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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    「歩くだけで病気の7割は予防できる」と医師がいうように、ウォーキングの効果は大きい。それ以前に、人間が歩かなくなったことが問題だということに多くの人は気づいていない。当たり前のようにクルマに乗り、当たり前のように、自転車やバイクを使う。バスや電車などの交通機関も、当たり前のように存在するし、遠方には当たり前のように新幹線だ。


    新幹線を使わなければいけない距離なのに新幹線を使って批判されることはないが、歩いて行ける距離なのに、自転車やクルマを使おうとする自分を批判するところから、新たな思考は生まれてくる。「新たな」と書くからして、「新しい」の意ではなく、「気を取り直して」、「心機一転」と解したらいい。これまで当たり前にクルマ、当たり前に自転車であった。

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    「当たり前」の理由は、「便利」であるに他ならない。「便利」というのは確かに合理性の追求であって、物事を合理化することで人間はだんだん、「横着化」していく。一切の「利便」は、「横着」と考えてみると、新たな考えが生まれてこよう。東京から大阪に行くのに新幹線を使って横着呼ばわりはされないが、身近な横着に気づかず、「当たり前」とする事は多い。

    科学者のさまざまな発見は、「当たり前」を、「当たり前」と考えないことで成されるが、当たり前に疑問を抱けば、それだけで哲学することになる。自分は昔から、「当たり前」という言葉が好きでなかった。疑問を持つ要素が多かったが、疑問を持たないことが、「当たり前」と言われていた。それくらいに、「当たり前」という言葉は、人間を汚染していると思っていた。

    「あたり前田のクラッカー」というほどに、当たり前に食べるものだと洗脳されていた。「当たり前」や、「常識」という言葉に批判を抱くことになったのは、母親の常套句であったからだ。チェックのシャツをズボンから外に出すことさえ許さなかった。「シャツはズボンの中に入れるのが当たり前」とうるさかったが、今は外に出すのが当たり前になっている。

    シャツを外に出すだけで、「自堕落」だの、「近所の笑いもの」などと言われなければならないのか?そういうことにも強い疑問を抱く。ジーンズを軽石でこすりまくってほつれさせたりの洗いざらし感。労力を継いで一生懸命に作り上げたダメージパンツにしつこく、「近所の笑いもの」と言い続けた母は、ついぞキレたのか、ある日そのジーンズは消えてなくなった。


    何より頭に来たのは、「どこにやった!」と聞いたときに、「知るか、そんなもん」という母親の言い方である。これには殺意さえ抱いたほどにムカついた。ジーンズが勝手に地べたを這うわけではなかろう、勝手に処分したのは明白だが、「知るか、そんなもん」ととぼけられ、一体どうすればいい?今でもその言葉にどう対処すべきかの答えは分からない。

    人間の怒りは、「正しい対処」の発見が成されないから起こるのではなく、それは暴力も含めて、「正当化」されることもある。「いかなる場合においても暴力は正当化されない」とバカはいうが、だったら正当化などされなくても、行為すべく暴力はあろう。「言葉の暴力」なる語句はあるが、あの時の母親の言葉、態度に対する怒り感情は今でも忘れることはない。

    自分は親に手をあげたこと、拳を振るったことはなかった。「親に手を挙げるのは絶対許されない」という厳然たる教育が染みついていたからだ。上官、師、親を、「長幼の序」として崇める、そんな時代の申し子である。友達はボコボコにしたことがある。石で大けがをさせ、謝罪に行った父が相手宅で罵倒され、土下座して詫びる姿が何とも辛かった。

    母に手を挙げる代わりに、一生この人に背くことを誓った。こんな人間に従ういわれはないと正気であった。「親に手を挙げてはならない」という社会通念が、どれほど自分に不自由であったことか。その代わりに、親の、「馬鹿」さを認めるためには反抗することである。子どもが親に従わない最大の理由は、自分の場合は親を馬鹿だと認識することだった。

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    親と言うのは子どもを全面的に信頼させたいと思うものだろうが、「思い」だけでそれは叶わない。人を、「信頼させる」ためには、愛情がいる。徳もいる。さらには相手を信頼するということが何よりである。これなくして、「親だから」信頼すべきだのと、バカも休み休み言えである。「親を敬い、孝行すべし」という儒家思想は、すべての親に当てはまらない。

    背く子どもには背かれる親がいる。背かれる親の代表は、子どもを馬鹿だと思っている親である。「親」という権威は、親子の年齢差が縮まらない以上、子が50歳であれ、70歳であれ、生きてる親がいる以上行使できるが、そういう親は死ぬまで直らぬバカであろう。親が子を尊敬できず、信頼もできず、バカだと思っている限り、子どもに背かれる親になり下がる。

    ましてそういう親は、子どもに信頼も、尊敬もされていると思う親に違いない。子どもが反抗しても自分の権威や威力は消えるものでもないと思っているのだろう。物事の道理や人間関係の本質が分からないで、親のいうことを何でもかんでも盲信するする子どもこそバカの遺伝であろう。親の馬鹿を認めるなら、反抗すべきである。さらに、親の恩一切は義務である。

    そのように思うことが、自分が親になった時、子どもに無用な依存をせず、自由にできる。「自分が親を敬い、尽くしたのだから、子どもも自分にそうするべき」は、結局のところ交換条件のようなものでしかない。「自分は親に尽くしたが、子どもはそんなことをしなくていい」なら、真っ当だ。人間は物事を踏襲するが、それは動物と違って本能の踏襲ではない。

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    文化や教育などば社会通念として備わり、人為としての踏襲であろう。人間の潜在意識感覚と人間関係は影響し合うが、一例をあげれば、一度騙された人間は何度も騙される。ドジな人間は永遠にドジである。なぜなら、そういう素質であるからで、これらは余程の啓発をし、直さない限り直らない。親孝行に縛られる人は、自分の子どもを同じように縛る。

    自分が親に背きながら、我が子には背いて欲しくないという親もいる。別にいてもいいが、「背かないで欲しい」という思いだけではなく、自分が背いたことで背く原因を知り、それら学習で得た子育てに生かす親でなければならない。親に背かないで育った子の学習より、背いた子どもの学習量は断然多い。したがって、親に背いた子の方が、我が子に背かれない。

    「背かれる」最大の理由は、子どもに信頼を抱こうとするからだろう。「背く」が信頼から派生するなら、信頼をしなければ「背かれ感」はない。大体、我が子を信頼するというのは、どういうことであろう?子どもに身勝手な信頼を抱くことが理解できない。「教育者は児童買春をしない」。「警官は盗みをしない」。「賢者は悪事をしない」。「清楚な女は淫乱でない」。

    こうした勝手な思い込みは、人間関係において腐るほどある。「人を信じる人ほど騙されやすい」ように、我が子を信じる親ほど背かれる。成人した我が子は無視する愛情が大事、いつまでも依存は子の負担になる。どうしても、「信頼」をしたいのなら、放っておいても大丈夫という、"ポジティブな信頼"を持てばいい。多くの場合、信頼とは一方的なものでしかない。

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    「人に裏切られた」などとこぼす奴は、自分が勝手に信頼していたことにやっと気づいたということ。相手にはそれほどのものはなく、気楽にやっていたに過ぎない。なのに、「裏切られた」と大騒ぎする。子どもに関していうなら、「昨日の我が子は今日の我が子でない」と、流動的に考える。3歳児頃の固定的な考えを抱く親ほど、反抗期に失望する。

    人を信頼するとはどういうことであろう。「信頼」で引き合いに出されるのが、『走れメロス』のセリヌンティウスとメロスの関係だ。物語である以上、うまい筋書きが用意され、であるからこそ普遍性がある。できた話を批判しても意味はないが、それでも是々非々な見方をすれば、自分はこれを、「信頼」の物語とは思わない。彼らは真の友人関係とは言えない。

    この話を現代に置き換えた場合、自分がいかに困っているとはいえ、大切な友人を、「連帯保証人」を頼むであろうか?あり得ない。頼んだ時点で友人を利用することになる。信頼する友はいかなる状況であれ、自分が私的に利用などすべきではない。人は切羽詰まった頼み事をするとき、「こんなこと君以外の誰にも頼めない」などと、これが殺し文句らしい。

    「こんなこと君にしか頼めない」と言われて、ほとほといい気分になる人間がいるから、常套句に利用される。が、「勝手に友人面をされても迷惑だけど」と言って何の問題もない。自分はそういう頼み事を自ら拒否する以上、頼まれても同等に拒否する。「友人面」をして寄ってくる人間はいる。例えばこんな風な…。「今から話すことは誰にも言わないで欲しい」。

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    「お前を見込んで…」と言いたげであり、そういういやらしさがある。「それは困る。そういう約束はできないし、誰かに何かのはずみでポロっということもあるかもしれない。そういう制約をいうなら聞きたくない」と断ったりした。「誰にもいうな、お前だけにいう」なんて、迷惑である。ようするに前置きの時点で、相手は自分を信頼していない。信頼するなら前置きするなでは?

    秘密を共有することで関係が深まるような、「ごっこ」的女同士の人間関係ならともかく、こういう女々しい言い方は、男らしくもないし好きではない。余談になるが、『走れメロス』を検索して、「『走れメロス』の陰に将棋あり-太宰治の苦悩-」という書き込みを見た。太宰と井伏は、"クサイ"師弟関係であるのは知るが、将棋にまつわる話は、読んでもしっくりこなかった。



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    「竹の事は竹に習へ、松の事は松に習へ」と言うが、これは松尾芭蕉の言葉である。彼の研ぎ澄まされた感性は、実践主義からもたらされている。松のことを知りたいなら、松に触れること。竹も同じ。それをしないで知ることは出来ない。と、戒めている。「机上の空論」という言葉も同様で、実践と思考は違うということ。これが同じなら、実践などいらない。行う必要もない。

    「親の事は親に習え」の意味を理解できる人は、一を聞いて十を理解する人かも知れないが、竹とか松と違い、抽象的で分かりにくい言葉で述べているゆえ、説明が必要だ。似た言葉でいえば、「夫婦喧嘩は犬も食わない」かと。つまり、夫婦にしか分からない事を誰が分かろうか?何にでも興味を持ち、何でもパクつく犬でさえ食わないとユーモアを交えている。

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    誰も自分の親以外を親にすることはできない。自分の子以外を子にできない。と言えば少し分かりかけたかも知れない。ところが、「自分の親以外を親にできない」というのは、正確ではない。結婚すれば新しい親ができよう。「女三界に家無し」といったものだが、「三界」とは仏教用語で、言葉のいわれは以下のように記されている。昔、蘇陀夷(そだい)という子がいた。

    蘇陀夷七才のとき、「おまえの家はどこにあるのか」と、仏陀が尋ねたところ、蘇陀夷は即座に、「三界に家無し」と答えた。利発な蘇陀夷に感心した仏陀は、年端もいかない蘇陀夷を弟子に加えたという。三界とは、欲界・色界・無色界の三つをいう。嚙み砕いていえば、欲界とは淫欲・食欲、色界とは物欲、無色界とは色・物を除いた精神世界空間をいう。

    「三界に家なし」とは、この世に安住の地などないことを意味し、後には女性の不安定な地位を表すようになった。これとは別の、「女三従」の言葉は、中国での婦人の生涯に対する箴言で、女性は、「幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、夫死して(老いて)は子に従う」とする家庭における女の従属性を示す言葉で、『礼記』や『儀礼』などにもみえる。

    夫にとって妻の両親は親族というより姻族でしかないが、妻にとって夫の親はどの程度のしかかるのかも、同居・非同居によっても違うだろう。「三従」の中に、「姑」という文言はない。もし、自分が今のままの性格で嫁いだとして、姑に何やかんや言われたら、「お母さん、『女三従』と言いますが、その中に姑はありませんよ」と言いたくなる。おそらくいうだろう。

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    姑に苦労した女性がコメント欄に、「あなたは相当打たれ強い人間に育ったのでは?」とあるが、これは間違い。打たれて耐え忍ぶ、我慢をするような、「打たれ強い」性格というより、打たれて黙っちゃいない、「打ち返す」性格であろう。結婚前に妻の父から、「君は一人っ子だから我が侭に育ったんだろう」と言われ、それは、「木を見て森を見ず」と言い返した。

    自分のその毅然とした物言いに、母親が、「ビクン!」とこちらの顔を伺ったのを覚えている。「一人っ子」は我が侭というのはありがちだが、自分にとっては真逆であった。昔は、「一人っ子」と言うだけでかたわ者みたいに言われた。どっぷり甘えた家庭ならまだしも、「冗談じゃない」の反発が沸く。妻の親ならまだしも、姑への上の言葉はただでは済まない?

    妻はおっとりの大人しい性格で、「右を向いてろといえば、死ぬまで向いてる」という自分の理想に合致していた。これまで一度の口答えもなく、反抗もなかった。そういう女であるにも関わらず、姑(母)はあれこれ不満を言う。気が利かない、鈍い、おっとりしすぎなどと。自分は速攻で母にいった。「この女で気に入らないというなら、あんたに合う嫁などこの世にいない。

    自分がいいと思ってる女を気に要らないと、家庭を壊す魂胆か?そうでないなら、人の選んだ女にケチをつけないでくれるか」。この時点で、息子の親だということで、なぜに嫁に偉そうにするのかを、自分は理解していない。嫁と姑云々…、という世間の風潮や種々の問題は耳にするが、物事の本質を根本から思考する自分には、嫁に偉そうにする親が問題であった。

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    実際に母には、「なぜに息子の親が嫁より偉いのか?答えられるなら説明してくれるか?それによっては考えもするといった」が、あまりの根本的な問題に答えは出なかった。すべては情緒の問題であるのは分かっている。分かって聞いているから、答えられないのだ。もし、答えがあるなら、「姑が嫁より偉いのは当たり前」くらいしか、自分には思いつかない。

    感情(情緒)の問題を、理性的に、根本から考えことで物事は解決を見る。いつまでも感情で「ああだこうだ」で答えはでないのよ。少しして母は、「理屈言うな!」といつもに怒り口調でヒステリーが芽生えてきた。この女は、自分がパニックになると徐々にヒステリーを起こす。「どちらにしても、夫婦仲に亀裂を起こすようなことはしないで欲しい」という。

    姑が嫁憎しとなるのは、息子可愛さである。ならば、息子が憎ければ姑は嫁を味方に引き入れようとする。「自分の前で嫁の愚痴をいうな」と言い渡せば、溜まったストレスのはけ口は嫁しかいない。女は溜まったものを吐き出さなければ病気になる。姑が息子と敵対し、嫁と同盟を結ぶのが最善である。それで上手く行った部分もあったが、それでも不満はでる。

    母は嫁の悪口を孫に言うようになる。孫には、「お母さんの悪口をいうのは止めて」と言わせるようにしたが、四人もいればなびくバカも出る。早速、長男が金で買収されるようになった。汚い手だが、これは手名づける常套手段で、これに機敏に反応したのが妻だった。妻は、姑から個別にもらった金銭を、すべて報告させて、4人で均等に分ける案を用いた。

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    長男はばあちゃんに贔屓にされているという不満が出始めたからだという。露骨な差別態度で兄弟を分断させる姑は、どこまで家族に悪害であろう。そんなことなどどこ吹く風の人間は困ったものだが、兄弟の不満を解消すべく妻のアイデアは感心した。誰もが自分の「利」とせず、正直に報告することで兄弟関係は歪にならずに済んだのは、悪害に防止策を講じたからだ。

    妻は兄と妹の三人兄妹である。ある時、自分は驚くべき光景を見た。妻の妹が遊びに来た時だった。どういう経緯か覚えていないが、妹には余人には理解の及ばないとてつもない不満があったようだ。姉を責めて泣き出し、収拾がつけられない。その光景を姉が黙って見るしかなかったが、兄弟のいない自分は恐ろしいものを見た思いだった。

    優秀な兄は現在有名一部上場企業の常務であり、出来が良かったのだろう。妻は無難だが、妹だけは私立高校というだけで、ただのそれだけで劣等感を持って生きていたのが、あの時の号泣でよくわかった。兄弟は比較される運命にあるが、それは親の問題である。良くない事だが、凡人の愚行は人間の常であろう。妻はそのことを我が子に生かしたように思う。

    誰にも分け隔てなく留意していた。自分は長女にかかりっきりだったが、その埋め合わせを他の子に弄していた功労者である。親子も夫婦も難しいが、それは当人同士の問題だ。兄弟を仲たがいさせるのは、親に問題があるのを妻は分かっているが、兄弟のいない自分には、兄弟のことは未知である。非常に卒なく上手く対処し、まとめていると感じる。

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    自分は結婚する前もした当初も、母についての体験談を妻に語ったが、これだけ身近な人間でも、経験にないことは信じられないのか、額面通り伝わらなかった。自分が母の事を人に話すのは、悪口でも、愚痴でも、被害意識でもなく、あった事実を思い浮かべながら話すのだが、人はいろいろに受け取るもので、親の悪口を言ってるとしか思わぬ者が多かった。

    親の悪口をいうだけでまともな人間とみられないこの国では、「親に感謝」というのは、まるで命令や決まりのように蔓延っている。子ども(人間)がそう思えることが幸せなんだという意味であるが、「どんな親でも親である」という定言命法的道徳観が物を言っている。「どんな親でも親」で、yahoo検索してみるといい、しょっぱなにはこういう記述がある。

    「どんな親でも文句はいわないこと」と題し、「親の文句を言う人とは付き合わない方が良い」と提言している。さらには、「親の文句を言う人はやはりどこかおかしい人が多い。10代のころはまだ反抗期や思春期なので仕方がない部分はありますが(本来ここでもダメですが…)。20歳を過ぎて親の文句を言う人はやっぱりダメな人が多い、多すぎる…(略)

    こういうしたり顔の人間もいるが、所詮は人の生き方であり、異論はない。それより表題の、「親の事は親に習え」を掘り下げよう。妻は初めて耳にする姑の行状を理解できなかったようだ。最初は自分と母の敵対で上手く行った部分もあった。が、20年、30年も経てば自分と同じような思い(体験)をすることになる。涙に明け暮れた日々を孫たちが憐れんでいた。

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    「ないことをある」といい、「あることをない」といい、「自分が絶対に正しい」から、「他人を許せない」。こういったことを嫌ほど体験済の自分は、一切が想定内だった。あえて言おうとしないが、目新しいことは何もない。嘘をつかない妻は、ゆえに自身にも正直である。人に嘘をつく人間は、自分を偽ることもできるが、彼女はそういう器用さがまるでない。

    母に、「下の世話はできませんので」は、彼女らしい正直な心情である。もし、嫁を尊重し、可愛がる姑であったら、下の世話くらい率先してやれるハズだが、出来ない自分を彼女は責める。「嘘がつけない自分を責めることはない。状況がそうさせたということだ」。姑にいびられながらも嫁の務めを果たした女性は多いが、それが美徳でなくなった時代である。

    醜いことを醜いと認めるのは勇気がいる。嫌なことを嫌というのも他人の目が気になる。が、醜いことを美しい、嫌なことを楽しいと思い込もうとするのは欺瞞であろう。ただし、工夫や思い方によって、辛さや苦痛感情の軽減は可能である。それが人間の知恵なら、そうした知恵者は評価すべきであろうが、一切は自己啓発なら、他人には勧めないことだ。

    情緒や習俗を重視し、臭いものに蓋をするなど、精神論で片づけていたこの国もやっと先進国並みの福祉国家になっている。親の下の世話をしないことが当たり前になってきた。他者を犠牲にすることで得る美徳など、まるで戦時中の特攻兵士である。こういう事を奨励したがゆえに美談とする国家的策略に虫唾が走る。若者の将来を奪っておいて何が英霊だ。

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    『福翁自伝』は中2で読んだ。『幸之助自叙伝』は小6だった。おそらく夏休み感想文の課題図書だったろうか、賞をもらったのを覚えている。それもあってか、松下幸之助は自分にとって最大の尊敬する人となったのがいかにも子どもらしい。野口英世の伝記も同様、感動しない子どもはいないだろう。後に幸之助が二重価格問題で叩かれたとき、人間観に新たな視点を持つ。

    偉人伝説や自叙伝などの児童図書の多くは、別の意図で書かれているが、それとは別の真正な人物像は存在する。「下半身に人格ナシ」というように、人の功績と人格は別と考えるのが大人の思考。人格がどうであれ、功績が翳ることもなければ、功績そのものが人格からもたらされることもない。子どもに事実を知らせるべきか否かは、性や同和問題でさんざん議論された。

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    「偉人を貶める実話に意味はない」とする児童文学者の考えは一理ある。しかし、イソップ童話の日本版は脚色され過ぎだ。渡辺淳一の『遠き落日』という著書は、これまで秘されていた野口英世の人間的真実を描いている。渡辺が医師免許を持つ作家であるのは周知であり、彼の、『解剖学的女性論』は、異性を知るうえで大いに参考になった自身の座右(?)の書である。

    特に第9章「嘘つきの女性」は男が是が非とも知るべき女性の特性である。「女性の嘘の特性は何か、そしてこれに対して男性はいかに処すべきか、相手の嘘の実態が解れば、その対策はおのずから出来ようというものである。」と前書きにある。己の精神の分裂をきたすほどに、嘘で混乱した幼少期は母親が原因であった。彼女を信頼しなくなった要因はそれに尽きる。

    異性・同性に限らず嘘をつく人間を絶対に信頼しないし、ただの一度の嘘であってもそれで相手を見切った。とはいえ、「自分は嘘をつかない」というのではないが、「わたしは嘘をつかない」といって嘘をつく人間はさらに信頼をなくした。「僕が嘘をつくような人間に見えますか?」が、セールスマン最大の殺し文句であるように、嘘をつくための、「嘘はつかない」は、非道である。

    ある人間を嘘つきとした場合、彼のいう、「本当」は嘘であり、彼のいう(つまり嘘つきのいう)嘘は本当である。というパラドクスを後年知った。なぜ嘘をつくのか?なぜ嘘を信じるのか?幼少の頃、「嘘はいけない」と教わると当時に、「人を信じないのはよくない」という道徳を会得させられる。「嘘はいけない」という教育は、必然的に人は、「嘘をつかない」と思い込む。

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    日本の初等教育のいい加減さ、形式主義の弊害は常々感じるが、「嘘をついてはいけません」という教育より、「人は嘘をつくので注意しましょう」という本質を教えない日本人の甘さ、ひとの善さである。教育に理想は大事だが、理想ばかりでは危機管理意識がなおざりになる。「なおざり」の教育をするから、「おざなり」になるのではないかとの危惧。

    子どもに的確な価値判断が難しいのはその通りだが、だからと言って大人が子どもを見くびるのは問題だ。日本人が子どもを大人扱いしないのは悪しき通俗で、そうしたものは日本家屋の、「子ども部屋に顕著」と、ある外国人の指摘があった。かつて同志社大で教鞭をとったドイツ人のクラウス・シュペネマンは、来日して日本人の子育てにショックを受けたという。

    カルチャーショックを受けたシュペネマンは、日本にこのまま残ることは、自身の子どもたちの成長においてマイナスになるのではとの思いに至ったという。当時(昭和54年)、15歳、12歳、11歳の育ちざかりの父であったシュペネマンは、客観的教育を奨励した。これはドイツの諺にある、「子どもたちは神から与えられた謎である」という格言に負うところも大きい。

    「子どもは私たちを父とし、母として生まれてきたに違いないが、それ以前に彼らは神から与えられた賜物であり、同時にまったく未知の存在である。(略) 彼らは両親である私たちさえも、関与できない面を持っている。そんな子どもたちを、私たちの所有物のような錯覚を持って、粘土細工のようにこね回すのは許されない。一人一人自分の人生を前にし歩みだす。」

