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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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  • 11/15/18--15:19: 安心は「神話」 ②
  • 「そして言(ことば)は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとりの子としての栄光であって、めぐみとまことに満ちていた」。これいとれば、紀元一世紀に一人の人間としてユダヤに生きたイエスなる人物は、実は世界の初めから神とともにあり万物を造ったという、あの神の言葉が人間となったものに他ならない。

    聖書に無関心で懐疑的な者は、秀逸な文学作品としてこれを読むが、キリスト教信者はこれを真実として受け入れているのだろう。「真実は一つ」という理屈からすれば、有神論者と無神論者のどちらかが間違っていることになろうが、真実をそんな風にに考えてはいない。あるのかないのか分からない真実を、真実たらしめているのは、「解釈」ではないだろうか。


    ある人があることを真実といい、別のある人はそれを認めない。何が真実か否かの判定を誰がくだす?キリスト教においては全能の神である。人間は神に背いたことで原罪を負い、罪を犯さずにはいられない状態に陥っている。ここから脱するためには神の恩寵によるしかない。愚かなる人間はすべてを神に委ね、神の御加護のもとに生きる。これがキリスト教徒である。

    旧約聖書に記された古代ヘブライ人神話によると、天地万物は神の言葉によって造られ、新約聖書にも受け継がれた。救世主イエス・キリストは神の言葉を肉体をそなえ、人間となってこの世に生まれたものと『ヨハネ福音書』は結実させている。近年の研究において、神話である聖書の記述から神話的部分だけ取り除く解釈法を、「非神話化」といい、ブルトマンによって唱えられた。

    ブルトマンは、神話的な聖書の世界観を受け入れることはできないとするが、いまさらながらである。神話というのはフィクションであり、フィクションが真実であるはずがない。聖書には多くの神話的要素がある。一つの例として、「バベルの塔」の逸話を取り出してみる。太古の人間はみなが共通の言語を話していた。そりゃ、その方が便利だから、いいに決まっている。

    ところが人間たちはある時傲慢になって、煉瓦とアスファルトを使って高い塔を建て、天にまで届かせようとした。神は怒り、企てを止めさせるべく人間たちの言葉を乱し、互いが通じ合えないようにした。仕方なく人間たちは塔の建設を止めてしまう。神は彼らをその場所からあちこちに散りばめた。この時から人間たちの間に言語の相違が発生することになる。

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    彼らが建てかけた塔とその周りの町は、このことにちなんで、「バベル(混乱)」と呼ばれている。嘘みたいな逸話であって、これを真実とは誰も思わない。と言いたいが…、キリスト教の信者はこれを信じている。ところで、「神話」というのは何であろうか?「言語というシンボルを操る人間にとって、最も古い自己理解としてのお話ないし物語」とは百科事典マイペディアの記述。

    1. 宇宙・人間・動植物・文化などの起源・創造などを始めとする自然・社会現象を超自然的存在(神)や英雄などと関連させて説く説話。

    2. 実体は明らかでないのに、長い間人々によって絶対のものと信じこまれ、称賛や畏怖の目で見られてきた事柄。「地価は下がらないという神話」、「不敗神話」

    上はデジタル大辞泉の解説である。「神話」というからには神関連のことでもある。子どものころ、天体や宇宙に興味を持ったことで、星や星座にまつわる神話をたくさん知った。『星と伝説』という愛読書には多くのギリシャ神話は散りばめられ、多くは悲劇の物語だった。オリオン、ヘラクレス、ペルセウスら英雄神話にも憧れたが、おおぐま座・こぐま座の悲話に心を痛めた。

    大人になってからは、アンドロメダを救う英雄ペルセウスを主人公とする映画『タイタンの戦い』や、サンリオアニメの『シリウスの伝説』などを観ながら、壮大なる星座の神話や伝説を堪能した。多くの星の名はアラビア語に由来するが、全天でもっとも明るい恒星シリウスだけはなぜか、「火花を散らす」、「焼き焦がす」というギリシャ語(セイリオス)に由来している。

    星座伝説はギリシャ神話だけでなく、様々な国で様々に脚色されている。七夕の織姫と彦星の話は有名だが、近年の子どもたちはこうしたお話よりも、『ゴレンジャー』などの戦隊ものや、『ガンダム』、『エバンゲリオン』などに憧れるのは、親の影響とテレビの影響が大きい。星座の伝説から、「悲哀」という感性を学び取る機会を失っているように思えてならない。

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    宇宙や星座にロマンを抱く子どもは今でも少なくないが、学校で話を合わせるためには、近年のアニメ作品を見るしかない。オリオン座やさそり座、みずがめ座などの名は、星占いとしての知識だけという子どもも今後は増えていくだろう。さびれた神話は押し入れの隅にしまわれたまま陽の目を見ることもない。これも時代であり、人はその時代を生きるということかと。

    『シリウスの伝説』は力の入った名作である。ストーリーは『ロミオとジュリエット』をモチーフにし、それを火と水の世界に置き換えている。さらには神話的な部分と広大な宇宙観の世界の中に構築されている。人間の悲哀に心を砕かれるが、子どもに観せても周囲の誰もこれを知らない。孤立はするが本人の中で情緒が育まれる。他人と話が合わなくとも怖れることなどない。

    時代に迎合しないことは孤立をするということで、だから名作に触れることにもなる。シェークスピアやゲーテやトルストイやディケンズが読まれなくなったのは、周囲がが読まないことも理由にあろうが、名作に触れずじまいの子どもたちの将来的な教養というのはどうなるのだろうか。が、新たな感性を身につけた子どもは、新たな時代に生きていくことになる。

    偏見というより自身の経験でいえば、孤立を怖れぬ子は精神的強さが養われるように思うが、好んで孤立を望む子がいるのだろうか?学校というところは集団の論理が機能する。自分は小学高学年のころ、お昼休憩を待ちわび、速攻で図書室に直行した。学校で遊ばずとも、家に帰れば近所に子ども集団があって思う存分跳び跳ねられたが、図書室は学校にしかなかった。

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    神話の定義を解説したが、宇宙は如何に、世界は如何に始まったかという壮大なるロマンへの興味は尽きるものではない。何事にも「始まりの物語」は存在し、ならば知りたいと思うのは必然か。神話に込められた活力とロマン、さらには混沌…。子どもの生き方は変遷したが、失われがちな方向を見出すために、悲喜こもごもの神話は子どもの感性に重要である。

    「孤独は、人を破壊しない限りにおいて人を高める」という言葉がある。子どもの頃に読んだファーブル伝記を思い出す。彼は人としてまったくの孤独の世界に生きながら、虫や蝶や花などの動植物の仲間をもつことによって、孤独を完全に高めた人である。孤独を怖るなかれ、付和雷同がすべてではない。教養を高めることにおいて孤独は良き友となろう。

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    マルクス主義というのは、宗教と対峙するところから生まれた。唯物論哲学からみた観念論哲学者というのは、宗教も芸術と同じような空想あるいはフィクションの世界であることを理解できずに、真理のあり方だと解釈する。さらには芸術も 宗教も真理であるというところに共通点があり、宗教のほうがより高度の真理だというところに差異があると主張した。

    対する科学的な唯物論においては芸術も宗教も認識の在り方であり、芸術のフィク ションも宗教のフィクションもフィクションというところに共通点を認め、その在り方に高度とか低級といったランクの違いというのではなく、本質的に大きな違いがあるとした。例えば小説の登場人物も宗教の神も、現実に存在しない空想の産物という点では変りがない。

    しかし、芸術のフィクションというのは、フィクションであることを前提とし、自覚して創造するが、これらの創造は表現のための創造であるから、創造した世界が表現として定着すれば、それで一定の効果をあげたことになる。つまり、あとは用済みとなり、消滅してもよい。創作側のみならず、鑑賞側においてもあらかじめフィクションであるを前提としている。

    が、鑑賞者はフィクションの世界から自由にぬけ出すことは可能で、現実的な自己の立場からそのフィクションの世界をとりあげることもできる。これに対して宗教は、そのフィクションをあくまでも、「真理」として提出するものであり、信者もまたこれを真理として受けとるばかりか、神が現に存在して自分の運命を規定し、左右するものだと思っている。

    これを真理とするなら、「真理」を消滅させるためには、「真理」を放棄することであり、これは教義として許されるものではない。したがって宗教というフィクションの世界に入った信者は、そこから抜け出さない限りは入りっぱなしという状況になる。自分たちの宗教を批判することはおろか、外から眺めることすらもできない。宗教の怖さはここにある。

    自分たちの位置や立場を客観的知ることはできなくなるという怖さである。宗教に限らず、一般的な会社や企業ににおいても同じことが言える。ある企業が、非情のあくどいことをやっていたとする。例えば粗悪品を廉価で作らせて高価で販売したり、効用のないものをさも効果ありと謳ったりで多大な収入を得ていた。従業員は当然ながらそれを知っている。

    知ってはいるが高額な棒給を支給されているなら、良心など何するものぞ、売って売って売りまくるであろう。このような形態でのし上がった会社はこれまでにも数あったが、人間性を逸脱した会社が長続きするはずはない。これが意味するところは、高禄で召しかかえば人間は何でもするし、どっぷり内に浸かると悪に加担していることすら麻痺してしまう。

    宗教は精神世界である。オウムのような謀略を掲げた宗教は、テロ集団であって信仰ではない。しかし、信者の多くは人を殺すことすら信仰線状にあったと解釈する。彼らは実社会に生息しながら、現実的な世界の在り方と観念的なフィクション世界の在り方とをどのようにつなぎ合わせていたのだろうか?宗教心というのは自己を阻害するものだったのか?

    それとも自己を徹底的に肯定するものだったのか?おそらく後者であろう。現実的な思考を麻痺させることで、こういう手法をマインド・コントロールという。これは教育の一手法であって、教育からもたらされたものは、自分で考えることをせず、指導者や宗教教義だけをインプットされ、それに従うようになる。家庭でも親が子ども同じ方法で支配するケースがある。

    とみに行われるのは受験戦争における偏差値至上主義教育である。マインド・コントロールには、思い・行動・感情・情報という四つの要素がある。思い=勉強できれば幸福になる。行動=塾に行く。感情=勉強するためなら親は全てをなげうつ。情報=世の中は勝ち組が生き残る競争社会。親はこの四つを自ら意識しなくとも、子どもにこれらを洗脳していく。

    人間ならば、例えば自分のようにバカな母親と思えば洗脳されるどころか、命令や指示に従うこともないが、宗教には神がいる。神の言葉を代弁する教祖がいる。あるいは、仏に帰依した教祖がいる。彼らは絶対者であるから、バカな神、バカな教祖という風には思わない。思ったらそこを出ていくことになろう。バカに従ってなんかいれられないとなるからだ。

    自分が書いていることは残念ながら宗教批判であって、宗教批判をしながら無神論者としての戦いを行っている。宗教の良い部分は、宗教に入信している人に多くもたらされているだろうが、彼らと同様に宗教や信仰に良さを見出せない自分の生き方もしかりである。宗教がインチキ商法で信者に高額な物品を販売するなど、あってはならないことが現実にある。

    「そんなのは真っ当な宗教と言わない」と、社会問題化した後なって言ってみてもすべては後の祭りだ。なぜなら、社会問題化する前には信者にとって何の問題もない宗教である。高額な物品購入を強制された時点で、「おかしい。脱会すべきかも知れない」と批判を抱くなら被害にあわないが、そこで言われたことに反感を抱くのは神への背信と感じてしまう。

    物事を鵜呑みにしたり、信じやすい人を救う方法は、最初から(宗教など)入信すべきではないのではと、そういう防御策しか見つからない。100万や500万の壺を、「有難い物」、「あなただけに特別に提供する物」、「他の信者さんには与えられる段階ではない」などといわれ、「うるせー、そんなもんいるか、コノヤロメ!」という信者は皆無とまではいわぬが、少ないだろう。

    組織の長や幹部に従わないで、その宗教にいれるだろうか?いるにしても、後ろめたい気持ちになるだろう。明日1000円持ってこいと言われたら無条件に持っていくのが宗教に思えてならない。現に、教団のゴージャスな施設はすべて信者のお布施で建っている。あれを見て思うのは、どんだけの金銭を信者から巻き上げているのだろうと、そのことばかりである。

    「エホバの証人王国会館」も立派なのが多い。仕事よりも組織統治や普及活動が個人の人生設計より大切だという。宗教には寄付という名目のお布施が必須だが、「お布施の額で幸せの量が決まる」と聞いたときは上手い話だと思った。貧困な信徒に対しては、「無理をなさらず、あなたにできるだけでいいんですよ」と強制はしないが、ナシでいいとは言わない。

    一般的に人は理由を知りたがる動物である。なぜ火は燃えて水は冷たいのかに始まって、様々な物理現象に不思議感を抱くが、物事の理由(原因)を説く宗教もあり、仏教説話には因果の話がたくさんある。が、インドのサイババのような特殊能力(霊力)を鼓舞する宗教者もいたりする。多くはインチキでありトリックであるが、人が霊力を信じるところに宗教が生まれる。

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  • 11/18/18--15:06: 天地創造という想像
  • 聖書は一体誰が書いたのか?『旧約聖書』の最初の五篇はモーゼとされ、「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」、「民数記」、「申命記」を、「モーゼ五書」と呼んでいる。ユダヤ教もキリスト教もこの五つはすべてモーゼの書いたものとされている。ところが「旧約」にはモーゼが知るはずのない記述が散見され、常識的・合理的に見て奇妙なことが数箇所存在する。

    ヘブライ語『聖書』の完成から数世紀にわたって、ユダヤ教のラビたちはこの矛盾について、「モーゼが知っているはずのないことを口にするのは、彼が予言者であるからだ」と、「モーゼ五書」のほころびを繕うための詭弁を弄したことも分かっている。オカシイと思った人は存在していたが、それらの多くが沈黙したことで『聖書』の批判・検討はなされなかった。

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    11世紀に入り、スペインの宮中御典医を勤めたユダヤ人が、「創世記」第三十六章にあるエドㇺ王国の王の人名表に、モーゼが没したはるか後代の王の名が出ていると指摘をした。こののち、さまざまな人が『聖書』記述の矛盾点を口にしたり、書くようになったが、こうした人々のなかに17世紀イギリスの哲学者トーマス・ホップスやオランダの哲学者がいる。

    これに対して教会は、破門・反論・軽蔑・黙殺などの手段で『聖書』批判を封じ込めていく。19世紀イギリスにおいては、百科事典「ブリタニカ」の編集者を勤めていた旧約学者のウィリアム・スミスが、『聖書』本文を批判したことで異端審問の宗教裁判にかけられる。結果的に異端の嫌疑は晴れたものの、スミスは大学教授の職を追われることとなった。

    20世紀に入ると、ローマ教皇ピオ十二世の『回章』が事態を一変させた。1942年に出たその文書で教皇直々に、「『聖書』批評の勧め」を行ったのだ。以後、ハーバード、イエール、プリンストン、ユニオン神学大などの大学が、『聖書』批評研究の講座を設けている。ユダヤ教の改革派ラビ養成学校のヘブライ・ユニオン大学まで『聖書』批判講座を設置した。

    その後も紆余曲折を経ながら『聖書』はさまざまに批判・検討され、新たな解釈が生まれ、つけ加えられた。解釈は真実に近づくものか、真実から遠ざかるものなのか。たとえばあることが真実であったとしても、それが真実であるかどうかを誰が決めるのかという問題がある。「真実などない。あるのは解釈のみ」というニーチェの言葉はそのことをいっている。

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    例えば、人を殺してみた。誰もいないところでコッソリと。死体は切り刻んで焼却炉に放り込んだ。さて、自分は犯罪者なのか?その前に、犯罪とは何かといえば、刑罰を科せられる法的侵害のこと。であるなら、人を殺した行為が殺人という犯罪になる為には、取り調べという場が不可欠となる。行為も結果もバレないという意味での完全犯罪は存在し得ない。

    事の本質上、バレなければ犯罪ではないからだ。推理小説でいうところの完全犯罪は、犯人を特定する証拠を一切残さない犯罪のこと。その場合は、行為も結果(殺されたことを示す状態など)も警察に露見しており、立派な犯罪である。人を殺すのは道徳に外れた悪事だが、バレなければ犯罪とはならない。万引きもそう、不倫もそう、だからバレないようにやる。

    AがBを殺したという事実は存在しても、Aのみぞ知るBを殺したという真実を、A以外の他人は知ることはできない。では、AがBを殺したという事実をAが警察で供述すれば、B殺しというAの犯罪は真実となるか?残念ながらAの供述は嘘の可能性もあり、自白信憑性に欠けるのは、殺しても殺していない、殺していなくても殺したといえるからである。

    AのB殺しは真実であって、Aはそれを正直に供述したなら真実ではないか。とはならない理由は、Aしか知らぬことを他の者が信じるわけにはいかないからだ。信じたとしても裁判がある。「実はあれは嘘だった」と公判途中で覆す可能性もある。したがって、犯罪を立証するための証拠の確保が必要となる。物的証拠がない場合の自白を状況証拠という。

