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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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  • 03/05/15--15:25: 女の決意
  • 「親の言うことを聞いて、自分なりに真面目にずっと生きてきたつもりでいた40歳まで。それまで、自分に嘘をついてずっと生きていたので、いつの間にか考えていることが、自分の考えなのか、他からの影響なのか分からなくなり、今思えばとてもわがままで許されることではないのですが、そのときの生活が続けられなくなり、40歳で離婚して、子供達も置いて家を出ました。
     
    その後、もちろん女一人で、しかも専業主婦をしていたので、仕事らしい仕事をしていなかったので、仕事をするということも分かっておらず、まわりから叩かれながら仕事をして(今思うと仕事してというより、みんなの足をひっぱていて、叩かれて当然です)でも必死で生きて50歳をこえました。いろいろ経験すると、離婚前はわがままで、周りに迷惑ばかりかけていたことを理解しました。

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    取り返しが付かない連続で生きてきた、最低の人間だと気付いて呆然としました。なんというか、あまりのことに頭が動かなくなるというか、言葉で言えば呆然としてなのですが、分けが分からなくなり、これからどうすればいいのか、心の奥にずっと問いかけました。で、結局あまりにも当たり前の答えに反省もし、今の自分からできることから変えていくでした。

    始めてみると自分の中が汚くて、何かことあるごとに、ワット醜い自分勝手な自分に反吐が出ます。今まではこれを当然と思い、自分のわがままが通らないのは理不尽と考えていました。何でそんな風に考えられたのか。どうしても、脳の回路が永いこと使っていたほうに動きがちですが、実際の行動には落とさず、親切な自分を目指して利他的に生きられるようにがんばってます。

    他人を環境を変えるのではなく、自分の内側を綺麗にするため、いろんなことが起こっていると理解して、そのことから、自分を磨く行動をとれるように、そして、相手には与えることを続けられるように、生きて生きたい。死ぬ時に自分の心の奥の良心に恥じることのないように生きて生きたい。残りの人生はそのように…」(文は一部修正)


    これは自分のブログの履歴にあったある人のブログ記事の全文である。本人に断りなく引用したが、このブロガーさんはこの書き込み(2014年6月)のみで以後の記事はない。過去、他人のブログ引用はないが、これは読んでいて身につまされ、感動もあったのか、紹介の意味もあってコピぺした。短い文ながらも自身のことや離婚後の生き方について素直に書かれている。

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    「親の言うことを聞いて、自分なりに真面目にずっと生きてきたつもりでいた40歳まで。」書き始めのこの一行にインパクトを感じ、「自分に嘘をついてずっと生きていたので~」以降を読むと、過去と、離婚と、その後の未来の三章において、ドラマチックな女性の生き様をみる。他人と上手く生活できなかったことが離婚の要因であると、自身のわがままを断定してる。

    これほどに自身を客観的に見つめる目を持つことに何故なったかは不明だが、「いろいろ経験して、いろいろわかってくると、離婚前の自分がもう本当にわがままで、周りに迷惑ばかりかけて生きていたことを理解しました」(原文まま)とある。離婚の全面責任の表明であり、子どもを置いて家を出たというくだりは、女性にとって身を切られる思いが発露の自己断罪であろう。

    自身の責任をこれほど真摯に言及する女性は稀有であり、読んでいて清々しい。それほどに女性は、言い分け・自己正当化が一般的である。匿名とはいえ、彼女がこの一文を世間に晒し、自己を断罪をするに到った動機は分らない。よって想像するよりないが、自己をごまかすことをせず、正面から向き合うことで、自己変革の決意表明と自分は読んだ。

    人間はコレくらいの断罪なくして、自己変革などできるものではない。自分の醜悪さを徹底嫌悪し、かつての自己と断絶する気概なくして自己変革は難しい。世間に自己を晒す女性の覚悟をみた。社会に順応する苦悩も正直に書かれている。幼少時代の記述はないが、「親の言う事を聞き、真面目に生きてきた」から想像するに、いわゆる"よい子"ではなかったのかと…。

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    いわゆる"良い子"の苦悩は、ここでしばしば取り上げるが、自分と言う存在の無さ、つまり自己不存在感及び実在感の無さに苦悩するといわれている。自己という実態がありながら、自己不存在感や、実在感の無さの苦しむみというのは、精神分裂、精神崩壊をきたすことからしての苦吟のようだ。"いい子"を自演する人間は、自己のアイデンティティを持つこともない。

    彼女自身も自演による嘘は見抜いており、認識している。その嘘によって周囲からの高い評価を得てきた。そういう生き方が人生の悲劇になるなど、思いもよらなかったろうし、自分も子どものころ「人生が悲劇」などと思ったことすらない。将来は夢と希望に満ちあふれていた。昨今は、夢も持てない、希望も持てないといわれるが、我々の時代は幸せであった。

    「人生は悲劇」のシェークスピア、「人生は喜劇」のバルザック、同じ人間でありながら考え方が違う。フランスのモラリスト、ジャン・ド・ラ・ブリュイエールは、「人生は、それを感じる人間にとっては悲劇であるが、それを考える人間にとっては喜劇である」と言っている。おそらくこれは、「人生は感情的になれば悲劇、理性的になれば喜劇」という意味であろう。

    中国の有名な故事に「人間万事塞翁が馬」というのがある。これは悲劇も喜劇も予測できないといっている。「量子力学」的考えであろう。悲劇のときもあれば喜劇のときもあり、人生を二つに断定するのは間違っている。どちらが多いかの問題でもなかろう。苦もあれば楽ありで、「苦は楽の種、楽は苦の種」という慣用句が言い得ている。自分に問われれば何と答えるか?

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    「人生は喜怒哀楽なり」と無難に答える。無難というか、そうしか思わない。大事なことは悲劇にどう対応するかであろう。喜劇の対応は笑ってさえいればいいが、悲劇の対応はそうはいかない。なにはさて置き「我慢」でしかない。人間は我慢なくして生きてはいけないし、悲劇に対応する力は我慢であって、明晰なる親は子どもの悲劇への耐性から、我慢を教えるしかない。

    欲しいものがあるのに得られないというのは、何も子どもに限ったことではない。大人でも苦しいことだ。そこを考えると、子どもの欲しい物をすぐに買ってやるのは間違っている。親はそこまで考えないし、一時の感情に左右される。親バカとさえ言って置けば免罪されるのか。「親バカ」親の自己肯定言葉だから、よくないと分っていながらする行為は、親の欲望である。

    親が自身の欲望に耐えられない行為である。だから自分は「親バカ」はダメと言っている。親が子どもを甘やかすのは、親の身勝手というしかない。上の女性も親の身勝手の被害者と推察する。自分の親も半端ない身勝手な母親であったが、時々の被害はあったし、苦しんだし、泣くこともあったし、やるせない少年期を過ごした。こういう親の舌にいることを呪った。

    時々のことはともかく、トータルでいうと悲劇という人生ではない。「親の言うことを聞いて、自分なりに真面目にずっと生きてきたつもりでいた40歳まで。」という事はまったくないからだ。親の言う事を聞いたのはせいぜい小学3年生くらいまでであったろう。もし、40歳までそうであったなら、屁にもならない人間であったろう。屁が下品なら雲散霧消と言い換える。

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    彼女はいわゆる"よい子"で、おまけに専業主婦だから社会性が希薄であった。「専業主婦をしていたので、仕事らしい仕事をしていなかったので、仕事をするということも分かっておらず、まわりから叩かれながら仕事をして(今思うと仕事してというより、みんなの足をひっぱていました。叩かれて当然です)でも必死で生きてきて、50歳をこえました。」

    大変な思いで社会を体験されたようだ。短い記述であるが、原体験のなさがもたらす社会体験の苦労が手に取るように分る。彼女は専業主婦を引退し、社会にでてからというもの、足手まといの人生であったのだろう。親が原体験をさせなかったようにも思う。温室で純粋培養されて成長したのだろうか?しかし、40歳からの彼女の生き方には見るべきものがある。

    「40の手習い」ではないが、必死で生きてきたの言葉が示すように、叩かれながらも果敢にできないことに挑戦していった様子がわかる。人間やればできるんだよ。「必死」と言う言葉は最近見ないし、聞かないし、だから新鮮である。こういうひたむきさに秘かにエールを送ってしまう自分である。人が何かに向かって一生懸命であるのは美しいものだ。

    自分がダメな人間と分かる事は余程の思い上がったナルシストでない限りさほど難しくはないが、ダメな人間と分った時に、それでどうするかとなると人によって天地の開きがある。ダメでもダメなりに生きていける時代であるのは、ニートや引きこもりを見ればわかろう。ニートや引きこもりが何故ダメなのか?現代社会は多様である。多様な社会は多様な人間を生む。

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    「なぜ働かなければいけないのか?」と真面目に問う若者がいるという。どうしてそういう事が分らないのだろう?仕事についてはいろいろな考え方はあるが、基本的な考えで言えば「手段」である。「手段じゃない、生き甲斐だ」という人もいるし、いろいろな考えはともかく、「手段」というのはすべての仕事の基本にあること。では、何の手段であるのか?

    「生きていくための手段である」。「命を長らえるため」とも言える。命を継続するためには食べなければいけない。仕事をしないで、ゴミ箱をあさり、残飯を食って生きる乞食はいるが、仕事をしたくないというなら、乞食になるか死ぬかどちらだろう。「ニートでも生きていけるよ~」という声もでる?「確かに、君の言う事は正しい」と言って欲しいのかな?

    その程度の会話ならそれも会話だ。世に中にはニートを養う親が数十万人いる訳だから、「仕事をしないでも生きていけるよ~」というニートに話の続きはないし、ニートを出すまでもなく、仕事をしたくない人は乞食になるか死ぬかどちらかだ。自分的に、ニートという選択はない。乞食はともかくとして、働く意味、仕事をする意味の明快な答えであろう。

    到底承服できないニートについて言葉を添えておくが、ニートをもつ親は何故ニートを解消しない?我が子がニートであることを満足しているようにしか自分には思えない。何とか解決したい、解消したいと思うなら、ニートは必ず解決できる。親の世代は、「働かざる者食うべからず」と言われていただろう?ニート解消するためには、親が感情を捨てて理性的になること。

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    ニートに限らず、物事を解決する基本としてまずいいたのは、自分の気持ち(感情)によって動く人は物事を解決できない。たとえその気持ちがどんなに人間的なものであったとしても、自分の気持ちで動く人間はダメ。なぜなら、問題を解決するということは、自分の気持ちを押さえると言う事である。貸した金を返金請求できないのも、自分の気持ちに負けている。

    気持ちを無視し、相手に気を使う必要もなし、貸したものは返させる、借りたものは返すという、当たり前の法則で簡単に解決できる。ニートも同様に考えればイイ。ニートの子どもがかわいいなど考えるべきではないし、一般的にいえば、ニートの子どもを所有するのは恥じであろう。親がその考えに立てば別の考えも生まれてこよう。それが解決の第一歩である。

    物事を解決するときに、手前勝手は無用である。解決できない人は自分が邪魔をしており、だから邪魔者を無視すればいい。「人間は感情の動物だ」とか、そんなことを言っているようではダメだ。理性的になって自分の感情以外の考えを持ち出し、客観的に判断し、行動する。ニートは身内に迷惑をかけているのではないのか?我が子だから親は迷惑でないのか?

    迷惑などと思わないなら解決しない。本気で解決したいなら、善か悪かで思考するしかない。なぜ、働かず、家でダラダラする子どもにせっせと食事を運ぶのか、さっぱり分らない。悪態つかれて文句も言わず、まるで我が子の召使いだ。家族、親族に迷惑をかけていながら、「自分も人間。生きる権利がある」と大口開いて発言するニートがいたが、呆れたバカだろ。

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    お前が迷惑をかけてる相手も人間なんだぞ、と言って分かるのだろうか?ヒューマニズムとは、人道主義とは、自分のためにも、相手のためにもしっかりしようとする人間の思想である。甘えた人間は、ヒューマニズムの世界では抹殺されてしかりである。甘えるということは、他人に迷惑をかけるということであるからだ。ヒューマニズムは同情ではないのだと。

    親に甘やかされた子が、親の期待に添うために親に媚びて嘘の自分を生きる。そうしていればわがままも聞いてくれるし通用する。そんな自分を40歳でハタと気づいて、自己変革に邁進した。必死で生き抜きぬいて50超えの彼女言葉には、どことなく充実感が漂う。彼女は40で人生をやり直したが、やり直した人生に新たな光を見出したのではないか。

    「脳の回路が永いこと使っていたほうに動きがち…」と言う。40年の長きにあって、新しい脳の活性化もままならぬ。「親切な自分を目指して、利他的に生きられるようにがんばってます」。わがままに生きた反動、償いか?「自分を磨く行動をとれるように、そして、相手には与えることを続けられるように、生きて生きたい。」との前向きな態度は、驚くべき感覚の変容である。



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  • 03/06/15--15:37: 人間の決意
  • 「千里眼」という言葉(能力)がある。1里が約3.9kmで千里は3900kmだから、これは沖縄から北海道を往復する距離。そんな先を見て何の役に立つのか?奇妙な、"たとえ"であり、もっぱら超能力や透視能力と解されている。人の腹を読む能力もそれに類するだろうが、千里眼というのも変で、読心術という言い方がされている。読唇術は聴覚障害者特有の能力である。

    映画『2001年宇宙の旅』で宇宙船内のコンピュータHAL9000が読唇術をする場面は不気味であった。動きのある唇よりも、見えない人の心を読むのは難しい。それでも読心術なる用法は、如何にしてなされるのか?正に見えないものを見るわけだから、単に能力というにはあまりに凄すぎる。それで超能力と言ったりするが、よく当たる占い師を超能力者と言わない。

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    自分は占い師を信じない。「有名な占い師」と言うワードで検索すると、占い師ってのはこんなに多いのかと驚く。いるわ、いるわの「わんさか占い師」状態である。これだけいてよく食っていけるものだと、つい要らぬ心配もするが、パートも行かずに本業一本で食って行けるというなら、それだけ需要があるのだろう。それにしても彼らのコスチュームには笑ってしまう。

    いかにも占い師らしい衣装ってのがあるようで、ハッタリだろうと冷ややかに笑っているが、それを着ると"いかにも"占い師である。下手な釣り人がバシっと釣り人コスチュームで決めると釣り名人に見えるように、外見は人を騙す効果が高い。騙すというと御幣があろうが、「東京都内で占い師として有名な先生達をまとめました」というサイトもあり、運営者は不明だ。

    おそらく"やらせ"だろう。皆がカネを出し合って作った一種の自演にも見える。「東京都内で驚くほど良く当たる占い師」、「東京都内で凄く良く当たる占い師」、「東京都内で超当たる凄すぎる占い師」を紹介、というワードならどれも同じサイトに飛ぶ。「古本屋の高く買います」と「よく当たる占い師」はウソとの世評があるが、そんなものかと思っている。

    よく当たる占い師というが、「当たる」とは何が当たるんだ?犬も歩けば棒に当たるが、「当たる占い師」でトップの占い師の紹介欄に、「人気占い師で唯一ただ1人、すべてのTV出演を断った事で、芸能界、経済界、スポーツ界、同業者(占い師)がお忍びで通う人が続出した隠れ有名占い師。現在も断り続けている事で有名。」と、まるで子供騙しのような記述である。

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    まあ、雰囲気もコスチュームも凄いのって、占いを信じない自分が書くとバカにしてると誤解を受けようが、正直、「占い師」の需要があること自体、信じられない。人に人の未来が分ってたまるかであり、起こっていない事は分るというより予測だろう?それなのに占い師には分るといい、メシの種にするところがウソっぽい。なぜなら人を見抜いて何でカネをとるのか?

    過去が当たった、当たったと大喜びする人もオメデタイ。それが自分の人生に何の役にたつ?人の見えないところで行動した過去がなぜ見える?お前は箱の中に入った物を当てられるのか?まして将来はこれから作るものではないのか?作っても(起こっても)いない将来が、どうして人にみえる?いい加減なことを言うな!腹を立ててるわけではない、茶番と笑っている。

    上京して驚いたものの中に「新宿の母」がいる。新宿・伊勢丹横で占いを続けるおばさんの俗称で、長い行列ができていた。並んでいるのは女ばかりである。なぜ女は占いが好きなのか?その答えは言うまでもない、女性は感情で物事を捉えたり、考えたりするからだ。感情と言うのは細く、揺れ動くもので、女は自分の感情の支えとなってくれる存在を常に探し求めている。

    それが親であったり、友人であったり、恋人、恩師、占い師による占いの結果もそうだ。男がすべてとは言わないが、自分に関していえることは、"人に人の事が分ってたまるか"であるから、占いなどまったく興味もないし、出すぎたことをいえば、あんなのはインチキくらいに思っている。まあ、何を言っても占いを信じる人が減るとは思わないが、鑑定料が高すぎる。

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    「新宿の母」は10分で5000円、時給にすると3万円だ。時給800円であくせく働くパートのオバちゃんも多いご時世に、おなじオバちゃんにしてこの稼ぎ。10分で5000円も出せる女は感情的動物加減をこれにみる。占いというのは、職業ジャンルで分けると接客業だからサービス業となる。そういえば医師はサービス業といわれている。かつて「医は仁術なり」と言った。

    「医は算術」と儲け主義を揶揄された権威主義時代もあったが、昨今は「医はサービス業」という考え方が主流である。「医はサービス業」談義が盛んになったのは、規制緩和、市場原理主義がこの国を席巻していた頃で、公的規制を緩和し、サービス提供を市場原理に任せれば、競争原理が働いてより良いサービスが、より安く提供されるようになるという考え方であった。

    しかし、この考え方に異論を示す医師は多いようだ。サービス業は、サービスを売り、その代価をお金で頂く仕事である。そうであるなら、たくさんお金を払う人には、たくさんのサービスを提供すべきだし、お金を払えない人にはサービスを売る必要はない。 医療機関がそうであってはならないはず。という倫理立てで、「医はサービス業」を否定する医師もいる。

    イメージ 6「医はサービス」を否定しないが、「サービス業」ではないという考えを披露する言い方だ。また、「医療はサービス業である」を毅然として唱える医師も少なくない。サービス業という発想がない医師は危険と印すサイトもある。例えば次のような事例は一般的で何ら珍しくない。ある人が血尿の原因を調べるために病院の診察を受け、膀胱鏡検査をすることになった。

    どころが膀胱鏡検査をしたら、医師が失敗してしまい出血してしまった。その医師は正直にしくじってしまい、身体を傷つけてしまいました。念のためあと1日入院して安静にしておいてくださいと願いでて、患者の退院は1日延びた。翌日、退院となり、病院から発行された請求書を見ると、なんと1日余計に入院した分も請求されていたのだという。

    医者の過失によって入院延長となったのだから、その分は病院側が負担すべきではないかということだ。車の修理に出し、修理工場が誤ってつけた傷の分の修理代までこちらが負担をするかといえば、答えはノーである。それと同じ理屈であるが、病院側は折れなかったという。理由は、「治療は車の修理とは根底が違う」というわけの分らぬ理屈で押し通した。

    患者は医療側ともめて喧嘩になったが、医者の感覚とはまだまだそんなところが実際なのだという。車の修理と人間の治療は、本質的に何も違わないはずだし、いってみれば、病院も医者もサービス業という発想は、時代の必定である。だからそういう発想がない医師は危険といわれるのだ。医者も病院も厳しい選択競争にさらされていることを認識すべしであろう。

    そのことを医者や病院はわかっていない。ある医師はこう提言をする。「医療ってサービス業なんですよ。同じサービス業の、例えばデパートだって日曜日に休むデパートってないですよね。そうすると、同じサービス業が日曜日もやっているのに、最もつらい立場にある病人に対するサービスが、比較的自由な日曜日にないというのはおかしくないですか?」

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    我々は医者や病院を選ぶ事はできるが、医者の心を見透かす事はできない。占い師はいい病院を知ってるのか?いい医者を判別できるのか?バカをいうな。彼らは商売でない事はしない。転んでもただで起きない人たちである。別にそれで構わん。占いは営業だから客にならねば済む。「医はサービス業」と最初に言った人は誰だろう。自分は日野原氏と思っていた。

    日野原重明氏とは聖路加病院の名誉理事で御年103歳の高齢である。彼は最初に診察室に入った時、患者の顔を見て挨拶をしないような医師はダメという。勿論のこと、お金を払ってサービスを受ける我々患者側が医師に遠慮したり、ビビる必要はないのです。が、そうはいって命を預ける怖さがある。それが医師を傲慢不遜にした時代があったのは事実であろう。

    また、医師にとっては One of themにすぎなくても、患者にとっては Only oneとなる。聞きたいこと心配なことは要領よく診察時に簡潔に聞けば、まともな医師なら快く答えてくれるはずだ。「自分に任せておけばいい!」とか「詳しく説明している暇はない!」と横柄な態度をとる医師や、インフォームドコンセントをおざなりにするような医師は信用できない。

    日野原氏の言葉に「医はアート」というのがある。「医はアート」って?まさか医師にアートネーチャー使用者が多いといってるのでは?日野原氏は医学と音楽はとてもよく似ているというのだ。優れた演奏には、いわゆる楽理といわれる音楽の理論的解釈と、作曲された楽譜、そして質のよい楽器が必要だが、それだけでは聴く人を感動させることはできない。

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    いちばん大事なことは、それらをもとにしてどのように演奏者がその音楽を奏でるかという演奏のパフォーマンスであろう。つまり、演奏家のアート(技=わざ)は、音楽理論と楽器・楽譜を高いレベルの技術で統合して演奏することによって人を感動させることができる。優れた診療も、深い医学知識と質の高い検査データ、そして治療のための高度な医療機器が必要。

    であるけれども何よりも大切なのはそれを適用する医療者のパフォーマンス、つまりアートであるというのが日野原氏。医療者の行うアートとは、医学知識や検査データ、そして近代医療を統合した上で病人にタッチして癒すパフォーマンスである。医師によっていろいろな考えはあろう。我々はどういう理念をもつ医師から恩恵を預かるかを考えればいいことだ。

    人は見えない。だから見誤るのが当然であろう。人を見誤らない人はいないが、占い師だって、100%当たるとは限らない。そんな程度の確率で時給3万円とはな。医療も高いが元手がかかっている。占い師なんざ~、中卒でもやれる商売だ。先日男に捨てられた女のことを書いた。が、自分なりに結論を出したが、豚に真珠だった。やはりと言うか女の相談は結果を求めていない。

    上に書いたように、女は自分の感情の支えとなってくれる存在を求めているのである。占い師も結果を出すような事は言わない。「明日あなたはこうしなさい」という占い師もいるのだろうが、するもしないも本人の自由。した方がいいといっても、本当にいいという答えが用意されているわけでもなく、しなかったからといって、不幸になるわけでもない。それが占いよ。

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    「愛ってよくわからない。私は彼とずっと一緒にいたかった。すごく大事な存在で、だから本当かどうかは別として、嫌なところを言ってもらえなかったのがすごくショックで、そんなことも言えないような関係だったのかって、全てをさらけ出せる関係じゃなかったんだってショックで。まだ今別れてるわけじゃないんだけど。もう彼に嫌われちゃってるから未来はないし。

    話し合って付き合い続けても、私のショックは消えないし。そんな人のことをスッパリ嫌いになれない自分が嫌で腹立って、同時に私の気持ちを理解してくれないの?って彼に対しても腹立ってきて、自暴自棄になって彼のこと好きでも他の人とセックスはできるしそんな自分に吐き気がする。もう嫌だ…。私はそばに居てくれる男の人だったら誰でもいいのかな、自分のこともよくわかんないし。」

    という、彼女のメールはうんざりんこ。理性的にまとめられた文ではないし、感情ばかりが湧き立っている。女の相談は相談ではないなと実感するばかり。自分の思考とはまったく相容れないし、彼女の言葉もちぐはぐで、これ以上何かをいうべきでないと感じた。感情の拠り所を求めているだけで、それが大方の女のホンネだろ。真剣に恋愛に向き合う女もいるのだろうが…

    男の理性など女には無用である。理性的に何かを言っても、受け取れないんだな。自分は感情で彼女を癒す気はないし、だから「あなたの思うようにしたらいい」で終わった。結論なんてこれっきし求めていない。解決なんてのも、彼女なりの解決がある。当たり前だ、人は自分を生きる。しかし、あんなことを言われても大事な人って、バカじゃないのか?この女…。

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    セフレっぽいな。男のナニを求めてるんだろう。そう考えると「おすきなように…」である。別段、捨て鉢な言い方ではなく、関われない相手だ。セックスフレンドなら、いちいち人に相談するなであるが、それがまた女なのだ。まあ、自分がまじめに受け止めたのがいけなかっただけだ。女は自分が相談する男を女と思って相談するのがいる。このタイプはダメだ。

    中には、「男の人はズバッと言ってくれるから、本当に困ったときは男の人に限る」という女もいた。それ以外の女の相談はお遊びである。適当にあしらっておくのがなにより親切なんだろう。「軽い気持ちで相談したのに、めっちゃマジになって困ってしまった」みたいな事は結構あった。あったけれども、相談を受けた時点で軽くあしらおうなど自分はできない。

    人生相談はレジャーではない。本当に困ったこと、難解なこと、そういう人は確かにいる。自分もそうであったから分る。『若きウェルテルの悩み』ではないが、青春期の壁は大きい。その壁の多き事が活力になった。だから、自分のことを人に委ねた事はない。なぜって、自分のことだから…。解決を提示してくれる人は、自分より有能であっても、行動するのは自分だ。

    如何によい方策を聞いても、実行(行動)しなければ屁にもならない。悩みを突き詰めて思考してみたとき、答えの多くは簡単だった。有能な人に答えを求める必要はない。カネを出す相談も…。簡単な答えとは、「行動」する事。結局、人は行動できないから悩む。人に相談して背中を押してもらうのはあってもいいが、行動力を授けてくれる人などいない。

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    占い師が本当に悩みを解決してくれるのか?気休めだろ?多くの女は気休め料を払っている。それは自由だし、気休めが欲しいなら占い師を儲けさせればいい。その点、男は一人で解決する楽しさがある。人に相談することもしないし、ましてや占い師など屁のツッパリにもならない。そう思う事が大事で、そう思うから何事も自分でやろうという力が備わる。

    思うに悩みの多くは、行動によって解決できる事がほとんどである。「行動できたら悩まないよ!」こんな戯言、腐るほど聞いた。なぜ、答えが分っているのに実行しない。本当に悩みを解決したいなら、行動しろよ。できないなら、解決したいなどと言うべきでない。永遠に悩んでいるがいい。面倒くさいので、人に言わず、一人で悩め!



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  • 03/08/15--18:49: 入院と言う責任逃れ
  • 子どもの逃げ場は保健室。政治家は病院というのがお決まりだ。仮病入院といわれつつも病院に直行する政治家の愚行に腹を立てる者あり、笑う者あり…。問題は斯くの露骨な責任逃れをする政治家に報酬と言う税金が支払われていること。いうまでもない、中川郁子農林水産政務官のことだ。郁子氏の夫はアル中へべれけ大臣と揶揄された中川昭一である。

    中川昭一の父中川一郎衆議院議員は、「北海のヒグマ」と呼ばれたタカ派議員であったが、1982年(昭和57年)10月に行われた自民党総裁選挙・予備選に中曽根康弘、河本敏夫、安倍晋太郎、とともに立候補した。当時は立候補に国会議員50名の推薦が必要であったが、中川派には推薦人が足りず、福田派から安倍に投票する予定の議員の名前を借りての出馬だった。

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    結果は予想通りの最下位。中川は翌1983年1月9日未明、札幌パークホテルのバスルームで自殺体で発見される。これが「北海のヒグマ」の最後かと世間は驚嘆した。中川議員秘書であった鈴木宗男は、自殺の原因を新聞に述べたが、中川の妻貞子はこの内容を否定した。中川の恐妻家は有名で、貞子という名は確かに怖い名だが、兄貴分と慕った金丸信はいう。

    「一度忠告してやったことがあるんだ。女房が怖いとか、俺の言うことに従わないって、愚痴をこぼすので、『そんな女房は思いきり殴りつけてやれ。そしたら亭主の言うことに従うようになる。心配するな!』と教えたんだ。私の忠告どおり女房を殴りつけていればこんなことにはならなかったかも知れない」。"こんなこと"とは中川の自殺を指すが、意味深な言葉である。

    鈴木宗男元議員は手記でいろいろ述べているが、その中で当時秘書だった鈴木氏が政界に進出したいと中川に相談した際、「鈴木前議員を解雇しなければ離婚する」貞子夫人が中川に迫ったことが大きいと指摘している。鈴木氏は手記を公表した理由をこう述べている。中川氏の長男昭一氏(故人)の妻郁子さんの名前で「文藝春秋」10月号に掲載された記事をあげている。

    イメージ 283年元日に中川一郎氏が、「鈴木、よくもこのおれを刺したな。お前におれは殺された。おれは死ぬしかない」と激高し鈴木氏を殴った場面の描写がある。鈴木氏は「郁子さんは現場におらず、事実でないことが書いてある。総理を目指した中川先生の名誉のために、事実を残さないといけない」と反論した。これに対して郁子は以下の主張をした。「中川一郎が特捜部の事情聴取を受けていたと公表した鈴木議員の手記について、主人(昭一)からそういう話を聞いたことはない。義母(貞子氏)も知らないと言っていた」。

    また、「文藝春秋」誌の記事については、「私の本意ではない形で掲載され、びっくりした」と抗議をしたと言う。昭一氏から何も聞いていないというなら、聞かないことを書いたというのが鈴木氏の主張である。人の自殺の真実・真相は分らないものだが、恐妻家の妻との会話と、分身とも言える秘書との会話と、どちらに真実味があるだろうか?

