勉強の面白さは、学校の教師や塾の講師の言うとおりにして得られるものではない。面白くない勉強に、せめて面白さが見出せるとしたら、それは自分たちが創意したときや、工夫が生かされたときではないか。勉強を仕事に変えても同じことがいえる。創意を仕事の中で生かしたとき、仕事のなかに新たな発見をしたときに面白さを感じる。
ただ課題を与えられて機械的に覚えるだけの勉強に面白さを見出すことはないが、そんな事は親も塾の講師もおかまいなしで、要は成績があがる事、偏差値が伸びればいいというご時世。それで、「(子どもは)誉めて育てよ」、「(人は)褒めて使えよ」が真に正しいみたいに言われている。「褒める」のが悪いとは言わないが、どこか安直な人間理解に思う。
「部下は褒めて使えばやる気を引き出せる」というのは本当なのか?「飴と鞭」とはいうが、ただただ褒める、褒めて使えの発想には、高いところから人を操作するというニュアンスが感じられる。親が子に、上司が部下に、"上から目線"のどこが悪い?と言われれば限度の問題というしかない。あまりの上目線は、むしろ人のやる気を奪ってしまう。
子どもや部下がよい結果を得たとき、褒めるという傲慢な態度より、一緒に喜ぶのがよい。ピアノ指導を例にいえば、日本人と、外国人教師と生徒の関係はずいぶんと違うというのが、文献や伝記からの印象だった。日本人生徒は、「教わった」といい、教師は一般的には「指導した」というが、外国人教師は、「私は彼と一緒に学んだ」という言い方をする。
あちらでは教える側と教わる側は対等なニュアンスであり、教わる側も自分の意見や主張を臆することなく発する。教師はそれらに丁寧に応対し、そこから生徒の個性を引き出し、伸ばそうとする。指導者側の解釈を一方的に押し付けることはない。日本人の生徒は低姿勢に先生の解釈をそのまま受け入れようとする。それが教わる者の礼儀、姿勢という暗黙の了解。
教師は自分より優秀であるからして、崇める対象である。ゆえに生徒はモロに先生のコピーであるような場合が多い。こういった上意下達が日本の伝統的な指導法であり、勉強である。先生の指導に意を唱えるなどは、生徒としての資格はない生意気人間とされる。人に何かを教わるなら、「教わる姿勢、教わる態度」というものがあるとの考え方が支配的だ。
現在活躍中である往年の日本人ピア二ストたちが青春期に師事した先生にあって、井口基成・愛子、田村宏は特別厳しかったと聞く。日本で言う大師匠、大先生に当たる言葉をフラン語で、「グラン・メイトル」という。いうなれば、人格的にも、能力的にも、業績的にもふり仰ぐような豊かで大きな存在という意味のグラン・メイトルといえば故安川加壽子が浮かぶ。
外交官の父に添って1歳のときに渡仏、パリ国立音楽院ピアノ本科でラザール・レヴィに師事した安川は。第二次大戦勃発の1939年帰国し、ドビュッシー、ラヴェルのピアノ曲を初演するなど、フランスの近代ピアノ音楽を日本に紹介し、またフランス系の教育メソッドを導入した。長年東京藝大教授にあり1996年7月、74歳にて死去した安川はこのように言う。
「自分の勉強は、まァ自分だけの問題として考えれば済むし、苦労はあっても、気は楽。難しいのは教えるということです。とくに子どもは一番難しい、一人一人みな違う「その子」ですし、教え方一つでどうにでも変わるナイーブな時期ですから。子ども好きで愛情をもつと同時に、その子の心理を分かってあげようと努めることが大切です。
また、"その子"に適した目標を探し、"その子"に敵した教え方を考え、しっかりとした基礎を躾けること。ピアノ教育を野放しにできない時期にあります」。子どもは難しい反面、安川のいうようにどうにでもなる怖さもある。同じ子どもでも、「受け身」型と、「自助努力」型の性格の違いは差となって現れる。受け身は型に嵌められ易くなる。
型にはまると個性が出にくくなる。「自助努力」型は個性的な人間となる。言葉通り、個性は自分の努力によってしか発揮できない。個性が教えられて身につくなど聞いたことがない。井口基成のレッスンを震えながら受けたある女性は、レッスンが終わって靴を履くときに手が震えていたのを母親が見て、この先生に習わせるのは無理だと判断したそうだ。
ピア二スト中村紘子は弟子をとらない事で有名だが、その理由は、思い出したくないほどの凄絶なあの頃があったからか?中村の多感な少女時代、拳を震わせては後悔し、涙が枯れるほど泣いた頃の話をこのように述べている。「あの頃、怖い事では日本一いや世界一と言われた井口愛子先生のレッスンを週1回受けていましてネ。もう毎日が地獄でしたヨ。
