自分は滅多なことで謝罪はしないが、それは謝罪が好きだからである。決して高いプライドが邪魔をするからではなく、謝罪の何たるかを知るからでもある。謝罪とは自分を無にする行為でなければならない。他人の「精神誠意」がどの程度か分からぬが、自分のことならよく分かる。謝罪は精神誠意でなければならず、上辺だけならしない方がマシ。誤解はあろうが自分の考えだ。
謝罪の本質は、「許しを乞わないこと」だと、幾度か書いた。許しを乞わない謝罪なら何のためにするのか。自らに罪を認め、自らに甘えないとの意思表示を相手に伝えるためで許しは二の次と考える。なぜなら、罪は罰によって制裁を受けるものだが、「謝って済むなら警察はいらない」という言葉は、罰という制裁はあっても、被害者心情は消えるものではないと解釈する。
罪とは一体何であるか?「罪とは羞恥」と考えるなら、羞恥が謝罪によって解消されるだろうか?謝って許しを得ても羞恥は消えない。「天に恥じぬ生き方」という言葉もあるように、罪を犯したものはその罪を天に恥じることであり、天に晒す気持ちで正直に被害相手に心を透かせること。それすらも理解せず、形式的な謝罪でお茶を濁そうとする人間の多きことか。
アレはまるで風景のようだ。壇上に整列して「一同礼!」が如き、拍子合わせのバカげた謝罪のことだ。あれはもはやマニュアル化しているようで、あれを謝罪と思ったことは一度もない。形式主義の日本人社会において、形式的謝罪は必要だろうが、過去においてもっとも心を打たれた謝罪がある。その謝罪は1997年11月24日に行われた。謝罪の当事者を野澤正平氏という。
野澤氏は日本の実業家で元山一證券社長であった。1997年(平成9年)7月に社長に就任したが、その僅か4ヵ月後の同年11月に廃業に追い込まれたことから、残務整理的社長であったようだ。野澤氏の謝罪というのは、謝罪というより経営責任者として社員を路頭に迷わせてはならないという心の叫びのようであった。すくなくとも自分にはそのようにしか聞こえなかった。
立場もあってか野澤氏も事前に用意された原稿を淡々と読み上げる会見で始まったが、野澤氏が人間的であったのは、立場上隠匿せねばならない自己の人間性を、隠しきれなかったということになる。隠すことも、抑え込むこともできない、それこそが人間性なのかも知れない。それが野澤正平という人であった。我々は社会のなかで本質的なものを見誤ることがある。
本質的なものを見失うことによって、非本質的なものを過大視する傾向があるが、人間にとってもっとも本質的なものは人間としての矜持である。人間の本質は人間である以外の何ものでない。人間性を隠せば、許しを乞うという偽善もやれてしまう。人間には社会の顔があるのは認める。が、「自分は人間である」いう自覚を持てば、社会の顔を作ってみても人間性は隠せない。
「滅多なことで謝罪をしない」理由を、「謝罪がすきだから」といったのは半分は社交辞令。本心を澱みなく強調することもあれば愉快な表現もある。面白くいったまでで、あえて本心をいうなら、決して謝ったりしないことが人間の強さであると。自分が強いのではなく、強くありたい願望を持っている。頭をさげ、詫びることで己を認めてもらおうとの魂胆を排する強さである。
自ら犯した悪に対する制裁は、相手が自分を如何に憎み倒そうとも、その怒りを受け容れなければならない。詫びることで相手の怒りの気持ちを挫こうとの狙いであってはならず、それこそ弱者の行う見え透いた偽善である。だからか見境もなく謝り、相手に受け容れられる形で生き延びようとする。こういう謝罪が日本社会に蔓延することに同じ日本人として羞恥を抱く。
真に罪に悔いることは、決して謝ることではなく相手の怒りや憎しみを背負って生きていくこと。元少年Aの突然の手記に被害者の父が怒ったのは無理もないことだ。彼が一生罪を背負って生きることは被害者家族も望んでいないにせよ、事件も風化の兆しが見え、加害者を許そうとする矢先であっただけに、これまでの謝罪は何だったのかの気持ちになるのは当然である。
貴乃花の元妻もしたたかだ。あのような手記で元夫に対して謝意を示しているつもりだろうが、違うだろう。本心を隠匿して本心だと公言するのを偽善という。許しを乞うという偽善、感謝という偽善、謝ることで何が変わるのか?讃えることで何が変わるというのか?憎しみを愛に、不信を信頼に、対立を平和に…、言葉の動物は言行不一致が得意でもあり、言葉を都合よく利用する。
世間とは人間の事。世間の目は辛辣である反面、相手の嘘には目をつぶり、相互に卑劣さを庇い合うながら、見て見ぬふりをして生きることすらも世間である。人間は自らに美味しい選択を用意する。だから自身に甘え、世間に甘え、他者に認められるために偽善を犯す。彼らの善良そうな顔の底にあるのは、弱々しくも相手に取り入って生きようとする卑屈さである。