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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    子どものいじめは主に学校で起こるが、学校に子どもの集団が多いからであって、いじめの本質的な責任は学校だけの問題ではないと考える。学校で起こったというだけで批判の目は学校にいくのは仕方ないにしろ、親にも責任があるといおうものならマスコミも個人も批判の矢面にさらされる。人の親として自分はいじめられる子の原因の多くは親にあると思っている。

    親の自己責任にすることでいじめの認識が高まり、子育て過程においてもさまざまな用心や、あるいは対策を立てることもできる。先日の記事では中3で自殺した中島菜保子さんを取り上げたが、彼女の件についても考えるところがあった。報道による情報だけで深い事情は分かりかねるが、分からないなりにも想像するなり思考は働くから、ある程度の考えもまとまってくる。

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    彼女は将来ピアニストになろうと猛練習を積み重ねていた。本人自身がピアニストになろうという強い意志と決意に裏打ちされていたかどうかは分からない。が、映像で彼女の奏法を観たり、演奏を聴く限りにおいて、相当の練習を積んでいるのは分かる。シューマンの「飛翔」を弾いていたが、ややテンポは遅いとはいえ難曲であり、ショパンのエチュードしかりである。

    将来ピアニストを目指そうとピアノに取り組む子が、どれほどのいじめにあい、苦しんで自殺したというなら、あまりにピアニストの夢は淡く儚いものだったのではというしかないが、ありがちなのは本人よりも親が夢を託したりのケースで、彼女の場合がどうであったか断言はできない。それも含めて自殺原因を調査した第三者委員会が、その辺りに関心を抱くのは当然かと。

    菜保子さんの両親はハナからいじめありきを前提とした調査を要望しているようだが、学校や家庭の両面から調査するのが当然で、それが菜保子さんの両親は不満であったようだ。気持ちは分からぬではないが、彼女の精神的な重圧がピアノや親であったかを解明する必要はあった。菜保子さんの父は、いじめとは関係のない調査に怒り第三者委員会の解散を要請したという。

    予断と偏見を排して正しい調査をする以上、触れられたくないこともあろうが、いかなる調査をも静観し、協力すべきはなかったか?娘の自殺はピアノのことではないというのは親の視点である。生計を共にする親としてみれば、ハードなピアノ練習を強いたのでは?との認識も含めてすべてのことを冷静受け止める必要がある。最大の問題は何が彼女を追い詰めたかである。

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    第三者委員会は、「直接的ないじめがあったという事実は把握できませんでした」との結論したが、父親の側は、「親とか家庭に自殺の原因があったと結論づけようとしているなと感じた」と批判的であった。勉強であれスポーツであれ、子どもに何かを強いる親は、己を客観視できないものだ。自分にも思い当たるフシがあるからか、菜保子さんの気持ちはよく理解できる。

    クラシック音楽を勉強する以上は、クラシック音楽以外の音楽に興味を持たぬようにすべきという考えが当時の自分にあったのは間違いないし、テレビも邪魔物でしかなく線をつながないで映らないようにした。当然ながら親もテレビを観なかったし、我が家の団欒はテレビではなくレンタルビデオや、撮りためていた膨大な映画やアニメなどの録画であった。

    家庭用ビデオが発売されたと同時に、この文明の利器にただならぬ関心を抱いた自分だった。当時のビデオソフトは120分ものが1本4800円だったが、10本単位で購入し、将来のためにとビデオライブラリーを目指していた。撮っておかなければ二度とお目にかかれないという切迫感が録画に拍車をかけたが、レンタル全盛の時代になろうという予測はまるで無かった。

    ギャンブルに数百万を投じた話は珍しくはないが、数台のビデオ機材やカメラを含めた投資額は半端なかった。1981年にはナショナル製の最高級機NV-10000番(定価430,000円)を惜しむことなく買ったが、道楽というのは趣味を超えた狂気の世界であるのが今なら分かる。撮りためた数百本のビデオはすべてカビが生えたりテープが伸び切る、切れるなどでゴミ箱行きとなる。

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    暴走族や不良が年を重ねて、バカだったと分かるように、若さというのはバカだというのがつくづく分かるものだが、それに気づかないこともバカという二枚重ねである。「バカに金と力を持たせるな」というのも全くその通り。ただ、バカはバカなりに時代を楽しんだのは間違いない。ノスタルジーなんてのは過ぎてみれば実感は薄いが、薄いなりにも記憶の隅にあるものだ。

    曽野綾子の『太郎物語』には、テレビを庭に投げるシーンがあるが、親が子どもに本気で向き合う一場面として印象深かった。それで、テレビが害悪と思えば観ないとするのが自分流である。極端というほどに徹底していたが、ふと目を覚まさせてくれたのが近所のN爺さんだった。爺さんはある日突然自宅に来てこういった。「ワシはビックリしたんじゃけど…」

    「何ですかいきなり?」、「あんたとこの子は、志村ケンを知らんのよーって、孫がいうとったが、何でと聞いたらテレビが映らんからといったという。今どき、志村ケンを知らん子どももどうかしとるで…」。N爺さんは、他人の余計なことばかり触れ込むという噂で近所の評判はよくない人だが、この時もその様に感じた。おそらく嫌味を言いたかったのだろう。

    その日の夜、自分は娘に問うた。「中塚のじいさんが、志村ケンを知らん子がおるといってたけど、何かいわれた?」、「一美ちゃんの家に遊びに行って、そんな話になって、ドリフとかは名前は知ってるけど、見たことないといったらみんなに笑われた」。さすがに自分はショックだった。目線を子どもに置いた時、そんなことでこの子が人から笑われるのが忍びなかった。

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    大人の考えや都合で子どもにナニがいい、カニがいいというのは明らかに間違ってると思った。この子は学校でも子どもの世界観についていけないだろう。それで孤立するのは分かり切ったこと。そうさせるのは親の責任である。ピアノを一生懸命にやるのは、親から与えられた課題であり、だからとそれにひたむきになる娘を、親は本当に喜ぶべきなのか?という疑問だった。

    ピアノをやるのはいい。どんなに難しいことでも一生懸命にやればモノにできるということを体験するのは間違いなくプラスになる。が、子どもには子どもの世界観もあり、それを親が搾取するのはあまりの親の傲慢である。自分は実母を傲慢として反抗したが、むしろ反抗できないこの子の方が憐れではないかと。そんなことが頭を巡りだし、遂にテレビを映るようにした。

    おそらく菜保子さんは孤立していた。彼女の日記にいじめの文字はない。「友達がいなくなるのが怖い」とある。自分の解釈では、菜保子さんは友達とは別世界に住み、それを察したり感じたりの友達は、菜保子さんを必然的に敬遠していたのではないか?特異な能力を持つ人間には、周囲が寄り付かないということはしばしばある。菜保子さんはそれが淋しかったのだろう。

    見るからに優しそうな菜保子さんの母親であるが、それはあくまで表面的なもの。娘のピアノに関して夜叉のようになるのかも知れない。周囲はそのことを察知していたこともあったようだ。子どもには子どもの世界があるが、親がそれを封じ込め、娘はピアノを一生懸命やるよいこにしか映らないなら、その親から子どもは離れていくだろう。彼女は不満の思いを日記にしたためた。

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    親には厳しさも必要だが、反面、保健室の養護教諭であるべきだ。親を満足させる喜びは子どもにないわけではないが、一人娘を自分たちの生き甲斐と錯覚し、依存し、期待し、身勝手な夢を描かれるのは、子どもに耐えられない重圧となる。親は親、私は私と、自他の境界線を持たぬ子は自我の同一性に悩み、鬱を発症する。自分はあくまで自分でなければならない。

    話の合わない子を避けるのは無視というより、当たり前の行為であろう。それが菜保子さんにとっては、無視や仲間外れといういじめに思えたのではないか。思えば我が家の長女は、特技をハナにかけない、明るい、という友人評を聞いて安心した。それはそれ、これはこれという自分の考えが浸透していたのだろうが、菜保子さんはナイーブすぎたのかも知れない。


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    いじめを受ける人間には、いじめを受ける何がしかの要素が家庭内で育まれたように、人をいじめる人間においても、当人が置かれた環境に問題があるのは明らかである。そうであるからこそ、いじめる人間といじめない人間が存在する。そうした雑多な人間が学校という社会に集まり生活し、展開していくが、学校生活と家庭生活は規模や中身や人間の種類がまるで違う。

    などと考えると、大学の教育学部卒の原体験の未熟な教師に荷が重いのは当然のことと感じている。教師はタダの職業であって、教育者としての資質を持ち合わせていないという事実を認知しない親が多すぎる。「先生だから」、「教師だから」と、「だから、何なのだ」という視点の方が、教師の資質を言い当てていると自分は思うし、彼らに何の期待もしていない。

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    親が我が子を誰かに託す以上、託す側に責任があるというのは、託せばその通りだが、託さぬ親にはその限りでない。仮にも託した責任をどう問う?というのは、問う側の問題であり、問われる側に発生する責任について明文化されたものは何もない。道義的な責任?そんなものは絵に描いた餅で、汚職や不倫をした政治家に、「同義責任をとれ」は、ただの掛け声に過ぎない。

    刑事罰でも受けない限り、身分の保証された公務員をクビにするのは並大抵のことではないし、子どもに何かがあって、その挙句に退職させたとしても、それは彼らの不甲斐なさに対する処罰であって、生徒個人に対する責任の取り方ではなかろう。事後責任というのは、それも責任の取り方に違いないが、そんな責任は取るのが遅かれしとなりはしないか?

    ある教師が結果的に無能と分かった後では、すべては遅きに失すということ。では、無能でない教諭というのは有能なのか?そうではなかろう。無能という烙印を押されないままに教師を続ける多くの教師は、普通の人ではないだろうか?無能は失態の後で分かるが、有能は何で分かる?保護者の評判か?子どもの口からか?宛てにできぬものを期待するより普通と思えばいい。

    それが自分の考えであった。教師たちと雑談の中で、「先生たちには何の期待もしてないし、だから責任もとらせない。取る必要もない」とあからさまに口に出していた自分である。悪口でもなければ、教師を無能呼ばわりした言い方でもないし、そんな風にいわれて顔色を変える教師は、少なくとも知る限りにおいてはいなかった。もっともその後に言葉は続いた。

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    「子どもの責任は100%親にある。親が取るべき」と、これは親の自負心である。親以上に我が子を把握する者が、どうしてこの世にいよう。寝食を共にする同士である。ただし、知るというのは主観的であってはならない、親バカでもバカ親であってはならない。知るというのは客観的な視点も大事であるのに、我が子可愛さのあまりか、我田引水的になる親が多いのも事実。

    自分は我が子を、「知る」ということにおいて、子どもを客観的に見る目が養われない以上、「知る」に値しないと感じていた。分かり易くいうなら、他人がやって許せないことも、我が子なら許せるではなく、他人がやって許せないことは、我が子も同じく許せないということ。さらにいうなら、他人がやって許せないことを、我が子がやろうものなら、他人以上に許せないとする。

    それが躾(教育)ではないかと思っている。そういうことは多だあろうし、そういう親こそが理知的な親だと思っている。つまり、他人のことに責任は持てない以上、他人のやることにいちいち文句を言っても始まらないし、文句を言って改められるものでもない。ところが、自分の子が誤った行為をするのは、どこにも言って行くことのできない、明らかなる親の責任である。

    と、このように分かり易く記せば、分かる人には分かるだろう。あとは実行あるのみで、自分はそこまで強制はしない。批判する者もいてしかりである。他人は許せないが我が子なら許せるという場面をしばしば見るが、これも親バカ、バカ親の類と黙認する。たまにスーパーの店内で鬼ごっこをする子どもに強い口調で注意するが、注意とは効果をあげるためにやるものだ。


    やさしく、穏やかにいうのは注意というより一人言である。相手の親がどう思おうと知ったことではない。昨今は廃れた社会教育としての自分の存在を認識する時でもあるが、「人の子を注意するのは面倒くさい」という世の中の流れをひしひし感じることがある。ただし自分は、「面倒くさい」という言葉が好きではないので、その意識が芽生えたときは、正しいことをしようとする。

    「怒らない親を目指すだと?」立派なことだがバカ言ってんじゃないよ、注意と怒るは別だろが。人間がどれだけ他人に関われるか、個人の力など多勢の他者には屁のツッパリにもならぬが、同じことを30人学級の教師に対して思う。「糞と勉強は自分でするもの」という言葉があるが、それに「躾(教育)」を加えれば、自己教育力は実を結ぶ。なかなか自分が自分を律するのは難しい。

    ならばせめて我が子くらいは親が全責任を負うべきと感じる。学校のことは親が分からないのだから、教師に委ねるしかないというのも自分的には認められない。所詮、親と子どもが相対する時間など、四六時中であるはずがないのは分かり切ったことで、だから親がいないとき、親の目が届かぬところでも、子どもが不測の事態を起こさぬよう、粗相をしでかさぬようするのも親である。

    親のいないところであったことを親は知らなかった、だから関係がないといえるだろうか?芸能人を親に持つ子どもの不祥事について、未成年ではないのだから親は関係ない、謝る必要もないという声がある。周囲はいろいろなことを言いもし、感じもするものだが、その子の問題はその親が判断することで、その判断に他人があれこれいう必要がどこにあるのだろう。

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    「親は関係ない」、「謝る必要がない」という親が子どもの不祥事に際してそう対処すればいいのであって、誰がいったか近年の一億総評論家のご時世らしき風潮である。「一億総白痴化」といったのは大宅壮一だが、「一億総中流化」、「一億総評論家」は社会用語である。大宅はテレビの出現を機にそう述べたが、「一億総評論家」は、芸能人コメンテータのこと。

    教師は人を育てる使命を負うが、こんにち社会における教育の最大の欠陥は、子どもが子どもらしさを放棄し、一足飛びに大人になったこと。いや、大人にそう要求させられていること。子どもが生まれた途端に世界文学全集を買い、3歳頃になると〇〇大学付属幼稚園を意識する親。こういう大人はある意味子どもで、こうした子どもじみた大人が大人じみた子どもを望む図式にある。

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    平昌五輪も終わったが、気になる事件があった。スピードスケート女子パシュートで、韓国選手がチームメートの一人を置き去りにし、韓国国民は置き去りにした2選手に対し、代表資格追放を求める50万人以上の署名があった。代表でリーダー格のキム・ボルム選手は競技終了後のインタビューで、遅れたノ・ソンヨン選手を辱めるような発言をしたことに国民が怒ったのだ。

    キム選手は、「私たちは良い滑りができていた」とし、大きく後れを取ったノ選手に、「最後のスケーターがついてこられず、残念なタイムに終わった」と語り、レース後に泣き崩れるノをキムと一緒に無視するパク・ジウ選手の様子がテレビで映され、「ノ選手とこのようなことが起こるのではないかと思っていなかったわけではなかった」パクはキムの肩を持った言葉を添えた。

    これは内紛というより明らかにいじめである。こうした国辱ともいえる選手の態度に怒った韓国国民は、キムとパクの代表チーム追放を求める署名活動を開始。20日夜の時点ではや36万人の署名が集まり、韓国大統領府のホームページに投稿された嘆願書には、「人格に問題があるこのような人々が五輪で国を代表するのは、明白な国辱だ」とつづられた投稿もあったという。

    20日午後になって緊急会見を開いたキムは、今回の発言を悔いた様子で、「私のインタビューによって多くの人が傷ついたと思う」、「深く後悔しているし、心からおわび申し上げたい」と目を赤くしながら謝罪。自身のインスタグラムのアカウントも、「本心から(ノ選手に)謝っていない」、「謝罪の真似までするのか!」などと激怒したファンの非難を受け数時間後に削除している。

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    今回の一件をめぐって大韓体育会は、2選手の代表チーム追放についてのコメントを控えているものの、キムのスポンサーを務めるアウトドアブランド、「ネパ(Nepa)」も、不買運動などの盛り上がりあったことで、今月末をもって契約更新を見送ると報じている。これについて、スピードスケートバンクーバー五輪の日本代表田畑真紀は以下のように述べる。

    「3番目の選手がゴールタイムになるので、絶対置いてきぼりにしちゃダメです」。確かにキムのインタビューは、ノ選手をハナであしらったような、失笑すら浮かべた感じの悪い発言で、これは韓国国民ならずとも横柄な態度と感じられる。パシュートという競技は、通常なら途中で互いが風よけ、押し合いなど、助け合った末に最後の走者のタイムで順位が決まる。

    競技終了直後のソウル新聞は、「おかしな光景を演出して準決勝への進出に失敗した」と伝え、以下論評した。「通常、3名の選手が一緒にお互いの速度を引っ張ったり支えてあげたりする呼吸でレースが繰り広げられる。にもかかわらず、韓国は競技の中盤からキム、パク選手が少し前に出て、最後の走者であるノ選手との差が開き、大きく離れて遅れてゴールを通過した。

    いい記録、いい成績、それ以前に3人が団結できなかった姿に、競技を見守った国民たちは首をかしげるしかなかった」。同紙はチーム競技にもかかわらず、“記録の欲”という表現をしたパクのインタビューも問題視したが、その後の三選手の動向から、選手間に何かが起こっているとの推測はついた。同紙はノ選手が1月に「スポーツ朝鮮」のインタビュー記事を掲載した。


    「昨年12月10日のW杯第4戦以降、平昌オリンピックに出場するまで団体パシュートの男女代表チームは、ただの一度も一緒に練習をしなかった」、「ひどい差別の中で練習にきちんと集中できる状況ではなかった」。同紙は、「韓国スケート連盟副会長の指導でキムを含む特定の選手だけが泰陵選手村と違う韓国体育大学で別に練習してきた」と、驚きをもって伝えている。