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    が、それは事実認定するにおいては確かなものとはならない。ましてや真実には程遠い。このようなことから、裁判というのは真実を追求するところではなく、真実を追求するなど土台無理といわねばならない。では、裁判は何をやっているのか?法廷という場による弁護側と検察側の格闘である。それで必要なのは、法律知識と裁判技術(テクニック)である。

    それを横目に裁判官が正しい裁定をすればいいが、現代には大岡越前守のような名裁きは期待できない。常識を疑う裁判官の異常判決がしばしば問題になるが、「日本の裁判は大丈夫なのか?」の声も上がるほどだ。「日本の裁判は真実が争われるところではない」としたのも、日本の裁判官にはその真実をあぶり出す能力と見識があるだろうか」との問題もある。

    司法研修所における司法教育とは、法律の専門家になるための教育が中心であり、裁判官は法廷に出てきた限られた証拠や証人に絶対性をおくことになるが、これがそもそもの間違いである。裁判官に求められる最大の能力とは、「法廷に出された証拠から正しい事実認定をする能力である」。ところが裁判官は、単に法律のプロで、事実認定のプロというわけではない。

    イメージ 4事実認定のプロという言い方は、裁判官の事実認定能力をいい、見識や経験が重要となるこうした能力は、司法修習といい教育で身につくものではない。物事を謙虚に見る姿勢や、社会におけるさまざまな実体験によって得た常識を積み重ねて身につくものといえる。最高学府と称される大学の法学部をでたところで、あるいは司法研修所を卒業したからといって、社会常識が身につかない。

    「裁判官とは通常では考えられない感覚と常識を併せ持つ人種」と古老弁護士はいう。「キャリア裁判官は刑事であれ民事であれ、法律理論と実務上の判例を知ってはいても、実生活の中で現実に動いている生活実務を肌で知らない。世の中で食べていくために必死で働き、喘いでいる人たちの実相に格別に詳しいわけでもない。(『裁判官はなぜ誤るか』岩波新書)

    人は誰もが嘘をつくし、我が身を守るための嘘はついても許されよう。つくなという方が土台無理だからである。して、彼が嘘をついているかどうかは誰のにも分からない。言ってることが真実であるかを理屈で解き明かすよりなく、追求すれば嘘は綻び、ついには嘘をついていることが耐えられなくなるが、そういう人間ばかりでもない。死んでも嘘をつきとおす頑強な者もいる。

    人が嘘をつく以上、真実というのはどこにあるのか。法廷いおける、「私はBを殺した」、「私はBを殺していない」は同価値であり、言葉だけではどちらが正しいかを判断できない。だから大岡裁きが必要となる。『聖書』の記述が真実かどうかは司法判断に委ねるものでもないが、信仰とは信じて仰ぎみること。正しい、正しくないの問題ではなく信じるが前提となる。

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    ゴーンが逮捕された。驚いた。あのゴーンがである。逮捕容疑は、有価証券報告書の虚偽記載だという。なんとも陳腐な守銭奴男だったのか?同容疑は一連のライブドア事件で逮捕された堀江、宮内、岡本、中村の4容疑者は、証券取引法違反(偽計取引、風説の流布)の罪で起訴されていたが、同4容疑者はその後、有価証券報告書の虚偽記載で再逮捕される。

    金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)というのは、分かりやすくいうと、収入を誤魔化したということ。同法律は、上場企業などに事業年度ごとの経理状況など、事業についての重要事項を記した有価証券報告書の提出を義務づけている。報告書内容に虚偽記載があった場合の罰則は、個人は10年以下の懲役もしくは1千万円以下の罰金、法人は7億円以下の罰金。

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    同法は、投資家が正しい情報に基づいて判断できるよう保護する目的で、影響が大きいと証券取引所が判断すれば、上場廃止になる場合もある。ホリエモンこと堀江貴文は逮捕後に懲役刑となったこともあり、おそらくゴーンも懲役は免れまい。 堀江とは比較にならない経済人ゆえに、あえて、"あれほどの人が"との言葉を使うがなぜこんな陳腐なことを…?

    こうした虚偽申告に対して株主は、"発行会社に対する損害賠償請求権"が認められており、そのことから、カルロス・ゴーン会長が容疑の内容で逮捕されると罰則が適用される。罰金どころか株主から訴えられゴーン会長の財産によって賠償請求に対して支払わなくてはならなくなる。日産自動車は19日、ゴーン氏の会長と代表取締役の職を解く提案をすると発表した。

    同社はゴーン氏の金融商品取引法違反についても事実と認めている。同社の声明によると、内部通報を受け、数カ月間かけて調査をしてきたことを明らかにした結果、「(ゴーン氏の)報酬額を少なくするため、長年に渡り、実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載していたことが判明した」とし、代表取締役を務めるグレッグ・ケリー氏も関与したという。

    如何に才あろうと、このようなことをするゴーン氏がおバカであるのは衆目の一致するところで、日産に迎えられて辣腕を振るった過去の栄光すら見る影もない有様である。カルロス・ゴーンは、Carlos Ghosnと表記するが、Memories of gone, Ghosn'sNissanである。2004年3月期、日産自動車は過去最高の業績をあげた。5年前の苦境は完全に過去のものとなった。

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    日産の快進撃の立役者こそが、社長のカルロス・ゴーンである。1999年、彼は窮地にあった日産に提携先のルノーからやってきた。その際ゴーンは、「約束したコミットメント(公約)が達成できなければ、自らを含む取締役全員が辞任する」と公言して周囲を驚かせたのが記憶に新しい。結果は言うまでもなく5年後の過去最高収益という数字が物語っている。

    ゴーンが日産に来た半年後の99年10月に、「日産リバイバルプラン」を発表した。これは会社を再建するための3か年計画であるが、工場閉鎖や人員削減案を含むことで話題になった。「日産リバイバルプラン」は短期間で作成されたものだが、ゴーンはこれをもとに行動し結果を出す。これによって社内で危機意識が生まれ浸透したことが最大の理由である。

    3か年計画を2年で達成したゴーンは、次の3か年計画を「日産180」を打ち上げた。これは、販売台数を100万台増やす。営業利益を8%にする。負債を0にするとの意味が「180」に込められている。当時、ゴーンはこんなことを述べている。「どんな改革にも重点をおくべきは人である。私たちがしようと思うこと、そのすべての背後には必ず人がいるのです。

    そして同時に、『モチベーションを与えること』も必要です。改革を推進するスタッフが、モチベーションを持てる環境づくりこそがトップや上司の役目だと思います。もう一つ重要なことは意識改革です。つまり、人々に異なる視点を与え、会社の現実を今までと違う角度からみられるようにする。モチベーションと意識改革こそが、組織改革で重要となります」。

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    さらにゴーンは、「私にもモチベーションは必要です。生計を立てる、家族を養う、その他に、よりレベルの高い、哲学的なモチベーションもある」と個人的なことも述べているが、今に思えば、収入を誤魔化す理由は、正しい報酬を記載すると批判が高まるのを怖れたのだろうか?ゴーンの役員賞与は10億9800万で、トヨタ社長の豊田章男は3億8000万円だから3倍である。

    さらにはルノー社、三菱自動車の社長も兼任だから20億円近い年収と思われるが、これが虚偽なら実際は…?2018年6月26日、横浜市で開かれた日産自動車の定時株主総会。ある男性株主が最終盤に質問に立ち、日産で昨年発覚した完成車の無資格検査問題に触れ、「あれだけのことを起こして誰がどう責任を取ったのか」と怒りをあらわにする場面があった。

    怒りの矛先は、日産の社長兼最高経営責任者(CEO)である西川廣人氏の報酬額に向けられた。西川氏の2017年度の報酬は前年度比26%増の5億円。度重なる不正発覚で株価を毀損したにもかかわらず、経営者が高額報酬を安穏と受け取っていたなら、「誰も責任を取っていない」と株主に批判されても仕方あるまい。この時、日産会長のゴーン氏の回答は明快だった。

    「日産CEOの報酬は非常に低い。会社の規模や優秀なリーダーを持つ重要性を考えると、決して不当な水準とは思えない。」

    西川氏は不祥事が問題化した後に報酬の一部を自主返上した。不祥事の煽りを受けたゴーン氏の報酬額は、さすがに前年度比33%減の7億3000万円と報告書記載だったが、これに加えて会長を務める三菱自動車から2億2700万円、会長兼CEOを務める仏ルノーから約9億5000万円)の役員報酬を受け取っているが、今回のゴーン氏の過少申告額は50億円にのぼる。

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    他の自動車メーカーの報酬額は?スズキ会長鈴木修氏は2億2000万円、ホンダ社長八郷隆弘氏は1億5500万円、三菱自CEO益子修氏は1億4100万円、マツダ社長小飼雅道氏は1億1700万円。どうにも日産が飛び抜けている。ゴーン氏が総会で強調したのは、グローバル競争が激化する自動車業界において、「世界に通用する」経営者を採用、つなぎ留めることの必要性。

    そのために競争力のある役員報酬が不可欠というゴーン氏の主張であったが、清貧を美徳とする考えが根強い日本社会に一石を投じると思いきや、自らが救った会社を最後は食い物にした悪辣なる企業人は陳腐な守銭奴だった。これだけ収入がありながら、虚偽の申告をしてまで銭を欲しがる陳腐な守銭奴。「足るを知らぬ」底なし男の哀れな末路といえよう。

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  • 11/20/18--16:06: 進化か創造か
  • 神の存在を信じる人が信仰に入り、神の存在を信じぬ者は信仰の対象がない。宗教学者や神学者は、「旧約聖書」の証拠を躍起になって探し求めているが、不思議なことにパレスチナの大地は、「旧約」の証拠を何一つ残していない。このことは『聖書』にまつわる最大の謎であろうし、これまでそのことを誰一人として疑いを差し挟まなかったのは何故なのか。

    パレスチナが「旧約」の舞台であるのを疑う者はいないが、時代が進んで聖書学が進むにつれて、パレスチナに疑問を抱くものも現れた。ある学者は様々な地名から、「旧約」の舞台はアラビア半島西部という確信に至る。ベイルート生まれのこの学者はカマール・サリービーといい、1985年に『聖書アラビア起源説』を発表してセンセーションを引き起こした。

    「旧約」の故郷がパレスチナであれアラビア半島西部であれ、聖書が人類のすぐれた遺産であることに変わりはない。「旧約」の記述が理解できなかったり、素直に受け入れられなかったとしても、「新約」が記録にとどめているキリストの愛深き清冽な言動には、信仰に浴さぬ人々にあっても心打たれるという。「旧約」は特殊、「新約」は普遍といえようか。

    「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」。ハイデガーの有名な言葉である。存在する一切のものは、なぜそこに存在するのか。答えは明白。目の前の椅子も机も誰かによって造られたからである。天地はどうか?これにも二つ説がある。何者かによって造られたのか、それとも世界は偶然に何かのはずみで出来たとするのか?神を信じる者は前者、信じぬ者は後者。

    創造主か進化論か。この二つの内のどちらが正しいならどちらが間違っている。これらについて人間は確かな証拠をもたないが、人間レベルの思考で解明されるのか?創造主を信じる者は、"生命は偶然に生じるか"については懐疑的である。1953年シカゴ大学の大学院生だったスタンレー・ミラーは、ハロルド・ユーリーの研究室で有名な実験を行っている。

    「ユーリー=ミラーの実験」と称されるこの実験は、水素、メタン、アンモニア、水蒸気からなる、「大気」のなかに電気火花を通し、たんぱく質の構成材料となる多くのアミノ酸のうちの幾つかを生じさせた。これらの気体は実験が行われた当時の地球物理学者によって、原始地球の大気中に存在していたと考えられていた気体であり、放電は落雷を模している。

    しかし彼は生命の存在に必要な20種類のアミノ酸のうちの四つを得たにすぎない。「生命が地球上で誕生したこと」、「生命が原始大気の下の海中で産まれたこと」は生物学者の推理だが、そのためには素材となる物質が多量に存在しなければならない。現在の地球上でそのような複雑な有機物は、人工的合成を除いて生体内以外では作られないと考えられていた。

    その後の地球物理学の進展により、最初の生命が誕生した時の大気というのは、メタンやアンモニアなどの還元性気体でなく、二酸化炭素や窒素酸化物などの酸化性気体が主成分であったと考えられるようになり、その際、酸素がどの程度含まれていたかが論争になっている。現在、多くの生命起源の研究者たちは、ユーリー=ミラーの実験を過去のものと考えている。

    「有機物のスープは形成されなかった」。残念なことに現在では認められないユーリー=ミラーの実験だが、彼が切り開いたのは生命発生の過程を実験的に検証する方向性において意義はあった。生命の進化における最初の比較的容易な段階(アミノ酸合成)を通過する理論上の可能性すら極めて望みがたいが、科学者が安々と創造主を認めるわけにはいかない。

    生命が創造主の手になるなら、進化というのはどう位置付けされるのか。すべての科学者が進化論を受け入れてるわけではないが、ある物理学者は、生命の自然発生的起源の公算が小さいことを認めたうえでこう述べている。「受け入れる唯一の説明は創造である。現に私たち自身にとってそうであるように、これが物理学者にとって禁句であるのを私は知っている。

    が、実験的証拠によって裏付けられている説を、自分たちが好まないという理由で退けるようなことをしてはならない。ダーウィンの『種の起源』はある意味で科学における宗教となった。ほとんどの科学者がそれを受け入れており、それと適合させるために自説を曲げようとする科学者も多い」。発言の主であるH・リプトンという物理学者は検索で出てこない。

    おそらく信仰に厚い人なのであろう。現代において、「進化論」は証明されてない以上、「説」に過ぎないとの少数意見もあるが、「進化論」を土台にした考察で世界の始まりは考えられている。確かに進化論を肯定する学者のなかにも進化論には重大な欠陥があると指摘する者もいる。だからといって、信仰である創造主の存在を肯定するわけにはいかない。

    「キリンの首が進化であのようになったなら、なぜ進化の過程の化石が見つからないのか?」。というように、あらゆる「種」と「種」の間で移行型とされる中間形態が、まったく発見されないのはなぜなのか?中間形態として無理に何かの生物を当てはめようとしても、やればやるほど無数に中間形態が増えるだけで、ミッシングリンクの数が増えていく。

    古生物学者キッツ博士はこう述べる。「古生物学者は、中間種がないのが事実であるということを認める状態に傾いている」。スミソニアン協会の著名な生物学者オースチン・H・クラークも、「人間が下等な生命形態から段階的に発達してきたという証拠はない。いかなる形においても人間を猿に関連付けるものは何もない。人間は突然に、今日と同じ形で出現した。」

    多「進化論」は多くの問題点が指摘されているにも関わらず、定説として揺るぎない地位保ってきたのは、「進化論」を正しいとする力の行使があったからで、それはメンデルの法則からも明らかである。例えば、犬にはさまざまな変種ができても犬から猫は絶対に生まれない。結局、進化論は無神論者によって推し進められるもので、有神論科学者は微妙な立場である。

    科学は真実を求めるが信仰は真理を模索する。真実とはそのまま読んで真の事実。真実は外面的なものであるが、真理とは内面的(精神)な問題である。「進化論」は仮説ですらないと有神論者はいうが、一切は科学によって解明すべきものである。精神世界であるところの、「信仰」が、「創造主」を力説すれども、信仰を科学で解明することはできない。

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  • 11/21/18--15:06: 科学と信仰
  • キリスト教支配から科学の時代へと移行の過渡期が17世紀である。宗教と科学に関する問いかけは17世紀を機に始まったが、検証可能な事実を対象とする科学と、信仰の理由をあえて求めたりしない宗教は相容れないものであった。とはいえ、キリスト教徒すべてが科学的な探求をしていなかったわけではない。著名な科学者が熱心なキリスト教徒だったりした。

    キリスト教の影響を受けた時代の人々にとって、自然についての「知」が、神の御業や計画についての「知」に連なるという前提は、何ら疑うものではなかったが、人間の欲求に対して信仰以外の別の立場から答えを求めようとする試みは、本質的には相補的なものでもあった。すなわち、17世紀に誕生した近代科学は、キリスト教と密接な関係にあったことになる。

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    『機械と神』の著者リン・ホワイト(1907-1987)は、キリスト教が環境破壊を推し進めてきたことを、初めてはっきりと述べた歴史家であり、「聖書が人間にこの地球上のすべての生物を支配するように命じており、現代の環境危機の原因はこれら"最も人間中心主義的な宗教"思想の支配にある」と論じたが、ジョン・パスモア(1914-2004)は以下の反論を加えている。

    「聖書のなかには人間は神の代理として、世界を世話する責任を負わされたスチュワード(執事)、農園管理者という思想があり、これが保全を正当化する」(『自然にたいする人間の責任』1974)。神の代理人としての人間は動植物の世話を任されているという人間中心主義的な環境保全思想の源泉との解釈を可能とした。彼は、「保全」と「保存」を厳密に峻別する。

