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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    子どもは、「甘やかす」のがいいのか。「厳しく躾ける」のがいいのか。結果が出るのは数十年も先である。「甘やかせて失敗した」、「厳しくしすぎて失敗した」、これらどちらも耳にする。再度いうが、大事なのは親子の人間関係で、これが上手くいっていれば甘やかせるにも厳しいのも然したる問題ではない。親子関係が良好なら親子に障害はない。

    躾や教育の問題より究極的に大事なことは、親子の信頼関係だと思っている。自身の教育理念を子どもに託したい親は、円滑な信頼関係が保たれているかを重視すべきだが、それがないのに価値観を押し付けるからいがみ合う。親子に先験的な愛が存在していても、子どもの成育過程で種々の問題を経験する。巷いわれるのは、「親は子どもと共に成長すべき」である。

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    親の成長とは子どもへの理解であろう。人間が他者と関係を結ぼうとするとき、自分の中にある好ましからざるものを互いが突き出すことが大事なように、親子関係においても双方が曝け出すのがいい。なぜなら、親はすべてにおいて子どもの見本であり続けるのは難しい。親がドジをし、へまをしても子どもが笑って容認するのが信頼に満ちた親子関係ではないだろうか。

    記憶を辿れば子どもが親に抱く最大の不満は、子どもに厳しく自分に甘い親であった。子どもに厳しいことをいっても、子どもは親をちゃんと見ている。そういう親への不満を口に出さない子もいれば、ハッキリいう子もいる。子どもに嘘はつくなといいながら、親につかれた嘘を子どもは忘れない。故に親は子どもの嘘を暴く検事になってはいけない。こういう事例は頻繁にある。

    男の子は、「お母さんだって嘘をついたじゃないか!」という。最低な親は、「嘘ついてないよ。何いってるの!」といえば信頼は損なわれたも同然。子どもの指摘には誤魔化さず、言い訳もせず、誠実に対処すべきである。「そりゃお母さんだってつい嘘が出ちゃうのかも…。でも、その時はちゃんと言って。次から嘘をつかないために指摘し合おう」。これが親子の信頼である。

    親も子も成長をしていくなら、互いが一歩一歩、新たな自分に近づく過程で互いの関係も変わっていく。変わった関係によって互いが高められていく。関係は常に流動的だ。姑・嫁の仲たがいは、姑がいつまでも息子と思うからだ。息子は親以上に大切にすべく伴侶を見つけることが、「人間界の法則」であるのに、息子に大事にされる嫁に嫉妬し、反動から嫁を憎むようになる。

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    こういう姑は息子の人生設計の障害者である。姑が嫁に過敏になり、憎むようになるのは、「とらわれ」の心理であり、息子への依存心が拭い去れない、「甘え」と類縁の心理である。依存心の強い人間は、「安らぎ」を得られない。自分を充実させるための目的は、「依存心」であってはならない。結局、「依存心」は、人を不安に陥れる目的であることに気づくべきだ。

    馴れない他人を避ける対人恐怖の心理は、子どもの場合は人見知りとなるが、姑は嫁に攻撃的になるのは息子の親という威厳を示したいからでもある。何事も自分が決めたように事が運ばなければ気が済まない性向の姑にとって、嫁は禍の種でしかなくなる。嫁・姑問題は我が家にもあった。拭き掃除は濡れ雑巾かサッサか、などとくだらない問題に自分は以下のように諭した。

    「昔にサッサがなかっただけで、雑巾よりも衛生的だから生まれたもの。たらいで洗濯するか?畳をホウキで履くか?そんな時代ではないだろう。それと同じ、濡れ雑巾がサッサに変わっただけで、雑巾の時代に戻す必要はない。サッサがダメなら、洗濯機や掃除機もダメだろ?」。昔の人間は昔のことを基準にモノを考えるが、便利の恩恵にあることに気づいていない。

    都合のいい事だけ「気がすまない」では、矛盾もいいところだが、「気がすまない」という感情は、論理で説得も納得も無理だから、言うだけ言って自分で分かるようになるまで放っておく。すぐに分からせようとするから軋轢となる。とかく頑固な人間は他人に迎合しないのでほっとくに限る。「気がすまない」と同じように、善悪<感情だけの問題は結構ある。


    うるさくしつこい女がほっとくしかないように、感情は論理で解決しない。だからほっとく以外に手立てはない。男づき合いは論理で解決がつくが、訳の分からぬことをいう女の扱いは面倒くさい。「面倒くさい」を禁句にする自分は、結構辛抱強く対処する。だからか人から、「マメだ」と言われるが、説得術を身につける訓練と思ってポジティブにやっているだけ。

    子どもから見た親を、「難しい」とは思わない。あくまで親から子どもに対処する、「難しさ」である。子どもが幼少時期は親が主導的で子どもは受動的だが、いつしか子どもが親に対して主導的になる。「老いては子に従え」とは、親自身を戒める慣用句で、そういう言葉は沢山ある。自分の祖父に感激したことがあった。その時、祖父と祖母のまるで違う様をしかと見た。

    祖父と祖母の違いは、男と女の違いと自分は理解をした。祖父母には2人の息子と1人の娘がいた。自分の母が長女である。自分が小学生辺りに祖父は長男をアキラ、次男をカズシ、長女をミチヨと呼んでいた。それがいつしか、アキラくん、カズシくん、母をミッちゃんと呼ぶようになった。そのことを自分は不思議と感じていたが、壮年期になるとそれが祖父の理だと気づいた。

    他方祖母は、死ぬまでアキラ、カズシ、ミチヨの呼び方を変えなかった。祖母がその様に呼ぶさまは、まさに偉大なる母にふさわしい心情と感じられたが、祖父の、「くん」、「ちゃん」付けには遠慮がちさが感じられた。祖父がなぜそのように変えたのかを考えたことがあった。それはある時から自分に対して、「〇〇くん」と呼ばれ、心が動揺したからだった。

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    父から自分の名を呼ばれたのは記憶の限りない。「おい」とかもなく、いきなり用件だけを言ってくる。そんな父に自分も、「お父さん」と呼んだ記憶はない。同じようにいきなり用件をいう。二人の間に何があったのかを想像するに、父と息子という肩書めいたものはなかったのか?父が息子の名を呼ばず、息子も、「お父さん」と呼ばなかった理由の分析はできない。

    が、祖父がある時期から自分を、「くん」付けで呼んだのは、祖父の自分への敬意のように感じられた。昔の人だから、「元服」という習いが頭にあったのかも知れぬが、祖母はやはり死ぬ間際まで名前だけを呼び続けた。祖父も父も息子や孫をある時期から離れた視点で見るのだろう。その様に理解した。祖母や母はそういう離れた視点で捉えることはしないようだ。

    これが男と女の違いと感じる。離れた視点で捉えないのは、言い換えれば遠慮がないということ。離れた視点で捉えるのは、同じ言葉でいえば遠慮となるが、自分はそれを「思慮」と考える。思慮の無さがいつまでも子は子となり、男の思慮分別が一親等の肉親であれ、離れて見る。自分は息子も娘も未だ呼び捨てだが、妻は随分前から長男には、「くん」付けで呼ぶ。

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    『男子、三日会わざれば刮目して見よ』

    という慣用句がある。これは日本語に置き換えた言葉で、原文は「士別れて三日なれば刮目して相待すべし」(出典『三国志』)。意味は、「日々鍛錬する人が居れば、その人は3日も経つと見違える程成長しているもの」。よって前者の意味は、「男の子は三日も会わないでいると驚くほど成長している。親は目をこすって息子をしかと見るように」と、諭している。

    子どもの成長を背丈や体重で捉えれば、わざわざ目をこすって見ずとも歴然だが、「刮目して見よ」とは心の中味に言及している。見えないからといって心の成長を親は見落としがちになる、だから、「刮目せよ」となる。いわば子どもの自己点検を子どもに変わって親がする。子ども自身は自己点検をしようとなど思わないし、そうした機会もない。だから親がする。

    自立の一歩を踏み出すほどに逞しく成長しているか、否かの自己点検である。親が余程の困窮でない限り、多くの子どもは依存心を寄せて成長する。だから親が必要となるが、人間と動物が大きな違いは、本能で子育てをする動物に反し、人間は感情で子どもを育てる。人間の親が子どもに依存するから子を育てる面があり、子どもは依存心の強い大人に囲まれて育つことになる。

    親の依存心が子どもに与える影響は大きく、子どもが成長しても抜けきれない親がいる。動物の親が子どもに依存することはないが、人間は子どもに精神的に依存するのは、かわいい子どもを育てたことで情が育まれた結果である。情で子育てをしない動物と人間の違いが子離れできない人間を作るのは止むをえない。あとは、それを理性によって止めるのが人間の使命となる。

    幼児期に周囲の人たちの温かな愛情に触れることは大切である。大人になってからも、温かい愛情を持った人の中に身を投じることも大切である。しかし、大人の世界(社会)は苛酷で厳しい。偽りの人間関係が偽りの世界を生み、自身も偽りの世界に身を投じることにもなる。おだてを褒められたと錯覚したり、正しいことをしても咎められたり批判されたり、それが社会である。

    日常の人間関係の中で起こるこうした矛盾や軋轢にどう対処し、解決していくかの基本は、幼少期の育て方にあるということ。しっかりした子どもは、しっかりした親に育てられるからしっかりするのであって、子はまさに親を映す鏡である。ところが、しっかりした子の親は、決してしっかりした子を作ろうとしたわけではない。ごく普通に育てたと振り返る親がほとんど。

    その理由は、「しっかりした教育」が何であるかを親がキチンと捉えていたからである。「しっかり」には意識的に行うこともあるが、本来的な性格に加えて、熱意や真剣さから生まれたゆるぎのない、「しっかり」の相乗効果であろう。そういう親は、「何も特別なことはしていない」と感じるのだ。誰も我が子を、「いい加減」な気持ち育てないし、育てたいとも思わない。

    それでありながら、「しっかりした子」、「そうでない子」の差は、「しっかり」感の意識の差であろう。意識して育児書を読み、子育てに関する講演会に参加するお母さんは真剣に子育てに取り組む姿勢に受け取れる。が、着飾って講演会に行く母にはどこか不純な要素が見受けられる。昔読んだ子ども作文に感動させられたが、野良着で参観日に来る母を慕う子どもである。

    香水ぷんぷんの母とは違う土の臭いのする母。畑仕事の途中に抜けてきた母であるが、そんな母を周囲は茶化す。この子が強いのは茶化されても動じなかったこと。自分の母は仕事を中座して参観日に来てくれたこと。その子にとってはこれ見よがしに着飾る他のお母さんより立派に思えたこと。同じ年代でこの精神年齢の差は凄い。まさに子育ては、「力仕事」であろう。

    「力」を英語で、「パワー」というが、日本語でいう筋肉の、「力」とは違い、パワーとは、「仕事率」という意味がある。仕事には様々な要素があり、多くの知識や判断力や洞察力や勇気や決断力も含めて、「力仕事」である。子育ての本でどれだけ知識を得てみても、判断力や勇気や決断力がなければ、それは、「しっかり」に当て嵌まる子育てとはならないだろう。

    「しっかり」した人間というのは、判断力や勇気や決断力を持った人間をいい、そういう人間が子どもの心を読み取るための心理学的知識をプラスすればいいことになる。したがって、講演会や教育書から知識をたくさん得た母親は、判断力や勇気や決断力を身についているかの問題がある。それが知識を効果的に実践することになる。勇気や決断力を得るにはどうすればいい?

    聞きかじりの知識だけが豊富な若い女性を、「耳年魔」という。彼女たちは、「しっかりした」考えを持つ、「しっかりした」人ではない。確かに熱意はあるのだろうが、「熱意=しっかりした」人ではない。手前みそだが、あからさまな事実をいうなら、自分がしっかりした人間かはさておき、子育てにしっかりした考えを持っていた。その理由は、ヒドイ親を持ったことにある。

    子どもがこんなに親から苦しめられていいのだろうか?こんな親でいいハズがない。という体験的問題意識が、正しい親のあり方を模索したのは必然である。こんな親には絶対になりたくない。親は子どもにどうあるべきかを子ども目線で考えるなら、子育てというのは、子どもを精神的に追い込んだり、苦悩させるなどあってはならず、子どもの心を傷つける親は親ではない。

    自分は子育て講演会に行ったことも、行きたいと思ったこともない。ルソーの『エミール』と、井深大氏の『ゼロ歳からでは遅すぎる』だけは読んだ。どんなよいことでも読むだけではただの知識、それらを実践することに勇気がいった。が、本当に役立ったのは書物ではなく、実母から体験した言動の数々である。それらは何にも増してすばらしい反面教育の素材となる。

    母親から感じさせられたことは、「自分(子ども)のためになることは何ひとつなかった」である。彼女は自己の満足と世間に対する体面だけが大事であった。そういう親にありがちな、周囲や他の子どもや親との競争心が半端なく強かった。そのことがどれだけ子どもを苦しめるかなど、気づくはずがない。自分の欲望を満たすために子どもを利用しているように映った。

    「それでも親なのか?」これが自分の母親に対する問題意識である。なぜ母親は、そうまでして子どもを自己の欲望の犠牲にするのだろう?「犠牲」などの考えはこれっぽちもなく、自己イメージの高さに沿わせたいのだろうが、それこそが子どもに自己犠牲を強いることになる。多くの母親は、「子どもの将来のため」、「子どもの幸せのため」との思い込みで自己正当化する。

    「自分は愛されていない」、「親が大事なのは自分の欲と世間への体面」などは子どもに伝わるが、何もできない憐れな存在だ。反抗することで自己を主張をするしかない。子どもは自らの将来を自ら決定できるが、親に依存する境遇ゆえに親の意向に逆らえない。子どもの将来を決めるのは親ではないが、自立心や自我が芽生える前から我が子のレールを敷く親は多い。

    したがって子どもの依存心の増大は、親の自己中心的要求に屈服した結果である。意識下では親への不信感を抱きながらも表面的には親への不信を抑圧し、親に依存するのが一般的な子どもであるが、小学低学年の段階で自分の将来を見据え、囲碁や将棋の棋士になりたい、サッカー選手になりたい、歌手になりたい、看護師になりたい、そういう目的を持った子は幸せである。

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    60年代のフォークソング・ブームに作られ、歌われた多くの楽曲はプロテスト・ソングといわれ、反戦、軍拡、国政、貧困、民族差別など、政治的抗議などのメッセージを含む歌の総称をそう呼んだ。その中でも、『花はどこへ行った』(原題 Where have all the flowers gone?)は、プロテストソングのバイブルとされ、多くのシンガーに歌われ、多くの聴衆に愛された。


     花はどこへいったの?
     少女がみんな摘んでしまった
     
     少女はどこへ行ったの?
     みんな若い男たちの下へ行った
      
     若い男たちはどこへ行ったの?
     みんな兵士として行ってしまった
       
     兵士はどこへ行ったの?
     みんな墓場へ行ってしまった
        
     墓場はどこへ行ってしまったの?
     花一杯に咲いて囲まれている
         
     花はどこへいってしまったの?
     少女がみんな摘んでしまった

          
    歌詞の構成は、最初に提示された命題が最後に再び戻り、返されながら続いて行く無限のつながりの中で、「一体、我々はいつ学ぶのだろうか?(when will they ever learn)」という問いが投げかけられている。性懲りもなく愚かな戦争を繰り返す人類への嘆きともとれる歌詞であろう。作詞作曲は、アメリカンフォークの父とも形容されるピート・シーガーによる。

    子猫がカラスに襲われた現場に行ってみた。子猫はいるのか辺りを探してみた。同じところを何度も堂々巡りをするだけで、子猫たちの姿はなかった。少女たちに連れ去られたのかもしれない。などと思いながら探しているのは、子猫たちの死骸なのか?このまま放置すればおそらく子猫は死ぬだろうとの思いで立ち去った自分だから、せめて死骸でも見つかればの思いがある。

    あれから5日も経っており、そこにいるはずはないと思いながら、それでも辺りをくまなく探した。翌日も同じように、同じ場所を探したが何の形跡も見当たらなかった。見当たらないと余計に気になって探すもので、これはない物ねだりの心境か?東北地震の津波で家族3人を亡くした木村紀夫さんは、その後、5年9か月も娘たちを探し続け、やっと見つけたとの記事があった。

    見つかったのは木村さんの次女の汐凪ちゃんだが、木村さんによると5年9か月めにしてやっと見つかった遺骨は、あまりに小さく、あまりに少なすぎるということで、死体検案書が作成できず、統計上は、「行方不明者」のままになっているという。「5年9カ月の間、見つけてあげられなかった娘。喜びよりも辛さと憤りが湧いてきます」とは木村さんの心情である。

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    死体検案書が作成できないとか、統計上は、「行方不明者」のままであるとか、行政の事務的都合はともかく、小さな欠片であれ、それがまぎれもない我が子なら、何もないより気持ちは晴れる。「喜べない、辛いし、憤りしかない」という心情もわかるが、娘が見つかったことは喜ばしい。それはさておき、子猫はどこに行ったのだろうか?そのことが頭から離れない。

    あの日(5月4日)、実は不思議なことがあった。知人の女性がGWに実家に帰省し、4日の夜に自宅の飼い猫の画像を送ってきた。昼間に子猫のことがあったことから因縁のようなものを感じたが、メールに返信はしないでいた。彼女は6日の夕方帰ってきたが、猫好きの彼女を慮って子猫のことを言うべきかどうかを躊躇ったが、悲しむだろうと思いつつもいうことにした。 

