これまで紹介した6曲はすべて邦楽で、高田真樹子、イルカ、柴田まゆみ、もとまろ、尾崎亜美、中山千夏らすべて女性アーチストだった。邦楽、女性とどちらも多少は意識した部分もあるが、あまり知られていないアーチスト、知られていない曲をあえて選んだことも意識というか、自分の少数派志向にもよる。決して有名な曲、有名な歌手が悪いわけじゃない。
誰もが好む美人が悪いわけじゃない。少し深いことをいうと、自分を試す意味もある。「お前は人がいいというものにしか興味がないのか?」というのは天の声ではないが、liberal信奉者としての自負もある。liberalは、「自由な」、「自由主義の」、「自由主義者」などを意味する英語で、社会的公正や多様性を重視するリベラリズムや、リベラリストを目指している。
個人の自由や多様性を尊重する、「リベラル」という語句は当初、「権力からの自由」を重視していた。ジョン・スチュアート・ミルはその著書『自由論』のなかで、“他人に危害を加えた場合のみ自由は制限される”、と共存のルールを示している。それが後に、「他人に迷惑をかけない限りは何をやっても許される」という考え方が、自由の定義とされるようになる。
自殺も人間の自由に違いないが、なぜか日本人は自殺をした人に対し、「命は自分だけのものじゃない。産んでもらった親、育ててもらった人たちの命でもある」などという。さらに自殺の責任が親にある、学校にある、級友らにあるなどと責任を拡大する。これは日本人に個人観念が希薄だからだろう。間接的な理由をいえばキリがないが、最後のところは自己責任でしかない。
その反面、何事か不祥事をおこした人が自殺したとしても、自殺原因を追い詰めた側の原因として考える日本人はほとんどいない。死は個人に訪れるものだが、センチメンタリズムを信奉する日本人にとっては、死も全体主義的なのか。と、前置きが長くなった。心に残る曲に洋楽や男性アーチストがいない訳ではない。そこでしょっぱな頭に浮かんだのがミッシェル・ポルナレフ。
はじめて彼を知ったのは、多分『シェリーに口づけ』(1971年)だったかも知れない。原題の、『Tout Tout Pour Ma Cherie』を直訳すると、「全て、全ていとしき君のために」となる。Cherieは人の名ではなく英語の、dearに相当し、『All, all for my darling』という英語表記になろう。原題とは全く似つかぬ、『シェリーに口づけ』なる邦題をつけた当時のディレクターはこう述懐する。
「冒頭の "Tout, Tout Pour Ma Cherie Ma Cherie" の "Tout, Tout" がキスの音に聞こえるから、『シェリーに口づけ』というタイトルにした」と発言している。「トゥートゥートゥマシェリー」の歌詞は確かにインパクトがあり、耳にも馴染むのか、トヨタ・ビスタやホンダ・ゼストのCMにもつかわれた。自分の選ぶミッシェルの一曲は『Holidays』。邦題は『愛の休日』となっている。
ミッシェルの甘い声が愛の言葉を囁く。フランス語はなんと愛の言葉に相応しいのであろう。自分がこの曲を一押しする理由は、初めて彼女の部屋に行ったとき、二人の会話をロマンチックに演出したかったのか、この曲をバックに流した彼女。「いい曲だね。この曲」、「好きなのあたし…」。彼女の家は大きな邸宅だったが、家族の留守をねらって自分を引き入れた。
"抱くまでと 抱かれるまでの むだばなし"
これ以上はないくらい、抱き合う前のむだ話に相応しい曲だったが、他に流れた曲は同じくミシェルの『ラヴ・ミー・プリーズ・ラヴ・ミー』でこの曲は知っていた。『Holidays』と同じくらいロマンティックな曲で、ミッシェルの代表曲といえば、この曲もしくは、『シェリーに口づけ』かも知れない。ミシェルといえばソバージュヘアに例の白ブチのサングラスがトレードマーク。
ところがおそるべくはYou-Tubeの時代である。ミシェルの定番コスチュームになる前の、ダサいころの映像を観ることができる。初めて観たときは誰か分からなかった「これがミッシェルなのか?」。中島みゆきではないが、「あんな時代もあったねと…」である。今回、洋楽のトップにミッシェル・ポルナレフを選んだのは、もう一つ理由がある。7月3日は彼のバースデー。
1944年生まれの彼は今日で75歳。いやいや、人の年齢に驚くばかりだが、あのハスキーな裏声のミッシェルが75歳とは、“そんな時代”なのである。フランス人を初めて知ったのは、シルヴィ・バルタンだが、ミッシェルとシルヴィは同じ1944年生まれだから、シルヴィもおばあちゃんである。あのシルヴィがおばあちゃんなのはミッシェルがおじいちゃんより許容しがたい。
『アイドルを探せ』も印象的だったが、これぞフランスというのをストレートに伝えたのが、『夢見るシャンソン人形』のフランス・ギャルだった。そんな彼女が昨年1月7日に死去したのは知らなかった。乳がんだそうで享年70歳と若い生涯だった。日本で売れた頃の彼女は10代で、まるでフランス人形のような彼女に、多くの日本人がとりこになった。66年に来日公演を果たしている。
人の死の年齢などを思う時、あるいは貧困や差別の実態を前に、「人間が平等」であるのは列記とした嘘。同じバスや列車の事故で、誰かが助かり誰かが命を落とすという現実には抗えない。さて、そんな話題は避けてミッシェルの、『Holidays』を聴いた1970年代頃の自分に想いを馳せる。当時は訳を知らなかったが、聴いてみると何のことかさっぱり分からない。
ビージーズの『Holiday』も超難解曲と知られている。♪ああ、あなたはホリデイだ 本当にホリデイだ。1960~70年代のロック界ではわざと意味不明で難解な歌詞をつけるのが流行った。作ったロビンも聴く人の自由な解釈でいいといっている。感性をそのまま歌詞にしてしまう彼らの独自な音楽世界は、聴く者の琴線にそっと触れ、心地よい空間へと導いてくれている。