    「近代的な西欧科学はキリスト教の母体のなかで鋳造された」(リン・ホワイト)も事実であり、キリスト教会によって宗教裁判にかけられたガリレオは、神やキリスト教を否定して科学を唱えたのではなく、彼は「神は『聖書』の尊いお言葉の中だけではなく、それ以上に、自然の諸効果の中に、すぐれてそのお姿を現わし給うのであります」と語っている。

    ニュートンとライプニッツは、「神と自然の関係」について激しく論争したのは知られている。「神は常にどこにおいても自然に働きかけている」と考えるニュートンに対し、「全知・全能なる神の所産である自然は、神の介入による手直しを一切必要としない」と考えるライプニッツから、「神の御業に関して奇妙な見解を示している」と非難されている。

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    イギリスの詩人A・ポープはニュートンをこう讃えている。「自然と自然の法則は夜の闇に隠れていた。神は言った。『ニュートン出でよ』と」。西欧世界ではアイザック・ニュートンが登場する17世紀の前半まで、世界は二つの異質な部分からなると考えられていた。神と星々の領分である天上と、月より下の卑しく、とりとめのない領域たる地上の二つである。

    古代の人の考えた宇宙や地球を図解でみると面白い。誰もがそのような宇宙を地球を考えていたのだが、決してキリスト教が真実を覆い隠していたわけではなかった。重いものは必ず地上に落下し、太陽や月はほぼ1日で地球のまわりを一周する。これは人々が日常的に経験していた事柄であり、常識であった。それを疑う理由もなければ、疑う者もいなかった。

    キリスト教が事実を捻じ曲げていたのではなく、当時はキリスト教の方が人々の常識となっていたに過ぎず、そこに宗教的な意味を加えたと考えるべきだろう。問われるべきは17世紀の以前の人々がなぜ誤った自然観を信じていたかではなく、後に現れるニュートンたち科学者が、それまでの常識を疑い、数式で表現された力学法則の下す宇宙を真正と考えるようになった。

    1543年、コペルニクスが発表した「地動説」は、宇宙の中心は地球ではなく、地球は自転し太陽の周りを公転しているとした。この巨大で重い大地を動かすものは何なのか、重い物体はなぜ宇宙の中心である太陽に向かわず地上に落下するのか、さらには地上の物体はなぜ地球の自転によって降り飛ばされないのか。こうした問題をコペルニクスは解決できなかった。

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    コペルニクスの60年後、ケプラーは地球を含む惑星が太陽の周りを楕円軌道をとって回っていることを発見した。地動説同様これが新たな問題を投げかけた。つまり、惑星を楕円軌道につなぎとめている力は何なのかという問題である。近代という時代が力学を必要としたのは天文学の要請だけでなく、資本主義の芽生えとともに様々な機械や滑車やクレーンなどである。

    哲学者として有名なデカルトは、数学者であり自然科学者であり、「運動量保存の法則」や、「慣性の法則」を発見したことで知られている。17世紀後半、「神は言った。ニュートン出よ」とのポープの言葉は、ニュートンの偉大性を示すものだが、ニュートンはガリレオやデカルトらの研究を批判的考察することで、あらたな動力学的宇宙像を打ち立てようとした。

    そうして数々の発見をしたが1687年、『自然哲学の数学的諸原理』(プリンキピア)における万有引力という考え方を公表した。天上と地上を統一したニュートン力学は、20世紀にアインシュタインの、「一般相対性理論」で新たな、「重力場の方程式」が発表されるまで力学における根幹だった。キリスト教徒であったニュートンは生涯をキリスト教研究に打ち込んだ。

    「天体を動かすのは神か未知の力か」、「世界の始まりは神か自然のなせるわざか」。このような疑問を抱けば、自然と突き詰めるべく行動を起こすだろう。それがガリレオでありニュートンでありダーウィンであった。本年3月14日に他界した物理学者スティーブン・ホーキング博士は、英国ウェストミンスター寺院にニュートンやダーウィンと並んで埋葬された。

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    同寺院のホール司祭長は、「ホーキング博士は著名な科学者たちのそばに埋葬されるにふさわしい。生命と宇宙の神秘にせまる大きな問いへの答えを探るには、科学と宗教の協力が欠かせない」との声明を出した。「進化論」を疑う者は少ないが、一神教の文化圏には、知的存在が生命や宇宙を設計したとする、「インテリジェント・デザイン説」信奉者は少なからずいる。

    宗教心にあつい人々を相手に科学について語るべきなのか、語るとしたらどのように語るのか、これらは多くの科学者が直面する問題である。科学者が科学について何かを語る目的は、科学を教えることなのか、あるいは宗教の誤りを示すことなのか。科学と宗教という2つの世界観は互いを豊かにできるのか。宗教は本質的に悪なのか?神は妄想なのか?

    ベストセラー『神は妄想である』(The God Delusion,邦訳は早川書房)の著者でもある進化生物学者のリチャード・ドーキンスは、「人間性や生命、世界は神によって創造された」という宗教的信念に対する熱烈な批判者であり、科学的論法を傷つけようとするあらゆる試みを厳しく批判するばかりか、創造論を、「不条理、知性の減衰、虚言」とまで粉砕する。

    「戦闘的無神論者」を公言する彼は、科学と信仰の平和的共存にはあまり興味を示さず、無神論者が自分の立場を公言できるようにアウト・キャンペーンを始めた。彼はイギリス人だが、クリスチャンの多いアメリカの社会にあって、「無神論者は誇りを持つべきだ、卑屈になる必要はない。なぜなら無神論は健全で独立した精神の証拠だからだ」と述べている。

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  • 11/22/18--16:46: 進化論と創造論
  • いうまでもないが、自分は創造論を否定する。どちらが事実と適合するかを考える際には進化論に基づく考え方および創造主を信じる考え方に加えて実際の世界に見いだされる事実を対比させる必要がある。神などいない、創造主もいない、だから進化論が正しいというではなく、進化論が何を予告し、創造論が何を予告したかくらいは知っておいてもよさそうだ。

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    ◎進化論が予告した事柄

      ・生命は偶然の化学進化よって無生のものから進化した(生物自然発生)。

     ・化石は次のことを示す: ①単純な形態の生物が徐々に発生している。②過渡的な形態のものが、それ以前のものとの間をつないでる。

     ・新しい種類のものは徐々に生じる。形成の始まりで十分に整ってはいない骨や器官の、過渡的な段階のものが色々ある。

     ・突然変異: その最終的結果は有益、それにより新しい特色が作られていく。

     ・文明の起源は漸進的であり、粗野で野獣的なものから始まった。

     ・言語は、単純な動物の唸り声から始まって、今日の複雑な形に進化した。

     ・人間の出現は数百万年前。

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    ◎創造論が予告した事柄

     ・生命はそれ以前の生命からのみ生じる。その最初は理知を持つ創造主によって創造された。

     ・化石は次のことを示す:①多くの種類の複雑な形態のものが突然に出現している。②主要な種類相互の間には隔たりがある。間をつなぐものはない。

     ・新しい種類の出現は漸進的ではない。十分に整っていない骨や器官はなく、すべての部分は十分に形成されている。

     ・突然変異は複雑な生物体に有害。何ら新しいものを造り出すことはない。

     ・文明は人間と共に始まった。初めから相当進んだものである。

     ・言語は人間の歴史の初めからある。古代の言語は複雑でよく整っている。

     ・人間の出現は約6000年前。

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       「初めに言葉があった。言葉は神と共にあった」。知識も訓練もナシに言葉が話せるか?


    ◎実際の世界にみられる事実

     ・①生命はそれ以前の生命からのみ生じる。②複雑な遺伝の暗号が偶然に形成されることは疑問。

     ・化石は次のことを示す:①多くの種類の複雑な生物の突然の出現。②それぞれの新しい種類はそれ以前のものとはかけ離れ、間をつなぐ有無は定かでない。

     ・多くの変種はあるにしても、新しい種類の出現は漸進的でなく、形成途上の骨や器官は見つかっていない。

     ・突然変異は有害か有益かの議論はあるが、新種を生む可能性は否定できない。

     ・文明は人類と共に漸進していった。洞窟住民すら初歩の文明といえよう。

     ・言語は人間同士の意思疎通の必要性から人間によって考え出された。

     ・最初の人類は猿人として440万年以上前のアフリカの地層で発見されている。

    生命がどのように誕生したかを決定づけえる確たる証拠はないが、化石という物的証拠は何を物語っているのか。進化論にとって化石は重要である。なぜなら、生物のある大きなグループが進化によって出現するのを実際に見た生物学者はいない。ゆえに化石の記録は重要な意味を持つことになり、進化論に必要な裏付けを化石が与えてくれるだろうと考えられた。

    進化論が事実とすれば、化石の証拠は一つの生物から別の種類の生物へと、漸進な変化の跡を示しているはずである。進化論否定論者は、キリンの首を例に、「今のキリンの首の半分どころか3分の1程度の化石も見つかっていない」という。これに対して進化論側の批判は、「過去に生存してたすべての生物が化石になる訳ではない。ほんの一握りの生物」という。

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    確かに大多数の生物は、死んで化石にならずに腐ってなくなってしまう。したがって、古生物学者は運良く残ったほんの一握りの化石を手がかりに、なんとか進化の道筋をたどろうと研究しているわけで、「全ての生物が全部化石になって残る」というのは暴論である。また、進化途中の生物の生息数が極端に少ない場合はさらに化石になる機会はかなり少なくなろう。

    運よく化石になった一握りの生物であれ、土地や大陸ごと海に沈んでしまうこともあり得るし、骨がもろかったり小さかったりの生物も化石になりにくい。進化の過程の化石がないからといって、「進化論」を打ち消すことにはならない。「中間的な変異体で以前に存在したものの数は膨大なものとなるに違いない」と、化石の攻撃に対しダーウィンは反論している。

    ダーウィンは19世紀の人であり、彼の時代に発掘された化石の記録もその数もダーウィンを失望させていた。キリスト教社会が中軸を成していた時代、創造論肯定派からの進化論に対する攻撃は凄まじいものであったろうが、すべては創造論が前提ゆえの所業である。公平にいうなら、「万物創造の神の起源の証拠はどこにあるのか?」ということにもなる。

    縁の下を探そうと地球の内部を掘りまくろうと、創造論を裏付ける証拠など出ようはずもない。対する進化論なら過剰説明をすれば説明はつく。2010年、旧約聖書に登場する、「ノアの方舟」を探す探検チームが、トルコのアララト山の標高4000メートル山頂付近で発見した木片は、99.9%ノアのものであると断定したが、最終的には愉快犯が削った線路の枕木であった。

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      すべての動物のオスとメスを方舟に入れるシーンは笑えた。こんなにおとなしく、規則正しく行進するか?


    本物なら化石と同じ扱いになるが、捏造では話にならない。ロマンは分かるが、科学的見地からいって、4000年前の木で造られた建造物が形をそのままに自然に残ると言う事はあり得ない。氷河の中にあったため風化を免れたと言う説が流行った。氷の中にある物は風の浸食は受けないが、けれど氷河というのは動くものであり、これも科学的に抹消される。

    進化論と創造論と受け入れる割合はどのくらいであろう。証拠も何もない創造論を受け入れる多くは仏教以外の『聖書』を拠り所とする信仰者と思われるが、彼らは人間の脳の素晴らしさをも奇跡と称し、このような奇跡は進化論ではあり得ない創造論を認めること以外に説明がつかないという。奇跡は神が起こし、奇跡に近いものも神だから造れるというようだ。

    まったく根拠はないが大雑把な数字として80%以上の世界の人が進化論を受け入れ、ほとんどすべての学校においても進化論をもとに授業を行っている。それらは敬虔なキリスト教信者家庭に育ったこどもたちは、受け入れられない授業となるのだろう。もっとも学校の方針と家庭の方針に齟齬があった場合には、家庭優先となろうから然したる問題はないと考える。

    エホバの証人信者家庭による学校におけるトラブルは現在も存在するが、信教の自由から学校側の配慮がなされていようが、彼らの特異な聖書解釈は全国の学校に多大な影響を及ぼしていた。「校歌を歌うことの禁止」、「格技の授業に出席しない」、「クラブ活動に参加してはならない」、「クリスマス・誕生日・父の日・母の日を祝ってはならない」、「不信者との交際は禁止」などがある。

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    いずれもエホバの証人が守らなければならない戒律である。これに対する学校の対応もまちまちのようだ。授業を拒否の生徒を退学させる学校、何らかの代替措置をとって卒業させる学校もある。1990年にあった、「神戸高専剣道実技拒否事件」では、新入学生徒の中に5名のエホバの証人信者が、武道の履修を拒否、退学処分を巡って裁判で争われることとなる。

    裁判は最高裁まで争われ1996年最高裁第2法廷は、「高等専門学校において剣道実技の履修が必須のものとまではいい難く、他の体育科目による代替的方法によってこれを行うことも性質上可能である」と、裁量権の範囲を超えた違法なものといわざるを得ない』として、学校側の処分取り消しを決定した。すでに21歳となった原告は第2学年に復学した。

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    『種の起源』が発売されたのは、1859年11月22日。安政の大獄で吉田松陰らが処刑されたのが同年11月21日だから、『種の起源』発売1日後である。初版1250冊以上の申し込みを得るなど人気を博したが、「ヒトとサルは共通の祖先をもつ」というのを示唆したことで、キリスト教社会から、「人は猿ではない。人と類人猿とは別個に想像されたものである」と激しく攻撃された。

    これに対し、進化論を擁護する人は、「幼児が足指を曲げるのは樹上生活の名残りである」などの例をあげて反発した。「進化」という捉え方自体を生物学のなかで確立した学者にはフランスのジャン・ラマルクがいた。彼の『動物哲学』の刊行は1809年だから、『種の起源』の丁度50年前である。しかし、進化論の先駆者としてラマルクの名があがることはない。

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    ラマルクはなぜ理解されなかったか。彼は無脊椎動物を分類する過程で進化理論を思いついた。「あらゆる生物は漸進的に変化をする。種は環境に適応して変化し、ある器官は頻繁に使用すれば発達するが、使わなければ退化をし、その変化は子孫に遺伝する」としたが、この考えは受け入れられず、彼は晩年には盲目となり不遇と貧窮のうちに世を去った。

    ラマルクが評価された点は、生命の多様性を時間の流れの中で考察したところにある。彼以前の生命理解には時間の流れは取りれられなかった。ラマルクとダーウィンの違いを端的にいうなら、ラマルクは進化の根拠として、「完成を目指す生命の自己運動」というものを考えていたが、この考え方が彼以前の古い時代の生命観につながっていたことが挙げられる。

    他方、ダーウィンはラマルクの考えを否定し、それを乗り越えて現代への方向を示した。ダーウィンの進化論は概ね次の2点を前提としている。① 生物は、親が自分とほぼ同じ子を容易に作り出すことができる。② しかし、子は完全に親と同じとは限らないし、また子孫同士の間にも微細な違いがある。この2つの前提は、どちらも遺伝の仕組みと関係がある。

    ダーウィンが進化論を打ち立てたとき、彼は遺伝の仕組みを知っていたわけではなかった。しかし、遺伝の仕組みとDNAの存在が明らかになった現在において、ダーウィンの進化理論の枠組みはしっかりと維持されている。現代に生きるダーウィニズムは各所に散見されるが、華麗な色彩とともに、小柄できびきびした動きで見るものを楽しませてくれる熱帯魚。

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    多種ある熱帯魚のなかのある種にあっては、オスの尾びれの下端が剣先のようにとがっており、それがいっそう繊細な感じを増している。ところが、この尾びれのとがりはオスだけにしか見られない。進化論ではこれを、「雌雄選択の産物」と解釈している。尾びれの先のとがったオスほどメスに人気があり、したがって子孫を残す機会が多くなるというわけだ。

    こうした選択が何世代か続いた結果、この特徴がオスの顕著な性質としてこの種に確立した――、というのがこんにちにおける標準的な、「雌雄選択」の論法である。いわずとしれた単純にして明快な論法であるが、考え直してみると疑問のふしがないわけではない。とりわけ次の2点は、「雌雄選択」の議論の際には、必ずといって繰り返される反論である。

    ① 尾先のとがっている種ととがっていない種が、ごく近縁である場合がある。両者の違いはなぜ生じたのか。

    ② とがった尾は鑑賞には適しているが、あまり長くとがっていると、個体の行動に上で不利になるだろう。これは、有利な形質が選択されて発達してくるという進化論の考え方に反するのではないか。

    ダーウィンは『種の起源』でこう主張する。「生物界では常に多数の個体が生み出され、それらの間には僅かな個体差がある。そのため、環境により適したものは、または生存競争においてより有利なものが生き残る確率が高く、子孫を残す機会が多い。このことが生物の進化を促す」。ダーウィンはこれを品種改良などの人為選択に対する自然選択と呼んだ。

    彼はこの説を『種の起源』刊行の17年前となる1842年にまとめていたが、長いこと発表を控えていたのは、裏付けとなる資料を整理して理論を完全にするために努めていたからだ。ところが、1958年 (『種の起源』発刊の一年前)、アルフレッド・ウォレスという同じイギリスの博物学者が、自然選択と同じ考え方の論文をダーウィン宛に送ってきたのである。

