ハンディは能力になる。このことは以前、全盲ピア二ストについて書いたが、正確にいうと、「ハンディは能力に変えられる」である。身体的ハンディのある障害者が、常人より高い技能や能力を身につけた人がいるように、ようはやる気である。高校受験前の偏差値が44だった橋下が、70以上のトップ高校に受かったのも、母子家庭、貧乏というハンディがプラスしたのでは?
受験勉強は苦しく多くの人が挫折する。自分に負けないために何が必要かを一言でいえば「意志」であろう。が、言葉でいうほど簡単でない。自分にくじけそうになるとき、「コノヤロウ、こんなことで弱音を吐いてどうすんだ、お前はその程度の男か!」と叱咤する自己啓発も効力はあろうが、橋下は、「母子家庭だからバカにされたくない」をバネにしたのかも…。
ハンディがプラスに作用すれば自負心となろう。おそらく中学3年時の担任からも、「お前が北野高校なんかどう転んだところで入れるわけがない。アホちゃうか!」などと言われたに違いない。いくらなんでも偏差値44なら、言う教師ももっともだ。彼の心の強さは、上から見下げられ、蔑まれたときの跳ね返す力。その事を橋下自身は「逆境」といったのだ。
高校のラグビー部顧問は、「彼は逆境に強いというより、追い込まれなければやらないタイプ…」といったが、橋下が北野高校受験を口にしたとき、担任教師のみならず、多くの友人にも、「あいつが北野やて、ほんまにアホや!」くらいは当然言われたろう。それら一切が彼にとって励みになった。それを「逆境に強い」という言い方をした。確かにこの手の人間は強い。
普通なら心が折れそうになるところが、折れないように支える何かを発揮する。何かのなかに、貧乏や母子家庭などのハンディが含まれる。今の子どもは、家庭にあっても学校にあっても、まるで王様待遇だ。勉強が嫌いでも、教師はその工夫を生徒に強いられるし、親は親でそういう子を塾という受け皿を用意する。この至れり尽くせり感が今の子どもである。
だから、子どもが勉強できないのは学校のせい、教師の教え方が悪いとなる。こういう事を思う親は、自分にいわせるとバカである。他人のせいにしなければ原因が見つからないのではなく、安易に原因を他人のせいにするという無知バカである。江戸初期に熊沢蕃山(ばんざん)という陽明学者がいた。彼は1942年(寛永19年)23歳のとき、中江藤樹の門弟となる。
中江は伊予国大洲藩を致仕し郷里の近江国小川村に帰郷していた。その経緯は以前にも書いたが、熊沢蕃山が中江藤樹の門弟になるときの話が伝わっている。岡山藩主池田光政に仕えていた蕃山は、主君の命を受け、聖人(賢人)を求めて都へ向かう。途中、近江国のある田舎の宿に泊す。ふすまを隔てた隣り部屋で、知り合いになったばかりの二人の旅人が話し合っていた。
一人は武士であった。隣室からの話し声が蕃山の耳に聞こえる。武士はこう語っていた。主君から数百両の金を預けられた武士は、大金をいつも肌身につけて持っていたが、この村へきて馬に乗ったときに、彼はその金を馬の鞍に結びつけた。そして宿に着いたときに彼は鞍につけたその金を降ろすのを忘れ、馬を馬子とともに帰してしまった。気づいた彼は驚き慌てた。
馬子の名も知らぬ彼は、金を探し出すことができない。主君に申し開きするには、腹を切るしかない。武士は遺書をしたため終わった真夜中に、宿の戸口を激しくたたく物音がした。「人夫のなりをした男が会いたいと言っています」という宿の主人の声で現われたのは、なんと昼の馬子であった。馬子は金入れを武士の前に置き、武士はお礼にと数十両を差し出す。
しかし、馬子は頑として受け取らなかった。その代わりに四里の道を歩いてきたわらじ代として四文を求めた。武士の方からお願いし、やっとのことで二百文の金を馬子に受け取ってもらった。これでもわずか1両の20分の1にすぎない。武士は馬子に聞いた。「こういう正直な人がこの世にあろうとは、自分は思ってもみなかった」。馬子はそれに答えて言った。
「小川村においでになる中江藤樹という方が、常に正直であるようにと私たちに教えてくださっているのです。私たちは中江様の言われることに従っているだけです」。蕃山は膝を打って言った。「私の探し求めている聖人がここにいる。明朝彼のところへ行って、弟子にしていただこう」。蕃山は藤樹のところに出向き、門弟にして欲しいと頼んだところ、断られた。
以後三日三晩、蕃山は藤樹の軒端に坐り込み、門弟にしてもらうまでは死んでも動かないと頑張った。藤樹の母のとりなしで蕃山は藤樹の門弟になった。教育とは、斯くの如く真剣であるべきで、それは教える者も教わる者もである。多くの大作を残した吉川英治は、「私は地道に、学歴もなく、独学でやってきた。座右の銘ではないが、『我以外皆師也』と思っている」。
