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温故知新・「共通一次」 ⑥

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「福武書店」という名を知る者はいるにはいるが、少ないかも知れない。「進研ゼミ」はどうか?こちらの知名度は高く、関わりを持ったものはいよう。「ベネッセ」と聞けばさらに知名度が上がる。が、これらはみな同じもので、福武書店が、「ベネッセコーポレーション」と改名し、上場会社になった。して、その中核が、「進研ゼミ」や、「進研模試」などの受験産業である。

福武書店は、1955年1月に岡山市で創業者の服武哲彦が興した会社で、中学生向けの図書や生徒手帳等の発行を業とした。1962年に新規事業として、高校生向け模擬試験を始めたが、当初は地元岡山県やその周辺の学校を対象とした小さな事業規模であった。その後、複数校で相互にデータ交換し合う「合同模試」を開催するなどし、採用校を次第に増やして行った。

1963年、高校生向け「関西模試」を開始、69年には高校生向け通信教育講座「通信教育セミナ」を開講(現「進研ゼミ高校講座」)する。73年、中学生向け通信教育講座「通信教育セミナ・ジュニア」を開講(現「進研ゼミ中学講座」)した。いずれもはじめは会員数500人程度のスタートであったが、試行錯誤を繰り返して会員数を拡大、基幹事業へと成長した。

同年、模擬試験は「進研模試」と変えた。さらには、1979年の共通一次試験開始が福武書店全国展開の追い風となる。大型コンピュータの導入や、営業拠点を拡大するなど基盤を整備し、全国規模で拡大して行く。以下は、福武書店の当時の状況を伝える新聞記事。「山梨県内で最古の伝統を誇る県立甲府第一高校の進路指導室に、コンピュータの端末機が置かれている。

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進路指導担当教諭がポンとキーボードを叩くと、画面には全国模試を受けた当校3年生の偏差値分布が折れ線グラフで表示される。もう一度叩くと今度は棒グラフに変わり、どの県から何人がどの大学を志望しているか、人数の多い順に表示される。生徒個人の成績も引き出せ、あとどのくらいまで学力が伸びるかなどの、予測までやってのけるという具合だ。

当校の端末は450km離れた岡山市にある福武書店本社のホストコンピュータに繋がっている。福武書店は、小中高生を対象とした通信添削と模擬テストで急成長してきた。昭和50年代初頭、共通一次が始まる前の年間売り上げは40億円程度であったが、共通一次が終焉した平成元年当時の売り上げ高は、約700億円にも達していた。わずか10年で17倍もの伸びである。

福武書店のオンラインによる情報サービスは、85年頃から始まり、4年間で全国で300校に上る勢いであった。日本全国で30万人を越える生徒が一斉に臨み、その一人ひとりに正確な順位がつけられるということなら、あらかじめ志望校を定めるためには全国レベルでの自分の実力を見定める必要がある。福武書店の最大の武器は、全国模試で集めた約40万人分の個別成績である。

さらには、全国の進学校の成績、全国公立大の募集要項などもデータベース化し、瞬時に情報を取り出せるようにしたのが、上記、山梨県の高校のネットワークである。同書店の情報収集網は首都圏を網羅した。東京の皇居に近い「福武支店東京支社高校部情報室」には、10人のスタッフが常駐して文部省や大学入試センター、首都圏国公立大、私立大をくまなく回る。

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そこで入手した情報が岡山本店のホストコンピュータに送られ、データは一層細かく補強されていく。おひざ元の岡山県立岡山朝日高校の進路指導主事はいう。「このデータなしに進路指導はお手上げです。校内試験の結果だけでは、全国の動向など読めるはずもありませんから…」。当時、大学への進学率が全国屈指であった岡山県内でも、同校の進学率はトップである。

最後の共通一次も、3年生全員と、併設の補習科に通う浪人生百数十人が受験した。情報産業の先陣を切る福武書店の仕掛けた"情報戦争"は、受験産業にも大きな波紋を広げ、業界御三家の河合、代ゼミ、駿台も、コンピュータ利用で福武に遅れを取ったが、それぞれが高校と直結する独自のオンライン網拡充で巻き返す。ビッグ3は岡山を意識し、関西進出も積極的だった。

福武書店に大手三大予備校を加えた受験産業による情報戦争は、共通一次の直後から始まったが、いち早く大型コンピュータを導入し、オンライン・データベース化の旗手となった福武書店は、80年に「小学講座」、88年に進研ゼミ幼児講座(現「こどもちゃれんじ」)がスタートし、通信教育講座は幼児から高校生までラインナップが揃い、さらなる拡大を遂げていく。