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    ダーウィンはことさらに悩んだ末、友人である地質学者チャールズ・ライエルらの勧めで、ウォレスの論文とともに自分の研究の概要をリンネ学会に発表することにした。自然選択説は多くの点で優れていると考えられていたが、ダーウィン自身が認めるように、いくつかの難点を抱えていた。進化の過程状態にある種が見つからないのもその理由である。

    また、極度に完成した機能を持つ器官(目や耳など)は、本当に自然選択によって徐々に形作られたのか、本能は自然選択によって獲得されるのか、変異はどのようにして遺伝するのか、などである。このうち、変異の遺伝などのように、その後に解決された問題もあるが、100年前に提起した問題の一部は、現代生物学においても未決定の問題としてしばしば議論されている。

    イギリスの科学誌『NATURE』1994年4月7日号の論文の冒頭には、「雌雄選択の理論は長らく論じられてきたが…」とあり、ダーウィンの『人類の起源及び性選択』(1871年)が、文献表のの最初に引用されている。しかし、ダーウィンの業績は、生物学の中の限られた問題としてではなく、創造論やその他に対する世界観を新たに確立したことにあろう。

    有体にいうなら、現代の科学理論の方向を定めることに大きく寄与したといえるのではないか。「進化」の原動力とは何であるか。上記した進化論の2つの大前提は遺伝の仕組みと関係があったが、遺伝の仕組みが不明の時代において前提が成り立っていたのは理論が正しさを裏付けている。ダーウィンの頭には創造主の絶大なるパワーなど欠片もなかったろう。

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    1831年12月、イギリス海軍の帆船ビーグル号はデポンポート軍港を出発した。航海の主目的は、南アメリカのパタゴニア、チリ、ペルーや南太平洋の数個の島々の測量を行うことになっていたのだが、なぜかその中に一人の若き博物学者が同乗していた。その人こそがチャールズ・ダーウィンである。この航海はダーウィンに様々な知識と経験を与えたのはいうまでもない。

    彼はこの航海の4年後には、「自然選択説」を思いついていた。「自然選択説」が生物進化の仕組みを超えて、生命全体の見方や生命を通して見た人間観や世界観の基礎として、こんにち不動の地位にあるのはダーウィンの堅実さによるところが大きい。創造論が真実であるなら異存はないが、何の努力も汗にも満たぬ創造論に功績はない。神に功績もへったくれもないか…

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  • 11/25/18--15:05: 無常の行方
  • 「無常」という言葉をしばしば耳にする。仏教用語であるが普段から普通に使われる言葉でもある。自分はあまり使った記憶がない。言葉自体は知ってはいたが、高校の古典の授業での有名な一節が印象に残る。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」と、『平家物語』の冒頭文の暗記はどこの高校でもやるのだろう。暗記という行為も勉強の一方法であろう。

    栄華を誇った平家一門の滅びゆく姿を語るこの冒頭は、日本語の美しさを体現している名文でもある。「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ」と続くこの印象深い文章を暗唱できる人も少なくないとは思うが、意味を忘れた人もいるのだろうが…

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    【現代語訳】
    祇園精舎の鐘の音は、万物は変転し同じ状態でとどまらない響きがある。沙羅双樹の花の色は、盛んな者も必ず衰えるという道理を示している。栄耀栄華におごる者もそれを長く維持できるものではない。ただ醒めやすい春の夜の夢のようだ。勢い盛んな者もついには滅びてしまうような、まさに風の前にある塵と同じようなものである。

    「祇園精舎」とは、祇園に建てられた精舎(お寺)のこと。祇園とは京都の祇園のことではなく、約2600年前、インドのコーサラ国(拘薩羅国)の祇多太子(ぎだたいし)が所有していた林で、祇樹(ぎじゅ)ともいう。つまり「祇園精舎」とは、仏陀が説法した代表的なお寺ということになる。高校の古文の先生はここまで詳しい説明をしてくれなかった。

    「祇園精舎」は正式に、「祇樹給孤独園精舎(ぎじゅぎっこどくおんしょうじゃ)」といい、5世紀初めに中国からインドへ行った三蔵法師法顕(ほっけん)の『法顕伝(仏国記)』によれば、コーサラ国の首都舎衛城(しゃえいじょう)の南門から南へ1200歩のところにあり、門の左右に柱があり、周りの池は清らかで樹木が生い茂り、色々な花が咲いていたという。

    が、7世紀の三蔵法師玄奘(げんじょう)の『西域記』によれば、城の南5~6里にあった祇園精舎はすでに荒廃していたという。「祇園精舎」を「祇樹給孤独園精舎」というのは、祇園精舎を建立したコーサラ国長者で大臣であったスダッタで、彼を給孤独長者といった。「給孤独」とは、布施の心が強く身寄りのない孤独な人たちに食事を与えていたことによる。

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    給孤独長者は仏陀に巡り合い、仏の教えを聞くようになった。布施心の強い給孤独長者は、仏教の教えを聞く会場となるお寺を建てて、仏陀に寄進しようと考え、理想的な都会でもなく辺境地でもない場所を探したところ、理想的な候補地をみつけた。そこはコーサラ国の王子祇多太子(ぎだたいし)の所有地であった。給孤独長者は祇多太子に会いに行き土地の譲渡を願い出る。

    ところが太子は相手にしない。給孤独長者は諦めず熱心に懇願するので、祇多太子はとんでもない法外な値段を言って諦めさせようとこう言った。「それ程いうのなら仕方ない。地面を黄金で埋めよ。さすればその黄金と引き替えに、敷き詰めた分の土地を売ってやる」。王子のこの提案に給孤独長者は怯むどころか、大喜びして家に飛んで帰ったという。

    そして、さっそく使用人たちにこう言った。「皆の者、家財の一切を売り払って黄金に変え、祇多太子の所有林に敷き詰めよ」と命じた。あまりのことに一同驚くが、長者さまのご命令とあらば従わざるを得ない。蓄えていた金銀財宝を金貨に変え、祇多太子所有の土地に敷き詰めて行った。黄金が敷き詰められて行く光景を見た祇多太子は驚き給孤独長者に問いただす。

    「お前はなぜそんなにあの林の土地が欲しいのだ」。給孤独長者はこのように答えた。「それは今、仏陀がすべての人が救われるこの上ない教えを説いておられるのです。人は、どれだけお金や地位を手に入れても、心からの安心も満足もありません。どこへ向かって生きればいいのかわからず、暗い毎日を送っている人類にとって、光となる教えなのです。

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    聞き難い仏教を聞けることは、果てしない生まれ変わり死に変わりの中にもないことです。お金など惜しくはありません。一人でも多くの人にこの教えを聞いてもらいたいのです」。給孤独長者の言葉に驚いた祇多太子は、「そういうことであったのか…。それなら私にも手伝わせてくれ」と賛同し、残りは祇多太子が仏陀に布施をすることになったという。

    こうしてその場所は、祇多太子と給孤独長者の名前をとって「祇樹給孤独園」と名づけ、建立された精舎を、「祇樹給孤独園精舎」、略して「祇園精舎」とした。仏陀は祇園精舎を拠点に、華厳経や阿弥陀経などを始めたくさんの教えを説く。日本でも、祇園精舎の名前が平家物語に登場し、阿弥陀経は、日本の最大宗派浄土真宗の葬式や法事で読まれている。

    わずか四文字の「祇園精舎」も語れば教養となり。ついでに沙羅双樹(サラソウジュ)の花とは、フタバガキ科Shorea属の常緑高木。シャラソウジュ、サラノキ、シャラノキともいう。幹高は30mにも達し、春に白い花を咲かせ、ジャスミンにも似た香りを放つ。仏教では二本並んだ沙羅の木の下で仏陀が入滅したことから般涅槃の象徴とされ沙羅双樹と呼ばれる。

    「無常」とは、「この世の全てのものは、移り変わっていくこと」ことの意味とは別に、「人の死」を意味する場合もあり、「人生のはかなさ」を強調するときにも使う。「諸行」とは、この世のすべてを意味する。 変化というのは実は大事である。たとえば自分にとって大事な人が亡くなれば誰もが悲しい気分になるのは、人間としての当然の感情といっていい。

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    しかし、もしも人の命が永遠に続くとしたらどうであろうか?命の重みが軽くなってしまうような気がする。仏陀は、「諸行無常」を受け入れると不安や悲しみが軽減するといっている。こうして仏教は多くの人に影響を与え、普段の生活においても「無常」という言葉が普通に使われるようになった。自分は使った記憶はないが、「無常」の言葉の背景である。

    むか~し、佐川満男(今は佐川ミツオ)という歌手がいて、『無情の夢』というのがヒットした。調べてみたら1960年10月発売だから58年になる。佐川は歌手の伊東ゆかりと結婚したことも記憶の隅にあり、いわれてみると思い出す。『無情』は、「無常」と音は同じで字も意味も違って、慈しみのないこと。思いやりのないこと。無常と同様仏教用語として使われる。

    この場合、精神や感情などの心の働きのないこと。また、そのもの。草木・瓦石・国土など。非情。常に無いのが無常だから、移り変わるとなる。感情がないのが無情であるなら、思いやりがないといえる。『無情の夢』の歌詞から全体の大意をつかみ取ることはできようか。詞を眺めながら、どこがどうしてどういうわけで、「無情の夢?」なのか、ちと不可解でもある。

     1. あきらめましょうと 別れてみたが       2. 喜び去りて 残るは涙
        何で忘りょう 忘らりょか                   何で生きよう 生きらりょか
        命をかけた 恋じゃもの                     身も世も捨てた 恋じゃもの
        燃えて身をやく 恋ごころ                   花にそむいて 男泣き



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    すべてのものが移り変わることを、「無常」というなら愛も例外ではない。いや、愛こそが無常の最たるものか。この場で幾度か書いた言葉がある。「彼は10年前に愛した女性をもはや愛さない。その筈である。彼女は以前と同じでなく彼も同じではない。彼も若かったし、彼女も若かった。今や彼女は別人である。彼女が以前のままなら彼は愛したかも知れない」。

    パスカルの『パンセ』の有名な一文だが、男目線という批判には、彼と彼女を入れ替えれば女目線となる。男が書けば男目線、女なら女目線となろうが、いってることは同じこと。当たり前の事実であり平凡に見える言葉であるが、ありきたりの事象といっても人間はこの平凡な事実によって多くの悲劇を生んでいる。この世に男と女がいる限りそれは続く。

    人間を悲惨に導くものは特異なことではなく日常の些末なことや、眼には見えぬ心の変化によることで起こるのではと、こうして書きながら感じとっている。何気なく過ぎて行く日常というのは、実はそれほどに恐るべくことかも知れない。パスカルは10年というが、「10年は一昔」というほどに人間の変化を大にする時間なのだろう。別の言い方で成長という。

    成長とは決して良くなること、前進するとは限らない。悪くなることも成長である。パスカルは変わるということを、「人間の状態。不安定、倦怠、不安」と説明しているが、これまさしく日常における人間の状態であろう。「愛」という言葉は多分に濫用されている。恋愛、人類愛、友愛、神の愛など、愛というものの種別は異なるが、一緒にすることはしばしば起こる。

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    愛が矛盾であるのは、それなくして生きられない人間でありながら、しかも人間はその愛で傷つく。愛とは巨大なる虚偽といえるかも知れない。これによって人は結びつくも、これが原因で人は敵対する。愛は人を欺くばかりか、自己をも欺く。一体、愛とは何なのか?気まぐれの情動であるのか、それとも美しいものであるのか。どちらであって、どちらでもない。

    だから矛盾というのだ。パスカルは愛を10年という時間の上に成立させている。確かに10年前に二人は、「永遠の愛」を誓い、無上の幸福に浸っていたのかも知れない。時間というのはときどき不思議なものに思えることがある。時間は、喜びを苦しみに変えるし、苦悩を和らげる魔力を持っている。さらに時間というのは人間に対して復讐をするところがある。

    復讐とはやや比喩的な言い方だが、つまりは年をとるということ。歯は抜け、髪は白く、皮膚は垂れ、皺が顔全体を覆う。女性は小じわというがいずれは大じわとなる。パスカルの様々な言葉は端的に、「無常」を語っているに過ぎない。自分は男であるから女性を行為したことはないが、分かったようなことをいえば、男と女の大きな違いは鏡を見る時間と回数か。

    おそらく男はあまり鏡を見ない。見るのは映るからという理由が大きい。一日にトータル5分も見ないし、回数も多くて3度である。鏡を見る必要のある時以外はやらないが、女性の必要性はありすぎる。気になるから見るのだろうし、気にならないから男は見ない。それからすれば自己愛という観点からも男と女は違っている。女は我が肉体を男は我が精神を愛す。

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    古来多くの男女が愛のために自殺をした。何のための自殺であるかは個々に理由があろうが、強いていうならいかなる自殺も何らかの意味において、自己の、「証明」であろう。死をもって自己を証明するというのも過分ともいえる決意に思われるが、自己の存在理由を死で明示するいじらしさのようにも考えられる。特に少年少女の場合には、「いじらしさ」がそぐう。

    失恋による自殺というのも、恋を失った絶望によって、彼(彼女)はその恋の絶対性を確信したという自己証明であろう。この前にもこの後においても、これ以上の恋はないという自己を証明して見せているのであろう。なんという美しかな瞬間であろうか。愛の永遠性を断言した美しき瞬間、永遠に不変という愛の定義として、これを疑うことはいささかもできない。

    死というのは絶対の証明といえる。武士の切腹も同じ論理に満ちている。自殺の論理とは、絶対を死で完結することで、自分が今後昇華できる自信がないとも考えられる。11月25日は三島の命日、いろいろ言われる三島の自決も絶対性としては確かであった。絶対を生きる者は刹那的死を遂げる。人間は死んでみなければどういう人間なのか、いささかも分からないものだろう。

    生きている限りは全く不安定で不安でだらしなく、愛のいかなる絶対もなければ、根底には背信の危機を蔵している。「愛」とは何か。言い尽くされ、使い古された言葉であるが、いつの世も新しく解釈がなされながら、解釈されつくさない言葉こそが、「愛」である。思い切って定義づけてみるなら、愛とは能力であろう。何の能力か?「凝視」の能力といってみる。

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    相手の心の中から、運命までも見つめ通したいと願う心といってもいい。恋人であれ親子であれ夫婦であれ、愛はそういう欲望を持ってはいまいか。受け身の形で言うなら、見つめられる愛である。誰にもあろう、凝視し、凝視された思い出、それは愛であったはずだ。愛は捧げるものというが、それ以上に人は愛を求める。大事なことは「無心」のうちに宿る幸福だ。

    キリストは、「隣人愛」を説いているが、「隣人の愛」は、それを誇示するかたちであらわれてはならない。また、「奉仕」の対象が権力であってはならない。国家権力であれ、宗教権力であってはならないといいつつ、権力とかかわりのない、「奉仕」を探す方が難しいほどに奉仕は権力に結びつき易い。なぜ人は、「慈善」を誇示するのか。なぜ布施や寄付を誇示するのか。

    神社の碑の寄付の額の多い者から名が彫られている。富裕者の100と貧困者の1の価値とは数字の如きなのか。宗教が権力となるのは、崇める対象が権威である以上、避けることは難しい。「善い生活とは、愛に力づけられ、知識によって導かれた生活のことてある (The good life is one inspired by love and guided by knowledge)」。これはラッセルの言葉。

    彼のモットーとしての言葉である。英国教会の信者であったラッセルの宗教批判は主としてキリスト教に向けられている。「なぜ私はキリスト教徒でないか」、「宗教は文明に有益な貢献をしたか」、「私は何を信ずるか」が、単純に率直にラッセルの論旨を示している。とりあえずラッセルは置いておき、「愛は無常であるか?」の命題について思考をめぐらしたい。



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  • 11/27/18--16:31: 「東大王」談義

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    家族・親族が会して食事などをたまにするわけだが、男が少ないこともあってか女同士は満開の桜ごとき会話を乱舞する。「東大王ってすごくない?」、「すごいすごい、あの人たちの頭ってどうなってるんかね~」。誉め言葉に罪はないが、誉めるべくを誉めるならであって、無用の誉め言葉は罪を生む。そうした会話にちゃちを入れるのが男の義務だろう。

    「東大生がクイズなんかに熱中してどこが凄いの?」などと低レベルな発言で水を注すのは羞恥である。自分は東大王と称される彼らの栄光の裏にある陰を想像するのだが、人間とはそうしたものであろう。ちやほやされるときと、一人孤独でいるときの対比というのは、ちやほや度の高さに比例すると思っている矢先、話はカープの丸選手のFAに移行した。

    「丸は絶対に巨人だね。だって5年で7億でしょ?わたしら一生で1億?」。「丸はロッテに行くよ。7億はやりがいというよりプレッシャーになる。打てなかったり、不調の場合の反動が大きいと思うよ。伸び伸び野球をするならそんなにもらわないのがいいよ」。巨人というブランドを背負うばかりに、悪い時の精神的対処が難しい。丸はロッテに行くべき。