    何にしても、「言った・言わない」の話を水掛論という。が、中川家にも女の問題がくすぶっているのは否めない。中川昭一の急死についても疑問は残されている。かつて、国際会議の記者会見で醜態を晒した夫の帰国の際には、テレビカメラに囲まれた夫に向って、「日本一、頑張れ、大丈夫!」とエールを送る郁子であるが、こういう女は自分的には演技性人格という。

    今回の中川郁子議員の不倫疑惑で、堰を切ったように報じられる彼女の悪評は目を覆うばかりである。しかし、なんでまた路上でそう言う事をするのだろう。人前チュー、路上チューは文化であり、日常的慣習の欧米であっても、こと政治家が他人の配偶者と抱き合ってのベロチューなら大スキャンダル。政治家というのは、名誉と信頼を重んじる職業である。

    「30させごろ・40しざかり・50ゴザ破り…」と、これは女性のセックスを年代にたとえた言葉だが、50半ばの未亡人は"ゴザ破り"の激しい世代である。が、あくまで女としての郁子が、政治家という職業モラルに準じて人目を避けて乳繰り合うなら、誰にも分らないこと。気性の激しさか感情の抑制ができずこのような失態を衆目に晒しては、選挙民を裏切ったことになろう。

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    こういう意見もないではない。「夜中に路上でキス 国会議員は、路上でキスしたからアカンのでしょうかね? 国会で追及する審議なのでしょうか? 民主党もしょうもない質問するより、もっと大事な案件があるでしょうに…税金の無駄!」。追求すべきではないというが、そう思うのは個人の自由。問題は、政権が緊張感を欠いていると思われても仕方がないということ。

    中川氏に法的問題ないという人もいるが、無知も甚だしい。もし、浮気相手の議員の妻が郁子氏に慰謝料を請求し、裁判所がそれを認めれば中川氏は「不法行為」認定で慰謝料支払い義務が生じる。政治家は人気商売であるから、相手の門議員の妻が個人的感情を露骨に表すことはしないだろうが、中川氏はそれで助かっている部分もある。たかがキスだけ、と妻が思うはずがない。

    自分も思わないし、多くの人間も思わないだろう。事実が闇である以上、「思う・思わない」の範疇である。この画像を見れば、思ってもいいし、思わなくてもいいし、感じ方は人による。夫の不倫は、女としては許せないが、妻の立場としては、荒立てない方が得策と考えるだろう。相手側の門博文議員は、ひたすら沈黙を守り続けているが、入院はしていない模様。

    大変なのは門議員の選挙区を取り仕切る秘書であろう。門氏は和歌山一区で当選しているが、過去二回の当選は選挙区落選、比例復活当選である。こういうスキャンダルでは、今後の党のポイントも下がるはずだ。また、家族内の問題として、門氏の妻は「忍」の一字で済もうが、彼の三人の子どもはすべて女の子、周囲の冷ややかな視線を浴びるであろうし、気の毒である。

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    子どもの逃げ場は「保健室」と言ったが、そうばかりも言ってられない。門氏の49歳と言う年齢から察するに、子どもは思春期に差し掛かっていると思われる。公人としての父と、それを支える一心同体としての母と、子どもに対するごまかしのない率直なフォローが必要だ。今回の不倫報道で中川郁子議員と門博文議員と、よりリスクが高いのは間違いなく門議員であろう。

    巷で有名なのは故中川昭一財務相の妻である郁子議員だが、彼女は独身扱いで不倫にはならない。が、門議員は国会議員の寿命の問題もあるし、家庭崩壊の危機もある。そこは妻のさじ加減といえる。政治家の妻として穏便に済ませようと、そういう我慢を強いられるだけに、夫への愛は当然にして失われる。我慢が大きければ失うものが大きいという図式である。

    妻の逃げ場は子どもであろう。子どもさえいればヘタレ夫の愛などいらないという女は多い。さて、門議員はどれだけ妻に問い詰められただろう?あえていうなら、夫の逃げ場は「中川さんの誘惑に負けてしまった」と言うしかない。それで多少は罪は逃れられるが、路上チューだけと言うのは携帯でしかと申し合わせをしているはずだ。妻の疑念は消えないが、調べようがない。

    写真という動かぬ証拠を突きつけられて、二人はキスは認めた?「舌をいれたのか?」などの下世話な質問はないが、やっている事はみんな同じだ。問題はそれだけではない。注目すべきは、2人が互いの地元を行き来していたこと。政治活動ならぬ公費を使っての逢瀬なら見過ごせない。2人は先月7日、北海道陸別町で行われた「しばれフェスティバル」に揃って参加している。

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    門氏はフェイスブックで「日本一寒い町で行われた熱い夜でした」と興奮気味につづっていた。「政治家で参加されたのは、陸別町長や地元の議員の方ばかり。道外の国会議員が来たのは初めてだと思います。司会の方から説明があって、初めて和歌山の人だと知りました。みんなで<なんで、和歌山の人がいるんだろうね>と話していましたし、違和感たっぷりでした」(地元関係者)

    陸別町は中川氏の地元・帯広から車で約2時間のところにある。地元関係者によれば、門氏は2月7~9日まで、北海道に滞在していたことが確認されている。7日には、なぜか和歌山の業者とともに地元紙・十勝毎日新聞社を訪れ、自らをアピールした。果たして、これが政治活動の一環といえるのかどうか。門氏の事務所に質問状を送ったが、回答はなかったという。

    門議員はまったく表舞台に出てこないダンマリ戦術に転換したのは、週刊新潮の取材で路上キスについて問われると、初めのうち否定した上でソープ通いしていたことやクラブのホステスにセクハラしていたことを自分から告白した経緯がある。「もっとも、今まで妻一筋かというと、そうとは言えんな。男やからな。風俗はソープランドだけや。十数回行ったかな。」

    「クラブのホステスにキスしたことはあるけど、チュッって感じで、ベロベロってやってない。」と、これがいわゆるブーメラン発言である。門議員のある選挙演説会場では、「父をよろしくお願いします」と涙を流しながら訴えた娘が反響を呼んだという。投開票日には家族総出で状況を見守り、当選すると娘が泣き崩れていたと、週刊新潮は記している。

    「なぜ政治家の恋愛に目くじらたてるの?」という疑問もあるが、ひとえに恋愛の問題では無く、公職に就く者は国民からの疑問には説明責任があるということ。それが選んでくれた人に対する選ばれた人の義務である。公職者たる者の行動や発言には責任が有る。説明もせずに病院に直行するような議員は、その行動ひとつとっても議員として失格である。

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    中川議員の政務官辞任は確実な情勢だが、なんと二人は政務官室で“密会”を繰り返していた疑いも浮上した。民主党も、門代議士が政務官室を訪ねたことがあるかどうか、農水省に記録の提出を要求している。どこかの大統領の例もあるから、想像はやぶさかでないが、結局政治家なんて表向きの顔と思えば、人間などこんなものだが、遊ぶなら自費で遊べ。

    "号泣県議"でお馴染み野々村竜太郎元兵庫県議も、政務費の私的利用が問題になった。自分の人間観は、分らないところでナニをやっているか分ったものではない。が、バレたら正直に、誠実に自分のバカさをみせるしかないだろう。そこでは、もうゴマカシが利かないのに、ごまかそうとするからバカの二乗になる。人間は誰もバカで、それを普段は隠しているだけ。

    「ワシはそんなんじゃい」、「そんなことないぞ」と言ったところで、ガラス張りの中で生活できるはずがない。もし、人間の公私に秘匿性が認められなければ、発狂するのではないか?たびたび紙面を賑わす「不倫」という言葉だが、「不倫」は法律用語ではない。であるから、「既婚者がキスをしたら不倫になってしまうのか?」という問いは誰に問うのかである?

    法律用語では不貞行為といい、キスがそれに当たるかどうか、損害賠償や離婚の根拠になり得るのかどうか。「既婚者が『不貞な行為』(民法770条1項1号)をおこなったり、夫婦間に『婚姻を継続し難い重大な事由』(同法770条1項5号)が生じれば、離婚や慰謝料の支払いといった法律的なリスクにつながる」と、なろう。断定は裁判所の範疇だから、リスクと言っておこう。

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    「判例によれば、不貞行為とは、配偶者のある者が自由な意思に基づいて、配偶者以外の者と『性的関係』を結ぶことをいう。注意すべきは、『性的関係』という表現がされていることで、つまり、「セックス」に限定していない。では、判例がいう「性的関係」とは、具体的にどんな関係なのか。『性的関係』をめぐっては、広めに捉える見解が有力とされる。

    この見解によると、男女のキスはもちろん、同性同士のキスも「性的関係」にあたり、「不貞な行為」となる可能性がある。このような観点からは、キス以外の性行為のない関係も、一度や二度ならともかく、継続されているなら不貞行為にあたり、損害賠償や離婚の根拠になり得ると考えられる。仮に不貞行為と認められなくとも、損害賠償や離婚の根拠になり得る。

    継続的なキスという行為は、配偶者以外の者との親密な交際で、夫婦関係が破綻する原因となるし、『婚姻を継続し難い重大な事由』にあたる。配偶者の交際相手だったアメリカ人に損害賠償請求した事案がある。その訴訟で、裁判所は『被告がアメリカ人であることからすれば、抱擁やキスをもって不貞行為と評価することもできない』と原告の請求を退けた。

    被告が日本人であれば不貞行為と認定された可能性もあった。つまり、キスだけの関係であったとしても、離婚を突きつけられる原因になる可能性がある。もっとも、二人にキス以外の関係は「ない」、「なかった」というのを証明する方法はない。「どこから浮気?」というネタは男女問わず盛り上がるものだが、そういった話題はつまるところ“カラダの関係があるか否か”に収斂される。

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    疑いを持たれても実際は本当に、"清い交際"であるケースも世の中にはある。が、既婚者は独身者と清い交際であったとしても不法行為とみなされるのか?肉体関係がなくても不倫として、男性の妻が交際相手女性に求めた賠償金請求に、慰謝料44万円を認めた大阪地裁判決がある。この判決は、妻が離婚を求めたものではなく、慰謝料請求であったことで認定された。 


    肉体関係のない、いわゆるプラトニックラブであっても、程度を超せば婚姻共同生活の平和の維持という法的保護に値する利益の侵害として、不法行為の可能性は大いにある。中川郁子議員は、「酒席後の軽率な行動」と弁護士に相談の上、適宜にかわしたのだろうが、言葉というもっとも大きな武器は、もっとも大きな悪をなす。知者は武器を頼らない。



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  • 03/09/15--16:41: 損して得を取れ
  • 商売の基本中の基本、正に根幹といえる当たり前の言葉であろう。目先の利益にとらわれず、長期的な視野で物事を見、判断することが重要である。損をしないようにするのも重要だが、それがつい目先のことばかりにむけられると、経営者として器が小さいと言われても仕方がない。医療の記事でもいったが、One of them  Only one という傲慢さもある。

    土下座強要はいけないが、店の高慢な態度に、「お店はここだけじゃないんだ!」と啖呵を切る顧客もいる。顧客の心理としては気持ちよい買い物をしたいわけで、従業員の応対ひとつでお店から気持ちが離れるばかりか、そこで購入した商品さえも嫌になったりする。先日の「セビロ屋」の一件も、長女とお店で一緒に買って貰ったトレーナーも着る気が起きない。

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    折角のプレゼントにケチがついた恰好だ。「通販で買うより、是非うちで買ってくださいよ」と腰の低いところを見せていたが、顧客を騙し、あげく「来なくていい」では笑止千万だ。客商売に従事するものなら、どれだけこういう言葉を投げかけたい客がいるだろう。それでも絶対に禁句である。が、自営業だとお咎めないとはいえ、明らかに商道から外れている。

    無理難題を言う客なら、お店の責任で言うのは自由。江戸っ子堅気のオヤジが、なにやら気に入らぬ客に、「言っておくが、二度とうちの暖簾をくぐらんでくれ!」というのは、落語の世界だけでないが、それも昔のこと。江戸っ子気質といっても、こんにちではあり得ない。行ったことはないが、広島に"食べ残したら怒られる"というお好み屋があったらしい。

    数人から聞いたので事実だろうし、興味はあったがわざわざそれを確かめるだけに行く気はなかった。ただ、そういうことをいう人の面がどんなだか、興味はあった。何でも太っちょ、電柱体型のオバサンらしく、「無理やり食べさせてお腹壊したりだと治療費でるんかい?」とか、「店内でゲロ吐かれても文句はいえんだろうな」と、これは自分の率直な感想だ。

    「ラーメンの鬼」と言れ、昨年4月に他界した佐野実。彼は客がスープを残したら怒るというが、提供側が食べる側にそんな強制していいのか?「強制はしていない、残したら怒るだけ」というのは言葉のあやで、それを強制という。こんにちの情報化社会で、味だけで繁盛する店があるのか?顧客は大切にされてると思いたいわけで、気を使いながら食えたものではない。

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    実体験のある広島のワガママ店は、二重焼き一個を売らない店。当ブログにも書いているが、お店の決め事は自由だから、気に入らないなら行かなければイイこと。1個はダメ、最低2個というのは、顧客重視とは言えない。八百屋で人参3本束ねて売ってるのと一緒だが、その場で焼いている「御座候」と同じで、あの店が「2個でなきゃダメ」など言うはずがない。


    一理も二理もない店の論理だが、理性的に考えれば顧客の都合に合わせて何の損があるとも思えない。「文句があるなら来なきゃいいだろ?」とは言わないだろうが、言われるまでもなく店の都合に文句をいうのもバカげている。人のブログにアレコレ文句をつけるのも同じことだ。「見なきゃいいだろ?気に入らぬなら」は、書き手の当然の言い分であり、また論理である。

    かつては自分も他人のブログに文句を言ったが今はしない。理由は、文句をいう方がオカシイと思ったからだ。が、その論法は自分のブログに当て嵌めない。自分の書きこみに文句をいう人に対し、その論法では返さない。なぜかといえば、当たり前だけにあちこちで用されており、人真似になるから面白くないという理由。別の言い方で対処するようにしている。

    正論でも人まねは好きでない。既存に安住し、あぐらをかくのもつまらない。囲碁や将棋のトップ棋士は、常々そういう創造性を求めているし、勝敗以前に「棋理」という好奇に邁進する。食い扶持棋士は勝利しか頭にない。新しいものは古いものを壊すところから始まる。既存のものはつまらん、新しい何かないかと、そういう人はそれだけで楽しく生きている。

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    同じ事件の感想も、誰もが書いてることを書く気が起きない。自分なりの視点でみつめ、感じ、思考する。確か、中三か高校だったか、勉強の無意味さを追及し、思考した。教師が知ってる知識を何十人の生徒に伝達する事がどうして重要なのか?そんなものは教師が一人知っていればいいではないか?教師が知ってることを伝えることの何が勉強であるのか?

    単調な発想だが、一つの知識が軸となって興味や好奇心に注がれ、より深く知ろう、追求しようとなること。その初期段階を教師が請け負っている、という結論に到った。一見、知識の伝達など何の意味もないようだが、すべてはそこから始まる。教師でなくとも書物でもいい、教科書であってもいい。ただし、よい教師とは教科書の受け売り人ではない気はした。

    教科の知識を大きく膨らませ、子どもに興味と好奇を抱かせられる人であるべき。そういう観点から教師をみると、多くは合致しない。教師とは名ばかり、子どもの頃からいい子に偏っていだけで、味わいのある教師というのはごくまれだ。教師が教育者であるはずがない。話して感じるのは視野も狭く、知識も断片的・表層的で、人間的魅力の欠片もないのが多かった。

    教師の悪口ではなく、己を知る教師なら「図星」と納得しているはずだ。つまり、教師とはそんな程度でやれる職業なのである。かつての文部省も、現在の文科省も、教師と言う職業人は作るが、教育者を作ろう、育てようなどのポリシーがない。教育の公平性、学問を平等に受ける水準は、世界に名だたる日本だが、公平と平等が向学心ある人間を阻んでいる。

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    向学心の高い人間は、別の何かで己を満たしているからいい。日本の教育レベルの高さは、例えば釣り銭の渡し方にもある。近年は機械がやるからミスは減少したが、その分人間の脳は劣化した。たとえば520円の物を買い、1000円札を出すと、日本では100円玉も10円玉もまとめて、瞬時に480円のお釣を渡される。とりあえず消費税抜きの考え方を説明する。

    お店の人が暗算で釣り銭くれるなど少なくなったが、それでも商店街の八百屋、魚屋には天井から吊るしたザルに釣り銭を入れ、暗算でやりとりする店もあろう。そういうところはみな内税。同じ釣り銭でも外国の釣り銭事情は違う。例えばインド。520円の買い物をしたら、まず「520円」と言ってこちらの顔を見る。次にこちらの手の平に80円を置き、「これで600円」という。

    520円+80円で600円を納得したかどうか、こちらの顔を見て確認する(便宜上、円にしている)。次に手の平に400円を置き、「これで1000円」と店員はいい、600円+400円で大丈夫かを、こちらの顔で確認し、「O.K?」と聞くのだ。店側は80円と400円の480円の釣り銭を渡したことになる。"所変われば品変わる"というように、"お国変われば釣り変わる"である。

    さすがはインド、「0」を発明した国。慣れない日本人はちょっと躊躇うが、なんという合理的な計算方法であろうか。何もインドに限らずこの方法を用いる国は多く、日本が特殊なのである。日本以外の国では2桁の暗算はできて当たり前、との社会合意はないし、2桁と1桁の足し算に分解し、2回に分けてお釣を渡す。日本では小卒なら2桁暗算はできて当然。

    イメージ 5なんというレベルの高さ。ドイツで公文式の塾をているフックス真理子さんは、「日本の教育は自分の意見を言う訓練が必要」、「ドイツの教育にはもう少し計算練習のような、単純とレーニングが必要」と指摘している。日本の恥部といえば、「学歴を金で買う」のが半ば常識的で、これが教育格差を生む元凶である。大学時代の奨学金を返せない利用者が増加、社会問題となっている。専門知識を身につけても職がないなら奨学金も返せない。かつて"教師になれば奨学金は返さなくてもいい"制度があった。これを狙ってバカが多く教師になった。しかし、この制度(第1種奨学金特別免除制度)は、平成10年に廃止された。自分は教師は向いていないし、好きではないという奴が、奨学金免除のために教師になったのは、「得して損取れ」の状況だ。

    奨学金免除は得だが、向いてない職業に従事する実損である。今もって辞めずにいることも驚きである。自分が中一のときの英語教師はひどかった。ビートルズの歌詞を訳してと持っていくと、完全無視。当初はその理由が分らなかった。「できない」とか「忙しい」とか言わず、無視する不気味さは子ども心に悪いことのような気がして、以後やらなくなった。

    何の事はない。英語教師は英語がペラペラと思った事が間違いだった。その教師は数年で退職、家業のお寺を継いで経を読む。過日VANでもめた「セビロ屋」だが、後に東京本部で通販購入したジャケットのステッチの糸が2cmくらい切れていた。検品しなかったのだろうか?と疑問に思いながら電話すると、丁重に詫びられ、着払いで返送を依頼された。

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    VAN側は、こちらからの商品を受領前にすぐに送るという誠実な応対をみせた。普通は返送後にであろうが、あまりの手際のよさに、「セビロ屋」の一件もあったのかな、などと懐疑的になったが、発送後の電話連絡もあり、その際も丁重に謝罪をされ、受け取った商品の中にも詫び状があった。悪意、善意についていえば、店もいろいろ、顧客もいろいろだろう。

    ネットには返品トラブルの書き込みが多い。4ヶ月経って返品する客もいて、断ると弁護士をちらつかせたりと、なんとも悪辣な顧客だ。従業員管理でブラック企業との誉れ高いユニクロは凄い。3ヶ月以内なら洗濯しようが着てようが返品、交換を無償で受け付けている。これは全国どこのユニクロでも徹底され、レシート、タグがなくても大丈夫という。


    上のCMは嘘ではないようだ。タグがなくてもだいたいいつ買ったものか分かるようになっているという。VANならトレーナーでも2万円、ユニクロは1980円、この差ならVANもユニクロ並みのサービス体制をと思いがちだが、着後とか、洗濯後とか、それで交換望むほうが常識的におかしい。まったく着てないでもせいぜい1~2週間以内の返品が妥当だ。

    三女の結婚式当日に記念品として戴くの洋服を指定したとき、女性物と間違って品番を送ってしまい、試着時に判明した。三女は早めの注文をしていたので、女性物と分った時は概に購入から一ヶ月と一週間経過していた。購入先はネット通販大手のアマゾン。返品時に少しアレコレあったらしく、その時の状況と流れを三女にメールで送らせてみた。

    三女)結婚式の記念品贈呈で購入したが、メンズと思ったものが、レディースだったので返品したい。

    アマ)ご注文から1か月以上たってますので、返金できない。

    三女)商品は開封したが一度も着ていない、タグもとっていない。結婚式当日に渡す予定で1か月以上前の注文だが、サイズ違いは当日までわからなかった。こちらの不注意だが、性別表示もイマイチ分りにくいしね~。着れないのでとりあえず返品したい。

    アマ)わかりました。そういうことなら全額返金いたします。

    三女)返送料金はどうなります?

    アマ)着払いで結構です。

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    ……………数日後、全額返金(22,000円)のはずが、17,000円しか入金されていない。幸い家計簿をつけていたためすぐに気づき、アマゾンへ電話を入れる。

    三女)先日、商品をキャンセルの件でお話しをし、全額返金ということでしたが、なぜか5000円差し引かれて入金されている。話が違ってません?

    アマ)商品が開封されてたので、4500円と、送料500円引いております。

    三女)ちょ、ちょ、ちょ、ちょいまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!(原文まま) 先日お電話したさい、全額返金、おまけに着払いとのことでしたよ?

    アマ)ですから、今から返金いたします。

    三女)はぁ? 今から返金です!??

    アマゾン)はい、今から返金いたします。(パソコンカチャカチャの音聞こえる)返金の手続き完了いたしました。

    三女) ………(早っ)わかりました、ありがとうございます。(最初っからちゃんとせんかいっ!!)

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    何という言い方(じゃない、腹の中…!) 表面上はおしとやか、腹の中はまっくろ…、こういう子の親の顔が見てみたいわ…。といいつつ、今も昔も女はこうよ。アマゾンも二段構え、三段構えで対応してる。つまり、相手を見て対応変えるみたいな…。何も言わない人には強くいい、うるせいー奴らには低姿勢。そう教育をされているような対応に思えた。

    言い得、言ったもの勝ち…、コレが社会の現実か?アマゾンごとき大企業なら、多少の損失はあれど、無益な喧騒を避ける。利用客は数百万超えだろうが、一時の商品トラブルで顧客の心象を害するよりも、その顧客が生涯わたってアマゾンに落とす金額を考えれば、喧嘩の得はない。良識ある思考というより、コレこそが商売の原点であろう。

    「セビロ屋」の一件は貴重な初体験。顧客に「来なくていい!」と言った店だ。吐き捨てるような口調で…。市井の洋品店が口にする言葉だろうか?何の商売にしろ、こんな言葉を吐くなど考えたこともない。顧客の不始末や不備が原因の怒りでないから口に出たと推察する。店の思惑が外れたことの鬱憤と怒りを顧客に向けた、そこがバカを通り越している。

    この件を数人に話したが、誰も一様に驚く。プレゼントを買ってくれた長女も、「いい店員さんと思ったのに…」と、落胆する。「客を舐めるんじゃないよ!」と差し出したメールに返答もできず、本部の謝罪勧告にさえ応じれない有様。威勢はよかったが、今となっては無様な醜態を晒している。創業大正15年の老舗看板も、代が変われば何ら意味をもたない。

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    「自分は何て不幸なんだ」と思う人は結構いたりする。程度にもよるが若い奴にも結構いた。20代、30代のころは、そういう言葉をよく聞いた。人に弱みを見せたくないから言葉に出さない奴もいたろうな。女の子の方が多かった気がする。特に失恋した子は、「自分は世界一不幸な人間」みたいに思っていたし、何をする気力もなく、夜の淋しさは尋常ではないようだ。

    「不幸は誰にもあるよ。今の不幸をどうするかは自分にかかっている。人からの慰め言葉で癒されるか?瞬間はあるかもだけど、好きな男以外に抱かれても、終れば虚しいし、それって恋愛じゃないし…」などと、慰め言葉というより、つまらん自暴自棄になるなとよく言った。情緒が乱れた女はあらぬ行動を取ることがある。女の感情の乱れは男には理解できない。

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    自律神経がかき乱され、とてつもない寂寥感に襲われる。落ち込みも半端でない。が、それらの処方箋は自分で探し求めるしかない。失恋した時は誰でもネガティブになり易い。自分は美人でない、性格が悪い、かわいい子が羨ましい…などと、いつもの自分にもまして卑屈になる。自分に欠けてるところは素直に認めた方が人にも自分にもやさしくなれる。

    「私は美人じゃない」と認めることでやさしくなれる。変に背伸びをしたり、他人と比べるより、美人ではないと認めることでやさしさが生まれ、それがその人に美人以上の魅力をもたらせる。背伸びをしない素直さ、やさしさが人からの好感も呼ぶ。そういう性格の女は外観にも増して内側が魅力的だったりする。とりあえず、足るを知り、自分に満足することだ。

    不満はあっても、その不満を捨て去れば満足だ。満足が人をやさしくする。やさしさは人に安堵感を与え、また、やさしさは相手を認める心のゆとりも生まれる。人が不平をいい、不満をいい、そういう欲に溺れるのは、自らに自信がないからで、いったんそうなると、どんどん不幸になって行く。イライラ、ストレスで夜も眠れない、吐き気がし、心身に異常がでる。

    不幸も幸せも複利で増えていく。そういう場合にどうすればいいかは、それぞれにあった方法があるから、自分にあった方法を見つけないと、無理が返って抑圧を増大させる。処方箋は自分で…といったようにそれしかない。人の卑屈さは相手が感じるもの、謙遜も傲慢も同じように相手が感じるもの。苦しみ、悲しみ、辛さは自分が感じるもの。人に人の心は見えない。

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    苦しい、辛いと言葉にしたところで、人の心の中を見ることはできない。チャックで腹を開いて傷ついた心を人に見せるわけにはいかない。どんなに言葉で辛さ苦しさを説明したところで、言葉でしか伝わらない。一緒に泣いてくれる女友達はいるだろうが、多くは共感と言う演技である。女はそうやって自身の演技力を高めていくし、相手も癒される演技をする。

    「人生は舞台である」。人は面白いもので、"自分に欠けてるものが幸せの条件"と思い込む。ある母親が、「私(あるいは主人)が高卒なので、この子には大学に行って欲しい」という言い方をするが、それってオカシな言い草だと思っていた。子どもを大学に行かせたい理由が、なんで親の都合であらねばならないのか?それを誰もオカシイと思わぬ日本的親の心情。

    自分はずっと以前からオカシイと思っていた。外国ではまず耳にすることのない親の言葉。大学に行く・行かないは本人の理由であるべきである。親に欠けてるものが子の幸せの条件と、子どもにそれを成就させようとする。「お父さんのように高卒だと冷や飯人生になるんだよ」と、あからさまに言ったりする。そんな動機で大学行った子が何の足しになるのだろうか?

    親に欠けてるものを子どもに補わせようとするのは、親の自己満足である。となると、「親がそのようにいうから大学に行く」というのは、子どもの立派な動機なのか?持たぬより持つ方が得というが、なまじ持たぬ方がいいモノもある。大卒が大きな顔をできた時代は過去の遺物、今のような末端の人間までが大学に行く時代に、大卒=優秀というかつての図式はない。

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    世に資格マニアという自己満足もある。使わない資格を10個も持って、まるで人に自慢するための資格か?自己満足なら自己満足らしく、人にいわなくてもいい。資格をとるのも、"ないよりあれば"の幸せ信仰に思える。本来自分に備わっているもので十分幸せに寄与するものは多い。欲張りな人は、自分が欲しい物を人が持っていること自体が嫌なのだろう。

    表層より本質に目を向けて見えるものがある。人間は自分の好きなものを見つけると強い。「好きな事が何か分らない」という人は、ある意味不幸である。もちろん、自分自信をも好きになるべきだ。アレが足りない、コレが足りないの自分ではなく、ありのままの自分を肯定できたら十分に幸せだ。「幸せ」と言うのは言葉のあやで、「満足」というべきか。

    「幸せ幻想」なるものを好まぬ自分は、物質から精神に至る広範囲な幸せ定義について懐疑的で、「幸せ」とは、とりあえず自分を好きになる事だと信じていた。人は人を羨んでいるとき、自分を好きではないはずだ。今の自分が楽しくないときも、自分が好きではない。時も移り変わるけれども、時々の中で自分を好きである事は変えないで生きる方がいい。

    貧乏というだけで人から見下げられた。学歴のなさをハナであしらわれた。人はいろいろだから、差別主義者もいるはずだ。人は人の幸せを自己の基準で判断するから、あれこれ言いたい人はいる。人に嘲笑されたらこう思うがいい。そういう人間は実は不幸なのだと。なぜなら、人の幸せや不幸は自分の幸せと何の関係もない。なのに、人を蔑む人間は、幸せではないのよ。

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    ましてや貧乏人にも幸せはある。「おカネなんかくだらない」と吐き棄てることではない。「学歴がなんだというんだ」というでもない。本当はおカネの欲しい人、学歴があったらいいと思う人が、自らを偽って、嘘を言う事が幸せであるはずがない。「貧乏が恥ずかしい」、「無学歴が恥ずかしい」と思う心がないなら幸せだ。なくても不満のない人は幸せなのよ。

    嘘をいい、自分を偽らないと人から認められないと思う人は不幸である。貧乏だと人から認められないなら、そんな人に認められなくてもイイではないか。なぜそれほどそんな人間に認められたいのか?人が人を指差して「素晴らしい」というのはすべてにおいて本心ではないのよ。人を蔑むのも自己満足でやっている。そんな他人の評価など気にしない生き方を学ぶ。

    「こうでなきゃ人に認められない」と勝手に思い込んでる場合もある。実は自己妄想であったりする。そういうものに固執し、執着し、見栄を張ったところで、人には虚飾が見えたりする。貧乏人はカネがあるように見せる必要はない。TK御殿が示すように、かつては大資産家だった小室哲也は、寸借詐欺までやった市井の人。どっちが幸せだったか、彼にとって過去は幻想だろう。

    絶頂期には100億円を超える預金。車はフェラーリの他に、世界に25台しかない価格2億5千万円ベンツの限定車。にもかかわらず、わずか10年で借金は18億円に膨らみ、終には預金通帳の残高は21万円しかなかったという。借金が膨らんでいても、生活費は月に800万円で、家賃は290万円。事務所運営費も月に1200万円かかっていたとされる。

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    資産家という虚栄心が、犯罪に手を染める動機となった。あちこちに家を持ち、別荘を持っても体はひとつ。雨風しのげる一軒家しかなくても人は満足を得れる。狭い共同体や集団の中で見栄を張り、虚勢を張ってみたところで、能力の劣化と共に栄光は目減りする。そんなことより、揺るがぬ小さな幸せを維持し、横臥するのはさほど難しくあるまい。

    結局、無理をすれば、無理はどこかで破綻する。小さな幸せ、小さな満足は手に入りやすく、無理をしないから永続性も可能である。不変の幸せとなるかも知れない。栄光もいいが、維持が大変なのよ。空気を吸い、水も飲め、質素な食事を普通に取れるほうが、実際問題体によかったりする。病巣に侵され、苦しむ人に「幸せか?」と問うことはできない。

    問う必要もない。好きでなった病気ではなく、「気の毒」としか言いようがない。どんな言葉も癒されないから、心で思っておいてあげるのがいい。昔の人はこのように言った。「五体満足で、おまんまが食べられるだけで幸せだ」と。コレに異を唱えたわけではないが、「五体不満足」の乙武洋匡氏は、それで幸せと披露した。彼の次の言葉は説得力があった。

    「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」。我々に乙武氏の心うちは到底理解に及ばぬが、生まれながらにして五体不満足は不便には違いないけれども、健常者が思うほどに不便とかもなく、まして、それだけで不幸などというのはない。五体満足でありながら死に急ぐ人がどういう不幸を背負ったのか分らないが、人間の心の幅は広いということ。

    イメージ 6人間は人間を観察することで人間を知る。映画『うなぎ』の監督である今村昌平はこのように言っている。「人間とは…何とうさんくさいものか、何と助平なものか、何と優しいものか、何と弱々しいものか、人間とは何と滑稽なものかを真剣に問い、総じて人間とは何と面白いものかを知って欲しい。そしてこれを問う己は一体何なのかと反問して欲しい…。」映画や演劇を観に行くのはゼニがいるが、世間で鑑賞できる人間ドラマは、あり難いことにタダである。人間が引き起こす幾多の事件や愛憎劇を観ながら、今村監督の言葉に頷かされる。観るだけではなく、自分も参加できるのが人生芝居でもある。また今村監督の口癖は、「おい、チャンと人間観察をやってるか?」であったという。なるほど、この言葉は至言であろう。

    善い人間も悪い人間も、ずるい人間も嫌味な人間も、「この人はどうしてこういう人なのか?」を眺め、観察すると、また違った風にも見えてきたりする。眼前の事実をそのまま受け取ってみたが、後で間違いだったこともある。映画や芝居は創作である。人間がストーリーと結末まで考えたものだが、人生ドラマには結末がない。区切りはあっても延々と続く。

    昨日鳴いたカラスが今日は笑い、今日は幸せの絶頂を味わっても、明日の我が身は分らない。人間の織り成すドラマは結末はなく、あるとすれば人の死だ。生きている限り、芝居は続いている。誰が己の人生芝居の幕引きの日を知る者がいよう。運命で決められている自分の最後の日など知らぬ方がいい。楽しみは指折り数得て待つのがいいが、死期など誰が数得たいものか。

    「交通事故や、心臓発作でポックリ死にたい、ガンで死ぬなどまっぴらだ」という声は圧倒的に多かったが近年は違う。おそらくガンの痛みが緩和できるホスピス医療の創設とも関連があるのだろう。「ガンなら死ぬ準備ができる」というのがガン死が見直された理由だが、突然死は楽であるけれどもメリットはそれだけで、痛みが緩和できるならガンがいいとなる。

    元広島東洋カープの選手だった木村拓也が、巨人軍コーチ時代の2010年4月2日、「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」での対広島東洋カープ1回戦の試合前、本塁付近でシートノック中に突如として意識を喪失、そのまま倒れ込んだ。広島大学病院に緊急搬送されたがクモ膜下出血と診断され、容態は改善することのないまま、5日後に入院先の病院で死去。

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    人の命の儚さである。人間はいつどういう死に方をするのかを選べない。「もし、お前が死刑宣告を受け、好きな刑を選べるとしたら何がいい?」を友人と言い合った。絞首刑はなく、ほとんどが銃殺であった。火あぶり、釜茹で、水責めなどとんでもない。これは刑罰というより拷問に等しい。「で、お前は何なだ?」と言われ、「オレは老衰がいい」と答えた。

    「何だと??」笑いに包まれる。これはドイツの小噺にある話で、それを知っていた自分。お国に忠勤を励んだ王様側近のある男、激情にかられて犯した罪で死刑宣告を受ける。「お前の好きな死に方を選びなさい」王様は温情を見せた。そこで男の選んだのは「老衰」であった。日本でも死刑宣告後に長期拘置から獄死する死刑囚は、これに類するものである。

    1948年の起こった帝銀事件の平沢貞通死刑囚も、1955年に死刑が確定したが執行されず、1987年5月10日、八王子医療刑務所で肺炎を患い獄死。95歳であった。平沢は逮捕当時、脳に病変があり、自白の信用性が疑われたことが39年の獄中生活となった。現在、もっとも長い拘置は「マルヨ無線強盗殺人放火事件」の尾田信夫死刑囚(68歳)も39年目である。

    本年2月2日、最高裁第一小法廷は、一・二審死刑判決を受けた「秋葉原無差別殺傷事件」の加害者加藤智大被告の上告を棄却した。これにて加藤被告の死刑判決が確定する。「連合赤軍事件」の坂口弘司(68歳)、「オウム真理教」の松本智津夫(59歳)、「和歌山毒物カレー事件」の林真須美(53歳)、「光市母子殺害事件」の大月孝行(33歳)らが執行を待っている。

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    死刑制度があるのは日本、米国など58の国と地域。死刑を廃止しているのは、長く執行がない事実上の廃止を含め、欧州各国や韓国など計139の国と地域。内閣府が2015年1月24日に発表した世論調査で、死刑制度を容認する人が80.3%となり、過去最高の85.6%だった2009年の前回調査から5.3ポイント減少した。廃止を求めた人は前回より4ポイント増の9.7%だった。

    死刑という刑罰の真の恐怖は、刑の宣告を受けたときではない。刑場で自らの絞首刑場面を想像するが実感は薄い。ある日複数の刑務官の足音が獄舎に近づき、前に止まって「本日、刑を執行する」と告げられる。檻から出されて刑場に引かれる恐怖。これが遠き日に犯した罪の償いか。いかに凶悪犯といえ、死刑は刑罰というより拷問である。これは人道的に酷い。



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    「武蔵」はあの「大和」の姉妹艦にして、旧帝国海軍が建造した最後の戦艦。両艦に搭載された46cm砲は世界最大を誇り、40km先の標的を攻撃できたという。武蔵は竣工から2年足らずのレイテ沖海戦で撃沈されたが、「魚雷20本、爆弾17発、無数の至近弾という、他に類を見ない集中攻撃を受けても10時間近く沈まなかった」と、その最後の勇士は今でも語り草となっている。

    それにしても、ポール・アレン氏はなぜ、当時の敵国の、それもマイクロソフト共同創業者というまったく畑違いの人物が、それほど戦艦武蔵に拘ったのか?日本人の中年金融マンことぐっちー氏は言う。「日本人は彼のことを“アレン”って呼びますけど、本当は『アラン』です。彼はアレンと呼ばれるのを嫌がる」と前置きしつつ、アラン氏との出会いを振り返る。

    「僕がモルガン・スタンレーに勤めていたときから、アランとは友人です。当時のマイクロソフトはお金がなく困窮していた。それで、日本からも出資を募ろうと来日したときに、僕が50億円集めたんです。そのことを、アランは今でも恩義に感じてくれている。それ以降、何度もアランの自宅には遊びに行きました。もう、サンダーバードの基地のような自宅です(笑)

    2010年のバンクーバー五輪のときなんかは、その自宅の前の湖から、自家用水上ジェットを飛ばして、五輪会場に連れて行ってもらいました。今回、武蔵を発見するのに使った『オクトパス』という名のクルーザーにも何度も乗りました。僕も昔、お金を貯めて3億円のクルーザーを買ったんですけど、アランにオクトパスを見せられたときは唖然としましたね。

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    僕の船の何倍もの大きさですから。4階建てだから、もう客船クラス。当然のようにプールが備付で、ヘリも積んでいて、無人潜水艇も搭載しています。それと、シャンパンを山ほど(笑)。沖に出ては、何日もシャンパンを飲んだくれて過ごすわけです」。米経済紙『Forbs』の2015年版長者番付によれば、アラン氏の資産額は175億ドル。日本円にして2兆1000億円!

