泉鏡花(本名は鏡太郎。1873年11月4日 - 1939年9月7日)は金沢市下新町に生まれた。尾崎紅葉に師事し、怪奇趣味と特有のロマンティシズムは近代における幻想文学の先駆者としても評価されている。代表作として『高野聖』、『婦系図』、『歌行燈』などがあるが、『滝の白糸』の原作となった『義血侠血』は、鏡花の21歳時の作品である。舞台は彼の生地金沢となっている。
白糸が南京出刃包丁の芸人寅五郎と反目し合う原因は、北陸路を旅回りをする滝の白糸一座の世話役お安に、寅五郎が一緒に興行しないかと申し出をした。「俺たちが手を組めばもっと客を集めることができる」という寅五郎に対し、「人様の力を借りたんでは、御贔屓筋に申し訳ありません」と滝の白糸は断ると、「なんだと。覚えていろよ。今に見ていろ」と寅五郎は怒る。
滝の白糸一座は金沢行きの乗合馬車に乗り込むが、先に金沢に行って良い興行場所を目論む寅五郎は、白糸一座の馬車の車輪に出刃包丁を投げつけて、馬車を壊す。悔しがるお安は何としても白糸を寅五郎より先に金沢に着かせたい。そのとき乗合馬車の御者は、「どんな辛いことも我慢できますか?」と問い、「先に金沢に着くならどんなことも我慢します」と応える白糸だった。
御車は白糸を馬に乗せて一路金沢へ。白糸は必至で御者にしがみついていた。これが白糸と欣弥の馴れ初めである。金沢に着いた白糸は見事な水芸で観客の喝采を浴びるが、御者のことが気になっていた。「初めて会った人にこんなに気がひかれるなんて…これが初恋なのかしら」とお安に打ち明ける。ふと夕涼みに川岸を歩いた白糸は、小舟で寝そべる御者を見かける。
「あの、あたしを覚えてます?」、「どっかで見たような気もするけど」、「あたしを抱いたくせに。しっかりと馬の上で」、「ああ、そうか。月の光で見ると、前よりよっぽど綺麗だな」、「まあ嬉しい!」。白糸は御者から煙管を借りて一服する。「あなた独り者?」、「働き手のない者に嫁の来てはあるもんか」「でも、あんたは馬車会社に」、「クビになりました」。
客をほったらかして歩かせたからという。「まあ。それじゃあたしのために。で、あんた、これからは?」「馬方じゃどうせ勉強もできない。僕は法律を勉強したいんだ。母が僕の成功を待っている」、「学問ならこんな田舎より、東京のほうがいいでんしょう?どうして行かないの?」「行けないんだ。親父さえ生きていてくれたら…」。白糸は御者の事情が呑み込めた。
「それでは」と立ち去る御者に白糸は、「東京へおいでなさい」、「何だって」、「お金があればいいんでしょう?」、「ないからここにいるんだ」、「お金なら私が持っています」、「僕は乞食じゃないよ」、「人間に生まれて一度はためになることをしてみたい。そう思っただけ。お願い、学校出られるまで仕送りさせてください。あんたを立派な人にしたんです」。
「わからん。どうして君がそうしてくれるのか」と訝る御者に、「訳も何もありません。私の気持ちです」と白糸。「君は誰なんだ」、「名前なんかどうでも馬の上で抱いた女でいいじゃありませんか」、「そうはいかん。見も知らぬ人から情けを受けるのは嫌だ。僕は村越欣弥。君は」「水島友。またの名を滝の白糸」、「滝の白糸。そうか、君が今評判の水芸の太夫か」。
援助の申し出を計りかねていた欣弥に白糸は、「私はあなたが好きです」と打ち明ける。「ただ好きなんです」、「そうですか」、「ここに三十円あります。これですぐ東京に行ってください」、「恩に着ます」。立ち去る欣弥を見送る白糸は返し忘れた煙管を胸に抱く。それから二年。人気の外国のマジックに押されながらも滝の白糸一座はなんとか興行を続けていた。
白糸は苦しい中から欣弥に送金を続けた。「あと一年だけ我慢して」、とお安に詫びる白糸。二人は文を交わし心が通い合っていた。そんな中、富豪の上林は興行主になりたいと寅五郎に持ちかけるが、条件は滝の白糸一座と一緒になることだった。白糸は一座の窮状を救うため寅五郎一座と一緒になり、上林の資金援助を受け入れを了承する。前金三百円を貰った白糸は二百円を欣弥に送る。
欣弥の母は、欣弥が卒業して金沢に戻ってきたら息子と結婚してくれと白糸に頼む。「そんなこと言われても、欣弥さんがどう思っているか」、「いいえ。息子は自分の嫁はあなたしかないと書いています」。母は手紙を母は白糸に見せた。欣弥の手紙にこう書かれていた。「一度しか会ったことのない友さんにこれほどの愛情を感じるのが不思議ですが、想いは日々募るばかりです。
今では友さんと結婚したい想いだけで勉強に励む毎日です。しかし友さんの気持ちはわかりません。それとなく母上から打診してくれませんか」。欣弥の手紙を胸に抱く白糸。「興行で儲けようと思ってない」。上林の目的は白糸だった。一座を東北巡業させるが寒い地方で水芸など誰も観にこない。そこで白糸はお金を求めて自分になびくという思惑だった。
客の不入りで進退窮まった一座に上林は寅五郎に命じて欣弥に送る二百円を盗ませた。困った白糸は上林の元に駆け込み借金を願う。上林は金を貸す代わりに身体を求めるが、「私は芸は売っても身は売らない」と拒み抵抗するが、勢い余って上林を刺し殺してしまう。白糸はお安に上林殺しを打ち明けるが、お安は二度と欣弥に会えなくなるからと自首を止める。
これが前半のあらすじ。1956年製作の若尾文子主演の映画はDVDにもなっていず、なかなか見る機会がない。1973年には岡田茉莉子主演でテレビドラマ化されたが、新派看板女優で人気演目『滝の白糸』も水谷八重子の年齢から望めない。最近は現代風にアレンジされた唐版に人気が集中しているが、この名作が50年近く映画・ドラマで製作されないのが腑に落ちない。
『滝の白糸』昭和47年の国立劇場公演。初代水谷八重子は66歳。欣弥役の吉右衛門は28歳だった