馬子の正直さに吉川英治の言葉が過ぎる。「職業に貴賎はない。そんな職業に従事していても、その職業になりきっている人は美しい」。人はどんな職業からも自分を成長させることは出来るし、いかに社会的地位の高い職業にあっても人は自身を堕落させられる。このことを吉川英治は汲みとっていたのだろう。9月の末だったか、ウォーキング中に財布を落とした。
家に帰って気づいたが、落としたというより、自販機のところに飲み物を取る前に置いたのが思い出された。一時間も経過していたが、とりあえずその場所に自転車で行ったが、財布はなかった。その足で近くの交番に届けたものの、お金よりもカード類、免許証、保健証類だけでも返ってくればと願った。一日が過ぎて諦め加減で、カード会社に紛失連絡を始めた。
そうこうするうち交番から連絡があった。「奇特な人はいるものだ」。お金はなくても悔いはなかったが、すべてそのままであった。届けた人の住所・氏名を記すことになっているが、本人は礼もいらない、匿名で願いたいとのことらしく、個人情報という事もあって知ることはできなかった。取得物を届けるのは当たり前のこととはいえ、やはり諦めていたのである。
善意に応えられないもどかしさあれど、まだまだ日本人は捨てたものではないなとの感慨に浸る。老若男女を含む相手の一切の素性は分らないままである。誰だろう?どんな人なだろう?詳細はともかく、姿・形・年齢だけでも人の善意に触れたかった。真の善意とは、何らの強制もなく、誰にも分らないところで発生するものかも…。熊沢蕃山は後に以下の言葉を残している。
「我は我、人は人にてよく候」。天下は、天下の天下なりといえり金銀米穀は天より天下の人の為めに生ずるものなれば、一人の私すべきにあらず。生まれ出たる時は貴賎共に一衣も着ず、一物も持たず。金銀は貧せん・富貴の命によりて、しばらく来往す。今日己が物かと言えば明日は他人の物なり。
(語意)
世界は自分だけのものにあらず。地球も自分のためだけに回っていない。生まれしが裸なら、死に行くときも裸で死ぬ。貴賎富貴は生まれながらの運命、子々孫々に大金を残して何になる。親の財産で兄弟争い、親の財産で遊ぶだけ。良い人間にしたければ、子に財産を遺さぬこと。今、自分のものとて、明日は他人のものになる。
「我は我、人は人にてよく候」。これも有名な蕃山の言葉。自分は自分である、人は人でいいではないか。他人と自分を比較せず、他人の真似などせぬこと。自分の個性を失わず、周りに影響されぬこと。世間体を気にしていると自分を見失う。世間は自分を助けてはくれぬ。だから世間など気にしないことだ」。人間は頭でわかっていても、実行できないことは多い。
なぜそうなのか?"正しいことを行いたい"という強い願望がないからだ。頭でこうすべき、これが正しいと分かっているのに、その正しいことが出来ないのは、勇気がないというより、その正しさに対する執着がない。友人に貸した1万円を返してくれといえないのも、「貸したものは当然返すべき」という道理に立てないからだ。「返して欲しい」のではなく、「返すべき」という道理。
「返して欲しい」は欲求に過ぎないが、「返すべき」は不動の道理である。貸した側の道理などはない。あくまで借りた側に発生する人間としての道理である。だから、貸した側は、借りた側に立って、正しい道理を行うことで、その道理を行使させる言葉が「返してくれ」である。遠慮とかそういう問題ではない、人の道、道理の問題にして解決すればいいのだ。
「返して欲しい」というのが感情的に言いづらいなら、道理という理性で対処すべき。自分はこのように考えることで、多くの難問を解決してきた。人と人は感情の触れ合いであるが、理性をキチンと行使しないと感情が崩れる。感情を崩さないためにも事務的(道理・理性)な言葉をいうようにしたらいい。当たり前のことだと思えば、感情に埋まることは少なくなる。
「あの野郎、貸した金を返さない!」と憎むより、そうなる前に自分が解決することだ。自分は小学3年生のときに天体望遠鏡の接眼レンズを貸して、それを搾取されたことがトラウマになっている。このことは、自らの成長段階で何度も何度も、繰り返し頭をもたげた。少年期の痛恨の事象から完璧な道理を学ぶに至る。それが「1円貸しても返させる。1円借りても返す」である。
「10円、100円なんか水臭い。いいよ、返さなくて」と人は言うが、これこそ、「我は我、人は人にてよく候」である。他人のことに惑わされず、自分が良いと思うことはひたすら実行する。10円、100円が返らなくとて腹が痛むわけではない。返す側も同様だ。が、それは感情の問題に過ぎず、借りたものは返す。貸したものは請求するのは、思考を抜いた道理である。
文字に書き、言葉にすれば何でもない簡単なことでも、そこに人間同士の関係が加味されると一筋縄でいかないことになる。言葉に、口にした事が実行できれば生きることに苦労しないか、といえばそうでもない。なぜなら、言葉に、口にした事に対する相手の反応があるからだ。そこを考えるから人は思った事を口に出すのを控える。他人の視線になぜに慄くのだろうか?