    今回、ぐっちー氏はアラン氏の快挙に祝福のメッセージを送ったという。「『おめでとう』メールを送ったら、アランから『日本に寄贈したいと思っているんだけど、フィリピン政府が介入してきて困っている』という返信がありました。どうやら、自腹で引き上げて、無償で日本政府に寄付するつもりだったみたいです(笑)。どんだけ太っ腹なんだ!って話です。

    まあ、彼にとっては数百億円の引き上げコストなんて屁でもないのでしょう。『フィリピン政府から買い取ってでも寄付する』とメールをくれました。本当にスケールの大きすぎる男です!」武蔵が沈没するまでの2年半に渡り乗船していた元乗組員の中島茂氏(94)は、「本当に驚きです。船と一緒にもろとも海底に沈んだ戦友のことを思うと感無量ですし、懐かしいですよ」

    武蔵は71年前の秋、敗戦濃厚の日本海軍による「捷一号作戦」でレイテ沖に出撃し、敵空母機動部隊の艦載機の猛攻によりシブヤン海に沈んだ。これまで発見されることはなく、様々な説もあったが日本人によって発見された大和と異なり、敵国の慈善家によって発見されたことも武蔵の数奇な運命であろう。これまで慈善家としての彼の巨額な寄付には驚くしかない。

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    アフリカで感染が広がるエボラ出血熱の拡大阻止のため1億ドル(108億円)以上の援助金を発表したほか、人間の脳の研究のために300億円を研究所に寄付した事も知られている。彼にとっての慈善は壮大な趣味なのかどうかはともかく、お金持ちのすごい金の遣い方を見た気がする。武蔵を見つける事が何の役に立つのかと、疑問・いちゃもんの外野はどこにでもいる。

    アレン氏は自身の夢を実現してくれる会社に投資をし続けているのである。1953年生まれで62歳の彼の夢は留まるところを知らない。誰もやらない(やれない)事をなし得た人間は、人類の歴史に永遠に名を刻むこととなろう。日本政府としても、武蔵と運命を共にした1000人以上の乗組員の遺骨も場合によっては発見されることもあるし、政府としての調査義務はある。

    アレン氏はワシントン州立大を2年で中退、ハーバードに在籍していたビル・ゲイツを口説いてマイクロソフト社設立を主導したのはアレン氏である。アレンもゲイツもジョブズもそうだが、大学を辞めてまでやる事を見出した人間の発想力というのか、強さというのか…。常々思うことだが、自分のやるべき何かを見つけた人間が、「意思」という力を併せもったら強大であろう。

    今風に「パワー」と言った方が情感もあろう。やりたい事が小さな果実店でも農業でも役者でもミュージシャンでもスポーツ選手でも…、嫌々する学問よりはずっと価値がある。すべて一切を捨てて、自分のやりたい何かに賭ける、そんな人間が出現するような社会基盤は今の日本にはない。それでも、異端・異質とまでは言わずとも、自分の何かに賭ける人間はいる。

    イメージ 4子どもの頃に伝記を読んで感銘を受けた人間を覚えるままにあげると、江戸時代の力士雷電為右衛門、野口英世、松下幸之助である。雷電は就学前に父が買ってきたものだから、幼稚園児が「雷電はすごい」と人に話していたのであろう。今の幼稚園児はどういう伝記を読んでいるのだろうか?まさか雷電は知るまいし、早くからゲーム三昧で、ゲームのキャラがヒーローか?なぜ雷電…、今に思うと父の願いが読みとれる。世に「怪物」と称される人間はあまたいるが、本当の怪物はそうそういない。その中で雷電の怪物ぶりを疑うものはいない。彼の生涯成績はなんと254勝10敗である。勝率にすると9割6分2厘となる。近頃は勝率の意味さえ知らぬ大学生もいたりで、分りやすくいうと、バッターが10回打席に立ったら9本ヒットを打つ事


    これで分らなければ、誰かとじゃんけんをし、10回やって9回勝つ、100回やれば96回勝つという事。これがどれくらいすごいか、実際にじゃんけんしてみるといい。二人で1回じゃんけんをして勝つ確率は5分かと思いきやそうではない。勝つ・負け・あいこの3パターンがあるから、勝つ確率は1/3。勝率3割3分3厘で、野球のバッターの好打者(打率3割)に該当する。

    数学的な確率だけではない「読み」がじゃんけんにはある。つまり、人によって勝率が変わる。そこがじゃんけんの面白さでもある。子どものときに、「あいつはパーしか出さない」、「グーしか出さない」と秘かに思う奴がいた。口には出さないがあまりのワンパターンに、こいつは「くるくるパー」かと思っていた。中学。高校になればズルくなるので、そんなパーはいなくなる。

    かと、思いきやそうでもない。確率的にパー、グーを出す奴は多かった。なぜなのか?クセというよりも、じゃんけんの傾向として初心者ないし、無知者は最初にグーを出す確率が高い。理由はグーがもっとも作りやすい手であるからだろう。さらに知恵者は相手にじゃんけんを仕掛けるときに不意を装う。いきなり、じゃんけんしようぜ、「じゃんけんポン!」みたいな…

    と誘った場合、かなりの確率で「グー」を出す。勝負であるなら、相手の頭が働いてない状態に誘うのも、勝つ確率を高める手段である。確率だから絶対に「グー」を出すとは限らないし、「パー」も自然な手である。「チョキ」は意識的な動作を必要とするから、不意なじゃんけんでは出しにくい。したがって、じゃんけんで出す手は最初は「パー」がよい。相手が「パー」を出してもあいことなる。

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    これはあくまで不意のじゃんけん、もしくは相手がじゃんけん慣れをしていない場合である。他にもいろいろ勝ちを高める要素はあるが、自分がよくやるのがじゃんけんをする前に、「お前はパーを出そうとしているだろう?顔に書いてある」などという。その言葉に何らかのプレッシャーを感じる人間、あるいは素直な人間は、言われた「パー」を出しずらい。

    そういわれて「パー」を出せる人間は裏の裏を読む手ごわい相手とみる。じゃんけんは性格が出るとまでは言わないが、頭脳のゲームである。腹を読み、腹の裏を読み、裏の裏を読む高尚なる知能ゲームである。相手のちょっとした仕草や、自分のひらめきで、相手の出す手が読める事がある。うまく説明できないが、じゃんけんの準達人を自負する自分の分析だ。

    まず何よりじゃんけんの強い人間は、じゃんけんが好きである。じゃんけんを嫌がる人間はたまに勝つ事はあっても、トータル的にいえばやる前から負けている。そういうネガティブさが、じゃんけんを弱くしているのだ。「じゃんけん必勝法」というまがい本もあり、書かれていることは分からなくもないが、何より大事なのはその場の雰囲気、心の洞察であろう。

    そういうモノは説明できない。友人4~5人とよくじゃんけんのリーグ戦をやった。もちろん相手もポジティブな奴だから、勝つのは大変だ。が、勝てる何かはあるということ。そこでかなりの修行をしたことは、人の腹を読むのに役に立った。たかがじゃんけんであるが、複雑な人間の心理を矮小化するじゃんけんほど、人の心を読むよいテキストはない。

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    「お前はパーを出すだろう?」と、この問いに対しても、「当ったりー!」という場合、「さあ?」という場合、「残念!ちがうよ」と言う場合、「いいや~」と言う場合、無言の場合、そこにちょっとした何かが現れる。そこに賭けるのだが、じゃんけんは面白い。こんな面白い人間心理ゲームは他にないだろう。勝っても負けても何かのヒントがあるからだ。

    トランプだってしこたまやり続けると、相手が何のカードを持っているかが分ってくる。そうなる事が展開に有利に働き、勝つことに寄与する。世の中の偶然は、偶然で終らせるか人知を傾けて「利」につなげるか、頭の鍛え方というのは、書物を読んで得るだけの知識とは雲泥の差がある。実践でしか得れないものは、実践で得るしかないと言うのが人間学。

    専修大学人間科学部心理学科の下斗米敦教授によると、勝負事の時に手の内を見せる同じ手を続けたくないという気持ちが働く。したがって、「最初はグー」という掛け声をかけてからじゃんけんで何を出すか100人で実験したとき、グーが18人、パーは41人、チョキは41人という結果がでた。これが「最初はぐー」と言い合って始めたじゃんけんの結果である。

    自分は何気に「最初はパーで行こう」、「こんどはチョキで行こう」などと、何気に言ったりして、実は相手を誘導している。見方によったらズル~イと言いたいかもしれぬが、これくらいでズルイなどいうようでは、社会のダニに対抗はできない。社会や企業には組織化されたズルさ(それは戦略・策略というものだが)もあり、お人好しでは嵌められてしまう。

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    「絶対にグーを出すから、お前はパーを出したら勝てるよ。嘘言わないからやってみな?」のような言い方で錯乱させることもあるが、ゲームを勝つためには番外作戦も大事なこと。まさか、「お前はさっきグーを出すといったじゃないか~、騙したな!」というのは幼児脳である。そんなジョークに惑わされる方が、社会人としておかしい。と、そういわざるを得ない。

    ブラックジャックの札を全部開いてゲームをやっているようなもので、それをゲームとは言わない。「グーを出すからな」と自分が言ったとする。相手がそれを信じた場合、相手は「パー」を出し、信じない場合は「グー」を出す。「チョキ」は負けるから出すはずがない。だからその場合にこちらは、「パー」か「グー」を出し、「パー」ならあいこ、または勝ちとなる。

    じゃんけん慣れをした奴だと裏を読んで「チョキ」を出したりする。。こういうちょっとした機微から学ぶ人間の心理が、じゃんけんから得るものだ。じゃんけんの基本は、最初に「グー」の形をつくり、それから、「グー」、「チョキ」、「パー」を出すが、しっかりグーを握り締めていると「グー」。グーが少しでも開いていると、「チョキ」か「パー」を出す。それをじゃんけん「ポン!」の瞬間に見る。

    相手の「グー」の手が少しでも開いているのを感知出来れば、こちらは「チョキ」をだせば勝てる。たかがじゃんけん、されどじゃんけん、単純なものの中に人間の心が詰まっている。絶対にやってはいけないのは、「後出し」で、子どもの頃に必ずいた。今に思うと、故意なのか優柔不断なのかは分らないが、間違いなく嫌われていた。こんにち「後出し」はさまざま応用されている。


    「明日空いてる?」と聞いてきて、「空いてるよ」と言ったはいいが、面倒な要求や誘いをしてくる人がいる。これも「後出しじゃんけん」の範疇だ。こういう言い方を多様する奴は間違いなく嫌われる。もっとも、性格の悪い人間の常套手段だから、相手も用心して、「明日はちょっと…」と用事もないのに防御に入る。それでも気づかない無神経な人間である。

    「私のお願い聞いてくれない?」というのも同じこと。こういう言い方はフェアじゃない。もし、「いいよ聞いて上げる」といったのはいいが、「5万円貸して」と言われて唖然。そこで、「無理だな、お金ないよ!」と言おうものなら、「さっき聞いてあげるっていったでしょ!」と責め立てる。こういう女はバカ。男もバカ。お願いを聞く、聞かないは内容を聞いてからにしろよ。



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    ここのところ、タイトルらしくないタイトルが続いた。これが自然であると自分が思ったからだ。書くことを決めて書く日もあれば、何も決めぬまま、心の趣くままに書く事もある。決めて書かない場合、最後にタイトルを考えるが、思うがままに書いた文のタイトルを決めなきゃいかんのか?という疑問。それが頭を過ぎり、昨日、一昨日の妙(?)なタイトルとなる。

    気の利いたタイトルなんか考えなくてもいい、なくてもいい。以前はタイトルを考える面白さもあったが、いるのか、いらないのかを考えると、なければいけないこともない。こういう考えに至るも、自分的な進化だろう。書くことを決めて書くならタイトルも映えるが、そうでないならタイトルなどいらん。世の中にタイトルは無く、今日は「今日」というのがタイトルだ。

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    今の文字数の3分の1、 4分の1くらいで終えれば、タイトルに相応しい主題の、まとまりのある文になるのは分る。分っていながらそれを止めないのは、書いているときの刺激が楽しいからだ。文で遊ぶというより、思考を遊んでいる。遊ぶなら長文であり、短文は要旨主体になる。言いたいことの決め書きよりも、言いたい事を強調するよりも、物を書いて遊んでいる。

    だから、これみよがしの太字・色字などの強調ツールは使わない。以前は使っていたが汚いし、スッキリ感を求めてすべて戻した。それでなくとも断定口調の文体であり、それは曖昧さを避ける意味でやっているが、客観的に嫌悪感の臭いがないではない。文章である以上、言うべきことは持つべきだが、読み手に託せばいいことで、自己の顕示は抑えたい。

    書く事が脳トレなら遊びが主でいい。それでも最後はまとめようとの行為は自然に働く。物事には始まりがあるように、終わりもあるわけで、書き始めた文は終えなければならない。5000字制限もあるし、それ以上書くとエラーとなって掲載されない。度々経験したが、後で削除・編集も大変である。以前はよく5000字超えになったが、最近はエラーが出ない。

    このくらいという要領を得たのか、5000字制限が撤廃されたのか、ちょっと長めと思って「プチっ」、してエラーがなくなった。いい文章とは要旨を短くまとめることである。それくらいは知っている。だからいい文章ではない。それも分っている。いい文章を目指さないのか?興味が沸かない。そういう自己満足より、思うがままの刺激を優先し、楽しんでいる。

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    「読むのが大変」という苦情はあろう。直に言われたこともある。「だったら読むな」は、正論であるが言わない。公の文章というのは、読み手のことを考えて書くやさしさは必要だろう。自分のブログだから、基本は自分の思い通りに、自由に、好き勝手にやっていいわけだが、誰も世間に生きながら、相手のことをまったく考えなくていいことにならない。

    ブログも同じ。「長いのが嫌なら読むな!」は、傲慢であり、慎むべき言葉である。確かに自分の好きでいいが、そういういい方は愚劣である。文章には「いい文章」と別に、「生きた文章」がある。「生きた文章」とは何?それも「いい文章」の範疇だが、「いい人」と「生き生きした人」が違うように、「いい文章」と「生きた文章」は違う。「生きた文章」とは?

      ① 言うべきことをもつ。
      ② 言うに価すること。
      ③ 適切に表現する能力をもつこと。

    具体的にいうなら、「昨日の夕食はラーメンだった」。これは言うべきことか?もちろん、言うべきこと。なぜなら、言わなければ分らないことだから。「お前の夕食がなんであっても、興味がない」という人に聞きたいことではないだろうが、「夕食にラーメン食べた」と言って共感する人もいる訳だから、読めば「夕食はラーメンだったんだ」という応答もあろう。

    コミュニケーションとして成り立っているなら、言うべき内容である。では、「昨日の夕食はラーメンだった」は言うに価するか?同じように、情報の伝達だから、言われなければ知る事はできない。その意味で言うに価する。価する人、無価値と思う人、いろいろあってそれでいい、それが世の中だ。では「昨日の夕食はラーメンだった」の言い方は、適切な表現か?

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    「適切な表現」とは何か?いいたい事があって相手に上手く伝わるなら、それは「適切な表現」であろう。「適切」とは、状況・目的などにぴったり当てはまること。「昨日の夕食はラーメンだった」は人間の生きるための目的である食生活の状況を捉えているなら適切な表現である。「昨日夕食をとった」という表現でもいいが、もう少し具体的なら分りやすい。

    「昨日は夕食にラーメンを食べた。マルちゃん正麺の味噌味が好きなんだよ」なら、さらに適切だ。そこまでいう人も、いわない人もいるが、ここまでいえば、「マルちゃん正麺は美味しいよな、おれは醤油味がすきだけど」という反応を呼び起こす可能性もある。どこまでが適切かの答えはないが、コミュニケーションの上手い人、そうでない人の差はあるだろう。

    ブログに三度の食事を画像入りで紹介する人を知った。献立に驚き、計上された金額にさらに驚く。家庭菜園の為せる技だ。三度の食事を、これほど念入りに作って食している人がいるという驚き。あまり、そういう分野に興味もなく、食事なんか適当という自分である。が、こういう手の込んだ献立をみると、一体自分は何を食っているのだろう?と思わされる。

    何でもない人には何でもないが、何でもない人との差で人は驚く。何でもない人に驚嘆を提示したところで面食らうだけだ。自分もそう言う事は過去にもあった。「ブログの行数、凄いですね」、斯様に言われても自分にとっては何でもなく、返答のしようがない。"一日30品目"がバランスの取れた食生活といわれる。しかし、それを実践するのは大変である。

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    あの献立なら申し分ないが、到底無理だ。子どもの頃から食卓のおかずは一品と決まっていた。沢庵や白菜やキュウリの漬物だけの事も多かった。弁当のおかずは毎日決まって、ソーセージを炒めたものだけ。こういう風に慣らされた人間は、おかず嫌いになってしまう。おかず一品食卓は、結局、母親の横着さ以外のナニモノでないが、子の食生活の面で失格だ。

    むかし、マヨネーズをご飯にかけただけで3杯も4杯も食べて驚かれたことも、白菜の漬物だけで何杯も食って驚かれた事もあった。味噌汁がなくてはご飯食べられないという奴には、こっちが驚かされた。食卓に味噌汁が出た事は一度もなく、母親が汁物が嫌いという理由である。おかげで我が家は父も母も自分もガンになった。毎日同じものばかり食べるのは「禁」という。

    脂肪・蛋白質・炭水化物の三大栄養素が、人間に不可欠なのは判っているし、人間の体はそのように作られていることになる。その他、ビタミンやミネラルも食事から補給し、生命と体力維持と抵抗力をつけている。食事に関心を持つ人は、人間の命の何たるかを理解している。お洒落をし、贅沢な物品を身につける、そんな外面より、体の中身を大事にしているのだろう。

    食生活に強い関心と意欲がなければこれほどの献立はあり得ない…、などと勝手に思っている自分である。実際に口にするわけではないが、画像を見るだけで手間に感心させらるばかりか、つくづく自身の食生活に問題アリと思わされる。「貧乏は贅沢」という言葉があるが、粗食でありながらも細やかな気遣いのみれる食生活は、体にとっての最高の贅沢ではないだろうか。

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    人には出来ることと出来ないことがある。食生活への配慮、気遣いはいまさらながら到底及ばぬことだ。本当にいいと思った事は実行すべきだが、料理・配膳ほど難しい分野はない。ジョギングや山歩きなら誰でも簡単だが、料理は素養と経験が不可欠だ。慣れと言うのは怖ろしい。こういう食生活で「凛」と暮らしてみたいと憧れる。所詮はない物ねだりと思いながらも。

    料理の好きな人、得意な人もいれば、作文が好きな人、得意な人もいる。自分は作文が好きとか得意とかの実感はなかったが、賞には縁があった。自分にはわからない何かがあったのだろう。確かに作文嫌いだという奴は多かった。理由の多くは、「何を書いていいか浮かばない」だったようだ。毎日生きていても、特別なことなどそうそうない。普通のことを書けばいい。

    小中高校生にとって、表現力という能力の開発のために作文は不可欠、否が応でもやらさせる。「書く事がない」以外に作文が敬遠される理由を考えてみる。小中高でいえば、高校生が一番嫌がるのでは?言いたい事、主張がないわけではない。が、言いたいことを適切に表現できないもどかしさがあるのではないか?分って欲しいと思いながらも、それが伝わらぬ苛立ち。

    上にあげた3つの「生きた文章」に当て嵌めると高校生は、①が肥大し、③が欠如し、②の判断に迷う年齢だろう。「戦争」、「美」、「自然」、「環境」などのテーマを与えても、何をどのように適切な表現をすればいいのかを悩むことになる。例えば「戦争」について小学生なら、「人と人が殺しあう戦争を起こしてはいけないと思います」などと書くだろう。

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    中・高生ともなれば、人間がなぜ戦争を起こすのか、その要因・背景などを歴史的な見地から提起し、思考・分析してどうすれば戦争を抑止できるかの考察もなされる。文章は読み手を意識して書かれるがゆえに、簡素、明晰、平明が文章の生命である。なんでもかんでもダラダラと冗長にならず、捨てる勇気から短くまとめられる自信こそが、いい文章の要件であろう。

    文章の書き手には二通りある。速いか遅いかであるが、超速い、超遅いを加えると四通りである。書くことにおいてはさほど困らない自分は速いに属する。超速いの基準は分らぬが、そうかも知れない。書いてる(今、文字にしている)先のその先が頭に数通り用意されており、瞬時にどれかを選択するのが速いであろう。喋りもそうであるなら、「書く」と「言う」は同じことか。

    パラグラフ思考に長けた人は筆が速いといわれる。パラグラフとは、文章の節または段落の意味だが、単なる文の区切りではなく、一つの考えのまとまりであり、パラグラフの構成ができていないと理解しにくい文章となる。誤字・脱字なんか気にせず、モチーフをどんどん提示する自分。反面、筆の遅い人は、一語一語神経を注いで、前後が見えなくなるといわれる。

    「口に出していってしまうまでは、言い表しえないものと取り組んでいる」と、これはキルケゴールの言葉で、文を書くのはまさにその様相である。書いてしまうと妙な安堵感がある。こんなこと書いてイイのかな、と躊躇うようなことでも、吐き出すとなぜか安堵する。書くことの難しさに遭遇することがある。すらりの文を意識しすぎると棒文となり、説得力が失せる。

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    「いい」、「悪い」は自分で判定できる部分もある。自分の判定だから主観的な「好み」の範疇だが、すらりの文章は「言うべきことをもたない」と感じる。一語一語の表現に拘り、苦心すると、全体の脈絡が失われる。文章の難しさはこの二つの型にも象徴されている。思考は真・偽の観点から認識の力で評価し、感情は快・不快から情動を助けとして評価する。

    思考と感情は互いに排斥しあっている。事物を理性的に思考するか、感覚的にあるがままに知覚するか、いずれも現実に対する感受能力である。男が理性的に思考するのは、男の中で育ち、女が感覚的に知覚するのは周囲の女環境による。どちらも幼児期だ。生まれたときから男ばかりの中で育った女は男脳になりやすい。本能が環境に影響されるのは間違いない。

    女兄弟の中で育った男の子はやさしくなるであろう。俗に「読・書・考」というが、どれが大事と言うより、どれも大事である。三大栄養素ではないが、「読・書・考」はどれも栄養になる。「人間は考える葦である」という、パスカルの有名な言葉がある。「葦」とは弱いものの代表として、人間の比喩的言葉として使われた。しかし、なぜ「葦」だったのか。

    「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である」、「人間の尊厳のすべては、考えることのなかにある」、「考えが、人間の偉大さをつくる」と書いているパスカルは、物事を実に徹底的に考え抜いた人。「死んだら死んだときのことよ」とウソぶき、まじめに死を考えない人は、パスカルに言わせると人間でない?

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    確かに「死んだら死んだときのこと」であるが、人は死んだ認識はない。死んだときはもう考える事はできないなら、死ぬ前が考えごとのチャンスである。ただし、考えることで誰もが偉大になることもない。考えたところで人間は弱い葦であることに変わりはない。小林秀雄はこういった。「人間に考えるという能力があるお陰で、人間が葦でなくなるはずがない。

    したがって、考えを進めて行くにつれて、人間がだんだん葦でなくなって来るような気がしてくる。そういう考えは不正であり愚劣である。人間は脆弱な葦が考えるように、まさしくそのように、考えなければならぬ。これが、パスカルの真意である」。人間は葦のように弱い存在だが、考える能力を持つが故に偉大であるという一般解釈を否定した小林の真骨頂である。

    小林はなぜ一般論を否定するようなことを述べているのか?小林の言わんとする真意は何か?そこを考えるのも人間の葦たる所以である。知の幅を広げ、深めることが考えることの前提であり、目的である。「言うべき何かをもつ」ためには、表現主体の内側が耕されてあるべきで、それは「読・書・考」の反復によるほかない。つまり、読み・書き・考える。


    が、しかし自分の求めるものの究極は「自然さ」である。読み手の立場に立てば、強い言い方、断定口調に拒否反応をきたす日本社会。我々も謙虚・控え目の美徳を教わった世代である。が、そういう無難は、どうも怪しい、欺瞞、嘘っぽいという目を日本人も持ち始めた。たかじんが、有吉が、マツコが、坂上が…、ズバズバ言う人間が視聴率を上げているのは?

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    何もズバズバ言う事が正しいわけではないし、そこは視聴者も国民も分っている。ズバズバいうのを極度に嫌う人も多い。どうでもいいことをズバズバいうのも品がないが、品など求めていない芸人だからいいんだろう。彼らは単にオモシロがられており、それはそれで社会貢献になっている。「類は友を呼ぶ」方向で人は寄り合い、それでいいんだろう。



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  • 03/13/15--17:31: 自己中のこと

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    自己中は常用語となっているが、昔はない言葉だった。この言葉がなかった時代にそういう人間のことを「自分勝手」と言った。ワガママと自己中はちょっとニュアンスが異なるが、「自己中」は自分の周辺においていつごろから使われだしたのかを考えてみた。同僚にこの言葉をよく使う奴がいて、1980年代初頭くらいにこの言葉はあったように思われる。

    自己中は、自己中心的の短縮だから、縮め言葉が流行ったころに「自己中心的」が縮められたのだろう。新しい言葉がどんどん生まれると広辞苑が厚くなるばかりだが、逆に「死語」といわれ、死んで行く言葉もある。新しい言葉といっても、多くは短縮形言葉でなかろうか。「自己中」は非難の言葉として使われるし、「利己的」と似ているが少し違う。

    "利己的な人"は、他人がいること(存在)は見えているが無視。に対し"自己中な人"は、他人がいることが見えていない。存在が見えていてもどうしても自身の「我」(利益)を通したい利己的人間、存在なんかまるでないかのごとくふるまう自己中人間。どちらも厄介な対象だ。他人が見えていようがいまいが、他人を他人と見なせない自己中人間も中にはいる。

    他人も自分と同じ「自己」を持った人間と思えないのだろう。あるいは、そういう認識ができないところが自己中か?利己主義者は自分の利を断固追うが、人間は誰しも自分が可愛く、ならば当然にして自分の利を追って当たり前と思いがちだがそうではない。「譲り合いの精神」という標語があるように、自分の分量、分け前を相手に譲ろうとする人間はいる。

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    交通事故の防止は「譲り合いの精神」を大事にすることだと、免許更新時に講習でいう。昔は超絶利己主義者のことを「我利我利亡者」と言ったが、今では死語である。「ガリガリ亡者って、御寿司屋さんのガリが好きな人か?」などと言われかねない。利己主義的でない人間は、「自分はかわいい」けれども、「相手も自分と同じ人間」という思考がなされる。

    ならば、「相手も相手がかわいい」だろうと、相手の気持ちになって自己主張を抑える。これが成熟した大人の思考だが、子どもの自己中心性や利己主義性は、社会性の認識が備わっていないことを示す。子どもはこれから社会性や共同体への帰属意識を身につけていかねばならないから許される部分もあるが、大人で利己的、自己中は、社会性の欠如である。

    備わるべく大事なことが欠如するのは、備わっていないか、備わってはいるが自己の利益を極度に追うかいずれかだ。人間は誰も自分以外の他人との関わりの中で生きている以上、助け合い、協力し合って始めて共存できるし、決して一人では生きられない。だからこそ仲間意識をもち、互いに協力し合って行こうとする。大なり小なり、それを共同体という。

    であるなら、「自分は共同体の一員」という意識が必要となる。共同体は自分のために役立っているし、自分は共同体のために役立っているという感覚も大事で、それが生きていることの実感でもある。「自分は周囲から好かれている」、「必要とされている人間」、そういう共同体感覚がない子どもは、生の喜びがなく、どんどん自分を傷つけていったりする。

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    他の人と共同できなくなってどんどん孤立していく。いわゆる不良というのは、そういう図式をたどる。他の人との共同意識がないから他人に迷惑もかけたりする。言い換えると、他人に迷惑をかけても平気なのは、共同体感覚がないことを示す。自分が孤立してしまっている以上、他人はどうでもいいということ。共同体からあぶれた人間の心理はそういうもの。

    自己中や利己的になると、だんだん相手からも避けられる。自分のことしか考えないのは、個人的には得したようでも、仲間はずれや共同体の一員から外れるという損失を受ける。自分の望むことを相手にして欲しいと言っても見向きもされない。「お前のような自分勝手な人間の頼みごとなんか、誰がきくか!」と、口に出されなくても、腹で思われている。

    どうもみんながそっぽを向いたり、自分のことを嫌ってるなと、気づいたときはも遅かれし。自己中な人は他人が存在が見えていない。といったが、他人の視点から見た自分を見ようとしなくなる。つまり、自分を客観視できない。他人が見えるから、他人の目で自分も見える。どんどん人から嫌われる前に気づいて修整しないから、自己中人間は孤立を深める。

    自分の針で相手を突けば人は逃げつよ。「人には針がないのに、何で自分に針がある」という悩みを持つ人がいる。自己中人間は、自分が他人を刺すが、他人が自分を刺すことに鈍感である。だからか、自分は自己中でないと思い込んでいる。自己中とは、「人間は誰しも針を持っている」という考え方のできない人であり、相手が持っている針が見えない人をいう。

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    こんなに勝手、きまま言ってたら、相手はうんざりして逃げていくだろうなどと思えない人間は、ある種の障害者である。共同体意識の欠如というのは、立派な障害であろう。反面、そういう人は、「考えを押し付ける人は大キライ!」みたいに言う。考えを押し付けるって、よく考えたらオカシイ。自分の母親はすべてにおいてそういう人だったからよく分る。

