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喜ばしいことに笑みを、怒りには鉄槌を、哀しい時は涙より奮い、楽しければハメはずす。長文愛好者限定ブログですが、我慢して読む方歓迎。「なげ~の書くな、このアホンダラ!」という方、さようなら・・・。

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    「命より大切なものはない」と結論した。が、「命より大切なものがある」と叫ぶ人をどうも思わない。「命を失ってもいないのに、よくそんなことが分かるな?」と疑問に思うだけだ。「そんなことが言える」ではなく、「そんなことが分かる」である。言うのは勝手で、言うと分かるは別だが、世の中、「言う」=「分かる」と思い込む人もいよう。これにてシリーズは終り。

    と思ったが、一昨日のアメリカの事件に考えさせられた。「バージニア州で26日朝、テレビ局の女性リポーターら2人が、生中継の最中に、男に突然銃撃され死亡した。容疑者は同じテレビ局に勤めていた男で、事件後自殺した。銃撃されたのは、女性リポーターのアリソン・パーカーさん(24)と、カメラマンのアダム・ワードさん(27)で、その後死亡が確認された。

    インタビューを受けていた女性も、負傷している。撃った男は、かつて同じテレビ局に勤務していたべスター・フラナガン容疑者(41)で、逃走中、自分のツイッターなどに、銃撃当時の映像を載せていた。そこには、殺害した2人に対する恨みなども書き込まれていた。フラナガン容疑者は、逃走中に、自らを拳銃で撃って自殺を図り、その後、死亡が確認されている。」

    というものだが、銃で人を殺傷するのがまれな日本と、こんなことは茶の間の出来事と化した銃社会アメリカの差というしかない。まさにテレビの生中継が茶の間に放送されているときに、人が人を銃で撃ったのが生中継された。銃による殺人など日常というアメリカであれ、これは驚かざるを得ない。容疑者の自殺は追い詰められたことによる所業だろうが、達成感もあるのだろう。

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    容疑者は元同僚であるからして、撃った二人に恨みを持っていたと思われるが、この二人を無き者にしなければ容疑者の精神は満たされなかったのであろう。逃走中の自殺はよくある事で、最初から死ぬつもりなら二人を殺したその場で死ぬと思うが、この容疑者は逃走中に自分のツイッターに二人を撃ったときの映像を載せていた。これを容疑者の自己顕示欲とみる。

    2013年10月、東京・三鷹で女子高3年でモデルの鈴木沙彩さん(18)を、彼女の自宅のクローゼットに忍び込んで刺殺した元彼氏も、殺害前に彼女の全裸や性的行為に及ぶ80数枚に及ぶ画像・映像をサイトに載せていたが、殺すだけでは気が済まないのか、彼女を衆目に晒す自己顕示を見せた。元彼女の裸を公に晒す行為をリベンジ・ポルノといい、精神の未熟者の発想だ。

    元彼は、沙彩さんとの関係がこじれた、「別れるなら画像を晒す」と脅しをかけたというが、彼女が屈せず警察に相談したことで憎悪心が増したようだ。卑怯な手段だが、自分も母親に卑劣なことをよくされた。自分が未熟な頃は効果もあっただろうが、そういう親は珍しくはないと思う。子どもを脅したりすかしたり、憎しみ丸出しの感情的な言動はヒドイ親。

    それを多用されると子どもも動じなくなる。「好きにすれば!」と言い返されて困った親もいるだろう。レイプ男が女性に、「殺されたくなかったらいう事を聞け!」とか、ヤクザが善良な人間に、「おとなしくしろ!じたばたしやがったらぶっ殺すぞ!」などと言うのと変わりない卑怯な言葉。人にもよるが、何歳くらいまでの子どもに効き目があるのだろうか。

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    権威や押さえつけに反抗する自我が芽生えると、こんな脅しは利かない。ばかりか、こんな卑怯な手段を講じるような親は、間違いなく子どもから尊敬も得られないし、見下されるようにもなる。親は子どもを自分の意のままに操りたいから、こういう汚い手を使うが、「100点取ったらお小遣いをあげる」は、"飴と鞭"などととんでもない。脅しの裏返しである。

    西川史子は、100点取ったら1万円だったという。「信賞必罰」と言うのを間違って解釈するバカ親がコレをやる。即物的なご時世にあっては、むしろ親はボランティアや奉仕作業に率先し、行動する姿を子どもに見せるべきだ。お金にならないことに労力を惜しまぬ姿を子どもに見せるべきであって、何でも「物」や「金」に換算する教育を、教育とは呼ばない。

    子どもはどうあれ親という環境の影響が大となる。「それをするのは自分のため」、「それをするのは親のため」、「それをするのはお金のため」、「それをするのは社会のため」。これら、どういう子どもに育てたいか親の理念であろう。自分さえよければイイ親から、自分さえよければの子が育つ。が、正しくないことを親が強いても、跳ねつける子は逞しい。

    逞しさは賢さでもある。親の言いなり、物や金の奴隷になるのを依存と言う。親子の利害にある関係を「共依存」といい、親子に限らず、「自分と特定の相手の関係性に過剰に依存し、囚われた関係への嗜癖状態を指す。「共依存」は、物の考え方や思考のバランスが偏っており、健全な人間関係を形成できない状態である。親に傾向が強いなら子どもが断つ。

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    ↑実はこれも反対。親バカは子を持った時点で誰にも発生し、むしろ、「親バカ」を直す必要性がある。親の子依存は問題外だし、成人過ぎた子どもに親への依存が強いなら親が修整する。共依存のない動物の子育ては素敵だが、「動物は動物、人間は人間。人間は親バカだから」という親に、「そうですね、ははは…」と笑って愛想したことが幾度かあった。親バカ正当化は楽だろうよ…

    他人の人生に責任を持つ必要性はないし、他人をバカにするのも驕りであって、別に人を見下したりバカにせずとも、「良いものは良い」、「正しいものは正しい」。他人を見下さねば自分に自信が持てない人間の弱さ、情けなさは感じること多し。「見下す」ではなく、「良くないことは良くない」と他人にいうのは親切であるか、おせっかいであるかは悩ましい。

    難しいところである。が、50の年齢を過ぎた辺りになると、他人にアレコレいうのは余計なことに思えるようになった。「聞かれれば言うが、そうでない限りは口を閉ざす」。無用な争いを避けるというより、意見はすれども、押し付けない。言ったことを理解するものはするし、しない者は押し付けても無意味。他者への影響を喜びとした時期もあったが、所詮は自己満足と気づく。

    教育の基本は「個」対「個」であり、その形を取ったときに成立する。だから、親と言えど、教師といえども、じっくり一人の相手と対話し、話し込むのが意思の疎通という点でも大切である。先日の夏の恒例の親族旅行は、「冷」を求めて鍾乳洞などを回った。ひょんなことから三女vs多勢の言い合いとなる。どうにもならない状況に陥る意地っ張りの三女…。

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    こうなるともはや収拾がつかない。三女は相手の発言を無視し、己の主張ばかりの悪癖というパターン。ついに長男が声を大にしてこういった。「ちょっと、みんな~、オレのいう事を黙って聞けよ!」と、改まった言い方をした。その口ぶりからして、何をいうのかと期待したが、「どーでもいい!くだらん!」と、でてきた言葉である。これを言うためにワザワザ他を制止した長男。

    その言葉にガッカの自分は言った。「お前な、たとえ物の分からぬ相手でも、一生懸命に理解させようと頑張っているんだ。そういう言葉はバカのいうセリフ。場に水を射すだけで、声を大にしていう言葉じゃないだろ!」と自分は長男に投げつけた。いるんだ、こういう奴が。不毛の言い合いが、不毛であるのは最後に分かること。それまでは意見を言い合う。

    確かに、「不毛」であっても、「くだらん」と言う言葉で解決するのは能ナシのセリフ。自分は人に最大努力を惜しまない。「ドーデもいいと言いたいなら、黙って寝っころがってろ!」である。論理的思考のできない人間は込み入った問題に、このような言い方をする。逃げると言った方が正しい。苦手な問題に自己参加できない無能さを正当化するための言葉。

    「まだまだ息子は人の上に立つ人間ではないな」、そんな気がした。人と人が一対一で話すことには意味がある。どういう意味があるかといえば、サシで意見を言い合うことに意味がある。ウルグァイのムヒカ大統領のスピーチは何度聞いても心に沁みる。スピーチだからであって、彼が議論の場で論点を整理し、説得し、聴衆をただの聞き役に回すことは至難。

    イメージ 1スピーチゆえの技。「飽くなき物を作り、消費させるだけが人類の貢献なのか?」というところが、我々の心に原点を呼び起こさせた。長らく教育界林竹二はこういった。「生の意味は制作(ポイエシス)ではなく、行為(プラクシス)にある」。これは、「目的獲得のための生であってはならない」という事で、林は目的のための学問を排除するとの理念を持つ。「医者になるために医学の勉強をするな」ではない。医者になるために物理や科学や微分や積分が必要なのではなく、医者になるために必要なのは専門知識の勉強であるといえば分かりやすい。上の勉強が医学部の受験にあるのは、選抜するためである。つまりは定員確保のためにやっている。そういった過去文を訓練し、テクニックを指導する塾が自然発生する。

    目的のために人はこういうくだらないことをやっているのだが、問題はそれを強いる側にある。人を点数だけでしか振り分けられないという、選ぶ側の無能さを示している。かつての時代にあって人は、家庭や地域や大自然の中で、自然に学ぶことができた。そういう感受性の高い人間が、必然的に大きな志を抱くようになった。今の子どもは受験の奴隷である。

    様々な個性の中で「個」と「個」がぶつかり、凌ぎ合い、議論し、確認することができた時代にくらべ、、現在は「教育」といえば受験教育、「教え育てる」というものではない。それで国家が壊れないためにと、受験勉強用のノウハウを教え込むことが重視されている。脳科学者の中野信子が『努力不要論』を書いて、どうやら売れているらしい。読んではいないが。

    自分も40年前から努力不要論者だった。「餅は餅屋」と、同じ事を中野もいっている。「自らを知れ」、「足るを知れ」であり、バカに勉強させても不幸になるだけだ。世の母親は自分の子どもが世界一に見えるらしく、だから塾が繁栄する。と、同時にヒステリックな母も乱造させている。勉強は勉強向き人間に任せたらいいのよ。勉強バカにも幸せの道はある。



    それが閉ざされると思うから不幸が始まる。中野の言う、「努力は叶わなかった暁に不幸を生む」というのは、林竹二が50年前から言い、ルソーは250年前に言ってる事。「学問に目的を定めると、目的が叶わぬ場合に、学問自体が否定されたことになる。よって、何かになるために学ぶのは、学びの本質にあらず」。林の言葉の「学問」を中野は「努力」に変えただけ。



    ムヒカ大統領も、「命より高価な物はない」という人だが、これは「命がもっとも価値がある」ということだ。その命をすり減らして働くのは一体何のためか、なぜ、高価な商品やライフスタイルのために人生を放りだす?と、問題提起する。彼の言う貧乏人とは、「少ししかの物を持っている人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人」。この定義が面白い。

    「命より大切なものはない」、仮にあっても命がなければそれを認識できない。まさか「命」は、「命より大切なものを認識するためにあればいいだけ」なのか?「命より大切なものがある」と言うのが言葉だけではなく、真に正しいなら、ためしに死んでみたら分かるよ。それで「命より大切だった」というなら、カッコいい言葉というより、事実であろう。

    「命がいちばん大切」と自覚して、何の不自由がある?「生(命)」を冒瀆した言葉に聞こえてならない。「命より大切なものがある」を100万回唱和すれど、ただの一回とて真実であることすらも確かめることはできないではないか。黙って自らにいい聞かせておくならいいが、確かめられないことを、声に出していうこともなかろう。信じるのは自由である。

    斯くの妄言より、ジョブズやムヒカの言葉が現実的だ。虚妄を信じる人もいるだろうが、ムヒカやジョブズの言う言葉の現実を疑う人はいまい。が、彼らの言葉を「理想」と断じる人はいるであろう。ジョブズもも自らの言葉を実践し、生きたではないか?ムヒカの生き方も確かに理想ではあるが、観念的ではない。彼は、「生」から「欲」を差し引いて生きている。

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    「命より大切なものがある」などの観念的の事はいわず、むしろ「命」という素朴さに殉じ、命以上に大事であるかと見まが多くのものを排除するようムヒカは言う。それによって、「かけがえのない命を守ろう」と言っている。「清貧」という東洋的思想や言葉は、ムヒカには釣り合わないが、彼の貧困生活には情熱さえ感じられる。さすが、南米の人である。

    ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ(西: José Alberto Mujica Cordano, 1935年5月20日 - )現在80歳。彼は善人ではなく、「清濁併せ呑む」人。1960年代には、極左都市ゲリラ組織ツパマロスに加入、ゲリラ活動にも従事していた。また、失言も多く、隣国アルゼンチンの大統領を「頑固なばあさん」と呼んだ。言葉が過ぎるのは、正直者のさだめであろう。


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    いろいろ書きながら思うのは人間関係の難しさであろう。親子関係、夫婦関係、友人関係、あるいは会社における上司や部下、同僚との関係、恋人との恋愛関係、違法性のある愛人関係や不倫関係など…、「関係」という名の何と多きかな。対人関係ばかりにあらず、自分との関係(自我との葛藤など)もある。眺めているには面白いが、場の当事者なら大変だ。

    これらについて思うところを述べるときに、問題点をためらわず浮き彫りにさせて解決法を模索するが、なにより問題になるのは個々の性格であろう。自分は自分の性格に照らし合わせたことをするし、それがもっともよい方法であるが、自分に良い方法が他人に良いとは限らない。方法論として他人が納得しても、果たして実行できるかというと、そうも行かない。

    「なるほど、それはイイこと」と納得しても、できない人間は多い。友人に貸した金の返却を請求できない人間、好きな異性に告白できない人間、嫌なことを頼まれても「no!」と断れない人間などなど…。なぜだ、なぜそれらができないのか?その理由は分かりすぎるくらいによく分かる。自分がかつてそうであったからだ。おそらく人も同じ理由と考える。

    上にあげたことも含めて、かつてできなかったことが今は躊躇うことなくできるが、決して自然にできるようになったのではない。できないことをできるようになりたい努力を自分なりにしたからだ。先ほど、「努力は無意味。努力しても叶わないこともあるし、その時に自分を呪う、人を呪う」と言った。これは努力の質と用途が違うし、自己変革の努力は必ずや叶う。

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    どうあがいても、イチローや松山英樹や、錦織や浅田真央のような技能・能力を、凡人が努力で得られない事は、誰にも分かろうというもの。バカでも頑張れば東大に行けると書かれた実践本もあるが、それと錦織や浅田真央になるのは違う。有り体にいうと、受験勉強の学力は能力とは言わない。広義に学力は問題解決能力であるが、昨今の学力はあまりに機械的だ。

    能力とは能(あたう)力であって、「身につけた知識や技能を社会生活で活用、応用出来る力」を言う。有能なプロゴルファーになるためには、練習場でゴルフボールを打てばいいものではないし、同じように野球やテニスプレイヤーにも言える。身体の基礎能力を鍛える練習もし、それに加えてメンタルの強さも必要となる。それらすべてが能力であり、優秀な人間にはそれがある。

    知識だけを訓練として詰め込む教育が、受験のために有用であるシステムがマチガイであっても、一向に改善されないのはなぜ?これからの子どもに必要とされる能力としてPISA型学力が提言されている。その前に、PISA調査(Programme for International Student Assessment)とは、OECD(経済協力開発機構)が1988年よりはじめた事業である。

    つまり、「教育・人材養成は労働市場や社会、経済と密接に関連していることから、OECDは幼児教育から成人教育までの広い範囲で、将来を見据えた教育政策のあり方を提言している」。日本の受験制度がマークシート方式であるため、運がよければ入学できるとの欠陥はあっても、あくまで受け入れる側の論理として、これ以上に手っ取り早く選抜する方法はない。

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    マークシート方式に似た弊害として「選択式」がある。マークシート方式はこれを極端にしたもので、単に「数字で解答を書かせる」ということすらも止めさせてしまうほどに合理性を追求した。この世代が、「まともに論述式の解答を書けない」と知ったときの驚きは言うに及ばず、気づいていない人間は幸せである。なぜなら、気づいて直るものではないからだ。

    ある問題の解答を選んだり、間違い探しはできたとしても、「自分で正解を生み出す」とか、「自分で無から作り出す」という能力はとてもじゃないが身につかない。どうしてそういう能力が必要かは各々が考えればいいが、端的にいえば、「考える」という訓練がもともとなされていないということになる。他にもマークシート方式の弊害は、概ね以下言われている。

     ・ 採点時間やコストなどでは優れているが、教育面で難点がある。
     ・ 論述力を育まない試験である。
     ・ プロセスは間違っていても正解を見つけられることがある。
     ・ つまり、正しく推論しなくても、正解だけを知ることができる。
     ・ そのせいで、「答えさえ正しく当てればOK」という風潮がひろまる。
     ・ こんなことでは、まともな思考力は付かない。
     ・ 数学の証明では、「証明を全部書かせず、穴埋めだけ」ということもある。
     ・ そのせいで、論述力は大幅に低下している。
     ・ OECD の「学習到達度調査でも、日本は論述問題で白紙答案が目立って多い。
     ・ その影響は、大人社会にも現れている。
        
    たとえば数学で、回答欄は整数になることが多く、正解が「2より大で4より小」ということさえ分かれば、正解は「3」という推定が可能。厳密な思考過程は必要なく、おおざっぱに見当を付けるための別の方法があれば十分。これらの影響(弊害)は実社会にも現れている。理由を説明せずに部下に指示するなど、説明能力の欠如も例外でなく、これでは部下も困惑する。

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    また、社員の勤務過程などを無視し、結果だけで評価する経営も可能である。昔、NHKの「ものしり博士」という番組で、「ケペル先生」がこのように言っていた。「 何でも考え、カンでも知って、何でもカンでもやってみよう! 」ここに科学的な教訓がある。近年の傾向として、「偉い人が言ったことをそのまま信じる」。「人の言うことをそのまま鵜呑みにする」。


    つまりこういうこと。「偉い人が言ったことを真実と思い込み、それで知ったつもりになる。で、それに反することを信じない。自分では何も検証せず、単に偉い人が言ったから、という理由でそれを信じる」。これは、「知ったつもり」にはなっても、「知ってること」にはならない。若い人と話してそう感じる事が多い。何事も、「○○さんがいったから…」の受け売りだ。

    「一切を他人に考えてもらい、他人に知ってもらい。他人にやってもらった結論、結果としての言葉だけを知る」ということだ。それで、「自分は知っている」と自惚れるが、実は何も知っていない。言葉を知っているだけで、事実を知っていない。現代のケペル先生は、「(自分では)何にも考えず、何にも知らず、何でもかんでもやらないでおこう。」であるようだ。

    なんでこうなのか?自分が考えるに、「間違うことが怖い」、「間違う勇気がない」のではないか?ようするに、「自縄自縛」であろう。これも想像だが、幼少時期から過保護に育ったことで、「失敗を怖れる」、「傷つくことを怖れすぎる」子どもが量産されたからではないのか。親が子どもに失敗させたくない、失敗するのは可哀想、見てられない。その結果であろう。

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    親の脆弱さが子育てに繁栄されている。逞しい父親がすっこんで(あるいは不在で)、気弱な母親が子どもをオロオロ眺める。子どもは基本、親の怖がるものを怖がる。気弱な親が自分で気弱である事に気づかず(あるいは気づいていても)、それが母親の思う正しさ。子どもに危ないこと、リスクを負うことは親としてさせるべきではないとの、「酸っぱいブドウ」の論理。

    それらをやり過ごしてしまった後ではどうにもならない。人間に間違う勇気がどうして必要か、これらは個々が考えるしかない。まさに、「自分で考え、自分で知って、自分でやってみよう」である。とりあえず自分の見解をいえば、人のやらない独創的な仕事をするなら、「間違える勇気」が絶対に不可欠なのは、間違いを恐れて、独創的な業績は成せないからだ。

    この世のすべての新しい技術は失敗から生まれた。したがって、田中耕一や白川英樹などノーベル賞級の科学者に、「成功の原因は何ですか?」、「どうすれば成功できますか?」と問えば、「成功するためには、失敗すればいい」と言うかも知れない。言わずとも、それが真に成功に導くためのプロセスである。「失敗をする」とは、「失敗を怖れない」の比喩。

    そこいらの市井人である自分も、多くの失敗をした。賞にも能わず、何の業績もないが、それでも失敗は多くをもたらせた。貸したお金を返せという事ができなかった。好きな異性の前で顔すらまともに見れず、頭をうなだれて通り過ぎるだけであった。嫌なことを頼まれても「no!」がいえなかった。が、こんな自分を嫌悪し、そういう呪縛から逃れたいと思っていた。

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    ある時、ある事を「no!」と言ってみた。嫌われたくなかった自分が、嫌われてもいいという覚悟で発した言葉であった。とても勇気がいったが、言った後にはそれほどの問題はなかった。取り越し苦労が多分にあったことに、その時気づいた。何でもないことを、さも何でもあるかのように思うのが人間である。特に、未知のことに関しては「怖れ」を抱いて当たり前。

    それが大きくのしかかると「行為」ができない。誰でも経験はあるだろう。躊躇ったことを行為したり、言葉に出してみて、初めて何でもないことに気づいた事。「案ずるよりは産むが易し」とは、出産の恐怖を言ったもの。のっけにあげたように、人間には自分と人についてのさまざま関係性がある。「関係」名のつく関係であれ、それが真に「関係」と呼べるのか?

    その前に「真」に関係と呼べるに相応しい関係とはどういうものか?まったく口を利かない親子がいたとして、それが親子関係なのか?家庭内で言葉を交わさない夫婦がいて、それで夫婦関係と言えるのか?前者は親子関係が壊れているといい、後者も壊れた夫婦関係と言う。何らかの会話の口実がなければ会話ができない、そういった親子、夫婦は少なくないのではないか?

    考えてみたらいい。人と会うのに口実がいるようなら、そういう人間関係はどこかギクシャクした関係のはずだ。一切の口実を廃止して会う人間関係は、好ましい関係である。用事がなくても躊躇わず会えるというのは、こちらにも相手にも遠慮がないからだ。人と人の良好な関係が成立し、進行する過程おいて、人間は次第次第に自分に近付きうるのではないだろうか?

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    偽りのない真の自分に一歩一歩近づきつつあるという感覚こそ、自己の実在感であり、感動的なものでもある。人間はこのように自己と深く関わりあい、自分が自分に近づいているという感動を得る。これは、自身が他人の中に紛れもなく実在しているということ。決して他人の中に架空に存在する自分ではない。偽らなくても、虚勢を張らなくても許しあえる関係である。

    パスカルは『パンセ』の中で、人間として大事な様々なことを述べている。「他人の観念の中で一つの架空な生活を生きようと欲し、そのために目立つことを人はしようとする。われわれは絶えず自己の架空な存在を飾り、それを保とうとして真の存在をなおざりにする」。なるほど…。人間は真の自分の存在に気づいた時、他人の中にある架空の存在に興味をなくする。

    文は人なりというのは近頃よく分かる。よく分かるというのは、よく見えるということ。見えるから理解もできるということだ。以下は抜粋だが、37歳のある女性との最近交わした会話である。ピアノを習っているというが、レッスンをサボってばかりで上達しないという。当たり前のことで、それについて思うことを率直に述べたのだが…。以下核心部分を引用する。

    相:「仕事が忙しいそのせいにして、レッスンサボってばかりで、上達しないんです」

    自:「ドジな4とか5の指とかが動かないし、弾くというより滑らす感じになります。粒が揃わず弾いてて嫌になりません?ピアノは甘くないですよね」

    相:「私も先生に一日レッスンを休んだら、元に戻すのに一週間かかると言われました」

    自:「余計なことかもですが、練習しないなら一人で好きにやるのはどうです?月謝がもったいないというか、習う理由がよく分かりません…」

    相:「そうなんですか?でも子どもの頃もあんまり練習しなかったです」

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    自:「ピアノ教師も生徒は手放したくないでしょうし、練習しないなら来なくていいという、熱心な先生もいます。言われた子を知ってますが、あなたも練習しないで行っても何も言われないからいいんでしょう。そこは互いの利害の部分でしょうね?」

    相:「は・はい。仕事もありますし、なかなかね。でも、弾いていると心が落ち着くんですよ、っていいわけでしょうか?」

    自:「言い分け?それは自分には分かりません。先生が感じることでしょうしね。こちらに言分けしたところで意味ないし」

    相:「そこまで言われるのかな~って、練習しなきゃ習ってはいけないんですか?」

    自:「自分の思い通りにならないと、わりと荒れるほうなんですかね?」

    相:「荒れる⁉⁉ はい。気性が激しいです〜。よくわかりますね~⁉」

    自:「まあ、いろいろな要素から、傾向は見えますよ」

    相:「まいりました、すみません・・・メールでわかるものなのですね~」

    自:「分らない、気づかない人もいるでしょうが」

    相:「ん〜‼‼ 探偵さんみたいですね~私の性格が解ってしまったら・・・もう、私に興味が無くなってしまったかな⁉」

    人と会話して驚くことは結構ある。この女性の場合、練習しないでレッスンに行くというが、子どもは、親に無理やり習わされているから分かる。30代女性で楽譜が読めるなら自分で自由に、好きにやった方がいいと思ったまで。練習していない引け目も、言い訳もしないで済む。それが気に障ったようで、何に腹を立てたか自分にはまるで分らない。

    もう一つは、会話をすることで、自分の本性を伝えたい、理解させたいと自分は思うが、この女性は本性を隠し、隠すことは別段イイにしても、相手に感ずかれたときに、上記のような言い方をするものかと。自分の本性が知れて面白くないというものなのか?「分かっちゃったんですね~」と言えばいいことに思うが、「探偵さんみたい」の言い方には驚く。

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    バレてよほど困ったのか、そんな人のようだ。過去に性格のことでトラブルが多かったか、彼氏や人から責められたか、そんな感じを抱く。自分の嫌な部分を自分で知ってはいるが、それを修整しようとの努力はせず、隠すことに躍起になる人である。「自己変革」という問題意識をもたず、都合の悪いことは隠せばいいと、女性はそういう生き物であるようだ。

    男にいないわけではない。本心を隠す理由は相手を傷つけると思うからか?いや、そうではあるまい。自分が傷つきたくないからであろう。本当のことを言って否定されたくないからであろう。否定されるのを怖がる人は多い。そういう人間関係に怯えてる人がいるのは承知している。自分を出さず、隠しておきながら、ムシのいいことに、「わかって欲しい」である。


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    『他人の関係』という曲がある。金井克子の31枚目のシングルとあった。金井克子はもちろん知っているが、「へ~、31枚目のシングルとな?」ちょい驚いた。金井克子の楽曲といえばこの曲以外に知らないからであって、まあ、勝手に知らないから驚いているだけなのだが、それにしても『他人の関係』というのは、当時も今もオカシな日本語である。どういう意味?