    「この過程で代表チーム選手が分裂した。ノ選手は『村の外で練習する選手達は、泰陵選手村で寝食だけしたが、寝食だけで解決できるわけではない。スケート連盟はメダルを獲る選手たちを先に決めている感じがした。ひどい差別の中で練習にきちんと集中できない状況だった。昨年も、一昨年も続けてこうだった。それでもみんながもみ消している』」と内幕を暴露した。

    これはもう、いじめの元凶が連盟上層部によって生まれたということになる。教師が学校で生徒を差別するようなものと考えれば分かり易い。日本にもそういうことがなかったとは言えない。かつて、「柔らちゃん」こと田村亮子に柔道連盟が特別待遇、特別扱いしたことに、表立った選手の不満はなかったが、国の至宝となると、ついついその様になるのは仕方がない。

    もっとも身近な問題として、親の兄弟差別がある。同じ腹から生まれた兄弟を差別するのはよくないというのは、観念的には分かっていても、ついつい出来の良い子とそうでない子には無意識の違いが出る。出来の良いお姉ちゃんを誉めそやすのはよくないと認識しながら、出来の悪い妹にあれこれいうことは、間接的に姉を誉めそやすことになっているのだ。

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    それをひしひしと感じる妹である。差別意識がないから差別がないのではないということ。無意識の意識をなくするにはどうすればよいのかを、身をもって考えなければならない。身障者を子に持つ親でさえ無意識どころか、意識的な差別やいじめをするというから驚きである。好きで障害者に生れてきたわけではない、むしろ親のせいかも知れない。なのに親が子をいじめるという。

    「親からたまにヒドイ言葉をかけられます。そんなときはいたたまれず、トイレや仏壇の前で泣いてしまいます。でも、それは私が障害があるのでしかたのないことです。親にはいろいろ迷惑をかけているので、親孝行はしたいと思っています。」など、彼女のメールを読むと、「子の心親知らず」に腹が立つが、肉親同士の甘えた関係は、あまりに率直な言葉に置き換わる。

    心無い親を持った障害者は、社会だけでなく家庭内でも仕打ちを受けることもあるようだ。親が子を、子が親を殺めることを思えば、それほど深刻ではないが、障害を持つことで親に迷惑をかけるという気持ちに対し、そんなことは考えなくていいという姿勢でいるべきだが、健常者の子どもにさえ、育ててやっただなどと恩着せがましいことをいう愚かな親もいる。

    親が子をいじめるなら反抗すればいい。いじめ加害者に「いじめないで!」といって、聞くはずがないのだから。「いじめをなくそう」などのスローガンは美辞麗句である。傍観者がいじめを見ても止めもせず、いじめ被害者が加害者に抗いもせず、ただ、いじめ加害者の改心を待つばかりという、そんな掛け声でどうしていじめがなくなろう。なぜ犯罪はなくならないのか?

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    犯罪が悪いことだからなくならない。人間は善いことより、悪いことをする方が楽しいだろうし、スカッと抑圧も発奮できる。なぜ、人間は悪をし、犯罪を犯すのか。ラスコーリニコフが老婆を殺したのはなぜか?小心でおどおどした自分から抜け出したい、強大でありたい、偉大でありたいと願うも人ひとり殺せない自分だった。彼は老婆を殺すことで、自分を殺したのである。

    全ての犯罪は人間が孤独でいられないところから起こる。孤独を満喫できる人間は人を殺す必要がない。E・H・フロムはそれでナチズムの社会心理を証明してみせた。また彼は、『愛するということ』の中に、「大部分の人たちは、愛することの問題は、その対象いかんの問題であり、能力の問題ではないと主張する」と述べているように、人は誰も愛し、愛されたいと望む。

    ゆえに、そうするにふさわしい対象の出現を待ち焦がれる。それも大事であるが、もっと重要なことは、自らが愛する対象を見出すことだろう。高価な石にしか美を見出さない人、容姿・容貌にしか触手が動かぬ人は多いが、いつも思うのは道端の小石に心を惹かれる人は身近な幸せを手にできる。毛皮の美しさより、色褪せた仕事着の美しさに価値を見出せるか…

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    子どもの自殺率は上昇傾向にある。動機は様々だが自殺原因をデータでみると、それらの下にある共通の地盤として、現代における子どもの、「生きづらさ」が現代的状況を一言でいえば、「逃げ場がない」こと。中学生の自殺の主な理由は、「いじめ」と思うが、いじめがなかなか認定しにくいこともあり、それがデータ上では、「学業不振」となっている。が、学業不振で死ぬのか?

    子どもが学業不振に悩むなんてのは、自身の目的を阻むものという一次的苦悩というより、むしろ親がそのことを叱責する二次苦悩ではないか?子どもは遊ぶために生きているとは言い過ぎかも知れないが、いかに子どもを遊ばせないようにするか、それが現代の子どもを取り巻く状況である。小・中・高12年間の学校生活を振り返れば、何より楽しかったのが休憩時間だった。

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    朝から夕方まで教室という四角い空間に閉じ込められ、気の合わない人間と同居し続けなければならない。場合によっては嫌いな教師の場合もある。反りの合わない他者とうまくやっていくすべを学ぶのも学校の重要な社会教育機能であるが、いじめという犯罪行為を受けながら、そこに居続けることを強いられる必要が果たしてあるのだろうか?物事は多数派的な見方をされる。

    多数派が正しく、少数派は間違いという考えに陥りやすい。特に、学校のような集団社会、全体主義的なところに於いてはそういう傾向になりやすい。自分は全体主義的な考えが好きでなかったからよくわかる。「運動会」なんてのも、本当に子どものためにやってくれているのかという疑問を持っていた。炎天下で繰り返される予行演習のバカバカしさといったらない。

    テレビで見る芸能人のスポーツ大会のように、予行演習なんかなしで一発でやってこそ緊張感もあるが、戦前のナチスドイツや北朝鮮労働党の党大会にみる、一糸まとわぬ行進や行列を整然とした美しさと見るからであろう。見る者が美しくとも、やる側は大変でも、見る側が美しいという考えに依りどこるからだろうが、自分にとって子どもの運動会はそういうものだった。

    あれは教師たちの自己満足と、親に見せるためのものでしかないと、当時からそう思っていた。親にそんなものを見せて何になる?というより、自分の場合は親が運動会に来ることはなかったこともあったかも知れない。昔の人はつくづく働きものだったと思う。運動会や学芸会や参観日で仕事を休むなどはなかった。商売が忙しく、使用人が弁当を届けに来、一人でそれを食べる。

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    前日から場所どりにとゴザを敷いていた近所の人がみかねて、「こっちへおいでよ。一緒に食べよう」といってくれる。高度成長期の只中の情景である。子どもたちが健やかに育つためには、明るく円満な家庭が必要であると、そいう主眼の元に毎月第3日曜日に「家庭の日」を設けている自治体は少なくない。「家庭の日」運動は、昭和30年に鹿児島県の鶴田町で始まった。

    人口5,200人という小さな町で、「家族の絆を大切にしたい」という思いと、休みの取れない農業従事者のために、「農休日を設けては」という思いが重なり、「家庭の日」という日本で初めての試みが産声をあげた。その後、都道府県としていち早く「家庭の日」運動を提唱したのが秋田県で、昭和40年1月から第3日曜日「家庭の日」を県下一斉に実施し、全国的に広まった。

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    「尊い」の言葉を頻繁に見る。「家族の絆」は尊い。「人の命は尊い」などといわれ、「尊い」の意味は大体分かるが、正確な意味を調べてみた。崇高で近寄りがたい、神聖である、非常に貴重でありがたいこと、などの意味がある。それらからして、「尊い」は、価値が高いということだろう。 「人間の尊さ」などの言い方もされるが、人間の何が尊いのだろうか?

    頭よくて賢い人であるとか、家柄の良さであるとか、財産をたくさん所有する人を尊いなどといわないのはなぜか?価値が低いということになるのか?。「犬の尊さ」、「猫の尊さ」などといわないし、それに比してなぜ人間が尊いのだろうか?「命の尊さ」については根源的な問題として理解できるが、そうはいっても人は牛や豚の肉を食い、魚を食して生きている。

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    となると、人間が人間の肉を食べないから尊い命ということか?ぶっちゃけた話でいえば、人間がいうから尊いのであって、「犬の命は尊いのだ!」と犬がいえば尊いのだろう。いわない(いえない)だけで、彼らは一生懸命に生きているではないか?いじめにあっても死ぬこともなく、生きることに懸命だ。ならば人間の尊さとは、知能が高くて利用価値が多いからか?

    動物と人間を比較し、そのように考えられる。人間は人間が考えていることをハッキリ現わし、主張もし、自身の本能を抑制してまで、目的や理想に向かって生きることを尊いといえるかも知れない。動物は、ただ漠然と生きているようだ。聞いたわけではないが、おそらく彼らの生の目標は、ただひたすら生きることだろう。自殺もせずに、自然死までの生を全うする。

    ゆえに動物に、「死ぬまで生きよう」などという必要はない。ただ、こんにち我々のまわりで起こっていることは、あまりに自己表現を知らずか、表現をせず、自己を抑えることを知ってか、知らずか、それもせず、到底大人とはいえないような、子どもじみた言動の人間が多い。会社の分業化が進むにつれて、人間関係をいよいよ複雑にしているのは間違いないであろう。

    情報産業の目覚ましい発展と充実は、我々ひとりひとりに、立ち遅れまいという不安感を絶えず与えているようだ。新しいものを知らなかったり、所有していないことで、「遅れてるやつ」などと見下げる風潮もあるようだ。こうした時代のある意味怖ろしいまでに人間がエゴイスティックになっていないだろうか。命が軽んじられているのか、毎日殺人事件が絶えない。

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    自分に得にならない事はなるたけしたくない。得はしても損になることはしたくない。当たり前のことのようだが、あまりにそのことが優先されると、人間は自己中心になってしまう。「譲り合いの精神」などと言う。「美しい日本語」であるが、言葉だけではなく、行為が美しくあらねばならない。こういう心はどうすれば身につき、どうすれば身につかないなだろう。

    して、「譲り合いの精神」とは、どこまでをいうのだろうか?自分が損をしても、他人に得を与えることなのか?つまり、自己犠牲の上に成り立つものなのか?個人主義の欧米では、嫌なことはハッキリ、「No!」をいう。ならば、譲り合いの精神というものはないのか?そうではない。個人主義の国においては、譲る条件はあくまで自分が損をしない範囲以内である。

    したがってそれ以上となると、「No!」をいう。日本社会はそれが曖昧で、譲るとなると自分を犠牲にするところまで深入りする人もいる。また、相手が望んでもいないのにサービスをしたりもする。逆に黙っていることで、相手が譲るのを期待するところも見え隠れすることもあるなど、そういった感情が多岐に及んで厄介である。外国人には到底理解できないことだろう。

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    日本人は、「自己犠牲」というのを、美学・美意識と捉えているようだ。つまり日本人には、自分を犠牲にしても他の人の役に立つことがよいことだと考える文化が根付いている。これは封建的主従関係という形で鎌倉時代から江戸時代までの主従制と、それに伴う武士道徳から派生したものであろう。「花は桜、人は武士」というように、日本人にとって武士が人間の最高規範であった。

    その武士の生き方についての指南書が『葉隠』である。その書頭を飾るのが「四誓願」という言葉で、これが『葉隠』の精神の主柱となっている。つまり、『葉隠』の全編はすべてこの四つの言葉から発しているといっても過言ではなかろう。『葉隠』の述者で鍋島藩士の山本常朝も、「四誓願を、毎朝、仏神に念じ候へば、二人力にて、後へはしざらぬものなり」。と述べている。

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    この場合の仏神とは宗教的な意味での神や仏ではなく、己の中にある正ならんと欲する心、つまり、「真(まこと)心」と解釈すべきもの。自身の中の、「真心」に向かって、この四つの言葉を念じ、誓うのである。一つの難問、難題に遭遇した時、自分はどう考え、どう行動すれば武士に遅れをとらないか、主君のために用立つか、親孝行に適うか、思いやりをもって人のためになるか。

    このように、「〇〇すべし」という価値体系の画一化が、日本人の日本人的な文化となって、後の、「戦陣訓」や、「社訓」となって残っている。現代社会はあまりに価値観が多様化し、企業の経営者に奉仕し、親に孝行することが絶対的無謬ということはない時代である。過労死の問題や尊属殺人が発生するのは、社命は絶対、親の言葉は絶対という間違った画一思考である。

    会社に反旗を翻したり、親に反抗するというだけで、そういう人間を異端視する者は少なくない。「給料をもらっているのだから、経営者の意図する社員であらねばならない」。「産んでもらい、育ててもらった親には、孝行し、恩返しをしなければならない」というのは、一見正しいようで、実は間違っている。そういう事例をたくさん知るが、洗脳された人間には伝わらない。

    自分は社会的弱者といわれる人たちが、どのように自己を見つめ、他人を見つめ、どのように接しようとしているかに興味を持っていた。そのことから、健常者には決してもたらせない種々の思いや考えを体験したかったからである。男は女を、女は男を理解できない。親は子を、子は親を、若者は老人を、老人は若者を、健常者は障害者を、障害者は健常者を、理解できない。

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    などいわれるが、本当なのか?理解というのは確かに至難であるが、だからこそ取り組む価値のあるものでは?とっかかりになったのが、母親であった。母親って何だろう。こういうものか?なぜ、他人の母親とはこうも違うのか?それは苦しみに似た心の叫びでもあった。それが嵩じて、親とは何か、どうあるべきか、どうあるべきとは親のためにか、子のためにか?

    などを双方の立場から考えるようになった。「自分は自分であって他人であり、他人は他人でありながら自分である」というのが、自分が物事を思考する上での根幹となっている。ゆえに、自分の目でしか思考せず、他人の視点や気持ちをまるで考えない人間は、どうにもバカにしか見えない。人間が自分の視点だけで何かを言えば、何でも言えてしまうのが恐ろしい。

    一般的に人間は自分の考えで物を見たり考えたりする。そうであるなら、自己を否定する考えに及ぶことも冷静ではないか。自分を基準にした考えが絶対に正しいと思い込むのはあまりに幼児的発想である。自身をその様に戒めながら、物事を相対化して考えるクセがついてしまった。「それでは結論は出ないんじゃないか?」といった友人がいたが、そんなことはない。

    将棋や囲碁の棋士が自他の指し手のあらゆる可能性を探る思考をするが、それで指されないということはない。あらゆる可能性とまではいかないにしろ、想定できる可能性を思考するのはむしろ必然と思われるが、われわれ凡人は残念ながらそこまでの域に到達できない。それができたら失敗も最小限に抑えることができる。孫氏は自著、『孫氏の兵法』の中で以下述べている。

     ・自らを知らず、敵を知ることなきは百戦百敗  
     ・自らを知り、敵を知ることなきは百戦五十敗
     ・自らを知り、敵をも知ることなりは百戦百勝

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    己を知り、相手を知るのは戦いの場だけではないし、知るべき相手は敵だけではない。フロムは、「愛は習わなければならない」と書いているように、自分が愛するに値する相手が目の前に現れてはじめて愛が芽生え、対象の消滅と同時に消えるという、愛とはそんな儚いものではない。それは恋であっても愛とは呼ばないものだ。恋愛と一言でいうが、恋と愛とはずいぶん違う。

    会ったこともない、言葉を交わせたこともない相手に恋はできる。多くの少女がジャニ系男子に憧れるように…。また、愛とは持続しなければならぬもので、その意味で愛は力であり、愛されること以上に愛することを望むものだ。「愛」の対象者に対し、利己的で独占欲しかないものもある。恋人を人に奪われないようにするとか、我が子を教師に特別に目をかけてもらうとか。

    夫を出世させるために、尻をひっぱたくとか、他人の夫と比較して愚痴をいうとかなどのどこが愛であろうか。人を愛するのは「力」であり、その人の能力である。大事な物、肝心な物は目には見えないことを、『星の王子さま』が教えてくれる。王子は砂漠でヘビに会った後、今度はキツネと出会って仲良くなる。別れ際にキツネが、王子に秘密の贈り物を手渡すときに言う。

    「それは何でもないことなんだ。心で見なきゃ物事はよく見えないってこと。肝心なことは目には見えないんだ」という。「肝心なことは目に見えない?」王子はその言葉を繰り返し、意味を考えようとしていると、キツネがいった。「あんたが星に残してきたバラの花をとても大切に思っているのは、そのバラの花のために大切な時間を無駄にしたからからだよ。」

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    「人間はそれで大切なことを忘れるのさ」。日本の童話では嫌われ者で意地の悪いキツネがこんないいことをいう。「大切なこと」とは、子どもが持っているような、いわゆる、「心の目」であろう。素直な目で物を見、心の耳で人の話を聞くということ。花に水をやり、虫をとったり、慈しみの心で大事に育てることで花への愛着を抱く。無駄な時間であるが大切な時間でもある。

    同じように、我々が本当に深い愛を育てるためには、何かのために、誰かのために、多くの時間を無駄に使わねばならない。得になるものには時間を使うが、損になることに時間を惜しむ。奉仕作業のような、一銭の得にもならないことでも一生懸命にやる親の姿を子どもは見て育つのだ。それを考えると、愛とはどういうものかが分かってくるのではないか。