    世間は何かと東大生に偏見がある。東大に入ったからと言って何かを背負う必要はなく、18歳のころ勉強ができたというのは間違いはない。世に研究者という人たちがどれだけいるかの想像はできぬが、地道に研究を続けることが頭の良さを高めるというのではなく、50歳でノーベル賞の栄誉に与ったなら、その日まで地道な研究を絶やさなかったということだろう。

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    頭が良いからノーベル賞というよりも、「継続は力」という風に思えてならない。東大王の一人で最年長の伊沢拓司は、ウェブメディア「クイズノック」の編集長を務める傍ら、ユーチューブで映像配信もしている。「クイズで食べていける保証はない」というが、ここまでのめり込んでしまった以上、仕事にできたらの思いもあろう。農学部の大学院に在籍する彼はいう。

    「1年半くらい前は研究で身を立てることも考えていましたが向いてないのがわかりました。上には上がいて、東大の研究者は本当に四六時中、研究のことばかり考えていますが、僕はそこまではないですから…」。ことクイズに関していうなら、「上には上がいる」という言葉は彼にはない。趣味や遊びのクイズを職業として成り立たせられたらそこそれが彼の才能だ。

    クイズ番組に限らず、それ系のバラエティ番組の醍醐味は双方向で楽しめるということがある。視聴者も一緒に考えたりできるし、東大生が分からなかった問題をたまたま知っていたりすると喜びも倍増するのだろうし、瞬間エラくなったような気になる。とても知るはずのないような奇問・珍問を答える東大生を、「偉い」、「賢い」、「凄い」の言葉で称賛する。

    こうした現象を医学博士で日本学術会議会長などを歴任した東京大学名誉教授・黒川清氏は、「こうした学生の知識は体系化されておらず、単なる物知りにすぎない。まして、新しい考えを創造する力を欠いている場合が多い」。と冷ややかというよりも受け取った事実をいうしかない。なぜなら、学問とは体系であって、それに必要な知識こそが大事とされる。

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    そんなことは言わずもがなで、「日本一の頭脳」と番組で持ち上げられようと、遊びの領域であるのは百も承知であろう。趣味や遊びについて東大生を特別視する必要もなく、東大にいかなくても人が知らない知識の習得を日々血眼になって頑張れば、沢山保有することはできる。あとは、頭のなかをどれだけ整然と整理・整頓できる能力を有しているかどうかの問題だ。

    世の中には多くの事柄があり過ぎるくらいにあり、すべてを知るなどは不可能であるが、多くを知ることが善いということでもない。あるゆる方面において、どの方面の知識においても、それ自身だけを持っていても善いということにはならず、あり余る知識所有者が、心広くて情緒豊かな人間観をもっているとも限らない。単なる技術の一要素としてみなされる。

    究極的な知識というのは、生きるために必要なものであろう。我々が生きて行くこと、我々の生命を守ることに大切と考える。むやみに求め、戦う助けとなるような知識以外を、貴重な時間を割いてまで獲得する心のゆとりはなかろう。そこで以前から思っていた、受験戦争における受験のための勉強の無意味さである。こんなことを国家がなぜ放置していたのか、いるのか?

    そのことが最大の疑問であった。教育に対する狭い功利的見解についての言い訳など腐るほど知っている。どれも言い訳にしか思わぬが、大切なものと考える人がいるのも知っている。自己が暮らしを立て始めないうちにあらゆることを学ぶ必要はなく、本当に、「有用」なる知識外の無用な知識をああまでして習得するのか?二度とない子ども時代を犠牲にして…。

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    有用な知識が時代を作ったのであって、機械も自動車も鉄道も飛行機も化学繊維も食料の自給などなどが挙げられる。そうはいうものの、「無用」の知識が絶対に無駄で不必要とは思っていない。「無駄」も人間の生きる要素であり、「駄」という言葉には生活の実体が見れる。駄賃、駄文、駄菓子、駄ジャレ、駄弁、駄作、駄馬、駄目、駄チン(粗チン)、駄マン(ダメ男)。

    何気に使う言葉の羅列である。「ダサい」は、「駄埼玉」が語源という説もある。「駄」とは、名詞に付いて、「値うちのないもの」、「つまらないもの」、「粗悪なもの」などの意を表す。人間社会に「善と悪」があり、「悪」も必要なように(必要悪と言われるものとは別の)、「秀」とは別の、「駄」も必要だ。思うに、「無用」の知識の最も大切な長所というのは、心の瞑想ではないかと愚考する。

    電車の中でのスマホいじりは多いが、なぜこのような貴重な時間(?)を瞑想や沈思黙考に使わないのだろう。そこまでして人間は、何かをしていたい、しないではいられないものなのか?と、何もしない時間の大切さを人が失っているように思えてならない。「何もしない」という何かをしていることが、人間にどう大切かの科学的根拠はは不明だが、おそらく何かがある。

    分らぬことは「おそらく」というしかないが、何もしないでいることが賢明であると知恵が教える何かが、おそらくある。そんなときに何かを行為する、行動するというのは、はやり切った気持ちではないかろ…。武田信玄が掲げた、「風林火山」の「山」とは、「動かざる事、山の如し」である。メフィストフェレスは若き学生に、「学理は灰色だが、生活の木は緑だよ」と告げている。

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    それを額面どおり悪魔の邪心とするのか、どうなのか。瞑想や沈思黙考は、心に宿る思索である。それはささやかなものではあるが、深いものであり、利益がある。生活の中、人間関係における小さな煩い事を、考えることは少なくとも、現実逃避のゲームよりは実入りがあろうかと。良いと思うことを言うのは押し付けになりがち。よって、「妄言には妄聴」を善とす。

    確かに教養の与えるささやかな楽しみは、実生活のこまごました悩みを取り去るものとしての効果はあるが、ものをじっくり考えることの大切な働きは、人生途上の大きな害悪、死、苦痛、残忍性、宗教の独断性などについて、しかと答えをだすことにある。人生はいつの世にも苦痛に満ちているが、様々に思考をし、智慧の力を借りることで、沼から抜け出すことは可能である。


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  • 11/28/18--15:20: 無常の愛

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    恋愛の言葉の最後というものは、「愛するか否か」の断言だけである。「どちらでもない」という曖昧な言葉はとりあえず無視。然りか、否か、いずれかをいうのが相手への誠意であり、卑怯者の誹りを免れない誠実さでもある。残酷であろうとも自らの気持ちに正直であれば、あとは言い方を配慮すればよい。人は傷ついてこそ強く、逞しくなるしかなかろう。

    人間とは一つの幻影という見方もできる。絶えざる危機と不安と不遇のうちに、自覚されてくるものは翻弄される自己である。一体どこに安定を求めればよいのか。自らを強くするのも方法だ。風邪をひかぬ健康な体を作るようにである。確かな自己など存在するのかしないのか、疑いながらも見失われやすい自己に対して、見失うまいとする抵抗力は必然に起こるだろう。

    愛という言葉は元来日本語になかった。切支丹が日本に渡来したころ、「love」をどう訳すかで苦労した。切支丹は愛を説く。「神の愛」、「キリストの愛」の、「愛」の日本語訳は、「ご大切」となった。すなわち、「神のご大切」、「キリストのご大切」と称し、「余は汝を愛す」というのを、「余は汝をご大切に思う」と訳したと、坂口安吾が『恋愛論』のなかで述べている。

    聖書には正しいことだけが書かれてある言わんばかりだが、キリストの次の言葉は興味深い。「われ地に平和を投ぜんために来れると思うな。平和にあらず、反って剣を投ぜんために来れり。それ我が来れるは、娘をその母より、嫁をその姑より分たん為なり。人の仇はその家の者なるべし。我より父または母を愛する者は、我にふさわしからず…」(マタイ伝十章)

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    これは家族の否定である。キリストにとっての信仰とは、一切を捨てて神に従うことであって、それを抑止する家族でさえ仇とみなす。したがって、神がダメといえばダメ、それが信仰というものだ。家族の持つエゴイズムを破壊することなくしては、「個」は純粋とはいえない。自分の経験からいっても、「個」の確立なくして純粋なる自由はなかったといっていい。

    キリストの言葉を換言するなら、「個」の集団を第二の家族にに変容せしめて、人間愛を超えたところの神の普遍的愛を、徹底せしめんと志すことを求めている。神が傲慢であることが無神論者にとっての最大の神批判であるが、同じような意味のことは親鸞も述べている。「親鸞は、父母の孝養のためとて、一遍にて念仏まうしたること未ださふらはず。

    そのゆゑは、一切の有情はみなもて世々生々の父母兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏になりてたすけさふらふべきなり」(歎異抄)。これは孝養の否定である。注釈するなら、孝養という特定のものに捧げられる愛のエゴイズムの否定である。親鸞は先祖の法要など進めていないといったが、なぜに大谷派は親鸞の教えに反するようなことをやっているのか?

    キリストが何を言おうが、親鸞が何を言おうが、家族や孝養は否定できない美しいものとこの点に解釈を定めている。そもそもすべての宗教は、家族を捨てることを要請するものである。なぜなら、それが精神の厳しい要請であるからだ。我が国における「出家」という行為も、精神の単一性確保によって、純粋に一対一として仏に直結せんとの潔癖な行為といえる。

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    人間が家族のしがらみから離れて、「自己」を持つということ即ち、「心の出家」といいうことになる。キリストの言葉をもし、恋人の言葉と変えてみるとどうであろう。恋人にこのように呼びかけられた者は、家族の中で痛烈なる孤独に見舞われるであろう。それこそが分離のエネルギーであるなら、すべての恋愛は、「家出」の要素を内包していることになる。

    「我よりも父または母を愛する者は、我にふさわしからず」という言葉は、神だけに許された言葉と、キリスト教は都合のよい解釈をするようだが、エホバの証人の聖書解釈を批判する別のキリスト宗派は、エホバの証人側からみれば誤った聖書解釈となる。「あいつはバカ」と名指しされたものからみれば、「バカ」と名指ししたものこそが、「バカ」であるように。

    子どものころの言い合いが懐かしい。「あんたバカ?」、「バカというもんがバカでしょ」。今にしてこれは正しかったのだと思ってしまう。個々の人間がいるが如く個々の人間の精神とは本来孤独なる性質をもつものであるのを、小学生のころから認識していた。人はつるむという社会的性質がある。党派性とは、厳密にいうなら政治的党派性のことをいう。

    すべての政治は組織を前提とする以上、政治的なものは組織的なもの、組織的なものは政治性を帯びる。党派なき政治はあり得ず、権力を目指す政治もあり得ない。ならば、個人的な感情は二義的なものとされるか、場合によっては罪悪視されることになる。宗教もまた権力を目指すところがある。思想の統一性から出る非寛容、これこそが宗教の美徳であるという。

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    ラッセルに言わせるとブリテン国教会は、「野蛮な時代の来世観を押し付ける事で民衆に噓を付いている」と、彼らしい放言、いや言説である。彼は自らをこう形づけている。「私はブリテンの働く事をしない有閑階級 (考える事は労働かも知れない) であり、伯爵であり、数学基礎論の論理学者・数学者であり、教育に関する妄想的な社会改良家であった。

    そして頭が鈍くなった後は哲学者と言われていた。自分には自分が定めるところの、「五賢人」なる者がいる。マスターベーション的独善とみれば羞恥も偽るところもなく、後に記す予定だが、いずれも日本人で書籍や思想的に拠り所とした人たちである。その上にオンリーワンの、「一賢人」としてラッセルがいる。英国人で距離はあるがが、人間的にみるならまさに彼は人間である。

    いかなるものの上に信仰があること自体理解を超えるが、信仰とはそうであるべきもののようだ。党派という社会性も信仰という精神性も、人間に必要なら不要とする我々が否定するものではないが、党派や信仰がどちらも組織を守るためのものなら、そこに限界があることは事実といわねばならない。例えばある党派、ある信仰に在って恋愛したとする。

    その相手が党派に属さぬばかりか、その党派に反対する人であったとする。恋愛の相手がその信仰に属さぬばかりか、宗教を嫌悪する人であったとする。こういう場合はどうなるか?ロミオとジュリエットの背景にある熾烈な宗教的争いの知識はなくとも、恋愛そのもの理解はできる。悲恋だからこそ美しいというのは、外野の見方であり気楽な立場の読み手である。

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    二人は仮面舞踏会で出会い互いに強く惹かれ合う。舞踏会のソネットで二人は唇や手を巡礼者と例え、愛を信仰になぞらえるが、やがて二人はキリスト教から一時脱却して愛の宗教へと改宗する。二元宗教的な観念を持つ恋の宗教を信仰する彼らには死こそ愛の成就であり、生きているうちは達成され得ない愛の合一なのである。物語は恋愛を超えた深い人間愛を見る。

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  • 11/29/18--15:28: 無情の愛
  • 愛は無常であると事例をあげて述べたが、無情の愛もあるようだ。無情と非情は似て非也。言葉も違えば意味も違う。無力と非力もしかり。「無情な仕打ち」と、「非情な仕打ち」と、この違いをどう感じとるかは人それぞれだろう。懐かしや、「非情のライセンス」というテレビドラマがあった。ドラマ系を観ない自分は、タイトル名は知るものの一度も観た記憶がない。

    主演が天地茂なのは知っていた。ニヒルで辛気臭さ漂う天地は、笑顔の似合わない笑顔のない役者で、「非情のライセンス」はのタイトルにピッタシ感がある。1973年から1980年までテレビ朝日系列で放送された刑事ドラマであるらしく、主題歌の『昭和ブルース』という曲も懐かしく、天地自身が歌う声の記憶は残っているが、彼が世を去って30年になる。


    天地茂といえば数ある『四谷怪談』のなかでもっとも怖いお岩とされる、1959年度新東宝制作の『東海道四谷怪談』(監督・中川信夫)の民谷伊右衛門役が印象に残っている。映画のラストでお岩が美しい姿で昇天するシーンは、「こ、これが四谷怪談?」と思わせる新演出であった。他の中川作品はなくなっても、この作品だけは残ると、評論家の評価は高い。

    三島由紀夫も本作品で伊右衛門を演じた天知にぞっこん惚れ込んだ。三島は天知の伊右衛門について、「近代味を漂わせたみごとな伊右衛門」と絶賛し、後の自作戯曲の舞台化『黒蜥蜴』(1968年)において、「このダンディ、この理智の人、この永遠の恋人」と賛美、明智小五郎役に天知を抜擢した。非情なる伊右衛門役も、明智役も天地のキャラに相応しい。

    『レ・ミゼラブル』の邦題は、『あゝ無情』とされたが、この訳をつけたのが土佐国安芸郡(現在の高知県安芸市川北)黒岩涙香(くろいわるいこう、1862年11月20日 - 1920年10月6日)であった。涙香による翻案が『噫(ああ)無情』の題で1902年(明治35年)10月8日から1903年(明治36年)8月22日まで『萬朝報』に連載され、これによってユゴーの名が広く知れわたることになる。

    レ・ミゼラブルとは、「悲惨な人々」、「哀れな人々」などの意味である。それを、「あゝ無情」としたのは、結局世の中は不公平で理不尽なことばかりということが、「無情」という表現となった。好きな作品だが、「小説」を読む疲労が増すのか、「映像」に委ねる昨今である。多くのミゼラブルな人々になかで、もっとも哀しい女性こそ、コゼットの母ファンチーヌではないだろうか。

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    彼女は美しい髪と前歯を持つ可憐で純粋な美女にもかかわらず、娘のために身体を酷使して働きづくめ、それでも金が足りないときは大事な前歯と美しい長い髪をお金に替えた。何もかも売ってしまって彼女は、それでもおさまらず売春婦となる。男とのいざこざの際には、マドレーヌ市長ことバルジャンに助けられるも、コゼットをバルジャンに託し27歳で没す。

    ユゴーの『レ・ミゼラブル』には非情な人たちも登場するが、職務熱心なジャベール警部、貪欲なテナルディエ一夫婦は代表格か。反面、ミリエリ司教には驚かされた。司教は清貧の人だが唯一の贅沢品として銀の食器と燭台を持っていた。しかし、バルジャンを泊めた翌朝、銀食器をバルジャンに盗まれる。憲兵が、「怪しい男を捕まえた」とバルジャンを司教に差し出す。

    捕まったジャン・バルジャンに司教は、「食器だけでなく、燭台もあげたのに。なぜ一緒に持っていかなかったのか」といい含め、燭台をジャン・バルジャンの手に握らせて、「正直な人間になるために、銀器を使いなさい。それを忘れてはなりません」と告げる。『レ・ミゼラブル』の中で最も有名で感動的な場面であるが、人間はすぐには変わるものではないのをユゴーは描く。

    人間と人間の関係にあっては、誰も自分が正しく理解されることを望むが、完全なる理解というのはあり得ない。それで相手を責めていいものなのか?ここに一冊の本があるとする。難解な哲学書ではないが、本の中身を完璧に理解しうることが可能かであるかを考えてみればよい。人は個々の知識レベルの範囲内でしか物事を理解できない。複雑な人間ならなおさらである。