    考えを押しつけられるのが嫌なら聞かなければいい。押しつける行為に添わなければ押し付けられた実害はない。自分はそのように母の押し付けを無視したから、押し付けられて困ったことはなく、押し付ける母をバカだと思っていた。親だろうが、教師だろうが強引に押し付ける人間をバカだと思っていた。今でもそれは変わらない。押し付ける人間はバカである。

    「押し付けられた」と愚痴をこぼす前に、聞かなきゃいいだろう?自分の弱さを問題にせず、「押し付けられた」は笑止千万。何ではね返そうとしない?自分の弱さもあるが、そこに何らかの利害もあるのだろう。嫌なことは聞くな!である。『ダーティー・ハリー』、『ダイハード』などの刑事映画を見ていて、スッキリするのは主人公が上司に逆らうシーン。

    それで停職などの罰を受けても平然としている。業務命令違反は罰を受けて当然だが、罰より信念を重視するからだ。反対に、被害者意識の強い人間がいる。これも言い換えると自己中な人。自分は人を見るとき、被害意識の強い人は弱そうで実は強度の自己中である。被害者意識は自己増殖する。相手の言い分を自分で勝手に判断し、相手を責めている。

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    これを自己中といわずして何と言う。人の良さそうなふりをする人が多いが、経験的に被害意識の強い人間に騙されることはない。人の言葉や発言を勝手に罪にする人の被害意識は、自己愛の強い自己過保護人間である。相手をすべて敵に回しながらいい人ぶっている。バラには棘があるが、棘は表面に見える。棘を隠して見せない女は性質が悪いから注意が必要だ。

    いい人ぶって擦り寄ってくる人間にも気構えがいる。稚拙な褒め言葉には裏があると思っていい。見事に足元をすくわれた男の多いこと。そんな男に「脇が甘い!」と叱ってみても、ビギナー男が女に甘いのは当然である。間に受けるではなく、「騙すなら騙されてやろう」という腹づもりで傷ついてみるのも一興。それが男が女に支払う月謝だと思えばいい。

    何事も問題もなくとは限らない。女の色仕掛けには、金品を注意しておけば失望感はそれほどないが、腹黒女の狙いは金品である。「男らしくないわね」、「あなたってケチなの?」、「やさしいわね」などと、あらゆる手段で手玉にとる。バカで見栄を張る男は、女に嫌われたくない一心で、カッコをつけ無理をする。最後はケツの毛まで抜かれてトンズラだ。

    同じ男だから気持ちは分るし、同情もするが、それで癒されるほど男もバカじゃない。そもそもゼニ・カネ・モノをいう女に愛などあるはずがないのよ。女に対する愛情も、ねだられると消えるもので、ねだらないからしてやりたいと思うもの。その論理からいえば、物をねだらない女に対する愛情は増すばかり。物をねだる女に、愛などないと思う男なら一人前だ。

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    ねだる女は男の愛を求めるが、それを物質に換算する。ねだらない女は男に負担を強いらない愛を持っている。男に「いい人ね」という女がいる。あれはほとんど社交辞令。女が異性として本能を刺激されない、差し障りのない人が「いい人」で、言い換えれば「どうでもいい人」。自己中=悪という図式ばかりでない。自己中男は、基本自分に自信もっているのが多い。

    そのオーラに女の本能が呼び起こされる。同性から見た男の「いい人」は、可もなし、不可もなし、毒に薬にもならずの優柔不断。良くいえば地道で保守的。男の自信とは、弱点がないのではなく、弱点をその都度克服してきた男であろう。人間はだれにも弱点はあり、人は弱点を突いてくるし、それで地団駄を踏んでいて弱点を克服できないし、自信は備わらない。

    自らの弱点に向き合い、足りないところを補ってきたからこそ自信。自己中といっても、自分の考えを基本に行動する以上、様々な考えに触れて、吟味し、咀嚼し、自分の理念として取り入れてこそ、自分の考えが基軸になる。単に傲慢に突っ張っているだけの自己中は、ヤクザや不良と変わりない。そういう意味での自己中は男として持つべき大事なものだ。

    セレブにも貧乏にもランクがあるように、バカにも利口にもランクがあるように、自己中といわれる中にもランクがある。何事にもランクがあると思えばいい。自分勝手の自己中と存在感の際立つ自己中があるということ。美人にもランクがあるからコンテストで順位がつくのだろうが、先日発表された「日本一可愛い女子高生」には、これが?どうして?であった。

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    これ「日本一普通の女子高生」の間違いでは?関西グランプリと関東グランプリの両名の写真には、大いに賛否もあろう。こんなのなら、道端でいくらでも出会うし、振り返ることすらない。発表は自由だが、従わせられる決まりもないから、騒ぎたい奴は騒いでおれ。批判のある奴はみんな自己中だし、同調する奴はタコチュウ(他己中)だ。そんな言葉はないが…

    女子高生の美人はともかく、自己中関連で「いい身体のイケメンほど自己中なことが科学的に判明」という記事があった。結論からいえば、カッコイイ男ほどアースホールだということ。へ~、そりゃまた何で? ロンドンのブルネル大学が、男性63人、女性62人の身体を3Dスキャンして、性格判断を行い、モテ度と自己中心度の関係性を調べて出した結果である。

    身体のモテ度は判定の難しいところだが、スキャン画像でスリムさ、胴囲と胸囲の比(女性はヒップとウェストの比)など、数々のモテ基準をベースに割り出し、審査員による評価も加味した。自己中度については、お金、平等に関する意識調査、などを行った上で、一定額のお金を与え、他人にどれぐらい分け与えるか調べる実験も行った上で総合判断されたという。

    その結果、モテ男ほど自己中なエリート主義で、他者にやさしくない傾向にあることが判明した。ただし、モテ子にその傾向は見られなかったという。モテモテでいい気になってるのは、どうやら男だけのようだ。調査ではまた、モテ男・モテ子が他者にどういう目で見られているかも調べられた。別の審査員たちに写真を見せ、その人がどれだけ平等主義で利他主義だと思うか?

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    見た目だけで判定を下すという方法。するとやはり「美男美女ほど自己中のエリート主義という偏見で見られていた」と、リード調査員の同大心理学部上級講師MichaelPrice博士は話している。世の中にはモテ系で性格いい人はいるが、「とかくそういう目で見られることは知っておいたほうがいい」と博士はいう。がそんなの分りきったことで、経験的に知っている。

    「金持ちほど他人への思いやりに欠け、平等社会を気にしない傾向にあるという調査報告もある。が、われわれの調査ではそうした態度に影響を及ぼす要因としてモテ度も金持ち度と同じぐらい重要なことがわかった」(Price博士)と、研究というにはちょっぴりジョーク交じりの結果である。こんなのは『罪と罰』や『金色夜叉』が教えているではないか、とイチャモン。

    気になる原因についてだが、論文では「人類は古来、身体的に魅力的で強い個人が他者に恩恵・危害を与える能力に長けていた。そのため対人関係では駆け引きで優位に立てた」と述べている。要するに「モテ男は社会的価値が高いので、わざわざ人に尽くさなくても認められる。ほんでもってそうなっちまったのではないか」と、博士が動画でそのように述べている。

    イメージ 9ロンドンのブルネル大学心理学部上級講師Michael Price博士を知らない人間はすごい人のように思えるが、やってる事は暇つぶし程度の研究に思える。そもそも心理学という学問は統計学と変らないし、数少ない被験から正しい結果が取れないのは常識となっている。ま、他の要素が多いということ。フロイトの弟子であったユングは師の牙城を突き崩した。『リビドーの変容と象徴』の中でユングは、「フロイトの『性理論』は、神経異常の原因の一部を説明するにすぎない。私は各個人の深層心理の中には、人類全体に共通の無意識が残存していると考える。これに縛られたとき人は神経症となる。そして、その束縛から逃れたいとき、始めて真の成長が訪れる。」この言葉をフロイトは認めず、その時点でフロイトは最愛の弟子を失った。

    フロイトとユングの違いを端的に言えば、「ある女性が何らかの心理的原因で手足が動かなくなったとする。フロイトはその女性の過去に遡り、父親との近親相姦的な関係や現在の夫との愛情関係にその原因を求める。ユングも患者の過去や無意識を探るが、性的面だけで捉えない。患者の症状は、その人が本当の自分になるための、一つの過程として現れるとする。

    二人の決定的な違いは、フロイトが無意識を、"人を抑圧するもののうごめく暗礁としたのに対し、ユングは無意識を、"光の射し込む大きな統一ある世界"とした。1913年、フロイトは「ミュンヘン国際精神分析学会」の壇上で、「私はユング教授の革新を、私が基礎を築いた精神分析を正当に受け継ぐものとは認めない」と発した。ユングはその場を立ち去った。



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    休稿日のはずだが、躯が起き上がる。男と女の事件はバカと嘆きたくなること多しで、事件にならないバカげた問題もないではないが、殺人事件ともなれば男と女のあまりのバカさに言葉がない。バカを選んで付き合いたいが、潜在バカは分らないし、だから選べないし、大学の恩師がバカであるなど想像だにしない。それが事件の核心である。以下は事件の記事。

    大学院生の女性を殺害したとして、福井県警勝山署などは14日、殺人の疑いで同県勝山市、福井大准教授の前園泰徳容疑者(42)を逮捕した。逮捕容疑は勝山市本町、大学院生菅原みわさん(25)を殺害した疑い。12日に「事故を起こした女性を病院に搬送している」と110番があり、不信な点も見受けられたことで、県警が捜査を進めた結果、殺人事件と断定した。

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    前園容疑者は福井大学大学院・教職大学院の特命准教授。赤トンボの研究で知られ、勝山市環境保全推進コーディネーターとして市内小中で環境教育も指導していた。福井大学のホームページによると、前園容疑者は自然相手の仕事がしたいと生態学の研究者になった。かつて研究を行っていた奄美大島の経験から、メインの研究テーマを生態学から環境教育に転換した。(以上―記事引用―)


    被害者の菅原さんは、東邦大学大学院で前園容疑者と所属が違うが、前園容疑者は「福井大准教授」ではなく年度更新契約の「特命准教授」で、福井大学教職大学院の所属。菅原さんは東邦大大学院生として、前園容疑者の環境教育を補佐していたようだ。前園容疑者の経歴は、東大大学院博士課程を修了後、農学博士として九大や京大の研究員を歴任する。

    2006年から鹿児島県・奄美大島の龍郷町で小中学校の環境教育推進指導員を務めた。前園容疑者は自然相手の仕事がしたいと思い生態学の研究者になった。2011年から勝山市の環境保全推進コーディネーターとなり、赤とんぼの生態を小中学生とともに調査するなどして環境教育に従事。東邦大理学部の非常勤講師を経て、現在は福井大教職大学院の特命准教授を務めている。

    大学の不祥事系の話は決して少なくはないが、殺人事件はキツイ話題だ。研究不正も嘆かわしいが、師弟の痴情もつれの事件は、研究不正とは別の方向性での不祥事である。2014年7月、岩手医大医学部の男性教授が自身や知人女性に、「覚醒剤」と称するものを注射していたと報じられ、岩手医大は事実関係を確認するための調査委員会設置を決めた。

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    【岩手のブラック・ジャック、日本内視鏡外科学会会長は私に「薬物(中略)」を強要した! 愛人が告発】という見出しの週刊文春 2014年 7/24号の記事で疑義を受けた、若林剛岩手医科大教授。岩手医大は「事実関係を確認するまで、大学として公式なコメントは出せない」とするが、腹腔鏡下肝切除術の世界的権威にして、学会のトップも務める若林教授に別の顔があったのか?

    1957年 東京生まれ
    1982年 慶應義塾大学医学部卒
    1988年~1991年 米国のハーバードメディカルスクールに留学
    不明 川崎市立川崎病院に勤務
    1993年 慶應義塾大学外科学教室助手
    1994年 ベルリンの自由大学に短期留学
    2001年 米国マイアミのジャクソン記念病院に短期留学
    2005年9月 岩手医科大学第一外科教授
    2006年7月 外科系講座の再編により、岩手医科大外科学講座全体の主任教授に
    2008年 ベストドクターズ(Best Doctors in Japan)に認定

    経歴も凄いが若林教授の評価も高い。世界初の腹腔鏡下肝切除が行われたのが1991年で、若林教授の第一例が1995年ということだから、世界初ではないものの、肝臓の内視鏡手術おいて若林教授は権威であり、「世界のトップ3に入る技術」との記載もなされている。今回の覚せい剤騒動は週刊文春の報道であり、実際に使用したという事実が確定したわけではない。

    2013年7月には、東京大学政策ビジョン研究センターを巡る研究費詐取事件で、東京地検特捜部は、同センター教授秋山昌範容疑者(55)を詐欺容疑で逮捕した。逮捕容疑は、2010年3月〜11年9月の間、システム会社など6業者の役員ら6人と共謀し、自身が関わる研究事業を巡り、国から東大と岡山大に支給された研究費約2180万円をだまし取ったとされる。

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    データベース作成業務などを受注した業者側がオフィス機器のレンタル料名目の請求書を大学側に提出していたが、特捜部の調べでは貸し出しの実態がなかったという。データベースについては業者から研究室に納入されていたものの、秋山容疑者が研究している高齢者医療に関する既存のデータを一部加工した内容で、特捜部は研究データを使い回した疑いも視野に入れている。

    大学から業者側に支払われた金は、秋山容疑者の妻の会社に移されており、会社の運転資金や秋山容疑者の交際費などに使われたとみられている。これについて秋山昌範容疑者の弁護人の弘中惇一郎弁護士は、「詐取された研究費は研究目的で使われ、架空請求などではない」とする秋山容疑者の主張を明らかにし、検察側に反論した。この秋山容疑者も関係者の間ではすこぶる評判がよい。

    「医療とITの世界をつなげた、まれな才能を持つ人。突然の逮捕で驚いた」。これは秋山容疑者を知るIT企業の社員の秋山評。同病院の会議では、専門知識の深さや斬新な発想で度々周囲を驚かせたといい、「頭の回転が速く天才肌、医師というよりシステムに詳しいエンジニアのようだった。カネをだまし取るような人とは思えず、信じられない」と関係者はいう。

    何事も「一事が万事」、晩節を汚すのは避けたい。殺人という大事ではないが、福井大学のプロフィールに次の記述がある。「幸せとは?幸せな社会とは?生きる力とは?私は、環境教育やESD(持続可能な発展のための教育)を通して、それが何か探しています。教職大学院において、『幸せに生きる力を育む学校を探究する、プロフェッショナルの教員』の養成に尽力したいと思っています」

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    何を書いてみたところで実行し、運営するのは人間である。言葉だけが独り歩きするわけではない。福井大の事件は、菅原さんがなぜ東邦大大学院(千葉県・船橋市)を休学してまで勝山にいったのかも想像できるが、彼女が大学卒業のおり、「功労賞」を授与されている。このときの師が前園容疑者であり、彼女は功労賞授与に対する謝意の一文をブログに記している。

    「3月18日に、大学の卒業式が行われました。そこで大学から研究分野での功労賞を頂きましたので、ご報告させていただきます。研究に関する功労賞は、全6学科(総勢約600人)の中から1人だけが受賞できます。研究と同時に、大学の名を広めるうえで貢献した人に授与されます。私は勝山での研究活動が認められたことで頂くことができました。受賞はまさに勝山の皆様のおかげです。

    ブログの記事で大変失礼致しますが、この場をお借りしまして、前園先生をはじめ、功労賞への推薦の決め手となった新聞記事を執筆して下さった藤野さん、勝山の皆様、両親、研究を支えて下さった全ての方々に厚くお礼申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願い致します。」また、彼女は勝山に過ごした日々について、「勝山は私の故郷」とまで記している。

    「勝山に来てから、私に関わってくださった全ての方々へ。早いもので、3月からあっという間に12月末になってしまいました。約8ヵ月間、大変多くの方々にお世話になりました。本当にありがとうございました。ブログではなく、直接皆様にお礼を言うべきところですが、ご無礼をお許しください。皆様には、感謝してもしきれません。勝山では、本当にたくさんのことを学びました。

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    研究手法だけでなく、人として大切なことも多く学ばせて頂きました。先日の新聞記事で、「赤とんぼ1匹で人生が変わった」とありますが、実際は勝山に来てから出会ったすべての方々によって「人生を変えて頂いた」と思っています。正直に言いますと、勝山に来た当初、私は赤とんぼよりも地震に興味がありました。勝山で地震についての環境教育をしたいと考えていました。

    しかし、前園先生の授業をお手伝いしながら子どもたちと触れ合い、地域の大人と触れ合い、徐々に気持ちが変わりました。「赤とんぼだろうと、地震だろうと、何を題材にしても関係無いし、問題無い。私は本物の環境教育をやりたい!」と考えるようになりました。そう考えるようになってから、なんとなくですが、視野が広がったように思いますし、心に余裕が出来たようにも思います。

    そうなるように前園先生がご指導して下さったのだと思いますが、皆様の優しさ無しでは、心が折れてもっと早く千葉に帰っていたと思います。人を思いやる、優しくする大切さを教えて頂き、ありがとうございました。千葉に帰ることになりましたが、私の中では勝山が故郷です。来年も、暇さえあれば勝山に来ようと考えています。

    さて、前園先生や先生のご家族への感謝の気持ちですが、ここには書ききれません。直接ご本人に伝えました。また、勝山での研究を特例として認めてくださった大学の教授にも感謝します。前園先生と教授との信頼関係があったからこそ、認めてくださったのだと思います。最後に、勝山での一人暮らし&研究を許可し、支えてくれた両親へ。直接言おうと思ったのですが、なんだか気恥ずかしいのでこの場をお借りします。

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    「勝山に住む!」という私のわがままを聞いてくれて本当にありがとうございました。おかげさまで、普通の大学4年生では経験できない、素晴らしい体験と素晴らしい出会いを体験することが出来ました。そして「来年も研究したい」という私のわがままを聞いてくれて本当にありがとうございます。さらなる高みを目指して頑張ります。皆様、本当に本当にお世話になりました。

    ありがとうございました。良いお年をお迎えください。  ― 2012年12月28日 (金) ―

    度々出てくる前園先生の文字、前園先生の家族にもお礼を述べているが、事態を知った前園容疑者の妻の心中察するにあまりある。また、前園容疑者指導の元に赤トンボを採ったりした勝山小学校の生徒たちも、この事件をからショックを受けただろう。人を殺した経験のない人間に、人を殺す動機なるものは分らない。想像もするが、それでも理解に及ばない。

    人を殺すというのは、人としての最大の理性の欠如・喪失であろう。日本の最高学府大学の、さらに大学院まで出たものが、こともなげに殺人をしてしまう事の驚き。人を殺すということは、過去に積み上げてきたもの一切、現在のもの一切、これから先に来るであろう新たなるもの一切を喪失することだ。それらを差し置いても人を殺す魅力があるのだろうか?

    魅力ではない、激情である。「長崎高1殺人事件」、「名古屋大生殺人事件」のように、人を殺す魅力に駆り立てられた殺人もある。"人を殺してみたかった"という言葉を、報道で耳にした。今回は明らかな痴情もつれの殺人であり、真面目でおだやかそうに見える男を、激情に駆り立てる言葉を被害者が発したのではと推察する。それ以外に犯行動機は考えられない。

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    殺意に駆られるような女の言葉…、以下は自分の邪推である。前園容疑者は教え子菅原さんにのめり込んでいた。若い女の柔肌にうつつを抜かす40男が、妻子を捨てても手放したくない夢を見たのかも。女の方は期限付きの遊びである。二人の間に結婚の約束のようなものがあったとも考えられるが、現代女性のあっけらかんとした性と生態が、純な40男の夢を砕く。

    「先生と結婚する気などない」。超えてはならぬ恋に執着する前園の、熱く激しい一念を知ってか知らずか、教え子のキツイ一撃である。男女の心揺さぶる愛の言葉など所詮はラブゲームであるが、真面目男は常軌を逸することもある。生徒を育てた自負心と、生徒から受ける尊敬の念がいつしか男女の関係に移行する。対等でありながらも師弟関係という微妙な揺らぎの中で。

    師という立場で教え子を支配できるとの思いあがりが、男女と師弟の狭間で揺れ動く。女にとって、ある時は師でありながら、床にあっては教え子の柔肌にひざまずく不甲斐なき男。師弟が超えてはならぬ一線として孕む問題だ。こういう事例もある。若い男が人妻との関係に執着するのはありがちなこと。人妻もまた若い男を貪りつつも、若さを誉めそやす。

    若い男は夫より自分を評価してくれる優越感に浸り、益々のめりこむ。が、床を離れた人妻にあるのは現実の日々である。潮時ともなれば、頃を見計らい関係を終焉させようとする。別れを切り出す人妻。若い男は紛然として言う。「奥さんあの時、『もうあなたなしでいられない。私を捨てないで…』と言ったじゃないですか?あの言葉は一体…」と、責めたてる。

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    男にとって女の言葉は真実だが、女は吐いた言葉の記憶がない。ベッドで交わす言葉にお墨付きなど与えていられない。男は抗議するが、返答一つで逆上する事もある。純で真面目な男を弄ぶのは禁物である。別れ際が難しい。大人の恋にはルールがある。最初が遊びなら最後もきれいな別れを旨とする。成熟しない男女の痴情もつれはルール違反である。

    「恋愛上手の別れ上手」。別れ上手でなければ恋愛は厄介だ。人が何かに飽きるのは自明の理、命あっての物種だ。相手を傷つけぬよう最大限の配慮で関係を終えること。「奥さんはあの日『あなたなしでいられない。私を捨てないで…』と言ったでしょ?」に対し、「夫も子どももいるのよ。そんなの間に受けるあなたもオコチャマね。大人になりなさい…」

    こんな言葉は危険である。男のプライドをズタズタにし、都合よく若さを弄びながら、不要となればガキと見下す。こういうその場限りの言葉を男は許さない。昨今、プラトニックラブは死語であるが、かつて女子学生が学校の先生に想いを寄せたことはあったろう。しかし、彼女たちはプラトニックを死守した。それは、潜在的に激しい性欲とのバランスをとるためでもあった。

    自己に沸き起こる激しい性欲を抑えるためには、それに匹敵する激しい論理が必要である。プラトニックラブを美化することで、女は性欲と必死で戦っていたのであろう。無意識に、本人さえ気づくことなく…。欲望を抑えることが明晰であるはいうに及ばずだ。この種の事件は被害者にも責任がある。罪もある。そこを抜きに不貞を要因とする凄惨事件の防止はない。

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    「熱心な研究者」、「子どもたちに優しく、時に厳しく、情熱があった」、「温厚な良い人」など、前園容疑者に悪評はない。事件が起こったからいうわけではないが、それらと女に溺れる性向は別で、女への情熱もあったということだ。むしろ、真面目で思いつめる人間が痴情事件を起こし易い。常識的に二人は男女関係とみるが、そんなの当たり前という現代社会の危さである。

    大学を休学して、前園容疑者の居住する勝山市に研究の助手として移住した菅原さんだが、この行動だけを見ても相当の親密度であるのが分かる。下世話な言い方をするなら、前園容疑者に対する入れ込み度が半端でない。いくら研究の手伝いをするとはいえ、自身の大学を休学し、指導担当教諭の居住地に引っ越すなどはかなりのレアケース。

    不倫の精算はさまざまケースがある。男が女に飽きられるケース、その反対。妻子を捨てて若い女に溺れるケースも少なくないが、若い女が妻子持ち男に身を託すというのはリスクは大きい。婚姻話が男の主導で成されたとしても、踏み出せないのが妻子という障害である。捨てる決意の男に心変わりの女、その諍いで男は理性を逸す。今回はこのケースと見る。



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    県警によると、前園容疑者は12日午前、妻に電話し「事故を起こした知人を見つけ、病院に連れて来ている」と告げ、警察に連絡するよう要請。妻が110番した。前園容疑者は、病院に駆けつけた警察署員に、「菅原さんから事故の連絡を受け、現場に行き、助けようとした」と説明。遺体に目立った外傷や、車も事故を起こした形跡はなく、司法解剖の結果窒息死と判明。

    県警は事故通報を装い、殺害したことを隠そうとした殺人事件と断定した。前園容疑者の認否は明らかにしていないが、手などで首を絞めて窒息死させたとみられる。車は菅原さんのものだった。その後の警察の調べによると、前園容疑者は12日午前8時ごろ、福井・勝山市内の路上に止めた車の中で、菅原みわさんの首を絞めて殺害した疑いが持たれている。

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    前園容疑者の妻から110番通報があったのが午前8時ごろ、前園は菅原さんを病院に搬送し、死亡が確認されたのが8時30ごろとなっている。実際の死亡時刻は7時なのか、7時30分なのかの記載も特定もなく、8時はあくまで110番通報された時間。妻に電話で「知人女性」と言ったのは不思議で、なぜ菅原さんといわなかったのだろう?妻は菅原さんを周知している。

    殺害動機についての供述は得られてないようだが、前園容疑者のあまりの稚拙な偽装工作について、こんなすぐにバレる嘘をつくなどバカ、アホ、マヌケとの声は多い。が、発作的に人を殺した後で、いかにつじつまを合わせようとしても土台は無理。前園のやったことは、彼が精一杯思考した結果だろうが、あれくらいのことしか思いつかなかったのだろう。

    バカげた作り話であるけれど、もし同じような状況で人を殺したとして、どのような工作をすればいいのか?バレない偽装工作があるのか?それぞれが考えてみるといい。それを思うと前園のとった方法は、咄嗟に考えた方法として分らなくもない。自分ならどうするだろうか?咄嗟にクビを絞めて殺した女を前にして、どういうつくり話をするのだろうか?

    アレコレ考えてみたが説得力のある嘘は浮かばない。よって自首するしかない。前園が菅原さんの死体を海中に沈めたり、地中に埋めたりしなかったのは、好意を寄せた相手だからか?それとも偽装で騙せるとおもったのか?痴情もつれは間違いない情勢だが、自分の指摘した動機とは正反対の、女が男に結婚を迫ったという考えがネットの書き込みに多い。

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    いずれも可能性としてはあるし、さてどちらであろうか?子どもが出来て生むつもりで前園を困らせた、結婚してくれなければ奥さんにバラすと脅迫された、などの指摘もあるが、自分的に言えばその線はないと考える。女に言い寄られて殺す場合と、女に袖にされて殺す場合と、二つの違いを思考してみる。端的にいうなら、前者は困惑、後者は憎悪であろう。

    困惑とは今の生活を守りたいところに、菅原さんから壊すよう言い寄られた状況。後者については昨日の記事に詳しく書いたように、自分はこちらと思っている。その理由を述べる。菅原さんに結婚を迫られたことで彼女を無き者にする場合、もっと計画的に策を練るのではないか?せっかく邪魔者を葬っても犯罪が露呈しては前園が家庭に戻れる保証は無い。

    家庭を守るために菅原さんを殺し、懲役刑を受けるようでは菅原さんを無き者にした意味がない。警察の捜査の末で結果的にそうなる事はあっても、前提としては誰しも犯罪が露呈せぬよう工作する。交通事故を装ったのがその計画というには、あまりに場当たり的である。この程度の偽装工作でスリ抜けられると考えたのなら、前園は信じられないバカである。

    菅原さんが彼女の人生にどうしても前園がひつようだったのか、彼女のみぞ知ることだが、資産家にあらずして、たかだか一年契約という不安定な身分の特命准教授に、それほど魅力があったとは考え難い。好きであるなら、ひたすら愛に生きる女であるなら、愛する男を妻子から離しても奪い取りたいと思うが、彼女にそれほどの熱意、情愛があっただろうか?

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    菅原さんが前園との関係を妻にバラされることを怖れたか否か、これは前園が恐妻家であったかどうかにも関係する。もし、極度の恐妻家であったなら、充分脅しになろうが、それで殺人を行うだろうか?妻に知られて詫びた方が賢明だ。前園が亭主関白であるなら、そういう脅しは通用しないし、前園夫人と仲良く付き合っていた菅原さんとしても相当バツが悪い。

    子どもが出来たから…も、時代錯誤で、今どきこんな話は小説の題材にもならない。さっさと堕胎して終わりだ、昨今の女なら。様々な男女関係があるからして、他人の愛憎を想像するのは至難だが、女に言い寄られたとしても、殺人まで起こさなければ解決できない問題とは到底思えない。また、関係精算において彼女の高額の金銭要求の線も考えられない。

    それで殺人までせずとも、100万程度の金なら借金でまかなえる。「困惑」のケースは様々あるが、人を殺すもっとも大きな動機は「憎悪」であろう。素手でクビを絞める行為は絞め続ける時間も長く、相手もばたばた七転八倒の苦しむ。心を通わせ合ったものがするなら、相当の憎悪心と思われる。それが何であるか?加害者の心ない言葉の線が捨てきれない。

    人を殺した者が、後の取調べの際、正直に事実をいうとは限らない。死人に口なしであり、自己に都合のよい有利な作り話の場合が多い。なにぶん当事者しか知りえない真実である。それゆえに家宅捜索で証拠の類を集めて事実を解明するが、前園のような偽装工作を施す人間は、マークされている。誰しも自己に不利益な供述を強要されない黙秘権はある。

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    黙秘権は、自己に刑罰(またはより重い刑罰)が科される根拠となりうる事実に関する供述を拒否できる権利であり、嘘も同様に、それが嘘と断定されない以上、真実か否かは誰にも分らない。前園は菅原さんを絞殺したあと、妻に110番通報をさせたのは、おそらく自分で警察に電話する勇気がなかった、もしくは、偽装工作の考えがまとまっていなかったと見る。

    前園容疑者は当初、県警に「菅原さんから『車が雪でスリップして動けなくなった』と連絡を受けた。救出するため自宅から現場に徒歩で行くと、菅原さんが車内でぐったりしていた」と説明していた。自宅から現場までは1キロ以上離れている上、12日は数十センチの雪が積もっていたが前園容疑者はスリッパをはいていた。これを前園が捻り出した偽装である。

    冷静に考えればオカシイことばかりだが、あらかじめ出来上がっていたストーリーではなく、咄嗟に出来上がったものと考えられる。計画的でないなら咄嗟であり、咄嗟であるなら、逆上と考えられる。何に逆上したのかは菅原さんの言葉であろう。菅原さんは、頻繁に前園宅に出入りし、妻子共々家族ぐるみの付き合いをしていたと言う事からして、前園が恐妻家の線は薄い。

    妻にビクビクするような男なら、このような大胆な行為は出来ないはずだ。よって少々どころか、鈍感でひとのよい天然ボケ気味の妻ではないだろうか。肉体関係のある教え子を平気で自宅に招くなど、普通は並の神経と思えないが、上記したような妻の性格ならやれるだろう。もっとも、それが出来る菅原さんも、物怖じしない気の強い性格の女である事も読める。

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    気立てのやさしい良心的な女なら、夫と関係のある身で、「家には行きづらい」、「行きたくない」が普通であるが、そこは図太い神経の持ち主のようだ。それが殺意に至る口論、もしくは言い合いになったと考える。蚊も殺せないような女を、男は殺めることはできない。その程度の女なら口でどうにでも対処できる。手をかけるような女と言うのは、手に終えない女である。

    42年間積み上げてきた過去も、勝山市や大学における今の地位、また自身や家族の成長を含む将来の展望、それら一切が頭から遮断できるほどの殺意が何であったか?もっとも、咄嗟の殺意であるなら、隠し通せぬはずはないという甘い考えか?殺人という犯罪に手を染める人間は、本当に捕まらない気持ちで行為するのか、頭が真っ白状態で犯すのか…、分らない。

    経験したいが、こればかりは経験を得られない。万引きの神経も分らぬ自分である。本当にお金がないと人は物を盗む事も考える、そういう想像力は働くけれど、実際の万引き者はお金が無いわけではない。お金がありながらなぜそういうリスク行為をするのかが分らない。人に金を出させた食事が美味くないように、金を出さずに手に入れた商品に価値は見出せない。

    痴情喧嘩などは想像の範疇である。そこの部分において人間のやる事は似たりである。余程の事がない限り、人は人など殺せるものではないという心情に立てば、原因も気になるところだが、余程の事がなくとも人が人を殺せるというなら、バカと罵られ他程度で、人を殺すのだろう。動機というより、人間の情緒の問題であり、育ち方の問題である。そちらに興味が行く。

    イメージ 6戦争とて国家犯罪である。人が人を殺す理由も動機もあってはならないが、あってはならないものが頻繁に起こっている。となると、"あってはならない"と考える人間がまだまだ少ないのだろうが、どうすればそういう人間が増えていくかも分らない。やはり、そういう人間は殺されてみて始めて、命の重さ、大切さを知るのだろうが、簡単に人を殺すような奴は、この際、1回死んでみたらどうだ?通り魔事件なら不可抗力部分もあるが、バカな奴と出会ったばかりに、短い生涯を終えなければならなかった人も気の毒である。小さな子どもも、大きな子どもも、小さな大人も、大きな大人も、命は一つ。みんなが大事にしなければダメだ。不可の抗力などナシに人は死ぬまで自然に生きるべき、生きようというのが、このブログのタイトルである。