    こんな当たり前のことでも、今の時代はあまりの価値観の多様化もあって、忘れられている。いや、頭にはあっても行為がおぼつかない。そんな時間より、もっと有意義で、実のあることを人はやろうとする。何かを言えば、「そんなこと分かっている」と反発心もわくだろう。「分かっている」ではなく、「出来ているか」を問うものであるが、人の自尊心が説教を嫌悪する。

    いつも説教臭いことを書いていると思う人もいるかもだが、幸いなるかな自分のブログは独り言ブログである。常連の読者もなく、儀礼的反応もないゆえに、自らに対して自由に気兼ねなく申し述べられる。自らを自らが説教するのだから迷惑はかけずに思う存分に振る舞っていられる。誰もが賢人、誰もが評論家を自負する時代にあって他人に物申すは、「釈迦に説法」となりかねない。

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    武士道とは主君と家臣の封建的主従関係で成り立っているが、戦国武士道と江戸時代の近世武士道で君臣の論理は大きく違っている。大きな要因と考えられるのは徳川氏が天下をの権を握ったことにある。三河の松平は譜代意識の強い大名であり、他国の大名に比べて滅私奉公の考えが強烈な家柄だった。それが江戸幕府における主流意識になったことの意味は大きい。

    「犬のような忠誠心を持った三河武士」などといわれるが、これは家康、秀忠、家光三代に仕えた大久保彦左衛門忠教が自著『三河物語』の中において、自分たち三河譜代は、「良くも悪しくも御家の犬」と表現したことが出典と思われる。武士であった松尾芭蕉が武士を捨てた理由を、「武士は二君にまみえず」の論理を貫いたように、これが近世武士道の根幹であった。

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    戦国時代の武士道は、家臣が主君を倒す下剋上が横行した時代であり、家臣が主君に諫言したり物申すは当たり前だった。戦国時代はまた、「居留の自由」、「去就の自由」ともいい、誰に仕えようと自由であり、主君をしばしば変える現象もみられたが、徳川政権以降にはそうした、「渡り」が次第に否定されて行った。下剋上を否定し、君臣の身分を固定したのである。

    戦国時代なら暗愚な主君を見限り、主家を去って新たな主君に使えるか、主君を倒す謀反を企ててのし上がる者もいたが、徳川時代においてはそういうことは皆無となった。家康をはじめとする徳川幕藩体制創始者たちは、「戦国の世は終わった。今後はたとえ暗愚な藩主であっても、主君の命は絶対的なものにした方がよい」と考え、そうした仕組みを作り出して行った。

    そうした近世武士道の、「命より名を惜しむ」、「人は一代、名は末代」に代表される考えは、生きてる間の評価より死後の評価を大切にした点にある。常に死と隣り合わせの武士は、人間五十年という刹那の生も相まってか、短き一生如きなら、死後になされる自身への評価に重点を置き、「惨めで恥辱的な生き方や死に方はしたくない」との思いに変わっていった。

    また、名誉ある死に方をすれば、子孫が優遇されるという実利的な面もあり、武士とて人の子、こちらの公算の方が大きかったと思われる。天正10年、上杉方支城である越中国魚津城は、織田方柴田勝家の攻撃を受けていたが、上杉勢の後詰め叶わず、城兵全員が切腹落城した。敵士に捕らわれ武名を汚すより、各々一同腹かき切りて名を後代に残さんということになった。

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    どこの落城場面に見られる一光景であるが、魚津城の場合、その先が壮絶であり、見事なパフォーマンスがなされた。城兵たちは個々の姓名を板に書き、耳に穴を空けてそれを結わえつけたうえで切腹していた。つまり、それが誰であるかを示すための細工だったのである。このとき切腹した者の名は後世まで記録として残され、各々の子や孫らは景勝に取り立てられた。

    彼らは包囲する勝家勢の監視の目を欺き、密かに城を出て落ちのびることはできたろうが、そうして生き延びても結局は恥さらしの不名誉な生となり、子孫たちもその重荷を背負って生きることになる。こうした場面における名誉ある死に方が、子孫たちに厚遇を残すことになれば、それこそが、「名を残す」。あるいは、「名をとどむ」といわれる真の狙いがあった。

    武士道の論理というのも、所詮は功利に殉じたものであるのが理解できる。ゆえに、命以上のものがあるなら人は命を捨てること吝かにあらずだったが、近年に見る自殺者の心境というのは、武士の死にざまとは大きく異なっている。生きて恥辱にまみれたくないというのがエリートたち一貫した自殺理由であるようだ。これをエリートの挫折といえばそうであろう。

    佐世保女高生殺害事件の加害者である父親の弁護士が自殺した。死ぬとは思わなかったので驚いたが、死なねばならなかったのだろう。STAP細胞関連で、理研の笹井氏もクビ吊り自殺をした事にも驚いた。死に行く者の心は本人以外に分からない。周辺は、「そんなことで死ぬのか?」の思いしかないが、死に行く者にとっては、「そんなこと」ではなかったようだ。

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    広告大手代理店「電通」勤務の高橋まつりさんも24歳の若さで人生を終えた。過労苦による自殺がいたわしい。彼女が自殺までに綴った、「苦悶の叫び」50通は彼女を知らぬ我々でさえ心を痛めた。背景には電通の壮絶、「鬼十則」があったという。これは第4代吉田秀雄社長の遺訓とされ、電通の社員手帳に掲げられている。「鬼十則」の一部を以下抜粋する。

    ◎ 取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは。

    ◎ 仕事とは、先手先手と「働き掛け」で行くことで、受け身でやるものではない。

    ◎ 頭は常に「全回転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそういうものだ。

    これについて正直な感想をいえば、この程度はどこの会社でもある。というか、仕事をする上においては至極当たり前のことと感じられる。「殺されても放すな」は比喩であろうし、誰に殺されるでもない。ただ、人には各々の領分があり、それをキャパシティと言い方をするが、キャパシティを超える仕事をさせられた時、鬱気分の高揚から過労死リスクが高まるのではないか。

    自らの仕事がキャパシティの量を超え、体調が思わしくないときに、有休をとったりもできない状況なら自己の体調管理はできない上、会社の労務管理も不備であるならやり場がない。どこの会社も社員にはガツガツ仕事をさせたいだろうから、生真面目な人間はその煽りを食う。真面目である方が仕事の効率は上がるというではなく、仕事は能率よくやるものでもある。

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    クルマに人の命を守るのに重要なハンドルやアクセルにも、「遊び」が重要であるように、人には遊びに匹敵する趣味が重要である。趣味は決して暇つぶしではなく、心に「ゆとり」をもたらすものとなる。戦時中の物資のない時代の、「切りつめ」は、お国のためという大義があったが、昨今の、「切りつめ」は、人間らしく生きるためではないか。切りつめればゆとりがでてくる。

    ゆとりをもって生きることは、とりもなおさず人間らしく生きることでもある。ただし、物とお金にのみゆとりを見出して、「人間らしく生きています」は笑止であろう。お金や物の不足を何とも思わぬ、真の心のゆとり所有者を幾人ばかり見たが、彼らの心には見るからに「自己」が充満している人たちだった。そうした心にゆとりをもたらす趣味は、人間に必要な、「遊び」であろう。

    「剃りたきは、心の中の乱れ髪」という句がある。つとめても、つとめても起こる心の迷い、乱れ、それが人の常とすれば、その苦しみから対象を責めたり、許せないなどと文句をいったところで始まらない。なぜなら、相手が耳を貸すはずがない。変革を諦めるのではなく、外的環境の圧力に屈して死を選ぶなら、仕事なんか、「クソでも食らえ」と辞めてしまえばいい。

    それもせず、「社会が悪い」、「会社が悪い」、「上司が悪い」、「親が悪い」、「相手が悪い」といってみても、自身の中で不平分子が高まり、育つだけで、それに抗って生きる力や、環境への対応力を持った人間にはなれない。文句を言うくらいなら、どんな方法であれ問題を解決する人間になるべきかと。学校が嫌なら行かない。ひどい会社なら辞める、これも問題解決である。

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    つまるところは、「行動」である。行動なくして大方の物事は解決しない。そう思う自分、そうしか思わない自分の差は、行動を一義とするか否かである。行動さえしておけば、誰もが後で振り返って、あの苦しみを通らないでよかったか?と聞きなおされたとき、「いや、通ってよかった!」というに違いない。すべての苦しみは糧になるばかりか、後の笑い話になる事さえある。

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    自己犠牲と自己抑制は違う。「自己犠牲的精神を発揮して〇〇する」などというが、そういう経験はこれまでにない。自己犠牲とは、他人の幸福のために自分の幸せを投げ出す行為であり、そうした機会などそう頻繁にあるものだろうか?「自己犠牲以上に大きな幸福はない」とドストエフスキーは言っているが、それほど体験できることではないということだ。

    「自己犠牲」という言葉の意味は理解するも、実感としての自己犠牲はないと言っておく。自分に経験はないが自己犠牲や自己犠牲精神はあると思う。パッと浮かぶ光景は、火事で燃え盛る中に子どもを助けに飛び込む情景だ。母親の愛情は崇高で、子どもを産めば誰でも立派な母親になれるなどと、母性に絶対的な信頼(いわゆる母性本能信仰)が日本人にあった。

    「日本人に…」という前置きが示すように、「女性に生まれつきの母性本能はない」ということは、200年も前から数々の実験で証明されてきているのだ。ここでいう母性本能とは、女性なら誰でも子を産み育てることに無上の喜びを感じ、子ができると子を最優先し、自らを犠牲にしてでも子を守るという意味ではないが、日本人はなぜかそうした母性本能を信じていた。

    「この子ためなら、自分の人生全てを投げ出して良い」と真から思える親は、無償の愛を差し出すはずだが、実際は子どもを自身の自己実現に利用する道具と考える母親は少なくない。「そんなことはありません」と否定をすれど、無意識の自覚である以上やむを得ない。赤ちゃんの可愛さというのは、産んでみなければ、というより育ててみなければわからない。

    これは事実である。「わたしは子がどもが苦手でした!どちらかといえば好きではありませんでしたが、実際に自分の子どもが生まれてみるとやっぱり可愛いいんです」。しばしば耳にする言葉だが、子どもはいつまでも赤ん坊ではない。親に向かってあからさまに反抗し、憎まれ口でも発するなら、親は自己犠牲精神はおろか、我が子に憎悪を抱くことすらある。

    運命共同体として親子はともかく、一般的に自己犠牲精神を有す人は、良い人とみなされ、「ひとの良さ」とはそういうことを指して言うが、良い人であるが故に尽きない悩みもある。自分を犠牲にしてまで相手に尽くす行為とは、「そうしたい」というより、それを避けられない思いが強いという現実がある。「いいひと」をある日突然変えることもできないもの。

    そういう苦悩は想像できる。相手はこちらが思っている以上に断られたことを気にはしていないものだが、そこが分からない。一度「ノー」といっただけで壊れる人間関係なら仕方ないなと腹をくくることだ。大事なことは自分を大切にすることである。一方、自己抑制が旺盛な人は、いつも控え目で当たりさわりがなく、こちらも「いい人」の代表のように見受ける。

    頼まれ事を断らない。何でも引き受ける人を「責任感が強い」というのは全然違う。何でもできるほどメンタル的にも能力的にもタフな、スーパーマン的な人物などそうそういるものでもないし、引き受けたことをどれだけ身を入れてやるか、できるのかも疑問である。本当の責任感というのは、「できる事はできる」、「できない事はできない」と言うべきである。

    が、本当に良いと思っただけでなく、人の言う事を何でもカンでも聞きいれる人は、自分が責任を取りたくもないし、取らなくて済むという姑息な考えの持ち主もいる。自己の欲望をあまりに抑えすぎると、突発的に爆発することもあるので、そういう時は相手も面食らうことになる。素直に人に従っていたのは本意というより、ストレスをため込んでいたことになる。

    以下は坂口安吾の一文。「家庭は親の愛情と犠牲によって構成された団結のようだが、実際は因習的な形式的なもので、親の子への献身などは親が妄想的に確信しているだけで、かえって子どもに服従と犠牲を要求することが多いのである」。彼がいうように親の犠牲的精神は、子どもを持ったことへの必然的使命であって、「育ててやった」などと驕り昂ぶるものではない。

    子どもに否定的な親は多い。親は子どもに共感すべきなのに共感能力欠如の親は少なくない。共感能力とは相手の気持ちを共に感じる能力であるから、相手の喜びを喜び、相手の苦しみを我がことのように苦しむ。実は「共感」も能力であるから、まるでない人もいる。人をいじめて平気なのは共感能力がないばかりか、相手の苦痛が心地よいという倒錯心理の所有者である。

    子を優越感に浸るための道具にする親がいる。子どもに物事を正しく見つめる力があれば、そんな親は非難するだろう。有能な部下を持った上司が、自身が指導したかの如く己の手柄にするようにである。「恩」というものは正しくやり取りすべきものだ。なぜ我が子をいじめる親がいるのか?情緒欠落者で大人になり切れていない。そういう親が殴る蹴るの虐待に発展する。

    子どもに自己犠牲を強いたと思いたい親はいるのだろう。子どもへの一切のことは親の義務であって、「お母さんありがとう」の母の日も父の日も、それで親の苦労が癒されるなら、「子どもの日」に親は子どもに向かって、「お前たちありがとう」といってあげよう。思うに親から一度も「ありがとう」をいわれた共感経験がない自分は、捻じれた育ち方をしたのだろう。

    先日もある女性に、「お誕生日おめでとう」といわれてはたと考えてしまった。女性はメールで、「今日で〇〇歳になりました」と述べ、なんと自分と5日違いかと思いはしたが、「お誕生日おめでとう」の言葉を贈らなかった。誕生日の何がめでたいのかを知らず分からずの自分も「耳順」の歳を超えれば言葉通り、「耳にしたがう」こともあっていいかと、それで発してみた。

    後に、「やっぱりめでたいものですか?」をつけ足したのは、女性は年を重ねて嬉しくないのでは?それでも「お誕生日おめでとう」いわれる二次被害に会うと、判断した言葉を書き添えたもの。相手がどう受け取ったかは分からない。が、とある理由もあってか、ふと、佐藤愛子のことが頭を過っていた。大正生まれの彼女は気丈な人で、94歳にしてなお矍鑠とされている。

    詩人のサトウハチロウは知る人ぞ知る異母兄。愛子はその歯に衣着せぬ発言で人気を博す。エッセイ集『九十歳。何がめでたい』に収録の1編の題名、「いまの世の中を一言で言えば『いちいちうるせえな』、これに尽きますよ」なども彼女らしい。同世代の瀬戸内寂聴は、「『いちいちうるせえ』なんて、われわれの年のおばあちゃんが思っていても言えません。

    だから愛子さんの言葉にはいつもパチパチと拍手喝采するんです」という。自分は中高生の頃、たまに新聞の記事で読む佐藤愛子という人の言葉には神が宿っているような印象をもっていた。彼女自身が母親と衝突していたこともあってか、親目線ではなく、子ども目線の発言が核となり、だから自分にとっての佐藤は、「世の子どもたちの優しいお母さん」であった。

    佐藤愛子はとてつもない苦労体験をしてきた人である。ああいう感性はそういう人でなければ身につかないのではないだろうか。着物のよく似合う素敵な女性である。着物といえば長編小説『きもの』の幸田文が浮かぶ。この作品は、彼女の大正期の女の半生をきものに寄せて描いた自伝的作品。佐藤愛子と幸田文は、19歳の年齢差があるが、日本人の魂やどる素敵な女性である。

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    姑の毒舌に対する我慢。言いたいことを言わぬも自己犠牲か、上記の様子に笑ってしまった。「なんで、そんなまずいものを食べるの?」と、人の食べ物にケチをつける姑は、「なんで、そんなバカなの?」と思うだけだ。そこに自分が居あわせたら、それこそ咄嗟に、「いちいち人の食べ物に口を出すなよ。姑ってのは嫁に対してそんなに偉いんか?」といいそうだ。

    善意で考えるなら、こういうことを平気で言える姑は、悪気も遠慮もないとするなら、嫁も遠慮せず率直に言い返す方がいい。それで腹を立てる姑なら、悪意や遠慮がないのではなく、意地悪姑と思ってこびへつらわないことだ。680円だった会計に1180円だすと、「気持ち悪い」という女がいた。それに同調し、「500円玉を貰おうとする魂胆が気持ち悪い」といった女子アナ。

    もはや自分の世界観にどっぷりと浸かったナルシストというしかない。こういう女は、将来とげとげしい物言いをする姑の予備軍であろう。細々と他人に自分の価値観を押し付けつ女は男的に見て理解不能。「じゃかましい、人の食い物にまで口を出すな」と、多くの男の子が母親の小言にそれで対処してきた。500円玉ごときでこれでは、女の脳も余計なことばかりが満載している。

    くだらんことをいちいち気にかけるよりも、もっと大事なことってあるだろう?と思うってしまうが、くだらんことに脳が働くのが女なら仕方がない。嫁と姑のバトルなどは、女の底意地の悪さ丸出しである。男が割って入るようなことではないほどにくだらんことで遣り合っている。男からみると批判の部類になるが、女同士の会話というのは、息継ぎしてるんか?というのがある。

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    それくらいのテンポで、次々と速射砲のように、一つの話題がどんどん色んな話題にすり代わり、どの話題1つ1つとっても超薄っぺらい部分だけを、執拗に念入りに話している印象がある。内容にはまるで中身がなく、互いの言いたいことだけをいい、相手の話に同調してるだけに聞こえる。だから、延々と喋くり続けられるのだろう。男は相手の言い分に否定をするから話が続かない。