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    自己をもっとも研究すべくは自分であるべきで、バルジャンも改悛に長い時を要した。人は誰しも自己の内部に空想的なものを持っている。ちょいと人に褒められると嬉しくなって自分の資質に自惚れる。反対に人からちょいと悪口をいわれると、しょげる、めげる、怒るなどの感情が発露する。極度の自己過信と自己卑下の間を、人は行ったり来たりしながら生きていく。

    「僅かなことが我々を慰めるのは、僅かなことが我々を悩ますからだ」という言葉が示すように、僅かなことで一喜一憂する人間である。小さい小さい小さい…、人間は真に小さい生き物だが、それでこそ人間である。感情的にならず、理性を磨き、そして高め、自分を褒めたり悪口をいう人々の言葉は、「本当に正確なのか?」と疑ってみる。多くは見当違いであるのが分かる。

    占いを信じる女がいた。毎日の、「今日の運勢」を気にする彼女であった。「気にしてどうするのか?」と聞くと、「ほとんど忘れている」という。なのに、朝いちばんに今日の運勢をみる。「いいことは気にするけど、よくないことは気にしない」という女の言い分を聞き、これも特異な能力かと笑った。いいことだけを頭において、気持ちさわやかでいれるという。

    占いは信じないが性格判断なる判定は、自分を客観的な視点で捉える面白さがある。ただ、誕生年月日での性格判断は、同じ人だと同じ性格になるのがどうにも胡散臭い。双子の性質は似るというが、まったく同じ判定となる。「誕生年月日で性格が分かるか!」などは読み物として楽しむもの。自分の性格をピタリと当てるなど自身をおいても不可能であろう。

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    自分が分からないから気になる部分もある。人は人からの悪口を誤解とし、賞賛を正解と思う。投げやりで世捨て人的な人間は、自分の思うままにならない、周囲に理解されないからと卑屈になるが、人に起ることは自分にも同じように起こる。そでで卑屈になるか、道理として受け入れるかで、上手く行かない、人に理解されないのは当然と思えばいいのよ。

    嫉妬深く虚栄心のかたまり人間は、挫折感や落伍感をネガティブに感じるようだ。漂う孤独感は同じでも、孤独を苦にするか、孤独を愛するかで違う。うんざりさせられるほどの孤独感を聞かされることがある。独身であれ、妻帯者であれ、ネガティブな孤独感を抱く人間の本質は変わらないものだ。「家族が敵に見えることがある」という知人がいた。

    彼の孤独感は孤立がもたらせたもの。いろいろ考えてみるに、我々がはじめて孤独感を抱くことになるのは、実は最も親しかるべき家族なのかも知れない。ということなら家族とは悲劇的存在である。「家族が敵」というのは到底理解しえないが、子ども時代に母親は敵だと思っていた。それが、望んでその母親の子として生を受けたわけではないからだ。

    自分の妻子は自らの意志で作り上げたものの筈だが、「家族が敵」という中年男は不幸に思えてならない。望まぬ親の元に生まれたわけでも、望まぬ伴侶を射止めたわけでもあるまいし、どれだけ虐げられたかを他人は知る由もないが、自らが作り、育てあげた家族を、「敵」とは無情であり、憐れとしか言いようがない。幸福とはほんの目の前にあるものなのに…

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  • 11/30/18--16:35: 死についての妄言
  • 「死ぬまで生きよう」のブログタイトルもあってか死への思考は止まない。書けど書けども分からぬ死を書くのは妄言である。が、死を分かりたいから書くというより、未知への好奇心かも知れない。随分と前、性体験前の性への興味は、体験後には、「こんなものか」だったが、死だけは死んでも体験できない。だから、どんなものかを想像するよりない。

    誰でもいい、死んだ者と話してみたいがそうもいかない。性と同じく、死も体験すれば、「こんなものか」だろう。性への恐怖心を抱くことはなかったが、死への恐怖心は誰にもある。死の何が怖いのだろうか?それすら分からず、漠然とした恐怖心だが、分からぬままに書いていれば分かることもでてこよう。初体験を前にして、「なんかこわい」といった女の子がいた。

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    何が怖いのかを聞かなかったが、「イタイ」という怖さなのだあろうと理解した。「儀式だ儀式、女の通る道」などと男は軽く癒すが、「怖い」はイタサだけではなかろう。何の機能もない処女膜を進化の途上で手に入れた人間にとって、何がしかの意味はある筈だが、あれだけは男にとって謎である。「開通式を誰と致すのか?」という心構えの謎である。

    近年はお荷物でしかないというが、昔の女性にとっては性行為の意味付けに役立っていたようだ。男の、「筆おろし」なんてのは、単に言葉だけである。性の興味が癒えれば死について考えるこの頃だ。人生の真っ盛りの時期に死んだ人たちは、どういう気持ちで死んだのか?あるいは、どういうつもりで死んでいったのか?気持ちとつもりの二つの謎がある。

    「気持ち」のなかには諦めの心境も含むが、「つもり」というのは、「こんなつもりじゃなかった…」そんな後悔か?「気持ち」は逸る気持ちを抑え、納得させようとする。「つもり」は諦めきれない悔しさ、情けなさだろうか。この二つの想いが日々交差するだけでも死は残酷である。物事がうまくいかなかったときに、「こんなつもりじゃなかった」という。

    若くして死なねばならない人たちの心情は、「(人生)こんなつもりじゃなかったのに…」であろうか。自らの人生を自分で選べないということの、なんと憐みに満ちた言葉であろうか。意に反して終えることになる自らの人生、儚き命を自らに納得させるために、「人は誰も死ぬのだ。自分だけが不幸では決してない」などと、何度も何度も言い聞かせるのも想像に及ぶ。

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    当たり前のことであるけれども、当たり前のことが自分に覆い被さってくることが、当たり前ではないような気持に襲われるのだろう。いかなる人間といえど、自分の全生涯に対する明確な計画など持つことはできないのである。身をもって生きて実験する以外に生きるすべはないが、この当たり前のことでさえ、「こんなつもりじゃなかったのに…」の思いが交差する。

    「どういうつもりだったのか?」という明確なものはないが、「こんなつもりじゃなかった」は無意識の愚痴であろうか。愚痴を言わぬと決めている自分だが、死を寸前にそれを押しとどめていらるれかどうか。愚痴とは、いってどうなるものでもないから愚痴であって、どうにかなるものなら愚痴など不要であろう。かつて父が病床にあったとき、それは不治の病であった。

    35年も前のことだが、当時は親族・家族だけに告知された。しかし、そういうことは何となく本人にも分かっているものだと自分は考えた。分かっていながら、押し黙る家族の前に気を使っているのは、実は病人の方であろう。それがいたたまれなくて自分は父に言った。「胆管炎などというけど、がんを見逃しているんじゃないの?医者にも誤審はあるというし…」

    父は言葉を発することなく、自分の顔の前で手を左右に振っていた。予期せぬ自分の言葉に驚いて声が出なかったのだろうが、その動作の意味は、「ちがう、ちがう」という風には感じなかった。胆管がんは狭い通路を遮断するので、胆汁が排出されず体全体が黄色になる。これが黄疸症状というが、手術後の予後に不備があったようで、腎不全であっという間に他界した。

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    一度見舞っただけで、あっという間の帰らぬ人となったが、「がんの痛みで苦しまないでよかった」と親族は納得をさせようとする。不治の病の最善の死に方というのは、痛みと格闘しない事かもしれない。召された父に納得をした。今ならホスピスなどの緩和ケアもなされている。当時はがんの苦痛は耐えがたきものであるらしく、それががんの最大の恐怖だった。

    死への理解を深めようとするときには、急ぎ足で死んだ父を思い出す。死とは自然の力によって召されるもので、人為で抗う方法もないではないが、「人事天命」を受け入れるしかない。医師も人間だからミスもあれば下手糞もいる。それで患者が命を落とすことになって、ごたごた騒いでも死んでしまった者はどうにもならない。一切が、「人事天命」である。

    じたばたは好きではない。じたばたすることでよくなるというなら、じたばたの効用もあろうが、終わったことを蒸し返して、物事が善くなることが一体のあるのだろうか?そんなことは露とも思わない。1億積んでも死ぬものは死ぬし、5万円の治療費で生きながらえる者もいる。これを矛盾とは言わない。すべては自然の摂理として流れている事柄ではないかと。

    死生観やその他の種々についての思うがままを、「随想」といい、書いたものを、「随筆」という。昨今では、「ブログ」で事足りる。書くことは考えること。考えることは生きること。生きる実在感そのもの。一気に書きなぐる性分で、機会あらば読み返し、誤字・脱字を見つけては楽しむ。人間はミスをするものだ。医師がミスを楽しんでならぬが、楽しむミスもある。

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    人間の実在感というのは仕事と遊びに分かれよう。仕事は生き甲斐という人も、遊びが生き甲斐という人もいる。どちらも生き甲斐とまでいわずとも、こなしたり、楽しんだりの人もいる。形に嵌められる実在感というものはないが、ラッセルに、『怠情への賛歌』という著書がある。「幸福と繁栄にいたる道は、仕事を組織的に減らしていくに在る」と彼は述べている。

    仕事に空しさを感じても食う糧を止めるわけにはいかないが、遊びに空しさを感じるなら別の何かを探せばよい。空しさは万人の感ずるところで当然である。なぜなら、人間は死によって限定されているから、永遠の遊びは存在しない。反対に、「死」という限界があるからこそ人間は一層、「遊び」を求める。求めるがよかろう。「遊び」は人間の悲しい生存事実かも知れない。

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    絶望で死するか、絶望を生の出発点とすべきか。どちらの考えも生き方も理解はできる。問題は、自分ならどちらを選ぶかであって、絶望の果てに命を絶つひとを全面的に否定はしない。全面的にというからには、一部においての否定はある。その理由として、「人生は無限に広くて深い」という事実。我々の知らない真や美や人間がどこに隠れているか分からない。

    一切を自らの思考だけで考えると狭くなる。その狭さからくる人生の否定を肯定することはできない。なぜ、可能性を放棄するのか?死に急ぐ人は、可能性を放棄したと考えないのだろうか。「放棄」も考え方の一つと思うが、死にゆく人のすべてが人生放棄であるとは思わない。例えば三島由紀夫の死について、彼の死は己の生命を完璧ならしむことだった。

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    自分の生命を完全に表現する死…。かつて武士は死に場所を求めた。死所を求むるということは武士と同様、己の生命を最も美しく燃焼させるところを求めることでもある。三島の死は彼にとっての死であって、他者に論ずる自由はあれども、あくまでも三島由紀夫自身の死である。他人が理解できようができまいが、何の関係もない三島という人間の死である。

    いかなる講釈垂れようとも人間は必ず死ぬ。この一見冷酷な宿命を負うからこそ、本当の死所を得たいという祈りにも似た気持ちが現れる。もし死がなければ我々は天国を欲したり、涅槃を夢見たり、神仏に祈ろうなどの気持ちを起こすであろうか?三島という天才的文人が、死という定められた人間の運命を、人間以上のものとする憧れを抱いたと解釈できる。

    凡人は畳の上で死ぬことくらいしか考えないが、美しき死所にこそ人の命が花開くのなら、難解とされる三島の死も理解を得よう。一時期小学生の間で流行った「死ね!」という言葉が、最近取り上げられなくなったのは、禁句として規制され、指導されたからだろう。「死ね」も「バカ」も他愛ない戯言なのに、「死ね」はよくない、どぎついということらしい。

    「死ね!」といわれて、子どもが死ぬと大人どもは思うのか?ある小学生が自殺した。彼のノートには「死ね、死ね、死ね」と無数に書かれていた。それもあってか彼の死は、「死ねという言葉が原因」とみなすのか?人から「死ね!」といわれて死ぬような人間がいるなら、「死ね!」といった人間以上に問題だ。「死ね!」というのはよくないが普通にいっていた。

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    自分たちが子どものころにワルサをした言い訳として、「〇〇がやれと言ったから」というのがある。自身の行為を他人が命じたとし、罪を逃れんとする言い方として、大人でも多様するようだ。自分の言い逃れに対してある教師が、「そんなにいうなら君は〇〇くんが『死ね!』といったら死ぬのか!」といわれたことがある。妙に説得力のある言葉に反論できなかった。

    過保護で甘やかされた近頃の子どもは、脆弱で傷つき易い性質となり易い。だからか、「『死ね!』などと言ってはいけません」という指導が必要となる。「バカ」といわれて、「バカっていうもんがバカ!」と返すように、「死ねというもんが死ね!」と同じように返せばいいこと。こうした行き過ぎた過保護姿勢が、弱い子どもを余計に深刻な状況に追いやるのでは?

    学校の教師、さらには家庭における親の在り方、こぞって弱い子を作ってはいないのか?「死ね!」も「バカ!」も、聞き流せるような子、言い返せるような子に指導できないものか?跳ね返す力こそが逞しさというものではないのか?「人にいわれたから」などと自身の行動理由と正当化すべきではなく、そんなバカげた言い訳は、口が腐ってもいうべきでない。

    そのことを昔の教師は子どもに教えてくれたような気がする。かつて児童教育におけるスローガンは、「逞しい子、明るい子」であった。批判する子も逞しさを宿す。妄信を戒め、考ることを奨励する。「考える」ということは、人間が人間として独立するための何より必須な条件である。だから、親・教師の言葉を妄信するのもダメで、神の言葉とて同様である。

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    親が何を言おうが、神が何を言っていようと、自分のことは自分で決める。それは「考える」という訓練からもたらされる。信仰とは聖人を目指すことなのか?よしんば聖人になったとして満足なのか?神が聖人ならよかろうが、人間の聖人は社会では浮いてしまいかねない。したがって奥里の離れた辺境の地で仙人として存在するのがふさわしいと考える。

    人間の社会に聖人などいらない。人間的であるということは、バカをやりヘマをしながら生きていくこと。嫌われる善人の典型は、自らが善人であると思う人ではないか。聖人ならなおさら嫌われよう。肉食・妻帯を奨励、実践した親鸞は自らを悪人と呼び、「悪人こそが如来の本願の正客」と言い切った人だ。一方で、「自分は善悪を知らぬ」といっている。

    「善悪を知っているような顔をする者は大空言の形」ともいう。「人間の原罪は子孫に及ぶ」とキリストはいうが、もし親鸞が、「何もかも一切、人間が犯す罪のごとくが宿業のせいであり、自分自身ではどうにもならぬものだ」といおうものなら、「本願ぼこりは地獄におちる」の結論と矛盾する(「歎異抄」13章)。林田茂雄はその著『親鸞』の中で以下述べている。

    イメージ 4「世の多くの人たち、いやほとんどの人たちが、親鸞を徹底的な宿命論者と思い込んでいる。私もそうであったが、全集を読み返して発見したことは、彼の書いたもののなかには、『宿業』という言葉すら見当たらない。確かに歎異抄だけは異常に宿業を強調する。親鸞が人に念仏信心を語るときはしばしば宿業を強調したであろうが、親鸞がいうところの宿業とは、"身より起こる病"のことである」。

    林田の解釈も一解釈にすぎない。インド仏教の流れを直接受け継ぎ、サンスクリット原典の翻訳に忠実であるチベット仏教は、実践修行においてもインド仏教の伝統を忠実に行っており、「宿命知らずして人生変わらず」という釈尊の教えを基本とする。それらからすれば、日本の数多の仏教宗派は、釈尊の真の教えとはかけ離れた邪宗という言い方もなされている。

    大乗仏教と小乗仏教の二つの教えを仏陀は説いたというが、仏陀は一人しかいないから、どちらかであろう。小乗とは言葉の如く小さな乗り物であるが、仏陀の説いた仏教は、どんな人でも救われる大きな乗り物というところの、「大乗仏教」である。日本に伝わり現残するほとんどの宗派も大乗仏教であり、その一貫した教えというのは、「自利利他」であるという。

    利己的で自己中心的な考え方は仏教徒にあらずだが、「仏教徒である前に人間である」。これは、「人間であるが仏教徒である」というのと大違いであって、前者は、仏教徒であっても人間の本質丸出し。後者は、人間の本質を仏教の教えによって抑制する。仏教徒もしくは仏教崇拝者は、当然ながら後者でなければならぬが、これは仏教徒でなくとも目指すところでもある。

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  • 12/03/18--16:53: 死と宗教について
  • まったく、こんにち、いろんな宗教がある。あるいは宗派がある。平成29年度の『宗教年鑑』で調べてみると、神道系84860派、仏教系77168派、キリスト教系4690派、諸教14380派となり、合計で181098派となっている。なんとも沢山の神々がいることだ。狭い日本の中だけでこれだから、世界全体では驚くべき数になるだろう。これは一体どういうことなのか?