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  • 03/16/15--22:14: ファンという美学
  • 昨日、オフコース・ファンらしき女が来た。その事で中一の同じクラスだったKという女を思い出した。今は死語の「お転婆」とう言葉が懐かしいKは、畠山みどりという演歌歌手の大ファンであった。畠山みどりを知らぬ者も多い昨今だが、中一の少女が同性の演歌歌手の切り抜きやブロマイド(当時はグッズなど売ってない)を収集すること事態、異様に感じた。


    畠山みどりのデビュー曲は1962年の『恋は神代の昔から』で、扇片手に袴姿という奇抜さ、骨太の声は浪曲歌手を思わせた。1960年、彼女はラジオ番組ののど自慢で優勝し、日本コロムビアに入社する。師である船村徹のレッスンを受け、颯爽とデビューしたのが、『恋は神代の昔から』である。♪恋をしましょう、恋をして~のイントロの浪曲風語りが印象的だった。

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    翌63年の『出世街道』も大ヒットし、その年の「紅白歌合戦」に出場する。着物に袴姿がトレードマークだった彼女が、1964年に発売の『氷雪の門』では一転ドレス姿で世間の話題を呼ぶ。翌65年にフジテレビのディレクター千秋与四夫氏と結婚、同年長男を出産する。と、ここまでは何ら変わりない順調の人生であったが、彼女は55億5000万円もの借金を負うことになる。

    バブル全盛期の時に彼女は演歌界きっての株トレーダーとして知られ、47億円儲けていたという。それがバブル崩壊と共に一変、残った借金額が55億5000万円であった。借金騒動の際に、「自己破産だけはしたくない」、「あの千昌夫だって頑張っている、私が負けるわけにはいかない」と奮起、精力的に活動。バラエティ番組にも進出し、借金返済に駆け回った。

    現在は借金も完済し、歌手業に専念しているが、55億という借金額は想像もできない。人気絶頂時代の畠山にクラウンレコードへの移籍が持ち上がり、移籍第一弾の曲も用意されていた。それが『袴を履いた渡り鳥』である。畠山のクラウン移籍はコロムビア側の必死の説得で流れたが、同時期コロムビアからクラウンに移籍した歌手が水前寺清子である。

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    水前寺は15歳時に出場した「コロムビア歌謡コンクール」に出場、それが縁でコロムビアに入社したが、11回もレコーディングしたものの、終ぞレコードデビューを果たせなかった。その水前寺がクラウン移籍し、元々畠山に用意されていた『袴を履いた渡り鳥』を、『涙を抱いた渡り鳥』とタイトルを変更し、彼女は念願のレコードデビューを果たす。

    水前寺の『涙を抱いた渡り鳥』は、泣く泣くコロムビアからクラウンに渡った彼女の心情そのものである。水前寺清子は熊本県出身の「肥後もっこす」である。「肥後もっこす」とは熊本県人を表現した言葉で、「津軽じょっぱり」、「土佐いごっそう」と共に、日本三大頑固のひとつに言われ、非常に純粋な面もあってか、近年は良い意味に使われることも多い。

    熊本県出身女性歌手といえば、水前寺の他に、八代亜紀、石川さゆり、島津亜矢らの名が浮かぶ。水前寺は役者をやるなど毛頭なかったらしく、そんな彼女を口説いたのが"ドラマのTBS"の黄金時代を築いた敏腕プロデューサー石井ふく子である。多くの俳優・女優を育てた彼女は「石井ファミリー」とも、「石井組」とも言われる大勢力を控えている。

    「私は歌手、女優をやったら歌が売れなくなる」を頑なに通す水前寺を、局内の女子トイレで待ち構えて口説き落とした石井である。山岡久乃と母娘の日常を描くTBSのドラマ『ありがとう』は、民放ドラマ史上最高の視聴率56.3%を記録した。しかし、歌手活動一本に専念したいとの意向でドラマは3年で降板、第4シリーズからは主演が佐良直美に交代となった。

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    水前寺は「あれ以降、歌が売れなくなった」と語っている。彼女の代表曲に『いっぽんどっこの唄』がある。1966年11月に発売され、ミリオンセラーを記録した。2年後の1968年11月に発売の『三百六十五歩のマーチ』も二枚目のミリオンセラーとなる。「いっぽんどっこ」 は「一本独鈷」と表記する仏教用語。「独鈷」は正式には「独鈷杵(とっこしょ)」という。

    もとはインドで護身具として使われていたものが様式化され、煩悩を打ち砕く法具とされたもの。これが文様となったのが「独鈷紋」で、博多織の帯地文様として用いられた。一本の連続文様を一本独鈷、三本のものを三本独鈷と呼ぶ。♪ぼろは着ててもこころの錦 どんな花よりきれいだぜ~、という歌詞で始まる『いっぽんどっこの唄』は、誰が聴いても男の歌だ。

    男心をくすぐる詞だが、これを女に歌われるなら、男としても奮起せざるを得ない。当時、水前寺は男帯びの和装で、髪はベリーショートのセシールカット。中性的な魅力を醸していた。歌の意味は複雑で、護身具であり煩悩を打ち砕く法具の事を示す元来の「一本独鈷」だが、密教では「雑念を振り払って真直ぐに行く」と言う教義を表す概念となる。

    つまり、自分の夢を叶えるための一本道を正しく進み煩悩を打ち砕くということである。転じて、やくざ者は一本刀を例え、漁師は自分の銛を見立て、芸者は独鈷を帯に染めて「どっこ帯」にした。また、大組織に所属せず独立を維持している組織の事も言う。畠山みどりの『出世街道』にも一番の最後、「どうせこの世は一本どっこ」の歌詞がある。

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    いずれも星野哲郎の作詞で、彼は「一本独鈷」精神が好きなようで、詞には任侠系・ヤクザ系の発想がみれる。星野は、2010年11月15日、心不全のため東京都武蔵野市の病院で85歳にて死去。葬儀・告別式では長年親交が深かった作曲家の船村徹と、愛弟子である水前寺清子が弔辞を読み上げ、星野の作詞による「男はつらいよ」の曲に乗せて出棺された。

    水前寺清子が15歳時に出場したのど自慢大会で、彼女の才能に目をつけたのが星野哲郎だった。コロムビアからクラウン移籍後、国民的歌手の様相を示したのが、『三百六十五歩のマーチ』である。水前寺はこの曲に拒否反応を示す。演歌歌手としての自負が、歌詞の「ワンツー」という言葉と、行進曲スタイル違和感を抱き、レコーディングを行えなかった。

    「息の長い歌手でいるには、違うタイプの歌も歌えなくてはいけない」というのが星野の意図だった。曲は大ヒットし、水前寺は後悔したという。役者にしろ、歌手にしろイメージは大事だが、「個」が強烈すぎてイメージに固執すると、イメージ打破に苦労する。「個」がないというのも、痛烈な「個性」である。何を演じてもはまるジョニー・デップは一体どれが本人だ?

    「自分らしさ」というものを求め過ぎるあまり、「自分らしさ」アレルギーをきたすことになる。「自分らしさ」とはいかなるものか?役者は様々な「個」を演じる商売だから、「はまり役」という「個」も、役者の評価に属するものだ。いろいろな「はまり役」が浮かぶが、あえて記さないでおく。「自分らしさ」についても個々に思い浮かぶものはあろう。

    イメージ 5その時に浮かんだ気持ち・感情は、その人自身の「今」を象徴する。「自分らしさ」と本来の「自分」が一致するとは限らない。その人が自分本来の到達する理想、究極の自分像はかけ離れていること多し。セルフエスティーム(Self-esteem)とは、自尊感情と訳される。うつ病者はセルフエスティームが下がり、自分のことを価値のない人間と思い込む。
    セルフエスティームの高低は人と話すとよく分る。人はセルフエスティームを守ろうとの動機が働くが、セルフエスティームが低い人間ほどそれを守ろうとする動機が強い。セルフエスティームに自信のない人間は、ちょっとしたことで感情的になる。すぐさま相手を攻撃する行為などは、セルフエスティームを守るためで、文字会話だけでも峻別できる。

    セルフエスティームの守り方は人によって異なるし、その人の性格と深い関係がありそうだ。セルフエスティームの守り方が、人格形成に強い影響を与えていると言っても過言でない。セルフエスティームの顕著な見方は、相手の予期していない言葉を発してみると分る。元々ない自己がさらに矛盾をきたし、セルフエスティームを守ろうとするあまり支離滅裂になる。

    畠山みどりのファンであるKのことを思い出したのは、畠山みどりを腐すと、バカみたいに怒る彼女がバカに思えた。自分の好きなビートルズや、銀幕女優や、それ以外の自分が好きなものを他人が非難したところで、非難する側の問題であって、自分が腹を立てる理由がない。女が好きなファンの誰かを他人から非難されて怒るのを見て、「なぜ?」と不思議であった。

    聞けば、「自分が好きなものを非難されたらイヤでしょう?」という。「ぜんぜん?自分が好きなものを他人が非難(批判)したところで、自分の好きは動かない」と言えども無理。批判されてマジギレする女は何とも滑稽であった。「自分が好きなものは他人も好きでなきゃダメなんか?」と聞くと、「好きでなくてもいいけど、貶さないで欲しい」という。全く理解できない。

    イメージ 6「人の批判は人の自由だろ?なんで影響されるんだ?」といっても、「イヤなものはイヤなのよ」と論理なき感情で答える女。大人になっても変わらない。成長していないというより、感情でしか考えないから腹が立つ。こういうタイプはセルフエスティームに自信がなく、揺るがぬ自尊感情が見られない。男にたてつくなら、自己の発言に責任を持ち、論理思考をすべきである。自分が嫌悪する言葉に、「○○の誤解を招く書き方は、なさらない方がよろしいかと思われます」という言い方。こういう言い方を自分は断罪する。なんともフザケタ言葉である。「その言葉そっくりお返し致します」という言い方も同様、なんでこんな幼児的物言いをするのか?自分で考える思考がなく、マニュアルとして相手をのめす言葉と信じているのか…。

    マニュアル言葉の多用はうんざり。咎めて直るものではないが、虐めてないのに、相手は勝手に傷つき、感情的になる。対話とは相手を納得させるためにするものだが女にその気はさらさらない。あってもできないだろう。一ファンとしてガーガーいうだけで人間についての考察ナシでは話が噛み合わない。ハイレベルというより「人間とはかくありき」くらいの道理(知識)は必須だ。

    そういう思考があれば、無駄な噛み付きはしないもの。「昨日の敵は今日の友」くらいの道理でいい。何をいってもいいが、印象は言葉使いである。「です」、「ます」言葉が礼とはいえず、人をたばかったような言葉に、陰険さが出たらアウト。喧嘩を売ってることになる。よって物言いには気をつけた方がいい。自分自身への認識を変えれば人間は変わるよ。

    相手を納得させようという会話をしないで、いちゃもんつけるだけの人間には、感情的になるのが多い。いちゃもんか親切かは、数行文を読めば分る。ファンだから特権階級なわけでもあるまいが、ファンという人間に共通するエゴがある。ファンであることを自負し、自慢する人間も少なくない。これらは自らが勝手に抱いている特権意識で、そんなもんファン以外は屁でもない。

    誰かのファンである奴を批判する理由は何もないが、それと同様に、ファンはファンでない人間を尊重できないから、いちゃもんをつけるのだろう。神を信じる者が、無神論者を腹で卑下してるのと同じである。腹で卑下するものが見えようものなら、無神論者の攻撃が始まることを覚悟すべし。同じように、ファンもファンでない人間の自由さを尊重できなければダメだ。

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    自分がどれだけ深いファンであるかは、ファンでない相手からいかに批判され、非難されようとも、動じない心、ファン意識をを持てばいのよ。好きなアーチストを貶されたら怒るのがファンたる資格ではないのよ。ファン意識は己の軌道の上に立つもの、相手の軌道上に立つものではない。ファンは狂信的あってもいいが、フアンでない者には冷静であるべきかと。

    自然な欲求を追求し満たすことは、決してエゴイズムではない。むしろ、低次の欲求が満たされると、高次の欲求が出てきて、それは自己実現、さらには自己超越にまで到る、さらには人間成長につながっていく。そういう奥の深いファンには見るべきもの、教わるべきものがある。



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  • 03/17/15--17:23: 「自分らしさ」

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    「自分らしさ」を探す人、あるいは「自分らしさ」を確信する人。いずれも「自分らしさ」とは何であるかを知っているということになる。その前の段階では「自分」とは何であるかを知ること、探し求めることであろう。考えてみると面白いもので、自分は他人ではないし、自分は自分であるのに「自分」が何か分らないとはどういうことであろうか?

    「自分」とは何者だ?5歳のときも自分、10歳のときも、20歳の、30歳のときも、50歳のときも自分であるなら、それらがそれぞれ違っているなら、いつの自分が本当の自分なのか?人間は心も体も成長するが、「自分」というものも心身の成長に合わせて、成長するのだろうか?ならば、いつの自分が本当の自分ということになるのか?「自分」は思考すれば分るのか?

    その自分が分ったとして、ならば、「自分らしさ」とはどういうものなのか?この世のいろいろな人が今、老若男女を問わず、誰かが、「自分らしさ」と言ったなら、その「自分らしさ」とは、その時に浮かんだ「自分らしさ」を表現していると思われる。ちなみに、このブログを書いている自分が今、「自分らしさ」と言うと、どういう自分らしさなのか?

    当たり前に言葉にする「自分らしさ」だけに、その実態が分かりにくいかも知れぬ。「自分らしさ」が何であるか、よく分らないなら、「自分らしくないこと」をあげてみるといい。「自分らしくないこと」が見つかれば、「自分らしさ」も見えてくる。はて…、自分はどう自分らしいのか?論理的に「自分らしさ」とは、自分を実現したこと。つまり「自己実現」をした人間であろう。

    イメージ 2「自分」は一つ、沢山あってはいけないのだろうか?そして、「自分」というものが何か、考えると答えがでるのだろうか?で、考えてみた。答えが出た。自分とは何か?…の答えは「脳」である。自分とは脳、それは自分を知覚できるものの正体である。「脳」のことを自分といっているのだ。「脳」が自分なら、自分と自分の対話も出来る。人と対話できるように。

    自分との対話を自己問答という。自己に問い、自己で答えを出す。そう言う事を誰もが無意識に朝起きて、夜に寝床につくまでやっている。それからもたらされたものを「行動」という。「行為」とも言う。「行為」であるなら、その中に「性行為」も含まれる。「行為」とは人の意思に基づいてなされる動作を言う。では、意思の伴わない行為はあるのか?

    意思の伴わない行為の有無は本人にしか分らぬが、仮にある行為をした人間が、「自分の意思でやったのではない」と言ったところで、行為が行われていればそれは行為である。意思が全くない、少しあった、もう少しあった、沢山あった、すべて意思だ。そんなことは誰にも分らないし、本人でさえ量的度合いは分らない。が、行為がなされたなら、それは事実上の行為である。

    そういえば福井大特命准教授の前園容疑者が、菅原さんを殺したのは、「殺して欲しい」と頼まれただけで、自分の意思ではないといっているらしい。人に何かを頼まれたとして、それが犯罪であるか、犯罪でないかくらいの分別が出来るのを常人という。そういう判断を人間が正しく出来ない国家は、危い国家といえるし、だからしっかりと民を教育する必要がある。

    前園容疑者は何でそのようなことを言うのか?罪を逃れるための往生際の悪い方便か?殺して欲しいと頼まれても誰も人を殺さない。医師でも罪になる。では何でそのようなことをいうか、①事実である。②虚実である。のいずれか?供述が事実であったとして、殺せるものか?殺したことが愛情とでもいいたいのか?憎悪で殺していない=愛情であったといいたいのか?

    愛情でなくとも、決して憎悪でないといいたいのか?もし、前園容疑者が「殺して欲しい」と頼まれて実行したなら彼は狂人である。狂人といっても精神鑑定を要する狂人の定義でなく、正真正銘のバカ、アホ、マヌケの類の狂人である。普通にいうキチガイである。頼まれてその人を殺せるか?首を絞めれるか?これが事実なら、他のいかなる理由よりもバカである。

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    巷でいろいろ推論されているどんな事実よりも、「殺してと頼まれたから殺した」という行為は、アホ、バカ、マヌケの極致である。難病・重病で苦しんでいるというなら理解も同情も出来ようが、健常者を"依頼があったから殺した"など、どこの世界にそんなバカがいるだろう。いるとしたら東大卒か?彼は今、聴取の段階だが、これが事実であるなら言葉を失う。

    他の理由であってもらいたいと願う。人に殺人を頼まれて殺す人間はデューク東郷なら知っているが、あれは商売人だ。拝一刀もそうで、彼も同じく商売人だ。前者はゴルゴ13、後者は子連れ狼の異名があるが、どちらもフィクション。前園容疑者の「頼まれたから殺した」は、現時点で世間では言い逃れの嘘だと見ていよう。そりゃそうだ。それが真っ当だ。

    が、供述に齟齬なしと断定され、承諾殺人罪の事実認定が怖い。「そんなことあってたまるか」、が菅原さんの親の心情であろう。自分や多くの国民も同じ思いだ。「そんなことあってたまるか!」。真実の供述が得られても納得も理解も出来ない憎き娘殺しであろうし、それが「頼まれたから殺した」など、絶対に信じれるはずがない。自分は信じないより、起こした行為が怖い。

    それが前園泰徳という人間の本質で、彼の「人らしさ」なのか?相手は教え子だろ?実子と違うが、教え子も「子」だろう。そんな人間が日本人でいて欲しくはない。犯罪史に残る殺害動機であろう。自分が知る同種の有名な事件で「阿部定事件」がある。その事件は1936年(昭和11年)5月18日、東京市荒川区尾久の待合で、性交中に愛人の男性を扼殺し、局部を切り取った。

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    加害者は東京・中野にある鰻料理店「吉田屋」の女中で阿部定。被害者は「吉田屋」の主人、石田吉蔵。二人は愛人関係で、性行為中に首を絞めさせる窒息プレイを楽しむ関係だった。ところが、定は石田が睡眠中に腰紐で彼のクビを絞めて殺害し、局所を切り取った後、定は血でシーツと石田の左太ももに「定、石田の吉二人キリ」と、石田の左腕に「定」と刻んだ。

    憎しみもない愛人を殺し、局所を切り取った定は石田を紹介してくれた大宮五郎に会い、繰り返し彼に謝罪した。しかし定の殺人を知らない大宮は定がもう一人の恋人を連れて行ったことを謝罪していると勘違い。大宮はさほど気にせず、その夜は定と肉体関係を持った。翌5月19日に新聞は阿部定事件を報じた。大宮は後に法廷でその夜の定との関係を証言する。

    定は逮捕されると「彼を非常に愛していたので彼の全てが欲しかった。私達は正式な夫婦でなかったので、石田は他の女性から抱きしめられることもできた。彼を殺せば他のどんな女性も二度と彼に決して触ることができないと思い殺した」。性器切断の理由は「彼の頭か体と一緒にいたかった。いつも彼の側にいるためにそれを持っていきたかった」と供述した。

    裁判の結果、事件は痴情の末と判定され、定は懲役6年の判決を受けて服役、1941年(昭和16年)に「紀元二千六百年」を理由に恩赦を受け出所している。釈放後、定は「吉井昌子」と名前を変え市井で一般人としての生活を送った。その後再び各地で色々な仕事を転々とするようになったが、1971年(昭和46年)に置き手紙を残して失踪し、以後消息不明となった。

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    前園の供述と似て非なり。吉蔵は「殺してくれ」と頼んでいない。愛人を定が独占したくて殺したというのが定説だが、歪んだ独占欲である。ただ、いかなる犯罪も、犯罪者だけができるものではなく、我々にも誰にも犯罪を起こさせる要素はある。坂口安吾は雑誌社の用意した対談で、阿部定と会話している。その中で、「この事件は犯罪と言える性質のものではない」と述べている。

    男女の愛情上の偶然の然らしめる問題であって、愛し合う男女は、愛情のさなかで往々二人だけの特別な世界に飛躍して棲むもの。これは性関係を持ったものなら頷ける部分もあるだろう。阿部定自身、坂口にこう述べている。「私はあの事件のことは少しも後悔していない。世の中の女はみんな、もし本当に恋をすればああなると思っている。みんな同じ感情を持っている…」

    これには異論もあろうが、"もし本当の恋"という注釈付きである。本当の恋をするものだけに分る心情だろう。よって、否定的なものには分らないことだ。「少しも後悔していない」というところが阿部定の「自分らしさ」であろう。「本当の恋をしても絶対にあんなことはしない」という「自分らしさ」を所有する人もいる。恋はノルマではないから、無理にするものじゃない。

    恋に生きたあげく心中する人も、その人なりの「自分らしさ」である。人は自分の「自分らしさ」を噛みしめて、他人の「自分らしさ」を否定する権利はない。もし、前園が本当の恋、本当の愛で、菅原さんの気持ちに同化したという仮説は、残念ながら事後の行為からしてあり得ない。あのような隠蔽工作などは自己保身のなにものでない。そこにどうして愛などあろう。

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    度々、話題にする映画『うなぎ』の冒頭、夫は妻の浮気現場を目の当たりにし、包丁で妻を刺し殺し、自転車に乗って派出所に出向くシーンは、いささか衝撃的であった。なぜ、衝撃的かといえば、夫が妻を感情的にでなく、理性的に殺す場面を我々は目撃したからである。人は人を感情にかまけて殺すという認識しか持たない我々に、今村昌平は意外なものを見せてくれた。

    夫が殺したのは妻と言う人間でなく、不貞という罪である。それを断罪して、口笛を吹きながら自転車で派出所に行き、「たった今、妻を殺して来ました」と言葉を吐く。こんな殺人はあり得ると思った。人を殺した罪の意識より、罪を咎めたという正義に満ちた夫の清々しさ。もし、何事かで人を殺す機会があれば、このような殺人をしたいと思わせるシーンである。

    妻と夫が視線を合わせ、互いが無言で言葉を交わす。夫は妻に、「悪いがお前の罪を処罰する」の声が聞こえ、妻の視線は「もはやこの場はあなたに委ねます」と、そんな覚悟の言葉が聞こえる。「ごめんなさい」だの、「お願い、ゆるして」だの、そんな人間を今村は描きたくもないだろう。結果的にどちらも罪人となるが、いずれの罪人も覚悟が清々しく、共感を抱かせる。

    女は、「ごめんなさい」を多用する。だからズルい生き物である。「ごめんなさい」で世を渡る術を身につけたのだろう。が、罪を犯して刺し殺されることの許諾を自身に与えた妻に、許しを乞う往生際の悪さがない。それが今村の欲する人間観である。「人間は汚くて、助平で、ズルい生き物だ」という彼の人間観である。せめて死ぬ時くらいはそれを認めて死んだらどうだろう。

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    と、今村のサイレントトークである。散り際の美学とでもいうのか、社会のしがらみの中で、汚く、ズルく、醜く立ち回らなければならない人間である。いつか、きれいさっぱり自分を晒す機会があることを望むべきかも知れぬ。貞淑な妻にある裏を描き、真面目で朴訥なサラリーマンの裏を描いて見せてくれた。人間の表と裏と、それを見せろといったのは今村である。

    人間は醜く、汚く、ズルい…。自分も同じ人間である。市井にあってそれらを止めるのは難しい。ならば、自分がそうだと認めること。「私はわがままよ」、「うちはバカ」と平気で公言する女がいるが、おそらくそれらは何かあった時に、「だから、わがままっていったでしょう?」、「うち、バカっていったでしょう」と、責められぬための先だしじゃんけんである。

    「先だしじゃんけん」なる言葉はないが、そういうことだ。それらと、「自分は、醜く、汚く、ズルいよ」と認識するのとは違う。後者はそうであるけれども、そうならないよう頑張るという公言である。向上心とはかくあるべきもので、「自分は善人です」、「悪い人間ではありません」という人に向上心など無用。向上していかねばならない人間は、不完全であらねばならない。

    イメージ 8だから、自分はこのように言うし、同じような人間を信用する。「自分は善人です。悪人ではありません。」という人間は信じない。嘘つきが「自分は嘘を言わない」というように…。長々と書いたが、自分の思う「自分らしさ」の輪郭が見えてきた。書くことは客観的になれることでもある。「自分」が分かり、「自分らしさ」が分った様でも、常に付添って生きて行く自分である。

    時に「自分らしくない」こともする。それらを自分にとって過ちとするか、容認するか、それで自分に対する厳しさも変わってくる。自分に厳しい人、自分に甘い人、そういう分類になるのだろう。しかし、人間と言うのは実にさまざまで面白い。楽しもうと思えば自分一人だけでも充分楽しめる。これほど面白く、不可解な対象はない。哲学者が止められない理由もよくわかる。

    「自分らしさ」と「自己実現」はセットとしてみるべきだ。一人でいる事も孤独である事も好む一方で、人とのかかわりも楽しめる人間を自己実現人間と定義した心理学者もいる。して、究極の自己実現とは、「己のことをすると、それが人のためになる人間」としているが、この考えはいい。「おまえのためにしてやった」という思いあがりが無用となる。

    「おまえのためにしてやった」を好む人間はいよう。恩着せがましく、暗に見返りを求めている人間だ。こういう奴には何かを頼まぬほうが賢明だ。「そこの物を取って」と言ったばかりに、一生その事を恩に着せられる。彼がその物の近くにいても、わざわざ歩いていって自分で取るのがいい。自分で出来ることは、なるべく自分ですれば気楽に生きていける。

    「自給自足」の原則である。なるたけ依存心を捨て、自足の理念を基本に社会生活を、負担のない形で楽しみ、横臥する。無理を言わない、無理は聞かない、来るものは拒まず、去るものは追わず、人に媚びず、媚びさせず…。宮沢賢治の詩は貧乏くさい部分もあるが、時代の違いなら無理もない。が、得る言葉もある。目に触れて感動する言葉も多い。

    食べるだけが大変だった時代と、現代のように物があふれる飽食の時代とでは、生活のレベルが違いすぎる。が、いつの時代も質素・倹約は大事であろう。トルストイはこう言っている。「食べて、着て、住むためには、ほんの少ししかかからない。その他のものは、ただ他人の趣味に迎合するためか、他人より目立たんがために手に入れるものである。」

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  • 03/18/15--23:09: イーグルス解散

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    ♪十年はひと昔~、で始まる井上陽水の『夏まつり』のフレーズ最後の、Am6とEm9のコードがシャレている。夏まつりだから扇子?、そんなセンスを感じた。十年先はとても長いが、過ぎてみると十年はあっという間である。同じ十年でありながら、この違いは単に感覚の差なのだろう。カップヌードルの3分は異様に長いが、食ってしまうとそれすら忘れる。

    先の苦労は長いと思えど、終った苦労は忘れてしまう。「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」と、ラジオドラマの有名なフレーズがある。いい言葉だが意味を知る者は少なくなった。愛し合う二人でありながら、運命のいたずらか、すれ違ってばかりでなかなか会えない。携帯で呼び出せば、「やっほー!」と現れる時代ではない。

    逢いたくても逢えない気持ちの辛さ、切なさ、いっそのこと忘れてしまったらどんなに心が軽く楽になるだろう。それもできない、忘れられない…。という二人の心境を詠んだものだ。「忘れることなどできないのに、忘れようと思うことが悲しい」確かにそうだ。人はみな忘れたい事を心に持っている。持っているけど忘れられない。自分の人生にのしかかる。

    が、これも若さゆえの特権であろう。年をとれば分る。忘れることは年寄りの特権である。自分を年寄りなどとは寸分思ってはないが、客観的な言葉を用いることもある。自分は昔から童顔で、若い頃には舐められる感じがイヤだった。同級生と集まってもみんなクソジジ~に見え、「お前は相変わらず年齢不詳だな」となる。そういえば吉田拓郎も同じことを言っていた。

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    最近、愕然とした事がある。「もち吉」という店で違う種類の袋詰めを二つ買って帰ったのだが、帰ってビニール袋を開けてビックリ。何と、同じもの二つではないか。店の責任ではない。自分がそれを持ってレジに行った。その時の状況を思い出してみた。お目当ての二種類の商品が脳裏に浮かぶ。それを目にしながら、なぜ手にしなかったのか?いや、したつもりであった。

    選んだつもり、カゴに入れたつもり…、なのに同じ商品をレジに持っていったのだ。もはや意識というのは充てにならない。ナニはともあれ、今後は確認チェックが必要だ。これをボケとはいいたくないし、主観的には老人ではないんだし…。大事なことは忘れてはいけないし、忘れないものかも知れないが、さほどのことは忘れる方がいいのだろう。

    それが老人に与えられた特権である。プラス思考の持ち主はイヤなことを忘れる名人である。自分は自他共に認めるプラス思考であるが、昨日・今日のことを忘れるようではダメだ。経年で忘れるのは、「神の思し召し」かもしれない。いつまでも嫌なことを覚えていたのでは、人間は誰も欝になり兼ねない。「昨日の敵は今日の友」というが、言葉の「昨日」は昨日ではない。

    一週間前か、1年前か、5年か10年か、人によっても違うし、軋轢の度合いによっても忘却のスパンは変わってくる。巷聞くのはミュージシャンのバンド解散はほとんど喧嘩、もしくは仲たがいであろう。個性的で枠に嵌まらない代表のミュージシャンが、他のミュージシャンと反りがあうことが不思議。カネのために一緒にやるが、だんだんゼニカネではなくなる。

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    面を見るのもイヤになったりする。多くのバンドがそれでグループを離れていった。CCRなどは真っ先に兄が「弟とはやってられん」と脱退した。エバリー・ブラザーズも兄弟だが、ステージ上で喧嘩を始めて、コンサートが中止になった事もある。「おまえいら、客のこと考えないんか?」と思うが、主役は彼らで客どころではないんだろう。そんな話は山ほどある。

    ビージーズ三兄弟の兄弟喧嘩も有名だが、彼らはやるだけやった以降、仲良し兄弟に戻った。ビーチボーイズも三兄弟で、カールもデニスも長男ブライアンに一目おいていたのか、ブライアンと従兄弟のマイクの間に反目があった。ビートルズにも、ローリング・ストーンズにも、いやいやほとんどのバンドに軋みの問題はあるが、内輪のことゆえ率先して語らない。

    自分たちのバンドの内紛を記録し、売り出したのがイーグルスである。グループの緊張感は外から見れば明らかだが、確執の度合いなど具体的なことまでは分らない。ところが、グレン・フライをメインにした語り形式でバンドの凄まじい内紛が語られ、フライと反目しあったドン・フェルダーも臆面なく反論する。ドン・ヘンリー、ジョーやティモシーも追従する。

    喧嘩してバンドを去った創世期メンバーのバーニー・レドン、嫌気がさしてグループを去ったランディ・マイズナーも登場し、当時の確執を克明に語るところなど、前代未聞の映像である。『駆け足の人生~ヒストリー・オブ・イーグルス』というタイトルだが、彼らの歴史はまさに喧嘩の歴史である。これだけ正直に、隠さず、あからさまに語るのは、見ていて気持ちがいい。

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    人間は互いのことをここまで公言できるのかという驚きを超えて、正直であるところが素晴らしい。黙っているというのも大人の対応だが、絵にし、言葉にして見せるならこれはもうドキュメント。中途半端より、徹底的にやった方がいい。事実を知ってショックのイーグルスファンもいるだろうが、彼らの内紛をショックというなら、おこちゃまイーグルスファンでしかない。

    喧嘩の歴史がイーグルスの歴史であるなら、しっかりと受け止めるべきである。芸術家の生み出す作品だけにしか興味がない人はいてもいいが、夏目漱石や、ゴッホや、ベートーベンやジョン・レノンや手塚治虫の、人となりに興味を持つのも自然である。見たくない、知りたくないと、見たい、知りたいは同等であるし、どちらが上位・下位の問題ではあるまい。

    イーグルスがネイティブアメリカンのカントリーロックから、本格的なロックバンドを志向し始めたときに、ロック・ギタリストのドン・フェルダーをバンドに迎えることになった。これがオリジナルメンバーでギタリストのバーニーの居場所をなくしたようだ。「サードアルバムの頃から、バンドの中で孤立した感じになった」、とバーニーは回想する。

    イーグルスは大物ロックバンドを志向したが、バーニーはカントリー系のギタリストである。グレンは自分たちの目標に敵うギタリストが必要と、バーニーの知人ドン・フェルダーに会う。グレンの第一印象は「物凄いテクニックに驚いた」であった。セッションして家に帰った翌日、グレンからバンドに入らないかと誘いの電話があり、フェルダーは承諾した。

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    フェルダーの加入後、イーグルスはロック色を強め、バーニーはメンバーとの会話や方針に加わらなくなって行く。そうして、遂にグレンとバーニーは衝突する。「ライブの後で楽屋にみんな集まって今後の方針など語り合っていた。僕には今後についての明確なプランもあった。そうしたらバーニーがいきなりビールを頭からかけて言った。グレン頭を冷やせよ。」