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    第一章「家庭でどう躾けるか」、第二章「学校でどう導くか」、第三章「社会でどう鍛えるか」。それぞれの項目についておよそ日本の教育書には書かれない主体性に満ちた教育論が示されている。言っておくが、彼らのいう主体性とは客観性のこと。客観性こそが主体性であって、離れた視点で子どもを眺め対処する。そういう教育を、「是」とする親には推奨図書だ。

    人はなぜ騙されるか、人はなぜ嘘をつくか、これらは嘘で苦しんだ幼少時代からの設問であった。いうまでもない、子どもは純粋無垢であるが、子どが不浄になるのは成熟の常としても、歪にする親がいるのは確かである。シュペネマンの書から、親が子どもにとっていかに悪害であるかがわかる。よって親は子どもにとって、「悪害」であるとの認識に立つのが正しい。

    「自分は子どもにとって最良の親」などと自己満足に浸る親は危険である。たまにそういう親もいるが、自分の浅はかさに気づかず、子どもを私物化とし、子どもを奴隷に見立てる親である。自分が小学生に上がる前だったか、低学年だったか、我が家に住み込んでいた職人が、「お母ちゃんは万三つだから」と教えてくれた。同時に、「万三つ」の意味もである。

    「万三つ」とは、「万に三つしか本当のことはない」という嘘つきの言い換えである。同じ慣用句で、「せんみつ」もあり、こちらは、千に三つしか本当のことを言わないさまで、芸能人のせんだみつお(本名・中野光雄)はこれから取った。職人の言葉を聞いて心が解放された安堵感は、今でも忘れ難い。それほどに嘘の多い母親から苦しめられた幼少時代であった。

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    それまでは、どうして嘘ばかりつくのかが、子どもには分からなかったが、職人の単純明快な答えが自分を納得させたのだろう。人に、「なぜ?」と苦しみ、疑問を抱くより、「そういうものだ」はこんにちの自分の生き方の哲学になっている。心理学は人の内を分析し、表す学問だが、どう分析しようと人は変わらない以上、正しい取り扱いは、「そういうもの」で納得すること。

    少女時代の子どもと一緒にテレビのマジックを観ていたとき、人体が電器ノコで切断された。次女から、「どうしてあんなになるの?」と聞かれ、つい、「そういう人なんだよ」と言ってみた。次女は、「そっかー、そういう人ね」と、納得(?)したのが懐かしき思い出。分からないことは解明するに限るが、その場で解決しないことは、「そういうもの(人)」に限る。

    分からない、納得できないままで頭がくしゃくしゃしている際に、「そういうもの」との言い方は一つの答えを導いている。「なんで、なんでアイツはああなんだ?」という他人に対し、「そういうやつだと思うのがいい」は、結構使った。「そういうやつ…?でも納得できない」という相手にも、「だから、納得できないほどの人なのさ」でいい。解決とは極めるよりも妥協である。

    男は女が好きだ。女も男が好きなのだろうが、実感として分かるのはやはり、「男は女を必要とする」である。構造的にも精神的にもである。特に母性への憧れが強かった自分は、女の優しさ、温かさを求めた。嘘つきでヒステリー女などまっぴらご免である。ところが、花嫁の角隠しではないが、棘のある女に最初から気づく男などいるハズがない。

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    いかなる男も数々の女に騙されるべく月謝を払って一人前になっていく。女を求める態度が素直で露骨である男は、女の側からみると滑稽であろうが、必死で女を求める時期の男は、女から見た己の見え透いた無様さなど気づくハズもない。母親の嘘には苦悩したが、恋人のつく嘘はまた別のものだった。嘘には許せる嘘と、許せない嘘がある。女の許せる嘘とは…

    自衛上の嘘である。自身の失敗や、不利な状況に追い込まれた時、その責任や苦境から脱しようとしてつく、本能的自己防衛的な嘘であって、許すことはできるが誠実な人間であるかどうかはここで分かる。つまり、嘘で自分をごまかすか、自分の過失を認めて相手に詫びるかがハッキリ現れる。自分は、遅刻をしても言い訳を恥とする人間だから、当然にして後者の女を好む。


    嘘のない誠実な相手でなければ、信頼関係は結べないからである。言い訳はその場しのぎであり、それが嘘の言い訳であるか、真実であるかは探りをいれたり、問いたださない限り分からない。がしかし、言い訳をしないですぐに謝罪するのは、詮索せずとも100%真実である。遅刻をして、「寝坊しました」が嘘ではないようにである。ある女にこういうことがあった。

    たまに出入りする女にビデオ予約を頼んだ。女はそれを撮り忘れた。「ちゃんと撮れた?」と電話したとき、彼女は録画予約に気づいたようで、「ごめんなさい、忘れてました」と言った。責任感の強い自分にとって、人からの頼まれごとは手の平に書いて、夢にまででてくるものだが、そうではない人もいる。自分は腹を立てて罵倒した。それが感情というものだ。

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    が、怒ったからといって、していないものはしていない。そう考えると自分の怒りはバカみたいである。それが理性と言うものだ。こういう場合、咄嗟に嘘をつける女がいる。頭がよく、それだけ自己保身に長けているから、すぐに知恵が回る。どちらが自分にとって大事な女か?その女とは20年来の友人である。「女はズルいですよ」などの言葉を真顔でいう女である。


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    女のズルさは普通は隠すものが、「女(自分)はズルい」と平気でいう女は新鮮だった。この女の数々の言葉が頭に残っている。普通は口にしない言葉ゆえに残っている。「印象深い」とはそういうことをいう。女の情緒不安定は、生理に支配されたもので、男はそれを許すべしと渡辺の言葉は理解に及ぶ。彼のいうヒステリー女についての考察も、大いに参考になった。

    情緒障害としてのヒステリーとは、その刺戟によって自分がいかにショックを受けたを誇示し、それによって人から注視を浴びたい。注視を浴びた上で相手を困らせたいとなり、それで自分の存在価値を高める。そのために自分が傷つくなど御免被るとなる。つまりヒステリー性格は、強度の自己中心的、偽装的性格がもたらすもので、男にこういう性悪さはない。

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    男は自分がショックを受けたかなどは、自制心で隠そうとする。露わにすること自体がみっともなく、それで相手と闘えといえど負けたも同然である。勝負師が感情を表に出さないのは、形勢の悪さを相手に感じ取られないようにする訓練ができているからで、盤上の形勢とは、それくらいに掴みにくいということ。だから、表情やしぐさで判断しようとする。

    女のあからさまな自己表現はナルシズムであろう。アノ時の大げさな声しかり…。『解剖学的女性論』は女性考察に薦めたい。医学部受験を塾に薦められたが、解剖実習について行けず医師を諦めた女性。成績だけでは医師にはなれない。人体内部に嫌悪するのも情緒であるが、「臓器が汚いものなら、人間とは何だ?」。解剖学の養老猛司氏の言葉である。

    千円札の肖像にまでなっている野口英世だが、彼もごく普通の人間である。普通というより性格破綻者である。毎月の給料のほとんどを高級料亭での飲食や、遊里での豪遊に費消し、アメリカに自費留学するにあたり、あちこちへ懇願してかき集めた渡米のための資金を、出発前にすべて使い果たしてしまうという冗談みたいなエピソードからも理解できるだろう。

    彼はまた恐ろしく短気で躁鬱症の嫌いがあり、調子が良いと有頂天になる半面、研究に失敗したり他人に批判されたりすると、極度に落胆したり激昂したりする一面もあったようだ。それらを差し置いても偉大な人物であるのは間違いない。『遠き落日』は、これまで偶像化され、美化されてきた野口英世という人物の一部を破壊する事になったかも知れない。

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    「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」という日本人のキャパシティからしてもショックは拭えないかも知れぬが、何にしても人の批判はすればキリがないから、批判好きな人にはこの上なかろう。そもそも人が見知らぬ人の批判を書物や伝聞だけで正しくできようなどはあり得ない。そういう意味で自分は他人の批判はしないが、伝聞や書物ではない親の批判は遠慮しない。

    いいところも書きたいが、記憶にあるのはボーリング場で靴を盗まれ、裸足で家に帰ってきたとき、「男がそんなことではダメだろが!人の靴でも履いて帰るくらいの塩の効いた人間でなくてどうするんか!」と怒る母に驚いた。善悪はともかくとして、彼女の気丈な性格が現れている。この言葉は自分の中で数日間めぐっていたが、この部分において母を称賛した。

    決して泥棒を推奨する言葉には思えず、男としての精神的気概という点で、母の理想が読み取れた。教育とは何か?なかなか難しく、あるいはいくらでも答えを出せる命題であるが、率直に素朴にいうなら、「教育とは自分が覚えているものであろう。頭の隅にもない、忘れてしまったものは教育と言わない」。母の言葉に唯一感動したものゆえに頭に残っている。

    さらに教育とは、「人間が生きているその時々の感動であったり、思い出だったりで、それらが人間を育てて行くのであろう。教育者が能書きを垂れるような理論なんてもんじゃない。理論の一切を否定するわけではないが、所詮理論などは誰でもすぐに忘れてしまいがちだ。その点、経験とは身につきやすい。「習うより慣れろ」という慣用句がふと浮かんでくる。

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    「親の事は親に習え」は説明したが、「子の事は子に習え」とは、自分が子どもだった時の事を、子を持った親になった自分が今、我が子から習うということ。子ども時代にされたこと、言われたことの嫌は、我が子も同じように嫌であろう。子ども時代の自分を客観的に見れなかったが、今、こうして我が子の言動から、親は子どもに客観的であるを習うべし。

    どんな親にどんな風に教育されようと、その子が親になれば新たな価値観を持った親になる。「勉強しなさい」と一度も言われないで育った子が、「勉強!勉強!」の親になる。ヒドイ親に育った子がいい親に、慈悲深い親に育った子が鬼親になる。親自慢や親批判がどうというより、自分がどういう子の親であるか、どういう子育てをしたか、ではないだろうか。

    常々思うことだが、善い人間の善いところを見習い、身につけるのは難しい。聖書の善い言葉も偉人の名言も、字が読めれば理解は可能である。ならば、それらをたくさん知る人間が善い人間になれるのか?そうは思わない。善い人の善いところに感心すれど真似は難しい。「あんな善い人になりたい」より、「あんな風な人には絶対になりたくない」は、信念となる。

    良い手本もあるが、悪しき手本を意味する言葉を、「反面教師」という。この言葉はかつて日本になく、1960年代になって中国から日本に入った。語源は毛沢東とされている。自分は宗教的偽善や美辞麗句に与しない。名言や慣用句は沢山知るが、それで善き人間になれるならとっくになっている。が、「批判が自分を作った」ことだけは自信をもっていえる。

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    「いかなる親とて反抗するのは間違い」の気持ちを持って生きるのは結構なことで、親に反抗する人間を友達にしないというのも自由であるが、根拠は示されていない。友達にしたくない理由は様々ある。灘高三兄弟の母親にように、他人の人生選択への批判はないが、「生活習慣はいつでも身につく」という無知蒙昧発言は、間違いを信じる公益性の点から批判をする。

    同様に、「いかなる親とて反抗するのは間違い」も無知である。なぜなら、自由を供与されない親に反抗して自由を勝ち取る。それをしなければ傲慢な親の奴隷になるではないか。自由と解放を求め、暴君と命懸けで戦った種々の歴史をみても、供与されない自由は、戦って勝ち取る以外に方法はない。そこを考えれば、「反抗するな」は、親の奴隷になれとの発想だ。

    自由も供与された反抗の必要ない親というなら、わざに自慢することではない。他にも自由を制限させられた厳格な親に反抗する勇気がない場合もある。これらから推察すれば、「親に反抗するな」などという人間は、①反抗する必要がなかった。②抑えつけられて反抗する意思も勇気がなかった。③いい子でいたいからと、親から受けるいかなることも我慢した。

    なそのどれかではないか?でなければ、そんな言葉は出ないだろう。よき親を持ったことを自慢するのはいいが、そういう自慢が反抗者を軽蔑することになる。人より優れたもの、優れた環境を持つのはいいが、人を侮蔑するものにならないようすべきかと。そうした他人の批判を気にする人は、その批判が独尊的であるか否かも含めて思考し、無意味な批判は無視をすべし。

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    自分の「生」は他人に関係ないのは道理であり、キッパリ思うのがいい。「他人に惑わされない」を頻繁に奨励するが、そのためには強さがいる。強さはどう養えるかにまで言及するなら出来るだけ、「依存」を排除することかと。水や空気や食料は生命の依存だが、親への依存を含めて、なるたけ人への依存を断ち切ることで、知らず知らずに強くなれる。

    そうすることで心を強く持って生きていけるなら、煩わしさの解消から、自ずとストレスの軽減にもなる。万病の要因であるストレスを軽減することを間接的に奨励する。人に、「ああしろ」、「こうしろ」と言うのを好まないが、心の病を防止するのは遠慮なく発言する。しかるに、「孤独」を実践するには、他人から離れるではなく、無理をしないでいれる人間を選ぶこと。

    人に無理をいう人間は間違いなく依存体質である。自分に無理をしない人間は、相手にも無理を言わない相乗効果がある。さらに自分が実践するのは、上下関係を意識せず、作らない。習俗習慣に縛られない。面白い話だが、50歳であれ、60歳になってもバースデーや父の日(母の日)やクリスマスなどを気にする人がいるが、これすら習俗習慣であり依存である。

    付和雷同の日本人…、どうしてもしたいなら、自分で自分にプレゼントを買うことだってできる。人に貰うから嬉しいというのは自分には分からない。欲しいものは自分の金で、気に入るものを買う自由さが満足度を大きくする。また、世俗的な自己欺瞞とはおさらばすること。クラス会だろうが、飲み会だろうが、行きたくないところに無理して行かない。行かない非難も恐れない。

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    どこにでも顔を出したい人はいる。人に、「いい顔」する生き方を好む人だ。そのためにする無理は、無理でなくなるというなら、それは素晴らしい。自分が無理と感じない人は、「無理」と上手く付き合える人で、これも人間の能力である。「孤独」の奨励の前に、孤独を楽しいと感じるのは、「書く」ことにある。最近刊行書籍が増えた中島義道も、「書くこと=孤独を楽しむこと」と述べている。

    書く楽しさの源泉はおそらく自己対話にある。自己問答しかりである。あるいは自己啓発である。自己回想の時間すら楽しい。ただし、老人の書き物ゆえ、未来について書くことはない。未来について書けといわれるなら、「死の幻想」となる。命が湯水のようにあった若き日に、死は現実なものではなかった。しかし、芸能人や著名人がどんどん消えていく昨今だ。

    同年代諸氏は一様に、「我々はもはや棺桶に片足突っ込んでいる年齢」などというが、同調する反面、「若い、若い」などと油断もある自分である。必然的に死を身近に感じるようになるのは仕方がない。「5年後には〇〇したい」、「あと10年間は〇〇するぞ!」も悪くはないが、期待をすることより、日々を凝縮に生きるのも選択だ。だから未来については書かない。


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    ある日の母と娘の喧嘩である。喧嘩というより言い合いが正しい。どこの家庭にもある日常だ。長女が5年か6年生くらいだった。「お母さん、また机の引き出しをアサッたでしょう。勝手に人の机の中を見ないでくれる?」、「あら、どうして分かったの?分からないように見たのに…」、「ちゃんと目印をつけてるし、すぐに分かるんだから…」、「いいじゃない、別に見たって!」

    この後も言い合いは続いたが、二人のやり取りは自分にとっては奇異に映った。妻が長女の引き出しをアサるのも理解できないし、それを知った長女の苦情は当然にしても、「いいじゃない、見たって」と返せる親子関係は理解を超えていた。人は人を理解できないものと、この時はつくづく感じたのだが、理解できない理由は、自分の経験にないからであろう。

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    それよりなにより、母親が自分宛ての女性の封書をすべて開封し、挙句捨ててしまうような家庭であり、それを父親が、「今日、〇〇という女から手紙が来ていた」と教えてくれるのである。父の行為は有難い気もするが、ならばどうして母に、「そんなことはするな!」と言わなかったのかは不満だった。なぜかは分からない事で、分からない事は想像するしかない。

    母が手紙を受け取り、開封して読みごみ箱に捨てた状況をいつ知ったか?その過程をつぶさに見たわけでもないかもだし、ではゴミ箱に捨ててある封書の差出人を記憶して教えてくれたのか?開封する場面に居合わせたら、「そんなことするもんじゃない」と父は母に言うだろうか?残念ながら答えは「No!」である。理由は、言っても聞かない事を知る父だから。

    傲慢な母の性格は、自身の言動を制止されて止めるような人ではない。言うだけ野暮であるのを知る父は、無駄な労力を使わないのだろうか。後年、自分も同じようになった。裸の王様に意見をいうなど無意味と分かる。しかし、こういう悔しさを友人など、誰にいっても所詮は「他人事」で、どれだけ腹が立つかまでは理解できず、「ヒドイおかんだな」だけで終わる。

    結局、そういうものかもしれない。人の痛みなどは言葉だけでしか分からない。妻と長女の掛け合いは切羽詰まったものではなく、慣れ合い漫才のようでもあった。長女の怒りもそんな感じであったが、自分は妻に、「机の引き出しを荒らすのは良くないんじゃないか?」と言ったが、「別にいいのよ」と、サラリと返されて驚いた。自分はとてもそんなことはできない。

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    引き出しの中にあるものといえば、女の子同士の手紙の類の山で、そんなものに興味はないが、母親は興味があるということなのか?でなければそんなもの見ないだろう。見ることで何を把握したいのかも分からない。仮に自分がそのことに興味を持ったとしても、他人の引き出しをコッソリ開けるという行為自体が興味を打ち消す。これが自己の体験からのものだろう。

    特別隠し立てするほどのものでもないのは、食事中に、「〇〇さんが、こんな風とか、こういうことを書いている」とか言ってることから明らかだが、長女は引き出しを開けたかどうかだけを監視し、妻もそれが分かって面白がっているようだった。母と娘の礼の無さや慣れ合いは、父と娘には到底理解できないものがある。分かりやすく言えば母は娘に遠慮がない。

    父はどことなく遠慮がある。確かに長男には遠慮はないが、妻は遠慮があるというのと同じことか。異性の子どもに対する不思議な親の感覚である。息子を持った母親というのは、例えば息子が嫁をもらって、尻に敷かれるのを良しとすべきなのか?それとも、それは困ると、息子には亭主関白を望むのか?謎だが、息子の性格から判断するではなく、理想を聞いてみたい。

    我が息子は結構威張って亭主関白をやっているようだが、娘は一様に夫より強い。これは自分にとっては不満。今の男はなぜか女に言葉でやり込められる感がある。数十年前にある社会学者が、偏差値世代の男の特質として、勉強重視のコミュニケーション不足が、彼らのボキャブラリーを奪ったといい、同じ偏差値世代であっても女性はコミュニケーション不足にならないとした。

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    女性は種々の教室やカルチャーセンターなどに行くが、主たる目的はコミュニケーションで、交流の中でボキャブラ能力を磨くという。引き換え男は、一人何かにこもることが多いと分析する。自分に当て嵌めると同意は出来兼ねるが、男のボキャの貧弱さが女性を一目置く時代になったのは否めない。とにかく女は良くしゃべる。「お前は口から先に生まれてきた」と三女にいってる。

    世間や周囲が自分に興味や関心を持ってくれないとつまらないという女に比べ、「和して同ぜず」と自分の意思を重視する男の違いはあろう。これからの、「ひとり社会」を生き抜くために必要なのは主体性である。例えば、「あなたはどうしたい?」と問われ、「みんなと一緒でいい」と答えるような時代もあったが、これからの時代はそういう態度の男はダメとしたもの。

    「セルフ・エンプロイド」なる言葉がある。直訳すると、「自己雇用」、「自分で自分を雇用している人」との意味で、一般には個人で働く自営業者や 起業家を指す。つまり、いちいち誰かの指示を仰がずとも、自身で考え、決断できる人間が貴重という時代であり、いわゆる、「指示待ち人間」の反対の人間をいう。いちいちベンチのサインを見なくとも自ら考えられる選手。

    といえば分かりやすい。安易に同調することなく、互いが主体性をもって考え、行動する。これが、「和して同ぜず」であるが、自己責任が免れられないゆえに、心の強さが求められる。勉強ばかりではなく、親はこうした現状を見越して、心を強くする教育を考えねばならない。妻に尻に敷かれ、その方が楽でいいなどの男は、自分から見れば組織の上には立てないだろう。

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    他人に迎合せず、自分の意志で物事を決める人間が望まれる。姑息に辺りの様子をうかがって、多数派に同調しようとする人間の評価は低いということを肝に銘じることだ。「ダモクレスの剣」という逸話がある。シラクサの王ディオニシオスの廷臣のダモクレスが、王を誉めそやし、王の身分を羨ましがるばかりなので、ある日、王がダモクレスを玉座に座らせた。

    玉座の上には髪の毛一本で吊るされた刀剣がぶら下がっていたという。王者の身辺には常に危険があることを悟らせたという故事となっている。他人と比較して、羨ましがったところで、果たしてその人間には覚悟と勇気があるのか?それもないままに、人を妬む人間は有能の証とならぬ者が多い。不満ばかり言う人間にも批判的で、そんな暇があれば身になる行動を起こす。

    「背かれる親」には、「背く子」がいる。「背かれるべき親」にあっても、「背かなぬ子」がいる。「背かれるべき親」には、背くことがむしろ大事で、心身の健全が保てる。上の例でいえば、子どもの親書を勝手に開封して読む親に抗わず、仕方ないなと諦める子が危険であろう。なぜなら、そこに怒りを持たないなら、その子が親になって、それをすることになる。

    自分が子ども時代にされたことの怒りが大きいほど、自分が親になったときに、それをしないでいれる。つまり、親は子どもの怒りの大きさを自身の過去に照らして知るから、そうした非道な行為をしないでいれる。そんなことをしない親に育てられた子は、自分が親になってそれをしないとは言い切れない。が、反逆し、怒りの大きい子は、そんなことは抑止となる。

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    まさに自分がそうである。子どもは逐一親に気にされ、親の好奇の対象になりがちだが、あまりにそれをされた子は、その煩わしさを知るだけに、子どもに無視と言う愛情を決め込む。そのためには、嫌な体験を風化させず、覚えておく必要がある。嫌なことは忘れた方がいいというが、それを生かし、連鎖を止めるためには憎悪心を永らえておくのは大事である。

    人間の不自由さを社会通念で抑え込んだ時代もあった。「からゆきさん」や、「女工哀史」の不幸な女性は時代の悲劇である。そうした中で声を上げる女性もいた。それで抹殺された女性もいた。男社会にあって、出しゃばり女と罵倒された女性もいた。社会通念は目には見えない。が、親に反抗する気力のある子は、親だけでなく社会通念にも抗ったことになる。

    なぜなら周囲の大人の誰もが大人(親)の味方である。身勝手な規則を強制する親に誰もが共感し、反抗する子どもにレッテルを貼った。男社会の男どもが女を排除するのも同じこと。そうした社会通念上、弱きもの代表が、「女・子ども」であった。強者に向かうものはいつの時代とて少なからずいる。反抗の代弁者たちは孤立し、孤独の戦いを挑んで行った。

    一人で戦うものには強さが宿るが、弱きものは徒党を組むなどし、数の力を寄せ集めたりで戦いに挑む。数の論理も強さではあるが、一人身を強くしようと頑張る行為に比べて安易である。「安易に群れを成すなかれ、孤立に耐え得る精神力を身につけよ」という言葉を座右にした。「自らを強くする」ための始め一歩は、「依存を断つ!」。やってみられるか?

