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男は寡黙に離婚を語る

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俳優の渡瀬恒彦が14日、多臓器不全のため都内の病院で死去した。72歳だった。余命1年を告知されていた渡瀬は、手術せず仕事を続けた。硬派な役者人生の一方で、2009年に死去した女優の故大原麗子さん(享年62)と情熱的な恋愛の末に結婚、そして失意の離婚を経験した。親交の厚かった2人の友が、人間味あふれる渡瀬さんの秘話をデイリースポーツに明かした。

まずは、映画「鉄砲玉の美学」や、「狂った野獣」でタッグを組んだ映画監督の中島貞夫監督(82)。「ある日、恒さんが大原麗子さんを連れて京都にある私の家にやって来た。『結婚するんで嵯峨に家を探している』と言うので私はビックリした」と懐かしそうに振り返った。当時、渡瀬は東映で下積み役者による“ピラニア軍団”の親玉的立場だった。

すでにトップスターだった大原さんよりはるかに格下だった。中島は周囲と大原さんへのアタックを渡瀬さんにそそのかしたが、「本当に結婚するとは思わなかった」と“格差婚”に仰天したという。「本当は優等生なのに“やんちゃ”であり続けた恒さん。兄の渡哲也さんと比べて“賢兄愚弟”なんて我々はからかったが、私はその“やんちゃ”さがかわいかった。

たまらなく好きだった。麗子さんもそうだったのかもしれない」と中島はいう。2人は1973年にゴールインしたが、甘い時間は長く続かず78年に離婚。渡瀬の親友で、40年来の付き合いの俳優の江藤潤(65)は離婚後の渡瀬について、「ショックが手に取るように分かった。当時、一緒に飲みに行くと、いつもどっぷりと落ち込みながら痛飲していた」と語る。

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「泥酔した揚げ句ウチの家に泊まったこともありました。涙ながらに飲み、めったに歌わない歌をカラオケで歌った」と意外な素顔を披露した。江藤は、「南極物語」や「戦国自衛隊」などで渡瀬さんと共演。「恒さんは、現場では周囲がピリピリするくらいビシッと決める人なんですが、ああいう(痛飲する)一面もあったんです」と懐かしそうに振り返る。

歌手の前川清(68)が11日放送のトーク番組「サワコの朝」(毎日放送、TBS系)で、元妻の藤圭子さんとの結婚と1年で離婚したことについて語った。前川と藤さんが結婚したのは1971年。その翌年に離婚した。「好きだったという部分はありましたけど、隠れて会うのが面倒くさいというのがあったんですね。じゃあ一緒になろうかと」と結婚に踏み切ったという。

スター歌手同士の結婚ということで注目された。が、当人たちとしては、「籍だけ入れて、それだけでいいんじゃないのって」と考えていただけに、イメージと現実とのギャップは大きなものになったと振り返った。「テレビ局と事務所とのしがらみでそういうものをやってくれと…」など、注目されることに違和感を覚え、「追い付いていかないんですよ。自分が。

彼女も知らない世界に行って自分たちを見失うというか若さが出たというか。結婚って何だったのかなと…。最終的には、別れた方がいいよねという(ふうになった)」と当時を振り返った。その後もテレビ番組で共演する機会があり、ニューヨークへ移住することなどを打ち明けられたという。藤さんとは、「けんかも何もない」。「今でもなんでだろうと…」。

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スピードワゴンの井戸田潤が安達祐実との離婚について、「分からない」とだけ言う。2005年11月13日に都内の教会で結婚、2006年4月長女を出産した。いわゆるデキ婚である。そして2009年1月、都内の区役所に離婚届を提出した。安達は2014年11月13日、カメラマン桑島智輝と再婚する。井戸田は沈黙を守っていたが、2016年12月に離婚について口を開く。

狐につままれたと井戸田はいうが、「どういうことか、いまだに離婚の理由が分からない」とし、離婚の兆候は何もなかったと以下の話をする。「大阪で泊まりのロケがあって帰ってきたら安達も安達の荷物もなかった。電話すると、「いま実家にいます。お話しあいをしたいなら来てください」といわれ、都内の安達の実家を訪ねると、不思議な応対をされた。

普段なら井戸田用マグカップに入れたお茶が出てくるが、来客用のふたが付いたコップ。さらに、座布団もふわふわの来客用のもの。これは身内扱いではなく、客人の扱いに井戸田が違和感を覚えていると、そこに義父と義母が現れ、「別れてください」と切り出された。あまりの唐突さに井戸田は、「いまは受け入れられません」と、とりあえず拒否をした。

「お話しあいをしたいなら来てください」と言われ、行ったらいきなり、「別れてください」というのはあまりに一方的である。「いまだに分からない」と井戸田がいうのは、安達側から離婚の理由を一切聞かされず、半ば強制的に離婚させられたことをというのか?当時の記事に書かれた離婚理由は、井戸田が元カノと密会を写真誌に掲載された事が理由とされた。

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2008年頃6月から離婚の話し合いをし、9月以降は別居状態だった。離婚の話し合いがあったなら、「離婚理由が分からない」は変である。番組の共演者から、「分からないのに判は押したの?」と言われ、「しようがないよ。向こうの家族が最終的に出てきて、浴びせ倒されたんだから」。安達からは、「もっと大事にしてくれると思いました」と言われたそうだ。