    知らなかったが、一青窈も歌っているという、『他人の関係』。歌詞の謎を解き明かすためにじっくり読んでみることにする。作詞は有馬三恵子といい、伊東ゆかりの『小指の想い出』、布施明の『積木の部屋』、南沙織には『17才』の他に、『潮風のメロディ』、『ともだち』、『色づく街』など16曲もある。ところで有馬三恵子のプロフィールには生年月日不詳とある。


    という事は年齢が分らないということ。女性の著名人でたまに年齢を伏せている人がいるが、なぜそのようなことをする?言うまでもない、年齢を隠すことで若さを保っている(つもり)だろうが、その女性にだって同級生はいるんだし、自分だけ隠してそれで通用すると思ってる時点でバカである。どうせ分かる、いつか分かる、なのに隠すなど虚しさを感じる。

    近年の女性は、堂々と年齢を晒すことが若さの秘訣だと考えているところがある。しかし、なかなか屈強な女性もいて、このように仰せられる。「まず、どうして年齢を尋ねるのか、理由を教えて下さい。仕事や公的機関で必要な場合、恋愛相手など私的に付き合う場合は答えます。他にどう言った場合に年齢が必要ですか?答える義務があるんでしょうか?」

    というほど言いたくないらしい。年齢は誰にもあるものだが、さりとて必要の有無というところにまで持っていけばこういう論理になる。年齢は、「ある」から聞くのであって、聞くのが悪だという人もいるようだ。年齢の有る無しという理性を超えた、「言いたくない」、「いう必要のない」、という感情に女性が拘る以上、「触らぬ神に祟りなし」としておくべきである。

    オトコには分らない、クビを突っ込まない分野である。同じ女性でもこういう人もいる。「私は特に隠しません。それは多分、年齢に関して、"若いほうがいい"と価値付けする考えが、自分の中にないからだと思います」。これは感情抜きの理性的な答えである。感情的が悪いというのではないが、全身情緒に支配された人は気を使わざるを得ない。マナーだ、礼儀だとうるさい。

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    隠したいのが女だろう。といっても、女はまた男の隠し事を気にする情緒も持っている。そもそも恋愛に秘密はつきものと思えばそういうものであろう。隠し事といってもピンキリだし、さまざまだし、いずれにしても短い恋なら隠したままでオワリだ。長い付き合いなら少しづつ割れていくだろうから、当面は気にしないことだ。隠し事があっても良い関係はある。

    ところで、『他人の関係』という言葉の意味だが、恋人関係でありながら、べたべたしないで距離感を保ち、束縛しあわない、自由な、オトナの恋愛を示している。本能的性愛においてはためらわず、己に正直に振舞うが、終れば他人のようによそよそしいとの意味である。「他人」を「親密」の対義語と捉え、「肉体関係」の対義語として「他人の関係」を示している。

    良好な「関係」があるように、よくない「関係」もあろう。親子関係で探ってみる。反目し合う親子関係はどう?自分は本来的に、親子は反目し合うものと定義するから、それをもって悪い親子関係と思わない。反対に仲のよい、よすぎる親子が悪いことはないが、ガマンをせず、無理もせず、自然に仲がよいのはよいことであろう。かといって、反目が「悪」とも思わない。

    聖徳太子の、『和をもって尊しと成す』は、日本人思想の根幹として根づいているが、言葉の意味を誤解されやすく、決して言葉通りに、「仲良きことは美しき哉」ではない。この言葉を現代と1400年前と一緒に考えると、とんでもないことになる。太子の時代、敵対する集団は皆殺しにするのは普通にあった。異民族への融和主義に対抗する視点と考えればよい。

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    鬼畜ヒトラーは別にしても、人類の歴史は異民族とどう融和していくかであるが、現在も世界のあちこちで、部族間の争いや、民族紛争は絶えない。日本人は単一民族国家といわれるが、それは間違い。太子の時代には渡来人が朝鮮半島から来ていたし、琉球人から蝦夷・アイヌという土着民族もいた。『和をもって尊しと成す』は、当時の太子の融和主義思想である。

    先住民族や渡来人だけでなく、まだ大和民族が出来ていなかった時代にあって、 当時の皆殺し思想からみれば、「○○部族民からみんな『日本人』になろう」という太子の呼びかけであった。聖徳太子はかつて百円、千円、5千円、1万円紙幣すべての肖像であった。それほど、日本人の基本精神を作り上げた人。現在、最高額紙幣は福澤諭吉だが、彼も日本を、日本人を大事にした。

    仲のよい親子といえども、意見の違いもあるし、それを戦わせることもあっていいが、大事なのは後腐れもなく、互いが根に持たないこと。最近は、「毒親」という言葉が飛び交っているが、毒親の特徴はいろいろある。ありがちなのは、「自分のような人生だけが人生」と言う視野狭窄的な親も毒親。また、子どもを己の自己実現の道具に利用しようとする親も毒親。

    もし、親が元凶に自分の人生的価値観を子どもに強いた場合、子どもは自分の人生を捨て、親の期待にそった人生を送ることになる。これが毒親圧力の怖ろしさである。いたいけな子どもが、そういった親の圧制に逆らうことは、大変に勇気のいることだ。が、親の恩とか感謝とかを常に口にされ、洗脳させられた子どもは、親を喜ばせることが何より大事となる。

    イメージ 3こういう親に「子」というオモチャを持たせると困ったことになる。「滅私奉公」を親に強いられた子どもは、親の期待にそった生き方をしようとする。そのような親を持った子どもは、その親の作る家庭において、自身の居場所を確保するしかなく、それで精神的安定を得ようと、涙ぐましく生きようとする。こんなに哀しくも、これほど不幸、これほど憐れな子どもはいない。

    家庭の怖さは、「これこそ家庭なのだ」、「これこそ子どもなのだ」、「これこそあなたたちの将来の幸せなのだ」というものを作ることだ。それらを親権的圧力で子どもに強制する。あげくその圧力は、子どもの心の中に内面化され、子どもは己の内から自分を強制していくことになる。こういう中にある親子関係は、互いに見られ合う同士の関係でしかない。

    言葉を替えて言うなら、「監視し合う」関係である。常に見られ、監視されているような子どもは、オトナになってもビクビク、オドオドした人間になる。そういう支配的な人間関係は、次第に自分を失っていく関係である。「束縛」とは、自由を失われることである。これを絶望という。絶望の向こうに何があるのか?それらは絶望を通してからでしか発見できない。

    「光」を見るには、絶望を超えることだ。毒親から逃れること。親子であれ、師弟であれ、対立があるのはそこに矛盾があるからだ。対立は矛盾がもたらすもので、人間に矛盾がある以上、社会にも矛盾はある。子どもから見た親は矛盾だらけのオトナである。男と女も、コドモもオトナも、若者も老人も、同じ人間であるが、社会のパラドックッスは、それを違いと見る。

    にもかかわらず、男女も若者と大人は共存しなければならない。それなくして社会は維持も存続もできない。したがって老若男女においては、双方に矛盾があるのが当然となる。老若や男女や親子の内部に矛盾を含まなくなったなら、どちらか一方が死んでしまっていることになる。社会が矛盾と感じる前に、社会を構成する人間そのものが矛盾と気づくこと。

    それが社会のせいにしないこと。新幹線内で焼身自殺をした容疑者は、世の中の矛盾に向き合うことができなかった。自分は不細工、自分は内気、自分は貧困、だから結婚できない、異性を得ることができない、だから幼児に手を出したり、オトナ女性を強姦したり、社会に当たったりするのだろうが、その前に自分に折り合いをつけるべきだが、それをしないから短絡的になる。

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    自分に折り合いをつけられない人は破滅し、不幸になる。彼女がいても伴侶がいても幸福になるとは限らないが、自暴自棄はいただけない。ところで、「理想の親子」と言うのがあるならどういうものか?「理想の夫婦」はどうであろうか?「理想の○○」などと、なんとも美しい言葉である。実体は努力と労苦のたまものであって、その結果得られるものではないのか?

    芸能人が、「理想の相手を見つけました」とノロケても、数年で終ったのは多い。芸能人に限らないが、目立つ、分かりやすいという意味で芸能人である。「理想の相手が幻想だった」など、何も珍しいことではない。よい夫婦とは添い遂げた結果をいうのではないか。「離婚はしたけど、よい夫婦だった」との言い方もあるが、当人の本心は人には見えないし、何を言ってもいい。

    理想の親子、理想の夫婦という理念を掲げてみても、言葉どおりには行かないもので、そう考えると大事なことは理念や言葉ではなく、現実であろう。問題を解決し、調和を保っていくという努力ナシに語れない。良いものだから続くというのは実は怪しい。続いたから良いものだった、というのは確信的である。そう考えると、理念も理想も怪しいものだ。

    「発展は幸福のためにこそあるべきで、我々はただ人類を発展をさせるために生きているのではない」と言ったムヒカだが、これは現代社会の名言であろう。高度成長で失われたものも多かったはずだ。例えば高度成長以前の日本は、「個体維持」、「集団維持」、「種族維持」という三つの本能行動が健全に維持されていたようだ。が、経済が成長してどうなった?

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    世の中が便利になりすぎると、集団維持の欲求が急速に崩壊し、地域社会の連帯は薄れ、近所付き合い不能症の個人や家族が増え、家族間の連帯が喪失している。夫婦は祖父母との同居を拒み、核家族化が進行した。核家族化は、家族間の精神的結合や相互依存を薄める集団崩壊現象プロセス、という研究に殉じるなら、当然にして離婚が増え、家族はバラバラ化する。

    個人個人がバラバラ化になった社会は、権利と義務意識が優先し、個人と個人が権利と義務意識で争うことになって行く。夫は外で賃金を得るが、専業主婦は家事担当で金をもらえないのは不合理と言い出す。妻を家事と育児に、「しばりつける」にも不合理と声を荒げ、男の横暴だと言い始めた。善悪は別にし、個人の意思や意識が尊重された結果、家庭崩壊が進んだのは事実。

    旧態依然の夫婦関係は古い、よくないというなら、新しい夫婦関係を拠り所に新しい家庭を模索していくしかないだろうが、病める現代社会は、「家族と言う欺瞞」、「家庭という虚飾」に彩られているという。古い時代に戻れというのではなく、何がよいか、本当に正しいものは何かを基軸に考えることで、いいものはいい、よくないものはダメと取捨選択できる。

    周囲を見ず、さして気にもせず、他人に流されず、社会にも流されないなら、よい子育ても可能であろうが、「○○さんはこうだ」、「今の時代はこうだ」と、どうしてもそちらに目が行く。周囲がどうあれ、「汝は自身の軌道の上に立て!」というニーチェの言葉が好きだった。周囲と同じことをしないと、「変人」の代名詞はつくが、そんなことを怖れて善は行えない。

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    価値観が多様の現代にあって、「正しいもの」は社会の仕組みと複雑に絡み合って、捨て置かれている。偏差値を否定すれども、それが社会で有用とされるなら、勇気を出して否定できるのか?善悪と損得と分離して思考し、実行できるのか?損得・利害行動人間は結構多い。哲学者で『善の研究』の著者でもある西田幾多郎は、多くの象徴的な言葉を残してくれている。

    「信念というのは伝説や理論に由りて外から与えらるべき者ではない、内より磨き出さるべき者である」

    「自己が創造的となるということは、自己が世界から離れることではない、自己が創造的世界の作業的要素となることである」

    「サイレントマジョリティー」に慄くことはなくなった。多かれ行為の実践者はそうであろう。上にも書いたが、「衝突矛盾のあるところに精神あり、精神のあるところには矛盾衝突がある」という西田の言葉は、ずっと頭にあった。哲学とは思考し、思索するだけではない。実践なくしては、「絵に描いた餅」だが、実践するために人は、自ら哲学者でなければならぬか?そんなことはない。

    「今日の仕事を明日に延ばすな」、「急がば廻れ」、「チリも積もれば山となる」を実践する人は多く、彼らは哲学者でも何でもない。誰にもあるように、よいと思ったこと、正しいと信じたことを実践することである。何も難しいことはない、自身の欲と他者の目に抗えばいいだけのこと。深い思考は、「単に思った」よりは、多少秀でているであろう。それだけの事。

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    誰だったか名前のでない芸能人で、「そんなのカンケーナイ!」というギャグを飛ばしていた。調べれば名前くらい判るが本当に忘れており、知らずとも、ワザワザ調べなくとも、分かる人もいるからイイかも。「知らない」、「忘れた」も人間的である。ずっと以前には柴田恭平(こちらはスラリと出た)が、彼は「カンケーないね」がトレードマークであった。

    「関係ない」ではなく、「カンケーない」としたのは、実際に言葉でそう言っているからで、「カンケイ」が正しいのに、「カンケー」というのは、「ケー」と伸ばしたいからで、「バカ」も「バーカ」と伸ばすことでいかにも強調した感じになる。「アホ」は「アーホ」と言わず、「アホー」というが、伸ばさず「ドアホ!」みたいに切って言う方が迫力ある。

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    「アホードリ」という鳥を「アホドリ」では可笑しい。やはり伸ばさなきゃ変だ。正しくは「アホードリ」ではなく「アホウドリ」という。なぜ、そういう名前がついたかといえば、翼が大きすぎて助走なしでは飛ぶことができず、だからか地上にいるときは動きが鈍く捕まえやすかった「アホな鳥」ということで、「アホウドリ」という名前になったといわれている。

    アホウ、アホウと鳴くからとの説もあるが、「アホな鳥」が正式な命名理由なら、命名者は関西人であろう。生息地は関西ではなく、小笠原諸島である。とすると、調査隊の中の命名者たるお偉い学者さんが、関西人であったのかも知れん。鳥にとっては大変な侮辱的な名であるが、「アホの坂田」で平然とする人間もいるくらいだから、「そんなのカンケーナイ」のアホウドリ。

    木枯し紋次郎という有名人がいた。笹沢左保による股旅物時代小説。また、その主人公の異名である。原作は漫画にもなり、テレビドラマ、映画にもなった。テレビドラマでは中村敦夫のニヒルさが人気を博す。映画では紋次郎役は菅原文太であった。その紋次郎が劇中口にする決め台詞が、「あっしには関わりのないことでござんす」が、当時の流行語にもなった。

    これを友人仲間同士で、「It's non of my business」と言ったりした。「そんなのカンケーナイ」と同じ言葉である。が、少し異なる。「あっしには関わりのないこと」と紋次郎がいうのは理由がある。「いちいち人様の願いを聞いていたり、人様の揉め事に首を突っ込んだりしていては、自分の命がいくらあっても足りない」との思いを持っているからだ。

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    時代も時代であり、また、無宿の渡世人である紋次郎に対する頼み事とは、たいがい刃傷沙汰になる。いつ命を奪われるかわからない無宿の渡世人が、義理ごとで命を張ったり、見知らぬ誰かの為に何かをしても得るものはない。そういう歯止め言葉である。それでも紋次郎は毎回揉め事に巻き込まれるという設定であり、人間の心の葛藤を見せてくれている。

    ご老公が葵の印籠を出すと同じ、ワンパターンドラマである。『ダイ・ハード』もそうで、何も起こらないなら映画として成立しない。ところで柴田恭平の「カンケーないね」だが、「これを最初にいったのはオレだ」と田代まさしが主張する。消えた芸人田代はこのセリフをよく口にしたが、田代は柴田のマネということで広まったのは皮肉であろう。

    結局、どちらが有名であるか、人気があるかの世界である。柴田のオリジナルでなく、田代が元と言われているが、さらに大元として木梨憲武説もある。「元祖正露丸」は訴訟にもなったし、「元祖ボール」という駄菓子もある。「元祖・ドッキリカメラ」は、その名の如く、日本テレビが最初に「ドッキリ」を始めたが、フジがお株を奪った形で人気を得た。

    「元祖」問題は、「長浜ラーメン」など訴訟も多い。そんなに「元祖」が大事なのか?断りもなく真似をされるのは腹立たしい。和食の定番「肉じゃが」だが、「われこそは元祖なり!」と、肉じゃが発祥地論争が、広島県呉市と京都府舞鶴市で勃発した。元々肉じゃがは、日露戦争でロシアのバルチック艦隊を撃沈した、東郷平八郎が考案したといわれている。

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    旧海軍の軍港がある呉に、東郷が参謀役で赴任していたことから、ここに呉発祥説が生まれた。しかし東郷は、京都の舞鶴市にも鎮守府長官として赴任していたこともあり、こちらも「肉じゃが発祥」を宣言した。ここに呉と舞鶴という、旧海軍港間で“発祥の地”をめぐる論争が巻き起こった。両市とも確固たる証拠はなく、この論争に決着がつく宛はない。

    「そんなのカンケーナイ!」の芸能人が、小島よしおであるのを急に思い出した。考えていたわけではないが、突然、脳裏に現れるなどはよくあること。記憶の不思議さである。「そんなのカンケーナイ!」は、小島を人気にした代表ネタであるが、その前ぶりは以下の状況であるらしい。ハッキリいって自分は全然知らないことなので、wikiから抜粋する。

    1.まず体験談などを話す、小ネタをやって見せたりするなどの前振りを行う。

    2.途中で言葉を間違えたり先にオチを言ってしまったりといった失敗に気付き、「あー、下手こいたー!」と落ち込んで床にひざまずき頭を垂れる。

    3.すかさずBGMが流れだし、リズムにあわせて尻を高く突き上げたあと勢いよく立ち上がる。そして軽快な音楽に合わせてネタを始める。最初は、「ウィー!」、「ホラホラホラホラ!」、あるいは両肩を揺らしながら、「揺れてるよー!」などから始まる。 尺が短い場合はBGMを流しながら登場して、ネタを始めることもある。

    4.先の失敗を受けて、「ア、ソレ、ア、ソレ、ア、ソレソレソレソレ、○○○、(だけども だっけぇど)、×××、でもそんなの関係ねぇ!あー そんなの関係ねぇ!あー そんなの関係ねぇ!」と、利き腕の左腕を、こぶしを握り締め振り下げる。


    やってるところは何度もみたことはあるが、何の脈絡ナシにやっていると思ったが、行き着くまでの設定があるんだなと。で、これがそんなに面白がられた理由まではよく分らない。小島のネタはともかく、「そんなのカンケーないじゃん?」という奴は結構いた。「自分には関係ないこと」と蓋をする奴も結構いた。その時の顔まで思い出すことができる。

    まったく関係ない訳じゃないのに、そういって遮る奴に腹を立てたこともあった。子どもが何か不祥事を起こしたときに、「お前が甘やかせるからだ。オレには関係ない!」という夫が妻に文句をいう光景もあった。子どものことで責任をなすりあいをする夫婦って結構いたりするが、「何も言わなかったから責任がない」というのは絶対にないバカ夫である。

    「何も言わなかったという責任」がある。子どもの教育や家庭全般を仕切る妻はいるが、そういう妻でさえ、何かあれば夫の責任にしようと狙っている。ある妻は夫に、「何もしてくれなくていい、してもらわなくていい、お金だけ稼いでくれれば…」と申し渡している。よくもまあ、ヌケヌケというものだが、口に出さず夫をないがしろにする妻もいる。

    夫が、「オレには関係ない」と言いたい気持ちも分からぬでもないが、こんなときになすりあいをして問題が解決するわけでもあるまい。普段は「何もしないでいい」と口出しを遮って置き、何かあった時は、「何もしない夫」というセリフを吐く妻にも腹が立つ。口を出させないなら、責任も取らせないという心意気もなく、その場の都合、都合で立ち回る女。

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    夫は踏んだり蹴ったりであり、見ていて腹立たしいが、「あっしには関わりのないことでござんす」だ。「二人で言い合いしてろ!」と腹で思うだけ。一度だけ、やんわり言ったことがある。「そうやって相手の責任にし合って、イイことになるのか?何か解決つくわけでもないだろ?」と。「いい加減にしろよ、お前らの子どもだろ?」、が本心であったが…。

    それくらいの醜態である。「仕切るなら責任も取れ」も道理。部や課を仕切っていながら、責任逃れする上司もいるが、責任者が責任を取らないという図式がいかにも日本的である。諸外国の責任者というのは、ケツの毛まで抜かれるほどに責任をとらされるが、上に甘く下に厳しい日本の企業である。東京オリンピックのすったもんだもいかにも日本的だ。

    問題が発覚した時に、「オレはカンケーナイ」、「そんなのカンケーナイ」と言わせない組織作り、体制作りがされていない。何かの時の「逃げ道」を用意しているズルさ、これが日本人が日本人を超えなければならない壁である。日本人が日本語や日本文化に呪縛されて枠を超えられないといった心理的な壁が、ものの考え方、感じ方すべてに支配されている。

    これに早くから気づいたのが福澤諭吉である。福澤は、徳川封建制で培われた「人間関係」の形や服従心を基軸にした日本人の国民性と、日本の国家のあり方を縦横に論じた『学問のすゝめ』、『文明論之概略』を著す。そこで生まれたのが「独立自尊」の考え方である。福澤は1400年前の聖徳太子と同じ、日本人としての基本理念や精神が同じであったようだ。

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    福澤は、『学問のすゝめ』で、こう述べている。「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」。聖徳太子、福澤諭吉、ともに最高紙幣に相応しい、日本人たるアイデンティティをもった代表としての御仁である。近年、「聖徳太子は存在せず」が定説のようで、あの肖像も別人らしい。

    イエス・キリストにだって不在説はつきまとっている。たとい聖徳太子が不存在であろうと、聖徳太子的日本人観は、日本人の心に脈々と続くだろう。「福澤諭吉?カンケーないね」、「聖徳太子なんか、自分に何のカンケーもない」という人はいるだろう。が、本人が「カンケーない」と否定すれば、関係ないのか?関係が絶たれるものなのか?それはないな。

    親が人を殺して逮捕・収監された。「親は親、カンケーない」と言う人はいるが、自分が拒絶しても関係が途絶えないし、周囲も認めない。関係ないとは思っても、「カンケーない」などと言わず、黙しているべきであろう。それが社会であり、我々が社会の一員である事でもある。社会とは自分を他人がみることでもあり、よって黙すことが利口なことが多い。

    子どもの不祥事に夫婦が、「自分は関係ない」といわず、黙しておくべき。関係ないと思っていても、通らぬことは黙すべき。「そんなのカンケーない」と言って、関係がない事にはならぬことくらいは、社会人として理解すべきこと。東野圭吾の『手紙』は、加害者家族が社会から受ける連帯責任について書かれたものだが、不条理といえども社会である。

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    親子であれ、兄弟であれ、人が人との互いの関係のなかで、自分が自分に近づくというのは、自分の中にある醜い部分、好ましからざるものを互いが突き出すことであろう。我々は自身の中の醜いものを、ことさら突き出して生きていけるほど、強靭な神経をもっていない。が、もし他人と誠実な関係を結ぼうと望むなら、そういったものを出していくしかない。

    そして自分が一歩一歩、真の自分に近づく過程において、互いの関係も変わってくる。その関係の変化によってまた自分も変わる。そうしているうちに、醜いものが消えていくか、あるいは無理して突き出さなくても、自然のカタチになって存在できるようになるかもしれない。自己変革と成長の過程で、変革と成長に寄与した人との関係を捨てる必要も生まれる。

    稚拙で虚飾にまみれた関係であっても、その時期その人と関係したしたのである。数年、数十年を経て、互いが成長したことを互いは知らない。大事なのは成長の暁ではなく、時々にあっての人との未熟な関係も含めた、事実であろう。その時は互いが若かったというのは、紛れもない事実である。今は捨てられた関係であっても、双方の心に残っている。

