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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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  • 10/19/15--17:39: こども ⑭
  • 確かに浮気そのものは、人の心を踏みにじる行為であるけれども、人より自分が大切なのが人間だから仕方がない。女の意地と言うのか、憎悪心の極みとでもいうのか、意地悪とでもいうのか、夫の恋人に対する嫉妬なのか、「夫の行為は許せない、絶対に離婚してやらない!」という妻もいる。これは何が何でも夫を取り戻したいという愛情というより一種の倒錯心理である。

    憎悪にもいろいろある。新しい女と生活を始めた夫の心は取り戻すことはできないし、意地を張るのは自身の幸せに向けた選択といえない。離婚原因を作った夫は、民法上の有責配偶者として離婚は認められないが、夫が他の女性と結婚を望んでいる場合は条件のよい慰謝料等に応じる場合が多いので、つまらぬ意地をはるより離婚におけるベストなタイミングと捉えるべきだ。

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    上のような返報感情丸出しで幸せにはなり得ない。ならば、憎しみよりも自分の将来を見つめるべきだ。離婚には夫婦間で合意する「協議離婚」、家庭裁判所で調停委員を交えて決着する「調停離婚」、調停離婚で合意は得たが、その他の問題で難航したり、相手が外国人籍などの場合に家庭裁判所が下す「審判離婚」、裁判などで争って決着をつける「裁判離婚」がある。

    が、裁判による離婚はハッキリ言って人生の無駄、これは止めた方がいい。というのも、日本の裁判は長々続くし、そこで二人の人生は止まってしまう。弁護士を雇う費用もバカにならない。気持ちを晴らすだけで、得るものよりも失うものが大である。さらには争いごとは人を疲弊させるし、子どもがいる場合には、その間の子どもの気持ちは安定しない状態が続くことになる。

    オトナの都合で離婚をするわけだし、意地を張り通すより、罪のない子どものことを最優先に考えるべきだ。それでなくとも子どもに迷惑をかけてるわけだし…。徹底決着でボロボロになるより、少しの愛情が残っているうちに離婚した方がよい。確かに人と人とのこじれた問題は、白黒つけるほうがスッキリの場合もあるが、人と人との間に設けた子がいることをお忘れにならないよう。

    「離婚によって子どもが不幸になる」、「母子家庭が子どもを不幸にする」なんてことはない。それをいうなら、「離婚しない夫婦の子どもはみんな幸せになるはずだ」。ありもしないことを離婚の抑止力にするよりも、二人の現在の状況や、修復の意思の有無などを含めた冷静な視点で婚姻継続か離婚かを考えるべきだ。離婚が不幸というより、現在の状況が不幸かも知れない。

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    同じ屋根の下に四六時中同居する夫婦は、気分が乗らないときでも顔を付き合わさねばならぬが、相手の心中を察し、あまり関わらない方がいいと感じたら愛ある無視をするのがいい。相手のちょっとした仕草や言動から、「何一人ですねてんの?」などは言わず、「Leave Me Alone」的な正しい放任と、それを実践す度量を互いが有すこと。

    自宅に帰りたくない夫が多いという。原因がどこにあるかを判っているが、判っていながら解決できない本人のやり場のなさ、行き場のなさがパチンコなのか?最近のパチンコは千円あれば30分楽しませてくれるところではないし、遊びよりギャンブル性が強い。となると時間をつぶすならコンプレックスシアターか。ここなら1000円で二時間の暇つぶしが可能。

    問題解決に向けて敢然と立ち向かうことのできない能無き男ならこうするしかない。誰が悪いと言ったところですべては自身の能力の問題だ。結婚する前に能力を準備しておくべきだし、何があってもキチンと解決して見せる、そういう物も結婚道具。妻が強い、怖い、顔をみるのも辛い。自分の稼ぎでローンで建てた我が家に帰りたくないなど惨めである。

    国家は社会的弱者に対する加護はするが、家庭的弱者には手を貸さない。何事も行き詰まるほど後手を引いてしまってはどうにもならないことを、せめて知識として人間は知っておくべきである。知って行動できない者もいるにはいるが、行動は知らなければできない。行き詰まった時に何もしないで手をこまねいているのか、問題があっても何かをすべきか。

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    問題を解決せず、引き伸ばし、先送りにした結果、とどのつまりはもう一緒にいたくない。まさに男がダメな時代になり下がった。家庭環境か、社会環境か、ヘタレ男が急増している。斯くのヘタレ夫は、同じ部署の古参女子社員に泣き言をいい、同情心からしがない不倫がささやかな楽しみか。つい、「ガンバレ!おとうさん」と、いいたくもなる。

    強い男の子も弱い男の子もいる人間社会である。強い男の子、弱い男の子は先天的ではなく、環境によって作られるのだから、親が作るということだ。しかし、親には強い男、弱い男を作ろうというそんな意識はない。多くの親に強くある意識は、勉強の出来る秀才を作りたいである。そういう親の思惑に抗った子は、強い子になるのではと自分は考える。

    親の操り人形になる子は、すべてとは言わないが弱い子になるのではないか?つまり、自身の意思力、主体性の有る無しが大きく関わるし、甘えとは異質の反抗心も心の強さを作る。では、力と頭脳と一体どちらが支配者に相応しいのか?を考えてみた。どちらも兼ね備えるのがいいが、いくら頭が良くても粗雑な力を持った男にやり込められるケースを多く見た。

    だからなのか、人間の組織には細分化された役職制度がある。その顕著な例は家庭にもみる。有名大卒の夫が高卒の妻にやり込められているのを見ると、役職制度で身分保障をされている会社に比べ、対等社会にあっては、やはり力がモノを言うようだ。女の強さと学歴はなんの関係もないし、フェミニズムもインテリたちの巣窟ではないようだ。

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    共産主義者にはインテリが多い。少数派であることからして、大を制するがためにインテリジェンスは不可欠であろう。それに比べてフェミニズムは、赤い旗と白旗を持って上げたり下げたりの論理なき感性世界のようだ。人を説得するには論理が不可欠だから、論理を信条とするフェミニストもなくはないが、男女同権を謳うフェミニストは総じて非論理である。

    田嶋陽子が非論理の女性であるのは誰もが思うし、彼女たちの極端な女性優位発言は、男尊女卑の不条理を自覚させる効果と、女性の権利を主張する人全体へのマイナスイメージを作り上げるし、少なくとも建前上「男女同権なのが常識」になった現代において、後者の影響が大きい。もはやこのような言説は、完全に役割を終えている。

    したがって、フェミニズム信奉者は、男を奴隷にするか、女が独身でいるかの選択しか探る道はない。フェミニスト上野千鶴子に、『お一人さまの老後』という著書があるが、彼女たちの偏ったフェミニズムは、気づいたら周囲には誰もいなくなったということだ。孤独というより孤立である。人生やり直せるなら、フェミニズムなんか止めたい心境であろう。

    イメージ 5女が男の本当のやさしさを知る、味わうとはどういうことかを自分なりに考えてみるに、その男といることによって、「素直になれる」、「安心できる」、「心を解放できる」それが男のやさしさを体現した女ではないかと。それくらいに心に余裕のある男でないと醸せないのが本当の男のやさしさであろう。フェミニストはそういう男のやさしさなども求めていない。
    こんなことを言っても突っ張るだろうが、男を隷属させるのが難しいなら、フェミニズムは独身礼賛主義に絞った方がいい。彼女たちは不幸にもやさしい男に出会わなかったのだろうな。いや、男に対する偏見、無価値感が災いしたのかも…。どんなにやさしい男に出会っても、あんな男蔑視の態度なら傍に入れるはずがない。だから、気づいたら一人になっていた。

    非論理で感情丸出しのフェミニズムは、であるがゆえに消えていくしかなかった。「諸悪の根元は男にある」とした理由は、世に存在する全てのものが男性中心に作られており、そのために女性は二流市民に甘んじるしかない。社会システムも学問体系も全ては男性中心。故に男性を排除せよという結論を導いた。つまり、女が男の上に立とうとした。

    当たり前だが、立つのは男と決まっている。立つは勃つと言った方がいい。それさえ気に入らないからと、70年代には、レズビアン・フェミニズムというのが存在した。「異性間の性交渉とは、男性が女性を服従させるために行われるもの」と難癖をつけ、SEXの体位自体が男女間の上下関係を現し、性交渉によってこの上下関係が固定化されていくとこじつけた。

    バカも休み休み言えである。動物は後から突っ込むだけだが、馬乗りになった事がないのか?もしくはそういう体位を知らないカマトト女の発言かといいたくなる。正常位で男が上というのが気にいらないならと、騎乗だけに専念するのか?あれは上になったり、下になったり、斜めになったりするものなのに、女が上であるべしというゲスな感情論フェミニズムなどくだらんこった。

    よってフェミニズムは、「非論理性に満ちた感情論!」と批判する。それに対し、彼女たちは見事に反論する。「論理に基づく学問体系は男性的価値観に塗り固められており、フェミニズムがその価値観に合わないこと、つまり非論理的であることは当たり前」だという。こういうその場限りの独善論が失笑に価するのは、多くの論理的思考をする女性の存在である。

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    小保方晴子は別にして、多くの女性学者が素晴らしい研究成果をあげている。学者(=学問)とは論理の世界であり、女性が論理的になれないために成功できないというフェミニストの言い草は、明らかに男性中心主義に基づく誤謬である。支離滅裂な感情論のフェミニズムが、多くの矛盾から消滅したのは仕方のない道理だが、それでも敗残兵たるフェミニストはいる。

    異性とは性が異なること。あらゆる生物不滅の原則であるなら、互いのよいところを見出すことこそ、異性に向き合う方法であろう。批判は進歩を生むから大事だが、ネガティブな非難から新たな物が生まれたためしがない。相手を罵倒することで優位に立つ者は遅かれ引きづり降ろされる。優秀な人は、相手を尊敬することで、自身が敬われることであろう。

    男が足りないバカならさもありなんだろうが、明らかに夫が優秀でありながら、妻が大きな顔をして実権を握る社会が、真に機能的社会とは思えない。が、大きな顔をするだけのバカ女は、そんなことも分からないし、問題ではなかろう。ようするに、気が強いか、弱いか、ヒトがいいのか、性格が傲慢なのか、だけで実権を握る妻は家庭における悲劇である。

    J・F・ケネディの大統領就任演説の全文は公開されているが、「共に新しく始めよう…」、「共に考えましょう…」、「共に作り上げましょう…」、「共に努めましょう…」、「共に手を取りましょう…」などと、国民に cooperateを呼びかけた。「国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」。言語に絶する素晴らしい言葉。

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    「あなたがわたしに何をしてくれるかではなく、わたしがあなたに何ができるかを、共に考えよう」という気持ちを、恋人が、夫婦が、男女が、すべての人間が持てばいいのだが…。「最後に、アメリカ市民の皆さんも世界市民の皆さんも、どうぞ我々が皆さんに求めるのと同じ水準の熱意と犠牲を我々に求めてください。」、ケネディはこのように締め括った。

    ケネディは子ども時代、体が病弱で不健康だった。生まれつき背骨部分に障害があり、怪我をしやすく、しばしば激しい苦痛に襲われたという。戒律の厳しいカトリックの寄宿学校ではなぜか「モッカー(校則違反者)」のあだ名がついていた。子ども時代は誰にでもあるが、その子の将来など誰も予測はできない。その子の将来はその子の志とある種の家庭環境になる。

    ケネディは46歳で凶弾に散った。これも誰も予想し得なかった。下半身は緩い人であったが、脳は英知で充満した人であった。人格のない下半身をあげつらうよりも、人間の英知を評価すべきである。ケネディが存命であったなら現在98歳である。もし、彼が生きていたら世界はどうなっていたろうか…? 答えは、「世界の人口が間違いなく一人増えていることになる」。


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    イメージ 1近年はウォーキングブームと言ってもいい時代である。熱心にウォーキングする人を見かけるし、自分が歩いてみると頻繁にウォーカーたちに遭遇する。なかでも爺や婆が多く、数年前と違うのはみなさんの井手達が実にカッコイイのである。ウォーキング・ウェア、ウォーキング・シューズ以外にもさまざまなウォーキング・グッズは、ウォーカーにとっては人気となっている。

    ウェア、シューズ以外のウォーキン・グッズといえば、水筒、ランニン・バックパック、ランニング・ウォッチとよばれる脈拍計、サングラス、キャップなどなどがある。ウォーキングの目的は個々によって違うが、自分の場合は肝臓の危険信号数値を現す、ALT(GPT)、AST(GOT)の改善によいと聞いたからで、特に下戸の人、非アルコール型の脂肪肝には最適であるという。

    肝数値は以前から悪く、タウリンがよいと聞いていたので、タウリン配合栄養ドリンクを毎日1本飲むようにしていたし、それなりに効果はあった。それプラス自転車・クルマ類は極力避けるようにしていたが、やはり有酸素運動は理に敵っている。ジョギングよりウォーキングが効果を発揮する。片手間にはやっていたが、やる気で初めると、上記の肝臓数値がみるみる改善した。

    肝臓についた脂肪を燃焼するには運動が効果的で、特にウォーキングは脂肪燃焼効果の高い有酸素運動で、歩くだけなので長期間続けられる。さらにもう一点、9月初旬に受けたCT検査で尿管結石が見つかったことも理由である。結石は5年前に一度経験しているが、今回は直径が11mm(前回は7mm)と大きく、前回も排出まで1年かかったが、果たして自然排出なるだろうか。

    医師は、11mmの石が自然排出ってのはあまり聞かないし、尿管砕石術(TUL)になる可能性が高いという。幸い今回は全く痛みがない(前回は七転八倒の痛みであった)ので、気楽に構えている。したがってウォーキングコースは坂道を登り、下りのときに意図的にドタドタドッタンと跳ねるように歩く。というより、坂を駆け下りる感じでやっている。とりあえず膀胱まで落すことが先決だ。

    尿管の径は5mm程度なので、11mmが重力の影響でどれほど下がるかである。水も1日2リットル以上は飲む必要がある。石を出しやすくするのと、水分を取って尿の濃度を薄くしないと、結石が尿管の中で大きくなるからだ。表題の「Walkingという、Working」のとおり、歩くのはまさに仕事である。自分は面倒くさがり屋なので、ウォーキングウェアなどは着ないで、半パンにポロシャツで歩く。

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    あんまり改まったスタイルに拘らず、普通の外出着で歩く。水筒も不要、あちこちに自販機がある。ランニングバックパックなども普通のリュックにタオル、財布、携帯、ポロシャツ&アンダーシャツの着替えを入れている。シューズも普通のスニーカーでやっていたが、ウォーキングシューズのクッション性と軽さに惹かれ、これだけは外せない。あと、キャップにグラサンは必須である。

    小学生の黄色い帽子は交通安全のためだが、自分もクルマに跳ね飛ばされないように、シューズ、リュック、キャップは黄色にした。というのはジョーク、もともと黄色は好きなカラーである。晩秋から冬にかけては、トレーナーの上にダウンべストの井出達がいいかと、ベストも今回新調して3着体制である。そうはいえど、気に入ったウィンドブレーカーがあれば購入したい。

    ウォーキングの楽しさは、歩くことにある。答えになっていないが、確かに歩くことで景色がゆっくり目に入ってくる。クルマに乗るということは目的地に着くだけだが、歩くというのは歩くことが目的であり、どこかに到着するということはない。だから、歩くことが楽しくなければ続けられないだろう。自分は歩くことの楽しさは、普段目にすることない景色と出会う人との交流である。

    交流といっても、小学生に声をかけるだけだ。それを交流と自分はいっているが、正確にはすれ違いであってナンパではない。まさか小学生にナンパはなく、女子高生、若い女性、中年のおばさんにも声はかけない。自分はウォーキング中なのだ。が、行き交う人々に様々な想像をめぐらせる。この人たちにも家庭があり、子どももいたり、生活をしているのだな、などと…

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    ナンパは懐かしい、ナンパは楽しく、ナンパはオナゴを手に入れるという実入りがある。実入りというか、自分の身を入れるわけだから、"身入れ"というべきか。などとおバカなことを考えるのも楽し。どんな男でも風雅の道を解さん男はダメぞなもし。風雅と書けば、風雅とはなんぞやと、調べる人もいるであろうから、親切に書いておこう。風雅とは、高尚で雅な趣きのあること。

    とネットの辞書にあるが、「風雅巻き」という熊本の銘菓があるぞなもし。有明産の若摘み焼のりと、厳選した豆を使用した海苔菓子。名前の由来はよくわからん。おそらく風雅なのであろう。風雅の道とは、究極的には男と女のことであり、風雅の道を解すとは、色好みということになる。見た目はいい男なのに、真面目だけでは女は寄って来んぞ。なにせ女は基本スケベである。

    自分を上手いこと口説いてくれる男を待っている動物じゃで。糞マジメで甲斐性なし男を江戸の時代に「玉の盃底なし男」といった。「玉の盃」とは読んで字の如し、玉(ぎょく)と呼ばれる貴重な石で作った盃のこと。その盃の底が抜けてるのだがら、何の役にも立たん。つまり、糞マジメ男は何の役にも立たん、あれも立たんということだ。後の言葉は自分の加筆である。

    ナンパをする男が色好みであるという決め付けは当たってもいれば、そうともいえん。見ず知らずの女(男でもいいのだが、女の方が身入りがある)に声をかけて、知り合いになるというのは、実にドラマチックなことである。行き交う人とただすれ違ったからと言って、ドラマチックでも何でもないし、そこで一声かけるというのは、永遠に逢えない人と、ひとときを過ごせるわけだ。

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    「ナンパ師」に対する風当たりは強いが、どっこい上記の理由からすれば、「ナンパ師」という言葉は大層不順である。これまさに風雅の道である。言い訳でも口実でもなんでもない、ただ声をかけるだけで、後は野となり山となりである。結果はともかく、プロセスに意味がある。結果は附録と思えばいい。「彼女ォ、お茶しない?」と、この程度で色好みということではなかろう。

    パンツを脱がせば色好みという事かもしれぬが、では、脱がされた女(自意思で脱いだも同然)は色好みではないのか?十分、色好みであらせる。よって、こういう場合の男は、色好み女性のサポーター的存在と言える。ナンパの基本はまともな恋愛にならないと決め付けるのもよし、いやいや、動機は不純でも、その方法以外で二人が出会う術はなかったと考えるなら素敵な出会いである。

    たしかにあの時代(自分たちの青春時代)、まともな恋愛の対象になるような控え目なお利口さんは、ふらふら町など歩いてなかった。仮に町にいても、ナンパされるなど彼女たちの自尊心が許さなかった。したがって、真面目ないい女をナンパするのは、「ナンパではありませんよ」という打消しの言葉が必要だった。「ナンパじゃないです」と言って、「ほんとにですか?」と言う女。

    も、カワイイではないか。見え透いたことであっても、真剣に打ち消せば伝わる女というのは、心が汚れていない。だから汚してはならない。やる目的で声はかけないから、遊び女より真面目女がいい。結果を求めないところが、自分の「雅」さである。こういう自負を持つ男を、「ナンパ師」と呼んではいけない。「声かけびと」と呼ぶべきだが、そういう言葉はない。

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    よいお嬢様は、山の手の広い庭のある広~いお屋敷に住み、広~い自室でジャージなどは着ず、オシャレをめかして音楽など聴いているものだ。と、いうのは正しくもあるが、偏見でもある。東京にいる女の半分以上はおのぼりさんだから、アパート暮らしである。あの時代、マンションというのは、豪邸のことを言った。大体が「和光荘」、「曙荘」のように、いかにも「荘」であった。

    ちなみに自分は、「一新荘」、「小浦荘」というアパート名を覚えている。それから、「サニーハイツ」、「喜多見マンション」などとゴージャスになっていった。が、最初の一新荘は四畳半で、トイレ、台所ナシで9000円であった。場所は杉並区高円寺、サニーハイツは杉並区堀の内。どちらも吉田拓郎の居住地の追っかけであった。何ともミーハーであるが、確かにミーハーだった。

    ウォーキングについての書き出しも、数行書けば書くことナシ。あとは好きに書く。ということで、『徒然草』の、「よろづにいみじくとも」にあやかった。「よろづにいみじくとも、色好まらざん男はいとさうざうしく、玉の巵(さかずき)の当(そこ)なき心地ぞすべき」(第三段)。訳は、「万事に優れていても、恋に夢中になれないような男は、物足りなくて盃の底が抜けるほどに味気ないものである。」

    法師は第百七段では以下の如き女性を辛辣に批判する。「女の性は皆ひがめり。人我(にんが)の相深く、貪欲(とんよく)甚だしく物の理(ことわり)を知らず、ただ迷ひの方に心も早く移り、詞(ことば)も巧みに、苦しからぬ事をも問ふ時は言はず、用意あるかと見れば、また浅ましき事まで、問はず語りに言ひ出す」。彼は理想の女性を追うタイプだから、率直に書けるのだ。

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    女性も同様に理想の男を求めるならば、ダメ男のことを書くものだ。方や、清少納言は『枕草子』第六十三段「暁に帰らむ人は」において、逢瀬の翌朝における、別れ際におけるダメ男の風情、あり方ブリを綴っている。勝気で男勝りなイメージが強い清少納言は、『蜻蛉日記』や『和泉式部日記』のように、生々しき自体験は書いてはないが、彼女の恋愛観に辛辣な乙女心を見る。

    現代も古典も男は男、女は女であり、ダメ男はダメ、ダメ女もダメに変わりはない。1000年経って男がダメに、女がダメになったのではなく、ダメ人間は昔からいた。いつの時代も男と女の恋愛である。暁に女のところからいとま経験はあるが、今に思えば清少納言の指摘するような、いそいそ感もあったろう。女の目ざとさというのか、清少納言は怖ろしき感受性の持ち主である。

    身なりについては、『徒然草』の第百九十一段が面白い。「夜になると、暗くてよく見えないなどと言っている人は、馬鹿に違いない。様々な物の煌めき、飾り、色合いなどは、夜だから輝く。昼は簡単で地味な姿でも問題ない。だけど夜には、キラキラと華やかな服装がよく似合う。人の容姿も、夜灯りで一層美しくなる。話す声も暗闇から聞こえれば、その思いやりが身に染みてくる。

    香りや楽器の音も夜になると際立つ。どうでもよい夜更けに、行き交う人が清潔な姿をしているのはこの上ない。若い人は、いつ見られているか分からないのだから、特にくつろいでいる時などに、普段着と晴れ着の区別なく、身だしなみに気をつけよう。美男子が日が暮れてから髪を整え、美少女が夜更けに抜け出して、こっそりと洗面所の鏡の前で化粧を直すのは、素敵なことだ。」

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    生活自体が便利に快活になったせいもあってか、現代人の感性は退化するばかり。清少納言や兼好法師のような研ぎ澄まされた感性は、もはや現代人には望めないだろう。生活が便利になれば人間が横着になり、バカになるように、人が人を無機的に捉える昨今にあって、人に対する感性も鈍くなる。古典を読むにあたってのドキドキ感、忘れたものを蘇らせてくれる。

    彼らは当たり前のことを指摘してくれるだけなのにドキドキする。それほどに我々の感性は、悲しいかな鈍化してしまっている。我々は月の明りというものを経験しなくなったし、白熱電球の人肌の色明りも今はない。蛍光灯からLEDへと時代はさらに変わり行く。かつて夜には月明かりというものがあった。現代人が、月の光を光と思えぬのは、昼の光に目を潰されたからだ。

    ドビュッシーに『月の光』という名曲がある。フレデリック・ショパンは、ドビュッシーより50年前に生を受けている。彼は21曲の『夜想曲』を書いた。約200年前に生を受けたショパン当時のピアノの両脇には燭台がある。言うまでもない、月の光や燭台に灯る明りが、彼らの名曲を生んだ。法師は、「夜になると物の見映えがしない」などと、何を抜かすかと怒っているのである。

    そういう奴は「馬鹿」とまで言っている。確かに…、そうかも知れんな。というより、あの時代の感性に寄り添ってみれば、言ってることのまことしやかさ。『月の光』は、部屋の電気を消して、月明りだけで聴くといいだろうし、ショパンの『夜想曲』も、蝋燭もしくは、アロマテラピーのささやかなゆらぎ、そして香りに包まれて聴いてみるべし。暗いからこそ見えてくるものがあろう…。



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  • 10/21/15--21:40: 通販詐欺に遭遇
  • ネットショッピングは頻繁に利用するが、これまで詐欺的な行為に遭遇した事はない。一度だけ購入してもいない商品がVISAの引き落とし通知欄にあった。韓国の物産会社で、すぐにVISA国際部に連絡して取り消し確保。呆れたというか、やる事がチョンである。以後、韓国では物を買わないことに決めた。リアルで詐欺は広島・本通り「セビロ屋」一件のみ。この店もやる事がチョン。

    注文した商品とは別の商品を取り寄せ、「あんたが頼んだのはこれだ!」とそんな事をやる店が今どきあるのが信じられない。なぜそんなバカをやるのかは理解不能だが、直販詐欺である。セビロ屋が自分のことをキチガイ顧客と言えるはずはない。なぜなら、やったことは意図的な確信犯だから、落ち度のない顧客をバカ呼ばわりはできるはずがない。

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    ヒトのよい顧客(に見えたのだろう)だから、注文とは異なる商品をゴリ押しすれば、断れないまま購入するとでも思ったのだろう。注文した商品は本社にも在庫ナシの完売商品であるのを自分は知っていたし、「手を尽くして探して見ます」というお店の対応、そして「ありました」。「よく見つけたね」と感心し、店に行けば何のことはない現行商品であったのはマンガである。

    しかも、その商品を自分は持っていた。なのにお店はこちらが間違ったといい張る。「間違うわけない、これは持ってる商品だ」と言えば、「お客様が何を持っているか、こちらは判りませんから!」と意味不明の言葉を吐いた。同商品を自分が持っていたことが想定外で、思わず出た言葉と察する。「持ってるものを買うか?」というと、言葉につまり返答できない。

    顧客をナメタ商売だが、こんなことが実際にあるという不思議。今回の通販詐欺も、ゴリ押しで店側の主導に持っていこうとする。現行商品を「探して見つけました」と言えるような羞恥心の無さがないと、商売はやっていけないものだろうか?どっちにしても、ゴリ押しというのは無理を通そうとするわけだから道理は潰れる。詐欺の手口と防御策を書いてみる。

    ナイキのシューズを販売するごく普通のホームページであった。会社名はNIKERUNSHOE、"ナイキ公式店舗"とあった。とにかくここの商品の量が半端でないのと、サイズの品切れがないのは、驚きであり不思議だが、まあ、それは顧客にとってありがたい。人気のナイキはすぐに売れ筋サイズがなくなってしまうが、当社にはサイズ切れがなく、商品に示された在庫量はいずれも50越えだ。

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    10年前に発売商品も50~70おいてあることも、オカシイといえばオカシイが、在庫アリというなら疑うこともない。お金を払って商品が届けばいいわけだし、カードで買えば決済まで30日程度の猶予があるから、商品が送られてこなければすぐにカード会社にその旨言えばいいし、手数料はかかるが代引きという手もある。他店と違うのは最初に強制的に会員登録を要求される点であった。

    まあ、この時点で個人情報は提供することになるが、商品を購入する以上どこでも住所・氏名・電話番号は必須である。当社には「NIKE AIR FORCE 1 LOW  PR3 紺赤白’02 624040-411」なる商品を販売している。2002年に登場した、プエルトリコシリーズの中でも特に人気のカラーリング、Puerto Rico 3。この当時の都市限定シリーズは国内でのリリースは無く、入手困難のモデルとなっていた。

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    シュータンにはプエルトリコシリーズお馴染みのカエルのアイコンに、ヒールにはプエルトリコの国旗、ネイビー×レッドの人気カラーで、全く見かけないレアな商品なのに在庫量が64足と表示されている。早速注文したが、「弊社はご注文を確認のちほどメールにて銀行口座をお客様にお知らせいたします。お客様は2日以内にご連絡を受け取れない場合、メールアドレスを変更しもう一度ご連絡ください。

    ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」。と妙であった。"お客様は2日以内にご連絡を受け取れない場合、メールアドレスを変更しもう一度ご連絡ください"というのは変だが、これも先方から連絡が来ない場合のことと、気にもしなかった。支払い方法も、銀行、ゆうちょ、すべてのクレジットカード、コンビニ受け取りも用意されているが、なぜか後日支払い方法は連絡するという。


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    翌日メールにて支払い方法が届いた。なんと、ジャパネット銀行のみの指定である。ここで少し変だなと感じた。なぜ、先方の都合で支払い方法を決めなければならぬのかという疑問で、早速、ジャパネット銀行口座はないのでゆうちょ銀行にと返信した。その直後、不信感が強まり、これは代引きにすべきと感じ、すぐさま代引きの要望を出した。先方からは以下の返信が来た。

    >お世話になっております。当店で20000円以下ご購入で代金引換をご利用いただけませんので、予めご了承くださいませ。すいませんですが今回は銀行振込をご利用いただけますでしょうか?手数料は弊社にて負担しております。これでよろしいでしょうか?お手数ですがご連絡お待ちしております。

    代金引換は20000円以上とは、どこにも記されていないのに、勝手にこのようなことを言ってくる。ああ、これが通販詐欺だなと、これはもう直観というより確定である。初めての体験だが、とにかく普通のネットショッピングのようにスムーズにいかないところが、もはや怪しい。確信を持ったが、相手の揚げ足をとると、どういう回答が来るのかと、以下のメールを出してみた。

    >当店で20000円以下ご購入で代金引換をご利用いただけませんので、予めご了承くださいませ。と仰せですが、そんなことはどこにも記されていませんね~。購入後に勝手に規約を作られても従えません。それに20,108円だから越えてますが、税抜きで20,000円というなら、もう一足購入しても構いませんよ。それなら全然問題ないでしょう?