    話終えると彼女はすぐに、「そこの場所に連れて行って!」と、お願いされて驚いた。予期せぬ言葉に、「もう2日も経ってるし、いないと思う」というしかなかった。彼女が執拗にそこに行きたがっているのは分かったが、「いないと思う」という自分の言葉に促され、自身を諭す様子も伺えたが、話を聞いた直後はいてもたってもいられない様子であった。
     
    そこに行く気のない自分だが、彼女のあまりの反応に、「もしいたならどうする?」と尋ねると、実家に持って帰るという。実家の猫も母親が拾ってきた捨て猫を育てたという。確かに以前、そのようなことを聞いたが、あまり興味のないことだからか聞き流していた。彼女はしきりにどんな大きさ?こんなの?とスマホにある実家の子猫時代の画像を見せていう。

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    「そうそう、これくらい。同じ感じ」。自分には子猫はどれも同じに見え、確かに似たようなのがあった。心底彼女は諦め切れていないのは伝わるが、なぜ制止したのかの罪悪感はあった。この一件はblogにも、「人の不幸に同調しない」と、『賢人の知恵』の一文を書いてはみたものの、「すぐにそこに連れてって!」と、すぐさま反応した女性の思いに圧倒された。

    「人の不幸」、「猫の不幸」に同調しないが賢人とはいえ、咄嗟に子猫を助けたいという気持ちの美しさが愚者であろうはずがない。カラスから守ってやる事だけしか頭になかった自分の行為が最善ではないとは思いつつ、最善が何かについて思考をしなかったのは、はかならずも自身の都合優先である。そして数日後、自分はこの場合の最善が何かを見つけることになる。

    もし同じ状況に再び遭遇したなら、迷うことなく段ボール箱を見つけて子猫を家に持ち帰る。そして彼女に託せばいい。それが最善であることを知った。「捨てる神あれば拾う神あり」という慣用句がある。なぜに、「捨てる神」なのか?拾う人にとって、捨てる人の恩恵に預かるとの解釈であろう。渋々ではなく、拾って大切にするのであれば、捨てる者とて神となる。

    不思議な言い方だが、人間関係の機微を象徴した言葉である。捨てるのは飼い猫を持つ人間だけではないという。野良猫であっても、育てられないと踏んだ子猫を親は捨てるという。いかにも自然界の厳しさである。いずれにしろ、育ててくれる人の存在を知ったからには託せばいいし、こうした場合の最善である。自己の都合とはいえ、置き去りにするのは心も痛む。

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    どれだけ本を読み、どれだけ知識を蓄えようとも、自分の位置や立場、正しい行いや立ち振る舞いを見極めんとすれど、自分にできない事は多い。ならばこそ、こうした場合の、「拾う神」の存在は際立つ。自分にはできないことを望んで行為する人がいるという、普段は見逃しがちな現実を改めて知ることになる。「自分にはできない」は、決して負い目ではないが…。

    それができる人はまさに神、「拾う神」であろう。あることがその人にとって災いし、別の人にとっては喜びと、人間は斯くも多様である。災いと感じるのは悪いことではないが、同じことを災いと感じもせず、むしろ喜びとなるなら、そういう人にバトンを渡せばいい。自己の不安をくつろぎに変えることを、「安心感」というが、安心感をくれる人の存在は希少である。

    あの場所を通る度にあの日のことを思い出す。最善を尽くせなかったあの日の自分の複雑な気持ちだが、最善を見つけた以上それはない。安心感や安堵感というのは、人間の生きるためのテーマと考える。どうすれば、「安心感」を持って生きられるかということだ。今回のことで分かったのは、人は(誰かに)受け入れられることによって、安心感を得るということだ。

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    『男子、三日会わざれば刮目して見よ』が息子に対する言葉なら、『女子、三日会わざれば瞑目して見よ』と、これは自分の造語であり、娘を三人持ったことでの体験から思いついたもの。女の子は恐ろしく変わる。自身は変わるというより、綺麗を目指しているのだろうが、他人の目にはまるで別人のような変わりようである。あまりの変わりように目を覆いたくなる。

    「ありのままの自分を出す」、「ありのままの姿を見せよう」、「あるがままに生きるのがいい」などというが、これは化粧をせずにすっぴんで居ようということではない。女性の化粧は身だしなみというが、そこは女性になってみなければ分からない。薄化粧もあれば派手なに塗りたくった化粧もあるが、それは好みの範疇で、化粧の楽しみは男にはわからない。

    とはいいつつ、マツコやミッツマンは列記とした男。以前にくらべてオカマも女装子も市民権を得たというが、こうしたイロモノは芸能人だからやっていられるのである。ともすれば女装愛好家というのはブサイクな男が多いのはなぜだろう。やはり美しさへの憧れなのだろうか?おネエでもなければ、ニューハーフでもない、美しすぎる男たちの将来は、前途は、謎である。

    「ありのままの自分を出す」のがなぜに推奨されるかを言葉にして言える人は少ないのではないか?「自分を偽らないから…」というのが答えだが、「なぜ、偽らないのがいいのか?」の理由を知っている必要がある。ありのままの姿を他人に見せたくない、晒したくない人は、自分に自信がなく、劣等感のかたまりである。では、なぜ自信が必要なのか、劣等感に固執すべきでないのか?


    これは端的にいえば、自分を他人によく見せたい、思わせたいということになる。その様に振る舞う人は、本当の自分を好きでないのだろう。だから、他人もこんな自分を好きになってはくれないという心理が働くのだ。そういうものが劣等感となり、相手が自分の本当の姿を知ったら失望し、自分から逃げて行ってしまうという不安に襲われるのではないかと…。

    本当の自分など受け入れてもらえない。だから偽りの姿を他人に見せる。だからいつも緊張し、気が休まることはない。綱渡りをするような気分なのだろうか?想像するだけでしんどそうだ。何かを隠そうとして緊張する人は疲れるだろう。他人に本当の自分を隠す人は愛情要求が強い。つまり、ふつうの人より不安であるがゆえに、ふつうの人以上に安心感を求める人だ。

    依存心の強い人は愛情欲求が激しいのと同じ心理であろう。自分は、「依存」というのが大嫌いだ。水と空気に依存はするが、なるたけ人に頼らず宛てにせず、できる範囲を自分で行う。だから、人を宛にする何が自分を満たすのかがよく分からない。何事も自ら考え、自ら行動するのがいちばん楽しいことに思える。だから、無理をして人を宛にしないのではない。

    我慢をして人を頼らないのでもない。自分のことを自分でしないで何が楽しいのかさっぱり分からないといった状況である。上手くいかないときは自分に文句を言えばいいのだし、それで何も問題ないどころか、頼んでもやってくれなかったと不満を漏らすことも、ストレスを感じることもないから、精神衛生上にもいい。人に頼んで満足いかないことを思う前に自分でやる。

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    こうした考えの根源は自分に対する自信である。自信を持つことを、「自信家」といって嫌う人がいるが、何も自信を持つのが自慢ということではないのに、嫌う理由もよく分からない。そういう人は自信がない人を評価したいのだろうか?まあ、自信を口に出せば自慢だろうから、別に公言する必要はないが、自信=自分を信じることは、何より大事なことではないか。

    「自信家のくせに失敗して…」と他人を嘲笑する人は、歪んだ性格である。これを裏返すと、「人からとやかく言われたくないから自信をもたないようにする」という風に聞こえる。憶病な人間は常に他人の目を意識し、それを自分の行動規範とする。可笑しなことよ。自己の行動規範が他人の目などと、あまりにバカげている。それくらい憶病人間は失敗を恐れる。

    失敗して人からとやかく言われないために自信なさそうな素振りをする。何という憐れな性向であろうか。そういう人間の行きつく先は、「何もしないこと」に落ち着く。何かをして失敗するなら、しないでいる方が人からとやかく言われない。当たり前だが、何もしなければ失敗はない。どうしてこんな風に自己に過保護になるのか?傷つくことを極度に恐れているからである。

    すべては自意識過剰がもたらせている。道を歩く人の誰もが自分を見ているように思うのだろう。他人の態度に敏感であるのは、相手に対する思いやりや心遣いという点では大事であるが、そうではなくて、他人の態度を鏡として、そこに映る自分の顔に敏感なのである。こういう人間が、他人を思いやる、いたわるなどの余裕があるはずもない。常に自分のことに精一杯。

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    ゆとりのある人間とない人間の差は、人間関係に於いてもこうも違ってくる。「ゆとりのある人間」になるべきだが、そうなれなかった原因はおそらく親にあるのだろう。何においても細々と、それこそ重箱の隅をつついたような親に育てられると、そういう性向になる。デ~んと落ち着き払った父親が家にいるだけで、そういう父を見ているだけで、子どもにはプラスになる。

    せせこましい人間は何においてもせせこましい。子どもの性格のほとんどは親の影響からと考えている。人間の自己形成の過程で、良い影響を与える親が傍にいるか、もしくは反面教師として相応しいダメな親であるかである。自分の体験を軸にいうなら、良い親からでなくとも子どもにはプラスになるが、この場合の子どもは是を是、非を非と見定める子どもに限る。

    赤ん坊だって意志を持つが、赤ん坊は細かい表現はできない。だから泣き叫ぶ声と若干の身ぶりが手段である。しかし、鋭敏な親はその本能的直観力で、赤ん坊のあらゆる要求を聞き分ける。生半可な知識は、むしろ本能的直観の妨げになろう。赤ん坊が幼児期~学童期に成長すれば、それこそ様々な表現手段で自らの意志を伝えることが可能とあり、むしろ伝えていかねばならない。

    親は子どもから発信された彼らの意志を汲み取り、それを咀嚼していかねばならないが、親の欲や願望があまりに強い場合、子どもの意志は踏み倒されることとなる。自分が考える幸せな子どもの定義は、本人の意志で何かになることが、この世に生を受けた幸せである。子どもがなりたい何かを無視し、親の意志で無理に医者や弁護士にする必要がどこにあろう?

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    今の時代、自分の意見がすべて、自分の考えが正しいということはない。だからここには自分の考えを書いているが、正しいことを書いている気はさらさらない。とかく教育において、何が正しい、何が正しくないを見極める結果は数十年の先のこと。物事に誤謬はつきもので、これが正しいとされたことが数十年後に間違っていたと、否定されることも少なくない。

    日本人が中流意識を持ち、誰もが高校を大学を目指すようになれば、そこには自ずと序列ができる。ならば、上位にいたいというのが人間の心理であり、そのために投資がいるというなら親は子どもにせっせと金をつぎ込む。そうして受験産業が隆盛し、受験テクニックを教えられた子どもたちが、有名大へと入学していく。彼らは教育をお金で買った子たちである。

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    そういう人間を世間の人は頭が良いと持て囃すが、日本の最高学府である東大生が、日本型詰め込み教育式が生んだの世界におけるスーパーエリートという比喩はあながち間違ってはいない。世界的な視点で見れば、実学でない教養こそが、スペシャリストならぬジェネラリストであり、そういう人間が未来永劫に必要とされる人材であることに異論はない。

    詰め込むだけ詰め込んで、後は吐き出すだけという反芻学習が、日本の受験システムにマッチしていたとするなら諸悪の根源は国家にある。「これまでの教育は教えすぎた。これからの教育は教えない教育である」。こんな分かり切ったことを、問題が噴出するまで分からなかった、手を打たなかったのは、国家が学歴信仰と受験産業と癒着し、支えてきたからであろう。

    なぜこの国では、「先生が答えを準備し、それを暗記することが勉強」とされるようになったのか。さまざまな理由が考えられるが、高度経済成長と人口増加が原因とされている。高度経済成長期に入り労働人口が不足した結果、労働者量産の必要が生まれた。また、高度経済成長期における人口の増加は、従来方法では増えた子どもたちを、「さばききれない」状態に陥る。

    そうしたことから、「答えのある問題を単に暗記する訓練」によって、画一的で自己意識の希薄な人間を量産する方が、企業にとってもメリットになる。「黙って言うことを聞く労働者」に必要な能力は、管理者から指示されたとおりに動くことだけで、自らの頭で思考する能力など必要とされなかった。これが後になって、「指示待ち人間」と批判されることになる。

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    日本型企業経営の代表である、「トヨタ生産方式」は、工場等の製造現場やそれに付随するスタッフ部門だけでなく、間接部門においても取り入れている企業も少なくないが、その原点となったのは、戦時中において熟練工を徴兵されたことによる生産力の低下を補う方法として開発された経緯もある。何事も新しいアイデアや方法というのは、立ち向かう姿勢から生まれる。

    同じように親子関係も、夫婦関係も、立ち向かう姿勢から解決がもたらせる。無風状態がいいなどは決してなく、親子という隔絶された世代間に争いがないのは、どちらかが死んでいることになる。昔の人は、「喧嘩するほど仲の良い夫婦」といったが、親子喧嘩も大いになされるべきである。なぜなら、子の親への受け身的依存心の継続は、自己不在感を増幅させるからだ。

    どうせやるなら夫婦も親子も痴話喧嘩ではなく、ちゃんとした実りのあるバトルをやればよいが、論争に慣れない、論争を好まない日本人は、すぐに感情的になって両者の隔絶間が広がっていく。従属を善しとし、論争を悪とする日本人の最大の問題点がここにある。感情を廃止、冷静に、論理的に、自分の意見を言い合うことができないのは、初等教育に問題があろう。

    その辺りから、他人の意見を批判したり、ちゃちを入れることを教師が望まないからで、望まない理由は、「批判」を悪と考えるからだ。これはもう、批判と非難を混同するバカ教師であり、批判が自己を作るという深遠な観点がない。同調ばかりに重きを置き、異質を排除する教が、学校という全体主義の場に向いてはいても、個性を持った子は、その個性を自ら育む以外にない。

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    これはまさに自分のことである。どれだけ多くの大人に潰されそうになったことか。その時々に自分は大人たちを憎んだ。自分は無実であると信じ続けたことが、大人に迎合する姑息な人間にならなかった要因である。いわゆる、「大人から見たいい子」という概念を徹底的に嫌っていた。おそらくそれは、母親とのバトルに屈しなかったことで芽生えたものであろう。

    「立ち向かう姿勢が解決を生む」。これを言い換えれば、「逃げていては何も解決しない」というのを体験的信奉する自分である。「逃げる」理由はなんであるか分からない。そこで、「逃げるが勝ち」という友人らに理由を聞いた。「面倒くさい」、「自信がない」、「関わりたくない」、「暇じゃない」などは言い訳がましく聞こえたが、「逃げて何が面白い?」は、素朴な疑問だった。

    逃げるよりも、問題にしたいのは依存心の強い人間である。依存心の強い人間がなぜに問題なのかは、相手の土俵に乗って戦うという結果になるからだろう。これはビジネスを含めたあらゆる分野において、情けない状況である。つまり、親が依存心の強い子に育てると、その子は金魚のうんちにはなれても、主導的に物事をけん引していくことのできない人間となる。

    他人に依存しない生き方、つまり、能動的に生きるために必要なのは、相手の土俵から出る…、即ち自分の土俵に立つことだ。ひいては、自らの言葉で話すということでもある。自分の考え、自分の言葉を編み出すために、依存心はなにより障害となる。親が子どもに依存したいことが、逆に依存心の強い子どもを育てることとなるという現実を親は知るべし。

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    かわいい子だからと、だから依存されたいという親の個人的な、小事的な欲望が、強い心を持った人間を育てないなら、親は意を決して依存から決別する子育てをすべきである。私心を捨てて逞しい子どもに育てようとする親、またその様に育てられた子どもは、社会で大いにはばたくはずだ。大枚はたいて学歴を買うことより、ずっと、ずっと、ずっと優れた人間的資質である。

    「名より実」というのは昔からある言葉。しかし、現実は「名」を取れば子育ての勝利者と錯覚する親が多いが、とんでもない。実学に長けていない学歴優秀者は、どんな有名企業に入っても無能をさらけ出し、上司からも信頼を得られず挫折する。あげく、「有名大かなんか知らんが、どんだけ親に甘やかされたんだ」となる。これも子育ての失敗であろう。

    「うちの息子(娘)は素晴らしいいい子」というのは身内の見方である。欲目ともいうが、「かわいい子には旅をさせよ」というように、所詮人間は他人に認められてこそ価値をもつ。肉親・縁者が寄って集って身内を褒めそやしたところで屁の突っ張りにもならない。他人に認められる子どもをどう作っていくかの力点において、親の労苦や在り方を長々記した。

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    新潟女児殺害遺棄事件の容疑者が逮捕された。同じ子どもを持つ周辺の住人にとって安堵であろうが、遺族の悲しみが癒えるものではない。何より憐れなのは将来の夢を閉ざされた大桃珠生ちゃん(7)であろう。犯人と思われる小林遼容疑者(23)は、珠生ちゃんと同じ小学校を卒業、近くの中学校に進み、県立新潟工業の電気科を卒業し、被害者宅の近所に住んでいた。

    電気工事関係の仕事に従事する容疑者は、事件当日は欠勤していたということからして、珠生ちゃんを強奪する計画を持っていたと推測される。強奪という言葉が相応しいのか、誘拐というべきかはともかく、殺害後に時間を経過して線路上に遺棄したとみられるのは、出血がほとんど見られなかったことにある。これは血流が途絶えたことで体温が下がったためである。

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    このような大事件後にしばしば言われることだが、小林容疑者の写真を見る限り凶悪そうな雰囲気は感じられない。悪人面が悪人というのも偏見かもしれぬが、これほどの残酷な事件を引き起こすタイプには見えない善人的な雰囲気が醸されている。高校生時代の作業服姿も、おそらく卒業アルバムであろう笑顔の写真も、どこにでもいそうなごく平凡な高校生という印象だ。

    容疑者の心の闇まで写す出すことはできない。小林容疑者はこれまでの事情聴取に対し、「遺体を線路に置いた」という趣旨の話をしていている。現場には防犯カメラが整備されておらず、新潟県警は付近道路に検問を設置。多くの市民にドライブレコーダーの提供を求めながら、地道な捜査で不審者や不審車両を絞り込み、「黒の軽自動車」を割り出したようだ。

    容疑者の周辺や近所の評判はよく、家族ぐるみで付き合いがあったという近所の70代女性は、小林容疑者が3、4歳のころ、女性宅でボール遊びをしていた姿を覚えており、「大きくなってからも、よく回覧板を持ってきてくれた。悪い印象は全くなく、小さい子に危害を加えるようにはとても思えない」と話したが、小さい女の子に危害を加える顔というものがあるのか?

