もし、優作が死なないで生きていたら、今日が69歳のバースデイになる。一体どんな優作なのだろうか?ならばと、優作と同じ1949年生まれの芸能人をあげてみた。大竹まこと、オスマンサンコン、ガッツ石松がヒット。むむむむ…、ちょいアレなので、48年生まれを探すと、沢田研二、泉谷しげる、柄本明、前川清。な、なんと…、もうちょい広げて50年生まれを見る。
神田正輝、志村けん、舘ひろし、梅沢冨美男、山本譲二、細川たかし、鹿賀丈史、綾小路きみまろ、宮川大助、滝田栄、と豊作だ。こその中から優作にふさわしいタイプとして、沢田研二、神田正輝、舘ひろし、山本譲二、鹿賀丈史の五人に絞ってみた。さらに体型的に絞られた(?)人を絞ると、神田正輝、舘ひろし、鹿賀丈史。最終的なイメージ選考で舘と鹿賀が残る。
おそらく優作はこんな感じの69歳であろうか。そういえば鹿賀と共演した『野獣死すべし』はこれまでの野卑なイメージが一転、青白インテリ風な役所に驚かされた。この役を与えられた優作はクランクインの前、「役作りのために少し時間が欲しい」と、しばらくの間スタッフと音信を絶つ。その間に松田は10kg以上減量、頬がこけて見えるようにと上下4本の奥歯を抜いた。
優作は台本を読んで独自の役作りをみいだすが、痩せ細ってスタジオに現れた優作のあまりの貧弱な容姿に怒ったのが監督の村川透である。「なんじゃ~お前のその腑抜けた身体は…、俺のイメージするキャラとはまるで違うぞ、コンニャロめ!」といったかいわずか、二人は激しい口論をしたという。さらに優作は役になりきるためには、足を5cm切断するとも語ったという。
当時公表されたプロフフィールには185cmとあるが、前妻である美智子さんの著書『越境者 松田優作』によると183cmとなっている。本作品で優作演ずる主人公伊達邦彦の身長設定は、「180cm前後」もしくは「180cm以上」とされ、数値にさほど差はないが、完璧主義者優作にとっては納得がいかなかったようだ。それにしても足を切断するとは、どこをどうするのだろう。
原作者である大藪春彦は主人公の伊達邦彦の経歴について、以下記している。伊達の生年は第二次世界大戦前。中華人民共和国黒竜江省ハルピン市生まれ。父英彦、母(名前不明)、妹晶子という家族形態で、父の英彦は精油会社を経営していたが、邦彦の物心つく頃には既に乗っ取られて建設関係の官吏となっていた。戦争が始まると英彦は兵士として狩り出される。
北朝鮮の平壌で終戦を迎えるが、帰国船をよこさない日本政府に憤慨し、日本人集団で船を借りて家族と仁川まで脱出、徒歩と車で釜山に辿り着き、船で佐世保に着いた。故郷の四国に戻り、先に復員して県庁の土木課長となっていた父の出迎えを受けた。名門高校へ進んだ邦彦は、新聞部で天皇を罵った記事を書き、没収されて校庭で焼かれた後に一週間の停学処分となる。
この頃、英彦が死亡する。邦彦は演劇部へ入り、複数の女性と関係。特に新納千佳子との恋と別離は痛手となる。千佳子が服毒自殺を遂げ、葬儀車を見つめているときに初めて「野獣死すべし」の不気味な不協和音の幻聴を聞いた。高校卒業後、プロテスタント系の神学校に入るも放校となる。 私立大学に進んだ邦彦は、射撃部へ入る。卒業後大学院に残り、アメリカ文学を専攻する。
邦彦の原作からの経歴はその後、警視庁の警部を射殺、拳銃と警察手帳などを奪ったが、これが初めての殺人だった。院生時代も度重なる犯罪を重ねるとともに、修士論を書き上げる。さらには大学時代の同級生である真田徹夫(鹿賀丈史)とともに、池袋にある関東大学の入学金1600万円を強奪するが、口封じのために真田を殺害した後にハーバード大学大学院へ進学した。
という原作だが映画とはまるで違っている。映画の伊達邦彦は、東京大学卒のエリートで頭脳明晰で射撃の心得もある。大手通信社外信部記者で海外派遣で戦場を見てきた後通信社を退職、翻訳家をしながら読書とクラシック音楽鑑賞に没頭、社会とは隔絶した生活を送っていた。銀行強盗を計画した伊達はある日、大学の同窓会でウェイターとして働く真田と出会う。
真田に銃の訓練を指導した後、遂に2人は銀行襲撃を決行するが、伊達に思いを寄せる華田令子が行内に偶然居合わせるという予期せぬ事態が起きる。行員達を次々と殺害し、地下金庫から大金を収奪すると逃走を図るが、そこにはマスク姿の伊達を見つめる令子の姿があった。令子は伊達と認識するが、伊達はマスクをはずし、躊躇うことなく令子に向けて銃弾を放つ。
まさに圧巻のシーンである。真田に銃の扱い方を教えた伊達は、「動く標的」として真田の恋人殺害を強要する。真田は言われる通り恋人を射殺した。その際に伊達は狂気のごとく乱舞して真田に、「君は今確実に、神さえも超越するほどに美しい」と称え、社会性や倫理感を捨て去り「野獣」として生きていく術を説くのである。伊達が令子を殺すのは当然の所業であった。
あの時の優作の形容したがい表情は永遠に忘れない。自分に思いを寄せる恋人を撃つ優作、思いを寄せる男に撃たれる華田令子役の小林麻美、二人の表情の対比が人間の獣と聖の両極を見せつけられる。令子はマスクを取った伊達に銃を向けられて顔色一つ変えなかった。避けようともしない。おそらく撃たれるなど考えもしなかったろうし、心の中は「なぜ?」が充満。
令子は胸に銃弾を受けて、初めて事情を理解した。「自分は撃たれた」のだと。そして撃ったのはまぎれもなく想いを寄せる伊達であるのだと…。令子が撃たれて絶命までに何を思ったか。何かを思うというにはあまりに短い時間である。自分はこの場面で撃たないと思っていた。人間は人間にこんな哀しい死を向けられるわけはないと一人の観客として願っていたのが…。
世の中に初めて「ニヒル」という言葉を登場させたのが、前出に紹介したツルゲーネフの長編『父と子』である。ニーチェの、「ニヒリズム」はその後になる。『父と子』は世代の対立の悲劇を描いたものだが、主人公のバザーロフがあらゆる権威を否定する性格で、そこからドイツ語の否定の語である、「ニヒト」から、「ニヒリズム(虚無主義)」と呼ばれるようになる。
パザーロフの父親は、自身の思想や趣味から、「虚無主義」運動を否定していたが、息子には何ら干渉せず、邪魔をしなかったことを誇りといえることができた。映画『野獣死すべし』はある意味難解である。主人公伊達邦彦役の優作をクールと呼ぶファンはいるが、伊達邦彦は人殺しをなんとも思わないニヒリストである。令子を撃ったのも、一切のものを否定するニヒリズム。
「松田優作とは何か?」が、「伊達邦夫とは何か?」になったが、それくらいに本作品の優作は印象深い。見どころは多いが、あの場面の優作は好きではない。自分に想いを寄せてくれる美しいお嬢さんを殺すなんて…、「優作、それはないだろ?」が正直な気持ちである。がしかし、役者としての優作を堪能するこの場面は、道徳的善悪を超えて永遠に心に残る。