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  • 04/19/17--17:44: 管理教育と主体性 ①
  • 我々は戦前の、「修身教育」世代ではないが、「決まりは守る」、「年長を敬う」、「親の言いつけを守る」を厳しく教育された。それでも地域によって硬軟あり、儒家思想が厳しかったのは愛知県、山口県、愛媛県と言われていた。愛知は三人の天下人、山口は三人の宰相を出した保守王国であり、愛媛も、「自民にあらずんば人にあらず」と言われている。

    保守とは排他的をいい、革新的なものを嫌うこと。愛知の若者が保守的なのは、「トヨタのせい」という見方もされる。トヨタはなぜに本社を東京に移さないのか?世界の疑問らしいが、こうした排他思想がガッツリ愛知を守っている。高校までは愛知として、大学で愛知を出なければ生涯愛知県を出ないことになり、愛知県民の県内完結生活が固められるという。

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    トヨタこければみな、「こける」。このトヨタ依存体質はトヨタを世界一に押し上げた。製造業とは製造ラインを無駄なく効率的に運用すること=競争力であり、その実現のためには革新的な従業員より、保守的で忠実な従業員が必要となる。改善はあくまでその範囲内でのこと。公立中学校で教師に従順となり、スパルタ高校でさらに従順さは3年間延長される愛知県民。

    同じような思想背景で大学生活を過ごせば排他は必然。「親孝行三県」といわれる愛知、山口、愛媛では管理教育の影響も大きい。高校の校則に、「女子の黒いストッキング禁止」とあり、その理由が、「不良」であると愛媛県の友人から聞いて笑ってしまった。おそらく黒いストッキング⇒娼婦のイメージだったのだろう。校則なんて、所詮は無根拠の決まりである。

    愛知県民の保守性はトヨタのせいというより、いまだに残る根強い管理教育だと考える。1987年に岡崎市であった丸刈り校則反乱事件を思い出す。「男子は丸刈り。長さは9ミリ以下」。そう指導していた愛知県岡崎市の中学校で同年4月、坊ちゃん刈りで登校する生徒が現れた。「誰かが勇気を出して言わなければ、いつまでも変わらない」という親の決意からだった。

    生徒は、愛知教育大教授森山昭雄・浜子夫妻の三男。「丸刈りのない中学に進みたい」という希望を叶えんと夫妻は85年、「髪は体の一部。丸刈り強制は人権侵害に当たる」と学区の中学に直談判した。当時の校長から、「強制ではない。親の強い希望があれば特例を認める」との言質を取ったが、校長が交代。丸刈り指導は、「学校側の強い要請」として残っていた。

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    三男の長髪は黙認されたが、教師を始めとする他の生徒や保護者の反発など、周囲のプレッシャーは強く、森山夫妻は息子を守るために、「頭髪自由化」の署名活動を行う。新たな住民らの共感を得て、市民運動に育ち、県外からも支援の声や情報が届き、その輪は全国へと広がった。88年には文部科学省が校則見直しを促すと、各地で丸刈り校則を巡る議論が活発化する。

    丸刈り賛成派は、「生徒指導がしやすく、勉強専念や非行防止に効果がある」といい、反対派は、「根拠がない」と批判した。ある母親は、「これまで丸刈りしてきた子どもたちに説明ができない」などバカなことをいう。改革というのは、旧態依然のこれまでの事を変えることだというのがわかっていない。反対の論理というのは、何かにつけてこの程度のものである。

    各地で校内暴力が吹き荒れ、「頭髪や服装の乱れは心の乱れ」と校則を強化する動きが相次いだが、子どもの締め付けが問題だった。さらに学校が荒れ始めた80年代後半になって、やっと管理教育の行き過ぎが批判を集めるようになる。89年に森山氏は、『丸刈り校則たった一人の反乱』を刊行、岡崎市で頭髪自由化が実現したのは90年、森山家の三男が卒業後であった。

    森山氏は、「みなが一緒にやることは正義とでもいうような同調圧力が地域や学校に根強くあった。それが自由化の障害になった」と振り返る。「正しいものは一つ。それ以外は認めない」という思考が異端なのは、今なら誰でも分かるが、集団主義に毒された人間には分からない。そういうところから、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というパロディも生まれた。

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    こういう思想教育は軍国主義と同じで、人間の自由さや柔軟性が、初期段階から毒される。そういうものが保守的な県民性を生むのではないか。周囲はどうでもお前はお前という欧米の個人主義ならともかく、「人間は考えない葦」などの思考停止に陥った人間は、付和雷同礼賛である。丸刈り強制根強く、熊本県や兵庫県神戸市にも同じような問題があった。

    その神戸市が丸刈り廃止になったきっかけは、六甲アイランド外の地域から引っ越してきた新住民が、島内に新設された中学校での丸刈り校則に反発したことだった。「ダメ」に従えば変わらないが、「ダメ」に抗えば変わる。問題なのは、「丸刈りで学ランって何にも考えなくていいから楽」という中学生の声。これが大人の作り出す理想の子どもなのか?

    同じ愛知県にあっても名古屋地区は管理教育がゆるい。それより以東の三河地区には歴史のある私立高校もなく、それが公的管理教育のベースになっている。過日、岡崎市内の市道で横断歩道を渡っていた集団登校中の小学生に対し、軽ワゴン車が突っ込む事故が起きた。この地区は集団登校を行っているようだが、「横断歩道はみんなで渡れど怖い」ということになる。

    「純潔教育」を施された我々の世代は、婚前交渉などはとんでもないことで、強姦された女性がクビをくくるなどもあった。「処女にあらずんば結婚相手として認めない」など、男中心主義的で身勝手な、「処女信仰」は、今に思えばバカげたことに思うが、当時は、「処女膜再生」施術などが整形外科医のキャッチコピーにあった。これは精神的な、「縫合」であろうか。

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    また、出血=処女というのがまことしやかに喧伝され、新婚初夜に疑念を持たれた妻が、言い訳も認められず離婚の原因となったなどは、今に思えば笑い話では済まされない悲喜劇であろう。多様な価値観を認めない排他性の誤謬は、正しいものは一つという信仰である。誰もが自分たちの受けた教育を正しいとし、疑うこともままならかった我々の世代である。

    何度も何度も何度も言い尽くせども、人の事は理解できない。理解したと思うことはできるが、相手の話す(あるいは書く)言葉の意味を理解したに過ぎず、心の中を額面通り理解するなどあり得ない。自分は親に虐待され、自我が芽生えたと同時に親から下される精神の崩壊を守った。それを平易な言葉で、「反抗」というが、自我とは自己を守るために生み出されるもの。

    しかし、自分が体験した事実を誰に話しても理解は得れなかった。同情や同意を求めたのではないが、あった事実は理解すれど、心の内面理解はできないようだった。ネットには同じような鬼母体験の記述があるが、どれを読んでもあった事実を理解できるが、自分も同様に他人の心の理解には至らない。同じような体験をしているにも関わらず、人の苦しみの神髄は分からない。

    だから他人の体験談は、「そういうことがあったんだ」という程度である。分かろうとする必要がないからかも知れない。自分に照らして考えればいい事だから、何も他人の事に深い思考で巡らすこともない。ましてや、体験なきものなら一分の理解もできないだろう。同じように、「そういうことがあったんだな」程度である。「他人事」は所詮は他人事で、理解はできない。

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    爆体験者や、戦争体験を聞いても真の理解には及ばない。神戸児童殺傷事件の少年Aは、「被害者の気持ちがだんだん理解できるようになった」と被害者遺族宛てに書き送り、被害遺族はそれならと、「許す気持ちになりかけた」とあった。許すというのは一方的な、「許し」ではだめだ。相互が理解し合ってこそ真の、「許し」となり得る。それは自分もよく言われたことだ。

    「まだ親を許せないのか?」などと、人は簡単に言う。悪いことをしたと思わない人間を許す必要がどこにあろう?そういう人間を許して自分の人格が向上するとでも?謝罪なき人間を許す必要を自分は感じない。しかし、謝罪もまたいい加減である。少年Aの謝罪がいい加減なものであったのは、手記の出版で理解できた。最も理解したのは被害遺族であろう。

    あの手記には慄然とし、強い怒りを持った。これほどまでに人の平穏を踏みにじるなどは糞人間である。書かれてる中身や内容などより、行為が問題にするなら、中身などは見る気も起らない。自分の怒りは、中身を読んで能書きを垂れる評論家の心情にはとてもならない。被害遺族はその生ある限り、少年Aを許すことはないだろう。加担した出版社も同罪である。

    自己を欺くごごとく他者を欺く謝罪の多きこと。それに比べれば、『愛を乞うひと』の母親のような、ばっくれた態度の方が、子どもに何が真実かを教えることになる。誠実とは言わぬが正直かも知れない。一方的な、「許し」というのは自己満足である。確かに人間は自己満足に生きるところがある。善き事・悪しき事、それらの否定も肯定も自己満足で成されている。

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  • 04/20/17--16:20: 管理教育と主体性 ②

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    さまざまな色が混じり、溶け合って一つの色になるという考えは、日本人のような単民族社会にあっては、皆が黒い髪、黒い目、黄色い肌であることからして育ちにくい。したがって、森山氏の三男についても、校則を承知で入学し、誰もが守っているのに自分勝手とする非難は当然にあった。が、丸刈り強制が憲法違反ということには意識を払わず、規則違反を非難する。

    なぜに丸刈り強制が憲法違反なのか?頭髪は身体の一部であり、髪形は本人が決めればよい事と言うのは大人なら分かろう。親権者が存在する子どもなら、本人と親が決めればいい。髪形の自由は憲法で保障された基本的人権である。さらには、憲法第13条の、「幸福追求に対する国民の権利」にある、自己決定権(個人の事は自分で決定する権利)に属すと考えられる。

    となると、髪形の自由を制約するためには同第31条により、国会で制定する法律の定める手続きによらなければならないが、学校で行われる頭髪規制は法律によらず、単に校長が定める校則によりなされているに過ぎない。よって丸刈り強制は同第13条と第31条に違反しており、生徒は従う義務がない。にもかかわらず、校長や教師はなぜ丸刈りを強制するのか?

    大きな理由は、「髪形を自由化すると生徒が非行化する」というが、これは恣意的で根拠はない。また、管理しやすいというのも、学校が教育の場であるとは断じて言えない。教師が頭髪検査をし、指で髪をはさんだ時に、髪が指の間から出ると切ることを強制され、従わない者にはしばしば体罰も加えられたり、校内で強制的に坊主頭にされるなどもあった。

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    頭髪ごときでこういうことが当たり前に行われていた時代もあったということだ。こんにちではまさに笑い話となるこうしたことが、子どもたちた、子どもを人質に囚われていると感じる保護者からの苦情もないままに横行していた。体罰の怖さもあるが内申書という不利益を恐れつあまり、従わざるを得ない。こうした鬱積感が子どもたちの反乱に駆り立てていく。

    岡崎市の丸刈り問題は親の尽力だったが、常滑市鬼崎中3年の杉江匡くんは、朝日新聞 ≪論談≫ に、「先生、僕は髪を伸ばします」を投稿して話題になった。杉江くんの経緯はこうだ。名古屋弁護士会が岡崎市に、「丸刈り強制は人権侵害」と勧告を出した87年10月の翌月、常滑市鬼崎中三年の桐原教諭が頭髪検査で、「髪の伸びた者は切るように」と注意をいい渡す。

    それに対して杉江くんは担任である同教諭に、「僕は切りません。伸ばします」と申し出た。杉江くんは職員室に呼ばれ、自分の意思かどうかを聞かれた。自分の意思と答えたが担任とは堂々巡りが続く。11月30日、杉江くんは自分の意思を綴った作文を学校に提出する。12月7日に校長、担任、両親の三者が話し合った結果、学校は、「静観するも指導は継続する」と決定した。

    朝日新聞の ≪論壇≫ には、教諭とのやり取りや提出した作文が骨子で、①中学入学時から丸刈りは嫌だった。②憲法を勉強し、丸刈りは人権侵害と確信した。③制服は着脱可能だが丸刈りは制服とは別。④担任は「地域の特性」と言うが、憲法で保障された人権に地域差はない。などと主張する。杉江くんには同学年から、「すごいね」などの称賛や激励が寄せられた。

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    特に女子生徒が多かったといい、家には保護者からの激励の電話も舞い込んだ。「一人の長髪登校の真意がハッキリし、特別扱いでないのが分かった」。「今の子どもたちがこれほどハッキリ物をいうことに感動し、思わず座り込んでしまった」などの激励もあった。杉江くんはバスケ部のキャプテンでもあり、「物事を深く考え、真剣に捉える生徒」と、評価を与える教諭もいる。

    校長は己の体面が気になるのか、こんな言葉を吐く。「あと60余日ですよ。たった60余日。卒業すればすべては片付く」。ようするに、杉江くんだけの問題という考えでしかない。杉江くんも自身だけの問題なら、この時期にあえて内申書が傷つくようなことをするはずがない。彼は、「内申書問題に余計な気を使いたくない。自分は東京の私立高に行く」と腹を決めていた。

    なるほど…。学校の規則や規範に盾突く生徒が内申書に響かぬわけがない。自己主張の裏には学校への依存も期待もない。子どもたちのホンネは髪を伸ばしたいし、思春期の女子とて男子の丸刈りは嫌なはず。が、校則と内申書のためにか、口を閉ざして従っている生徒をいいことに、教師や学校は生徒を管理し易いとの理由で丸刈り強制の校則を課している。

    子どもの反乱とはいえ、それが正当なものであり、周囲からの支持もあれば、何かを変えることはできる。多勢に無勢と諦めることなく信念を貫くような子どもを育む学校こそが国家のためである。「地域の特性」など誤魔化す担任に、「憲法は特性を謳ってはいないのでは?」と言われれば閉口するしかない。誰かが立ち上がるから物事が変わるが、その誰かに誰がなる。

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    一方、公立中学校すべての男子生徒に丸刈りを義務づけていた神戸市にあって、唯一、長髪を ≪黙認≫ していた東灘区六甲アイランドの私立向洋中学校は、1989年度入学の生徒から正式に長髪を認める方針を打ち出した。決定の大きな理由は、向洋中が88年4月に新設された学校であり、生徒のほとんどが丸刈り規則の無い阪神間や他府県からの転入生であったこと。

    丸刈り強制などと古い話だが、これも「温故知新」である。今にして当たり前の事が、10年、20年前になぜ当たり前でなかったか?これらを紐解くと見えるものもある。向洋中の当時の校長は、「生徒が生活や態度に責任を持てるのなら、頭髪は自由であっていいはずで、なぜそれが強制され、また規制が外れると注目され、意識されるのでしょうか」と話していた。

    規制から規制解除に至る過程に ≪黙認≫ という曖昧な期間がいかにも日本的である。白か黒かをハッキリつけないで決着するのを「玉虫色決着」という日本語があるが、外国語に訳すのは難しかろう。外国人に日本語を教える際に、「実はこのyesは本当はyesではなく、noの意味合いの強いyesだ」と言えば、「だったら、noでいいんじゃないか、noといえば…」となる。

    日本人が曖昧なのは言語によるところが大きい。英語は最初に、「no!」、または「yes!」と否定や肯定の意思を表示し、そのあとでキチンと理由を述べる言語体系だが、日本語と言えば、最後まで聞いてみても、正しい意思表示をしない言い方をせず、語尾を曖昧にする事が多い。これは内向的な民族だからであり、その内向性も実は言語による部分が大きいのだろう。

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    「いやよいやよもいいのうち」というのは、伝承される女性の言葉だが、危機管理意識という点においては危険である。また、「臭いものには蓋」。「面倒なことは先送り」など、いかにも日本的な、"事なかれ主義的対応"である。戦時中に同盟国であった日本とドイツで、正確にいえば、「日・独・伊・三国同盟」だが、同じ敗戦国ドイツはきちんと戦後処理をした。

    ドイツの敗戦処理を一言でいうなら、「ナチスは悪かった。ナチスとにかく悪かった。ナチスは無茶苦茶に悪かった。 俺たちはその最大の被害者だ」 という自虐史観ばかりでもない。「周辺国に戦禍を招いた事は悪かった。それは周辺国が我がドイツ人を戦後迫害・追放したのと同じぐらい悪い行為であることを認める」などと、罪の相殺を図る言質を堂々述べるドイツ人。

    処理を曖昧にした日本が、中国や韓国に毅然とできないのは情けない。竹島問題がくすぶる韓国、尖閣諸島問題が勃発した中国は、1972年以降45年にわたって喧伝されてきた、「日中友好」とやらが、所詮は、「欺瞞」と、「幻想」でしかなかったというのが明らかになった。話が飛躍したが、問題はその時、その場でキチンと解決しておかねば禍根を残すことになる。

    ブログを始めて10年が過ぎ、自分の年齢が10歳増えたことになる。それらが記事に詰まっている。人間は成長し続けるというが、足止めも食うし、やがては成長も止まる。ただ、成長が後退するとか、晩節を汚すのだけは何としても避けたい。子どもの頃に見たお爺さんは皆優しく、誰もが、「花咲か爺さん」のようであったが、その域になると周囲に根性悪の高齢者は多い。

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    長編小説『火宅の人』(1975年)は、壇一雄の遺作である。これまで、「火宅」の意味について、自宅内外で家族や周辺に業を煮やす、そんな火種の持ち主と理解していたがWikipediaには、「仏教説話(正確には、「法華経 譬喩品」より)の用語で、『燃え盛る家のように危うさと苦悩に包まれつつも、それに気づくことなく遊び呆ける状態』を指すということであった。

    テレビドラマ化(1979年)された後、映画(1986年)にもなったがいずれも観ていない。「自由奔放」は見るものじゃない、やるものだ。ブログを始める時、「映画」の書庫を作った。最初の数編は自身のなかで特別印象に残る映画を挙げた。真っ先に取り上げたのが、『櫻の園』 (1990年) である。原作は漫画家の吉田秋生だが、漫画に疎い自分は当初吉田を男と思っていた。


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  • 04/21/17--17:33: 管理教育と主体性 ③

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    吉田秋生の、『海街diary』も映画化されたが、『櫻の園』も、『海街diary』も、映画を見終わった後で原作を読む。漫画好きは映画はダメといい、映画好きは、原作漫画をまともに読めないほど映画のインパクトが強い。『櫻の園』は今でも時々見たくなるほどに秀作で、色あせない作品だが、30年近くも経てば登場人物のおばちゃん化は仕方のないところ。

    芝居を感じないドキュメント風セリフ回し、男にとって禁断の女子高の日常が興味深い。共学だった自分には、男子校さえどういう住み家で、いかなる実態か知る由もない。映画で印象的な場面のセリフをブログに抜き書きしたが、主人公の、「一生許さない」という毅然とした言葉と態度に惹かれた。それに対し、「許さなくってイイ。」と呼応する友人である。


    主人公を理解したのか、共感なのか…、共感と理解はまるで違うもの。共感はすれど理解にまで至らない事例は多いが、共感を得ることは理解を得ることと勘違いする人も少なくない。こういう例があった。二人の菜食主義者(ベジタリアン)がいる。一人は外国人の有名指揮者で、来日の際に日本そば屋に案内された。指揮者は、「このつゆの中身は何か」と聴いた。

    「それはカツオの出汁です」。それを聞いた指揮者は、大豆が原料の醤油でそばを食べたという。これを聞いた別のベジタリアンは、「共感はするが自分には理解できない」と言った。自分はそこまではないということだが、善悪の問題というより信念であろう。菜食主義者は、健康、道徳、宗教等の理由から、植物性食品による食生活を行うことだが、許容範囲は広い。

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    「共感すれど理解できない」は沢山ある。『櫻の園』の上記のシーンは、女子同士の共感と理解が怒りと言う形で再現された。「喜怒哀楽」の共感は、相手の体験への配慮という磨り替えでなく、無意識かつ自然にそうなることが素晴らしい。自分はこの場面でそれをつかみ取った。中島ひろ子とつみきみほの自然な演技とやり取りに惹き込まれたのを忘れない。

    全編を観れば分かるが、映画の主人公で演劇部の部長役の志水由布子(中島ひろ子)の人間愛が美しく描かれている。学校と言うなかの演劇部という小さな集団の中で、一人の女子生徒の不祥事から、演劇部恒例卒業記念演目、『櫻の園』中止事件問題に絡む、部長志水の大らかな人間観と指導性、説得力があまりに他の生徒と比べて抜きんでているのだ。

    こういう人を才媛と称するのだろう。あらすじの詳細はこうだ。女子高の何気ない日常のそんな中、ふとした事件が起こりそうになる。演劇部の女子生徒がタバコを吸って補導されたことで、毎年恒例の卒業記念演劇チエホフの、『櫻の園』が、女子生徒一人の不祥事で上演禁止の憂き目なら、部員にとって大事件である。それに対し部長の志水の行為が目を引いた。

    部員の杉山紀子(つみきみほ)の補導を知った志水は、その日の夜に学校で禁止されているパーマ(ソバージュ)をかけ、何食わぬ顔で翌日学校に現れるが、部員たちは大騒ぎ。顧問の教師里見は、優等生で信頼の厚い志水の校則違反に、「その髪どういうこと?」と驚きを隠せなかった。志水は部員の杉山に非難が集中するのを交わすための行動である。


    これまでまじめで良い子で通してきた志水にとって、不良と名指しを受けていた杉山を内心羨んでいたことを杉山に告白する。杉山の補導を契機に、良い子を止める一大決心をするそれがソバージュであった。校内でタバコを吸う杉山にも、「一本ちょうだい」などと変質を見せるが、優等生志水にとってかなりの冒険、勇気ある行動でも、芯のある志水ゆえにできる事か。

    「わたしはもう偽善を止めたいのよ」という志水に、「志水さん、それはダメです。志水さんは志水さんでいて欲しい」よと庇うが、「もうそういうのが嫌なのよね。いい子の志水を卒業したいの」と。杉山は、「はぁ…」と言うしかない。志水は志水で沢山の傷を背負っていた。胸が大きい事を祖母がとがめ、「この子は注意しておいた方がいい」と母に告げられたり…

    それでもいい子になろうとした志水だが、自らに正直に生きる杉山に憧れを抱いていた。杉山は優等生の志水に密かな想いを寄せていた。が、杉山は胸の内を隠していた。志水は志水で、長身で男勝りの倉田知世子に恋をしていた。杉山はそのことで志水に嫉妬を抱いていたが、志水はそれさえも隠そうとする。『櫻の園』は、思春期の少女の世界を彩る内容でもある。

    男子不在の中で、このようなドラマがあること自体、男の目には新鮮である。女の子同士が手をつないで街を歩くなど、訳の分からぬ心理も理解に及ぶ。世は男と女の世界ばかりではない。同性に対して恋情経験もない自分だが、疑似体験からみる新たな世界である。己の不祥事を部員に謝罪する杉山に、「謝らなくていいのよ」と言った志水、彼女の人間の大きさに惹かれた。

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    人は文学から学べば、漫画から学ぶ人もいる。映画からも学び、人によっては道端の石ころからも学ぶ者もいる。して、「学ぶとは自分が変わる事」というのは、普遍的名言であろう。学ぶ人には学ぼうとする意欲と感受性がある。「あなたから学んでます」などと言われることもあるが、「何を偉そうに書いてるんだ、まったく!」などと、むしろ批判者の方が多かろう。

    であるなら、学ぶ人は彼らの感受性である。そういう人は、それこそ道端の石ころから学ぶ人であり、彼らに学ぼうの力がある。時たま公園で遊ぶ幼児たちをぼんやり眺めていると、飽きないほどに惹き込まれたりする。中国人が公園の鳩を眺めながら、鳩の習性を把握するというように、どうして子どもはあんなに純粋に遊べるのだろう。どうしてあれほど素直なのだろう?