    犯罪者には犯罪者を思わせる顔はない。がゆえに誰もが驚かされる。別の女性も、「礼儀正しく優しい雰囲気だった」というが、それも事件とは無関係である。人は人を容姿・容貌を含めた先入観で判断するしかないが、自分もこの事件の犯人は、真面目で小心者で女性に縁のない典型的なロリコン男であろうと予測していた。彼らは同年代女性をことのほか苦手とする。

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    被害となった珠生ちゃんの雰囲気を見た感じでいえば、主体性も感じられず、大人を怖がるひ弱な少女こそが格好のターゲットである。珠生ちゃんは同日朝、「黒っぽい服のおじさんに追いかけられた」と友人に話していた。市教委によると、昨年9月15日午前7時半頃、同校から約450メートル離れたJR小針駅近くで、女子児童が年配の男に腕をつかまれた事件もあった。

    また、同25日午後4時頃には同区小新で、女子児童が20~30歳代の男に左腕をつかまれた報告もあり、いずれの女児も1人でいて、男は黒い服で眼鏡をかけていた。事件後の9日夕にも同区松海が丘で、女子中学生が黒い服の50歳前後の男に追いかけられたとの情報を学校に寄せたため、10日、同区の市立小中学校に通う児童生徒の保護者に不審者情報メールが配信された。

    学校関係者や知人らによると、珠生ちゃんは普段、同小に通う兄と別の女子児童の3人で登校していた。しかし事件の当日、兄は病院に寄ってから登校。女子児童も都合が合わず、珠生ちゃんはいつもの時間に1人で登校することになったというが、小林容疑者にとっては絶好の機会となったようだ。予防に勝る防御はないが、珠生ちゃんには不運が事件を招いたことになる。

    痴漢や性犯罪は常習性があるとされ、小林容疑者は本年4月、別の女子児童に対する青少年保護育成条例違反などで書類送検されていたことも判明した。こうしたことから、珠生ちゃん事件の後に小林容疑者はいち早く、捜査線上に浮上していたことになる。被害者は珠生ちゃんと親族だけではない。近隣犯罪を起こした小林容疑者の家族はとてもじゃないが同地には住めない。 

     

    ふと思い出したことがあった。容疑者と同じ23~24の頃の同僚である。彼は母親をかけがえのない女性といい、母の日には必ずプレゼントをするという。男の子で成人後に母へのプレゼントは奇異に思った。彼は母への依存心を自覚をしていなかったが、自分との会話でこんなことを述べたのをハッキリ覚えている。「母親に代わるような何でもしてくれる女性が欲しい。

    頼りたいときは何でも頼れるような女性がいるといいが、誰も頼らせてくれない。何でも打ち明けられることもできて、自分を海で泳がせてくれるような母のような女性はいないのだろうか?」。「そんなんじゃ、相手も迷惑だろう」と自分が応えたとき、「愛があれば迷惑ではないんじゃないか?」と、母子の先験的な情愛と、見知らぬ相手との恋愛を混同している感じに思えた。

    人間は子どものときは親に頼って生きるが、大人になれば自分を頼って生きるようになる。「なる」を強い言葉でいえば、「そうすべき」である。それでも誰かに頼りたい、親に頼りたい、恋人に頼りたい、結婚して妻に頼りたいとの考え方は自分からすれば異常。頼るべきところはあるが、可能な範囲で自身を頼るべきで、むしろ頼られたい気持ちこそ男に必要だ。

    こういう甘ちゃん男の出現はおそらく母親に起因すると考える。いつまでたっても母子の共依存を脱しきれず、自らが自らを頼ろうという心が育まれない。「イデオロギー」というのは、元来思想についての研究を意味する言葉だが、こんにちでは一つの社会体制を指すために転用されることもあり、この用法からすると、日本人社会のイデオロギーは、「甘え」である。

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    アメリカ人が自ら学費を稼いで大学に行くのを知ったとき、ブランド服や高級車を親から買い与えられる大学生は、いったい何のために大学に行くのか?まさにトレンド志向であるが、皆がそうであるがゆえのイデオロギーである。「自分がある」とか、「自分がない」とかの言葉は日本語に独特の言い方で、英語的にいえば、「彼は自分というものを持っていない」となる。

    したがって、自我が意識されれば、「自分がある」などというのは当然であって、「自分がない」などということは論理的に不可能ゆえに、そのような英語表現は意味が伝わらない。欧米では言語的に一人称の使用が強制され、幼少期の早い時期から自我意識が目醒めさせられることで、一人称を使いながら、「僕には自分がない」などの表現は日常的とならなかった。

    日本人がのうのうと、恥ずかし気もなく、「自分がない」などというのは甘えである。ひと頃、「自分探しの旅にでよう」などが盛んに言われたが、これとて甘えの心理であろう。どこか外国にでも行ってみたい心理の口実と自分には映った。「自分がない」から、「自分を探す」のだろうが、そんなもんが旅先で見つかるのか?自分探しとは自己変革の苦悩の産物である。

    したがって、甘えた気持ちで自己変革は成されない。「自己変革は王国を覆すより難しい」という言葉もあるように、どれだけの苦しみと努力を伴うか。そうした代償を払ってこそ掴み取る自己変革である。「すべての犯罪は人間が孤独でいられないというところから起こる」。今回もこの言葉が過ったが、孤独を愛せぬ人間の末路が犯罪であるなら、人間は哀しい存在か。

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    千葉市稲毛区の居酒屋で13日夜に家族4人が親族の男に包丁で切りつけられた事件で、重症だった女児(6)が死亡した。親の悲しみはいかばかりか。殺人未遂容疑で現行犯逮捕された元千葉市議の小田求容疑者(46)は、女児の母親の兄だった。いきなり切りつけられ、子どもに刃物が向けられた両親は、娘2人をかばおうとしたことで複数回切りつけられたが、その甲斐なく女児は亡くなった。

    千葉県警によると、小田容疑者は滞在していた沖縄県から地元に戻り、久々に会った家族との会話の途中で突然大声で怒り出し、犯行に及んだというが、なぜ刃物を女児に向けなければならなかったのか?6歳の姪に腹を立てたわけでも憎いわけでもなかろうし、なぜに女児を刺す必要があった?妹の夫や妹に怒りが向いたのなら、なぜターゲットを絞らない。

    やたらめったら刃物を振り回すなど、どう見ても正常人間の所業とは思えない。子どもを斬りつけるなど誰が理解できるだろうか。刃物で肉親を刺すというほどの怒りですら理解に及ばないが、人を刺せばどうなるかという理性や判断力もないということか?それとも、そういう判断や理性を超える何があったのか?いずれにせよ、人を刺し殺すなどは人生において自滅行為である。

    小田容疑者は、あらかじめかばんに包丁を隠し持っていたとみられることから、咄嗟というより明らかに計画的である。その日、その場においての発作的な暴挙とは言い難く、さらに解せないのは、誕生祝いを兼ねて向かった居酒屋の個室テーブル席に案内され、わずか15分程度で犯行に及んでいる。会話らしい会話もなされない状況での犯行は積年の恨みの蓄積か?

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    ささやかな復讐劇に思えてならない。人への恨みとか、憎しみとか、復讐心とかいったものは、必ずしもストレートなかたちで現れるものではないが、今回の事件は場所もわきまえぬほどの感情の発露である。一体何があったのか?詳細は不明だが、人が人に対して抱く憎悪というのは、他者から自らの尊厳を卑しめられた場合に起こる。そのことを人は決して忘れない。

    忘れてしまう憎悪もあれば、忘れ得ぬ憎悪もある。忘れ得ぬ憎悪の中には、「忘れてなるものか」とした憎悪もある。これは中国の故事にある、『臥薪嘗胆』の憎悪である。「臥」は臥して寝る意。「薪」はたきぎ。「嘗」はなめること。「胆」は苦い豚の肝。寝心地の悪い薪の上に寝、苦い肝を舐めることで、復讐の憎悪を一日たりとも絶やさぬという執念の継続である。

    日が経つにつれて憎悪は薄れていくものだが、憎悪を絶やさず抱き続けるのは難しく、まさに努力というよりない。意識上では忘れても無意識に残る心の傷を心理学用語でトラウマという。こんにちでは一般的な用語になったが、 psychological traumaの和訳は心的外傷のこと。PTSD ( Post Traumatic Stress Disorder )は、心的外傷後ストレス障害と訳される。

    小田容疑者にそういうものがあったとしても、家族が居酒屋に出向き、着席15分後に家族4人を殺傷するという行為、そうした事件は過去に聞いたことがない。計画的ならなぜにその場でなければならなかったのか?もしくは居酒屋での犯行を決めていたのか?事情はともかくこの事件は異常である。いかなる理由があれ、6歳と1歳の乳幼児を斬りつけることが異常である。

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    6歳の彩友美ちゃんは背中を刺され、傷の深さは肺にまで達していた。これが狂気でなくて何であろうか。県警は小田容疑者の刑事責任能力の有無を調べると思われるが、あってもなくても死んだ彩友美ちゃんは帰らない。親は子どもを守れなかったことを含めた自己責任を感じるだろうが、予期のできない犯行であり、掘り炬燵テーブルでの咄嗟の行為に防御は難しい。

    この国も居酒屋の個室で刺殺事件が起きるようなったかという驚き、憂いを感じる。親族同士が会食に出向いたレストランでの犯行といえば、まるで映画に観るマフィアの所業だが、大人しい日本人なら精神に異常をきたしてるとしか思えない。実の兄に娘を刺殺された妹のショックは計り知れなく、もはや絶縁は決定的である。世に親子・兄弟の絶縁は珍しくない。

    憎悪の蓄積による復讐なのか、復讐は憎悪が引き金になって芽生えるもの。一般的に攻撃的な人は欲求不満である。欲求不満のはけ口を求めて、何かを攻撃の対象として見つけ、それを攻撃して気持ちを鎮める。会社で上司に叱られた夫が家に帰って妻に当たり散らす。妻と喧嘩した夫が、会社で部下を怒鳴り散らす。親の愛情を得れない子が学校でいじめ相手を探す。

    さらに欲求不満な人はすぐに喧嘩を始める。ちょっとした気にいらぬことで店員に文句をいうこともあり、世の中を自身と敵対して捉える。今回、姪に刃を向けた小田容疑者は、妹夫婦が余程憎かったゆえなのか、二人が最も大事にする娘を傷つけないではいられなかったのだろうか。罪のない幼児に殺意を持って斬りつけるのは、妹夫婦に対する比類なき憎悪であろう。

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    「あり得ない」という言葉の信憑性が、根底から疑われるほどの事件や事故が多発する。殺めた少女をレールの上に置いて、事故に見せかけるなどの発想がどこから生まれるのか?安易といえば安易でしかないが、人間そのものが安易になりつつあるのではないかという気さえする。安易とは言葉を替えれば、「バカ」である。人間は日々緊張感をもって生きてはいられない。

    それは昔も今も変わらず、だから娯楽は必要だ。「たかが人間」というが、「されど人間」を信奉する。このような事件を見るに人間はどこに向かうのか?「あり得ない」の言葉が相応しい近年の犯罪だが、それを目の当たりにしても、「人間は決して何もない」のではなく、「人間には人間としての何らかの価値がある」と信じて生きてきたし、その価値とは何かを探し求めて生きてきた。

    人間を価値づけるものが何であるか、いまだに正確には分からない。自分を何物かと見立て、その何物かの意味や価値を求めて生きてはみるが、残念なことに人間は何でもないという答えばかりが導かれる。「人間は何でもない」という、そのことだけは知り得たのかも知れない。おそらく犬は、自分が何でもないとは知らないだろう。たとえ知ったとしてもそれに苦しまない。

    猫もそう見える。彼らの目的は唯一生きることにあり、その意味で苦悩も後悔もないほどに純粋である。人間が不純なのは今に知ったことではない。ならば自らが何でもないのを知り、不純で貪欲であることを知って苦悩することが人間の存在証明かも知れない。そうであるなら、我々の生きることの意味は、苦しむことかもしれない。それなら多くのことが理解に及ぶ。

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    「幸福などというものは世の中にありはしない。それぞれの人間がそれぞれに一つずつ不幸を持ち、その不幸を癒すためにこそ生きている」。そう言われてみれば納得できる。食べることの楽しさが、空腹の苦しさが克服される道中の喜びであるように、我々は空腹のときも満腹のときも苦しい。それではいつが楽しいのか?食べているときである。なるほど、人生も同じことか…

    自分の基本的な理念は、結果でなく過程においていた。いつごろそういう考えになったのかのハッキリした記憶はない。確かに人間は結果を求める。あくなき結果を追求して生きていくようだ。が、将棋であれ、数多のスポーツであれ、勝とうと思ってやるがそれでも負ける。勝ち組・負け組という言葉(結果)を自分は嫌悪した。人生の醍醐味は、その過程を楽しむことにある。

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    「矜持」という言葉は、「きょうじ」と、「きんじ」という二通りの読み方がある。普段の日常会話ではあまり使われることはないが、自信や誇りを持ちながら振舞うという意味を持つ。漢字というのは、一文字ずつに意味が込められているが、「矜持(きょうじ)」の意味を説くと、「矜」は、「誇り」、「持」はそのまま、「持つ」だから、「誇りを持つ」ということになる。

    ところが、「きんじ」と読むときの、「矜」は、「憐れむ」との意味を持つ。まるで意味が変わってしまうことから通常は、「きょうじ」と読むことが多い。人は矜持を持つべきだが、人間が社会的動物であり、社会や組織に属していることからすれば矜持を持つことが難しい。人類が文化を創造して以来、個人は必ずや何かの対象に所属してきたが、それを拒んで隠遁する仙人もいた。

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    仙人とは、仙境にて暮らし、仙術をあやつり、不老不死を得て、「羽人・僊人」ともいう。飛翔できるなどの神通力をもつといわれ、道教で、理想とされる神的存在である。普通は仙人を目指すことはないが、家族、部族、民族、国家、宗教団体、企業、地域社会などの共通概念や、共通スローガンなどの対象(多くは組織)に所属すれど、その中にあっても矜持は持ちたい。

    人の人生観や価値観は様々であるのを自身の人生においても知ることになるが、上司にべったり、親にべったりの人間もいれば、物事の判断基準を、「個」に委ねる人間もいる。社会や組織の中で、「個」を絶対化するのではなく、「個」が表に出て、「所属」が裏に出るというべきだろう。表裏は一体であり、人生というのは表裏がよじれた形で続いたりとなる。

    人間は「個」と、「社会性」という相反する問題を抱えて悩むが、仙人ならともかく、人は、「個」では生きられないがゆえの苦悩であろう。組織とか団体とかの所属意識は、それから離れた時に所属から解放されるが、そこで人間は、「個」の充実した時間を過ごす。これを、「羽を伸ばす」という。人間には元々羽があって自由に翔んだり歩き回るが、組織内では抑えている。

    「趣味は仕事」という人間がいる。仕事を離れても仕事しか頭にない人間は、屈強であっても魅力がない。異業種交流といえど、それが可能なのは趣味を通してであろう。若い人に、「君に矜持はあるか?」と聞いたとき、「矜持ってなんですか?」というのは多分に予測できる。何はともあれ、「矜持」の意味を理解するには、信念を持つことが求められる。

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    が、信念もなく、自分の意思を持てないまま、周囲に流されてしまう傾向が今の若い人に見られる。いい年とっても、芸能人の言うことやマスコミの報道をそのまま信じ込み、受け売りする人も矜持のない人であろう。自身の目や耳だけを駆使するにも限度があるが、だからといってゴミ芸人を妄信するのはバカに感染したようなもの。伝染病にかからぬためにも矜持は必要。

    周囲に認められないままに挫折感を味わい、あるいは恐れて生きてきた人は、自分の信念を貫く勇気を持てないでいる。そのため、自分を主張することが苦手となり、我慢したまま相手に言われるままに流されてしまうことも少なくない。大事なことは、認められなくてもいい、嫌われてもいい、自らを信じて行動することは、やがて周囲の心を動かすことにもなり兼ねない。

    そういう意志の強さが自信へと繋がっていく。決して、「絵に描いた餅」ではなく、体験的に得たものだ。「意志の強さ」とは、「意識の強さ」である。「意識の強さ」とは上記したような、認められなくてもいい、嫌われてもいいという、「勇気」である。何かを言ったり、行動したりする際に、周囲の動向を伺ったり、気兼ねしたりでは物も言えない、行動もできない。

    人に良く思われたい、嫌われたくないという自己保身が妨げになっている。「人に好かれたい」、「嫌われたくない」の前にやるべきは自己の確立であり、何よりも自分を作ることが大事である。何かにつけ人に迎合したり、なびいたりで自己が作れるはずがない。思えば自分は、押さえつける親に反抗することで自分を作っていった。自由とは反逆で得るものだった。

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    「親に従っていれば楽でいい」という友人の言葉に驚愕したことがある。彼が姑息だったのか、親が支配的でなかったのか、彼が親の支配を支配と感じなかったのか、そこは分からないが、自我の発露とともに親への反抗は世代間闘争でもある。東大3兄弟の母は、「反抗期が芽生えない教育を目指した」といったが、支配する側にすればこんな楽なことはなかろう。

    目的意識をハッキリと植え付けられた洗脳は親の勝利である。親の勝利は形骸的には子の勝利であるとして本まで書いているが、身内のお祭り騒ぎは身内の自己満足であって、なんの関心もない。そもそも親が子どもの人生に、「勝利」という語句を当て込むことが分からない。野球のイチローもゴルフの松山もサッカーの本田もテニスの錦織も将棋の藤井のどこが勝利?

