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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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  • 10/23/18--16:51: 良い人…? ③
  • 「良い人」、「悪い人」のあからさまな対比は児童文学の定番だ。実社会では人間の「良し悪し」は分かりにくいので、「好き嫌い」で対応することが多くなるが、好きな人間はやはり自分にとって「良い人」のようだが、厳密にいえば「良い人」と「好きな人」は別であって、ならば「良い人」というのは先の例にあげた新聞販売店のSさん無為・無償の善行などであろう。

    早朝にクルマが側溝に落ちて困っていた。朝の新聞配達は忙しい時間帯にありながら、放置できない状況からわざわざ引き返して仲間を連れてくるという善意は、分かってはいても暇で悠長な時間ではないこともある。仕事に支障があろうとも善意を優先する人というのは、感情や理性の枠を超えた本質的な「善」の所有者ではないか。仕事中の咄嗟の人命救助も同じ行為であろう。

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    Sさんは顔見知りだが言葉を交えたのは初めてで、様子や話しぶりからも「良い人」らしさは十分に伝わった。後で友人に話したとき、「Sさんいい人よ。自分と同じPTAの体育部会部長を長くやっていて、挨拶や取り組み方もユニークで部員からも慕われた人だった」と、そんな話を聞かせてくれた。Sさん兄弟ともに中高の部活は野球部に所属、活躍ぶりは耳にしていた。

    自分の正直な遠慮なしにいうなら、あまりに愚直で躊躇ったり思考したりの様子はまるでなかった。そんな行動の愚直こそが善人の証といえるかも知れない。つまり、真の善人は、寝たり食ったりするがごとく当たり前に善を行う。一心に熱心に己がためごとくに行動し他意がない。「良い人」・「善人」という人たちの定義を、あの時のSさんの体験で得たような気がする。

    「良い人」というのは「良い心」にまみれていると思われる。少し前、「良心」について書いてみたが、「良心」というのは、なかなかつかみどころのないものだ。「良い本を読みたい」とか、「美味しいものを食べたい」というような、良心の声を聞くこともできない。まあ、我々のような平凡な人間は、一定のわずかな収入で細々と生きながらえながら暮らしているわけだ。

    銀座の高級寿司屋に行ったというようなことをブログに書くこともない。そうした平凡な日常のなかに、果たして良心などというものがあるのかないのかすら分からない。あるとしても必要なものかどうかも分からない。思うに、「良心」というやつは、人間が日常生活のなかで、なんらかの緊急事態や非常事態という局面にぶつかったときに現れるようなものではないか。

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    言葉からしても、「良心」が大事であるのは分かるが、つまり朝から晩まで良心が働きづくめであるということでもなかろう。「お前の良心に聞いてみろ」とか、「良心に恥じない行動をせよ」とか、いわれもし、いったこともあるが、そうはいうものの、良心が何かを説明はしない。それくらいに曖昧なものなのだろう。しかし、実際に生活するなかで、自分の良心に問いかけることはある。

    良心に問うというくらいだから、おそらく良心を犯しかねない状況なのだろう。そういう場合に良心に問うことで、良心に従おうとする。あるいは、良心を裏切ろうとする。確かに、「良心」とは善悪を判断するための要素である。「良心」をある人は、「内なる光」と呼び、別のある人は、「公平なる傍観者」などという。なるほど言い得て妙、分かりやすい表現である。

    しかし、「良心が公平な傍観者」であるなら、この内なる傍観者は、どういう基準に照らして我々の考え方や行動を、善いとか悪いとかという判定をくだすのか。これを自分なりに思考してみると、つまり何らかの行動を前に、「良心」に問いはすれど、「邪心」に問わない。ということは、邪心の誘惑の只中に人間がいるということになる。そこで「良心」の判断を仰ぐようだ。

    反対にこういうこともあるのだろう。正直で真面目な善人が、何か悪いことを行う機会に遭遇したとき、その悪の行動を行うかどうかを自らの、「邪心」に問うことになるのか?そうしたあげく、邪心による強い命令が下ったとき、正直で真面目な善人は悪を行為する。そういう図式なのか?分からない。人が悪行を行うときは邪心の支持を仰ぐのか、それとも良心に敗北したからか。

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    とにかく暫くはこの二つの良心について考えてみたいと思うが、なかなか答えは得れそうもない。よく、完全な人間とか、完璧な人間などというが、それはどういう人間なのか?果たしてそんな人間がいるのか?「完全」とか、「完璧」とかも曖昧な言葉である。「良心」とは、人間的に振舞おうとする精神のことだといっても、人間的に振舞うとかこれまたどういうことなのか?

    なんていうのか、そのように立ち止まって考えると、「知る」ということがどれだけ大変なことであるかというしかない。「知るということはどういうことか。それを教えてやろうかと、孔子はあるとき弟子にいった。「知っていないことを知っていないのだと知り、知っていることを知っているとする――これが知るということだ」。果たして弟子は有難い話と思ったのだろうか?

    少しばかりいちゃもんをつけるなら、「知っていること」と、「知っていないこと」とを、こんなにハッキリ区別することができるのだろうか?日常のことで考えてみるが、電気製品を動かすためには電気がいる。掃除機も洗濯機も電気がなければ動かない。だから、コンセントに差し込んで電気をもらうのだが、電気というのはコンセントのところに来ているのだろうか?仮にそうであるとして、我々が電気の正体というものについて、どれ程知っていよう。

    テレビの映像も電波で届く。してその電波を受信することで映像や音声が画面に届く仕掛けについて何も知らない。まあ、知らなくても困ることはない。人に親切にすることを善いことだという。だが、善いとはどういうことなのか?自身の良心とやらが満たされることなのか?それとも、親切にされた相手を喜ばすことが善いことなのか?問い詰めていけば何ひとつ知ってはいない。

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    妻はこういう女。夫はこういう男。などと考えて生活を営んでいるが、「こういう女(男)」は正しいのか?おそらく、「つもり」であろう。孔子の弟子の答えですら、「知ったつもり」のいい加減な態度を示したと思われる。「人の言ったことを学ぶだけで、自ら考えないなら相不変で蒙昧、人の言ったことを学ばないで、自分で考えるだけは物騒だ」と、これも孔子の言葉。

    ならば、学んでそして考えることが大切だといえば事は簡単だが、実際においては、「学ぶことと考えること」のけじめが難しい。「自分は無知であることを知ること」がいかに尊いことであるかを物語るように、人間は知ったかぶりをする。そのことからしても、孔子の言葉は確信的であろう。「良い人」とは、「自分は何も知らないことを知る人」たちということにもなろうか…。

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  • 10/24/18--16:48: 良い人…? ④

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    「良い人」とは何で、どんな人が「良い人」なのか。自分は「良い人」なのか…、などをいろいろ考えてきた。そうすることで、「良い人」がどんな人かを分かってきたが、前回の記事に書いた「良い人」の定義というのは、愚直なまでに心の純粋な人ではないかに至る。新聞配達中に、溝に車輪を落とした状況を見て、即座に人を集めてくれたSさんの愚直な行動である。

    どちらかといえば、「愚直」はあまり良い意味に使われなかったりするようで、おそらく「愚かなほどに真っ直ぐ」という文字通りの意味が、正直すぎるあまり臨機応変な行動をとれていないことを表したりする。決して、「愚か」というのではなく、他のことを考えず一心にバカみたいに真剣に行なう人を指すあまり、侮蔑的な意味での用いられ方をするようになった。

    「愚直」は本当は良い意味である。曲がったことが許せない、嘘がつけないことから、結果的に自分が損をしてしまうような「愚直な人」を揶揄されることはあっても、意味自体は誉め言葉である。したがって、「愚直に生きる」とは、「一生懸命ただひたすら生きる」という意味になるが、そういう人間を、「どんくさい」、「融通が利かない」と見下す人は少なくない。

    まあ、人はどうあれ自分がどう感じるかである。「愚直」に似た言葉で、「実直」というのはは誠実で正直で、裏表のないことを表す。これは100%誉め言葉で使われる。つまり「愚直」というのは、誠実で正直で、裏表のない実直さに加えて、臨機応変の行動をとれていないことを指すわけだが、「臨機応変の行動」というのが人の能力であるなら、愚直な人間にそれはない。

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    だからといって非難されるべきではない。自分は自分を、「愚直」な人間とは思わない。これまでも今後も愚直には生きられないだろう。ということは、自分は「良い人」ではない。なぜなら、自分の思う「良い人」の定義は、「愚直」である。Sさんのように、新聞配達という決められた時間内での仕事中に、クルマの車輪が溝に落ちていてもあのような行動はしなかった。

    確かに困っている状況であり、それを目にしたところで、仕事を優先するであろう自分は「愚直」ではないと、自分で自分を理解している。そんなに仕事が大切なのか?確かに仕事は義務と責任感によってなされるものだ。が、困っている人を無視してまで果たすべきものなのか?自分はそのようにするが、それは正しいからではなく、愚直さのない自分の判断行動である。

    ところが、愚直なSさんは、困っている人を優先した。いろいろな事由はあれども、「困っている人を放っておけない」という純粋な行動は、彼が愚直だからこそできるのだ。明らかに彼は、「良い人」で、残念ながら自分は、「良い人」でない。思い出すのは村田奈津恵さんのこと。彼女は横浜市内の踏切内で、男性を助けようとして電車にはねられ死亡した女性である。

    事故は2013年10月1日に起こったから、あれからもう5年が経った。国は彼女の勇気を讃えて叙勲をしたが、「勇気」という言葉には抵抗がある。彼女は勇気をもって踏切内に入ったとは思わない。彼女は勇気の保有者ではなく、愚直なまでに純粋な人であり、愚直なまでに良い人、善人だったと理解する。国は、「彼女の勇気」といっても、「彼女の愚直さを讃える」とはいわない。


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    自らの命を犠牲にして人の命を救うことが美しいのではない。それは結果であって、けっして彼女が死にたかったわけではない。愚直でない自分ですらその場にいたら救いたいと思う。が、自らの命を犠牲にしたくはないから、最大限の注意をはらって踏切内に侵入する。「救える・救えない」の状況判断であり、結果として救えないなら仕方がない。村田さんの状況判断はどうであったのか?

    結果的に彼女は命を落としたが、命を落とさずに救い出せる結果もあった。労むなしく助けられない結果もあった。が、彼女が命を落としたのは不運もあろうが、間違いなく状況判断も影響した。決して彼女を責めているのではなく、リスクの管理は大事なことだ。善を行うにあたって神仏の御利益は妄想である。信仰とは、神に捧げることで、神に期待するものでも求めるものではない。

    初詣でお賽銭を投げ入れて、都合のよいお願いをする我々は、決して信仰に殉じるものではないのだ。信仰が幸せをもたらすというような宗教もあるが、果たして御利益というのはあるのだろうか?あれば入信し、ないならしないというのは虫が良すぎる。信仰が徳をもたらすのか、徳の所有者が敬虔なる信者であるのか、神に願かけだけの不純な信仰者は少なくない。

    「良い人」は「愚直」である。というのは、偏った考えかも知れぬが、「愚直」と無縁の自分が「良い人」でないのは間違いない。それでも自分は「良い人」を目指して生きているが、限りある命の中で得られる自信はない。「人生」とは人の生きざまをいい、「人生論」とはそれを言葉にしたものをいう。多くの人が人間の人生について論じているが、根幹は何を成すかと問うている。

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    自分も人生は折り返してはいるが、多くのことを成してきた。が、何ひとつ成してきてはいないというのも事実。多くの「人生論」には、「人間は何を成したか」、「どう生きたか」、さらには、「どう生きるべきか」というのが、人生論の核になっている。そうした仰々しい人生論は自分に合わない。ならば自分に合うための自分用の、「人生論」を考えればいいのでは。

    人が生を得て死に向かう過程を人生という。究極的に人間は死ぬために生きているが、死が目的ではない。多くの人たちは短い命を生きた。別の多くの人たちは長い命を生きた。長い、短いの規準は恣意的なものだが、人間はいつまで生きるべきなのか?「人の命は人が決められない。時が決めるのだ!」というが、それもおかしい。時に人の命を左右できる力などない。

    ある年、ある月、ある日に死んだのは、時が命を奪ったのではなく、命を終えた時を記しているに過ぎない。人の命は何によって決められているのか?漠然とした問いだが、「人は時に敵って死ぬのではないか」という漠然とした考えが浮かんでくる。「時に敵う」とはどういうことであろうか。運命論者ではない自分であれ、人の寿命の長短は命運としか言いようがない。

    「人は時に敵って生き、時に敵って死ぬ」。これ以外にいいようがない。人にとって死は最大の事件であり、人が死を大袈裟に考えてしまうのは、唯一でかけがえのないものだからであろう。唯一のものを大事にするのは誰も一緒だが、それなら自死に赴く人たちの心中とは?おそらく、彼らも彼らなりの、「時に敵った」生であったのだ。自らの命を自ら終わる自由はある。

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    「自殺は人の最後の自由」といわれるように…。なぜに自死を望むのかが分からないように、自死に行き着く人たちは、人はなぜ生きていたいのか分からない。生の論理、死の論理、いずれも人間固有のものである。ただ、命あるものがその限られたなかで、「生」を完成させられかといえば、おそらく無理と思われるが、多くの人は、「満足だった」、「幸せな人生だった」と言葉を残す。

    果たして後悔のない人間がいるだろうか?その日、その場でいくつもの手段の中から一つを選びだし、決定することがどうして最善といえるのか?『後悔しない生き方』なんて本を書くバカもいれば、買うバカもいる。後悔し、試行錯誤をしながら生きていくのが人生であるなら、自殺の最大の欠陥は、「永遠に後悔できない」。そんなつまらないこと、だから自殺には反対する。


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  • 10/25/18--16:08: 良い人…? ⑤
  • 「でしゃばり女」でありながら、「良い人」意識を自覚する女性がいる。誰とはいわぬが、事あるごとに、「誰もいわないので言わせてもらう」と勝手にでてくる。控えめで謙遜という風に映るが、自身の出しゃばり性向を、「出しゃばりではないですよ~」とフォローしているところが見え透いている。出しゃばり男や出たがり男もいるが、黙ってじっとしている方が男らしい。

    あちこちに顔を出して持論をぶちまけるのは、「調子者」にしか映らない。10歳にも満たない子どもの頃にこんな歌が流行った。「でしゃばりおよねに手をひかれ、愛ちゃんは太郎のよめになる」。「愛ちゃんという女性が太郎という男のお嫁さんになる」そのことの意味は理解できた。問題は、「でしゃばりおよね」で、子どもには何のことやらさっぱりだった。


    およねという出しゃばり女がいて、彼女が愛ちゃんという女性の縁談の世話をした様子が伺えるが、これは愛ちゃんに片恋慕する男の失恋の歌である。「出しゃばりおよねに手を引かれ」の意味は、およねという女の画策によって、愛ちゃんは嫁ぐことになったということ。「でしゃばりおよね」とは、何とも刺激的な歌詞だが、およねという女に対する男の恨みの心情か。

    自由恋愛の珍しい時代、近隣の男女の縁結びに勤しむ世話好き女たちがいた。男女の縁結びに大いに貢献した。見方を変えれば、「でしゃばり女」は必要悪どころか、絶対不可欠な人たちだったかも知れない。男の失恋の歌なので愛ちゃんの気持ちは分からないが、あの時代の「嫁ぐ」というのは、善悪良否を超えた女性の義務意識だったろう。現代のでしゃばり女を以下に記す。

    「会社にすごく出しゃばりな人がいます。色んなことにしゃしゃり出てきては場を乱し、これ以上ないくらい散らかして満足(?)すると、『あとはそっちで勝手にやって』的に去っていきます。頼んでもないのに出て来て、中途半端に投げ出すくらいなら『最初から出てくるな!』と言いたい。散らかされた後の掃除(尻拭い)が大変です。ダイソンかルンバが欲しいです。」

     ・ 人の役に立ちたいと思っている
     ・↑と同時に感謝されたい!気持ちが強い
     ・気が利いてるつもりになっている
     ・勘違いしやすい
     ・飽きっぽい
     ・小さい頃、班長とか
     ・持ち上げられたら1000%受け取る
     ・空気が読めない
     ・地獄耳
     ・耳年増
     ・Going my wayという名の強引
     ・指図するのが快感
     ・上から目線
     ・相手がしてほしいことより、自分がしてあげたいこと優先
     ・人間界を二つに分けたら振り回す側

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    などと、「でしゃばり女」の分析がなされているが、随分多くの要素をお持ちのようで、すべてというわけではなく、いくつか該当すればそれはもう天下に蔓延る「出しゃばり女」ということになる。天下に蔓延ってもらっては迷惑だが、そういう人間がいる以上は、文句をいうより対処法の方が大事だろう。現に世のなかいろんな種の人間がいる。「文句より対処法」が大事である。

    文句ばかりで荒んでる人は、対処法がうまくやれないからだ。逆に対処法に秀でる人はどんな人間であれ、「どうってことない」となる。そういうカンに障る人間には、「でしゃばってこないで!」というのが最も効果的だが、狭い社会での人間関係に支障をきたしたくないなら、同じ意味の言葉をやんわりというのがいい。率直な自分も経年でやんわりに変わった。

    若き率直時代に比べると、能力が身についたのかも知れない。相手の自尊心を壊して喜ぶことはなくなったということでもある。自尊心の張り合い、せめぎ合い、これはいかにもエネルギッシュな蒼き時代の生き方である。食うか、食われるか、こちらが食わねば食われるという切迫感があったかも知れない。そうではないのに、勝手にそう感じていたのかも知れない。

    老齢になると自尊心をむき出しにせずとも、簡単に自尊心が壊されることはない。これを、「達観」といってもいいのだろう。「達観」とは、相手の腹の底が見えることでもある。なんとも人は、経年で能力を向上させるものだろうか。若き時代には絶対にありえない落ち着きや態度は、長く生きた証であろう。反面、いくつになっても自尊心むき出しの子ども老人もいるから面白い。

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    「やんわり」の言い方はいろいろあろう。主旨は、「余計なことはせんでいい」であるから、「こっちはこっちでやるから…」とか、状況や内容によってもいい方は変わる。「出しゃばり女」は、いいとこどりをしたいだけで、最後まで責任を持とうなど毛頭ない。だから、「いうだけは楽よね、責任はないから」、「他人のことより自分のことを考えたら?」と、これは言いすぎか?