    子どもは無垢であることが子どもであるが、子どもたちを朱に染めていく大人がいるのも事実である。確かに子どもは大人になろうとするが、大人になり切れない大人は非難されるべきである。大人になり切れない大人は問題であるけれど、子ども心を失わないことも大事である。例えば、いわさきちひろの描く子どもの姿は、彼女がその心を宿しているからに他ならない。

    「どんな大人になろうが彼を許さない」といった志水に自分はエールを贈った。「可哀そう」と、同情から人を許す人がいるが、それは間違っている。セネカはこのように言う。「恩恵は相手を軽蔑して与えてはならぬ。心の仕組みとして、侮辱は親切よりも深く心の底に沈み、しかも後者は急速に消え失せるのに、前者は長いあいだしつこく記憶に残されるものである。」

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    相手を卑下のもとに与える恩恵に優しさはない。『愛を乞うひと』の母は、娘からの恩恵(許し)を受けなかったが、彼女にはもとに戻れない心の歪みがあった。相手に与えた苦痛の大きさを知れば知るほど、相手からの謝罪を受けられない場合があるが、安易な謝罪に身を委ね、精神的苦痛を解放するより、謝罪を拒否することでその罪の重さを全うする人間もいる。

    自分は後者の性格ゆえに、安易な謝罪はしない。安易な許しを乞うことすら望まない。怒りに対する等量の謝罪が存在するのか?これらについてよく考えた。真剣に怒る相手に真剣に謝罪するのが等量である。喜怒哀楽と人は簡単に言うが、喜びや哀しみは自然に誘われるが、真剣に怒る相手に対する真剣な謝罪とは、「許してもらえない」と思い続けること。


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    人と人の関係は惰性で甘美でもいいが、被害者と加害者という図式は真剣そのもだ。ゆえに生半可な謝罪は許されない。喜怒哀楽の情動は理論でなく、自らが生の証として紡ぐもの。病や不慮の事故で子をなくした親の心情も憚るが、子の命を他人に奪われた親の心情は、想像に絶するものであろう。他人に子を奪われた親は、それでも生きなければならないのかと…。

    賢者・思想家について思い出すことがある。不動産会社に勤務する将棋仲間のKは30歳そこそこで独身男。「賢者テラを知ってます?」と彼が問うてきた。「知ってるよ。名前くらい…」、「どう思います?」、「どう思うって?スピに興味はないからよくは知らん」と返す。「自分のことを賢者といいます?普通…」、「ああ、そういうことね」。彼の言わんとする意味が分かった。

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    「肩書詐称はダメだが、賢者は肩書じゃない。いいんじゃないか?」、「そうですか?」、「それが許せないなら愚者テラは?」、「その方が謙虚だと思いません?」、「なるほどね~。それより、なぜ『賢者』に腹が立つかを考えた方が君自身のためになるな」。彼がそのことをどう考え、どういう答えをだすかは分からないが、彼にとってそれを考えるべきと感じた。

    結局これも、「妬み」の類である。気に障るという原因は相手にはなく、自分の中にある。そこを考えるべきで、相手の問題ではないのよ。男の妬みは情けない。男はあまり周囲を気にしないが、気にする男もいる。昔、あるピアノ教師がこんな風にいった。「男のと女の子の生徒はまるで違うんです。女の子は人の進み具合を気にするけど、男の子は気にしません。

    マイペースなんです」。その違いを自分は分かるから聞かなかった。女と一緒に外出すれば、誰がどんなバッグを持っているか、ヘアスタイルはどうか、流行りの靴や洋服がどの程度支持されているかなどをチェックすると聞いた。男は、女のケツを見ているだけだ。女から言われて気づいたことがある。「すれ違う女性を絶対見るでしょ?必ず見てるよね、何で?」。

    正直な女である。いわれるまで気づかなかったこともあってか驚いた。確かにそうかもしれない。無意識だから分からないが、女は目ざとく自分の視線を監視していた。そういうものか、女は…。咄嗟に、「見なきゃ、損した気になるしな~」と返した。が、「なに~それ、もう一緒に外にでたくない」とは、可愛いすぎる。以後は気をつけ、すれ違う女を意識して見ないようにした。



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  • 04/23/17--18:10: 尾張と三河

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    愛知県の特に三河地域の公立小中学校には、優秀な工員になるための通過儀礼が数多あるといい、それほどトヨタ依存の地域である。部外者には分かりかねるが、中でも最大の特色と言われるのが集団登校で、「協調」や「和」の重視といった、チームワークや団体責任を重んじる点では有意義でも、各々がバラバラに登校するのと比べてロスタイム生じるはずだ。

    トヨタイズムはなにより組織のためのものだから、組織として機能しなければ個人として孤立する可能性もある。河村名古屋市長が再選されたばかりだが、彼の地元人気は他県の人間には分からない。市議の報酬を半額にするといって当選したのは立派と思ったが、結局市議会が議員報酬増額の条例案を出し、元に戻ったところを見ても、「ポーズの人」のイメージが強い。

    尾張人と三河人の性格・気質差が言われるが、自分などにはリスペクトする人物(信長&家康)くらいしか分からない。短命の尾張政権は、徳川270年の三河に負けたことになるのだろうから、それも尾張の三河への対抗意識となっている。また、尾張と三河の産業の違いとしては、尾張はセラミック関連、繊維、重工業の尾張に対し、、三河はなんと言ってもトヨタ。

    そして八丁味噌、抹茶の産地、一色うなぎ、蒲郡のアサリなど。そういえば、たった一人で丸刈り拒否で頑張った常滑市立鬼崎中の杉江匡くん。孤立を厭わぬ精神力は立派であり、気にもなって彼のその後の動向を追ってみた。そもそも常滑市は古くから陶器の町であり、杉江くんは三代続くヤマセ製陶所の四代目で、「すり鉢屋日記」をブログに公開している。

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    知多半島を三河というなら常滑も三河と思いきや尾張らしい。全国に地域間のつばぜり合いは少なくないが、広島にも安芸と備後に微妙な対立がある。安芸の代表は広島、備後は福山となり、特に備後・福山は西の外れもあってか、広島県からの疎外感が大きい。言語体系や文化的にも隣県岡山の影響が大きく、安芸・広島人の意識からすれば福山は半分岡山である。

    安芸と備後の境界はどうなっているのか?広島県と山口県(安芸国と周防国)の境界線は小瀬川である。大体において境界に川が多い。どうやら安芸と備後の境界は沼田川のようだ。沼田川の河口は三原市にあり、ゆえに境界は三原市となる。それでも三原人は、「備後じゃない」などと言いたいようだ。昔のことなのに、こんにちこれほど拘りがあるのがオモシロイ。

    広島人が福山人を見下すように、尾張人も三河人を見下す傾向にある。トヨタでさえもちょい前まで名古屋財界では二流扱いされていた。とはいえ、名古屋財界自体がしょぼい。ほとんどの工業出荷額をトヨタに頼っている現状だ。トヨタは豊田に籍を置くべきで、東京に行けば三河は尾張にけちょんけちょんの目にあうだろう。ところで尾張と三河の境界は境川である。

    それなら境川に面する刈谷住民は、「だぎゃー」とか、「なも」を使えば笑われるのか?東郷町とみよし市は川に挟まれているが、言葉も人の雰囲気も明らかに変わるという。実を言えば地元の人には境界など分かっていない人多し。三河といえど、新城・豊橋の東三河では浜松弁の影響が大きいという。家康の生誕地である岡崎市民は名古屋への対抗意識が特に強い。

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    「名古屋と一緒にされたらこまるで~」というが、何が困るのかよく分からない。が、想像するに愛知を支えているのは三河経済なので、尾張と一緒にしてくれるなというこったろう。さらには、「八丁味噌って名古屋名産だよね」などというと、「八丁味噌ってのは、岡崎で作られてる味噌だけが名乗れるんだからねっ!名古屋と一緒にしんといてーや!」と岡崎人。

    また、奥三河と呼ばれる地域は、旧三河国北東部の加茂郡や設楽郡と呼ばれた地域で、長野県と隣接していることもあってスキー場もある。尾張と三河にはこういう地形の差もある。将棋界に瀬戸市からとんでもない天才が現れた。瀬戸市は尾張である。昨日はあの羽生三冠に完勝してしまった。完勝とは、「完璧な勝利」で、負ける要素がないという勝ち方である。

    四段としてプロ棋士としてデビュー間もない14歳の中学生藤井聡太くんは、デビュー以後負けのない破竹の13連勝中で、それとは別の特別棋戦として組まれた、「炎の七番勝負」における最終局である羽生三冠を圧倒した。他の棋士がハブ睨みにあえば一たまりもないのに、昨日の感想を述べるなら、「藤井の前ではあの羽生さえも、これほど弱いのか!」である。

    「これほど弱いのか!」と思わせるほどに藤井くんが強かった。深浦、佐藤康、羽生という強豪A級棋士を完膚無き勝利したのは本物の天才であろう。昨日はプロボクサー井岡一翔が、世界戦14連勝という具志堅に並ぶタイ記録を作ったが、61連勝中であった挑戦者ノクノイ・シットプラサートは、「井岡は一流だけど、超一流じゃない」負け惜しみをいう。

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    「超一流でないというなら、勝ってみろよ!」と言いたくもなる。羽生三冠は藤井少年に対し、「非常に攻守バランスよく指されて、攻める時には攻めて、守る時には守ってと、非常にしっかりしている将棋」と振り返った。解説を受け持った佐藤天名人も、「しっかりした将棋」と称えていた。中学生棋士としてデビューした羽生だが、自身と比べてこのようにいう。

    「今の時点でも非常に強いと思うが、ここからどのぐらい伸びていくか。すごい人が現れたなと思いました。今の藤井さんはかなり完成されているというか、しっかりしているので、私がプロに成り立ての時と全く違うところだと思います」。尾張の天才といえば、戦国時代の信長・秀吉は別にして、近現代にあっては木下恵介という映画監督がそうであろう。

    「僕って天才だなぁ」とつぶやきながら、撮影したラッシュフィルムを見るような木下だが、そんな彼が大嫌いなのが漬物。理由は実家が、「尾張屋」という漬物屋であったからだが、漬物のあの臭いがダメだったらしい。尾張の天才木下恵介としたが、彼は浜松生まれで尾張の人間ではなく、「尾張屋」の出自という落ち。浜松ながらなぜに、「尾張屋」としたのかは謎。

    想像するのは、先祖が尾張出身だからか、遠江の今川を破った尾張の信長に憧れたのか、詳細は不明だ。「三河屋」は全国にある商号名で、八百屋、酒屋などに多かった。商号の由来は、江戸時代の十組問屋に起因する。味噌、醤油等を江戸市中で扱っていた組合で、醸造業の盛んな三河出身者が多かった為、各々が三河の入った看板を掲げ、これが庶民の代名詞となった。

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    呉服関係には、「越後屋」が多く、現三越の創業時の商号も、「越後屋」であった。広島には、「コメダ珈琲」ならぬ、「三河屋珈琲」という有名珈琲店がある。これは創業者三川賢一から取ったもののようだ。商号と屋号は区別されており、知りたい方は検索されたし。江戸時代の屋号には国名を元にした、加賀屋、越後屋、上州屋、紀伊国屋、伊勢屋、備前屋などがある。

    創業者などの名をとった、鈴乃屋、西松屋、明屋、大森屋、岡田屋(現イオン) 、家紋・社章をシンボルにした、松屋、旭屋、井筒屋、鶴屋、地名からとった、松坂屋、高島屋、長崎屋、その他神仏などからとった大黒屋、朝日屋、白木屋、福砂屋福屋などもある。今でも残る天満屋、神戸屋、千疋屋など。名古屋の地名の由来は、かつては那古野荘という地名だった。

    江戸時代には名古屋と名護屋が併用されたが、明治2年、尾張藩が正式に名古屋藩に改称した。「尾張名古屋は城で持つ」と歌われるように、名古屋城も金の鯱は有名だが、「日本一だよ名古屋のお城、城がなければただの町」などと揶揄されるところもある。名古屋の友人の口癖が、「とろいで~」。「そんなとこでとろい事やっとったらあかんがね~」などだった。

    あまり使わない言葉だが、「どんくさい」、「動きがにぶい」、「のろい」などの意味らしい。関西弁の、「アホちゃうか」と同様に、相手卑下するとか、悪い意味で使うのではないらしい。方言というより一応は標準語になっている。子どもの頃に印象的な言葉としてよく真似ていたのが、「オリエンタルスナックカレー」の南利明のCMで、「ハヤシもあるでよ」。


    昭和20年、名古屋市中村区において星野益一郎が、「オリエンタル即席カレー」を個人創業し、南利明のCMで初めて知ったが、「オリエンタルカレー」は今でもあるのだろうか?まるで見なくなったが、大塚の、「ボンカレー」におされてしまったようだ。後にこのCMをパロった赤城乳業の、「カレーアイス」のCNにも出演した。締めは、「ハヤシはありゃせんぞ」。

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  • 04/24/17--20:25: 安芸と備後
  • 尾張と三河といえばかつての律令国の中でもっとも有名であろう。信長、秀吉、家康を配したことからも、日本一有名ではなかろうか?日本人で尾張、三河を知らぬ者は、おそらく相当のバカではないかと考える。それに比べて安芸・備後と言っても、「それってどこ?」が一般的で、知る人が稀有といえる。「安芸の宮島」といえば多少は頭に浮かぶはずだ。

    その宮島が何県にあるかを知らない日本人は、多少バカ(相当バカは気がひける)であろう。が、「日本三景はどこだ?」と言われて答えられない日本人は、自分のおおよその予想だが、7割~8割くらいはいるのではないか?生活に必要もない日本三景や、日本三大名城、三大名川、世界三大美女など所詮はクイズの問題である。そういえば日本三大美人というのがある。

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    秋田美人、京美人、博多美人をいうが、これらは何を準拠にいうかといえば、秋田美人の肌の色の白さ以外、京美人、博多美人には何の根拠もない。色の白さを美人と定義するのは日本に限らず世界の傾向であった。ファンデーションは、顔全体に塗り、シミ、そばかす、小皺、毛穴、を覆い隠して肌の表面を均等に整える役目を持つが、あくまで下地化粧品に分類されている。

    この油性化粧が一般化する前は、おしろい(白粉)がベースメイクだった。種類に応じて、粉おしろい、水おしろい、練りおしろいなどに分類されていた。白色顔料をベースメイクにした最古の例として、メソポタミアの遺跡から白紛が発掘されているが、自然な肉体美が賛美された古代ギリシアにおいては、ヘタイラと呼ばれる娼婦が専ら白粉を使っていたという。

    古代ローマの時代では多くの女性が白紛を利用し、ローマ帝国以後は化粧の文化は一旦衰退した。中世後期からルネサンス期にかけてイタリアを中心に、顔に白紛を塗り、その上に頬紅を加えるメイクが流行した。このメイク法は18世紀にかけてヨーロッパ全域の王侯貴族に男女問わず広がったが、白紛成分に含まれる亜鉛華(酸化亜鉛)の毒性が健康上の問題となる。

    日本では、7世紀ごろに中国から、「はらや」(塩化第一水銀)、「はふに」(塩基性炭酸鉛)という白紛がもたらされて国産化された。白粉に鉛白が使用されていた時代、鉛中毒により、胃腸病、脳病、神経麻痺を引き起こし、死に至る事例も少なくなかった。また、日常的に多量の鉛白粉を使用する役者(五代目中村歌右衛門など)は、特にその症状が顕著であった。

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    こうしたことから1934年(昭和9年)には、鉛を使用した白粉の製造が禁止されたが、鉛白入りのものの方が美しく見えるとされ、禁止された以降においても、かなりの需要があったという。なんとなんと…、女性の美に対する執着とは、"おとろしい"ものでがんす。美白といえば、鈴木その子(1932年(昭和7年)1月20日 - 2000年(平成12年)12月5日)が思い起こされる。

    どうにも化け物にしか見えなかったが、本人は美女のつもりであり、マスコミも、「美白の女王」と敬称した。美白もさながら彼女は、『やせたい人は食べなさい』なる著書がミリオンセラーとなったが、その本を生み出すことになった裏には、拒食症で世を去った最愛の息子の影があったという。息子の死は母親のその子の目前であったというからドラマチックである。

    ある日、母のその子が出かけるのを、2階のベランダから手を振って見送った息子だったが、その時に拒食症から貧血を起こし、その子の目の前でベランダから落ちて亡くなったという。その子の実母は、美食による肥満から生活習慣病(動脈硬化)を起こして没していた。誤った食事が原因で最愛の人を失ってしまった。自分が勇気をふるい起こしていれば…。

    激しい後悔がその子を突き動かし、「鈴木式(現SONOKO式)食事療法」を完成させたという。さまざまなダイエット本が刊行されているが、どのように考えようと、取ったカロリーを運動などで吐き出す以外に痩せる方法はない。まして人間の食欲は意識や気分でなく、生きるための本能の成せる業であり、それを我慢してはいけない、無理に抑えてはいけない。

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    そうしたストレスが別の病気を起こしては何のためのダイエットであろう。人間は子育てなどを動物から学ぶことが多いが、食べることにおいても彼らは生きるために食すのみで、決して過食はしない。セルフコントロールができているわけだが、人間がペットを飼育するとデブ猫、デブ犬にする。バカな主人をもったペットも憐れなり。動きずらいばかりか、死期を早める。

    「安芸と備後」というタイトルで脱線してしまった。ならば、戻せばいいことで、書いたことは別に悪害ではない。「安芸の宮島」というが、子どもの頃には宮島がもみじで有名であり、紅葉も美しいことから、「秋の宮島」と思っていた。まだ、安芸や備後の意味も分からぬ頃だ。「安芸の宮島」に対して備後には有名な何があるのか?正直いって何もない。

    何もないとは備後に失礼だが、これといってない。関ヶ原合戦以降、後に福山藩となる備後国は、安芸国と共に福島正則によって領有(49万8千石)されていた。その正則は広島城無断修築の咎を受け、元和5年(1619年)に改易となり、領地は分割された。安芸及び備後北部・西部は浅野長晟(42万石)、備後南部には水野勝成が、大和国郡山藩(6万石)から4万石加増の10万石で入封した。

    勝成は徳川家康の従兄弟にあたり、徳川家康の生母・於大の方の実家である水野氏が刈谷の地を支配していた。大坂の陣をはじめ卓越した戦歴を持つ元三河・刈谷藩主であった勝成は、その後大和国郡山藩に移り、福島改易後に初代福山藩主として着任。福山藩では、放浪時代の人脈を生かして積極的な人材登用を行い、上水道の整備や新田開発、治水工事などに尽力、名君となる。

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    0歳  1564年9月30日、三河国で家康家臣水野忠重の長男として誕生

    16歳  高天神城攻めで15の首級をあげ、主君信長から戦巧者として永楽銭の旗印をもらう。

    19歳  甲州黒駒合戦で北条軍(一万人)とひとりで対峙し、300の首級をあげる。

    21歳  父親の家来を殺してしまい、勘当されるが、偽名を使って、佐々成政、黒田長政、小西行長、加藤清正など、名だたる武将のもとへ仕官する。

    36歳  父親が味方に暗殺され、16年ぶりに実家に帰って家督を継ぐ。関ヶ原の戦いで徳川家康に呼ばれて参戦。親の仇を取り、敵の家宝を奪う活躍。

    51歳  大坂夏の陣で軍の責任者なのに自ら先陣に立って戦い一番乗りを果たす。

    75歳  島原の乱鎮圧のため息子、孫と共に出陣。

    史上初の藩札を発行するなど、数多くの善政によって理想的な藩政を行っている。数々の合戦で大活躍し、「戦国最強」との呼び声もある勇将ながら、荒過ぎる気性が災いして軍令違反もしばしば犯した水野勝成は、そんな典型的な荒武者タイプだったが、豪傑さとは裏腹に福山藩では名君となる。若き時代にヤンチャである方が、人間に深みを与えるかも知れない。

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    JR福山駅のすぐ後方にそびえ立つ福山城は、勝成がわずか3年で築いたといわれ、国の重要文化財に指定されている。行ったことはないが、広島城との城対決では引き分けといったところか。広島藩は、安芸国一国と備後国の半分を領有した大藩で、現在の広島県の概ね半分にあたる。藩庁は広島城(現在の広島市)に置かれた。芸州藩(または安芸藩)と呼ばれることもある。

    広島城は天正19年(1591年)に築城され、毛利氏の居城となるが、関ヶ原の戦いで西軍の総大将として参戦し敗戦した毛利輝元は、戦後防長2国(長州藩・現在の山口県)に減封された。代わって安芸・備後2ヶ国の49万8000石の太守として、尾張国清洲より福島正則が入封した。豊臣氏恩顧の有力大名であった福島は、城改築の嫌疑をかけられ、安芸・備後50万石は没収された。


    映画『切腹』の冒頭、「申の刻に至り、元芸州広島藩、福島家の浪人と称する者、表玄関に訪ね来たる」と、徳川四天王「井伊家覚書」朗読で始まるが、広島藩浪人こと津雲半四郎から拝借したhanshirouのハンドルである。映画の後半、半四郎が井伊家家老を前に、「所詮、武士の面目などと申すものは、単にその上辺だけを飾るもの」と、カッチョいい言葉を吐く。

    半四郎の本音をhanshirouが現代語に置き換えれば、「何が徳川四天王?何が井伊家の赤備えじゃ?そんなしょーもないことで粋がって笑わせるんじゃないよ」というところだろう。広島藩改易の恨み、格下げ転勤させられた元藩主福島正則の怨念が言葉に現れている。ここまで言われたら井伊の家老も、そりゃ、怒るだろうよ。「乱心者、斬れ、斬れ~!」と、怒りましたがね。

    時代劇にちゃんばらはつきもの。ちゃんばらとは、刀で斬り合う音、およびその様子を表す擬音に由来する副詞的語句の、ちゃんちゃんばらばらの略だ。映画で使う刀は、竹の刀身にアルミホイールのような銀紙を貼ったものだから、ちゃりーんなどの音はなかった。それが近年は、ちゃりーんの擬音を後で挿入したり、CGで血しぶきまで入れるリアルさが迫力を生んでいる。

    子どもの頃に男の子は、棒きれを持つとちゃんばらを始めたものだ。「箸にも棒にもかからぬ子」という諺がある。「 どうしようもない」、「救いようがない」との意味だが、若き頃の水野勝成はまさにそうであったが、後に名君となる。幼馴染の友人が有名大企業の社長になったとき、小学校時に手のつけられない奴ゆえに、統率力に長けていたのだと納得した。

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  • 04/25/17--20:05: 愛知と広島

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    共通点はいろいろあるが、何と言っても愛知のトヨタ、広島のマツダであろうか。神奈川の日産、静岡のホンダとは誰もいわない。もっともホンダは東京に本社を移している。鍛冶屋の息子だった本田宗一郎は、1946年に本田技術研究所(後の本田技研工業)を浜松に設立した。ホンダの発祥地が浜松というだけで、工場のある三重県・鈴鹿のイメージが強い。

    豊田も松田も松下も苗字を社名にしたが、井深大と盛田昭夫の東京通信工業株式会社(後のソニー)の社名に憧れもあった本田宗一郎は、苗字を社名にしたことが最大の後悔であったという。また、会社は個人のものではないという考えの宗一郎は、身内を入社させなかったことでも知られていた。愛知・山口も保守的だが、広島というところも案外保守的である。

    愛知も広島も自動車産業が盛んだが、そうした傾向は経済にしろ、プロ野球やサッカーJリーグなどのスポーツにしろ、独自でやって行こうという土地柄に現れている。もっとも、昔からの教育自体が保守的であったのは、どこの県においても変わらない。愛知と広島といえば昨日記した、尾張から福島正則が広島藩、三河から水野勝成が福山藩入封という関連もある。

    名古屋と広島の共通点なら100m道路。どちらも戦災復興の都市計画に基づいて建設されたもので、名古屋市には2本と、広島市には1本となっている。戦後復興計画案の際には全国で24本の、「100m道路」が計画されていたが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による、「敗戦国に立派な道路は必要ない」との反対から名古屋市と、広島市のみが実現した。

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    名古屋市は若宮大通、久屋大通、広島は平和大通りと名付けられている。100m道路の主目的は、火災による延焼防止、災害時における避難場所を造るという名目であった。100mもの道路となると立ち退きなど、様々な障害もあったが、若宮通の場合、名古屋刑務所が三好町(現・みよし市)に移転先用地確保が出来、東西約4kmを貫く100m道路が完成することとなった。

    「久屋大通」の久屋は、尾張徳川藩初代藩主の徳川義直が、末長く繁盛することを願って久屋町と命名、そのまま通りの名に使われた。久屋大通は、通りに面して専門店や飲食店や緑地公園があるなどの共通点が多いことから、パリのシャンゼリゼ通りと友好提携を結んでいる。また、1986年に制定された、「道の日」による、「日本の道100選」の中に選定されている。

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    広島の100m道路は、1965年に開通し、「平和大通り」の名は、1951年公募によって決定した。こちらも、「日本の道100選」の一つである。一時は、「GHQが戦後焼け野原となった広島の地図上に一本の線を引きそこに100m道路が出来た」、などの言われ方もしたが、1946年10月立案の、「広島復興都市計画」によるキチンとした行政計画のものできたものであった。

    市民が用いる生活道であるが、平和公園へ訪れる観光客が用いる道として、多くの人々が通行する。毎年5月3日から5日に催される平和の祭典、「ひろしまフラワーフェスティバル」のメイン会場にもなっている。愛知と広島の主な共通点は大体そんなものだが、以前、「探偵ナイトスクープ」という番組で、三河弁と広島弁が似てると指摘されていた。品が悪いからか?