    もし、どこかの時点で彼らの親が勝利といい、彼らも自らを勝利と認識するなら、その時点で彼らは終わっている。その後の活躍など何の意味もない。事実彼らに勝利はなく、だから続けていられる。「受験の勝利者」、「受験の勝ち組」などという言葉は、長い人生において全くとは言わぬまでも、ほとんど無意味。だから、そんな言葉は言わぬが花である。

    「それぞれの段階で勝利はある」との意見もあるが、物事の狭い見方である。人生の80年そこそこが、短いか長いかは何とも言えぬが、東大ブランドを得ることで、人生を安易に有利に生きられるという、親の保守的思想・過保護教育に、「逞しさ」という観点から批判的でいる。長丁場に人生において人間は努力するかしないかであり、しないでも楽しい人生はやれる。

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    何の努力もしなかった自分だが、何の不満もない人生を送れている。だから言えるのかもしれぬが、不満がないは不満を持たないであり、持たないは無理して持たないではない。不満は、「欲」の反映であるのを知っている。爪先立って遠くを見ず、足るを知れば楽に生きられる。ストレスはなく、運動で肉体に負荷を、趣味で脳に負荷をかければ刺激も得れる。

    前置きが長くなったが、日大アメフット部選手の悪質タックル問題に対し、世間の厳しい批判に対して大学や監督の責任論が噴出しないのは、「組織論」重視の許されざる所業である。ヒラメ官僚が間抜け総理を守るのが職務全うであるのは、自己の将来展望という私利私欲が伺える。今回の問題が学生の意思でないなら、大学側の対応を断固許さぬ矜持をみたい。

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    日大選手による悪質プレーは映像が残っており、これを見れば選手が違反プレーを行っているのは一目である。アメリカン・フットボールの知識がない人でも、ボールを持たない者へのタックル禁止というルールを知れば、なぜあのようなプレーをしたのか不思議に思うだろう。問題なのは選手個人の独断なのか、指導者である監督の指示によるものだったのかである。

    負傷した関西大学の選手は、14日に西宮市内でMRI検査を受け、「第2・第3腰椎棘間(きょくかん)じん帯損傷」と診断されたことを大学側は発表した。後遺症が残る可能性は極めて低いとの所見が出されたものの、鳥内秀晃監督は、「交通事故と同じで、もう少し様子を見てみないと分からない」と慎重な姿勢を示しており、こうした悪質プレーに大学側の怒りは収まらない。

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    スポーツライター青島健太は、「30年アメリカン・フットボールを含めたスポーツに全般にかかわっているが、このような愚行・蛮行を見たのは初めて」と憤慨し、本来なら一回目の悪質プレーを起こした際に選手個人に注意を促すべきだが、それもないままに同選手は2度目、3度目と反則を犯して退場させられたのを見ても、チームが選手の悪質プレーを容認した可能性は捨てきれない。

    関学アメフット部関係者は昨日午後1:30より会見を行ったが、それに先立って被害を受けた選手の父親は、「日大が指導方針を改めない限り、学校側に対して告訴も辞さない」 という強い態度を述べた。今回の悪質プレーは幸いにして選手寿命に影響するものではなかったとはいえ、一歩間違えば重大な事故にもつながる懸念もあったことから親の憤りは当然である。

    様々なスポーツには様々な発祥起源があるが、レスリングやボクシング、柔道や相撲などの格闘技は、人間古来の闘争本能である力くらべや取っ組み合いから発生したもので、ラグビーやバスケットやフットボールなども格闘技的要素を含んでいるだけに、ラフプレーの禁止などを含めた厳しいルールが課されている。これを野放しにすればスポーツどころではない。

    野球といえども硬式ボールは十分に人を傷つける凶器になりうるし、故意に打者にぶつけるビーンボールというのは実在する。元投手でありロッテオリオンズの監督を務めた400勝投手の金田正一氏は気性の激しいことで知られていたが、気性の穏やかなことで知られる元読売ジャイアンツの桑田真澄投手と週刊誌で、「故意の死球は存在するのか?」について語り合っている。

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    ──やはり「報復」のような故意死球は存在するのですか?

     金田:監督の時には「ブツけろ」とサインを出したよ。

    ──えっ、爆弾発言!

     金田:ワシはベンチから、「ブツけろ! 殺してしまえ!」と叫んでいるのが日課みたいなものだったからな。それぐらいの気迫で投げろということだ。ワシは現役時代、死球はほとんどなかったよ。20年間で72個。まァ、ワシは東尾(修)みたいに、インサイドの厳しいところを投げられなかったというのもあるがね。打ち取れる相手にブツけるなんてもったいない。

     桑田:本当そうですよね、もったいない。

     金田:まァ、腹が立ったヤツにはブツけたこともあったかもしれんが(笑)。桑田もあるだろう。

     桑田:ありませんよっ! 晩年コーチから、「お前は綺麗な球を投げすぎるから、1試合で2~3人にブツけろ」といわれたことはありましたけど。僕は、「そういう野球はしたくないので」と断わりました。

    闘争本能を掻き立てるスポーツであるがゆえに、熱い監督、熱くなる選手もいれば、桑田のような冷静な選手もいる。囲碁や将棋のような闘争本能を心に秘しながら対面し、一見静かに戦う競技もあるが、昔のような駒音を激しく打ち付けるような闘志むき出しの棋士は少なくなった。闘争本能を露骨に現したところで、相手がビビるわけでもなく、勝ちにつながることはない。

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    囲碁・将棋は闘争といえども論理の世界、思考の世界であり、相手を威圧して勝てるほど甘くないということが認識されたからだろう。スポーツは体育系上下関係社会といわれ、監督は指導者でありながらチームを支配する立場にある。支配者である監督は、私情も含めた選手起用に多大な影響力を持つ絶対君主的存在であるがゆえに、選手は小間使いも同然だ。

    中日の星野監督の鉄拳制裁は有名で、殴られた選手には、中村(武)、落合(英)、水野、矢野、 川上(憲)、山本(昌)、岩瀬、大豊らの名があがるが、時代も変わったのか、楽天監督時代にはなかったようだ。自分は星野のような、選手を威圧する指導者は無能でサイテーと思っており、メジャーリーグでそんなことをやろうものなら、返り討ちの袋叩きにされるだろう。


    日本という国の封建主義思想は、殿様には黒いものを白といわれても逆らってはいけないという考えが残っている。「黒は黒だろ、バカ言ってんじゃないよ」といえば首切りはともかく、先ずは干されるだろう。強い権威と権力をバックに何をはき違えているのだろうか。アメリカン・フットボールというゲームは、監督の支配力が強いほど強いチームといわれている。

    支配者である監督が権力をパワハラとして行使し、私情を交えた采配を行えば、選手の出場も左右される。中学から始めたバスケで、特待生として私立強豪校にスカウトされた孫は、コーチと反りが合わず、あらぬ嫌疑をかけられたことを憤慨したが、勘違いであったにも関わらず謝罪もなく退部を決めた。「それでいい。バカコーチに媚びることはない」と孫を褒めた。

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    いかなる権力者であろうと、「言ってもいないことを言った」、「してもいないことをした」と、これほど腹の立つことはない。そういう我慢をすると精神が自己分裂をきたす。間違っていないと確信があれば、相手が誰であれ主張すべきと思っている。そこには損得・利害を超えた、自身を偽らない純粋な正義心が養われる。利害で動く人間の何という浅ましさである。

    日大の監督は雲隠れしたまま姿を現さない。これが何を意味するかは誰でもわかる。こうした不誠実な対応は問題を大きくするし、大学の理事も兼ねているなら信頼失墜は免れない。学校側の調査結果も、選手は監督の指示を履き違えてあのようなことをしたといわんばかりである。どういう言い訳をしようと、悪質なプレーをするように育てた監督の責任ではないか。

    選手は個人の利益ではなく、監督やチームに良かれと思ってのラフプレーであり、そうした逸脱したプレーを厳しく戒めるのも監督である。問題発覚後に雲隠れするような無責任な監督に責任を押し付けられた選手は何という無残であろう。他の選手もこういう監督にチームを託すのか?濡れ衣を着せられた同僚を他の選手は見殺しにせず、全員が結託して彼を擁護すべきである。

    おそらく監督は、「熱いプレーをしろといったが、あそこまでやれとは言ってない」などというのだろう。「司令塔を壊せといったが、あれはやりすぎだ」などと、自己を庇うために後付けの屁理屈なら何とでもいえる。上には「へーこら」、下には「おいコラ!」の典型的人物である。上下関係は対等でなく、対等で反論すれば居場所がなくなるという日本社会の陰湿性。

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    信念は上下関係を物ともせずか、アメリカ映画には大人しく辞表など書かず、その場、口頭で上司に、「お前みたいなクソ男と一緒に仕事はできない」と罵る場面が多い。日大の選手も退部覚悟で事実を明らかにしたらよい。「イタチの最後っ屁で逃げ回るようなクソ監督とはやってられん」と向かっていえばいい。保身しかない大学と監督に決別する清々しい男の矜持を見たい。

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    これだけ問題が大きくなれば逃げ隠れは不可能とばかりに、しぶしぶと重い腰を上げた日大アメリカンフットボールの内田監督。この場に及んで彼が何を言おうと尻に火が付いた上での謝罪は、自己保身のためのものである。謝罪には二種類あって、相手のためにする謝罪と自分のためにやっておこうという謝罪である。今更謝罪なんか…ではなく、今こそ自身のために彼は謝罪をするのだ。

    正確にいえば自身の利益のためにする謝罪は謝罪ではない。誰が見ても彼は高慢な人間であろうし、残念ながら高慢な人間を治す薬はない。愚かなる人間の「矜」(自負心)も高慢として否定される。内田監督は謝罪会見を見たが、自分は彼の会見内容について語ることはないし、彼という人間の本性・本質についてありったけの思索をしながら、あのようなつまらぬ人間の批判をする。

    『仁義なき戦い』の著者(というか、獄中手記をのちに作家の飯干晃一がまとめたもの)である美能幸三は、「つまらん連中が上に立ったから、下の者が苦労し、流血を重ねたのである。」という文言で手記を終えている。広島やくざ抗争において彼が最も伝えたかったのは、このわずか31文字の言葉で表されているように、つまらん人間が上に立つことは珍しいことではない。

    なぜこういうことが起こるのかには様々な要素や条件があるが、「多くの人間が自分を過信したがために起こる」ケースが多いと想像する。自惚れというのは誰にでもあるが、組織のトップやリーダーに相応しくない人間がその場に収まると間違いなく問題が起こる。つまらぬ人間とは抽象的な言い方だが、つまらぬ人間の最大の特質は、つまらぬ言葉を持った人が多い。

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    偉人や賢人は素晴らしい言葉や名言の類をもっているように、つまらぬ人間はその真逆であるといえばわかろう。つまらぬ親分は多くの子分たちを、「言葉」で壊滅させてしまった。『仁義なき戦い』はそういう手記であり、映画も同様である。多くの組員や幹部が銃弾やドスで刺されて斃れたが、つまらぬ親分の舌で亡びた人間の方がはるかに多い。美能もその一人であろう。

    部下や子分に恨みや憎しみを生じさせる親分やリーダーは、「愚かなる者」である。優れた資質をもつリーダーは、何より自分の心を治められる者であろう。話を日大アメフット部関連に戻すが、日大アメフット部にはかつて篠竹幹夫という名監督がいた。1932年生まれの彼は、日本大学高等学校時代はラグビー選手として活躍したが、日本大学アメリカンフットボール部に入部。

    卒業後、コーチを経て、1959年に日本大学アメリカンフットボール部監督に就任。独特の指導法で知られ、特徴的なパス攻撃を繰り出す、「ショットガン隊形」を導入。2003年3月、定年により退職するまでの44年間の監督在任期間中、チームを17度の学生王座に導くなど、日大アメリカンフットボール部の黄金時代を築いたといわれている知将である。(Wikipediaより)

    内田監督は、故・篠竹幹夫元監督(2006年他界)の後を継いで、2003年にフェニックスの監督に就任したが、当時の関東リーグは法政大学の一人勝ちで、日大は1990年を最後に、大学日本一決定戦である甲子園ボウルから遠ざかっていた。それでも内田体制が根づくと、2007、11、13-14年に関東リーグを制して甲子園ボウルに出場するがいずれも関学に敗退する。

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    内田監督は2015年に一度勇退することになるが、チームがリーグ4位と不振を極めたため、2017年に監督に復職。復帰1年目で27年ぶりとなる悲願の日本王座を手に入れた。そのとき、戦前の不利の予想を覆して破った相手が関学だった。内田監督は大学内では常務理事という重職を務めており、日大では実質的、゛ナンバー2゛とも言われる立場の人物である。

    かつて内田監督の指導を受けたことのあるOBは、「篠竹監督のもとでコーチをしていた頃はサポート役で、私たちにとっては優しい兄貴分だった。食事にもよく連れて行ってもらった」と語る。ただ、90年代後半以降、日大がなかなか優勝できなくなった頃から変化を感じたとも言う。(「カリスマ的な存在である)篠竹監督には直接は言えないからか、皆は非難を内田さんに向けた。

    『内田はなにをやっているんだ』などと批判されて、その頃から内田氏は人を避けるようになった。「篠竹さんに代わって監督になってからも、少しずつ孤立していったようだ」と語る。別のあるOBは、「内田氏は気が小さく、監督の器ではない。コーチ時代は篠竹監督がいたのでおとなしくしていたが、学内での地位が上がるにつれて独裁的な組織運営をするにようになった。

    人の上に立ってはいけない典型的な人物」と指摘をする。「人の上に立てる人」と、「人の上に立ってはいけない人」の資質差というのは様々に分類されるが、一言でいえば、「人間的な魅力」があるかないかとなる。人は誰もが、「魅力的な人間でありたい」と願うも、願うだけでそうはならない。人間それぞれ個々に自分なりの魅力づくりに励むが、魅力づくりというのはなかなか難しい。

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    魅力的な人間には何が備わっているかを魅力的な人間を傍で観察したりし、どうしたらその様になれるかの自己判断がこれまた難しい。自分がとった方法は、どういう人間が魅力のない人間かをいろいろとあげてみた。そのうえで魅力のない人間、つまらない人間の反対をやれば魅力ある人間になりはしないか、そういう方法が手っ取り早いと考えた。つまり、反面教師である。

    善い人間を眺め、あのようになろうと真似るのは難しいが、悪い人間、つまらない人間を見つけて、こういう人間には絶対になりたくないというのは即効性がある。自分には最も身近にそういうサンプルがいた。それが実母であり、彼女を徹底的に批判すればよい人間、よい親になれるように感じられた。批判だけでは足りないからと、徹底的に嫌悪する必要もあった。

    嫌悪するような人間にはなりたくないのは当然で、難しいことではなかった。果たして自分は子どもにとって良い親であるかどうかは聞きもせず、分からないが、自らが信ずるところの良い親を目指すことはできた。善悪の判断はとりあえずは自分でするしかない。「自分の善=他者にとっての善」か否かは分からずとも、それを信じてやる以外に何をやればいい?の答えはない。

    悪いものを見つけてそれを避ければ悪くはならない。そのことを前提に内田監督にかぶせてみる。自分がこういう人間を甚だしく嫌う理由として、①逃げる、②言ったことを言わないという、③自身の罪を他人になすりつける、④何の説明もせず、「自分が悪かった」で済ませる。加害者と非難を浴びた当該学生に対し、彼はどう責任をとる?関学の被害学生にどう責任をとる?