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    売る気のない通販詐欺ならこういう対処は困ろう。案の定、苦し紛れの返信が来る。「日頃は弊社商品をご愛顧頂きまして誠にありがとうございます。当店の商品については、当店スタッフが工場やブランド直営のアウトレットショップ直接にて買い付けを行っている為、現地から直接発送いたします。万が一故意に受け取りを拒否された場合、送料や代引手数料はそのまま店舗の損害となります。


    金額の大小を問わず、たった1度の受取拒否でも店舗にとっては大きな負担・損害となります。すみませんが、商品代の50%をお先払いしていかがでしょうか。ご迷惑をかけしまして大変申し訳ございませんでした。」

    この返信はマヌケである。「当方は通販詐欺です」とバラしてるようなものだから、笑える。この部分、「万が一故意に受け取りを拒否された場合、送料や代引手数料はそのまま店舗の損害となります」。顧客が故意に受け取り拒否をするってどういうことだ?それってイタズラってことか?そんなことをするメリットが顧客にあるんだろうか?あるわけないだろう。

    顧客は商品が欲しいわけだし、顧客がショップを騙すだと?顧客は代金を先に送るか、代金引き換えでしか商品を受け取ることはできないわけで、このショップのいう、故意に受領拒否されたら送料を損するなどと、これが物を売る側の言うことか?そんなに顧客を信用できないなら、商売なんかするな!である。これはハナから商品を渡す気はない言い草だ。


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    顧客が手数料を支払ってでも代引きを利用するのは、万が一商品が届かないという不安を回避する顧客の自己防衛であり、リスク回避である。それなのに代引きの意味すら考えないショップというのは、これはもうショップなどであるはずがなく、何とか金をせしめようとする詐欺丸出しの言い分である。代引きでいいから、半額は振り込めだと?、よくもまあ、こんなバカをいうよ。

    「詐欺をやるならもう少し頭を使え!」といいたいが、頭の良し悪しというより、人を騙すのは頭がいいのではなく、騙される側がバカである。顧客がキチンと応対すれば通販詐欺など成立しない。顧客は不安があれば代金引換にすれば絶対に防げる。超悪どい通販詐欺は、代引きを利用しても、中身は犬の餌だったりと、うかつに支払いをしないように。

    信用のあるショップならそんなことはあり得ないが、詐欺師と言うのはそこまでやるから要注意。とにかく、顧客とは1回勝負だから、商品以外の物を渡して代金をせしめればいい。こういう事にも用心して、宅急便の業者に事情を話し、開封して中身を確認することは何も問題ない。業者を待たせて迷惑という事もない。いい加減なものを送られたというケースは実際にあるからだ。

    今回のバカげたショップの対応に対し、「そんな自己保護ばかりいうようなショップから商品は購入できませんね」とキャンセルした。人を騙すには頭はいらない。無理を押し付ければいいわけで、顧客がショップの無理を聞く道理はないのだ。「無理を言えば道理引っ込む」という言葉通り、人を騙すにはどうしても無理を言わねばならず、それ自体がもはや不自然となる。


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    騙される側の不注意、不用心ということをしっかり噛みしめておくことだ。名の知れないショップで商品を購入する場合、顧客は自己防衛とリスク回避だけを考えておくこと。それをしないで、「騙された」といっても言っていくとこはないのだから…。「なんか変だけど、まあいっか!」、「ここはこういうやり方なのだろう」などと思わぬこと。オカシイことは限りなくオカシイのだから。

    繰り返すが、「変は、変だし、変なのだから、変と思うこと」が、騙されない鉄則である。こちらのほうから譲歩しない。相手の無理が「オカシイ」と思ったら、それは間違いなくオカシイのだ。良心的な人は、すぐに相手の都合、言い分に屈するなど相手目線に立ってしまうが、これがダメ。自分を見失わず、自分目線で判断すること。騙す側はどうしても無理をいうしかないのだから。

    人間は未知のことには用意もなく、だから対処もできない?そうではない。初めて利用するショップであっても、他のショップと同じように顧客のリスクは当然と判断して、顧客本意な支払い方法に応じる。あるショップだけが変わってるのではなく、変わっているなら信じないこと。オカシイことには妥協しない。騙す相手は霍乱しようとするが、その霍乱はどんどん無理になって行く。

    いかに欲しい商品でも、相手の都合には合わせない事。変な応対のショップでは購入を諦めること。こちらは顧客なのだ。支払い方法、発送法、受け取り日時などを、顧客の要望にあわせてこそショップである。今回のように、「送金手数料はこちらが持つから、代引きでなく銀行振り込みにしてくれ」などと言われても得したと思わぬこと。あり得ない、オカシイと思うこと。

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    こんな手口で少年たちの小遣いをせしめる通販詐欺行為者は、地獄に落ちろだ。確かに、少年が単独でネット注文できる時代であり、巧妙な詐欺の手口に引っかかるのは仕方がない部分もある。一度は失敗した方がいいのかもしれない。そこで学習する子なら、二度目はないし、ちゃんと防衛策をとるはずだ。2度も3度もかかるなら、通販は止めた方がいい。

    通販詐欺被害は取り返せないし、泣き寝入りだ。ほとんどの通販詐欺は、海外のサイトを利用し、警察に行った所でまずはダメ。実際に警察に行った人は、「犯人はまず見つからないので被害届は出さないで…」などとやんわり断られたケースもある。警察の怠慢といえばそうだし、警察の肩を持つつもりはないが、被害届を出す、出さない以前に消費者が注意をすることだ

    サイトに銀行口座などを明記せず、注文者のみに後日メールで銀行口座を知らせるのもオカシイし、おそらくこれは通販詐欺と当局から指定され、口座をストップされることを危惧したものであろう。まっとうなショップなら、必ずサイトに送金先口座が記されているし、この時点ではやオカシな感じを持った。やはり、通常の取引とはどこかが違うんだよ。

    「自分は絶対に詐欺には引っかからない自信家ほど引っかかるものだ」、とあるサイトに書かれてあった。驕りが油断を生むのだろう。期待に反して言わせてもらうが、「自分は絶対に引っかからない」との自信を持っている。別段驕りはないし、自信というほど大層な問題ではなく、いかばかりか注意があれば騙されることはない。それが自信といえばそうだろう。

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    観光庁は21日、温泉や大浴場への入れ墨(タトゥー)客の入浴を認めるかについて、全国の宿泊施設を対象としたアンケート調査の結果を公表した。近年、タトゥーを入れた外国人観光客が入浴を断られるケースがあるためで、これによると、56%の施設が拒否しているのが分かった。一方で、31%が許可、13%が入れ墨をシールで隠すなどの条件付きで認めていた。

    近年はファッション感覚で入れ墨をする外国人が増えたようだ。観光客の入浴を一律に断ることについては議論があり、実態を調べていた。アンケートはホテルや旅館など3768施設を対象に実施、回答率は15.4%。入れ墨客の入浴に関するトラブルは19%の施設で発生。また、一般客から入れ墨に関する苦情を受けたことがある施設は47%だった。

    入れ墨施術者には、民族的慣習という文化もあるだろうし、それらを一律「ダメ」というのは絶対にオカシイ。例えば、大相撲の力士が外国を訪れ、さてメシでも食べようかとレストランに入ろうとしたら、マネージャーにちょん髷頭に違和感をもたれ、「そんなバカげたヘアスタイルをしている人は、ウチには入れません。お断り!」といわれるようなもの。

    入れ墨は実は日本の伝統文化であったのを知る者は少ないだろう。日本の伝統刺青が急成長した時代は、江戸時代であった。町の火消し衆を始め、粋な江戸っ子たちは絢爛豪華な自分の刺青を惜しげも無くさらし、喧嘩や仕事に明け暮れていた。なぜ火消し衆が刺青をしたか、それにはちゃんとした理由がある。「火事と喧嘩は江戸の華」といったもの。

    江戸は大火事が多く火消しの働きぶりがは華々しかったこと、江戸っ子は気が短く派手な喧嘩が多かったことをいった言葉。江戸の町並みは、紙(障子・襖)と木(木造建築)で作られた長屋が密集していた。それに加えて放火事件も多発、世界で類を見ないほどの火事件数を誇った時代・地域と言える。よって火消し衆は時代のヒーローであった。

    彼らはその気質からして、命がけで火事の鎮火にあたったが、死と隣り合わせの火消し衆たちは、万が一自分自身の顔が焼けただれて死んでしまっても、自分達を識別できる様にとの思いで、個人が思い思いの刺青をこぞって入れた。命を張って仕事をする際に自身を発奮させる為に龍や虎、九紋龍史進や花和尚魯智深などの勇猛な人物がの図柄が好まれた。

    九紋龍史進(くもんりゅうししん)・花和尚魯智深(かおしょうろちしん)という人物は、中国の四大奇書の一つである『水滸伝』に登場する108人の豪傑の名である。背中と胸割りで半袖、太腿まで仕上がった図柄は丁度ハッピで隠れる範囲であった。彼らは命がけの仕事を終え、ハッピをはだけて自分の守り神を見せ、悠々帰還する様はまさに江戸の粋。

    『水滸伝』の猛者達が人気を博したもう一つの理由がある。おそらく、体制に対する反骨心であろう。身分差別が横行した江戸時代、支配階級だった侍や武士に対して、悪い役人を懲らしめる水滸伝の武君を自らに重ねたのだろう。祭りの神輿の上で、町人として、江戸っ子の誇りとして己が彫り物を誇示することは、彼らの主義であり、主張であった。

    ところが幕府が衰退した江戸末期から維新にかけて、こういった印象のものは反社会的であるとして弾圧されたのだった。事実、幕府ならびに新政府からは、何度も「刺青禁止令」が発布されている。今でこそ刺青は個人の自由だが、刺青廃絶しようとする企てや風潮に対し、それでも入れたい、ならば入れてやろう、という猛者は後を絶たなかった。

    そうして彫師たちも陽の目をみない影の職人仕事として、その技術を後進に伝えて来、今直絶えることなく継がれている。時代は昭和に入り、軍国主義から敗戦を辿った日本は、復興と景気のドン底にあった。占領軍が駐屯するなか、彼らの横暴ぶりから市民を守ったり、混乱する地域の秩序を保つために、用心棒的な存在を担った者が生まれた。

    任侠を「道」とする渡世人は、占領兵やならず者の抑止力となる。孤独ながらも強く生きる彼らは、敗戦に打ちひしがれる日本の屋台骨を支えた。彼らはまたアウトローの象徴として、背中や腕に伝統和彫りの刺青の映えは、強き日本の誇りが表われていた。刺青が渡世人やヤクザの象徴となったのはそういう経緯がある。体に彫り物をし、我は強き者という自負である。

    したがって、刺青=アウトロー=ヤクザ=怖いという図式が、こんにち刺青を多くの人が忌避するのだろう。そういった歴史的経緯を知らない世代が多くなった時代ではあれど、まだまだ年代によっては刺青の捉え方が大きく異なる。ワールドカップで多くのサッカー選手のタトゥーを目にした。ミュージシャンやボクサー、プロバスケットの選手にも多い。

    いきなり結論的なことをいえば、多少時間はかかるけれども、日本でも認知されていくのは、これまでの様々なものが表している。我々の青少年期は、エレキ禁止令、長髪禁止令、少し後には女子高生の茶髪禁止令、ルーズソックス禁止令、制服のミニスカート禁止令などが発令された。笑えるのは、サングラスをするだけで不良と言われていた、そんな時代も思い出す。

    少し前、海外で活躍するスポーツ選手に対し、「なんだ、あの金髪は。サングラスは…」と非難した人もいた。が、多くの若者はカッコイイと支持したのだった。ここで考えてみるべきは、非難した人というのは、そういう価値を知らずに育ってきたに過ぎない。だから金髪に違和感をもち、サングラスを非難する。よって、金髪がダメ、サングラスがダメを論理的に説明できない。

    日本は全体主義国家であり、これまで国として豊かになろうと努力してきたし、だから個人の自己実現は認めてこなかった。そうして国家が豊かになるにつれ、それらが認められ、自由な行動が是認されるようになった。無制限とはいわないが、個人の自由を認める社会になりつつある。自身の達成感や自己実現に向かって生きる人が増えてきたのは、いいことであろう。

    2014年度ノーベル物理学賞を受賞した中村修二カリフォルニア大学サンタバーバラ校材料物性工学科教授は、職務発明をめぐる論議の渦中の人物として知られている。つまり、サラリーマンが発明した特許は個人のものか、会社のものなのか、と言う問題提起で、訴訟まで起こした。彼の青色発光ダイオード(LED)の発明を廻り、個人と企業の「特許紛争」が大きな注目を集めたケースである。

    中村氏が企業側に対価を求めて提訴したことが特許法改正の契機となったが、当時、海外では「スレーブ(奴隷)ナカムラ」とさえ言われ、中村氏の訴訟は「開発者の権利」をめぐる議論に一石を投じたのである。中村氏と日亜化学との間で和解が成立した2005年には、和解の内容をどのように位置づけるかでさまざまな意見が噴出した。が、和解決着はどうであったのだろうか。

    企業側の待遇に嫌気がさした優秀な技術者は、海外企業に次々に「ヘッドハンティング」されている。国の財産ともいうべき技術者、研究者の「頭脳流出」に歯止めを掛けるため、企業は、彼らとの対話を深めなければならない。地裁判決で「200億円」と認定された支払額が、和解の結果8億4000万円にまで減額されたことには、中村氏や開発者側から、算定基準の曖昧さなどへの不信感が高まった。

    「200億円判決」が、8億4000万だから裁判闘争は日亜化学側の見事な逆転勝利と言える。中村氏も判決後の記者会見で、「100パーセント負けですよ」、「日本の裁判制度は腐っていますよ」と興奮気味に怒りをぶちまけたように、裁判は中村氏側の全面敗北であった。マスコミは、裁判官が社会防衛的な意味から会社の経営的立場を考慮し、無難な線で決着をつけたと解説した。 

    なぜ、中村氏は上告して争わなかったのか?哲学者の山崎行太郎氏は、「本裁判には、特許問題や、発明の対価問題とは別の、隠された問題点が二つあった」と指摘する。一つは、世紀の発明LEDの開発を、実質的には誰がやったかという問題、もう一つは、中村氏が理系の「文化ヒーロー」として繰り返してきた過激な日本の「教育制度批判」や「日本的システム批判」の問題である。

    山崎氏は、日亜化学側が一審判決後に公開した新しい詳細な内部データを元に検証、その結果、「LED開発は日亜化学の若い研究者たちの共同研究の成果」であって、「会社の反対を押し切って自分一人で開発した」という中村氏にはかなり無理があった。裁判官も弁護士も、LED開発における中村氏の役割は、中村氏が大言壮語するほどでのものではないことを知っていた。

    一審判決直後は意気軒昂であった中村氏の弁護士が、屈辱的とも言える和解案を受け入れざるをえなかった背景であろう。 中村氏の役割は、社内的には国内外を飛び回って"LED開発物語"を宣伝する広告塔的な色彩が強く、その結果、中村氏の唯我独尊的なキャラの影響もあって、社外や国外では、"LEDを一人で開発した男"という、スター科学者の虚像が一人歩きすることになったという。

    日本のマスコミの多くは、「中村氏のLEDは独自開発」という自慢話を信じ込み、「日亜化学側の言い分」を黙殺、中村応援キャンペーンを繰り返した。したがって、高裁での和解決着は、中村氏の「世紀の発明」物語の根拠の怪しさとともに、中村氏がテレビや書籍で大言壮語、悲憤慷慨した稚拙な「日本的システム批判」や「教育制度批判」も、口から出任せの空理空論だったことを間接的に立証した。

    というのが山口氏の見解である。中村氏は著書『好きなことだけやればいい』の中で、面白い仕事をするには、「小さな会社に入れ」とアドバイスする。仕事は会社のためではなく自分のためにするものという彼の考えはその通りだと思うし、自分を変えるチャンス、自分を伸ばすチャンスとして、転職も有効手段に違いない。人気キャスターの小谷真生子も同じようなことをいっていた。

    彼女は大学卒業後に日本航空に入社したと同時に転職を考えていた。3年間でこれだけはやろうとの目標を描き、①組織の仕組みを理解する。②クルーとして高評価を得て、特別機に乗務する。③会社と離れたところで個人として学ぶべきことを学ぶ。そのため休日出勤も厭わず、家でも勉強した。それでも、会社を辞めて転職すれば収入は4分の1になることで悩む。

    最後は、「ご飯とおみおつけとおしんこで生きていける」との考えで決断、ジャーナリズムの世界に飛び込んだ。落ちた会社もあるが、NHK衛星放送のキャスター試験で採用された彼女は、自ら取材して原稿を書き、番組で読むというスタイルのキャスターとしてデビューし、メキメキと頭角を現すが、そのNHKも4年で退社する。彼女は旧ユーゴの内戦に触発され、現地取材を切望した。

    会社を辞めてまで現地に行き、自身の目で実情を知りたいと思ったのは型どおりの報道に矛盾を感じたからで、彼女のいうジャーナリズムの使命は、「人の命と権利を守るために存在する」という高い志に支えられていなければならず、ただ、人を驚かせんがためのショッキングな報道は、視聴率を意識したものであり、それが果たしてジャーナリズムといえるのかと彼女は言う。

    「志を高めるための転職は大いに考えていい」と、確かにそうである。今の仕事が嫌だから辞めるのではなく、後ろ髪を引かれる退職であるなら次もきっと上手く行く。かつて脱サラがブームだったのは、メディアがその手の番組で煽ったのも一因だが、脱サラの成功率はわずか3%であった。ラーメン店、便利屋、スナック喫茶、古新聞回収、ペンション、レンタルビデオ店など。

    手軽に始められる動機なら、店じまいも簡単。「目標を定めていれば、チャンスは必ずくる」という成功の哲学には程遠い。確かに、目標や理念を持つと行動が変わる。目標を持たない人間は、何かのせいにする。「頑張っても会社は評価してくれない」、「上司は分かってくれない」などというが、問われているのは頑張っているかどうかではなく、成果である。


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    結果を出して評価をもらえない会社はおそらくないはず。結果を出せなくてもトントン出世するのが同族会社。だから他の社員のやる気が削がれる。百害あって一利もないが、おバカな社長がバカ息子を可愛がる。経営者といってもダメ経営者もいるが、有能な経営者はいずれも革新的だ。日産自動車のカルロス・ゴーンは、窮地にあった会社を蘇らせたが、目標が明確だったからだ。

    「会社の変革とは思考方法の変革だ」とゴーンはいう。社員一人ひとりのマインドが変われば、企業は大きく動くように、結局、企業の価値はマインドがもたらすもの。会社が安定してくると、現状維持との経営者は多いが、楽天の三木谷浩史は、「安定してくると変えたくなるんですよ。ビジネスは絶えず進化が必要で、現状維持では半年後、一年後はダメになると僕は考えています。」と言う。

    彼のビジネスに対する信条は、①本質を見極める、②能動的に働く、③周りに流されない、④リスクを見極めるである。大学卒業後、日本興業銀行に入行した三木谷は、社費でハーバード大学留学、MBAを取得した後に銀行を退職。世話になったから骨を埋めるなどの「欠片」もない自由人。「『大企業を辞めたら地獄に落ちるぞ』といわれましたが、そんなリスクはあるとは思いませんでした」と、彼はいう。

    楽天の三木谷もプロ野球のオーナー、オリックスの宮内義彦も球団を所有する。彼は1980年、45歳の若さで社長就任後、オリックスを世界的な金融サービス企業に育て上げた。長らくマネジメントをし、多くの中途採用に関わった経験でいえば、伸びる社員はすぐに分かるという。宮内曰く、「まず勉強する社員、そして仕事に意欲を持つ社員です。どこの大学など何の関係もありませんね。」

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    とりわけ転職者にあっては、「悩み抜いて転職を決意して来てくれた社員でしょうか。そういう人は実力を発揮します。」だそうだ。「悩める人は弱い人」はマチガイ、「悩める人は強い人」、自分に厳しく、折れるまで頑張る人。人生は自の責任で切り開いて行くとの自覚と意欲と苦悩が達成感を生む。「悩める子羊」ではダメだ。大和龍門に、『悩める子羊、虎になれ』という著書があった。

    そもそもなぜ「悩める子羊」なのかは聖書の記述による。聖書には、「迷う者・群れる者=羊(=人)」、「導く者=救世主・神」と言う構図の記述が多い。神の教えを知る心優しき動物は、子豚でも小虎でもライオンの子どもでもなく、何の抵抗もなく無惨にオオカミ(=悪の象徴)に食いちぎられる子羊でなければならなかった。子羊ちゃんのように、めぇめぇ泣き、悩む人は神が救うということか。

    そこを理解していれば、そんな不満は口にすることもないし、目標に向かっていける。イノベーションを起こすこともできる。多くのサラリーマンの脱サラの理由が、"人に使われるのが嫌だから"であったが、それが本当にやりたいものであったかは別である。人に使われない商売は楽という考え方で成功した人がいるとは思えないが、自分は正しい、間違っていないの裏では、自己否定も必要であろう。

    人間が自己否定をするから新たな価値を必死で求め、何かが生まれてくる。自分は若い頃は自己肯定ばかりだったが、確かにそれが行動を起こす理由であった。例えば、ナンパを否定する何かを見つけることはなかった。ただ、安易な結果や安易な目的は持たず、常にそのプロセスを楽しんだ。いつもいうように結果は附録である。自分なりにそこらのナンパ師とは一線を引いていた。

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    だから声をかけてもナンパと思ったことはない。「これはナンパじゃないよ」と真顔でいい、相手が「じゃ、何なの?」といえば、「出会いだよ、出会い。声をかけなきゃ、出会いは起こらないだろ?だから、イイことだと思ってる」などと悪びれなかった。「そんなことして楽しいの?」と言われても、「知らない同士がいきなり楽しいなんてないし、打ち解けるから楽しいんだよ。だからそれを目指したい…」などと怯まない。

    感性で口説くのではなく、論理で話すから、頭のよい女の方が自分には合っていた。感性で生きてるようなオツムの(ない)子は、ゴチャゴチャ言われても頭が疲れるんだろう。むいてないと悟っていた。だから、「お茶しませんか」などとお決まりの文句は言ったことがない。「今日は寒いね、お腹すいてない?食事って、一人でたべるより、誰かと一緒が美味しいよね」などと、相手の思考に訴える。

    ナンパは感性に訴えるものだろうから、道行く人に問答を持ちかけるソクラテスであろう。ソクラテスは嫌われたが、それはソクラテスにユーモアがなかったからだ。彼は人に答を問うただけで、人を楽しませたいという気持ちはない。これでは嫌われても仕方がない。だから感性オンリー女には嫌われていいとした。感性だけで会話はできない、楽しくない男の性である。

    自分は基本的に感性人間だが、感性の裏づけを探らんとの科学的思考が好きだ。人間の心や恋愛という感性も科学で解明される時代である。とはいえ、「何で人間は眠るんだろ?」の問いに「眠いからでしょ?」と答える女の感性は、少女のようで新鮮で「ハッ!」とさせられる。自分にないものに感動するのは、「面白い」と素直に思えるから、男に女性は魅力的である。

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    「理屈っぽいバカ男は嫌い」という女性がいる。「感性バカ女は嫌いだ」と言って欲しいと願ってるようなものだし、言いはしないがこういう女性とはそれでオワリ。まず融和などあり得ない。「我以外皆師也」といった作家は、どれだけ多くのものを吸収したであろうか。自分と異なるものに吸い込まれるから、人は人に興味を抱く。「我以外皆興味也」が自分の信条である。だからか「声かけ人」になる。

    ところで、『TATTOO<刺青>あり』 とは映画のタイトルだが、1979年にあった三菱銀行北畠支店の惨劇を描いたもので、井筒和幸がプロデューサーを務め、俳優もスタッフもピンク映画並のギャラに値切って参加してもらったと回想している。映画は金をかければいいということもないが、この映画の駄作ぶりは筆舌に尽くせない。アメリカの映画賞に「ゴールデンラズベリー賞」というのがある。

    UCLAから映像製作・映画宣伝の道に進んだジョン・ウィルソンによって1981年に創設されたもので、「野次」を意味する「Razz」から命名された「Razzie Award」が正式な賞名だが、「Razz」のもうひとつの意味である「Raspberry」(木イチゴ)の実を模したトロフィーのデザインにより、「Golden Raspberry Award」とも呼ばれる。ようするに「くだらん」、「つまらん」映画に授与する賞である。

    マネたりあんの日本のマスコミが2004年から「蛇いちご賞」を創設したが、単に真似るだけでジョーク度において信念がないからか、2011年を最後に消えてしまった。「ゴールデンラズベリー賞」と違って、受賞作品ならびに受賞者の発表のみで、受賞セレモニーが開催されることはない。単に話題づくりの中途半端さで、だから盛り上がらないし尻すぼみとなる。こんなことなら最初からするなである。

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    そうはいっても、「ゴールデンラズベリー賞」に輝いた受賞者には、8mmフィルム缶の上に金色のラズベリーをかたどったトロフィが授与されるが、受け取りに来る人は滅多にいないという。いい物を選ぶのも難しいが、よくない物、クソ映画を選ぶのも実は難しい。単につまらない映画というよりは、「ある意味面白いが個性的すぎる作品」や「前評判が高すぎてがっかり感が強かった映画」などが選考される。

    また、巨額の予算を投じたことで話題にはなったが、それに見合う面白さだったのか?そんな疑問がラジー賞候補となるケースも多い。もっとも、賞そのものがジョークであること。本気でサイテー映画を選ぶことは映画ファンとしても精神衛生上よろしくない。が、2004年度第25回で、最低作品賞『キャットウーマン』と、同作品の最低主演女優賞ハル・ベリーが授賞式に現れた。

    ハル・ベリーは2002年度『チョコレート』で非白人以外で始めてのアカデミー主演女優賞に輝いた。ハルは『チョコレート』で受賞したオスカー像を左手に持参、右手にラジー像を持ち、「信じられない!私の人生でこの壇上にあがる日が来るなんて…皆本当にありがとう!感謝しなきゃいけない人たちが大勢いるわね」と、ウソ泣きをみせたハルは、アカデミー賞受賞した際の自身のスピーチのパロディ。

    ハルの人柄、心の広さである。ハルは最後にこうスピーチを締めくくった。「ラジー賞受賞してここにいるなんて思いもしなかったわ。ここに来たいと望んでもいなかったけれど、ありがとう。私がまだ幼いとき、母は私にこう言ったの。『良き敗者になれない者は、立派な勝者になることはできない』と。神様、どうか二度とこの人達に会うことがありませんように!」。観客の喝采は鳴り止まない。

    When I was a kid, my mother told me that if you could not be a good loser, then there's no way you could be a good winner.



