1830年のフランスで生まれたフェミニズムは日本においてはウーマン・リブ運動として始まった。欧米女性の女性解放の概念は、「結婚は男が女を性的に独占することによる自己満足」と定義した性の解放であるが、日本の女性運動家はそこまで露骨なことは恥さらしとして自制する。日本のフェミニズムの旗手とされる上野千鶴子、田嶋陽子らが、「女性にSEXの自由を」などという度胸はない。
小倉千加子は最初の著書『セックス神話解体新書』(1988年)において、「男女間のセックス自体が男性による女性支配である」という主張を行なっている。また、男女の婚姻に強く反対し、結婚制度だけではなく事実婚にも反対している。少子化の元凶ともいえる発言だが、こういう困り者の人間どもはどこかの農場に寄せ集めて、集団で農作業でもやってもらった方がいいだろう。
個々の発言は自由でも国家形態に支障をきたしかねないネガティブ発言に比べ、同じフェミニストとはいえ性を讃歌する与謝野晶子や伊藤野枝らはいかにも人間的だ。上野や田嶋らは学者としての喰い口を得るためか、過激な性発言をやらない。与謝野晶子の大胆表現は誰もが知るが、大胆なのは表現であって、当時の男女のSEXが控えめであったというわけではない。
晶子が性器にバナナを突っ込んで夫に食べさせた話はあまりに有名だが、これには後日談がある。「ある学者から、『これまでに、何か特異な性体験などなさいましたか?』と問われた与謝野鉄幹は、『バナナを晶子の膣に挿入して、翌日取り出して食べましたよ』と得意満面話したところ、「鉄幹先生、その程度のことだったら誰でもやっておりますよ」と戒められたという。
男日照りで干からびた女性フェミニストたちは、実は人一倍デリケートな側面を持っている。だから文句を言う事で自分を守ろうとの倒錯心理。フェミニズムの流れというより単に男の弱体なのか、「カカァ殿下は家庭円満の秘訣」という言葉を聞くことがあるが、これを発するのは決まって男。「家庭円満」の論理が明快というではないが、いいたい気持ちは分からなくもない。
1970年代の前半、ピンクのヘルメットとピル解禁を引っ提げた榎美佐子らが企業に押しかけ怖れられたが、日本にウーマン・リブ思想が根付かなかった理由はハッキリしている。女性たちの多くは、過激なウーマン・リブ思想に反感を抱いたのは、彼女たちのぬくもりのある世界を壊さる可能性に危機感を抱いたからだ。多くの女性は、「私たちは可愛い女」と男にすり寄った。
女性たちは、"可愛い女"として男に愛され、母親という資格を得、さらには母親という確かさの中に安住の生活を望んだ。あらゆる困難や危険に立ち向かう冒険や戦いをするより、現実選択をしたのは明晰であった。戦後、男が弱体した原因の一つに給与振込制があるという社会学者の分析があるが、確かに月給袋を渡される時の夫への感謝の情は癒えたかも知れない。
が、複合的な理由として、子を自分のものと独占し、さらには家計の金銭管理一切を妻が取り仕切ることになれば、必然的に妻の力が強くなる。教育と財務を握れば家庭を掌握したのも同然であろう。それに追い打ちをかける男女平等思想が、強いものをより強く、弱いものはさらに弱くなる。本来の平等思想というのは、強気をくじき弱気に手を差し伸べることにある筈だった。
したがって、平等の思想は戦後教育の中で最も間違ったものとの指摘もある。これは日教組運動の根幹として政治利用されたように、現実に機能したのは、「弱いものの敵」、「強いものの味方」、「真面目なものの敵」、「図々しいものの味方」という側面であった。つまるところ、平等の思想が現実に機能するときは、不平等でしかないというそのことが根本から欠落していた。
一例をあげると、お金持ちのドラ息子と、真面目な日雇い労務者が人間として同じ主張を許されるのだろうか?子どもは自分一人のものと主張する妻と、子育て方針に口を出すことができない夫が、どうして対等の権利を持ち得ているのか。そうした現実から不平等であるものに平等の権利を与えることは、不平等をさらに押し広げる。今の日本は家庭から崩壊してしまっている。