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    例えば、「えらい」という言葉がある。標準語では、「えらい人」、「賢い」が常用だが、広島や三河地方では、「しんどい」、「つらい」の意で使われる。言葉を学究的に言えば、政治の中心であった京都が、かつての言語や流行語の発信地であったため、京都から等距離の土地に、似通った表現や方言があるということらしく、これを学者は、「蝸牛論」と呼んでいる。

    学問的にはそうであったとしても…、名古屋~京都は約105km、広島~京都は約311kmである。3倍を等距離とは言わんだろう、普通は。60センチの身長と、180センチが同身長と言ってるようなもんだぜ。そのことはともかくとして、ある名古屋人はいう。「私は名古屋弁ですが、友達(島根県)と話していると、互いが自分の方言で話しているように感じるときがあります。

    たとえば、「早くやらんといかん」(早くやらなきゃいけない)とか、「〇〇が言っとったから」(〇〇が言ってたから)などとお互いが使います。名古屋弁と中国地方の人の言葉は似ているところがたくさんあると思います」。島根ではなくとも、上の言葉は広島人の常套句じゃ。と思えば、以下の反対意見もあり、人はいろいろだ。「うーん、私は似てるとは思いません。

    ただ、似ているところがあるとすれば、語尾を強めに上げるところでしょうか。強気に聞こえる点が共通しているかと思います。辛いことを、「えらい」というのは、「えらいこっちゃ」など、関西地方でも見られます。私には鹿児島弁と東北弁が似たように聞こえます」。歩行距離で京都~鹿児島は約756km、京都~仙台は約718km。東北と言ってるので大体同距離。

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    どっちも分かりにくい点では共通するかも。ただし、昨今はテレビなども影響もあって、ネイティブな方言はあまり若者が使わなくなった。かつて大学や就職で上京した東北人は、方言の訛りで肩身の狭い思いをしたという。鹿児島から東京に憧れた人もいようが、東京はあまりに遠く、第二の首都大阪辺りが多かったようだ。参勤交代の島津藩は大変だったろう。

    戦国時代桶狭間で今川義元を破った信長は、上洛の本拠地を岐阜に移した。確かに岐阜は京都に近い。「天下布武」を掲げた信長は、備前(岡山)で宇喜多秀家を下し、残るは広島の毛利との対決のみであった。秀吉を前衛に毛利攻めを企てた矢先、信長は本能寺に斃る。薩摩の島津も九州制圧から京を狙ったが、岐阜の信長に比べると、都はあまりに遠すぎた。

    毛利は信長の脅威であったが、彼がほとほと手を焼いた最大の敵は、本願寺門徒衆による一向一揆と言われている。「安芸門徒」は、鎌倉時代末期から南北朝期に成立し、現在まで続く安芸国の浄土真宗門徒の総称である。関ケ原以降、江戸時代を通じて安芸国内での信仰の中心となった浄土真宗本願寺派は、文明開化後の明治に入っても衰えを見せなかった。

    明治16年(1883年)2月の調査によると、本願寺派寺院は旧安芸国内399ヶ寺、備後国内259ヶ寺、門徒は安芸132,296戸、備後45,788戸を数えた。昭和に入っても、安芸門徒は広島の宗教人口の大半を占め、学仏場から昭和23年(1948年)、新制崇徳高等学校開学となり、同年には進徳女子高等学校も開校した。昭和51年(1976年)調査では、広島県民の57%が真宗門徒で占められていた。

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    信長の一向宗門徒に対する狂気は、叡山攻めの際にも現れた。猛火を逃げまどう高僧貴僧や、婦女子に至るまでことどとく首を刎ねた。「数千の屍算を乱し云々」と『信長公記』に記述されている。また、長島の一向一揆制圧のさいも、同じような地獄絵図場面が展開され、降伏した老若男女2万余人に対し、柵内に閉じ込めた上、四方から火をかけられて焼き殺された。

    さらに、越前一向宗攻めでは3~4万人が皆殺しにされた。信長が魔王と呼ばれたのは、「性格学」的に精神病質人格、異常性格とされたこともあるが、天下平定は戦乱のない世を目指した点に於いては評価される。家康がそれを成し遂げたのも、信長、秀吉の心配や問題点を把握し、「鳴くまで待とう」の精神を構築したからと言われる。が、家康の人気の無さは何か?

    豊臣を潰したやり口が何とも陰険ということもある。信長死後、家康は、大名一同前で秀吉に頭を下げ、臣下の礼を取ることをした。このことで今まで信長の下で同格との思いがある者も、同盟者家康が秀吉に頭を下げることにより、完全に天下人は織田家から羽柴家に変わったことと、自分達がもう秀吉と同格では無いということを決定し、強く印象付けたのだった。

    家康は自分がした同じことを豊臣の跡継ぎ秀頼に対し、父秀吉が家康にしたように、あの手この手でさせようとした。が、秀頼・淀連合は、家康も自分達の支配化の人間であるという態度崩さなかった。「いいかげんにせーよ、おまえら」と切れた家康の気持ちも分からなくもない。人は、「待つ」ことを忍耐、「辛抱強さ」というが、我慢の糸が切れた場合は人が変わる。

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    こんにちの教育学、躾の定義で、無理な我慢を強いるのは暴発の恐れありと言われている。「親殺し」、「子殺し」は、突発的には起こらない。我慢に我慢をしたことによる、まさに、「窮鼠も猫を噛む」としたものだろう。「親殺し」などと、とんでもないと儒教は説くが、赤の他人を物取りなどの単純な動機で殺すより、余程の止むに止まぬ事情があったと推察する。

    かつて尊属殺人は一般殺人に比べて重い量刑が科せられていたが、親殺しの真実とは、「親を親とも思わぬ行為」ではなく、親から受ける、「子を子とも思わぬ無慈悲な仕打ち」に対する返報であろう。幾度も親を殺そうとした人間にはよくわかるが、やはり一時の感情で親を殺さなくてよかったと思う。「ならぬ堪忍、するが堪忍」というが、その時には分からない。

    「あの時我慢してよかった」は、後年における回想だ。尊属殺人は、情状的に言っても哀しい殺人であるが、そのことで少年院や獄舎に繋がれた子どもたちへの周囲の理解はない。確かに、「行為」は愚かであるが、その前に、愚かな親にならぬよう、親は遠くから子どもを見つめて欲しい。あまりに近くから見過ぎると、ついつまらぬことで子どもと争ってしまう。

    人と人との適宜な、適切な距離感は、親子といえども人間関係である以上存在する。何事も、「境界線」を超えると、混乱のあまり人間は、自身の本当の気持ちが分からなくなる。混乱を避ける⇒無理を避ける。自分は、「無理」というキーワードを大事にするが、「無理が通れば道理引っ込む」に起因している。無理をして通す道理は、もはや道理とは言えない。

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    愛知県の①東海高校、②旭丘高校、③一宮高校、④岡崎高校、⑤刈谷高校。 広島県の①広大付属福山高校、②広大付属高校、③広島学院高校、④ノートルダム清心高校、⑤修道高校。 秀でた高校、大学の類はどこにもあるが、今のその人に興味が沸くなら、どこを出たかなど関係ない。誰もが自らに豊さを許し、豊さを実感できるなら、豊かに生きている人であろう。


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    人間がいろんなことを考えるのは、考える力があるからだ。犬や猫だって考える能力はあろうが、残念ながら彼らが何を考えているか分からない。ただ、ライオンやチータが、餌を捕ろうとするところを眺めていると、いろいろ頭を使っているのがよくわかる。彼らは誰からも教わらないが、親のやり方を見よう見まねで身につける。言葉がないから見て覚える。

    そのことが、幸か不幸かということはない。見て覚えるだけで100%身につける。人間はどうか?言葉で伝達できる。教えようとする人から教わろうとせず、身につけない人間もいる。幸か不幸かと言えば不幸であろうが、本人は不幸などと思わない。人の幸とか不幸との境は一体どこにあるのか?あるいは、誰が決めるのか?自分が決めるのか、相手が思うことなのか?

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    我々は他人の幸を喜び、不幸を哀しむ。あるいは、他人の不幸を喜び、幸を妬む者もいる、それも人間だ。どちらも、「共感」という現象だが、人間が社会的動物である以上、他人のことは気になるもの。気にすることでプラスにもなれば、卑屈にもなる。どちらがいいのか?といえば、よいことに共感し、よくないことは捨ておくのがよいに決まっているのだが。

    これを、「取捨選択」というが、そうそう言葉どおりには行かない。「他人の幸に共感し、不幸に目をつぶる」というのは、浅田真央の金メダルを共に喜び、大震災被害者や娘を犯罪で亡くした人を無視することであろう。この場合の無視とは非人間的ということなのか?あの人は人間的、別のあの人は非人間的などというが、人間的とはどういうことをいうのか?

    他人の不幸に同情し、共感することを人間的というなら、相手がこのパットを外せば自分の優勝という場合に、外したパットを哀しむべきなのか?不幸な事故や境遇の人たちに同情したところで、彼らに何がもたらせるというのか?「ヒューマニズム」は理論的には優れているが、実は傲慢な理論である。昨今は、ヒューマニズムを欺瞞と疑わなぬ者はいない。

    「人間の存在を世界の中心におき、人間の存在はこの世において最も価値の高いものである」と、人間の尊さを高らかに謳っているが、その主張は結局人間が考えたものであることが傲慢である。ようするに、「困った人を助けなさい」、「人には親切にしなさい」という押し付けが傲慢ということ。しかし、「人が互いに助け合い、大切にしあう」社会の実現に必要である。

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    こうした、「ヒューマニズム思想」に頼らざるを得ないという現実がある。「人間は教育されるべく、教育の必要な唯一の生き物である」というのが納得できる映像がある。溺れそうな主人を助けるために、迷うことなく海に飛び込む犬を見て、彼らが崇高で純粋であることを確信した。彼らは誰からも人道(犬道)教育など受けていない。なのに、どうしてそういうことができる?

    ヒューマニズムとは、ヒューマン(人間)のことであり、犬について当て嵌めるなら、「ドッグイズム」ということになる。ヒューマニズムは欺瞞であるが、ドッグイズムは真性である。情けないことだが、ヒューマニズムに頼らなければ、人間は人間の命を互いに大切にしあうことの理由が見いだせない。だから武器を作り、戦争をし、「ザマ~みろ」などと腹で笑う。

    社会のモラルの基礎が築くために作りだしたヒューマニズムさえ行使できない人間だ。知性を持って生まれてきた人間だが、残念ながら人間の知性は絶対的に正しいものではないし、人間が人間の枠を超えて、生命の価値を判断することはでき得ない。人間の価値観というのは、人間の枠を超えて宇宙の中で、普遍的に通用させられるようなものではないということ。

    人間があらゆるものに魁け、自らの尊さを主張するのは、人間の勝手な理屈である。それを傲慢と言わず、欺瞞と言わず、して何といおう。今更こんな当たり前のことを言ってみても、昼飯のおかずにもならないが、それが人間である。綺麗ごとはいってみても、何にも実行すらできない人間は、主人を助けるために海に飛び込む不言実行のワンちゃんより恥ずかしい。


    犬には犠牲愛という考えすらない。ドッグイズムという本能が、主人に尽くしたい心を増長させたのだろう。子どもの頃に父が教えてくれた。「犬は3日飼えば一生恩を忘れない」。言葉はちゃんと覚えているが、現実にそういう場面に遭遇したことはなかった。この映像を観て、「すごいね~」と笑うものがいた。自分のなかにも半分以上笑いがある。犬は必至なのに人間は笑う。

    犬の気持ちになどなっていないのだろう。あくまで人間の視点で、犬の大それた行為を笑うのだ。人間にはさまざまな視点が存在する。例えば、「良い人間」がここにいるとする。「良い」とは誰にとってどう良いのであろう。彼は、マイホームパパで、休日ゴルフなどはせず、休日は妻と子どもと楽しく過ごす。妻から見て良い夫、子どもから見れば良いパパである。

    ところが、会社で仕事を終えたらさっさと自宅に帰り、残業も休出もしない彼は、上司から見て良い社員ではない。仲間と飲んだり麻雀などの付き合いもないゆえ、誰にも良い同僚と思ってない。飲み屋の常連は、ママさんにとって良い客だが、飲み屋に行かない彼が良い客であるハズがない。こう考えれば、「良い」の相対性が見えてくる。誰にとっても良い人間であろうとすればどうなる?

    無理をすることになりはしないか?少々の無理をしてでも、人から良い人間に思われたく、頑張る人間もいる。それも人の生き方である。自分も何にでも頑張る人間だから、「無理するなよ」などとよく言われたが、実際は何でも頑張ってなどいないのよ。やることは徹底してやるが、反面やらないことはテコでも動かない。これまで幾度ゴルフに誘われたことか。

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    「カヌーをやろう」、「山登りをしないか?」、「パチンコは面白いぜ」などの誘いもことごとく断る。なのになぜ、「無理をするなよ」と言われるのか?女がいう、「無理しないで…」と同じ社交辞令であろう。「無理しないで」が口癖の女に、「無理ってなんだ?」と聞いたことがある。ユニークな彼女は、「人に無理しちゃダメ。あたしのためにとっといて」と言われて吹きだした。

    ユニークな女は楽しい。会話にエスプリがある。同じように、ユニークな男も楽しい。自分では分からないが、「ユニークやな~」とよく言われる。「ユニクロは着ないけどな」という。ユニクロとは、ユニーク・クロッシングをもじったもの。社長の柳井氏はとてもとてもユニークな人ではない、ガジガジ流の合理主義経営者だ。「安定している会社で自己実現は無理」などという。

    「完成されてない素人だからいい」というコンセプトが売りのAKBの育ての親、秋元みたいな都合主義に聞こえる。育ての親といっても、綺麗なおべべを着せて、下手な歌を歌わせるだけ。一人では目立つが、多人数で横断歩道を渡れば怖いものはない、みたいな集団主義。不祥事起こしても、完成されてない半プロだから、「しょーがあるめ~」で済ませるズルさが秋元の骨頂。

    「ニッポン無責任時代」などと、無責任を標榜する時代があった。1960年代初頭の、高度成長期時代に、植木等やクレージーが、「無責任でいきましょ!」などと、汗して働くサラリーマンの気休めだった。所詮はできもしないから憧れだった。『失楽園』などの渡辺淳一ものが日本経済新聞に連載されたように、兜町の証券マンや大企業の役員に、不倫という夢を与えたのだった。

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    願望はあれど、とても不倫などできない。それを見事にやってくれる主人公に憧れる。人はできないことをやる人間に憧れを抱く。たとえそれが疑似体験であっても、男女の悪の誘惑は、垂涎というべく理想世界。遅刻をしようが、取引先との約束をすっぽかそうが、すべて笑いになる無責任映画。脚本とは便利なもので、無責任でいれたらどんなに楽であろうか。

    親から預かった少女をプロダクションが教育し、自覚を持たせ、責任を持たせて世に出すのがかつてのアイドルだったが、中途半端な大人数少女で稼げると踏んだ秋元の目の付けどころである。すべてがレンジで、「チン」の時代に成り下がっている。成り下がっているとはいえど、下がっていることを知らぬ世代には分からない。「イイもの」を知らない不幸な世代かと。

    「別にイイとかワルイとかは感性の問題でしょ?」というが、感性が育たないことは歴然である。感性とは磨き育てるものだ。本物が育たない、フェイク重視の昨今である。他人の、「幸」、他人の、「不幸」で書き始めたが、かつてのアイドルは遠くから眺めるしかない高値の花だった。近年はアイドルがファンの携帯番号を聞くために近づく逆ナンを期待してるのか。

    アイドルの質が下がったというより、アイドルを身近に感じ、あわよくば彼女にできるかもという期待に、魅力を感じるヘタレ男に未来はあるのか?と言ってみるが、人の幸は他人に分からない。他人の幸も不幸も当人のものである。幸や不幸を思考するとき、自分の事だけでは解明できず、他人のことも含めて思考する。考えて見れどもなかなか分からない。

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    事件の被害者、被害遺族、不慮の事故や、震災などで生活基盤を失った人は、不幸に見える。おそらく不幸なのかも知れぬが、一時的な不幸や幸福ならいくらでもある。誰にでもある。一年前は不幸と言いながら、今は幸福という人もいれば、真逆の人もいる。不幸な人、幸福な人は永続的な人をいうのか?でなければ幸福だ、不幸だのという定義に当てはまらないのか?

    違うな。違うと思う。その日、その朝、目が覚めて幸福を実感する人は、幸福な人に違いない。目が覚めて、たちまち今日の食材に困る人、働く糧を失ってる人、病でベッドから立ち上がれない人、死を宣告されて日々を過ごす人、人にはさまざまな境遇がある。その中で、幸だの不幸だのを考え、探り、見つけなければならない言われはないように思う。

    ある日、ある時、ある場所で、幸福を実感したことがある。そういう人は少なくない。同様に、ある日、ある時、ある場所で、「わたし、今すごく幸せ」という言葉を耳にしたことがある。まぎれもない、他人の幸福を感じた瞬間だ。こういう言葉も耳にした。「女の幸福は男に愛されること」であると…。「男の幸福は女に愛されること」という言葉は聞かない。

    その歴然とした違いは、女の受動性を現しているからだ。「男は愛し、女は愛される」と、言葉自体が女の受動性を示している。「いや、そんなのは古い、古い」という言葉も聞こえてきそうだが、女の受動性はその性器の形からしても歴然であるが、精神は逞しく、能動的になったのか?疑問符にしたのは、そういう女性もいるだろうことは半世紀も生きてれば分かる。

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    ♪ 女はいつもふた通りさ、男を縛る強い女と男にすがる弱虫と…と、拓郎の歌詞にあるが、縛る女が強いのはわかるが、すがる女を弱虫というのは、自分と感性が異なる。歌の歌詞には出来兼ねるが、男を縛る女は、"男をダメ"にする。男にすがる女は、"男を生かす"という風に思う。もっとも、自分の考えであるけれども、かつて男はそうであった。

    そうあるべきと育てられた。母親が自分に厳しかったのは、強く、逞しくするためだったかどうか分からないが、いじけたヘタレ男にならなかったことに感謝する。話を戻すが、「愛することが幸せか、愛されることが幸せか」については一概に言えることではないが、己の考えは述べられる。「愛されることが幸せ」と女がいうなら、男は「愛することが幸せ」でいい。

    自分を愛してくれる女を見つけるよりも、愛するに相応しい女を見つける方が手っ取り早い。それからしても、男は能動的である。大地にじっと根を張り、花弁の蜜を求めてくる蝶を待つのが女だと思っていた。「花が女で、男が蝶か」という歌の詞を聴いたときは納得した。時代は変わり、女が大地の根を切って動き始めた昨今である。それに追従して男の動態や価値観も変わった。

    人はその世代を生きるもの。世代を超えて生きながらえる寿命が授かるなら、新たな世代に順応すべきであろう。世代格差ということは当然ながら存在し、いつの時代も若者と老人の対立はあるのが当然だが、昨今は、男女の価値観の変貌から。男と女の対立がある。武士の子は武士、百姓の子は百姓の時代に、子どもの進路をめぐる対立はおそらくなかった。

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    「職業選択の自由」が憲法に謳われている。とは申せ、「士農工商」という歴然と身分制度にあっても、百姓から武士になった者もいた。身分制度というのは差別があったと思われがちだが、身分によって役割が定められていたというのが実態であった。将軍家であっても妻の身分を問わなかったことからしても、べっぴんさんなら、即お持ち帰りしたようにである。

    五代将軍綱吉の母親は京都の八百屋の娘であったし、八代将軍吉宗の母親は百姓出身の風呂番だった。新撰組の近藤勇は農家の三男だが、剣の腕を見込まれて剣術家の養子となり、新撰組での働きが評価されて幕臣に取り立てられた。勝海舟の曽祖父は庶民であったが、賄賂使って海舟の父を武士にした。伊藤博文も農民の出だが、武士となり、維新後に宰相となる。

    もっとも有名なのは貧農の出の秀吉だが、「士農工商」の身分制度の前でもあり、信長という先見の明によって取り立てれれた。さて、愛が幸福の要件というが、愛は不幸にも作用する。これ以上の幸福はないという陶酔感を味わせてくれる反面、ときに人をずらずたに切り苛む。とは言えども、人に愛するという情動がなかったなら、人生は索漠たるものになる。

    激しい恋に生きた歴史上の人物として、孝謙女帝を思い浮かべる。孝謙といえば道鏡である。道鏡は孝謙から寵愛を受けた怪僧で、道鏡が寵愛を受けた理由は、以下の川柳が示している。「道鏡は座ると膝が三つでき」。道鏡生誕の地、愛媛県弓削町土産の、「道鏡饅頭」を戴いたことがある。あまりのチン品ゆえにか、今は売られていない。弓削町の町名も消え、現在は上島町。

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    激しい恋と性に生きた女としては西鶴の、『好色五人女』のおさんも特筆ものだ。小説であるが、実話がもとになっている。京都の大経師屋の女房おさんは、評判の美人で、勝ち気で働きものだったが、亭主が所用で江戸に発つことになり、案じたおさんの実家から手代の茂右衛門を手伝いによこすも、おさんは茂右衛門とあらぬ仲となる。こうなった以上、おさんは度胸を決めた。

    「―― この上は、身をすて、命のかぎり愛欲に身を浸し、茂右衛門と共に死ぬまで…」。茂右衛門もおさんの決心を聞き、覚悟を定めて道ならぬ恋に溺れた。二人の噂が立ちはじめ、いられなくなった二人は琵琶湖に身投げに行く。ところが死ぬ寸前に茂右衛門は、「死ぬのは惜しい。書き置きを残して死んだと見せかけどこかに逃げよう」さて、おさんはどう答えたか?