    相手は善意と思っている押し付けだから、断ることでいい気持ちはしないだろうが、そこに遠慮をする必要はない。相手をいい気分にさせたままで、うまく、まるく、「事を収める」のは至難であると知るべきだ。日本人は、嫌なことを押し付けられたにも拘わらず、相手に「NO!」をいい難い小心者。男社会なら遠慮せずにハッキリいうから、あとの腐れがない。

    自分にとっての、「嫌」が大事なのだ。自分の嫌に気分を害されても罪はない。協調を旨とする女社会、戦いと反動の男社会なら、なおさら遠慮は無用である。「いいたいことが言えない社会で人は心を病む」。「他人に自分を支配させる必要などない」。「自分の責任は自らの行動において取る」。「自分の人生は自分のものとてきぱき生きる」。などが男の生き方の基本となる。

    「強く生きる」ということは、他人に嫌われることである。自分を主張して嫌われても、それは相手の問題で、自分が罪を背負う必要がない。これが道理だ。自分の言葉が気に障ったと感じることは、対人関係においてはあろう、ならば気に障らないような物言いを心がければいい。やみくもに相手を怒らせたいわけではないが、配慮しても気分を害すのは相手の問題だ。

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    「良い子の悲劇」という。親が機嫌が悪くなったときに子どもは、自分に原因があると感じるが、子どに罪があるのだとあからさまにいう親もいる。そのことがどれだけ子どもを傷つけるかを親は考えない。いや、考えても気分が荒んでいるので子どもを責めなければ気持ちが収まらない。子どもが傷つこうがどうなろうが問題じゃない。自分の情緒の安定が大事なのだろう。

    「良い子」でいることでこんなにも辛い思いをしなければならないのなら、母親離れがいかに大切かということになる。子どもは無力である。親に良いことをすれば褒められ、気に障ること(悪いこと)をすれば邪険にされ、罰まで与えられる。こんな恣意的で感情的な子育てはいじめであって、こんな母に育てられた子どもの心が屈折しない方が、歪まない方がどうかしている。

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  • 10/27/18--04:49: 良い人…? ⑥
  • 「あの人は良い人だ」とある人はいい、同じ人を別のある人は、「どこが良い人?」と首をかしげる。そんなことは結構あるが、考えてみれば当たり前のことかも知れない。ある映画を「良い作品」といい、別の人は「駄作だな」というのと同じこと。「良い」も「悪い」も人それぞれだ。友人にもいろいろあって、その中で自分がもっとも親しい友人を「親友」という。

    親友というからには「良い」と思ってる友人だろうが、「悪友」というのは、本来は交際するとためにならない友人、悪いことを共にする仲間のことをいうが、むしろ特別に親しく仲のよい友人や遊び仲間を親しみを込めてで呼ぶ言い方である。なぜこういう言い方をするのかを考えたことはないが、「悪いことでも一緒にやれる友」というほどに通じ合ってるということか。

    単に遜った言い方というより、「悪友」の言葉の意味するところは説明は無用と思われる。作詞家の阿久悠は、悪友にかけたペンネームだが、その由来は分からない。自らつけたと思われるが、由来については語っていないからなのか謎である。別にそうしたかったからしたのなら、由来とか動機とかを説明することもなかろう。一時代を築いた才能ある作詞家といえる。

    なぜhanshirouなのか?何でもいいと思っていたし、特別に考えたわけでもないし、吟味したわけでもない。ハンドルなんて何だっていいと大雑把な思いで、たまたま頭の中のどこかにあった一つを選んだにすぎない。犬にポチ、猫にタマと瞬時につけるようなものだった。あるフォークシンガーは、デビューの際に気負ってか、入江剣(いりえけん)」の予定だったという。

    彼の名は吉田拓郎。「拓郎って名が好きじゃなかった。田舎っぺの百姓のような名前だし、入江剣はカッコイイし、本人もかなり気にいってたという。もし拓郎が入江剣にしていたなら、世に吉田拓郎は存在しなかったことになる。あの拓郎が、「入江剣」であるそのことがおかしい。原武裕美、佐藤靖、木本龍雄て誰だ?郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹のお三方である。

    中谷啓子(内田啓子)、加藤和枝、北村春美は、順番に樹木希林、美空ひばり、都はるみである。反対に芸名と思いきや本名なのが、スガシカオ、下條アトム、剛力彩芽、河相我聞。スガシカオは菅止戈男と表記する。ZARDの坂井泉水の本名は蒲池幸子。「ZARD」というプロジェクト、「blizzard」、「hazard」、「wizard」といった単語から取ったと言われている。

    話がそれたが、本日は「親友」と会ってきた。大腸がんの手術で大学病院に入院していた2011年に知り合ったYさんである。もう八年になるが、会ったのは今日もいれて五回。一度目は退院半年くらい後に自宅に来訪。その後の二回はウォーキング途中に勤務先に寄って数分の会話。四度目は、彼がカリウム不足で倒れて入院し、見舞った。そして今日は朝9時~1時までの最長である。

    Yさんがドローンを始めたというので、機器をもって海岸沿いで披露してもらった。なかなか面白そうだったが、昔流行ったラジコン飛行機の電子制御版で、文明の進歩を見せつけられるドローンである。飛ばして操縦して撮影してYouTubeにアップするなどをするのが楽しいらしいが、Yさんはそれはしないという。古来の糸を垂らす魚釣りからドローンに至る趣味は多種である。

    それぞれの人に向いた趣味があるということか。Yさんとは寿司店で昼を一緒にして別れたが、「ここの巻きずしは美味しいから、奥さんのお土産にどうです?」というと二つ返事で了承したが、後でこう返す。「こんなことしたことないので、何かいうかも知れない」、「何ていいそう?」、「どうしたのそんなことして?どういう風の吹き回し?というかも知れない。

    自分にすれば当たり前のことでも、「したことない。何か言われそうだ」という夫婦もいるという驚きである。Yさんは自分にとって親友である。7年間で4度しか会ってないし、電話も3か月一度くらいYさんからいただく程度で、彼は定年を過ぎても財務に長けているから、嘱託でもパートでもなく、正社員のまま給与・賞与といった報酬も減額ないままに受け取る身分である。

    趣味は三度の食事よりパチンコに入れ込んでいたが、負けてばかりでいい加減嫌になってきたからと、ドローンに趣味替えしたようだ。「いつ死んでもいいように、やりたいことはやっておこう」。「そりゃそうだ、パチンコも趣味だったかも知れんが、趣味で財産を減らすのもどうかと思うよ」。「誰もそんなつもりでやってないし、勝てないと分かっても止められないからね~」。

    「勝てないと分かってても…というのは、宝くじが当たらないと分かってても買うのと同じで、内心はそうじゃない。勝てない、当たらないと分かってても…というのは、ハズレタときの口実だろうね」。「人間は口実があるからバカなことをやれる」。「そうそう、自分はバカだバカだといいながら、バカなことをやる自分を許してる。言葉を話すから人間は面白い」。

    「人を批判しても実入りはないからね。人をみて自分に言い聞かせるしかない」。大人の会話にもいろいろあるが、友人とは何かを言ってくれる、何でも言い合えるというところが基本だろうか。親友というのは自分のもっとも親しい友達だから、どういう友情で成り立っているかといえば、一番親しい友達というのは、一番深い孤独を与えてくれる友達ではないかと思っている。

    そんなことはないという批判もあろうが、友情が芽生えた経緯を考えてみるといい。昨日までまったく知らない同士であった人間といきなり親しくなる。あるいは徐々に親しくなる。こういう場合には何が機縁となって親しくなるかといえば、いうまでもなく互いが似た境遇や問題を持っていることだ。入院患者同士という共通点はあっても、それ以外のことは話さなければ分からない。

    そこでいろいろなことを語り合い、その門口で心が触れ合った時、この人とは情でつながれると感じる。それが友情の初めの一歩となる。込み入った様々な世界をもっているからこそ友達となれるといった方がいい。例えば共通の趣味を通じての仲間というのは、仲間であっても友達とは違う。ここは不思議なところで、自分の将棋仲間は、それ以外の交流はない。

    これも人間の機微といえるものだろうが、共産党員でもあった林田茂雄は、「もっとも確信的な友情というのは、主義や思想が同じもの同士、つまりは「同士愛」ではないかといっていたが、宗教や政党や労働団体や反戦団体もそういうものの範疇である。接点があることで、分かりたいけど分かり合えないという労苦がない。しかし、それが人間的な興味だろうか?

    イズムやイデオロギーがそういうものであっても、それらを排した人間同士の、純粋な機微に触れることの方が自分にとっては興味としての度合いが高い。イズムやイデオロギー外のところで、人と人の触れ合い、情を感じあう経験をしてきたことでいうなら、人間は間違いなく孤独である。孤独である同士が特別の何かではない、普通の何かと触れ合えることを「情」という。

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  • 10/28/18--16:32: 良い人…? ⑦
  • 「良い友(親友)とは、自分に最大の孤独を与えてくれる」といったが、孤独というものは必ずしも独りぽっちでいるという意味ではない。孤独を怖れる人間は沢山の友人を持っていても、一人でいるときは孤独感に襲われる。が、孤独を怖れぬ者にそれはない。自分がいいたいのは、どんなに親しい友であれ、一人の人間の生き方というものを明確に示すことなどできない。

    人間というものは本来孤独である。どんな人間でも例外なく、それぞれの程度に応じて孤独であり、多くの人と交わりながらも人間は孤独なのだ。人を愛するときも、死ぬときも人は孤独である。恋愛は、二人の人間が愛し合うゆえに孤独でないはずなのに、何がしかの不安や孤独がつきまとうのはなぜなのか。おそらく、恋愛というものが危険な冒険のようであるからだろう。

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    自分の恋の悩みを誰かに話して意見をもとめてみても、あらゆる助言は何の指針にならない。自分が身をもって当たる以外にないのである。苦悩し、よろめきながらも人はただ独りで耐えねばならない。そういうことからも、人生というものは皆独りで戦っている。パスカルもこんな風にいう。「人間は死ぬときは独りなのだから、常にただ独りであるように行動しようではないか」と。

    子どもを巻き添えに心中する母がいる。そんな父は聞いたことがないが、独りで死ねない母親には腹が立つ。「愛」は生の極限であるからして、子どもを道ずれにするような母親は子どもを愛しているとは言えない。己が所有物という傲慢に満ちている。いかなる親といえども、我が子を殺せば罪の意識に苛まれるが、自分が死ぬことで罪の意識から逃れることができる。

    だから、子どもを道ずれに心中する母は卑怯者である。なぜ、一人で死なないのか。子どもを殺しても自分も死ぬのだからいいのだと、これはもう、「罪をもてあそぶ罪」ということでしかない。自殺の根底にあるものは、おそらく絶望であろう。生きること、生ききることが耐えがたい罪悪と感ぜらるるなら、そこから脱出する道は自殺ということになるのだろう。

    絶望の果てに自殺というが絶望とは何か?絶望の経験のない人間はおそらくいないし、絶望経験のない人間は人間とは言えぬ。絶望という自己否定によって新たなる第二の自己を形成すべく、強さ、逞しさがあってこその人間である。崩壊しながらも蘇生し、蘇生しながらまた崩壊する。長き人生における絶え間ない崩壊と蘇生の連続のなか、やはり最後は蘇生である。

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    自殺は罪なのか美徳なのか、意見は分かれるだろう。自己の生存の意義が感じられなくなったとき、自殺は人間のみに与えられた美徳であろう。三島由紀夫がそうであったようにだ。ただ、三島は45歳の思慮分別ある大人であり、10代の少年少女の自殺に思慮分別は希薄だ。ゆえに少年たちの自殺を美徳といわぬが、死に急ぐ彼らの思慮分別のなさは遺憾ともし難い。

    思慮分別のある者の自殺であれ思慮分別なき者の自殺であれ、彼らが自殺せねばならぬと決定した自己判断が、果たして正しかったのか、正当であるといえるのか、自分には分からない。つまり、人間には自己を確定判断するだけの能力が与えられているのかどうか、それも分からない。人のことも自分のことも分からないだらけなら、多くのことは問いかけである。

    三島の死は一面美徳だろうが、絶望の果てに新たな第二の自己形成の希望をもたなかった点においては、彼は罪深き人間ともいえよう。たとえ希望を抱いたところで、またしても絶望を呼び起こすのではないか?こういう不安は当然にあるが、自殺という行為は、こういう不安からの完全逃避かも知れない。一切を自己の計量で仕切り、自己陶酔という自殺は罪深きかな。

    「良い」とか「悪い」とか、何事においても簡単にいうことができるが、とかく人間は多面的で複雑多岐であるから、「良い人」は、「好い人」のことであったりの方が分かりやすい。ただし、「奢ってくれるから良い人」というような、タカリ体質人間の、「良し悪し」などはいかにも陳腐である。女性に多いが男にもいる。基本的に付き合う種の人間でないと決めている。

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    友情は美しいものだという。太宰の『走れメロス』、実篤の『友情』、志賀直哉の『和解』しかり。漱石の『こころ』を友情小説とするか否かは分かれるが、話の基本構造は武者小路の『友情』と変わらない。『こころ』の主人公Kは、先生が自分を裏切ってお嬢さんと結婚したことに絶望して自殺をするが、『友情』は杉子を巡る野島と大宮に勝利したのは大宮だった。

    杉子と結婚する運命だった俺は、彼女と結ばれる運命を受け入れる人間として成長する。我が友野島、お前は杉子からボロ雑巾如く捨てられる運命だった。だから野島、お前も杉子から捨てられるという運命を受け入れて成長しろ。そうして国家を、人類を、成長させるための偉大な仕事を共に成し遂げよう。俺は俺として、お前はお前として運命を受け入れることで…」

    という大宮の言葉に野島は手紙にこう書き添える。「死んでも君達には同情してもらいたくない。僕は一人で耐える。そしてその淋しさから何かを生む。見よ、僕も男だ。参り切りにはならない。君よ、僕のことは心配しないでくれ、傷ついても僕は僕だ」。これが男の世界、男同士にしか分からない世界観ではないか。おそらく女はこんな調子の言葉を並べると想像する。

    ごめんなさい。あなたが〇〇さんを好きだってことは分かってたし、まさかわたしも〇〇さんを好きになるとは思わなかった。でも、わたしにはどうしても〇〇さんが必要なの。あなたには悪いと思うけど、〇〇さんもわたしの気持ちに応えてくれたことで、決心できました。ともだちを選ぶか彼氏を選ぶか、わたしはあなたに憎まれても彼氏を選びました。こんな女でごめんなさい。

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    自分で書いておきながら笑ってしまう。男同士に、「ごめんなさい」などの言葉は無用である。なぜなら野島は、「死んでも君達には同情してもらいたくない。僕は一人で耐える」と書いている。書かなくとも男なら分かる。だから、「許して」、「ごめん」など、気持ちを逆なでするような言葉をあえていわない。実際野島の心中は発狂寸前であり、それは大宮にも分かっている。