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    責任とは辞意?これでは屁をこいて逃げるイタチであろう。彼は多方面から辞めなければならないよう追い込まれた。自ら辞めるのではなく、監督続行不可能状態となった。それが責任だと?「お前はとっとと失せろ!」と多くの国民から罵倒されているだけでは?関学の選手に直接危害を加えた学生は傷害罪で立件できても、指示をした監督に傷害教唆が及ぶかは難しい。

    内田監督が本当に責任を取るというなら、キチンと自らの言葉で、「学生に関学のQBを壊してこい、そうしたら試合に出してやると唆したのは事実で、学生には何の罪もありません。指示をした彼にも、怪我を負った学生にも、本当に済まないことをした。すべては自身の人間としての至らなさであります」と、自らへの処罰として自尊心を剥ぎ取り、真実を白日の下に晒してこそ謝罪である。

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    昨日20日は「倉敷王将戦」の広島代表予選会があった。同大会は大山名人杯争奪として、倉敷市、倉敷市文化振興財団と日本将棋連盟が主催する全国の小学生を対象とした将棋大会で今年で第17回めを迎え、例年、8月に全国大会が大山康晴名人の生誕地である岡山県倉敷市で開催されるが、都道府県予選・選考会は各県支部等の主催により、4月から6月にかけて行われる。

    倉敷市は白壁の商家が建ち並ぶ古き美しい街並みで知られ、大原美術館や工芸品といった芸術の町としてのイメージが強いが、将棋ともとても深い繋がりを持った街でもある。それは前記した故・大山康晴15世名人の出身地であることが理由で、5歳頃に将棋を覚えはじめ、小学校を卒業すると大阪に出て、木見金治九段(当時)に入門する。木見門下には升田幸三がいた。

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    1970年には倉敷市より大山永世名人に名誉市民の称号が与えられ、「倉敷市大山名人記念館」が建設された。没後の1993年には女流プロ棋戦「大山名人杯倉敷藤花」が開設され、対局は当地で行われることもあって、毎年女流棋士たちが倉敷の街に華を添えている。小学生の子どもたちだけに出場資格のある「倉敷王将戦」は、2002年に創設され多くのプロ棋士が出場した。

    優勝者には第一回の杉本和陽四段、菅井竜也王位(第二回高学年の部)、佐々木勇気六段(第二回低学年)、佐々木大地(第三回低学年)、阿部光瑠六段(第五回高学年)、増田康宏(第六回高学年)らの顔が並ぶ他、現在プロ棋士養成機関の奨励会で研鑽中の棋士も多い。話題の藤井聡太七段は第十回大会低学年の部の優勝者で、同年高学年の優勝者古賀悠聖君は現在奨励会三段。

    同年度の優勝者でありながら大変な差がついてしまったが、これはもう藤井聡太七段と比べること自体が酷である。藤井七段は上記の同大会優勝者をも追い抜いてしまっている。2015年の第十四回大会では、地元広島市の鷹取尚弥くんが9歳で優勝し、そのまま菅井王位を師匠として奨励会に入会した。入会時の9歳4か月は、史上二番目の早さであり、現在は四級で奮闘中だ。

    奨励会を突破してプロ棋士になってタイトルを取るのか、誰にも彼の将来は分からないが、彼の将来は彼自身の努力によって決まるのかというとそうもいかず、運と努力と天分も必須である。将来を嘱望されながら天才集団奨励会から消えていった多くの棋士を知るに、努力だけでは遺憾ともし難い何かがある。奨励会の厳しさは想像を絶するものがあると棋士はいう。

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    現在四段~六段クラスの若手棋士が、「自分が今奨励会に在籍していたら、抜ける自信はない」というようなことを聞いてもわかる。話題の藤井聡太七段もプロ棋士になって以降88戦して12敗を喫しているが、彼の奨励会時の成績は13勝5敗であり、ギリギリの成績で突破した。ちなみに、過去に奨励会で全勝した例は1度もないし、10年近く在籍した者もいる。

    さて、昨日の「倉敷王将戦」の広島代表予選会高学年の部には将棋仲間の重弘祐也くんが出場した。彼は現在5年生で、初めて公民館で会ったときは3年生だった。あれから二年、子どもの上達が早いのは脳の柔らかさと大人のような社会でのしがらみがないからだろう。それを吸収力といっても間違いない。今回は何としても代表になりたいという父親の意気込みが伝わってくる。

    予選大会前日の19日の午後1時からと、20日の朝の9時からの対局を頼まれたが、自分などは3番も指すと脳がへとへとになるが、そうも言っておられない。対局時計を使って指し継ぐものの、子どもの閃きというのはしれはもうすごいの一言。糸谷哲郎八段の早指しはプロ間でも有名だが、小学生時の早ワザは信じられなかった。彼は早いだけではなく、指した後にこちらの顔を覗き見る。

    盤の下の方からこちらの顔を覗くというのか、睨むとでもいうのか、腕組みをしてそれをやるのだが、彼のそういう物怖じしない小癪な性格は今に思えば勝負師向きなのだろう。子どもゆえに背も低く小さいので、こちらを見上げる彼の顔がどうしても視界に入って気になる。彼がそのことをまさかの盤外戦術との意識はないだろうが、ないだけにそのことも才能といえる。


    森内竜王から竜王位を奪取した際、彼は頻繁に席を外し、几帳面で端正な森内竜王の精神や思考を乱したといわれている。さらには自分の指し手が、竜王の駒に当たって斜めになったのを治さないという非礼な態度も批判された。そのまま数手進んで森内竜王は歪んだ駒を治したが、糸谷の言い分は、「相手の駒に触るのは失礼なので放置した」というが、それはどうだろう。

    「失礼します」といって、歪んだ駒を直せば咎めを受けることはなかったろう。糸谷八段の性格は実直でありユニークというが、この辺りは20歳もの年齢差による世代間差というしかない。さて、「倉敷王将戦」の代表予選会は終了後に父親からの電話連絡を待つ手はずになっていたが、やはりソワソワ気分でいた。電話があったのは18:55分で第一声は、「代表に選ばれました」である。

    2名の本選出場枠に、準優勝ながらも選ばれたのは力もさることながら幸便である。優勝者でもある中川雄太くんは、今年度の第43回小学生名人戦西日本決勝リーグ代表に選ばれ、惜しくも2回戦で敗退したが、あと2つ勝っていたら西日本代表としてNHKで放映されたのに残念だ。歴史のあるこの大会からは、羽生、田村、渡辺、都成ら多くのプロ棋士が生まれている。

    「祐也くんは奨励会に入るんか?」、「入りたいけど、ダメだったらロボットとかを扱う仕事をしたい」。ロボットを扱うとは産業用ロボットのオペレータのことだろうが、機械を分解したりなどが好きだという。大人に夢がないわけではないが、子どもの夢は果てしのない夢である。老人の夢はどうすれば病気にならず、長生きできるかといった、それも夢といえば夢であろうか。

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    子どもの未来に携わる親に気持ちを寄せてみる。親の身勝手な夢を子どもに託す親もいるが、それが子どものためと思い込んでいる。子どもの夢とは、子どもの中から生まれたものであるべきだ。ないならないなりに、いつか生まれるかもしれないのだから、親が加勢しない方がいい。親は伴走者として、子どもの主体的な夢を積極的に理解をし援助すべきであろう。

    「奨励会に入りたいなら頑張ろうよ」。「もう100回やっても勝てません」と父親はいうが、自分とてそのうち手も足も出ないようになるだろうが、どういう位置にあっても、子どもを取り囲む者にそれぞれに役目はある。学校と家庭と地域社会という連携はどうしても必要だが、最近はそれらが薄くなっているのだろうか。地域の連携が薄いなら、取り戻せばいいことだ。

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    日大アメフット部悪質タックル問題は、内田正人監督が関学に出向き、大学側と被害選手の父親が謝罪を受けたという。しかし、被害選手の父親は、「日大選手がどうしてあのようなプレーをしたのかの説明がなく、指示があったのかについて(監督が)話されなかったので釈然としない」と遺憾の意を示していた。内田監督は頭を下げればそれで謝罪と思っているのだろう。

    謝罪が何かを知らないバカな御仁である。謝罪は罪を犯した相手に許しを乞うためにではなく、罪を犯した相手の許せない心情を少しでも緩和したり、救えるものなら救いたいという行為でなければならない。それが分かっていればどうすべきか、どうあるべきかというのが見えてくるが。今回もそうであるように、多くの謝罪は自らを救おうと、そのためになされる場合が多い。

    よって真の謝罪とは、自らを放棄しなければできるものではないし、相手が納得するためには、自らの行為の真実を隠すことなく明らかにすることである。それを「したい」という人間こそが謝罪をする資格者であって、内田監督のような態度をとれば相手はさらなる怒りを増幅させるだろう。謝罪が難しいのは、その人が人間的な優しさを持っているかに尽きるからだ。

    自分は小学生のとき、相手に石を投げて頭に大怪我を負わせ、被害者宅に父と二人で謝罪に行ったことがある。相手の親から容赦ない言葉を浴びせられ、畳に額を擦り付けて土下座をし、「申し訳ありません」を繰り返す父の姿はいたたまれなかった。もう二度と父にこんな無様なことはさせられないと強く心に刻んだのを覚えている。あのような謝罪をできる父にもびっくりした。

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    さらに父は自分を一言も叱ることをせず、一切その話を避けてくれた。おそらく父の目にはしょげ返る自分が映っていたのだろうし、それで十分と追い打ちをかけなかったのだろう。それを見ても父は優しい人だった。優しい人ゆえにあのような謝罪ができるのだろう。謝罪とは、相手を納得させるために努めることで、内田監督の言動は、彼の実につまらん人間性を現している。



    極悪人にも良心があるし、周囲から善人と呼ばれ親しまれている人に良心の欠片もない人もいる。人間は蓑を被って生きる動物ゆえに、普段の生活中では人間の深層や本質は分からぬものだ。内田という人物があらかたどういう人間であるかは、一連の言動から掴み取ることができる。日大アメフット部OBも言うように、「彼は人の上に立つ人間ではない」の意味するものは…

    会社にも同じような人間がいて、自分の手柄のためにはどんな手段もいとわず、そのため部下に脅しをかけたり、脅迫めいた言葉で人間性を剥ぎ取り孤立させる。孤立した人間は善悪の判断はついたとしても、上司に取り入られたいがために、悪を行うようになる。つまり、歪んだ支配者というのは、孤立を武器に相手を手名付け奮起させようという悪辣な手段を講じる。

    こういう監督がどういう功績をあげたとしても、部下を人間的に扱わぬ点において批判されるべきで、熱血漢とか名将と呼ぶなどとんでもないと考える。自分はこういうリーダーは狂信者である。こういう狂信者は、あざけり、恥をかかせることによって以外に彼を押さえつける方法はない。大勢の民の前でこれら狂信者どもの偽りの自尊心を屈服させる罰を与える以外に救いようはない。

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    誰の目にもあきらかなる内田監督の意図は、今回の問題を解決する手段として監督辞任で収め、そのままナンバー2といわれる常務理事の地位に居座ること。そのことに異議を持ち、待ったをかける人間がいないことを彼は踏んでいる。内部の自浄に危機感を抱く日大教職員組合の有志が、「内田氏は監督辞任だけでは済まない」とした抗議を盛り込んだ声明文を発表した。

    下っ端の職員たちが、自分たちの雇用権を牛耳る理事や役員に物を言うのは勇気もいるが、それでも立ち上がる人がいるからこの世は悪の枢軸から守られることにもなる。どういう企業や団体においても、トップに自浄作用のない組織はダメとしたものだが、内田氏は現理事長の子飼いであることからして、「泣いて馬謖を斬る」という明晰さはどうにも見えてこない。

    内田氏のような厚顔無恥な人物は、大学側から理事職を解任されたとしても反省はしない人間であり、仮に職を失うなら多少の後悔はあっても、逆恨みを増幅させるだけ。こういう輩は衆目の前で恥をかかせて奈落の底に突き落とす以外に手立てはない。この問題の当該者である日大の選手が本日記者会見をすることが、昨日選手側の代理人によって発表された。

    日大側は21日、関学大の被害選手の父親が大阪府警に被害届を提出したことを受け以下の声明を出す。「反則行為によって、被害を受けられた関西学院大学の選手に心より謝罪とお見舞いを申し上げます。被害届を出されたことを真摯に受け止め、日本大学として、第三者による委員会を設けて、あらためて原因の究明に取り組んでまいります」。第三者委員会とは、「駆け込み寺」。

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    金を払って雇う弁護士が第三者でないという茶番は子どもにも分かることで、形式的なことで茶を濁すのがどうにも慣例化している。関学大の小野宏ディレクターは先の会見で、悪質な反則行為を繰り返した日大選手に対して、「本人(日大選手)がこのことについての真実を自分の口から話すことが、彼のこれからの人生のためにも必要と思います」と話していた。

    その通りだと思う。加害選手が関学側から傷害容疑で告発をされたとしても、監督からの、「指示」がどういうものであったかについての具体的な立件は難しく、たいていの場合は双方の水掛け論に終始する。関学側は事実がどうであったかを望んでおり、日大該当選手の発言が真実に足るものと判断なされるなら、被害選手の親も訴状を取り下げると思われる。

    加害選手は監督の指示であっても、指示が選手自身の欲望を満たすものであったとならば、罪を免れることにはならない。「100万やるから人を殺してこい」といわれて、殺せば問答無用の犯罪である。元巨人軍の桑田選手のように、コーチから、「ぶつけろ」と指示されて断る者もいたり、監督の指示であったとしても罪が免れない事は加害選手も分かっていよう。

    もし自分ならどのように言うだろうか?まずは選手として試合に出たかったという欲は認め、監督の差し出す独饅頭に食らいついた己の愚かさを正直に晒す。そうして、内田監督のようなバカな指導者を持ったことへの後悔の念を切実に語る。『仁義なき戦い』の手記を描いた美能幸三が、「つまらん人間が上に立ったから多くの血が流れた」という心境と同じもの。

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    人が人を明晰な批判をするとき、それに立ちはだかる恩や義理が日本的な心情とされる。「どんな親でも親は親」という言葉は、日本的な道徳律の臭気を感じさせられる。バカな親はバカであり、バカな監督はバカであるというのは当たり前の自明。「義務」や、「義理」は大事でも、正しく行使、正しく供与されない場合もある。「孝」に尽くすは、家庭内に慈愛を実現することばかりではない。

    会見をする日大の学生は自分を取り巻く、「つまらん人間(監督)」、「つまらん組織(大学)」からの決別を期した。ヒラメ官僚にみる、「自らの命と引き換えても組織を守る」という考えの根本にある依存心は、正しい行政執行のために取り払われていくべきだ。終身雇用が崩壊した日本社会は、甘えが取り払われたことによって、労使関係が対等に近いものになりつつある。

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    日大アメフット違反タックル問題の当該選手の会見を見た。まだ20歳になったばかりというが、日本中が注視の的になるようなすることになった彼に、この経験がどうプラスになるのかを考えてみた。その前に、なぜ20歳そこそこの大学生が、こういう経験をする羽目になったかを考えてみるに、すべては大学及びアメフット部に携わるの大人たちの不甲斐なさである。

    彼は今回の経緯について、事の詳細を時系列に読み上げた。おそらく、何も加えず、付け足さず、あった事実を彼の目線で書いている。それと同じことをなぜに内田監督はいえなかったのか?「それは後日文書で…」といったのが逃げ口実でないなら、内田監督は当該学生と同じことを記すのであろうか?それはなかろう。絶対にないと断言してもいい。

    事実を誠実に、つまびらかに、そんなことを内田氏ができるハズがない。理由は何より事実を恐れているからで、なぜに事実を恐れるのか?彼がつまらんことを言ったからで、我々から見れば内田氏がつまらんことをいうのは、彼がつまらん人間とすれば驚くに値しない。が、彼は自分がつまらん人間などと思ってないだろう。現に彼は大学の常務理事の重職にある。

    大学の理事がつまらん人間であってはならず、だから内田氏はそう思ってはいない。彼の地位が何であろうが、我々から見ればサイテーの人間である。それが世間にハッキリした以上、日大はそんな人間を理事に置いていいのだろうか?即刻クビにされるべきだが、それをしない日大はつまらん大学ということになる。それでいいなら勝手になされよ。

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    しかし、つまらん大学というのが公になった以上、大学を管理する文科省が動かねばならない。私大補助金カットも含めた今回の監督不祥事は、大学の常務理事の不祥事でもある。国が動かないなら世論は納得しないだろう。「アメフット部のことと大学の理事職とは関係ない」と内田氏はいうが、理事が監督をやろうが、監督が理事をやろうが、監督は理事である。

    監督の不祥事が理事職の不祥事であることに気づいていない。内田氏は理事で収まっていればそれでいいとの腹積もりのようだが、こんなつまらん人間を誰が辞めさせられるのか?監督を辞めても理事で院政を引くことになれば、アメフット部員の望む「人心一新」も叶わぬばかりか、影響力は今後も残る。内田氏の理事解任という自浄力が大学にないなら方法はある。

    クーデターを起こせばいい。アメフット部員全員が、内田氏の理事解任がなされないなら、全員退部を事務局に突きつける。全共闘世代なら、それを首謀し、音頭をとるような人間が必ずいたが、今の時代にそれだけのリーダーシップを取れる人間はいないのだろうか?同僚部員が内田というつまらぬ人間のせいで、退部することになったことへの怒りはないのか?