    「わたしもそのつもりだったの。ちゃんと五百両もってきた」。なんとも振るった態度であり、言葉であろう。二人は丹波の山奥に隠れるが、遂にみつかり、道筋を引き廻されたあげくに粟田口刑場で斬首されるのだった。それにしても、不義・密通は死刑と知りながら、大金を持ち出すおさんのしたたかさ、女の逞しさである。「もうダメだ、死ぬしかない」は敗北である。

    おさんの逆境の強さこそ、人間の真の逞しさである。こういう心情は、ネガティブな人間には絶対に身につかない。物事を前向きに、ひたむきに考える人間にしか与えられない。そんな気概はどうすれば身につくのだろうか?小学校にして糞親に抗ったことで自分は得た気がする。おさんにはそういうものがない。これはもう女の本能的な生命力であろうか?

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    女性は本質的に強く、思春期後の自殺の男女比を見ても歴然である。先日、アジア卓球選手権で中国勢を破って優勝した卓球の平野美宇がこんな風に言った。「これまで好感度を意識しすぎていたが、もうそれは止めようと思った。嫌われてもいいと思った」この意識が彼女を強くした。将棋の米長も弟子の林葉の堕落に、「女は人から見られるを意識したらダメ」といったように…

    本質的に強いおんなが、「弱いネコ」を被っているということだ。本質的に弱い男が、理論武装をし、強く見せていると同じこと。確かに弱い女は男からみるとそそる。放っておけない気にさせられる。生態学的にいっても、メスがオスより華奢に作られているのも、オスのメスに対する保護意識を増長させるためである。だからか、背の高い女は猫背になるなど悩む。

    動物生態学というのは、自然の摂理であるが、人間社会の生態学の変容はどうしたことだろうか。男に従属することが、逆に男を隷属させることになるという、弁証法はどこに行ってしまったのか?おそらく、戦争放棄の憲法が、男の子を逞しく、強く育てることを放棄させたのかも知れない。「僕は大きくなったら立派な兵隊さんになる」という時代は、それはそれで生きた。

    今の親はどういう男の子を育てようとしているのか?少し前に疑問を投げかけたが、世のお母さんは適齢期の息子が妻の尻に敷かれる方が良し」とするのか?妻に聞いてみた。「とんでもない、そんな男子なんか…」であるが、世間は広い。お母さんの数も半端ではない。戦後の憲法は男女同権となった。なったけれど、憲法通りに動いていない事が多い。

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    社会では男性優位の差別が蔓延り、家庭ではカアチャン優位が蔓延っている。どこが男女同権か?法律より、空気が支配するのが世の中である。憲法など、絵に描いた餅に過ぎない。社会を動かすものは何か?テレビで時代劇を観れば、働く農民が大多数で、それを武士である悪代官が仕切っている。「百姓は生かさず、殺さず」の、最低限の生活を強いられた。

    我慢ならぬ時は、「一揆」を起こして抗った。ところが、あげく首謀者は磔られ、打ち首、獄門。維新から戦前にあっても、戦争を反対するだけで「国賊」、「非国民」と特高に捕らえられ収監された。「天皇制打倒」と言えば大逆罪で死刑。そうした歴史から、今の日本で、ささやかな幸せを心に描き、口に、言葉に出せるようになったのは、ほんの一世代前である。

    我々が公然と幸せを求めることが可能となるまでに、日本中、世界中合わせて何億、何十億という先人の苦労の賜物だ。歴史は時に回り道をし、悲惨な出来事をかいくぐり、一歩一歩前進してきた。ところが、政治や経済を見渡すと様々な矛盾がある。丸刈りが憲法違反だと立ち上がる前に何年かかった。それ以外にも別の何かの力で国が動いている。それは何か?


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    政治家や財界人はいう。「憲法を守り、法の範囲ないで政治や企業運営をして、国民の幸せを考えている」。そうはいっても、自衛隊のどこが軍隊でないのか?企業は違法残業をさせ、過労死対策など労務管理もせず、それで国民に健康で文化的な生活を保障しているといえるのか?軍隊や安保条約の考えを突き詰めると、二つの大きな対立があるのがわかる。

    一つは、何よりもアメリカとの関係を大事にする。企業は自由に儲けることが大事。という人々と、何をおいても国民の生活が大事、生命を脅かすなどあってはならないという人々の考え。これらは政治体制と資本家と労働者の対立といえる。「世の中は何で動いているのか?」についての答えがこれである。つまり、社会は、「対立」と、「闘争」で動いている。

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    決して法律や人々の思想あれこれや、あるいは偶然に生まれた個々の人の違いによって動いているのではなく、それよりも大きな、世の中の立場の相違、その対立と闘争によって動かされている。我々の幸せや、ささやかなる望みも、このことに大きくかかわってくる。経済(下部構造)によって政治(上部構造)を規定するのが唯物史観と言われたがそれは正しい?

    カール・マルクスは歴史を考えるにあたり、古今東西において、「人間は食べなければ必ず飢えて死ぬ」という人類の普遍的法則から考察を始めた。彼はそこから、「人間がどうやって食を得ているか」という人の生産活動に着目し、「その生産活動の土台の上に政治や法律、あるいは宗教や道徳などの非物質的な概念が生まれる」と考え、これを上部構造とした。

    唯物史観は史的唯物論ともいい、社会の土台は経済、物資の生産にあるとし、その経済の変化・発展が歴史の根本におかれ、しかもそれは階級闘争という形態をとる。こういう歴史の見方は人を驚愕させた。つまり国や社会を動かすのは、宗教や精神でもない。国王や英雄といった、高尚なものが歴史を動かすのではなく、経済という物作りを土台としたこと。

    「『階級闘争』という争いが歴史を動かし、無知な大衆や愚民が実は歴史を担うという、下賤な考え方など汚らわしいにも程がある」と、人々が騒ぎ立てたのは当然であろう。確かに、哲学や宗教や政治は高尚であるが、人間がものを思考できるのは、人間が生きているからであり、食料や衣服や住居なしに、人間が生きることができないのを、誰も否定できないのだ。

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    人間の歴史が単に、個人個人の行動の寄せ集めとしてでなく、人間の集団的・社会的なあり方の問題として、科学的な研究がなされるようになった。マルクスの社会主義を科学と位置付けたエンゲルスの提唱する科学的社会主義は、多くの批判を浴びた。なかでもベルンシュタインは、「社会主義はイズムであって、倫理の領域に属す」と、科学であることを批判した。

    科学とは認識にかかわるもの、社会主義とは価値に相当するものであって、両者は別のものであり、科学的社会主義などは即時的に成り立たない。となれば、エンゲルスのいう、"思想を科学とする根拠"は崩壊するに至った。新しい思想には害悪があり、それを指摘するのも人間の叡智である。社会主義が、「科学」である恐ろしさは、あまりに前衛的であったこと。

    前衛党にあって、方針をめぐって闘争もなされ、所詮、闘争に敗れたものは、「人民の敵」と粛正された。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉の出自は日本である。中国なら、「勝てば官軍、負ければ死刑」となろう。文化大革命を主導した江青が権力闘争に敗れて法廷に引き出された時、「我々はなぜ裁かれているのだ?それは我々が敗れたからだ」という至言を吐いた。

    「真理」を学問とし、「善」を道徳的に独占する国家に精神の自由はあり得ない。思想や学問や信教の自由もない。親こそ真理、親こそが絶対善とする家庭に、子どもの自由がないようにである。精神の自由は、国家(もしくは親)が、真理とか道徳などの価値に対し、あくまで中立を保っている国家(家庭)においてのみ保証されるもので、科学的社会主義はそうした国家を作り得ない。

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    難しいが、理論とはこうしたものだ。日本国民の幸福も、中国や北朝鮮国民の幸福も、アメリカやロシア国民の幸福の概念はみな違うが、それらは国家の体制が違うようにである。北朝鮮国民が幸福なら、自爆テロのタリバン兵士も幸福だ。そのように考えるなら、人間の幸せは、一体誰が決めるのか?ということになる。それは日本人に見る日本人の幸福においてもだ。

    話は世俗的がいい。例えば、以下のケース。15万円の月給をもらうだけで、満足で幸せに浸る人がいる。ある人は150万円の月給ながら満足ではない。傍から見ると、どちらが幸せといえるのか?見る側によって異なるのは明らかだ。「15万程度の月給で喜ぶなんてバカじゃなかろか?」と思う人もいれば、「150万ももらって不満とは贅沢だ!」と思う者もいる。

    自分は15万で喜ぶ人間の方が幸せに思う。150万で不満な奴はいくらなら満足できるというより、いくらもらってもどんどん生活レベルを上げていくだろうから、満足することはない。つまり、幸福を感じてる人は、すべての欲望を満たすのではなく、ある特定の欲望において満足を感じている。同様に幸福を感じない人は、欲望が底なし沼状態にどんどん膨らむのではないのか?

    こういう人を別の言い方で、「欲望の青天井」という。それも人なら、人の幸福を客観的に定義することはできない。また、「自分はとっても幸福に満ち足りている」などと、本当は幸福ではないのに見栄を張ったり、嘘をついたり、自己に欺瞞な人もいる。見分けられる場合もあるが、騙されることもある。別のそんなことを騙されたからとどういうこともない。

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    騙す側が自己満足のためにつく嘘など、他人に害はない。ある時、「自分は特に不満はない。金はないが幸せを感じている」といえば、「なわけないだろう?不満のない人間がこの世にいるわけない」などと返す奴がいた。こういう人間に言葉を返す必要を感じないのは、自分の幸福を強調する必要も、説得する必要もないからだが、言葉を返す人は、どのようにいうのだろう?

    人と人のくだらない言い合いとは、くだらないことが原因で起こる。自分は自分の考えを言った。人がどう思うも勝手である。人の欲望には深浅ありて、欲望がないではなく、浅いことを、「不満がない」と言ったまでだ。そうした想像力も発揮せず、価値観を押し付ける人間への対処法とは、口に出さずに心で思っていること。そうすれば角も立たない。人を論でやり込めて勝ち負けなどはくだらない。

    自分は論点の核心をつくのが好きで、これは幼少期に親子喧嘩で身につけた。小が大に屈服しないで入れるのは、相手を黙らせる言葉見つけるのがいいと知った。親に負けじと悔し紛れに書店に行き、『議論に絶対負けない法』を、辞書を片手に読み込み、グダグダの言い合いが愚の骨頂であるを知った。自分は今でも、「勉強」とは地味で自発的なものと思っている。

    母のパターンは決まっていた。①人と比べる、②勝手に作った子なのに恩着せがましい、③すぐに世間を持ち出す、④昨日と今日でいう事が変わる、⑤子を奴隷と思っている、⑥親孝行を押し付ける、⑦自分の意見はすべて正しいなど、ワンパターンである。同じことばかりいう人間をバカの一つ覚えといい、その言葉も多用したし、ことごとくあしらう言葉を見つけた。

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    言い合い、言葉喧嘩で常勝だったのは、本にあった孫氏の兵法による、「相手を知り、己を知るは100戦100勝」という言葉である。ついでに、「相手を知らず、己も知らずは100戦0勝」、「相手を知り、己を知らずは100戦50勝」とある。相手を知るのも大事だが、自分を冷静に客観的に捉えることも重要。「わーわー」喚くだけの女はバカに見えたが、それを否定するのは女性の否定になる。

    したがって、「わーわー」、「ぎゃーぎゃー」は、女性にとって当たり前という肯定が、その後の女性に対する出発点となった。「ぎゃーぎゃー」いう女に、「怒る顔も可愛い、言ってる言葉も童話みたいで面白い」などと茶化すに限る。一緒になって、「ぎゃーぎゃー」いう男の気が知れん。茶化されていると気づかせれば、バカらしく止めるか、逃げるか、どちらかだろう。

    孫氏は、「戦わずして勝つ」を最高の勝利としたが、これを目指すのがいい。想像力を発揮しながら会話できる人間こそ頭がいい。教科書を丸暗記して100点取る人間より、本を読み、映画を観、恋をするなどの原体験は、何より増して貴重である。過去問を沢山解いて成績を上げる勉強から、表現力主体の論文重視の制度変更は、実現すれば最善の教育改革となる。

    「悪」と知りつつ、合理優先のマークシート方式によるセンター試験の弊害を改めるのは、真に論理的思考重視の人間を作ろうという意気込みの現れかと。街角で日本の若者に突発的なインタビューを試みて、外国人に比べて日本人の無知、教養のなさ、論理性の欠片もない物言いは、見ていて恥ずかしい。教科書だけを勉強とし、あげく偏差値が高いと自慢をする彼ら…。

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    浴槽のコックをひねればすぐにお湯がでる。洗い物をドラムに入れば誰の手も煩わさないで洗えて乾いて仕上がる。山にしばを狩りに行くことも、川に洗濯に行くこともない時代である。便利になったと、つくづく文明の恩恵に感謝しないでいられない。そうして余った時間を我々は何につかっているのだろう?おやつを食べたり、本を読んだり、テレビを観たり…。

    当たり前の日常に気づくことはないが、はっと我に還ることがあるが、我に還ることの、この心地よさは一体何であろうか。その心地よさを味わうために、ぼんやり、もしくは思考のない時間がある。いかなる苦も、楽も、喜びも、哀しみも、一切万事は我より出でて、我に還る。自分の不幸も幸せも、すべては己の気の持ちようである。ならば幸せもよし、不幸もまたよし。

    「幸」がもたらせる宝があるように、実は、「不幸」がもたらす宝もあるのだ。はっと我に還るときは、幸による充実よりも、不幸によって得た宝物に浸ることが多い。未来は覗けないが、過去は古書としてしまってある。いつでも読むことができる。「温故知新」という言葉が好きだ。さすがに偉い人はいい言葉を思いつく。古いものがなければ新しいものはない。

    そして新しいものもやがては古くなって行くように、現在もやがては過去になり、最初だったものも最後になる。まさに『時代は変わる』のだと、当たり前の事が言葉になっているものに触れたときも、「はっ」と我に還る。ボブ・ディランという人はさすがにノーベル賞の栄誉に相応しいものがある。あの中に、「世の父よ、母よ、自分に理解できぬ子を非難するな」とある。

          PPⅯの『時代は変わる』がいい。下のフレーズのみをマリーのソロで、諭すように聴かせる

      Come mothers and fathers
      Throughout the land
      And don't criticize
      What you can't understand
      Your sons and your daughters
      Are beyond your command
      Your old road is rapidly agin'
      Please get out of the new one
      If you can't lend your hand
      For the times they are a-changin'


    その言葉を発する前にディランは、「母たちも父たちも来たれ、国中すべての親たちよ」という呼びかけを前置きしていることをみても、実の腰の入った問いかけである。「息子たちと娘たちはあなたたちの手から離れ、あなたたちの道は急速に老いてゆき、あたらしい道から出ていくのだ」と、気づかせようとする。ディランの声に「はっ!」と我に還る親もいたであろう。

    が、耳に入らぬ親もいたはずだ。それならば子どもたちが、「はっ!」と我が身に還ればよいではないか。ディランの言葉は、親に向けたものだが、目に触れることもなく、耳にすることもできない親、耳目にすれども無視する親は、この当たり前を実践できない。ならば子どもが、親に抗えばよい。ディランは動かぬ親を尻目に、実は子どもたちを動かしたのであった。

    同時期、ビートルズもそうであった。彼らはプロテストソングを書き、歌うことはなかった。プロテストソング( Protest Song )とは、社会の中の不公平や不正を告発し抗議する歌のことだが、ビートルズの存在そのものが古い体制批判の象徴だった。大人たちは彼らのマッシュルームヘアを、モップ(雑巾)がごときと蔑み、不潔の象徴モップヘアとこき下ろした。

    それくらい当時としては、「とんでもない!」というくらいに、センセーショナルなヘアスタイルだった。長髪と言っても、今見ると耳は見えており、パーマもかかっていない大人しいものだが、「男の長髪は汚らしい」とされ、記者たちのインタビューの際も、「髪は洗っているか?」とか、「何ヶ月に1回髪を切っているのか?」などとからかわれたり、皮肉を言われたり…。

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    人の価値観は自身の世代が規範となる。したがって、新しい考えとは世代を超えることであり、もしくは世代を戻ることでもある。「古いものが新しい」というのは、その世代を遡ったものに価値を当たる言葉であるが、思考に柔軟性のある人、ない人は確実に存在する。問題になる人は、「柔軟性のない人」であるが、どこが問題なのか、その理由について考えてみる。

    思考に柔軟性のない人は、さまざまなパターンやケースがあるが、よく言われるのが「冗談を真に受ける」、「自分の考えに拘る」、「決まりを守るなど遵法心が強い」などで、すべての人間が硬い頭であるなら問題はないが、柔軟な思考を持たぬひとは、周囲と無用な争点を生み出し、人間関係に軋みが生じたり、自分の望んだ成果を手に入れられないと強く苦悩する。

    人の性格はさまざまに分類されるが、人間関係においては自分が相手をどのように捉えるかについて、ある程度の把握が必要だ。「柔軟」、「頑固」、「無邪気」、「思考停止」などは代表的なものである。これらの特質が、人と人との会話のなかで生かされ、あるいは配慮されたりし、会話にスムーズな流れを作るが、柔軟性のない人は、「頑固」、「無思考」の類である。

    会話で大事なのは、「腰を折らない」ことである。以下は実際に耳にした事例である。女子高生数人がエロ話をしていた。各人は互いを、「エロい女子」と認めあっているが、その中の一人がこういった。「うち、エロくないからそういう話は好きじゃない。したくない」。「ガーン!」。おおよその人はその場の雰囲気を想像できよう。こういう子を、「いいこ、ブリっこ」と蔑むのだ。

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    彼女はその後、露骨ないじめ(無視)にあって転校することになった。自分はその当事者と話し、彼女の言い分を聞いた。言い分など聞かなくても状況でわかるが、ようするに彼女は自分は悪くないと思っている。普遍的な善悪や、観念としての善悪においても定義は難しいが、世俗的な日常の善悪は相対的であり、自身の善は他人の悪となる。その逆もしかり。

    よって、彼女の「善」は周囲の人間にとって「悪」であった。彼女がそのことに気づかぬかぎり、納得は得られないだろう。自分は、彼女の説得を試みたが適わなかった。上記の分類でいえば、彼女は頑固というより思考停止である。集団にあって人におもねらずそういう言葉を吐いたことに善悪は、今後の彼女の課題である。何が疎んじられ、いじめの対象になったか…。

    いじめは、いじめられる側にも理由がある。ただし、備わった容姿や容貌に対するいじめは自己に責任がない以上卑劣であるが、卑劣を卑劣と理解しない人間につける薬はない。学校内におけるいじめは、とりあえずクラスを仕切る担任教師の絶え間ぬ努力にかかるべきだが、人格的、人間的に相応しくない教師を見抜けず、試験が受かれば教師にとの決まりがある。

    問題は、無能な人間に教師免許を与えた文科省、雇うことにした市教委など、責任の裾野が広く、だからいじめは彼らの責任逃れとして隠匿されてしまう。人格的無能教師の存在もあるが、「学校は命を尊び、真実と正義を求める人格形成、育成の場である」という事が、まったくの機能不全に陥ってることが問題である。なぜ、このような学校になったのか?

    イメージ 4物事の価値観の多様性が求められ、それらに対して広い視野と対応性を持った人材がついていかない現状だろう。戦前の軍国主義教育や、規則・禁止で締め付けている方が、価値観が限定されているので、教師も学校も楽である。それなら少々の無能教師でも、子どもがロボットなら苦労はしない。要するに、柔軟性を持った人間が教師に少ないと自分は見る。

    それに拍車をかけるのが教員の評価制度である。評価制度を導入しなければ、企業の社員であれ、教員であれ楽をしようとする。したがって、「評価制度」とは、目には見えない管理という名目の人の監視である、小泉政権の、「聖域なき構造改革」の一端で、教育現場にも競争原理に基ずく、「成果主義」が導入されたが、これは従来の評価制度より厳しい。

    統制管理を強化するために現在の職員室はかつての校長・教頭以外は、フラットな空間でなくなり、校長をトップとした、教頭、主幹教諭、主任、指導教諭、教諭の六段階職階制となる。日教組が3割組合に落ち込む以前は、職員室も学校もわが物顔で牛耳っていたし、さながら民主的に行われた職員会議の決定を、「職員会議は議決機関ではない」との態度であった。

    組織に制度は必要だが、教師が担任するクラスでいじめが発生しても、人事考課で自分の評価が下げられるのを怖れ、いじめを隠す。当然ながら、同僚にも校長にも相談しない。彼らの本音は、「いじめがあるのを校長や同僚にバレないようにする」に神経を使う。また、校長も自身への市教委の評価の低下を避ける事になる。校長は学校の風評を怖れているのだ。

    いじめを受ける生徒は不幸であるが、彼らの不幸を解決してやろうという教師はほとんどいない。いじめる子、いじめられる子、双方の保護者ならびにそれを黙認する子らへの労力は甚大だ。教頭や校長には解決を命じられる。このように、公にすればみなが不幸になる。黙っていればいじめられる子一人の不幸で済む。これが、「いじめの認識はなかった」という言葉である。

    「認識がなかった」などと都合のいい言葉は、いじめを受けた生徒からの訴えで名指しされた生徒を聴取し、「いじめていません」、「ふざけ合ってるだけです」を鵜呑みにした程度の認識である。自分からすれば、「バカかこいつら?」である。窃盗の容疑者を捕まえて聴取したら、「泥棒なんかしてません」といわれて釈放する無能警察官と同じ、無能教師ということだろ。

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      国中のお父さん お母さん達よ 
      理解できないからと言って批判は止めなさい
      息子や娘達は もうあんたの手に負えないんだ
      昔のやり方は急速に消えつつあるなら
      新しいものを邪魔しないで欲しい 
      手を貸すことも必要ない


    『時代は変わる』はいろいろに訳されているが、語彙はどうあれ言いたいことは一つ、「子どもの自己形成」。いかなる自己形成が成されるかにかかわらず、親が障害となってはならない。が、親は自分の価値観を押し付けることが子どもの自己形成にプラスになるとでも?おや、そんなことすら考えていないただの親の自己満足を、子の幸せと思い込んでいるだけのようだ。

    何気にこんな記事が目に止まった。「先日、娘と大ゲンカをした。お互い強情なので、それぞれの部屋に引きこもってしまった。その時、ふと手にとったのがこの本。ずっと前に買ったまま読んでいなかった本なのに、こんな時に読むことになるなんて…。それは、神の啓示だったのかも知れない。なぜなら本書は、母娘が奏でる、あまりに怖ろしい狂奏曲なのだから。

    山本文緒の小説ということで多少の恐ろしさ、おぞましさは覚悟していたが、まさかこれほどとは思わなかった。(中略)娘とケンカをした私にとって、この小説はこたえた。親と子どもは、人格も人生も別々と頭では分かっていても、つい自分の望む人生を歩ませようとし、少しでもはみ出そうものなら、ついカッとなり、自分でも驚くほど意地悪な言葉を子に投げつけてしまう。

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    ああ、私はこの「母親」になる素質が充分にある。このままでは子の人生を、家族の人生を殺してしまうではないか。ページをめくりながら私は全身の震えが止まらなくなった。ここまで異常な事態になることはないと思う(思いたい)が、もし子育てにイライラし、その原因が「自分の理想と子どもの現状との齟齬」にあるならぜひこの本を開いて欲しい。この母親を見れば必ず心が鎮まるはず。「さすがに、こうはなりたくない」と、ね。」

    真摯に自省をする母のようだ。反面教師に良いと勧めているが、確かに反面教師は即効性がある。良い人の点は感動できても、なかなか実践はできない。頭で分かっても、実践できないなら身につかない、「絵に描いた餅」。この母は、「親と子どもは、人格も人生も別々だ…そう頭ではわかっていても」と言っているが、分からないより、分かっている方がよいのだろう。

    と、誰でも思うが、「しない(できない)」ことを何十、何百知っていても、できないことは知らないと同じこと。自分はいつもそのように啓発する。「知ってること」、「良いと思うこと」は取り合えずやる。これを、「知行合一」という。とにかく、知識と行為は一体でなければ何の意味もない。ゆえに、「しなかったこと」、「できなかったこと」についての言い訳はしない。

    言い訳を許してしまえば、いつも、「しない」言い訳を得意にしてしまう。「すべきこと」は、「すべきこと」、それ以外に何もない。さらに、言い聞かせていることが二つある。一つは、「あの状況ではああ言わざるを得なかった」。もう一つは、「自分の立場ではこう言わざるを得ない」などの言い方は絶対にしないこと。では、後でそのように言わなくていいようにするにはどうすればいいか?