    野島は大宮の手紙とは裏腹に、自身の日記には泣きながらこう綴っている。「自分は淋しさをやっと耐えてきた。今後なお耐えなければならないのか、全く一人で。神よ助け給え」。神を持ち出すことは自分にないが、藁をも掴みたい野島の心中である。いずれにしても男には、「やせ我慢」が不可欠。高所に登ったり、高所から飛び降りたり、墓場で肝試しをしたり、されたり…

    こうした数々のやせ我慢を通して肝を育んでいく。元服を終えた若武者が、戦の初陣で脱糞、失禁するようなものだから、場数を踏んで一人前になるしか方法がない。「怖い怖い」で避けるではなく、「こんなものの何が怖いものか!」、そういうやせ我慢が男を造る。小説の野島は、ナイーブでなよなよしたキモチワルイい男だったが、こうした経験が彼を男に仕立てていく。

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  • 10/29/18--16:29: 良い人…? ⑧
  • あることを「知らない」といった時に、「そんなことも知らないのか?」といわれたことがある。頻繁にある。「そんな言われ方されると腹が立つ」とか、「切れる」とか、「バカにされた気がする」などという奴もいる。「そんな言い方しないでもいいだろ?」と言い返す者もいる。自分はどれでもない。そんな言い方をする人間に好人物などいたためしがないからだ。

    そういう言い方をする奴ってのは、「自分が知っていることは相手も知っているはずだ」という概念の所有者なのだろう。ならばそっくり反対にすれば、「相手が知ってることを自分が知っていなければならない」。物事は時に逆に考えることも必要だが、そんな風に考えない無知者である。自身の無知を棚にあげて相手の無知を指摘するのが快感なのか、いい気分に満ちている。

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    「えー、そんなことも知らんの?」と、悪気のない人間もいるし、自分も不注意にそんな言葉が出たこともある。不注意といったのは、そういう言い方はすべきでないと思っているが、「自分が知り相手が知らぬなどは当たり前」という道理を忘れてしまうからだ。こういう言い方は相手を傷つけたり気分を害すもので、そんな意図はなくても侮辱言葉に受け取られることもある。

    「言葉は注意して選ばねばいけない」。つくづく思うことだが、万有引力を発見したのはニュートンなどの常識とされることを知らぬ相手には、つい口先まで出かかる。「人に愛」といわれるように、「人に配慮」も愛の範疇である。普通に知るハズのことを知らない人に驚くことはあっても、「普通」という言い方が実はくせ者で、知らない者が普通でないとはいえない。

    「そんなことも知らないの?」と、何気に言っても、何気にいわれたと受け取らない場合は気分を害す。確かに受け取り方によってはヒドイ発言だ。人間関係の機微において、こういう発想(発言)をするのは危険な性格といわねばならない。相手を見下すとか、相手との差異に快感を覚えるなどの意図はまったくなくとも、慎むべき言葉と自らに言い聞かせたりした。

    率直で他意なき自分に必要なのは言葉の配慮だった。「そんなつもりじゃない」という気持ちは自分には分かっていても相手には分からない。だからダメなのだということが分かるまで長い年月を要した。何かを言った後で相手が沈んだり、機嫌を損ねたり、怒ったりの後に、「そんなつもりでいったんじゃない」というのは、事実であっても言い訳に聞こえてしまう。

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    それがダメである理由は、自分の心は相手には見えないからだ。「良い人」になりたいとは思わなかったが、他人に悪態をつくような人間にはなりたくない。そうのは「悪い人」、「嫌な奴」である。素直で率直な人間だからといっても、不用心・無頓着なら褒められたことではない。自分が長所とする自負も、事と場合によっては短所になるものだと気づかされた。

    人は自分の考えるように相手を考えるが、独善にならぬよう相手の考えを見越して自分が考えるべきで、それを洞察力といい、相手の性格を見極める能力である。確かに人の性格や心中を把握するのは難しく、だから人は無難な言葉を用心として選ぶが、率直人間はそうした言い回しが不得手である。しかし、子どもと同等の素直で率直は成長の証とはならない。

    人間は成長しなければならないが、成長するというのは大変なことでもある。先にいった、「良い人」になろうではなく、もし自分という人間と自分が付き合うなら、嫌な自分でいたくはなかろう。ならば、自身の至らぬ点や嫌な点を改める必要に迫られる。あとは、できるかできないかの問題が残る。自分と付き合う自分のためにも自分の嫌なところは直しておきたい。

    自己変革は難しい。が、難しいと思えばこそ取り組めるもので、取り組み甲斐もある。「三日坊主」は子どもの頃の自分の代名詞だった。といえば今の自分を知る者は「嘘だろ?」という。「三日坊主」と頻繁に母から罵られた。一年中罵られていた。言われ続けて責める以上に自分でも嫌だと思うようになった。どうすれば、「三日坊主」でなくなるか、真剣に考えた。

    イメージ 4考えただけで直るものではないが、頭に重石のように乗っかかる、「三日坊主」を取り払わないことには気になってどうしようもなかった。が、今に思えばそれが良かった。何かを変えようと実行するためには、意識を持続させることであると知った。きっかけは中国の故事にいう「臥薪嘗胆」である。「自己変革は生きた時間だけ要す」という文言を目にしたが、何年かかろうとやるしかない思いに至る。
    「三日坊主」に限らず、完璧とまではいかないが、それなり時間を要せば何某かの効果はでようもの。15で初めて40、50までかかれば生きた年齢の倍以上である。未だ不足は多いが遂げられるとは思わないし、遂げられなくてもいいと思っている。そんな完璧な人間でいれるわけはないし、そこそこでも十分である。「辿り着いても未だ山麓」という言葉が示すのは、人間は聖人になど成れない。

    「良い人」という表題で書き綴って入る。正直いって、「良い人」は漠然とした言葉である。「親切」も、「思いやり」も、「正直」も、「良い人」の範疇であり、他にも欲・妬・無責任・放蕩・浪費…あげればキリがない。ほどほどにあってほどほどに付き合えばよい。だから、「良い人」は目指せない。先に述べた自分が自分と付き合う際、嫌な自分でなくすことが目的だ。

    それが自己変革を行う際に無理なく、気負うことなく、自分を剥がしていくためのアイデアだった。誰だって、「悪い人」にはなりたくなかろうし、「悪い人」でいたくはなかろう。だからといって、本気で自己を修正しようにも、「三日坊主」で終わりかねない。「三日坊主」を修正するのに、「三日坊主」ではマンガである。自己変革に何より必要なのは意識を絶やさぬこと。

    「三日坊主」な人とそうでない人の違いは意識の差だと思っている。性格的に、「三日坊主」と「三日坊主でない」人がいるのではない。「三日坊主は嫌」という意識がその人を「三日坊主」の呪いにかける。「天才は日々の努力」と同じで、天才とて努力を終えればそこいらのただの人。努力を頓挫し、放蕩に足を踏み入れた元天才と称する人の多きかな。

    人間が立て看板として掲げる何かは意識と努力であろう。多大なる意識が必要か、軽い意識で済むかは要した努力の差で決まる。ある程度の境地に到達すると、意識も努力も日常化する。掃除が嫌いで部屋がいつも汚い、そういう人も努力をするうちに意識として内面化され、楽にお掃除が日常となる。何かを変えようとするなら、頭に意識という重石を置けばよい。

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  • 10/30/18--17:43: 「格差」の本質
  • 人はどのように生きたとしても、「よき人生だった」とするのが死へのはなむけ言葉となる。ジョブズはこう残した。「私が勝ち取った多額の富は、私が死ぬ時に一緒に持っていけないが、愛は持っていける。 私が今、死と共に持っていけるのは、愛に溢れた思い出だけなのだ」。この言葉から受けるものはそれぞれだが、良い言葉、名言というより、切実なる言葉である。

    ジョブズの言葉は彼の遺言として残した文言のなかの一行で、冒頭は以下の言葉で始まっている。「私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、いま思えば仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。人生の終わりには、お金と富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。」

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    「お金や富は事実でしかない」。我々には重要な事実だが、死にゆく者にとって通帳の数字は記号である。誰がいったか、「お金はあの世に持っていけない」は昔からあったた言葉であるが、人間にとっての健康というものは富やお金の比ではないと、ジョブズの言葉に心新たにさせられる。ジョブズはもっと生きたかったろうし、仕事も富もすべては健康が前提にあってのもの。

    彼は自身に無理をせず、虚勢を張らず、思うがままの言葉で辞世を綴っている。最後の言葉は、「あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。あなたの家族のために愛情を大切にしてください。あなたのパートーナーのために、あなたの友人のために。そして自分を丁寧に扱ってあげてください。他の人を大切にしてください。」

    逝くものに憐みを抱くのは健者の驕りかも知れない。が、彼のような偉大な人物ですら自らの意志に反して人生を終えねばならない。貧困層が格差社会を呪いあげつらうけれども、裕福層においても不平等や不公平は彼らの前に敢然として立ちはだかる。「格差って言葉はいつごろから、誰が言い出したのか」。「格差」とは単なる「差」ではなく、「格の差」ということだ。

    『大辞林』:「同類のものの間における、価格・資格・等級・水準などの差。

    『広辞苑』:商品の標準品に対する品位の差。また、価格・資格・等級などの差。

    なるほど。格差というのは、「同類のものの間に生じる差」、「標準品に対する差」であるらしい。人間そのものに上下はないとすれば、エジソンもジョブズも我々も同類である。一級品の彼らと自分が同等の標準品とは思えないが、前者においては格差、後者は比較すべく差ではないからして格差というよりはむしろ、「格の違い」を抵抗なしに受け入れられる。

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    世間が、「格差だ、格差」とギャーギャー喚くのは、人間の能力や学力や所得に差があるのは当たり前のこととしても、最近の格差議論は我々がまだ一億総中流の幻想に囚われているということなのかも知れない。もしくは、同じ日本人同士として、許容し得る差と許容し得ない差というものが絡み合いながら、そうした許容範囲を巡って議論をしているのかも知れない。

    ブルデューというフランスの社会学者は、「ハビトゥス」なる概念を提唱している。「ハビトゥス」とは、文化資本と訳されるが、文化の型のこと。後天的に習得されるものであるが、本人の努力によって矯正は可能だが、変えるのは至難で、本人の思考や行動様式に大きな影響を及ぼす。ブルデューは、階級間には単純に経済力格差だけでなく文化資本が存在するとした。

    しかも、それは乗り越えられないとした。文化資本を簡単にいうと、家に沢山の良書がある家庭と、マンガしかない家庭とでは文化資本の質が違うことになる。子どもが良書を読む確率は前者が高い。親子間ではそういった文化的なものにとどまらず、生き方のモデルまで受け継ぐ可能性が高い。暴力を振るう男とばかり付き合う女性は、その原型を幼児期に持っているものだ。

    カエルの子は、必ずカエルとして生まれたわけではないが、カエルの家庭に生まれ、そこで育てられることでカエルになっていく。これらは貧困の連鎖の一因として理解できよう。勉強というのは、子どもが学校の文化、学問という文化に適応することで、これこそがハビトゥスである。高学歴の親の子が高学歴になり易いのは、親がその文化に適応しているからだ。

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    したがって、金を出して子どもを塾にぶち込んでおくのと、文化度の高い家庭内で育つ子どもとでは、本質的な文化度が違ってくる。教科書や参考書だけでは伝わらない何か、得ることのできない何かを文化度の高い周辺から無意識に学ぶことになる。心の貧困な親がどんなに激を飛ばしても、おそらくは子どもの教養的文化度が磨かれ、高まることはなかろう。

    「カエルはカエルとして生まれるのではない。カエルになっていくのだ」。とボーボワールは言ってはいないが…。「お母さんは一生懸命に勉強したのよ。成績もよかった」と嘘を言おうが、「お母さんはあまり勉強しなかったから苦労した。あなたはそんな苦労しなくてもいいように、勉強をがんばって!」と、ホンネをいおうとも、どちらも子どもの成果には乏しい。

    勉強という文化を身に付けていない親は、子どもにとっては、"勉強に対するアンチモデル"となることに気づいていない。「カエルの子はカエル」というのは、かなりの高い確率で事実である。昨今においては、多くの家庭では子どもの進路に母親の影響力が高いという。父親は形の上では威張っていても、子どもへの実質的な影響力はない。こうした現実が多くの悲劇を生んでいる。

    父親は娘に対し、普通の青春を送って欲しいと願っている。男親は子どもの自由を望むもので、ふつうに彼氏をつくり、ふつうにバイトでもし、ふつうに勉強もし、ふつうの成績で卒業してくれたらそれが娘のためだと思っているが、それでは収まらないのが、自己イメージの高い母親である。こんな家庭はそんじょそこらにあるだろう。口にチャックを決め込む父親の多き事。

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    子の多くは圧倒的な親の支配下にあり、親の価値観を受け継ぐが、「子どもの人生は子どものもの」という観点からみれば、親の支配はおかしい。4人の兄弟全員が東大に入ったところで、それが親の作為であり罠であるなら、道理として自分はおかしいと感じるが、所詮は人の子を親がどうしようが文句をいう筋合いはない。いかに他人の屁が臭くても鼻をつまめばいい。

    「臭いものには蓋」。隣の芝生が蒼かろうが伸びていようが、無関心を装うのが「良い大人」。「マネーロンダリング」という経済用語があるが、学歴社会というのも、「ロンダリング・システム」と変わりない。親の高学歴、職業的高収入、文化資本を受け継いだ子が、受験という選抜システムの中で浄化(ロンダリング)し、実力あるふりをするのが学歴社会である。

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  • 10/31/18--17:07: 隣は何をする人ぞ

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    言葉から連想するのは、「秋深し(き)」に連なる芭蕉の句。正しいのは、「秋深し」なのか、「秋深き」なのか?この句を詠んだ頃の芭蕉は最晩年にあった。彼が世を去ったのが元禄7年(1964)10月12日。上の句を詠んだのは同年9月28日だから死の2週間ほど前である。病床にあるこのとき、芭蕉を励ますことを目的で句会が予定されたが、芭蕉は出席できなかった。

    それもあってか、芭蕉は上の俳句を弟子に託した。芭蕉の出席が敵わぬことで句会そのものは流れたが、この時芭蕉はこう詠んでいる。「秋深き 隣は何を する人ぞ」。「秋深し」ではなく、「秋深き」である。芭蕉のこの時の胸中は、「秋が深まっていき、床に臥せって静かにしていると自然と隣の人の生活音が聞こえてくる。人は今は何をしているのだろうか?」

    秋という時節の物悲しさは、落ち葉や枯れ葉といったネガティブなイメージからも想起される。『思秋期』という曲がある。思秋期とは、思春期に対峙する概念として提唱されている心理学の用語。身体や精神に衰えが見え始める時節には、人によっては心理的な危機に直面するおそれがあり、警鐘を鳴らすという意味で、「思秋期」という概念が心理学界から提唱されている。

    「人によって…」というように個人差もあり、具体的にいつ頃という特定はないが、「何となく歳をとったなぁ」と感じるようになる年頃なのかも知れない。中年の問題を取り上げた文学作品は結構あって、読んだもの以外にも知らないものを含めれば膨大な数ではあいだろうか。中年は壮年ともいい、意気軒高で問題ない時期といえるし、中年クライシスともいえる。


    「希望に満ちた若者」といいながら、反面には暗澹とした青春期ともいえるように、中年には良い部分も悪い部分もある。いずれの時期も相反する見方ができるが、中年の危機が強調されるようになったのは社会学的にいえば、テレビドラマで「金曜日の妻たちへ」が話題になった1980年代は上半辺りであろう。いわゆる、「金妻」、いわゆる、「不倫ドラマ」である。

    花から花へと飛び交う蝶としての男は昔からそのような基本習性をもつ生き物と認知されてはいたが、大地にしっかりと根を張り、微動だにしなかった(ようなイメージに彩られていた)専業主婦たちが自らの足で動き始めた時代であり、それが今はもう、あれよあれよという間に花に足がついて動き回る時代になった。「金曜日の夜10時以降は、主婦が電話に出ない」とまで言われた。

    女が大地に根を張って大人しくしていたのは、本能でも習性でもなく自己抑制に過ぎず、何かを契機に箍が外れたとたんに、堰を切ったダムの如くなだれ込む。「抑制」というのはそういうものだ。例えとして分かりやすいのがダイエットのリバウンドである。不倫ドラマの走りとしてエポックメイキング的な作品だったが、多くの妻たちの血を騒がせた功績(?)は大きい。