    なんと賢明な母であろうか。冷静であり、理性的である。こんな言葉を言える親ってそうそう居ないのでは?「good loser (よき敗者)」とは何をいうのか?「good winner(よき勝者)」とは?思うによき敗者とは、負けを怖れることなく挑戦し、敗れ去ったときに何をどう見据えるかができる人間であろう。勝者を妬んだり、負け惜しみをいったり、卑屈になるようではダメ。

    よき勝者も同様に、人はそういう事を考えるから成長する。賢者と愚者の分別も時に応じ、場に応じて思考する。賢者になるのは大変だが、馬鹿になるのは避けられる。馬鹿もいろいろだが、本当の馬鹿とは、"自分以外の人間はみんな馬鹿と思ってる人間"である。これは救いようのない馬鹿であり、死ななければ直らない馬鹿である。馬鹿にならぬためには自分を見つめること。

    馬鹿は自分が馬鹿だと気づいてない。大人になるということは"敗北すること"で、決して馬鹿になることではない。敗者=馬鹿ではないし、むしろ勝者に馬鹿がいる。「勝って驕らず、負けて腐らず」と、こういう言葉を教えている。勝って気が緩むのも人間だから、「兜の緒を締めよ」と戒めている。では負けたときにはどうする?「大人は敗北すること」とは、敗北を受け入れること。

    敗北を受け流すこと。敗北を糧に繋げること。負ければ悔しいし、それは当然のこと。子どもはあまり敗北に拘らない。が、同じ子どもでも負けて悔しくて泣くような子ほど、真剣であろう。将棋の最高タイトルを獲った糸谷哲郎竜王は、小学一年生のときに、自分と指して負けて泣いたが、その泣き方は半端ではなかった。声を押し殺して、ドドーっと涙があふれるのに驚いた。

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    勝ったときはこちらの王様を取って脱兎のごとく走り廻った。これは幼稚園のときであったが、まさに「勝って走り回り、負けて大泣き」の少年時代であった。アレくらいでないとプロになれない、強くなれないのだろう。幼稚園の頃から、将棋に命を賭けていたのである。一般的な子どもは、それほど負けに拘らないが、特別な子どもは負けることが耐えられないようだ。

    『TATTOO<刺青>あり』 のモデル梅川昭美は三菱銀行内に押し入り、行員と警官の二人を射殺、人質をとって48時間籠城した。その後、警官と支店長を行内で射殺、女性行員を裸にしてバリケード代わりに並ばせるなど非道の限りをつくしたが、大阪府警察本部機動隊隊員に射殺された。借金返済のために猟銃持参で銀行に押し入った梅川は、窃盗等の常習犯だった。

    1948年3月、広島県大竹市小方向村で生まれた梅川は、8歳時に父親が病気で働けなくなり、その後両親は離婚するが息子のために復縁するも、極貧の幼少時代であった。中学卒業後、広島工業大学高等学校へ進学した。この高校は自分の居住地の西隣にあり、現在はレベルアップしたが、当時は行くところのない生徒向けの高校だった。梅川はわずか1年で退学した。

    その後大竹市内で建設作業員として働くも、バイクを盗んだことで会社を辞める。直後、辞めた会社社長宅に侵入し、留守番していた社長の義妹(21歳)をナイフで殺害、現金、預金通帳などを奪った。この時梅川はまだ15歳であった。逮捕後、「他の奴らはぬくぬくと暮らし、なんで俺だけが貧乏して苦しまないかん」と供述している。逮捕後、梅川は中等少年院に送られた。

    イメージ 7広島少年鑑別所は、「同情、あわれみ、良心などの情性が欠如し、行動は反社会的、非論理的で罪に対する改悛の情が薄い。社会に放任することは極めて危険で、すでに病質的人格は根強く形成されており、容易には矯正不可」という鑑別結果を出すが、なぜか1年余で仮退院となる。梅川は父親の遠縁を頼って大阪へ行き、バーテン、飲食代取り立て人などをしながら生活した。
    この時から三菱銀行襲撃までの15年間、梅川に警察沙汰はない。19歳の時に父親が他界、父親は生前知人に、「はよう死なんと、いまにアイツにひどい目に遭わされるわ」と嘆いていたという。梅川は父親の葬儀には出席していない。TATTOOあり…、いつ入れたのか、彼の右腕には「牡丹」、左肩に「龍」の刺青がある。そんな梅川は意外にも読書家だった。

    フロイトやニーチェなどの思想書、ヒトラーの伝記も読むなど、自分を磨く努力は惜しまなかったようで、月々の本代もかなりのものだったようだ。30歳の誕生日を前にして、仲間に「オレもおふくろを心配させたらあかん齢や」と漏らすなど、母思いの一面が伺える。1977年2月、友人の1人に、「どうしても5000万円ほど欲しい。銀行強盗やるから手伝え」と持ちかけるも拒否される。

    それから2年後の1979年1月26日午後14時30分、大阪市住吉区万代2丁目の三菱銀行(現:三菱東京UFJ銀行)北畠支店の駐車場に一台の車が停まった。車はダイハツのシャルマンVANである。車から1人の男が降りてきた。男はゴルフバッグを持ち、帽子をかぶり、顔には白マスク、そしてサングラスをかけている。その男が梅川昭美だった。


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    梅川は、銀行の北側に位置する玄関から銀行内に入り、ゴルフバッグから猟銃(上下二連銃)を取り出すと、「みんな伏せろ!」と怒鳴った。そして、天井に向けていきなり2発を発射した。発射音が行内に響き渡り、天井からバラバラと破片が落ちてくる。行内は悲鳴が轟きパニック状態となった。梅川はそのままカウンターに近づき、持って来た赤いナップサックをカウンターの中へ投げ込むと…

    「金を出せ!10数える間にこん中へ五千万円入れぃや!」と怒鳴った。支店長である森岡浩司支店長は2階にいたが、銃声を聞いて急いで1階へ駆けつけた。この時1階にいたのは行員34人(男14人、女20人)、客は17人(男7人、女10人)の合計51人である。地下の貸金庫室の近くにいた客は、すぐに貸金庫室に逃げ込み、1人はカウンターの陰に隠れた。応接室にいた客2人はそのまま応接室内に隠れた。

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    「早よう出せ!出さんと殺すぞ!」、梅川が怒鳴る。この時カウンターにいた窓口係の男性行員(20)が、すぐに2階の事務所に電話し、「強盗です!早く110番して下さい!」と叫んだ。これに梅川が気づき、「何をしやがる!」と、その男性行員に向かって2発を発射した。上半身に散弾が直撃した行員は即死。後ろにいた貸付係の男性行員の後頭部に散弾の一部が当たり、この行員は重傷を負った。

    この間に客の女性(52)と、行員の女性(52)、行員の男性(39)の3人が銀行内から逃げ出すことに成功する。この逃げ出して来た客の女性が、たまたま銀行の近くを自転車で通りかかった住吉署警ら係長・楠本正己警部補(52)と出くわす。女性から事情を聞いた楠本警部補はすぐに銀行内に飛び込んだ。梅川は、ナップサックに詰めさせた金を持ち、更にカウンター上にあった紙幣をポケットに入れていた。

    楠本警部補は梅川に、「銃を捨てろ!」と叫び、拳銃を向けた。警官に気づいた梅川は、「撃つなら撃ってみぃや!」と怒鳴り返す。すかさず警部補は1発発射したが、ワザとはずす威嚇射撃であった。これに対して梅川も猟銃を発射した。梅川の放った弾丸は警部補の胸に命中し、警部補はその場にばったり倒れ込んだ。「110番・・110番・・。」と叫びながら、楠本警部補はそのまま死亡した。

    同時に銀行内からの脱出に成功した残りの2人の行員は、1人は電話ボックスから、もう1人は近くの喫茶店からそれぞれ110番通報した。銀行内でも警察への非常ボタンを押した。大阪府警・通信司令室から支持を受けた阿倍野署の前畠和明巡査(29)と永田幹生巡査長(34)がパトカーで銀行に到着した。この時点で14時37分。事件発生から7分後のことである。まず、前畠巡査が行内へ入った。

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    この時梅川は受付カウンターを飛び越えて中に入り込んでいたが、入ってきた警官を見つけると、ためらわずにまたもや猟銃を発射した。散弾は前畠巡査の胸に命中、前畠巡査は即死だった。この時点で行内に入った警官は3人、うちの2人が射殺された。日本の警官の不用意さというより、銃慣れしていない悲劇である。この後すぐに東康正巡査部長(30)と能登原芳夫巡査(29)が自転車で現場に到着。

     殺された前畠巡査と現場についた永田巡査長が北側の入り口から、今到着したばかりの東巡査部長と能登原巡査(29)が東側の入り口からそれぞれ行内に入ろうとしていたが、永田巡査長のすぐ近くには梅川が立っていた。永田巡査長も自分の近くにいた梅川に気づき、とっさに身を隠した。直後、梅川の放った弾丸が永田巡査長のすぐ横の壁に激突した。梅川は銃に散弾を込め直そうとした。

    その時、東巡査部長が「撃つぞ!」と叫んで1発発射したが、威嚇射撃なので梅川には当たらなかった。「シャッターを降ろせ!」と、梅川が行員たちに命じた。行員たちがすぐにシャッター閉鎖を行い、北側、東側の両方の出入り口のシャッターが降りていく。この時、東巡査部長はとっさに外に出て、近くにあった自転車や看板を東側シャッターの下に持ってきて、完全には閉まらないように物をかました。

    イメージ 4シャッターは40cmの隙間を残してそこで止まった。また、もう一か所の北側のシャッターもこれと連動しているためか、こちらのシャッターも同じ40cmの隙間を残して止まった。この後、わずか数分の間に次々と警官が駆けつける。1人の警官がシャッターが閉まりかけていた北側の入り口から突入したが、そこには梅川が待ち構えており、2~3mの至近距離から梅川はその警官に発砲した。警官は防弾チョッキをつけていて助かった。14時45分。事件発生から約15分後、住吉署の署長、刑事部長、警ら課長が到着し、非常階段を使って銀行の2階へ入る。1階の銀行内は梅川が占拠する危険地帯であったが、2階まで手は届かない。署員は2階にいた行員から事情を聴く。警察幹部が2階に集結している頃、1階では梅川が女子行員の1人に、「あの警官の銃を取って来い」と命じた。

    一番最初に射殺した楠本警部補の遺体から銃を持ってこさせた梅川は、猟銃と警官の銃を所持する。銃を片手に行内をうろついていると、カウンターの陰に隠れていた女性客(32)と、その子どもたち2人(7歳と5歳)を発見した。「ボク、立てや。」と、梅川は子どもたちに声をかけ、「お前らは帰れ」と、母子3人を解放した。そうして梅川は、「全員、一列に並べ!」と、行員たちをカウンター内に一列に並ばせる。

    「こん中で責任者は誰や!」と叫ぶ。「私です」。森岡浩司支店長が前に出た。「なんですぐに金を出さんかったんや!こうなったのはお前の責任や!」と、支店長の腹に向かっていきなり猟銃を発射した。腹と胸に散弾が直撃し、血しぶきが飛び散る。全員から悲鳴が上がった。森岡支店長は即死した。これで警官2人と、警察に電話をした窓口係の行員、そして支店長の計4人が射殺された。

    梅川は男性行員に命じて、1階と2階をつなぐ階段に机を運ばせ、2階からの突入を防ぐバリケードを作らせる。梅川はすでに建物の2階に多数の警官が入っていることに気づいていた。2階から警ら課長が楯を持ってこっそり降りて来て、近くにいた男性行員に、「こっちへ来い」と指示をしたが、「警官がここに来たら自分たちが殺されます」と拒否。バリケードが完成すると、再び行員たちは一列に並ばされた。

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    「番号かけいや!」梅川が指示し、行員たちは、「1!」、「2!」と声を発し、最後は37番だった。「こん中で病人はおるか!」、梅川が尋ねると、最後37番の女性が、「私、妊娠してます」といった。「帰ってええ。」と、梅川はこの女性を釈放した。そして何を思ったのか女子行員たちに、「服を全部脱げ!10秒以内に脱がんと順番に撃ち殺す!」と怒鳴り、電話係に任命した女性1人以外の女子行員全員を全裸にさせた。

    そして自分が座る支店長席の机の前に女子行員たちを外向きに座らせ、自分の周りに壁を作った。「よう、見とれ。これからものすごい惨劇が始まるんやさかい。」梅川は言い放った。この後しばらくして、女子行員だけ脱がせるのは不公平、といことで男子行員の上半身も裸にさせた。中には全裸にさせられた男子行員もいた。15時05分、梅川が乗って来たライトバンを大阪府警が発見した。

    この車が1月12日に三重県四日市市の焼肉屋経営者の自宅前から盗まれた車であることが判明した。内部の様子は上記したが、外部の状況はこうだ。事件発生後、三菱銀行北畠支店にはパトカーや装甲車など、約130台の警察車両が次々に到着した。支店の周囲1キロ四方の通行を遮断し、約720人もの武装警官が支店を完全包囲した。行内から銃声が響き、女性行員の絶叫が聞こえていた。

    このような事件発生後、通常なら現場を管轄する警察署で記者会見を行うが、大勢の行員や客が人質にされ、銃を所持して籠城する犯人が発砲するという緊迫した状況下、捜査本部も全容を把握できない。そこで閉鎖されたシャッターに手動ドリルで穴を開ける。計7カ所の穴が開けられ、捜査員らが支店内を覗き込む。現場に駆けつけた新聞記者は店内の状況を見た捜査員の1人に駆け寄り質問した。

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     記者:「支店内はどんな状態ですか?」

     捜査員:「とんでもないことになっている」

     記者:「犠牲者は?」

     捜査員:「猟銃で撃たれた行員2人と警官2人の遺体が床に転がってる。負傷者も何人かおる」

     記者:「犯人はどんなヤツ?」

     捜査員:「身元はまだ分からんけど、支店長席に銃を構えてふんずり返っとる。わけの分からんことばっかり言っとるみたいや。シャブ中(覚醒剤中毒)かもわからん…」

     記者:「人質にされた行員らは?」

     捜査員:「言葉では言い表せん。ひどいなんてもんやないで…」

    行員28人(うち女性20人)と客8人の計36人を人質に、店のシャッターを閉めさせて要塞化させた犯人は、自分の前のカウンター内に全裸の女子行員を並ばせ、"人間の盾"にしていたという筆舌に尽くしがたい生き地獄のような支店内の凄惨な状況を聞いたが、想像を絶する惨状をありのまま記事にすることは当事者及び、家族・親族のことを思えば到底できなかった。犯人が誰なのかも特定できない。

    事件2日目の1979年1月27日午前6時すぎ、大阪府警捜査1課の次席が特捜本部から姿を現し、支店前で会見した。人質を取って立てこもっている犯人が、住吉区内の無職、梅川昭美=当時(30)=と判明したことを公式発表するためだった。身元が割れた経緯は、梅川が支店に乗りつけた車のナンバーから、三重県四日市市内の焼肉店で盗まれたライトバンであることが確認された。

    さらに、事件10日前の1月17日朝、梅川が犯行を誘った、大阪府泉南市内に住む小学校時代からの友人である無職男=当時(31)=が、盗んでいたことが判明した。さらにこの男が、梅川の犯行当日の26日午後11時40分ごろ、岐阜県多治見市内で多治見署員に職務質問された際に、自動車窃盗を認めたうえで、「大阪の銀行強盗の犯人は、大阪市内に住む梅川昭美や」と明かしたのだった。

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    男は、「梅川に銀行強盗を誘われたが、断って大阪で別れた。車には猟銃を積んでいた」と供述。岐阜県警は27日未明に男を窃盗容疑で逮捕、大阪府警に連絡した。特捜本部は犯行に使われた猟銃が、男が言った機種と一致したことから、梅川を断定した。特捜本部は男の身柄を住吉署に移し、強盗予備の疑いで追及した結果、2人が事件の1カ月前から綿密に同支店を下見していた事実が浮かび上がった。

    支店2階に陣取った警官隊幹部の1人、住吉署の警ら課長が1階の支店長席に電話をかけた。梅川は出なかったが、代わりに行員が出さされた。特捜本部は発生当日から、支店内の内線電話を通じて説得を続けていたが、梅川はまったく会話に応じず、警官の姿を見るたびに威嚇発砲を繰り返した。突然梅川が自分で電話を取り、110番にかけた。「俺は犯人や。責任者と代われ。」と告げる。

    通信指令室の管理者が出ると、「もう4人死んどる。警官が入ってくると、人質を殺すぞ!」と言い放って電話を切った。16時50分、梅川が行員の1人のSに、金のありかや銀行内の構造を聞いたが、S行員はあいまいな返事で、はっきり答えなかった。この態度に腹を立てた梅川は、「お前、落ち着き過ぎて生意気なんや!」とS行員に向かって猟銃を発射。S行員は咄嗟によけたが右肩に被弾しその場に倒れた。

    梅川は所持するナイフを別の男子行員に渡し、「まだ生きとるやろ。お前が首を突いてこいつにとどめを刺せ。キモをえぐり取るんや」と命じた。ナイフを受け取った男子行員が咄嗟の機転で、「もう、死んでます」と答えると、「お前ら『ソドムの市』を知っとるか?」と、うすら笑いをし、「ならそのナイフでこいつの耳を切り落とせ。『ソドムの市』で死人の耳を切る、あの儀式をするんや。」と命じた。

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    「切れません、切れません…」と泣きながらに懇願するが、梅川は、「お前も死にたいんか!」と銃口を向けた。男子行員は倒れているS行員の左耳にナイフを当て、「すまん…、すまん…、生きててくれ、助かってくれ…。」と謝りながらS行員の左耳の上半分を切り取った。あまりの激痛に右肩を撃たれて負傷したS行員は気を失った。梅川は切断された耳を持って来させ、口に入れて噛み、「堅い。まずい。」と吐き捨てた。

    この直後梅川は、「警官の顔が1人でも見えればその都度、行員を1人ずつ殺す」と書いたメモを女子行員に渡し、2階の捜査本部に持って行かせた。更に、男子行員に110番をかけさせ、「警官が1人でも入ったら人質を殺す」と伝えさせた。自分が気に入らない態度を取った女子行員の髪を掴んで引きずりまわしたり、銃口を身体に押し付けたり、人質に当たるスレスレで銃を発射したりのいたぶり三昧。

    発砲されるたびに女子行員の「キャーッ」という悲鳴が上がった。「助けて下さい、助けて下さい…」と手を合わせ、泣きながら女子行員は必死に梅川に懇願する。まもなく吉田六郎本部長が2階の捜査本部に到着、今後の救出作戦の全面的な指揮を取ることになる。18時45分、刑事部捜査一課特殊捜査班(現:MAAT)が、手動ドリルでシャッターに7箇所の穴を開けたのは、吉田本部長の指示であった。

    梅川は2階に電話し、支店次長に、「400グラムのサーロインステーキとブドウ酒を持って来い。」と命じる。次長は捜査本部に伝え、捜査本部も了承。ステーキに睡眠薬を塗ったらどうか、との意見が出され、レストランからステーキが運ばれたと同時に、警察病院から液体睡眠薬を持参させた。警察幹部の1人が試しに舐めてみたところ、舌がピリピリする。これはすぐにバレてしまうと睡眠薬作戦は中止された。

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    イメージ 1記憶から消えることのない1979年1月26日の忌まわしい事件を書きながら、いろいろなことを思い出す。事件を映画にした、『TATTOO<刺青>あり』 は、事件の興味から観た人もいるだろうがクソ映画。同じような事件を映画にした、『狼たちの午後』(1975年:米)は、シドニー・ルメット監督作品で、原題は「Dog Day Afternoon」。Dog Day」とは日本語で、「真夏」を意味し、邦題の「狼」とは何の関連性は無い。同じような映画というにはあまりに名作と駄作であるが、「三菱銀行人質事件」は1979年1月であり、梅川はこの映画を観ているだろう。映画では三人が銀行に押し入ったが、一人が怖気づいて逃げてしまう。梅川は単独で行ったが、実は友人を誘ったが断られている。友人は梅川に盗難車を提供した。

    断ったことに対する友人としての埋め合わせであろうか?この自動車窃盗犯(31)も前科5犯であった。梅川は、『狼たちの午後』を模倣したのではなく、たまたま同じようなことになってしまったのだった。おそらく梅川の頭には本事件のような行内に、「籠城」という想定は描いていなかったであろう。しかし、『狼たちの午後』の犯人も予定外のアクシデントで「籠城」せざるを得なくなった不幸な強盗である。

    監督のシドニー・ルメットは映画史に燦然と輝く名作『十二人の怒れる男』(1957年・米)を作った人。この作品が映画監督デビューとなったルメットは、同年、第7回ベルリン国際映画祭金熊賞と国際カトリック映画事務局賞を受賞した。また、同年度のアカデミー賞で作品賞を含む3部門にノミネートされたが、『戦場にかける橋』に敗れ、受賞には至らなかった。制作費は35万ドル、撮影日数わずか2週間。

    それでも映画史上に残る名作となった。12人の陪審員が、丁々発止の話し合いから、事件を無罪に導いていくという、アメリカの強さの根底としての民主主義を颯爽と謳いあげたルメットである。ルメットは1973年『セルピコ』で、ニューヨーク市警に蔓延する汚職や腐敗に立ち向かう警察官を描いた。そして2年後に『狼たちの午後』である。『セルピコ』も『狼たちの午後』も実話に基づいている。


    どちらも主演のアル・パチーノの快演が話題になったが、原題どおり、ニューヨークの夏は暑い。犬がよだれを垂らすくらいに暑いから「DOG DAY」という。邦題の「狼」とは何だ?銀行強盗だからか?確かに反社会的行為であるが、『狼たちの午後』の銀行強盗はとてもじゃないが「狼」というより、「猿」であろう。梅川は狼どころか野獣である。『狼たちの午後』の主人公に「狼」はとてもじゃないが、そぐわない。


    『狼たちの午後』は喜劇である。喜劇といってもマヌケで笑いを取る喜劇ではなく、野次馬さえファン(?)にするような、良心的な銀行強盗。人質の行員たちとも和やかである。もちろん、銃は持っているが威圧することはしない。梅川も真似たらよかったんだよ。ルメットはこの映画で何を描こうとしたのか?ベトナム戦争の悲劇、貧富の差、過剰なメディア(TV)と劇場型犯罪、同性愛…

    『十二人の怒れる男』で颯爽とアメリカ民主主義を賛美したルメットだが、ここではアメリカのもう一つの側面を描きたかったのだろう。そうしてルメットは40年後、『NY検事局』で病めるアメリカを描いている。ルメット以外にアメリカを真に見つづけた監督に、オリバー・ストーンがいる。映画は娯楽である。シリアスでもコミカルでも、そこには深い内容が刻まれている。ルメットの芸域の広さは十分に感じられる。

    それにしても、『狼たちの午後』の実話による銀行強盗の動機は、愛する妻の手術代金を得るためであった。不本意ながらこのような事態になった事で、主人公(ソニー)は、妻へ遺書を残す。「君以外の女を愛したことはないよ」と言う言葉だ。いかにもアメリカ的だが、銀行強盗には銀行強盗なりの思いがあり、生活がある。最後は捕まってしまうが、犯人と人質たちはまるでひと時の仲間のようだった。

    なのに捕まってしまえば、犯人と被害者との図式になってしまう。どこなくそれが不条理と思わせられるほどに、至上まれに見る人間味あふれた銀行強盗犯であった。ソニーの実在人物の名はジョン・ウォトビッツといい、彼の風貌とアルパチーノに似ていたのでオファーしたという。映画が作られる事になった時、彼は服役中だったが、映画化の権料が彼に送られ、彼は奥さんに手術費用として送ったという。

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    梅川は行員に、「お前ら『ソドムの市』を知っとるか?」を問うた。1975年に製作されたイタリア・フランス合作映画で、パリ映画祭で上映された。監督はピエル・パオロ・パゾリーニで、マルキ・ド・サドの『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』を原作である。原作の舞台は18世紀のスイス山奥の城館だが、20世紀のイタリアに置き換え、「地獄の門」 、「変態地獄」、 「糞尿地獄」 、「血の地獄」の四つの章から成る。

    これはダンテ『神曲』から、「地獄篇」、「煉獄篇」、「天国篇」の構成を借りている。欧米ではあまりの過激な表現が問題となり上映禁止となった。1975年11月2日、同作の撮影を終えた直後のパゾリーニは、ローマ近郊のオスティア海岸で激しく暴行を受けた上に車で轢殺された死体が発見された。享年53歳であった。後に、『ソドムの市』に出演した17歳の少年ピーノ・ペロージが容疑者として出頭した。