    人間というもの、あるいは人類というものが、「多神教徒」であるということ以外に説明はつかない。とにかく、これほど沢山の宗教や宗派があって、それぞれの信者がみな私の信仰する神だけが本当の神さまだと信じているとしたら、外から眺めるとなんとも滑稽というしかないが、あらためて『宗教年鑑』の記述が、宗教の力と人間の不思議さを実感させられる。

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    多くの宗教の存在について、ある仏教宗派の僧侶がこんな風にいっていた。「どんな宗教でも最後に至りつく境地は同じもので、道が違っているに過ぎない」。よく聞く言葉である。「富士山を何処から登ろうと同じところに辿りつく」という言い方もしばしば耳にするが、自分にとってはこうした「多神教肯定論」というのは、説得力のある言葉には聞こえないのだ。

    富士山登山についてこのように考えてみる。3人の男が三方の登山口から登っててっぺんで話し合ったとする。一人はスムーズに登れた。一人はそれなりに苦労もあった。さらに一人は険しく落石もあったことで大変苦労をした。そうした中で、なんなく登ったものはこのようにいうのではないか。「次回登ることがあるなら自分のところから登った方がいいよ」と…。

    いろいろな信仰の最後に辿り着く境地や救いが同じであるなら、もっとも効率的で確実な信仰の道が一つあればよさそうだが、誰もが己が信ずる宗教が一番と思っている。どこの総合病院がいいとかの順位をつけるものではないところも宗教の独尊性や閉鎖性のようだ。「求めよ。さらば与えられん。叩けよ。さらば開かれん」。この言葉に惹かれる者もいるのだろう。

    「求めよ。何も与えられん。叩けよ。さらば閉じられる」と、このように聞こえてしまう。冗談はさておき、キリストの言葉はものやカネではなく、神とか信仰とかの心の在り方についての教えである。金銭や富は求めて与えられるものでもないし、信仰が心にどう寄与するかは不明だが、何かを信じて生きて行く人には生き甲斐となる。信じなくとも生き甲斐はある。

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    信じるものがあるというのは良いことなのだろう。同様に、神仏を信じない生き方で困ることは何もない。人間以外の得体の知れぬ何かよりも、信じることのできる人間を探し求めて生きるもよし。信じるに値するものを信じるなら、神でなければならないことはない。厳格で敬虔なる信仰家庭に育ったラッセルは、ついには無神論者となる。ある日このような質問を受けた。

    もしあなたがが死んで、気がついたら神の前に立っていて、神から、「なぜ私を信じなかったのか理由を知りたい」と要求されたらどう答えるのか?「証拠が十分でななかったのですよ。神様、十分な証拠がなかったからですよ」と、この言葉は確信的で面白い。「神を信じることに賭けてみろ」とパスカルはいうが、自分は、「神を信じない生き方に賭けている」。

    宗教と死を結びつけることはないし、自分にとって死と宗教は何の関連もない。「宗教は死への恐怖をやわらげる。いかに安心して死ねるかというよりどころです」という人にとっては、「いかに安心して迷いなく生きること」という宗教の本質とはかけ離れた言葉に聞こえなくもない。しかし、その人にとっては死後のことが重要であるのもこれも信仰の在り方であろう。

    宗教とは別に心と悟りの深遠な世界を旅することは可能だ。それが思想というものだろう。宗教はあくまで神仏を信じて安らぎを得ることだが、思想とは人が生きる世界や生き方についてのまとまりある見解を導くこと。宗教には崇める対象があるが、思想は信仰ではないのでそれがない。ばかりか、思想によって人間の正しい道を模索することも可能である。


    死と宗教は結びつけて考えるべきという人がいた。その人は、「もしもこの世にに死がなかったら宗教は必要でない」という。確かに人間が死なずに生きているなら、神や仏を持ち出す意味はあるだろうか?宗教や信仰とは、究極的には死の解決に必要ということらしい。死が何か、何であるのかを生ある間に突き止めることはできないが、死の現象についての推測は可能だ。

    死とは自分のまわり一切の人たちからの永遠の決別である。人だけではない。愛用の机や椅子や、それとなく収集した細々したものと永遠の別れである。さっきまで見えていたもの、聴こえていたもの、触れていたものが完璧に遮断されるというのは、なんとも寂しい限りであるが、これが多くの人たちが体験してきた死である。だから、同じ体験を自分もする。

    「死は旅立ちである」というのも宗教的な考えだろうが、「死が旅たち」などと思ったことなどない。死は人間の完全なる終焉である。病気や事故など、人の死は様々であるが、結局人は生きているから死ぬのである。自分がすっかり壊れてしまい、腐ってしまうのが死であるから、そうならないよう焼くなり埋めるなりの処置で人間の無様な死を覆い隠す。

    これが死の現象である。人間は死後の自身の生命を考える。誰も経験したことのない死後の世界というたたましき想像力。「死ねばどうなる…」これが人の考える死の連続性である。「人は死んでも死なない」とするささやかな希望…、それも宗教である。「世間は虚仮、唯仏のみ是れ真なり」これは聖徳太子の言葉。この世はむなしく、仏だけが真実である」との意味だ。

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    太子は1500年も前の人である。現代人が当時の世相を想像するのは至難である。奈良時代、日本人は仏教をとり入れたが、当時は仏教の、「法=教理や思想」と、「僧=教団(つまり集団修行システム)に関心は低く、日本人にとっての仏教は、現世利益をもたらせてくれる外国の神様にすぎなかった。国内の神々信仰と同様に、拝む対象としての、「仏」だけが大切だった。

    しかし、聖徳太子は、仏教を思想レベルでとらえていた。太子のつくった日本史上初の成文法である、「十七条の憲法」には、仏教をもとに説いた道徳倫理の条項がある。とくに重要なのが第二条の「篤く三宝を敬え。三宝とは、仏、法、僧なり」とある。「憲法十七条」の内容をかいつまんでいうなら、「仏を信じて心穏やかに仲睦まじくせよ」ということである。

    仏教は、「この世は仮の世界」と教える。したがって、「この世での自分一代の生涯がすべてではない」ことになり、「この世は無常(永遠に変わらぬものなどない)」という思想にいきつく。さらにここから、死後の世界にあるとされる、「極楽浄土」や生まれ変わりなどの発想に結びつくのだが、聖徳太子当時の日本人に、こうした思想はなかなか理解できなかったという。

    しかし、太子は仏教思想の根本を理解し、妻の橘大郎女(たちばなのいらつめ)に、「この世は虚空であり、仏の世界こそが真実なのだ」と言い残していた。太子の死後、橘大郎女は我が夫はきっと仏の世界で生まれ変わったと考えたが、それがどんな世界か想像がつかない。そこで推古天皇に絵にして欲しいと頼み、女官に織らせた織物が、「天寿国緞帳」である。

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  • 12/04/18--15:19: 無宗教的死生観
  • 人生とは生を受けて死するまでの道のりをいうが、途中の青春期とは人の第二の誕生といえよう。これまでの周囲の人たちから教え導かれた少年期を脱して自らが疑念を提出し、その答えを自らが担うことになる時期。自分の経験でいっても、「どうすればいいのやら…」、苦悩連続の青春期であった。考えても考えても分からない物事や人間の不可解さは学問の比ではなかった。

    分からないから考える力が身につく。神仏や誰かの力を借りなかったとはいわないまでも、先人たちの書き物をヒントに自ら考え、自らで答えを出そうとの姿勢を貫いた。そうした取り組みが難題への答えを出せたのだろう。答えに窮したことは差ほどなかった。手にした良書には聖書や仏法、儒教や道教などさまざまで、善いものは憶することなく取り入れたが、妄信だけは避けていた。

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     好んで読んだのは、坂口安吾、亀井勝一郎、堀秀彦、林田茂雄、加藤諦三で、5人で154冊を占めている。


    なぜなら、良い本というのは必ず間違ったことが書かれているからである。「間違いが書かれてない本を良書というのでは?」というのは違う。その理由として、良い本には価値あることが書かれているが、間違いを好んで求む人はいない。しかし、「価値」という問題を突き詰めてみると、間違いを怖れることなくして、「価値のあること」を書くことはできない。

    さらにいうなら、「本質をついた価値ある本」というのは、間違う可能性を犯しながらも、それでも何かを論じようとする本ということになる。善と悪が紙一重というように、正誤もまさに紙一重である。その論理からすれば、ニーチェもカントもサルトルも、さらには信仰者にとって良書の最たるものとの疑いなき『聖書』ですら、間違った記述の可能性は大ということになろう。

    物事を斜め寄りの視点で見ればこういう考えになる。また、「世の中に唯一絶対正しいことなどない」という考えを規範とするなら、間違ったことが悪いのではなく、間違いを間違いと思考し、判断し、正してゆくのも人間に要求される能力である。これをせずに横着な生き方を妄信という。将棋のような思考ゲームを考えないでやるのは、味気ないしつまらない。

    確かに安易は楽であろう。「考えないで楽に生きようぜ!」が口癖の知人がいた。声掛けは自由だが、「勝手にいってろ」である。口には出さずとも聞き流すなどの事案は世に多いが、人は時々の気分に左右もされ、人間関係は時々の気分で成立もするものだから、「聞き捨てならぬ」と、噛みつく事もある。人によっては必ず言い返す者も、まったく無反応な者もいる。

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      楽に生きるを奨励する人もいるが、向き・不向きは個々の性格による。自分に合うを選ぶべし

    人はいろいろな人間相手に世間を生きていくことになる。枠に嵌まるを好まぬ自分は、相手の期待に応えぬ臨機応変を旨とする。今風にいうと、「キャラ無し人間」である。分かりにくいといわれることもあるが、分かりやすい人間に面白味はない。将棋でも、いつどんな手が飛んでくるかわからない相手の方が油断ならない。発想が柔軟であるから手が読めない。

    思うにこの世は未知であり、謎である。いつなんどき、何が起こるか分からない中で我々は生きている。同じように、人間の運命も未知であり謎である。滅多にないとはいえ、人の急死は予測できない。搭乗した飛行機が落ちたこともあった。レールのカーブを曲がり切れず、ビルに激突した電車もあった。燃え落ちた水素ガスの飛行船、初航海で氷山に衝突して沈んだ船もあった。

    大喝采のなかで宇宙に飛び立ったものの、数分後に大爆発を起こして紺碧に散ったシャトルもあった。歩道を歩いてクルマに跳ねられた小学生もいれば、授業中に刃物を持った男に乱入されて短い命を終えた小学生もいた。命というのはなぜこうも死と隣り合わせなのだろうか。心筋梗塞による友人の突然死もである。明日にもブログが途絶える自分かも知れない。

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      予期せぬ事件や事故で命を落とした人を、「不遇」というしかないか?なんとも此の世は理不尽である


    「生きるということは死に向かうこと」、この言葉を実感させられる。親鸞に有名な逸話がある。彼には唯円という弟子がいた。ある日、親鸞は唯円に尋ねた。「お前は私のいうことは何でも信ずるか?」、まさか弟子が、「何でもって…、そんなことは分かりません」とはいわない。もちろんのこと唯円は、「私はお師匠さんのおっしゃることは何でも信じます」と答えた。

    すると親鸞は、「お前を往生させてやろう。往生はあらゆる求道者の最後の目的となる。そこでいうが、お前は千人の人を殺しなさい」といった。驚いた唯円は、「私のような小さな器量をもってしては、一人の人間も殺すべしと思われません」というと、「それでは先ほどの答えは偽りではないか」と親鸞はいう。ほとほと困った唯円に、親鸞はこのように諭す。

    「我々人間というものは、心が善いから人を殺さないのではないのだ」と、これは非常に含みのある言葉である。同時に親鸞は、「善き心をもつものでも、千人、万人を殺すことがある」と述べた。何ら難しい言葉ではない。人間の善悪というのは、自分の孤立した考えだけで判断したり、自分だけは人道主義者であるという思いあがりこそ、古びた思考である。

    唯円は麻原の弟子達より遥に明晰であったといえる。人殺しをするにあたり、「自分だけの悪でするのではない」と考えるのは古くさい。親鸞のいう新しい考えとは、人間の最終的な結論は阿弥陀が必要であり、西方浄土が必要である。よしんば我々はどんなに醜く、どんなに弱く、どんなに頭が悪かろうと、こうした限界状況と直面できることだけは、誰にも平等に与えられていることになる。

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       もし、唯円が親鸞の言葉を妄信し実行したとする。然れども親鸞は聖人といえるのか?

    「人間を支える者は何か」を突き詰めたときに、やはり突き当たるのが諸行無常という言葉。春に咲き誇った花も秋にはしぼみ、緑の葉は枯れて散り失せる。これを寂寥とみるか、発展とみるかだが、自分は後者と見る。滅亡なくして社会の発展はなく、絶望なくして人間の出発はない。釈迦の言う、「すべてのものは変化する」という考えは、自然科学と何ら矛盾しない。

    しかしながら、「すべてのものが変化する」という教えが尊いかどうかは、自分が戦いに敗れたり、挫折を味わったり、絶望のどん底に落ちたりの、限界状況に直面しない限り、人にはわからないだろう。もし、絶対確実な固定した法則や定理があって、それが我々を掴んで離さないのなら、どうして我々は自分自身の生命を意義づけることができるだろうか。

    弱き者は永遠に弱き者、醜き者は永遠に醜き者として永久に捨て去られることなどない。一時の不幸、一時の挫折や苦しみが永久に続くことはないと、これが釈尊の尊い教えであろう。仏教その他に無関心の自分は、諸行無常という尊い教えを仏法から学んだわけではないが、何から学ぼうが、どこから受け入れようが、大切なことの仕入れ方はいろいろある。

    人間は人間の美しさや強さや賢さを有難がるが、逆も真なりの論法でいうなら、人間の弱さ醜さ愚かさも有難いものと考えてもいいだろう。現に自分は愚かな人間から学び、醜い人間に美を見、弱き人間の芯の強さを見た。再度繰り返すなら、我々は平等に限界状況に直面できる。どんなに醜く、どんなに弱く、どんなに愚かであれ、生ある限り無常に動いてゆく。

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  • 12/05/18--16:40: 宗教と信仰について
  • 宗教を研究したことも、信仰を体験したわけでもないが、宗教や信仰への主観的な感想はある。学問は体系であるから、「体系的に学ぶ」とは、一つの視点や情報にとらわれずに別な視点や情報にも目を通し全体的に学ぶこと。宗教は信仰であり、信仰とは自然や人為を超えた観念で、観念体系に基づく教義、儀礼、施設、組織などを備えた社会集団を教団(宗教団体)という。

    信仰は観念であるがゆえ、宗教を体系的に学ぶと矛盾が生じてくる。数千年も前に興ったことを普遍的とするからか?年月の浅い新興宗教はともかく、キリスト教や仏教などの宗教は普遍こそ命で、普遍的であることが宗教である。いろんな宗教があるが、いろんな宗教について知ることが、一つの宗教を信じないことになり易い。だから無宗教が最善と考えている。

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    良書には間違いが書かれているといったが、事実と認めがたい聖書の記述を、信仰者は批判してはならないが、無神論者に言わせると、キリスト教は多くの誤りを説いている。もっとも大きな誤りはキリストの贖罪説といわれている。自らが播いたタネは自らが刈りとるという法則から、イエスが人類の罪を償うために磔になったというのはまったくの誤りである。

    「事実などはなく、すべては解釈」を聖書に向けてみる。いかなる人間も自分以外の者に代わって苦しみを受けることなどできない。これは摂理であって、聖書の容認しがたい記述のひとつである。自分の成長を管理するのは自分のみ、他人の成長の管理はできない。こんな明明白白に疑問を持たないのか?。贖罪説というのは、神学者が時代の要請からでっち上げた教説であろう。

    自分が犯した過ち、その荷は自らがそれ相当の苦しみを味わうことで教訓を学ぶが、他の誰かが自分の罪を背負うというなら、過ちを犯した本人は何を学ぶことになる?こうした矛盾にキリスト教は、「愛」を持ち出し、「愛を学ぶのだ」という。「懺悔」も納得できない。罪を告白しただけでそれまでの罪が許されるなら、真面目に生きてきた人との公平は確実に失われる。

    そんなバナナ?傍若無人の人生を送った人間が、死に際の改心一つで立派な霊になれるというのか?ヒトラーがキリスト教に入信すれば、その罪は解放されるのか?宗教家には固定観念所有者が多い。宗教が観念である以上当然容認されている。キリストは、「人間は一度死んで裁きを受ける事が定められている」と輪廻思想をであるが、教会は輪廻思想を容認しない。

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    初期のキリスト教では輪廻転生が信じられ『聖書』にも書かれていた。それが西暦553年のコンスタンチンノーブル会議で輪廻転生思想を削除した。キリストは、「一人ひとりが自分の運命に責任がある」といい、「ただ神のみが人を裁ける」と主張していたが、人の運命を教会の支配化に置くため、輪廻転生の思想を聖書から削除したと、内輪で解釈をめぐって争っている。  

    キリストの言葉と教会の方針の違いは、前記したように仏教にも存在する。親鸞の教えとあえていいはせぬが、教えに反することも行っている。これは宗教が商売としての側面であるのを否定できないからである。親鸞が宗教を商売として考えた筈はないが、こんにちのお寺は親鸞が何も言わないのをいいことに、法要や高額な戒名など、法外といえる旨いメシの種が存在する。

    信仰と宗教の違いを理解することは、人が真に成功するために必要な大事な知恵である。信仰と宗教は、一見似ているものの全く別物である。この違いを理解しないと大切な事を、「確信を持って間違える」ことになる。「信仰」とは神を信頼すること。「宗教」には様々な定義があるが、「宗教とは純粋な信仰とは違い、神抜きで自分の力で天国を地上に実現しようとすること。
     
