「オレオレ詐欺」という名称は、「振り込め詐欺」と呼び名を変えたかと思いきや、再び「オレオレ詐欺」に戻った感がある。理由は、銀行側が一日の振込み限度額上限を決めたり、高額預金の解約・引き出しには自身の預金にも関わらず、使途を聞いたりなど、「振り込め詐欺」防止策に力を入れたことなどから、もっぱら手渡しが横行する。そんな矢先に事件は起こった。
東京都練馬区の無職女性(75)が息子を装ったオレオレ詐欺の電話を受けて、現金計1億円をだまし取られていたことが22日、警視庁石神井署への取材で分かった。都内のオレオレ詐欺の被害額としては今年最悪の高額となった。詐欺グループは息子や会社の実名を把握。女性の自宅は数百坪だったことから、同署は資産家に狙いを定めた犯行とみて詐欺容疑で調べている。
8日午後6時ごろ、女性宅に同居の三男を名乗って、「会社の監査があってお金が2千万円合わない。なんとかして」などと電話があった。翌9日も電話があり、女性は指定通り東京メトロ有楽町線要町駅周辺の路上で、息子の同僚を装った男に現金2千万円入りの袋を渡した。帰宅後に、「あと8千万円貸して」などと電話があり、さらに現金8千万円を同駅近くで同じ男に渡した。
現金は老後の蓄えとして自宅に保管していたもので、渡したあとで不審に思い、三男に確認の電話をして被害に気付いたという。現金を受け取った男は30代前半で、身長175センチくらい。黒髪を七三に分け、紺色スーツにネクタイ姿だった。と、メディアは事件の概要を主観を交えることなく報道するだけだが、外野の我々はこの後のことを想像せざるを得ない。
三男の気持ちからすれば、母親のあまりの不用意さを嘆くしかあるまい。嘆きの大きさについ母親を責めたくもあるし、責めるというよりも怒りではないのかと察する。何の何に対する怒りであるかは、三男の気持ちになって考えれば分かるだろうが、どれほど怒ったところで、母親を責めたところでどうにもならないし、すべては後の祭りである。
家族・親族全員が集まったところで話すこともない。あまりに巨額な詐欺事件であったとしても、騙した側について話すことがあるのだろうか?「ヒドイ事をする、悪い奴らだ」としか言いようがない。そんなこと言ったところで何の意味もない。母親を庇う気休めでしかない。三男の怒りの矛先は犯人より母親であろうが、母親を責めてどうなるものでもない。
「お金を渡した後でボクに電話をしたところでしょうがないじゃないか?なんで事前に確認しなかったんだ?」、これはもう言われた母親も、いわれるまでもなく最大の後悔として実感しているだろう。だから三男に同じことを責められても情けなさがつのるだけだ。長男も、次男もいるのだろうが、話を聞いても呆れるばかりか、同情の余地はない。
年寄りが老後の資金とは言え、これほどの大金を自宅に置いているという事も問題である。近年銀行は、自分の金を引き出すときでさえ、用途を聞いてくる。ATMの引き出し限度額は一般的に1日50万円で、申請すると200万円まで可能になる。窓口なら限度額はないが、うるさいくらいに引き出す理由を聞いてくるのも、こういった事件の防止策であろう。
この母親は、タンス預金を仮に普通預金としてでも銀行に保管しておけば、詐欺には合わなかったろう。お金というのは人によってその価値が違う。100万円は100万円の価値と思うが、貧乏人には大金でも、金持ちからすればはした金という意味での価値の相違である。1億円を家のどこに置くものなのだろうか?我々貧乏人には置き場所さえも想像がつかない。
おそらく耐火金庫かと思うが、高齢者ゆえに開錠の数字もメモってどこかに置いておくから、空き巣に見つかると金庫の意味すらない。それよりも資産家を狙った強盗に押し入られ、刃物を突きつけられ、「金庫を開けろ!」という可能性もある。ところが、空き巣でもない、強盗でもない、このような簡単な手口で億単位の金をせしめることが可能なのだと。
これをなんといえばいい?世間では「オレオレ詐欺」という。「振り込め詐欺」という名称も銀行の硬いガードから、成立が難しくなり、直接手渡しに移行しつつある。空き巣でもない、強盗でもない、新しい言葉を嵌めるなら「軟盗」か。被害者に言うわけではないが、呆れて物もいえない。まさに1億円を取られるがゆえのいくつもの理由が重なっている。
息子たちもこれほどの額のタンス預金を知っていれば、「危ないから銀行へ」くらいは誰でもいうが、知らなかったのか、言っても聞く耳持たなかったのかそこは分らない。自分も母親が大金を、妻に管理を任せたはいいが、「減っている」だの「盗んだ」だの言われる始末で、妻も腹も立ったろうが、そんなバカ母の言い草に妻より自分の方が腹が立った。
大金の管理は息子でもさせたくないという年寄りは少なくないのだろう。誰も信じられない、信じられるものはこの世で「金」という事のようだ。大金を子どもたちに分散させるよりも、しっかり握っていれば子どもがなびくという老人の浅はかな気持ちは、なんとも醜いものだ。そんなだから、「金で人を支配は出来んよ。全部墓に持って入ったらいい」などといわれる。
金で息子が自由にならないと分かったときの失望感はなかったようだ。今回の事件の当事者である母親の情報はなにもないが、1億円(おそらくそれ以上であろう)のタンス預金という事情から、いろいろなことが想像できる。オカシイと思うのは自分だけではないだろう。ただ、無条件で三男に1億円渡そうとしたところからみて、三男はかわいかったのだろう。
