「戸塚ヨットスクール」が新聞や週刊誌などで叩かれたとき、戸塚宏校長は毅然たる態度で、「恐怖心を与えないと親や目上を舐めた人間は更生しない」と述べていた。同じ愛知県で起こった「名古屋教育虐待殺人事件」では従順であり続けた子どもを刺殺した。反抗するから勢い余ってではなく、親が子どもを意のままにせんと関わり過ぎたことから起こった悲劇である。
1980年代から1990年代前半、「東の千葉、西の愛知」といわれた管理教育県にあって、愛知県豊橋市の私塾経営者の息子兄弟が親の意向で制服を着用しなかった。それが問題行動児とされ、内申書評価のある高校進学を断念、大学入学資格検定に挑戦、1982年に長男が東大医学部、1983年に次男が京大経済学部、1987年に長女が京大文学部に合格し話題になった。
人間には他の動物にはない格差意識がある。動物の「血統書」は動物たちの格差意識でなく、人間の見栄や欲を満たすものである。ペットをはじめ、多くの物品や出身校や職種にまで及び、そうした優越感が差別意識を助長する。「日本一の桃太郎を探す」触れ込みで始まった“健康優良児”は、昭和30年から始まったが、個人単位の表彰は1978年で廃止された。
生まれつき体格のいい子供が選ばれ、さらには生まれ育った環境が少なからず影響し、不要な優越感や劣等感を生むとの批判が強まったことで学校単位の表彰も1996年廃止された。飽くなき人間のブランド志向は「お受験」と揶揄され、名門幼稚園から同小学校~中学と狭き門の受験地獄に突入する。それは高校~大学、さらには入社試験へと人間の学力仕分けが続く。
これらが、「人間の価値は学力」という信仰を生んだ。人間の価値が学力だけで選別、判別されるというなら、人間は出身校や成績を書いたネックストラップを下げていたらよい。そんなものに影響されることなく人は人と交流し、中卒や高卒であっても魅力ある人間はいくらでもいる。なのに子どもを持つ多くの親は、斯くも付け焼刃的学力を身につけさせんと奔走する。
「学力とは何か?」、「人間の本質的な頭の良さとは?」。ごく少数だがこういう問題意識を持った親もいて、彼らは子どもの学力自慢をしない。こうした親の理解を得た子どもたちが、スポーツや文化・芸能の世界で花を咲かせる。学力のみに特化した人間の行き場は特定されぬが、真に学問を愛す子どもは学者の道をゆく。それはスポーツや芸能にもいえること。
「好きこそもののなんたれ」という。好きなことに邁進できるのは本人の幸福である。上記した愛知県豊橋市の私塾経営者の息子兄弟のその後について調べてみた。豊橋市で英語塾を経営していた磯村懋 (つとむ) 氏 (2003年に67歳で他界) は、管理教育が子どもの正常な学習や学びを妨害すると考えていた。愛知県は全国でもなだたる管理教育県であった。
1970年代半ば~80年代に吹き荒れた校内暴力は、特に公立中学で生徒の非行や犯罪が社会問題になった。それに呼応して文部省は全国の教育委員会などを通じて管理教育を徹底させる通達を出す。私立中学受験に拍車がかかったのはそういう事情もある。管理教育は、生徒の髪形や制服、持ち物にまで徹底され、教師による体罰も「指導」の名のもと、エスカレートしていく。
ナイフなどを所持した子どもの凶悪事件の続発で、文部省は学校が子どもの、「所持品検査」実施を容認した。教育現場では、「検査は不信感を生むだけ」、「本来は家庭で管理すべき問題」と戸惑いもあったが、家庭が子どもの管理機能を失っていた。当時の新聞社説を読むと、父親が粗大ごみ化された家庭では母親が荒れる子どもに対処しきれなくなっていた。
そこで母親は学校に子どもの管理徹底を求め、学校は親の要望を担おうとする。「何という家庭の無力」と、自分は所持品検査には真っ向反対だったが、周辺の問題ではなくなっていた。こうしたことから子どもの非行防止目的で、親は学習塾や習い事へ通わせ始める。「バカげたこと」としか言いようがないが、バカげたことしかやる手立てがなかった。
豊橋の磯村氏は息子と話し合った末、私服で公立中学に3年間通学した。「制服は管理教育の象徴」とする父の教えだが、学校は内申書をちらつかせ、制服着用を命じるも2人が制服を着ることは1日たりもなかった。内申書の悪評価は想定済みで、2人は父と話し合った末に高校進学を止めた。これは内申書を人質にとったゲスな指導に対する異議・抵抗であった。
父は当時、世間ではあまり知られていなかった大検を奨め、息子はそれを承諾して受験をし、1年で合格した。その後、兄は1982年に東京大学理科Ⅲ類へ、弟和人は1983年に京都大学経済学部にそれぞれ現役入学した。磯村兄弟家族は、1984年に放送されたドラマ、「中卒・東大一直線 もう高校はいらない!」(TBS)のモデルとなり、ドラマは高視聴率をあげた。
右の表紙は実際の磯村家の子どもたち。左上長男、右上次男、真中長女、左下三男、右下次女