89年には台湾に幼児講座を開講、アジア市場進出の第一歩を踏み出すなど、事業拡大を推進する福武書店は90年、フィロソフィー・ブランド「Benesse(ベネッセ)」を導入する。「Benesse」とはラテン語の造語で、「よく生きる」。以後、人々の「よく生きる」の支援を基本理念とし、グローバル化、少子高齢化という時代の流れを見据えてさらなる事業の多角化を進める。

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ベルリッツの買収や、介護事業のスタート、現在の生活事業につながる妊娠・出産・育児雑誌「たまごクラブ」、「ひよこクラブ」の創刊もこの頃。95年にはすべての事業活動を企業理念と一体化させるため、社名を「(株)ベネッセコーポレーション」に変更しまし、大証2部上場を果たす。97年大証1部から2000年には東証1部に上場。05年、アビバを買収、子会社化する。

その後、中国、韓国にも幼児向け講座を開設し、2010年の新中期経営計画を発表で、「教育事業分野で世界No.1企業を目指す」ことと、「介護関連事業を重要な成長分野と位置づけ、さらなる成長を目指す」ことをビジョンとして掲げ、グローバル化、教育の次世代化、シニア・介護事業の拡大を進めていた。そんな矢先、2014年7月、大量の個人情報流出事件が起こる。

流出した顧客情報2070万件。これらは進研ゼミなどといったサービスの顧客の情報であり、子供や保護者の氏名、住所、電話番号、性別、生年月日など。ベネッセ側は、社内調査により、データベースの顧客情報が外部に持ち出されたことから流出したと説明。これにより、責任部署にいた二人の取締役が引責辞任。警視庁は不正競争防止法違反の疑いで捜査を開始された。

捜査の結果、流出したデータは少なくとも3つのルートで名簿業者など約10社に拡散していたことが判明。ベネッセグループの情報処理系子会社であるシンフォームも派遣社員である当時39歳のシステムエンジニアが逮捕された。14年9月、ベネッセは記者会見を開き、顧客情報漏洩件数を3504万件と公表。個人情報漏洩被害者へ補償として金券500円を用意するとした。

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35社が漏洩した個人情報を利用しており、事業者に対して情報の削除など利用停止を働きかけていると説明した。ベネッセは通信教育事業において、乳幼児の発達段階に合わせた商品や、小中高生用の進研ゼミ(小学講座・中学講座・高校講座・難関私立中高一貫講座・東大特講・京大特講)などを展開するも、激変する教育環境に対応する商品・サービスに余念がない。

「ゆとり教育」などの教育方針の転換などに合わせた教材に力を入れるなど、教育のベネッセ」として事業強化を多角的に推進するなど、教育事業の業績は好調である。その一方で、顧客情報を元にダイレクトメールを送付するダイレクトマーケティングに力をいれているが、批判意見もある。ベネッセのダイレクトメールにかける経費は年間255億円と膨大だ。

これは日本企業において最高額で、大半が進研ゼミの入会案内・勧誘である。同じ学年でも、男子用・女子用で別々に、また47都道府県別の受験情報など、何十種類もの内容のDMを用意する戦略が、「5人に1人が進研ゼミ受講生」というほどの驚異的な会員数の増大に繋がった。かつてはDM送付のために住民基本台帳をを閲覧していたが、2005年10月をもって閲覧を中止した。

資料請求申請をしていないにも拘らず高頻度でDMを送り付ける戦略には、プライバシーや森林保護などの観点より、激しく批判する保護者や生徒も少なくない。時にはすでに亡くなった子供のところにまで送りつけてくる事すらある。こんなベネッセは悪徳商法では?と感じる人もいるけれども、これ如きでは一般的な悪徳商法の定義に入らないが、しつこさはある。

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長々と共通一次について書いたが、本格推理小説『十角館の殺人』でデビューした綾辻行人は共通一次一期生。京都府立高校から京大へ現役合格、大学院で犯罪社会学を専攻した。その彼はデビュー直後にこのように述べている。「豊かな時代に育ったからこそそれを失いたくないという安定志向は自分の世代に共通している。それと全国統一テストとは別な気がする。

時代の雰囲気そのものだったのではないのでは?」。その他の当事者の言い分を聞く限り、「共通一次世代」というくくり自体に違和感を持つものが多い。確かに文部省が5年毎に行う日本人の国民性意識調査結果を見ると、78年で若い世代の「保守回帰」が騒がれ、5年後には決定的になった。東大新聞の調査でも、支持政党を答えた46%が自民党と答えたのも87年。

確かに、「マークシート」、「偏差値」などを抜きにできない共通一次の制度は、「世代論」と結びつけられやすい面を持っていたといえる。若者はどの時代も「全共闘世代」、「団塊の世代」などの呼び名で世代的にくくられた。入試方法が若者像を理解するキーワードの地位を占めた10年は、後の世からもある特異性を孕んだ時期であったのは間違いないと自分は見る。


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