    関係は常に変化する。30年前の恋人は当時の自分しか知らない。関係が変化するのは、人間が変化するからで、人間が変化するのを成長という。だから関係は固定的なものではあり得ない。25歳で結婚した同士が、40年、50年連れ添って、「よくまあ、ここまで来たものだ」と実感するように。人間関係が難しいと思うのは、互いが未熟であったに他ならない。

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    もっとも顕著な例は親子関係であろう。何でも「はい、はい」と親のいう事を聞くだけのかわいかった子が、テコでも動かなくなり、親の命じたことを無視するようになる。これに腹を立てる親も多いが、腹は立つけれども、「成長」の証しと感じる親に、キャパシティを見る。親子は依存から始まるが、最後に親は子に必要とされなくなることを喜ばねばならない。

    親子関係が難しいのは、親に関係のない子どもの事に親が首を突っ込むからだ。親が解決できない子どもの問題はあるし、子どもに解決させるしかないが、子どもが頼ってきたら親は力を貸せばいい。それもないのに、勝手にしゃしゃりでて、アレコレ口をはさむのは、子どもにとってこれほど迷惑なことはない。親の勝手な心配は、親自らが処理すべき事。


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    「お前はあの女とどういう関係なんだ?」と、ある奴が聞いてくる。「どういう関係って、別に何の関係もないよ」。この場合の「関係」とは男女関係のことを聞いている。「ふ~ん、何の関係もない関係という関係なんだな?」「うん?ちょっと待て、"何の関係もない関係という関係"って、ややこしいな、どういう意味だい?もうちょっと分かりやすく頼むよ…」

    「何の関係もない関係とは、つまりは男女関係のない関係と言う意味。だからといって何らかの関係はあるだろうし、何の関係もない事はない。だから、"何の関係もない関係という関係"だろうといったまで」。「なるほど、男女関係はなくとも、何らかの人間関係はあるという意味か、それなら確かにそうだ。あの女とはただの友人だ。それだけのことよ」。


    「男と女が男と女の関係なくして、友人関係で仲良くできるのか?」というのは、巷いわれること。互いが老壮年なら何ら不思議はない。ただ、若くして血気盛んの折には、ついつい接近し、ついつい御呼ばれに預かることも自然といえば自然である。互いが求めるからだろうが、「私は別にそんな気はなかったのに…」というのが女の常套句だったりする。

    関係をもっていても、「関係はない」と嘘をつく場合もある。芸能人の常套句だが、自分も何度かそういう嘘をついた。「なかったことにね」と、相手と話を合わすのだ。大体、女の方からそれを言う。「わたしたち、何もなかったことにね」。理由はいろいろある。女に夫がいる。彼氏がいる。真面目で貞淑な女性と周囲から見られている。と、大体がこういうところか。

    真面目で貞淑というのは、俗にいう「イイ子ぶってる」事。「何もなかったことに」と言われて、黙っておけないのが若僧時代。親しい友人などについ言ったりするが、いい女の場合に限る。「本当かい?あの女がね~、信じれんな」と、言われてちょっぴりいい気分だが、いい女だから言われるのだ。いかにもヤって当たり前みたいな女なら自慢にもならん。

    博愛主義の女性は男に喜ばれるが、利用されやすい。「お願いできませんかね~」などと冗談交じりに言い、その返答加減で分かることもある。「なにバカなこと言ってんの?」などと強い口調で言い、毅然と「No!」の女性が少なくなったご時世である。嫌ではないのに軽々しく「Yes」は言わぬが、愛想のいい女、あるいは笑ってごまかす女は博愛主義と見てよしだ。

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    十人十色。百人百様。万女万態。好みの相手に口説かれるときの、女にとっての至福の時間。男の言葉に嘘か真か、偽心を抱きながらも、よろめく女の切ない性。菊池寛の代表作『藤十郎の恋』のお梶はクビをくくったが、やつし事、濡れ事、口説事の技は一段と磨きがかかる。まさに傾城買にかけては日本無類の濡れ事師、坂田藤十郎一代の大芝居であった。

    藤十郎の芸の餌食にされたお梶だが、この程度でクビをくくる羞恥心は今の女性にはないが、この物語はお梶がクビをくくったからこそである。こういう感じで男を弄ぶのは、実は女の方が手練れており、相手の反応によって、「じょうだんよ!」を用意し、逃げ道を作っておく。からかって楽しむ女も多く、「男ってすぐに真に受けるからかわいい」などと遊んでいる。

    男からすると遊ばれている。と思う男もいるが、女も100%遊んでいるわけではないし、逆に手練た男は女の言葉じりを捉えて話を盛り上げていく。その才能があるかないかというのは、つまり、相手の言葉を逆用していく能力であろう。「冗談だわよ」という言葉の多くは、実は冗談ではないという臭気を放っているし、女はそういう生物と思う方がいい。

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    引っ込み思案で度胸もなく、真面目で良心的な男は腹黒女を料理できまい。このように、男女事に限らず、何事も琴線に触れたり、腹を探りあったりするのは、ミステリアスであり、洞窟や地底探検のように面白い。そういう前向きな気持ちがあればこそ、女の洞窟探検にあやかることもできる。一見硬い女は、柔軟剤という口実を用意してやれば解決する。

    スケコマシみたいな言い方にみえるが、どうしてどうして、こういう能力をバカにはできない。人間対人間は、個人と他人のせめぎあいであり、駆け引きによって勝ち負けを得る。何事においても自信は大事だが、それ以上に勇気が重要だ。が、手練者においては、「勇気」というのは特にない。彼らにとって「勇気=普通」である。人の能力差は斯くも存在する。

    先天的なものもあれば、後天的なものもある。先天的なものは遺伝子と言う形で親から譲りうけたものだが、後天的な能力を人はどこで、どのように身につけたかはマチマチであろう。が、一端身についた能力は大いに役立つし、それなき者はハンディキャップを背負っている。戦う前についている差なら、ハンディを背負った人間が損に決まっている。

    だからこそ人は戦うのであろう。幸福な人間は幸福を求めたりはしないし、よって幸福論を求め、幸福を模索するひとはいかばかりかの不幸が必要であり、不幸の自覚から幸福論は始まっている。宮本裕という伝説のセールスマンがいる。彼は、「買って下さい」とは一言もいわず、それなのに1カ月で69台というクルマの販売台数新記録を作ったセールスマンである。

    イメージ 6もちろん長けているのは、営業能力であるが、彼はこのように打ち明ける。「実をいうと、私は生まれつき話べたで、人に会うのが大嫌いでした。この道に入った13年前も、妻子を養うために、仕方なくセールスマンでもやるか、といった気持ちでした。足を棒にして歩き回り、思いつくあらゆる方法でお客さんを説得しました。が、最初の半年間は一台も売れませんでした」。
    彼は最初、顧客を脅したりしていたという。「今が買い得です。来月から税金が上がって高くなりますよ」とか、「シートカバーとクッションをサービスします」などと、エサで釣ろうとしていた。「他のクルマがいい」という客と論争してやりこめたこともあった。その場合、顧客は宮本さんの論理に屈服はしたけれど、なぜかクルマは買ってはくれなかった。

    そして半年後、奇跡的に売れたクルマを届けに行ったとき、小さな子どもが、「おじちゃん、クルマをありがとう」と言ったという。彼は言う。「これが転機でした。この仕事で、ひとを幸せにすることができる、と知ったのです」。それ以後彼は、「どうすればお客さんを幸せにできるか」だけを考えた。その命題において、彼なりのものを模索し、見つけたのだ。

    人を説得するための方法はたくさんある。脅す、誘惑、論理、感情などだが、そのどれにも増して効果的なのが心理説得であろう。自分が主体的に何かを言う、上手い言葉を垂れ流す、そうではなく相手の心理を見極める、腹の中を読むということだ。つまり相手に喋らせて、こちらが聞く側に回るのも効果がある。説得心理学の専門家は次のように指摘する。

    「人は自分でしゃべっているうち、自分の心の奥に潜んでいた本当の気持ちに気づき、自然と正しい結論に落ちついて行く。しかも、その場合は、むりに説得されたと気づかず、自分で判断したと信じて行動に移す」。有能なセールマンは、顧客に多くを話させる。顧客が自分で言い出したことなら、引っ込みがつかなくなり、買えといわなくとも自然に売れる。

    これが、「買って下さい」といわずとも、物が売れる極意である。売り手と買い手もその場においては人間関係が成立する。手練た試食販売員なら、絶対に「買って下さい」などといわない。顧客自らの意思で買おうとする雰囲気を作れば、それでいいのである。その間の顧客の心の動きなどを見ながら、適切な言葉を小出しにする。言葉が少ないも、客にはプレッシャーとなる。

    イメージ 7苦しさのあまりに自らの命を絶つ、相手の命を絶つ、親が子の命を絶つ、子が親の命を立つ、子が自らの命を絶つ、親が自らの命を絶つ、こういう過ちが衝動的になされるなら悲劇としかいいようがない。緻密な計画の元でなされるなら、悲劇ではあっても怖ろしき哉。自死にせよ殺意にせよ、衝動に駆り立てれたならどうすべきか?巷言われる、「頭を冷やす」も一例だ。
    これが中々できない。なぜできないのか?そばに冷水がないからか?冗談はさて、頭を冷やすというのは、冷水をかぶることではなく気持ちを冷やすこと。気持ちを熱くするのに、熱湯を浴びる必要がないように、冷静にするためにはとりあえず落ち着くことだ。自分は落ち着くために、事後のことをアレコレ考えた。自分の行為の行く末について損得を考えた。

    それが間違いを食い止めるコツであろう。間違いを起こすのは、間違いを間違いと認識できない、もしくは間違いであるとの思考に至らないからで、思考し間違いであると結論すれば、間違いは起こさない。「殺人罪」と「過失致死罪」が、罪状として分離・区別されているのも人間が間違いを起こす前提にある。さりとて、その判断を人間が正しく裁けるのか?

    自分のことも、他人のことも、何がしか解決の難しい壁を突き立て、その前に立ちはだかり、「難しい」などといっている。かつてのことは氷解し、壁が消えた暁に人は平穏となる。時間が経てばなんでもなかったことも、その時は大変だった。苦しくもあった。すべてが笑い話にできるから人間は幸せを実感するのであって、笑い話にならない事は悲劇であろう。

    明確なる殺人動機があったとしても、喉もと過ぎれば人は罪の軽減を求めて嘘をつく。だからと言って、人が人の心を理解できるはずがない。裁判官がどうして超人であり得る。彼らはラーメンを食い、ステーキを食って糞をたれる人間である。裁判官は正しい判断を行えないと、だから陪審員制度があり、日本でも裁判員制度が生まれた。ならば、こちらは正しい?

    事件には悲惨でむごたらしいものも多い。むごい「強姦・殺人事件」に、正直素人はかかわりたくない。が、裁判員制度は、裁判に国民の常識を反映させることで始まった。「強姦罪」だけなら裁判員制度の対象にはならない。理由は、「強姦罪」の法定刑は、「懲役3年以上」であり、裁判員制度の対象は、法定刑に、「死刑」、「無期懲役」の重大犯罪となる。

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    日常、「強姦」など「殺人」など、考えたこともない裁判員が、常識と経験と想像の及ばぬところで判断を強いられることになる。これで正しい量刑判断が出来るのか?というのも大いなる疑問であろう。結局、人は人を正しく裁けない。キャリアを積んだ裁判官であろうと、市井判断に長けた(?)といわれる素人裁判員といえどもである。では、誰が人を裁くのか?

    結局は「人」である。したがって、間違いもあろうが仕方がない。日本の裁判官によって日々書かれている判決文の異様さを、誰が咎めることができよう。マスコミやジャーナリズムによって晒されてみたとしても、「餅は餅屋」の論理がものを言う。もちろんおバカ裁判官だけではない。オカシな論告(検事)、笑える弁論(弁護人)も、同じように頻出してしまう。

    マスコミが国家権力でない以上、国民がマスコミに期待するのは、三権に対するチェック機能であろう。とりわけ、議会や行政に対しては、マスコミに従事する人間以上に、国民の視線は厳しい。ところが、裁判所に対して、なぜか国民もマスコミも、ノーチェックといわれるほどに関心がない。「そんなのカンケーない」と言わんばかりに口を閉ざす。

    なぜか?この国では犯人逮捕が最大の関心事である。「逮捕」が最大のニュースとなり、その後も容疑者の供述などがチラホラ出てはくるが、起訴後の裁判経過、そして判決の新聞紙面の扱いは三面の片隅に小さく載る程度。福井県勝山市であった、大学教授による教え子大学院生殺害事件は、今年の3月に発生した。今となってはほとんどの人の関心事にない。

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    まあ、そういうものであろう。所詮は、見ず知らずの人、自分には「関係ない関係」の人たちである。「関係ない関係」の人たちに興味を抱くと、毎日毎日の事件さながらに体がいくつあってもおぼつかない。世の中、「関係ない関係」が、「関係ある関係」より断然多い。親子、兄弟、夫婦、上司・部下、教師・生徒、友人、恋人に一喜一憂するだけでも大変だ。

    逮捕されたらさて、問題はそこでどうするか、である。惨めな親子関係があるのは、親子には先験的な愛情があるという嘘であろう。愛がないとは言わないが、「ない」時だってある。子が憎いなと思うこともあろう。過ぎ去った一切はまぼろしが如きである。それを考えると、人は今、日々その場を生きてはいるが未来を生きる。過去を生きてきたように…。

    今の自分の存在根拠について人は理由なく納得できるし、その実体にさして疑問もはさまない。今の自分を認めると同時に社会をも認めることだ。犯罪者の多くが社会に不満を抱くが、彼らは己は認めるが社会は認めない。不満や文句を言うだけで社会と対峙しない。不満を社会と対峙のエネルギーにせず、無差別殺人などで社会への憎悪を晴らすなどしている。

    秋葉原事件、池田小事件、新幹線焼身自殺などの無軌道性も思考の欠如である。人間は自身を内側から支えるものがないと生きていくのは難しく、だから自暴自棄になる。かつては、社会公認イデオロギーに染まるのが手っ取り早かった。たとえて言えば、暴力団、ヤクザ、右翼など。山口組の分裂の兆しを見るに、社会の必要悪であった暴力団も存在意義をなくしている。

    現代人に木枯し紋次郎のような無宿無頼の渡世人稼業はない。ある意味気楽な稼業であろうが、社会の一員として定宿・定住が望ましい社会形態である。「あっしには関わりのないことでござんす」などと言ってられないご時世にあって、多くのものと関わり、答を求めて生きていく。そこに存在し、その場の空気を吸う以上、すべてに己の責任は発生する。

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    相手が叩いてきた。叩かれたので叩き返す。すると相手は泣いて先生にいいつけた。先生に呼ばれ問われた。「何で叩いたんだ?」、「先に叩いたので叩き返した」と言った。「(泣いてる子に)何で叩いたんだ?」先生は聞いた。「叩いてません。なのに叩かれた」と言った。「嘘だ、お前が先に叩いたろ?」といえば、「叩いてない!」と言い返す彼に呆れてしまう

    この状況を教師はこう納める。「もういい、言い合いしても始まらない。君は叩いたんだね?」と再度自分に問う。「叩きました!」、泣いてる子に「君は叩いてないのか?」、「叩いてません!」と言う。「なら叩いた君は謝りなさい」。「嫌です。謝りたくない。ボクは悪くないから…」、「だって、叩いたんだろ?だったら謝らなきゃ!」、「いえ、謝りません」。

    という状況。謝らないないボクって正しい?謝る理由がないから、ガンとして謝らないボク。もし、同じような状況で教師の「謝れ」の指示にしたがって謝るやつはいるだろう。どちらが正しい?この場合の「正しさ」とは何だ?ボクが相手を叩いたことの真実の理由を知るボクには、正当防衛という正しさがある。叩かれて泣いた相手は、ボクが正しいと思うだろうか?

    自分が先に叩いたからボクが叩き返したという事実を知りながら嘘をつく相手は、ボクが正しいと思いながらも、ボクを陥れようとする。あるいは、ボクを正しいと思わないのかも…。的確な事実判断よりも、我田引水である。相手はなぜかボクを悪者にしたいわけだ。仲裁に入った教師の対応は適切か?不適切か?だが、上の事実においていうなら間違っている?

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    相手は嘘をいい、ボクは正直に話した。教師は相手の嘘を信じ、正直なボクの真実を信じた。その結果、相手は正しく、ボクは悪いとされた。さて、ボクはこの状況を納得できるだろうか?正直な自分より、嘘をついた相手が正しいとされた。その事でボクは教師に不満を抱いた。不満は日を追って不安となった。「先生が生徒の言う嘘に騙されていいのだろうか?」

    「先生って、正しい目を持ったヒトじゃないな」と、それが分かった。そう断じざるを得なかった。ボクは教師を不信の目で見るようになった。教師はオトナであり、教師もオトナも子どもについて正しい判断ができるはずなのに、そうではないのが分かった。そりゃそうだろう。子どもの争いにオトナは正しい判断で裁いて欲しいと、子どもなら思いたい。

    オトナなんか何もわかっちゃいない。嘘つきを信じる教師なんかサイテーだ。そんな教師なんか信じれるはずがない。たった一つのことが、教師を不信にしてしまう。子どもの視点って実は怖ろしい。信頼を壊すのは、たった一つのことで十分である。おそらく、同じ思いを抱いたヒトはいる。同様の経験から教師やオトナに不信を抱いたヒトはいるはずだ。

    問題は単純だが、ヒトの思いは複雑だ。子どもであってもオトナと変わらない思いでヒトを見る。なぜ教師は、「何もしないのに叩かれた」という相手を疑わない。それって問題の核心だろう?何もしない相手を叩くか?この程度の感受性もない人間が教師でいいのか?物事を正しく把握しないで、正しい裁定が下せるか?真実を知る自分のところに降りてこない教師。

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    これはもう子ども心に教師を見下してしまったも同然だ。確かに教師といえども「神」ではない。オトナはすべてを見通せるものではないだろうが、子どもにすれば純粋にそういう事を期待するし、それが生徒にとっての教師、子どもにとってのオトナである。嘘を疑いもせずに簡単に信じてしまう教師もオトナも、そんなもんいらない。自分はそこまで思った。

    だって、何の役にも立ってないし、嘘を信じるオトナってバカに決まってる。テレビドラマや映画で、人が嘘で操られたり、騙されたりするのを、観客はイライラしながらみるだろうし、現実とて同じこと。「何でコイツの嘘を信じるんだ?」と、イライラした。嘘つく相手に向かって、「お前は嘘つくんじゃない」と言ってくれたら、どれだけ清々しいか。

    沢山あったな、こういうこと。子どもは、こういう場合にどうにもできないものだ。嘘をつかれて、教師やオトナの仲裁もないまま、茫然自失なこともあった。このブログにも数度書いたが、小3のときの「接眼レンズ事件」は、悔しいというより、事の大きさに言葉がでないほど驚いた。なのに、何もできない非力でいたいけな自分を、オトナになって悔しがった。

    どうしてあの時、言い返せなかったのだろう。三個のレンズを便所に落とした、などの合理性のない、とってつけたような嘘に対し、何も言い返せなかった自分が悔しくて、情けなくて、この時のことが後の自分に大きく寄与したと思われる。過去において、どういう場面をやって見たいか、といわれるなら、真っ先にこの場面がやってみたい。彼の嘘を粉砕してみたい。

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    善意で借した接眼レンズを、嘘をついて自分のものにしようとする人間を許してなるものかだ。考えれば考えるほどヒドイ奴。接眼レンズのない天体望遠鏡など、虫眼鏡以下で何の役にもたたない。親に「なくしたから買って」とは到底いえないのは、なくする理由がそもそもあり得ず、嘘もつきたくない。ましてや自分が新聞配達をして買った望遠鏡である。

    自:「貸した接眼レンズ、そろそろ返してくれないか」
    彼:「アレは便所に落としたんだ」
    自:「三個貸したろ?全部落としたのか?」
    彼:「全部落とした」
    自:「便所に落すのはウンチで、接眼レンズを落すところじゃない。何で便所にもって入ったんだ?わざわざ…」
    彼:「ポケットに入っていたのが落ちた」
    自:「落ちたら拾えよ、汚いといっても食べるものじゃない。洗えばいい。網くらいあるだろ?何で拾わないんだ、人から借りたものなのに」
    彼:「網がなかったから…」
    自:「拾わなかったなら、ショーがない。親に言って弁償してほしい。高価なものだし、ないと困るから」
    彼:「親にはいいたくない」
    自:「お前が弁償できるんか?何で、親にいわない?」
    彼:「怒られるから」
    自:「怒られるわな、そりゃ。何で便所にもって入った、バカもんと怒られるな」
    彼:「うん」
    自:「お前が怒られるのはオレには関係ない。とにかくなくしたなら弁償してもらう」
    彼:「それは困る」
    自:「冗談いうなよ。お前が言わないなら家に行ってオレが親に言うよ」

    と、これくらいは言って見たい。もちろん、今ならではだけど。子どもの世界ではこういう事ってあるんだろう、世の中見渡せば。借りたものをなくしたで済んでしまうし、済ませてしまうのが子どもの世界だ。無知と無知の世界観というしかないが、こういう体験をしたことで、その後にどう学習するかであろう。転んでもただでは起きないぞ、これが大事である。

    子どもの付き合いで、貸し借りなんか当たり前にあるし、貸したCDが返ってこない、時期を逸すると言いずらくなるのは、オトナの世界でも同じこと。善意をキッチリ仇で返されることに、どう文句を言うかであろう。「友だちだから言いづらい」というのをよく聞くが、自分の考えではこれがマズイ。友だちだからキッチリしなければならないのは、むしろ相手である。

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    そのように考えると、そんな非常識な相手に友だち面をされたくないし、「それが友だちか?仁義(礼儀)をわきまえろ」である。「相手は忘れているんだろうし、だからいいよ」というのもよく聞く。バカを言うでない。人間は忘れることもあろう。それは罪といえば罪だが、友だちならその罪を許すのはいい。が、忘れている(であろう)相手に、言えばいいのよ。

    「いついつ貸したアレだけど、そろそろ返して欲しい」と、たったこれだけのことが言えないのはなぜだ?そこを自分で思考し、それがイイことか悪いことか、自分にとって、相手にとっても、などと考えたらいいことではないのは分かろう。蓋をして葬ればいいことでは決してない。なのに、そうするのは、「返して欲しい」が言えない、言いたくないから、アレコレ正当化する。

    相手の不始末に正当化の口実を与えてまでいいカッコするものなのか?それで友達関係がギクシャクする原因は、相手にあると毅然としたらいい。「お金を貸すのは友だちなくす」という慣用句は間違っている。「お金を借りるのは友だちなくす」に訂正すべきだ。善意でお金を貸して、それで友だちをなくすなら、そんな友だちは友ではないし、なくした方がいい。

    友だちに金を借りるなら、迷惑をかけないよう心すべきである。まあ、人に金を借りること自体が迷惑であり、本当に迷惑をかけたくないという心ある人間は、そんなことをしない。だから、金を貸してくれと言った時点で"心ない人間"である。つい相手に同情し、自分が金を持っているところも見せたい心理も働くが、罪を作らぬためにも貸すべきでない。

                           Lend your money and lose your friend

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    友人と友情は別だから区別すべきである。友人に友情の有無は、双方に委ねられるべきで、片方だけの存在は意味がない。友情の自覚とは何か?人は学生時代から友情に悩む。が、やがて社会に出て揉まれ、仕事に追われるなか、友情についてなど考えなくなる。そうして家庭という砦もできれば、他人とは一線を画し、一定の距離をおいて付き合うようになる。

    恋愛とか、夫婦愛とか、親子の愛情について考えたりはするが、友愛について考えることはそうそうない。情を愛とするなら友愛とは友情でもある。ニーチェの哲学を基本に一つだけ言うなら、友情は同情であってはならない。困った人に手を差し伸べるのを善とするなら、さらに突っ込んで思考し、その善が自分を満たすものか、真に相手のためなのかを考えるべき。

    人は簡単に、「困ってる」などという。本当に困っているとは思えない状況でも、「困っている」という。それは甘えであろう。「困った」を自身だけに向き合う人は、本当に困っている場合が多いが、「困った」を口に出す人ほど甘えてるようだ。なぜなら、困ってるのは自分であるからして、口に出して解決できるものではない。人に甘えて解決すべきものでもない。

    福澤諭吉の「独立自尊」を省みること。金は、"貸すほうが罪"と言うのが市井の道理である。ニーチェは他人への同情さえ戒めている。結局人は、相手から好意を抱かれているとの喜びや思い上がりから同情心を抱くことが多い。明らかに自分を嫌ってる相手に抱くはずがないことを考えれば、同情なんて自己満足に過ぎない。ましてや、嫌いな相手に抱くはずもない。

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    「私たちが相手にもっとも不当な態度を取っていると感じるのは、私たちの気にくわない相手に対してではなく、何ひとつ私たちの関心を引かない相手に対してなのである」と、『ツァラトゥストラ』で述べているように、いったいに、「友情」とは何であろうか?人は友への嫉妬を隠すために、友を愛していたりという屈折した感情を抱く。理由は自身を偽るためだ。

    自分をごまかすためにも、そういう事をする。心理学的には珍しいことでも何でもないが、その理由は各自が考えてみればいい。おそらく経験はあるだろうから…。友や友情について、ニーチェはかくも凄い思考を見せてくれる。次の言葉である。「友への同情を堅い殻の下に隠すがよい。それを噛めば歯が一本折れるくらいに堅くしておかなければなるまい。

    そうすれば友への同情は、微妙なやさしさと甘さを醸ことになるだろう…。君は奴隷であるか。奴隷であるなら、君は友となることはできない。君は専制者であるか。専制者であるなら、君は友を持つことはできない。」これは神の言葉ではない、まさしく人間の言葉である。我々には何だか別世界の何かに見える。違和感を覚えるか、自身に照らして共鳴を覚えるか。

    人によって異なるであろう。我々は一体に友人であろうという人たちに対して、素面なのか仮面なのかということもある。つまり、自分にとって確実に存在しているのは、友人その人ではなく、友人と自分との「関係」にほかならない。いかなる友人であれ、どこかで自分の悪口をいい、いわずとも心で感じているものだ。が、それを知らない自分には真実とならない。

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    我々はとかくその場にいない人の悪口をいう。友人であれ陰口は許されよう。悪口と言う快楽から逃れられる人間は珍しい。が、絶対にいってはならない悪口の一つが告げ口であろう。「誰々が君のことを○○と悪くいっていた」という告げ口である。人は悪口をいった誰々より、告げ口の人間に深い恨みを抱くようになる。なぜだろうか?なぜそのようになる?