    「金妻」ブームのさきがけになっかかどうかはさておき、その5年前に『岸辺のアルバム』という衝撃的なドラマがあった。主演の八千草薫と竹脇無我といえば、当時の業界人としては良識を代表する御仁であるが、この二人が不倫をするということで、竹脇ファンよりも、八千草ファンがどれほど衝撃を受けたことだろう。八千草は今では90前のばあさんだが当時は46歳。


    俗にいう「し頃」の年代である。「30させ頃」、「40し頃」という男のスラング。女性の年齢を念頭に女性を眺めるのは失礼とはいいながらもやってしまいたいもので、彼女は還暦を迎える年齢にあっても、筆舌に尽くしがたい若さ美しさに加え、女性として天性ともいえる清楚な趣きがあった。清楚で無邪気な少女のイメージをもった特筆すべき女優さんであろう。

    『岸辺のアルバム』はそんな八千草を主演にすること、人が所有するイメージを崩壊すること、どんな人間でも堕落するものだということ、そうした複合的な要素が、この作品をテレビドラマ史に残る名作にしたし、テレビドラマ嫌いの自分もくぎ付けになった。その彼女が若き男と不倫をするとなりゃ、不細工・不清楚おなごも黙っちゃいない。八千草は宝塚出身である。

    大阪生まれで幼少時に父を亡くし、母一人子一人の家庭に育つ。聖泉高等女学校在学中に宝塚劇団に合格、宝塚在団中から東宝映画などの外部出演をこなし、当時のお嫁さんにしたい有名人の統計で、たびたび首位に輝いている。作家の栗山良八郎は、『わが青春のアイドル 女優ベスト150』の中で八千草を、清純の微笑み、永遠であり、魂の人という表現をしている。

    自分は八千草薫ファンというわけではないというより、ファンという女優がいないが、八千草は父が好きだったようで、その影響もある。子どもは自分が好きな親の好きなものを好きになるところがある。嫌いな連ドラ『岸辺のアルバム』を観るきっかけもそういうことだったし、父の他界する5年前に放送された。金曜日の10時ということで、同じTBSの「金妻」ブームの魁である。

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    映画やドラマの面白さというのは種々あろうが、特筆すべきは他人の生活が手に取るように眺められることにある。考えようによれば、自分の日々の生活を家の中、仕事場、外出先にいたる一切を定点カメラや移動カメラで撮影しているようなもの。こんなことはあり得ないが、作り物映画やドラマではそれができ、そのあからさまを視聴者に披露することになる。

    俳優さんたちは一様にカメラなどないように演じ、振舞うこところがさすがに役者さんであろう。彼らはフィクションを演じているのだが、フィクションであるというのは、映画・ドラマという作り物というだけで、リアルな言動からは現実感を錯覚させられる。先日、『東京ラブストーリー』が27年ぶりに再放送された。最終回だけ観たが、気恥ずかしいばかりでまともに観れなかった。

    それだけ老いたということなのだろう。織田裕二の臭い演技も、保奈美の奇天烈奇抜な演技も鼻につくばかりで、途中で観るのをやめようと思ったが、せっかく与えられた時間だからとこなすことにした。観ながら、「こんなことはあり得ない」ばかりが頭を過っていたたまれなくなる。愛媛出身の女子大生に奨められてレンタルビデオでまとめて観たのが最初で25年前。

    「感情移入」というのが年齢とともにだんだん遠ざかっていく。『月光仮面』を40年後に観たときも、途中で観れなくなった。やはり、子ども用のものは大人には向かないようになっている。それが普通の正常人ということか。現実とフィクションの区別がごっちゃにならないのが大人としての成熟である。「子ども心」は大事だが、いつまでも子どものままは批判の対象だ。

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    先の記事にも書いたが、人間が成熟してくると、「他人と自分」という境界が分別されるようになる。他人のすることにいちいち腹を立てたり、苦言を吐いたり、いちゃもんつけたり、最近の芸能人はそういうのが多くなったが、これも彼らの自己顕示欲の一環なのだろう。人に無関心であれというではなく、利口な大人は、「他人に無関心を装う」技を習得すべきである。

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  • 11/01/18--16:03: 死の本質について…
  • いくら考えてみたところで死が何かは分からない。分かるだろうことといえば、見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、香るもの、味わうもの、それら一切とおさらばだなと。死を体験するとはこういうことだろう。我々が見聞きで知る死とは実体ばかりで。体験といいながらも体験とは言わない死の本質について、それを知りたくあれやこれやと考えるのだが…

    いつの日か分からぬが自分は間違いなく死ぬ。どうするこうするといっても、死を命じられるその日までじっと待つしかない。などと死や命のことを考えると、生命とは死と生の統一物と実感する。対立というより統一。ぐーたらしていても腹はへる、だから我々は生きるために動き働くのだ。じっとして腹がへるということは、そのままじっとし続けていると死ぬということ。

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    死の本質というより、命の本質的こそが死であった。命は自分の身体の外にある他物をとり入れなければ生きていられない。他物とは、栄養、水分、酸素、さらには各種ビタミンやミネラルなどでそれらは食物の中にある。命を実在させているのは命そのもの以外の他物だと分かる。命の実体も本質も、つまり我々の生命活動というのは死の活動といえなくもない。

    視点を変えると世界がまるで変わって見える。命の本質が死ではなく生と思いこんでいたなら生命の真実は理解できない。と、同時に真実の人生を理解することも、生きがいというものを自由に作り出していることすら分からなかった。が、命を生かしてくれるのが他物であれ、その他物をとり入れるために我々は動き働く。これこそが我々が働く本当の理由であった。

    「人間はなぜ働くのか?」の問いに対し、「生きるため」と答えるのは正しいが、漠然とした「生きる」正体とは、こういうことだった。おバカなニートが、「働くのは損」、「働いたら負け」などと能書きをたれているが、なぜ働かずして奴らは生きていられるのか?働かなくとも餌にありつけるからで、果たしてこれが親の愛情か?少なくとも自分にそれはない。

    彼らは人間に生まれてよかったと笑ってやろう。野生動物に生まれていたなら、いい歳とって親から餌は与えてもらえない。生きるためには自分で獲物を確保せねばならない。「生きる」とはそういうことだと動物は教えるのに、なぜに人の親は野生動物より下等でバカなのだろう?働きもせずに部屋にこもる我が子に三度の餌を運ぶ親は、不幸などと思ってはいない。

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    「働かざる者食うべからず」。昔の人は正しいことを言っている。働かざる者、食ってはならない食わせてはならないといっている。上記の生命の論理からすれば、働かない者は死ぬことになる。死ぬはずなのになぜ生きているのか?これこそが、現代的な甘えの構図としての共依存である。こんなんでいいのか?もし親が餌を与えなければ奴らは、「のたれ死ぬ」のか?

    それとも動物のように自ら餌の確保に動くのか?自分が親なら死んでもいいからと叩き出す。人間が動物以下ではあんまりだ。「こどもの大部分は親の責任」といつも言ってるが、働かない息子にした親の末路、責任の取り方と大目にみるしかない。2017年の時点で71万人といわれるニートたち、彼らの行く末は誰も知らない。親が死ねば浮浪者にでもなるのだろう。

    ルンペン、乞食、浮浪者にはそれなりの理由があるかも知れぬ。「三日やったら止められないのが乞食」というが、本当なのか?自尊心をかなぐり捨て、ひたすら物乞いする乞食がそんなにいい商売とは思わない。上の慣用句は人間の本質はナマケモノという比喩であろう。物乞いしても生きて行く者もいれば、地位や名誉や財産があっても人は死ぬから不思議である。

    浮浪者になる理由は分かれども、自殺者の気持ちは分からない。辛いだろうことは分かるが、死ぬほどのことなのか?そこが分からない。拷問は別にして、どれだけ辛い目にあえば自分は死ぬのだろうか?「STAP細胞はあります」という言葉も懐かしいが、理研の笹井芳樹氏の自殺の衝撃である。あれほど優秀な頭脳所有者で将来を嘱望された人が死ぬという何故?

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    あれだけの頭脳を完成させた人の死は勿体ないどころの話ではない。彼は一切を捨てても死が上回ったことになる。なんという希薄な生命力であろうか。自死は人間の最大の謎。自殺理由を答えられるのは本人のみといいたいが、本人ですら表現し得ないのでは?身近な妻子はいかなる心境か?人は一人でも死ねるが、生きていくためには多くの人の支えが必要となる。

    自殺は罪悪な部分と尊厳の部分がある。笹井氏を例にいえば、やはり妻子に対する負い目はあろう。昨日と今日とがまるで違う状況という体験は、したものでなければ分からない。思うに自殺も幾多の凶悪犯罪も、それ以外のその他一切のことは、人生という不可思議な謎から起こるのだと。自分も同じ線上に生きていると思えば、他人を笑うことなどできない。

    人は人を気楽に笑い安易に蔑む。他人事だからといい気なもの。互いがどうすればいいのか、どうしていいか分からぬ人生に生き、その分からぬという迷いに互いが暖かな心を投げ合うことになるなら、世の中はこれほど荒むことはなかろう。自殺者の自己判断は滑稽に見えるが、死ぬほど思いつめるならその精神力を転換させて不可解に挑戦できる。

    それもままならず最後の自由を求めて人は死ぬ。死に急ぐ人は生きることだけ求めていない。生きがいが必要だったのだろう。「生きがい」という響きはいいが、生きがいを失った、生きがいを得れなかった、それで自殺なら「生きがい」は死に直結する大きな要素。「生きがい」の「がい」とは、「甲斐」という願望であり、あくまで「生きる」がメイン。

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    自殺には報復や意趣返しとしての理由もある。自分が死ねば親は嘆くであろう、ざまー見やがれと思ったことがあった。報復自殺で驚いたのが、映画『世界残酷物語』の焼身自殺である。1963年6月11日、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権の仏教徒への圧政に抗議した、ドック僧侶はサイゴンのアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。

    僧侶は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎をものともせず絶命するまで蓮華坐を崩さなかった。人の死の惨さを訴えるのだろう。だから焼身自殺である。高僧ともなれば、生の喜びに浸るより死者の嘆きを訴える。命の使い方がまるで違うことに驚く。苦しみを喜びに転換できない者たちの代弁という死は、凡人の理解をはるかに超えている。

    このブログは死と生がテーマであるが、凡人の当たり前の死生観としては、命を完全に生き抜くのも喜びとする。生を完全に生き抜いたものが、完全なる死を迎えることになるのではないか。別の言い方で、充実した生の果てに充実した死が待っている。天に召されるまで精いっぱい生きたなら十分に感謝である。誰に感謝?命に感謝を捧げるべきかと。

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    「昭和十年十二月十日にぼくは不完全な死体として生まれ、何十年かゝって完全な死体となるのである」。知る人は少なくない寺山修司の有名な一文である。これにはさまざまな解釈がなされている。「人生を反転させ、裏返して見、望遠鏡をさかさまにして見るような、近くは遠く、遠くは近いという、覗き穴からの視線であり、寺山らしいパラドシカルな言葉である」というもの。

    別の解釈として、「完全な死体とは自分が望んだ完全な生き方を全うした果ての最期のことか」というのもあれば、現実的な解釈としては、「寺山はネフローゼ症候群という生まれながらの持病と向き合いながら、いつ訪れるとも知れぬ「死」と隣り合わせの生涯を貫いた。不完全な死体として生まれとし、そんなに遠くはない完全な死体となることを自覚していた」などがある。

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    「ネフローゼ症候群」といえば将棋の村山聖九段を思い出す。この難病のために彼は、小学校の半分を療養所と病院で過ごした。29歳で他界したが死因は膀胱がんだった。病とはいえ村山の人生は不完全であったろう。もっともっと将棋を指したかったし、結婚願望もあったとされる。不完全な人生とは、死以外にも言われる。いろいろあるが、不完全と思えばそうだろう。

    完全に生き抜くとは比喩的な言い方で、今日死ぬと思って生きることではないかと。朝起きて仕事に行く際も今日死ぬかも知れないと思って頑張る。それが緊張感をもった生き方だろう。いつ死ぬるか分からないのだから、今日死ぬと思って生きれば、一応は準備をしたことになりはしないかと。これについては後程記すが、死はあまりにも突然に訪れるものでもある。

    とにかく、今日のことは今日やっておくことで、明日の心配をしないでいいばかりか、その日にやり残したことはなくなれば、今日を懸命に生きたことになるというのが自分の考えで、これ以外には浮かばない。人にはそれぞれの生き方があろうし、そして行き着くところに行き着けばよい。到達点より過程に生きるエキスがある。東大が立派でスーパー勤めがダメというのでは全然ない。

    それなりに力いっぱいやって行き着いたところを立派と思えばいい。人間は卑屈になっていいことなど何もない。場所が人間に価値を与えるのではなく、人間が場所に価値を与えるのだと思っている。頑張る自分は立派と思えるなら、立派な人間が行き着いたところが立派となる。反対に、ダメな人間が行き着いたところはダメな場所となる。視点を変えるだけで人は幸せになる。

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    もっとも偉いのが学者と信じていたカントが、人を軽蔑しない人間こそが偉いと理解に至ったのは、単に視点を変えただけで、それを変節ともいういうが、視点を変えれば人はガラリと変わる。毎日がつまらない、今の人生がつまらない、これではすべてがつまらない。能力のギャップに苦しむことなく、自分の限界を気づくことになれば、無理もしないし高望みもない。

    誰の言葉だったか、「真実を直視し、そして笑うこと」は、「足るを知る」と同じ意味のいい言葉。ただしできればの話。人には見栄や欲もあって、自分の限界を率直に認めるのは劣等感の原因になりかねないので勇気がいるのだろう。素直な性格なら別に勇気はいらないが、「自信がない」を口癖の奴は、口癖を止めて自信がつくような何かを考える方がいい。

    乞食が乞食であることを何とも思わないのは、乞食に自信を持っているというより、乞食であるのを知っているからで、これも自然な生き方。金持ちも貧乏人も賢者も愚者も社長さんも平社員も美人もブスも、間違いなく死ぬのだから、それぞれがそれぞれに合った、嵌ったように生きれば楽しかろう。叶わぬ欲に苦しむより、与えられた現実を楽しく生きるべきかと。

    生に安住している時はさりとて不安を感じないが、生とは、"生きうるかも知れない"という空想でもある。新聞で様々な事故や事件に触れるとき、死はいたるところに潜んでいる。空からコンクリートの塊が落ちてこないとも限らないし、歩道を歩いているのに、スピードあげた鉄の塊がぶつかってくることがないとはいえない。まさに「犬も歩けば…」である。


    明日は生きていないかも知れない、今夜の0時に自分に死が訪れるかも知れない。そんな思いを胸に自己煽動をし、奮励努力するのもアリかなと。昔の人は良く働いていた。工事現場にしろ、一般的な会社にしろ、しょぼい機械や道具を手にし、空調設備のない暑さ寒さの室内で文句も言わずによく働いていた先人たちの凄さ。戦争にまで駆り出されたり…。

    戦地からは中身のないからっぽの骨壺が届く。これが笑顔で戦地に向かった我が息子の姿か。我々は恵まれた時代に生を受けたものだ。国のために命を捨てた人たちや遺族の心中を想像するしかない。生命に満ちあふれた青春期に、死のことなど考えもしないが、死と隣り合わせだった若者たちの思いが何であったかは、残念ながら活字で知り、想像するだけだ。

    死の忘却の刹那は今の若者にもあるはずだ。考えるか考えないかの違いであって、自分の若き時代においても、死への切迫感はまるでなかった。以前から死についての文献は好んで読んだが、誰も死の経験については語っていない。死に瀕した経験という記述といえども生の一事実に過ぎない。人は死そのものを実感として語ることはできないのはそうであるが。

    我々が死を恐れるのは、死そのものより死についての想像力かも知れない。自分の死後に家族はどうなるかをあれこれと想像はするが、実体として見聞き・感じ・考えることができないことが不安にさせるのだろう。死そのものは案外平穏なものかも知れないが、想像するなといっても無理からぬこと。死を身近に感じる年代になるほど想像は高まっていく。

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    人が死を怖れるのは死後の自分の行き場ではなく、現世との隔絶である。死は無意識・無動の状態ゆえに就寝状態のようだが、誰も就寝を怖がらないのは朝の目覚めが約束されているからだろう。それに反する死の約束事は一切ない。人が就寝中に息を引き取るというのはあまり聞かない。日中の活動時の死が多いのは、やはりどこかに無理をしているからか?