    このまま内田氏が監督を辞めただけで済む問題でないということを、大所・高所からしかと眺め、見据えて動く人間がアメフット部にいることを望む。内田氏は教育者として不適格な人間で、理事継続をこのまま野放しにしてはいけない人間である。ただの大学生、ただのアメフット部員だけでなく、燃える想いをもってクーデターを首謀するアメフット部員を待ちわびたい。

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    内田氏はアメリカンフットボールを滅ぼそうとする悪魔のようだ。個人を考える場合に、社会の側から個人を、社会を考える場合には、個人の側から社会を考えるということが大切である。「どんな親でも親は親」という考えを自分が嫌悪するのは、道理として間違っているからだ。つまり、どんな親でも親として尊敬され、崇められるなら、こんな楽な仕事はなかろう。

    自分は親をその様に考え、捉えていた。凡夫であれ愚妻であれ、「夫である」ということだけで、「妻である」ということによって、夫として権利や妻としての権利を要求できるなら、怠け者にとってこれほど有難いことはない。特に日本のように結婚をスタートとせず、ゴールという考えが支配的な民族にとって、それだけで地位は確保されたような気分に陥る。

    夫はそれなりに大変であり、妻も大変であり、双方は努力をして家庭を築いていかねばならない。それ以上に自分が問題にするのが、「親」という稼業である。親がどれだけ大変であるかは、親によって子どもの人格形成がなされるという、この一点をとってみても、安穏としてはいられない責任が存在する。熱意だけではダメ、真剣だけではダメ、しかと責任を受け入れる姿勢がいる。

    同じことを内田氏に充てて考えてみる。アメフット部の、「監督」であることで、権力も権利も手中にできるならどんなバカでも監督になれる。今回、彼がつまらん監督であったことが部員の会見で露呈したが、不適格を自身で認めて辞任したのではなく、彼は社会的な「力」で辞任に追い込まれた。監督として不適格人間が、大学運営の理事として適格であるハズがない。

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    「どんな親でも親は親」を否定するように、「どんな理事でも理事は理事」ではなかろう。社会の側から考える限り、自らの道具性として社会のために働く人間こそが理想的なのである。個人の側から考えた社会とは、自らが全体的人間であること。つまり、人格性を尊んだ人間として存在し得るような社会でなければならない。個人を内田、社会をアメフット部とみたらいい。

    つまらん監督が存在したという事実が、一人の部員によって白日の下に晒された。彼は20歳の若者だから、美能幸三のように、「つまらぬ親分がいたから…」という言い方はできないのだろう。老いた自分のような、「つまらぬ監督」という見方はできない。もし、20歳の自分があの場にいたとしても、「内田監督は人間的につまらん人です」などは言えない気がする。

    つまらぬ親がつまらぬ言葉を吐くように、つまらぬ監督はつまらぬ指示・命令を出すも、20歳の青年は、監督のつまらぬ指示に従った自分を責めている。つまらぬ指示をする監督はつまらぬ人間ということより、つまらぬ指示を聞き入れたつまらぬ己を断罪するのも潔い。桑田投手はコーチの死球指示を断ったのは晩年の40前の年齢ゆえに自己主張も可能だった。

    20歳の若者が社会問題の収束に腰を上げたのは立派である。逃げ回る大人を尻目に勇気ある行動は、彼の今後の人生に実をつけるだろう。学生を矢面に立たせ、逃げ回る大人どもの不甲斐なさ。地位が人間を腐らせるのか、腐った人間が地位に連綿とするのか、失うものなき若者に比べ、総理も日大も霞んで見える。つまらん人間がトップにいることで若い芽を摘んでいる。

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    「反則の指示があったとしても、正常な判断ができなかった自分の弱さ。」

    誰のせいにもせず、すべてを自分の弱さだと言い切った彼の強さを称えたい。考えてみれば分かることだが、他人のせいにして罪を逃れようとするのは、愚かで卑怯な弱い人間であり、すべてを自身の一心に留める人間は、他人の鬩ぎを恐れぬ強い気持ちがもたらす強い人間である。そういう人間は、「いい子になんかなろうとするな!」と、自らを鼓舞することになる。

    こういう気持ちを胸にかざせば間違いなく人間は強くなれる。日大選手が発した彼の当時の境遇は、「監督やコーチが何を望んでいるか?」が支柱であった。こういう精神状態に置かれた人間は、善悪の判断より組織の利益が優先する。一人の善良な人間の心を歪め、捻じ曲げることも組織のトップはやれてしまう。バカが上に立つことで有能な人間ですら崩れて行く。

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    バカな親が子どもの心を捻じ曲げるように、バカな監督やコーチが選手に致命的ともいえる後悔をさせてしまった。元監督は緊急会見の席で、「彼の心の中を読み取れなかった」というが、選手を利用することしか頭にない方便である。会見をした日大の選手は同情に与することもなく、一切を自身の弱さと断罪したことを考えると、自己保身の醜さが伝わってくる。

    組織内で干されたからといって、犯罪に手を染めるのは言語同断であるが、彼は監督の期待に沿う規格品でいたかった。監督・コーチは勝つためのチーム作りをするわけだから、彼らの眼鏡に適う選手がいい選手とする。そのことも分からないではない。だから監督・コーチは練習で選手を鍛え、組織プレーを高めたり戦略を講じたりでチーム力を向上させるのである。

    プロボクサーの亀田大毅が、内藤大助との試合でセコンドを務めた父の亀田史郎から、ひじ打ちの反則を指示されていた。汚い手や反則プレーで勝とうとする指導者は、結果的に才能ある選手を潰してしまう。内田前監督は、「スポーツにフェアプレイは当たり前のことであり、わざわざ強調すべき文言として捉えてはいない」などと正論をぶつ人間の影が見え隠れする。

    ともすれば犯されがちな、「フェアプレイ精神」は何度も口にすべき重要なことで、その試合ごとであれ言い過ぎというのはない。内田前監督と会見に同席した井上コーチだが、彼らの特徴は、「正直言って…」という前置きの多さである。こういう言葉を多用する人間は、間違いなく嘘つきであり、だからそういう言葉を借りて信ぴょう性あるかのごとく見せる。

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    ある女性が卑劣なセールスマンに手籠めにされ、自分はその後始末で会社に乗り込んだことがある。「ノルマがきついので名義だけを貸してほしい。支払いは自分がするから」ということで、最初の一回以後は支払いが滞った。電話で催促してもナンだカンダと逃げ回る。クレジット会社からの督促は容赦なく会社にかかってくる。彼女は滞り分を自ら支払うことにした。

    何という卑劣な人間がいるものか。何でそんなことをしたのかを責めた時に、「僕が嘘をつく人間に見えますか?」が殺し文句であったのが分かった。善良な人間は、人を疑わない。いくら不安があっても、「嘘をいう人間に見えますか?」といわれると返す言葉がない。それを見切った非道な営業マンである。彼を呼び出し会話の録音を命じ、それをもって会社に乗り込む。

    証拠は具体的であり、大事である。「言った・言わない」が横行する世の中において重要なことは、「人を見たら泥棒と思え」という慣用句であろう。性悪説を信奉し、危機管理意識の希薄な日本人は、人を疑うことを悪だという考えにあるが、本当に信じたいがゆえに疑うことは悪でも何でもない。見ず知らずの人間の言葉だけを信じることはむしろ批判されるべきだ。

    どの世界にも悪人がいるように、政治家や官僚やスポーツ界にも悪人はいる。一国の指導者にも悪人がいるのだから、世俗の末端には悪人の山である。世知辛い世の中ではあるが、「自分は嘘は言わない」という人間は信じないことだ。嘘を言わない人間は、まずはこういう言葉を発しない。日大のコーチも監督も、「正直言って」を多用するほどに嘘つきである。

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    人を判断するのは大事であるが、残念なことにこれは人間の能力でもある。儒教的な「恩」や「義理」に蹂躙された日本人は、そういうものに囚われがちであるが、自分を強くするという一環で、他人に厳しくという見方も重要である。他人に厳しくするのは言い換えるなら自分に厳しくでもある。親が子を甘やかせるのは、そうする方が自分に心地いいからだ。

    自分を甘やかすから相手を甘やかせる。この図式を知っていれば、他人に厳しくあるのがいかに大事であるかも分かってくる。人は誰も現実を生きているのに、現実が見えないのはなぜだろうか?おそらく、現実に不満があるからだ。現実に満ち足りている人は、つまらぬ誘惑に引っかかることはない。電話攻勢などで人を騙そう、引っかけようとする営業は数多ある。

    「悟る」とは何か?決して苦行し、精進して得るものではない。「悟る」とは現実を受け入れることであろう。自分を知る、周囲を知る、相手の思惑を看破する、それら一切が悟りの境地である。自分が何ほどのものであるかも知れば、歯の浮いた世辞の類に騙されることもなかろう。身の程(自ら)を知り、足るを知れば楽に生きることも可能。楽がいいに決まっている。

    書きながら自らに言い聞かせる。頭で文言を復唱することより、書くという行為は「知る」を強めることになる。長い人生を送っているが、今回のような大学生が単独で(代理人は携えていたが)、大学のスポーツ部であったことについて中身を詳(つまび)らかにするなど、初めてのことであった。それくらいに大学や指導に携わる者が地に堕ちたということではないか。

    イメージ 4学生一人が巨大な組織に孤軍奮闘する様は、日大のみならず他の大学関係者にどのように伝わっているのだろうか?真実を訴えようとするもの、それを阻もうとするもの、こういういがみ合いの図式が果たして教育現場で起こっていいのもか?そういう問題提起をかの学生はしたのである。これは教育現場の在り方としてのっぴきならぬ羞恥以外のなにものでもない。
    大学でなく、小学生や中学生、高校生が同じことをしたと仮定し、考えてみるなら、今回のことがどれほど異常であるかがわかろう。20歳そこそこの大学生などは、まだまだ子どもに毛の生えた程度であると、見くびっていいものだろうか?今回のことは見くびったことで起こった。これまで指導者と持て囃された大学の教育関係者が、学生一人に完膚なきままに打ちのめされるのは痛快ですらあった。

    日大選手の気の優しさが、監督・コーチに規格外品とされた。スポーツ世界に身を置くものがその才能を規格外品と烙印をおされるなら仕方ない。が、自身の身勝手な欲目から子どもを規格外品と定める親もいるにはいる。どちらもあってはならない。なぜなら、人間存在の本質を見極めることもできない、そうした無能な親や指導者の下す判定はあまりに子どもを踏みにじったもの。

    今回、彼の行動は、上が下を踏みにじったことへの象徴的な出来事と見ている。彼は自己断罪を口にしたが、口に出さないだけで周辺に対する異議がなかったのではない。が、それを口にすると自己断罪が霞んでしまうからだろう。自分も何がしか責任を自己で全うをする時、あえて周辺に目を閉じ耳を塞ぐのは、自らを愚かにするだけで、自己向上に何ら寄与しないからだ。

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    日大の選手は会見の席上こう述べた。「監督やコーチから『やる気が足りない、闘志が足りない』といわれてメンバーから外された。監督からは、『宮川なんかはやる気があるのかないのかわからない』といわれ、コーチからは、『練習に出さない』などといわれた。実際このようなことを言われたら、目の前は真っ暗となり、精神的に追い込まれていたのは想像できる。

    『愛を乞う人』の主人公は、凄惨極まりない虐待を受け、それでも母が好きだったという。その理由は髪を掬うのが上手と母から褒められたからだという。それが鬼畜の母を憎み切れなかった要因である。子どもにとって、゛親から褒められる゛ことがどれほど喜ばしいことなのか。自分は母から褒められたことはただの一度もなかったが、やはり褒められたら嬉しかったろう。

    当時の自分はなぜか母親に褒められたい、好かれたいなどなかったが、それでも仲睦まじい母子を羨ましく思いながらも、実感は湧かなかった。人間は無力に生みつけられるが、そうしたなかで親や周囲の期待に沿って生きていこうとする。にもかかわらず、親や教師や周囲の期待に応えられないことからくる罪悪感に苦しむ子どもたち。それが習慣的・永続的になるとどうなるか?

    「やはり自分は親や教師のいうような、ダメな人間なのだ」という誤った自己肯定をするようになる。人間は周囲から、「期待」された、「役割」を演じようとするもので、できるなら親や教師から期待に沿うことを願う。自分がそれに応えられないと分かると強い劣等感に苦しむ。日大の選手も、「期待」の重圧に苦しみながら、優しい心を強くしたいと試みていたようだ。

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    彼がそういう精神状態であったことくらいは、運動部のコーチや監督を長年やったものなら分からぬはずがない。穿った見方をすれば、わざとそういう状況に追い込み、試合に出すことを引き換えに無理なことを実行させる悪辣な人間がいないとは言えない。そのあたりの事実関係は、「腹に一物」の分野だから想像でしかないが、人間の心理を巧みに利用する方法としてはあり得る。

    また、そういう役目に相応しい人間は、悪気のない純粋な人物が選ばれる。彼がその様に利用されたという証拠はないが、もしそうであるとするなら、該当する根拠はいくらでもある。練習にも出れないで沈んでいる彼にある日コーチが、「試合にでたいなら出してもらう方法があるぞ」といわれたら、おそらく心はときめくだろう。『仁義なき戦い』を見ているとよくわかる。

    登場人物はヤクザとはいえ、性格的には単純であり、人間として悪気はなく、気持ちが純粋な彼らは、親分のためならたとえ臭い飯を食べる羽目になっても鉄砲玉になろうとする。映画はそういうヤクザの悲哀を描いている。一つのストーリーとしてだが、もし強豪チームのQBを何とか怪我をさせるという計画を立案し、さて実行者は誰?ということになれば、彼は相応しい人物であったろう。

    つまり、そういう精神状態に仕立て上げられたのかも知れない。彼は井上コーチとは信頼関係があるといった。ならば井上コーチが実行者に相応しい人物を推挙するなら迷わず彼であったろう。醜悪な人間どもが相手チームのQBを葬り去るという非情な方法を立案した証拠はないが、現実に事が起こっており、彼もまた井上コーチから、「QBを潰せ」と命じられている。

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    そのことについて井上コーチは記者会見でこう述べた。「彼に『QBを潰せ』と言ったのは事実です」と認めた上で、「けがをさせろとは言っていない」。こういうのを言葉のあやという。ヤクザの親分が子分に殺人を命じるときに直接言葉で、「殺せ」といわなくても、「やれ」、「始末しろ」、「消せ」、「往生しろ」などの言い方がある。さらにいえば、「わかってるな!」でも伝わる。

    つまり、直接的な言葉でなくとも、アイコンタクトや、その場の状況などから、子分は親分の意図をつかみ取る。にも拘わらず井上コーチはあくまで言葉尻をとり、「潰せとはいったが、怪我をさせてこいと言っていない」と、我が身に降りかかる火の粉を払うために人はどんな言い方でもする。「いいな、怪我を負わせるのだぞ」などと直接的な言葉で指示するものがいるだろうか。

    「怪我をさせろと言ってないのだから、相手が怪我をしたのは自分の指示でない」と逃げである。人間は人間が何かを知るだけに、こういう逃げ口上を許さない。井上コーチに何ら意図がなくて相手選手が怪我を負ったなら、「自分が指示を学生に曲解させた」という責任を感じて叱るだろう。反則を犯した選手は退場後に、テント内で自らの非道な行為に悔し涙を流していた。

    こういう状況がありながらも井上コーチの都合のいい口実で逃げる。犠牲者となった二人の学生をしり目に、教育者としてあるまじき態度である。意図した行為にはそれなりの対応が、意図せぬ行為にはそれなりの対応がある。井上コーチの苦しい弁解を行為した学生はどのように捉えただろう。「自分はこういう人を信頼していたのか」という愕然とした思いと推察する。

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    人間がとどのつまりに自分の利益を優先するのはむしろ当然である。ゆえに、「信頼していた相手に裏切られた」というようなことが度々起こるが、それは仕方のないことである。自分の利害を超えて相手を庇ったり、助けてくれたりの人間はそうそういないがゆえに、そういう人間に出会うことは貴重な体験となる。「信頼」というのは、その時に実感するものではないか。

    彼が井上コーチを信頼していたのは、「間違っていた」と思うことだ。人間不信に陥るよりも、「人を信頼するというのは大変なこと」だと知ることが生きる知恵で、人間は誰も自分のために生きていくことをしかと学べばよい。人を安易に信頼するから、「裏切られた」となる。それも若さであろう。逆に自分に接してくれる人間に信頼されたいなら、絶対に裏切らないこと。

    今回もし井上コーチが、学生の言うことをすべて認め、「彼には迷惑をかけた。すべては彼のいう通りです」と謝罪したなら、そこで初めて学生とコーチに信頼関係が生じる。たとえ間違った指示であれ、それを行為した愚かな自分であれ、二者間に事実の共有ができたなら、それが信頼関係である。大事なのは過ちを起こしたことではなく、過ちを正直に認める潔さ、勇気である。

    人間は過ちを犯すために生きているようなもので、絶対的無謬などあり得ない。選手の会見を様々な視点で眺めていたが、彼の言葉に作為はなく、その場その場、自らの考えで対処していた。しばしの沈黙もあれば、「自分が言うことではない」と遮る場面もあったが、何も隠さず、「ここには事実を述べるために来た」という毅然とした彼の清潔な態度に心が洗われる思いであった。