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    「どんな状況でも自分の心の中にある事以外は言わない」。「立場よりも誠実を大事にする」ではないか。果たしてそういうことが真に可能か?本音と建前は社会の常識だろうに…。確かにそうだが、だったら、自分の心にないことを曲げていうくらいなら、黙っておけばいいのでは?それと、嘘を言う必要が生じるような精神状態に自分を置かなければいいのでは?

    ありがちなのは、あまり考えずに流れに乗って、引くに引けなくなり、つい心にないことを言う羽目になってしまう。これを防げばいいのであって、その防ぎ方を知っていればいいことではないか。セールスマンと相対しても、相手におもねらず、なびかず、相手の口車に乗るのではなく、己を信じればいいのよ。よく、セールスマンに相槌を打つ人がいる。

    相手が一生懸命に説明したりする。話したりもする。だから、聞いてあげなきゃ悪い、信じてあげなきゃ悪い、相槌を打ってあげなきゃ悪い。…って、オカシイだろう、そんなの。人のいうことをすぐに間に受けるのは、自分に誠実とはいえないのでは?すぐに信じる前に、自分で調べ、確かめなくていいのか?そんな時間も余裕もないなら、とにかく鵜呑みにしないでとりあえず保留。

    相手は、その場ですぐに信じさせたいわけだし、顧客の頭が冷えないうちに、即決させようとするのが彼らのテクニックである。こちらがバカになることで、必然的に相手が有能になるのだが、何で自分がバカになってまで、相手を有能にさせる必要があるのか?「何でそんな高価なものを買ったんだろ?」と悔いる人は、「何か買わなければいけない雰囲気だったんだよ」という。

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    「高価なものを雰囲気で買うなよ」と思うが、思うだけで相手を責めたりしない。相手が自身の軽率さを責めたらいいこと。自分に悔い、自分に文句を言えばいいこと。などと、しっかりしたようなことを言うが、つい先日は自分も将棋の駒で失敗した。失敗には必ず要因がある。あの時の自分は、駒についての油断があった。それは画像を信じたこと。これが軽率だった。

    駒の材質である黄楊は、経年で飴色になるということを知っていながら、つい画像の色に見惚れてしまった。理性で思考すればあり得ない事だが、あの時は何十年ぶりに駒を買うということもあって、大切なことが抜け落ちていた。画像の色だけを信じてしまったのはあまりに軽率でバカであった。久しぶりということが、思考に足りないものがあったという事。

    お店が提供する画像の色合いに文句をいう事ではなかったのである。見栄えのいい女と付き合ったはいいが、中身はとんでもない女だったと同じか?いや、違う。それはこじつけ。画像のインパクトで思考をしなかった点は似ているが…。人間の場合、考えてすぐに分かるものではないしな。知識はあっても、油断がある。いつも完璧に生きるなど難しい。

    ただし、自身が犯した明らかなミスの言い訳は無用。でないと癖になる。言い訳する奴は、あれはもう無様な癖である。セールスマンの口車に、「水を差す」のが抵抗があるなら、黙っていればいい。相槌もしないことだ。すると、セールスマンは気にし始める。この客は自分のいう事を理解したのか?半信半疑なのか?どう思っているのだろう、不可解だ…。

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    それでいい。愛想する必要はないのよ。その場の、「空気感」という拘束を断ち切るためには、「水を差す」のが最善だが、そういう勇気のない人は愛想をしないこと。相槌を打たぬこと。そうすると、相手はたたみかけてくる。自分は、納得いかないこと、信用できないこと、事実か否かを確かめる余裕がない場合は水を差すが、こんなのは当たり前のこと。

    相手ばかりが知識があって、自分に知識がないからとて恥じることもないし、相手の知識が正しいと確信を抱く理由もない。信じる根拠がないというのは水を差してみるとばよくわかる。相手の言葉が単なるセールルストークか、本当に本物の知識か。つまり、「水を差す」という行為は、「あなたの言ってることを100%信じるものではない」という態度の表明である。

    山本文緒は名前くらいしか知らない。2001年、『プラナリア』で直木賞をとっている才能ある作家のようで、テレビドラマにもなった、『恋愛中毒』は代表作であるらしい。ドラマも観てはないし、本も読んでもいない。彼女の作品とはまったく縁がなく、新聞記事のコラムを読んだ感想をいうなら、否定されるべく事象の中にある肯定的な部分を見つける人のようだ。

    周囲に流されず、彼女独自の視点で事物を捉える慧眼は女性的というより、女性離れした女性かも知れない。いい子でいたい、人から良く思われたいという欲の深い女性にすれば、彼女は、「女性が女性として認めたくない点、性質的に嫌な部分」を何ら躊躇うことなく書く人であろう。自分もそうしたところがあり、共通するのは利害に蹂躙されない正直さか。


    『群青の夜の羽毛布』をわざに買って読もうという気もないが、YouTubeで映画が全編観れるので鑑賞した。本上まなみと玉木宏が主演で、お目めの大きい本上を、自分は知り合い女性をイメージしながらシーンを追った。教師であり、厳格な母に洗脳されて働くこともできず、家事一切を任された心弱き長女が醸す恋愛ドラマのようでもあり、母娘問題でもある。

    さらに驚くのが、部屋から一歩も外に出ないで引きこもり状態の父親の存在も異常だが、かつて父は若い女性を恋人に持ち、彼女宅に出入りしていた。ある日、そこに妻と娘が押し掛け相手女性を詰る。「あなたが父を諦めるまで、私は何度だってくる。それが家族なのよ!」の言葉に女性は言う。「あのひと、家族なんていない」そう言うとナイフで手首を切り割いた。

    父親の不倫の相手女性は、幸い命を取り留めたが以後は父の前から消え、消息不明となる。それが原因で父は引きこもりとなり、精神に障害をきたすが、娘は部屋に食事を運ぶ毎日となる。そんな父がこんな告白をする。相手は先生というが、映画ではよく分からない。「確かに家族から逃げていました、先生。妻は私のことを本当には愛してくれませんでしたからね。

    誰も私を待っていない、あの坂の上の家…。帰らなきゃいけませんか?恋をしてはいけませんか?傷の癒えた彼女がいなくなったのも、すべてあいつらのせいなんです。あいつら…、妻と娘…」。山本は、家族に必要とされない男の、ささやかな恋愛感情を肯定的に描いているが、世の中そういう夫はいる。家の中で引きこもるくらいなら、羽ばたけばいいのよ。

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    大人になると時間の進み方が早いのはなぜだろう。子どものころ、誕生日もクリスマスもなかなか来なかった。断絶の影響か、親から誕生日にプレゼントをもらうことはなく、クリスマスは近所のパン屋の粗末なケーキを買いに命じられる。行きたくはないが、ケーキ食べたさは隠せない。地味で質素な生活はどこの家庭もだが、我が家はあまりに殺伐だった。

    それでも最大の楽しみはお正月のお年玉である。今の子どもは普段から大金を所持しているようで、孫の大志も数万円の大金を所持している。我々の時代は子どもがまとまったお金を持てるのは正月くらいしかなかった。その正月がなかなか来てくれない。子ども時代はなぜにあれほど時間がゆっくりと進んでいたのだろうか?時間のイジワルとしか言いようがない。

    大人になると物事一切が思った以上の早いスピードで流され、手のうちからこぼれ落ちていく。少年、少女期であったなら、大切な何かを失っていくだろう。それが恋であったり、信頼や友情であったり…。ところが、大人になるとそうしたものは用済みと言わんばかりに大切でなくなってしまう。失おうが、失うまいが、とり残されるのは自分だけということもない。

    傷つきやすい青春期。数多の経験や喪失感などの体験を経て、人は本当の自分を見つけていく。本当の自分を見つけることができた人は幸せかもしれない。探せども見つけられない人もいる。かけがえのない命を、見返りなきままに捨てた少女もいる。少年もいる。人間なら誰もが必ず行う自分探しの物語であるが、文字にすることで見えないものが見えてくる。

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    この小説は心理学的考察が軸になっているが、それは山本文緒の学究的態度によるものであろう。愛されて育たなかった子は愛を知らない。人から愛されることがどんなものかを知らないで育った子は、人を愛することができない。愛とは信じることだから、人を信じることもできない。なかでも親子という関係は、人間が存在するにおいて、最も密接な関係である。

    異性との恋愛関係は、日々寝食を共にする親子ほどに濃密でないが、深くなればなるほど相手の中にある激しいエゴイズム、独占欲が否応なく立ち上がり、これが双方の関係に深刻な影響を与える。親子であれば、子どもの情緒の成熟は妨害されるし、恋人同士なら、心と心が結ばれることが妨害される。親子は恋愛関係ではないが、男女の恋愛関係に性愛が加わる。

    エゴイズムや独占欲だけで恋愛関係が壊れないのは、sexの御利益もあるかもだが、激しきエゴイズムや独占欲が両者の心の自由を奪いかねないばかりか、他方に抑圧からの義務感を与えてしまう。母のエゴイズムの被害者であるさとるは、母からの命令やの要求に逆らうことなく順応するのが義務となっている。支配は他方の心の自由を奪うが、奪われた側は気づかない。

    この母親の謹みのない厳格さは、独占欲のなにものでない。なぜなら、指示・命令という形の一方的な独占欲は、双方の円滑なコミュニケーションを阻害する利己性の発露である。独占欲の強い母親が、夫との関係の不満から、子どもに並々ならぬかかわりを持とうとするのは、母という宿命的な、「病」であるが、ある精神医学者はこれを、「母原病」と定義した。

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    過保護が問題なのも、問題と感じない病人が携わるからである。「保護」そのものが決して悪いわけではない。子どもが、「自分は守られている」という実感は、子どもの心の成長に不可欠だが、問題になるのは保護する母親の心の中の独占欲やエゴイズムである。保護する側は気づくことのない独占欲やエゴイズムは、気づかないばかりか、愛情と錯覚されることが怖ろしい。

    娘を籠の中の鳥のように育てていた母親は、周囲からどのように言われようと、思われようと、自身の独占欲やエゴイズムに向き合うことはない。たとえ向き合っても否定することはない。さとるの不可解な性格の原因が母親にあることを確信した鉄男は悩み苦しみ、さとるを籠の外に連れ出そうとするが、さとるは今の環境から変えることはできなくなっている。

    これが人間の心の弱さである。籠の鳥は、籠の扉を開けていると、必ず外に飛び出す。そこに広い世界があるかないか、求めているかどうかすら顧みることなく、本能的に外に飛び出すのはなぜであろう?鎖から解き放たれてていても、飼い主から離れない犬もいるが、解き放たれたことがまるで恩恵であるかのように主人を捨てる犬を果たして、"恩知らず"と言えるだろうか?

    主人は近隣に問い、張り紙をして狂ったように我が子を探す。まったく可笑しな話だよ。子どもの家出、夫の家出、妻の家出を考えてみればいい。おそらく犬や猫もそうであろう。犯罪は別にして主体的な家出は、そこに居たくないから出ていくのではないのか?そうした気持ちを顧みず、捜索願いを出すことの滑稽さ。これすらエゴイズムの典型であろう。

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    よくない事は先ずは、「よくない」と分かることだ。でなければよくする方法は見出せない。それが理性というものだが、怖ろしいのは女の理性の無さ。されど女が感情の動物とはいえど、理性の欠片もないなら鬼である。「さとるさんをおかしくしているのはあなたである。なぜ、それが分からない」と母にいうが、母は鉄男の頬をひっぱたく。これをヒステリーという。

    情緒に障害がある人間は、自己に反抗する者一切を敵とみなす。分からない者には教えるべきと誰もが思うが、分かっていながら悪を行為する人間に何の手立てがあろうか?母は鉄男にいう。「あなたが私を鬼だと思ってるのは、分かってる…。でもね、あの娘は、私から巣立てないの。守ってやるしかないの…。母親なんだもん。違う?」と、母の心の闇に耳を傾ける鉄男。

    張り詰めたものが崩れ落ちるときに、女は、いや人間は緊張の糸が切れる。鉄男という男はさとるにもそうであるように、女の感傷に振り回される男である。若い男が、女の情緒にやり込められるのは仕方あるまい。いつもはブラウスのボタンをしっかり上まで留めている彼女が感情をむき出し、「獣」化して娘の恋人に迫るシーンは吐き気ものだが、エゴイストの典型である。

    恋人との母とのあらぬ関係を、原作者は躊躇うことなくあたかも必然的に描写している。こういうところが、女性に人気がある作家であろうか?が、こんなことは世迷い事である。「世迷い言」という言葉はあるが、「世迷い事」という語句はない。しかしこれは「世迷い事」である。結局のところ、ヒステリー女特有の情緒の乱れを、人間らしさ、斬鬼の念という錯覚であろう。

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    青二才男に罪はないが、娘の恋人と関係を持つ大罪を犯す母だ。女の情緒に振り回される鉄男は、弱い女に性的に惹かれてしまう性向か。女がしたたかな魔物という視点のなさもあろうが、視点とは体験である。体験の場数以外に女を知る術はない。自分は自我の芽生えた時期に、はや情緒障害性向の母から、硬軟入り混じった女の業を見せつけられてきた。

    女のヒステリーは狂ったかのような泣き方をする。親に泣かれると子どもはいい知れぬ罪悪感を持つが、幼児が泣きじゃくってわがままを通そうとするのと同じかと。大人があれだけ泣けば反省もし、その後の人生に新たな何かを持つのではと期待するが、ところがどっこい何も変わらず、騙された気分にさせられる。あれは単にその場の感情の発露に過ぎない。

    こういう事を頻繁に体験すると男は学習する。騙されるどことか、泣かれると腹まで立ってくるようになる。母から学習したおかげで、そこらの女は、自分が涙に動じない事を悟ったろう。自分の達観した態度を見てある女がこういった。「すごいねあなたって…。女の涙に動じないね。女は、この場面では泣いた方がいいと思ったら、泣けるのよ。自然に涙が出せるのよ。」

    率直でいい言葉だと思った。男と女は騙し合いの猿芝居を超えた、真摯な関係を望む女もいるのかと。さらに学童期にはこんな言葉も聞いた。「○○ちゃんは、嘘泣きが上手だから…」。女には嘘泣きというものがあるのかと。これも学習になるよい言葉だった。男にそんなものはない。この映画のクライマックス、見どころは、最後のシーンのさとるの言葉にある。

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    さとるは自宅に火を放ち、すべてを燃やしたことで、自らの過去に決別した。そのことをさとる自身がおぼろげに感じ取る様子が、劇中のセリフにしたためられていた。原作にあったか否か確認していないが。「鉄男……、救急車に乗る時、いてくれたでしょう。あの時ね、鉄男の顔の向こうに夜明けの街が見えてた。わたし、はじめて見たような気がしたの…

    まだ空は暗いブルーでね、遠くに山が見えるの。その下に街の灯りがイッパイ見えて、『あ~、朝になるんだな』って嬉しかった」。女性らしい感性豊かな誌的な表現だが、彼女自身の何かが変貌を予感させる、象徴的な言葉である。さとるは言った。「鉄男… 生きててよかった」。さとるは手を鉄男の腕に這わせる。それはさとるが鉄男を誘惑するときのいつもの仕草である。が…

    このときさとるのまなざしは、これまでのうつろな性の欲望とは違った。人を愛することを知らずに生きてきた人間が、愛の息吹に目覚めようとする。人が何かに変わろうとするとき、今までとは違う何かが見える。穏やかな流れの中で人は緩やかに変貌を遂げるのだ。暗く陰鬱な性格のさとるの巣立ちを感じさせるラストシーンは印象深い。本上まなみの好演もあった。

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    山本文緒を知ったのは毎日新聞「ナビゲート21世紀」という連載記事。上の切り抜きは2000年6月6日付だが、山本を面白い女と感じた。「人間同士の愛と性に絶対はない、という自覚に至る前に考えを止めてしまうと、目の前で他人が幸せそうにしているのを見た途端、いてもたってもいられなくなる」。いい子ぶらない率直なものいいをする彼女が印象的だった。

    『愛はなぜ終わるのか 人間は4年で離婚する!?』という書籍は、愛の実態を科学的に立証してセンセーションを起こす。「愛が芽生えると、脳の中の覚醒剤PEAの働きで、性交して子供を生むのに十分な期間は恋人どうし引かれ合う。その情熱が冷めたころには、脳内麻薬エンドルフィンによって夫は妻に強く愛着し、家庭にとどまって妻子を守ろうとする。

    結婚生活は二人に大きな幸せをもたらすが、この、「ほんわか気分」と密接に関係する物質が、「幸福ホルモン」セロトニン。脳内のセロトニンが多いと、癒され落ち着いた気分になり、減少すると憂うつになり自殺しやすくなる。人類学者ヘレン・フィッシャーは、人間の脳には、結婚すれば幸せになるシステムと、その喜びを終わらせるシステムと両方あるからだ。

    したがって自分の脳に振り回されないためには、星の王子様と運命敵結婚をすれば幸せになれるという幻想を捨て、もっと賢い愛し方を模索すべきである。確かに困難な道ではあるが、一時の情熱が冷めた後でも、多くの人が本当の愛を見いだし寄り添っている。「性」に執着し、翻弄された若き時代には見えにくい本当の愛については、ニーチェが至言をのべている。

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    「誰がこの愛を知っているであろうか? 誰がこの愛を体験したろうか? この愛の本当の名は友情である」。(「悦ばしき知識」より)

    離れて暮らす夫婦もいいだろう。むかし、遠洋漁業で半年~1年も家を留守にする夫を待ちわびる妻は、永遠の新妻である。ご近所の手前もあって浮いた噂などあり得ない。夫婦に緊張感がなくなるのは同居するからであって、恋人同士が同居すればもはや家族である。仲が冷めるというより、家族という新たな気持ちで、異なる目的をもって生きて行けばいい。

    「ゴルフに夢中の夫は、結婚当初からわたしに興味はなかった」という言葉を聞いたことがあるが、そういう夫も現実である。子育てにも妻にも興味を抱かない夫なら、妻は淋しさを癒すものが必要か。それが何かは、それぞれが自分に合ったものを見つける。山本文緒は女性の夢を打ち砕く、そんな辛辣な言葉を持っているが、男から見れば当たり前のことである。

    原作のつまみ食いだが、『群青の夜の羽毛布』 の母親も虐待されながら育ち、さとるの父親と駆け落ち同然で一緒になったという。虐待という歪んが情動が、親から子へ、そのまた子へという連鎖を描いている。母親がさとるを連れて夫の愛人のところに駆け込み、自殺未遂をするほどに追い詰めるのをみたさとるは、自身の中に母の血が流れていることに恐怖感を抱く。

    自分が親に似るなど嫌悪も甚だしい。母の親としての魔性、女としての性悪、どちらも徹底排除した。「こんな親には絶対ならん」、「こんな女には近づかない」を肝に命じた自分である。「親と同じ資質があるという恐怖」をさとるが感じたのは親の呪縛のせいであろう。何としても排除に向かうことが虐待連鎖の歯止めになるが、彼女にはそうした行動力もない。

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    「うちはバカなの」、「うちは嘘つき」、「うちは性格悪いから」、「うちは超わがまま」などの言葉を平気でいう女がいる。まるで自分の代名詞といわんばかりか、それで進んで行こうと決めている。自己変革などどこ吹く風、女は自己肯定の権化なのだろう。何度言っても同じミスを繰り返すのは、統計的に女が多いかも。男もいるにはいるが、そういう男に上は望めない。

    注意だけでは直らない、変わらない。確かに人は自覚で変わる。一度のミスをどれだけ恥じ、どれだけ悔しがるかによる。「二度と同じ轍を踏まない」というのは、「いいか、二度と同じことをいわせるなよ!」と、こういう魂を搾り取られる言い方で、最後通告を受ける男社会の厳しさがある。実際、言われてみると分かる。それがどれだけキツイ言葉であるか。

    男女雇用機会均等の時代なら、女性にもこれくらい言った方がいいのだろうが、泣いたりふて腐れたりされると煩わしい。母親の泣き喚くのが頭にきていた自分は、泣く女に同情しなかった。相手を強くするには、強い気持ちで向かうべきで、これに男女の区別はない。強い選手が強いチームを作ると同様、強い組織は強い人間が作る。ただし、すべてには該当しない。

    組織がバックボーンである大企業と、人間関係重視の中小企業の違いはあるようだ。中小の企業は何より人間関係が大事にされる。忘年会だ、新年会だ、歓迎会だ、義理チョコだの、慰安旅行も生きている。そういうものが「和」であるとか、チームワークであるとかの考えが家族的な中小企業である。話が反れたが、『群青の夜の羽毛布』 に戻そう。

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    映画とはいえ、こういう親は観ていていらいら、腹も立つが、さとるの妹には救われる。権威に不服従の彼女も思わぬ発言をする。「どこまでやったら親孝行で、何をしなかったら親不幸なんだろう」。これは、彼女自身が親孝行を否定していないのが分かる。確かに何が親孝行かは、人によって異なろう。元気でいるだけで親孝行とする考えもあり、それでいいとする親もいる。

    兄弟のいる家庭では個々が親に対する接し方が違うものだが、親孝行一辺倒の姉が、弟や妹の親への接し方に不満をいうなどは多い話。すべては自分が基準なのだろうし、だから物足りない。そもそも第一子は大事に育てらるもので、ハーバード大のマイケル・サンデル教授が、「白熱教室」で問うていた。弟や妹も彼らが親から戴いた分量に相当の親孝行をするのだろう。

    子どもの親への対応が個々で違うように、実は親も子どもへの対応が微妙に違っていたりするが、兄弟のいない自分に実感はない。少なく生んで大事に育てる時代に一人っ子は珍しくはないが、我々の幼少時代は少なかった。4人、5人の子を持つ親が、「一人は楽でいいですね、うちなんか大変」などと言っていた。「一人は5人分の苦労がある」と返す母に腹も立てた。

    母はいつも周囲にそのように言っていた。子どもは、「うちの子はいい子」と言われたいもので、また、そのように言えば、いい子になろうとするものだが、まるで餓鬼のように言われると、レッテル通りの人間になろうとする。周囲には、「極道息子」と吹聴しておきながら、「いい子になれ」とはあまりに虫が良すぎる。さとるの妹は親の飼い犬にはならなかった。

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    下の子は上を反面教師にしたり、要領よく立ち回ったりする。上が大人しくいい子であると、常に上と比べられる立場にある。彼らは親が自分たちに対して平等か否かについて目ざとい。ちょっとした物の言い方でさえ差別観を抱いたりする。たとえば親が下を非難したりの言い方をしなくとも、上を誉めるというだけで下の子は自分への批判(非難)と受け取るものだ。

    実際、親はそのつもりであったりと、まさに以心伝心である。子どもを分け隔ててはいけないことは親も周知ゆえに露骨な非難言葉を言わないだけ。親のこうした陰険さが、感受性の鋭い子どもの心を傷つけている。子どもの褒める際、こうした配慮が必要である。Aを誉めることで間接的にBを貶すのは社会でもありがちで、それ程にこの世は好き嫌いでできている。

    上に立つ者は、人への平等な対応に細やかな配慮が必要だ。三沢ホームの創業者三澤千代治は、部下の役員とゴルフをやらないことを決めていた。理由は、ゴマすり役員に嫌気がさしていたという。三澤はゴマをすれない性格の人間を理解していたし、彼のこうした男気が好きだった。そういえば三澤はトヨタの奥田にも、歯に衣着せぬ物言いで奥田を憤慨させた男である。


    犬や猫は品種で性格が異なる部分が大きいが、人間も人種による相違はあるにせよ、性格の相違は同人種に当たり前に存在する。兄弟、姉妹にあっても、調子のいい姉もいれば、自閉的とまではいわずとも、あからさまに好き嫌いを印象づけられる兄弟はいる。たとえ親と言えども悪いものは悪い、ダメはダメと是々非々に対処する方が飼い犬にならなくて済む。

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    真の動物愛護とは何?ペット飼育に批判的な人は、動物本来の生態を人間の身勝手さで捻じ曲げているという。ペットに避妊手術を施し、家庭も家族も持たせず、飼い主の自己満足のままに一生を終えるというペットの儚さ。親のペットで一生を終えたいならともかく、人間は基本的に家族も家庭も持つ。「いつまでも、あると思うな、親と金」という格言を、親は子に教えるべきかと。

    誰もが体験する親子関係である。人間が当たり前にやり過ごす親子という人間関係から、人生における様々な因縁の全て始まるといえるのだが、人は他人の親子関係の深層を覗き見ることはできない。小説も映画も作り物であるが、他人に起こる内なる部分に触れられる。客観的に眺めながら感情移入することで感受性は高まり、そういう人は学習する人たちだ。


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    誰が決めたか、家庭は安らぐ場所である。子どもも、夫婦も、夫婦の親も同居なら、世代を超えた安らぎの場であらねばならない。ところが、安らぎを阻害する者が家庭にいるのはどうしたことか?あってはならないことだし、「よくないこと」と、誰もが答える。しかし、現実に家族や家庭を阻害する者が存在する。 ならば大事なのは、組織にはやはり管理者が必要か?