    カーリング女子の、「そだねー」が話題になっているが、「それはちゃうで」が男の常套句。これからしても女は群れ、男は孤独に生きるようになっている。誰がいったか、「一人で飲みにいけない男は大成しない」というが、女は一人でレストランや吉野家に行きたがらない。腹が空いたから何かを食べるという時でさえ、他人から見られる自分を意識するのだろう。

    いちいちそんなでは、男からみれば大変な生き物のように思われるが、それで慣れっこになっている。男の「孤独」とは、決して淋し気な状況ではなく、もっと別のポジティブは意味を持っている。「ひとり時間」を大事にするがゆえに、男は思索家たり得るのだ。誰かの話に合わしたり、無理に相槌を打ったりではなく、男は一人好きなように感じ、考える楽しさがある。

    むか~し、「孤独が一番の友」と彼女にいったとき、「変わってるね」といわれたことがあった。誰にも邪魔されないでひとりでいる孤独の時間こそ友であるのは、昔も今も変わらない。決して他人に愛想するのが苦手でもないし、嫌いではないが、人間が本当に自分に向き合えるのはひとりでいる時だと思っている。家庭においてもその流儀は変わらなかった。

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    自分専用の書斎があるわけではないが、男には孤独になれる場所は必要であろう。男にとって孤独とどう向き合うかが、人間の強さ、豊かさの源ではないだろうか。自分がケータイを持たないのもそういう性向にあるのだろう。いじめ問題を考えるとき、人が群れるからいじめが起こるのではと、そういう要素もあるだろう。いわゆる女性特有の仲良しグループという奴。

    なぜできるのか男には分からないが、女にとっては普通のことなのだろうが、そうなると必然的に排除の論理も湧いてくる。男の集団にもそういう傾向があるのだろうが、それプラス個々の資質に、他人(特に弱者)をいじめることでしか発散できないフラストレーションがある。そうではない精神(心)の健全なグループもある。いじめ加害者は何か重いものを背負っている。

    「多勢に無勢」という諺からしても、個人が集団に勝ち目はない。もっとも、いじめも個人で行う場合もあり、集団いじめとは分けられている。親の子いじめ、姑の嫁いじめはれっきとした個人のいじめである。さまざまないじめを突き詰めていくと、共通項のようなものがいろいろ見えてくる。その中でも確信的なものとしていえるのは、「いじめは依存」というキーワード。

    いじめを行う人間には、何らかのバックボーンがあり、それが不満であるとかストレスであるとか、いずれにしても自身が感じた苦痛を、意識の上だけで除去する方法を知らないため、あるいはできないために起こると考えられる。その意味で自己をコントロールできない脳の所有者である。キッチンドリンカーのように、対象を必要とする点において、いじめも依存症といえる。

    イメージ 4さらにはいじめ加害者には優越意識があるが、その反面、無意識化の劣等感も内在されている。それが強い自尊感情となり、自分はどうやら出来の悪い下等な類の人間と意識するのが耐えられず、自分以下の人間を見つけ出し、いじめを加えるのだろう。こうした複雑な心理が噛み合っているいじめをなくするのは不可能である。つまり、どんなことでもいじめに該当する。

    「ムカつく」、「喋り方が変」、「顔が変」、「家が貧乏」、「臭い」などと、加害者自身もいじめることの後ろめたさを持ってはいるが、それらをいじめの正当性として当てはめるる。人間が何かを自己正当化をしようと思えば出来ないものはないだろう。このような身勝手な論理でいじめを行う者に対し、「いじめられる方も原因がある」は酷過ぎるし論理的ではない。

    上記のような自己の身勝手な論理でいじめを行う人間に、どういう薬をつければいいのだろう。頭でいろいろ考えるが、頭ではじき出す回答は実践的に機能するとは限らない。行動の前に思考は重要だが、何事も最後は行動である。発明も発見も実験をしないことには生まれない。子どもに大人ができる唯一身近な実験は、親の子どもへのさまざまな、良いと思われることだ。

    が、何を良いと思うかが、個々の親によって違いすぎる。我が子が人をいじめることを、「いじめられる子に問題がある」と何とも思わぬ親は多いようだ。人をいじめるような卑怯な我が子など、逆さに吊るして血反吐を吐かせるくらいに怒る親が必要だろう。それがいじめ撲滅の最も的確な、身近な方法かも知れない。嫁をいじめる姑に息子は同じようにやったらいい。

    自分の母に対し、身を呈しての自己犠牲精神では?無慈悲に嫁を襲う姑津波からも、同じように身を呈して防波堤になろうという自己犠牲精神である。聞くところによれば、姑の嫁いじめを知りつつ傍観者を決め込む夫がいるというが、夫が何かをしないで解決するとは思わない。自分は徹底的にそれをやった時、母は嫁に泣きごとの手紙を書いていたようだ。

    「息子がワシをいじめる」などと…。女の浅知恵と笑うしかないが、母親と息子が仲が悪いと、母親は嫁を味方に引き入れようとする。息子を自分の敵と見据えた母の苦肉の策であろう。ならばと嫁・姑バトルを収める最善の方法は、息子と母親が仲が悪いのがよいのかも知れん。いかに気丈な母といえども息子に叱られ、相手にされないなら、嫁になびくしかない。

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  • 03/04/18--16:44: たまには将棋のこと
  • 最近、指す回数が多い将棋相手のFさんが対局中、「趣味はなに?」と聞いてきたので、「将棋」と答えるのも趣向がないから、「料理、音楽、スポーツ、何でもやりますよ」というと、「趣味は多い方がいいからね」という。73歳のFさんが油絵を描いているのを知っている。自宅とは別に近くにアトリエ専用の借家を借りて、妻が作った夕食をそこに運ばせているという。

    「ほとんどそこで寝泊まりをしている」のだそうだから、一人暮らしということになる。「3月に入ると県美展の出品作品に取り掛かるので、少し将棋はお休みになる」という。携帯にある何枚かの絵を見せてもらったが、それを見る限りでは結構描けているように思えた。県美展に出品するくらいだから、生半可ではなくそれなりに自信もあるんだと思われる。

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    昔から、「趣味はなに?」と聞かれるのはあまり好きではなかった。理由は自分の趣味は何かよくわからなかったからだ。「読書」や、「音楽鑑賞」を趣味という人は普通にいるが、自分にとってそんなものは趣味というより日常である。読みたいから読み、聴きたいから聴くのであって、誰も読むだけ、聴くだけで生きてはいない。したいことをしたいときにやれば趣味なのか?

    それは生活だろう。だから、「趣味はなに?」と聞かれると返答に困ってしまう。ある時期に、「趣味は考え事をすること」といった頃もあった。ふと目についたこと、気になったことに考えが巡ると止まらなくなる。考える以上は、答えを求めているのだろうが、求めた答えが恣意的・独善的か妥当性なものか、正当的か普遍的かなどについても戦わせる。そのプロセスが面白い。

    「真理などない。絶対的な存在といわれるものは全て人間の主観的な解釈によるもの」という言葉を信奉する。「解釈」といったところで、所詮はあれこれの事柄に対して人間が下す価値評価に過ぎず、その価値評価がその人間にとって都合の良い帰結をもたらす限りにおいて、それらを真理と定めているのであって、別の人間から見れば屁みたいなものだったりする。

    などと言ってしまえば身も蓋もないがゆえに、そこに伝統的なものや神学的なものをつけ足し、価値に権威を与えることで価値の信憑性を高めることを行っている。権威を好む人間は、乞食の言葉を見下し、賢者や賢人、偉人といわれる人の言葉に心酔する。乞食や幼児だってハッとさせられることをいうが、耳を傾ける気のない人間には偉人の言葉しか耳に入らない。

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    いわゆる真理とか信仰とかというものは、基本的には異なったものではない。どちらも社会の多数派によって信じられていることを、その存在理由としている点については同じものと考える。ある信仰が存在する理由を考えてみるに、それがキリストであれ、釈迦であれ、モハメットであれ、彼らの言葉や教えにおいての本質的な価値に疑問の余地がないということである。

    ゆえにキリスト教、仏教、イスラム教という一群の信仰が現存しなければならないとの判断が下されており、これらはすべて、"生あるもの"にとって、その「生」の前提である。それゆえに、「何ものかが真なり」と思い込まれざるを得ないということが必然的なのであって、「何ものかが真である」ということではない。信じるということは、信じる者にとってはそういうものだ。

    真理と思うがゆえに真理。人間という弱き生き物が、究極的なものとしての真理などという妄想にこだわってきたし、彼らはまた、それらを自分たちが生きていきやすいよう価値評価の基準を作りもし、その基準を万人に通用するものとして押し付ける根拠を、「永久不変の真理」という概念にでっちあげた。神が沈黙するのは、神を信じないものにとって当然のこと。

    将棋の米長邦雄はなかなか名人になれなかったが、七度挑戦してやっと名人に就いたとき、「将棋の女神がそろそろ自分に(名人)になっても良かろう」と許されたというようなことを言っていた。羽生善治は、「将棋の神様と対戦するなら、角落ち(のハンデ)ならなんとか…」と述べていた。神様に勝負を挑む、立ち向かうというのも怖れ多いが、ハンデがあるなら…ということだ。

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    これを自惚れと受け取る人もいたが、神を比喩とすれば真面目な発言というよりリップサービスであろう。比喩的に使われる神なら神を信じぬ自分でさえ使うこともある。人は何かを信じることの方が生きていきやすいのだろうが、さりとて自分は何を信じているのか、確たる信じるものがあるのだろうか?こういう自問が湧いた時に思い出すのが以下の歌詞である。

     これこそは信じれるものが この世にあるだろうか?
     信じるものがあったとしても 信じない素振り

    後段の、「信じいない素振り」をする理由が何故か分からぬが、信じるものがあるなら自分は信じてみる。信じた相手から裏切りにあった経験もあるが、それは信じた自分が悪いのであって、「そんな相手とは思わなかった」は、ダサい言い訳である。すべての結果は自己責任でしかない。なぜなら、自分がしたことであって、他人からされたとの言い方は逃げでしかない。

    他人から、"されるようなことをした"のは自分である。さて、将棋のA級順位戦最終局は毎年3月に行われるが、これはA級棋士たちの大晦日のようなもので、「将棋界の一番長い日」といわれている。この言葉は元毎日新聞記者で、将棋の観戦記担当記者であった故加古明光氏であるらしく、その語源は、1967年の映画『日本のいちばん長い日』にちなんだものと推察する。

    『日本のいちばん長い日』は、御前会議において降伏を決定した1945年8月14日の正午から玉音放送が放送された8月15日正午までの24時間が描かれた映画である。日本の行く末が真に問われることになろう様々な出来事が凝縮され、長い長い一日であったように、最強といわれるA級棋士の一年間の総決算と今後の行く末を問う、文字通り棋士にとっての長い一日である。

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    その中で今期の将棋界における象徴的な出来事があった。竜王戦挑戦者に決まっていた三浦弘行九段にスマホカンニングをでっち上げた渡辺明棋王が、三浦九段と最終戦でぶつかり、敗れてA級を陥落した。これを因果応報と捉えたものは多かったろう。「因果応報」とは仏教用語で、事実はともかくそういう状況になった。たまたま勝ち、たまたま負けたのかもしれない。

    が、そのような言われ方になっても仕方がない。渡辺はそれを感じたのか、三浦もそれを感じたのかは分からないが、そういういった目には見えぬ力が双方に加味されたかどうかも分からない。ウソ発見器のように、そういうものが分かる機械があったとしても、どちらも拒否するであろうが、その様な人間関係の機微というものは、人間が連想したり、想像する以外にない。

    あたかも、「因果応報」という言葉を当て嵌めて、そのように言い切ったとしても推測でしかない。そのように人間は人間の真意をいつもあれこれと想像して考えるしかないが、間違いなくいえるのは、人間はちょっとしたことで精神が乱れるが、これを「自律神経の乱れ」という。自律神経は意識外で勝手に働くもので、意識でコントロールできない厄介なもの。

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    趣味で将棋を指す人間にとって、将棋界の話題やあれこれ将棋に関する記事が目に止まるのは普通であるが、将棋をやるやらないにかかわらず、巷では将棋がブームであるらしい。どういうブームなのか分からないが、15歳の中学生棋士藤井聡太くん関連のミーハーブームらしい。SNSのトップ記事の見出しも将棋に関するものが多く、昨日のニュース見出しは以下7件である。

    ・スマホカンニング冤罪の三浦弘行九段「名誉回復」果たす執念の残留

    ・豊島将之八段が勝利し第2局へ 佐藤康光九段と3月10日に対局/順位戦A級プレーオフ第1局

    ・藤井六段、記録目白押しの年度末 フィーバー再来に注目

    ・里見香奈、最後の奨励会対局終わる

    ・里見香奈女流五冠、過酷な修行でトップに 対局前日に夜行バスで出雲から東京へ
    ・将棋の長谷部新四段、黒田投手から学んだ男気と地元・栃木へのこだわり

    ・渡辺明竜王と近藤誠也五段の同門対決

    三浦事件といえば「ロス疑惑」の三浦和義が懐かしい。1984年だからもう34年も前のことだが、今回の三浦事件とは将棋竜王戦の挑戦者として名乗り出た、三浦弘行九段にカンニングの疑義ありと文句をつけたのが当時の渡辺明竜王。証拠もないままにただの思い込みで、「彼が挑戦者なら自分は指さない」とまで言い切った渡辺竜王には内外からの批判が大きかった。

    当時の将棋連盟会長の谷川浩司九段の実兄からも、このような言いがかりをいう渡辺竜王は棋界から追放させるべきであり、弟は連盟会長の任にふさわしくないので、即刻解任すべきとの辛辣な意見もあった。第三者委員会による調査の末、三浦九段には確たる証拠もないということで無罪となり、無能(?)理事数名が辞意を表し、新たな理事と佐藤康光新会長が選出された。

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    それによって連盟と三浦九段側と和解が成立したものの、ダメージをくすぶっていた将棋界であったが、突如藤井聡太新四段のデビュー以来29連勝という快進撃によって、連盟に対する風向きが一変したのが記憶に新しい。まさに、神様・仏様・藤井様といわんばかりの救世主の出現だった。前記事に書いたように、3月2日に行われたA級順位戦最終局で、三浦・渡辺が激突した。

    結果は三浦が勝利し、渡辺は棋王というタイトルとA級在位9年目にしてその地位から陥落した。三浦九段は無実であったが、「疑われるほうが悪い」、「対局中にソフトを使えなければきっと弱くなる」など、心無い中傷があったがひたすら耐えるしかなかった。渡辺寄りの棋士にさえも言語に絶する発言をされていたが、人の尻馬に乗る人間の無様さをしかと見た気がした。

    将棋界という狭い社会である以上、人間関係の力学が働くのは分からなくもないが、擁護に回る棋士も何名かいたが、連盟会長たる谷川九段の組織統率力の無さが、こういう事態を招いたと自分は思っている。おそらく谷川九段にも三浦クロという先入観があったのだろう。組織の長として不適格さ丸出しの予断と偏見に基づいた優柔不断さが事態を深刻にしたのだった。

    『仁義なき戦い』を執筆したのが美能幸三といわれるが、あれは獄舎内で書いた手記のようなもので、それを元読売新聞社会部記者で、『山口組三代目』などの著書のある作家の飯干晃一がまとめあげた。「つまらん連中が上に立ったから下の者が苦労し流血を重ねた」の言葉を最後に唐突に終わっている。つまらん連中とは、言葉を変えれば、「バカな連中」だろう。

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    なぜ、三浦事件といわれるようなことが起こったかについては、当時の連盟会長谷川九段の対処の甘さ、リーダーシップの無さに尽きると思っている。「もし、米長が会長だったなら絶対に起きなかった」と自分は書いたが、それ以前に、米長会長であったら、渡辺竜王はあんなことを言い出さなかったろう。どちらにしてもガバナンスの甘さであり、谷川には荷が重かった。

    東大卒で民間企業に勤める谷川の兄があれほど怒った理由もよくわかる。米長の実兄三人は東大に行ったが、「兄たちはバカだから東大に行った。自分は利口なので棋士になった」などと面白可笑しく解釈されているが、こと谷川に関しては東大出の兄が賢い。谷川ファンだった自分だが、あくまで棋士としての谷川であって、あのときほど棋士に失望したことはなかった。


    こうして当時のことを思い出すとき、こと「決断」ということにおいても、将棋と人生ではまるで違うものだと感じている。将棋が強ければ人間的にも優秀で素晴らしいというのは誤解であったと切実に感じさせられた。谷川九段は以前も今後も将棋の人である。ともあれ、一時はどうなる事かと思った将棋連盟のお家騒動も、救世主の出現でこれまで以上に脚光を浴びている。

    2020年の東京五輪の経済効果は全国規模で32兆円と試算されているが、藤井聡太くんが及ぼした経済効果も計り知れないものがある。彼の出現なしに連盟のこんにちはなく、将棋界は暗澹したしたままだったかも知れない。2016年10月1日付けでプロデビューした聡太くんだが、18年2月1日に順位戦C級1組昇級で五段に、同月17日には全棋士参加の棋戦優勝したことで六段に昇段した。

    イメージ 1現在、竜王戦トーナメント5組であと2勝すると決勝に出場となり、規定により七段に昇段する。「すごすぎる」という以外に言葉はない。名人戦挑戦者を決めるA級順位戦は2日に最終戦が行われたが、6名の棋士が6勝4敗となり、プレーオフとなった。4日に久保王将対豊島八段の第一戦が行われたが、豊島八段が勝利し、10日に佐藤九段との第2戦に臨むことになった。