    ペロージ容疑者は、「同性愛者であったパゾリーニに性的な悪戯をされ、正当防衛として殺害して死体を遺棄した」と証言、捜査は打ち切られた。しかし、当初から少年による単独犯は無理があり、ネオファシストによる犯行とする陰謀論が主張された。現在も真犯人は判明せず、死の真相を巡ってはアウレリオ・グリマルディ監督の『パゾリーニ・スキャンダル』(1996年)など多くの映画や伝記本がある。

    ペロージはパゾリーニよりもかなり小柄なため、同氏を押さえつけて激しく殴ることが可能だったかという点が疑問視された。パゾリーニは死亡当時、複数の骨折を負い、睾丸をつぶされ、さらに体の一部を焼かれていた。そのペロージは2005年に国内のドキュメンタリー番組で、「パゾリーニはファシスト達に殺害された。自分は家族に危害を加えると脅され、偽の自首を強要された」と新たな証言をした。

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    バゾリーニの死は謎を呼んだが、彼の『ソドムの市』は、あまりの過激な表現が問題となり、欧米で上映禁止になった。いわゆるSMのSことサド、サディズムの語源である18世紀のフランス貴族マルキ・ド・サド初期の著作『ソドム百二十日』が原作の『ソドムの市』は、己の歪んだ欲望を満足させることをすべてに優先させる四人の中年貴族たちによって計画された、壮大なる宴の様子を詳細に描いたもの。

    四人の貴族は金にものを言わせ、国中から選り好みの男女をさらってこさせ、さらに選りすぐって人里離れた城館へ連れて行く。城館に渡るや橋を落とし、城門を内から閉め、漆喰で塗り固めると完全なる陸の孤島ができあがる。旧約聖書に登場する都市、ソドムとゴモラは全能の神ヤハウェの下した罰、天からの火と硫黄によって滅ぼされたが、ソドムは男同士、ゴモラは女同士の肉欲を指している。

    四人の貴族はこの城館において、罪深い都市ソドムを再現するかのような120日間に及ぶ饗宴を行うのだが、その寸前で物語りは終っている。その理由は、サド自身が幽閉されていたバスティーユ監獄でこっそり書いていたもので、それが突然裸のまま精神病院へ移されることになったために、彼の手から永久に原稿が離れてしまったからだ。残されたのは訳された序章と、書く予定だった物語の草案のみ。

    斯くも不道徳と背徳の塊の物語に刺激を受けたパゾリーニが、 『ソドムの市』として設定を20世紀に置き換えて映画化した。自分は映画を観てはないが、スカトロジー、皮剥ぎ、四肢切断などが目くるめく展開されるらしく、公開直後パゾリーニの謎多き死も加わってか、スキャンダラスで話題多き作品となった。『ソドムの市』 <HDニューマスター版> ~制作40周年記念~ [DVD]は、本年7月発売された。

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    梅川の押し入った銀行内部は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。さらにはステーキを持ってこい、ぶどう酒を持ってこいの要求に従わざるを得なかった捜査本部だが、ステーキを待つ間に梅川はまた1発発砲し、この後も不定期的に、気が向くと発砲を繰り返すなどやりたい邦題であった。警察も15年前に同支店が建設された際の工事業者を集め、協力を依頼する。

    カギの専門家にも施錠されたドアのカギを開けてもらうよう要請する。梅川はまたもや2階の支店長室に電話し、「警察の偉いモンと代われ」と言い、調査官が応対に出て、「下の者は元気か。」と尋ねると、「みんな元気や。警官の姿が見えたら人質を殺す。」と答える。「要求があったら言え。けが人を早く開放しろ。」と調査官が言うと「けが人なんかおらへん。6人死んどる」と言い捨て電話を切った。

    実際の死亡は4人で、2人は重症で倒れていたが、梅川はその2人も死んだと思っていた。捜査本部のある2階に20回以上電話をかけ、「女の行員はみんな裸で、死体がごろごろ転がっとる。強行突破するなら、裸の女の死体が並ぶで」とも言い放った。また、人質たちにトイレに行くことを禁じ、カウンターの陰をトイレ代わりにさせた。人質という状況の中、捜査本部は説得の可能性を探っていた。

    が、実際警官が姿を見せた瞬間、猟銃を発砲する梅川を説得出来る可能性はほとんどない。薬物使用も検討されたが、先ほどの睡眠薬のテストが駄目で却下された。最終的に強行突入、射殺にまとまった。第二機動隊訓練指導官で、射撃指導官である松原和彦警部が呼ばれた。人質を楯の状態で、犯人の狙撃が可能かどうかを判断させるためである。

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    机がカギ型に並べられ、その上で人質行員が正座させられている。その状況から松原警部は、「人質の合間をぬって犯人を狙撃するのは難しいがやれる。」と判断を下した。早速、狙撃手6人が選抜され、3階に設置された本部で狙撃と人質救出訓練が繰り返された。作戦実行は深夜0時と決まった。警備一課管理官が覗き穴から中を観察してタイミングを判断、ハンディートーキーで松原警部に知らせる。

    それに呼応する突入班は全部で33人が選抜された。刻々と時間が近づいてくる中、覗き穴から内部を監視していた捜査員から新たな情報がもたらされた。犯人はこれまで自分の前面のみに人質の楯を作っていたが、人質を自分の背後にも立たせて自分をとり囲むようにしたという。報告を受けた松原警部は覗き穴からそれを確認した。「どうや、いけるか」と坂本一課長に松原は言った。

    「出来ません。前に並んだ人質の前は通せても、後ろの人質に当てないという自信はありません」。松原は狙撃は危険過ぎると判断した。この時点で、狙撃・突入という作戦は中止となる。14時30分の事件発生からすでに9時間以上経過し、テレビも生中継し、深夜であるがすごい数の野次馬が詰めかけていた。日付が変わって1月27日、0時25分。梅川はまたもや2階の支店長室に電話を入れる。

     「階段の下に要求書が置いてある。30分以内に持って来い」。2階に待機している警官が階段を降りていくとメモが置いてあった。メモには、「ラジオ、アリナミンA、カルシウム、人質の食事を差し入れよ。室内暖房を少し強くしろ」と書かれてあった。その下には、そのメモを置きに来たと思われる男性行員が自らの意思で書いたのであろう、「極悪非道そのものである」という追記があった。

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    「要求は分かった。」と警察側の伊藤管理官が電話で伝えると梅川は、「死骸が、ようけごろごろしてまっせ」と、笑いながら答えた。犯人は一体、どこの誰なのか、この時点では全く分かっていなかった。0時50分ごろ、現場に情報が飛び込む。上記の理由から、犯人が梅川昭美と判明した。梅川に犯行を持ちかけられた知人は、実は、岐阜県多治見市の多治見駅前交番の前をせわしなくウロウロしてた。

    男は署員から職務質問を受けて言った。「今、大阪で銀行強盗をしとる男はワシの友達なんや!」と、自ら話し始めた。そして犯人が現場まで乗って行った車は自分が盗んだものだと自供した。この知らせを受け、マスコミ各社は大々的にウメカワテルミの名前を報道したが、「てるみ」の読み方は「あきよし」の間違いであった梅川もラジオのニュースを聞いた時に、名前の読み方が違うと激怒している。

    共犯者の自供により梅川の住所も判明、捜査員を向かわせて梅川が実在の人物であり、自宅に不在であるのを確認し、供述と合わせて犯人が梅川であることを断定した。梅川は再び行員を通じてまたも要求を出す。洋酒1本、日本酒1本、缶ビール2本を届けろという。伊藤管理官が梅川に電話して缶ビールだけにと説得。その後カップ麺10個と熱湯の入ったポットが先に届けられたが、ビールはまだだった。

    寒さで震える行員に梅川は、「寒かったらその辺に転がってる死体に灯油をかけて燃やしたらええんや。」と笑いながら言う。サンドイッチ10人分が届いたがビールが届かない。行員がビールと暖房を強める催促電話をした。女子行員は以前全裸のまま。「寒いもん、疲れたもんがおったら手を上げえ。」と梅川が言うと2、3人が手を上げたが、「文句の多いやっちゃな。いっそ死んでしもたら寒くもつらくもないで」と言う。

    だんだん柔軟になった梅川は全員に向かって言う。「トイレの使用を許したる。ただし、1人20秒までや。1秒でも遅れたら誰か死ぬことになるさかい、よう覚えとき」。この後しばらくして、客で銀行に来ていた高齢の男性が梅川に、「トイレに行かせて下さい」と頼んだ。梅川が年を聞くと、「76です」と言う。「お前は帰ってもええわ。ご苦労さん、長生きせえよ。」と、ここに至ってやっと人質の1人が開放された。

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    籠城の心理とはどういうものであろうか?「袋の鼠」という言葉が相応しいように思うが、人質を取り、人質を楯にしたところで、「袋の鼠」状態は変わらず、多少長びくだけなのは籠城者も分かっている。楯にしているということは、自分の命の危険性を察知しているわけで、狙撃の標的になっていることも頭にあるだろう。あのような残忍な手口で6人死傷なら、投降しても死刑は免れない。

    いつまでこの状態が続くかの精算もなく、投降する気もなく、成り行き状態のなかで狙撃を怖れて行員を楯にの怯えた心理状態であろう。砦を作っているつもりでも、実際は「袋の鼠」状態で、人質だけが生きながらえる希望である。自分が優位な状況であるはずもなく、出来る限りの抵抗を続けるしかすべはない。眠るわけにも行かない、小便やクソもその場でやるしかない哀れな状態だ。

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    さまざまに気は使うだろうし、神経は磨り減っていく。前例をみても籠城の結末というのは、弱ったところを撃ち殺されるだけである。待機側は、相手が弱るのを待っているわけだし、どれだけ頑張っても10日も続けば精神的にまいってしまう。"先は見えたも同然"というのが、警察側の一致した見解であろう。ただし、人質の安全ならびに心労を、一日たりとも早く解き放ちたいということだ。

    事件当時の最高責任者であった元大阪府警本部長吉田六郎氏は、後年このように回想する。「人質の数が多いのは相手の弱みで、全員を見張っていることで神経をすり減らすんですよ。過去の前例を見てもいいとこ2日(48時間)が限界でしょうね」。2015年1月、パリ東部ポルトドバンセンヌ 付近のユダヤ教食料品店他2カ所で、子どもを含む数人を人質に籠城・立てこもり事件があった。

    仏特殊部隊は午後5時(日本時間10日午前1時)ごろ、 2カ所にほぼ同時に突入、ロイター通信は食料品店の人質少なくとも4人が死亡したと伝えた。世界を揺るがせた銃撃事件は発生から 3日目で終結した。日本は赤軍派のテロリストを世界に放って笑いものになった国である。テロリズムに長い間悩まされてきたヨーロッパ諸国は、テロリストを逮捕拘束などしないし、原則射殺する。

    フランスにも死刑制度はないが、フランスに限らず死刑廃止制度を施政出来るのは、テロリストを捕らえずに現場で射殺出来るからで、 もし、テロリストを生きて捕らえたらそのテロリストを解放させる為のテロが起こることになる。人質の安全も大事だが、「人命は地球より重い」との福田首相の言葉は、島国国家の島国根性と揶揄されて当然である。グローバルな視点がまるでない。

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    フランスで人質事件のあった同月20日、イスラム過激派組織「イスラム国」が、72時間以内に身代金が払われなければ拘束している日本人2人を殺害すると予告があった。安倍首相は国際社会と連携して人質救出に全力を挙げる考えを表明したが、手段を選ばぬ「イスラム国」に対して、各国の対応は一様ではない。菅官房長官は21日の会見で、人質の早期解放に向けた交渉について以下コメント。

    「第三国の部族長、宗教団体の長、あらゆる可能性のなかで全力でとり組んでいる」と説明したが、「身代金は払わないのか」との質問には、「国際社会によるテロへのとり組みに貢献する立場は変わらない」との答えを繰り返す。「イスラム国」に誘拐・殺害された米国人ジャーナリストのジェームス・フォーリー氏。家族や彼を雇用したニュースサイトに対して、殺害前に100億円以上の身代金要求があった。

    フォーリー氏の家族は、寄付を募って身代金にあてようとしたが、米政府から、「テロリストに資金提供した罪で訴追される恐れがある」と警告されたと明かし、米政府を批判した。米国は、身代金の支払い拒否を国際的な合意にしようと各国に同調を求める。「自国民を守り、敵への資金供給を断とうとするなら、すべての国々が、『身代金は払わない』という方針を適用しなければならない」。

    コーエン財務次官(テロ・金融犯罪担当)は、このように述べている。イスラム国に拘束された日本人2人も「金」の補償か、「人員の交換」か、どちらかの取引材料がないかぎり解放はむずかしい。が、仮にイスラム国と裏取引をするにしろ、有効な情報・手立て・経路などもたない日本政府にできることといえば、アメリカの顔色をうかがいながら、「さあ、どうすんべか」程度のものしかない。

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    上記した如く、日本政府は自国が生んだテロリストたちの要求に屈服した。それも正々堂々とやってのけたのだから、世界中から批判を浴びた。あのような無様な対応は二度とやってはならない。日本には暴力団がいるが、もし、ヨーロッパの国々がテロリストの要求を飲んだり、言いなりになったなら、世界規模の暴力団を作るようなもの。ゆえに、「テロリストと交渉はしない」を貫いている。

    梅川の事件はあらゆる人質籠城事件に関連するし、それから派生させていろいろな思考をすることもできる。一人の男が猟銃を持って銀行に押し入っただけなら、それだけのことでしかない。梅川の心理、行員の思い、警察の対処など三者三様である。「あんなバカげた銀行強盗等しない」ではなく、いずれの立場に自分を置いて考えれば、いずれの擬似経験も可能となる。

    小説の主人公になったつもりで疑似体験をすることも同じで、人間の経験などタカが知れている。多くの疑似体験から己の思考を作ることがいいのかも知れない。年月が経てば被害者たちも口を開く。本部長も当時のことを「元」という肩書きで話してくれる。事件が事件だけに消えることのない鮮明な記憶であろう。ただし、梅川だけが彼の記憶一切を消している。

    現場に詰めていた新聞記者の回想はこうだ。「事件発生から約42時間後の28日午前8時40分ごろだった。現場から50メートルほど東に止めていた社有車の中で仮眠中に突然、支店内から乾いた銃声が響いた。ついに狙撃隊が突入と直感し、カメラを手に支店に向かって突進した。だが、支店の周りをジュラルミン盾を持って包囲していた機動隊員に阻止され、その場で立ち往生した。

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    まもなく血まみれ担架に乗った梅川が、支店前に止まった救急車に搬送された。その約50分後、人質にされていた行員も全員無事に救出され、次々と病院へ向かった。恐怖と疲労感から足取りがおぼつかない。全員が頭から毛布にくるまれ、その表情を伺うことはできなかった。前代未聞の凶悪事件とあって、テレビ各局が異例の生中継で放送していたことに配慮したとみられる。

    行員は搬送先の病院で特捜本部から個々に事情聴取を受けたため、取材陣は接触できなかった。午前11時すぎ、捜査本部の置かれた住吉署で強行突入を命じた府警本部長らが記者会見した。「梅川への発砲は8発…」などと狙撃に至るまでの経緯を説明したが、今も記憶に残るのが、取材陣の質問に対する最後の答えだ。「6人の狙撃隊が一斉に発射したが、だれの弾丸が梅川に命中したかは言えない」。

    いずれにしろ、「(狙撃隊の)的確な行動があったから新たな犠牲者を出すことなく、人質全員の無事救出に成功したのだ。彼らは殺人犯ではない」と、ある捜査幹部が後日私に言ったことばだが、そんなの当たり前であろう。あのような犯人を射殺して殺人犯などと、日本人の誰かがいうなら、おそらく人権派弁護士、共産党、もしくは日教組の組合員であろう。ま、少数意見も意見ではある。

    責任者吉田本部長の重い決断は突入であり、これが巧を奏したのは間違いない。被害者のショックを考えれば、救出された行員からの取材は控えるべきだが、28日午後になって銀行側が住吉署で会見に応じた。人質にされていた女性行員2人=いずれも当時(19)=と男子行員1人=同(40)=の計3人が、2昼夜にわたる恐怖の惨劇の生々しい証言に、多くの国民は大きな衝撃を受けた。

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    「『金を素直に出さなかったのは、お前の責任や』と言って支店長は射殺されたのです。"処刑"は問答無用の仕打ちでした。5メートル足らずの至近距離からおなかに1発でした」

    「最初の12時間ほどは半狂人のようでした。『オレはどうせ死刑になるから、1人殺すのも、5人、10人殺すのも同じや』とわめいたりして…」

    「私は食事の面倒から電話番まで梅川のそばにつきっきりで世話をさせられ、梅川が撃たれた時もすぐ近くにいました。(中略)それだけに梅川が床に崩れ落ちるのを見た瞬間、『助かったわ』と思い、涙があふれてきました」

    取材で現場に詰めていた記者は言う。「入社以来、兵庫、大阪両府県警で通算13年余りを事件記者として過ごし、数多くの凶悪事件を取材した。振り返ってみて、『梅川事件』ほどの残虐非道な事件はなかった。支店前に立ったとき、当時の記憶とともに事件解決後に府警本部で目にした数々の衝撃的な現場写真の画像も鮮明に蘇った。この事件で多くの人が心に深く大きな傷を負った。

    殉職した警官や犠牲になった行員の遺族、人質にされ、人間の尊厳を踏みにじられた多くの行員らの今を思わざるを得なかった」。事件と言うのは絶え間ない。いつの時代にも事件は起き、人が死ぬ。すべての犯罪は人間が孤独でいられない事から起こる」という言葉が頭をもたがる。E・H・フロムも、「人間のもっとも根源にあるものは、孤独を避けたいという欲求である」という。

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    自然の中にたたずむ自分であっても、山を上り、海を渡り、砂漠を一人歩いてみても、自然と自分とは何の関係もない。このような状況におかれた人間の不安と孤独、誰もが避けたいと思うのだろう。広大な砂漠をポツポツと歩きながら、「一体自分とは何なのだろう」と考え、悩むとしたら、耐えられないのではないか。「自己とは何?」、「如何に生きるべきか?」という疑問から逃れんとする。

    そうした疑問を、なるべきなら振り払って生きようとする。無意識のうちに、そういった自己の追求を避けるであろう。が、決して孤独を望むことはない。荒涼たる砂漠にいる人間にとって、自分にとって無関係であっても、人が入ることを望むし、たとえ人と自分の心が本質的に結合していなくても、自分の他に誰かいてくれることを望むであろう。どんなに気疲れしても、仲間のいることを望むであろう。

    人は一人で生まれず、生まれて幾日もすれば、自分の前の誰かの存在に気づく。空腹であったり、違和感であったり、不快感であったり、不安を解消し、安堵を求めたいときに、誰かを求めて泣き叫ぶ。人はそういうものである。そのように作られていく以上、一人で生きていくことはできない。心理学はわれわれにウンザリするほどの、欲求分類のリストを作ってくれている。

    その中の一つに、人間の人格性の要求がある。そして、それは2つに分けられる。「集団に属したい」、「人から認められたい」であるが、この二つは決して別のものではない。二つとも、孤独になることを本質的に、あるいは表面的だけでも逃れたいという要求である。一切から分離され、拘束から自由になった人間が、孤独の不安から逃れるためにすることは、例え表面的にでも、他人に受け入れられること。

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    うすうす気づいている無目的の人生であれ、あまりに厳しく追求をして絶望に陥るのを避け、うわっつらの人生を生きようとする。これらは誰もが行っていることだ。互いに無関心となり、愛が消えた夫婦が、それでも離婚しないで一つの屋根の下で暮らしている。人間に残された最後の不安解消は、集団と共にいることであり、世論に逆らわず、良識的であり、常識をわきまえていることである。

    多数派なら安堵、少数派という不安。物心ついた時から少数派であった自分は、多数派がつまらなかった。人と同じである事がつまらなかった。人と同じことをする自分などいてもいなくても一緒と、目立ちたい一心の自己主張であった。自己顕示欲とも言う。「鶏口となるも牛後となるなかれ」、「十把一絡げ」、下品にいえば、「味噌も糞も一緒」などの諺が好きだった。

    「自分が自分であるためには自分は人であってはダメだ」。これらも自分の意のままのロボットにしようと企てた母親からの反発からもたらされた。3人が灘高⇒東大を自慢する母親には批判的である。勝ち組といわれる子どもたちも被害者としか思わない。彼らが自分の意思であったというなら称えたいが、母親のロボットであったことを結果がどうあれ評価はない。

    「子どもを○○にした」という親がいてもいいが、親の手柄とせず、内に伏せておく親も少なくない。我が子の自慢をしたいならすればいいが、子どもの手柄、頑張りを横取りしていないのか?部下の手柄を横取りする上司も無様である。目立ちたいというより、横領であろう。「他人のふんどしで相撲を取る」に相応しい。自分の手柄や功は伏せてこそオトナである。

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    子どもがノーベル賞をとったからと人前に出て、背骨が折れんばかりに胸を張るのではなく、子どもが凶悪犯になったときこそ、人前にでて腰が折れんばかりに頭を下げるのが親であろう。どうせ親をやるなら、後者のような親でいたい。ま、ノーベル賞も凶悪犯も、どちらも望まないけれども…。梅川の話をもう少し補足するなら、母子家庭で育った梅川には老いた母がいた。

    ◎午前3時53分、ラジオが届かないことに腹をたてた梅川が発砲。ロッカーにはねかえった散弾が庶務係・Mさん(当時54歳)の顔に当たり、Mさんはそのまま死を装う。

    ◎午前4時45分、「ビールのお返しや」と、客の女性(当時24歳)を解放。

    ◎午前7時40分、ラジオ差し入れの見返りに客の女性(当時41歳)を解放。客は全員解放された。行員には「最後は皆殺しや」と怒鳴る。

    ◎午前9時前、梅川は特捜本部に電話し、車に積んである映写機を友人に返して欲しいと依頼、さらに行きつけの飲み屋などに次々と電話し、「もう会えんやろ」「金を返す」などと伝えていた。

    ◎午前10時頃、大阪府警のヘリで香川県から梅川の母親(当時73歳)が現場に到着。母親が説得に来ていると告げられた梅川は、「そらあかん」と電話を切った。捜査員は母の手紙を階下に差し入れた。

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    ◎1月28日午前2時半頃、遺体の腐敗臭から、4遺体を非常階段から運び出す。

    ◎午前7時、朝食と朝刊の差し入れがあり、梅川は銃を机に置いて新聞を読んでいた。酒を飲み続けているし、眠ってもいないから実際に疲労もあったのだろう。行員はトイレに行き、西通用口の捜査員に突入の合図をした。7時半のことである。

    ◎午前8時40分、指揮官の合図のもと、狙撃手6人が2人1組で分散してバリケードの隙間から突入、7mの距離から梅川に一斉発射。気づいた梅川は銃に手をかけたが、右首付近から鮮血がドバッと噴き出し、椅子から崩れ落ちた。

    放たれた8発のうち3発が梅川の頭、首、胸に命中していた。42時間にも及ぶ長い籠城事件が終わった。梅川は病院に搬送されたが、午後5時43分死亡。梅川昭美(1948年3月1日 - 1979年1月28日)。広島県大竹市生まれ。享年30歳。TATTOOアリ。

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    1月28日。梅川はほとんど寝ていなかった。それで疲れもでたのか朝8時頃、新聞を広げながらウトウトしていた。8時40分、行員の合図で7名の狙撃隊員が突入、一斉射撃をした。頭、首、胸に被弾した梅川は、「殺すぞ…」と一言呟いたという。梅川は天王寺の大阪警察病院に搬送、意識不明の重体であったが脳波は確認され、大量の輸血と銃弾の摘出手術を受けたが同日午後5時43分死亡が確認された。

    前日27日にはもう観念したのか、午前9時前には特捜本部に電話し、車に積んである映写機を友人に返して欲しいと依頼している。さらに行きつけの飲み屋などに次々と電話し、「もう会えんやろ」、「金を返す」などと伝えた。とにかく梅川は謝金に悩まされていた。「借金が500万あるんや。これをどうにかしたい。おふくろにも500万残してやりたい。おまえら知恵を貸せ」梅川は行員に相談した。

    行員らが知恵を出し合うと、梅川はこう結論を出した。まず梅川名義の預金口座をつくり、そこへ一部の人質解放を条件に500万円を銀行から融資というかたちで動いた。そしてすぐに全額払い戻しを受ける。その金は人質の行員を使い走りにして、サラ金各社に返済に行かせるというもの。すぐさまその手続きがされた。梅川は残高ゼロの通帳を見て、「ほう、これでええわけや」と呟いた。

    梅川は借入先を行員に教え、「おまえが帰って来なかったら人質を殺すからな」と言い、梅川の返済の使いに出た行員は、10ヶ所ほどの借入先をまわり、梅川との約束どおりに銀行に戻った。深夜のことである。「走れメロス」ではないが、梅川は行員が約束を守ったことを喜ぶ。が、この行員は警察突入時の合図役としての任務を警察より承っていた。なお、この借金の返済は無効、後日、警察が回収した。

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    借りた金は返すという梅川の律儀な一面が伺えるが、友人への最後の電話は死を覚悟したものだった。「おう、俺や。借りてたものは返すで。もう一生会えんやろ。元気でやれよ」、「捕まったら死刑や。もうあかん」、「自首するなんて、もう無理や。あかんのや。そんなこといわんといて。借金は返すで…」などなど。この頃、裸の女子行員に対して、服を着ていいと命令している。

    午前10時頃、大阪府警のヘリで香川県から梅川の母親(当時73歳)が現場に到着。母親が説得に来ていると告げられた梅川は、「そらあかん」と電話を切った。警察は梅川と人質への差し入れに母親からの手紙を入れた。梅川は女子行員にその手紙を読み上げさせた。女子行員はたどたどしく、首をかしげながら読み上げた。梅川は言った。「読みにくいやろ。おふくろはそんな字しかかけんのや」。

    梅川は近くにいた女子行員にこう問いかけた。「お前の息子が事件を起こしたら、どうする?」女子行員は少し考えて、こう言った。「叱ります」。「それがええ!」と、梅川は心底喜んでいた。映画『狼たちの午後』でもソニーの母親が登場する。FBIに呼ばれて連れて来られたようだ。梅川は母親と会話は出来なかったが、ソニーは外で待つ母親のところに出て話をする。