    悪口を告げられた当人は、その場に居合わせていなかった友に対する、自分の知らない一面を覗き見した思いが背筋を凍らせるからだ。彼は本当に自分をそんな風に言ったのか、思っているのか、とともに、そんな話は聞きたくなかった、聞かなければ良かったと後悔するであろう。仮面を剥いで真実を暴こうとして、言った本人に確かめてみても無理であろう。

    その友には告げ口をした人間を含めた多くの「関係」をもっており、それらのどういう関係のなかで、いかなる状況や場のなかで悪口が語られたか、その際の彼の動機は何であったか、真に悪口に価するニュアンスであったのか、他意のない言い方ではなかったのかなど、正確に確かめる術はないのだ。真実を求めようとすれば、被害妄想に陥ることもあろう。

    できるなら気にしない方がいい。そもそも告げ口の主というのは、罪深い人間である。親切であるようで、実は心の荒んだ人間である。告げ口が嘘八百の創作である事もある。人間関係にあってはこういう事は往々にして起こり得る。真実はともかく、「告げ口」をした人間の理由や意図がなんであろうと、嫌なことを告げたという事実だけは鮮明に残る。


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    女子の社会では小学校低学年期から、「告げ口」は多いらしい。「誰々さんがあなたをこういっていた」と、嘘か真か、真か嘘か、告げ口の意図は嫉妬か意地悪か、二人の関係を悪化させること。女が女を信用しないのは、こういう経験するからか。「Aさんがあなたのことを嘘つきだから気をつけた方がいいって言ってたよ」、この一言で崩壊する関係である。

    男でそんなことを言ってくる奴はまあ少ないが、言う奴がいたら、「人に言わずに直接言えって言っとけ」と、告げ口した人間の手柄を認めない意味もある。「いちいち言ってくるな」と追い返すこともある。何事も直に聞かなければ信用してはいけない。戦国時代、「○○が謀叛を企んでいる」などと、アリもしない嫌疑をかけられ、失脚、切腹された重臣は数限りないという。

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    本人に確かめもせずに処罰もあったし、直接呼びつけて問う城主もいたが、否定したところで猜疑心が消えるはずもない。いつ寝首を掻かれるか分らない時代にあっては、不穏な動きは早めに刈り取るのが正解であろう。濡れ衣をかけられた重鎮は、さぞや無念であったが、下克上と言われた時代のあちこちに「本能寺の変」はあったようだ。

    徳川家康の嫡男松平信康も謀叛嫌疑をかけられ、信長に切腹を命じられたといわれている。弁解をしても一切聞き入れられない無念さはいかがなものかと。子どもの喧嘩で、「先に叩いた」、「いや、叩いてない」の後に教師に言いつけるのは、自分が「是」、相手が「非」ということになろう。教師もそこをわきまえておかないと、判断を誤ることになりがちだ。

    先の例で、もしボクがこのように言ったら教師はどうであろう?「あのね~先生、彼は叩いてないと言うけど嘘をついてる場合もあるでしょう?人が人を理由もなく叩きますか?先生は、その事に違和感を抱きませんか?」。小学生の分際でこのようなことを言うはずがないが、それはさて置いて、言ってること自体はどうであろうか?

    小学生がこんな事をいうはずがないはともかく、このように理路整然と諭されたら教師はどう答えるのか?子どもだからと見くびって、適当に、面倒くさそうに対処するなら、それでも教師なのか?と、いいたいが、教師なんてこんなものだろ。教師という職業従事者であって、彼らが教育者でも何でもなく、まして優れた人間などとあり得ない。オカマの教育者も…

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    教師のいい加減な対応に、ボクはオトナを信用しなくなった。嘘つきにコロリと騙され、味方する教師なんてアホである。子どもであっても、そういう認識は抱くし、そんなアホ教師に不信感を抱くのは当然であろう。相手が嘘をついたのを自分は知っている。が、オトナというのは相手の嘘をキチンと見破る能力をもっていると思うのが子どもである。

    ましてや教師ではないか。教師とはそこらのオトナ以上の特別な資格者であることも、子どもの認識にある。だから先生と呼ぶのだ。それがこの程度の体たらくなら、子どもは何を信じたらいい?「自分は悪くないので謝りません」という態度は、教師、オトナへの不信であり、反発である。「相手は叩いてないといってるんだし、とりあえず謝っておけ」

    と、こんな言い方ならしない方がいい。裁定とは程遠く、面倒臭さ丸出しの、真剣さのかけらもない態度である。人と人のトラブルの仲裁は難しい。正しく裁けないならしない方がいい。いじめ被害者の多くが教師に相談しないという。なぜか?「先生に言っても何もしてくれない」からである。忙しさにかまけてか、無能か、おそらく後者であろう。正しい対応がでない。

    いじめの解決より、いじめの存在が教師にとっては問題である。あってはならないいじめの解決などをして何の手柄もない。それなら、いじめはないという黙認姿勢やすっとボケたほうが、よいクラス運営をしていることになる。いじめ事件があった時、いじめを認識している教師がいないのは、見ても見ないふりをする教師の姑息な態度である。

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    バカな奴らだよまったく。的確なクラス運営をする気などはなく、表面上でお体裁を整えんとするいい子ぶりっ子教師は、文科省が真に逞しくも正義感に満ち溢れた教師を選別しないからだろうが、そんな人間がどこを探しているという問題もある。家庭や社会が子どもの心は歪ませていることを知りつつ、何の対応も改定もしない国であろう。

    無責任で無能なオトナから子どもはさまざまに迫害を受ける。そんなオトナなら、子どもにとっては信頼できない、頼りにならない、単に自分たちよりカラの大きい木偶の坊でしかない。自分は子どもの時にたくさん体験した。ボクとは自分の事。「悪くないのに謝らない」と言うのは、教師もオトナも正しくない。正しいのは唯一自分であるという「言葉」である。

    人は秘かに自分が悪と分かっていても、「悪くない」といったりするが、そうではなくて、正しいことに気づかず、自分が悪くないと思って言う場合もある。どちらにしても、正しく論理的な説明を聞けば、納得する柔軟性が子どもにはある。だから「導き」が必要なのだ。本当は自分に非があるのに、「自分は悪くない」という間違った子どもの認識を正すのがオトナであろう。

    何が正しく、何が間違い、何が誠実、何が不正などと、混沌とした社会にあって、人を正しく導くのは難しいが、せめて「何が正しい」くらいは自信を持って発揮できるオトナが素晴らしい。今、起こってることの是非の判断は、学業優秀な人間にできるなどと思ったら大間違いである。様々な本を読み、思考し、哲学し、賢人の言葉に触れるなどが素養となる。

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    それらを元に総合的な判断をしなければならない。非があるにも関わらず、「自分は悪くない」を言い張る人は当然いる。こういう場合にどうすればいい?こんな人間をたくさん経験したし、もちろん自分も非を正と感じていたことも多だあった。「自分は悪くない」、「間違っていない」といい張る人にどれだけ正す努力をしても変えるのは難しい。

    説教などは垂れるだけ無意味である。ただし、「変わらない」というのは、一朝一夕に「変わらない」のであって、不変というのではない。正す側の拠り所はそこにしかない。我々とて子どもの頃に若い頃に、自分のためにあれこれ言ってくれる人をウザイとしか思わなかったようにである。なのに、同じことをギャーギャー言うってのが、そもそも能ナシである。

    能ナシは能力ナシの意味だが、脳みそがない脳ナシと言った方がいいかもだ。何十年も経ってみて、「ああ、あのときにいってくれた言葉は、本当に自分を思ってくれていたんだ」と言うことは多い。その時にはなかなか分らないものだが、もし即効性のある言葉が存在するなら、その問題が小さいことを表している。利口な人間は自身で自身の考えを作っている。

    だから、人からあれこれ言われて考えが変わることはない。考えや価値観が簡単に変わるというのは、他人の受け売りが詰まっているノンポリであろう。難しい、込み入った問題ほど自己葛藤するはずで、人は自己変革でさえ、「王国を転覆させるより難しい」といわれるように、他人が他人の価値観を変えるのは難しい。いつの日か分かってくれたらいいとの気持ちが大事。

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    真実とはなんだ!真実の価値とはなんだ!倫理や道徳も貢献はするが、それだけで真実の価値とはならない。「こうしてはいけない」という秩序は、単に自分がそうされたくないということ。それが、他人にしてはならないという「道徳」となっている。あるいは、他人から「こうしてもらいたい」というなら、それが「他人にこうすべき」と、それも道徳である。

    物事の根元意識というのは、実は「期待の期待」である。「なぜ浮気はいけないのか?」と人に聞けば、「じゃあ、あなたは恋人が浮気されたら嫌でしょう?」と返ってくる。それが答えであり、そういう期待の期待に対する答えしかない。それを人間の道徳と言っている。性能のいいクルマで高速道路の制限時速を破ってぶっ飛ばしたい理由は何か?

    「スカッとする」、「気持ちがいい」というのも感情的、感覚的な答えだが、「欲求を制限する社会規範もそれ自体、究極的には、人間の現実的な欲求に根ざし、その欲求から活力を引き出している」と、言う答えもでる。不倫の恋も活力、高速道路をぶっ飛ばすのも活力である。時速300kmのスピードが出るクルマを作る理由も、持つ意味も、潜在的な欲求を満たすことにある。

    「規範意識と欲求が同じもの」であるというところに人間の矛盾が示されている。御幣のある言い方をすれば、道徳を守り、遵法精神で生きている人というのは、自分が弱く、あるいは善人意識を標榜する人であろう。道徳や法を守るのが悪いといってるのではない、守らなかった暁には責任を取ろう、取ればいい、という人が強い心の持ち主である。

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    その中間色の人も居ようが、もっとも情けないのは、悪事が露呈した時の往生際の悪さである。善人意識を持ちながら悪事をし、それがバレたときのバツの悪さがこういう人間であろう。いつもいうように、悪事はしてもいい。規則なんて破るために存在するものだ。それを行為するときは心して、覚悟の上でなされよ。そういう人間は清々しい。

    「悪いことなんかしない」とのたまう人間よりは、ずっと人間的で清々しい。そもそも、人が悪事をしないで生きていられることがあり得ないからだ。人間は卑しい生き物である。生きるために食う動物と違って、ぶくぶく太っているではないか?自然界の動物を見るといい。肥満のキリンがいるか?メタボなライオンがいるか?デブのチンパンジーがいるか?

    自然界ならいざ知らず、人間が罪深いのは、ペットを肥満にさせる人がいること。おまけに、「こんなに太りました」とイヌやネコを誇らしげに動画サイトにアップしたりする。ネコちゃん、ワンちゃんは動きづらくて苦しいだろうな。仕方がない、人間にペットとして飼い慣らされた時点で、本能習性が退化し、バカになるのだろう。それが人間には愛おしく見える。

    元はいえ生命の維持以上には食べない動物であるはずなのに…。「食」の楽しみは人間に与えられたエロスであるからして、否定はしないし、与えられたものは大いに楽しめばいい。が、その責任は取らなければならない。「体脂肪を減らす」と名打っただけで大ヒットの機能性食品。「ライザップ」という会社も、めきめき売り上げを伸ばしているという。

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    人間はまた、「何が正しい」だけでなく、「何が楽しい」を重視して生きる。カロリーオーバーが正しいわけはないが、楽しい事を続けて、後で困ったと嘆き後悔する動物である。他の動物に比べてある意味バカだが、動物に笑われることもない。「何が楽しい」は、感情的な部分だから、考えなくても行為できるが、「何が正しい」は理性的に思考して見つける。

    よく女性が、「何が正しいかなど、そんなのどうでもよくない?そんなこと考えたこともないし、考える気もない。それでも生きていけるでしょう?」などというが、感情だけで生きるなら立派なもの。なかなかそうはできない。楽しい、楽しくないの答えはすぐに出るが、何が正しい、間違っているかの客観的に判断は難しい。経験が大事、幅広い視野や知識が大事である。

    それらをもとに思考する。それでも、感情に左右されたりで難しい。稚拙で愚かな自尊心に殉じるより、深い考えに接して自らを成長させることは大事である。人の上に立ったり、指導的な立場にあったりするときに、この差は歴然とする。「指導力」や「統率力」、「包容力」や「決断力」、「説得力」というものがまるでない上司をもつの憐れ。

    今は亡き庶民宰相といわれた田中角栄を「欲望のブローカー」と呼んだのは立花隆である。一人のジャーナリストが時の宰相を「金脈問題」で追及し、失脚させた。「欲望のブローカー」とは言いえて妙な表現だが、田中は相手が何を欲しているかを判断する能力に長けていたという。ある官僚が何を望んでいるか?政治家になりたいのか、出世か?

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    あるいはローンの支払いに窮して金を欲しがっているか、また政治家の秘書、あるいは自治体の長がどういう野望を抱いているか、などを的確に判断し、田中はそれを叶えんとするブローカーであると立花は言う。ブローカーという言葉はともかく、権勢欲、闘争欲、金銭欲などという人間の欲望を上手く利用して人を説得する技術は効果を発揮する。

    そして、それが善意と愛情に裏打ちされたときこそ、最大の効果を発揮する。ところが、善意も愛情もなく、それらを抜きに小手先の説得術だけを弄してみても、そういう説得者は誰からも信用されない人間となる。そういう人間は、上に立つに不向きな人間と断じるしかない。彼らは孤立し、ひいては孤独になって行く。管理職はうるさい事をいう役目を負う。

    嫌われることもある。「嫌われるのが仕事」という奴もいるが、それは違う。かと言って、部下に姑息に迎合する管理職は、その任にあらず。仕事においては割り切ってキツイこともいうが、「何か困ったことがあったらいつでも相談に来い。イの一番にオレに言うんだぞ!」みたいな、人間的魅力があれば、決して嫌われることはない。部下はちゃんと見ている。

    その日の気分や、時々の気分で、指示されたり、言葉を荒げたり、こき使われたりなどの上司がもっとも嫌われる。人は人に感情的に使われるのがいちばん頭にくる。女性管理職が少ないのは、そういう部分もあろうが、なりたくないとする声も多い。近年、有能な女性管理職は、緻密で冷静であるという。だから、管理職に置かれているという事もいえる。

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    坂口安吾の代表作は…、といっても小説とエッセイに分かれる。小説では、『白痴』、『桜の森の満開の下』、『夜長姫と耳男』などであろうし、エッセイなら、『堕落論』、『日本文化私観』、『FARCEに就て』、『教祖の文学』ではないかと。初めて読んだ『堕落論』は高2、どれだけ文意を理解したか疑問である。小説は物語を追うが、エッセイはそうはいかない。

    彼についての紹介文は書かないことにする。小説の批評も書かないことにする。エッセイについての感想も書かないことにする。では、何を書くのか?分らない。と言っても、もう書き始めてるわけだ。少し前に、「書くと言う行為は無から有を生むと思われがちだが、まったく逆…」と言った。頭の中の膨大な情報を整理してまとめることで、誰もがそうであろう。

    そもそも「無からは何も生じない」というのが、哲学の一分野たる形而上学で議論される原理である。西洋哲学においては、紀元前5世紀のギリシアの哲学者パルメニデスによってこの原理は生み出された。彼はこのように言う。「あるものがどこからどのようにして生じたというのか?あらぬものから、ということも考えることも、私はお前に許さぬであろう。

    なぜなら、あらぬということは語ることも考えることもできぬゆえに。またそもそも何の必要がそれを駆り立てて以前よりもむしろ後に無から生ずるように促したのか?かくしてそれは、まったくあるか、まったくあらぬかのいずれかでなければならぬ」。紀元前1世紀のローマの哲学者ルクレティウスも著書『物の本質について』の中で、この原理を取り上げ論じた。

    イメージ 4「何ものも神的な力によって無から生ずることは絶対にない」とし、これが自然界の第一の原理とした。理由として、「無から物が生ずるなら、あらゆる物からあらゆる種類が生じるし、種子を必要とするものは何もない。海から人類が、大地から魚族が生じ得るかも知れない、天空からは鳥類が忽然として出現し得るかも知れない…」などと論じている。
    マジシャンが何もないところからコインや鳩を出すが、アレを本当だと思うのは幼児である。ところが、近年の研究によると、この哲学的定説が覆されようとしている。高名な宇宙物理学者であるローレンス・クラウス教授は、その著書『宇宙が始まる前には何があったのか?』で、宇宙は「無」から生じた可能性が高いことを指摘する。そのまえに、そもそも「無」とは何かを定義する必要がある。

    「無」とは、空間も時間も存在しない状態のことか?そうであるなら、空間や時間が存在しないところに物理法則はどうなのか?空間も時間も物理法則すら存在しない文字通り何もない状態(無)から物質は生じ得るのか?クラウス教授の著書によれば、答えは「Yes」である。それならば、何も存在しない「無」の状態から、どのようにして物質が生まれるのか?

    このことに熱心且つ興味のある方はクラウス教授の学説を読まれよ。安吾から宇宙論に及んでは元に戻すのも大変だ。とにかく、空白の原稿用紙を埋める作業は、0を100にするのではなく、1000を100にする作業である。画家も漫画家も音楽家も小説家も、創作家といわれる人たちはみんなそうであろう。小説は物語ゆえに考えなくても読めるが、エッセイは思考がいる。

    坂口安吾は小説家という肩書きはあれども、文豪と呼ばれる文学者ではないし、現実的に彼の作品の中には、未熟な失敗作や未完作も多い。坂口安吾という個性を十全に開花させた長編小説は書かれなかったが、その特異な文体や表現の魅力が、ジャンルを超えて親しまれている。『桜の森の満開の下』を始めて読んだときの、彼の表現はまさに鳥肌ものだった。

    「花の下では風がないのにゴウゴウ風が鳴っているような気がしました。そのくせ風がちっともなく、一つも物音がありません。自分の姿と跫音(あしおと)ばかりで、それがひっそり冷めたいそして動かない風の中につつまれていました」。これ以後、桜の花の下を通る度に、このセンテンスが頭に浮かぶのだ。言われるように、ゴウゴウ風が鳴っているのである。

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    日本人の郷愁、美しい桜の満開の下に、"ゴウゴウ"なる表現を持ち出す作家が、安吾以外に誰がいよう。なんともおどろおどろしい言葉ではないか。川端康成は安吾の葬儀に臨み、以下の言葉で彼の死を悼んだ。「すぐれた作家はすべて最初の人であり、最後の人である。坂口安吾氏の文学は、坂口氏があってつくられ、坂口氏がなくて語れない。」享年48歳であった。

    生前安吾は、『私の葬式』というエッセイにこう書いている。「私の骨なんかは海の底でも、森の片隅でも、どこか邪魔にならないところへ、なくして貰いたいと思っている。葬儀などゝは、もってのほかで、身辺の二三人には、誰かに後始末してもらわなければならないけれども、死んだ人間などゝいうものは、一番つゝましやかに、人目をさけて始末して欲しい。

    むなしくなった私のむくろを囲んで、事務的な処理をするほかに、よけいなことをされるのは、こうして考えても羞しい。死んだ顔に一々告別されたり、線香をたて、ローソクをもやし、香などゝいうものをつまんで合掌メイモクされるなどゝ、考えてもあさましくて、僕は身辺の人に、告別式というものや、通夜というものはコンリンザイやらぬこと、かたく私の死後をいましめてあるのである。」

    どうやら望み通りには行かなかったらしく、1955年(昭和30年)2月17日早朝に脳出血で帰らぬ人となった安吾の葬儀は、2月21日に青山斎場で行われた。棺おけの安吾の顔を覗けたかどうかは分らないが、仮にそうであっても本人は死んでいるのだからまんざら嫌でもなかろうが、彼のエッセイ『私の葬式』を遺言とみなすなら、遺族はそのようにすべきであったろう。

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    安吾の死に顔はデスマスクに象られ、多くの人の目に触れることにもなる。こんなのは安吾の本意ではなかったろう。享年48歳は、自殺した芥川(35歳)、太宰(38歳)に比べると長命(?)であるが、同じく自殺にて45歳で非業の死を遂げた三島由紀夫は、「太宰治がもてはやされて、坂口安吾が忘れられるとは、石が浮んで、木の葉が沈むやうなものだ」と述べていた。

    太宰が自殺する前年の昭和22年1月、東大卒業目前の三島は、「太宰を囲む会」に出席し、「ぼくは太宰さんの文学は嫌いなんです」と面と向かって言ったのは有名な話。「嫌いなら来なけりゃいいじゃねえか」この時太宰はそっぽを向いたといわれている(新潮社、野原一夫の回想)が、後に三島は昭和30年刊『小説家の休暇』において、再度太宰を罵っている。

    「私はこの人の顔、ハイカラ趣味、そしてこの人が自分に適さぬ役を演じたのが嫌いだ」と。「適さぬ役を演じた」の言い回しは、自殺を意味するのは言うまでもない。三島の太宰への嫌悪は自分と性格が似ていたからというのは、文学史上、衆目の一致するところ。ある時、「お前も太宰と同じだ」と言われた三島は、「そうなんだ。同じなんだ」と言ったのも有名な話。

    血縁的距離が極めて近い関係にある者同士、あるいは性格の似通った者同士が憎み合うことを、「近親憎悪」という。三島はメソメソ、クヨクヨな太宰があまりに自分が似ていたと感じていた。いずれも演技的性格、自意識・自己顕示欲の強烈さがそれを裏付けているが、女と入水自殺をした太宰に対し、「オレはお前とは違う!」と、惜別の割腹であったのか…

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    さて、安吾について書こうとしたとき、彼についての紹介文は書かない。小説の批評も書かない。エッセイの感想も書かないといったが、それでは書くことがないではないか。と、いいつつも何やら書いている訳だが、言行不一致ならそれも人間であるし、仕方のないこと。安吾の本名は炳伍(へいご)といい、「丙午(ひのえうま)」(1906年)生まれの五男からつけられた。

    丙午年の生まれの女性は気性が激しく夫の命を縮めるとされ、江戸時代の初期、丙午の年には火災が多いというのも、「八百屋お七」が1666年の丙午生まれだったことから、女性の結婚に関する迷信に変化して広まった。自分らの世代でも、「丙午年」の女は避けるよう親がしきりに言っていた。安吾も1906年生まれの丙午で、親戚から男で良かったと言われたようだ。

    1906年生まれの女性が結婚適齢期となる1924年(大正13年)頃から、迷信を否定する談話や、縁談が破談となった女性の自殺の報道などが相次いだが、これらは丙午生まれという迷信が女性の結婚に影響したことが伺われる。迷信は昭和になっても衰えず、60年後の丙午(1966年)では出生率が前年に比べて25%低下した。このような迷信に対する自治体の取り組みもなされた。

    1965年11月、山形市で「ひのえうま追放運動」が、法務省山形地方法務局が主催の元で展開され、同月21日には市内パレードで啓発を呼びかけた。同法務局によると、子どもを産む産まないで離婚調停に至ったり、近所から嫌がらせを受けたなどの相談が多発したためという。また、群馬県粕川村(現・前橋市粕川町)でも、村長主導で、「迷信追放の村」を宣言、運動が行われた。

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    村役場が1906年とその前後の年に誕生した女性1400人を調査し、丙午には根拠がないことを広報するなど取り組んだ。怖ろしきかな、「因習・迷信」である。安吾の履歴を眺めて思うのは、彼が母親を嫌悪していたこと、鬼が家に居ては子どもは家に居たくない、帰りたくない。安吾も学校から帰ると鞄を投げいれ、夜まで遊びほうけて家に帰らない子どもだった。

    母はそんな安吾を、「大阪商人のところに養子に出す」とか、「お前は貰い子である」とか、などと脅したり賺(すか)したりした。自分も母親に、「捨て子をひろってやった」とか、「お寺に預ける」などはバカの一つ覚えくらいに言われたものだ。安吾はこう書いている。「私は極度に母を憎んでいた。母の愛す他の兄を憎み、妹を憎み、なぜ私のみ憎まれるのか。