    我々人間は死に向かって成熟していかねばならない。こうした命題を自らに課す人、そうでない人、直前に迫った死に切実に臨む人、のんきでいられる人、などと人は様々である。真面目で堅物な人間が、「あいつはのんきでいいよ、羨ましい」などというが、のんきであるを望むなら物事を深く考えぬことだ。人間は苛烈なる思惟に永続的に耐えるのは至難である。

    誰しも気晴らしを望むし、快楽を得て今を忘れようとする。これら人間的なエロスが趣味や道楽として生き甲斐となり、生き甲斐は別の言い方で死に甲斐といえる。「死んで良かった」とは誰も思わないが、死の淵に臨んで、「良き生であった」と思うのは、生き甲斐の充実と考えられる。趣味・道楽はなくとも、生きることにひたむきであるのも、生き甲斐であろう。

    生き甲斐なくても楽しむ人は、何を支えに生きているのか?「あなたの生き甲斐は何?」と問われたら、そんなものを特別持たない、求めもしない自分はおそらく、「生き甲斐を求めず人生を楽しむのが生き甲斐かもしれません」と答えるかも…。厳密には、「生き甲斐がない」ではなく、「生き甲斐を意識しないでも生き甲斐を感じている」といきがっているのだろう。

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  • 11/04/18--15:07: 死・死後・霊魂
  • どれほどの数の人間がいようとも、人は確実に死ぬということに異論をはさむものはいない。問題は死んだらどうなる?どこにいくのかということだろうが、当たり前に考えるなら、死ねば棺桶に入れられ、坊さんがお経をあげたのちに火葬場で焼かれて灰になる。残った少しばかりの骨を骨壺に入れてお墓の中に入る。湿気の多い墓の中で骨は溶けて水になる。

    溶けて水になった骨を見たことがある。分かりやすいのは押し入れやクローゼットなどに入れるタンクタイプの除湿剤。あれは白色粒状の固形塩化カルシウムで、使用すると空気中の水分によって溶解し、徐々に水溶液が溜まる。カルシウムであるお骨も同じ原理を辿る。ところが、人間の肉体は仮の姿で本来は魂が宿っているということをいう人がいる。

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    その手の話は信じないし興味もないので詳しくは知らないが、同様に死ねば天国とか地獄とかの霊界といわれるあの世があって、そこへ行くのだという人もいる。誰がいうのか?宗教者、科学者、大学教授、脳神経外科医、作家、芸能人らが死後の世界の存在をいうが、それが真実であるかを証明することはできない。いうのはタダでもあり、責任も問われない。

    「奇跡体験!アンビリバボー」2013年11月28日放送では、脳外科の権威とされるアメリカのエベン・アレキサンダー博士が、自らの7日間の臨死体験から、「死後の世界はある」とを発表したと取り上げ放送した。臨死体験が死(デス)なのかニア・デスなのかという問題が解決つかないままに、何をいったところで真正なる死の体験でないなら所詮は戯言である。

    死の淵を彷徨っていたのか、確実に死んで蘇生したのかもハッキリと断言はできないから、健常者が睡眠時に夢をみるように、7日間昏睡状態になった人も夢を見るだろう。昏睡状態が死(デス)でないことは明らかである。『臨死体験』の著者である立花隆氏も、「結局、臨死体験とは何かという基本的問題(死=脳機能の廃絶)がなかなか解けない」と書いている。

    臨死体験というのは、脳内酸欠状態になれば必ず体験するもので、脳梗塞的状       態で臨死体験した人は少なくない。その際脳内に映る像は心理学的には、「特異な状態で見る夢の一種」とされており、宗教との接点における臨死体験も、宗教的素養や土壌から浄土教の弥陀来迎や、西洋ではパウロの回心にも比較されるが、どちらも人間の想像力の範囲であろう。

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    臨死体験は死戦期の幻覚であり、内容に共通性が多いのは、ユングのいう"集団 (集合的)無意識"の存在を立証するにすぎないと科学者は考えている。基本的に人は死(デス)を体験できないという前提では、一切が幻想という説を覆すことはできないだろう。釈迦は分からない問いには答えない。頭で考えて答えを出すことはできても、それが真実とはいえないからだ。

    原始仏教経典の「無記(ブッタの沈黙)」は、釈迦がペテン師でないことを示す。いかなる形而上的な質問を発しても釈迦は何も答えない。人々が「なぜに答えないのだ!」と釈迦に詰め寄った時、「毒矢の比喩」という有名な対話が残っている。いかなる聖人といえども、知らないことはあろうし、知らないことは答えられないし、答えるべきではなかろう。

    孔子は、「知っていることは知っているとし、知らないことは知らないとせよ」といっているが、釈迦は比喩で諭したようだ。仏陀の仏教は、神や仏という人間の創造物には関与はせず、そんなものに救いを求めるのではなく、自身の道は自身で開けと手厳しい。キリスト教も2000年前のものを受け継いでいることで、現代科学との矛盾は多く露呈している。

    キリスト教と現代科学の最大の違いは、前者が霊魂に価値を求め、肉体には価値を置かなかったが、現代科学は霊魂を否定し肉体にしか価値を認めない、逆の価値観に立っている。病気になれば治癒に最善を尽くす現代科学医療をキリスト教は否定するのだろうか?ローマ法王は不治の病に罹患しても、治癒を放棄し、霊魂は不滅なりとするのだろうか?なわけなかろう。

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    これすら矛盾である。2000年を経ても真理は不滅というのは相当に無理がある。人間の体内のどこかに魂がある。宿っている。それを霊魂というのだろう。詳しくは知らないが…。してその魂とやらは、思考もあり、眼も耳もあり、口で言葉を話せるのだと、魂音痴の自分は考える。でなければ、死後の世界で死んだ誰かに会うことも、見つけ出すこともできまい。

    話ができなければ会話もできない。葬儀の時に、「俺も行くから待っててくれ」というのは美しい友愛に満ちた言葉だが、そんなことできるのだろうか?先に逝ったものは待っていてくれるのだろうか?目も耳も口もなくても、意中の相手に巡り合えるのだろうか?魂というのはそれほどに万能なのか?などと考えると、一人で勝手にバカバカしくなってしまう。

    魂があって上記のようなことが可能なら、死ぬのもまんざらではないが、魂たちが混雑するあの世(霊界)というのは、開墾・開拓しないと、魂だらけで混雑して大変なのではないか?たまはたまでも、水槽に入れたおたまじゃくしを想像してしまう。おそらく魂に寿命はなかろう。なにせ死んでいるのだから、死んだものに寿命はない。「霊魂は不滅だ!」などという。

    何を言っても、霊魂に現世の言葉は戯言だろうとにべもない。刹那を生きる人間が、死後に拠り所を見つけようとする気持ちは分からないでもない。が、死後や幸福にあからさまな宗教には下心しか見えない。宗教も信仰も自分に都合よく存在するものでもないし、ましてや真理というものは、黙ってそこに存在するものであり、存在することで人を惹きつける。

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    野暮な喧伝や勧誘など所詮は銭集めである。なぜなら、いかなる宗教も信仰も人生のすべてを解明し尽くせない以上、自分の思想や信仰を人生に対するひとつの尺度とするのはどうなのか。一切の先入観を捨てて、何が根本であるのかを考えてみる必要があると、20代の中ごろから思っていた。人生を構成するものは何か…、自分を生かしめている根本はなにか…

    自分は「無神論者」だが、宗教に無関心であることを無神論者というのは間違いで、それは単に無知とか思想上の怠慢であろう。本当の無神論者とは、神と永続的な対決経験を有する者をいう。「すぐに信じる」、「すぐには信じない」との回答でなく、神には頼らない、神の御利益など無用という強い意志こそ無神論者かと。神を怖れる気持ちはどこにもない。

    神・仏を信じる者であれ信じぬ者であれ、どちらが有利ということもなく死は対等だろう。善人であれ悪人であれ救われねばならぬという宗教的な思考もあるが、「救われる=往生」、「往生=極楽浄土で生まれ変わる」ということのようだが、真偽を問うも確かめるすべはない。宗教者の思想を信じる信じないかであって、いちゃもんつけるものでもない。

    信仰について思考もしなければ、宗教を否定するのも自由である。上記したように、「すべての真理は黙ってそこに存在するもの」、「おのずからなる心」ではないだろうか。いかなる人も人生のある時期に思い悩むことはあろう。その時に、ある人に出会ってよかった、宗教によって開眼させられた。そういう喜びがあるのはむしろ良いことに思っている。

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    5日午前9時半時半ごろ、島根県出雲市知井宮町の会社員、原圭司さん(50)方で、原さんの母親の安枝さん(82)が血を流して倒れているのを訪ねてきた親族が見つけ、119番通報した。出雲署員が原さんの妻の圭子さん(46)も同様に倒れているのを見つけたが、いずれも死亡。県警は任意で事情を聴いていた原さんの次男、聡悟容疑者(21)を6日未明に安枝さんに対する殺人容疑で逮捕した。

    県警によると、聡悟容疑者は「祖母をハンマーで殴って殺したことは間違いない」などと供述しているという。逮捕容疑は5日午前7時35分ごろから同9時半ごろにかけて、安枝さんの頭などをハンマーで殴るなどして殺害したというもの。凶器とみられる金属製ハンマーが屋内で見つかったという。聡悟容疑者は圭子さんを殺害したとも供述しており、県警は調べを進める。

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    原さん方は死亡した2人のほか、原さんと聡悟容疑者、長女の計5人暮らし。安枝さんは1階の階段脇で、圭子さんは2階で倒れていた。2人は原さんらが家を出たあとに襲われたとみられ、発見時には誰もいなかった。事件後から、同居する聡悟容疑者と連絡が取れなくなっており、県警が行方を捜していたところ、5日午後に出雲市内の路上で発見。任意で事情を聴いていた。

    朝一で目に入ってきた悲惨な事件に驚くことはなかった。子が母を殺そうが、孫が祖母を殺そうが、驚かない時代だから、「またか…」という正直な気持ちだった。上の朝日デジタルの記事では聡悟容疑者の身辺が不明で、おそらく無職をとがめられたかと想像したが、読売新聞(YOMIURI ONLINE)によると、聡悟容疑者は高等専門学校生であるのが分かった。

    とうとう島根でもこういう事件が起きたか。島根出身としては悲しいな。犯人に同情するわけではないけど、若い世代は古い世代に叩かれまくる地域だから追い詰められたのかもしれないが、殺しちゃダメだわ。きっちり罪を償ってほしい。それと島根の一部の地区で閉鎖感で押しつぶされそうになってる若い世代は早く外へ出た方がいい。それだけで人生かなり変わるから

    最近、孫が祖父母を殺害する事件が増えてきた気がする。少し前までは 子が親を…だったのに。孫が祖父母を殺めると聞くと、孫を持つ身としてはすごく悲しい。記事から事件を想像するしかないが、母と祖母というどちらも女ということでいえば、うるさくて殺さなければ耐えられなかったのかと。「なんで女はうるさいのだろう」と、今更ながらの所感である。

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    数日前にこんな光景を見た。広大な駐車場スペースを有する郊外型コンビニと違って、繁華街にある都市型コンビニは出入り口が幹線道路に面している。そこから飛び出してきたジャージ姿の中学生男子が、往来するクルマにクラクションを鳴らされた。「男の子は元気がいいな」と見ていたら、後から出てきた母親であろう女性のこれまた小言がうるさくてうんざりだった。

    「なにやってんのよ!いつもいってるでしょう、道路に飛び出したら危ないって。何度言ったらわかるのよ!」

    傍観者の自分がうんざりするのもどうかと思うが、上の言葉は自分からみると、一言も二言も多い。だから、うるさい、うざい、と感じるのだ。これが男親だったら、「気をつけろよ」で済んでしまう。要するに、今目の前で起こったことに対し、保護者責任としてもっとも重要なのは、「気をつけろ!」であって、これで十分と思うが、女は余計なことを言いすぎる。

    端的に、短く、「危ない!」というのはその状況に対する感情吐露の言葉が出る場合もあるが、注意というからには「気をつけろ」である。上の母親の言葉の言葉数(文字数)は「気をつけろ」の5文字に比べてなんと44文字で、9倍も多い。男の子にとっては父親に比べて9倍もの小言を言われたことになる。心配の度合いが父親より9倍多いということではなかろう。

    この状況を見ながら思ったのは、「男の子はこういう母親をだんだんと嫌っていくだろうな」ということだ。おそらく、一緒に歩きながらこの母親は、もっともっと、さらにさらに小言をいい続けるのだろう。あげくは、過去の同じようなことまで蒸し返されたり…。男の子自身は、「危なかった」だけで済んでいるのに、この言われようは、「うるせーな、まったく」となる。

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    当の本人が、「危なかった」で済んでいるのなら、父親の、「気をつけろ」で十分ということになる。畳みかけてくる母親には、そのしつこさ、言葉の多さからして愛情とは思えなくなる。男の子はこうした上から畳みかけた物言いを嫌う。中学生なのに、母親の視点はまるで幼児そのもの。そういうことが許せないのが男の子である。9月15日の『親子とは何か ⑥』にも書いている。

    ある作家の子ども時代のことだが、年端もいかない7歳でありながら、トイレに行く際母親から、「紙をもったの?」といわれて気分を害するように、母親というのはいつまでもおむつを取り替えていた子どもにしか見えないものなのか?その点が母親としてもっとも留意すべきことではないか。自分の心配が相手にどう伝わるかを考えながら言葉を選んで欲しい。

    母親は自分の内面に湧き起こる子どもに対する感情を、子の年齢とか状況に鑑みながら、適切な言葉と行動を選んでもらいたい。いえ、選ぶべきである。いつまでも幼児扱いで小言の多い母親から子どもは離れていくだろう。精神的な離乳はあってしかりだが、人間的な理由で母親を忌避するのは問題である。望む母親もいまい、だから自己抑制が必要なのだ。

    2014年に北海道南幌町で起きた17歳の高二の少女による、祖母と母を殺した事件が思い出されるが、どちらの事件も父親の存在感が薄いように思う。自分の母は自分の子ども時代と同じように、やはりというか孫に対するつまらぬ言動は多かった。孫を守るというのではなく、子ども時代を思い出させられるが、子ども時代とちがって母に力で対抗できた。

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    「孫には余計なことを言わんでくれるか、しないでくれるか」、「子どもを媚びさせるようなことは止めて欲しい」などと、強く言うことができた。自分の信ずる新興宗教に巻き込むなどは、「迷惑千万!」であり、拒否を伝えた。孫に何かを買ったはいいが、「恩着せがましく言われる」と子どもがいえば、「無償の愛情を与えらないなら無視したらいいよ。恩など感じる必要はない」と伝えていた。

    いつになっても傲慢で短慮で唯我独尊の母に、家庭を荒らされてなるものか。妻は姑に従うのは現実問題として仕方のないことだが、そこは妻も大人だから是々非々な対応はできよう。問題は子どもである。邪鬼どもから子を守るのは父親の役目であり、妻・祖母連合に父は屈してはならない。祖母と母を殺めた少女も先の青年も、父の権威の問題と考えている。

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  • 11/06/18--16:30: 死後の世界とは…
  • 「不治の病」とされた多くの疾病も、医療の進歩で治癒率があがった。「不治の病」を本人には告知しないのが良いとされた。不治であるがゆえの配慮という考えだが、これは生命を愚弄しているといわれだした。人には死ぬ権利と生きる権利の他に知る権利がある。すべての権利が義務を伴うように、知る権利という義務は、事実を受け入れるという義務であろう。

    医師の告知義務がいわれた当初、それでも医師は患者を選んだ。年端もいかない子どもへの告知はあまりといえばあまりだから、保護者に向けられるが、現代人は性に露骨になったように死に対しても露骨になった。医師は告知義務を盾に、「あなたは末期がんで、余命は数か月」と告知する。告知されたものはその日に向かって生きる権利を最大行使する。

    偽善者は性について極力隠匿をするが、「死」を前にして自己を見ようとせぬものは、死の隠匿者であろう。儒者をして、「色を好むは真の情」と言わしめるように、久米の仙人が、川で洗いものをする女の脛の柔肌に見とれて墜落したという逸話が伝わっている。逆説的な言い方をするなら、久米の仙人は墜落することで、真の求道者たり得たといえよう。

    この伝説は「性」の勝利を意味してはいない。求道と快楽を分けて考えることへの風刺である。人間は神ではないし、聖人君子といえども下半身の所有者であって、生の対話なきとことに一切のものはない。神に反逆した人間の歴史こそが、人間を人間と有らしめてきたといえる。神や仏を含む目には見えないもの、存在の確定しないものはこの世にごまんとある。