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    失うものがない人間の強さである。人は何かを守ることで嘘をつく。それも人間であろう。が、「何を守るか!」についての正しい選択を教育者は誤ってはダメだ。学校は生徒を守るところであり、さらには大人は小人を守り、親は子を守り、国は国民を守り、会社は雇用者を守り、強者は弱者を守る。内田氏は自己保身に終始したが、井上氏は強者を守ることで弱者を斬った。

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  • 05/25/18--16:25: 青春の蹉跌
  • 上記の表題で記事を書いたような記憶があり、調べてみたら違っていた。青春の記憶を辿った記事はたくさん書いているが、ネガティブな青春もポジティブな青春もどちらも両輪である。青春をどう生きたかは自分のことゆえに覚えているが、自身の人生の物差しは青春期に作られたのかも知れない。他人はどうなのか?そうかも知れないし、そうでないかも知れない。


    ちっぽけなことを嫌になるくらい悩んだりもしたが、すべての体験から基準という物差しが作られた。「物差し」が何かといえば、自分が何かをやるとき、単にみんながやっているというだけでは決めないということ。それこそが自分の基準値である。みながやるから気が進まないけど自分もやるということをしないでいたのは、「多勢に無勢」や、「付和雷同」批判である。


    「多勢に無勢」とは、相手が多人数に対して少人数では勝ち目がないの意味。「付和雷同」とは、自分にしっかりとした考えがないのに、他人の言動に同調すること。物心ついたころから少数派を意識していた。人の真似は他人の意思で自分の意思とは違うように感じた。したがって、みながやるから自分もやるというのは、自分を粗末にしているということになる。

    だからといって、人がやらないことを無理をして、正しいと思わないのにやるということもない。それではただの目立ちたがり屋だ。大勢が右を向くのは、慣習や因習であったり、その場の空気であったり、その方が無難であったりの場合が多いような感じを受けた。音楽や絵画をはじめとする多くの芸術は、踏襲の否定から新しいものが生まれたが、これも人真似を嫌悪したからだ。

    みなが同じことをしている光景を見るだけでゾッとすることがある。最近特に感じるのは電車の中で右にならえとばかりにスマホをいじっている人たち。やってる人はそんなことを考えず、自分がしたいことをしているのだろうが、「この人たちは考え事をしないのか?」と思うほどに異様な光景である。電車に座って目的地に向かうときは、考え事をするいい機会に思う。

    スマホ依存は批判というより素朴な疑問。我々の青春時代にスマホはなく、電車で本を読む人は結構いた。沈思黙考するような人もいたが、実際は何も考えてないのかも知れない。多くの人たちが電車でスマホをいじる光景は自分には異様に映る。することがないからスマホなのか、スマホをしたいからスマホかは不明だが、あれを異様と思う自分が変なのかも知れない。

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    「付和雷同」には反対だった。多くの人たちが何かに流されるのは軽薄にすら感じられた。自分のこともそうであったが、親になって子育てにもそうした価値観を役立てた。なぜに人は、「右向け右なのか?」というのは疑問でしかなかった。だったら自分が最初に左を向く人間になろうとした。それが正しいことなら何の不安もなかった。「なぜ人と同じことをする?」と聞いてみた。

    「そうでなければ不安になる」という言葉が返ってくる。不思議でもあったが滑稽であった。おそらく、「人並みに」という言葉は、群れを成すことで得る安心感と察するが、むしろ自分は人と同じことをするのは違和感を覚えた。だからか、人と違う意見はむしろ当たり前の認識で、遠慮も躊躇いもなかった。が、取るに足りないことに反対や目くじらを立てることはしないでいた。

    近年は、「付和雷同」の時代なのだろうか?人間には自分しかやれないことや役割があり、そのことに早く気づくことが大事かも知れない。そしてその役割を全力で出し切ることで強い自信となる。そのためには、「自分は自分」、「他人は他人」という当たり前の考えが強調される。ところがみなが同じことをしているなら、同じ思考回路の人間が多いということなのだろうか。

    一抹の不安はある。「自分は人と同じではない」という考えが強かった自分は、他人は他人でいい、自分は自分であるから、他人が躊躇うことなく同じことをやるのは、「人と自分は違う」という意識が薄いのか?したがって組織や団体の中で同じような行動をとるのが子どものころから好きではなかった。運動会や学芸会はつまらないものだったし、宗教嫌いも同じ理由か?

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    人間は個々で違うのに、それなのに一つの真理を拠り所にするというのがどうにも納得いかない。良いものは良いでいいけれども、何かに属して偏った考えを持つより、自由にきままに各所・各人の、「良い」を、つまみ食いする方が自分には向いている。「さすがキリストさまはいいことをいうなぁ。仏陀さんもさすがである」。どこにも所属しない自由な生き方である。

    宗教というのは体系である。「体系」とは、個々のものを秩序づけて統一した組織の全体。矛盾のないようにまとめられたものごとの全体。と解されているが、体系が整っているのは、組織だっているということだ。企業の社則や学校の校則、レストランで働く従業員のマニュアルも体系化されたもので、みなが一律それを守って入れば不測はないということである。

    「これが正しい」ということを明文化したものは、利点もあるが人間がロボット化されている。会社や学校に規則はあってもいいが、「若者」に対する体系化した何かはない。「若者はこうしなさい。こうあるべき」というのは、大人が若者を見くびっている。ただし、「少年よ、大志を抱け」程度の抽象的な言葉に害はない。「身を立て、名を上げ」も、戦後当時の閉塞思考である。

    一体どれだけの人が、「身を立てた」のか?「名をあげた」のか?該当する官僚たちの失脚をみるに、立身出世も煩わしいものかと。とはいえ、立身出世を目指す青春もあったろう。そんなことより青春を楽しんだ人もいよう。どちらが後年に良い想い出となり得るか?「青春をどう生きるか」の答えはない。なぜなら、「自分は人と同じでない」からだ。青春は安易であるより蹉跌である。

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    誰に対して、「いい子」になりたい人は、誰の期待にも応えようとする。それが嵩じて、他人の期待に応えられないことでの他人の非難を恐れる。おそらくその様に生きた人は、自分の人生は他人に媚び諂う人生だったと気づくのだろう。他人や社会の出してくるあらゆる期待のすべて応えられるハズがない。ゆえに期待に応えられないからといって劣等感を持つ必要もない。

    学業優秀で、品行方正で、スポーツ万能で、人付き合いもよくて、誰からも好かれる人格者であって、などの人間は、実は人間なのか?親の期待に応え、教師の期待にも応え、仲間の期待に応えたいと生きるなら、その間どこかで人格が分裂するだろう。人は自らを生きるべく、「生」を与えられている。人におもねず自己に自由に生きて死んでいけばよい。

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  • 05/27/18--17:25: 青春の蹉跌 ②

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    6日に行われた定期戦の際に日大選手のタックルで負傷した関学のQBが試合に復帰した。この反則行為に対して関学の選手の父親は被害届を提出、日大の誠意ある回答を持ったがかなえられなかった。試合中の行為を刑事事件として扱った例は少なく、立件の判断は難しいだろうが、学生スポーツという特異な環境の中で、指導者によるパワハラが存在していた可能性は捨てきれない。

    会見をした日大の選手は退部をするという。高校から続けたアメフトを辞める決心をしたのは、今回のことが原因だろう。代弁するならバカな指導者に自分が踊ってしまったという自己嫌悪がみえる。好きなことでも嫌になることはある。我慢できることもできないこともある。自分で決めた退部ならそれでいい。可哀そうの声もあるが自分はそうは思わない。

    バスケが大好きだった孫は私立強豪高校から声がかかったが、コーチに嫌気がさして退部を申し出たときは褒めてやった。コーチの判断ミスのとばっちりを受けたというが、クラブの秩序維持のために理不尽なことを我慢をし、部員の手前もあってコーチの顔を立てるような受動的振る舞いはできぬことはないが、そんなコーチの下で部活をやっても得るものはない。だからコーチを見切った。

    自分も小学生で母を見切った。忍従は美徳ではない。所詮は心に潜むわだかまりを我慢し、放置するだけだ。好きなバスケだからこそ辞める孫を理解した。日大選手の好きなアメフトを指導者が汚してしまう。彼は監督・コーチから受けた凌辱に一石を投じ、前代未聞のスキャンダルとなった。アメフトだけが彼の人生でなく、他のスポーツであれ、スポーツ外でもいい。

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    アメフト決別後の現実を変革していくことが大事で、彼ならできる。四季の移り変わりが自然の摂理であるように、人の周辺も変わればそれで彼も変わっていく。彼はアメフトに代わる別の何か、「生きがい」を見つけるであろう。これまでのことは一旦終了し、新しい何かに向けた人生に踏み出せばいいし、そのために彼はやるべきことをやったのだから未練はなかろう。

    「生きがい」をある側面から捉えるなら、社会における参加への実感ではないだろうか。自分が社会にとって必要とされていると実感するとき、人間は生きがいを感じるし、その意味で内田監督下によるアメフトという生きがいは喪失した。世界にたった一つの自分の人生である。今後は実社会に出て、彼という人材を評価してくれる人や働き場は必ず見つけられる。

    積極的な人間と消極的な人間がいる。その違いは先天的というより環境がもたらせたもの。どちらがいいかは文化の違いもあるが、西洋では積極的な人物が好まれるが、積極的な日本人は出しゃばりと敬遠されることが多かった。しかし近年はグローバルな視点から、「待つ」より、「向かう」が重視される時代もあってか、物怖じしない積極的な人間が好まれる傾向にある。

    積極的であるということは、そこに働きかけるということだから、何かを変える、「力」となる。何もしないは何も変わらない。愚痴や不平・不満を増やすだけの働きしかない。日大の彼は何かを変えるパワーを見せてくれた。人は行動することで自らの内にあるものを解放する。しかもそうした解放は、自らの個人的努力をもって成し得るのだという意気込みが大事である。

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    今回はそのことを強く感じさせられた。我々は多くの偉人や賢人から学び、その中には偉大な哲学者もいるが、哲学者から学ぶものが観念論だけなら、耳が肥えた人間でしかない。多くの哲学者は、「善」について述べているが、カントやニーチェが問題にしたのは、「善意志」だった。西田幾多郎はその著『善の研究』で、「主観客観を超えた純粋経験こそ善」と述べている。

    「純粋経験」とは主観も客観もない、知識と対象がまったく合一した、「主客合一」の状態をいう。それを得ることこそ最高の、「善」であると西田は説いた。噛み砕いて考えてみるに、「規則や法を守る」という社会ルールによる客観的善でもなければ、「欲望を満たす」といった主観的善でもなく、それらを超えた最高に素晴らしい経験こそが最高善であるという。

    例えば目の前に花がある。その花を眺めながらあれこれと分析したり判断するのは心の意識である。そういうものすらなく、目の前の物事と自分が一体になっている状態。「見る自分」と、「見られる物事」が区別されず、ひとまとまりになった瞬間…、西田はこれを、「純粋経験」とした。西田のいう善とは、「自らの心の要求に応え、満足の気持ちになること」である。

    そして人間にとって最高の満足は、「ちっぽけな思い込みを超えて、自身の無限性を感じ取ること」だという。「自分は自分なのであって、目の前にある物事は、自分から切り離されたものだ」という認識自体、そもそも思い込みである。真実の世界は、そのような区別をひとまとまりにした世界ではないかと。日大の選手はあの日、記者会見席で何を問われ、何を返したか。

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    彼は主観を戒め、客観的な判断も避け、ひたすら真実のみをまさぐっていた。裁判所で証人が、「何も加えず、何も付け足さないことを誓う」と宣誓させられるのは、事実のみを語りなさいということ。日大の選手はそのような気持ちで、そのように努めていた。だから主観を述べるよう迫られるとき、言葉につまり、「それは僕の言うことではありません」と回避した。

    主観の多くは嘘にまみれ、客観の多くは推量である。したがって、主観客観を意識しない状況こそ真実であり、ゆえに彼の発言には信憑性がある。人間が真実を述べることは難しいが、「純粋経験」というものに立ち返るならそれは可能だ。これまで多くの場面で人が真実を述べるところを見たが、真実に真剣に向き合おうとした人物を過去に一人だけ知っている。

    「何も加えず、何も付け足さず…」それこそが真実の価値である。世間という修羅場で汚れ腐った大人たちには至難であろう。若者が大人たちに囲まれて味わう真の苦しみとは、大人たちの剥き出しの自己保身を理解するからである。子ども時代には大人の嘘が許せなかったとしても、やがてその子が大人の仲間入りをするとき、大人の都合というものが見え、分かってくる。

    それを暴いていいものかという苦しみである。どういう立場の人がどういう傷を持っているかの理解はできるとして、それを知る者が他人の嘘を公に晒していいものかという迷いである。日大の彼は他人のことには触れず、自分の体験だけを語ったのは賢明である。誰もが心にキズを持っている以上、あえてそこに触れず、自身のキズだけを悔いる。そこに感銘させられた。

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    昨今は芸能人らがTV番組を席捲、他人をあからさまに誹謗中傷する。そうした風潮にも影響されない日大選手に、親からの行き届いた教育が感じられた。常々思うは、「子は親を映す鏡」という言葉である。彼のプロフィールには、「尊敬するのは両親」とあった。怪我を負った相手選手への執拗な謝罪を親は求めたが、それを制止した監督とは大きな人間的質差を感じる。

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  • 05/28/18--17:24: 青春の蹉跌 ③
  • 反則を犯した日大選手は、「俺はやるべきことをやる」という気持ちが増幅したようだ。人間には個々の事情や都合というものがある。そうした個々の都合に寄り添う場合もあるが、下位者が上位者の都合を忖度することで、真実や正義が隠匿されていいものか?自分が知り得た真実を隠匿する官僚は、国家・国民のためにではなく、権力者を守るために仕事をしている。

    こうした日本的な慣れ合い社会は、この国の総理をはじめ、数多の政治家や官僚に見られ、彼らは私欲にからめて嘘をいう。公益より私益重視の国家である。人間は言葉を持つことで表現手段が飛躍的に進歩したが、「言葉は心を隠すために与えられた」という言葉も過る。嘘の中に利益を貪る権力者を補佐する官僚たちは、同じ穴のムジナたる同居人である。

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    正義感の行使はどうあるべきかについて考えたことがある。隣の妻の浮気を知ったとする。それを主人に言うべきか否か?自分はそういう問題に「何が正しい」の決着をつけている。それが公益性である。今村昌平の『うなぎ』はそういう作品だった。本年、是枝裕和が『万引き家族』でカンヌ映画祭パルム・ドールを獲ったが、1997年の『うなぎ」以来20年ぶりである。


    今村昌平監督は1983年『楢山節考』も併せて二個のパルム・ドールを獲っている。カンヌに愛された今村も来年は13回忌となる。北野作品もカンヌの常連だが、今村や山本薩夫、熊井啓、ルメットら社会派映画の好きな自分に北野映画との接点はない。社会派映画には告発の要素が多い。『楢山節考』、『白い巨塔』、『サンダカン八番娼館』、『十二人に怒れる男』など。

    告発は勇気である。現代人が、「我が良心」とお題目を唱えつつ、その実は自らのエゴイズムにしか過ぎないことを羞恥もないままに言葉にするさまは滑稽を超えている。道徳とか良心とかを持ち出すのは、自分に嘘をつきながらも、嘘をつく自分を認める強さのなさであろう。醜いことを醜いと認めるのは勇気以外のなにものでないが、醜いことを美しいという欺瞞は許し難い。

    日大選手が真実を述べることで、傷ついたものがいたとしてもそれは彼の責任ではない。もっとも傷ついたのは彼自身である。周囲の同情で相殺できるようなものでもなく、スキャンダルを投じた気も彼にはなかった。多くの人は真実を求めていく過程で真実に負けてしまう。人は真実に耐えられるほど強くはないのである。だから切々と真実を述べる彼は強い人間である。

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    「生きがい」というのをワザに見つける必要はないが、生きがいのある生活を望むなら、自分のありのままの姿を直視する勇気と、洗いざらい自分をさらけ出してみること、さらには一切の甘えを自分からなくすことかも知れない。「甘え」こそが生きがいの最大の障害物である。自分を偽り、あるいは飾っている限り、生きがいとは無縁の生活をすることになりはしないか?