    たしか八ツぐらいの時、出刃包丁をふりあげ、兄(三つ違い)を追い廻したことがあった。(略) 母は私に手を焼き、お前は私の子どもではない、貰い子だと言った。その時の嬉しかったこと。この鬼婆アの子どもではないという発見は私の胸を膨らませ、私は一人のとき、そして寝床へ入ったとき、どこかにいる本当の母親の事を考え、いつも幸福であった。」

    とあるように、安吾は母から何かを言われても怯まない。実子でないといわれて喜ぶほどに母を見下していたのが分かる。子どもであれ何であれ、人間は恐怖感を抱くと、相手の言葉がグサリ胸に突き刺さるが、安吾も自分もそれがなかったほどに徹底嫌悪していたようだ。嫌う人間に何を言われようが、動じない、怖れない。それは子どもであってもである。

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    このように立ち回られると、むしろ親の方が恐怖感を抱くし、安吾はこのように述懐する。「母は非常な怖れを感じたのであった。それは後年、母の口から聞いて分かった」。安吾の家には妾の子を含む13人が同居し、上の妾の姉二人は共謀して母を毒殺する計画を立てていたという。「母と私は憎しみでつながっていたが、私と父は全くつながる何物もなかった。

    それは父が冷たいからで、そして父が、私を突き放していたからで、私も突き放されて当然に受け取っており、全くつながるところがなかった。私は私の驚くべき冷たさに時々気づく。私はあらゆる物を突き放している時がある。その裏側に何があるかというと、私はただ専一に世間を怖れているのである。(略)私の冷たさの中には、父の冷たさの外に母からの冷たさがあった。」

    なるほど、ときに安吾は自らをも突き放して世間の思惑に身売しようとする。太宰も芥川も若き日に命を絶ったが、川端も70歳を越えての自殺であった。世評はノーベル賞が自殺の原因であろうとの指摘がある。老いは創作意欲の減少であり、それに対する強度の精神的動揺であろうか。老醜への恐怖は誰にもあるし、かつて銀幕の美人女優が隠遁生活を送るように…。

    安吾自身も小学生時代、家出か自殺か何度も迷ったという。少年期の子どもの家出願望、自殺願望の本気度は分らないが、とにかく安住の棲家である家に居たくないという事がすべてであろう。昨今も、少女の失踪は少なくないし、自殺にしろ家出にしろ、事が起こってみないと分らないというのも、親の悲哀である。安吾は幸便にも、中学で実家から離れることとなる。

    イメージ 8東京の中学に入学を得たのだが、それは新潟の中学の無茶苦茶がたたって追い出されたことになる。母と別れることを無常の喜びと感じた安吾の気持ちは、分かりすぎるほどよく分かる。「鬼の居ぬ間の洗濯」という言葉があるが、鬼などずっと居ない方がいい。一日中外で遊んでいても、ねぐらに帰って鬼の顔を見るのは辛いもの。それを思うと家を出るのは無常の喜びである。
    昨年1月、91歳で他界した小野田寛郎元少尉が、フィリピン・ルバング島から帰還を果たした1974年から、丁度40年目に当たる。小野田さんは実親と精神的に絶縁していた。「私は親にずっと反抗し、困らせてばかリいた。私に子供を指導する資格があるとは思えないが、自然のなかでのサバイバル技術と知恵なら授けられる」。の思いが、「小野田自然塾」開校の理由であった。

    小野田さんはいう。「小学1年の時、教室で級友にナイフを貸してと言って断られ、「ケチンボ」と貶すと、相手はナイフを振リ回してきた。私は近くの机の上にあった別のナイフで彼を傷つけた。学校から呼び出された母は激怒し、私は正当防衛を主張したが、母は自分の護り刀を私の目の前に置き、『人に危害を加えるような子は生かしておけません』と、私に切腹を迫った。

    6歳の子にこんな要求をする親に驚いたが、私は腹を切れず、『今後二度と刃物は振り回さない』を誓わされた」。小野田さんにとっては、自分に非がないことを理解して欲しかったろう。自分も小3のときに、冗談で彫刻刀でコツンとやっただけなのに、大問題となり、「あいつは彫刻刀で人を刺した」という噂が広がった。しかるに真実は教師も誰も理解してくれなかった。

    痛くもないのに相手が大泣きしたことで怖い先生のところに行かされ、「監獄に行くか?」とまで言われた。当時は自己主張すらできなかった。喧嘩でも何でもない状況で人を刺すか?考えたら分かりそうなものだが、状況判断ゼロのバカ教師。頭をコツンして泣く奴もどうかと思うが、その状況から大問題にするオトナって何だ?その教師は今でもバカだと思っている。


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    子どもをめぐる環境や状況はさまざまあるが、面白いことを考えたことがある。実行不能ではあるが、子どもが親の性格や育て方によってどのような人間になるのかである。同じ一人の子どもを10人の別の親がそれぞれ育てたら…。絶対に不可能であるけれども、想像しただけでも興味深いシュミレーションである。その根底にあるのは、子どもは親が作るであった。

    四人兄弟の末っ子であった小野田さんの三人の兄は、いずれも相当のエリートかつ高学歴の現役陸軍将校であったが、小野田さんだけ軍人の道を歩まず、また旧制高等学校への進学もせず、兄弟の中では経歴・学歴面で浮いた存在であった。中学校卒業後は民間の貿易会社に就職するも、三人の兄との比較を親にされたりと、家に居たい理由はなかったと推察する。

    「小野田自然塾」設立となる直接的な動機は、ブラジルに移住して数年後に邦字新聞で「金属バット事件」を知り、大きなショックを受けたことだった。「金属バット事件」とは、昭和55年、大学受験の浪人生が、父母を金属バットで殴り殺した事件である。日本は経済的に豊かになったが、子供たちが何かに追い詰められて歪んでしまっていると小野田さんは感じたという。

    当時小野田さんはこんな風に述べていた。「ぼくは、金属バット事件が起こったときに、"ああ、子どもたちがかわいそうだな、追い詰められてるのかな"と思いました。親と意見が合わないんだったら、ぼくみたいに家を飛び出すとか、やってみるといいんだね。そのかわり親には、『もう一銭もいただきに来ませんから』と言い切って家を出る。そうすればこんな悲惨な事件は起こりません。

    イメージ 1結局はね、暴力に訴えるうちはまだ甘えがあるんですよ。親が気に入らないんだったら、自分で独立すればいい。たとえ何歳であろうと、自分で働いて食えばいいんです。依存しているから親にストライキをやったり、デモンストレーションをやる。それがああいう形になってしまう」。この考えがすべてで、そのために一人で生きて行く何かを身につければいいが、何はさておき精神力である。まあ、甘えさせる親にも責任があるけれど、そんなに親が嫌で、殺したいほどなら、とっとと家を出ればいいんだ。実際小野田さんは17歳の時に、親にそう言って家をでたという。「とにかく子供にしっかりしてほしい。子を甘やかせるようなダメな親でも、不幸にならないよう子供が希望を持ってくれれば、希望が目的になるから」。小野田さんはそのように語る。

    もし、安吾を知らずにいたら、自分は別の自分であったろう。安吾から影響を受けた部分は大きいし、自分にとっての彼の最大の魅力とは何であろうか?何よりインパクトのあった言葉は、「堕落しろ!」であった。大体、「堕落人間」なんてのはサイテーの人間であろうし、そんな人間を目指すなどあり得ない。目指さずとも自然に堕落して行くものだろうし…。

    「堕ちろ」、「堕ちろ」という言う安吾って何者?人の人生にちょっかい出してアレコレいう作家は稀有である。多くの文豪・作家たちは、非才なる市井人のお手本になるべく文化人であった。そんな中に無頼派といわれた少数派作家がいた。彼らは既成の純文学や文学全般を批判、あるいは同傾向の作風を示す作家は、いわずもがな反俗・反権威・反道徳的であった。

    真あらば偽、善があらば悪、正あらば邪などと、物事には表と裏がある。表の部分は出し、裏は隠すのが一般的なモラルであるが、「裏を出して何が悪い」というお行儀の悪さが、虚飾を排した人間的魅力であった。上品な人は、下品な人がいるからそのように言われ、バカがいるから賢いといわれるのであって、したがって上品は下品の、賢いはバカに恩恵を受けている。

    なのに下品を見下し、バカをバカにしていては、せっかくの恩恵が仇になろう。人を下品といえば下品でなくなり、バカと罵ればバカでなくなると錯覚しているのだろう。人を下品と言うときは、自分も下品だな、人をバカと罵るときは、自分も大概バカだと省察しながら言うべきである。自分もよく「バカ」を使うが、言いながら自分もバカと思っている。

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    たまに忘れることもあるが…。坂口安吾、太宰治、織田作之助、石川淳、壇一雄ら無頼派作家は、派閥ではないので徒党を組むことはないが、彼らは昭和10年代に作家としての位置を確保し、反俗、反秩序を基とする無頼姿勢もすでにその時期に固まっていた。戦後それが一挙に噴き出したのは、戦争と言う愚行をした国家権威に対する反動、抑圧への反発であろう。

    自堕落な生活、乱れた男女関係を旨とし、そこに人間の根源的な「生」を見出そうとしていた。坂口安吾という作家は、幼少期から親という権威に果敢に反発してきたこともあって、彼の反動精神はそういうところから培われたものであろう。斯く言う自分もそうである。「権威」という物は従うものでは決してなく、反抗してこそそこに価値を見出すのだ。

    何事も反対、反対のイデオロギーを持った政党もあるが、真の反動というのは、周囲や社会が「悪」と断ずるものに光を当てるし、「良」というものに正当なる陰をみようとする。例えば安吾の『戦争論』はこのような書きだしで始まる。「戦争は人類に多くの利益をもたらしてくれた」。この書き出しを見ても安吾と言う人間がどういう目を持っているかがわかる。

    安吾の『戦争論』は以下続く。「それによって、民族や文化の交流も行われ、インドの因明がアリストテレスの論理学となり、スピロヘーテンパリーダと共にタバコが大西洋を渡って、やがて全世界を侵略し、兵器の考案にうながされて、科学と文明の進歩は進み、ついに今日、人間は原子エネルギーを支配するに至ったのである」。これは科学の進歩が戦争によるという視点。

    イメージ 3「多くの流血と一家離散と流民窮乏の犠牲を賭けて、然し、今日に至るまで、戦争が我々にもたらした利益は大きい。その戦争のもたらした利益と、各々の歴史の時間に人々が受けた被害と、そのいずれが大であるか、歴史という非情の世界に於ては、むしろその利益が大であったと云うべきであろう」と結ぶ。我々は百年の時間の中にあって、非情なる歴史の一員なのだ。
    「なるほど」。安吾の魅力は物事を「これでもか!」と肯定するところにもある。同じ無頼派と言われた阿佐田哲也こと作家の色川武大は、安吾を「眼の性のよさ」と称している。性(さが)とは、生まれ持った性質・資質、運命などの意味だが、長所・欠点などと後天的に作られる要素もあり、「眼の性のよさ」とは、視点に遜色がないとの意味であろう。

    「坂口安吾は、私などが断定意味にいうのも変なことですが、眼の性のいい人だと思います。なによりもその点で、おそろしい人だと思いました。眼の性がいいということは、事物がよく見えるというだけでなく、遮蔽しているものを透し、またそのもの自体の陰になって見えない部分も一緒に視点に入れ、矛盾し合う要素、無縁に近い要素、いろいろなものを混合させたまま、しかも一枚の絵を見るように見てしまう、というようなことでありましょうか。たとえば、雨を見て、霧を見、雲を見、埃を見、有効性無効性、或いは無定型、雨の中に含まれる雨ではないもの、それらを一場の雨の中に一瞬で見てしまう力。」(雑誌『ユリイカ』:1986年)

    中上健次も安吾の「怖さ」を述べている。「自分の背丈など、到底及びもつかぬものがあることに気づいている。頭の上の、はるかに上にだ。それをひとまず、天と言ってみる。それがあるのに気づいてはいるが、知らない。また、知りたくない。頭の上の、はるか高みを、みたくない。安吾のはなしをして酒を飲むと、きまって悪酔いする。もちろん、いつも悪酔いしか出来ぬのだが、はじめのうち、アンゴ、素晴らしい、と言いつづけ、しまいには、自分の体のどこかが、ぶちっと潰れ、アンゴ即ち自分だと、激情がはじまる。ほとんど狂っている。アンゴ、すなわちマットウの人だが、このマットウの人は、人を狂わせる。(『夢の力』より講談社文芸文庫)

    「遮蔽しているものを透かし…」という色川氏の表現に頷かされる。中上氏もアンゴの説得力に無意識に同化する体験を記している。安吾は物事の及ぶ可能性の限度、人間の力、生きる限度に視点をみつめた書き方をするが、彼は事物における「限度の発見」を重視しており、実際、そのように述べている。以下は安吾による太宰論『不良少年とキリスト』の最後の部分。

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    「原子バクダンを発見するのは、学問じゃないのです。子供の遊びです。これをコントロールし、適度に利用し、戦争などせず、平和な秩序を考え、そういう限度を発見するのが、学問なんです。自殺は、学問じゃないよ。子供の遊びです。はじめから、まず、限度を知っていることが、必要なのだ。(中略) 学問は、限度の発見だ。私は、そのために戦う。」

    限度を熟知していれば、何事も怖るに足りないということは往々にしてある。学問に限らずとも、酒も博打も女も限度をわきまえぬから身を滅ぼすというようにである。自分の存在を正しく知ることが求められるが、これがなかなか難しい。モンテーニュに『エセー』なる著書あり。この中でモン爺は何と言ってるか、すべてにおいて「ありのままで居なさい」と言っている。

    最近流行った歌の歌詞のようだが、ビリー・ジョエルだって40年前に書いている。『素顔のままで(Just the Way You Are)』の歌詞に心をうばわれた。権力志向も夢を叶えるもいいけれど、そんなものは人生の添え物だ。人生を肯定し、普遍的存在としての自己を描き、人生という畑を耕していけばいいだろうと、何より大切なのは日々を生きることと、モン爺はいう。

    死ぬまで生きれば立派なものよ。健康第一、「焼肉焼いても家焼くな!」ってなもんだろ。膨大な『エセー』の末尾にこう述べられている。「自分の存在を正しく享受することを知るのは、ほとんど神に近い絶対の完成である。我々は自分の境遇を享受することを知らないために、他人の境遇を求め、自分の内部の状態を知らないために、我々の外に出ようとする」。

    イメージ 5イイこといいますね~、さすがモン爺。安吾もモンテーニュも分際をわきまえろみたいな、いじけた封建思想ではなく、「限度」を「発見」しなさいという。そこを見つけ、ギリギリの可能性まで人間を突きつめろ、という大いなる肯定思想である。他人を羨み、妬む生き方より、自分の限度内で楽しく生きた方がいいだろう。自分が一番でなければ楽しくないだろうと。

    「自分の境遇を知らないがために、他人の境遇を求める」というのを知るだけで、己の愚かさに気づく。安吾の太宰論は『不良少年とキリスト』という題目だが、安吾のエッセイで初めて自分が笑ったのがこれ。それまでの安吾にない珍妙な文体は、安吾が太宰の死に動揺したかが伺える。そして、この珍妙なる文は、太宰の自殺に対する安吾一流の怒りであろう。

    安吾は、太宰治の自殺した昭和23年6月頃から鬱病状態となる。これを克服するために、短編やエッセイの仕事は断り、長編「にっぽん物語」(のち『火』)の連載執筆に没頭することになる。しかし、不規則な生活の中でアドルム、ヒロポン、ゼドリンを大量に服用したため、病状は更に悪化し、幻聴、幻視も生じるようになり、ついには東大病院神経科に入院する。

    『不良少年とキリスト』は、以下の書き出しで始まる。「もう十日、歯がいたい。右頬に氷をのせ、ズルフォン剤を飲んで、寝ている。寝ていたくないのだが、氷をのせると、寝る以外に仕方がない。寝て本を読む。太宰の本をあらかた読み返した。(中略) 原子バクダンで百万人一瞬にたたきつぶしたって、たった一人の歯の痛みが止まらなきゃ、何が文明だ。

    女房がズルフォン剤のガラス瓶を縦に立てようとして、ガチャリと倒す。音響が、とびあがるほど、響くのである。「コラ、バカ者!」。「このガラス瓶は立てることができるのよ」。先方は、曲芸を楽しんでいるのである。「オマエさんは、バカだから、キライだよ」。女房の血相が変わる。怒り、骨髄に徹したのである。こっちは痛みが骨髄に徹している。

    グサリと短刀を頬へつきさす。エイとえぐる。気持ち、よきにあらず。や。ノドにグリグリができている。そこが、うずく。耳が痛い。頭のシンも、電気のようにヒリヒリする。クビをくくれ。悪魔を亡ぼせ。退治せよ。すすめ。負けるな。戦え。かの三文文士は、歯痛によって、ついにクビをくくって死せり。決死の血相、ものすごし。投資十分なりき。偉大。

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    ほめてくれねえだろうな。誰も。歯が痛い、などということは、目下、歯が痛い人間以外は誰も同感してくれないのである」。という一節だが、これのどこが、「太宰論」なのか?というところが安吾らしき文体であり、最後は、「学問は、限度の発見だ。私は、そのために戦う」で、閉じる。いかにも安吾なりきだし、ワンコの身体白けりゃ、尾も白い。というほどに面白い。

    自分の歯の痛さを文字で表現するのに、今、自分と同じ歯の痛さを感じている人以外には分らないだろうという、これ以上にないくらいに当たり前で正しい。いかなる言葉を駆使しようとも、痛みを文字で表現するのはこの方法以外無理だ。安吾のそういう現実的なところが何ともたまらない。奇をてらうでなく、あまりに現実的、あまりに朴訥である。


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    安吾はまさに言葉の産婆、産婆術を持っている。産婆は聞かなくなったな、今は婦人科医というが、その婦人科医も少子化のせいかなり手がいない。子どもを身ごもると鉄道やクルマで隣町の産科・婦人科医の元に通わなければならない。子どものころ、婦人科医は羨ましいと思っていた。なにしろ、ただで飽きるほどナニが見れるわけだが、それでもなり手が少ない。

    これもAVビデオ氾濫の影響か?というのは根拠のない想像だが、友人のレントゲン技師が、しきりと役得を自慢していた。羨ましいと思いながらも、「このドスケベが!ちゃんと仕事しろよ!」と、悔し紛れに言っておく。安吾の文で印象に残っているのは、100や200どころではないが、『文学のふるさと』にある童話赤頭巾ちゃんについての考察には目から鱗であった。

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    一般的な赤頭巾ちゃんの話は、お婆さんに化けた狼と知らず、親切にした赤頭巾ちゃんは、狼に食べられることになるが、最後に狼のお腹から赤頭巾ちゃんが助け出されてメデタシメデタシ。これは日本人向きに脚色されたもので、実際はあっさり狼に食われるのだが、安吾は赤頭巾ちゃんの親切を、自己責任論で断罪する。我々はその考えに突き放されてしまった。

    性善説を説く東洋思想にあっては、亀を助けた恩返しや鶴を助けた恩返しというような、善意に対して見返りを説く話は日本にも多いが、西洋では「赤頭巾ちゃん」のように、尽くしても優しくしても殺されるのである。アリとキリギリスだって日本ではアリはキリギリスに同情したと変えられているが、アチラでは「お前みたいな怠け者はいいザマだ」となっている。

    幼少期から自己責任を徹底して教える欧米と、善意には善の見返りがあるなどと言う、子どもを見くびった考えのさであろう。そういう平和ボケた日本人に対して、安吾は問題提起をしてくれた。「人に親切にするということは、何の見返りも望まずにすべきであって、自分がしたいからするというものでないなら、最初からすべきではない」という考えには畏れ入った。

    イメージ 2赤頭巾ちゃんのように、親切にした事で殺されたとしても、「それですら文句を言わないという気持ちでこそ親切はすべき」との自己責任論に感銘した。それこそが本当の親切であろう。人に何かを施し、あるいは親切にしたといいながら、何のお礼もない、見返りもないと文句を言う人間がいる。それのどこが親切?相手に恩を売る、貸しを作る、という善意なき親切は、見返りがないと不満をいだく。「そういう虚偽の親切ならしないこと」と、安吾は言葉を突きつける。言葉を始めて目にしたとき、自分の善意の欺瞞と、醜い欲に気づかされた。印象的な言葉は、『悪妻論』にもある。「夫婦は、苦しめ合い、苦しみ合うのが当然だ。いたわるよりも、むしろ苦しめ合うのがよい」。

    この言葉も人間が成熟ないし、充実しないことには到底理解を得れない。当初自分は、この言葉に否定的だった。幸福至上主義という考えに蹂躙されていたこともあるから、安後の言う、「人はなんでも平和を愛せばいいと思うなら大間違い、平和、平静、平安。私は然し、そんなものは好きでない。不安、苦しみ、悲しみ、そういうものの方が私は好きだ」をさっぱり理解できなかった。

    しかし、人間の存在をよくよく考えてみると、平和、平静、平安、幸福だけを愛し、不幸、苦しみ、悲しみを好きになれないとなると、人間はなおさら苦しむことになる。「人間は生きることが、全部である。死ねば、なくなる」。この、安吾の徹底した「生」の肯定、「生」に対する態度からすれば、苦しみや不幸を否定し、そこから逃れるためには人間は生きていられない。

    多くの自殺者が苦しみから逃れるためであるなら、安吾のいうように不幸や苦しみや悲しみは、人間が生きて行く上での必然とし、友としていくべきであろうと…」。「夫婦はいがみ合うのがいい」という考えも、言葉のまえにある、「夫婦は、苦しめ合い、苦しみ合うのが当然だ」、よいう考えにある。このように、人間の悲喜こもごも一切を肯定するのが安吾である。

    巨人軍の長嶋茂雄が現役時代、「プレッシャーから逃げてはだめ、プレッシャーを楽しむべきだ」といったのも、同じような考えである。嫌なこと、苦しいこと、悲しいことがない人生ってあり得ない。ならば、そういう事が起こったときは、そのことから逃げるのではなく、それらを愛し、解決に向けて取り組んでいってこそ人生。嫌いな食べ物でも好きになれば食べられるようになる。

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    「納豆なんかとても食えない」、「ピーマンなんか…」でも食べられるようになった。そういう話はたくさん知っている。嫌いな物に前向きになったことで人間は変わるんだろう。そういえば、D・カーネギーもこう言っている。「疲れるのは仕事のせいではない。心の持ちようが悪いのである」。安吾も長嶋もカーネギーも言わんとするのは、「プラス思考」である。

    プラスに考えればすべてのマイナスはプラスに変わる。不幸は幸福に、プレッシャーは遊びに、疲れは元気に…。安吾の多くの言葉は、「プラス思考」という言葉のない時代に、それに殉じた考え方を提示しているに過ぎない。そういう考えで見ればそれほど奇抜なことを言っていないともいえる。「エントロピー」という語句は、にわかに浸透し、耳にすることも多くなった言葉。

    エントロピーは自由度、躍動度と訳されているが、50年以上前から言われていた言葉である。自然界の法則を考える時、エネルギーは常に減ろうとするが、エントロピーは常に増加しようとする。水は高いところから低いところに流れ、高い温度は低くなろうとする。これが自然界における物の考え方である。そこに「安定」という言葉をはめてみたらどうなるか?