これが長男や次男だったらどうであったか?家庭の事情は様々だから詮索するのも下世話であろう。いずれにしろ、金銭感覚が常人とは大分違っており、これは金持ち病ということだ。1億円など目にしたこともない我々にはまったく想像もできない不可解としか思えない。ただ事件である以上、この母親は被害者であって、彼女の何の罪があるわけでもない。
アカの他人が状況判断から「バカ」というのも、「気の毒」だと思うのも、それも外野(世間)の声である。人の金を奪われたのではない、自分の金だから息子たちにも迷惑はかかっていない。が、肉親とすればいたたまれないのではないか。が、責めてみたところで何の意味もない。あげく、「オレオレ詐欺」は以下のような、悲惨な二次災害も生んでいる。
「騙した人間より騙された俺の方が悪いのか」。ある男性はこう言い残し、自ら命を絶った。昨年、全国で約559億4千万円の被害があった特殊詐欺。ニュースなどの報道は被害金額ばかりだが、その陰で被害者が自殺するなどの悲劇がある。千葉県成田市にある曹洞宗「長寿院」の住職篠原鋭一さん(70)はNPO法人、「自殺防止ネットワーク風」理事長を兼ねる。
篠原さんの元には、オレオレ詐欺の被害に遭い、親族が自殺した全国の遺族から電話がかかる。遺族の話から浮かび上がる、オレオレ詐欺被害者が置かれた厳しい状況。自殺する大きな理由は、金銭問題以外にも親族に詰問されたことにある。「家族なのに責めてしまった」、「おばあちゃんは犯罪者じゃないのに…」。罪の意識にさいなまれる遺族もまた、苦しんでいる。
自殺相談はここ数年で急増している。電話口の女性は「夫の後を追います」と何度も繰り返していた。4月の初め、長寿院に電話をかけてきたある近畿地方に住む30代の女性は、「夫をかたるオレオレ詐欺で、250万円をだまし取られた」と語り始めた。「会社のお金を落とした。すぐに入金しなければ会社を辞めなければならない。何とか都合してくれ」と言われたそうだ。
夫の言葉を信じた女性は両親に頼み、現金を工面したが実体は詐欺だった。両親は、「気持ちに緩みがあるからこういう詐欺に引っかかるんだ」と女性をなじる。「妻の両親にとっても大金だったのに」、「申し訳ないことをしてしまった」。なりすまされた夫は鬱病を発症し、自殺した。「自分がオレオレ詐欺に引っかかってしまったせいで夫を死なせてしまった…」。
女性は自責の念にさいなまれ、「中学生の息子を両親に預け、夫の後を追います」と繰り返した。「こうした内容の相談電話はここ数年、増え続けている」と篠原さん。平成7年から自殺に関する電話相談を受け付けているが、近年はオレオレ詐欺にまつわるものが急激に増えているという。篠原さんによると、昨年度は、1年間で約20件もの相談が寄せられたという。
ほとんどは自殺した被害者の遺族からだが、中でも多いのは「だまされた家族を責めてしまった」と後悔する気持ちを告白する内容。1月に電話してきた北陸地方の30代の男性のケースが、そうだった。「おばあちゃんの供養をしたいんですが、どうしたらいいですか」と、尋ねる男性は、「祖母がオレオレ詐欺にだまされて大金をだまし取られ、自殺したことを明かした。
犯人は男性になりすまし、「会社の金を使い込んだ」と祖母に電話をかけた、祖母は150万円を振り込んだ。男性や家族は祖母を責め、祖母は命を絶った。この男性は、祖母の自殺の一因は自分が責めたことにあるといい、電話の声はいつしか泣き声に変わっていた。ほかにも、70代の父親がオレオレ詐欺に引っかった後に自殺したという関東地方の男性はこう話す。
「父親が生前、『だました人間より俺の方が悪いのか』と言っていたことを打ち明けた。父親は、「株で失敗して会社に損害を与えた」という男性をかたったウソを信じ、500万円を騙し取られた。同じく身内から激しく非難された末に自殺。オレオレ詐欺でだまされるのは高齢者が多い。お金を出す相手が“息子”や“孫”といった、かけがえのない相手だからこそ被害に遭う。
篠原さんが過去に相談に乗った中で、200万円をだまし取られたというある高齢男性は、「俺にこんな金はいらないんだ。孫のためになるならと喜んで払ったのに…」と嘆いた。被害者が苦しみ、時には自殺さえしてしまう背景には、高齢者が孤立しがちな社会情勢があると考えられている。昨年の特殊詐欺被害の78.8%(1万540件)が、65歳以上の高齢者だった。
これを8つの類型別でみると、オレオレ詐欺で被害を受けた高齢者は全体の実に92.1%を占めていた。一方、平成26年の高齢社会白書によると、1人暮らしの高齢者は、昭和55年には高齢者全体の8.5%だったが、平成24年には16.1%にまで増加している。希薄になる家族とのつながり。だが、オレオレ詐欺はそのわずかに残された関係さえも断ち切る。
「他人に悩みを打ち明ける環境さえあれば、失われる命も助けることができる」と篠原さん。家族から見捨てられ、社会とのつながりが消え絶望の果てに被害者は自殺へと走る。遺族は電話で懺悔するばかり。騙されたのは家族を思う純粋な気持ち、被害者を責めるべきでない。特殊詐欺被害は今年1~2月で約73億4200万円。過去最悪だった昨年を上回るペースで増えている。