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「愛国心」

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childlike…子どものように無邪気な
 
childish…幼稚で愚かしい
 
言うに及ばずだが、二つの言葉の語意の違いは「childlike」に軍配があがる。子どもが大人に成長していく過程において悪に染まっていくなら、子どもは子どものままでよいのか?という命題が生まれるが、子どもが子どものままでは大人の判断ができないことになる。したがって、子どもが大人の判断を身につけるというのは、実は悪に染まって行くことでもある。
 
「悪に染まる」といっても限度があろうし、子どもは決して邪悪な大人になってはいけない。「childlike」は、子どものような"悪に染まらない"無邪気な心を大切にせよだろう。がしかし、決して幼稚で愚かしくあってはならず、物事の判断においては大人でありなさい。これは聖書の中にパウロの言葉として記されている。「はじめに言葉あった」の西洋はいかにも言語の国。
 
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                 いわさきちひろさんの描く子どもたちを眺めながら、彼女の「子ども心」に洗脳される
 
それに比して日本人は観念の民族であろう。明確より曖昧をこのむ日本人の幼児性を示す言葉には頻繁に出くわす。『日本人とユダヤ人』の著者(であろう)山本七平は、日本というのは変チキな国と言う。戦争感覚のない国が一億の民を擁し、枕を高くして寝る不思議な国という。それがなぜに不思議?日本は戦争を放棄した平和国家なのだからそんなの当然ではないか。
 
と、この考えが幼稚で不思議なのだという。平和憲法を基軸に、戦争を放棄すればどの国でも平和になれるのか?そんなバカなことはない。日本は高額な金品を捻出してボディーガードを雇っているだけのことで、自国の安全を他国に委ねるという、これまた不思議の国である。そういう国が真の独立国家といえるのか。この議論は何十年もなされているが現状のまま。
 
自主防衛能力を持たない国々がどれほど悲惨なめにあうか、前世紀のポーランド、現在のチベット、ウイグルの例をみるまでもなく、日本が幼児性を脱却して独立を維持するためには、必要最低限自主的核抑止力を持つべきではないかと。日米同盟を維持しつつ米国への依存度を低減させ、同盟関係を多角化させる。いつまでも「友好と信頼と協調」外交はいかにも小児的だ。
 
山本七平は言う。「平和国家ってのは、夢中で戦争を研究する国なんです。健康であろうと思ったら、病気を研究するのと同じ。なのに日本に日本に戦争論がない。こんなオカシな話ってのは、外国からみて正気じゃない。戦争論やると戦争になるなんて言ってね。だから、日本人にとって戦争は子どものお化けと同じ。『怖いから見ないよ』って向こうを向いているわけです。」
 
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確かに、「平和を願えば平和がくる」などというのも、子どもじみた発想だ。選挙で議席を得ても何もしない政治屋どもにくらべ、山本七平の方がどれほど「愛国心」に満ちているか。ところで現代人たる我々にとって「愛国心」とは何たるや?「日本人に生まれてきてよかったと思う」、そんな言葉はそこらじゅうから聞こえてきた。別に疑いはしないが聞き流す言葉。
 
日本人以外をやったことのない日本人が、「日本人でよかった」というのも説得力に欠ける。「愛国心」を口に出していうのもどうかと思うが、心に秘めようが口に出そうが、国を愛そうが、国を憂えようが、それなりの愛国心に違いない。他人に押し付けたり国家が無理強いしたりするものでもない。現実に愛国心があるからどうする、ないならどうするというのも不明瞭。
 
愛国心のある国民は国から毎月1万円支給といえば、多くの人が「愛国心ありま~す」と役所に届出するな。「ある」と言うだけで1万円だもの。あるかないかをテストされるわけじゃない。「愛国心」のある人ない人は、どういう場面でどういう違いがでるというのか?それが分れば「愛国心テスト」の問題集が作られる。例えばこういう設問が出たとする。
 
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「戦時中、神風特別攻撃隊は志願といわれていたが、志願した人たちは愛国心があったと思いますか?」
 
この問い自分はこう答える。「一億総玉砕というプロパガンダがこの国の隅々にまで浸透していた時代にあって、純粋な愛国心とは国のために一命を差し出すという暗黙の強制。人は誰も死にたくないはずだが、国家に命を差し出すことが愛国心であるというのは、洗脳教育のたまものである。兵士も兵器工場で働く女子挺身隊も愛国心は一様にあったろう。
 
神風特攻隊隊員の愛国心が、兵器工場で働く人たちの愛国心より増していたというわけでは決してない。戦争は普段の生活の場を狂気に変える。愛国心と言う美辞麗句の陰には、とてつもない大きくも見えない力が国民を圧していた。愛国心と名を変えた無言の力が民の心を揺さぶり、背中を押す。人間の意識も無意識をも支配する力としての愛国心は、無言の強制であった。」
 
太平洋戦争末期の軍部の作戦は、まさに集団ヒステリーとしか言いようがない狂喜乱舞の状況である。米国軍の空母や戦艦を攻撃する空母もなく、空砲弾を撃つ余裕もなく、人間もろとも体当たりする効率を選んだ。人名軽視の捨て鉢且つ幼稚な発想だろうが、斯くの非常事態、危急存亡の国家であった。無駄死の愚策といっては英霊に傷がつくと、誰も靖国に背を向けない。
 