    安定とはエネルギーの少ない状態を言う。エネルギーが少ないと物は動こうとしない。それが安定である。つまり、向上や変化も望まない替わりに、低減・後退も望まない。一切のものは安定しようと狙っている。人間も少年期から、青年となり、結婚し、家庭を持ち、安定していく。結婚や家庭は何とエネルギーのないもの、エントロピー(自由度)のないものであろうか。

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    さらにいえば、人間の最大の安定は「死」である。死ねばエネルギーもエントロピーもゼロである。そういう安定を望んで旅立って行く人もいる訳だ。確かに、増加しようとするエントロピーと、減少しようとするエネルギーの矛盾は解決される。死は完全なる自由である。それを拒否する人は、悲しみや労苦を受け入れようとする人であろう。人間は神のつくった最大の矛盾だ。

    その矛盾に果敢に挑み、激しく引き裂かれることこそ、人間が存在する意義であり、証明に他ならない。死ぬ人には死にたい選択があるのだろうから、人の選択を否定はしないが、批判は多いにすべきである。自殺を評価をするのも自由なら批判も自由である。苦しさに耐え、強く生き抜いた人を批判するも、評価も自由である。押し付けもいいが、自身が判断するのがいい。

    せわしい現代社会に生きるなら、その制度や人間関係に衝突を見ず、苦労もせずに安定を望む人は多い。安定はエネルギーを必要としない分、楽だからである。しかし、人間が安定に耐えられる生き物であるかは疑問であろう。平和ボケの人間ほど浮気や不倫に勤しむようだ。そんなことやってられない忙しい日常なら、当然ながらそんな暇はない。が、それでも刺激を必要とする人はいる。

    安定を肯定するなら、じっとしていればもたらされるが、それで生きていることになるのか?と不満なら違法と知りながらも裏を生きようとする。人の選択をアレコレいいたい人はいるが、そういう人はたいがいバカである。批判は心ですればいいし、批判は自分の糧にすればいい。何かにつけて他人を攻撃しなければ気がすまない人はいる。それを批判するのも自由である。

    イメージ 8心にもない、口だけの正義を振りかざすなんか、誰にでもできる。「言うは易く、行うは難し」という慣用句を知ってか知らずか、おそらく知らないから恥とも思わないのだろう。大上段に正義を振りかざして相手を追及し、責め、あるいはコキ降ろしたりで、欲求不満を解消する人たち。芸能人の不倫や浮気が露呈すると出演番組のスポンサーに「降板させろ」と抗議する。

    「ナンギなやっちゃな~!」と思うが、彼らは相当の労力をかけてやっている。エネルギーに満ち溢れていると評価したらいい。精神科医の片田珠美氏の著書に、『他人を攻撃せずにはいられない人』というのがある。売れてるらしいが、買う人は何を知りたくて買って読むのか?「職場や家族に潜む『害になる人』の精神構造 人生を台無しにされないために」という帯書きがある。

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    自分などは小学3年生で、母は自分の人生を台無しにする人だと思ったくらいだから、本を読まなくても本能的に察知できようものだが、何かに頼りたい、人に聞きたい、正しい答を見つけたい、これもマニュアル世代の特徴か。イヤなものは問答無用にイヤだと思うものだし、精神科医など必要ない。商業主義の只中にあっては、乞食でさえ本を書いて売る時代である。

    純文学とは、商業主義に乗ることもない、読者の娯楽的興味に媚びることのない、作者の純粋な、芸術意識によって書かれた文学という意味と解していた。思想の表明という意味では、近年はなかなかありつけない。そのそも思想が科学的に分析され、体系化された時代である。書かれてある事は偉大なる先人たちのコピーであろう。自分とて、自らの独創的な発想は何ひとつない。

    安吾も永井荷風の影響が強く感じられる。ところが、安吾は荷風が大嫌いのようで、『通俗作家 荷風――『問はず語り』を中心として――』という批判エッセイを書いている。『問はずがたり』が発表されたのは昭和21年7月で、安吾のこの文章は2か月後の9月発行の『日本読書新聞』に掲載されているからして、おそらく発表されてすぐに読んで、これを書いたと思われる。

    「『問はず語り』は話が好都合にできすぎてゐる。」いきなり安吾は、こう書き出す。確かにそのようで、これは安吾ならずとも誰も否定できない。荷風への作品批評は全体の3分の1程度であり、あとはただただ荷風の批判に終始するが、文学を超えた荷風の人間性や生き方まで批判に及んでいる。安吾の荷風に対する凄まじき激痛言葉をいくつか拾ってみる。

    イメージ 5「元々荷風といふ人は、凡そ文学者たるの内省をもたぬ人で、江戸前のたゞのいなせな老爺と同じく極めて幼稚に我のみ高しと信じわが趣味に非ざるものを低しと見る甚だ厭味な通人だ。」

    「荷風は生れながらにして生家の多少の名誉と小金を持つてゐた人であつた。そしてその彼の境遇が他によつて脅かされることを憎む心情が彼のモラルの最後のものを決定してをり、人間とは如何なるものか、人間は何を求め何を愛すか、さういふ誠実な思考に身をさゝげたことはない。」

    「荷風にはより良く生きようといふ態度がなく、安直に独善をきめこんでゐるのであるから、我を育てた環境のみがなつかしく、生々発展する他の発育に同化する由もない。」

    「荷風に於ては人間の歴史的な考察すらもない。即ち彼にとつては「生れ」が全てゞあつて、生れに附随した地位や富を絶対とみ、歴史の流れから現在のみを切り離して万事自分一個の都合本位に正義を組み立てゝゐる人である。」

    批判は辛辣であるがゆえに批判であるが、安吾の荷風批判は非難にも値する人格否定。なぜこれほどまでに彼は荷風批判をするのか、三島由紀夫の太宰治批判と同様に、「近親憎悪」であろう。三島は太宰に自分を重ね、安吾は荷風に己を見る。故にか、相手が判り過ぎるくらいに分かり批判も的を得る。三島も安吾も対象を通じ自らを批判したのだろう。

    作家の川本三郎は、「坂口安吾が永井荷風を嫌った事情は、わかりすぎるくらいによくわかる」と指摘し、このように言う。「二人は、実は同じような小説を書いている。より正確にいえば、安吾が意外なことに荷風と似たような小説を書いている」。安吾の『白痴』と、荷風の『濹東綺譚』の作品に存在するいくつもの共通点を川本は指摘し、列挙してこう述べている。

    「確かに、安吾は荷風を嫌っていた。しかし、思いもかけないことに『白痴』は『濹東綺譚』に似てしまった。二人の本質がロマンチストだったからといえようか。もし、安吾が荷風のように長生きをしていたら、案外、晩年は似たようなことになっていたかもしれない」。川本が何より共通点として挙げた部位として興味深いのは、それぞれの作品の舞台となっている場所。

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    『濹東綺譚』は、向島玉の井の私娼街。『白痴』は、玉の井のような色街ではないが、京浜東北線蒲田駅から目蒲線に乗り継いで少し行った、矢口渡駅あたりのごみごみとした一画である。ここは当時、安吾が住んでいた。いずれも東京にある三流の場末である。永井荷風は1959年(昭和34年)4月30日に世を去ったが、安吾は4年前の1955年(昭和30年)2月17日に突然死去した。

    荷風79歳、安吾49歳であった。女好きの荷風は、1919年に麻布市兵衛町一丁目(現港区六本木一丁目)に新築した『偏奇館』へ移る。外装の「ペンキ」と己の性癖の「偏倚」にかけた命名である。時折、娼婦や女中を入れることはしたが、妻帯し家族を持つのは創作の妨げと公言、基本的には一人暮らしだったが、「病魔歩行殆困難」となりゴミ屋敷と化した自宅にひきこもる。

    4月30日朝、自宅で遺体で見付かり、胃潰瘍に伴う吐血による心臓麻痺と診断された。傍らに置かれたボストンバッグには常に持ち歩いた土地の権利書、預金通帳、文化勲章など全財産があった。通帳の額面は総額2334万円を越え、現金31万円余が入れられていた。荷風の死後、無頼派の石川淳が荷風に対し、苛烈極まる追悼『敗荷落日』を著す。以下はその冒頭…

    「一箇の老人が死んだ。通念上の詩人らしくもなく、小説家らしくもなく、一般に芸術的らしいと錯覚されるようなすべての雰囲気を絶ちきったところに、老人はただひとり、身近に書きちらしの反故もとどめず、そういっても貯金通帳をこの世の一大事とにぎりしめて、深夜の古畳の上に血を吐いて死んでいたという。このことはとくに奇とするにたりない。小金をためこんだ陋巷の乞食坊主の野たれじにならば、江戸の随筆なんぞにもその例を見るだろう。」

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    自分の経験で言うなら、母親に嫌われているよりも、母親を嫌う方が家には帰りたくないものだ。こんな風に考えてみるといい。自分を嫌ってる誰かと一緒に仕事をしたり、毎日顔を突き合わせることと、自分が嫌いでどうしようもない相手と毎日顔を突き合わせなければならないのと、どっちが嫌か?まあ、前者は他人事と思えばいいが、後者は耐えられない。

    自分も家から出たきり夜まで帰らなかったが、安吾もほとんど家に寄り付かず、哀しみにつかれたように一人知らない町を彷徨い歩く子どもだった。自分の場合、寡黙で不器用で何かをしてくれるということはなくとも、精神的危害を加えない父が拠り所であったが、安吾は父についてこう書いている。「父の愛などと云えば私には凡(およ)そ滑稽な、無関係なことであった。

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    父はほとんど家に居ず、顔を合わせるのは月に一度くらいのものだったという。父が居る時はなぜか父の部屋に呼び出され、硯で墨をすらされるのである。後に安吾は、父との関係を"墨をする関係"と書いている。ゴマをする関係と言うのはアリだが、父は安吾に墨をすらせることで何を見ようとしたのか?いろいろ考えられるが、父の本当の真意は不明である。

    地元新潟の小学校での成績表は66人中3番とある。大正8年、新潟中学校(現・新潟高校)には、150人中20番目の成績で入学したが、第二学年になる頃から欠席が増え、極度の近視であるにも関わらず眼鏡ナシでは勉強にも身が入らず、安吾は進級できず落第する。生家への反発もあって、東京の中学に転校した安吾は母親から離れることとなるが、その思いをこう書いている。

    「私は東京の中学へ入学したが、母と別れることができる喜びで、そして、たぶん東京では眼鏡を買ふことができ、勉強することが出来る喜びで、希望にかゞやいてゐた」。3年生で編入した間もなく、安吾は地元の友人に以下の手紙を送っている。「私は毎日々々面白くない月日を送っています。学校もつまりません。それでも毎日昼食後に寺の奥へ煙草を吸いに行くのが楽しみです。

    何か一つ書いてやろうかと、つまらない戯曲を書き初めたが止めました。」さすがの安吾もホームシックにかかったようだ。落第もあってか16歳の中学3年生で、単身見知らぬ東京にあっては、方言や田舎者コンプレックスがあったと想像出来る。ホームシックと言うのは言葉に聞くが、自分は全く縁遠いものだった。18歳で地獄の家を離れたが、安吾もそうであったはず。

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    家が恋しい、田舎が恋しいなどは、ただの一度もなかった。もちろん、部屋に電話もない時代である。一人暮らしをするからには孤独であるのは当たり前で、電車やクルマのない時代に徒歩で江戸に行くのが当たり前、風呂に入るなら薪で湯を沸かして入るのが当たり前、洗濯機がないから冷たい水をたらいに入れて洗い物をするのが当たり前の時代のように、である。

    友人の電話は取り次いでくれない、女子からの手紙は破って捨てるような実家に比べると、すべてが天国であった。一人で居ることは何者にも束縛を受けない自由さがある。同じような境遇の安吾がホームシックにかかったのが不思議だった。一人暮らしが精神的に不安定という女性がいた。男はどうか?言葉にこそ出さないが、そのようなことを垣間見せる奴もいた。

    一人暮らしがなぜ不安定なのか理解できない。寂寥感と思われるが、親元で満たされていたからか?親元に不満が多ければ、一人暮らしこそ安定である。実家時代の自分は、精神的に不安定であった。親元を離れ、自由で躍動の日々は夢のようであった。高いエントロピーの中にあってこそ、人間的な創造性がある。これこそが幸福なら、他に求める幸福とは一体なに?

    足のワッかを外され、鎖を外された奴隷が、何も求めないで幸せに浸れるのと同じ気持ちであろう。過保護に育った人間はうんざりするほど周囲にいた。共通するのは自分しか見えていない人間である。甘やかされて20歳近くまで育った人間に、他人の気持ちを考えろなどと、土台無理なことだろう。そのようになってしまった今、毎日100回づつ100年言い続けても無理だ。

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    甘やかされて育った人間は、それこそ口で言おうが、殴ろうが、蹴飛ばそうが、何をしたって直るものではない。ネコにお手を教えるようなものである。なぜか?人の気持ちを考えるというのは、人間の「能力」であるからで、甘やかされて、自己中心に育った人間にそういう能力は無い。つまり、身についてない。親が身につけさせてない、と言った方がいい。

    何かを始めようとするとき、覚悟を決めて取りかかったりもない。この場合の覚悟とは、他人の気持ちがいかに大変だという事を知っているからこその覚悟である。そういう能力を身につける時期に過保護にされたのだから、身につかなかったのだ。甘やかされて育った人間は、本当にこれが顕著である。人間は、それぞれの時期に合わせて学ぶものがあるのを痛切に感じる。

    それ以前に教えても、以後に教えても、無駄であろう。企業が躍起になって社員教育をするが、アレは付け焼刃であっても叩き込まねばならないものだ。坂口安吾の人となりは、彼の小説やエッセイから読みとるしかないが、安吾の人格が知りたいのではない。彼の書き物を通して、どういう人だったのかを自然に想像するのである。なぜ、知りたくなるのだろうか?

    それは「文は人、人は文」であるからであろう。文から人を想起するのは、自然の成り行きである。19歳で中学を卒業した安吾は、食っていくためにやむなく小学校の代用教員となる。当時はそれが手っ取り早い食い口であった。小津安二郎の『一人息子』の主人公も、大きな志を抱いて東京の大学を出たが、職がなく代用教員である事を上京した母に隠して叱責される。


    息子は代用教員である事の正当性を必死で母に訴える。散々努力したが職にありつけないなどと、母に許しを乞う姿は惨めであった。あの映画を見ながら、なぜ母に許しを乞わなければならないのか?母も息子の泣き言をいう惨めったらしい姿にうんざりしたのだろう。一人息子を女手ひとりで育てた自負が、息子のこんな弱々しい言葉となって返ってくる現実を小津は描いている。

    そうは言いながらも仕事仲間の同僚には、孝行息子を持った幸せ者の母という虚飾を演じる。顔で笑って心で泣く母の姿を小津は、映画冒頭の「人生の悲劇の第一幕は、親子になったことにはじまっている」という芥川龍之介の『侏儒の言葉』につなぎ合わせている。まこと人間は「顔で笑って心で泣くもの」であろうし、それでも頑張って生きていくべきものである。

    安吾は子どもたちが帰った教員室で、柱時計の音だけを聴きながら、ひとり物思いに耽るのが日課となった。このように書いている。「私は、"家"に怖れと憎しみを感じ、海と空と風の中にふるさとの愛を感じてゐた。それは然し、同時に同じ物の表と裏でもあり、私は憎み怖れる母に最もふるさとゝ愛を感じてをり、海と空と風の中にふるさとの母をよんでゐた。

    常に切なくよびもとめてゐた。だから怖れる家の中に、あの陰鬱な一かたまりの漂ふ気配の中に、私は又、私のやみがたい宿命の情熱を托しひそめてもゐたのであつた。私も亦、常に家を逃れながら、家の一匹の虫であつた」。もっとも嫌う母にふるさとを見るという二律背反が安吾に見える。さすがに自分にそれはない。あの母が居るだけで、生まれ故郷を好きになれなかった。

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    ひとり物思いに耽るのは安吾もそうであったように自分も好きだった。何時間そうしていても退屈はなかったし、そこには境遇の違う自分も登場したり、まだ見ぬ未来の自分の姿もあった。自分にとっての成長とは何か?をしきりに感がたこともあった。自分にとっての成長とは、一つ一つの自分の内部とケリをつけることだった。ケリとは和解であったり、対決であったり。

    とにかく自分の内部にある感じ方を一つ一つ解放することが、情緒の成熟であろう。そして自分の内部の考え方に、善と悪を定義づけることでもある。曖昧にするよりは、悪はどう考えても悪であり、善は善であろうと、宙ぶらりんな思考は情緒の安定にはならないし、白黒つけるのは決して難しいことではない。親であれ教師であれ知人であれ、遠慮なく悪に落とし込んだ。

    自分が行きたくないところには行かない、まずいと感じることはまずいと言い、したくない事はしない、これらのことは他人を害しない程度に行った。「No!」を言っても他人を害するものでない事は、何とたくさんある事に気づく。もし、自分の言葉が親の感情を害すると思わされ、思い込まされると、大人になっても自分の言動が他人を害するなどと気を使うようになる。

    子どもは親の作る環境に大きく左右され、そこは怖いところだ。自分などは、こんな母親の言いなりになるくらいなら死んだ方がマシと思い、徹底反抗したが、それでも親の先天的気質は受け継いでいるのだろう。安吾もこのように言う。「私は私の気質の多くが環境よりも先天的なもので、その一部分が母の血であることに気付いたが、残る部分が父からのものであるのを感じてゐた。

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    子どもというのは親の暴言によってどれだけ傷つき、どうれだけ悲しい思いをすることだろう。しかし、親と言うのは子どもの悲しさなど一向に意に介さないようである。なぜなのか?どうして親は子どもの悲しさ、苦しさを洞察しないのか?自分も親になって分かるのは、やはり自分の子は自分の所有物との傲慢があるのだろう。それは子にとっても親にとっても悲しいことである。

    まさに、「人生の悲劇の第一幕は、親子になったことにはじまっている」を示している。悲劇の救いは何であろう。『日本の悲劇』という映画がある。木下恵介監督作品で1953年に公開された。2013年8月31日に公開された小林政広の『日本の悲劇』は同名だが、リメークでもない、何の関連もない。どちらも観てはないが、個々の家庭の問題にこの映画が答を持つとも思えない。

    人間の悲劇は個々のものである。「他人の腹は痛くない」ように、個々の問題と起こり、個々が解決して行くことだ。安吾の悲劇は安吾のもの、自分の悲劇は自分のもの。安吾は安吾で、自分は自分で解決するしかない。安吾は、日本人をダメにしたのは「家庭」であるとし、家庭を守ろう、家庭的なもの、家庭はこうあるべき、などの良識が日本をダメにしたとする。

    「親がなくても子は育つ」という慣用句は子どもの頃から耳目にしたが、「親があっても子は育つ」という耳慣れない言葉を発明したのは安吾であった。前者は子どもの生きよう、成長しようという主体性であるが、「親があっても子は育つ」の意味は、それでも親か、よくそんなことが子どもにいえるな、できるな、などの間違った愛情(エゴ)などをたむける親をいう。

    強引な親、傲慢な親が、自分の思う「いい子」を勝手に作り上げ、子どもをそのように作ろうとする。少しでも反抗しようものなら、勝手に罰を与えようとする。罰は親の好きなようなものがある日突然作られ、実行される。親のいう事を聞かない子、無視する子はいい子ではないと言う。誰がいう?世間なのか?安吾はいい子は悪い子、悪い子はいい子という。自分も似た考えだ。


    「日頃自分の好き嫌いを主張することもできず、訓練された犬みたいに人の言う通りハイハイと言ってほめられて喜んでいるような模範少年という連中は、人間としてもっとも軽蔑すべき厭らしい存在だと痛感したのである」。これは『模範少年に疑義あり』の最後の一行の言葉。なぜこのような結論になるかといえば、不良といわれる子どものほとんどは親に問題がある。

    親が子どもを不良にするといってもいい。そういわれて不良を持った親が、「異議あり」と言うなら滑稽千万。厳しくしようが、甘やかそうが、子どもの性格は親が作る。子どものことに親が責任がないなどあり得ない。手に負えない不良息子、不良娘をもった親は苦しめばいい。人間の尊さは自分を苦しめるところにある。満足は誰でも好む。ケダモノでも…


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    坂口安吾に『青春論』というのがあって、かなり早い時期に読んだけれども、これのどこが『青春論』かとガッカリした事がある。青春論とは、青春を論ずるものであるから、青春を論じてもらわねばならないが、安吾の『青春論』は、4部に分かれていて、1.わが青春、2.淪落に就て、3.宮本武蔵、4.再びわが青春、という構成だ。「淪落」とは落ちぶれること。

    「わが青春」の段の中で安吾は自分は70歳になっても青春ではないか、それくらいに青春と言うのは何時から何時というような区切りのない呼称と述べている。安吾は道半ば49歳で他界したが、老成せざる者の愚行が青春という定義なら、自分は永遠に青春であろうということだ。その段にて安吾は青春についての象徴的な話しとして、世阿弥の『檜垣』について述べている。

    檜垣寺に毎朝閼伽(あか)の水を汲む百歳にも見える老婆の話である。老婆は若き頃は都で美貌を蓄えた白拍子であった。話の筋は省略するが、若い美しい自分に執着して、老醜の苦しみが強すぎて往生できなかったようだ。僧の前で在りし日の姿を追うて恍惚と踊り狂ったことで妄執が晴れて成仏できたと、安吾は解釈している。それほどに女性と言うのは若くて美しいことが大切なのだ。

    たとえ老醜となろうとも、身は朽ち果てて魂だけになってしまっても、澄んだ水、夜空に照り輝く月を見て、舞に興じる刹那に若く美しいままに永遠に生きているのである。坂口が『檜垣』の話を宇野千代に聞かせたら、宇野はよほど胸を打たれたのか、それ以来謡曲にのめり込んだという。1897年から1996年までほぼ一世紀を生きた宇野だがこの話を聞いたのが40代の半ばだった。

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    安吾は自身の過去について斯く述べている。「愚かと云えば常に愚かであり又愚かであった僕である故、僕の生き方にただ一つでも人並の信条があったとすれば、それは『後悔すべからず』ということであった。立派なことだから後悔しないと云うのではない。愚かだけれども、後悔してみても、所詮立直ることの出来ない自分だから後悔すべからず、という、いわば祈りに似た愚か者の情熱にすぎない。」

    安吾の論には必ず理屈がつく。ひねくれた思考と言う指摘もあるが、ひねくれたなりに理屈で収めるところが安吾たるゆえんだ。彼は論理の人だし、いわゆる理屈コキであるが、かといって感情的でもある。論理的な人と感情的な人は、どう転んでも水と油で、だから女は男を理屈コキと攻め立てる。男は女をその場限りの後先ないバカと罵る。まあこれは仕方あるまい。

    論理的で感情的な人間というのもいるにはいるし、その点安吾はそういう人だ。理性に薪をくべれば、感情の水位もあがってくるような、彼の頭脳の仕組みである。一般的にヒトが貶したり、バカにしたり、嫌がったりするつまらないものをワザと誉めてみせるという論理遊びを好む。自分もそうだが、これが結構面白い。多勢に無勢と言うのは、多数派には敵わないという意味だ。

    そんなことはない、勝って見せましょうというのが少数派である。『枕草子』の清少納言も同じような感性の所有者である。西洋にはもともとレトリックという学問があり、相手を穏やかに(あるいはムリヤリ)説得する術を学ぼうということだが、この学問の枝葉の、さらに枝葉なところには、「逆説的賛美」というものも存在する。言葉を変えると天邪鬼といわれたりする。

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    自分なども『枕草子』の影響もあってか、逆説美に感動する。美人よりも不細工な女に感動する。物心ついた時から、気づけば少数派でゴザった。不細工な中からいいものを見つければより輝くことになる。美しいものからは欺瞞や虚飾を探し出す。そうでなければ面白くないだろうに。美しいものを美しい、不細工なものを不細工といって、どこが面白いのかである。

    『痴愚神礼賛』は、ネーデルランド出身のルネサンス人文主義者、デジデリウス・エラスムスのラテン語による 諷刺文学である。痴愚の女神は、世の中のあらゆることどもが自分のおかげを蒙っていることを自慢する。なかでも人間の生命をもたらす生殖行為は、下品な器官がかかわっているが、それこそ自分の専売特許たる情念が駆り立てるところのものなのだと主張する。

    「皆さんに伺いますが、神々や人間はいったいどこから生まれるのでしょうか。頭からですか?顔、胸からですか?手とか耳とか言ういわゆる上品な器官からでしょうか?いいえ、違いますね。人間を増やしていくのは、笑わずにはその名もいえないような、実に気違いめいた、実に滑稽な別な器官なのですよ。」とまあ、こんな風に、『痴愚神礼賛』は笑いの文学である。

    「これは痴愚神たる私の意見ですが、気違いになればなるほど幸福になるものです。ただしそれは、私の領分内のさまざま狂気沙汰にかぎりますよ。もっとも実際は、この領分というのがじつに広いのでしてね。そのわけは、人類のうちで、あらゆる時期を通じて聡明で、一切の狂気を脱却しているような人間は、おそらくたった一人もいないからです。ようするにちょっとした違いということです。

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    つまり、南瓜を女だと思う男は狂人扱いにされますが、それは、そういう思い違いをする人間がごくわずかだからですね。ところが、自分の細君がたくさんの情夫を持っているのに、自分は幸福な思い込みから、我が妻こそペネロペの貞淑さを凌駕すると信じ込み、鼻高々になるような男は、誰からも気違いとは呼ばれません。つまり、こうした精神状態は、多くのご亭主たちに共通のものだからです。」

    エラスムスの主張は逆説そのもので、『痴愚神礼賛』は単なる風刺文学ではない。そこにはルネッサンスの時代が生んだ、開放的な笑いの精神が息づいている。彼がこれを書いたのは16世紀初頭の1509年、トーマス・モアの客分としてロンドンに滞在していたときである。痴愚神のラテン語名 Moriae は、モアのラテン語表記 Morusに通じ、エラスムスはこの著作をトーマス・モアに捧げた。

    すでにルターによる宗教改革運動が芽生え始めており、ついに1517年、ルターはカトリックとの断絶を結実させた。エラスムスは生涯カトリック教徒として過ごしたが、宗教の腐敗を嘆きながらもカトリックを否定することなく、人間的な宗教として復活させることに意を砕いた。『痴愚神礼賛』は、エラスムスの問題意識からカトリックの内部批判の書と受け止められてきた。

    救いと快楽を金銭によってあがなっていた当時のカトリック教会の腐敗を、痴愚神というカトリックの女神に自賛させることによって、逆説的にあぶりだそうとしたと解釈されてきた。それにしては、痴愚神の自画自賛があまりにも度を過ごしている。書かれた当時は空前の反響を呼んだが、全編にあふれる度を超えた猥雑振りがヨーロッパ人にとっては胡散臭いものになっていった。

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    安吾の『青春論』になぜ「宮本武蔵」が登場するのか?安吾はその理由を述べている。まあ、自分も同じか。「この表題で何で○○の話がでてくる?」みたいな…。「突然宮本武蔵の剣法が現れてきたりすると驚いて腹を立てる人があるかも知れないけれども、別段に鬼面人を驚かそうとする魂胆があるわけでもなく、まして読者を茶化す思いは寸毫といえども無いのである。

    僕には、僕の性格と共に身についた発想法というものがあって、どうしてもその特別の発想法によらなければ論旨をつくし難いという定めがある。僕の青春論には、どうしても宮本武蔵が現れなくては納まりがつかないという定めがあるから、そのことは読んで理解していただく以外に方法がない」、安吾。自分はあらゆることは繋がりがあるとしたが、安吾は彼なりの理屈がある。

    安吾の、『青春論』に宮本武蔵の関連を読みとろうとする必要は無意味であろう。安吾自身が書きたいから書いているのである。といいながら、武蔵と『青春論』の関係が気になる自分である。よって、安吾に文句は言わず、彼の思いを探ってみた。武蔵はその生涯で60数度仕合をし、一度も負けなかった。それは一か八かの絶対局面にあって、奇蹟の術と安吾は讃える。

    ところが28の若さで引退し、『五輪書』なるものを書いた武蔵を鋭気衰えた下の下の行為と批判する。60数度仕合をし、一度も負けなかったことを誇示するよりも、生涯やり通して欲しかったと安吾は書いている。「そのうち誰かに負けて、殺されて、そうすれば彼も救われたし、それ以外に救われなかった武蔵であった」との意味は何をいってるのであろうか?