    宗教的な思考で成功を収めた人はいる。大阪には御堂筋という大通りがあり、北御堂と南御堂の二つの寺を結んでいる。かつて、ここで商いするのが近江商人の夢であり、「商売忘れてもお勤め忘れるな」というほどに仏教信仰を大切にした。近江商人が残した商いの教訓、「買い手よし、売り手よし、世間よし」は、仏教信仰のバックグランドから生まれた言葉と考えられる。

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    また仏教には、「自利利他」の教えがある。いわずもがな、自分の利益になることをし、さらには他人の利益になることをせよと。京セラという企業を成功させ、日本航空を再生させたビジネスパースン稲盛和夫はこのようにいう。「美しい優しい思いやりのこころで利他の帆を掲げておけば必ず他力の風を受けることができる」(『何のために生きるか』稲盛和夫・五木寛之共著) 

    確かに商売の源には宗教の効用がある。「経営の神様」と称された松下幸之助自身、宗教から経営哲学を悟ったといわれている。「宗教には人間を救うという使命感があるが、商売には使命感がないと悟った幸之助は後に、"ナショナル信者"という強固なユーザーを作った。その発端となったのは、「どうして宗教はあれほど盛大で力強いのか」という素朴な疑問だったという。


    自分は単に宗教は嫌い、信仰など屁のツッパリにもならないというゲスな人間である。真の信仰者が、決して神を屁のツッパリにしようなどと思ってはいない、そのことは理解をするが、信仰そのものが自身のどういう支えになるのか、するのか、できるのかが分からないのだ。「宗教とは簡単だ。私にとってはこのイワシの頭を絶対者と信ずること」といわれている。

    「イワシの頭も信心から」といわれる比喩であるが、我が国では昔からただひたすら信じることに固有の価値を見出してきた。心を無にして信じるところに、信心の真髄があるということのようだが、逆立ちしても出来そうにない。上には宗教に対する偏見を記したが、宗教とは何かについていろいろな文献を漁る中、自分的には以下の記述が最もであると納得する。

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    「宗教とは、人間生活の究極的な意味を明らかにし、人間の問題の究極的な解決にかかわると人々によって信じられている営みを中心とした文化現象である」。とこのように宗教を代弁できる信徒がどれだけいるかは疑問である。つまり、それぞれに、それぞれなりの宗教にはまる理由があるということで、人間個々にとっての普遍性ともいえないようだ。

    有体にいうなら、人によって宗教に属している理由が違うということになる。が、問題なのは、もしキリスト自身が彼の命がけの教え(つまりキリスト教について)、このように定義されたのを読んだとするなら、どんな気持ちになるだろうか。宗教といものに、生きた、血の通った定義を与えるためには、人間は神への強烈な信仰の持ち主でなければなるまい。

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    宗教とは何か?に対し、「…人間の問題の究極的な解決にかかわると人々によって信じられている営みを中心とした文化現象である」という試験の答案では100点満点をもらえるものであれ、宗教においてはその営みの関連において、神観念や神聖性を伴う必要がある。したがって、「人間社会の究極的な問題を解決する」という宗教の理想からは乖離を感じる。

    「あなたは神を信じますか?」と道を歩けば問いかけてくる宗教がある。内実をいえば所属宗教団体の伝道ノルマである。信仰とはいうまでもなく神仏を信じることだが、漠然と信じるというのは3歳の子でも言葉にできる。「人間の生きていくための宗(むね)とする教え」としての宗教が神仏崇拝に偏り、教祖を崇めるなどに特化していくのはなぜであろう。

    「人為」にはいいものもあるがよくないものもある。が、「自然」の中に悪いものは何もない。自然に従い自然のふところにこっぽりおさまって生きていれば人間は幸せなのだ。こういう生き方を自然主義と呼ぶなら、由来、我々日本人は自然主義者であったし、とりわけ年齢を重ねるにつれて自然主義者になることを、他人はどうであれ自分は望んでいる。

    「五蘊の中に衆生をやまする病なし。四大の中に衆生をなやます煩悩なし」。これは一遍上人「最後の遺誡」の一節である。言葉の意味は、すべての存在を成立させている要素「五蘊(色・受・想・行・識)のなかには、本来衆生を害する病気の原因はない。また、人間の関係を形作っているとされる四大(地・水・火・風)にも衆生を悩ませる欲望は一切含まれていない。

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     要するに、それら苦悩の原因のすべては人間自身が勝手にこしらえた災いなのだ。「なるほど」納得させられる。このような教化理念は山ほどあるが、たくさん知っているからといって、説教坊主では何の意味もない。自らそれらを自分がどい実践していくかにかかっている。例えば、「今日の仕事を明日に延ばすな」というが、我々はそのようにできているのか?

    立つ鳥の如く後を濁さないでいれるのか?転ぶ前に杖を用意できているのか?良い言葉は宗教だけではないが、どんなに素晴らしい言葉も復唱するだけならカルタとりと変わらない。良い言葉をたくさん知ることで、我々は立派な人間になったような気になるのだろう。賢者の本をたくさん読むことで、向上心だけを養っても所詮は宝の持ち腐れであろう。

    人間というのは、「食べる餅」以上に「絵に描いた餅」を好むようだ。それも仕方がない。食べる餅は限られているが、絵に描いた餅は十庫の蔵を所有していても収めきれないからである。時に、名言・美言について考えることがある。「美言は真ならず。真言は美ならず」という老子の言葉が過るからだ。「巧言令色鮮し仁」、孔子も同じようなことをいっている。

    こんな言葉を「勉強になる」と思わぬ人はいないだろう。勉強が知識の習得であっても、それだけでは学習したことにはならない。学習とは、体験や伝聞などによる経験を蓄えること。そのために我々は日々の闘いをすべきであろう。昨日できなかったことを今日にできることがある。それはなんとしても、今日に身につけよう、行おうの意欲のたまものである。

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    学習とは自らへの挑戦であり、闘いであって、それをしないで何の知識であろうか。子どものころにカルタで知った多くの言葉を思い出す。純粋で素直な子どもは、言葉の意味に感動した。「塵も積もれば山となる」という言葉にいたく感動したのを覚えている。そのことを思い出して実践することがある。外に出れば棒きれが飛んでこないかを用心したりする。

    子どもにできる簡単なことですらできない大人は決して少なくない。難しい知識を習得する人間なら、その難しいことを実践できるということになる。自分は事の多くを、「=(イコール)」と考えている。先日、友人にこの話をした。「最近は簡単なことができなくなった。外出から帰ると灯りが煌々とともっている。情けないやら腹がたつやら…」。それに対して友人はこういった。

    「そんなのまだいい方だ。俺なんか、水を出しっぱなしで半日外出していた」。そのことを自分は笑えなかった。彼は、「年を取るってことはそういうものと、自分を納得させている」という。そこが自分と違うと感じた。簡単なことができない。そのことには永遠に挑戦して行くつもりでいる。こんなに悔しいことはないし、だから自分にとっては納得する問題ではないのだと。

    彼には言わなかったが、自己への暗黙の決意である。確かに我々は自然の中の一部分として一事象の如く生きている。が、部屋の明かりは太陽にもたらされる自然の灯りではなく文明の利器である。人間は自らが考えた便利に愚弄されるそのことが腹立たしい。コンピュータが反乱を起こす映画があった。宇宙船内を快適にコントロールするコンピュータの気が狂う。


    怖ろしい映画だが、キューブリックはその映画の冒頭に、人類の祖先と思われる猿人が骨片を武器にするところを描く。映画の半ば、宇宙飛行士とコンピュータが争いのなか、人間はコンピュータ制御を制止させてコンピュータに勝利する。機械の反乱という文明に対する象徴的な作品であった。自然の中で生きたり死んだりできれば人間の生死も美しいものだろう。

    野原の片隅で死んでいる昆虫の姿は哀れではあっても、その死骸は周囲の中に溶け込んており、何ら対立感を呼び起こさない。それがもし人間なら激しい異和感を抱くだろうと、その原因を考えてみた。出た結論は、人間は野原で寝起きをしないからというもの。自分にとっての答えである。人間は文明に囲まれて生きているが、もともと人間は自然の中で生息していた。

    しかし人間は自然に挑み、自然の中に人間の世界を作り上げたことで人間の生活は少しづつ自然から離れていく。これを人間の英知と称賛するが、人間が自然と調和して生きていけなくなると、人間はより機械化していくだろう。が、唯一人間の死とは、人間がもう一度否応なしに自然の中に連れ戻される。「塵より生まれ出ずるは汝塵に返れ」、それが死である。

    宗教とは、人間と自然との分離と対立を媒介せんとするものかも知れない。死んでどこにいくとか、死後の世界が何たらとか、そうではなくて、宗教とは現象的にいって人間をありのままの自然に誘うものであろう。ふと浮かんだのが坂口安吾の太宰への追悼文の一節だ。「人間は生きることが全部である。死ねばなくなる。名声だの、芸術は長し、バカバカしい。

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    私は、ユーレイはキライだよ。死んでも生きてくるなんて、そんなユーレイはキライだよ。生きることだけが大事である、ということ。たったこれだけのことが分かっていない。分かるとか分からんという問題じゃない。(中略) 死ぬ時は、ただ無に帰するのみであるという、このツツマシイ人間のまことの義務に忠実でなければならぬ。私はこれを人間の義務とみるのである。」

    死んで無に帰するのが人間のつつましやかな義務と安吾はいう。「生と死を論ずる宗教だの哲学などに、正義も、真理もありはせぬ」とも書いている。あまりにも死に尾ひれをつけて論ずればまやかしとなろう。死を厳粛とするは分からなくもないが、見方を変えればただ無に帰するというだけのものである。簡単明瞭なることを難しく考えようと、死は死でしかない。

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  • 12/07/18--20:52: 男と女の諸行無常
  • 「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」は、形而上学領域で議論される有名な問いの一つであり、神学や宗教哲学、また宇宙論の領域などでも議論される。物事の根拠を「なぜ」と繰り返し問い続けることでやがて現れる問いであることから、「究極のなぜの問い(The Ultimate Why Question)」、またはより簡潔に、「究極の問い」とも呼ばれている。

    この命題を自らに当て嵌めて考えると、「なぜ死のうとするではなく、生きているのか?」。さらに、死に急ぐ人に対しては、「なぜ生きようとするではなく、死んでしまおうとするのか?」という疑問に突き当たる。「なぜ死ぬのではなく、生きているのか?」の場合には、「自然」という明確な根拠を想起できるが、「なぜに死に急ぐのか」は疑問でしかない。


    なぜ死が納得できないのか?不合理だからである。戦時中とはいえ、むやみな死の強要ですら不合理極まりないが、日本軍は組織的にこれを命じた。「爆弾を積んで敵艦に体当たりせよ!」。これが不合理でなくてなんであろう。不合理の反語は合理となるが、合理主義者という言葉はあれども、不合理主義者というのはない。当たり前だ。誰も不合理など望まない。

    死んで何の得があろう。死ねば損だというのは現実主義者である。が、死んで得と考える者は不合理主義者?そうはいわない。せっかく賜わった生を捨てるほどの得が、死にゆく人にはあるのだろうか。そこに行き着くなら疑問ではなくなるばかりか、むしろ合理である。そこでこう結論する。死を強要されるのは不合理だが、自ら選ぶ死は合理のたまものであると…。

    自殺者の多くは、「死にたくないよ。でも生きていられない」との言葉を残す。言葉通りに考えるなら、この言い方は矛盾している。「死にたくない」は事実なのか?普通は死にたくないなら生きていれる。が、そこには論理矛盾をきたすほどの何かがあるのだろう。「死にたくない=生きていれる」では解釈できないものがある。「会社に生きたくない」、でも行かなきゃ。

    というようなものであろう。人間はしたくないことをあえてする。したいことをあえてしない。果たして人間は、「したくないこと」、「やりたくないこと」をあえてする必要があるのか?「やりたくないことでも我慢して頑張ることは素晴らしいことです」。こんな言葉を聞いたことがある。言われたような記憶もある。これは本当にそうなのか?真の言葉か美辞麗句かは個々の判断だ。

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    『野菊の墓』では、嫁ぎ先で姑にいびられ、疲労困憊の果てに実家に戻され民子は流産が原因で死ぬ。「青雲の志」よろしく最高学府に入学、卒業を機に胸を膨らませて社会に出たはいいが、ハードな仕事に体がついていけず、過労死した女性。彼女たちはどれだけ我慢を強いられたのだろう。まるで、「我慢をし、耐えて死ぬのは名誉なこと」といってるように聞こえる。

    「女工哀史」の世界観ような、旧態依然とした精神主義がまかり通る社会は、資本家優遇の疲弊した堕落社会である。カルロス・ゴーン問題の核心は、ゴーンが自分だけ沢山お金をもらえばというのが根幹にある。彼は、「社長がこんなに貰っているのを公開すると、従業員がやる気を損ないかねない」などと都合の良い論理を振り回すこんな物言いは、「ガーン!」。

    こんなバカなことをいう経営者だったのか。確かに経営トップが自らの「報酬が高すぎる」という批判をかわすために本当の報酬額が知れることを嫌がるケースは大中小企業問わずにある話で、というのも、汗水たらして働くのは末端の社員であるのを分かっているからだろう。だったらどうすべきかという話になるが、隠して嘘の額を公表すればいいことにはならない。

    が、個人の報酬額は個人情報に属するものであり、公開を義務付けられた上場企業の経営者以外の企業経営者が、それらを理由に自らの報酬額を非公開とするのは筋が通った話ではあるけれども、「経営者たるものは社内の実権を握り、全社員から注目を集める組織内の公的な立場である以上、自らの報酬について"見える化"していくべき」というコンサルタントはいう。

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    自分はいくら貰っているのか、その報酬額を正直に言えない社長は、心のどこかに「自分は貰い過ぎている」という疚しさがあると見受ける。饒舌なゴーンは言葉巧みに、「自分は非開示分くらいの額を貰うに値する」などと述べているが、「だったらコソコソすんなよ」と、誰もがゴーンに言いたくなろう。まさに、「物いえば唇寒し如き」、除夜の鐘(金)のゴーン(?)である。

    ま、この問題には見切りをつけるとし、日本人における『我慢が美徳』とも言えるような風土・慣習にさえ、見切りをつけるべきと考える。多少の我慢や努力や忍耐は経験や知識となってプラスになる部分もあろうが、『我慢は美徳』という精神主義的文化はこんにちの時代には行き過ぎで、人を追い詰め、精神的にも肉体的にも痛めつけてしまっているのではないだろうか。

    人間はいつの時代においても矛盾は避けられない。自己を押し殺して耐乏の精神を美徳とするも息苦しく、道徳や規則に縛られることなく自由を横臥するも、責任がのしかかる。人間はどのような状況においても迷いは避けられない。人生の難問はむろんのこと、一身上の些事すら、これに思考を加えるや否や、どう決断すればいいのか分からず苦悩に陥ることになる。

    どうやら人の生というのは、どう決断していいか分からぬように出来上がっているのだろう。それで一つの決断をすることで、一つの受難となる。ゲーテの『ファウスト』は、彼が82年の生涯のうちの60年をかけて完成した作品であるが、その冒頭には、「努力している限り、人は迷うものだ」との言葉がある。ならば努力を止めればいい、ということにはならない。

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    『ファウスト』では、「絶えず努力している者は、私たちが救うことができる」と、天使たちがファウストの魂を運んでいくというストーリーである。「よい人間はいくら暗黒の衝動に促されても決して正しい道を忘れない」とゲーテはいうが、本当にそうなのか?言葉は言葉にすぎず、そのように生きればの話。自らに命じない限り人は安易な悪の道に迷い込んでしまうだろう。

    ゲーテの言葉は持続的な探求力者にとって、成就とか完成とかはなく人生に処する勇気ではと考える。安易に悪に染まるものは、勇気を逸していることになる。人は苦悩や迷いから脱するために人や本を求めるが、人以上に書物が一個の人間のごとく感じられる時がある。亀井勝一郎には、「邂逅」という言葉がしばしば現るが、読書とはかかる意味で邂逅であると彼は言う。

    人間のさまざまな苦悩のなかで、男女のこと即ち愛欲の迷いほど痛烈なものはないだろう。反面、これほどに精神を満たされるものもない。しかし、青春期の悩みのなかには、愛欲にからめた空想的な悩みが支配的である。それはなぜか?思春期といわれる第二次性徴がもたらすもの。50年以上も前の、「若きhanshirouの悩み」は書籍にはならぬが記憶の隅に残る。

    黙って何もせずとも時は流れ過ぎて行く。ならば何かを成すべきか、せざるべきか。それこそが人の決断である。テレサ・テンの『時の流れに身をまかせ』と、沢田研二の『時の過ぎゆくままに』は、どっちがどっちか分からなくなるほどにタイトルが似ているが、言葉は違えど意味は同じであろう。現にジュリーは♪時の過ぎゆくままにこの身をまかせ~と歌っている。



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