    さて、女性初の四段誕生かと目されていた里見香奈奨励会三段は、残念ながら7勝11敗の成績となり、規定の年齢制限により退会となった。別枠の女流棋戦では目下5冠であるが男性棋士のハードルは高く、超えることはできなかった。かつて天才少女と騒がれた林葉直子は、1979年、11歳で女流アマ名人戦で優勝し、同年6級で奨励会入会するも最高位は4級で退会となる。

    それを思えば里見の三段はすごいことだが、あくまで女性としてすごいのであって、男性棋士で奨励会三段のまま四段になれない棋士は並以下ということだ。過去に女性で奨励会在籍者は11名となるが、四段にもっとも近いといわれた里見があえなく退会となったことで、やはり女性は将棋に向いていないと結論を出すのも致し方がないのかも知れない。

    現在は加藤桃子初段と西山朋佳三段ががんばっているが、西山も今季リーグでは里見と同じ7勝11敗で終えるも、22歳の彼女はあと3年間頑張ることができる。里見三段は最後の対局を終え、「今は何も申し上げられません。これからのことはゆっくり考えたい」と連盟を通じてコメントを寄せたが、女流棋戦では敵なしの里見も男性棋士の壁を突破できずさぞ残念であったろう。

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    里見香奈奨励会三段の退会が将棋界にとって損失ということもない。強いものが報われ、弱いものが淘汰される勝負の世界にあって、人気というバロメーターは重要とならない。早いもので美空ひばりが亡くなって来年で30年になるが、彼女の死は歌謡界にとって大損失だった。ひばりの前にも後にもひばりを超える歌手がいないし、彼女は声が衰えて消えたのではない。

    歌の女王も病に抗えなかったということだ。将棋界で損失をいうなら1998年に29歳の若さで逝った同郷の村山聖九段である。村山は1983年、14歳で奨励会入会後1986年11月5日にプロデビューするが、奨励会入会からプロ入りまでの期間2年11か月は、谷川浩司や羽生善治をも超える異例のスピードだった。髪や爪を伸ばし放題の村山は、周囲から不潔と囁かれていた。

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    そんな村山はある日、師匠の森信雄六段に、「僕、不潔と言われるんですが、悪いんですかね」と泣きそうな顔で相談したという。森は、「不潔なのは誰でも嫌やろう。だけど、強くなったら言われなくなる」と励ました。死後に日本将棋連盟雑誌編集部にいた大崎善生が、『聖の青春』を著し、映画にもなった。地元府中町では、「村山杯将棋怪童戦」が毎年開かれている。

    今朝、元奨励会員橋本長道氏の記事が目に止まった。「プロとアマとを分けるもの――『奨励会』という世界、己の人生を”懸ける”ということ」と題されたコラムには、「プロ棋士とはなにか?」という観点が分かり易く描かれていた。関西将棋会館3階奥の棋士室は奨励会員や棋士達の研究の場、ある日、将来超有望な小学生奨励会員が中学生の奨励会員とそこで対局していた。

    そこに、奨励会幹事で鬼のように厳しいことで有名なプロの先生(おそらく畠山鎮七段)が入室。先生は不甲斐ない成績をとり続けている年齢の高い奨励会員に、「早くやめたほうがいい」などと厳しい言葉を投げる。私もキツく言われることがよくあり苦手な先生だった。それは優しさの裏返しでもあり、年齢制限ギリギリながら努力を続ける奨励会員などからは慕われていた。

    先生は眉間に皺を寄せながら、対局中の二人に近づき声をかけた。「○○くん、それお金賭けてるの?」。○○は小学生奨励会員の名前で、彼の駒台の横には100円玉が積まれていた。一瞬の沈黙のあと、小学生奨励会員は答えた。「はい。賭けています」。それを聞いた幹事の先生は、叱るどころか微笑みを浮かべ、「よろしい。賭けないと、強くなれないからね」と言った。

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    さらに、「どれだけ少なくてもいいから練習将棋では必ずお金を賭けなさい」と言い残して棋士室を去った。幹事の先生が言いたかったことは何か?橋本氏は言う。「それはプロとしての意識だ。プロたるもの、目的のない将棋を指してはいけない。将棋でお金を稼いで生きていくということを心の底から知り、実践していくべきだ――ということだったのだろう」。

    「将棋を指してお金を貰うことがプロとアマとの根本的な違いで、小学生の頃からお金を賭けて将棋を指す世界――それが奨励会である。このエピソードの主人公で、幹事の先生に向かって素直にはっきりと、「賭けています」と答えたとされる小学生は現在、将棋界の頂点でタイトルを賭けて久保利明王将と戦っている」。名こそ伏せているが豊島将之八段を指している。

    連盟に在籍する将棋棋士の強さを表すバロメーターは、段位でもなければ、タイトル保持でもなく、勝ち星の多さでもなければ、獲得賞金の多さでもない。それは列記とした数字によって現わされるなら、これほど具体的なものはない。チェスにも採用されているレーティングという方法がそれで、したがってこの数字は日々によって目まぐるしく変わるものである。

    チェスなどの2人制ゲームにおける実力の測定値をレーティングというが、正確には、「イロレーティング(Elo rating)」といわれている。「イロ」とは、この算出法を考案したハンガリー生まれでアメリカの物理学者であるアルパド・イロに由来する。特にチェスにおいては、国際チェス連盟の公式レーティングに採用されるなど、強さを示す指標として用いられている。

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    平均的な棋士のレーティングを1500とし、勝利すればレーティングは上昇し、負ければレーティング下落するという単純な仕組みとなっている。対戦時の両対局者の持ちレーティングによって、レーティングの変動値は決定される。レーティングの持ち点が高い棋士が低い棋士に勝利しても加算されるレーティングは僅かしか上昇しない。同様に負けたの棋士の下落も僅かとなる。

    レーティングが低い棋士が上位の棋士に勝利にすれば、双方ともに大きく変動する。段位はあてにならない。アマチュアで五段の免状をもっていてもヘボは多い。アマもプロも段位は権威である場合が多い。3月6日現在の将棋棋士のレーティングトップは豊島八段の1870点で、羽生竜王が1826点で5位、売り出し中の藤井聡太六段は1792点で第6位にランクされている。

    藤井聡太六段は四段時代の雑誌のインタビューで、「タイトルを狙える棋士になりたい」以外の数値目標について、棋士レーティングで1900点を目指したいという。彼は目標については具体的に述べることがなく、これまでも「一局一局を大切にする」といい、タイトルについても、「タイトルをとる」でなく、「タイトルを狙える棋士」と、謙遜しているのが分かる。

    が、レーティングについては数値目標としては具体的である。懸案の高校進学について悩んでいたが、囲碁界の最強実力者井山裕太7冠との対談もあった。12歳でプロ入りした井山氏は、16歳で囲碁界史上最年少でのタイトル戦優勝、26歳で史上初の7大タイトル同時制覇を成し遂げている。ちなみに井山氏は高校進学はしておらず、対談記事の中には以下の発言がある。

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    「囲碁界では高校に行かない人が結構いて、大学まで出られる棋士はかなり少ない。だから高校進学せず囲碁に専念するという選択には全く迷いがなかった。せっかく自分の一番好きなことを職業にできて、この時期は今後の棋士生活にとって非常に大事な時期だから、ここは精いっぱい囲碁に専念して悔いのないようにやってみたいという思いが強かったです。

    藤井六段は最終的に高校進学を決めたが、「学歴」という問題ではなく、あくまで高校生活を若き日の想い出の一環としてとらえたのだろう。井山氏の考え方・生き方も一つの選択であって、何が正しいという答えがない以上、藤井六段の決定も選択である。人はそれぞれが各々の人生を生きればいいのだから、他人のことに口を挟むのは独り言の範疇である。

    森信雄門下の片上大輔六段は東大法学部卒、糸谷哲郎八段は大阪大学大学院卒、山崎隆之八段は高校進学していない。3人の広島出身棋士には、それぞれに個性と将棋の強さがある。プロ野球選手の斎藤祐樹は大卒、田中将大は高卒、プロゴルファーの松山英樹は大卒、石川遼は高卒、知らない世界について一般人が学歴を意味付けて考える方がどうかしている。

    学歴を誇りたい者は誇ればいいし、学歴がないから誇る物は何もないということはないだろうし、むしろ学歴しか誇る物がない人間が、「低学歴」という言葉で人を蔑んでいるのは見苦しい醜態である。スポーツ、芸能、文化などの功績を認めることもできず、学歴だけで他人を判断する人には、「お気の毒」という言葉を贈りたい、そんな憐れな病理を感じてしまう。

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    知人の娘が離婚をしたと聞いた時に返す言葉は瞬時にいくつも浮かんだが、瞬時に、「おめでとう」の言葉を選んで返した。受け取り方によっては問題のある言葉であり、黙って聞いている彼に対し、言葉の真意を説明することにした。「今の時代に結婚ってのは、実験主義の産物だと思っている。上手くいくだけが男女じゃないから、別れる決断は正解じゃないだろうか。

    別れない夫婦は傍から見れば幸せに見えるがそうとも言えないし、離婚は白黒ハッキリつけたってことだと思うな」。自分の言葉に呼応したわけではないだろうが、「最近、離婚は多いよな」とだけいった。夫婦のことは親といえども把握しているわけでもないし、知人の娘の離婚理由を他人が聞くことに意味を感じない。同情するのもおかしい。すべては結果オーライでいい。

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    そういう意味での、「おめでとう」だったが、珍妙な言葉と思いつつもあえて選んだ。「実験主義」というのは、現代を特徴づけるものの一つであろう。結婚を例にとっても、相方が死ぬまで添い遂げるのはそれはそれでよいことかも知れんが、それだけが良いなら、それ以外はすべて良くないとなる。中には離婚が賛美される場合もある。どうしようもない相方の場合もそうだ。

    そんな夫や妻とは離縁できる方がずっと幸せである。それ以外においても、どう考えても破綻している夫婦を無理やり続けようとしがみついている場合も不幸である。他人に事情が分からなくとも、本人たちは分かっている。離婚をしたくてもなぜか離婚しない、離婚できないのは、望むことをできない点において不幸であろう。周囲などに慮って離婚しない夫婦もいるのだろう。

    そういう夫婦であったからとて別段に不幸でもなく、離婚した方が幸福とも思えないという夫婦は結構いるようだ。可もナシ、不可もナイなら現状維持を…、ってやつだ。夫婦といってもいろんな形があるんだろうし、他人がクビを突っ込むことではない。ただ、「やっと離婚出来て本当に良かった」という人もいる。二人の合意が必要な離婚ゆえ、相手が承諾しないケースもある。

    ある弁護士のコラムでは、10年の歳月を重ねてようやく離婚が成立したある男性は、「私の一生で一番喜びに満ちた日」と嬉しさを隠しきれない依頼人とあった。それほどに喜ばしい離婚とはどういうものなのか興味もあるが、その人の喜びはその人だけのものだろう。他人に分かり得ないものだ。離婚調停で骨肉の争いを演じる夫婦だが、かつては相思相愛の恋人の成れの果て。

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    夫は言う。「妻は私の身内の文句ばかりいい、私の母をいたわることもなく、近所づき合いの悪い嫌われ者。私の靴を磨くこともなく、そのくせ給料が安いと文句ばかり…」。妻の方は、「夫は姑の言いなりのマザコンちゃん。自分では何ひとつ決められないばかりか、子どもとの約束も平気で破るし、私の実家とはまったく付き合おうという気もない」。

    双方の言い分を聞いても、どっちもどっち、どちらかの言い分が最もなどはそうそうない。これが離婚調停である。結婚だけが人生の幸せではないのはその通りだが、結婚したことで幸せから遠のくなら、離婚をすべきである。数日前、橋幸夫(74)が47年間連れ添った妻(70)と離婚したのには驚いた。もっとも「びっくりした」とは橋に近い芸能関係者たちの驚きようである。

    その一人はこんな風にいう。「年をとれば長年連れ添った相手と最期までと考えるのが普通でしょう。仮にも喧嘩ばかりしていた夫婦であったとしても、ここまで来たのだから諦めもつくというもの。橋さんのところも、事務所を長年切り盛りしていたのは奥さんだし、このまま添い遂げると大方が見ていたと思います」。かつて橋は熟年離婚への思いを以下述べていた。

    「人生の最後は、ひっそりひとりで自由な生き方をしたい…」。橋にとって夫婦とはひっそりも自由もなかったのかと思いきや、離婚直後に再婚していたという。夫婦のことは夫婦以外にわからぬものというが、言い得て妙でもあり、当然でもある。佐藤愛子に『凪の光景』という熟年夫婦を描いた長編がある。「大庭丈太郎のことを、人は幸せな男だという」で始まる。

    イメージ 5観てはないがテレ朝系列とフジ系列の二度ドラマ化された。72歳の丈太郎は、小学校校長退職後は教育委員長などを歴任、70歳を機に公職を退いて悠々自適の日々である。丈太郎の妻信子は64歳。この作品の面白いところは、丈太郎夫婦と息子の謙一と妻美保と二つのドラマが平行に進行する。

    謙一は不倫相手に子宮外妊娠をさせ、その責任を取るために美保と離縁し、結婚を決意、美保も同意する。そんな折、信子も丈太郎に41年間の夫婦生活を終える決意を固め、離婚を申し出る。丈太郎は驚きのあまり怒りさえ忘れ、「謙一の不貞が表面に出た今夜に、なぜこの女は離婚などといい出したのかと訝るが、何と思おうが、人生というものはその様にできているもの。

    丈太郎は信子の離婚宣言に、「ばあさんが一人でアパート暮らししたって惨めなだけじゃないか」との抗議に信子は言い返す。「惨めじゃありませんよ。独りの生活にはいろんな可能性が満ち満ちてるわ」。「どんな可能性なんだ」。丈太郎は食い下がるが、「それを見つけるために一人になるんです」と信子。彼女の言う通り、先のことが分からないから可能性である。

    考えれば考えるほど分からない丈太郎は、ショックののあまり風邪をひいて寝込む。「何故だ。何故、妻は田舎娘が都会に出たがるように、家庭を捨てようとするのか。41年間の夫婦生活に何の意味があったのか」。信子も実はそうはいってみたものの、「自分で自分の気持ちが分からない」。本当に別れたいのか。自分が幸せでなかったことを言い立てたかったのか。

    結婚した夫婦に、「恋愛?見合い?」と聞き、「恋愛」と答えると、「わー、すごい、いいな~」という我々の時代。国立社会保障・人口問題研究所の調査による「結婚年次別に恋愛結婚・見合い結婚の推移」をみると、戦前は見合い結婚の比率が約7割を占めていたが、その後一貫して減少を続け、1960年代末に恋愛結婚と比率が逆転、現在見合い結婚は5.5%になっている。

    『凪の光景』は思いもよらぬ展開を見せる。フィクションというのは自由にどうにでもなるし、コミカルさも散りばめられている。佐藤愛子という女性については娘が以下のように語っている。「つくづく母は面白いことが大好きなんですねえ。人をびっくりさせたり、笑わせたりすることが楽しくてしょうがない。(母のやることの)バカバカしさに家族は20年耐えました」。

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  • 03/09/18--01:27: 佐藤愛子と幸田文

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    着物に似合う女性ということで、佐藤愛子と幸田文をあげたが、いずれの父親も作家である。愛子の父佐藤紅緑(こうろく)は、「少年小説」の分野で、昭和初期に圧倒的な支持を受け、「少年小説の第一人者」として知られている。愛子は小学校時代、父宛に送られてくる少年雑誌の少年向け小説や他の雑誌の恋愛小説を読みふけっていたといい、算術は苦手であったという。

    文の父は知る人ぞ知る文豪幸田露伴であった。愛子は父の小説を読んで育ち、その中から素養を得たと思われるが、文の場合、父の書く文語体の小説から素養を得たということはなかったようで、それでも父の思い出ををつづった『父 その死』で、43歳にて作家デビューを果たしたものの、「私が文章を書く努力は私として最高のものではなかった」と断筆してしまう。

    幸田文は名文家として知られるが、よどみのない自然で流れるような文体も父譲りとは関係なさそうだ。佐藤愛子の表現には力強さが感じられる。「名文」と、「美文」には文字通り違いがあるが、太宰治の志賀直哉批判はあまりに有名である。「他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ」で始まる『如是我聞』。

    死ぬ数ヶ月前ぶ心中した山崎富栄の部屋で、新潮社の編集者、野平健一が太宰から口述筆記したもので、太宰の死後に発刊された。太宰は自らの師である井伏鱒二とも確執があったが、井伏が屁をこいたという太宰に、「屁などこいておらぬ」、「いや、3つこいた」などと、まるで子どもの言い合いである。太宰は境界性人格障害ではと思われるが、当時こういう診断はなかった。

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    「如是我聞」とは仏教用語で、「このように私は(お釈迦様の言葉を)聞きました」 の意味である。「志賀作品に文章はあっても文学はない」などとした太宰の志賀への口撃は、真っ当な批判というより彼の女々しさであろう。二人の間には感情的な確執があったことは周知の事で、他人の悪口をもって自らを誇るのは卑しいと前置きしながら、あえて批判するところが女々しい。

    太宰の志賀批判に嫌気を抱いたのか坂口安吾は、『志賀直哉に文学の問題はない』というタイトルのエッセイで、「太宰は志賀に褒めてもらいたい気があったにちがいない」と洞察している。人間にはあらゆることが可能なゆえに、人がする人の批判においても、あらゆることを持ち出すことも可能なのだから、この世のいかなる偉人・才人であれども、批判は可能である。