特攻を発案・組織した大西中将の真の意図は、天皇陛下から戦争終結の意思を引き出させるためと推察する。「そこまでやらなくともよい。朕は戦争は終りにしたい」の言葉を果たして昭和天皇が発すれば二発の原爆投下もなかった。天皇にそういう意思があったか否か分らない。戦争は引き際が難しい。「一億総玉砕」という軍国イデオロギーが天皇を制していたのかも…。
 
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日本が戦争をしたくなかったのは様々な証拠に明らかだ。蒋介石は日記に、「日本人は短慮で時間のスパンが短い人種。やるときは徹底的にやるので警戒は必要だが、持久戦に持ち込めば最後の勝利は明らか也」と記している。日中戦争勃発後に上海を攻められたときに当時の大蔵大臣賀屋興宣は、「日本の経済状態は大戦争に耐えられない、軍隊は出せない」と発言した。
 
米内光政海軍大臣は賀屋を怒鳴りつけ、賀屋は苦渋の派兵予算を捻出した。当時の日本には中国に全面戦争を仕掛けるだけの財力はなかった。国力の見通しもままならぬ軍部出身政治家の愛国心は大いなる疑問である。見通しのたたない戦争を止められなかったのは、機能不全であったと歴史は教えている。軍部上部の指示命令を現地の軍隊が無視して勝手に進撃をする。
 
政府が軍部を統治できず、軍の司令部が出先の軍をコントロールできないでは、近代の戦争は成り立たない。日露戦争ではあれほど厳しかった軍律が、日中戦争に至っては軍律どこに、という状況だった。そうなった最大の理由は戦争の目的が曖昧だったこと。つまり、どこまで戦えば作戦完了というテーゼがなく、中国軍が退くとどこまでも追撃せざるを得ない状況だった。
 
日本が中国侵攻することで、必然的に欧米諸国が中国にもっていた権益を侵害し、ソ連、英国、米国らがだんだん蒋介石支援にまわり、日本に敵対した。戦争や外交の基本は如何に味方を増やし、如何に敵を減らすかである。戦争目的のない戦争は、当時の指導者たちも頭を悩ました。そこで捻り出されたのが、昭和13年近衛文麿首相が提唱した「東亜新秩序」であった。
 
イメージ 5昭和15年7月、近衛内閣が制定した「基本国策要綱」では、「八紘一宇」、「大東亜共栄圏」が強調される。「八紘一宇」などのスローガンを一体どこから見つけてきたというのか?日本人にも分り難いこのスローガンは世界征服の野望であるかの誤解すら招く。「八紘一宇」とは日本書紀にある言葉で、日蓮宗宗教法人「国柱会」の田中智学がこの言葉を使った。"日蓮の教えで世界を霊的に統一しなければならない"という宗教的な教えだが、まさか田中も政府がこの言葉をスローガンにするなど考えもしなかった。日蓮を代表的日本人の一人とした内村鑑三は、日蓮の信念の強さ、男らしさに惹かれたようだ。確かに日蓮は他宗派を激しく非難するので"仏教の敵"と罵られた。辻説法では冒涜者と罵倒され石もて追われるほどである。
 
ネットでちょっと貶されたりでシュンとなる若者が多い昨今、日蓮の千分の一程度の耐性があれば、「消えろ」、「死ね」を笑って流せるだろう。日蓮は伊豆に3年、佐渡に5年、二度も島流しにあった。当時51歳の日蓮は雪に埋まる佐渡のあばらやで、大作『開目抄』を著した。内村は「闘争を忌避した日蓮を理想の宗教者」としているが、闘争心が強かったからこそ頑張れた。
 
内村鑑三が1894年に英語で著した『japan and the japanese』は、1941年に日本語版『代表的日本人』と題して刊行された。西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5名の共通点は何か?死を覚悟で単身朝鮮に乗り込もうとした西郷、倹約・節制に身を投じた米沢藩主鷹山、「仁術」で村の再興を成し遂げた尊徳、脱名誉、脱権力の中江と、信念の日蓮。
 
いずれも劣らぬ「徳」に満ち、愛国心に満ちた日本人であるが、こういう素晴らしい日本人を外国に伝え、認めさせようとした内村も「愛国心」の徒である。日本史で教わる西郷隆盛といえば「国賊」に近い。征韓論を強行に主張したり、幕府と意見を違えて西南戦争を起こしたりと、特に西郷の「征韓論」については、朝鮮を侵略しようとしたとの誤った思想が喧伝されていた。
 
