凝り性だ。以下が、新たなメールアドレスを使う優子から送られてきた、「800万円を処分したい理由」である。長文なので3行にまとめてみた。
「Re:優子です。現状では『どういう事?』っていう心境だと思います。でもこれから話す事はありのままの事実なので最後まで読んでもらえたら嬉しいです。とにかく事情を説明するので読んだ後に判断して下さい。私は日本でアンティーク楽器の輸入・販売をする会社を経営しています。元々は父と叔母夫婦でやってて、父が亡くなった時に私が後を継ぎました。
(中略) それで今はオーストラリアに買い付け兼休暇っていう形で来てます。アンティーク楽器っていうとヨーロッパのほうがイメージとして浮かぶと思うんですけど、ヴィンテージギターとかはこっちにも素敵なものが沢山あるんです。ちょっと話がそれましたが、お金を処分したいのは一緒に経営をしてる叔父が原因です。事情を書ききれないので、続きのメールします」。
2通目は長文だが要約すればこうだ。父と叔母で始めたアンティーク楽器商を父の死後、優子、叔母、叔父の3人で引き継いだ。会社の倉庫から800万円相当のバイオリンを発見、現金化したが、金使いが荒い叔父に見つかつとアホなことするから、800万円を私に処分してほしい…。『こち亀』の両さんが聞くと喜びそうなウマイ話。私はシンプルな短文を3連発で返送した。
「なんだかよくわかりませんが、お金はまかせてください。」
「返事はオーケーです。」
「わたしはどうすればよいか。」
「返事はオーケーです。」
「わたしはどうすればよいか。」
これに対して優子から以下の返信があった。「Re:優子です。800万なんですけど、私はすぐには帰国出来ないから振り込みで800万受け取って下さい。帰国してから手渡しが一番良いのは分かってるんですけど、仕事次第でもあるので…かといってのんびりもしてられなくて…。(中略) 流れとしては案内に沿って口座情報を入力してもらったら振り込み完了です。
振り込みが終わったらまた普通の話とかで盛り上がりたいです。このメールの後すぐにもう1通送るので、そちら確認してもらったら一度お返事待ってます」。もう一通の内容は以下。「Re:優子です。ちゃんと届くと良いんだけど…。800万の振り込みなんですけどお互い安心して終わらせたいし、だからセキュリティがしっかりしてる所で簡単に終わらせたいなって思ってます。
色々調べ、以下のURLが安心な受け取り先リンクです。http://sa●e-s●curity.jp ここに口座情報を送ってもらったらすぐに振り込みます。金額が金額だし緊張してますが、受け取り対応宜しくお願いします。以後もメールはやり取り出来るので安心して下さいね。このメールが届いたらお返事もらえますか?」。怪しげなURLへのさりげない誘導に対し、私は4連発のメールを送る。
「振込先を入力すれば800万円が振り込まれるのですね?」
「サイトがありませんと出ます」
「どうすればいいですか?」
「メールで口座番号をお知らせするという方法ではダメですか?」
「サイトがありませんと出ます」
「どうすればいいですか?」
「メールで口座番号をお知らせするという方法ではダメですか?」
優子が指定してきたサイトにアクセスすると、何もない。が、Google検索で調べてみると、1枚の「会社紹介ページ」がヒットした。誰でも無料で作ることができる、「自社紹介サービスサイト」のページである。「http://sa●e-s●curity.jp」の会社の内容を確認すると、“スペアキーや、また盗聴対策などセキュリティーのプロフェッショナル” を掲げている「カギ屋」である。
場所は群馬県伊勢崎市のとある町。あ海外でアンティーク楽器の輸入販売を経営している優子がイチオシするサイトが群馬県の住宅街にある「カギ屋」。自社ページすらない町の小さなカギ屋。ドメインを調べると、ドメイン所有者の住所は群馬県ではなく東京の吉祥寺。しかも、ドメインが登録されたのはつい最近の2013年10月中旬。ますます怪しい。なんだかキナ臭くなってきた!