    イメージ 6武蔵の剣法は敵の気おくれを理由するばかりか、自身の気おくれまで利用し、これすら武器に用いる剣法であり、溺れる者藁をもつかむというさもしい弱点を武器にまで高め、之を利用し、勝つ剣法であって、これこそが真の剣術と安吾は言うのである。なぜなら負ければ自分が死ぬ、だから是が非でも勝つことの極意こそ剣術の極意というのは、確かにそうであろう。しかし、武蔵のような生に執着する剣術は当時は受け入れられなかった。巨人軍のV9を果たした常勝監督川上哲治が嘆いていた。「勝つことを強いられ、勝つことだけを考え、それを実践したのに、なぜそれがファンに受け入れられないのか、自分には理解できなかった」と晩年川上はこぼしている。常勝球団巨人軍にとって絶対不可欠なことが「勝つ」という事である。

    川上の嘆きは当然であろう。武蔵の時代の武士の心得は『葉隠』にあるが如く、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」であった。武蔵の「生」に執着する剣法を真髄としながらも、都甲太兵衛と勝小吉を引き合いにだして安吾は武蔵の批判をする。太兵衛も小吉も「いつでも死ねる」という覚悟を持った人物で、その姿勢について武蔵は「これぞ剣法の極意」と称している。

    ところが武蔵の歩いた道はそうではなく、いつ死んでもいいという覚悟もない、胆の据わらぬ彼が編み出した独自の剣法は、凡人凡夫の剣法であると安吾はいう。一体どっちなんだ?ある面武蔵を評価しながら、ある面こき下ろすという定まらぬ視点を安吾はもつ。そんな武蔵が『五輪書』で勝つことの秘伝を説くなど、その満ち溢れた自信が、安吾には我慢ができなかったようだ。

    わずか28歳で仕合を止めて剣術書など書くより、己の剣法を試し、さらに磨きをかけ、それで斃れてこそ武蔵足り得る。勝つためには「卑怯」も術と言い切る武蔵の勝負第一主義は、形式主義の「柳生流」美学には到底及ばず、通用の余地がなかった。純粋で臆病な武蔵の『五輪書』は、自分の実力をはみ出したところで勝敗を争う、人間の「蹉跌」をカバーする指南書である。

    「蹉跌」と言えば、何より石川達三の『青春の蹉跌』であろう。これから花開こうとするエリート青年の、人生の思わぬつまずきを描いた小説は、シオドラ・ドライサーというアメリカ人作家の『アメリカの悲劇』という作品と酷似する。これを映画化したのが、1951年にアメリカで公開された『陽のあたる場所』だ。成功を夢見る青年は、裕福な家の娘と恋に落ちる。

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    彼女と結婚すれば、自身が望んでいた以上の素晴らしい伴侶を手にいれられるし、心に描き、夢見ていた仕事での成功も手にできる。ところが、男には秘かに付き合っていた貧しい女性がいて、別れようと思っていた矢先、彼女から妊娠を告げられてしまう。「なんということだ」、あと一歩で成功をつかみかけた時の、思わぬ告知であった。男はどんな決断をしたのか…。

    松本清張の『砂の器』も栄光と挫折の悲しい物語である。2005年にイギリスで公開されたウディ・アレン監督の『マッチポイント』という映画も、主人公の元テニス・プレイヤーが、成功が約束された上流階級の女性と、スカーレット・ヨハンソン演じる肉体美溢れる女性との間で揺れる青年の心の葛藤を描いている。いずれの作品も骨格的には『青春の蹉跌』と同じものだ。

    『青春の蹉跌』は映画になり、萩原健一と桃井かおりが主演した。常に冷静に、論理的に物事を考える賢一郎が、遭遇してしまった思わぬ出来事と、彼の人生のつまずきが起こした悲劇よりも、桃井の豊満な肉体に圧倒された。若いというのは、物事の本質よりもデザートの方が主体になる。若さが物事を誤るのは悲劇というより、喜劇という見方が今はできる。

    「青春をどう生きるか」という命題は、言葉としては意味を持つし、大事なことかも知れない。しかし、多くの人は、「青春をどう生きた」という回想であろう。「青春をどう生きるか」のような堅実な生き方よりも、殺伐と生きた青春時代こそ、「青春を生きた」と言えなくもない。青春が貴重だというが、それが分かるのは青春を過ぎてからであり、多くの人は後悔するだけ。

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    「アレをやっておけば…」、「コレもやっておけば…」などと、誰もが悔いる。自由を標榜し、自由人である事を目的とした自分に、やり残したことはない。それが今の自分の幸せであろうか。もし、自身の青春に後悔があるというなら、「若いうちでなくてもやれる」と言い含めて行動してみたらどうか?若い人でなければやれないと言うようなことを思うなら、それは自縄自縛であろう。

    「生き方を変える」のは難しいかも知れぬが、青春を取り戻したいなら視点を変えること。そうすると自ずと行為もできよう。生き方を変えるとパワーもでよう。自信も持てる。青春期と言うのは、御幣を怖れずに言えば、「バカ」な時代である。したがって、壮年者が青春に立ち返りたいなら、「バカ」になることだ。それなくして、「青春したい」は、言葉のお遊びである。

    「バカ」にならなきゃ得れないものもある。卑屈な人生を送ってきた人でも、自分に素直になる事はできるだろう。若い時は「素直」である部分と「素直」になれない部分がある。素直に生きた人は青春を横臥したが、素直になれなかった人の青春というのは「絵に描いた餅」であったろう。今なら「素直」になれるかもしれない。そのコツは、「人生は短い」と念じること。

     たったひとりしかない自分を
     たった一度しかない一生を
     本当に生きなかったら
     人間は生まれてきたかいがないじゃないか   
     
      山本有三

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  • 09/10/15--19:04: 『青春論』
  • イメージ 1安吾は『青春論』の中で「淪落に就いて」の段がある事は書いた。それとは別に『淪落の青春』という表題の短編を書いている。前の記事にも書いたが、「淪落」という聞きなれない言葉は、落ちぶれること。落ちぶれて身をもちくずすこと。彼は都度自らを淪落者といっている。安吾はまた同じことを書くクセがあり、それはクセというよりも彼一流のクドさでもあろう。

    同じことを繰り返して言ったり、長々と言い続けたりで、相手をうんざりさせることをクドいというなら、自分も負けず劣らずクドい人間である。クドさは嫌われるが、クドさを弁護する言葉があるなら、「一生懸命」、「熱心」と言うのが当てはまるかも知れない。当てはまっても、はまらなくとも、される側、聞かされる側にとっては、いい加減うんざりであろう。

    「1回言えば分かるよ!」と、しつこい母親に子どもは必ず言う。言うけれども、それはクドさに対する反抗であって、1回言って分かるような子どもなんかそうそういない。母親はいかに自分がクドいか知らぬつつ、あるいは認めつつも、母親の子どもへの口うるささは、あれはもうクドさを越えた精神病ではないかと思ったこともある。いうまでもない自分の母親だ。

    人間があそこまでクドくなれるものだろうか?という問題提起もさせられるほどの異常さであった。あそこまでクドくなれるのは、もはや相手(子ども)のためというより、自分のためではないか?という結論に達した。つまり独り言の域であろうということだ。なぜなら、相手(子ども)が聞こうが聞くまいが、そんなことはお構いナシに速射砲ごときの言葉である。

    何かを言い聞かせようとするなら、言い聞かせるために、言い聞かせるような言い方をすべきと思うのだが、決してそのような言い方はしない。例えば電気をつけっぱなしにしていたとき、「電気消せ!」と、その言い方は、まるで軍隊の上官の命令である。「突撃せい!」と同じ言い方である。軍隊なら黙って従うと思うが、親なら別に命令違反もクソもない。

    確かに「突撃せー!」の方が勇猛だし、兵士にも勇気を与えるだろう。「さあ、突撃しましょう!」こんなオカマな上官などキモイわ。母親と言うのは何を勘違いしているのか知らんが、製造者の傲慢とでもいうのか、いちいち命令口調であり、それだと子どもは義務感であるとか、言いつけを聞こうと思う以前に反発する。小野田さんは、「反発は甘えだ」と言った。

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    確かにそういう場合もあろうが、本当に言い聞かせたいなら、「電気を消そうね」とか、「またついてるわよ」とか、「無駄をなくそうね」とか、やさしい言い方があろうというものだ。母はある時父にこのように注意された。「そういういい方は反抗するだけでダメだ。言い方を変えろ!」その時母は、「1回言っても聞かない子に、やさしくなんか言えるか!」と言った。

    彼女の男勝りの言葉は凄みがある。父はその言葉に対して返し言葉もあったと思うが、そういう投げやりな物の言い方には口をつむぐ人だ。おそらく、「言っては見たがダメだな、こりゃ」という感じだろう。加藤茶や志村のバカ言動に対して、「ダメだこりゃ!」と、いかりや長介が毎度いうのは出来合いコント。だから面白いが、家庭の中のドタバタはコントにあらず。

    母親の言う、「1回言っても従わないのに、やさしくいってられるか」というのが教育的効果として正しいと思う母親は、この世に誰一人としていまい。たとえ重量が軽くても、一応脳ミソのある人間は、そんな言い方が子どもにプラスになるとは思わない。ではなぜ、そんな言い方になるのか?ショートしやすい性格だからだである。よく使うショートとは?

    ショート・サーキットの略で、意味は短絡。普通のサーキット(回路)には、電流が過大に流れるのを防ぐために負荷(抵抗)が取り付けられている。ところが、ショートさせると一瞬に過大電流が流れ、発熱どころか、電流量によっては発火、爆発することもある。つまりショートした母親は、発熱、発火、爆発していることになる。これは子どもにとって大被害である。

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    なんでそうなるのか?冷静という抵抗を飛び越えるからだ。電気回路のショートが良いわけがないように、脳回路のショートがいいわけない。電気回路のショートも、電気機器のためではないし、堰き止めた電流が勝手に流れたいだけだ。脳回路も同じことよ。子どものためではなく、自分が面白くないから勝手に発火、爆発であり、これを傍から見るとバカ親という。

    勝手に負荷(抵抗)を飛び越えないよう、ちゃんとした回路を保つべきである。何度いっても電気を消し忘れる子というのは、遡れば幼少時期の親の躾の問題であろう。それをしなかった親が、今になって何をいってるんかいなである。それなのに今さら躾とムキになって、しかもその言動は躾になっていないにも関わらず、ショートするなんざ、バカ親である。

    忘れものが多い子どもは、自分がそうしたのだと自覚し、声を大きく怒鳴って解決するものではないし、もっと原点に立ち返って、別の方法を模索するしかあるまい。そうやって毎日毎日、ドリフのコントをやる事が楽しいとか、生き甲斐ならいいけれども。自分のことは棚に上げて子どもが、親の背中を見ていないとでも思っているところが、バカだと思う。

    「何よ、この部屋!ちゃんと片づけなさい」と言ったとする。「お母さんだって、いつも机の上とか散らかしてるじゃないか!」と、当然子どもは言う。そこで何と答えるのか?「今日はきれいにしてるでしょ!」とでもいうのか?それは、子どもに片づけろと言うために即席に自分がきれいにしたのか?そんなインチキが通用すると思うならバカでしかない。と、バカの三連発。

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    子どもが乱雑な部屋をなんとも思わない環境に、親が育てたのだということに気づかないのだろうか?「いや、気づいているけど、でも、親として言わなければならないでしょう?」と親は言う。親として言わなければならないのは、親としてキチンとしていなかった、躾もしなかった、だから後悔していても仕方がないから言うのだという、「今さら」の論理である。

    どうしてもっと小さい頃からキチンと躾をしなかったのだろう?と、ほとんどの親が思うこと。「ああもしておけばよかった」、「こうもしておけばよかった」と思う人が、後悔をする人である。子育ておいてそう言うことが多いのは分かるし、それほどに子育てに苦しんでいる。だからと言って、命令口調が効果があるのか?後手を引いた段階で高圧的になって効果がある?

    「風邪はひいても後手ひくな」という格言もある。子ども一切が親の思うようにならないのは当然としても、自分の場合は子育てに何の悔いもない。「愚かといえば常に愚かであった僕が、唯一信条として果たせたのが『後悔すべからず』である」と安吾もいうようにである。真似ているのではない、安吾もそうだったということ。後悔してもはじまらない事は多い。

    「後悔しても始まらないから後悔しない」というのも消極的だが、それでも後悔しないのは、変な欲を持たない意味においていい。数十年前の世相は、「末は博士か大臣か」と息子を持った親の願いであったが、これはもはや死語。まず、耳にすることはない。いかなる職業であれ、フリーターであれ、親は後悔しないのがいい。現にひきこもりであっても後悔しない親もいる。

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    それも一つの親の形だが、社会に適応し、自分なら一人で生きていけるよう最大努力をする。まあ、そうは言うけど簡単ではないし、だからそんな風にはならないように最初から躾けるよ。子どもはある日突然、ひきこもりになるというものではないし、仕事をしないで親に依存して食って行ける、という価値観を持つものではないし、様々な局面において予兆はあるものだ。

    そこを見抜いて適切に対処するのも親の力量である。子どもに苦労する親は、親の力量不足であったか、横着であったか、勉強重視で生活感を身につけさせられなかったか、何か欠けたものがあったと思われる。小さい子どもを持った親からよく聞く言葉で、自分が大嫌いなのは、「もう少し大きくなったら分かる」、「大人になったらできるようになるでしょ」など。

    これが安易でなくてなんであろうか?今できないことが大人になったらできるというのか?こんな言い方は横着な親、ズルい親、いい加減な親である。「今できない事は、大人になってもできない」と思うべきである。確かに本人の意識や努力で克服できることはあっても、基本的な生活習慣や態度は、無意識に内面化されるから、知らず知らずのうちに身についてしまう。

    無意識の内面化ほど怖いものはない。好きな諺や慣用句は山ほどあるが、「歳月人を待たず」と言うのも実感させられる。朝起きて、一日は24時間もあるし、それはそれで長いものだが、過ぎてみてこれほど早いのも時間である。安吾の文章を読んで感じるのは、過度に切迫感をもった人だ。「良識」を否定し、「良識」から「真」は生まれないとした。

    イメージ 6自身を堕落させることで、政治や社会を斬りまくった。松下幸之助のような成功者の名言は何ひとつない。安吾と幸之助は丁度一回り違いの午年である。安吾は丙午だ。おそらく安吾の言葉に「松下幸之助」などの文字はない。場違いも甚だしく異なる二人である。生身に生きる安吾にとって、経営の神様の言葉、経営術などどうでもいいこと。

    安吾は1955年に他界したが、その年幸之助は全国長者番付で日本一に輝いた。そんな年だが、安吾には何の興味もなかったろう。彼は権謀術数には騙されない性質であり、文学界とて権謀術数に長けてはいるが、そこらあたりも見抜いていた。世の中で美談になる出来事にも騙されない。「きれいごと」の中にインチキやウソが充満するを見抜いていた。

    文学ですら美辞麗句の巣窟であるのに、商売がキレイなはずがない。安吾はお人好しの日本人が陥りやすいインチキに溺れる体質を徹底して暴いたのだ。宮本武蔵の欺瞞も、彼の『青春論』には不可欠だったように…。『デカダン文学論』では島崎藤村を不誠実な作家といい、横光利一の文学的懊悩を、真実の自我による血肉のこもった苦悩にあらずと避けた。

    藤村も横光も、「真実の人間的懊悩を、真から悩んで突き止めようとはせず、処世の便法によって処理し、終生自らの肉体的な論理によって、真実を探究する真の自己破壊というものを、凡そ影すらも行いはしなかった」。「藤村も横光も糞マジメで凡そ誠実に生き、かりそめにも遊んでいないような生活態度に見受けられるが、彼らは文学的には遊んでいる」と手厳しい。

    青春時期に学ぶことは遊ぶことであろう。遊びの本質は自分に素直になる事である。人がどうでも、視線がどうでも、己に忠実に生きること、それが即ち遊ぶことである。遊びから得た経験は、他の何事にも変えがたいものである。「自分に素直になる」というのは、自分を真から見つめることでもある。自分は自分の求めている物を偽ってはいないか?

    そういう自問をすることだ。他人の評価の中で生きていないか?そこを見つめることも大事なところだ。他人の目を気にし、縛られる生き方から脱却することだ。だから安吾を読むのである。他人の目に振り回されたり、他人のちょっとした言葉に悩まされたり、人と違うことに不安を抱いたり、青春は傷つきやすいものである。だから安吾を読めばいい。

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    もちろん、他にも自分を啓発してくれる本はたくさんあるが、自我の探究という点において恰好なのが安吾の言葉である。敗戦に打ちひしがれて、誰もが戦争を憎み苦しむ、そんな同胞に対し、「戦争は人類に多くの利益をもたらしてくれた」という安吾の『戦争論』の書き出しは、なんともショッキングである。が、打ちひしがれても起こったものは起こったのだ。

    どう嘆いても、どう苦しんでも、戦争の始まる前には戻れない。ならばこの際、戦争のいい面を見つめ、それによって戦争を肯定してやろうではないか。戦争はいけない、泥棒は罪だ、などは誰でもいえる。が、言った人間が戦争を止められるのか?泥棒に言い聞かせ、この世から盗っ人をなくせるのか?敗戦の苦悩を癒すことができるのか?安吾の辛口は、実はやさしさである。

    ニーチェは悩める人に同情すべからずといった。同情は彼自身の力で立ち上がり、立ち直ることを遅らせるし、阻むこともあるといった。病める人には柔らかいベッドを与えず、堅いベッドを与えるべきといった。越王勾践に父を殺された病める呉王夫差は、自らは薪の上で寝ることの痛みで、その屈辱を思い出すことから生まれた、「臥薪嘗胆」の言葉が過ぎる。

    青春とは病む時期である。病み、苦悩し、耐え忍ぶ、それら一切が己の糧になると、その時は誰も気づかない。が、間違いなくそれらはプラスになる。その時、その場では到底思えないが、「これは絶対自分のためになる」と、信じることはできる。絶対という言葉は好きではないが、「絶対に糧になる」と言い切りたい。自前の『青春論』の最大の要旨がこれだ。

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  • 09/11/15--17:14: 『青春論』 ②

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    過去、青春については表題のあるナシに関わらず書き綴ったが、いざ『青春論』などと気負うと何を書けばいいのか。青春を振り返って思うのは、ポジティブな視点、ネガティブな視点の両方だ。苦あり楽あり、山あり谷あり、悲あり喜あり…、どれも青春、すべてが青春だ。怒りもあり静寂もある。人によっては暗い青春もあり、輝いてる青春もある。輝いてる青春か…

    青春時代にもっとも親しまれていたカーペンターズというグループがあった。彼らを知らない世代も多くなったが、今にして思えば奇蹟のバンドだった気もする。カーペンターズの魅力はリードボーカルのカレンの透明感のある声と、実兄リチャードになる美しいメロディ、そしてハーモニーである。こういってしまえば音楽の魅力すべてを言い尽くしている。

    奇蹟と言ったのは、カレンの美しい声であろう。それにしても「透明感のある声」とは異な表現であるが、それでいて的を得ている言い方であろう。透明とは透き通ったとの意味で、透明感のある湖、透明感のある海という表現にならい、透明感のある歌声とは、混じりけのない透き通った声、いわゆるクリアボイス。デビュー直後の岩崎宏美もそういわれていた。

    個人的には夏川りみ、石川さゆり、今井美樹なども声の成分に不純物質のない透明感がある。国外ではリンダ・ロンシュタット、メリー・ホプキンの歌声が頭に浮かぶが、さて、カレン・カーペンターズの歌声に癒された青春時代、もっとも好きな曲が『青春の輝き』であった。美しい、本当に美しいメロディー、詞も美しい。この歌詞を訳した時の感動を今も忘れない。



    I Need to Be in Love (青春の輝き)

    The hardest thing I've ever done is keep believing
    There's someone in this crazy world for me
    The way that people come and go through temporary lives
    My chance could come and I might never know

    I used to say "No promises, let's keep it simple"
    But freedom only helps you say goodbye
    It took a while for me to learn that nothing comes for free
    The price I paid is high enough for me

    I know I need to be in love
    I know I've wasted too much time
    I know I ask perfection of a quite imperfect world
    And fool enough to think that's what I'll find

    So here I am with pockets full of good intentions
    But none of them will comfort me tonight
    I'm wide awake at 4 a.m. without a friend in sight
    I'm hanging on a hope but I'm all right

    I know I need to be in love
    I know I've wasted too much time
    I know I ask perfection of a quite imperfect world
    And fool enough to think that's what I'll find


    一番難しいのは信じ続けること
    このいかれた世界の中に私のための誰かがいるってことを
    日々の暮らしの中でたくさんの人が通り過ぎていく
    チャンスはあるのかもしれないけれど それがいつかは私にはわからない

    いつも言うの 「約束なんてしないで ややこしいことはやめよう」
    でもでも『自由』なんて結局 あなたにさよならを
    言わせるためのものでしかなかったのね
    少し時間は必要だったけど、
    物事が思うようにはいかないことを学んだの
    代償はあまりにも大きかったけどね

    わかってるの 恋をしなきゃいけないって
    わかってるの 日々を無駄にしすぎたって
    わかってるの こんな不完全な世界に完璧を求めていたって
    今もそれを見つけようとしてるわたしはなんておバカさん

    だからこんなにもやりたいことはいっぱいで
    そのくせどれにも満足できないでいるわたしは 今夜もさびしい
    午前四時だというのに一人で起きていて そばにはだれもいない
    希望にしがみついている私 でも大丈夫

    わかってるの 恋をしなきゃいけないって
    わかってるの 日々を無駄にしすぎたって
    わかってるの このほんとに不完全な世界に完璧を求めているって
    そしてそれを見つけようとしてるなんてばかだってことも


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    『青春の輝き』の原題は、「I need to be in love(恋をしなくちゃ)」である。『青春の輝き』という邦題は悪くない。つまり、青春=恋にかけている。恋に輝くのが青春ということだ。恋はloveで、「love・loveな二人」、「love・love同士」といえばいかにも青春だ。男と女が恋をすれば、一日とて離れられない気持ちになるし、そんな所から同棲がスタートする。

    同棲とは字の如し、棲みが同じ、つまり一緒に棲む。住むではなく棲む。「棲む」は動物が巣を作ってそこで生活している状態、「住む」は人が家や場所を決めて生活している状態。どう違うのか?どことなく違う。「住む」には定住、安住というような、確たる居住的な感じ、「棲む」はそうではなくて、原始的な営みが感じられる。「終の棲家」などというように…

    「同棲」がまだ社会的コンセンサスを得ない時代、不健全さ、後ろめたさがあった。あったけれども多くの人が憧れていたし、だからそこに踏み切る者も多かった。その前の段階として「通い妻」、「週末同棲」という言葉があった。言葉通り、恋人の棲家は別々であるが、いずれかの居住先に通う頻度が多い場合に「通い妻」というスラングを使う。それ以外は部屋に遊びに来る。

    自分は年代的に同棲の経験はない。恋人と一緒に棲むなど考えたこともなかった。不健全というより、相手の親の手前であろう。男は別にどうこうないが、女性はそうもいかない。『同棲時代』という漫画が、青年漫画雑誌「週刊漫画アクション」に、1972年3月2日号から1973年11月8日号まで80回連載された。連載中の1973年2月、沢田研二と梶メイコの主演でテレビドラマ化された。

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    反響が良かったのか、1973年4月に由美かおる・仲雅美主演にて映画化される。主人公を真似るように若者が同棲を始めるようになった。「同棲」という響きにあったエロチシズムは跡形もなくなり、恋人が一緒に棲むなど何でもなくなった。何かにつけて物事が一般化されると、一般化される前が一体何であったのか?それがそんなに特別なことだったのか?と思わされる。