    その事をバーニーは、「なぜか、やってしまった。あのことは今でも深刻に受け止めている。絶対にやってはいけないとだからね。グレンを侮辱したかったのだろうが、当時の自分を恥じている。ただ、限界だったんだろうね…」。バーニーはイーグルスに不要となり、グレンはジョー・ウォルシュに声をかけてバンドに誘う。バーニーはバンドを追いだされた。

    ドン・ヘンリーとグレン・フライのイーグルス感が強い中、フェルダーは積極的に発言した。自分も歌わせろ、曲も作りたい…。ところがヘンリー、グレンは彼の歌は認めなかった。フェルダーの曲『暗黙の日々』もフェルダーのボーカルでレコーディングも済んでいた。そこでマネージャーがフェルダーを食事に連れ出し、ボーカルをヘンリーに差し替えてアルバムに入れた。

    フェルダーはマネージャーに苦情を申し入れるものの、「ヘンリーのボーカルがいい」となだめらるが、「自分の曲を取られた気がした。これは僕のボーカルという話だったから…」。この辺りからフェルダーとグレンは対立していく。ヘンリーはこのように言う。「フェルダーがあの曲を歌うのは、僕が『ホテル・カルフォルニア』でギターを弾くようなものさ。」


    ビートルズはジョンとポールのビートルズと言わんばかりだが、フェルダーもジョージのような扱いである。ビートルズのプロデューサージョージ・マーティンは後に、「ジョージには悪いと思っている」と回想しているが、気の強いフェルダーは『ホテル・カルフォリニア』も自作と言い張り、ヘンリーとグレンがクレジットされているのを納得していない。

    イーグルスの内紛が取り沙汰されている当時、ジョー・ウォルシュは仲裁役にあった。「僕らはいつも争っているとメディアは伝えるが、それは正しくない。僕らは互いに刺激しあっている。その緊張感が、いい風や、創作意欲を与えてくれたりする。音楽を作る上では大事なことだ。」とジョーはいうが、今度はランディ・マイズナーとグレンの間で悶着があった。

    ランディは美しいハイトーンの持ち主で、『テイク・イット・トゥ・ザ・リミット』が彼の持ち歌で、ライブで披露していたが、声が辛いから歌いたくないと申し出た。グレンは何度も説得したらしいが、いい加減頭にきたようだ。「わかった、もう歌わなくていいよ。嫌だったらバンドも辞めていい」。この言葉が引き金になったのか、ランディは頑としてこの曲を歌わなくなった。

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    あるコンサートでこの曲へのアンコールが来た。メンバーはランディに歌うよう何度もせかしたが、ランディは拒否。「だったら勝手にしろ!」、グレンがキレて吐き捨てた。この一件でランディはイーグルスを去る。「ランディの代わりを勤められるのはティモシー・B・シュミットしかいなかった」(グレン)。彼は11年間pocoというバンドにいて、週給250ドルの男である。

    「一緒にプレイしたこともないのにバンドに入ってくれといわれた。自分はすぐにO.Kした。新メンバーとしてツアーに出たのは1978年。会場からは、"ランディーーー"の声も聞こえたが、あの変化はメンバーにとっても良かったと思う。」イーグルスのことはヘンリー、グレン、アーヴィングで仕切っていたのをジョーは仕方ないと思い、フェルダーは不満であった。

    ティモシーもそういう雰囲気は感じ取っていた。「確かに緊張感に満ちていたが、それほど深刻なものとは思わなかった。ロックバンドはいつだって解散に危機を負っているしね」。バンドは完全に二分されていた。ジョーとフェルダー、ヘンリーとグレン、ティモシーは入ったばかりで風見鶏。ところが、イーグルスを成功に導いたヘンリーとグレンに亀裂が見え始めた。

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    ヘンリーは当時のことについて、「もう、すべてが嫌になった。ツアーも曲作りもバカ騒ぎ、あらゆる事が嫌になっていた」。そんな状態の折に、遂にグレンがフェルダーにブチキレた。それはヘンリーとグレンが支持する政治家へのフェルダーの態度が横柄だという怒りである。「政治にも政治家にも無知で興味はなかった」(フェルダー)だが、グレンの怒りは収まらない。

    グレンはジョーとフェルダーのいる楽屋に行き、持っていたビール瓶を壁に投げつけた。そして部屋を飛び出したが、怒りは増すばかり、ついにはステージ上で罵りあう。ジョーはその時のことについて、「二人に火種が沢山あり、あの日に爆発した」。ティモシーは、「二人はステージ上で喧嘩し、見ていられなかった」。二人のやり取りは録音されていた。

    グレン…「お前はさすがにプロだな。」

    フェルダー…「お前もな。人の扱いが上手い。カネもちゃんと払わない。」

    グレン…「こんな奴に7年間も給料払ってきたのか。待ってろ、ステージが終るまで。」

    「僕はフェルダーを睨みつけてそう言った。あと3曲、3曲でステージが終る。待ちきれない気持ちだった」とグレンがいい、フェルダーも、「ステージから降りたら、ぶっ飛ばすとグレンは言ってた」と言う。グレンは真っ先にステージを降りると、ギターを手にとって粉々に壊してリムジンに乗った。「それでイーグルスは終わり。もう我慢の限界だった」と回想する。

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    ティモシーはグレンに電話をかけて問うた。「もう解散するってことか?彼の答えは、『ああ、もう終ったよ』だった」。

    ドン・フェルダー:「バンド成功に導いた最大の要因は、フライとグレンの親密な関係だ。が、何年もやるといつの間にか摩擦も生じ、クサビを打ち込むことになる。」

    ジョー・ウォルシュ:「僕らは疲れきっていた。バンドを結成したときの気持ちを失おうとしていたしね。壁に突き当たったんだ。」

    ドン・ヘンリー:「ずっと前から思っていた…。海岸で砕ける前に波から降りよう。そのようにしたのさ。」

    バーニー・レドン:「ビートルズはみんな思っていた。マッカートニーも思っていた。ポップ・バンドは長く続かない。2年が限界だろう。」

    ジャクソン・ブラウン:「素晴らしいよ。長く愛され、聴き継がれていく曲、永遠の名曲を彼らはたくさん残した。」

    ビル・シムジク(プロデューサー):「働いて、働いて、頂点に立った。でも、気がつくといろいろな奴が口を出してきた。誰のバンドだ、俺にも権利がある。そんな感じさ。」

    グレン・フライ:「僕らはあの時代のバンドになった。もっといい仕事をしていれば、永遠のバンドになることもできた。」

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  • 03/19/15--18:12: イーグルス再結成
  • 十年はひと昔。イーグルスが再結成されたのは1994年だが、十年前の2004年~2005年にかけて、「Farewell I Tour」(第一回さよならツアー)と題されたツアーが行われた。「さよなら」はジョークであり、その後も米国内外で公演が行われている。このツアーでも高い人気ぶりを見せつけ、2004年には来日公演も行った。その時の公演スケジュールを以下記す。

     ◎ 10/24 札幌ドーム
     ◎ 10/26 横浜アリーナ
     ◎ 10/30 東京ドーム
     ◎ 10/31 東京ドーム
     ◎ 11/03 大阪ドーム
     ◎ 11/05 福岡ドーム
     ◎ 11/07 ナゴヤドーム  
     
    この時のメンバーは、グレン・フライ、ドン・ヘンリー、ジョー・ウォルシュ、ティモシー・B・シュミットの4人で、再結成時に参加したドン・フェルダーは入っていない。フェルダーは2000年に解雇されていたのだ。解雇理由は、「バンドに対して貢献していない」と言う事で、それも突然の通告であった。フェルダーは不当解雇であると、解雇取り下げ訴訟を起こしている。

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    フェルダー解雇の件は後に記すとし、再結成時の状況に戻る。あれほど強い確執があったイーグルスが再結成する理由はマネーとしかいいようがない。80年に活動休止し、解散の正式発表は82年であった。再結成は94年であるから、十年ひと昔という程にわだかまりも消えたかと思いきや、再結成後、グレン・フライとドン・フェルダーには新たな火種が勃発する。

    それも後回しにして、イーグルスの解散はメンバーにとっても深刻だったようだ。「バンド解散は悲しかった。一体何をしたらいいんだ?」(ジョー・ウォルシュ)。「とても落ち込んだ。僕がいたのはわずか3年だけど、イーグルスが大好きだった」(ティモシー・B・シュミット)。「僕らの作りあげた怪物が、僕らを支配していたのだ」(ドン・フェルダー)。

    その中でマネージャーのアーヴィング・エイゾフは楽観的に見ていた。「こんな風に言われていた。地獄が凍りついたら、彼らは再結成する」。意味はメンバー同士の軋轢が地獄状態であったのを、もっとも分っていたのはアーヴィングであった。メンバーはとりあえず、彼のところに不満や苦情をいいに来るが、最も不満を抱いていたのがフェルダーである。

    アーヴィングの言うように、地獄が融け出したのだ。再結成が決まり、5人の記者会見が行われた。そこでは厳しく辛辣な質問が次々と彼らを襲った。「メンバー間の激しい対立がバンドを解散に導いたわけですよね?どうやってそれを乗り越えたか、分りやすく説明してくれますか?」これにはフライもヘンリーも他のメンバーも一様に苦虫顔で口を開かない。

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    ヘンリーが口を開いた。「(ダメダメ)そんな質問は」。この言葉にメンバーは一様に笑っている。「そんなこと知りたいのか?」ヘンリーが誤魔化すと、グレンが口を開いていった。「真面目に答えると、バンドが解散して以来、再結成の可能性は何度も打診された。最初は第一回USフェスティバルのときで、主催者は100万ドルを提示してきた。でも断った。」

    グレンもヘンリーもソロに転向、それなりに実績も評価もあげていた。ヘンリーはMTVで活躍した。「確かにMTVには助けられた。いくつか賞ももらっているしね。でも、その世界とは手を切りたいと思っていた。僕はソングライター、レコードを作るアーチストで役者なんかやりたくない。」グレンはテレビや映画に出演し、トム・クルーズと共演もした。

    解散後のヘンリーとグレンの関係は修復できず、ヘンリーはイーグルスの曲を何曲か手がけたJ・D・サウザーに共作を依頼するようになる。サウザーは言う。「ヘンリーとグレンの亀裂は僕とグレンの間にも影響し始めた。今までグレンとは楽しくやってきたが、僕はヘンリーのパートナーになる事にした」。再結成の記者会見では次のような質問も飛んだ。

    「グループとして、個人として、どう変わったと感じていますか?」。この質問にはグレンが口を開いた。「それを示すのは、成長しかない。成長することこそ人生のすべて。ミュージシャンでも、シンガーでも、ソングライターでも、どんな分野でも少しづつよくなっていると思いたいよ」。控え目なティモシーは、再結成の意気込みを次のように語っている。

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    「ずいぶん長いことこの仕事を続けてきた自分は、いい仕事もしたし、キチンと休みも取れた。だからもう一度やるのさ。バンドが解散して何をしていいかわからなくて、いろいろな仕事を受けた。TOTOやジミー・パフェットのレコーディング、ウォーレン・ジヴォンやダン・フォーゲルバーグ、後悔してる仕事もある。ポイズンやツイスティッド・シスター…

    ただステージで叫んでるだけだった。大した仕事じゃないが、家族を養えればそれでよかった」。いきなり、「ドラッグの問題は?」の質問が飛び、これにはジョー・ウォルシュが丁寧に答えた。「確かに僕らの世代はあらゆるクスリを試してきたけど、今はこう言いたい。ドラッグがなくてもいいバンドになれる」。ジョーは薬中、アル中を根性で直してきた男。

    「ヘミングウェイは素面であんな作品が書けただろうか?ヘンドリックスは幻覚剤なしであんなに凄いギターが弾けたか?多分"No"だろう。それで自分を納得させていただけ。彼らの死にまで考えが及ばなかった。現実逃避なんだよ。落ちるところまで落ちたし、あのまま続けていたらもう終っていた。おそらく死んでたよ」と、ジョーは回想する。

    問題だらけのジョー・ウォルシュであったが、メンバーは黙認していた。「ジョーをみんなで持ち上げてたんだ」と、グレンは言う。1990年代初頭、イーグルス再結成の話が本格化した。「みんなが集まった事があったが、グレンはやる気がなかった」(ティモシー)。「アーヴィングから召集がかかり、グレンも新曲をもってスタジオにくることになっていた。

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    グレンは来なかったが、他の3人と自分とアルバムを作るために、とにかくスタジオに入った。リハーサルをはじめて、3日目か4日目だったら、グレンから自分は参加しないと電話がかかってきた。それで計画は中止となった」(フェルダー)。グレンは言う。「正直言うと、ソロ活動を心から楽しんでいた。自分にとっては、再結成より大事なことだったんだ。」

    マネージャーのアーヴィングは、「グレンがいつその気になるか?それが問題だった。ヘンリーは大層乗り気だったよ」。「グラミーをもらい、ヒットも出し、ツアーでも大きな成果を上げた。ソロ活動はもうやるべきことはやった。そんな気分だったからバンドに戻るのも悪くないと思った」(ヘンリー)。ある事が契機となり、グレンはバンドに戻る決意を示す。

    「覚えているのはいいことばかり。悪いことは考えないようにした。あの頃の友情や楽しかったことだけを思い出した」(グレン)。紆余曲折はあったが、これでイーグルスは演奏活動再開となる。と…、なったのはいいが、再結成に際して、グレンはアーヴィングにある条件を出していた。それはグレンとヘンリーの取り分を他のメンバーより多くすることだった。

    グレンの言い分はこうだ。「僕らは14年間、キチンと成果を残して来た。二人がメディアやコンサート会場でイーグルスの名を守りつづけてきた。だから、僕にもヘンリーにも満足のいく契約内容になった。これについては、ティモシーもジョーも納得してくれたが、フェルダーは不満だったようだ。そこでフェルダーの代理人に電話をしてこういったんだ。

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    『やあ、君にはつくづく同情するよ。あんなクソ野郎の代理人だなんて…。これからいうことをよく聞いてくれ。陽が沈むまでに契約書にサインしないなら、僕らはフェルダーの代わりを探す。これが最後通告だ。日没までにサインするか、バンドを去るかだ!』そう伝えて電話を切った。結局フェルダーは契約書にサインをし、僕らはツアーを開始した。」

    プライドを傷つけられたフェルダー、「もう仲間意識はない。彼と視線を合わすのは移動とライブのときだけ…。一緒にいなければ問題は起きない。ビールを飲みながら話したり、友情を確認したりするより、一人静にしている方がいろいろな事が上手く行く」。文句があるなら辞めろと言わんばかりのグレンの露骨な仕打ちに、フェルダーの心情いかばかりか。

    イメージ 8「フェルダーは満足しておらず、彼の不満はこちらにも分っていたが、バンドは民主的な組織じゃなく、スポーツのチームみたいなものさ。一人じゃ何もできない代わりに全員でタッチダウンできることもない。彼の不満はどんどん膨らみ、僕がいくら稼いでいるか詮索も始めた。そんなフェルダー決断を下した。彼をクビにした。もう一緒にやれないと…」(グレン)。
    「傷ついたよ。一緒に演奏できないことが辛かった。友情と音楽を失ったんだから…」(フェルダー)。「何かの決断を下すとき、僕とグレンは一つになる。みんなが平等に発言するなど難しい。それで40年間やっている。だから、こんな風に言えるのさ」(ヘンリー)。フェルダーの代わりにスチュアート・スミスがサポートで加わった。彼は正式なメンバーではない。

    「レコーディングの際、アレンジ、プロデュース、曲づくりなども任されて嬉しかった。ヘンリーと一緒に作った曲もある」(スチュアート)。「スチュアートは僕らにとってカンフル剤のようなもの。彼は素晴らしいミュージシャン」(グレン)。スチュアートはメンバーに好意的に迎えられた。そんな彼はフェルダーの最高傑作、『ホテル・カルフォルニア』のギターソロについて…

    「あれは非常によく練り上げられたソロだと思う。なんだか宇宙服を着るみたいな感じがするしね。ただ、あの曲を演奏するのは複雑な気分だね。ファンの反応や興奮が半端じゃないし…。でもあれは僕の曲じゃない。僕は助っ人として協力するただの一ギタリストさ、メンバーじゃないし、だからその重さも分らないんだよ」(スチュアート)。

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    再結成時の年齢からみてもグレン(46歳)とフェルダー(47歳)は、過去を水に流したと思われていたが違っていた。2~3年もすればフェルダーにアレコレといちゃもんをつけるようになる。「イーグルスは本来、歌を志向するバンドで、お前はその事に貢献していない」などといいだす始末。歌で呼んだわけではなかろう。2000年、グレンはそれを解雇理由としてフェルダーをクビにする。

    フェルダーは、解雇撤回と報酬の見直しを求めて告訴する。法的にはフェルダーの言い分が相当優位で、2006年における示談はフェルダー有利に決着した。ただし、法的な解決があっても、フェルダーの地位保全要求はあくまで法的な名目であり、ヘンリーやグレンと打ち解けれるはずもなく、彼がイーグルスとしてプレイすることは、事実上できなくなった。

    フェルダーの功績はなんといっても、『ホテル・カリフォルニア』。この曲はフェルダーによるほぼ完成形のデモテープにヘンリーが詞をつけた。イントロ、ベースライン、ジョーとのツインリードのかけあい一切をフェルダーが考えた。『呪われた夜』の印象的なギターソロとベースラインもフェルダーによって作られた。彼のイーグルスへの功績は大きい。

    フェルダーは後年『ドン・フェルダー自伝 天国と地獄 イーグルスという人生』を著す。読んではないが、イーグルスファンには様々に感じられたろう。フェルダーを支持するもの、フェルダーをヘタレとこき下ろすもの、人によって違うし誰も定点観測などできない。それぞれのファンにあるグレン、ヘンリー、フェルダーが、一つのイーグルスにはならないようだ。

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    1970年4月10日、ポール・マッカートニーは英国『デイリー・ミラー』誌上でビートルズからの脱退を発表。同年12月30日にはロンドン高等裁判所にアップル社と他の3人のメンバーを被告として、ビートルズの解散とアップル社における共同経営関係の解消を求める訴訟を起こす。翌1971年3月12日、裁判所はポールの訴えを認め、ビートルズの解散が法的に決定された。

    原因を遡るとカネの問題に行き当たる。1967年、ビートルズは彼らの財産を運用会社、アップル・コアを設立。この会社は音楽以外の映画や芸術等の傘下7部門を持つ巨大な企業だったが、経営に関して全くの素人である4人が会社をコントロールできる筈もなく、成功したのはレコード部門だけだった。ジョンは設立後に「会社は半年で無一文になる」と語った。

    4人はアップル運営をきちんとした経営能力を持つ外部の実績者に委任することを検討し、その際にバンドは2派に分裂した。ポールは妻のリンダの父親であるリー・イーストマンへの委任を主張したが、これ以上ポールの発言力が強まるのを危惧した他の3人は、ローリング・ストーンズのマネージャーであった悪名高いアラン・クレインの起用を主張した。

    これが引き金となってポールと他の3人の訴訟問題に発展する。多数決の結果、クレインがアップルの運営に携わることとなったが、経営の悪化に対し明らかに力不足であり、起用は遅すぎたようだ。アップルは1975年にレコード・リリースを停止する。世間はポールがビートルズを真っ先に脱退したとの理解だが、ポール脱退の一年前にジョンは脱退の意を示した。

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    1969年9月20日、ビートルズの4人と当時のマネージャーであるアラン・クレインは、米国キャピトル・レコードとの契約更新の手続きのためアップル本社で会合を持つ。その席上において、ジョンとポールはバンドの今後を巡って口論となる。ポールはライブ活動の再開を望み、小さなクラブでのギグをやろうと提案したが、ジョンはこれに猛反発したらしい。

    その席でジョンはポールに、 「契約書にサインするまでは黙ってろと言われていたが、君に教えてやろう。俺はもうビートルズを辞めることにした」と吐き捨てた。しかし契約更改するまでは脱退を許さないとクレインに説得され、ジョンの脱退宣言はこの時点では契約上では却下されたが、ジョンはこれ以降ビートルズとしてスタジオに戻ることはなかった。

    イギリスで最も成功したビートルズ。アメリカで最も成功したイーグルス。成功するとカネの分配でもめる。かつて日本に「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」なるバンドがいた。メンバーの井上大輔が曲を書き、必然的に彼の収入が多くなる。井上は印税を含む収入一切を公平に分配するようマネージャーに伝えていた。そんな気遣いの井上は自殺する。享年58歳であった。

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  • 03/20/15--17:37: 人生は蹉跌
  • 二十年はひと昔。昨日3月20日は1995年に起きた「地下鉄サリン事件」の二十年目に当たる。現場となった東京の地下鉄・霞ケ関駅では犠牲者の慰霊式が行われたが、遺族の一人の女性は、「二十年というと長いようですが、あっという間でした」と思いを語る。バカな男がいたとしても、バカの神輿を担ぐバカなエリートがいなければサリンは精製できなかった。

    賢いとされる高学歴者が、麻原と言うバカを見抜けなかったのは、学歴と頭の良さは無関係ということを現す。賢い人間はバカを見抜く能力を持つがゆえに賢いのであって、高学歴所有のバカがバカに翻弄される社会不適合者を我々はこの目でみた。低学歴者が殺人を犯せば「バカ」と言えば済むが、高学歴エリートの起こす殺人は、「バカ」では済まない。

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    「バカ」では済まないなら何?「バカ」の上にある言葉だ。「糞バカ」でも「超バカ」でもいい。とにかく社会に与える影響が甚大だ。17世紀フランスの劇作家モリエールはこう言った。「学識の深いバカは、無知なバカよりも、いっそうバカだ」。なぜ学識のあるバカはいわゆる無知なバカよりバカであるのか?学識のある人は一般的には「バカ」と呼ばれない。

    例えば一流大学を出ているというだけで「自分はバカではない」と思い込んでいたりする。「大学教授」、「医者」、「弁護士」、「議員」、「(H元総理)」などの肩書きにある人たちの多くは、おそらく「自分は利口だ」と思っているはずである。「先生と呼ばれるほどのバカでなし」と慣用句が示すように、それほどのバカであることに気付いていない。

    その前に、「先生と呼ばれるほどのバカでなし」の意味を正しく理解している人は少ないのかも。一言でいうと、「先生」という敬称が必ずしも敬意を伴うものではないということ。にもかかわらず、先生と言われて気分をよくする人間ほどバカはいないという意味である。つまり、「先生」と呼ばれていい気になっている者をあざけて言う言葉でもある。

    世の中見渡すに、「先生」という呼称の何と多いこと。自分が謙っているのか、相手を尊敬しているのか、いずれにしても心で思っていれば済むことを、あえて「○○先生」と呼ぶ人。真意は分らぬが、ポイント稼ぎでやってる奴もいたりする。つまり、その様に呼べば相手もいい気持ちがするし、自分も相手から、"よしよし、何とかわいい奴だ"と思われる。

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    そうかどうかは断定出来ないが、そういうタイプにはそんな姑息さを感じる。以前、将棋の大内九段を定期に自宅稽古に招いている宅に、招かれて行ったことがある。出向くとそこには数人の将棋愛好家がいた。彼らはみな「大内先生」と呼んでいる。「先生」と呼ぶべき人かはともかく、家の主は「大内さん」と呼ぶので、自分も「大内さん」と呼ぶことにした。

    するとある人が、「さんじゃなく、大内先生じゃないんですか?」と耳元で囁いた。公の場であり、それについて言葉を返さなかったが、自分のことを常識のない非礼者とでも思ったのだろう。「大内先生」と呼ぶのはかまわないが、抵抗があったので自然な呼び名にしただけで、「先生」と呼ばずとも充分すぎるほどに尊敬はしている。が、人に押し付けられるものではあるまい。

    「大内先生」の方が、「大内さん」より尊敬が深いとかでもあるまい。「先生と呼べ」と押し付ける気持ちも分るが、なんというか、人に物を教わるときの、あまりに媚びた態度の不自然さが好きでない。大内九段自身が、「きみきみ、先生と呼びたまえ、先生と…」と言うならそうするが、主人の呼ぶ「大内さん」が自然で親しみがある。自分もそちらを取った。

    「先生」をつけるのがいかにも「礼」の姑息な日本人。以前学校でPTAをやってるときに、「先生同士が名前で呼ばないで、先生と呼ぶのは変じゃないか?」と教師に言ったことがある。自分は生徒じゃないから先生を自然に「○○さん」で呼ぶし、先生同士も苗字で呼び合うのが自然と思うが、問われた教師は面食らってか、「う~ん」といいながら言った。

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    「子どもの手前、そう呼んでいるんでしょう」。予測どおりの答えであった。「じゃ何かい、もし子どもの前で○○先生といわず、○○さんと呼ぶと、子どもが真似をするとでも?」、「それはないと思いますが、慣習です。習慣かな…」。それ以上は言わないことにしたが、互いを先生と呼び合うけったいな社会である。それがまともと思う人たちである。

    子どもは裏ではセンコーである。先生同士が「センコー」と呼んだほうがいいんじゃないか。とにかく人を「先生」と呼びたがる人はいる。まるで人を「先生」と呼ぶのが趣味ではないかと思うくらいに「先生」が好きな人間だ。変というか、妙というか、日本人にある謙りの技だ。おそらくそういう人は、自分も人からそう呼ばれたい気持ちを有しているのだ。

    そこまで謙らなくとも「心」に礼があればよいではないかと思うが、これも性格であろう。本人の利害関係もあろうし、注意義務もないし黙ってみている。「おいおい、先生は止めてくれんか?"先生と呼ばれるほどのバカでなし"っていうだろう?」と言われたこともある。そういう気さくな人もいる。礼にうるさい人は、こちらもかしこまり、打ち解けにくい。

    老子が儒家を批判した理由はそこの点である。「ざっくばらん」と言う言葉は、心をざっくり割って、ばらりと明かすという意味のようだ。江戸中期には、すでに今と同じ意味で使われていたという。自分が萎縮するのもよくないように、人を萎縮させるのもよくないはずだが、相手を萎縮させることで自身がいい気分に浸る奴もいるから、人はいろいろだよ。

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    若い頃の自分は強い言葉を発していた(らしい)。自己主張は歯切れのよい言葉で明確に自信をもって…、そういう思いであるが、キャパのない上役には生意気に思われていたようだ。遅刻をしていい訳をしないのも、"可愛げがない奴"と見られていた。人はイロイロである。人のイロイロに合わせて対応を変えるべきなのか?思考の結果、「No」と答えがでた。

    いちいち人に合わせてどうなる?そんなの媚び人間でしかない。八方美人といわれるが、八方美男子とはいわない。女に多いということか?ならば、男の領域ではあるまい。男に「男らしく」の概念は理解できる。当時、高倉健の映画に「男らしさ」を見た。それが「スジを通す」という概念であった。自分がコロコロ変わっていては、逆に相手が面食らう。

    人から見て自分はこういう人間と思わせるのが最適と考えた。それなら人に媚びなくてもいい。媚びるというのは、相手に自分を売り渡すことでもある。自身に正直でありたい。自身を偽らず、作為も廃した自然な生き方、自然な行為。老荘の説く、「無為自然」なる本を読み漁った。「無為」とは「作為」の反語である。ところが実際、自然とやらが難しい。
      
    吉田拓郎の「自然に生きてるって分るなんて、何て不自然なんだろう」という言葉が頭に引っかかった頃でもある。「自然に生きるとは何だ?」、「自然に生きるのが分るのは不自然なのか?」などと葛藤する。「自然」とは何なのだ?自己愛や自己の利益を追う人間が、「無為」の境地になれるのか?そんなことを突き詰めてみて、完璧になどできるはずがない。

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    それは正しい。完璧になどなり得ない。完璧を目指す事が間違っている。できることから少しづつやればいい。100m走も、42.195kmのマラソンも、少しづつ記録を伸ばすように。時には前より下回ることもある。そういうことに一喜一憂せず、人生と言う長いスパンで考えればいいし、レースは長い。自分は「自然」を無理しない事と定義して、それを信条とした。

    無理をすれば、無理をした事への不満が出る。その時は出なくとも、必ず後に出る。これらは経験的に知っている。だからか、「先だしじゃんけん」の論理で、今は嫌でなくてもおそらく後で嫌であろうことは、最初からしない。誘われても断る。それで嫌われても自分が自分を嫌うよりはいい。人は人を嫌う権利はあっていいが、自分が自分を嫌うのはよくない。

    自分に無理をしないというのは、究極自分を嫌いにならない事である。自分を好きでなくてもいいから自分を卑下しない事が重要である。そういう生き方を目指せば人に媚びなくなる。人に媚びるというのは自分の心の卑しさである。人間は自尊心があるゆえ、無用な自己卑下や極度の謙遜は、高邁心を隠すもので、やけに謙った人間が実は自尊感情が高い。

    イメージ 6何より自分のやりたいことを見つけること。それが自分を好きなことでもある。無理をせずにやれて、それが楽しくなれるなら、そういう人は生き甲斐を見つけたも同然である。一日中、将棋を指してもいい、一日中YouTubeで音楽を聴いていたり、映画や過去の映像など見ていたり。そんなことで楽しいならそれで充分である。やりたい事があるのは幸せだ。

    自分がしたい事が分らないというのは自分の問題である。自分の生きる姿勢、生きたい欲求から生まれる実存的な要求であるが、それがないのは、「生」に対する実在感が薄いのであろう。会話していて相手が傷ついたと感じる事がある。それを怒りに現す人、悔しさで現す人、悲しさで現す人、逃避で現す人、ネットはこちらが選ばない相手がくるところ。

    数日前、久々の題材に遭遇する。噛み付き転んで収拾つがずの女。最後は相手の言葉を利用して被害者を装う。このズルい手を女はよく使う。女がそうするか、自分は見ているフシがある。相手を罪人にし、「あなたってひどい人」というのが女の専売特許であるが、(自分の思う)いい女は、そういうことをしない。こういう羞恥が通用しないのを分っている。

    下衆な女はそれで気が済む。ならば許してやる。女は行き詰ると都合よく自己完結するが、言葉は支離滅裂である。つまり、女がそういう生き物であるなら、その代表が田嶋陽子嬢だ。キチンと言葉で対処してくる女もいる。話が美しく噛み合う女は、言葉も美しい。上品ぶっても汚い言葉は露呈する。男にも同じようなのはいる。そういう男は女以下である。

    だから「女の腐った男」と言う。すぐに被害者ぶって、「ひどい」と言われるのも慣れているし、罪人になるのは構わない。留置場に入れられるわけではないが、できるなら、そういう子どもの喧嘩はしたくない。得るものがなく相手はむかつくだけ。しつこい面倒臭いが、さっさと逃げてくれるならありがたい。せっかくなら美しい言葉を目にしたいものだ。

    女は嫌いじゃないから、楽しく美しい会話がいい。題材の女の、「あまり○○に誤解を招く書き方はなさらないほうがよろしいかと…」。この言葉がなければ好意的に感じたろう。上のような陰険な物言いの人間は、あちこちで人から嫌われてるはずだ。でなければ無造作に出る言葉じゃない。温厚(?)な自分でさえ腹を見透えて好意を抱けない人間である。

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    人をたばかる言葉の最たるもの。自分に無理をしないと言うのは、こういう物言いを受け入れないことでもある。人が好きで使いたい言葉は各自の自由だが、自分に対しては拒否するし、自分の前では吐かせない。そういう言葉は指摘する。「お前その言葉、もうちょっと言い方変えたらどうだ?ヤクザが脅迫文に使用するような慇懃さを感じるよ」などと言う。

    まあ、こういう言い方をする奴は陰険な性格だし、言葉は人そのものである。同じ言い方でも、「その言い方だと誤解を招くかもしれませんよ?」なら、ずいぶん印象が違う。こういう性格の人であり親切感に満ちている。「文は人なり」は間違いない、どういう言葉を選ぶかがその人の心を表している。他人に説教するのはおこがましいと思っている。

    だからいちげんさんにそのようなことはしない。無作法なら追い払うだけ。「和をもって尊し」というが、こちらの選ばぬ人間に媚びる必要はない。人目を気にした人間関係を危惧と仰せの輩もいるように、そんなのお体裁の人間関係に決まっている。"上のような言葉使いはよくない"と教えるは親切かもだが、初対面の輩に何かを諭したところで、相手に耳はない。

    心許した相手や関係であるなら、親切心も芽生えるが、初対面には無用である。人間は嫌な奴とは付き合わぬ方がよい。いろいろ要素はあるが、自分が人を選ぶ目安はある。ウザイと思われても伝えたい相手はいる。そうでない人間もいる。その違いが相手を選ぶ目安の何かである。記憶にあるのはフランス在住の日本人が、「フランス人は○○で驚いた」と書いていた。