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    警察:「ソニー、面会人だ。出てきてくれ」

    ソニー:母親を見るなり、「ママ、何しに来たんだ?困るじゃないか!」

    母:「町中の大評判よ。テレビもきてるし。FBIの人が来て、その人がいうには無事に済むって」

    ソニー:「FBIなんかと話すんじゃないよ」

    母:「ベトナムでどれだけ戦ったかもいったわよ」

    ソニー:「飛行機でアルジェリアへ行く。手紙は書くよ」

    母:「アルジェリアで?なぜなの?」

    ソニー:「今ここでママと会うと、諦めたと思われる」

    母:「いいでしょ、それで」

    ソニー:「アルジェリア行きは諦めない」

    母:「FBIは分かってくれたわよ。すべては家庭が悪いんだって」

    ソニー:「アンジー(妻)のせいにするなよ」

    母:「アンジーが悪いからレオン(ソニーのゲイ友)みたいな男とさ…。なぜ、あんな女一緒になんたの?子どもも養えないのに女房なんかもらって」

    ソニー:「ママ!今そんな話をしてる場合じゃない、止めてよ」

    母:「おいで、逃げるのよ」

    ソニー:「行く所がない。帰ってくれよ!パパは?どうしてる?」

    母:「勝手にしろって言ってるわ。俺の息子は死んだって!」

    ソニー:「ああ、その通りだ。俺は落ちこぼれの不良だ。だから俺に構うなよ!」

    ソニー:(警察に向かって)「ママを送り返してくれ!」と、言い捨て銀行内に戻る。

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    なんというか、湿っぽくないというのか、こんなところで姑が嫁の悪口をいったり…。言葉の文化のお国である。衆目の面前で怯むこともなく、遠慮することもなく、母と息子の会話である。どんな時、どんなところでも、会話があるものだと感心させられる。さすがに父親は、「あんなバカはもう自分の息子ではない!」と、いかにも父親らしい突き放した態度である。歴史に、「もし」は無意味であるが…

    もし、あの時誰も殺さず銀行強盗が上手くいって、事件後も逮捕されず、上手く逃げ馳せたであろうか?目撃者も多く、優秀な日本の警察だから、捕まった公算が高いと思うが、万が一捕まらなかったら、梅川の望んだ母親孝行が出来たであろう。梅川の母親は事件から9年後に死去した。2人は、香川県のとあるお寺の供養塔内で、無縁仏の石碑の中に眠っている。

    36年前の事件だが自分の中では風化していないし、納得できないこと、考えるべきことは多い。梅川は子どものころから生粋の悪党だった。悪ガキというなら可愛いが、15歳の時に強盗殺人を犯し、被害者は6ヵ所を刺された上に無数に殴打され、現金や株券、通帳が奪われた。成人なら死刑もありえる凶悪事件だが、わずか1年ほど出所、15年後にこの事件を起こした。

    イメージ 8あえて結果論をいえばあの時死刑にすべきだった。少年保護のための少年法は、矯正できなければ無意味。「このような資質の少年を社会に放任することはきわめて危険であり、積極的に規制する必要がある。この病的な人格はすでに根深く形成されており、矯正は困難であり、些細なことで反社会的行動や犯罪に結びつきやすく、累犯の可能性が極めて高い」。この梅川の鑑定結果は、生かされなかった。
    そんな梅川が、はからずも猟銃の所持免許を取り、正規の手続きで散弾銃を入手できた。殺人歴のある梅川になぜ警察は銃の所持を許したのか?理由を聞いて見たいが、こういう事になったならいかなる理由も説得力はない。事件後、捜査官が梅川の部屋へ家宅捜査した際、六法全書、経営学、医学などの書籍が600冊あった。何を何冊読んでもあれでは笑止千万。

    ソニーの母親も見境のない女だが、どんな息子でも腹を傷めて産んだ子に違いない。梅川の母も息子が搬送された警察病院で、弾丸摘出手術を待つ間のやり取りがある。「息子はもうアカンのですかいの?」、「電話で自首するよう言ったけど、あの子は聞いてくれんかった。私は耳が遠いし、字もうまく書けんので、よう伝わらんかったんかも知れん。」

    「私だけは最後まであの子の味方でいてやりたかった。でも、もう、アカンでしょう…」と涙ながらに語った。母親に罪はないが、こんな人間にした罪はあるだろう。梅川説得のために警察から現場に同行を求められた母親は、美容院に行き、2時間かけてパーマをかけて出発したという。「そんな親にしてこの子ありではないのか?」と、正直思いたくもなる。

    パーマをかけて行こうとの発想はどこからでるのか?予断であり、偏見かもしれない。が、息子があのような状況にありながら、パーマはないだろう。母も息子も見栄っ張りだったのだろう。納得できないことは他にもある。これは日本の警察のあり方の問題に合致するから、一概に善悪をいえないが、改善の余地は大いにある。自分が警察官なら当然、上に具申するであろう。

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    警察の銃の使用についての問題提起である。警察官が何かの事件で発砲することはある。その際、幹部は必ずや、「今回の銃の使用はやむを得なかったとの認識である」などという。こういう都市伝説がある。「日本の警察の使用する拳銃の最初の一発目は空砲である」。これに対する公式な見解として、「空砲は支給していない」である。確かに拳銃使用は厳しく限定されている。

    警察官の拳銃使用については、『警察官職務執行法』という法律があり、警察官の武器使用が認められるのは、犯人の逮捕に必要な場合と、警察官もしくは他人の防護のために必要な場合のどちらかに限られている(同法7条本文)。人に危害を与えることが許されるのは、原則として、刑法上の「正当防衛」などにあたる場合に限定されている(同7条但し書き)。では「正当防衛」とは?

    刑法上、『正当防衛』が成り立つためには、(1)急迫不正の侵害と、(2)防衛行為の必要性・相当性という要件が満たされる必要がある。かみ砕いて言うと、(1)は、「自分や他人の身に(違法行為など)不正な危険が差し迫っていなくてはならない」、(2)は、「身を守る必要性があり、手段も妥当でなければならない」。武器(拳銃)でむやみに人に危害を与えてはならない事が前提。

    では、三菱銀行事件で現場に行き、「銃を捨てろ!」と拳銃を抜いて梅川に向け、ワザと外す威嚇射撃をした後、梅川に射殺された住吉署楠本正己警部補(52)は正しかったのか?何をいっても結果論になるが、即射殺していれば、自らの命も含む4人の生命と、2人の負傷者を出さずに済んだ。警察と言うところは、こういう時になぜ、あれ(威嚇射撃)は正しくなかったといわない?

    おそらく警察の見解はこうであろう。相手は猟銃持参で危険大であり、威嚇射撃後に撃たれる可能性もある。直ちに犯人に向けて発砲すべき状況である。それをしなかった楠本警部補のミスとはいわないにしろ、高度の緊急性、危険性はその場の警察官に委ねるしかない。そうかも知れぬが、すぐに撃たない(撃てない)のは、拳銃使用における縛りがあるからだ。

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    もし、楠本警部補が間髪をいれず梅川を射殺していたなら、おそらく批判の的となったであろう。「逮捕しないでいきなり射殺とは何事か!」そういう警察批判がマスコミ、世論から沸き起こるのは目に見えている。誰も、(起こってない)その後のことを知らず、予測もできないからそのようにいう。あの時、あの場での楠本警部補の判断が問答無用の射殺であっても、彼は批判に晒される。

    梅川射殺後、吉田六郎本部長は記者会見に臨んだ。「梅川への発砲は8発…」などと狙撃に至るまでの経緯を淡々と説明したが、取材陣の最後の質問に対し、「7人の狙撃隊が一斉に発射したが、誰の弾丸が梅川に命中したかは言えない」。特捜本部は梅川の死後、遺体から摘出した弾丸を鑑定したが、その結果は最後まで公表しなかった。銃火器使用についてのすこぶる配慮が伺える。

    さらにこう付け加えた。「(狙撃隊の)的確な行動があったから新たな犠牲者を出すことなく、人質全員の無事救出に成功したのだ。彼らは殺人犯ではない」。ここまで気を配る必要があるのだろうか?相手がいかなる凶悪犯でも、人を殺せば殺人犯との認識がこのような言葉を選ぶ。諸外国では考えられない凶悪犯への配慮だが、これもお人好しの日本国なのである。

    梅川に狙いを定めて「銃を捨てろ!」と言った楠本警部補の認識が甘かったと批判する前に、あくまで逮捕優先と言う警察の体質がどうであったか。相手が銃でなくナイフとか日本刀の類なら、銃を構えて「ナイフを捨てろ!」の威圧は利くが、銃を持ってる相手に「銃を捨てろ!」といって、捨てるバカはいないだろう。自分が警官なら、「銃に対しては先手の発砲を!」と具申する。

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    相手がすぐに撃たない場合もあろうが、すぐに発砲した場合はアウトである。予測はできない以上、銃所持者犯の場合、「先手の発砲」許可を明記すべきである。逮捕だ、何だと手ぬるいことをいっているようでは、この事件の教訓とはならない。銃を持った人間を野放しにしない。さっさと始末する。結果論とはいえ、威嚇射撃をしたばかりに凶弾に斃れ、6名の死傷者を出した。

    予測できない場合の対処法として、何が正しいのかと問われるなら、答えは「状況判断」というしかない。あらゆる状況判断というのは、結果の前にすべきものであり、結果が出た後に状況判断とはいわない。結果はもはや状況ではないわけだ。野球の結果が出た後に、"実況中継"もへちまもない。アメリカで成功した企業経営者のアンケート結果がある。

    それによると、最も大切なことは、「Sense-Making」だと答える人が多いという。Sense-Makingを日本語に訳すと、「正しい判断が出来る」、「正しい方法が選べる」というような意味である。つまり、状況に応じて正しく判断をしていくことが出来る能力。確かに「判断力」は、極めて広い意味の言葉だが、どの場合であっても、「判断力」とは次の三つの能力に分解できる。

    1. 今が判断するタイミングだということを認識できる(Judgement call)

    2. 正しく状況判断と分析が出来る

    3. 2から論理的に正しい結論を出せる

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    「判断が大切」、ということは分かっているのに判断を間違えるのは、多くの場合、2に問題がある。人が判断に失敗する大きな理由は、判断するのに必要な情報が足りないからだ。妻が機嫌を損ねているときに、間違ったことを言って余計怒らせてしまうのは、妻が何故機嫌を損ねているのか、自分に何を求めているのか、という情報が足りないからである。

    人の心の情報など目に見えないに決まっている。それを正しく判断するのが洞察力であり、論理的思考力である。銀行に駆けつけた警察官も、犯人の心は読めないにしろ、咄嗟の状況判断できたはずだ。が、殺害より逮捕優先という日本の警察体制が不幸を生んだ。銃を構えて、「ナイフを捨てろ!」なら捨てるだろうが、銃対銃の状況判断は、マニュアル化すべきであろう。


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  • 10/29/15--19:39: 体に散弾…
  • ここんとこ梅川づいていたのか、体の左半分に散弾の粒がたくさんある、そんな夢を見てしまった。誰かに撃たれたというのではなく、とにかく左半身に小さな散弾の粒があるのが見つかった。おそらくこれは尿管結石との関連もあっての夢であろう。人が夢を見るのは精神活動の一環で、人だけでなく犬や猫など、ペットも夢はみるという。聞いた訳ではないが…

    ペットを飼っている方なら、ペットが寝ているときに、そういう風に感じたことはあるのでは?自分も飼ってる犬が寝てるときの仕草から、「あっ!こいつ今夢をみていたな!」と思い当たることがあった。ハナがむずむずなどはしょっちゅうだし、夢に驚いて目を覚ましたことも観察でわかった。ときたまペットを観察しながら、犬の習性などに興味を持ったりした。

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    興味の対象は何も人間だけではない。そういえば、我が子をよく観察したな。「子どもは見ているだけで楽しいし、癒される」と誰かがいっていたが、それは言えてる。そうはいっても子どもはペットじゃないんで躾は必要だし、ペットだってそれなりの躾はいるのだろう。犬以外に飼ったことはないから分らないが、ネコやハムスターは躾をしないんだろうな?

    「猫に小判」といい、値打ちの分らないものの例えだが、「何をしても効果や反応がない」との意味でも使われる。猫を飼ってる人は、「いいえ、そんなことはありませんよ」と思うかもしれないが、猫にうとい自分にすれば、ツンデレで、ジコチュウで飼いにくいと思うけど、それも猫好きには、「そんなことないよ」とか、「そこがいいんだよ」などと言っている。

    人もいろいろ、人格もいろいろあるように、猫もいろいろ、猫格もいろいろだという。長女のところで飼ってる猫は、まあ不思議というか、常に隠れて飼い主が見つけて引っ張りだすまで姿を現さない。引っ込み思案というより、ひきこもりだ。飼い猫というのは、もっと人懐っこいのではと思うが、まるで愛想はないし、ほっといてくれと言わんばかりだし、飼い主以外に体を触らせない。

    猫って喉の下をスルスルすると喜ぶが、飼い主が抱いてて、それを他人がやろうものなら、すぐに逃げるし、あれ以後二度と関わりたくなくなった。猫も猫なら人間も人間、媚びることもない。猫の性格がどうであれ、人間にはカンケーナイ、エイキョーない。猫に嫌われることは多いが、犬にはそれがないな。犬を見てると善人(善犬?)の固まりにみえる。

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    ところで夢の話だが、夢の科学的研究は進み、寝ているときのノンレム睡眠(深い眠り)とレム睡眠(浅い眠り)に関係することが分かっている。この2種類の睡眠状態は発達した脊椎動物である鳥類と哺乳類でみることができ、犬や猫でも寝ている間は2つの睡眠が繰り返されている。夢に他人はでてくるが、犬の見る夢にはご馳走以外に飼い主もでてくるのだろうか?

    「同床異夢」は例えであって、夢だけについていうなら、「同床同夢」はあり得ない。が、一度だけ朝に二人が同じ夢を見たことがあった。彼女からその話を聞いて、8割~9割方、同じ内容であったことに驚いた。相手が先に話したので、相手が自分に合わせたことはない。まさに「同床同夢」であった。「同床異夢」は、考え方や目的とするものが違うことの例えである。

    よって、こういう相手は世界に二人といない、相応しい相手だったのだろうか?まあ、相性というのは漠然と合致するというのではなく、互いが歩み寄って合わせて行くものだと思っている。恋人と相性が悪いから別れたなどというし、「性格の不一致」は離婚の代名詞のようにいわれるが、性格が一致するわけないだろう。そんなまやかしの言葉は止めてしまえ!

    といいたいが、方便だから何でもいい。いちいち人に説明することでもないし、説明できることでもなかろう。だから、「離婚の原因は結婚したこと」を方々に奨励している。もし、離婚を身近に感じたなら「背筋を伸ばす」できと思っている。離婚をネガティブに考えないで、ことに当たれば問題は解決するであろう。決して昔のようにダメな妻を追い出すことではない。

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    ダメな夫に三下り半を付ける離婚も多くなった。いい例が、東北大地震のときに増発した、いわゆる「震災離婚」と言う奴。妻子をほっぽらかして自分だけ逃げよう、助かろうとしたヘタレ夫のことだが、妻の一方的な言葉を鵜呑みにするなら、それでも男か!であるが、おそらく普段の日常生活で、妻が夫にどういう態度で接していたか、それにも関連するのではないか。

    夫を無視し、足蹴りにする妻を誰が助けたいものか。どっちにしても、こういう夫婦は、むしろ震災が離婚のいいきっかけになった。マスコミやメディアは状況だけを報じるが、そこに至る夫婦の内実を報じたところで、話題としては面白くないし、普通の離婚の経緯と何もかわらない夫婦の軋轢だったりする。だから、「震災離婚」とセンセーショナルに報じたのだろう。

    離婚には必ず双方に問題がある。これを押さえておかないと、被害者意識が充満する。人間は勝手なもので、何かあれば罪を軽減を狙ってズルく立ち回るものだ。何事においても、一方的な言い分だけ聞いたのでは、まるで違っている例は多い。どうしても自分を良くいうのが人間の心情というもの。中には、自分の悪い点、良くない部分に照準を合わせて話す者がいる。

    男に多いが、女にもいる。こういう女はできた女だと思わされる。何人かいたし、そういう女はやはり性格はよい。何事も端的に答を出そうとする女は多いが、明確な答とはそうそう簡単にでるものではない。なのにそれをやろうとするから短絡的になる。以前、離婚した知人がこのように言った。「妻は自分の身内の悪口ばかりいうんだよ」が、それが離婚理由とは言わなかった。

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    それを愚痴と言うんだろう。解決してこなかったのを棚に上げて、だから、いつまでもその事を言い続ける。そんなことを始めて言った時に自分なら、「二度というな」と言うだろう。それだけではない、妻にそのように言われないよう、思わせないよう、自分の両親にも注意、助言をすべきである。解決というのは、どちらか一方を何とかすればつくものではない。

    妻には妻の思い(言い分)があり、それをシビアにみないで「親の悪口をいうな!」では妻の気持ちは増幅するだけだ。こうなると妻は、「夫は姑の言いなりで、自分では何ひとつ決められない」と思うようになる。こんなことは当たり前だ。最も、自分は母と妻の性格を比べて100%妻を支持したが、姑のワガママさは目にあまるもの。特に性格的に問題がある母はなおさらだ。

    それでどういう事が起こるかといえば、息子と母親が険悪の場合、母親は嫁を味方につけようとする。女の浅ましさ丸出しだが、自分はそれで良しとした。母と妻がグルとなって結託したところで、妻が自分を母と同じ視点で見るはずがないからだ。自分は妻を味方に引き入れたいなどさらさらなかった。母と妻が上手く行けばそれでよく、所詮母は無視の相手であった。

    嫁と姑の問題は普遍的なテーマであるが、母と息子が仲が悪いのがいいとの結論を得ている。とはいえ、無理に母親と仲を悪くしたらいいというのではなく、妻は他人だからという事も考慮すべきで、マザコン夫であるなら妻はやってられない。マザコンが害悪というより、そこに嫁と言う他人が入ってきたとき、夫と姑(つまり母と息子)どうにも解決しがたい問題である。

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    夫が浮気をして、離婚を言い出したと相談を受けた女性があった。「夫の行為は許せない」と言いながらも、「日常、夫との会話もなく子どもべったりだった私にも責任があるんでしょうね」といっていたが、このように互いが非を認め、離婚にむけて妥当な話し合いをするなら、決して離婚自体は不幸ではない。起こった事は起こったこと、後は前向きに生きればいい。

    起こった事を恨んだり、嘆いたりの感情よりも大事なことがあるということだが、怒りや不満が先に立つ。人間は何かあったとき、問題が起こったときに、その人の本性がわかるというが、何もないときは本性を出す必要がないということであろう。という事で、今回から幾分少なく、スッキリ書くことにした。書き足りないなら翌日、翌々日に書けばいいこと。


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    離婚の経験はないが、離婚に至る状況はよく分かる。周囲には離婚体験者がうじゃうじゃいるが、離婚は決してイイことではないが、よくないことでもない。離婚した方がいいケースもある。日本の法(民法)は、婚姻の成立に法律上の手続を要求する法律婚主義を採用している(同739条)。実質的要件として当事者の婚姻意思の合致及び婚姻障害事由の不存在が必要とされる。

    また、形式的要件として戸籍法に基づく届出が必要とされる。この2つの要件が婚姻に必要だが、婚姻意思の合致という実質要件とは、親の決めた相手と強制的に結婚はできない。これは日本国憲法第24条1項にも規定されている。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」。

    婚姻が法で定められている以上、当然、離婚も法に従うことになる。つまり、法律に定める離婚原因にあたることが必要となる。これは裁判離婚においてであり、協議離婚の場合は夫婦で離婚を合意すればよく、離婚原因に何ら制限はない。いかに法といえど、嫌がる同士の婚姻継続を強いるのはバカげている。互いが合意し、離婚届を出せばその日から他人である。

    この場合の他人とは、「肉親⇔他人」という意味の他人であり、「自分⇔他人」という事ではない。よく「子どもは他人」と言ったら、「そんなことはないでしょう?」などといわれたが、自分以外は誰であろうと他人である。自分が作ったお人形なら、どんな服を着せようと、髪型にしようと自由だが、同じ発想で自分が作った子どもを自由にするのは間違っている。

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    人間が作った機械(コンピュータ、ロボット)が、製作者の意思に反して造反をするという近未来映画が象徴する怖さというのは、ある意味で警鐘であろう。作製した機械が思うように動かなくなる、まったく動かなくなるのを通常は「故障」というが、映画『2001年宇宙の旅』、宇宙船をコントロールするコンピュータの不制御は、故障というものではなかった。

    人間は遂に感情を持つまでの機械を作り出したが、果たして意思を持った機械が人間に造反するなど考えもしなかったということだが、それでこそ「意思」である。意思のない人間をロボットと例えたが、意思を持ったロボット(鉄腕アトムのような)は、人間と対等である。いや、それ以上の能力を発揮する尊敬に値するものである。ところが人間は機械を尊敬はしない。

    「すごい、すごい」とその優秀性を賛美、称賛するが、決して尊敬はしない。対等なコミュニケーションはできるけれども、やはりロボットとして見下している。それがアトムの苦悩であった。どんなに人間に尽くしても、自分は機械であるという被差別意識に苦しむ。が、映画『2001年宇宙の旅』のコンピュータHAL9000の造反に、人間は苦しむことになる。

    イメージ 3機械は人間のために働くように制御されているが、意思を持つというのは制御が利かなくなることだ。親が、子どもを制御できないのは当たり前で、だからといって「お前なんか生まれてこなければよかった」という親はバカである。「生まれてこなければよかった」と親に言われて苦しむ子どももいるが、自分はガキの頃からそんなことを言う親がバカに思えた。

    苦悩から生み出された子どもではない。快感作業ともいえる行為が主体で生んだ子を、「作らなきゃよかった」など茶番もいいところではないか。子ども時分にそんなことが分かっていたわけではないが、純粋に子どもを育て、可愛がる動物をみても、「生まれてこなければよかった」という親の言葉はおかしいのである。「そんな言い方ってある?」くらいに思ったのだろう。

    ハッキリ覚えてはないが、卑怯な言葉であった。親が子どもに「卑怯」をしていいものか?子どもだから通用するだのという「卑怯」を行使する親は、絶対に子どもに尊敬はされない。断じて子どもに「卑怯」はしてはならない。他人にしても非道な行為である「卑怯」を、肉親にすべきではない。権親は権威者として、子どもを従えさせるために卑怯なことをする。

    これらは、自分が「卑怯」を嫌というほど経験した事で培われたものだ。卑怯なことをされたから自分もする、そんなことを平気でいう人間もいる。意地悪されたから自分もする。悪口言われるから自分も言う。こういう人間は、物事の善悪を理性で判断せず、感情に支配されているだけだ。イジメはよくない、悪口はよくない、だから自分はしないとなるべきだ。

    だから、「自分も○○されたからする」。「人が○○するからする」。こういう人間が自分は嫌いであり、それでは言葉が足りないから「バカ」だと思っている。それくらい思うからしないでいれる。「人が○○するからする」って、なんと言う主体性のなさであろう。確かに主体性だけで人間は生きてはいけない。集団行動、協調というのは人と同じことを強いられる。

    形式、様式も必要であるが、そういう物に囚われない思考を育んだ自分のような人間もいる。物事を根本から考えるから、「人が○○するからする」がオカシイとなる。自分の頭、自分の価値観で考えれば、妄信的に人の真似はオカシイだろう。「猿まね」とは、知能の低い猿が、知能の高い人間を真似ること。そういう真似は価値があるが、人間の人真似は横着が多い。

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    自分で考えて決めるのが面倒くさいからという。食事に行ったときにある奴がこんな風に言った。「何食べる?」と聞いたときに、「お前と同じでいいよ」。初めてこの言葉を聞いたときには驚いた。「何でだ?」と聞き返すと、「考えるのが面倒くさい」といった。自分でお金を払って、自分が食いたいものを、人に決めさせるなど、自分の頭にはなかった。

    「面倒くさい」というのはこういうところにまで波及しているのか。これに関連して、最近ある事が目に入った。信じられないことだが、今の若者の3人に一人が、セックスに興味がないと言う記事だ。最も多い理由が、「面倒くさい」である。他にも「恥をかきたくない」、「2次元に嫁(恋人)がいる」、「生身の女は不潔で気持ち悪い」、「仕事で疲れてその気になれない」。

    「疲れてその気に…」以外は理解不能だ。「セックスはただじゃない。恋人にはお金がかかる」というまことしやかな方便もある。方便といったのは、恋人にお金がかかるから持たないなど、動物生態学的にいっても方便としか理解できないからだ。なぜ、このようになったのか?パソコンとインターネットの影響ではないかと思えるフシは多分にある。

    出会い系サイトは不倫の温床といわれるが、実はそうでもない。若い男女、それも中高生の出入りも自由である。ハードに規制をかける親もいるが、それも少数だし、規制をかけられた子どもに不満は増幅するのも事実。そういうは、防波堤の切れそうなところを探し、決壊したら一気になだれ込む泥水の如きである。今や「彼氏・彼女募集掲示板」には小学生が参入する。

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    実に簡単に異性が確保できる時代になったということだ。こういうところに出入りする男女は、間違いなく異性目当てであるから話の進展が早い。口下手でオタッキーな男でも女でも、顔の見えない文字会話ならそれほど苦労もない。などとイイこと尽くめの時代が異性やセックスに対する興味を失わせたのか?社会学的分析ではないが、異性に対する関心度は低くなっている。

    昔も今も異性はあふれていたが、ガードも堅く、目の前にいる女が露骨に異性を求めているような仕草は見せなかった。男の言葉に少しづつ鎧を取っていくしかないのは、結婚まで処女でいるべきという、純潔教育のたまものであった。異性がいとも簡単に手に入れやすくなった時代にあっては、地域を越えた場所にでもスタコラ出かけて行くが、様々な被害も生まれる。

    鹿児島から東京まで交通費をかけていけば、是非とも実入りを求めて女に食い下がる。静岡から熊本まで女子高生に会いに行った49歳のクソオヤジがいた。女子高生を殺して山林に埋めたが、あれはレイプをした口止めであろう。それ以外に殺す理由がない。この男は宿泊先のホテルで、50代の女性指圧師の手首をつかみ、自分の下半身を触らせ、強制猥褻罪で起訴されている。

    50代のババァに対しても強引な男である。女子高生を強姦し、再起訴されないように殺したと推察する。その辺りの供述のないままに8月20日、拘置先の熊本刑務所内で、廊下側の鉄格子に下着を結びつけ、座るようにして首を吊って自殺をした。ネットの中高年は、女とやれるなら全国どこにでも出かけて行くが、若い男にそんなバイタリティはないのだろう。

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  • 11/01/15--15:40: Walk, Don't Run


  • Walk, Don't Run」はザ・ベンチャーズの1960年のヒット曲。オリジナルではないが、彼らの地元シアトルのラジオ局が、ニュース番組のテーマ曲として起用したことから火が付き、ビルボード誌のヒットチャート第2位を記録した。この時の編成は後のリード・ギター、ノーキー・エドワーズがベース、後のベース・ギター担当のボブ・ボーグルがリード・ギターであった。

    ノーキーはバック・オウエンスのバンドメンバーとして、既にギタリストとしてのスタイルを完成させており、ノーキーに任せたほうがバンドの将来にプラスとのボブの判断による交代だった。初来日は62年、ボブとドン・ウィルソンの二人だけで、ベースとドラムスは日本人が担当した。なぜ二人だけ?理由は日本側が二人分のギャラしか用意できなかったため。

    ザ・ベンチャーズは日本でビートルズと並んで後の音楽業界に多大なる影響を与えたバンドであり、彼らの影響で多くのギター小僧が生まれ、何人かはプロになっている。2008年にはロックの殿堂入りを果たした。「Walk, Don't Run」の直訳は、「歩け、走るな」だが、日本語のことわざ、「急がば回れ」に相当の意味がある。「急がば回れ」の語源は室町時代にある。

    室町時代の連歌師宗長(1448年 - 1532年)に、「もののふの やばせの舟は早けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」という歌がある。「やばせの舟」とは、矢橋の渡しを意味する。「矢橋の渡し」は、東海道五十三次草津宿(滋賀県草津市矢橋港)~ 大津宿(大津市石場港)を結んだ湖上水運で、「瀬田の長橋」とは、日本三大名橋のひとつ瀬田の唐橋である。

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    当時、京都に行くには矢橋から琵琶湖水上を横断するルートが、瀬田の唐橋を通る陸路に比べて距離も身近く速いが、比叡山から吹き降ろす突風(比叡おろし)による舟の転覆など、危険なルートであり、それがこの言葉を生んだ。そのようなことも知らず、ザ・ベンチャーズの『急がば回れ』については、何で急いでいるのに回り道をせねばならぬのかと思ったもの。

    リスクよりも安全・確実を奨励しているのであり、リスクも何もないなら近道を行くだろう。とかく好いことには邪魔が入りやすいとした「好事魔多し」も、似たような意味だ。さて、ジョギングとウォーキングはどちらがいいのか…?といっても、目的があっての善し悪しだから、それによって違ってくる。例えばダイエット目的であるなら、どちらが効果的なのか?

