小池百合子が突然都知事選に出馬表明した6月29日。寝耳に水の自民党都連関係者は、「奇襲だ」、「驚いた」など困惑が広がり、萩生田光一官房副長官は、「これはテロだ」と語気を強め、安倍首相も激怒したという。無所属なら誰が出馬するも自由だが、政党としての組織票のバックアップを期待する以上、自民党員の小池氏は党にお伺いを立てるのが筋といえる。
都知事選を受け、都連は17日の会合で候補者の選定を都連執行部に一任することを確認、「これ以上、都民の期待を裏切れない」と、選定は慎重に行うことを決めたばかりだった。都選出の国会議員は、「全員がびっくりだ。自民の議員として出馬するといわれても違和感を覚える、筋も通っていない。信用も信頼も失ったし、自民が応援する流れはなくなった」と語る。
自治体首長はいえど、党員選挙ではあり得ない今回の出馬表明は一体なぜ?小池氏が出たがっていたのは分かるとして、手順を踏まなかったのは、自分に声がかからないことを見越した奇襲戦法と見る。あの時点で都連執行部は、櫻井俊氏に絞って説得にあたっており、櫻井氏が承諾すれば小池に目はなく、したがって、行動を起こすなら櫻井氏承諾の前ということになる。
「あなたしかいない。他に候補を立てる予定もなければ候補者もいない」。櫻井氏にはこういう口説き文句であろうが、そこで小池氏が動けば櫻井氏が、「候補は他にもいる」遠慮をし、と説得を受け入れないのではとの目論見があったと考える。小池氏は安倍総理と距離があり、このまま国会議員で埋もれるより都知事選に打って出た方が自身の活躍の場があると判断。
おそらくそのあたりは誰かに相談した上でのサプライズと見るが、誰かとは、言うまでもない小泉元総理であろう。こういう常識外の行動を推し進める人物は小泉をおいてない。小池氏は記者会見で、「自民党議員として出馬する」、「離党はしない」と何度も強調し、都連や党本部に支援を要請する意向を表明した。「絶対に離党はするな。党員で通せ」も小泉の助言だろう。
「自民党員が出馬するというのを、党が公認しないというのは筋が通らない」というのが小泉流思考である。自民党都連が勧める元岩手県知事の増田寛也氏は、国政選挙の経験もなく、第1次安倍改造内閣~福田康夫内閣~福田康夫改造内閣で特命担当大臣(第8代-第9代総務大臣)を歴任したが、一貫して無所属である。に引き換え小池氏は、列記とした自民党員である。
自ら筋書きを書いておきながら小泉は小池に、「度胸があるね~」などと白々しい。禁じ手立候補に都連や党幹部は小池氏に反発はするだろうが、党員であることで、最終的には消去法的に推されるという読みがあるのではないか。万が一筋書き通りにいかない場合は、都民の支持を受けて選出されればいい。都連幹部の困惑は、自民党が分裂していると見られることだ。
小池氏は2012年9月の総裁選で、石破茂さんを支持してからというもの、安倍政権では冷遇状態。そういう中、舛添氏の辞任は小池氏にとって降って湧いたようなチャンスだった。舛添氏が任期の18年2月まで都知事を全うしていれば、小池氏に、"次の都知事候補"としてお鉢が回ってくることもなかったはずで、まさに『千載一遇の好機』と捉え、小泉の知恵を頼った。
好人物で穏健そうな櫻井氏なら、党員である小池氏の対抗馬として都知事選を戦う意欲はなかったろう、というのも小泉の読みである。是が非でももやりたい人間ならともかくその気のない櫻井氏はあっさり辞退。意気をあげた小池氏は、6日の出馬会見で早速3つの公約をブチあげた。①都議会の冒頭解散、②利権追及、③舛添問題の第三者委員会設置というものだった。
知事当選後にいきなり都議会の冒頭解散する?可能か否かは別にして、小池氏の都民に向けて以下のアピールをした。「都民目線の信頼を回復するために、都議会を冒頭解散したいと思う。よく分裂選挙といわれるが、分裂は都議会自民党と都民との間の分裂ではないかと思う。民心が離れては都民に寄り添った温かい政策は遂行されない。都民の声を聞いてみましょう。」
議会解散は内閣総理大臣の専権事項で、都知事にそのような権限はなく、したがって冒頭解散を行うために都議会に不信任(決議案)を出せと煽っているのだが、このような高飛車な物言いをする人間を都議会が許そうハズがない。といいたいところだが、都知事は議員内閣制のように都議会議員に選出されるのではなく、都民による選挙である。まさに大統領選挙そのものだ。
この公約に対する都連幹部の怒りは凄まじい。ある自民党の都議は、「全面戦争をするつもりか」と疑問の声が噴出した。都政改革で、「小池氏 vs 抵抗勢力の都議会」の構図を狙ったとの見方も出ており、今後4年間の首都のリーダーを決める都知事選が、劇場化の様相を呈することへの懸念も広がった。対立の図式と、劇場化といえば、郵政解散の「小泉劇場」を思い出す。
公明党のある都議も、「いきなり『解散』と言われても…。自民党の内輪もめが原因ですよね」と面食らった様子。その上で、「何かを悪者にして、それと戦う自分を正当化するのは、郵政選挙で行った小泉元首相と同じ手法だ」と指摘する。あの時の小泉は「自民党をぶっ潰す」と息巻いた。「郵政民営化に反対するのは抵抗勢力とみなし、公認をしない」とまで言った。