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    それを読んだフランス在住の自称学者が、「そんなフランス人はいませんよ」という。フランス在住の日本人と書かなかったからか、自分の定義とおもったのか、決め付けるなといいながら、自分は「そんなのいない」と決め付けている。この言葉を聞いて、「お前は千里眼か?」と腹で思う。言い方一つだ。「そんなフランス人もいるんですね~」なら分る。

    人の決めつけを指摘しながら自分が決め付けるのを"押し付け”という。押し付けは嫌いだし、こういう思い上がりも嫌いだ。良好に付き合う人間とならない。案の定、些細なことを頑強に押し付けることとなり、そういう性向とっくに読んでいる。嗜好や価値観が違えども、それは現時点で違うのであり、交流でどう変わるか分らない。変わるもよし、変わらぬもよし。

    嗜好合うもよし、合わぬもよし、大事なのは互いの生き方に対する敬愛心。すべてが一致などあり得ない。ならば人は相手を許容できるキャパを身につけるべきであろう。それが手っ取り早い人間関係術だ。人生は蹉跌…、自分の危さに早く気づくのが修整が楽になる。高学歴を自認する学者は、自分のバカに気づかぬこと多し。



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  • 03/22/15--17:37: 人生の蘇鉄
  • ソテツ(蘇鉄、学名:Cycas revoluta)は、裸子植物ソテツ科の常緑低木。ソテツ類の中で日本に自生がある唯一の種である。ソテツは精子を持つ。イチョウとならんで種子植物でありながら、独立した精子を作ることでも有名。1896年、東京帝国大学農科大学(現 東京大学農学部)助教授池野成一郎は、鹿児島市で生育していたソテツの固定標本から精子を発見した。

    材料となったソテツは、鹿児島県立博物館・旧考古資料館前庭にある高さ5.9m、樹齢約400年と推定される雌雄のソテツ群で、この雌株についた胚珠の中から精子が発見された。本株は、1983年10月に東京・文京区にある小石川植物園にも株分けされた。花粉は胚珠の先端に付着、発芽して花粉管を形成、その中に精子が作られる。精子は類滴形で多数の鞭毛をもつ。

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    当時、生物学の世界ではコケやシダ植物以外の陸上植物の中で、どんな植物が精子を持つかということに関心が持たれていた。大学が誕生して10年あまりにしかならない日本が、生物学における最先端の発見という快挙であった。その時標本を採取したソテツは、世界で初めて精子が発見されたソテツとして、2008年4月22日に鹿児島県天然記念物に指定された。

    表題にあるように、「ソテツ」は「蘇鉄」と表記する。「蘇鉄」の名前の由来は、枯れかかったときに鉄クギを打ち込むと蘇るということ。即ち、鉄で蘇るから「蘇鉄」である。実際、茎にクギを打ち込まれていることがよくある。それをもじって「人生は蘇鉄」としてみた。人は長き人生の中で崩壊と蘇生の繰り返しである。起きては倒れ、倒れてはまた起き上がる。

    そんな人生を「起き上がりこぼし」と例えた。「こぼし」とは「小法師」である。「起き上がりこぼうし」が「こぼし」となったのだろう。「こぼうし」といっても間違いではない。あれを眺めていると面白い。元気が出る人もいる。起き上がる秘密は重りで、人形の底に重りがあるため傾いたり倒れたりしても、すぐ垂直に起き上がる。誰が考えたか夢のある玩具だ。

    何度失敗しても屈せず、奮起して立ち上がる。それが「人生起き上がりこぼし」というのであって、まさにその通り。福島県会津地方に古くから伝わる縁起物・郷土玩具の一つであり、起姫(おきひめ)ともいう。「人生起き上がりこぼし」なら大概の人に意味はわかろうが、「人生は蘇鉄」というのは、「蘇鉄」の意味を知ると多少納得してもらえるかも知れぬ。

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    こじつけだから納得はいいが、鉄を入れると元気になるというソテツは、貧血気味の植物か?近頃の人間は鉄分不足が言われている。理由は、包丁がステンレスになった事も関係あろう。フライパンや鉄鍋もいまではアルミが主流である。鉄は酸化(錆びる)するから嫌われるが、鉄はミネラルとしても欠かせない。女性に貧血が多いのは月経のせいでもあるようだ。

    女性の4人に1人が貧血、2人に1人が貧血予備軍と言われるが、近年は男の鉄分不足も目立ち、鉄分不足が原因で重い病気を発症するケースも多く報告されている。多くの人は自身が貧血・鉄分不足の認識がない。鉄分は人の成長に重要な栄養素で、幼少時期の鉄分が不足で発育不足の原因になったりする。鉄分と言えばほうれん草に含有が多いのが知られている。

    イメージ 7ほうれん草は「緑黄色野菜の王様」とも言われるほどの栄養価の高い。ほうれん草といえば、我々の世代では何といってもアニメキャラクターのポパイである。彼はほうれん草を食べると超人的パワーを発揮する。食べるのは決まってほうれん草の缶詰だが、子どものころにほうれん草の缶詰を食べたくて食べたくて仕方がなかったが、なぜかどこにも売っていない。

    八百屋さんに聞いたこともあるくらい、食べたかったのだが、残念ながら手にした事も、食したこともない。それもそのはず、作品が制作された当時、ほうれん草の缶詰は製造されていなかった。あちらにない物が日本にあるはずもない。ポパイのほうれん草パワーは、ほうれん草等の野菜を食べない子どもに、野菜の必要性を説く母親たちによって生まれたという。

    当初ポパイの先祖はにんにくの匂いを嗅いで力を出していたが 「ヘラクレスとほうれん草(Greek Mirthology)」(1954)のストーリーによると、ブルートに除草剤のような液体をかけられ、匂いがなくなった玉ネギの代わりにほうれん草を食べたところ、玉ネギの匂いを嗅いだ時以上の力を発揮し、それ以後ほうれん草を食べるようになったという説もある。


    人生の波乱期や過渡期にカンフル剤注入は必要だ。カンフル剤が何かは人によって違う。こよなく酒を愛する人、女を愛する人、博打を愛する人、いずれも見境なくはまると人生を壊すものだが、「飲む・打つ・買う」との言い換えで男の道楽とされた。今は懐かし不良オヤジの懐古趣味と思いきや、これを地で行くといわれているのが藤原達也である。

    藤原が大の酒・タバコ好きというのは有名だが、さらに競馬、麻雀、野球観戦、プロレス観戦と、32歳とは思えぬ老成で、まさに昭和の豪傑タレントの継承者である。それに輪をかけた、あくまで噂の粋をでないが、「20歳で1000人切り」したとか、「中学校の校内をバイクで走った」などの都市伝説がある藤原も、2013年、一般女性と結婚して「鉄」を得た。

    仕事のカンフル剤、恋愛のカンフル剤、結婚生活のカンフル剤などなどあり、薬剤の種類も人によってさまざまある。有川ひろみなる女性は、1957年東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌編集者となる。彼女のことはこれくらいしかしらない。58歳のオバサンのご尊顔も知らない。彼女はしきりに不倫を奨励する。それが結婚生活のカンフル剤と言わんばかりに…。

     ・不倫幸福論
     ・不倫の恋も恋は恋①・②
     ・不倫の恋が教えてくれたこと
     ・それでもあなたが好きだった―不倫の恋 真実の愛と偽りの愛
     ・純な恋―不倫のルール365
     ・不倫の恋に涙しない50の約束
     ・逢いたくて―不倫の恋 せつなさと愛しさと
     ・不倫の恋の法則
     ・「恋の痛み」を感じたら
     ・やさしいだけが男じゃない
     ・男って。―幸せをつかむ男選び

    イメージ 3とまあ、「不倫」本のオンパレードだが、この手の本を参考にする者がいるんだろうか?何の参考になるのだろう?「不倫」は勧められてするものでも、煽られて始めるものでもない。自分がいいと思い、納得の元で始めるもの。ルールはなく、互いが作るものだが、不倫に限らず男女のことはルールなしが多い。妻帯者の男が、「離婚はしない。家庭も捨てない。それでいいなら…」
    こんな健康的な言葉を最初に吐いて不倫する女もいまい。大概の男は、「妻とうまくいってない」、「何年もレスなんだよ」、「離婚してもいいと思っている」などの言葉で独身女を誘う。「オレは妻を世界一愛してる。幸せな家庭だよ」と、誰がこんな男と不倫するバカがいよう。女に同情を与え、あわば君と…などの夢を抱かせるのがそもそも男の手口である。

    それが本当であっても、いざとなれば離婚なんてのは一人ではできないし、社会的な影響もあるし、言葉ほど簡単ではないのよ。それを言葉にして簡単に言えるところが不倫天国というご時世である。「男の言葉なんか信じてはダメ」と1000回言っても、その場の感情に言葉は無能である。「不倫関連書籍」は奨励本も警告本もあるが、どちらも文字が書いてあるだけ。

    読み手は読み手の感性で捉えるだけだ。例えば、ネットでもリアルでも、ある対立が発生したとする。その対立を回避するために、いかに正論を言おうが、論理的に分りやすく相手に説明しようが、相手がそのとおりに受け取らないことが多い。こちらはあくまで対立を避けるために言っているのに、相手は感情的になって、自分の論ばかりを正当化しようとムキになる。

    こういう場合に、正しいことなどは存在しない。まったくのコミュニケーションが成り立っていない。「水掛け論ですね」と言って逃げる奴が水をかけるのであって、堂々正論で話そうとする側は、水などかける必要はないからだ。「水掛け論」を口にする奴は、大概論に行き詰った側の逃げの口実である。こうした問題が起こる理由は。互いの知識背景が違いすぎるからだ。

    子どもが大人に突っかかっても、行き詰まって、「バカ、カバ、チンドン屋」といって逃げるしかない。「私はそんなつもりで言ってない」との言い方をよく女はいうが、そんなことを言う暇があるなら、「そんなつもり」な言い方をすればいい。それが言えないから、「そんなつもりで言ってない」と逃げの言葉で誤魔化す。こういう言葉を、コミュニケーションのノイズという。

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    ノイズにもいろいろあって、心理的ノイズというのもある。あなたは○○な人、あの人はこんな人、などと決め付ける。いわゆるレッテル貼りという心理的要因である。該当する要因で決め打ちする人は経験や洞察が深いが、単に悪口言葉でいうのは筋違いも甚だしい。相手の腹の底がは読める人間と、読めないで罵るだけの人間とでは、言い合いにしかならない。

    どういう性格の人間がどういう言葉を吐くかわかるのは、人生経験の豊富さというよりも、人間のパターンがある程度確立されるからだろう。だから、占い師や霊能師などが、いかにも人を見抜いたようにアレコレ言う。彼らはいろいろ苦労をし、人にもまれ、騙され、あるいは騙し、人間の何たるかを得た人であろう。人が人を分る最も唯一の方法は経験である。

    こちらが分かりやすく丁寧に話していることが、相手にまったく伝わらない、そのとおりに捉えられない、まったく違う方向で捉えられるのは、こちらの責任というより、相手の心の問題がこちらに投影されているに過ぎない。その事に気づいたら無駄な対話はさっさと切り上げたほうがお互いのためである。世の中、何を言っても無駄な人はいるから見極めも大事。

    人間関係において対立や葛藤が生じた時、屁をひって逃げる子どもは論外として、大人の解決法としては以下の5つの方法が指摘されている。追い詰められて逃げる、話題を回避するという方法は逃避といい、解決ではないが必要な場合もある。何事も逃げてばかりだと問題解決能力が養われないが、そんなものイランという人には最適だ。

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     ①統合――互いに問題点について情報を交換しあう
     ②逃避――食い違いについて話すのを避ける
     ③支配――自分の意見が通りやすいように、自分の権威を強調する
     ④受容――相手の意見に従う
     ⑤妥協――妥協案を提示する


    上司や目上の人との対立には「受容」が一般的で、同僚や部下との紛争の場合、「統合」や「妥協」がメインとなる。なかなか解決がはかどらず紛争が長引くと、上位者は「統合」や「妥協」から強制的な「支配」に移行する場合が多い。夫婦間においては、夫は妻に対し、「我慢して対立を避ける」との回答が多く、妻は夫に対し、「相手に妥協する」との回答が多い。

    世の中は平和とばかりには行かないし、対立や紛争は避けられない。人生は対立を上手く解決することでもある。逃げたり誤魔化すでなく、積極的に解決する気持ちでいれば対立を怖れることはない。ソテツに「鉄」が肥やしであるように、人生に肥やしは必要だ。肥やしがストレスを解消する。酒も女も博打も深入りすることなく、楽しむためには「ほどほど」が大事である。

    「酒の害は酒が毒だからでなく、すばらしい故につい飲み過ぎるからだ」(リンカーン)

    「女が衣服を身につけるのは、それを脱ぐためである」(ジョージ・ムーア)

    「勝負事全般にいえることが一つある。自己管理ができるかどうかだ」(阿佐田哲也)

    「酒と女と歌を愛さぬ者は一生阿呆で過ごすのだ」(マルチン・ルター)

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    「男は理性的」、「女は感情的」。巷いわれることだが、話してみるとよく分る。男は"何が正しいか"を徹底的に突きつめ、論じ合うが、女は"自分の感性にあったものが重要"であって、正しいものなど求めちゃいない。だからか男は男同士で話すのが楽しく、女は女同士でぺちゃくちゃいう方が楽しいだろう。男と女が楽しい会話もありますけれども…。

    男同士で話すエロ話は情報交換の場合が多い。梅宮辰夫が"トルコの帝王"と言われた時代があった。トルコとはトルコ風呂で、今のソープランドのこと。同じ時期にトルコ通いを自負する奴がいて、「ビーナスのななが最高にべっぴんじゃ」と教えてくれた。聞きもしないのに、(トルコ)なんか行く気もないのに、ビーナスというトルコのななちゃんがお勧めであると言う。

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    何十年も前のことなのに、なぜか"ビーナスのなな"を覚えている自分は、頭がいいのだろうか?男のそういう話は罪はなく、まったく興味を持たないというものでもない。熱心に語る彼の少年ぼさもついでに思い出す。ああいう時の男はまさにひたむきな童(少年)である。彼の特技は「泡舐め」と豪語する。泡舐めとは、シャボンのついたナニを平気で舐めるという。

    「大丈夫か?石鹸だろ?」というと、「ぜーんぜん、石鹸舐めて腹を壊したことない」、「だって石鹸の味しかしないだろう?」、「まあそうだが、向こうの業務遂行上、どうしてもシャボンを舐めることになるんじゃよ」、「まあ、言ってる意味はわかるが、ようやるわ」みたいな会話だが、会話自体が子どもである。"童心に帰る"といえば聞こえはいいが…

    そういえば自分的にはまったく興味のないSM男もいた。SM男がいるという以上SM女もいるわけで、それでなければ成り立たない。阿部定事件ではないが、頚動脈の圧迫は、脳に血流がいかなくなり、いわゆる"落ちる"と言う状態になる。柔道などの絞めワザとしては立派な技だが、SM用語では窒息プレーという。福井大准教授は窒息プレーなのか?まさか…。

    Killing Me」は「私を殺して」という直訳だが、そのようなシチュエーションなどそうそうあるものではないし、実際「Killing Me」をそのように訳すことはまれであろう。ナニの最中に「Killing Me」と叫ぶようなことはあるような気がするが、XXXモノの映画で発する声を聞いたことはある。が、「Killing Me」の使われ方は、一般的に以下のようなものだという。

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    My legs are killing me.(足がすごく痛い=長距離徒歩やマラソン完走後…)
    My finals are killing me.(期末試験ですごく大変)
    You smile is killing me.(笑顔が素敵で私メロメロ)

    ロバータ・フラックの名曲に『やさしく歌って』というのがあるが、この邦題の原題は、「Killing me softly with his song」である。これを『(彼の歌で)優しく殺して」と訳すのは情緒がない。「Killing Me」という語句であっても、やはりメロメロにして、とろけさせてであろう。「やさしく殺して」という訳もあるが、間違いではなく情緒の問題。

     Strumming my pain with his fingers,
     Singing my life with his words,
     Killing me softly with his song,
     Killing me softly with his song,
     Telling my whole life with his words,
     Killing me softly with his song ...

     ギターの音が私の痛みをかき鳴らす
     彼の言葉は私の人生を歌ってる
     私はしばし自分を忘れてしまったの
     彼の歌にうっとりしてしまったの
     私の人生のすべてを歌ってほしい
     やさしい歌で忘れさせてほしい


    「私を殺して…」は、例の福井大准教授の教え子殺人事件である。最近、情報が出てこないが、ちょっとオカシくないか?「菅原さんに抵抗した跡がまったくない」という最終情報が出されて以後、トンと途絶えたまま…。もし、窒息プレーが事実であるなら、被害者の友人・知人関係や両親・肉親がそれをどう思おうと、事実として出さねばならないだろう。

    「私を殺して」というのは、窒息プレイの戯れ言葉、隠語ではないかと。実際、窒息プレーにあっては「クビを絞めて~、早く~」というより、「殺して~!」と叫ぶ方が男女にあっては刺激的であろう。SMプレー自体が刺激を求めるたになされるもので、となると言葉はより刺激的言葉である方がいい。絶頂期に、「死ぬ、死ぬ~」という言葉も一般的で何らオカシクない。

    想像すれば何でもできてしまうが、可能性のあることは考えてみるべきで、それが問題を解くコツである。菅原さんが、体調理由に大学院を休学していながら、前園容疑者の居住する福井県勝山市に行って、研究のお手伝いするということは、どう見ても純粋に研究がしたいという理由というよりは、前園准教授との関係を続けるのが目的と見るのは、邪推というより般認識であろう。

    これら既成の事実はあえて述べることもないが、前園の新たな学生漁りがでてきており、学生に手を出す手クセの悪い教師は困ったものだ。2010年ごろ、非常勤講師として勤務していた東邦大学(千葉県)にて、ある女子学生をやたら研究に同行させたがっていたという。『2人は付き合っている』とウワサしていたらしく、大学の調査も受けているとの報道である。

    イメージ 3今回と話が似ているが、学り漁りは自身のかばん持ちが隠れ蓑になる。菅原さんにとっても赤トンボはダミーでしかなく、周囲はそれが本望と思えばいいわけだ。聞き込みは東邦大学にも行っているだろうが、これと死因の関係はなく、事件は事件について調べるしかない。「自分が殺った」と認めてるのだから、問題は動機である。「菅原さんに抵抗の跡がない」との報道は窒息プレーの可能性を示す。人はじっとして殺されるものか?死にたい人間は、首を絞められ、じっと死を待つのか?如何に死ぬ気であったとはいえ、「殺して」と懇願したとはいえ、苦しい窒息状態にありながら、無抵抗で死を夢見るものなのか?

    痛ければ「イタイ!」、熱ければ「アツイ!」、冷たいなら「ヒヤイ」。これが人間の反射行動ではないのか?クビを絞められて苦しくなっても、じっと死を待っていたという状況である。そんな芸当が人間にできるのか?可能性は、「窒息プレイ」という許諾である。捜査関係者は「ハードルがいくつもあって、大変厳しい状況」と、捜査の難しさを指摘するように、情報がパタと途絶えた。

    朝からサンダル履きで、早朝セックスやってたんか、こいつら?「そんなことない」と言ってはダメだ。早朝にやるのはアリだろう。何でもアリなら、何らおかしいことでもない。したいときがするときだ。あるいは、セックスをしないままに、窒息寸前の相手を眺めながら快感を覚える性癖所有者もいる。実際にそれで3人の命が奪われる事件があった。

    十年前の2005年8月、大阪府堺市の人材派遣会社社員、前上博容疑者(36)が殺害を供述したのは、行方不明になっていた、神戸市北区の中学三年の男子生徒(14)である。男子生徒は同年5月21日未明から行方不明になり、直後に男の声で複数回電話があった。男子生徒は失跡前、友人に「自殺サイトで知り合った大阪の男性に会いに行く」とメールしていたという。

    また、大阪府警は前上容疑者の供述に基づき、河内長野市の山中で5月から行方不明になっている同府東大阪市の近畿大3年の男子学生(21)とみられる三人目の遺体を発見。同容疑者がカメラ付き携帯端末を持参し、遺棄現場で遺体の画像を撮影していた疑いも浮上、「人が苦しむ姿が見たかった」という同容疑者の犯行後の異常な行動が改めて浮き彫りになっている。

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    見つかった遺体は白骨化し、衣服や所持品はない。前上容疑者は「3人とも自殺サイトを通じて誘った。手足をひもで縛った後、口をふさいで窒息死させた」と供述した。前上容疑者は「人が窒息状態になって苦しむ姿に快感を覚える」と動機を説明。自宅で押収されたパソコンなどから、口を押さえられるなどして苦悶する男女の画像が大量にみつかった。

    前上容疑者は2月に殺害した大阪府豊中市の長元美智子さん(25)の遺体をカメラ付き携帯端末で撮影したが、事件発覚後に消去した痕跡も見つかった。「すべての現場にカメラを持っていった。殺害した女性の遺体を撮影し、見ていた」とも供述。神戸市の中学三年男子生徒と近畿大の男子学生とみられる二人が、口を押さえられて苦しむ様子の画像も含まれていた。

    これは「窒息プレー」と呼ばれ、中国・香港では交際相手を誤って殺害する事件も起きているほか、インターネット上でも愛好者の書き込みが氾濫。前上容疑者のものと酷似したアドレスで、「窒息プレーをしませんか」と呼びかける書き込みも複数サイトもある。危険な「窒息プレー」は、先の「阿部定事件」にも書いたが、人間と言うのは刺激を求めて危ないことをするものよ。

    インターネット上でも愛好者の書き込みが氾濫。前上容疑者のものと酷似したアドレスで、「窒息プレーをしませんか」と呼びかける書き込みも、複数サイトで見つかっている。しかし、なぜこのような性癖を?前上容疑者は、口をふさがれ窒息する姿に興奮する性癖が異常だと自覚しているが、「なぜこうした性的衝動が自分に起きるのかわからない」と話している。

    イメージ 7前上は1968年生まれ。4人家族の長男で、父親は元警察官。大阪府堺市の高校から石川県の金沢工業大学に進んだが1年で中退。性格はおとなしく、近所の人は「目立たなかった」という。大学生のころ「眠れない」と通院歴がある。地元に戻った前上はタクシー運転手などの職を転々とし、人材派遣会社に就職。04年5月からはカメラ製造会社に派遣されていた。
    ここでの評価も「おとなしい」、「真面目」といったものだった。前上が異常な性癖に目覚めたのは幼稚園の頃である。郵便局員のかぶった白いヘルメットに性的興奮を覚えた。(このことは法廷では話さず、面会した東海女子大教授・長谷川博一氏に語った)前上は中学生の頃、推理小説の挿絵に子供が口を押さえられる様子が描かれているのを見て興奮した。

    やがてそうした絵を見て自慰するようになった。以後、高校を卒業するまでに、薬品を染み込ませたガーゼで近所の児童らの口を押さえ、窒息させるという犯行を何度も繰り返した。さらに2001年3月から6月にかけて、堺市の路上で通りがかりの女性ら2人にベンジンを染み込ませたタオルを押し当てるという事件を起こし、懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受ける。

    翌年の4月にも男子中学生の口をふさぐなどして、傷害・暴行罪で懲役10か月の実刑判決を受けた。警察官だった父親は退職金を慰謝料に充てた。前上は白いソックスにも異常な執着を示す。中学生の時、教育実習生が履く白のスクールソックスに興奮したのが目覚めだという。郵便局勤務の頃、白ソックスを履いていた同僚男性に劣情を催し、スタンガンで襲って逮捕された。

    この事件では起訴猶予となる。元警官の父親が一千万円近い示談金を払っていた。特筆すべくは、前上のIQは128もあった事が明かされた。IQ128というのは、「非常に頭が良い」部類に入る。前上は2001年頃から自身のホームページを開設。主人公が人を窒息死させるという内容の自作の小説を掲載する。「自殺サイト殺人事件」と称され、被害者は自殺志願者であった。

    このような人間を見るに、およそ理性の欠片もない、自己の欲望一辺倒の野獣である。性癖と言えば性癖であろうが、性癖にしてはあまりに異常であり、正気の人間とは思えない。前上の精神鑑定は1年以上にわたって行われた。そこで判明した彼の性癖の要因は、警察官である父親からは独自の逮捕武術から派生した窒息によるリンチ・虐待を受けていたのが判明。

    イメージ 5これが被告の言う「4つの性癖(白色スクールソックス、窒息、唯一効力のある「精神安定剤」が他人をいたぶることであること、そのことを苦にしたことで生じた自殺願望)」の根本となっていた。何が災いするか分ったものではない。前上は死刑判決を受け、弁護側は即日控訴したが、前上が2007年7月5日付けで弁護人の控訴を取り下げたため、死刑が確定した。

    前上は「死をもって償うしかない。半年以内に手続きを終えて欲しい」と、すみやかな死刑執行を訴えた。4年後の平成21年7月28日、大阪拘置所で刑は執行された。犯罪者に親の影響が被さる事が多い。少しのことでも、どんどん自己増殖することもある。無菌室で純粋培養するのが決していいとは思わぬが、いかなる子も生を受けたときに将来は決まっていない。

    「子どもに純真な心をも持ち続けさせるよい方法は一つしかないと思われる。それは、子どものまわりにいるすべての人が純真なものを尊重し、愛することだ」。これはルソーの『エミール』の中の言葉だが、親が純真であれというなら難しいが、"純真なものを尊重し、愛すること"なら可能であろう。これに反駁するのか太宰治に「純真」という短編がある。以下全文。

    「純真」なんて概念は、ひょっとしたら、アメリカ生活あたりにそのお手本があったのかも知れない。たとえば、何々学院の何々女史とでもいったような者が「子供の純真性は尊い」などと甚だあいまい模糊たる事を憂い顔で言って歎息して、それを女史のお弟子の婦人がそのまま信奉して自分の亭主に訴える。亭主はあまく、いいとしをして口髭なんかを生やしていながら「うむ、子供の純真性は大事だ」などと騒ぐ。

    親馬鹿というものに酷似している。いい図ではない。日本には「誠」という倫理はあっても、「純真」なんて概念は無かった。人が「純真」と銘打っているものの姿を見ると、たいてい演技だ。演技でなければ、阿呆である。家の娘は四歳であるが、ことしの八月に生れた赤子の頭をコツンと殴ったりしている。こんな「純真」のどこが尊いのか。

    イメージ 6感覚だけの人間は、悪鬼に似ている。どうしても倫理の訓練は必要である。子供から冷い母だと言われているその母を見ると、たいていそれはいいお母さんだ。子供の頃に苦労して、それがその人のために悪い結果になったという例は聞かない。人間は、子供の時から、どうしたって悲しい思いをしなければならぬものだ。

    ルソーの思考は素直だし、自然だし、納得もし得るが、太宰には太宰の「脳」があるのだろう。太宰を徹底好きな読者がいる。徹底嫌う者もいる。上の短編は、彼の卑屈さ、ひねくれ加減がよく現れている。太宰は好きか嫌いか?と、問われるなら、好きなところもある。嫌いなところもある。同じ無頼派の坂口安吾に嫌いなところは見当たらない。



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    ・2004年  6月 1日 長崎県佐世保市で小6女子が同級生女子を殺害
    ・2004年10月19日 東大阪で36歳の男性が両親を殺害
    ・2004年11月24日 茨城県水戸市で19歳の少年が両親殺害
    ・2004年11月25日 茨城県土浦市で28歳の青年が両親と姉を殺害

    こうして羅列してみると記憶のある事件、記憶が途絶えた事件もあり、改めて詳細をみるといずれも印象的な事件である。中でも長崎の小6女子(11歳)による同級生殺害は年齢が年齢だけに驚くしかない。経緯はネットに記されているので、自分の所感を述べるところだが、正直この事件についてはお手上げである。年齢的な隔たりのせいか想像力が発揮できないのだ。

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    自分にも小6時代はあったが、人を殺す年齢ではない。殺意すら抱いたこともない。だから、何かの間違いでは?くらいにしかどうしても思えないのだ。子どもが子どもを殺す事件で印象深いのは、何といっても酒鬼薔薇聖斗事件であるが、彼は中三である。中三と小6は年齢差は4歳でしかないが、この時期の4歳差は例えると、20歳と30歳くらいに匹敵するかも。

    読んで面白かったのは『少女の殺意は親に向けられていた-佐世保同級生殺害事件の真実-』と題されたサイトである。書き手は様々な資料や情報を元に持論を述べているが、面白かったというのは、「参考になった」、「納得した」とは違い、書き手の考察が面白かったである。そう表現する以外に、自分はこの事件について思考が及ばないのだ。

    よって、自分の考察と比較もできない。それほどにお手上げ状態の事件である。10歳や12歳の小学生については正直分らない、分らなすぎるといっておこう。思考する気も起きないのは、考えても分る気がしないのか、分かりたいという気が薄いのか、どちらでもあるような気がする。何でもカンでも分ろう、分りたいというのもない。分らないことも、分かりたくない事もある。

    11歳の事が分らないのはそういうものかも知れないが、昨日起こった事件ほど驚いたことはない。なんと65歳の祖母が1歳の孫の腹を包丁で刺し殺したというのだ。何と言うこと、いったい何で?祖母は同世代であり、同世代であるけれどもさっぱり分らない。60歳、70歳で他人を刺し殺す、あるいは30、40歳の息子を刺し殺す事件がなくはないが、1歳の孫ではないか?