    これについては、アメリカで30年間研究されてきた。誰が考えてみたところで、同じ時間(たとえば30分とか)継続できるのであれば、ランニングの方がウォーキングに比べて消費カロリーが多いのは自明のこと。それだけならジョギングに分がある。ところが、痩せる=健康体ということもない。そこでこの問題に対する結論として、「ウォーキングはランニングより健康的」である。

    ただし、「減量するにはウォーキングよりもランニングのほうがいい」としたのは、カリフォルニア州の「ローレンスバークレー国立研究所」のポール・ウィリアムズ氏。研究所では、米国で行われている「国民ランナー健康研究(National Runners' Health Study)」に参加した、3万3,060人のランナー、1万5,045人のウォーカーを対象に、6年間追跡して調査した。

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    参加者の年齢は18~80歳と幅広く、平均年齢は男性ランナーは48歳、女性41歳、男性ウォーカーは62歳、女性53歳だった。ウォーキングに取り組む人は、比較的女性の割合が高く、また肥満者や喫煙者が多かった。 調査の結果、ランニングとウォーキングには、どちらも高血圧、高コレステロール、糖尿病の発症を予防する効果があることが分かったが、減少率はあまり差が出なかった。

    ランニングを続けた人では、まったく運動しなかった場合に比べ、6年間に高血圧が4.2%、高コレステロールが4.3%、糖尿病が12.1%、それぞれ発症が減った。ウォーキングを続けた人では、高血圧が7.2%、高コレステロールが7.0%、糖尿病が12.3%、それぞれ発症が減った。「ランニングもウォーキングも有酸素運動であり、どちらも健康増進効果を期待できる。

    運動強度的にはランニングの方がウォーキングよりもが高いが、運動する時間を調整することで、効果を同等に高めることができる」。と、ポール・ウィリアムズ氏は話す。運動強度の違い、体への負担など、それぞれの長所・短所を理解したうえで行うのがいい。ランニングのような激しい運動は、足首、ひざ、腰に大きな負担がかかり。肥満体はウォーキングの方が無難である。

    また、体力に不安のある人は、強い運動を短時間行うよりも、軽い運動を長時間続けた方が疲労感は少なく、トータルで消費エネルギーを増やすことができる。 「他人とおしゃべりしながらできる程度の軽いウォーキングからはじめても、運動の効果は期待できます。自分に合った運動強度をみつけることが大切です」とクリニックのジェラルド フレッチャー氏は強調する。

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    自分は体力に自信はあるが、年齢的な心肺機能の衰えはあり、足腰に自信はあるが、無理をしてまで脈拍を上げるメリットはなにもない。30km近く歩いても足がだるい、腰が痛いというのはないが、ジョギングを数分続けると鼓動が激しく、胸に痛みを感じることがある。これはスポーツ医学の見地からいってよくない。たまに走りたい気を抑えて、そういう時は速足で歩く。

    時たま斜面を駆け下りるが、これは尿管結石を落すためだ。9月7日に結石が見つかり、医師は、「大きさからいって自然排出は無理でしょう」といったが、ならばやって見せようと逆らってみた。それで、10月中旬に問診にいくと、「数センチですが、動いてます。10mm超の石が動くのは珍しい」というので、「後、膀胱まで数センチ、頑張って見ます」と言ったものの…

    水を2リットル以上飲むのは、今の時節は苦しい。もっぱらトマトジュースを飲んでいるが、最近、ふとした事でトマトジュースを飲むようになった。トマトも好きではなく、したがってトマトジュースも好きではなかったが、ふと目に止まった記事で、カゴメ「あまいトマト 糖度10」と言うのが美味しいらしい。試しに飲んでみたが、嫌なトマト臭がまるでない。 

    人によっては、「人工的にトマト臭を消していて、トマトジュースらしくない」との批判もあるが、トマト嫌いには画期的だ。ただし、濃すぎるというのかドロドロ感がある。そこで考えたのは、さらさらトマトジュースとの混合である。いろいろ吟味し、伊藤園の「熟トマト」がさらさらであり、それを3割程度加えて自分用オリジナルトマトジュースを作り、愛飲している。

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    トマトジュースの人気度を見ると、伊藤園の「理想のトマト」が人気が高い。これも飲んでみたが、トマト臭がトマト好きにはいいだろうが、トマト嫌いにはカゴメの「あまいトマト」に軍配があがる。てなわけで、10月の成果を以下記す。常に万歩系を持ち歩いているのではなく、純粋にウォーキングに出るときだけの歩数である。425974歩、走行距離291133mとなった。

    市街地を歩くので、分速87~88程度が普通の速さだが、時たまスーパーに入って店内を歩くので少し下がる。26日は、郊外の遊歩道を早足で歩いたが、それで分速97mであった。この速さで1時間はジョギング並みにキツイ。分速100mは行くと思ったが、その速度で1時間はまず無理と分かった。データを気にすると無理をしがちなので、マイペースを損なわない。

    31日は女性とゆったり歩いたが、それで分速77mであり、これが普通に散歩する速さと理解した。マラソンランナーは42.195kmを2時間10分で駆ける。これは約時速19.5kmのスピードである。江戸時代の飛脚で、最も速い「継飛脚」は、幕府の公文書等を請け負った。重要な書状・荷物を入れた「御状箱」を担ぎ、二人一組で宿駅ごとに引き継ぎながら夜通し運ぶ。

    江戸⇔大阪の片道550kmを、およそ3日で移動する速さであった。10月のウォーキング総距離は291.133kmだから、広島~大阪282kmを少し越える辺り。飛脚の体力は異常という他ないが、旅人にしろ、なんにしろ、歩くのが当たり前の時代である。バイクもクルマも鉄道も知らない彼は、歩くことに不足はなかったろう。物も便利も有り余る時代ゆえに、我々は不足を言う…

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      2日  31013歩  21088m  87m/分
      4日  14723歩  21652m  86
      6日  26009歩  17686m  87
      7日  30937歩  21037m  86
      10日 25756歩  17514m  83
      11日 24761歩  16837m  86
      14日 21006歩  14284m  90
      15日 19163歩  13030m  89
      16日 17394歩  11827m  92
      17日    5173歩    3493m  81
      18日 18784歩  12773m  81
      19日 17386歩  11822m  86
      20日 24658歩  16767m  89
      21日 30671歩  20856m  88
      22日 25507歩  17344m  82
      26日 14908歩  10137m  97
      27日 10390歩    7065m  89
      28日 25119歩  17080m  87
      29日 18504歩  12582m  89
      30日 12571歩    8548m  89
      31日 11542歩   7848m  77
     
       Total  425974歩  291133m 

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  • 11/03/15--16:56: 人間は機械の奴隷

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    「究極、人間は機械に嵌められる」という仰々しい表題の記事を10月31日に書いたが、人間は機械を利用しているようで、その実、機械に利用されてると思うこと多し。真っ先に頭に浮かぶのは道路の交差点などに設置してある信号機である。時々、信号待ちをしながら思うのは、確かにあると便利ではあるが、果たして絶対に守らなければならないものとは思えない。

    もちろん、クルマの往来の多い交差点になくてはならないものであるけれども、見渡しのよい交差点で、対向車も左右にも全くクルマの姿がみえない赤信号でも、守らなければないらい法令になっているが、そういうときは赤信号でも発進することがある。じっと守っている自分に疑問がわくからだが、パトカーや警官が隠れて見張っていれば当然信号無視となる。

    法令違反は確信犯だから仕方がないとはいえ、警官に「まったく安全と思った。これでは信号機の役割をしてなくない?」などと言っても通じないし、「決まりは守れよ」というだけだから言いはしないが、便利な場合もあっても機械ゆえにバカである。アメリカ人が信号を守らないで道路を横断するのを、「有能な人間が無能な信号機に従う理由はない」と聞いたことがある。

    能力を発揮しているように見えて、機械的に往来を仕分けしているだけで、便利なときは従えばよい。あくまで人間の判断が正しいはずだ。とはいえ、バカな人間もいるから、機械に従っていれば…ということ。横断歩道にも信号機はあるが、道路横断は法律で歩行者優先と決められている。なのになぜ横断歩道に信号機がある?無謀な人間がいるからだ。

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    が、こういう事もあり得る。もし、小学生が道路を50m走のようなスピードで走って来、そのまま横断歩道で停止もせずに渡ったらどうであろうか?これはもう、危険極まりない状況であり、小学生はクルマに跳ね飛ばされる確率が非常に高い。歩行者優先とはいっても、物事には流れというものもあるし、「優先」が「安全」とは限らないの好例であろう。

    横断歩道は歩くもの、駆けてはならないという決まりはないが、ドライバーの目に駆けてくる小学生が見えたら、横断歩道の前で停止しなければならないと決められている。だから、徐行運転が必要となる。徐行の定義は、いつでもすぐに止められる速度。忘れてるドライバーもいるが、クルマは横断歩道の手前では徐行しなければならないと法令で決められている。

    ところが、横断歩道を渡る人がいないと確認できたら、徐行の義務がないとも定められている。これってオカシクないか?この、"必ずしも徐行しなくてよい"ということと、どんな時でも一旦停止できるようにしなければならない、というところにはどう考えても矛盾がある。したがって、この矛盾をすべて解消するためには、信号機をつければよいとの結論である。

    これなら歩行者が横断する時は車両を確実に停められる。おまけに、横断歩道に赤信号が出ている時は、車両は徐行の義務がないので、普通に走行できる。それでも横断歩道上の事故が多いのは、歩行者にもドライバーにも問題があるのだろう。人もドライバーも注意義務を持し、さらに信号機設置というダブルセイフティが、大きく事故を防止しているのは事実。

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    交通安全の確保のため、新設と更新に力を入れてきた信号機について、2011年11月、警察庁は必要性が低くなったものについては 「撤去」を検討を都道府県警に指示している。財政難で老朽化する全国約20万基の信号機の更新が進まず、このままでは信号機の半分を撤去せざるを得ない。警察庁は更新に全力を挙げる一方、撤去の検討という新方針を打ち出した。

    機械に従うことに慣れた人間に、いまさら便利な機械を取り除くとどういう事になるか?もちろん、注意義務が増すことになろうが、ダブルセイフティの一環が取り払われることに、危惧がある。自分は、クルマ往来の多い交差点で信号機は必須だが、見通しのよい横断歩道の信号機は煩わしうと感じているし、撤去は賛成だが、機械慣れした人間への不安はある。

    警視庁の言う、「必要性の低くなった信号機」は、廃校となった小中学校の周辺交差点などを想定している。「人口が頭打ちとなっており、これまでのように信号機を大量に新設する必要はない」と指摘。その上で「交通量にも配慮しながら必要性の低い信号機を撤去し、新たに必要性の生じた交差点には新設する」など、メリハリのある施策を提言した。 

    しかし、いったん設置した信号機の撤去には、地元住民からの反発も予想されるだろう。信号機が安全なのは言うまでもないが、機械に頼ることで人間の思考がおろそかになるのは事実である。つまり、人間の思考が機械的になる。掃除、洗濯、飯炊など、一切を機械に頼っている。もし炊飯器が故障すればガスで炊く?ガスレンジとて機械であるが、おそらくコンビニか?

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    「はじめチョロチョロ、中ぱっぱ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、赤子泣いても蓋取るな。」を知る世代も減少した。自分ら世代も意味は知るが、かまどでご飯を炊いたことはない。電気炊飯器の第1号を作ったのは東芝で、おいしいご飯が炊ける原理を科学的に解明し、試作を繰り返して1955年に発売された。冷蔵庫、掃除機、洗濯機、電子レンジの国産第1号も東芝である。

    まさに白物家電のパイオニアであった。電子レンジという名称は、1961年12月、急行電車のビュフェで東芝の製品をテスト運用した際に、国鉄の担当者がネーミングしたのが最初とされ、後に一般的な名称となった。家電や半導体のみならず、重電機、軍事機器、鉄道車両などの重工業分野にも事業展開をしており大手重電4社(日立、パナソニック、東芝、三菱電機)の一角であった。

    その東芝が、7年間に渡り不正な会計処理をし、1562億円もの利益の水増しが発覚した。過去にも企業の利益水増し問題はあった。2005年カネボウ、2006年ライブドア、2012年オリンパスが不正な会計処理でトップが逮捕されている。ライブドア事件の当事者堀江貴文氏は、「東芝の経営陣は逮捕されないのでは?」と言うが、これだけの事件で旧経営陣の逮捕は必須だろう。

    こういう問題で重要なのは責任の明確化であり、当時の経営陣の責任を明らかにしないで信頼回復などあり得ない。収益性が低い事業からの撤退など構造改革も進めることで、経営の立て直しを急ぐ方針のようだ。その一貫として10月28日、「CMOSイメージセンサー」の設備などを来年3月までにソニーに売却することが発表された。売却額は200億円程度とみられる。

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    同事業の売り上げ規模は2014年度に約300億円だったが、同センサーの開発担当者や従業員など、約1100人がソニー側に移籍する方向で調整するようだ。また、照明機器などに使用される白色LEDも採算が悪化しており、この事業からの16年3月期末までに撤退も発表された。撤退に伴う費用は200億円程度の見込みという。まさに「驕れる平家」という言葉が思い出される。

    白物家電業界第2位の東芝には"ブラック"の噂が就職業界から絶えなかったのは、東芝の社員(特にブルーカラー)に対する労働環境が極めて酷烈であることが原因らしい。半導体部門は入社した人間の48%が離職との数字があった。東芝・過労うつ病労災・解雇裁判もあった。平成16年の解雇無効確認等請求事件。この判決が2008年4月22日午後、東京地裁619法廷で言い渡された。

    原告重光由美氏は裁判中に以下の所感を述べている。「今後も東芝は、会社に不利な証拠隠し・偽造資料の提出・証言での同僚の口裏あわせなど考えられ、徹底的に抵抗してきそうで、裁判は非常に難航が予想されます。本当に東芝は何をするかわからない。従業員は何をしても良い対象なのでしょうか。改めて東芝の、企業としての姿勢が問われるのではないかと思います。

    私は東芝に第一希望で入社したのであり、東芝の技術者であることは、私にとっては一応誇りであったのですが。東芝はこれ以上、私を失望させないで欲しいです。今後の東芝の誠意ある対応に期待したいものです」。東京地裁において、うつ病に罹患したのは過重業務が原因であるとし、解雇無効の原告全面勝訴判決が言い渡された。重光さんは判決後に以下のコメントを出す。

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    イメージ 6「解雇・提訴から3年半、大変長く険しい道のりでした。判決内容は、私としては全く当然の内容ではありますが、労災が不支給になった事、途中何度も症状が悪化したことなどを考えると、全面勝訴する事ができた事を大変うれしく思います。ただ、私が受けた苦痛を考えると、慰謝料が低い事が残念です。日本の慰謝料のあり方については、問題があるのではと思いました。先日3月14日に、同じ職場で私が休職した3か月後に自殺した同僚も労災と認められました。東芝は、今回の判決を真摯に受けとめ、同じ職場で2名自殺、1名がうつ病休職した訳だから、当然職場に問題があった事を潔く認めて反省し、控訴などせず、2度とこの様な悲劇が起きないように環境改善を行う事を強く望みます。」この声を東芝は耳に入れていない。


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    オリックス・グループの宮内義彦会長はこのように言う。「人間は評価が高まれば、驕りやすくなるものです。驕りを持って尊大になればどんな能力と実績があっても決して尊敬されることはありません。自信と誇りは持ち続けるべきですが、相手を尊敬する謙虚さを忘れないことが大切で、それが本当に高い評価と信頼を得ることにつながります。」

    不正会計事件に揺れる東芝は、7月21日、田中久雄社長は自らの辞任を発表するとともに、佐々木則夫副会長と西田厚聰相談役も辞任を発表した。合わせて7月29日、執行役8人の7~9月の月額報酬を40%返上すると発表した。田中社長は第三者委員会から7月20日夜に調査報告書を受け取った際、「室町正志会長を中心に再発防止策に取り組む」と説明した。

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    田中氏の後任として、社内の特別調査委員会委員長を務めた室町氏が社長を兼任することになった。室町氏は社内では「西田氏の子飼い」と評されている。西田厚聰氏は早稲田大学第一政治経済学部卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。学生時代にイランから来日していた女性と結婚、大学卒業後にイランに渡り現地企業と東芝の合弁会社に入社。

    その後東芝に移り、東芝ヨーロッパの上級副社長や東芝アメリカ情報システム社の社長を経て、東芝のパソコン事業部の部長に就任し、東芝のパーソナルコンピューター事業を興した功績者の一人。西田社長時代に始まったとされる不正会計であり、西田こそ東芝を殺した張本人である。敏腕経営者として彼には多くの名言があるが、今となっては屁のように消えた言葉。

    ◎「リスクは冒します。しかし、ビジネスは賭けではありませんから、決して無謀なことはしません。」

    ◎「自分の任期中に成功させる事業だけを考えていては駄目なんです。自分の任期を超えて、事業を持続的に成長させなければいけません。5年先、10年先を常に考え、結論を導き出し、決断することができるのは社長以外にいませんから。」

    ◎「半導体は3年で投資が回収できなければ成り立たない事業です。原子力は20年から30年のタイムスパンで収益性を考えなければいけない事業です。事業に応じたスピード、経営の判断基準があるのです。」

    ◎「経理を学んで一番大きかったのは、事業というのは頑張れば利益が出るし、成長するものだという会社の根本的な原理を教えられたことです。」

    ◎「勉強していくうちにどういう経理のやり方が会社にとって有益なのかがわかってきましたし、東芝本社との経理のやり方の違いなど、気付くことが多かった。あの時学んだことが私のビジネスマンとしての方向性を決めたと今でも思っています。」(あの時とは東芝イラン現地法人の社長補佐をしていた当時、経理を独学で学んだ時代のこと)

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    よくもヌケヌケと言えたものだ。己の任期を超えて、5年先、10年先にツケと汚点を残した張本人が言う言葉か?独学で経理を学んだことが有益だなどとんでもない。「荒法師」とか「ミスター合理化」と呼ばれた、"メザシの土光さん"こと土光敏夫氏が石川島播磨重工業の社長から、当時実質経営破たん状態の東芝の社長に迎えられたのが1965年。

    土光さん以外に東芝の再建はないとまで言われていた。東芝には名門意識や驕りが会社の空気として蔓延しており、役員ら経営陣すら危機感を自らのものとして捉えていなかった。土光さんは就任早々の訓示でこう語る。「経営の責任は社長にある。社長が偉いわけでも大きいわけでもない。ただし、己の持ち場でひたすら働く者を尊重したい。

    社員はこれまでの3倍頭を使え。重役は10倍働け。君たちだけを置き去りにはしない。自分はそれ以上に働く」。土光さんはそう宣言し、宣言通り誰よりも働いた。毎日7時には出社した。会社の始業時間は午前9時から夕方5時までとなっている、朝の7時から始業時間の9時までは、「誰でも自由に俺の部屋に入って来い」と言って、社長室をオープンにした。

    土光社長はドアを開けて入って来れば、平社員でも対等に話し合った。自分が早朝出勤しても決して部下には強制はせずも、社長が7時に来ているのに部下たちが9時に出社するわけにはいかず、重役や幹部社員の出社時間も早まった。土光さんは自ら率先垂範することで、東芝から「重役時間」を追放した。トップの交代で組織が「一気に」変化はない。

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    トップ次第で少しずつ部下の心に変化が生じる。トップが替われば生え抜き役員の心も変わる。役員が変われば幹部社員やその部下にも変化のさざ波が起こる。1965年に再建を依頼され、翌年の1966年に再建に成功、土光さんは東芝の黄金時代を築いて行く。しかしながら土光さんの「モーレツ経営」は東芝の体質を変えるまでには至らず、1972年に会長に退いた。

    現在の東芝は、いつか来た道のように、ダメ会社になろうとしている。行動よりも口ばかりの経営陣、最大の責任者である田中久雄前社長、佐々木則夫前副会長、それに西田厚聰元相談役の歴代の3人の社長ら旧経営陣については、土光さんの言葉を借りずとも責任は免れない。不正会計によって会社に与えた損害の賠償を求め、提訴すべきであろう。

    会社は株主のもので、粉飾決算は投資家に対する背信行為である。これは株主から資金を騙し取る詐欺行為であり、株式公開している企業は絶対にやってはダメだ。東芝の粉飾の手口は、作為的な損失の先送りで利益誘導していたというが、見栄っ張りでバカがトップに立つと、在任中に赤字決算を出したくないと体裁を繕うために、こういう事をやる。

    歴代経営者3人が辞任するというまさかの展開の東芝不正会計問題だが、バカがトップに立ったと結末なら辞任は当然である。メディアの報道はこぞって東芝をエクセレントカンパニーとし、われわれも東芝は歴史的、規模的に超優良企業とみていた。が、こういう問題が起こってみれば、東芝はエクセレントではなかったということの驚きである。

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    一連の問題は、バカなトップ、言い方を変えると無能なトップ、さらに言葉を和らげると資質に問題のあったトップ。が、それだけではない。このような不正を許してしまう企業の問題点が浮き彫りになった事の驚き。中小企業の会社の質は経営者によって左右されるし、ダメ会社の経営者は、いくつか共通する罠に陥っている。が、こともあろうに東芝のような大企業が…である。

    それも経営トップが自ら主導して決算内容を操作をし、数字の見栄えをよくしようとした。なぜこのような背信行為的誘惑に経営者は陥るのか。「四大証券」の一角にあった山一證券が、不正会計(損失隠し)事件後の経営破綻によって廃業したのが1997年、簿外債務(貸借対照表に不記載の債務損失)は、国内で1583億円、海外で1065億円にのぼっていた。

    カネボウが粉飾決算で解散決議したのが2007年。1996年3月期から2004年3月期まで9期連続の債務超過となり、粉飾決算は2000億円超であった。倒産前のカネボウは取引企業と循環取引という手口で、粉飾決算を積極的に行っていた。カネボウは1887年創業、山一證券は1997年創業の老舗企業である。東芝はさらに古く、1875年創業となっている。

    カネボウも山一證券も粉飾決算との言い方だが、東芝にあっては明らかに同様の手口であるが、なぜかメディアもマスコミも粉飾決算の言葉を使わず、「不適切会計」という意味不明の表現を使っている。粉飾決算とは会計用語の一つで、会社が不正な会計処理を行い、内容虚偽の財務諸表を作成し、収支を偽装して行われる虚偽の決算報告を指す。

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    当時の田中社長は幹部らに早朝の電話やメールで「何で予算を達成できないんだ」、「売上高、利益をもう少し上げろ」などと強く要求。損失計上の先送りを促すようなメールなども見つかっていた。この歴代トップによる過剰な要求が巨額の利益かさ上げをもたらした格好だが、あくまで不適切会計であり、粉飾決算呼ばわりは不適切表現という。

    しかるに不適切会計が仮に悪意無き過ちだったとしても、利益かさ上げ額が2,000億という規模を考えれば、悪意の有無などもはや問題ではないと思うが、いかに東芝が、「粉飾決算など意図してないし、単にマチガイでしたごめんなさい」。と言い、「承知しました。粉飾決算でなく、不適切会計ですね」とメディアは言っているようなもの。

    「東芝日曜劇場」のせいでもないだろうが、東芝は新聞社やテレビ局にとって広告やCMをたくさん出しててくれるお得意様だし、粉飾決算の疑惑があるものを不適切会計と言ってしまうのも無理からぬことか。ホリエモンのライブドアは、粉飾決算+上場廃止+実刑であり、比べて東芝は不適切会計のお咎めナシなら、ホリエモンの怒り骨髄に達すであろう。

    「粉飾」は法律用語ではなく、ホリエモンのいうように、刑事告発されたかどうかで決まるわけでもない。有価証券報告書に事実と異なる数値を載せることを不正会計、粉飾決算と言う。今回多用された「不適切会計」という言葉の方が不自然。まあ、 「不適切」はいかにも法律違反や犯罪行為ではなく、意図して行ったものではないとのニュアンスを醸し出す。



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  • 11/05/15--19:48: 歩数計って…

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    一般的に万歩計といわれる歩数計だが、なんと100円均一ショップで売られているという。腰に装着するタイプ、ポケットに入れるタイプ、手首に装着するタイプ、ネクタイピンやベルトに内蔵させた物の他に携帯電話端末に歩数計の機能が付いた物もある。歩数を測定する機器だが、体重・性別・年齢などを入力することで、運動消費量をカロリー表示もできる。

    まら、運動時間、脂肪燃焼量、平均速度、歩行距離など、1日の運動強度がグラフに作成されて便利この上ない。このような歩数計はずいぶん前からあるのだろうが、利用するようになって始めてその便利さ、斬新さに感心する。適切なウォーキングのピッチを教えてくれるが、マラソンランナーも腕時計式距離計で、1kmごとのピッチを見ながら走っている。

    歩幅を入力して歩行距離を表示するものなど多機能化している。これらの表示で当初は消費カロリーの少なさには驚くしかなかった。今は数字に慣れたが、分速90mの速足で、5~6時間歩いたとしても1000kcal程度で、これはカツ丼1ッパイ程度の消費にしかならない。室内用有酸素運動系機器にはランニングマシン、エアロバイク、クロストレーナー等がある。

    あれらのマシンにもカロリー消費量が明示されるが、数分のランニングでも「ショートケーキ一つ分くらいしか消費できません」というのを耳にする。クロストレーナーは1時間で700kcalの消費があるという。ランニングマシンには、「エアロバイク」と「クロストレーナー」があり、エアロバイクの効果は、心肺機能、筋持久力の向上、短時間での体脂肪の消費。

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    クロストレーナーの効果としては、全身持久力の向上や体脂肪の消費などから、エアロバイクはスピードトレーニング、クロストレーナー はスタミナトレーニングということになる。走る能力は、スピードとスタミナで向上するので、この2種類のトレーニングをすることで、どちらの能力も鍛えられるわけだ。それもテレビなどを観ながら手軽に室内でできる。