    いずれも、「ある」か、「ない」ではなく、「信じる」か、「信じない」かというものだろう。うずれか数の多きが真実に近いというものでもなし。「ある」と信じる者と、「ない」と信じる者が言い争う必要もないが、相手を認めないばかりに言い合う場面は頻繁に見た。「ある」と信じる者は、「ある」根拠を探すべきと思うが、「ない」と信じる者は根拠なしに、「ない」といえる気楽さがある。

    なぜあるべきなのか、あった方がいいのかに理由を聞いたことがあるが、その人にはそうなのかと思うくらいで、自分には必要性が伝わらなかった。何事においても、必要か不要かというのはそうしたものだろうし、死後の世界も同じものだった。自分は「死後の世界はある」という人に多くの質問をしたが、それに対するすべての答えはいい加減なものだった。

    「死んだ人はみなそこに行くのか?何の目的で?」

    「目的ではなく決まりです」

    「目的ももたず毎日何をしているのか」

    「何もしないでただそこにいるだけです」

    「目的もなくただウロウロするだけではつまらない」

    「そんなことはないです」

    「自分の魂だから自分でわかるけど、そんなところに自分は居たくない」

    「慣れますよ」

    と、こんな調子だから説得力などあったものでもない。「将棋やスポーツはできないのか?」、「ぺっぴんさんはいないのか?」、「脱出できないのか?」、「自殺はできるのか?」などとくだらないことを聞いてみたが、同じような調子で答えるので、おおよその見当はついてはいたが、「あなたは想像で言ってるのか?それとも確信なのか?」とあらためて聞くと、「確信です」といった。

    自分は確信とする人間の確信的根拠をあえて聞こうとは思わなかった。聞いたところで、つまらん返答が予測でき、それを聞きたくないと思ったからでもある。何かを信じる人に、信じる根拠というものは、「ない」ことが多い。根拠がなくても、「私は信じる」という言い方は結構聞かされたし、それを言われると反論するのがバカらしくなる。人が何を信じようと勝手なのだ。

    信じる根拠を人に説明することなどできそうもない。だから上記のやりとりは、根拠がなくても語れることなのかと…。ついでにいうなら、何かを信じるパワーというのはすごいものである。息子が人を殺めた。確定証拠もある。本人も認めた。それでも、「私は息子が殺ってないと信じる」という母親の意志・信念のようなものかと。信じるものを犯すことはできない。

    他にもある。実体験ではないが、他者から耳目体験した。いい加減な彼氏に貢がされ、金ヅルにされている女に、「騙されてると。明らかに」といくら言っても、「彼氏を信じる」という女。若かった自分は、「バカじゃないんか?目を覚ませよ」と言えば、「バカでもいいんです。信じていますから」。また、女性を宗教を脱会させようと必死になったこともあったが、力及ばなかった。

    「マインドコントロール」という強烈なパワーに太刀打ちできるものではないのは実感させられた。捨てられるまで彼氏に愛されていると自覚をする女がいるから、男は調子をこいていられる、騙していられるのだが、騙されたと自覚する前にいくら言ってもそれはダメというものだろう。あまりの男の態度に不安は過ることもあろう、自身の罪を認識することもあろう。

    が、それを認識することが怖いのだ。罪の意識は、己を罰する意識を伴うものだが、人は自分を正当に罰することはできないし、でき得るなら罰したくない。人が自身に抱く罪の意識(内なる罪悪感)をもつとき、それを打ち消すための外的要因から目を背けようとする。こういう自己救済は絶対に避けるべきだが、そこで使われるのが「信じる」というものだ。

    宗教にもこれと似たような部分がある。宗教を信じていても難しいのは罪の問題で、人は常に救いを欲しがるが、その救いを願う動機はいうまでもなく、罪悪感である。宗教の最大の危険がそこにあるのは、思考すれば分かる。人は罪の意識を持つことによって、巧妙に自己を飾るし、宗教はそのことに手を貸している。「懺悔」で許されるものなのか?

    告白による自己安心や罪の帳消しを計らう打算の心と見受ける。罪をいつまでも思い煩って過去にとらわれるのはよくないことだが、宗教という魔力に頼らずとも、日々の仕事に献身し、我が身を使役し、額に汗をし、然る後に熟睡する以外になかろう。酒も飲めず宗教に無縁の自分は、罪の告白や帳消しにおいて、無言の対象を見つけるしかなかった。

    信仰を安易とは言わぬが、宗教には安易な部分がある。勿論、人にもよることだが、安易な人間を自覚する自分は宗教は遠ざけるのがいいと生きてくると、「祈願」と印字されたハチマキその他の神頼み調度品は、無神論者には滑稽なものに見える。神や天に願掛けするのは人間らしさかも知れない。が、無神論者がそうとあっては、自らを滑稽と言わざるをえない。

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  • 11/07/18--07:24: 冒険に死す
  • もし、人が生命の意味を発見するとしたら、「求道」だったり、「快楽」だったりではなかろうか。他にも人生の意味はあっても、大きくこの二つには人を没我の境地に誘う魔力がある。「求道」は分かりやすいが、「快楽」は多岐に及んでいる。海で泳ぐも山に登るも道を歩くも走るも広義の快楽である。泳ぐが高度になれば潜水、登山が断崖絶壁に向かえば快楽は増幅する。

    冒険家というのも求道家だろう。アムンゼンとスコットによる南極探検、ヒラリーとテンジンのエベレスト登頂などは、子ども時代に本で読んだ。南極点一番乗りを競ったノルウェーのアムンゼンが、雪上車など最新文明機器を備えたイギリスのスコット隊に勝利した理由は、エスキモーの衣類や犬ソリ使用などの生活様式に殉じた現地主義によるものだった。

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    その後、アムンゼンは北極で行方不明になった友人救出にでかけ消息を絶つ。エベレスト登頂のヒラリーとテンジンも興味深い。ヒラリーはニュージーランドの登山家・冒険家、テンジンはチベット人のシェルパ(現地案内人・荷担ぎ)。ヒラリーはともかく荷担ぎ風情のテンジンが栄光を分かつことに当時の人は驚嘆した。シェルパへの認識が低かったからだ。

    重い荷物は全部シェルパたちが持つことになり、危険は彼らの方が多かったろう。にもかかわらず、登山家とは食事も衣服・寝所等も別。立派な装備も与えられなかった。成功すれば栄光はすべて登山家のものとなり、シェルパは消耗品扱いであった。友情の芽生えもあったが、利用するだけ利用するという主従態度に、次第に不満を持つシェルパも多かった。

    このままではヒマラヤ登山も、「民衆を犠牲にしたエリートのスポーツ」と言われかねなかった。ところが1947年、テンジンの前にデンマンという英国育ちの登山家が現れた。デンマンは彼に言った。「君とエベレストに登りたい。ただし、主人とポーター(荷運び)としてではなく、友人として」。対等の“山の仲間”として一緒に登ろうの言葉にテンジンは感動した。

    しかし、この時のチャレンジは失敗に終わるが、テンジンはデンマンの友情を生涯忘れなかった。6年後の1953年、テンジンがヒラリーとエベレスト登頂に成功した時にかぶっていた帽子(毛糸製の防寒ヘルメット)は、デンマンがくれたものだった。登頂報道の多くがヒラリーのみ主役とし、テンジンは完全に脇役だったのは、シェルパなど眼中になかったからだ。

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    ところが実際は、テンジンの力なくして成功はあり得なかった。テンジンの存在こそが「世界最高峰」を極めるという“人類の快挙”を真に意義づけたものだった。ヒラリーとテンジンは世間の思惑とは関係なく、互いに深い尊敬と友情で結ばれていた。極限の苦労を共にした、「岳友」に隔てはなかった。登頂から10年後の1964年、テンジンはこう述べている。

    「山には友情がある。山ほど人間と人間を結びつけるものはない。」

    日本人冒険家として知られる植村直己は、43歳の誕生日だった1984年2月12日、厳冬の北米マッキンリー単独登頂を果たしたが、翌13日の無線連絡を最後に消息を絶つ。あれからもう34年になるが彼の口癖は、「冒険とは生きて帰ること」である。2015年北海道の大雪山系の黒岳で21日から行方が分からなくなっていた女性登山家の谷口けいさんが、22日発見された。

    彼女は幼い頃は運動とは無縁で小学校ではインドア派少女だった。図書館にある本をすべて読んでやろうというほどの本好きで冒険小説にはまった。そんななかで植村直己という冒険家に出会った。「植村直己の冒険に憧れたのもひとつの原点なんですね。だから、「登山家」と呼ばれるのはあんまり嬉しくないんですよね。どちらかと言えば旅人なんだけれど…。

    "冒険家になりたいなぁ"とは今でも思っています」。そんな彼女はこんな言葉を残している。「凍りつく寒さ、荒れ狂う嵐、雪崩…、次々とたたきつけられる現実と、そこで迫られる判断。登山という挑戦は、人生になぞらえられる」。そっか、登山は人生になぞらえられるのか…。経験のない我々には理解のしようはないが、植村と谷口はともに43歳没であった。

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    冒険とは日常とかけ離れた状況の中で、なんらかの目的のために危険に満ちた体験に身を置くことで、小さな冒険もある。冒険好きな少年の自分は、自分の殻を破る勇気は絶やさなかった。とりたて勇気を必要としなくとも、「冒険好き」というだけで備わる勇気もあろう。アランは『幸福論』の中で以下の言葉を述べているが、自分の好きな言葉でもあった。

    「人間はもらった楽しみに退屈し、自分で獲得した楽しみの方をはるかに好むものだ」。この言葉はす~っと自分の中に入った。行動するということは、お膳立てされたものを排し、自分の何かをするということだ。「警視総監は幸福な人だ」と彼はいい、その理由が、彼はいつでも行動しており、それも予見できない新しい条件の中で行動している」と述べる。

    『幸福論』は結構あるがアランのそれは難しい。例えば、「小さい子どもがはじめて笑うとき、(中略) 幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ」。これには京大教授の鎌田浩毅が以下の注釈をつけている。「アランは人間が感情の奴隷になることを首肯しない。むしろ、自律的に行動することによって、情念さえコントロールできると雄弁に主張する」。

    人は自分の気持ちに大きく左右される。自分で倒れそうだと思えば倒れる。何もできないと思えばできない。このように人間は自分でお天気も作れば嵐も作り出す。「negative」、「positive」といわれるが、前者はマイナス、後者はプラスで、善悪の意味はないがプラスがよいことになる。アランの『幸福論』のなかで鎌田の極めつけの注釈は68章の以下のくだり。

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    「私がもし信頼すれば、彼は正直である。非難をすれば彼は私のものを盗む。彼らはみな分に応じて私に復讐するのだ」。鎌田はこうのように注釈をつけている。「ここには現代心理学が教える『対人関係論』の要諦がある。すなわち、良好な人間関係を築きたいと思ったら、こちらの方から誠意をもって相手に丁寧に接しなければならないのである」。

    確かに人はそういうとこともある。「女は自分を愛してくれる量の分だけ相手を愛す」というが、確かにそういう女もいる。これが恋の駆け引きなのか?「惚れた方が負けなのよ」という女がいたが、恋愛に勝ち負けはなかろうと、自分は心で秘かに反駁したが、見え透いた駆け引きをする女は、「策士策に溺れる」というように、上手く行くとも限らない。

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  • 11/08/18--15:39: 孫が祖父を殺害
  • 8日午後71時53分ごろ、金沢市八田町東、無職北嶋誠吉さん(71)方から、北嶋さんが死んでいると110番があった。金沢東署は首にひもが巻かれた状態で北嶋さんが死亡しているのを確認、殺人事件として捜査を開始。同日夜、同居する孫で無職の祥太容疑者(23)を殺人容疑で緊急逮捕した。北嶋さんは祥太容疑者と、その弟(21)との3人暮らし。帰宅した弟が発見し通報した。

    同署は、行方が分からなくなっていた祥太容疑者を捜索し、石川県能美市内のパチンコ店で発見。事情聴取に対し、「おじいちゃんを殺した」と認めたため、その場で逮捕した。家族間のトラブルの有無などを調べている。頭を過るのは2014年3月に埼玉県川口市で起きた17歳の少年による母方の祖父母殺害事件で、少年は殺害後にキャッシュカードまで奪っている。

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    この事件は弁護団が組織されて最高裁まで争われた後、懲役15年が確定したが、少年の居住環境などが複雑多岐に及び、深い同情を禁じ得ない事件だった。事件のあらましは、父母は就学前に別居して離婚。少年を引き取った母親はホストクラブに通いづめとなる。少年は毎晩のように家に来るホストに付き合わされ、小学4年生からは学校に通わなくなった。

     母親はホストクラブに行ったまま、1カ月も家に戻らない時があった。母親は元ホストと再婚したことで、義父と母親と3人で静岡で暮らすこととなり、2〜3カ月間は静岡の小学校に通う。しかし、住民票を静岡に残したまま埼玉に転居し、少年は小学5年生からは学校に通えない日々となる。日雇い仕事をしていた義父は、収入がある日は3人でラブホテルに宿泊。

    仕事がない日は、ラブホテルの敷地内にテントを張ったり、公園で野宿をしていた。中学2年の14歳のころには、横浜スタジアム周辺の公園などで生活していた。少年は義父から日常的に虐待を受けており、前歯が4本折れるほど殴られたこともある。ばかりか、母親と義父の指示により、少年は親戚に金銭を無心させられていた。なんという親であろうか。

    公判における父方の祖母の姉の証言では、「約4年間で、400万〜500万円を借金で調達した」と話す。塗装会社に就職した義父は会社の寮で暮らしていたが失踪。16歳になった少年は代わりに働いたが、母親は息子の勤務先に給料の前借りを強要する。事件は金が尽きたときに起こった。母親が少年に、「祖父母を殺してでも金を借りて来い!」と指示したという。

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    少年は、祖父母に借金の申し出をするが断られ、その際、母親の指示通り祖父母を殺害した。夫婦を殺害したことを聞いた母親は、少年に祖父母宅に戻らせて現金8万円やキャッシュカードを奪わせたという。こんなことは物語(小説)の発想にも沸かないような、あり得ない鬼畜の母親との印象だ。この少年は、なぜにここまで母親の指示に従ったのだろうか?