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    大泣きしてカンに触ったか、物を割ったか。スープをこぼしたか、何かしらんが、よちよち歩きの何をしてもかわいい時期、何をしても許される特権階級といわれる年齢である。おそらく何事かにマジぎれしたのだろうが、目の中に入れてもかわいいという乳児期の孫を刺し殺すなど、前代未聞ではなかろうか?同種の事件は、聞いた事がないし、記憶にない。

    「『あのおばあちゃまが』という感じで、本当に優しくて、温厚な感じ。いつもきれいにされていますよ、おしゃれして…」と、近所の人は首をかしげる。くらいだから遠くの我々は首が回りそうだ。情緒は経年で落ち着くから孫の乳幼児の腹を刺す余程の理由があるのか捜査を進展を待つしかない。どのような理由であれ納得できるものではないが、動機はあろう。

    2004年10月19日、東大阪市石切町交番に男が「父と母を殺した」と駆け込んできた。警察官が交番近くの男の自宅に行くと、1階の6畳間に敷かれた布団の上に、パジャマ姿の61歳の母親と、下着姿の66歳の父親が仰向けに倒れていた。殺人容疑で緊急逮捕された男は36歳、「自分の不甲斐なさと、家族の将来を悲観して」両親の首を締めたという。

    一家は男と両親の3人暮らし、母親は7〜8年前に脳梗塞で倒れ、ほとんど寝たきり状態。父親は、運送会社に勤めている時に腰を痛め、それが原因で足を引きずるようになったというが、寝たきりの妻の面倒をみながら、家事のほとんどをこの父親がこなしていた。「あんな親を殺すなんて…」この父親と一番親しかった理髪店の主人は涙を流し絶句する。

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    父親は朝、妻に食事を食べさせ薬を飲ませた後、歩いて50メートルほどの理髪店に来て、主人の出すコーヒーを飲みながら世間話をするのが、日課であった。36歳の息子は小さい頃は明るいかわいい子で、中学生の頃にいじめにあっていたという。高校に入ったが間もなく中退し、運送会社のアルバイトを始めるのだが、交通事故にあい、右足を骨折した。

    かなり重傷だったようで1年後には、患部を固定した金属を取り除く手術をすることになっていたが、本人曰く、「水疱瘡の跡が顔にできて、外に出るのがいやになった」。このことから、「引きこもり」が始まった。16歳の時である。両親を殺害して自首するまでに18時間もあったのは、睡眠薬自殺を計ったが、睡眠薬の量が少なく、翌朝目を覚まし自首に至る。

    結果的に事件ということになって入るが、将来を悲観した36歳ひきこもり息子による一家無理心中、というのがこの事件の相貌である。ひきこもりという社会化されていない存在が家庭にいるなら、「家族」がその解決者にならなければならない。しかし、何のノウハウもない家族にひきこもりを解決する能力はない。だから「抱え込む」ことになるのだ。

    36歳の息子は父親に働く意志を見せていたというが、近所の周知の人ですらまともに顔を合わすことができなかった彼が、いきなり見ず知らずの人の中に入って行くことがどれだけ大変なことか。甘やかさずに外に放り出せばの考えは、引きこもりという状況は消えても、本人が社会に溶け込んで生きて行けるのか?引きこもりの根を解決するのは至難であろう。

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    2004年11月24日、25日と続けて茨城県で親殺し事件があった。同種の事件が同じ県内で、しかも2日続けて発生した。24日、水戸市で19歳の少年が就寝中の両親を鉄アレイで殴り殺した。その後少年はコンビニでタバコとジュースを買い、深夜の公園でたたずんでいた。両親は教諭と元教諭で、教育熱心な家庭だった。昨春に高校卒業。合格した専門学校には通わなかった。

    姉二人は県外の大学に進学し、長男である少年には無言のプレッシャーとなったことだろう。少年はニートになり、家に引きこもるようになった。母親はそんな息子を立ち直らせようと教師を退職し、ニュージーランドに別荘を買い、息子・妹の三人で一緒に住み、立ち直らせたいと最大限頑張ったようだが、母親の気持ちとは裏腹に息子の心は離れていく。

    《水戸・両親殺害事件 少年の行動》
     23日午後8時ごろ~
           ・1人で夕食を食べたあと、部屋で約4時間パソコンをする

    24日午前0時ごろ~
           ・2階で寝ていた父親を鉄アレイで殺害、続いて別の部屋で寝ていた母親を同様に殺害 

                  ・
    近くのコンビニエンスストアでジュース・たばこを買う
          
    ・1階でテレビを見ていた妹に対し「上には行くな」と言い、居間で一緒に
    テレビなどを見る
           ・再び外出し、近くの公園でぼんやりとすごす

    午前3時15分ごろ~
           ・「両親を殺した」と110番通報
           ・署員が来るのを家の前で待つ

    「しっかりしろと、うるさく言う祖父が憎かった」。「そんな祖父を殺すのに邪魔をする両親を最初に殺した」。だが、それで「やる気がうせた」と供述。約3時間後、自ら警察へ通報した。少年も妹も、中学で力尽きたのだろう。エリート高校に進学するも欠席が増え、やがて不登校となり、ついにニート状態になった。 そんな息子に父親は習い事をしろと言う。

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    子どもは思春期になると親離れという「脱愛行動」をし始めるが、親が子離れできない場合、家出をしたり不良とつき合ったり、故意に親との間を断つ「情緒的離脱」を始める。少年の家庭では厳しく監視する祖父の下で、両親は家庭でも完璧な教師でいなければならなかったのだろう。少年が最も亡きものにしたかったのは、両親の上に君臨する祖父であった。

    水戸の事件の翌日、土浦で28歳の青年が両親と姉を殺害した。大事に育てた子どもから殺されるなど、あまりにむごい。親殺しというのは子育ての失敗だが、ほとんどは親の側に問題がある。青年の家庭は代々地主で、祖父は市議会議長。父も市役所の幹部。いわゆる地方の名士でした。父親は、外面は「穏やかないい人」でしたが、内面はDV夫、虐待親だった。

    父親から殴られ続けた息子は、小学校の頃から母親に暴力を振るうようになる。自分が身に受けたことへの吐き出しが、小学生の時点から始まった。高校3年から友達と会話した事はなく、徘徊や暴力などくりかえしていたようだが、「家で体に悪いものを浴びているから、外でマイナスイオンを浴びている」などというようなことを口にしていたようだ。

    専門学校を中退し、19歳から引きこもった息子の部屋は、『父親がいつもいる茶の間と廊下を挟んだだけの位置にあり、廊下に面した引き戸をいつも開けておくように言われていた。(閉めると虐待)』『部屋は机と布団くらいで本や雑誌も皆無だった。父親がいる間はトイレも我慢し、家族の団らんを感じながらも、部屋に引きこもってたという。

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    息子が28歳になった4月から博物館勤務になった父が家で過ごすようになり、息子のストレスは増大する。息子を懸念した母親が保健所に相談に行くが、それを知った父親が激怒する。と、この状況を想像しても、こんな家庭で子どもがおかしくならないほうがどうかしている。それくらいの異常さだ。2004年6月、台所で鉢合わせた息子に父は吐き捨てるように言った。

    「いい若者が昼間から働きもしないで、いい気なもんだな。とっとと働けよ」。この言葉に息子は始めて父に殺意抱く。(暴力ですべてを思い通りにするような汚いヤツが何を言う。次は殺してやる=供述)。今までは父が死ぬまで待とうと思っていた=供述。そして事件の前日の11月24日。帰省中の姉と、ストーブをつけるつけないで口論となる。

    自分との口論の内容を姉が書き留めていたメモを発見。父親に告げ口しようとしていると思い込み、「ふざけんな。こんな事したら殺人事件を起こすのが分からないのか!」と姉を殴打。後に姉が電話しているのを「病院に電話しているんだ」と思い込み、母と姉の殺害を決意する。キッチンで家事中の母親の左手をひっぱり、包丁を見せたあと頸部と頭部を刺して殺害。

    茶の間で鉢合わせした姉の顔面や頭部を何度も突き刺し、倒れた後に身体を(百ヶ所以上)突き刺し殺害し、頭部を金槌で殴打する。まれにみる凄まじい憎悪心である。ここで疲れ派果て、一旦自首を考えたという。が、父親こそ自分を苦しめている元凶、ここまま終らせるわけにはいかないと考え直し、自室で父の帰宅を待ち、頭部や顔面を滅茶苦茶に殴打。

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    父親殺害後、父が行く予定であった尺八教室に「父は急な出張で休みます」と断りを入れ、茶の間に座ったり、テレビを観たりして過ごしている。翌朝8時「母と姉と父を殺しました。以前から仲が悪かったんです。」と警察に電話をかけ、署員に逮捕される。

    《土浦・両親・姉3人殺害事件》
     24日朝~
           ・姉と口論になり素手で数回殴る
           ・「病院へ行く」と言う姉に、発覚すれば警察に捕まることを恐れ、「みんなを殺してしまおう」と考える

    正午ごろ~    
           ・母親(54)を包丁で殺害

     午後0時半ごろ~ 
           ・姉(31)を包丁と金づちで殺害
           ・おい(11カ月)はそのまま放置

     午後5時半ごろ~ 
           ・帰宅した父親(57)を金づちで殺害

     午後7時すぎ~  
           ・尺八講座がある公民館に「飯嶋は東京に出張に行っていけない」と電話で父親の欠席を伝える

    25日午前8時半~
           ・「両親と姉を殺した」と110番通報
           ・署員が駆けつけると庭先でぼんやりとした様子で立つ

    検察側は約4ヶ月の鑑定留置の結果、「刑事責任能力は問える」と判断して起訴。弁護側が請求した精神鑑定では、青年は24歳ごろから統合失調症に罹患、事件当時は心神耗弱状態で、心神喪失の可能性も否定できないと指摘。検察側は求刑死刑。一審では心神喪失として無罪を言い渡すも、二審では責任能力を部分的に認定し、無期懲役判決。最高裁で確定した。

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    2005年 6月20日 東京都板橋区で15歳高一が両親を殺害 
    2005年10月19日 大阪府枚方市で中学一年が母親を殺害
    2006年 6月20日 奈良県田原本町で高一が放火。母、弟、妹焼死
    2006年 7月 5日 大阪府豊中市で阪大生が母親を殺害
    2006年 8月28日 北海道稚内市で高一が同級生に母親殺害を依頼

    2005年6月20日、東京都板橋区の建設会社社員寮の管理人室でガス爆発が起き、室内で管理人の夫(44)と妻(42)が殺害されていた。警視庁捜査1課は22日朝、事件当日から行方不明の長男(15・都立高校1年)を、群馬県草津町の温泉旅館で発見し、身柄を高島平署に移送した。同課では少年が両親を殺害し、管理人室でガス爆発を起こしたとして、殺人容疑で逮捕した。

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    少年は20日昼ごろ、管理人室の両親を鉄アレイで殴り、包丁で胸を刺したりで殺害した後、ガスホースを切断して室内を都市ガスで充満させ、タイマーで電熱器を作動させてガス爆発を起こした。少年は、「父がバカにしたので殺してやろうと思った」、「母はハードな仕事をし、いつ見てもかわいそうで、『死にたい』と言っていたので一緒に殺した」と供述。

    少年は21日昼、1人で草津町の温泉旅館を訪れ、チェックインの際、宿泊台帳に偽名で年齢も「16歳」と記載したが、住所は「板橋区」と書いた。1人で宿泊する少年を不審に思った旅館従業員が同日夜、地元警察に連絡していた。この従業員は、新聞やテレビで、管理人夫妻殺害事件のことや、夫妻の長男が行方不明になっていることを知っていたという。

    群馬県警から連絡を受けた警視庁の捜査員が同旅館に駆け付け、22日午前7時半ごろ、朝食のために部屋を出てきた少年を確認、保護した。捜査員が本名を挙げて名前を確認したところ、少年は「ぼくです」と答え、素直に同行に応じたという。「きまじめ過ぎるくらいの生徒」、「家族間でのトラブルは聞いていない」。学校関係者はそう口をそろえる。
     

    夫妻が在籍していた東京都港区の事業所給食会社社長(47)は「寮の利用者や家族間でのトラブルは一切聞いていない」と話した。少年は夫妻の仕事をよく手伝い、社長が昨年訪れた際にも寮の掃除をしていた。「偉いね」と小遣いを渡すと「ありがとう」と言って喜んでいたという。事件の残忍さは捜査員も驚くほどであり、また計画性を合わせもっていた。

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    「『俺はおまえとは、頭の出来が違うんだよ。俺は小さい時から家の仕事も手伝い、真面目に勉強をやってたんだよ』お父さんはこう言って僕の頭を揺すった。もう我慢できない、殺すしかない。お母さんもいつも『死にたい』って言っていたから…。」少年の供述が明らかになる前、世間は親殺しのあげく部屋にガソリンをまいて放火する事件の残虐性に驚いた。

    少年は普段はおとなしく、マンションの管理人である両親を手伝う働き者という評判だった。上に記した父の言葉が報道されたことで、「そんな程度のことでキレてあんなことをするのか、とんでもない息子だ」と世間は騒然となったろうが、短絡的なのは世間の側である。この親子の間には事件の要因の言葉だけでない、長期に及ぶ確執や問題があったということ。

    親が子どもに用事を命じて、その親が遊びまくっていたらどう思うだろうか?子どもは自分の遊びたい時間を親の命で閉ざされている。どんな子どもで腹が立つだろう。少年の父親は自営業に失敗して、マンションの管理人に応募、妻とその仕事に従事することになる。この時点で子どもも被害者であろう。事業に失敗した父は自分の趣味であるバイクに熱中する。

    「父さんはバイクを走らせ楽しんでいるのに、自分は土、日も働かされっぱなし…」と不満を持っていた。この子があまりにいい子だからその不満を親も気づかず、いい気なものである。「オヤジ~、なにやってんだよ。オレばっか働かせやがって、てめ~はバイクでいい気なもんだぜ、まったく…。やってられんわ!」くらいに言える子なら、親も多少は反省もしたろう。

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    権威者は家来をこき使うが、家来は権威者に従うしかない。時に、逆らって意見を具申する家来もいるが、造反として刑罰を受ける。少年は重労働の母親に同情を寄せ、ねぎらう言葉をかけたりもしたが、母親はその言葉に癒されることもなく、素直に受け取ることもなく、不機嫌で愚痴ばかりこぼしていた。少年は父を殺した後、不憫に思って母を殺したという。

    しかし、後日警察から母親が自分のためになけなしの金を預金していたという通帳を見せられ、涙を流したという。あんな父であり、せめて母親に愛されたいという少年の思いを母に拒絶されていたと感じていた。それが母の愛情表現である通帳を見て、自分の間違った思い込みに涙したのである。この親子、家庭にはコミュニケーション不全があったというしかない。

    コミュニケーション不全は友人にも恋人にも夫婦にも、当たり前に存在し、世界中でどれだけ多くの恋人が、友人が、夫婦が、誤解から袂を分ったことか。切っても切れないのが親子の縁というが、縁は殺人と言う形で寸断される。単に別れるというのはありがちだが、「殺人」というこれ以上の悲劇はない。「うちは大丈夫、親子でよくいろいろ話し合ってる」

    この手の発言は親が勝手にそう思い込んでいる場合が多い。家来も、部下も、生徒も、弟子も、師や上に媚びるものだ。子どもが親に媚びて何ら不思議でない。その媚び方が上手い子どももいるということを知らない親もいる。「親なんか適当にあしらっていれば、それを間に受けて子どもに慕われていると思っているバカ」。子どものホンネは怖いものよ。

    イメージ 4対立は分りやすいが、対立のない穏やかな状態は、一見して波風たたない無風にみえるが、実はこちらの方が危険かもしれない。本当によい状態もあるが、問題ないと安心しきるよりも、疑って見る方がいい。危機管理能力とはそういうものでもある。現に犯罪後には周囲は一様に、いい家庭だ、いい子だ、いい親だ、「それが何で?」を聴き飽きたほどに聞いた。

    人の心は言葉と言う形にしないと分らない。言葉という形にしても、ホンネでなければ嘘の心を表したことになる。親子に対立がないというのは、実はいずれかが死んでいる、もしくは死んだフリをしている場合が多い。それを確かめる術はないが、もし、あるとしたら「疑い」を持って探ることであろう。見えないものは見えないが、見ようとすれば見えてくる。

    板橋の親殺し事件では、支配的な父親と、回避的な母親家庭が象徴的に現れている。支配的、回避的、どちらの親の元であれ子どもは自分の感情をありのままに表現できない。感情を抑制したり、意見を言わずに我慢する事が多い。それで表向きには「いい子」のフリをする。子どもにとって「いい子」の仮面をつけることは、波風防止の姑息な手段である。

    「何事も自分一人が引き受けていれば(我慢をしていれば)よいのだという自己犠牲である。坂口安吾は、「親は子どものために自己犠牲を払っているなどというが、どれだけ子どもの方が親に自己犠牲を払っていることか」で、子どもが親の横暴に我慢を強いられていること多し。親が働いて子どもを食わせるのを自己犠牲という親は思いあがったバカであろう。

    どんな苦労も子どもの成長という、むしろ楽しみであるはずである。こういう素直な気持ちと子どもへの感謝を秘めている親に、「誰のために飯が食えているんだ?」、「誰に大きくしてもらっているんだ?」などの卑怯な言葉は出ないはずだ。こういう当たり前のことを恩着せがましく言って、子どもに感謝や尊敬を得ようとする親はバカである。子どもは無視していい。

    無視することが、子どもがバカにならない方法である。親が禁句をいうなら、「誰が育ててくれと頼んだ?」と言えばいい。どちらの言い分が真っ当で正論かは一目である。なぜなら作った子どもを放置しておくのは犯罪であるからだ。それを恩着せがましくいう方がイカレテる。「だったら放置して置けばいいじゃないか」も、「誰が産んでくれと頼んだ?」も正論である。

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    親が子どもに何をいうのもいいが、返す言葉につまった時点で、もはや親は子ども以下になっている。あまり子どもを見くびって子どもにバカにされないことだ。子どもが自分以下と思えるようなくだらないことをいう親に尊敬されるはずがない。大体において口が立つ利口な子は、「うちの親は言ってる事が支離滅裂だし、どうしようもないバカ」と思うものだ。

    子どもにそう思われるのは、言ってる事に無理がある。自分は母親を、小4にして見切っていた。あの頃に比べて情報化社会は進んでいる。親も子どもの言い分に対抗できる様しっかりと論理を磨いておくことだ。特に子どもが男の子の場合は、権威で押さえ込もうとすると、返って反発するので注意が要る。男の子の対応に困っている母は知識なきを示している。

    自分は妻がやり込められそうになると、すぐさまバトンを受け取る。そうなると妻は最初から、「お父さんにいいなさい」、「お父さんと話して!」となる。これは逃げではなく、家のことは一家の長が決めること。逆に妻でなければのことも多く、男と女はダテに性が違っているのではなく、資質の違いでもある。家庭でも会社でも適材適所で成り立っている。

    まあ、母子家庭や父子家庭は父が母の役割を、母が父の役をこなす必要もあろうし、大変であろうが、二人分がんばっているとなると頭が下がる。育ち盛り、食い盛りの子がいて、自分に母の役も担えと言われたら大変だろうし、正直お手上げである。板橋の少年は、傲慢な父に不満をいだいていたが、それは「土、日に仕事を与えられていたこと」ではない。

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    「土、日に子どもに仕事をさせ、自分はバイクで遊んでいた」ことである。「土、日に仕事をさせられる」こと自体も不満であるのに、上記のような身勝手な父への激しい憎悪である。支配的なパターンを取ると相手に無力感を引き起こすのは心理学でわかっている。この少年の「いい子」は、実は無力感であって、父親の身勝手さが無力感の要因である。

    少年は自身の無力感に抗うために正義の刃を取った。親を殺して正義の刃という言い方はは誤解もあろうが、この少年の深層を代弁した。「死刑になってもいい」という確信に満ちた行為は、少年の心に潜む正義感の現れであろう。悪に反駁するためには「死」をも厭わぬ覚悟が必要である。15歳が44歳に対抗する決意、そこに至るまでの葛藤を自分は感じるのだ。

    自我を守るために、罪の意識を超えて刃を取る。それが親殺しの原型であろう。40男、50男の犯罪ではない。15歳の情緒の未熟な少年の犯罪を断罪する前に差し伸べる手も必要だ。「子が親を殺すなんて…」儒教道徳では大罪である。よって尊属殺人は一般殺人より思い量刑が課せられていた。が、よくよく考えてみるに、親を殺すというのっぴきならぬ理由がある。

    真っ当な理由と言えば御幣もあろうが、親の子殺し、子の親殺しはよほどの理由が介在するのだろう。確かに、そうばかりではない世の中でもある。人の命が軽んじられている時代である。人間関係や親子関係が複雑になる事でコミュニケーションがうまく取れないといったコミュニケーション不全が要因でもあろう。放っておけば子どもは大きくなる時代ではない。

    イメージ 7親が子どもにアレコレ口出しし過ぎることも要因だ。それに耐える子どももいるが、耐えられない子もいる。親子断絶はなぜ起こるのか?小学生のときは、学校のこと、友だちのことを何でも母親に話していた子が、中学になると突然黙りこく。家に帰ってもすぐに部屋に閉じこもる。いろいろ聞いても生返事ばかり。こどものこんな変化に不安を抱く母親は多い。

    が、こんなのは当たり前というほどに自然なこと。子どもにとって大切なランキングの第一位であった親子関係が、中学にもなるとどんどん下がってくる。変わって一位にあがるのが友達関係だ。やがてその座は異性に発展する。こういう変化に気づかず、自分から離れていくことの焦りや淋しさを感じる親が、子どもに要らぬちょっかいを出したり、まとわりついたりでて、どんどん嫌われていく。

    親の使命は、親を子どもに必要なくさせることである。なのに、親だけが子どもを必要とし、その感情丸出しにするのはバカ親であろう。理性で理解すべきことを感情が阻む。それが母親の問題点である。それをたっぷりと味わった自分だから、母子が果てしない憎悪の淵にまで落ちてしまった。親を嫌うようになった子どもの親には、それなりの理由があるのよ。

    「親は子どものことを全部知っていなければいけない、だから子どもとアレコレ話すべき」という母親がいた。一見、まともで正論に聞こえるが、こんなのは自分の気持ちを正当化するために歪曲された論理である。親子といえど、違った個体、違った心を持っている。何ですべてを知る事ができるのか?聞けば事実が返ってくるのか?淋しさを紛らわす言い草よ。

    本当に、真剣に子どものことを知ろうとするなら、洞察力を鍛えることだ。子どもは思春期にもなると、親に秘密を持つようになる。が、その秘密をアレコレ詮索しないこと。知ろうとしないこと。どうしても知りたいなら、己の能力を高めること。口からでる言葉なんか信用しない事。こんなことは親もかつて思春期だったから分かろうというものだ。

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    対等でいうなら、親だって子どもに秘密を持っているだろう、隠しているだろう。なのに、親の権威を振りかざして子どもの秘密を知ろうとする。私信や携帯の覗き見は止めた方がいい。それで非行が防止できたとしても、そのやり方で子どもは親を非難するだろう。自立は親離れと同義であり、子どもが親に話さなくなったら、子どもが一人前になったと喜ぶこと。

    「うちは、親子が秘密を持たない主義なんです。何でも話し合って仲良くなってます」と、こういう親に何人か出くわしたが、母親の一方的な願いが満たされたことを喜んでいるだけの、メデタくも幼稚でマヌケな親にしか見えなかった。



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    2005年10月19日午前10時ごろ、大阪府枚方市のマンション一室で、住人の女性(40)が倒れているのを訪問した中学教諭が発見、110番した。室内にいた中学1年の長男(12)が、「勉強しろと注意され、母親を殴った」などと関与をほのめかしたため、府警枚方署は長男の身柄を同署に保護し事情を聴いた。長男は母との2人住まいで、父親は離婚して東京在住である。

    この日は中間テストだったが、長男が無断欠席したため、同9時20分ごろ、担任教諭がマンションを訪問。インターホンを押したところ応答がなく、学校に戻り電話すると長男が出て、「体調が悪いので休みます」などと答えた。ところが同10時前ごろ、東京在住の父親から学校に、「息子が『母親を殴ったら動かない。』と話している。様子を見てほしい」と連絡があった。

    イメージ 1教頭ら2人が家を訪問したところ、母親の遺体を発見した。駆けつけた枚方署員が自宅にいた長男に事情を聞いたところ、「母親を殴った」と供述。同署は傷害致死事件として調べているが、長男が14歳未満で刑事責任を問えないため、事実関係を確認し次第、児童相談所に通告する。長男は、「日頃母親から『勉強しろ』、と口うるさく言われた」と話しているという。 
    十年前の12歳の少年の事件ゆえに、以後の情報はないが、彼も22歳になっている。母親を殺したのは殴打による過失致死で、まさか死ぬとは思っていなかったろう。人は殴られたことによるショックで死ぬこともある。撲殺というのは、固い物で人を殴って殺す事で、原始人並みの理性と知性が低い犯罪者による、野蛮な殺害方法であり、撲殺の死因は部位によって異なる。

    内臓破裂で出血多量で死ぬことも、ショックのあまり死ぬこともある。頭を強く殴打された場合に一番多いのは脳内出血や、脳の腫れが原因で小脳や脳幹を圧迫され、生命を維持する運動機能や自律神経が働かなくなり、呼吸が停止する。人間は脳挫傷程度では死なない。意外なのは、頭蓋骨骨折した方が助かる可能性が高い。脳の腫れによる圧力が開放されるからという。 

    「窒息死」、「窒息プレー」について書いたが、首を絞めて殺す絞殺は実は窒息死とはならない場合が多い。なぜなら、窒息させるには10分以上気道を塞ぐ必要があるからで、一般的には首の動脈を押さえることで、脳を酸欠状態にし、失神させて殺す。これは柔道の締め技と同じである。ショック死というのは、急激な経過で死に至る現象全てを差し、原因・場合が多い。

    路上で揉め、相手の顔を殴ったらショックで死んだというのを聞く。殴った側も死なれて驚くというやつで、上の12歳の少年もその点運が悪い。人から驚かされると、「止めてくれよ、心臓に悪い」の言い方をするが、心臓が止ってしまうようなショックもある。数あるショックの中で、これは直ちに心肺蘇生(人工呼吸と心臓マッサージ)するだけで生き返る?ので治療しやすい。

    人を殴打するとそのリスクもあるので注意されたし。人間は実に簡単に死ぬ生き物でもある。よく医師が注射をするときに、注射器の針を上に向けて垂直に立て、中の液をぴっと出す場面があったが、あれは液の中に空気をなくすためで、人の血管に空注射(空気注射ともいう)をすると死ぬといわれている。かつて舟木一夫という歌手がこれで自殺未遂を起こす。

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    2005年6月20日、東京都板橋区で15歳高一が両親を殺害した丁度一年後の2006年6月20日、奈良県田原本町で凄惨な事件が発生した。高校一年の息子が自宅に放火し、母、弟、妹を焼死させた事件である。少年は1989年、泌尿器科の病院勤務医の父と、大阪の開業医の娘だった母親が見合い結婚、翌年、少年が誕生した。少年が3歳の時には妹も生まれている。

    一家4人は奈良市内のマンションで暮らしていたが、父親は妻にたびたび暴力をふるう一方、息子には1歳から幼児教室に通わせるなど、かなりの期待をかけた。幼稚園に入ると、学習塾、スイミング、サッカーなどの教室に通わされ、夜には父から足し算・引き算・ひらがななどの勉強をさせられた。私立の医科大卒の父親は、そのことにコンプレックスを持っていたようだ。

    暴力などが原因で両親は別居。妹は母がひきとり、少年は田原本町の父親の実家で暮らし始めた。少年は以後母親とは1度も会っていない。少年が小学校に入学した年、離婚調停を経て、両親の離婚が成立。実母は、「少年と会わない」という条件を呑んだ。半年後に父親は医師で総合病院の同僚と再婚、やがて弟、妹も産まれ、田原本町の家で、一家5人の生活が始まった。

    少年は継母とは気が合い、弟妹たちの面倒もよく見ていた。小学校の卒業文集に少年は、「将来は医師になりたい」と書き、同時に父への憧れも記した。明るく活発だった少年は、中学、高校に進むにつれて精彩がなくなった。中学生の頃、「成績が下がると父親はすぐに殴る」と友人に洩らした。常日頃から父から、「医者になれ」と言われていたことが重荷になって行く。

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    少年はサッカー部でレギュラーも努めていたが、父親に辞めさせられ、父が学生時代にやった剣道を始める。高校でも剣道部に所属。二段の免状もとった。少年は県内にある私立難関校東大寺学園に入学。医学部進学を決めていた父親は、理系に進むための理科・数学・英語を重視していたが、少年はかんばしくない成績表の3教科の点数をコピー機で改竄した。

    改竄は担任教師によって発覚、父親宛に電話が入る。父親は、「なんでこんなに成績が悪いんや!」と怒り狂い、少年を滅茶苦茶に殴った。成績が伸びないことで父は苛立ち、さらに厳しく勉強をさせるようになる。少年自身もこのままでは父の希望にかなう志望校には入れないと感じるようになる。塾がない日、少年は夜7時半から0時頃まで父親の書斎で勉強をさせられた。

    目の前には父親が押し黙り、問題を解くのが遅かったり、間違えたりすると、父親は殴る蹴るの暴力をふるう。5月の中間テストの英語成績は、平均点より20点も下回っていた。正直に話したら殴られるし、「今度嘘をついたら殺すぞ」とも言われていた。こうしたなかで少年は父親を殺害して家を出ようと考える。「ゼロからやり直したかった」という供述をしている。

    高校進学の前後から父親になんとなく殺意は芽生えていたが、具体的に考えるようになる。少年は英語のテストについて、「平均点より7点良かった」と父に嘘をついた。20日には保護者会が予定されており、その時に嘘はバレる。少年は追い詰められ、父親を殺す以外にないと考えた。包丁で殺害を考えたが、武道の実力者でもある父親相手に包丁は無理と判断した。

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    バットやゴルフクラブで殺す方法は、高価で買えず、最終的に少年が凶器に選んだのは、素振り用で錘入りの竹刀だった。6月9日夜、少年は竹刀を1階の自分の部屋に持ち込み、父親の寝こみを襲うため、携帯電話のアラームをセットした。午前3時過ぎ、目覚めた少年は隣室の父親の様子を窺った。父親はいびきをかいて寝ており、チャンスであったが、怖くなって止めた。

    それでも少年は父親の部屋に入ろうとする途端、父親は目を覚まし、「何してんねや」と尋ねてきた。少年は適当にごまかして部屋を出た。父殺害計画が失敗に終わった少年は、次に自宅放火を思いつく。「この家にはイヤな思い出しかないし、家を燃やせばイヤな思い出も灰になる」。灯油を探したが見当たらず、仕方なく父親の寝室を中心にサラダ油を撒こうと考えた。

    18日に実行を決めた。18日夜、家族でサッカーワールドカップをテレビ観戦後に少年は就寝したが、未明のアラーム音に気づかず計画は失敗する。20日の保護者会のは間近である。19日午後10時、塾から帰宅した少年は、所用で父が帰宅しないことを知る。保護者会までには父を殺すことができないことを悟ったが、それでも自宅に火をつけることを決意する。

    20日午前4時15分、少年は目覚める。貯金箱から金を出し、連絡がとれぬよう携帯電話を破壊、逃走の身支度をした。サラダ油2本を室内に撒き、ガスコンロでタオルに火をつけた。傍にあったいろいろな物を火の中に投げ入れた。そして火が燃え広がるのを確認しないままに家を出た。少年は自宅に近い田原本駅ではなく、近鉄線橿原線の大和八木駅まで歩いて行った。

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    午前6時半頃に駅にたどり着いた少年は、よく眠っていなかったためタクシー乗り場のベンチに横になる。20日の晩と21日は公園で野宿した。滑り台で寝ているのを近所の人が目撃している。22日午前0時頃、修学院駅近くの公園で寝ていた少年は寒さで目を覚ます。少年は寒さと飢えをしのぐのと楽しみにしていたW杯日本・ブラジル戦を観る目的で民家に忍び込む。

    午前0時頃、所持していたペーパーナイフで網戸を切って民家に侵入、電話線も切断した。冷蔵庫の中のジュースなどを飲み、ソファに寝転がってサッカー中継を観ようとしたが、疲れてすぐに眠った。翌朝、家の人に「誰?」と声をかけられ、あわてて逃げ出す。以後、付近をさまよっていたが、実家の放火が気になり、侵入した家の方角に戻った。

    この時に警官に声をかけられ同行を求められる。少年は連れて行かれた下鴨警察署で保護され、母親や弟妹が死亡したことを知らされると、涙ながらに放火の事実を語り始めた。逮捕された直後、少年は家族に対し、概ね次のような供述をしている。

     父   ⇒ 「暴力が許せなかった」
     継母 ⇒「父親に告げ口するので頭に来ていた」、「恨んではいなかった」
     弟妹 ⇒ 「たまに腹は立つけど、恨みはなく、かわいそうなことをした」

    この物語を読んだ大人は、子どもってこんなに子どもなのか?と驚くだろう。その通り、子どもってのはこんなにも子ども。そして、おそらく少年の父親は、自分が殺されなくて良かったと、胸を撫で下ろしたことだろう。こういう父親なのだ。と、思ったが…、父親と言う肩書きに世迷っていたのであって、彼も実は真っ当な人間であるのが、手記で分かる。

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    「長男のしたことは決して許されることではありませんが、その原因をつくり追い詰めたのは紛れもなくわたしです。大人の都合で幼少時より複雑な家庭環境に置き、いい大学に入って医者になることが幸せにつながるという価値観を暴力に訴えてまで押し付け、知らず知らずのうちに精神的な極限状態に追い込んでしまいました。

    そのことで妻や二男、長女は命を失い、長男も罪を償うことになり、今までの人生で築き上げた何もかも失ってしまいました。どうしてよく話し合って本当の気持ちを聴き出そうとしなかったのかと後悔ばかりです。結局は親のエゴを押し付けただけだったと思います。3人だけではなく長男もわたしの被害者でした。長男には多くの嘆願書や励ましの手紙をいただきました。

    わたしへの怒り、おしかりのメッセージだと心に刻み、まずわたし自身が更生するために人の生き方など一から学び直す所存です。長男も深く反省しています。鑑別所で面会を終えて帰るとき、握手を求め「また面会に来てほしい」と言い、審判で「一緒に生活してもいい」と言ってくれたことが、せめてもの救いです。

    父子関係の本来の在り方を一生懸命学び、長男の更生に今後の人生をささげ、2人で死ぬまで罪を背負って生きていくことが、3人に対する唯一の償いだと思います。皆さまには多大なるご迷惑をおかけし本当に申し訳ありませんでした」。

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    父親は事件後、医師を辞めた。上の手記は判決後に公開されたもの。医師を辞めた理由は、医師である事が不幸を作ったからで、手記を後悔した理由は、詫びというより、世間に己の行状を恥じたと思われる。自らを恥じるは、人に詫びるよりも深い心情である。人は簡単に人に頭を下げるが、自らを恥じぬ者は多い。己を恥じる言葉は、表層の謝罪を無用にする。

    父親が心から詫びるとするなら、息子と、自分の代わりに命を落した妻とその子どもたちである。「ご迷惑をかけました…」、そんな世間に対する詫びなどどうでもいい。映画『鬼畜』のラストで、父が小学生の息子にひざまずいて許しを乞うシーンが感動を呼ぶのは、謝罪に上も下も、親も子も、ないからだ。自らを恥じた謝罪か、上辺の謝罪か…は見抜けるものだ。

    父親は事件後、始めて息子と面会した時の様子も手記を公開している。場面は息子は父に謝ってばかり。少年は何を謝ったのか?母や弟や妹をこの世から葬ったことに対する詫びであろう。罪の引き金になった父に謝る子どものいたいけさ。父に詫びたところで、どうにもならない少年が痛々しい。父も「暴力をふるって許してくれ」と息子に謝った。

    父と子は大きなものを失うことで、大きな絆を得た。今、どこでどう生きているか分らないが、少年は24歳。過去は一掃し、父と離れて自らの未来に執着して生きて行くべきである。罪を背負って、という言い方は好きではない。彼らに委ねられるべく彼らの人生である。怖ろしい事件だが、この事件を知る多くの親は、「うちの子に限って…」であろう。

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