    文豪や小説家にも名文家、美文家といわれる人がいるように、悪文、良文という見方も主観的ではあるがなされる。「悪文は読みにくい上に、読みやすくすれば駄文に堕ちてしまう」というから、悪文は駄文よりは上位ということか。少なくとも稚拙丸出しの小児のような文をいい大人が書くのはちと情けない。10代には10代の文章でいいが、60代には60代の文章でなければならない。

    いい大人が父母を、「お父さん」、「お母さん」では小児である。また、オット、シュウトメなどと年齢に相応しくない表記では美文も台無しである。主人とは呼べない、義母と呼びたくないのだろうが、ただの呼称だろ?主婦もあるように主人もあるんだし…。呼称にまでいちいち感情を持ち込むのが女である。いい年こいた女が、「義母ちゃん」というので会話をする気にもなれなかった。

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    感情的な呼称で文体を損ねてしまうのは何とも勿体ない。それにしても、美しい文章とほれぼれしたのが幸田文だった。それまで女性作家に縁がなかったこともあって、彼女の瑞々しい感性には惹きこまれてしまった。当初、『おとうと』の冒頭を美文と捉えていたが、国語表記的な書式の美しさを美文とするなら、書かれた情景の美しさに匂いや香りまで漂うのが名文であろうか…

    『おとうと』や、『髪』の冒頭、『流れる』の一文を目に、同じような感性はあっても、こういう書体はどこから湧き出るのかと信じられない面持ちである。文学的対象は言葉を透して実現されるものだが、決して言葉のなかに与えられるものではないのだろう。「対象の本来的性質は、沈黙であって、言葉の対立物である」と作家で哲学者のサルトルが述べている。

    むつかしい表現だが、ある作品の意味するところは、決して言葉の合計ではなく、言葉のつくる有機的な全体として捉えられる。即ち、作者の沈黙の部分は、むしろ言葉に先立つものであり、言葉の欠如であって、言葉が特殊化する未分化の領域といえる。噛み砕いていえば、表現されたものをとおして、「表現されなかったもの」、「表現できないもの」を発見・創造する。

    これらを本能的になり得る人こそが人に感動を与える物書きといえるだろう。それにしても幸田文にしろ、佐藤愛子にしろ、「文は人なり」というようにそのことを強く感じる。名文家の幸田はさておき、佐藤愛子の人間性や人格を論じたものは結構あるが、江場康雄氏の佐藤評には思わず笑ってしまう。自分が感じること、言いたいこと一切を江場氏が述べてくれている。


    彼自身、笑わずにいられないようで、その気持ちはよく分かる。彼女は旭日小綬章 を叙勲されているが、その時の記者会見は何故か和服ではなく洋装であった。和服か洋装か、考えたあげくの洋装だったのだとう。兄サトウハチローについてはこんなことも述べていた。「私の兄にサトウハチローという詩人がおりまして、だいぶ前に、やっぱり似たような勲章をいただいております。

    私たちはあまりしょっちゅう行き来するというような仲のいい兄妹じゃなかったんですけれど、その時に『おーい、愛子、おれは勲章をもらっちゃったよ』っていきなり電話がかかりまして。ものすごく喜んでいるものですから、私は思わず『まあ、昔、浅草で鳴らした不良少年が勲章をもらうようになったの、えらい時代になったもんだわね』って言ったんです。

    そうしたら兄はムッとしまして…。兄はそういうことを非常に厳粛に、名誉に受け止めているんだなと。(略) その不良の妹がまた、言いたいことを言い、書きたいことを書いて、辺りをはばからずに生きてきて勲章をいただくとは、兄が勲章をいただきました時よりも、もっとひどいことなんじゃないかなという、そういう思いでおります(笑い)。それが正直なところです。

    佐藤愛子はいかなる場においても佐藤愛子を崩さない。彼女には畏れ・慄くということがないように感じられるし、肝が据わっているのだろうし、それが彼女の強さでもあり、彼女の人間的な魅力であろう。人間おそらく90まで生きると、怖いものが何なのか分からなくなるのだろうが、だからといって、言葉を選ばず、抑制もせずに率直に言うところが佐藤愛子である。



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    文章を書く、絵を描く、どちらも表現行動である。ブログを書くに際し、「何をかいていいのか分からない」というのを聞くが、それなら書かなければいいことだ。書くものにとって、"何を書けばいいのか"というのはまずない。同様のブロガーにはあるのかも知れないが、少なくとも自分にはない。なぜなら、書くという行為は手段であって目的ではないから。

    したがって、「何を書いていいか分からない」というのは、目的がないということになる。書けない人はそこが分からず、「文才がある人はいいね~」などというが、口には出さないけれど、(あるわけないだろ文才なんか)と思っている。書くという行為は手段であるから、文才の有無や是非の問題ではなく、まずは何をしたいかがあって、それをするがために文を書いている。

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    したい何かは文を書くことではなく、文を書くのはしたいことの手段であると繰り返していうが、では、したい何かとは何なのかを改めて自らに問うてみる。いろいろ浮かぶが、何といっても何事かについて考えたいということ。つまり、あることについて主観的な思考で文章に現わし、現わしたものを読んでみて客観的に納得したり、また納得できなかったりなどと色々だ。

    自らの思考による事柄であっても、納得できないものもある。結論としてまとまらないままに、とりあえず中間報告という形での表明であって、そういう場合の思考は継続される。例えば、自殺の是非や死刑制度の是非について、神や宗教の問題や教育制度や人生の目的などは、その場その時その時点における頭に中味を表明するwけで、最終結論とはいいがたいこともある。

    良くても結論、良くなくても結論を出さなければならない。でないと、その時点をやり過ごすことはできないからだ。「結論は先送りにし、とにかく今はそれでいく」という言い方があるが、これは結論が出ない場合には仕方のないことだ。将棋の指し手はほとんどそういうものだと思う。良いと思って選んで指すのだけれども、あくまでそれは、「良いだろう」でしかない。

    厳密にいうと人間の生き方ってそういうものではないのでは?「これが絶対に良い」というのは、自分が自分に与えたお墨付きである。人によっては、自分で自分のことを決められないから、他人から、「これが絶対によい」というのを拠り所にしたりする。どちらがいいというより、どちらも曖昧であるが、思わぬ結果となった場合に自己決定が勝ると思っている。

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    人によっては、「〇〇さんの言うとおりにやったのだから、それでダメなら仕方がない」という人もいる。余程自分に自信がないのだろう。自信はなくとも自分のことは自分で決めたいものだが、自己で責任を取るのが嫌な人は自己を他人に委ねるようだ。よくもまあ、自分のことを人に委ねられるものかと思うが、委ねる人にとってはそれが正しい選択になる。

    「何食べる?」と聞いて、「同じものでいい」という女がいる。不思議と思いながらもそれが彼女の決定なら仕方がない。もっとも、主体性のない女性であるなら責任が増すのでやりがいに通じることもある。「お前に任せる。責任は俺が取る」という上司が好きだった。「いえ、責任も自分で取ります」といってみたが、責任というのは取るべき人が取るものなのだ。

    したがって、その様にいわれたら上司が責任を取らなくていいように頑張るしかない。それが上司と部下の良好な関係であろう。上のものはそうやって部下を教育し、育てていくべきであろう。「お前の思うようにやってみろ」という上司ゆえに人間は伸びるものだと考える。委縮させないで、伸び伸び育てるのは子どもも同じではないか。他人の顔色を見ながらではダメだ。

    子どもが姑息なのは親の責任である。だから、子どもには、「こうすれば叱られる」などと思わないように育てるべきだが、親が子どもの失敗を恐れるから、器の小さい子どもに育つということを親は知らない。教育効果としてのそんなことを知らなくても器の大きな人間からは、姑息な子どもは生まれない。結果は大事であっても、「挑戦」することはそれ以上に大事である。

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    「失敗ないためには何もしなければいい」ということを、子どもに教えているようなもの。大事なことは失敗をどう乗り越え、活かすことであるのに、親の心の小ささ狭さが、気弱で失敗を怖がる子どもに育ててしまっている。子どもの頃に絵を描いたり、字を書いたりするときに、隠して書く女の子がいた。少ないが男にもいたが、なぜ隠すのかが分からなかった。

    だから、無理やり隠している手を跳ねのけるとその子は泣いた。跳ねのけた自分が悪いのか?だとするなら、隠す行為は悪くないのか?悪くないにしても、可笑しくはないのか?その様にする人間にとっては、悪いことでも可笑しなことでもないのだろうが、見るからに可笑しな行為であった。「見せてみろよ」、「いやよ」の応酬で埒が明かない。だから無理やり手を払った。

    それって泣くことか?当時はそうしか思えなかったが今なら分かる。相手が嫌だということを自分はしたのである。人の嫌がることをするのは、理由の如何に関わらず、良くないことである。人には人なりの正しさがあるのだから、他人が正しくないというのは可笑しなことだと、今はまったくそういう風に思えている。人が嫌がる行為を他人が文句をいうべきではない。

    こんな当たり前のことが、60歳近くまで分からなかった自分の愚かさである。己の愚かさというのは己には気づきにくいもので、だからといって他者の指摘においても分からない。自分の本当の愚かさに気づくのは自分以外にないし、自分で気づくからこそ理解に及ぶ。そのためにはどれだけの経験がなされるべきだろうか?自分の傲慢さに人はいつか気づくべきである。

    イメージ 4そうすることで、真に他人を尊重でき、いたわることもできる。それに気づかないままで他人を尊重したり、いたわったりするのはいかにも欺瞞であろう。自分がせっかちであるのは認めるところだが、せっかちとは良い場合もあって、たとえば、今すべきことは何をおいても今すべきという姿勢に連なる。このことは仕事のできる大事な要件ではと思っている。

    何事も先送りしたり、先延ばしをする人間に、仕事のできる人間はいないというのが持論である。つまり、テキパキと仕事を行えば溜めることもなく、スムーズに仕事をこなしていける。ヤフオクなどで何かを購入しても、発送までに何日も時間のかかる人がいるが、こういう人はサッパリ理解に苦しむ。なぜすぐにできないのだろう?できないどんな理由があるのだろう。

    メールで交流する場合にも同類がいる。返信に3日も4日もかかるのが理解できない。日常生活の重要度における優先順位からそうなるのか、面倒くさいからなのか、他にどんな理由があるのかも含めて、いずれも自分には全く理解できない。返信の遅い人のことを、ウサギとカメに例えてか、ネット用語で「カメレス」というが、そういう相手とはまず続かない。

    忘れたころに返信が来ても、返す気も起らない。かつて自分は仕事のとろい部下を叱ったり詰ったりしたが、それで仕事が速くなるものでもないと分かれば、彼らを適材適所に据えるしかない。仕事にしろプライベートにしろ、レスポンスが早いかどうかで人間の特徴や心理が分かる。とろい相手にイライラ経験は誰にもあろうが、これも人間関係の代表例である。

    レスの早い人は、誠実でマメな人柄のイメージを持たれ易く、こまめに返信すれば相手にも安心感を与え、即効レスが楽しいと好意的に迎えられる。が、相手次第では長所も短所となるのが相性。とろい性格の相手に、「早く返して」と請求されているようなプレッシャーを与えることもあり、キチンとしているのを通り越して、「うるさそう」な人と受け取られることにもなる。

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    ネット社会は生活を便利にしたが、百科事典を不要にした功績は大きい。ブリタニカや平凡社の大百科事典といえば、書棚を飾るゴージャス本でもあった。「我が家に一冊、百科事典」の時流もあってか、家庭を持ち、子どもが生まれて百科事典購入した。購入したのは小学館の「万有百科大事典 ジャンルジャポニカ20巻」+索引+世界大地図+日本大地図+人体大地図の全24巻。

    定価は150,000円程だったか。とっくに粗大ゴミ処分したが、ネットでは全巻が2000~3000円程度で売られているが、40年も前の百科事典にどれほどの価値があろうか。淋しい書棚の飾りにでもというなら購入者もいようが、ネット時代に百科事典ほど時代遅れで無価値なものはない。朝に夕に配達される新聞ですら、電子版と比較すればソースの遅さは歴然である。

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    ネット社会は仕事をはかどらせ、プライベートにおいても助けられることは多いが、反面リスクもある。誰もが自由に書き込めることが、悪口掲示板でネットいじめを引き起こす。さらには情報の拡散性といい速度といい、怖ろしい時代である。便利なもはリスクを伴うという当たり前の図式が、ネット社会の最大の功罪であろ、こんにち社会の縮図といっていいだろう。

    見知らぬ人と誰と無用心に繋がのも、危険といわねばならない。ネットがない時代には、道端で女子中学生とキモオヤジで出会って声をかけ、仲良くなるなどは起こらなかったし、「あり得ない」としたことが、ネット内では平然とやれてしまうことが怖ろしい。リアル感の欠如から警戒心が薄れるのをいいことに、キモオヤジたちが中高生の柔肌にありつこうとする。

    「こんなバカなことがあっていいものか!」ではなく、「こんなことが普通になろうという時代」はとっくに始まっている。かつて野坂昭如は、1989年7月に放送された朝まで生テレビの、『人権と部落差別』の番組中、「この世に差別はなくならない。人は差別されるのは嫌だが、差別するのは好きだから」と述べたが、ここに差別という問題の核心があるようだ。

    「いじめ」も同じことだろう。いじめられるのは嫌でもいじめるのは好きということか。でもなぜ、いじめられる時の嫌な気持ちに自分を立ち返らせないのか?「自分は他人でもある」といったように、自分も他人と考えれば他人の心の痛みを感じ取ることはできるろはずなのに、その辺りが人間としての未成熟さであろう。自分が嫌なことは他人も嫌って、簡単なことだろうに。

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    群れを作って食物を食い散らしては、別のところに食い物を求めて飛び去って行くイナゴにたとえて、ネットイナゴという人たちの、心無い暴力性はしばしば目にしてきた。他人をボロクソにこき下ろして気分爽快というところに情緒の未発達を感じる。人に、「死ね」とか、「気持ち悪い」とか、自分がいわれて嬉しい言葉なのか?嬉しくないならなぜ他人に言う?

    このことをキチンと答えられない限りにおいてバカである。理路整然とした批判もできないハナ垂れ小僧がいうならまだしも、つまらん大人が増えたのは嘆かわしい。他人ばかりに視点を向けず、自分も傍から見れば他人であろう。他者への辛辣なる悪口や暴言の背景には、「他者性」の欠如がある。自己は他者から見れば他者、他者はまた当人にとっては自己である。

    「他者性の欠如」とは、つまるところ他者視点の欠如であり、自分が他人の目にどう映っているかを意識しているかどうか、ということである。したがって、他者を、「気持ち悪い」などという人間にエールなど贈ってはならない。何をさておき批判すべきである。「そんなこと言うのやめろ。自分がいわれたらどうなんだ?」といえば、「私だって言われたのよ」ということか。

    自分も嫌な目にあったから他人も同じ目に合わせたいということか?いじめの連鎖、悪口の連鎖とはそういうものであるらしいが、どこかの時点で断ち切らないと、自身が受けた被害感情を他人に味わせたいとなる。こうした感情を断ち切る理性を何から得るかであって、書物でも他人の助言でも何でもいいから、人間はいつまでもつまらぬ返報感情から脱却することだ。

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    虐待の連鎖というのも怖ろしい。記憶はおぼろげとなっても体が覚えている。自分の様に、親と言えない言動をする親を、徹底的に批判し、「あんな親には絶対にならん」と自ら誓った日があった。その言葉を日記に書いた時の気概は今でも覚えている。憎しみというのは、実は真に大切な感情と同じ激情ではないか?誰にもこの憎しみは分からないと悟った時、人は自立する。

    自分が味わった苦しみを、誰かに話したい、話して理解してもらいたい。そういう思いから人は人を頼ろうとする。誰かに愚痴を聞いてもらいたいという女性は多く、他人に自分の味わった憎しみや苦労を話して理解してもらえると思えば、苦しみもやわらぐことになる。しかし、そうである限り、やはり人間はそうした理解者に依存し、精神的に寄りかかることになる。

    佐藤愛子も幸田文も、夫に苦労をさせられ離婚をしている。あの人たちが強いのは、いや、あの時代の女性が凛として強いのは、誰にも言って行く相手もいず、一人で耐えたからであろう。愚痴をこぼす相手がいようがいまいが、憎しみの感情などは、所詮誰に話しても理解は得られないと悟った時、人は自立をする。自立の対語が依存であるなら、自立は強さの形である。

    他人からの理解の絶望、さらには他人への絶望という孤独(孤立)を経て、人は精神的に強くなり、自立をする。自分は小学高学年で母親に絶望した。絶望することで自身の全存在を憎しみの炎とし、それで自分を保ったのである。傷つき、絶望の果てに、人は一人で生きていける人間に成長していく。昨今は少なくない親子の共依存が戒められるのは、そういう理由でもある。

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    他人への絶望こそ人を強くするというのは自分の経験則である。が、あえて人に絶望しなさいなどは言わない。せいぜい、「依存は止めなさい」である。なぜ依存を止めるべきか迄は言わないのは相手が考えること。考える前に押し付けても、反発するだけというのが分かっているからだ。他人に言わないそうしたことを、この場で書いている。言えば聞く。書いたものは読む。

    言葉で押し付けられるのと、自ら主体的に言葉を読むのは大きく違う。他人の言葉から吸収する人もいるが、「言いつ、言われつ」の人間関係の問題もある。人は自分に足りないものを、人からあからさまに言われれば反発する生き物。ゆえに言い方も難かしい。自分は相手に主体的に何かを変えさせたいとき、相手を褒める。「あなたは良いが、もっと良くなりなさい」と。