    公判の最中に裁判長は被害者遺族(検察側証人として出廷)である少年の母の姉に対し、「あなたを非難しているわけではないが、周囲にこれだけ大人がそろっていて誰かが少年を助けられなかったのか」と問うている。居住地もないままに少年は母と義父とその間に生まれた妹の4人で野宿生活などをしていたが、その際、警察官から数度職務質問をされている。

    状況を知った役所の係から生活保護を促され、受給するとともに横浜市内の簡易宿泊所に移っている。ところが、母親がそこでの窮屈な生活を嫌がり、無断で転居したことで生活保護が打ち切られていた。日雇いとはいえ義父は収入を得ていたにも関わらず、野宿生活を強いるほどに困窮していたかと言えば、母親がパチンコなどで浪費を重ねていたという。

    重ね重ね思うは何という母親であろう。横浜市が少年を保護した際、児童相談所での一時保護を提案するも母親が、「子どもと一緒に暮らしたい」と希望したことで実行されなかった。弁護団は心理的・精神的に母親の指示に逆らうのは困難として、教育をしなおすために医療少年院送致を求めたが、少年への判決は懲役15年。一方、母親の判決は4.6年の禁固刑となる。

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    逆じゃないか?と思いたいが、量刑は犯罪に対するものであり、祖父母殺害を実行したのは少年である。「親の指示だった」といえど、指示は指示、実行は実行である。何ともやるせない判決だが、この少年を懲役にすることの何の意味がある?「刑務所が更生させる必要がある」とは、頭の固い裁判官の独善判断であり、刑務所で更生可能なのかの疑問が残る。

    なんと少年は刑務所内から個別取材を行っていた読売新聞記者に手紙でこう伝えている。「本当の思いを大事にし、流れに逆らえ」。つたない文章ではあるが、少年は少年の思いを率直に綴ったものと思われる。意訳するなら、「間違ったことを指示する人間(母親)に汲みしてはダメだ。そういう流れには逆らうべきだ」という心の声が自分には聞こえもし、感じられもする。

    少年のいう、「本当の思い」という言葉の行間には、祖父母殺しは間違ったことであったという彼の心の中の正義感のこと。そういうものがあっても回避できなかった、逆らえなかったことを悔いている。2014年の4月の公判中、裁判長は少年に対してこう尋ねている。「母親の指示があった前提で聞くが、この事件は一体誰が悪いんだ?」。少年はこう答えた。

    「(悪いのは)自分。母親への気持ちの持ち方をちゃんとしていれば、誰かにお金を借りに行くことも止められたはず」。男の自己責任をしかと感じられる程に論理は明確である。論理では分かっていながら止められないものを、「流れ」と表現したのだろう。子どもにとって酷な質問である。裁判長が決めてやれ!「この流れはどうしようもない。止められない」。スポーツの実況などで耳にする。

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    大人ですら制止できない、「流れ」を16、17歳の少年には止められない。まして母親とは運命共同体として貧困状態にある。お金があればみんなを救えると思ったのだろう。自身の身勝手な欲望で盗みや殺人をしたのではなかろう。ならば、なぜに裁判長は少年の気持ちに立たなかったのか。法は、「分別」あるものに適用すべきなら、人情味のある、「法外の法」も適用できた。

    懲役15年は少年を悪人と定めたことになるが、果たして少年は悪人か?母親は強盗のみ立件・起訴されたが心情的に大悪人は母親だ。少年は悪人の使い走りをされた無垢な善人。しかし、彼は自らを悪人と定めた。物事を的確に判断する視点は潔い。一方母親は、「指示などしていない」という。こんな慈悲なき母親に抗わなかったのを悔いている彼がいたわしい。

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    何ということだ。これだけいじめ問題が言われながら、それでもいじめが増加傾向にあることに驚かずにいられない。文科省が10月26日に発表した調査結果によると、2016年度に学校で認知されたいじめ件数が前年度より9万8000件あまり増加し、32万3808件だったことがわかった。新聞各紙の見出しもそれ一色となったが、手をうっているのか、打つ手がないのか、どっちなのだ。

    ■いじめ過去最多、9万件増の32万件…16年度 読売新聞(10月26日付)
    ■文科省:学校いじめ最多32万件 小学校で急増16年度 毎日新聞(10月26日付)
    ■いじめ認知 最多32万件 小学校で57%増 日経新聞(10月27日付) 
    ■学校のいじめ把握、32万件。自殺、過去30年で最多 朝日新聞(10月27日付)

    内訳は、小学校は23万7921件、中学校は7万1309件、高校は1万2874件、特別支援学校は1704件。小学校と中学校については調査を始めた1985年以降、もっとも多くなっている。ただし、いじめの認知件数については注意が必要で、いじめの統計調査については、調査対象や調査方法の変更、ならびにいじめの定義の変更などにより、認知件数は大きく変わってくる。

    また、社会状況が影響する場合もある。2015年7月、岩手県矢巾町で中2男子生徒がいじめを苦に自殺した事件を契機に、文科省が調査のやり直しを指示した。それによって、認知件数が当初の集計より3万件も増えたという。それにしても、32万件というのはショッキングな数字で、急増した原因は上記した調査方法の変更にもよるが、いじめが多いのは間違いのない事実。

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    これまでの、「悪ふざけ」という見方を改め、いじめにつながる恐れがあるケンカやふざけ合いなどについても、「いじめ」として、文科省が各学校に積極的に報告するよう指導しているのも、いじめのない学校が良い学校(校長・教頭にとって)、いじめのない学級運営は良い教師という見方がいじめを悪ふざけと見る教諭の自己保身がいじめを見逃すことになった。  
     
    上述の岩手県のほか、宮城県や青森県などでいじめを苦に自殺する子どもが相次いだこととを受け、文科省が学校や教育委員会に対し、徹底した対応を求めた結果ということになろう。いじめに関して文科省がいかに真摯に向き合おうとしているのは伝わってくる。それにしても、数字というのは具体的である。地域や教委の話が出たついでに種々のデータを羅列する。

    都道府県別に児童生徒1000人当たりのいじめの件数を見ると、全国平均は23・9件となっているが、京都府が96・8件ともっとも多かったのに対し、最も少なかった香川県は5件と、両県の19倍以上の差というのに要因があるのだろうか?京都人は陰険なのが多く、香川には温和な子どもが多いということか。2013年の調査においても京都は断トツの99.8件である。

    京都といえば柔らかな言葉からほのぼの感漂う人間を連想するが、昔から京都は嫌われやすいという事情がある。書店では『京都ぎらい』という本が売れているらしく、世間一般に京都に対するネガティブなイメージが定着しつつある。【京都人だから分かる、京都のここが嫌い!特徴的な性格が原因?】というサイトには興味深いことが書かれていた。

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     1. 京都が1番だと思いすぎる
     2. 裏表が激しい
     3. 排他的な気質
     4. 碁盤の目がわかりにくい
     5. 住所が長い
     6. 歩道が狭いのに違法駐輪が多い
     7. 路上駐車が多い
     8. 夏は暑く、冬は寒い

    この中でいじめに関連する項目は2.3であろうか。2について書き主の解説によると、京都人は上品で一歩引いて相手を立てる人が多い。その反面、京都は本音と建前の文化。表面はニコニコして愛想が良くても、裏では何を考えているかわかりません。思ったことをハッキリ口にする大阪人は、最初はキツく感じるかもしれぬが、裏表がなく付き合いやすさを感じる。

    3については、京都人は排他的であまりよそ者を認めない。同じ京都市民でも、碁盤の目から外れた、「洛外」と呼ばれる右京区、西京区、北区、左京区、伏見区の出身者を京都人と認めない人もいる。私は右京区出身なので、碁盤の目の、「洛中」出身の先輩から、「右京区なら京都人は名乗れへんわと言わました。同じ京都出身者に対しても排他的なのです」。

    なるほど。こういった地域偏見はどこの地方にもあると思われる。愛知の三河人から聞いた話だが、川向こうの尾張住人から、「三河の百姓は帰れ、帰れ!」といわれたという。まあ、子ども時代の話だが。同じ広島県でも広島市民にとって福山市民は岡山人というイメージがある。東京都においても23区外の三多摩などは、東京都民でありながらも肩身の狭い。

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    京都で驚かされるのは、初めて来店するお客の入店をお断りする、「一見様お断り」のお店が京都には数多く存在するが、ここにも排他的な気質が見え隠れする。いじめというのは排他性である。県民気質とは関係ナシに、いじめは人として最低な行為であるから、京都人にそれが抜きんでているというのは、排他性以外にも何がしかの要因があるのかもしれない。

    差別は永遠になくならないとした野坂昭如の言葉は重いが、人の世でいじめは永遠になくならない。被差別部落差別解消のために、国をあげた同和教育が実施が大きな成果をあげた。いじめについても学校も教育委員会も積極的に取り組んでいるが、「人をいじめる人間は最低のクズ」と号令する家庭教育も大事。「いじめ」い」に備える躾(教育)というのは存在するのか?

    「いじめをやめよう」が声高に叫ばれたところで、いじめが増加するだけなら、「いじめられない教育」を重点的にやるのはどうなのか。「人をいじめない教育」それ自体は、実体的には子どもが日々の生活のなかで、ストレス状態に追いやられていることへの処方箋と見るが、家庭における「勝ち組」優先志向が、子どもにストレスを増加させているのは間違いなかろう。

    これもいじめ増加の一因と考えられる。確かに人をいじめるのある種の快感はある。人は快感を求め、だからいじめが発生する。人をいじめて何の得があるかについて、単純に快感である。分別のない人間は、無分別さでも得られる快感を求めるだろう。分別なき人間には、罪の意識などあるはずもない。「いじめはよくない」とうってみても、こんな快感の何がいけない?となる。

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    思慮分別(善悪)というのは、幼児期から徹底的に仕込んで身につく。幼児期を甘やかせ、善悪良否を曖昧にして分別は身につかない。いじめの危機感は学校でなく親がもつべきかと。人をいじめる、人にいじめられる、双方の危機感を親が持つ。テストの成績や勉強の評価ばかりが先行し、「他人の不幸は蜜の味」という快感に、親は無意識に加担しているのでは…?

    「学校が悪い、教師が無能、教委が無策」。いじめ自殺をした子どもの親が実感する気持ちはわからなくはない。が、そこに「親の無策」は入らないのか?学校で起こったから学校の責任というより、いじめは構造的な問題を孕んでいる。何事も、「対策」というのは後手であり、学校や教委に対策ばかり要求するではなく、対策無用の、先手・先手の子育てが重要では?

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  • 11/11/18--14:44: 信仰と思考
  • 加藤諦三に『考えること』という著作がある。43年前の1975年刊行になるが、そのなかに以下のくだりがある。「何を考えるかが大切なように、如何に考えるかもまた大切である。他人に馬鹿にされたくないという自我防衛の強い人間は、如何に自尊心が傷つかないようにするかという自分の立場と利益だけでは、どんなに考えても自由に考えているとはいえない」。

    加藤のいう、「己の自尊心を守る思考にいい考えなどない。自尊心を捨てることで自由にものを考えられる」について当初は懐疑的だった。正しく思考するために自尊心は邪魔物であるのか?自尊心を守るというのはそれほどしょぼいことなのか。自尊心が傷つくのを恐れるのは臆病者なのか。確かに人は自尊心を守るために相手と張り合ったり、言い合ったりする。

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    そうした場面において、つい何が正しいより自尊心の死守に躍起になりやすい。「正しさ」よりも自尊心を守るのも重要になるのも人間らしい一面だが、自尊心を守る思考にいい考えなどないは、いわれてみるに経験則である。「自尊心を持て!」と激を飛ばしたりするように、大切なものには違いないが、物事を正しく思考する場合において自尊心は邪魔になることが多い。

    自分より相手の考えが正しいと思いつつ、自尊心を傷つけられたくないからと、ついムキになったりの経験は誰にもある。自分がムキになった時は頭を冷やし、相手がムキになってるときはなだめるのがいい。他人の考えや個性を尊重することも自尊心を守ることになるが、そのことに気づかず他人を認めることは自分の個性が失われるのではと考える者がいる。

    他人を否定するのが自己承認と錯覚するのか、日本人インテリ階層にも個性的な人間をあげつらう傾向がある。「〇〇はダメだ」、「〇〇は低学歴」などと見下げた言い方をする。個性的でないインテリ階層は、個性的といわれる人間を否定することでの自己主張。そんなさまを何処の国だったか、「太陽に照らされた月の光」というが、月は自ら輝かない。

    「あいつは月のようにバカ」なども同じ意味でいう。月は日本ではロマンチックな対象であるが…。「考えること」は面白いが発見でもある。何でもないことでも考えることで思わぬ発見があって楽しい。「考え好き」はそのタイプ、「発見」なんかどうでもいい人に考える楽しさはないのだろう。「考えても仕方ない」などと、考えないことを自慢する言い方をするものもいる。

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    「信仰」とは考えることなのか?それとも考えないで神に託すことなのか?信仰経験のない自分に信仰がいかなるものか分からない。分からないから想像するが、正しい信仰の在り方とは、「人間の心の奥深くから自発的な要求となって現れるものである」という一文をみたことがある。「そういうものなのか?」と、意味は理解はすれども体験的、実感的な理解ではない。

    キリスト教を批判したニーチェは、「信仰は人間に考えないことを要求する」とした。原罪を負った人間の考えなどはろくでもないのだから、黙って神に委ねた方が良いということのようだ。「信仰か人倫」かの対比においては信仰が勝るのか?無神論者たる自分はたとえ信仰が勝ろうとも、人間が下種な生き物であろうとも、間違いを犯そうとも、自らを自からに委ねて生きたい。

    日本人の伝統的宗教のなかには、神道・仏教・儒教があり、後にキリスト教も流入したことで、日本人の中には世界有数の宗教が集い、しかも、それらの間に大きな摩擦もなくこんにちに至っている。ヨーロッパの宗教的歴史に比べて極めて不思議なことに思われる。とはいえ、仏教伝来当時には蘇我氏と物部氏の争いがあり、徳川時代にはキリシタン弾圧があった。

    が、それらは一時的現象に過ぎない。ヨーロッパにおいては宗教を土台にした政治的陰謀が絶えず、時には流血惨事を起こすこともあったが、それからすると日本には国の根本を揺るがすような、永続的な宗教戦争というものは起きていない。インドから中国大陸、朝鮮半島を経て我が国に伝わった仏教だが、精神が開花したのは本国よりむしろ日本においてであった。

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    仏教に深い考察もなく受け売り程度の知識や歴史観しか持たない自分だが、こと宗教に対する日本人の感覚のうちには、おおらかなる純一的なものがあったということなのか。飛鳥・天平より平安を経て鎌倉に至るあいだは日本仏教の黄金期で、法然、親鸞、日蓮などの傑出した僧を輩出した。皇室自ら厚く仏教を敬い、護国の法として国民の安穏を祈念した。

    以来仏教は日本人の精神の内に深く浸透し、仏教徒たると否とにかかわらず、我々の感情深くその影響を及ぼしている。確かに宗教的隆盛を極めはしたが、宗派乱立という様相は、信仰の根本においては堕落した面も少なくない。大谷派と本願寺派の二大潮流がなぜに生まれたかは歴史を紐解けば理解は得るが、こうした対立も仏教徒を失望させた要因でもある。

    日本の宗教戦争は宗派対立であると思いきや、キリスト教やイスラム教においても宗派対立が血なまぐさい様相を呈したのは歴史の事実である。キリスト教プロテスタンティズムは日本人に馴染深いが、仏教のように皇室自らが率先して崇拝した歴史はない。仏教国家は日本に現出したが、キリスト教国家は出現せず、キリスト教徒は日本では異教徒扱いされ易い。

    内村鑑三や植村正久、新島襄ら一部の文学者によるプロテスタントの影響は実に大きく、明治以後の文学のみならず一般的知識階級に仏教に変わる新たな宗教心を与えている。内村は親鸞と同じように弟子を作らないといい、持たなかったが、無教会というグループができ、内村の本からの影響を受けた者は多く、志賀直哉、武者小路らは弟子を自覚する者たちである。

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    内村はいう。「自分は生涯において未だかつて人に向かって、「我の弟子となれ」と言ったことは一度もない。それなのに多くの人は私を、「先生」と呼んで私のもとにやって来た。そのような彼らに対して私は、「私はあなたたちの友人であって師ではない。私の宗教においては、師はただ一人キリストである」と忠告し、我が師キリストを紹介しようと努めた。

    内村を先生と呼んで来た者のほとんどが、「自分の懐く理想の実現を想像して」やって来たのであって自称弟子たちは口では、「先生」と呼びながらその実、師に教えられようとするのではなく、師に自分の理想の実現を迫っているに過ぎないのであった。内村は『代表的日本人』として、西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹・日蓮の五人を挙げている。

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  • 11/12/18--07:12: 信仰と思考 ②
  • 自尊心を守るための思考はよくないというのは成り立つ。そもそも自尊心とは、自分の存在自体を自身で愛おしいと思え、本当の意味で自分を大切にできる感情であり、自尊心が高い人は正しい自己評価でき、自信と安定感がある。文中の、「本当の意味で自分を大切に」や、「正しい自己評価ができ」という点からみて、これに該当するしない自尊心もある。

    自分の考えが正しくないと知りながら、それでも譲れないのは自尊心を超えたナルシズム的自己愛といえる。たとえば、自己を正当評価できないために他者から低い評価を受けたことで自己を卑下したり、人目を過剰に気にしてムリをしたり、自分をつくろったり、背伸びしすぎたりなどが起こり得る。誰でも自己への愛は持つが、自己愛は成長過程のものである。

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    大人になっても自己愛が強いままだと、「自分ほど立派な人間はいない」などの驕り高ぶった人間になる。かといって自己受容や自己肯定感が弱いために他者からの受容や肯定や大切にされることを過剰に求めるあまり、構ってちゃんや甘えん坊や面倒をみてほしいなどの幼児的依存心が生まれ、常に人からチヤホヤされたい、好かれたい、賞賛されたい人間となる。

    「本当の意味で自分を大切に」といったが、自己愛が強いままだと自分可愛さから自分を甘やかし、努力や苦労を放棄してしまうことにもなる。自身の問題点から逃げて何でも他人のせいにしたり、感情的になって相手を責めたり、自らの責任から逃れようとするあまり、自己防衛が強く働くことになる。批判や否定に弱く、他者からの指摘を極度に嫌う傾向になりやすい。

    話を信仰に戻す。日本に宗教戦争なるものは起こっていないが、仏教徒が政治的な勢力となって時の支配者と争い、活躍した時代はしばしばあった。現憲法は「政教分離」を打ち出しているが、宗教が政治と結びついて策謀なることは絶対に避けねばならない。宗教に教義は不可欠だが、教義を理論としてのみ覚えこみ、様々な宗教理論を振り回すのも好まない。