毎日5~6時間家で練習でしょ。(レッスンが水曜か木曜)金曜土曜は幸せ、青空なの…日曜ぐらいから曇りはじめて、月曜は雨雲、火曜日はどしゃぶり、火曜の夜から発熱、レッスンの日はだいたい熱だしてました。(井口先生の雷鳴が轟く)30歳過ぎても時々夢を見るんですヨ!(笑) この実体験がトラウマになったのか、生半可な気持ちで教えることは出来ないと…。
同じ門下の野島稔も7歳から井口愛子に師事する。怖い井口から野島はその体を張った音楽教育と神経の鋭さに圧倒されたという。後年、井口愛子の70歳(?)の祝賀食事会が催されることになったとき、中村紘子が一人で行くのが怖いというので、野島と一緒に行くことを懇願され、ホテルで待ち合わせをしたそうだ。田村宏も日本で一番怖い先生という異名がある。
「弟子たちの間で、数々のエピソードが残っています。私も何度かレッスン後にトイレに駆け込んで泣いたり、友人たちや当時の藝大の売店大関のおばさんに話して慰めてもらったりしたことか。大学生も泣かせちゃうくらいの恐ろしさなんですから、想像してみてください」とあるピア二ストは書いている。小山実稚恵は田村門下の最優秀生徒であるという。
怖いのが子どもにとっていいか悪いかだが、何事もそうであるように絶対はないし、この場合も子どもによる。いい場合もよくない場合もある。褒めるも同様だ。さらに言えば、最近の相次ぐ研究で子どもを過剰に褒めることのリスクが指摘されている。ニューヨーク在住のカーラ・グリーンさんは、「あなたは素晴らしい人間で、何でもできる」と言われて育ってきた。
「特権的感覚を植えつけられた」と過去を省察するグリーンさんは、自分の子どもには意図的にエゴを高めることには慎重であるという。だが同時に、健全な自尊心は持ってもらいたいとも願っている。「エゴを過剰に高めるようなやり方で子どもたちに取り入るようなことはしない。同時に目の前にある困難に立ち向かう自信を身につけてほしい」という。
「自尊心が低い方が、一時的には子どもたちにとって実際に良い影響がある。また、家の外の世界を軽視するような称賛は、害になることがある」、というのが心理学者の見方である。自分が周囲からどう見られているかについて、思い上がらずに現実的な理解をしている子どもたちは、打たれ強い傾向がある。なるほど…。打たれ弱いエリートを多く見た。
これまで教育関係者や保護者の多くは、高い自尊心が幸福感や成功につながり、それは単にトロフィーを与えたり、褒めたりすることで子どもたちに植えつけられると信じていた。が、研究者らは自尊心がそういった結果につながらないことを発見した。高い自尊心の一部は、秀でた行いの結果から生まれるのであって、原因からではないからである。
子どもたちの自尊心を過剰に高めることはむしろ逆効果になり得る。これは後に挫折を味わうと、そうでない人よりも落ち込む度合いが強いことから指摘されている。STAP細胞問題で自殺した理科学研究所の笹井氏の自殺には思うところがあった。デューク大学で心理学と神経科学を教えるマーク・リアリー教授と他の複数の研究者である。
これによると、自尊心は子どもたちが家族や友人、仲間からどう評価され、受け入れられているかを測る尺度、つまり内面の心理メーターのようなものとして機能するという。他人の目に対する敏感さは、人間が社会に受け入れられる必要があったために進化したもので、太古には、社会に受け入れられることが生存に必要不可欠なものであった。
学術誌「チャイルド・デベロプメント」に掲載された研究によると、仲間に好かれているか、もしくは魅力的に思われているかという周囲からのフィードバックに対する反応として、早ければ8歳頃に子どもの自尊心は高くなったり低くなったりする傾向にあるというが、確かにその時期の子どもは、親の言葉、友人や周囲などの環境から影響を受けやすい時期である。
「子どもたちは、自分には価値があり、周囲から受け入れられ、愛されていると感じる必要がある」。しかし、一時的には自分自身のことを悪く感じることも良い影響があるという。「自己中心性や我がままな振る舞い、相手を傷つけてしまうのは、関係を長続きさせる能力、あるいは将来、定職に就く能力を損ないかねないことを学ぶから」とリアリー教授。
いずれかに偏るのではなく、中間が最良であろう。子どもたちが周囲との関係のなかで、肯定的だが現実的な自己イメージを構築させる手助けをすることにある。グリーンさんの夫は子どもたちに対し、自分が祖母から教えられたことを教えている。それは、「誰もあなたより優れていない。けれども、あなたも他の誰よりも優れているわけではない」ということだ。