    自立には様々な方法がある。自分は母親への憎しみの味を味わうことで自立をしたかも知れない。この人には何も頼らないという依存の断ち切りである。自立とはまた、自らの生に自らが責任を取ることでもある。母への燃える憎しみで眠れぬ夜を過ごしたことすら懐かしい。だからか、人間の救いは神への祈りなどではなく、憎しみの彼方にあるものだと思っている。

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    ネット内では藤井聡太の話題が持ち切りだ。昼食に、夕食に何を食べたなどを話題にするのは将棋に興味ないゆえにだろうか。「小人閑居して不善をなす」という言葉がある。小人物が暇を持て余すと、とかく悪事に走りやすいとの意味だが、他人をあれこれ言うのも子どもなら、話の中味すら幼稚である。頭から袋を被って顔を隠せるネットでは、羞恥なく何でも言えてしまう。

    下の書き込みもヒドイ中傷だ。聡太も有名税は払うことにはなるが、こうした心無い誹謗・中傷に対して、無視するなり耐えるなりが身につけておきたい社会性である。「燕雀安くんぞ…」の志がある彼にとって、こういう雑音に動じることはないとは思うが、毎日店屋物を食べてるわけでないにも関わらず、こうしたバカどもにつける薬はなく、呆れを超えて笑ってしまう。

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    対局時には好きな物、食べたいものを食べて対局に励んでもらいたい。「鴻鵠の志」の意味すら知らぬ雑魚たちがうごめくネットは無視に限るが、出る杭は打たれる将棋界の狭い社会にあって、才能希薄な諸先輩の風当たりに対処することが大事であろうか。小人棋士による卑屈な言動には、人徳もあり、師である杉本七段が立ちはだかるなり、適切なアドバイスをくれるハズだ。

    先般、マスコミやファン注視のなか、杉本・藤井戦の師弟対決が行われた。杉本は藤井を弟子にとって以降、800局くらいの対局をしたといっていたから、公式対局といっても、初対面の棋士に比べて緊張感はないと思うが、周囲やマスコミが話題にして盛り上げるのは仕方がない。気心も手の内も知り尽くした両名の対局前の表情からは、普段通りの感じが伝わってきた。

    結果は事前の予測通り藤井の勝利だったが、「赤子の手をひねるが如く」の言葉に相応しく弟子の圧勝だった。藤井の頭には杉本が指す手の一切が予測の範疇、読めていたに違いない。何の試合においてもこういうケースを、「手玉に取る」との言い方をする。斯くも早い師弟対決の実現に際して藤井は、「対局に臨むからには全力を尽くしたい」と意気込みをみせていた。

    他方、師の杉本は歴然とした藤井との実力差を最も熟知する一人として、勝敗そのものに対する周囲の興味は想定内ということもあって言及せず、「まずはうれしいが、棋士としては絶対に負けたくない相手の1人」と、勝負師としての自らを鼓舞する発言であった。弟子は真に師に勝ちたいのか、師は真に弟子に勝ちたいものなのか?その辺りは想像するしかないが…

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    藤井とおなじく中学生棋士の一人谷川浩司は、21歳名人という史上最年少記録を持っているが、彼が名人時代に師匠の若松政和六段と対戦することになった。その際谷川は早めに下座に着席して師を待っていた。その光景を見た内藤國雄九段が、「今日の名人との対局相手は誰や?」といった。内藤は分かっていながらあえて名人の下座にクレームをつけたのだ。

    例え師匠と言えども、そんなものは個人的な感情であり、情緒で名人の権威を汚すなどあってはならない。促されて上座に移動したものの、いかにも谷川らしい。そういったところが、組織の長としての適格性を欠いている。谷川は"いい人"であろうとの意識が強い人であるがゆえに、機能集団たるリーダーには不向きである。前代未聞の三浦事件はかくして起こった。

    囲碁棋士の大枝雄介九段は2010年7月に他界したが、彼は柳時熏九段、マイケル・レドモンド九段ら多くの弟子を育て、同棋院理事も長く務めた。 その彼が自宅を大枝道場として門戸を開き、内弟子を指導・教育していた。教育評論家俵萌子が、「誰が学校を荒廃されたか」(VOICE 昭和59.9)で大枝道場をとりあげていた。当時、道場には11歳から21歳の門下生がいた。

    消灯は午後九時、掃除、洗濯、買い物、料理などの一切の家事を彼らはこなし、無類の礼儀正しさがあった。酒、煙草、男女交際、テレビはご法度。手紙類はすべて師に管理され、無断外出も禁止で、ひたすら碁の勉強に励む。戸塚ヨットスクール顔負けの生活が、一切体罰なしに行われている状況である。内弟子は全員中卒であり、高卒者は一人もいない。

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    学歴的には中卒だが、そんなことは何の問題にならない。門下生にとって師は、自ら選んだ師であり、仰ぎ見る峰(畏敬の対象)である。中・高生にとって師は、先公である。住み込みの弟子とはいえ、彼らは地方では天才児と騒がれ、期待された子どもであり、その彼らがお使いや雑巾がけというストイックな修行をこなすが、大枝道場には明確な目標が掲げられている。

    先ずは日本棋院の院生になること。院生になるにはプロ採用試験があり、これを受けられるのは成績上位者20名。プロ試験では2ヶ月かけて受験者が総当たり戦を行う。プロになれるのは全体で6名、東京からは3名。市ヶ谷に通う院生がプロになれる確率は約5パーセントという非常に狭き門。続いて15歳までに初段、22~23歳までに、四、五段が大枝道場の目標である。

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    昨今の囲碁・将棋界において内弟子制度は盛んではなく、将棋界では皆無ではないだろうか、それでも囲碁の内弟子をとる大淵盛人九段は、自身が大枝門下生時代のことをこのように述べている。「私が内弟子をとろうと考えた経緯についてお話しいたします。私自身、大枝雄介九段の下で中学を卒業してから8年間、内弟子生活を過ごした経験を持っています。

    囲碁のプロを目指す者としては遅い出発でしたが、にもかかわらず、大枝九段は私をとってくださいました。師匠に直接恩返しはできませんが、囲碁界に恩返しをしたい。この気持ちが、内弟子をとりたいと考え始めた第1の理由です。第2の理由は、日本囲碁界の将来への危機感でした。10年ほど前から、国際戦で、日本は韓国、中国になかなか勝てなくなりました。

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    私自身は国際戦の舞台で戦えなくても、黙って見ているわけにはまいりません。継続でき、地に足のついた形で日本囲碁界の役に立てないだろうかと考えた時、しっかりとした若い人材を育てることが大事であろうとの思い至りました。中国では、国をあげて、若く優秀な人材を中央に集めて指導にあたっています。韓国ではソウルに1000近くの子供教室があるほか…、」(以下略)

    そうした志が内弟子制度を復活させたという。藤井・杉本の師弟関係も通い弟子であるが、将棋界の多くの師弟が、形式的・名目的なものである中、800局も対局したというのは、他に例のない特別な関係である。二人の出会いは聡太が小1の時で、小4の時に弟子に取った。母親は聡太を正式な入門を依頼するため名古屋市内の杉本を訪ね、3人は市内のコメダ珈琲の店内で会う。

    聡太は大人の会話には加わらず、注文したクリームソーダを飲んでいたというが、クリームを沈めようとしてソーダが溢れるのを見て、「ああ、子どもだな」と思った杉本の聡太への最初の指導は、クリームソーダの飲み方だったという。あれから5年後、公式戦で初めて弟子と相まみえる杉本七段の感慨は、およそ師としては思いもよらぬ言葉となって表されていた。

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    ♪仰げば尊し我が師の恩~と歌い始まる『仰げば尊し』だが、年齢を経るにつれて徐々に好きになった。どことなく哀愁を帯びた楽想が感傷的でもあり、心打たれるのはまさに音楽の持つ魔力である。センチメンタリズムを美しいと感じていた頃でもあってだろうが、もっとも好きな個所は、♪今こそ別れめ~のところで、「この部分を少し延ばすんですよ~」と、教師が力説した。

    我々は言われるがままにその様に歌ったが、どれくらい延ばすのかが分からず、音楽担当教師のタクトがないと、人によってまちまちとなる。楽譜には四分音符にフェルマータ付きだから、音符を延ばす時間は任意となる。だから、棒の指示がなければ揃わない。音楽理論でフェルマータとは、音符や休符の記譜上の定量時間が延長されること、またそれを指示した記号のこと。

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    イタリア語における"fermata"とは、英語"stop"に相当する名詞であり、例えばバス停の標識には"Fermata"の表示がある。古典派音楽以降においてのフェルマータは、どんな場合であっても、付与された音符や休符で音楽の時間の流れを停止させるが、その効果については中村紘子がテレビのピアノレッスン番組で面白いことを述べていたので、自分も子どもに同じように伝えた。

    音符の長さを定量以上に延ばす、その長さは4倍程度という物理的な認識があるにはあるが中村は、「この音符から離れたくない、次の音符に進みたくない、そんな気持ちで弾くのよ」と指導した。これはまさに音楽を言葉で教えている。そのそも音楽というのは、黒や白の音符や休符やクレシェンド、リタルダントなどの指示記号で、作者の意図が表現されている。

    が、あくまで音符は音符、記号は記号、音符や休符の長さは作曲家の意図する近似値に過ぎない。よって、音符や記号を物理的に奏してはとてもじゃないが音楽とならない。いい例がオルゴールである。定められたテンポ、音量、奏法記号もないあの音楽を、美しい音と感じても、音楽的には無機質極まりない気持ち悪さがあるし、機械的で怖ささえ感じられる。

    やはり音楽は有機的でなければ感動を与えない。メトロノームの功罪を知っていた自分は、クラシック音楽にメトロノームは無用と考えていた。そうはいっても音楽を有機的にハートで感じさせられるか、言葉で教えるのは至難である。カラヤンやクライバーのリハーサル映像を見ると、音楽を団員に伝えるためにあらゆる比喩を使ったりと、その切迫感がユニークで面白い。


    「この場面はハンガーにかけていたコートが、ドサッと落ちようなそんな様子を頭に描いて…」などと言われても、受け取り方は人によってまちまちだろうが、音楽が有機的で生きているものだというのは伝わってくる。話がそれたが、『仰げば尊し』の♪今こそ別れめ~のフェルマータは、別れたくない、師から離れたくないという心情を現わしていることになる。

    ただ物理的に音を延ばすのではなく、そういう気持ちを教師が教えたら、音楽もっと味わい深いものになったであろうが、残念ながらそんな教師は一人もいなかった。我々の時代と違って、こんにち『仰げば尊し』を卒業式で斉唱する学校は少ないというが、その理由については諸説あるというが、自分の知る範囲において一部の教職員から歌詞に問題ありと指摘された。

    その指摘は歌い出しの、「仰げば尊しわが師の恩」の歌詞が教職員を賛美しているという点。それと2番の歌詞にある、「身を立て名を挙げ~」の箇所が、「立身出世」を肯定しているという点であり、教育上も子どもたちに説明が難しいということらしい。このような見方は日教組による偏った「平等主義」に基づくもので、教師と生徒は平等であるべきという彼らの主張である。

    「末は博士か大臣か」といわれた時代に育った我々だった。小学六年生の卒業文集には、「将来は天文学博士」になりたいという夢を書いた自分だが、本当に「なろう」とか、「なれたらいい」とかというでもなく、文集にはそのようなことを書くものだというお体裁であった。将来の「夢」などは何にも決めてはいず、天文学博士などは子どもの戯言であったのだろう。

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    小学生の卒業文集に、「野球の選手になる」、「サッカー選手になる」と書いて、本当に夢を実現した選手は、その夢に向かって努力を続けただろうし、その意欲は凄いことに思える。子どもというのは大きな可能性を持っているのが分かる。何かに近づくための努力は何かに近づくだろうし、何もしなうで何かに近づくことはない。ただし、夢を持って夢に向かって生きるだけが人生でもない。

    夢などなくて普通にだらだら生きるのも捨てたものでもない。「子どもは大きな志や夢を持って努力せよ!」といわれるが、そうしなかった自分はそれでよかったと思っている。あまり自分を強いることが好きでなかった自分は、だらだら生きるのが自分にもっとも合った生き方だから、その様に生きてきた。努力なんて言葉は好きではないし、したくないことはしなかった。

    何かになった人たちもおそらく、「努力」したなどと思っていないのではないか?そのことが何よりも好きだったから、熱中もし、集中したのではないか。藤井聡太も将棋の魅力や面白さに取り付かれたのだろう。そうした"取り付かれるもの"があって、それにひたむきになった結果を、人は天才というなら、エジソンのいう「努力」という言葉が真に天才の実態である。

    ただし、「努力」というのは客観であって、当人の主観は楽しいこと、何よりやりたいことであり、努力とは思ってないはずだ。嫌なこと、したくないことを無理してやるというそういう努力はあるかもしれないが、それが実を結んだとしても本人は満足なのだろうか。その点については懐疑的である。自分が望まぬことで名をあげたり、功を得ても人は幸福とは思えない。

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    好きで乞食をやる人間の方が、本質的には幸せかも知れない。つまるところ、他人から見た幸福と自身が感じる幸福には差異がある。「人から羨まれる境遇にいるのに、何がそんなに不満なのか?」と他人は言うが、望まぬ幸せを得ても人は幸せではないのだろう。貧乏とか貧困とかを物質的な面だけで人は捉えるが、心の貧困所有者もまさしく貧乏人である。

    衣食住に必要な物資を十分に手に入れることができれば、悲惨な生活を強いられることはないが、これと並行して我々は、感情や知性の面でも貧しさを追放することも大事となる。藤井聡太に妬みを抱く棋士がいるかも知れない。批判的な一般人もいるかも知れない。が、彼には何のいわれもないことだ。プロ棋士だから収入は得るが、彼は将棋を収入見地(職業)から捉えていない。

    というより、職業として将棋の何が面白いかであろう。職業(収入面)として将棋を考えなければならなくなった人たちにとって、将棋は悩ましくも辛いことなのではないだろうか。師匠である杉本七段は、「彼に何かを教えるのは彼のためにならない」と述べていたが、弟子と公式戦初対局を終えた彼が発した言葉は、師弟の在り方の理想とするものであった。

    「私の棋士人生で一番注目された対局。勝負としては残念だったが、今日という一日は素晴らしいものだった。藤井六段にお礼を言いたい」と弟子に感謝の言葉を述べた師匠である。3月2日の記事に書いたように、「母の日」、「父の日」にお母さん、お父さんありがとうなら、「子どもの日」に親は、子どもに対して、「生まれてきてくれてありがとう」と言ってもいいかなと。

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    『仰げば尊し』が卒業式で歌われなくなったのは日教組の反対が大きいその理由とは、「教師を尊敬するのを強要するな」ということである。教師が教師を尊敬するなという、控え目な心情からではなく、彼らは何事も上からの強要を拒むのが一貫した運動方針である。市教委・県教委や校長からの上意下達を拒み、職員会議が決議機関であるとの姿勢を崩さない。

    これでは組織として体たらくであるが、教師は自分たちは偉いと思っているから困ったものだ。どちらにせよ、『仰げば尊し』反対理由は、自分たちは尊敬されるに値しないと思っているということだ。戦後、マッカーサーは日本から軍国主義排除と民主化促進のために、労働組合運動に力をいれた。つまり日教組は軍国主義教育を排除するために作られたといっていい。

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    その日教組が朝鮮戦争などの国際紛争を機にどんどん左傾化していく。闘う労働運動を掲げる共産党書記長徳田球一は、「デモだけでは内閣はつぶれない。労働者はストライキをもって、農民や市民は大衆闘争をもって、断固、吉田亡国内閣を打倒しなければならない。」と、労働闘争による吉田内閣打倒を公言、日本の共産化を目指すなど、共産党は脅威とされるようになった。

    吉田茂首相もあからさまに共産党との対決を意識し、1947年(昭和22年)年頭の辞で、「政争の目的の為にいたずらに経済危機を絶叫し、ただに社会不安を増進せしめ、生産を阻害せんとするのみならず、経済再建のために挙国一致を破らんとするがごときものあるにおいては、私はわが国民の愛国心に訴えて、彼等の行動を排撃せざるを得ない」と労働運動を糾弾した。

    「かかる不逞の輩がわが国民中に多数ありとは信じない」という吉田発言を非難と受け取った労組は一斉に反発、「2.1ゼネスト決行」を宣言する。GHQマッカーサー司令官は、「衰弱した現在の日本でゼネストは公共の福祉に反するものだから、これを許さない」としてゼネストの中止を指令した。そうした渦中にあって、日教組は昭和22年6月8日に設立された。

    調査が開始された昭和33年の組織率は86.3%に上ったが、2003年辺りから組合としての体を成さない、「3割組合」に落ち込み、平成30年3月2日現在の組織率は22.9%と過去最低となっている。子ども不在の組合運動に明け暮れ、中国や北朝鮮よりの思想は売国奴とされ、批判要因となっている。30年にわたって日教組の中央委員を務めたのがミスター日教組こと槙枝元文である。

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    彼は金日成について、「多くの理性的な日本人は皆、北朝鮮と金日成首領閣下を心から尊敬申し上げています」。「金日成主席の大衆心理をつかむ巧みさというか、常に大衆の心を大切にしつつ革命偉業を達成された幅のある偉大さが感じられた」と述べるなど、金日成を敬愛する旨の発言をたびたび行っており、槙枝の最も尊敬する人物として金日成の名前を挙げている。