井戸田は、「彼女の描いている結婚生活に、オレは必要なくなった。でも、オレは、なんで必要なくなったのかが分からない」と安達の真意が解せないというが、週刊誌の記事には、姑(安達の母)と井戸田との不仲、DVがあったとある。例えば、結婚直後に祐実が産休に入っていた時、 仕事で地方に行くために早朝の飛行機に乗る予定だった井戸田が寝坊した。

非は井戸田にあるが、祐実に携帯を投げつけて怒鳴る。あげく、身重の祐実に空港まで車を運転させた。出産後、祐実が仕事のとき、娘を祐実の実家に預けて井戸田はスポーツジムなどに行った。が、安達の母にも仕事があるからベビーシッターに託すこともある。 それを聞いた井戸田が激高、「勝手に俺の子をどこへやったんだ! 」 と祐実に言い放ったという。

まあ、こういった日常の積み重ねであり、日常的であるがゆえに特別の原因や要因があるわけではない。だから、「離婚の理由が分からない」というのだろうが、特段大きな理由がなくとも、日常的な不満の連続がたまりにたまれば離婚になるということを井戸田は理解を得ないようだ。「結婚は日常である」というのは、そういうことだし、日常が大事なのよ。

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別々の家に居住する恋愛中にように、気分がすぐれない日や、気持ちが乗らないときになら、会わないことも可能だが、結婚生活は虫の居所が悪かろうと、むしゃくしゃしていようと、同じ屋根の下で顔を突き合わせていなければならない。一人になりたいと自室にこもれば、ぎくしゃく感が増幅する。無言で意地を張り合えば会話のきっけがこれまた難しい。

こうしたどこにでもある夫婦の情景だが、恋愛中の恋人であれ、親子であれ、すべては人と人の関係がもたらす機微である。甘えや依存が作り出すものもあれば、自立したオトナであっても、起こり得ること。ただし、精神が幼い甘えっこのオトナは、相手の気を引くために駄々をこねて相手を困らせるが、自立したオトナは相手を困らせたりなどはしないもの。

「もっと大事にしてくれると思いました」との安達の言葉が彼女に非はないと聞こえる。「分からない」とだけの井戸田は、安達や家族のアレコレ言及しないところが男らしい。口を切れば中傷合戦となるのは目に見えている。離婚は双方に原因があると誰もがわかっている。「男は黙ってサッポロビール」と言うCMがあったが、男は黙って飲んでいればいい。

と、飲まない自分が言うのもオツである。スピードワゴンの井戸田は、スピードリコンであったということだ。誰も人の離婚の中身は分からないが、あれこれ詮索するのはなぜだろう?かつては結婚はオメデタキことの筆頭だった。離婚は珍しくいろいろ取りざたされたものだが、今や結婚の方が珍しく、離婚や不倫は何にも珍しいことではなくなった。

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結婚が珍しいのは出生率の問題もあろうか。こと芸能人についていえば、彼らの結婚は離婚の助長に思えてしまう。原因の多くが不倫であるのも、時代の反映だ。かつては妻帯者、既婚者との恋愛や逢瀬は、不道徳として踏み込むのに重大な決心がいった。それでも「好き」という感情に負け、一人ベッドで悩んだ女たち。少なくとも40~50年前はそうだった。

今もそういう悩みはあろう。が、なにより救われるのが、「みんなで渡る横断歩道」の論理。良くない行為も、「みんなやってるから」の言い訳で緩和される。離婚は悪ではないが、これだけ離婚が多ければ、「恥」という部分は救われる。離婚女性をかつて、「出戻り女」といった。離婚した娘を実家で隠し立てもできず、親も近所に肩身の狭い思いを強いられた。

当時はそういう意識はなかったが、本人にとって、「出戻り女」という言葉は冷ややかだったろう。明らかに差別用語である。数十年前の離婚は、不遇の時代と言えなくもない。たびたび引き合いに出す伊藤野枝だが、野枝が女学校在籍時に、親が勝手に決めた男と仮祝言を揚げていた。野枝の預かりしらぬことで、女学校卒業までの学費を持つという約束もあった。

野枝は気が進まぬままに承諾、式も挙げたが、婚家には一晩だけ泊まったが、新郎には指一本触らせぬまま婚家を引き上げた。親にも婚家にも泥を塗った野枝だが、伊藤家は先方の支払った野枝の学費を弁済することで離婚を許された。本当にこれが親の顔に泥を塗ったことになるのか?自分はそうは思わない。理不尽に敢然と立ち向かう野枝を自分は評価しまくる。


彼女に、「しぶしぶ」などの言葉はない。「ダメなものはダメ」とは土井たか子だが、「イやなものはイヤ」というのは女性らしい心情だろう。その気持ちに勇気と意志が加われば、これ程の事を可能にする。100年後も野枝は故郷でふしだら女の烙印だが、本人の承諾も得ず、親が勝手に決めた婚姻相手に泣いて嫁ぐ。そんな時代を断った伊藤野枝である。


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