    彼はアメフトという偽りの生きがい観と決別し、現在はまだ新たな生きがいに遭遇してはいないが、上記したようにありのままを直視し、自らを洗いざらい晒し、甘えから隔絶した自己責任を選んだことで人としての崇高な生きがいを現した。生きがいを本当に求め、欲している人間は、「生きがいが欲しい」などという、アクセサリー的な表現はいわないものかも知れない。

    生きがいとは悲しみと必死で戦うことで生まれるものかも知れない。苦しみを乗り越えたとき、それも生きがいにあたるものだろう。確かに人間は、周囲が自分に同情を寄せ、自分に好意をもってくれていることが幸せであろう。しかし、生きがいとは、周囲の好意によって自分が何かをやるのではなく、自らの力で自らのことをやるときに生まれるものではなかろうか。

    彼が危惧したのは、「自分の発言は誰かを傷つけることになりはしないか」でなかったか?その際に、彼の父はおそらくこういうだろう。「(公益性のある)真実は、誰かを傷つけること以上に高い価値を持つ。真実に恐れを抱くことはなにもない」であろう。自分ならその様に伝える。誰が傷つこうと、自分が傷つこうと問題ではない。真実や善悪はそれらの彼岸にある。

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    自分の経験でいっても、人間が強くなると他人に冷淡になれる。冷淡というのは相手から見た言葉の思いであって、こちらにすれば厳しくなれるということだ。つまり、他人に厳しくなれるというのは、自分に厳しいの裏付であると、子どもを甘やかせる親について述べた。自分を甘やかせ、子どもを甘やかせるほうがどれだけ楽か。親はそういう十字架を背負っている。

    欲求を規制するのが社会規範であるが、そうした社会規範ですら究極的には欲求に根を持っており、欲求からの活力を引き出している。難しいならこういう事例がある。ダイエットしたい。何とか10キロ痩せてみせる。そのためには食事を抑制し、運動を頑張ることができる。こうした活力は、食べたい、動かないでじっとしていたいという否定から引き出されるもの。

    一億総評論家たる時代にあっては、芸人たちがテレビで、「これが正義!」とばかり、他人を血祭りにする。「他人の不幸は蜜の味」的な構成で視聴率を稼ぐ意図は分かる。誰もが人の悪口、告げ口は好きなのだし、寄って集って悪口をいえばそれも多勢に無勢となる。「横断歩道、みんなで渡れば怖くない」という言葉は、日本人の姑息な正義感を現している。

    いつから他人の悪口番組が主流になったのか?こんなことばかりやっていて、国民の品位が下がるとは思わないのか?上記した正義の告発とは、己のしょぼい社会規範を振りかざすのではなく、公益性の有無を主軸に考える。他人の不倫を寄って集って話題にするそれのどこが公益性?隣の主婦の浮気を主人に告げることで、どういう公益性があるのか?

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    「夫は真面目に働いているのに許せない!」という私憤を、他人の私的なことに持ち込むどこが公益か?そういう妻であっても、夫が自ら選んだ妻である。自ら選んだ悪妻の文句を言っていくとこなどない。「知らぬは亭主ばかりなり」という慣用句は昔からある。江戸時代、江戸の町の男女比は圧倒的に男の方が高く、一人前の商人や職人になるまでは、結婚できないことが多かった。

    このため、親子ほどの歳の差のある旦那に嫁ぐ娘も珍しくなく、精力のあまった若い女房は年とった旦那では物足りない。だからか奉公人の若い手代とできてしまったりもした。岡場所(遊郭)にもいく金のない半人前男は、ついつい旦那のいる長屋のおかみさんに手を出したくもなる。そうしたことから洒脱の意味も含めて、「店中で知らぬは亭主ひとりなり」となった。

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  • 05/29/18--16:51: 青春の蹉跌 ④
  • どれほどの苦しさをもってなら、人は、「これほど苦しいことはない」というのだろうか。数日前に見た夢は、夢であっても自分がこれまでに体験したことのない苦悩であった。あまりの苦しさにおそらく脳が耐えられず、目が覚めたのが夜中の3時前だった。しばらくは寝ることもできず机に腰かけて、夢の在り処を考えていた。30分後くらいに床に入ったが、夢の続きを見ることはなかった。

    こういう内容である。自分は死刑の宣告を受けていた。どういう犯罪をやったかは分からないが、死刑宣告を受けたまま収監はされず、社会の中に放たれている。ところが、刑の執行日が今日と決まっていて、夕方の6時を期限に出頭しなければならず、夢の中ではその時刻があと1~2時間後に迫っている。こういう緊迫した状況を前に悩み苦しむ自分であった。

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    夢の中ですら人は苦しみ葛藤する。どうしてそんな夢を見るのかわからないが、もし、同じ現実を想定するならこれが究極の苦しみか。死刑囚は独房に入れられ、ある日突然、数名の刑務官に、「出なさい」と命じられる。何をしていてもである。獄舎で小説を書いていようが、ペン画を描いていようが、句などを作っていようが、中断を余儀なくされて刑場に連れていかれる。

    これもやるせないが、社会の中で普通に生活をしながら、「本日が刑の執行日と決められていて、時間までに出頭」という義務を自らの意思に委ねられていることの方が、実は苦しいのではないか?人は自ら主体的な意思行動をするより、他人の力で強要される方が楽ではないのか?夢の中でそういうことは考えなかったが、自らの意思に委ねられる状況を苦しんだ。

    なぜか逃げる選択はなかった。その時間までに絶対出頭しなければならない、そのことは自身の中で確定していたから苦しいのである。とても勇気のいることに思えた。刑務官に告げられ、獄舎を後に刑場に連れていかれることの方が、むしろ「諦観」という境地に救われる。自主選択には自由裁量がある分「諦観」という心情は起こらない。ある場合に人は自由である方が苦しい。

    むか~しある女の子が、「人から命じられる方がいい」と言っていた。「自分で何をしていいか分からない」と、自分の、「なぜ?」にそう答えた。自分の性格として理解できなかった。親の強引さにあれほど反発・反抗してきた自分である。今でも権威をかさに押さえつけたり、命じられたりは極度に嫌悪する。だから自由を求め、自由の恩恵を最大善と感じていきている。

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    目が覚めた時は意識がハッキリし、シャツは汗でぐっしょりだった。「夢でよかった」とため息をついた自分だ。日時を決められているという強迫観念は絶対的なもので、それに抗う自由というのは無視することだ。逃げれば追われるのだろうが、なぜかその選択はなく、「逃げればどうなる?追われるのか?」そういう思考は一切なかった。なぜ、逃げる選択がなかったのか?

    おそらく、自分の真面目さであろう。何かから「逃げる」という選択や行為は自分が最も忌み嫌うもので、だからなのかどうなのか、そのことは頭の隅になかった。その日、その時間までに、気持ちを整え出頭しなければならないという意思決定がゆえに苦しむのだった。死ぬことを自らに課し、そこに足を向けなければならない。それがとてつもなく苦しい選択であった。

    いや、選択というのではなく決められごとだから、これは「約束」である。こういう「約束」ごとを守らねばならないという苦悩である。逃げと甘えは、その表裏において一体である。甘えとは他人に愛されることだけを求める人間である。自分の感情が自分自身の内に根を下ろしていず、他人の態度や行為に依存する、これが甘えである。甘えを排する人間は依存を遮断する。

    それでも、基本的に人間は他人に依存し、甘えたい。ゆえに甘えを排除する人間は苦しく、その苦しさを強さと言っているが、それらは自己の選択に過ぎない。単に「甘えないようにする」という自己抑制であろう。自己中心的な人間というのは、そうした自己中心的な感情の動きをすればするほど、自分の自己中心性に気づかない。他人をひどいとかけしからんとか思ってしまう。

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    言い換えるなら、甘えや自己中を抑制する人間ほど、自身の甘えや自己中心性を理解している。他人に迷惑をかける自己中な行動は、普通は分かっていればやらないものだが、分かっていながらそれをやるのが甘えた人間である。確かに、自己中心性の甘えの自覚は極めて難しいものだ。これを親から当たり前のごとく供与され、自己に内面化された人間ならなおさらである。

    いかに親に甘やかされて育った人間であれ、少年期から青年期へと成長する過程で、自己認識と他人の行動を比較し、自分を知ることになる。その意味で自分のことの多くは他人が教えてくれるし、他人から学ぶものだ。それすらもない頑なな人間も中にはいて、彼らを自己中と呼んでいる。とはいえ、人間なら誰にでもある自己中心性だからこそ自己抑制がなされる。

    物事がうまくいかない、しくじる、失敗する、挫折する、そういった「蹉跌」は必然的なもので、だから以下の言葉が金言となる。「成功しないことは感謝すべきこと。少なくとも成功は遅く来る方がよい。その方が君はもっと徹底的に自分をだせるだろう」。早い成功に胡坐をかいたことで、後に伸び悩んだ人間は多い。20歳で自伝を記したプロゴルファーには驚いた。

    「自伝」などはおおよそ苔が入る年齢に書くものであろうが、プロデビューわずか4年で自伝を書いた選手を彼以外に知らない。しかもそのタイトルが、『僕の歩いてきた道』である。これから歩こうの年齢なのに、「歩いてきた」とは、いかに周囲が彼を持ち上げたか。プロデビュー5年を過ぎた松山英樹も、メジャー制覇に向けた努力の裏には過去を見据えることなどない。

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    小さな目標や近くて安全な目的地しか持たぬ人間は、遠く危険も多い、そして険しく高い目標や目的地をもって日々を悪戦苦闘する人に比べて、一見、安住・幸福に見えるが、自身の能力を鍛え、高めるという点で内容が貧弱のままストップしてしまう。「小成に安心する」若者は周囲が甘やかせたと見るべきで、「青春の蹉跌」が無知なる若者の試金石であるのは自明の理。

    「若者に苦労は必要」、「苦労は勝手でもせよ」といわれる。誰でも苦労は避けたい。できるならない方が良い。本人も親や周囲もそれを望むが、それを避けるために宗教に入る者もいる。「あなたを救います」という言葉に動かされるのだろうが、そんな美辞麗句を並べた押しつけがましい宗教で、人が救えるものだろうか?思うから入信するのだろう。

    大学受験に失敗したことが入信の動機という女性がいた。自分の行動の動機をハッキリ知るというのは重要である。なぜなら、自分が自己中心的な甘えを持った人間であるかどうかは、自分の行動だけでなく、自分の行動動機をハッキリ知る必要がある。確かに人は自分の真の動機に目を背けたがるものだが、真の動機に目を背けるのが、案外無意識の問題であるからだ。

    当人からすれば、神への信仰と思ってやっていることが、実は何かの不満を隠れ蓑にしていたりする。人間は他人に自分を立派そうに見せかけるばかりでなく、自身に対しても立派そうに見せたがるもの。ゆえに、真の動機が自身の不満や劣等感であるにもかかわらず、他人への親切心が動機と思い込む。宗教はこうした人間の真動機の隠れ蓑になる場合が多い。

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    ところが、呼び込む側はそんなことなどどうでもいい。神を崇めるようにすればいい、教会にいかばかりかの寄付をしてくれればいい、彼らもそういう本音を隠している。人間は自分を騙すことに関しては天才である。例えばあることをやるのは、責任感であると思いつつ、真の動機は、他人から善い人間と思われたい、尊敬されたいという動機であったりする。

    それが悪であるとか、善くないとか、偽善的であるというつもりはなく、所詮人間はそうしたものかも知れない。誰も自分の真の動機などについて思い悩むことなどないのかも知れない。そんなことを思い悩んでいるなら、日々夢でうなされることにもなろうか。苦しい夢など見たくはないが、究極の選択や難題を夢で思考させられるも、「夢でよかった」の安堵となる。

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    「死刑になる夢」は運気上昇であるという。見心地は良いものではないが、夢を見た後はあまり心配せず、安心すべしとある。運気上昇といっても自分の年齢で運が上昇といわれても、それが何か分からない。したがって、「運気上昇」、「運気下降」どちらも気にならないが、「死刑の夢」といっても、「死刑になる」と、「死刑を宣告される」は状況が違っている。

    自分の場合は、「死刑宣告を受け、執行を待つ」というものだろうが、これについては、「どういう場所で待つ」かによって意味合いも変わってくるという。「妻や子どもらと一緒に、自宅で死刑執行を待つ夢は、家のローンや養育費に心配がある表れ」。「友達と一緒に、学校で死刑執行を待つ夢は、試験や受験などに心配がある表れ」。どちらも自分には無縁のこと。

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    「薄暗い場所や留置所で一人死刑執行を待つ夢は、自分の人生に対して、ぼんやりとした不安があることの表れ」。であるという。以下のサイトには見た夢の内容を項目別に記されている。なぜ「死刑になる夢」を見たのかがわからないので、一応「夢判断」なるものを開いてみたものの、それなりに辻褄のあるようなことが書かれてはいるが、根拠に乏しいと感じた。


    「占い」というのも信じない。手相や顔相の類も信じない。数日前にある方が、「これがあなたです」なるものをよこした。そこに書いてあることはあまりに自分に合致しているので驚いた。聞いてみると、生年月日占い診断であるという。物事に懐疑的な性格の自分は、人間の性格が生年月日だけで決まるとは思わない。仮に当たる部分があってもである。

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    その人の性格は、兄弟の種類や有無、裕福か貧困かといった家庭環境や、親の性格による躾や教育方法、あるいは友人関係などで複合的に決まると思っている。生年月日で決まるというなら、同年同月同日の人間はみな同じことになるではないか。占いの類を、「当たってるから信じる」という人はいるが、上記の要素からして、当たっていても信じることはできない。

    信じて得もなければ信じないで損もないということなら遊びの類であろう。子どものころによくやった、「あきすとぜねこ」が懐かしい。あれを好きな女の子と組み合わせて密かに喜んでいた自分が思い出される。いつの時代においてもいろいろな人が死んでいく。もちろん、いろいろな人も生まれるわけだが、功績や業績という点において、生まれた赤ちゃんには、「無」である。

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    よって、他界した人に対する種々の思いは尽きない。この人も、あの人も死んでしまった現実からして、いつかは自分たちも人知れず死んでしまった人になる。何の偉業もない人間だから、身内や肉親や知人に認識されるだけだろうが、それも同じ人の死に違いはない。指揮者で作曲家でもあったレナード・バーンスタインは、生前このように述べた。皮肉も含めて…

    「偉大なことを成し遂げるには、2つのことが必要だ。それは、計画と、あまり十分でない時間である」。このことから、偉大な業績を残した人には生の時間が十分でなかったのだろう。もっともっと多くのことをやりたかったと思われる。それぞれの分野で偉大な人物の早すぎる死があるが、個人的には56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズの死が惜しまれてならない。

    死者を送る弔辞でしばしば耳にするのが、「先に逝ってしまったお前だが、待っていてくれ。俺も行くから…」などの言葉である。つまり、死後の世界で友人たちは相まみえ、歓談し、酒でも酌み交わそうと語り掛ける、そんな弔辞もある。本当に可能なのか?死後の世界があって、そこに行けば死者たちと出会えるのか?疑問は尽きないし、死後の世界を自分は信じない。

    日本人は一年間にどれくらい死ぬのか?いきなり言われてもそんなことを知る人は少ない。約125万人程度といわれるが今後は増え、2030年には160万人と推定されている。もし、あの世があるなら、あの世の広さにもよるが人口過密であろう。「死んで会おう。酒を酌み交わそう」とはいっても、死んであの世に行くのは、生前のような人間の生体のようなものではない魂では?

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    人間の格好をした生体(いや、死体が)が、あの世で待つのではない。あの世があるとして考えるに、人口過密の死後の世界で、死んだ友人や親に会えるのか?彼らは死後のどこにいるのか判明するのか?東京の友人は、東京で死に、広島で死んだ自分とどこで会えるのか?死後の世界にも都道府県があるなら、東京の友人に会いに死後の東京に行けばよいこと。

    どうやって行くのか、何らかの交通機関なのか?死者は浮遊できるのか?東京にはたくさんの死者がいるだろうから、どうやって相手を見つけるのか?まさか電話はないだろう。彼はどういう服を着ているのか、自分はどうか?互いが棺桶に入った白い装束なのか?だとしたら互いはまるで幽霊のようである。「死ねば幽霊だろ?」といわれると、確かにそうではある。

    そうはいっても人間の個体は火葬されるので、灰になった同士が灰のままで会うこともない。死んで残るは霊だという。あるいは魂ともいう。霊と霊、魂と魂があの世で出会うことになれば、話というのはできないだろう。それとも魂言語があるのだろうか?戦時中に亡くなった戦士を英霊とされ、靖国神社に合祀されている。生前の写真はあるが、特攻兵は跡形もなく散った。

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    彼らは跡形もないジグソーパズルのような体であの世にいるのだろうか?などとむか~し考えたことがある。『二十歳の原点』の高野悦子は列車にひかれて轢死した。彼女に会ってみたいが、死後は地元の栃木にお住まいか?それとも死んだ京都にいるのか?死後に年齢をカウントすれば69歳になるが、死者とは死んだときの年齢のままあの世でにらすのか?

    「あの世で暮らす…」というのも変な言い方だ。飯食って、糞たれているわけもない。死後に年齢がカウントされないなら、80歳で死んだ息子が、50歳で死んだ親に会うことになる。自分より年齢の若い親というのも想像しかねる。霊とか魂があの世で浮遊しているという概念が、自分にはどうにも理解できないのは、地獄や天国を描いた絵などに毒されているからか?

    とにかく、死後世界の存在を考えると矛盾や疑問ばかりである。だからか、いっそない方が問題はない。それは「魂」の存在を信じる人や認める人にとっては不都合なのだろう。不都合なら不都合でいいから、合理的な死後の世界を説明してほしい。この世には目に見えないものがあるのは理解できるが、それを「霊魂」などに広げても納得いく説明が可能なのか?

    死後に誰かに会うということだけはないように思う。広島で生まれて東京で没した知人は死後のどこにいるのかを自分は知らない。1986年のビルから飛び降りた岡田有希子は、当時18歳だったが生きていれば50歳。彼女の同級生があの世で彼女に会い、「ゆっこ、いつまでも若くていいね」と羨む。「でもね、あたし早く死んじゃったから」と、彼女は答える?

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