    人間の横着さの極めつけの機器ともいえる。ウォーカーなどの機器で自宅で歩行する人も多いが、自分はこれでは続かないと判っている。理由は、外の景色、外の空気、道行く人々がウォーキングの醍醐味である感じている。ソニーのウォークマンの発想も、室内から音楽を外に持ち出すことだった。確かにあれは画期的な発想・発明であるが自分は持った事がない。

    人に借りて耳にあててみたが、当時の自分はオーディオマニアであったから、ヘッドフォンで聴く音では満足できなかった。オーディオマニアというのは、もちろん音楽愛好家であるが、実は「音派」と「音楽派」に分かれていた。「音派」はあくまでも電気信号の忠実な自然音再生に拘り、「音楽派」はそこまで音に拘らなくても、まあ好い音であればいい。

    したがって、ウォークマンは「音楽派」にはこの上ないツールであったろうが、「音派」は、生活音などから一切遮断された室内で、高価なアンプやスピーカーから出てくる音に酔うろいうスタンスが、無常の喜びであった。そうした「音派」のオーディオマニアの夢は、こぞって防音室完備のオーディオルームであったろう。が、金持ちの道楽ともいわれた。

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    ミュージシャンとウォークマンの出会い、感想はさまざまあろうが、藤井フミヤはこんなことを書いている。「ウォークマンとの出会いは1979年、高校生の頃。友達がバイト代をはたいて買った初号機のウォークマン(TPS-L2)を借りて聴いたんだ。一番驚いたのは、ヘッドホンをつけて音を聴いた瞬間。「なにこれ!うちのステレオよりいい音じゃん!」ってビックリしたよ。

    それまで家の外で、しかもステレオで音楽を聴くことなんてなかったからね。うわーっと世界が広がっていく感じがした。そのくらいインパクトがあったよ。今で言うと、何を手に入れた感じなんだろうな……。いや、やっぱり、こんなにインパクトのある体験は、なかなかないよね。ウォークマンの魅力は、やっぱり自分の好きな音楽を持ち歩けるところだよね。

    今となっては多くのことが「ながら」であるのはあまりに普通のことだけれども、当時は全然普通じゃなかったんだ」。フミヤは自分らより一世代若い1962年生まれ。「そうか、ウォークマンが発売されたとき、彼は高校生だったのか…」。自分はウォークマンを買っていない。買おうとした記憶もない。決定的な理由は、「ながら族」ではないからだ。

    「ながら族」とは今では死語。ラジオや音楽を聴きながら勉強したり、TVを見ながら食事をするといった ように、何か他事をしながらでないと集中出来ない人をいう。こうした症状を日本医科大学の木田文夫教授が「ながら神経症」と名付けたことから生まれた。死語になった理由は、今では「何かをしながら何かをする」ってのは、当たり前になったからか。

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    携帯はいかばかり普及したころ、マックや吉野家で食事しながら電話をする光景に驚いた。固定電話時代にはあり得ない光景である。「何かをしながら何かをする」ことがまるでできない自分は、ある事に集中すると、その事で頭がイッパイになるし、そういう自分は不器用な人種と思っていた。ただ一つ例外は、「うん」をしながら本を読むことだが…

    まあ、「うん」は集中して致すものではないから、無常に手持ち無沙汰を感じる行いである。当時「ながら族」は問題視されていたが、近年、「ながら族」のほうが効率のよい頭の使い方をしているといった見解や脳の活性化に良いという意見もある。という事は、自分は効率のよい頭の使い方をしていない「種」であろう。効率より集中するほうが好きのようだし。

    よってウォーキングの際は、ウォークマンもiPodもいらないし、あっても邪魔になる。さて、11月に入って今日で6日、ウォーキングも習慣化すると、ドーパミンが放出され、しないでいられなくなる。ドーパミンの役割を簡単に言えば、「快感や多幸感を得る」、「意欲を作ったり感じたりする」、「運動調節に関連する」といった機能を担う脳内ホルモンのひとつ。

    脳の中にはおよそ1兆個の神経細胞があり、そのなかにはドーパミンにしか反応しない神経も存在する。この神経は快感を伝達する神経といわれ、「ドーパミン作動性神経」と呼ばれている。「ドーパミン作動神経」は主に快感を得たときに活躍する神経であり、逆を言えば、ドーパミンを分泌させること=快感を得ることでもある。脳内麻薬といわれる所以だ。

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    「何かに夢中になってしまって、食事をするの忘れた!」こういう経験は誰にもあると思うが、人間は、快感を得ているときや、精神活動が活発に働いて物事に集中しているときには空腹感を感じない。映画に感動してるとき、スポーツしているとき、観てるとき、恋の相手を思っているときなど、ドーパミンが大量に分泌されると、食欲が抑制されるようだ。

    ドーパミンは"生きる意欲を作るホルモン"。極端に言うなら、人間はドーパミンを分泌させることを目的として生きているのかも…。逆に精神的ストレスを感じると、コルチゾルというホルモンを分泌させる。これは脳内のあらゆるホルモンの活動性を低下させる。当然のことストレスはドーパミンの分泌を低下させるが、快感を得ているときにはコルチゾルは分泌されない。

    思うことを誰に遠慮することなく書き、ウォーキングに快感を感じるのもドーパミンのご利益だ。じっとしてはドーパミン、動きまくってドーパミン、ストレスなどここ数年来感じたことがない。今日は天高く馬越ゆる秋晴れだ。さて、20000歩くらいを予定している。とりあえず、1日~5日までのウォーキングデータは以下の通り。(6日のデータは本日夕刻に加筆)

     1日 13315歩  9054m 83m/分
     2日 17468歩 11878m 91m
     3日 28154歩 19144m 89m
     4日 46762歩 31798m 93m
     5日 17689歩 12028m 91m
     6日 19799歩 13463m 89m

    4日の46762歩は、9月25日とまったく同じルートであったが、少し歩幅を大きくしたので、前回の47330歩よりも568歩少なくなっている。したがって歩行距離も、32184m⇒31798mと、386mも少なくなった。これは距離計測が歩幅でなされるための致命的欠陥だ。実質歩行時間は339分だが、分速93mの速さ(前回は86m)で連続5時間以上はきつく、さすがに足が疲労した。

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    一昨日の記事の表題「人間は機械の奴隷 」ではないが、歩数計の数字にあまり一喜一憂しない程度に、あくまで歩いた結果を見る程度に、できたら機器を人間が利用すべきであろう。偏差値の奴隷になる事の悲哀も、機械の奴隷になることも、つまり、数値の奴隷になる人間の儚さをみる。日々幸せを感じられる生き方とは、年収でもなく、地位やキャリアでもない。

    人生を楽しむ柔らかい思考とは、外部に影響されない自らの心と体の調和である。現代人は、競争社会、競争原理にどっぷりつかって、気付かないうちに社会や時代の価値観にしばられて自分自身を評価している。「本来の自分はどんな人間か?」を問うこともせず、周囲や機械に迎合する。ありのまま良さ、素朴であることの良さに気づくべし。


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    東京時代の友人と電話で話していたとき、何かのことで「お前には感謝してる」と言った。すかさず自分は、「感謝してるならクルマの一台でも買ってくれよ」と冗談いうと、「軽の中古でいいか?」という。「感謝される覚えは何もないが、かわいい女でも紹介したのか?」というと、「お前のキツ~い一言がいつも自分の頭にあった。支えになった。おかげで今の自分がある」というのだった。

    彼はデザイン事務所をやっているが、美大や専門学校は出ず、普通大学の法学部。そんな彼があるとき、「デザイナーになるのが夢」と自分に言ったらしい。「『アインシュタインは、物理学者になるためには靴磨き屋になれ』と言ったくらいだから、好きな道に邁進するためには畑違いである方がいいんだろうな」と、自分が言ったという。記憶にないが、それくらいは言いそうだ。

    「そんなことのお礼か?」、「違う。その後お前がこう言った。『夢を追うのはいいが、お前は何を犠牲にするんだ?誰でも夢を持とうだの、信じれば夢は叶うなど、ガキの標語なら聞きたくないぞ。何かを犠牲にしないで夢が叶うなんてあり得ないと思っている』といったんだな。この言葉に目を醒めたし、頭から離れなかった」という。「ほ~。覚えてないけど言いそうな言葉だな」。

    実際記憶になく、自分的には日常的な会話言葉である。「お前はキツイことを言うよな」と、よく人に言われた。相手にキツイことを言うのは意地悪でもなく、それが相手にとってキツイ言葉であるとも思わずに言う。が、「キツイ」と思うからには良い忠告になっているということだ。「良薬口に苦し」とは、忠告の言葉は聞くのが辛い、ということだから。キツイは辛いの範疇であろう。

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    少女マンガや子どもの絵本に、「夢は信じれば叶う」とある。だから、信じつづけることが大事よいうが、嘘だと思ってた。子どもに夢を与える言葉だが、自分は子どもの時から、「夢」などというのは大人を喜ばせる言葉と思っていた。小学校の卒業文集に、「僕の夢は天文学博士になること」と書いたが、漠然とした子どもの夢で、叶えようとか、叶えたいという気はまるでなかった。

    それを書いたときの気持ちはうっすら覚えている。岡山県の倉敷天文台の本田実という人が、本田彗星を発見したとおお騒ぎになった。天文学博士というのは子ども心に、大きな望遠鏡で、土星を観たり、火星や木星を観たりすることくらいしか頭になく、彗星を見つけることのどこが面白いのかまるで分からず、彗星発見の功績がどんなにすごいのかも感じていなかった。

    本田実氏(1913年生まれ)は、1930年頃に、東京天文台の神田茂著『彗星の話』を読んで、彗星発見を決意した人。彼はアマチュア天文家で学者でも何でもないが、生涯に彗星12個、新星11個を発見した正真正銘の天文ファンである。小学生の自分は彗星を図鑑で知る程度で、本田氏のように彗星発見を決意したなどもなく、天文学博士などはお茶の水博士気分であった。

    宇宙に興味を持ち、毎夜天体望遠鏡を眺めていたこともあったし、文集にそのように書いただけで周囲から、「すごい、すごい」と言われた。が、正直、夢でもなんでもなかった。自分は子ども時代から教師に公言したり、他人に口にしたり、作文に書いたりするような、そんな夢などはまったく持たなかった。だから、「天文学博士になるのが夢」というのは大嘘であった。

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    他人にいえるような夢ではないが、子どもの頃に「願い」を抱いていた。それは親の呪縛から解き放たれること。現実に闘争していたので、漠然とした夢というより、この状況から逃れたい、逃れるのが何よりだったし、それくらいに母親に対する精神的な抑圧があった。毎日争い、言い合いをし、喧嘩をするが、反抗のエネルギーというのは、子どもにとって並大抵でなかった。

    勢いあまって外に飛び出すが、陽も暮れ、お腹がすけば家に帰るしかなく、親もそこを見越しているのが分かったし、だからかその屈辱感は耐えられなかった。「どうせ帰ってくるしかない」と、ハナで笑われているのが癪だった。どう頑張っても子どもは空腹には勝てないのだ。自分のお腹がすくのが何とも悲しく、悔しかった。昔の親はそれで子どもを縛って入れたのだ。

    今の子どもはどうだろうか?昔の子どもに比べて、お年玉も多く、まとまった金を持っている。コンビニやスーパーなどでおにぎりなども簡単に買うことができるが、自分たちの時代は、食を閉ざされたらどうにもならない。だから、秋になれば山にでかけて食べ物を漁るのだった。定時のおやつもなく、山は食べ物の宝庫であった。それほど昔の子どもは食べることに飢えていた。

    「武士は食わねど高楊枝」などの言葉にあこがれ、武士の意地、男の意地などの本を読みあさっても、食べ盛りの子どもにはそれができない。性格の悪い母親とは意地の戦いである事が多く、それが現在の負けず嫌いの自分を作ったのだろう。言い合いで負けることは自分の辞書にはなかったし、その自信はまさに橋下徹ぶりである。彼は自分と似た性格と思っている。

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    あの傲慢な石原慎太郎が百戦百勝の橋下に一目置いていたのは分からなくもないが、常勝人間は敵も作る。自分にない発想や論理や理屈でこられると手も足もでない様相だ。だから橋下嫌いの人間は人格攻撃に回る。橋下は知識も素養もあり、論理構築も上手いが、彼の真の強さは、実は論理を超えた突飛な発言であろう。論理対論理の勝負の決定打はこれだと思っている。

    それが上手かったのは小泉元総理である。彼は橋下とは比べものにならないくらいに論理は下手であったが、人を煙に巻く彼の手法は、いかなる論理にも屈さなかった。弁の強さ、力は、知識や素養ではなく、それとは別の頭の良さを見せた稀有な総理大臣であった。小泉氏が橋下を上回る最大の点は、熱くならない、早口にならない、ムキにならないところである。

    おそらく橋下も自分で自分の映像を見ながら、ムキになると早口になる欠点を分かっているだろうが、意識をしてもなかなか直らない。正論ばかりで応じる橋下が、小泉のように、笑顔で論点をはぐらかすテクニックを身につけるとまさに敵なしであろう。名だたる論客がテレビ討論で橋下に論破されているが、窮鼠ネコを噛まないように、逃げ道を与えておくような邪道も彼は取らない。

    彼はまだ46歳だが、50歳~60歳と円熟してくると、追い詰めるだけではなく、逃がしながら勝つ術も身につけるであろう。議論をよく聞いていると、彼が論理的だから勝っていることもない。相手がプレッシャーを与えたときに、それに対する想定外の返答で困らせるところが面白い。正論のぶつけ合いで議論に勝つことはむしろ少くない。正論好きの橋下もそこは分かっているようだ。


    『報道ステーションSUNDAY』で山口二郎北海道大学教授を、朝日放送の『キャスト』で、経済評論家の森永卓郎氏をやり込めたと話題になった。山口氏の橋下嫌いは有名で、彼が大阪府知事に就任すると、政治手法が独善的であると批判を始め、2011年大阪市長選挙に出馬すると、橋下の政治手法を「ファシズム」と断じる『橋下主義(ハシズム)を許すな!』を出版した。

    以下は、2012年1月15日、『報道ステーションSUNDAY』におけるやりとりで、作家の渡辺淳一氏が橋下氏にエールを送った後の山口教授とのやりとりである。

    渡辺 : しばらく(橋下氏に)やらせたいな。

    橋下 : ありがとうございます。問題がある時には現実を知っている渡辺さんのような方に批判を受けるのは大賛成なんですけどね、学者なんて何にも知らないのにね。

     山口 : 小説家が現実を知ってるの?

     橋下 : 知ってますよ、小説家なんて現実知らないと、そんなの売れる本書けないですよ。学者の本なんて全然売れないじゃないですか。


    ――山口教授の、苦虫を噛みつぶしたような表情…。彼は元来、人相が悪いが、その彼が苦虫を噛みつぶした顔などさまにならない。論理学が専門の三浦俊彦和洋女子大学教授は言う。「本が売れる・売れないという、"自然的な事実"と、現実を知るか知らないかは別次元のこと。ところが、これを直結させて論じており、論理学的には『自然主義の誤謬』と言う」。

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    斯くの突飛な発言に論理で返すのは難しい。仮に山口が、「学者の本は売れないが、現実は知っている」と反論しても説得力はない。「ここでは橋下氏は論理学的に言う、『通俗的イメージの濫用』もしています"学者は専門的なことには堪能でも、一般社会のことを知らない"というイメージを山口教授に一方的に当てはめて、自身の発言を補強している」(三浦教授)。

    "(世間オンチの)学者が何だ…"と攻められれば、学者の「通俗的イメージ」そのものへの反証に応じなければならない。テレビ討論でそんな時間はなく、ゆえに橋下氏の強さが際立つ。自分も世間ズレした学者相手に怯んだことはない。我々が世間や社会に身を投じてる間に、学者は研究に身を投じている。どう転んでも世間論争に学者の勝ち目はない。

    また、山口の橋下批判について、思想家、哲学者で、ゲンロン代表取締役社長の東浩紀は、「橋下氏との討議の流れで戦略を変えられず、硬直した原理論しか展開できなかった山口二郎氏は力がない」と評している。"橋下は打たれ強い"との世評もあるが、彼は決して打たれ強いのではなく、相手の攻撃をエネルギーに変える人であろう。そこは自分と似ている。


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    攻撃されなければ温厚で柔和な人が、攻撃されると脳が刺激を受けてスイッチが入る。これは戦いというより、刺激を味わう一種の享楽だ。ポルノ映画を見て興奮するのと同じ反射現象である。決して議論などしたくはないが、スイッチを入れられると逃げていられない。いろいろと論じ合い、結果も出たことなら、新鮮味も薄れてかスイッチが入らないこともある。

    受け流すこともある。それを年功という。「人はこうあるべき」という縛りはうっとうしい。が、それに従っていればそれなりにいいこともあった。親に従えば機嫌がよく、物を買ってもらえるとか、上司に従っていれば左遷されることもない。姑息に上位者にしがみつくのではなく、本当は、「こうあるべき」とは違う考えもある事を知り、実践することで、人間が大きく成熟する。

    「こうあるべき」、「これが絶対に正しい」ことは「ない」と思うようになって来た。様々な価値観に触れ、思考した末に辿り着いたものだ。が、それなら善悪良否の基準がないではないか?規範とするものがないのでは?となるように思われるが決してそうはならない。「こうあるべき」、「これが絶対に正しい」ではなく、「これはよくない」、「これは絶対に間違っている」を探せばいい。

    イメージ 2規範意識を反面教師から捉えるのも、「逆もまた真なり」である。たとえば、人を妬む、悪口をいう、欲を出す、言い訳をする、敬愛心を持たない…、そんな"よくない"ことはたくさんある。子どもを親の犠牲にするとか、強い言葉や暴力で威圧するとか、勉強を無理強いするとか、どう考えても「歪み」になるようなことはすべきでない。だから、「これがいい」ではなく、「これはよくない」を言う。
    万人の正しいものは見つけられなくとも、万人によくないものは必ずあるはずだ。自分の頭ではどちらも難しいが、悪いなら悪いなりにも見つけていかねばならない。でなければ何かの行動を起こすことは出来ないわけだ。そういう試行錯誤が人間であろう。「大人は失敗すること」だから、言い換えれば「何かをやった」ということ。つまり、大人は「何かをやる」ということだ。

    「○○になりたい」と言うのは簡単。「天文学博士になりたい」というのは簡単だった。だから、「なりたい」よりも、「やりたい」が大事。さらに、「やりたい」よりも、「やる」が大事。言い換えるなら、言葉より行動が大事。言葉や願望をいうだけでは屁のツッパリにもならないが、真に行動をするなら言葉を掲げたことの意味はある。「絵に描いた餅」で終る人間は多い。

    「やる」という厳しさから逃げないで向かっていけば、糧や力に繋がっていく。致命的にならぬ限り失敗はすべきであろう。「自分はこの仕事に向いてる、向いてない」というのも、逃げの場合が多い。即断で言ってる場合が多い。世の中で成功した人を、「向いてる仕事に携わった結果」というのは違うと思う。昔、「プロジェクトX」という番組があった。それを見て思った事がある。

    あの人たちの多くは、みんながみんな、望んだ仕事について成功した人たちではなかった。思いがけない理由でこの仕事についたとか、巡り会わせでその仕事に就かざるを得なかったり…。ではなぜ、そういう人たちが頑張れたといえば、ささやかな満足感があったからだ。与えられた仕事の好き嫌いよりも、きっとどこかの誰かの役に立っているという思い、喜びであろう。

    秀吉が信長の草鞋取りを仰せ付かったときに、どうすれば喜んでもらえるかを考えた結果、彼が大成した理由だ。天職とは自分がやりたい仕事、上手く行った仕事の後出しじゃんけんの言い方ではなく、面白いと思ってやり続けた仕事をいう。番組では希望の仕事に就けなかった人が、偉業をなし得たケースが多かった。やはり、仕事の方向性はマインドが決めるようだ。

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    若くて美貌を蓄えた一人の女性研究者らしからぬ研究者によって生み出されたSTAP細胞は、ノーベル賞級の偉業と、日本国中が大騒ぎとなったが、捏造にも値しないようなとんでもない大嘘、人騙し事件であった。あれがもし女性でなかったら袋叩きの憂き目にあったろう。「か弱きもの汝は女性なり」という配慮なのだろうか?男女同権とはいいつつ、男とは同じように扱えない社会である。

    彼女は中2の時、『ちいさな王様が教えてくれた 大人になるということ』の表題読書感想文で教育長受賞したが、以下が書き出し。「私は大人になりたくない。日々感じていることがあるからだ。それは、自分がだんだん小さくなっているということ。もちろん体ではない。夢や心の世界がである。現実を知れば知るほど小さくなっていくのだ。私は、そんな現実から逃げたくて、受け入れられなくて、仕方がなかった。

    夢を捨ててまで大人になる意味ってなんだろう。そんな問いが頭の中をかすめていた。でも、私は答えを見つけた。小さな王様が教えてくれた。私はこの本をずっとずっと探していたような気がする。『僕』と私は、似ているなと思った。二人とも、押しつぶされそうな現実から、逃げることも、受け入れることもできずにいた。大人になるという事は、夢を捨て、現実を見つめる事だと思っていた。でも、王様は、こう言った。

    「おまえは、朝が来ると眠りに落ちて、自分がサラリーマンで一日中、仕事、仕事に追われている夢をみている。そして、夜ベッドに入るとおまえはようやく目を覚まし一晩中、自分の本当の姿に戻れるのだ。よっぽどいいじゃないか、そのほうが」と。私はこの時、夢があるから現実が見られるのだという事を教えられたような気がした。 小さな王様は、人間の本当の姿なのだと思う。

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    本当はみんな王様だったのだと思う。ただ、みんな大人という仮面をかぶり、社会に適応し、現実と戦っていくうちに、忘れてしまったのだと思う。いつか、小さな王様と『僕』がした、永遠の命の空想ごっこ」(以下略)。この文から、彼女の言いたいことは伝わって来る。青少年期には誰もが抱く、「夢と現実」の葛藤である。夢を追うためには何かを犠牲にしなければならない。叶えるためではなく、追うためにである。

    それで夢が叶うというわけではないが、何かを犠牲にすることは、夢を追うものに与えられた必須要件であろう。「私は大人になりたくない」という書き出しで、夢を拒否することの問題提起をした小保方氏だが、たとえその夢が叶わないものであっても、子ども時代の夢は大人になるための息吹であり、眼差しであると感じとっている。子ども時代の夢が大人になって儚く消えても、夢は貴重であるのだと。

    子どもの夢と大人の現実のギャップを妥協させたかのように見えた彼女だが、実はそうではなかった。彼女は夢を虚実と言う方法で叶えようとしたのだった。そうまでして彼女は夢を捨て去ることが出来なかった。「そのようなことをすればどうなるか?」という事の大きさを考えない、非理性的性格の持ち主である。「人を殺したらどうなるか?」を考えないのと一緒。

    犯罪者の心理とは後先考えない、もしくはバレないだろう、みつからないだろうである。「STAP細胞はあります」と言えたのは、無いものをあると偽っているというより、虚を実と思いこむ性癖であり、嘘をついてる認識がまるでない。これが思い込みの怖さであり、だから本人に罪の意識がまったくない。嘘を本当と偽って嘘を言う人間の方が、罪悪感がある分人間的であろう。

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    小保方氏があのような虚言を弄すのは、彼女に培われた性格だろうが、虚言には二通りある。事実から虚言と、虚実からの虚言だ。事実を曲げるのも虚実になるから、事実からの虚言も虚実からの虚言であろう。あったことも事実なら、なかったことも事実である。あったことを「ない」といい、ないことを「ある」と言うのが虚言。小保方氏は脳回路が短絡(ショート)したジコチュウ。

    うるさい母親に勉学のできる姉と比べられ、つじつまを合わせるように勉強するふりをして育ったのではないか?これは自分の想像だ。そのような「ふり」をすることが身についたまま、「ふり」の善悪良否も分からぬ大人になった。STAP細胞の発表記者会見で見せた彼女の「ふり」そのものが、彼女の人格的性向であろう。「ふり」のおかげで虚実と事実、虚飾と現実が混同してしまう。

    STAP細胞騒動は、彼女が自身の実力を棚にあげて結果を望んだことで起こった。昨今の風潮が彼女をそうさせた。では、実力がないのに結果は得れるのか?得れることもある。が、それを「運」という。幼少時期から親に強いられた学問に対するストレスや鬱積が、あのような歪な人格形成になったと、これも自分の想像である。子どもは抑圧をさせないよう、伸び伸びと育つべき。

    自然が子どもを成長させる。自然に順応・共感するアウトドア体験が子どもに及ぼす影響は大きい。昨今は、外で子どもが遊ばなくなった。家の中にテレビやゲームや、楽しいものがたくさんあるし、昔のように、地域に子どもの集団がない。おまけに塾通い。文明という人為環境が支配的になるが、子どもが自然に愛しむ姿に感動する親は、良い親ではないだろうか。

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    あるものを「ない」、したこと(行為の事実)を「ない」と親に嘘をつく子どもは多いが、ないものを「ある」、していないことを「した」と、嘘をつく子どももいるが、善悪はいえない。「子どもがウソばかりつくので困ります」という親がいる。どんな風に困っているのか?「なんとなく子どもに裏切られた気がする」。そういう親は、子どもは親を裏切らないと信じるメデタイ親。

    「親を裏切った」と自戒した子どもはいよう。自分にいわせるなら、そのように子どもに思わせる親は子どもを萎縮させる。親にいえない秘密の100や200は持って子どもはオトナになると鷹揚に構えられない。だから、真面目な親ほど深刻になるし、遊んだ人間が親になるほど、自分の子であれ誰であれ、人は自分の善悪・価値観で生きていくものとの自己肯定的キャパをみせる。

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    規律がどうの、道徳がどうの、「○○ちゃんのようになりなさい」だの、自己イメージの高い糞マジメな親に育てられた子は憐れ。「ウソは泥棒のはじまり」を信じている親は、子どものウソを許さず、叱りつける。が、考えて見れば、どんな子どももウソをついてオトナになって行くのだから、ウソは本音の裏返しであり、ウソは何かのシグナルであると感じとる親が感受性の高い親である。

    感受性の高い親は、自分の押し付けよりも子どもの心に問う。子どもがウソを言葉にし、それを叱りつける親なら、だんだん言葉に出さなくなる。酒鬼薔薇聖斗がいい例。嘘はつかないが、やってることの非道さが親に分かった時に驚くしかない。ウソをついた子どもを叱り付けて押さえ込むのがいい親などあり得ない。親は子どものウソからシグナルを読み取り、適切な対応をすべきである。

    そのためにはウソをついた子どもを叱らないことだ。それができない親は、ギャーギャー、口から泡をとばすようにウソついた子どもを叱り飛ばす。親としての能力の無さであるが、それだけ人の心を読むのは難しく、だから「能力」といっていい。自身の能力を常に疑い、向上させるよう努めない親を持った子どもは憐れ。よい親の定義や基準はないが、たくさんの中から「これが良い」と決めたらよい。

    大事なのはたくさんの中からである。結果は何十年先に現れ、そこで後悔するのも親の宿命。後悔しない親はいないが、ある程度のものを満たしていれば、これで良しとなる。完璧はあり得ない、すべては妥協の産物だ。縛りのキツイ母親を持った自分の自由とは、とにかく母親の顔を見ないでいれることであり、精神的の解放を強く望んでいた。それほどに子どもにとって親の存在というのは大きい。

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    親の自己顕示欲や支配意識に染まらぬよう必死で反抗してみても、精神をまぜくられたいたいけな心は傷つく。死ぬか家出して自活するのが真の自由に思えたが、小・中学生が家出して生きていくあてなどあるはずもない。だから子ども時代の夢はとにかく母親から自由になることだった。「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、これだけ虐げられたら、飼い犬でも小屋から逃げ出すであろう。

    後年、友人のデザイナーに感謝の言葉をもらったが、人は自然に人恩を抱き、感謝する。事実、溺れている自分を救ってくれたAにどれだけ感謝の意を伝えたかったか…。ところが、Aはまるで覚えてない。助けてもないのに、助けてもらった、何かを教えたわけでもないのに、諭されたという人と人の関係は不思議だし、人と人が影響し合っていることの不思議さ。「夢に邁進できたと思う」と彼は言った。

    諭した気などないが、あっちが勝手に感謝しているのも不思議である。仕事に邁進して大成を願うにしろ、趣味が嵩じてアーチストを目指すにしろ、何かを犠牲にし、さらには捨ててでも努力をしなければならない。それで夢が叶う保障はないが、逆にいえば、何かを犠牲にしないで夢を見ることの無意味さよ。痩せたいなら食を犠牲にし、時間を犠牲にして運動も必要。何もしないで叶うはずがない。

    どんな時代のどんな人、どんな場合にも共通する普遍的な図式である。自分の夢は「自由になること」といったが、それ以外に夢を持ったことも、持ちたいと思ったこともない。理由は、何かを犠牲にするのが嫌だったからでもある。そもそも「犠牲」という言葉に拒否反応がある。何かを叶えるために何かを犠牲にするなら、その何かは叶わなくてもいいとの脱・未来志向の現実思考であった。


    それを根性なしといえるかどうか。根性がなくても自然に殉じて生きてはいける。したがって人生の目的だのと、生きることに意味づけをするのも好きではない。目標を持たずして人間か?というなら、「死ぬまでいきるのが目的」と返す言葉がある。それが嵩じて、「死ぬまで生きよう」である。20代にして病に斃れる人もいるが、余命を切られるのが天命なら、それとて死ぬまで生きたらよい」

    自殺肯定者ではないが、自殺者なりの理由があるのだろう。ビルから宙に羽ばたくその時まで生きたらよい。国家に命を取られる時世ではない。それだけでも我々は幸せである。いじめる相手は命まで取ろうというのではないが、昨今もいじめ自殺は絶えない。いじめられても死なない人間もいる以上、耐える心が希薄のようだ。耐える心が希薄なのは、おそらく家庭環境のせいであろうか?