    偏見かも知れぬがこういう考え方を持っている。つまり、無神論者であろうと、宗教の上辺は知識として備えているなら、我々の中で宗教的欲求が起こらないということはない。ならば、起こった時はどうすべきか?心むなしくし、本然の姿そのものに祈ることになろう。本然とは自然のままで手が加わっていないこと。死者に手を合わせ、弔う時のような姿をいう。

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    我々の元の姿は、「本然」である。「本然の性」とは、中国宋代の儒学者によって提起された思想で、すべての人が平等に持つ天から与えられた自然の性をいう。人間が純粋にそのようになれるのかという疑問は湧くが、疑問が湧くということが、問題意識を掲げていることになる。物欲の激しい人間が自身の物欲に問題提起をすれば、少なからず改善はされよう。

    確かに問題意識を持つのは容易い。後はそれをどう行動で具現化していくかにかかっている。信仰をもつことは、もつ人にとって善いことであるが、信仰をもつ人が、もつ人にとって善くないこともある。それは何か?信仰を「私事」としてはならない。これが大事ではないか。これまで世に出た傑僧とされる人物は「私事」なることに厳に戒めてきたであろう。

    あらゆる時代のすぐれた宗教改革者とは、既存の宗教を否定し、私事なることを戒め、その本然の姿に没入することを教えてきた。日本に宗教改革者はいないが、広義でいうなら本居宣長はそうかも知れない。宣長といえば『古事記伝』、『日本書記』の付録のような扱いの『古事記』に光を当てた。彼が強調していることは、「我が神ながらの道」――

    遠き古事記の時代に神々あった我々の祖先から示された在りのままの姿…、我々はそれを美しいと思い、懐かしく回想して、その神々の教えのままに自ら生きて行く。そういう生きざまのなかに祖先の魂が乗り移り、その魂のまにまに我々が暮らしていくのだ。それでいい、何も難しい理屈などいらない。一切の「私」を去れと、宣長はいっているのだ。

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    本居宣長の名は知るが、何をした人なのかを知らぬ者、意外と多しで、自分も勤務先の同僚から同じことを言われた。彼は、「面白いよ、宣長」と、宣長フリークであった。いろいろなことに興味を抱くには友人、知人の存在は多分に大きい。宣長は言葉を変えれば排他的である。たとえば、自分は神道だから仏教を否定するといえば、その神道は私のもの。

    自分は仏教だからキリスト教を蔑むことになれば、仏教は私のものになる。「信仰は縄張り争いではない」とし、ゆえに一切の政治性を排除し、人間の自らなる心のままに委ねたるところに宣長の真姿があった。もし、宣長が現代に生きていたなら、日本の神道をもっとも冒涜した者は政治権力に利用され、養護された超国家主義的な神道自身と指摘するだろう。

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    『恋と日本文学と本居宣長・女の救はれ』の著書丸谷才一は、宣長が熱烈な恋愛至上主義者であったことを知り、俄然、親近感を覚えたという。恋愛は誰でも好きだ、国学者宣長とて例外にあらず、近年の国政政治家しかり。なかなか面白そうな本のようだが、横着というか、「書を捨てよ町へ出よう」というわけでもない。本はもう増やしたくない理由もある。

    宣長の教えは「自然(おのずから)の道」であり、「私」の思慮分別によって解釈してはならない。仏教や儒教や神やその他の思想を欲しいままに歪曲してはならぬという教えである。であるけれども、「私」を滅却することの難しさは巷に散見される。奈良の大仏で知られる東大寺の上院院主(実質No.2)が、女性の胸を触ったことで11月9日に書類送検された。

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    上院院主は69歳のじっちゃんで、相手は20代のぴちぴち女子大生だというが、これがもし60代のたれチチばーさんだったらどうだったのか?そりゃあ、なるだろう。入れ歯をしていようが、腰が曲がっていようが、女性は女性である。強制わいせつは、強制であれば成り立つから、ばーさんが被害届を出せばの話。女子大生は出しても、ばーさんは出すだろうか?

    「たら」をいっても仕方ない。上院院主は格下げ処分すればいいこと。そっちでやってくれ。ついでにいえば、親鸞の「自然法爾」は如来の道、宣長の「直毘霊」は神ながらの道を説く。どちらの道も念願するところの根本は同じ。ただし、神ながらの道を議論分別したり宗教的に固定したりは、神ながらの道を汚すものであると宣長はこの点についても述べている。

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  • 11/13/18--16:10: 信仰と思考 ③
  • 宗教を信じる者と信じない者との違いはなんだろう。それぞれに生き方の違いがでるのだろうか?自分の周囲には様々な宗教を糧に生きる者はいるが、特別変わったところもなく、話が合わないこともなく、いつどのような時にどのような形で違いがあらわれるのか、意識したこともない。宗教を信じてどのような得があるのかがさっぱり見えない分からない。

    神を信じる者と信じない者の違いはなんだろうか。自分は神を信じないが、それだけで無神論者とはおこがましい。「論」の意味を考えればわかろう。無神論者というのは、宗教について無知無関心の人を指すのでもなければ、ただ単に神の存在を信じないというだけでなく、神の存在を否定するために戦い続けている人のことだが、戦う対象はのほとんどは自分であろう。

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    若いころも今も分からないのは、神とか仏とか、人間を超越したものの前に、人間は自己否定せざるをえないほどに、自己に絶望しているというのか?新興宗教にはいった友人に入信の動機を聞いたら、「なんとなくよさそうだったから」という。「何がよさそうなんか?」、「やっぱ、ご利益があるような気になったのかも」、「ご利益ね~、神頼みってやつだな」。

    確かに人間を超越したものは凄いとは思うが、ご利益があればの話だ。神を信じないものは、そこが基本的に違う。ご利益なんか宛にしない。初詣などで神社の賽銭箱に1円や10円を投げるやつに聞いたことがある。「そんなはした金でいいんか?願いを叶えて欲しいなら1万円くらい入れたら?」というと、「期待してないからだよ。100円でももったいない」。

    なるほどご利益は期待はしていないといいながら、それでも神仏に手を合わせるのは慣習的なものもあろう。神社の境内には賽銭箱があるなら、とりあえず入れとこか、なる心境のようだ。自分は父の法事にも出ないし墓参りもしない。出るのもするのも行為自体は容易いことだが、それをあえてしないのは慣習と戦う気概と、無神論者としての自負である。

    母親は、「親不孝者」と詰る。勝手に詰っているがいい、墓前に手を合わさずとも父への想いは誰よりも強しとの自負もある。まあ、これは自負などという下種なものではない、真正なる思いである。「信じる心が大切」という。真の思いは形に現さずとも存在し、自身の中に存在するなら披露も無用である。法事や墓参りを喜ぶ父ではないと、我もまたしかり也。

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    蓮如は浄土真宗の信徒の在り方をこう述べている。「当流の念仏者を或は人ありて、『何宗ぞ』と相尋ぬる事たとえありとも、しかと『当宗念仏者』と答うべからず。ただ、『何宗ともなき念仏なり』と答うべし。これ即ち我が親鸞聖人の仰せおかるる所の仏法者気色見えぬ振舞なるべし。この趣きをよくよく存知して、外相にその色をはたらくべからず。(蓮如『御文章』)

    この言葉のなかに、およそ自己の立場や思想を述べんとする時の基本的な心構えが見えよう。信仰というのは、それはまず、「隠されてなさるべき行為」である。人に見せるためのものでもなく、宣伝すべきものでもない。自らの心に秘め、ないしは僅かな人々の間でだけ密かに営まれるべく行為であるが、大衆化されるにつれて何がしかの詭弁を伴っている。

    すべての宗教は大衆化を望む。そうでなければ意味はないようだ。事実、大きな宗教は全国にくまなく組織を張り巡らせている。宗教の危険性や危惧はここにないのだろうか?あとは各自が想像すればあえて書く必要もない。一言添えるなら、親鸞に宗派を建てる気持ちはない。キリストしかりで、宗派も寺院も教会も存在せぬのが、宗教の純粋さに思えてならない。

    神の実在を知るのは至難である。だから信じないのではない。至難を軽々に信じることこそ不可解と無神論者は感じているが、彼等は至難だから信じるのだという。どこまでいっても平行線だが、信者の論を突き詰めて思考するに、、すべては不安定なるが故の小心から発している。一刻も早く、神の存在事実がもたらされるべきである。それまでは聖典や古典を語るがよかろう。

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    が、こういう状態が2000年以上も続いている。「神よあなたはどこにおわす」と叫んで死んでいった多くの信者をよそに、神は永遠に沈黙を変えようとしない。いかに敬虔な信徒といえど、求信途上において、虚栄に見舞われぬものは稀であろう。信仰そのものが迷いの所作である。最も神聖な筈の祈りのはずなのに、なぜに信徒たちは、人生の痛苦や病苦に際して祈るのか。

    煩悩の深さか、知識の禍か、愛の不足か。信ずるということはどういうことなのか。「根拠の見えぬものは信の対象とならない」といえば、「根拠の有無は関係ないのです。ただ、信ずるものが救われるということです」。「信ずるものがどう救われるというのか?」、「心が救われるのです」と、大概はここに落ち着くのだ。信仰という言葉は確かに美しい。

    が、隠すことよりも、露すことに宿命的強制力をもつ現代文明にあって、信仰は多くの危険を潜ませているように感じるのだ。「何が危険なものですか」と信徒はいうが、「本当に信じたいから疑うのだ」という言葉が、これほど通用しないとは驚きであった。「信じる」の対義語は、「疑う」である。疑わずして信ずるのを、「妄信」というのではないのか。

    「私達には(疑うなどという)邪心はありません」。ここらあたりで、「左様でござりまするか」というのが妥当であろう。「他人の罪を責むるなかれ」と、宗教は教える。が、同じ宗教者としての立場からあえて「他人の罪を責めてみよ」といいたい。社会的影響とか道義的責任という程度のものでなく、人間の本性に徹して、徹底的に責めてみよといいたい。

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    なぜそういいたいのか。責むるものと責められるものとが紙一重の危うさに生きることで、いずれがいずれか分からなくなるほどにまで罪を責めてみる。そのことで同じ宗教的立場に帰結するのではと愚考する。「人に石を投げるな。誰からも石を投げられず、人に石を投げられる人間がどこにいよう」。偽善的言葉を多用する宗教が偽善に思えてならない。

    蓮如の言葉は古く、当代のものであるが、仏教も時代の変遷とともに大きく様変わりした。「先祖を敬え」などと親鸞は一言もいってはないし、阿弥陀仏を本願とする如来信仰である。それからすれば、法要は何のためになされているのか?お寺さんはそうは言わぬが、利潤を得るためである。利潤を得て何が悪い?ならば、利潤を得るためといってもよいと思うのだが。

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  • 11/14/18--15:02: 安心は「神話」 ①

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    「天地創造は神話ではない。列記とした事実である」という人がいる。聖書を信じる人もだが、聖書の記述が真実である確証はない。ここに来たある人が、「人の数だけあるものことが【事実】」。「誰が、何時、何処から見ても、たった1つの結果となるものことが【真実】」とし、「貴殿は女性週刊誌並みの寄稿などせず、真実を投稿し給え」と拙者のブログ批判をした。

    他人の批判はその人のものであるから好きにいえばよい。「私は真実しか書かない」などの自己宣伝も好きにやればよい。そうであるなら、人の戯言を茶化すなどは無駄な徒労であり、茶化してどうなるものでもないが、己の自尊心を満たしたいがために人はそれをやる。あることを自分が調査・研究の果てに、さらに真実と認められるために物的証拠を提示する必要がある。

    「STAP細胞はあります」という科学者の自賛には笑えたが、口でいえば「ある」ことにはならないのは百も承知発言するところが女性らしい。女性を卑下・揶揄するのではなく、男がそんなことをいおうものなら血祭りにあげられる。女性に甘い点からしても世は男社会か。いかなる反論に能弁に応えようと、証拠を提示しない限り社会では相手にされない。

    「STAP細胞はあります」とカワイクいった小保方氏は、まるで半泣きべそかき状態の小学生のようで、科学者といえる人物ではなかったし、それからしても博士号の剥奪は本人のためだった。今後、生きて行くためには仕事に従事せねばならないが、彼女には、「足るを知る」がなかった。女性にとっての真実とは、自身の問題であって客観的な視点ではないのだろうか。

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    科学の分野では何より学術誌が最高権威といえども、人が選ぶなら、間違い選びもあろう。人が人に騙されるのは世の常人の常。朝日新聞の広告が権威をもった時代もあったが、最近は何もかもが軽薄な時代となっている。「大学教授」や「医学博士」といった肩書の人が登場する健康番組や広告・CMを目にすることも多いが、これ自体が権威の凋落と映る。

    「お金をもらえば何でもします」という芸能人教授や芸人博士が増えてしまった以上、「信頼」というのは自らの眼力に委ねるしかないのかも知れない。「権威効果」、「ブランド効果」が蔓延る時代になってしまった昨今だ。大学教授も医学博士も御笑い芸人と変わらないように見える。起用側も権威やブランドが人の認知を歪めることは知りながらの確信犯か。

    「○○大学医学部と共同で開発したダイエットマシン」、「米国の一流大学教授も注目する脅威のサプリ」、「肌のことを知り抜いた医学博士の研究から生まれた美顔器」など、権威効果をうたえば物は売れる。こうした似非科学や、権威信仰にたよるのは、広義の詐欺商法に思えてならない。騙す人、騙される人、どっちが悪い?買春と売春の理屈と同じこと。

    どちらが正しい?といいたいが正解はない。すべては選択である。「選択」の前に、「自己責任」もいる。100回いおうと自己判断しない人は100回騙される。自己責任で騙されるのならいって行くとこはない。それでは弱者(頭の弱者も含む)被害がかさむ。ゆえに悪辣商法は規制して取り締まるべきだが、だからといって騙す奴が地球から根絶することはない。

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    「石川や、浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽くまじ」という有名な言葉がある。「この世から泥棒がいなくなることはないのよ。海辺に無数にある砂粒が無くなろうとも…」と、石川五右衛門が親切に注意喚起してくれた。にも関わらずである。五右衛門の死は1594年なので、あれからもう430年あまり。野坂昭如も、「差別は絶対なくならない」といっている。

    「人は差別されるのを嫌うが、差別するのは好きだから」という注釈付きで述べていた。どちらも、「嫌い」にならない限りはダメだろう。政治家や官僚の贈収賄がなくならないのも同じ理屈で、人間がお金を、「嫌い」にならない限りはダメかと。お金が嫌いな人はいないが、政治家の嘘や詭弁がまかり通るのも癪に触る。倫理やモラルで規制はできない。不倫も同様だ。

    人間の判断力は極めていい加減である。ある事件、ある人物、ある作品について判断する場合において、多くは自分の欲する、あるいは利する側面しか見ていない。利害にかられない、「全面的な判断」の大切さは理解はすれど、実際にそれができるかどうか。会社は株主のものだが、創業者がこぞって我が子に世襲させる。「何が悪いんか?」と言わんばかり。

    世の中はそんなものだと誰もが知っている。人間は小心であるがゆえに自己を束縛する。他人の顔色、世間体を伺いながら、それに配慮をしながら、言葉で丸め込めるとタカをくくる。ユニクロの柳井氏が息子を二人取締役に置きながら世襲を否定した。既定路線さえ作っておけば、あとはどうにでもなるという魂胆が見え見えなのは誰もが分かっている。


    断固世襲否定の創業者は既定路線さえ作らない。ばかりか、息子を自社へ入社もさせない。ブラック企業というのは、経営者の腹の黒さでもある。何から書き始めたか忘れたので書き出しに戻ると、「天地創造」だった。これは明らかに非真実というか神話という物語であろう。旧約聖書の『創世記』には、神によって世界が創造されたその次第が物語られている。

    古代ヘブライ人による創造神話の書き出しは、「はじめに神は天と地を創造された。地は形なく、闇が淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてを覆っていた。神は『光あれ』と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名すけた。夕となり、また朝となった。第一日である」。誰がこの事実を知っていたのか?

    古代ヘブライ人によるところの神話はこうなっているが、新約聖書のキリスト伝記の一つとされている『ヨハネによる福音書』の書き出しはこうなる。「初めに言(ことば)があった。言は神とともにあった。言は神であった。この言は初めに神とともにあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」。

    説得力のある論法だ。福音書の作者は、キリスト生涯の叙述を始めるにあたり、天地万物が神の言葉によって創造されたとする旧約聖書の『創世記』を持ち出している点からオリジナルとはいえない。後に続いて彼は、「この言に命があった。そしてこの命は人の光であった」と述べ、さらに少し間をおいて、一章の四四節には次の有名な文句を書き記している。

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