小泉純一郎という人間は、頭がいいというより知恵の働く男で、その意味で秀才とは別の頭の良さがある。その小泉を絶対に許さない男が亀井静香。亀井は2014年9月18日放送の「ニュースの巨人」(TBS系)に出演、小泉とのあるエピソードを紹介した。2001年の自民党総裁選挙に立候補を表明していた亀井だったが、総裁候補の小泉が総裁選の応援を亀井氏に要請。
亀井は小泉と政策協定を結び、亀井が出馬を辞退。その亀井の応援で小泉が自民党総裁になったという経緯がある。もともと同じ派閥に属していたことから仲が良かったという亀井と小泉だが、政策協定について小泉氏とは書面まで交わし、さらに小泉は「俺が総理になったらね、100%亀ちゃん(亀井)の言うとおりにするから協力してくれ」と、持ちかけたという。
ところが総理になった小泉は、政策協定とは全く異なる政策を断行し始め、亀井は小泉に裏切られた形となる。憤懣やるせない亀井氏は、数度官邸に乗り込んで小泉に直談判したが、「亀ちゃん、そうそう」、「そのうちやる、そのうちやる」と言って、「最後はオンナの話ばっかし…」と亀井氏。(そんな小泉の裏切りに)キャスター上田晋也が「頭にきませんでした?」と問う。
亀井は、「頭にくると言ったところで、ぶっ殺すわけに遺憾でしょ?」と答えた。そんな亀井は結局、小泉が推し進めた郵政民営化に徹底反対し、そのことで自民党を離党する。「自分が首相になったら、あなた(亀井)が首相になったのと同じ。実際の首相はあなたなんだ」と、小泉は亀井をタラしたという。騙された亀井は自らを悔やみ、小泉を恨むことはなかった。
まさに政界は魑魅魍魎と言わんばかりに、亀井は小泉を高く評した。「変わった人だろうけど、天才だね。そういう方でないと時代は動かせなかった。俺みたいな凡人じゃ難しい」と話し、小泉氏の政治家としての判断力が時代を動かしたのだと語った。評論家の田原総一郎は後にその経緯について小泉に問いただした。「あなたは首相になったけど、人間的に問題では?」
小泉は悪びれずにこう言った。「そのとおり、まさにおっしゃるとおり人間的に問題あり。だけど…、権力とはそういうもの」。「人間的に問題あり」といわれて、「まさにそのとおり!」と言える政治家が小泉以外にいるだろうか?「そんなことはない。だけど権力とは…」などと否定の肯定をするが、小泉流は肯定の肯定をやる。これだと相手は突っ込みどころがない。
つまらぬ自尊心を捨てて何を言われても肯定し、肯定の理由を述べて相手を牛耳るのは、ジゴロが女性を口説く手法。「あなたってバカなの?」、「そのとおり、まさバカです。でも、バカだから一途だしあなたへの愛は誰にも負けません」。「あなたは私の身体が目的でしょう?」、「そのとおり!あなたとフィジカルコミュニケーションできたら幸せだ~。」
女性を口説く際は、つまらぬ自尊心を捨て、相手を持ち上げるに限る。小泉はそれで亀井をいい気分にさせ、「人間的に問題!」と言われた田原には、次の言葉を出させなかった。もし、小泉が「人間的に問題!」という言葉に立腹したり、拘ったりしていたら、相手に一本取らせたことになる。肯定の肯定は、否定の肯定より説得力を持つのを小泉は知っていた。
森総理の退陣を受けた2001年の総裁選は、小泉の出馬でこれまでにない様相を呈していた。これまでの総裁選はすべて経世会(旧田中派)か、経世会の全面的支援を受けた人間の出馬であった。これは田中が闇将軍として政界を仕切っていたことに通ずる。経世会からは当然ながら橋本龍太郎が立候補した。小泉と同じ森派の大番頭中川秀直はその事を危惧し田原に伺いを立てた。
田原は冗談半分で言った。「小泉が経世会と正面から喧嘩するというなら支持してもいい。が、経世会とまともに喧嘩したら暗殺される可能性もある」。中川は半分同意、「田原さん、それを小泉に直接言ってよ」と、小泉を同席の料亭に呼び出した。田原は小泉に同じ事を言ったところ、「殺されてもやる」といったという。さらに小泉は田原を驚かせる発言をした。
「経世会と喧嘩するとか、経世会を潰すとか、そんなことじゃない。自分は自民党をぶっ潰す覚悟でやる」。田原は小泉の言葉に度肝を抜かれたと同時に、小泉の度胸と首相けの執念を垣間見た。総裁選は亀井が小泉が自分の政策を引き継ぐことで本選から辞退したが、大方の予測では橋本龍太郎が議員票で他候補を上回り、総理返り咲きが有力となっていた。ところが…
小泉陣営に新しい風が吹き、予測が一変する。田中眞紀子が小泉陣営の応援演説を買って出た。このことが切っ掛けとなり、地方票で小泉が橋龍を上回って当選してしまった。当選した小泉は功労者田中を外務大臣に据えた。その後小泉は田中を更迭、田中もまた自民党を去って行く。その後長期政権と繋がった小泉純一郎は、日本をダメにした総理と名指しされている。
評論家立花隆は「小泉政権の下で進行した改革により、戦後民主主義で当たり前ととされた、平等・平和などの大原則が、なし崩し的に葬り去られ、弱肉強食の競争原理がもてはやされるようになった」とし、「強いものが勝ち、彼らに富が蓄積されるような格差社会が当然と考えられるようになり、社会の弱い層に痛みを徹底的に押し付けてしまった」と、語っている。
小泉自身も、総理時代の増税改革路線が失敗であったことを認めている。今回の小池劇場を主導したと思われる小泉だが、自民党をぶっ壊すどころか、日本をぶっ壊した張本人として表にでない様相を示したが、退陣から10年、ほとぼりが冷めたかちらほら姿を見、声を聞く。党内では浮いても民意の支持をバックに人気を得た小泉流だが、果たして小池を都民が支持するか?