容姿者逮捕のニュースは広島県民ばかりでなく、驚いた人は少なくなかったであろう。被害者である北口聡美さんの父親でさえ、「突然の進展に気が動転している」と感想を述べていた。事件は2004年10月5日の午後3時ごろに発生した。聡美さんは自宅の離れでベッドに横になり、ヘッドフォンで音楽を聴いていた時に突然襲われ、駆け付けた祖母も刺され重傷を負った。
祖母と一緒にいた小学6年生の妹は裸足で近所の園芸店に逃げ込み無事だった。聡美さんは自室に侵入してきた犯人から逃れようと部屋を飛び出し、階段を駆け下りたところで犯人に追いつかれ、離れの玄関先で血まみれになって倒れていた。母屋にいた祖母と妹が聡美さんの悲鳴を聞いて駆け付けて犯人と鉢合わせとなり、祖母に重傷を負わせてそのまま逃走した。
聡美さんと祖母は緊急搬送されたが聡美さんは絶命、祖母は一命を取りとめた。祖母や妹が犯人を目撃した他、現場には指紋や運動靴などの遺留品もあり、聡美さんの爪から容疑者のDNAが検出された。以上のことから犯人逮捕は時間の問題と思われた。ところが、所轄の廿日市署では意外にも捜査は難航を極めていた。寄せられた情報は数千件に達していたのだが…
被害者の祖母と妹は、「犯人は20歳位」という目撃証言から、犯人の似顔絵が作成された。また、フジテレビ系列の金曜プレミアムにて、「最強FBI捜査官が挑む!日本未解決事件ファイル」が放送され、元FBI捜査官が被害者の友人を事情聴取し、「かつて密接な人がいた」との証言をもとに元FBIの行動分析課が鑑定した結果、犯人が被害者と同年代の可能性があると指摘した。
警察が捜査のために預かっていた聡美さんの携帯電話記録からは、交友関係と思われる複数の名前があったが、警察がこれらの身元をあたった結果、聡美さんの交友関係から事件に特定されるものは得られなかった。事件の特徴ともいえる最大の謎は、わざわざ家族が在宅中の自宅で犯行に及んだ点で、犯人は聡美さんの居室である離れの部屋に迷うことなく到達している。
その辺の事情を熟知していることから、誰でもよいという通り魔的な犯行でないとの考えもあった。あらかじめ刃物を準備して聡美さん個人を狙った様子から、十数か所に及ぶ刺し傷からして、相当の殺意を持った深い恨みのある犯行と伺えた。殺意が芽生えるからにはある程度の深い関係があると見るのが自然だが、逮捕された容疑者鹿嶋学容疑者(35)の供述は意外だった。
鹿嶋容疑者は山口県宇部市在住で広島に住んだことはなく、二人に接点はなく、たまたま見かけた聡美さんの後をつけて自宅を知り侵入したようだ。事件が起きた日はテスト期間中で、聡美さんは2時過ぎころに学校から帰宅、午後5時からアルバイトがあり、祖母らに、「4時まで寝る」と言って離れ2階の自室に向かった。鹿嶋容疑者はそれらを近辺で監視していたと思われる。
強姦目的で昼間に自宅に押し入るのはあまりに無謀、あまりに短絡的だが、ナイフで脅せば声を出せず目的を果たせるとでも思ったと察するが、何事も自らに都合のいい事にはならない。「騒がれたので刺した」と供述しているというが、知らない男が自分の部屋の中に入ってくれば驚きの声は自然に出ようし、それを騒いだといってみても、驚かぬ方がどうかしている。
真実というのは、分かれば何ともあっけないもの。見ず知らずの人間の歯牙にかかった17歳の高校生を、不運としか言えない世の無常さ儚さである。こんなことのために生れてきたわけでもあるまいし、それは被害者も遺族も同じ思いであり、傍観者の我々ですら虚しさと腹立たしさが募る。広島県警は事件発生直後から情報提供を呼び掛けたが、捜査は難航していた。
それが急展開したのは報道の通りである。鹿嶋学容疑者は十数年前に知人の紹介で、現在の建築会社で働き始めたというが、勤務先の社長は、「一度も無断欠勤はなく、遅刻もほとんどない仕事熱心で現場を任せられるタイプ。シャイで後輩の面倒見もいい」というが、吾々の周囲にいるごく普通の人間が、あれほど残忍な犯行を起こすほどに人間は不可思議である。
こうした事件の際に必ず聞かれる勤務先上司や、友人・知人、ならびに近所の人たちの声は決まって、「まじめそう」、「信じられない」が通り一遍の相場であり、鹿嶋容疑者の周辺においても凶悪犯の顔はなかった。いかなる凶悪犯であれ、凶悪であるのは事件を起こす最中であって、普段は凶悪である必要がない。人間のこうしたギャップこそが、人間を示している。
人間には本質と裏の部分があるということなら、誰にも起こり得ることである。「自分は人なんか絶対に殺さない」とはいうものの、例えば国家に、例えば上官に命じられたら殺すしかなくなる。バカな国家やバカな上司やバカな親に恵まれる (?) と、人間はバカになるなら、人間はなんと虚しい存在あろう。大事なことはバカを見極める能力、さらに愚行を抑止する意思。
「気は弱く引っ込み思案でこんなことをする息子とは思ってなかったのでびっくりしている。「(廿日市市に)は、連れて行ったこともないし関係がない。広島でどうのこうのという話は聞いたこともしたこともない。14年間つかえが胸の中にあったと思うので、早く見つけてやれば、ここまでにならなかったかなと思うと悔やまれてならない」と、鹿嶋容疑者の父は話した。
犯人逮捕で被害者遺族が報われるとは思わないが、犯人逮捕で発せられた父親の思いは痛いほどに理解できる。「娘への報告で、『事件が解決したよ』と私の胸のなかで伝えましたが、『守る事が出来ないで、ごめんなさい』という想いの方が大きいですし、娘と会うことができないのは変わりません」。犯罪者に刑罰は必要だが、それで被害者や遺族の無念が晴れることはない。
被害者も加害者も哀しい存在である。被害者は何を好んでこんなめに合わねばならなかったのか。加害者は何を好んで無益に人を殺さなければばならなかったのか。善意な被害者ばかりに情は行くが、加害者の側にも善意な肉親がいる。「すべての犯罪は人間が孤独でいられないことから起こる」との言葉が浮かぶ。人間の最大の根源は、「孤独を避けたい」という欲求だ。
「集団に属していたい」、「人から認められたい」。この二つは別の物ではなく、いずれも孤独になることを本質的、あるいは表面的にだけでも逃れたいという欲求である。人間にとって、すべてから分離されるほどの恐怖はない。鹿嶋容疑者もそうありたく一生懸命に仕事をしていたのだろう。孤独が引き起こした犯罪の行く末は、獄舎に繋がれた孤独である。