    組織を円滑に運営し、機能させるための管理者がいれば、幾多の問題は発生段階で食い止めることができる。その管理者に誰がなるか?というようなことを考えたことがある。家庭が紛れもない組織である以上、「組織論」は有効であるとし、誰かがその役を担うべきとなる。その誰かとは、公平で冷静な視点で家族を見渡せる人間でなければならない。

    戦前の家長を中心とする「家制度」は、1898年(明治31年)に制定された民法において規定された日本の家族制度であり、親族関係を有する者のうち更に狭い範囲の者を、戸主と家族として一つの家に属させ、戸主に家の統率権限を与えていた制度で、中心となる者を家長と定め、家長が家族を統率していた。いわば、「王制」のようなもので問題もないわけではなかった。

    いうまでもない、家制度には家を統括する戸主の権限濫用により、家族の権利が犠牲にされる危険性があったためで、大正時代においても、法律上の家族制度を緩和すべきであるとの改正論が支配的となる。第二次大戦によって改正作業が中断したものの、戦後の1947年5月3日に施行された日本国憲法を以って廃止された。本年は憲法施行70の年、憲法にはさまざまな感慨がある。

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    民法改正と同時に施行された、「家事審判法」の第1条が、「家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的とする」としていたのと同趣旨である。ところが、「家事審判法」は2013年(平成25年)1月1日を以て廃止された。もっとも大きな理由は、「家事審判法」が時代に即さなくなったことだが、どういう変化が重要視されたかを考えてみる。

    面白くいうなら、「夫婦喧嘩は犬も食わない」である。親子喧嘩には犬が食うだけの十分な事由がある。ゆえに慣用句はない。成長過程における自我の露出において、子と親の喧嘩はむしろ必然であり、反抗期のない子どもの方が危険とみなされている。家庭内紛争の処理は、肉親ゆえに複雑な感情の交錯する家族関係を対象とし、訴訟的処理になじまない。

    家族問題を扱う性質上からして家庭裁判所においても、非公開を旨とし、訴訟の形式によらない非公開手続で処理することが原則であり、図られていた。「家事審判法」が扱っていた手続は、家庭内の事項について訴訟の形式によらない、公権的な判断をすることを目的とする「家事審判手続」と、家庭内の紛争について調停を行う「家事調停手続」があった。

    これらが時代の変化とともに、さまざまな問題を膨らませ、非公開が良いというのがニーズに合わなくなってきたといえる。法は問題解決の最善処理ではないが、法で裁断しなければならない以上、非公開や隠匿は配慮の枠を超えたものであろう。是は是とし、非は非とする。そうした毅然とした態度は、凶悪な少年事件の多発から、少年法改正の動きにもなった。

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    庇護に甘えるばかりか、「自分たちは刑務所には行くことはない」などと、少年法を逆手にとった不埒ともいう少年には、相当の刑罰が必要との世論の高まりも「少年法改正」に拍車をかけた。いかに日本人の精神年齢が低いとはいえ、20歳未満を少年とするのは、世界でもまれである。家庭裁判所を設置し、家裁が少年事件の刑事処分か保護処分を決定する。

    して家裁が刑事処分相当として検察に送った事件についてのみ、検察官は刑事処分を科すことができたが、それでも検察官は、少年審判に参加を許されず、審判に対する上告などの不服申し立てすらできないことになっている。こうした「改正前旧少年法」は、敗戦直後の得意な混乱状況を背景に、GHQが押し付けたもので、施工以来問題を抱えていた。

    少年法改正にあたって、「家庭裁判所の審判手続きに検察官の出席を認めるかどうかの議論は多方面で論議された。学者の間でも現実認識に大きな差があり、意見が交差・乱舞した。そういえば、『朝まで生テレビ 激論!! 少年凶悪犯罪』では、精神科医の故小田晋筑波大社会医学系教授と、法学者で明治大法学部教授菊田幸一の喧嘩腰の激論もあった。

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    大島渚:「検察官が戦前のようなある種の権限を持つと…。家裁にすぐに送致するのではなくて。」

    小田晋:「そうじゃない。家裁送致はいいけどその前に検察官の立ち合いが必要。家裁が不処分を決定した場合に、検察官の抗告権を認めるべきです」

    菊田幸一:「今の発言は現状認識がまったくない。少年法は、現実に16歳以上は刑事事件として十分処理できるようになっている。しかも、家裁の意見では、検察官の意見は80%以上認められている」

    小田:「何をおっしゃいます。嘘です」

    菊田:「検察官が刑事処分相当と判断すれば、家裁はほとんどそれに従っている」

    小田:「菊田先生の言う、検察官送致事件に家裁が大半同意したというのは、事実に反している。検察官の判断と家裁の決定の間の食い違いは1965年から年々増えている。80%同意などと何の根拠もない、『犯罪白書』も『司法統計書』も読まない人間の暴論だ」

    菊田:「あなたこそ現実を知らない。その背景に、家裁がなぜできたか。そして、そこに科学主義が生じ、心理学者や社会学者が意見を出し、それと検察官との意見を嚙み合わせて、それで現在の家裁が処理しているわけです」

    討論の中の、「検察官の判断と家裁の決定との間の食い違い」は、『89年度犯罪白書』によると、年長者で検察官が37.1%が検察官送致を要求しているが、家裁は18歳、19歳の強盗または殺人でも、9.6%しか検察官送致をしていない。小田はこの数字に対し、「一般に少年犯罪に対する処分が軽いとの世論があるが、本当に軽い」と、「サンサーラ」92年5月号で述べている。

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    まあ、こういう食い違いは、犯罪者を処罰する検察官と、少年の保護優先の考えに立って更生を目的とする家裁との立場の差であろう。家裁の態度は理解できるが、あくまで問題は更生が真に有効になされるのか、更生プログラムはどの程度効力があるのかに尽きる。話を戻せば、「家庭は安らぎの場」となり得るのか?家長制度で統率はできるが安らぎとは別のもの。

    「家」の価値観が重視された時代と、個々の価値観と自由が尊重される時代との違いにおいて、昨今は、「家庭崩壊」は当たり前、それぞれが意思とは別の、「家族ごっこ」をしているに過ぎないという著作が増えた。現代の様相に口火を切ったのが、本間洋平の『家族ゲーム』(1981年)であった。2015年の下重暁子『家族という病』は発売2週間で35万部が売れたという。

    読んではいないが、「なぜ、日本で『家族』は美化されるのか。一方で、『家族』という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。そんな人たちを著者は『家族のことしか話題がない人はつまらない』、『家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り』と一刀両断。家族の実態をえぐりつつ、『家族とは何か』を提起する一冊」。のコピーに笑ってしまった。

    立ち読みすらしない理由は、他人の家族観より、自身の家族観を持っているからだが、笑えた理由は、『家族のことしか話題がない人はつまらない』、『家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り』のコピーで、同じ考えの人もいるんだという含み笑いである。家族写真の年賀状は、まさに他人への家族の押し付けで、なぜ友人の賀状に自分の家族を見せるのか疑問だった。


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    自身の価値観をお金をとって知らせるのは、有名人の副業だから構わないが、所詮自分が、「こうしてる」でしかない。そうした個人の雑事・日常に興味を持つならそれもよかろう。小事も大事も個々の好みである。『徒然草』のような、自身で自身を眺める楽しさ、これがブログが続く理由である。気負いもなければ清書一発、モーツァルトの楽譜のように、ノーチェックで書きなぐる。

    自分の場合、「書く」と、「読む」は違っている。主観で書き、客観で読む。左脳で書き、右脳で読む。後で誤字・脱字を発見して楽しむ。「さすがに人間はミスをするものだ」などと感心したり…。べらべらしゃべって後で録音を聴くようなもの。悪くいえばガサツだが、書くと読むが違うとこうなる。ゆえに書くのは速い。表現とは書いたものであって、途中にあるのは思考である。

    にしても『家族という病』が、年間ベストセラー3位には驚いた。この現象は、いかに多くの家庭が病に浸っているかであろう。浸るではなく、苦しんでいるのかも知れない。何事も始めが肝心で、子育ても最初から危機感を持ち、心して向き合い、論理が如く一貫性をもって行えば後手は引くまい。予期せぬ突発的な事案においては、個々の問題解決能力がものをいう。

    問題解決能力はどうすれば身につく?能力とはいかに多くそれをやるかで高まるが、「好き」は、「やる」に勝るから、問題の解決を好きになる事。探偵のように、問題を多角的に分析、推理、さらには苦悩し決断する。名探偵といえども、決断の前には苦悩がある。失敗はしたくない、失敗はゆるされないという責任においての苦悩である。子育ても後の責任を考えればの苦悩である。

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    決断の苦悩であって、ただ甘やかせ、子猫のように可愛がったあげくの苦悩とは訳が違う。問題意識と危機感を常に持てば、問題を早期に把握できる。何も問題がないようすくすく育った子どもが、実は大きな問題を抱えているように、親には子どもの背丈などの表面しか映らない。子どもの見えない心は、実は見せない心であって、それを、「闇」というが、「闇は」また、「病み」である。

    「他人の幸福の素晴らしい点は、それがそのまま信じられるということだ」と、この言葉は痛烈な皮肉である。人間には器用な人もいて、笑顔で振る舞い、幸福そうに振る舞う技術を、怖ろしいほどに習得している。笑顔は幸福を生むというが、幸福である=笑顔とは限らない。他人の笑顔や溌剌さを「欺瞞」と嫌う人がいるが、この場合は嫌う側に問題があるのだろう。

    いつも笑顔でいた少女がそれだけの理由で、「うざい」といじめられ自殺した。目立ちすぎ、いい子ぶると捉えられたようだが、女は誰にも姑根性があるのか?情緒優先、理性欠如の女世界は多難である。静かで居るだけで好感持たれる人がいるが、真実を隠すのが義務でないように、明るい顔という嘘をつくのも義務ではない。自身に誠実であるのが自身に課す義務であろうか…

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    このような表題を目にしただけで、「家族を否定しなくてもよいではないか」という風に捉える人もいる。本を読んではないが下重の講演には、否定的な文言が効かれる。家族に限らず物事は全肯定で成り立っていず、全否定されるものもない。素直に感じ取り、否定されるべくは否定して改め、肯定できる部分を歪めたり、曲げたりで否定するのは愚かなことだ。

    「美化の必要はない」については賛同するが、家族は大切であり、大事であり、自分の家族については否定的な要素は特にない。ないけれども、下重の言いたいことや問題提起は理解できる。世に短絡的な人はいて、自己を肯定するあまり他人を否定し、自分が否定するものは他人の肯定に賛同しない。賛同はしなくてもいいが、己の都合で否定はなかろう。

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    金美齢というクソババアがいる。台湾出身の日本国籍の評論家、政治運動家。という肩書だが、「クソババアって、自分が言ったのではない、橋下徹だよ~」みたいな幼児年齢ではない。自分も彼女はクソババアの類だと思っている。橋下のクソババア発言は、2016年1月31日の彼のツイート。「確かに僕は自分で知性と教養にあふれていると言うつもりはない。

    ただ確信している。金美齢というクソババアに橋下は知性と教養はないとテレビで公言されるほど知性と教養に欠けてはいない。だいたい他人に向かって知性と教養がないと言い切れる人間こそ、知性と教養のかけらほどもない人間だ」。 とあるからして、金は橋下を知性ナシ、教養ナシと言ったのだろう。橋下は怒るではなく、金の態度を対する自身の態度を明示した。

    他人に媚びぬこうした大事なことだろう。どういう経緯かは知らぬが、対象を、「無知」、「無教養」と名指しするためには、その当事者が、「無知性・無教養」であらねばならない。まして、「無知性・無教養」でない人間に対してそのようなことを言うのは、発言側が、「無知性・無教養」ということ。だから、橋下は怒ってなどいない。明らかに金をそのように見ているからだ。

    バカに、「バカ!」と言われて腹が立たない理屈と同じ。橋下は続ける。「他人に知性と教養がないと言い切る人間は、自分には知性と教養があふれていると確信し、それを恥ずかしげもなく公言しているのと同じ。究極の自慢。私は金持ちで性格はよく、異性にモテまくると公言しているのと同じ。気持ちわりーーっ!」。確かにそんな事をいう奴は、「気持ちわりーーっ!」。

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    同じように、「自分は賢い。自分は偉い」という人間も頭がいかれている。自分は本気でそう思っているにしても、当人が賢いか否かは周りが判断することである。「賢者○○」という呼び名を、「どうかしてる」という奴がいたが、シャレだろうし、「賢者」を名乗ったからと言って賢者であるハズがない。本人がそう思っていても、判断するのはやはり周囲である。

    金美齢のクソババアに賛同するのは、橋下にそんなことをいったからではなく、今回の下重暁子の著書『家族という病』に対し、「あなたの歪んだ家族論に反論させていただく」と、『家族という名のクスリ』を書き上げた。もっとも、こういう批判本というのは、「柳の下に泥鰌」を狙った部分もあるゆえに姑息であるが、下重の65万部の10%も売れないだろう。

    下重&金のどちらも読んではないし読む気もないが、『家族という名のクスリ』とはいかにも下重の読者をターゲットにしており、「病」に対する「クスリ」とは金も思い上がったものよ。大体において金は上目線で思い上がったババアであるが、著書はamazonの書評にてさんざん批判されていたところをみれば売れてないだろう。批評には納得せざるを得なかった。

    H氏はこう書いている。「この書籍は『正論』である。そして、家族との間に、そこまで大きな問題がなかった著者だからこそ書ける内容なのだろうと思う。『家族という病』は確かに稀に見る悪書である。だが、家族が枷となってしまっている人間にとっては、反面教師として読むことで、人生への心構えを確かなものにする効用がある。しかし金氏のこの書籍は、論理的に正しすぎて、救いにはならない。(略)

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    私は『家族という病』を読むことで、『病』は80歳を超えても解決しないことを知り、心の準備ができた。そのような人間にとって、少子化だの社会保障だのを考える余裕は、無い。特に最後の、娘とのいかにも仲よさそうな対話を掲載している章は、身体障害(難聴)の父を持つ私にとっては願っても絶対に叶えられない行為であり、吐き気がした。下重氏、金氏、双方に、ノブレス・オブリージュを求めたい。

    G氏はこう書く。「著者の主張は確かに多数派の正論であると思う。ただし正論を受け入れられる恵まれた環境で生きてきた側からの一方的な上からの意見の発信であり、正論を否定はしないがそのようには生きられない者に対する考慮や理解はまるで見られない残念な内容だった。作者の自己満足、人生自慢がまるで人類の一般論であるがごとくにすり替えられて随所に散りばめられている。

    また、全編においてケンカ越しで上からの物言いである。よほど怒りを込めて書いたのであろう。言っている内容は正論だが、そこまで鼻息荒く対抗するようなまとめ方をされると逆に疑問を覚える。正論を認めろというなら、それ以外のいろんな生き方があることも認めても良いのではないだろうか。また、正論な方法以外でしか生きられない人々が正論の生き方を認めてないわけではない。」(以下略)

    両氏ともに似たような意見だが、幸福な環境に育ったものが、不幸者を見下すために書いたものに説得力はない。幸福者は自身の境遇の自己満足に浸っていればよく、不幸な境遇者への批判文をしたためる必要はない。金美齢がクソババアであるのは、自分の意見にそぐわない生き方は真っ向否定し、切り捨てる狭量な性向をいう。テレビの討論番組でもうんざりする。

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    他人の価値を認めぬ者は、自己の価値も認めてもらえず、独りよがりを言うだけだ。そういえば、「いかなる理由であれ親に反抗する人間はどこかおかしい」という記述があった。彼が傲慢でエゴイストの親に育ったら、同じことを言うのだろうか?せめて、それくらいの想像力をもって物事を考えるべきだが、自分の価値だけを述べるは、まるで学童の作文・感想文である。

    物には表裏があるように、如何なる物にも、「是」と、「非」が存在し、「非」をどう考え、どう扱うかによって持論は形成される。都合悪きものは無視、嫌なものは排除という女性にありがちな視野狭窄さは、下重にも感じられる。家族を拒否した下重に、家族は、「病」とした方が拒否の正当化になるのだろう。書いてあることは真実であろうが、下重しか知り得ないことゆえ誇張もある。

    自分は親の奴隷になどなりたくなかった。鎖に繋がれたペットで可愛がられるより、隙さえあれば鎖を切って逃げ出すことしか考えなかった。親の存在は否定したが、家族を否定する考えは毛頭なかったし、むしろ悲惨な家庭であったからこそ、和気藹々で賑やかな家族を作りたかった。現在81歳の下重は45年前に結婚したというから、36歳の年齢である。

    結婚理由は料理のできる夫であったからだといい、自分は今でも全く料理はしないという。要するに、料理のできる夫から料理を教わるのではなく、自分が横着ができるからというのは、巷の主婦には反感もあろう。したいことだけをし、したくない事はしないというなら、家をブタ小屋にする主婦と同じこと。権利重視で不義務であれど、自分たちがいいならいいでしょう?

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    この言葉が彼女の端端に出る。子どもも作らなかったという。できないことを作らなかったと言い換える人もいるが、それは自尊心の問題なので言い換えは自由。「家族ほどしんどいものはない」というのは、彼女が面倒臭がりの横着人間なのではないのか?親がしんどいというなら分からなくもない。最近毒親本が結構出回るが、親に耐えたという人は確実にいる。

    耐えられなかった人が親を殺めてしまう。また、子どもに耐えられない親は子どもを殺める。自分にも一触即発の危機はあったが、耐えたわけでも、我慢をしたわけでもない。「耐える」や、「我慢」は、その場の鎮静に過ぎず危険である。自分はそんな片手間な一時しのぎより、物事を根本から徹底思考する性向で、沈思黙考を重ねた結果が、「親を捨てる」であった。

    「耐える」も、「我慢」も抑圧である。そんな根性は持ち合わせていない。だから、「捨てる」。これはむしろ快感である。自分が親の下にいないで、上に位置するから出来る。つまり、「従」と、「主」が逆転の快感である。そのためには、一切の依存を断ち切る用意があった。親としての義務は義務として享受するが、捨てた親に依存するのは矛盾する。それができるか否かを熟考した。

    その辺りの経過を人にはサラリというが、納得させる気で話さない。おそらく無理だ。別に自分のことだからそれでいい。金の無知や自己自慢やチャチ入れには虫唾が走るが、今回、下重の講演を聞き、本は読まずとも彼女の多くに賛同できなかった。が、世の中に病的な家族がいるのは間違いない。下重自身も他人への依存を嫌うように、病的家族の本質は、「共依存」である。

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    自分はこの書籍をタイトルから勝手にそう捉えていた。それなら賛同できるが、下重の極端で独善的で感情的な考えは、男の自分に馴染めない。65万部超も売れれば、続編も書きたくもなろうし、商業主義の現代である。思想や体験談がお金になるのも有名人の特権だ。それも著名人の有難いお話を聞きに出かける人がいるからこそ成り立つ。だから講演もアリだが多くは聞きき流し。

    「そうめん流し」ではないが、昨今は、「聞き流し」、「たれ流し」、「言いっぱなし」の時代である。書店に行くと新刊が山積みで、こんなに本が多く出て資源の無駄遣いでは?などと思ってしまう。下重の『家族という病 2』には以下の書評がぶら下がる。「言いたいことはわかるが…やはり子どもを育てた経験なしでは、家族の善悪を語るのは説得力はないですね」。

    別の書評に、「『幸せな家族なんて存在しない』も、なんでそんなに家族という存在を否定し、違に嫌うのか?」とある。最初の一冊は、「家族関係に亀裂」という現代に警鐘を鳴らしたか?のような誤解もあって売れたようだが、ここに至っては、子どもも持たず、夫婦二人が独立採算という、まるで他人と同居生活を営む下重が語る家族とは、ただの綻びに思えてならない。

    家族を美化する必要はない。親が子を、子が親を美化する必要もない。大事なことは、動物のように親は子を自然に育むこと。親に感謝をしろとか、親孝行を要求するとか、そうした恩着せがましさが愛情でないように、親は勝手に子を育て、子は勝手に育ち、さらに子は親から自然に巣立ち、親は何の言葉も置かず死んでいく。まるで、ユゴーの小説のバルジャンが如く…

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