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名作『滝の白糸』に寄す ③

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めぐり逢いとは何とも不思議な人間ドラマであろうか。滝の白糸と村越欣也が出逢うことがなかったら、二人は死ぬことはなかった。二人の馴れ初めからの一連の流れの中、白糸の自決にはいろいろ考えさせられるものがある。物語の圧巻は最後の法廷場面にある。尽くしてきた愛する男の手で裁かれるという不条理にあって、自らを保つことがどれほど苦しく酷であるかが伝わる。

これほどの極限状態にありながらも、凛とした姿を崩さぬ白糸の芯の強さは、ほとばしる愛情からいずるものであろう。さらには欣弥との金網ごしのけなげなまでの言葉のやりとりに涙を誘われぬ者はいない。先ずは裁判が始まり、証人として出廷する白糸は、検事席にいる欣弥を目にし驚くところから始まるが、白糸を尋問する欣弥との二人の経緯を知る者などいない。

裁判長はこのように質問をする。「証人は被害者上林から受け取った二百円を東京に送ったと言っておるが、それに相違ないか」、「はい」、「寅五郎に金を奪われなかったのだな」、「はい」。「嘘をつくな!」と脇から怒鳴る寅五郎。裁判長は続ける。「その金は東京のどこに送った」、「それは言えません」、「隠していては、金を送ったのは嘘ということになるぞ」。

そして欣弥が白糸を尋問をすることになる。欣弥にとっては白糸への感謝と愛情を隠すことなどできない。欣弥は誠実に心を込めて白糸に語り掛けるが、周囲の誰にもそれはありがちな検事の被告へのは尋問でしかないない。「送り先の名前を言いなさい」、「どんなことがあっても申し上げられません」、「証人が言えぬというその名を本官は知っている」。これは驚くべき発言である。

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欣弥は法廷の場で自分の名を白糸にいわせようとするのは、そのことが真実であるからだが、白糸は相手の名をいおうとしない。欣弥はそんな白糸の心を慮りながらこう諭す。「証人は偽りを言ってはならぬ。証人は滝の白糸と呼ばれる立派な芸人ではないか。濁りなく澄み渡ればこそ白糸と申すのであろう」。白糸には欣弥がこの場で自分への敬愛心をひしひし感じたであろう。

つづけていう。「その白糸が罪もない人に罪を着せたとしたら、多くの贔屓はどう考える。もし本官があなたの贔屓であったら、愛想を尽かして道で会っても見向きもしないであろう。真の幸せを得るなら心が正しくなくてはならぬ。わかったな」欣弥の言葉に心洗われた白糸は事実を申し立て、寅五郎に金を盗られ、上林に借金を申し込むも上林に体を要求され、抵抗の結果に殺害したと告白する。

欣弥は正当防衛でなく殺意があったものと懲役八年を求刑する。閉廷後、欣弥は獄舎の白糸と面会する。「元気ですか」、「はい」、「それはよかった。とても心配してたんだ。僕のためにこんなことになって」、「いいえ。そんなこと」、「君を検事の立場で厳正に求刑しなければならないとは」、「あたしがこんなことをしなければ、あなたをこんなに苦しめなくて済んだのに」。

検事と被告ではない、人と人の会話である。恩人を法廷で裁くような巡りあわせとなったが、これも白糸と欣弥のめぐり逢いが生じさせた。欣弥は自分の辛い思いを打ち明ける。「恩人を鞭にあてるような自分の立場がつくづく嫌になった。この事件が終わったら僕は辞職するつもりだ」。仕事とはいえ、割り切れないやるせなさが法律家に向かぬ自身を悟っていた。

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そんな欣弥に白糸はこう言い含めた。「それはいけない。そんな気の弱いことでどうします」、「わたしはあなたに裁かれて嬉しいのです」、「僕を許してくれますか」、「許すなんて」、「僕はあなたに妻になってもらいたい。母とも相談の上だ。この婚姻届に判を押してください」。といいながら用紙を出して白糸に判を押させる。この上ない喜びと悲しみが入り混じって涙する白糸。

法廷内で舌を噛み切って死ぬ白糸、後に拳銃自殺をする欣弥という原作と変わって、判決は正当防衛を認めて白糸を無罪とした。あくまでおそらくであるが、日本人的な心情として、8割方がこの結末を望むだろう。欣弥が白糸に述べた、「もし本官があなたの贔屓であったら、愛想を尽かして道で会っても見向きもしないであろう」と、これは是は是とし非を非とする男の愛の形である。

「真の幸せを得るなら心が正しくなくてはならぬ」と、これは自身の妻としてあるべく女の正しい姿を述べている。信頼に値する人間というのは、何より正直であるべきであり、人は利害でなく真実の中で生きるべきとの考えにある。都合のいい事は表に出し、悪いことは隠すではなく、善いも悪いも真実なら受け入れるべきというのは、自分の理想とする生き方でもある。

白糸の像は金沢市浅野川左岸の、「鏡花の道」にある。子どもの頃、どさ周り劇団の人気の出し物だった水芸は子ども心に本当に不思議だった。あれこそが手品(昔はマジックといわなかった)の原型であった。大人になった今、その仕掛けを知りつつも不思議さは変わらない。女性が主役の水芸は女性の凛とした美しさを醸すが、当時23歳の若尾文子の白糸の美貌は絶世の感があった。

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