これは閥閣政府が西郷を貶める創作に過ぎず、西郷の朝鮮出向の目的は、日本の新政府が派遣した使節に対し、朝鮮が国交拒否という無礼な態度を取ったことで、自らが話し合いに行こうとしただけのこと。天の理を尊ぶ西郷、「道」を貫く彼が自国の利益のために他国を侵略するなどの考えは毛頭ない。鎖国状態の朝鮮に開国の必要を諄々と諭すための訪韓であった。
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それを岩倉具視らの陰険な策士が覆し、政治に嫌気をさした西郷は下野した。「…未開の国に対しならば、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導く可きに…」と、朝鮮への軍隊派遣に反対し、遺韓使節を主張した。西郷を追い出した嫉妬の徒は、武力で朝鮮の江華島を占領し、強引に通商条約を認めさせた。内村のいうように、西郷は日本で1、2の魅力ある侍である。
西郷は東アジアの真の敵はロシアと見定めていた。ロシアに対抗するために朝鮮と日本が協力する必要があった。使節として朝鮮に渡ればおそらく殺されていたはずだが、それも理解して西郷は日本のために旅立とうとした。愛国心は自己犠牲の精神であろう。天皇や見えない力によって命を捧げた愛国心を否定はしないが、だれからも強制されない純粋の愛国心を西郷にみる。
 
鷹山、尊徳についてはこのブログに記したが、中江藤樹を知らない人は多だいよう。立身出世こそが人の目指す道と思われた時代、大洲藩で名を成せそうになった中江は、富一切を捨ててひとり暮らしの母親の面倒をみるために近江の片田舎に引っ込み、行商生活をする。これは当時の人にも理解できぬ行動だった。藩を辞去する時の家老に以下の手紙を残している。
 
「家臣ならお金を出して私のような者をいくらでも召抱えるけれど、母親の面倒を見れるのは自分しかいない」。親孝行のためにすべてを投げ打つなど、すごいとしか言いようがない。これを現代ではマザコンという。実際、藤樹の選択には常に母親が影響を与えた。母の影響、母の躾というものと、母に対する呪縛は紙一重だろう。問題は藤樹の行為を母が喜んだか否かでは?
 
偉人には様々な母がいる。「老母にうつつを抜かすよりも、世のため人のために身を投じよ」という母もいる。どちらが正しい、美しいではなく、どちらも正しい、美しい。藤樹は後年陽明学者として儒学思想に献身した。西郷隆盛や吉田松陰も陽明学に影響を受けたとされる。大塩平八郎もそうであった。色合いは違っていても、世渡り上手な人間にない精神がある。
 
大学者ニュートンは、論文を書いても決して自分の名を書かなかった。なんと、ニュートンは謙虚な人間だ。と思うのは間違いで、それは有名になるための策略であった。「このすごい論文を書いたのは誰だ?」、「こんなのが書けるのはニュートンしかいない」などと、学会にセンセーションを起こす意図があった。ニュートンの晩年は高貴な人との交流に終始した。
 
自宅のソファも王族と同じ真紅に染めるなど、名声や栄光を好んだ。立身出世よりも人間の内面を完成することに価値をおいた藤樹は、自らの生き方を貫くためにあえて名を残すことを避けた。名誉や出世は「徳」を追及する際に邪魔になると考えたのだろう。キリスト教的価値観に近い考えだ。キリスト教では桁外れに立派な人を「聖人」という称号で讃える。
 
内村も藤樹を「近江の聖人」という言葉で表している。本の読者にキリスト教信者が多いのを知ってか、中江藤樹を日本を代表する「聖人」と紹介したかったのだろう。有名になるのを嫌った藤樹は次の言葉を残している。「小善は日々に多し。大善は名に近し。小善は徳に近し。大善は人争ひて為さんとす、名を好むが故なり」。今の時代に忘れられた人生観に思える。
 
教育は国家の礎という。中江藤樹は教育に生涯を捧げたが、彼の名は日本の教科書から消えてしまった。これほどの人物がなぜ紹介されないという不思議。藤樹は「それ学問は心の汚れを清め、身の行いを良くするを以て本実とす」。つまり、本来の学問とは知識を蓄えることでは無く、利欲にとわられず正しく生き、行動する為の方向づけを学ぶことだと説いている。
 
教育に政治的イデオロギーを持ち込む人々から見れば、道徳(修身)教育は思想・信条の自由に反するという。2014年9月24日、中央教育審議会の分科会で「道徳の教科化」が了承された。安倍晋三首相は教育基本法に加えられた教育の目的に「愛国心」や「公共の精神」が書き込まれたことをあげて、「いじめをしてはいけないという『規範意識』を教えていくことが大切。
 
『日本人としてのアイデンティティー(帰属意識)』をしっかりと確立していくことも大切」と表明した。国が道徳の内容を決め、教科書で教える「道徳の教科化」を 「戦争する国づくり」に向けて国民の思想統制をはかる、歪んだ愛国心であると反対する野党は多い。「愛国心」は押し付けるものではないという反日左翼教師による好き勝手な反日思想が押し付けられている。
 
こんなんでは「愛国心」を植付けるために国が先導せざるを得ない。何事も押し付け、強要はよくないが、売国奴に洗脳された教育現場に立ち入り、純真な子供たちへの刷り込みを取り払う責務が国家にある。「子どもには何も教えないことで真の教育が行われる」とルソーは説いた。長い年月で染み付いた歪みを直すべき時期にきている。

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