「サイトが表示されない。どうすればいいのか?」、「メールで口座番号を教えちゃダメか?」という質問に対しまたしても別アドレスから優子の返信の要旨は、「メールは海外の転送サービスを使っているので、メールに口座情報などを記すと流出の怖れもアリ、伝えた受け取り先で話を進めたい。それでセキュリティー万全な群馬のカギ屋を推す」というものだった。
懸念をもって上記サイトにはパソコンでアクセスしたのが、サイトが見れなかった原因とわかった。どうやら、「sa●e-s●curity.jp」は、パソコンからはアクセスできないスマホ専用のサイトだった。経過が長いので結論をいうと、「1000万円当たりました」だとか、「800万円もらってください」、「大儲けの話がある」みたいな迷惑メールの行き着く先は有料出会い系サイト。
有料だから、メールの受送信で課金されるシステムである。料金はあまりに法外すぎるし、だから、こんな手の凝った勧誘方法で顧客を集める。書き手は、どうせいかがわしい目的であるのを分かっていて、自らの実体験をもとに善意な人への注意を喚起しているようだ。「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)」という諺がある。蛇(じゃ)とは大蛇のような大きな蛇、蛇(へび)とは小さな蛇。
同じ漢字で読み方を違えて意味が違うので紛らわしいが、由来は、大蛇の通る道は小蛇がよく知っているからという説と、蛇の通る道は他の蛇もよくわかるからという説がある。それらから、同類の者のすることは、同じ仲間なら容易に推測ができるということのたとえ。また、その道の専門家は、その道をよく知っているということのたとえ。として使われる。
善人が悪に引っかかったり、利用されるのは、善人が悪人でないからか?おかしな言い方だが、悪を行為しない善人といえども、悪の道を知るのは大人のたしなみだ。映画や小説、先人の教え、他人の体験談などに耳を貸して、悪の論法について知ることは有用である。まったくの悪に縁のない純粋な善人がいるとも思えないのは、上手い話に引っかかる善人は欲であるからだ。
つまり、悪を行為しない善人といえど、悪を行為されるのは、実は善人に悪の心があるからだろう。詐欺にかかって老後のたくわえを騙し取られたと嘆く善人に、「あわよくば」という欲がなかったと言えるのか? 相手の口車に乗せられてとか、息子と勘違いして大金をせしめられた人はあくまで善意の塊で、悪人と呼ぶにはいかがなものかと言う考えもあろう。
が、一切を拡大解釈するに、そういう人にも悪の心はあったとみるべきだ。つまり、息子に頼まれて簡単にカネを用立てするのが、本当に善意であるかと言えばそうは言えない。自分ならいかに我が子に頼まれようと、即座にカネを出すなどあり得ない。それを即座に必要だというなら、「ふざけるな!」と叱り飛ばすだろう。善意というのは間違えば悪の行為となりかねない。
子どもにとって悪のとなる行為を親がやって言い訳はないだろう。だから、「親バカでしてね」などと、子どもに良くない行為を「親ばか」を免罪符にしての行為は、こと自分にはあり得ない。「親バカ」は「バカ親」であって、そんな親で居たくはないからだ。「何で子どもに数千万の大金をすぐに用立てる?こういう親ってバカじゃないか?」といった人は多い。
それにしてもなぜ、息子や孫だといった声色で振込め詐欺にかかるのだろうか?いろいろ理由はあれども、一言でいえば子どもに甘いということ。子どもに甘い親は自分にも甘いのよ。逆もまた真なりでいうと、自分に甘いから子どもにも甘いとなる。判断力が鈍いとかの問題ではない。「甘い」にもいろいろあるが、金ですべてが解決できる、解決しようという甘さもある。
他人の行為だから客観的に見えるし批判もできよう。が、実際に自分がその場に立ったら同じ穴のムジナかも。他人を批判するということは、すべてを自分に置き換えての批判でなければならない。そうはいえど、「他人に厳しく自分に甘い」のが人間というもの。人間は誰もかれも一人残らずエゴイストと認識し、それとどう戦うかを思考するしかない。