    過保護が人間を弱くするのは自明の理。雨風に晒されてこそ精神は強くなる。まさかこの子が自殺をすると思わないから過保護にし、甘やかせるのだろうが、日本人の脆弱性は今回の安保法案論争に見て取れる。何かあれば、やれ戦争だとアカが騒ぐ。アカにはインテリが多く、インテリは観念論がお好きな人種。『ユダヤ人と日本人』の著者と言われる山本七平がこんなことをいっていた。

    「日本は平和国家って言うでしょう。平和国家ってのは、夢中で戦争を研究する国家なんですよ。健康であろうと思ったら病気を研究するのと同じ。ところが、戦争論、日本にはゼロ。こんなおかしな国って、外国から見れば正気じゃない。『戦争論』なんかやると戦争になるなんて言ってね。だから、日本人にとって戦争は、『怖いから見ない』という子どものお化けみたいなもので、むこう向いている。」

    イメージ 3日本国憲法第九条なる呪縛をかけられて68年、やっとこ麻酔から醒めようとしたが、世間知らずの学者どもは大騒ぎ。自衛隊海外派兵のさいも、大学教授の多数派は強い拒絶をした。憲法9条によると、ソマリア沖に展開される自衛艦隊は、すぐ傍にいる同盟他国籍船が攻撃されても、黙ってじっと見ているか、こちらも危ないからとスタコラサッサ逃げなければならない。日本は自国民だけ守ればいいという国家。だから安保法案が必要であったが、あれもないままに、アメリカの核だけを頼りにした防衛体制では、何十年か後には間違いなく中国の属国になる。「平和を願えば必ず平和が来る」などという、幼児的発想のお国である。ミニマム・ディテランス(必要最小限の自主的核抑止力)なくして、ロシアや中国に玩具のように弄ばれるのは明らか。

    お人好しの日本人は、アメリカにだって弄ばれる。よって、ミニマム・ディテランスとは、日米同盟は維持しつつも、米国に対する依存度を低減し、同盟関係の多角化が理想だが、そこまで行くにはさらに数十年かかる。国内にあるヒステリックな反対論も大きな障害となるからだ。9条の呪縛か、戦争感覚のない国が1億人の民を擁して、枕を高くして寝てる国家なのだから…

    いじめ自殺から話が飛躍したが、いじめをなくする方法として自分は、「ちくり」の奨励を提言した。そのためには「ちくり=悪」を「ちくり=善」にという意識改革を初等教育段階から、国家的に啓蒙していく必要がある。内部告発法(公益通報者保護法)が公布されたのが2004年6月18日、施行は2年後の2006年4月1日だった。もちろん、組織の不正行為を摘発するのが主軸である。

    いじめを告発する公益性を、小学生の段階から子どもたちに訴えていくこと。いじめはいじめる側の憂さ晴らし、ストレス解消という私益性の高いものだが、告発は立派に公益性があるという論理を組み込んで、子どもたちを洗脳する。洗脳という言葉が悪いなら教育でいい。多くの子どもたちの自殺という事からして、いじめを防止することは、その子の家族も含めた公益性がある。

    日本人の陰湿好きは今に始まったことではない。外国人のように面と向かって批判をするでなく、内にこもる。そのような異端を認めない付和雷同性や、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なっどと揶揄される集団主義的国民性や、「村八分」に見られる排除思想文化は、簡単には解決できないが、理想は高く掲げていい。昨今の家庭が脆弱な子どもを作るなら、国家は大ナタを奮うしかない。

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    確かに難しい問題だ。内部告発者に対する制裁・報復行為を大人がするのだから、「ちくり」の仕返しを子どもがしたところで不思議でない。まさに、「子どもは親を写す鏡」とは言ったものだ。動物は言葉を持たないから、親のやる事を真似て狩りなどを覚える。昔から、「子どもは親の言う通りにはしないが、親のやる通りにする」といわれた。それは人間が言葉の動物だからであろう。

    言葉があるから子どもは親の言う事をきく。あるいは、親の言う事をきかない。どちらも正しい。親の言う事をはいはい聞くだけの子どもは、必ず自我形成後にその反動がある。今の子どもはさらに視野を広げて、「小供は大人を映す鏡」である。子どもが大人社会の縮図であるのは、内部告発者への転籍、人事に現れている。という事は…、大人を改めずして子どもはまともにならない。

    「こどもは大人の真似をしてはいけませんよ」などの標語が空々しい。子どもと大人と、どっちが難しいのか。言わずもがな大人であろう。家庭における親の子どもに与える影響、学校における教師の生徒に与える影響、会社における上司の部下に与える影…。親は、教師は、社会は、心しているのだろうか?心し過ぎると窮屈で息が詰まる。クルマのハンドルのような遊びも必要だ。

    難しいね。難しいよ。いじめは永遠になくならない。法律を作ったところで従わなきゃ無意味。人を殺したら化けて出てくると子どもながらに信じていた。民谷伊右衛門が妻の岩を殺し、たたられて発狂した『四谷怪談』。「いじめ自殺した子どもたちに告ぐ!」。いじめた奴の床に、夜毎現れて恨みをはらしてやれよ。

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  • 11/10/15--15:15: エンコー天国
  • 外務省は9日、日本の児童ポルノなどの状況を視察するため来日した国連特別報告者が東京都内で開いた記者会見で、「(日本の)女子学生の13%が援助交際している」と発言したことに対し、抗議し撤回を求めたと発表した。発言したのは児童売買や児童ポルノなどに関する国連特別報告者で、オランダ出身のマオド・ド・ブーア・ブキッキオ氏。10月26日に日本記者クラブで会見した。

     発言を受け、外務省は今月2日に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に「数値の根拠を開示すべきだ」と抗議。OHCHR側は「数値は公開情報から見つけた概算」であり、緊急に対応すべき事象という点を強調するために言及したと釈明した。しかし、外務省は数値の根拠が明らかになっていないことから7日に、「国連の肩書を持つ者が発言することで事実かのような誤解を生む」として発言撤回を求めた。

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    日本国を代表しての外務省の抗議は分からなくもないが、もっと日本の社会学者から聞いたほうがいいよ。現状認識の無さを棚に上げての抗議ではメンツの問題としか捉えられない。日本社会がエンコーを寛容するかの如き無策をブキッキオ氏は危惧をしているのではないか。少女たちには何ら罰を与えずの野放状態というのは、真摯な取り組みが感じられない。

    ブキッキオ氏の発言が少女保護か、何らかの政治的意図によるものかは分らないが、社会学者宮台真司氏などは、この数字に異論はないだろう。援助交際というのは、金をもらって春を売るという行為だけでなく、出会い系掲示板などでセックスに興味を抱いた女子中高生がオヤジと出会い、かの行為をした後に何らかのご利益にあやかるのも広義のエンコーである。

    それくらい少女と大人の性関係は日本中で頻繁に行われているのは、自分も承知している。ブキッキオ氏の、「日本の女子学生の13%」というのは、多少言いすぎに思うが、思うのにネットの出会い系サイトとは別のメル友募集掲示板にも、30代、40代の男が20代と年齢を偽って女子中高生とやり取りしている。出会ったときに「明らかに年齢が違った」という声は何人からか聴いた。

    ブキッキオ氏は、日本の女子中高生のスマホや携帯所有者の多さに危惧を抱いているに違いない。性に興味を抱く少女といえ、街路や道端で中年のおっさんに声をかけられる怖さに比べ、ネットでは顔も見えない、素性もわからない、自分の学校名も伏せられ、容姿のハンディさえ不問にしてくれるのがネットのやりチンたち。下心しかないが、彼女らにすればナイトである。

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    これだけの環境が揃っていて、おまけに彼女たちが自主的にメル友募集、彼氏募集と呼びかける状況にあって、どのように進んでいくかは誰でも想像し得る。実社会では得ることのできない、あるいは得るのが難しい異性を、ネットでは簡単に手中にできる。そもそも、「メル友」というのは、ネット内で作る相手のこと。彼女たちは逢ったら最後、蛇に睨まれた蛙のごとき男の要求に身動きできない。

    考えてもみればいい、15~16歳の少女は同年齢の男子には強いし、言いたいことはいうけれども、20代~40代の男にどれだけ意思表示ができるであろう。先日40代のある主婦がこんな風に言うのを腹で笑って聞いていた。「バイト先の大学生に無理やりやられたんです。主人のと違って、堅いし大きいし、1回だけだけどその事が忘れられなくて…」。こういう場合の「無理やり」というのは口実であろう。

    刃物か何かを見せつけられて威嚇されてという状況なら、抵抗はできないだろう。が、それでも賢明に抵抗する女性もいる。おばさんが大学生に犯されたなど都合のいい言い訳で、抵抗する素振りを楽しんでいるだけだ。20歳以上も違う大学生の突飛な行為を、本気でしかりつけ、跳ね飛ばすことはできるはず。それをしないで、「無理やりやられた」、「大きかった」、「堅かった」の言葉は笑うしかないよ。

    自分の意思は無かったといいたいのだろうが、できる拒否をしないのは意思である。「飲みに誘われたけど、断れないからしぶしぶ行った」。これも意思である。このように、人間は自分の都合のいいように物事を考え、人に言うときは「意思のなさ」を強調する。レイプ犯の多くは、「拒否しないから合意であった」という。「No!」の意思表示がなければ、相手はそれを望んでいるとの男の解釈。

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    「いやよ、いやよも、いいのうち」は、女性が裏腹であることを言ったもの。現実問題、行為の善悪よりも、「気にいったタイプなら痴漢じゃない」というように、女性の価値基準は善悪より自分の都合が大きい。こともあろうに前職大阪府知事が、大阪府知事選期間中に、アルバイト運動員だった女子大生(21)にわいせつ行為をしたとして、強制わいせつ罪に問われたことがあった。

    「えっ!そんなことあった?」というほどに風化した事件だが、前大阪府知事は横山ノックこと山田勇氏。山田被告は府知事選挙期間中の99年4月8日午後5時30分ごろ、大阪府堺市内を走行中だった選挙運動用のワゴン車内で、後部座席に並んで座った女子大生の下半身に触るなど、約30分間にわたりわいせつ行為をした。女子大生が強制わいせつ容疑での横山被告に対する告訴状を大阪地検に提出。


    山道におけるレイプ事件における強姦罪成立の要件は、山道より下り斜面の林が現場なら強姦、上り斜面の林の中なら和姦(合意)という判例もあった。客観的な判断とはそうしたもので、裁判官は事実を見通す神ではない。「強制わいせつ罪」という罪は頻繁にあるが、「強姦罪」の成否は難しく、簡単に成立しない。強姦罪とは、「暴行または脅迫において13歳以上の女子を姦淫した」場合である。

    もう一つ、双方に合意があったとしても「13歳未満の女子を姦淫」も適用となる(刑法177条)。「なぜ?」と疑問に思うかもしれないが、とりあえず13歳未満の女子はエッチの意味が分かっていず、そういう無知者保護のために適用された。今どきの13歳未満とは雲泥の差だが、改正しなければ今の子も無知者である。淫行条例もあるが、何でもカンでも法律で規制して未成年女子の妊娠が減るものではない。

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    法律遵守の最大の問題点は、米国や中国のように、官憲の目の届かないところでは、(つまり捕まらないだろうと判断すれば)、平気で法を破るような風潮になってしまうからだ。自分たちが小学6年生の卒業間近のある日、「6年生女子は全員、本日放課後、作法室に集まって下さい」というマイク放送が流れたのを覚えている。男子はというか、好奇心の強い自分は興味を持って後日幼なじみのNに聞いた。

    Nは、「メンスのことよ」といった。メンソレなら知ってるが…。「子どもを産むためにアソコから血がでること」。「ふ~ん」と、いうしかない。Nとは保育所時代からの遊び友達だった。が、このとき女子は、望まぬ妊娠のための性教育全般の話をされたようで、小学卒業前の全国的恒例行事である。彼女たちがどう捉えたかは分らないが、この手の話が分らない点においては、男も女も同じであろう。

    ようするに、誰もが無知であった時代。さて、強姦罪には上の刑法177条の2つ以外にもう一つの状態がある。刑法178条「人の心神喪失もしくは抗拒不能に乗じ、または心神を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて、猥褻な行為をし、または姦淫した者は前二条(強制猥褻罪の176条と、強姦罪の177条)の例による。「心神喪失」は法律用語で、刑法39条「心神喪失者の行為は罰しない」のこと。

    森田芳光には1999年に鈴木京香、堤真一主演で、『39・刑法第三十九条』という映画がある。法律用語の「心神喪失」を一般用語で「精神異常」という。日本の古い言葉では「御乱心」。この法律にしたがって、いたたまれない犯罪の当事者に精神鑑定が行われるが、そんな必要があるのかと思いつつも、法律の定めである。これまでに失恋、破産、受験失敗など、数多の心神喪失者が存在した。


    日本の裁判官は、「被告は親孝行な面もあったが、受験に失敗して挫折感を抱いた」、「交際継続を拒否され、失恋のあげく自暴自棄になった」などと、殺人の情状酌量に認定する場合が多い。人のいい日本人というのか、甘いというのか、受験に失敗した人が皆人殺しをするのか?失恋の果てにその相手を殺すのか?なぜに、どうして、殺人と言う結果に対してのみ責任を負わせないのだろう?

    これが法治国家の本来の姿である。心神喪失、精神の障害とはいったい、いかなるものなのかよくわからない。そういう奴は飯も食えず、糞や小便さえも垂れ流しという事でもない。何をもって、行為の是非を弁別し、弁別する判断能力がない者といえるのか?現代医学的知見に照らしていえば、植物状態、脳死状態、脳出血のため意識不明の状態者以外に、心神喪失などの言葉は不明瞭である。

    現にダウン症の人が、殺人を犯すなど皆無であるなか、健常者の心神喪失など説明がつかない。何もわざわざ心神喪失など持ち出さずとも、「過失」という概念で十分であろう。人間は過ちを犯すものだし、犯罪の度合いが大きい、猟奇的、凄惨性に限って精神鑑定が行われるが、そこでだされた心神喪失が正しいといえるのかも疑問。人は人に騙される以上、心神喪失を演じることも可能である。

    必死になって無罪を勝ち取ったのち、被告のウソ芝居を明かされ、放心状態になった弁護士の映画があった。『真実の行方』という邦題だが、原題の『Primal Fear』とは、「何が一番怖い」という意味だが、少年が最後に弁護士に吐く言葉。「バーカ! 俺の性格は最初からこの凶暴な性格一つだよ~ん。 ホンモノの死刑囚助けちゃったねぇ?弁護士さん♪」。背筋の凍るラストである。

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  • 11/11/15--16:25: エンコー天国 ②

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    JKビジネスといわれる日本特有の商売には、「JKリフレ」、「JK見学店」、「JK撮影会」、「JKお散歩」などがある。「JKリフレ」とは、女子高生の制服を着た店員が『リフレクソロジー』という簡易マッサージをするが、マッサージの際の密着感が売りで、個室で2人きりで会話を楽しめるため、マッサージだけでなく、膝枕、耳かき、添い寝なども別料金でサービスに含まれている。

    いうまでもない、個室内であるゆえに客である男性が、性行為その他の要求も当然にしてある。これらは従業員である少女らも他のアルバイトと比較して、手軽に大金が稼げ、本来必要なあん摩マッサージ指圧師の国家資格も不要な脱法風俗店となっている。児童買春やストーカー犯罪の温床になっていながらも、風俗店や飲食店でなく営業許可や届出は不要である。

    「JK見学店」、「JK見学クラブ」は、Tバッグを履けば3000円、マジックミラーの前でM字開脚、パンチら姿勢など、顧客の要求にオプションで応えるようになっているなど、過度な業務内容から摘発もされた。こういった日本式の多様な風俗形態を、「最終的に重大な被害を及ぼす行為がある」とブキッキオ氏は懸念、行為を犯した少女に処罰がないということに警鐘を鳴らしている。

    他国から言われれば文句もいいたくはなろうが、自国で誰が問題視するものがいる?メディアやマスコミは面白可笑しく番組でとりあげるなどの日本社会の寛容性を、他国の女性が見れば呆れるであろう。外務省からの抗議に対し、正確なデータがない発言ということもあって、ブキッキオ氏は撤回の書簡を政府宛に出したようで、菅官房長官はこのように述べている。

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    「13%という数値を裏づけるデータはなく、誤解を招くものだったとの説明があり、今後、この数値を使用するつもりはないし、事実上発言を撤回とみている」。名指しを受けた女子高生にとっては汚名が晴れたことになるが、これが.そもそも誤解だとしても13%か否かはともかく、一分の女子高生にとっては「都合の良い」誤解になっている。政治家や官僚は社会風俗に疎い。

    事実、中高生の娘を持つ親が、我が子が外でおっさんとセックスしてるなど、夢にも思わないだろうが、注意してみると子どもに変化はある。それに気づくかどうか、気づいたらどうすべきかがクレバーな親である。娘が到底買えないようなブランド品を持ち、財布に数万円のお金を持ち、派手な下着を身につけるようになったなどは大いなる変化であり、ここに気づくは母親である。

    気づいたところで小心者の親は、自分の都合のいいように考える。あるいは子ども怖さに見て見ぬふりを決め込む。大体、高価なアクセサリーやブランド物を所持して、何も問えない親は普通でない。「あの子はわたしを信頼してくれてるのだから、わたしも信頼してあげよう。必ず娘の方から何かをいってくれるはず…。その時まで待っていよう」などというお母さんはいる。

    「信頼」という言葉を都合よく解釈してできない、やりずらい、したくない行動を回避している。自分に嘘をつき、「信頼」を方便として使っていることに、気づいているのか?本当の信頼とは、自分が疑問に思った事を自然に素直に聞けて、それに対して相手が誠実に応えてくれる確信である。こういう本当の信頼関係のない擬似親子が、同じ屋根の下で家族ゲームをしている。

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    友人や他人に何かを聞いて、心にある事を率直に答えてくれる人間が信頼の持てる相手となる。何かを聞いてもホンネをいわない、ウソでごまかす、綺麗ごとを言う人間は、信頼がもてないし、これまで自分は前者のような人間関係を求めてきた。信頼するしないは、相手が決めることだから、こちらから信頼を得たいなどと意識するよりも、嘘はつかないを心掛ける。

    代わりに遠慮なく物を言う。信頼関係とは耳に心地いい言葉の掛け合いではない。もちろん忠告を許容できない人もいる。そういう相手とは信頼関係は樹立しないが、それはそれで仕方がないこと。信頼を得たいがために何かをするのでも、何もいわないのでもなく、何が信頼に値するかを分かった上での行動である。それで信頼関係が芽生えないキャパの相手なら諦める。

    信頼は相手が感じることで、自分はブレない。信頼を得ようと意識すると作為的になる。作為というのは、恋愛などにポジティブに働くことはあるが、真の信頼関係を構築したい場合にあって作為はネガティブとなる。「策士、策に溺れる」という言葉は、策もほどほどにせよと戒めている。「こういえば好感をもたれる」ということはたくさんあるし、それくらいは誰でも知っている。

    恋愛には大事である。なぜなら、恋愛とはホンネよりも美辞麗句の世界。一を十に言って相手をいい気持ちにさせる世界。へしゃげた鼻の持ち主に、「君のへしゃげた鼻は何て素敵だ」とはいわない。事実を提示して誉めているようだが、自分が気にしていることを他人に誉められて嬉しくはない。へしゃげた鼻のことは永遠にとまでは言わないが、口に出さないほうがいい。

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    へしゃげた鼻を好きといって、理解されるまでは時間がいる。それが「あばたもエクボ」であり、相手の欠点を好きになれる人間関係になったということだろう。二人の関係が何年か継続したある日、「実は、君の貧乳が最初から好きだったんだ」といわれると女は喜ぶ。それは何年か続いた暁ゆえに価値を持つ言葉。「ウソじゃない」、「お世辞なんかじゃない」という喜びである。

    いきなり、「その貧乳は素敵だよ」などいう男はデリカシーの無さ以前に、事実を誉めれば喜ぶと思っているバカ。デブ女性に、「太っている女性は好きデス」などいうべきでない。「あなたが好き」といえばよい。「太っている女性は好き?」と聞かれて、「好き」ではお世辞に聞こえるが、「気にならない」という方がさりげない。ちょっとした言葉でも、相手の受け取る印象は大きく変わる。

    こういう事は経験で身につける。娘をもった母親は、父親以上に娘の変化に気づくはずだ。今まではワリと早く帰宅していた娘が、遅くなり出せば明らかに原因があり、何かの兆候であるが、その何かが分らない。母親自身の経験からおそらく男にちがいないと感じていても、自分たちの青春期におじさんと出会って付き合うなど、考えもしなかったことが現実に起こる時代だ。

    「最近、帰りが遅いけどどうしたの?」と聞くのは無能。そんなことを聞いて、「友だちの家でお喋りしていたの」などとウソをつくに決まっている。今までと比べてどう変化したかという、時系列で見た子どもの変化は分かりやすい。外国の親が、デートに出かける10代の娘に、「ちゃんと避妊はするのよ」と言ったりするが、子どもを子どもとしか見ない日本の親は、そうは言えない。

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    娘の体と心を守ろうとする親と、娘を無知なコドモと見くびってる親の違いであろう。どちらがクレバーであるかは言うまでもないが、人前でためらうことなくチューをするような、あけすけな文化と閉鎖的な文化の違いもある。対等に話し合える、話を聞いてくれるから親に話すが、威圧的に押さえ込んだり、うるさく小言をいう親に、何かを話そう、相談しようという気になどならない。

    今の親たちは、自分の青春期をよ~く思い出してみるといい。果たしてどういう親であって欲しかったか?どういう親であったならもっとも身近な頼れる存在として、何でも相談できたか?おそらく思当たるだろう。だったら、そういう親になるべきではないのか?本当に子どもと心を通わせて、打ち解けて、力になったり、頼られたりしたいなら、どういう親であるべきかのイメージを探ればよい。

    もし、何らかの事由で子どものウソを見抜いたなら、絶対に叱ってはダメだ。なぜなら、子どもがウソをつく大きな理由は親の側にあるからだ。自分に原因があるにも関わらず、怒ったり喚いたりすれば、子どもの心は益々離れていく。ウソを見抜くのは大事だけれども、それは子どもを叱るためではなく、今の状態を改善するためというのを忘れぬよう。そべては真実を知ってこその対処である。

    子どものウソは大人になるためと考え、あまり問い詰めたりしないことだ。真に親が子どもに寛容であれば、子どもはウソをつく必要もなくなる。また、自分が子どもだったら、どういう親を信頼するかを考えてアイデアを模索すべし。「親を裏切った」という言葉をいう奴は何人かいた。自分は「親を裏切る」のが何か、分かっていない。そういうものは一切なかった。

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    子どものときにもなかったし、親になったときも「子どもに裏切られた」など一切ない。「親を裏切る」のがどういう事かを知るために、「親を裏切らない」がどういうものかを考えてみる。「裏切る」=「信頼関係」というなら、母親に信頼などまるで無かったし、だから「裏切る」などもあり得ない。では、親になった時に子どもと自分に「信頼関係」があると思ったか?答えは「No!」だ。

    子どもが自分を信頼しているなど考えたこともなく、自分が子どもを信頼していたなども思ったこともない。信頼よりも親としての当然ともいう「愛」の発露である。大事にするだけが愛ではなく、厳しくするのも愛である。信頼関係があるとかないとか、寝言のようなことはどうでもよく、親は子に愛があればいい。愛はエゴの対極、求めるものではなく、一方的に供与するもの。

    よって、子どもから何かを求め、望むなどは一切無い。親孝行を求め、信頼を望むこともない。自分的には親が子どもに何かを求めるなど辞書にない。子どもは親より自分を優先し、自分を大事にすればよい。そういう考えのどこが間違っているのか?自由に生きさせるために子どもを持ったし、がんじがらめに縛って親の都合を子どもにお願いするなどあり得ない。

    子どもに何でもズバズバいうのは、親の威厳をむき出しにするではなく、信頼関係を確信するからでなく、そうすることが信頼関係を生む要素だと分かっている上での行動だ。有るとか無いとかに関係なく、互いが遠慮し合って何の信頼関係など生まれよう。上に書いたように、娘に遠慮し、信頼しているから裏切らないだろうなどは、勝手な言い草である。

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