それは人は人を見て暮らしているからだ。自分を見るのは映った鏡を見る場合か、手や足などを見る事はできても、自分の顔を見ることはできない。理由は顔に目があるからだ。手の平あたりに目があると便利なこともあろうが、手の平に目があると鞄が持てない。持つと目が痛いだろう。いろいろ考えると目や鼻や口や耳の位置というのは、誰が決めたのか適切な場所にある。
昔、面白いことを言う奴が、「女性の性器が額にあったらいいのに…」と言った。「何でだ?」、「目や鼻と同様に、いつも見れるじゃないか」というので、「バカ!額にあったらパンツをかぶるに決まってるだろが」で収まった。おそらくそうするはずだ。ところで人間だけが執拗に性器を隠すが、なぜだろうか?こんなことを聞いたら「恥ずかしいからでしょ?」と女が言った。
その答えがあまりに素朴で感動した事がある。どうして女性はそんな風に感覚で答えられるのか?それほどに意外な返答だった。男に聞けば、とりあえず理由を考えるし、それなりの時間も必要だろうが、間髪を入れず、「恥ずかしいからでしょ?」はいかにも女らしい、かわいい返答である。ま、これは男的にいえば答えになっていないが、女的にはちゃんとした答えである。
「何で人間は物を食べるんだ?」と聞いて、「お腹がすくからでしょ?」と答えるようなものだ。同じ質問を男の友人にしたときに、彼はユニークな答えを出した。「何でって、食物があるからだよ。食物は、食べる物のことだから」。なるほど、これはユニークだった。「なぜ山に登る?」と問われ、「そこに山があるから」と答えたのはイギリスの登山家ジョージ・マロリー。
と、いわれているが、実はこれは誤訳であった。マロリーは、「なぜ、あなたはエベレストに登りたいのか?」と問われ、″Because it's there.″と答えたのだが、「it」は、文脈からいってもエベレストのことであり、単に「山」とするのは誤訳である。誤訳はしばしば起こるし、有名な誤訳は「結婚は人生の墓場である」。訳者によるさまざまなバージョンがあるのもその理由。
話は戻るが、人間が性器を隠す理由は聖書によると、人類の祖先であるアダムとエバが善悪の木の実を食べたことで目が開き、自分たちが裸であったことに気づき、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆ったということになっている。それがなぜ性器であらねばならなかったのか?についての記述はないが、おそらく凸と凹が異質なもので、そういう違和感であったのか?
あくまで想像だ。隠すことによって刺激を高めることにもなろう。いわゆる人間に共通するチラリズムであり、人間の情事は「秘め事」ゆえに人間であろう。人間以外にも隠れて交尾をする動物がいるが、彼らは単に交尾中に捕食動物に襲われないためとの理由である。恥ずかしいから人目をさけて性交する動物は人間だけであるが、一部人間にも見せたがり屋はいる。
深く考えずとも、服を着、パンツを履くのは防寒だけにあらずで、羞恥の意味もあろう。「そこに山があるからだ」は誤訳でも、性器を隠す理由は「恥ずかしいから」は名答であろうか。実際に我が子で実験した事があるのは、幼児の女子の水着である。何の意味もない胸充てをワザと取ったら、なぜか怒るのだ。恥ずかしいからではなく、取られたことに対して怒る。
大人が海水浴場でそんなにされたら羞恥優先だろうが、子どもの怒る理由は、そういう事をされたら怒らなければいけないとのたしなみと、自分は理解した。男子のスカートめくりを防護するためにブルマーを履く女子が、それでもスカートをめくる男子を追っかける。スカートなしでブルマーだけなら何でもないのに、めくる行為が気にくわない。女はよーワカラン。