    1991年には、長年に渡る日朝友好親善への貢献により、北朝鮮から国際親善賞第1級の勲章を授与されているが、晩年になって、北朝鮮が国家犯罪としての拉致を認めたことにおいて、槙枝の息子によれば、「(父は)あの国を許せないという思いが募り、自分のミスジャッジに整理がつかなくなったのでは」と語っている。捨てろよ、勲章なんかと思うのだが…

    前置きが長くなったが、子弟ということにおいて、教師と生徒にその関係は見いだせない。教師を師と位置づける輩はいると思うが、教師と師はどう見ても異質であろう。なぜなら、師は選ぶもので強要されるものではない。また、弟子も選ばれるものだが、試験によって選ばれない。人格や熱意によって選ばれるもの。故に、師と弟子との関係は、極めて主観的なものといえよう。

    が、教え、教わるという外見的行為や行動は共通していることで、教師を師と仰ぐものはいても問題なかろう。自分は小学6年生の卒業間近に、鞭で背中を叩かれて以降目も合わさなかった女性教師から謝罪を受けた。彼女はヒステリー傾向のあった人であるが、その後、心を閉ざした自分の動態を観察しながら、卒業前にそれを決行しようと思っていたのかも知れない。

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    師範学校卒の優秀な教師であったと思うが、熱意のあまりに子どもを手にかけたことを反省したと推察する。もしその後に、自分が彼女を許し、媚びていたならおそらく謝罪はなかったと思うが、人は聖人にあらずで間違いを起こすものだ。親とて同じと思うが、幾多の思い上がった言動の多かった母から終ぞ謝罪の声を聞くことは無く、それが断絶の要因である。

    大人が子どもに詫び、謝罪する光景というのは、バカな大人にはできないだろう。バカとバカでない差というのは、自身の間違いを認識するかしないかにおいても違yばかりか、愚行を認めた後の行動に現れる。そのことを教えてくれた小6時の担任は、自分にとってかけがえのない師であった。師たるものの威厳を葬り、人間として触れ合うことの大切さを体現した。

    したがって、師であることにおいて最も問われるのは人格である。教えるのに値する人か。教わるのに値するか、そういう人格であろう。なぜなら、師から学ぶのは、全人格的なもの、生きることそのものであるからだ。感情的な一面はあったにせよ、それを推して理性を持った女性だった。教師であった。自分が彼女に投げかけていた疑問は、人間そのものであった。

    上位者が下位者を見下げ、バカにするのはありがちだが、その際、下位者は上位者を人間として捉えないだろう。実存主義の言葉に、「さらば我らの存在理由よ」というのがある。「先生と呼ばれる人はみな立派であるという嘘」を、上位者が心に兼ね備えているかいないかは大事である。教師が生徒に、親が子どもに説教するとき、どういうお題目を唱えるかを聞いてみるといい。

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    常識とか道徳とか美辞や麗句など、取ってつけたような言葉でたたみかける。しかも、「お前ら」と蔑んだ言葉で優位に立とうとする。親であれ、教師であれ、上位者が非人間的な言動をとる相手を敬う必要はないというのが信念でもあり、それは正しいと思っている。時々の都合のいい言葉で、権威者が如何に人格者であらんかを見せつけるのもバカげている。

    その際たるものが日本の国のトップにいることが露呈し始めた。戦後最低の首相といわれた安倍晋太郎が一段と加速を始めている。にも拘わらず、相も変わらず神輿を担ぐ政権内部の政治家どもは同罪だ。「もし、私や妻が森友問題にかかわっているということなら、私は総理大臣はおろか、政治家も辞める」と公言した安倍である。よもや忘れてはいまい。

    「綸言汗の如し」という言葉がある。儒教の発祥地中国には歴史上の格言が多い。言葉の意味は、「(出た汗が再び体内に戻り入ることがないように)君主が一旦発した言葉(綸言)は取り消したり訂正することができない」ということ。そのために細工をしていいわけがない。こうした細工は綸言を覆す以上にたちが悪い。そういう総理は引きずり降ろさねばならない。

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    「離婚が賛美される場合」という記事を書いたのが3月8日。書いた内容などいちいち覚えてはいないが、改めて読んでみると、記事を書いた時の心情などが思い出される。知人の娘が離婚したと聞き、「おめでとう」というのはいかにも自分らしいと、改めて感じた。何かにつけて、"当たり前のこと"を避けようとする自分である。言葉も行動も人と同じではつまらない。

    つまらないだけでなく、"能がない"とまで思ってしまう。物事にはあらゆる可能性があるわけだから、そういうものを考え、行使してみるのも一興である。「お前は一筋縄ではいかない奴だから」といった知人がいた。彼の物言いに反応するよりも、「一筋縄」という言葉に反応したのを覚えている。他人の見方は他人のもので、人が自分をどう捉えるのも相手の見方である。

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    他人の視点に文句をつける筋合いはどこにもない。ずいぶん前のことでその際、「一筋縄」の正確な意味や語源を調べようと思わなかったが、昨今のインターネットは百万力である。物知り博士ケペル先生は、「何でも考え、カンでも知って、何でもカンでもやってみよう」と子どもたちを諭した。さながらそれを実践する自分は、ケペル先生の影響を受けている。

    「一筋縄」を調べてみた。1本の縄。また転じて、普通のやり方。尋常一様の手段。というのが用語解説だが、語源は何かと思いきや、「1本の縄という意味で、それ以外に特別な用途は何もない」という。一本の縄という当たり前の物であるがゆえに、"普通の方法、当たり前の方法"という比喩的な意味で使われるようになったようだ。改めて、「なるほど」であった。

    諺や慣用句には特別な意味がある者ばかりではなく、当たり前のこと、普通の方法であるがゆえに、それを否定的な意味で使い始めたのが、「一筋縄ではいかない」となったという。さまざまに使えるが、①彼に気持ちを伝えたいが、一筋縄ではいかない気がする。②親の承諾を得るのは一筋縄ではいかない。③彼は一筋縄で勝てるような容易い相手ではない。

    ④若いもんに道理を教え、諭すのは一筋縄ではいかない。などなど、肯定的にも否定的にも使える言葉であるからして、言われた側にすれば嬉しくない場合もある。④の場合などはその典型だ。見下げた言い方ではなく、単に骨が折れるということだが、言われていい気がしない者もいよう。「骨が折れる」で思いだしたのが、昭和天皇の園遊会での一コマだった。


    ロス五輪の男子柔道無差別級で金メダルに輝いた山下泰裕氏が招かれ、その山下に昭和天皇が、「(柔道は)ずいぶん骨が折れますか?」と言葉をかけたところ、実直な彼は、「2年前に骨折したんですが、今は体調も完全によく一生懸命がんばっております」と答えて周囲の笑いを誘った。まさに"骨が折れる違い"であったが、昭和天皇が、「あ、そう」とかわしたのはさすが。

    陛下を前に緊張はするだろうが、それにもまして黒柳徹子は饒舌である。"あり過ぎる"といえるくらいに言葉が多すぎる。「男は黙ってサッポロビール」ではないが、言葉は女の武器といわれるが、これについてココ・シャネルはこう述べた。「美しさは女性の『武器』であり、装いは『知恵』であり、謙虚さは『エレガント』である」。謙虚が美徳なのは日本人女性だけではない。

    美しさこそ武器、装いはそのための知恵…、なかなか良い言葉だ。武器も知恵も所有するがゆえに、「謙虚であるべき」というのがいい。謙虚さがエレガンスというのは、女性の理性と捉えている。あらたまっていうことではないが、男と女の世の中である。男は夫に、女は妻に変貌する。変貌という言い方は、ある種的を得た実例であるをしばしば耳目にする。

    実態が変貌するのではなく、親であるとか、姉であるとか、夫や妻である、その"であること"というのは、所属の肩書であるのがいい。会社における主任や係長も、県の知事も国家の大臣や総理などの肩書も、権威ではなく役目という認識であるべきだが、愚かな人間は肩書がつくと偉くなったと勘違いする。常々思うのは、親も役目でしかない。同様に夫も、妻も役目である。

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    仮にも、「夫である」、「妻である」ということによって、夫としての権利、妻としての権利を要求できるとするなら、怠け夫や怠け妻にとって、これほど有難いことはないだろう。特に日本人は、結婚をスタートというより、ゴールと考える社会であるから、いったん結婚なり就職なりすれば、あるいは議員に当選なりすれば、自分の地位が確立されたと思ってしまいがちになる。

    これが業績本位ならぬ所属本位の考え方であり、西洋の業績本位に比べて東洋では儒教にみられる所属本位意識が強い。正確にいえば、結婚式の当日は妻でも夫でもなく、日々、夫になり、妻になっていくが、所属本位の考え方でいえば、結婚式後に即夫、即妻となる。夫としての仕事、妻としての仕事を放棄し、権利ばかり主張するとどうなる?以下の実例がある。

    3上場企業の管理職だった1歳下の女性と35歳で結婚した機械メーカー社員のK氏。妻は仕事を理由に婚前から決めていた妊活を先送りにし、「やっぱり無理」と拒絶。さらには夫婦で分担していた家事も放棄するようになり、食事も洗濯も夫任せ。何度も話し合おうとするも、「私は忙しいの!」と毎回逆ギレする嫁に愛想を尽かし、2年前、離婚に至る。

    「かんしゃく持ちだった嫁に怯える必要もなく、今はとにかく快適の一言。子供がいたら簡単に離婚できなかっただろうし、家のことを何もしない母親では子供にとっても不幸。その点では彼女が子供を望まなくてよかったのかも。結婚の失敗がトラウマになり、再婚する気は一切ない」とキッパリ言い切る。その分、プライベートを充実させようと思ったとか。

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    20代の頃から交際していた女性と30代半ばで結婚したI氏。お互いのことを知り尽くしていたつもりだったが、一緒に生活してみると相容れない部分が目につき、すぐに夫婦仲は険悪になった。「お互いに一人暮らしが長かったこともあって、家事一つとってもやり方が気に食わないんです。そうしたボタンの掛け違いで、結婚からわずか2年で離婚話が持ち上がりました。」

    しかし離婚までには1年以上の時間を要した。「浮気、借金など、はっきりした原因があると離婚に踏み切りやすいんですけど、特に大きな理由もない。世間体も考えてズルズルと離婚を引き延ばしたんです。でも一度、気持ちが変わってしまうと駄目ですね。同じ空間にいるだけで息苦しくなるし、ちょっとした会話でケンカになるんです」と語るI氏は、35歳での離婚だった。

    後腐れのないようにと夫婦で購入したマンションは元妻に譲り、離婚後は賃貸アパートで一人暮らしを始めた。「マンションのローンも残っているし、決して生活は楽じゃないですけど、気分的には解放感でいっぱいです。元妻はキレイ好きで、僕の趣味である古本と音楽DVD収集を快く思っていなかったんですけど、今は気兼ねすることもないですからね。」

    細かいことを言う女は多いが、趣味にまで文句や口出しされては何のための結婚生活であろう。釣りが趣味だった父だが、実入りがない時に、「餌代にいくら使ってると思ってるんだ!」と、グダグダいう母に何も言わずに堪える父に、息子の自分が腹を立てるしかなかった。若い頃は卓袱台をひっくり返した父の、"触らぬ神に祟りなし"の変貌を、当時は理解できなかった。

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    幸せな結婚がある以上、不幸な結婚もある。不幸な離婚があるなら、幸せな離婚もあるようだ。なにごともひとくくりにして考えるのは浅はかというもの。結婚形態が変貌したこんにち、離婚の形態も変わっている。50年くらい前を思い起こせば、「離婚は最悪、最低の人間のやること」と思っていた自分は、何が何でも離婚は避けるべく忍耐するのが賢い女性と思っていた。

    なぜ、そのような考えであったかといえば、女性の社会的地位が低い時代で、女性が離婚すればそれこそ不幸のどん底に落ちる思ったからだ。それもあって、妻は夫の浮気や道楽三昧に泣かされようが、姑にいびられようが、じっと耐えて妻の座を死守するのが聡明な女性と思っていた。それからするとまるで考えが変わってしまった現在の自分で、これも時代の変化だろう。

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    大人の都合で離婚をするなど子どもはいい迷惑、被害者と思っていた。親の離婚経験のない自分は、子どもがどういう心境になるかが分からない。小学生のころ、昨日まで田中という苗字だった女の子が、急に佐藤と名を変えるケースはあったが、何でそうなのかをとりたて疑問に思わず、変わった名を呼ぶだけだったから、ましてや親が離婚したなど想像すらしなかった。

    父は時々、家出をしていたようだ。家業をほっぽり出していなくなり、数日後に帰ってくる。そんな父にあからさまに愚痴をいう母を見て、家出をしたと感じていた。そうでもしなければやってられなかったのだろう。物心がついたころから目立った喧嘩や言い合いなどはなかったと記憶する。明晰な父は親が子どもの前で無様な醜態は見せぬよう計らっていたのだろうか。

    母を怒らせて無駄なエネルギーを使うより、「損して得取れ」の心境だったのかも知れぬが、母にムカつく息子にとっては不満であった。男二人が共闘して母親に対峙するのをどれほど望んだことか。若い時分にはたてつく母をやり込めていた父であったが、人生経験を積んで寛容になるのか。経年で短気になるような男も知っているが、キーワードは柔軟性であろう。

    年齢に関係なく、「柔軟性」が高くなると気持ちが穏やかになり、逆に失われると短気になりがちになる。柔軟性を高めるためにはどうすればいいかを考える必要がある。体の柔軟性を高めるにはストレッチ、精神の柔軟性を高めるには、「ブレイクパターン」というアンガーマネジメント(Anger management)のテクニックがある。ブレイクパターンとはパターンを壊す。

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    日常生活の中は、ついついワンパターンになりがちだから、慣れている事を意識的に変えてみる、パターンをブレイクする方法だ。ストレスに強い自分を作る方法」をお伝えしました。アンガーマネジメントなる怒りを鎮める心理療法があるのを最近知った自分は、このような知識などなくても、年齢に合わせていろいろ自分で考えながら自分をマネージメントしているのだろう。

    人生を楽しくしていこうとすれば、自然にいろいろなことは浮かんでくると思う。「生き甲斐を見つけよう」、「生き甲斐のない人生はつまらない」などの老人向けスローガンを見かけるが、そもそも生き甲斐とは何ぞや?と、生き甲斐の強制について批判的思考を向けてみた。その結果、生き甲斐の基本とは、無理に生き甲斐を見つけることではないと考える。

    「生き甲斐」とは生きるに値するだけの価値である。これはどこか可笑しな言葉で、生きるに値する価値といっても、それって何だ?だから見つけようということなのだろうが、そんなものをわざに見つけようとしなくとも、人生は楽しいものである自分は、「生き甲斐」のない、「生き甲斐論」を提唱したい。むしろ、生き甲斐を探す方が大変であり、至難である。

    「生き甲斐が欲しい」など言ってる人が、本当に生き甲斐を求めているのだろうか、どうにも疑問である。無理に探すべきものかも疑問である。だからか、「生き甲斐のない陣せないつまらない」は、自分に言わせれば茶番である。だいたい、「生きるに値するだけの価値」などという生き甲斐論に笑ってしまう。生き甲斐というが、誰もが見つけられるものではなかろう。

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    ということで、「生き甲斐」なき、「生き甲斐論」について書く。生き甲斐が生きるに値する価値といっても、生き甲斐などなくても生きる価値はある。見つける必要などない。もし、生き甲斐のある生活を送りたいなら、自分のありのままの姿を直視する勇気と、洗いざらい自分をさらけ出してみることと、一切の甘えを自分の中からなくすことではないのではないか?

    これが自分のいう生き甲斐なき生き甲斐論の根幹である。つまり、自分を偽り、飾り立てている限り、生き甲斐とは永遠に無関係の生活をするしかない。それが生き甲斐である。そうする生活こそ生き甲斐である。「夫 (妻) との生活がつまらない」、「何の変哲もない空虚な毎日だ」などと言ってみたところで、それに代わる生き甲斐となると不倫でもするってことか?

    そう決めつけるわけではないが、一切の虚飾を捨てて生活に取り組んでみるところに、生き甲斐は生まれてくると思わないか?思わないからやらない、思うことはやる、というのも案外食わず嫌いかも知れないからだ。自分の外にばかり生き甲斐を求めるのではなく、内面にこそ生き甲斐はあるといいたいのだが、だから、虚飾の自分を捨てる必要が生じる。

    生き甲斐なんてのはアクセサリーではなく、内面の充実と言ってもいいだろう。甘えを捨てるというのも大事である。なぜなら、甘えた人間というのは、周囲の好意をあてにし、自分の行為にさえ周囲が同情してくれるのを当て込んでいるからだ。「教育」という本質は、実は、「甘え」を断ち切ることではないか。そう考えれば、何のための教育かが分かろうというもの。

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    いつまでも子どもを甘やかせている親は、教育などしていない。親に従うのが良い子といっても盲従は美徳ではない。不作の妻への忍従も何の美徳であろうか。不幸な結婚生活より、離婚で幸福になった人は少なくない。結婚も就職も実験主義と思えば、離婚も離職もさして悩むことでもない。道徳的良識に抑圧されることもない。自たの良心を開放し、自由に生きるべし。

    何が正しく何が悪いのかを考える時に、ある種の偏見が災いすることがある。その偏見が正しさに歯止めをかけていることもある。人間がいったん偏見をもつと、たとえそれが偏見と分かっていても偏見から解放されない。その場合にやるべきことは、思い切って自我を解体する。自我解体は至難であるが、その過程は偏見を持った人間が偏見を脱する時の状態である。

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