    慣れと言うのは不思議なものだ。それにつけても、「同棲」というのは、親の監視や社会的偏見から自由になるということなのか?こんな話を聞いた事がある。若い女と不倫していた男が妻子と離婚し、一緒になった。そうして数年たったある日、「何でこんな女と一緒になったのだろうか?妻子を捨てたことは後悔している」などと言った。よいことなどなかったようだ。

    彼女が可愛く、いい女に見えたのは、愛人であった時のこと。そんなものかも知れない。そんなものだろう。男が苦悩し、悩み、自己と戦っているその事が、彼女を可愛い女にしていたのだ。そういう不安定な状況で戦ってる姿こそ男も輝いていた。そうして安定を得たときに、もう人間は戦うものがない。捨てたものは戻ってこないし、捨てたものに未練が湧いている男である。

    確かに同棲は自由である。法的な権利も拘束力もない、義務もない、生活スタイルに対する社会的制裁もない。どちらかが荷物を持って出ればおしまいの関係だ。荷物らしい荷物もないであろう。パジャマと洗面用具と数着の部屋着…。近年は結婚の前段階で同棲する。それを良いとする意見もある。合わない同士が結婚、離婚して籍を汚すよりもいいかも知れない。

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    それにしても人間同士というのは分かり合えるものだろうか?人と人が本当に分かり合えるというのは、どちらかが一方に追従している以外にないのではないか?異なる意見を持ってる同士が言い合えば対立するのは当たり前だし、人間は自分の感性で他人を捉えてしまうものだ。エゴイスティックな人間は、他人の無欲な行動を私利私欲からの行動と取るだろう。

    素直でない人間は、他人の素直な言葉に腹黒さを見るだろう。嘘つきの人間は他人のいう真実を嘘とみるだろう。正直な人間は他人の嘘を真実ととるだろう。僻みっぽい人間は他人の感謝を欺瞞ととるだろう。女がくだらないことを言い、言いながらもそれを理解して欲しいという。理解するって、そんな幼児的言動を?と思いながらも「分かった!理解するよ」という。

    その時の女の心理的満足感は、女の幼児レベルに落とした男の恩恵である。それでいいのか?まあ、自分はそんなことはしない。そんなことでオトナの女を喜ばす意味が感じられない。人を喜ばせるのは善意であるべきだし、悪意で喜ばせるというのは相手を見くびり、バカにしていることになる。そんなことなら喜ばれるより、普通に対応して嫌われる方がマシだ。

    自分の嘘の中に存在する相手、相手の嘘の中に存在する自分…に、意味がある?「私のいう事を理解してくれないの?」と言われて、理解できない物はできない、できるハズがない。黙っていう事を聞けというなら聞くこともあるが、理解となるとそうは行かない。自分の場合、「オレのいう事を理解してくれ」という言い方はしない。これは無条件の押し付けだ。

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    そうではなく、何かを言った後で「今の事を理解できるか?」と聞く。「理解できる」ならいい、「理解できない」も大事である。理解できないなら、理解できるまで尽くすべきであろう。相互理解とはそういう努力の上になされるものだ。女が何かを頼む前に、「私の頼みを聞いてくれる?」という。小中学生がいうならいいが、オトナの言葉としてはマヌケである。

    それに対してマヌケ男が、「分かった、聞くよ」と呼応するが、その要求はとても聞けるものでなく、「それは無理だ」と言ったら、「聞いてあげるって言ったじゃない」と女は責める。まあ、ガキのじゃれあいならともかく、オトナの会話ではない。こういう場合、「頼みごとをする前に、『聞いてくれる?』みたいなアホなこと言うな」、と言っておけば二度目はない。

    至らぬ者同士、アホでマヌケな同士の馴れ合い、それでも青春は輝いている。一人で生きるよりは不完全な二人の鬩ぎあいに輝きをみる。スゴロクの上がりは遠き彼方である。青春時代に大きな望みを抱くことに反対はないが、そんな希望や野心が若者を不安にすることがある。その場合の希望や野心とはどこかオカシイ。世間体?周囲への見栄?それを希望というのか?

    そういう希望や野心は人をエネルギッシュにはしない。「○○で一応カッコつけておこう」そんなものを野心といわない。が、青春期に人は見栄を張るし、「カッコイイ!」が何にも増して大事。「カッコイイ!」とは何だ?人はどんなことを「カッコイイ!」と思い、「カッコイイ!」というのだろう。いろいろ思考すると二つの場合の「カッコイイ!」がある。

    イメージ 6一つは長けた才能、能力の保有者などへの憧れ、もしくは天井人のような人を「カッコイイ!」と思う。もう一つは人間の抑圧から派生するカッコよさ。いうまでもない、人間は欲望の動物だ。だからこそ欲望に生きるひとを羨ましいと思う。その人が堕落した人間であっても、欲望に生きる人を「堕落の栄冠」などと思う。見下げる人間もいるが、妬み半分と思っていい。

    人が堕落をとがめるのは、堕落への見果てぬ夢があるからだ。己に素直に生き、堕落してしまえばどんなに楽かと思っている。人間は日々見栄や虚栄で苦しんでいる。それは将来を重んじればこそ、出世を望むからこそであろう。出世も見栄もなければ人は今を犠牲にしない。果て無き未来のために己を殺している。ところが、見栄も体裁も構わず何かをやる人。

    やれる人、やっている人、思わず「カッコイイ!」となる。そんなことを口が裂けても言いたくない人もいるが、それはそれで意地だからいい。つまり「カッコイイ!」は、人が奥底で望んでいながら、自分には決してできないことをやる人に思わず出る言葉である。トータルとして思考した、「カッコイイ!」ではないにしろ、思わず出る言葉。人間は抑圧の動物である。

    それを理性という。渡辺淳一の『失楽園』は、日本経済新聞に連載されていた。多くのマイホーム企業人、経済人が、主人公に羨望を抱いたことか。自分の勇気のなさ、体制に縛られ、逸脱できぬも歯がゆさ、どかしさ、そして願望…。「カッコイイというカッコよさと、カッコのわるいカッコよさ」が、存在するのがわかる。カッコよさに憧れるあまり疲れた奴はいた。

    他人の目を意識しすぎた疲れである。「カッコイイ!」とは抑圧された現代人の「疲労」を表す言葉でもある。無理は禁物だ、無理をしても続かない、疲弊するだけ…。この道理が分からない年代もまた青春期である。彼らが自身の深みに到れないのは、自らを偽っているからだ。受験勉強の成功者は決して満足していない。なぜならその代償がこれっぽっちだったり。

    イメージ 7が、周囲はそれを認めない。「東大生」という栄誉を得た人間は、腐っても東大生である。東大に行かないと将来がないと思ったか、東大に入れば将来が約束されてると思ったか、この二つは微妙に違うがどちらかであろう。だから遊びたい気持ちを抑えて勉強した。であるならその代償がないのは不公平だが、これといった代償が叶えられる東大生ばかりではない。東大生という看板を下ろすことはできず、その看板を背負ったまま虚飾を生きる不幸。実際にそういう人間は、「所有の不幸」である。もって不幸になる事は多い。無学歴者を、「不所有の不幸」というが、彼らには適材もない、適所という働き場もない。どこでも適材、どこでも適所である。ところが、所有人間には適材だの、適所だのと、自他共に決めた何かがある。

    散歩の途中、工事のトラック搬入を紅白旗で整理する警備員と会話した。「日給7000円だけど、楽でいいよ」。「確かに楽な仕事だね」。「カッコ悪いよね、誰でもできる仕事だし」。「カッコ悪いんですか?思った事はないけど」。「最近は大卒が多いよ、何でこんな仕事をするんだと、この間も若い大卒に聞いてみた」。「そんなこと聞くんですか?何でまた…」。

    「何でって、カッコイイ仕事じゃないし、それに大卒が…」。「…、聞くのはちょっとイジメになるかも。何て答えましたか?」。「仕事ないんで、といってました」。「立派な仕事でしょう?歩行者を守る、なくてはならない大事なね」。「いいこといいますね」。「日頃から思ってることです。職業に貴賎はないし」。「きせん?」。「長話ですみませんでした。では…」

    彼らはやはり大卒にそういう言い方をするんだろうな。聞かなくても分かりそうなものだが。聞くことが彼らの優越感なのかもしれない。ということは、聞かれる側には劣等感となる。社会には「歴」の差が優越と劣等の逆になる事もあろう。それも社会である。本来は多様であるべき人の優劣を、単純に学歴でみる社会に適応するためには、東大にもバカがいることを知ること。

    東大=秀才という妄信を戒めて現実を知ることは、中卒、高卒、三流大にも賢く、有能な人間がいるのを知ることでもある。暖簾だけで老舗を評価するから、「赤福」や「吉兆」に騙される。学歴、家柄で人間を見るのを慧眼といわない。さらに言うなら、美人やイケメンが心ある人間か?ということにも派生する。外観だけでクルマを買うか?家を買うのか…?

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  • 09/13/15--16:01: 『青春論』 ③
  • 『青春論』と題したからには青春を突きつめて考えたい。青春と言っても人生と同じように3つに分けられる。つまり、自分の青春、他人の青春、一般論の青春である。青春について書くなら自分の青春が的確であろう。なぜなら、自分と言う人間はこの世でただ一人である。他人の誰にも青春はあるが、この場合の他人とはとりあえず自分に近しい人をいう。

    それでも何十人、ともすれば百人超える。彼ら、彼女らにもそれぞれの青春があったはず。一般論的な青春とは、これも他人の青春だが、近しい人に限定しない他人であるから、その数は何千万人、何億人となるが、「一般」とはそういうものだ。「一般論」とは、ある特定の、または個々の具体的な事柄を考えず、広く全体を論じる議論、もしくは考えだ。

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    世間に広く認められる論ともいえるなら、一般論的青春も述べてみる。他人の青春は近しい知人、友人の青春について知りうることだが、とりあえずは自分の青春だ。「青春とは何か?」の基本概念は様々ある。サミュエル・ウルマンは、「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う」といった。少し長いが、長文ブログなので彼の『青春』という詩を置いてみる。


    青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ
    優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心
    安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ

    年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる
    歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ
    苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、
    精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう
    年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か

    曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる
    事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く
    求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

     人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
     人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
     希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる

    大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大そして
    偉力と霊感を受ける限り、人の若さは失われない
    これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
    皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ
    人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる


    イメージ 2なるほど、言い得ている。が、言い尽くしてることもない。「若さ」も心の持ち方というように、多くのことの答えは一つではないし、物怖じすることなく、自分の考える青春、過ごした青春を記せばいい。とりあえず、世俗・一般的なある時期についての、「青春」に限定しよう。誰も青春期を過ごしたが、人によっては嫌な青春、辛い、苦しい、そんな青春もあったろう。
    それでも青春を回想できるのは、現在があるからだ。とりあえず、「死なないでよかった」ということになる。その時期に起こったことは、「青春」の罪ではないが、罪を、「青春」に押し付ける人もいるにはいるが、起こしたのは自分である。自分の意思で起こしたものでないなら、「青春」の時期に起こったということだ。嘘も秘密も失敗も、「青春」の罪科ではない。

    繰り返す。単に、「青春」の時期に起こったにすぎない。到底一言でいえない青春を、一言でいうなら、自分が人間で周囲も人間で、人間社会に生息する以上、人間関係に青春の基盤、基軸があったように思う。その辺りを回想し、青春を顧みながら解き明かしてみたい。「自分の青春」という前に、まず「自分」についてだが、「自分とは誰か?」である。

    自分は自分というしか答えようがない。が、少し思考を広げ、問い詰めると、自分とは自分を認識できる何かが、自分を自分と定義しているようだ。その何かは何?というなら、それは「脳」であろう。となると、「自分とは脳である」といえる。自分の脳が、自分を自分だといっているのである。この世に生を受け、「自分」を意識しなかった時期もあった。

    ところが、だんだんと自分を意識することから、自分という存在を認識し始める。その頃には自分の手足や身体は自分のものだと、そんなことを改めて考えなくとも、人のものでない以上、当然自分のものであるのは理解にある。「心」はどうか?手足や身体は自分の意思で自由に動かせるが、「心」は自分の思うように支配できるのか?正解は「出来ない」。

    自分の心を支配する何者かが存在する。それが誰かといえば親。幼稚園や学校に行くころになると、「先生」と言う人たちも支配者として顔を現すことになるが、それまでは親が自分の心を支配する。なぜ親は子どもの支配者か?子どもは親によって作られるゆえの製造者特権である。支配者でない親もいるし、言葉に御幣があるかた保護者という言い方がなされる。

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    「あなたが、こちらの子どもさんの支配者さんですね?」なこたぁ、社会では言わない。だからといって支配者という言い方が間違っているといえないような支配者的な親もいる。が、それでも社会にあっては保護者と呼ぶ。支配者的な親に支配者といっても、「違いますよ」と言うだろう。「失礼ね~」と怒るかも…。など意識にない親がほとんど、だから保護者と呼ばれたい。

    それなら文句はない。日本で用いられる「保護者」とは、特定の個人に対して、個別の 法律に基づいて、保護を行う義務がある者。保護を行う以上、危険なことは制止させ、危険な場所への立ち入りを禁じたり、その他、保護者として子どもに様々な命令を発する義務を要する。これは権利ではなく、あくまで保護者としての義務である。なぜ権利でないのか?

    子どもが主体であるからだ。養育は権利でなく義務である。そこをはきちがえない事。親は子どもを作り、産んだら自動的に保護者の命を授かる。子どもが頼むわけでもなく、法によっても義務と定められている。何も法など持ち出さずとも親が子を保護するのは本能に思えるが、一概にそうともいえないのが人間である。となると法で縛る必要も出てくる。

    高等生物にとって、親が子どもを育てるのは、親にとっても喜びであり、幸せである。それはまた子どもにとっても幸せであるという共通の生物的現象である。小鳥でも野生の動物でも、親はイキイキと子どもを育て、子どもは親に育てられることでイキイキと成長する。これが一般的な動物の親の子育てであるはずだが…。人間の子育てはそうもいかないようだ。

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    生物としての自然な法則からみるとズレがある。つまり、生物としての機能としてみると、不合理なところがあり、それが子育てにおけるトラブルとなる。なぜ人間は他の生物と同じでありながら、子育てに失敗するのか。理由はたくさんあって、学問的に解明しようという途上である。が、「人間という生物」は、極めて子育てに失敗しやすい奇妙な生物である。

    育てる側に理想が高いというのも一因である。理想といえば聞こえはいいが、「欲」といえばどうであろうか?否定する親は多く、「欲だ何て心外、こどもの幸せのため」というだろう。そもそも「正しい育児」というものが人によって様々いわれ、個々の価値観によって育児書が書かれ、育児の基本概念より、人間の欲や競争心を煽る社会に移行して行った。

    「育児とは何か?」という根本的議論はされるけれども、どうしても根本よりオプションの方に心がよれて行く。しかも、それが社会のニーズとまで叫ばれると、そんな育児書を教科書代わりに正しい子育てなどできるはずがない。いや、それらのどれもが、「正しい子育て」という時代だから、どれも間違いではないということになる。コレが現代社会の育児の現状だ。

    育児とはいうまでもない、子どもの人間形成であり、保育学、児童学、人間教育学など、多くの部分で共通する。それすら困難で難しいのに、高文明になれば新しい価値観が問題を困難にする。日本が昭和30年ころを境に高度経済成長を遂げ、先進国の仲間入りした。先進国型社会は、「育児崩壊型社会」という病に感染するように、世界の先進国はこの病に侵されている。

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    未開型社会に比べて、欧米先進国型社会になるにしたがって、家庭が崩壊し、親子関係が崩壊する。これは、親の子育てが崩壊するから起こる現象だ。何より怖ろしいのは社会環境が人間を洗脳することで、無意識に根本育児が崩壊することさえ気づかない。日本社会をみても、昭和30年以前の昔の母親は、現代ママに比べて驚くほど育児が堪能であった。

    自分の育児はなってないということすら気づかないのが、現代社会の育児崩壊の特徴である。間違ったことさえも、「私の育児は正しい」とする親が、子どもに問題が現れたときに初めて、「なぜ、こうなったのだろう?」と驚き、ある親は「しまった」と気づき、別のある親は、「失敗だった」と非を認める。にもかかわらず別のある親は育児の失敗に気づかず悩む。

    これらは雑多な価値観が進んでいき、教育産業の隆盛がブランド力を煽るなら、誰しもそれにあやかろうとする日本人的な悪しき付和雷同性であろう。他の動物は本能で子育てをするが、人間は本能習性以上の高度な要求を求めることで、多くのものに影響されやすいのであろう。自由主義社会は選択の自由はあるが、真に自由を求める人間は他人や周囲に影響されない。

    つまり世間体にも影響されない。世間とは人であるから、人に影響されない確たるものをもつ人を自由人という。自分が親の拘束から解き離れ、望み、目指したものは「自由」の二文字であり、それが度々、自分を解放する自由にまで高められていった。自分の青春期というのは、自己を解放するための戦いであった。が、原初期は自己は解放するも他人は拘束した。

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    他人を解放することが真の自己解放である事に気づかなかったのだ。その命題は結婚して子を持ったときに、親という製造者としてのエゴとの戦いでもあった。親というのは不思議なもので、自然に子を持つと無意識にエゴになりやすい。だから、自分がエゴであるかどうかも、分らない、見えない。そういう無意識の自分を見つめるもの、諭すものは何であったか?

    無意識の自分の非を見つめさせるものは何であったか?無意識を指摘し、指導してくれる誰かが周囲にいるわけではない。人間の親はなぜ我が子をダメにするかは、人間の親が、「悪魔の愛情」を持つ生物になったからである。「悪魔の愛情」とは何か?それは子どもが親を悪魔だと思うことで認識される愛情である。自分の母親が悪魔だと感じたことは、青春期の勝利であった。

    小学三年生あたりから、薄々違和感を持ち始め、思春期時期のもっとも関心事項である、異性に対する母親の断固とした態度、仕打ちが、親を悪魔と認識した。青春期は思春期ともいい、言葉の違いで区別はない。自分が悪魔の親を実感したことが、自分が親になったときに、悪魔であるかないかを都度、客観的に見つめられるようになった。これも悪魔の親の恩恵である。

    「悪魔を知らずして悪魔が分かろうはずがない」の論法からすれば、悪魔を見たことが悪魔を知らしむことになる。悪魔の親に苦しんだなら、悪魔の親になりたくない。しかし、一般的に子どもは、親にされたことを踏襲するといわれている。親に虐待された子は、自分が親になって子を虐待するという。なぜか?「やられたからやり返せ」の論法ではない。

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    やられた(虐待)ことが、当たり前だと感じて内面化されてしまうのだ。したがって同じ轍を踏まないためには、「虐待行為」を批判すればいいとなるが、それは言葉の上のこと。殺人は悪いと知っていても実際に殺人を起こすのは、人が嫌(憎い)だから殺すのであって、殺人の善悪良否の問題ではない。だから、虐待を非難するだけではなく、虐待した親そのものを非難しなければダメ。

    そういう親を徹底して嫌うことで、虐待行為を非難することになる。自分が徹底して母親を嫌悪した事が、母から受けた「悪魔の愛情」一切を否定できた。本当にしたくないこと、本当に嫌なことは、徹底嫌悪すべきである。「目の上のコブ」と言うのは用例としてはかわいいものだ。自分の目の上には悪魔がいた。自分の青春期の入り口は、悪魔との熾烈な戦いだった。


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  • 09/14/15--17:21: 『青春論』 ④

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    親は子どもをダメにする愛情を持っている。それが愛情?と疑問は抱くが、親が愛情と思っているなら愛情であろう。「親は子どもをダメにする愛情を持っている」、はオトナの成熟した思考であり、当時子どもであった自分がそんな風な考えを抱くはずもない。その当時自分は、「このヒトの言う通りしていたらダメな人間になってしまう」という思いだった。

    ヤブから棒に反抗したのではなく、母のいう事、する事一切がまともではないと感じた。自分宛の封書を勝手に開封して捨てるなど、誰に話してもあり得ない行為というし、ヒトに話すまでもない蛮行と思っていたし、友人からの電話を取り次がないで居留守を使うのも日常だった、親に頼んでも細くしてくれないズボンを、必死で自分で直せば勝手に捨てる。

    タワシやカルイシですり込んだジーンズを勝手に捨てる。シャツの裾をズボンの中に入れろとうるさい、マンガを捨てる、『平凡パンチ』をエロ雑誌といって捨てる、など自分が気に入らないものを容赦なく捨てる、隠す、こんなバカ親がこの世にいるかと腹も立った。口うるさいとか、傲慢であるとかを超えたバカと、見下された時点で親も終わりである。

    「親が嫌い」とか、「好きじゃない」いう奴はいたが、「ウチの親はバカ!」と言うのは自分くらいしかいなかった。あげく、バカに何をいおうが、まったく通じないことも学んだ。「このヒトほどのバカは、本当に死ななければ直らない」を強く実感した。母は現在86歳だが、妻や孫に対してもバカは相変わらずで、やはり死ななきゃ直らないの諺は正しいようだ。

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    「親はあっても子は育つ」も面白い言葉だが、「バカは死んでも直らない」という言葉も実に面白いと思った。つまり、死んだら意識がないから直るという定説を、「バカは死んでも直らないバカのまま、棺おけに入っている」ということか。これほどバカな親を体験すると、自分が親になったときには絶対にバカではいたくないと思う。が意外と難しいのを実感した。

    やはり、製造者の傲慢であろう。親は間違いなく子どもをダメにする愛情を持っている。虐待を受けた子は、自分の子に同じ行為をするように、人間形成に歪みのある状態で育てられて成人したこの本脳機能という奴は、更なる二次的歪みを生じる。拒食症や不眠症、働き生きることへの不能症、人間不信、劣等感、などなど様々な因子も植えつけられる。

    奇蹟の歌声と称されたカレン・カーペンターは、最後まで母親の愛に飢えていたとされる。彼女の母は、頭もよくて何かにつけて秀でていた出来のいい兄リチャードを溺愛していた。「顔に自信がない」、「お尻が大きい」、「誰からも愛されない」そういうコンプレックスから拒食症にカレンは陥った。同じ心の病の有名人に、バイオリニストの五嶋みどりが浮かぶ。

    この前まで少女だった彼女も10月で44歳。カレンは30歳の時に実業家と結婚したが、翌年には破綻し、離婚同意書にサインする直前(約束の6時間前)に彼女が死去したため、離婚が成立しないままになっている。死因は急性心不全という。巷では炭水化物ダイエットといって米・麺類をとらないのがいいと支持されているが、炭水化物を極度に制限するのは危険である。

    イメージ 3炭水化物は人体のエネルギー源であり、心臓の拍節(鼓動)も炭水化物のエネルギーで動いている。カレンが母親と戦った記述はないが、五嶋みどりは、母親との壮絶なバトルの末に掴んだ栄光である。昨年夏、結婚の発表もないままに彼女の妊娠、出産のニュースが騒がせ、精子を買った(提供を受けた)と囁かれたが、彼女も事務所も夫の存在を明かさない。

    五嶋みどりの結婚相手がどこの誰かなど興味ナシ。そういえば、「どこの馬の骨かわからぬ男」という言い方があり、これは中国の諺、「一に鶏肋(けいろく)、二に馬骨(ばこつ)」から来ている。鶏肋とは鶏の肋骨のことで、小さすぎて役に立たない。馬の骨も役に立たない上、大きすぎて処分に困る。「どこの馬の骨~」は、素性の分からぬ者をあざけっていう言葉。

    みどりは20歳の頃から拒食症(摂食障害)と鬱に苦しんでいた。幼い頃から母に厳しく指導された彼女は、有名になって世界中で演奏活動が始まると、「同じ服を2度着るな。ホテルは一流。移動は車。身の回りのことは他人にさせる。贅沢な食事をする」がステイタスの証として強要された。身を引き裂かれるような苦悩の末、バイオリニストとして生きる決意をする。

    五嶋みどりの青春、カレンの青春は自分の目には耐えられない様相だが、他人の青春はその人のものだ。確かにカレンの栄光は短かったが、「細く長く」という人生もあるように、「太く短く」という人生もある。カレンは後者であったが、摂食障害の影響でか、他界する直前の彼女の身体は30kg台、ミイラのようだった。自分の「生」を貫くというのは容易でないようだ。

    人間は生物的に歪みやすい特徴があり、文化的にも歪みやすい。心理学、精神医学、社会学、教育学などの学者がこぞって非行や犯罪など反社会的行動を分析するが、コレといった断定を下せない要素が多すぎる。いかなる学問、いかなる研究を土台にした意見であっても、人によって考えが異なるというなら、結局は個人の見解や評論に過ぎないということ。

    ある学者が言う。「どんな世界であれ、外から眺めていた頃のイメージと、その世界に身を投じてから見えてくるものとのギャップは存在する。学者の世界に身を投じた15年まえより、現在の方がより大きなギャップを感じている。それも悪い意味でのギャップである。(中略) 論文捏造や研究費不正流用で処分をされる学者の背後には、処分されないギリギリの学者も多い。」

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    閉鎖的な学界や学者の問題を浮き彫りにさせ、失墜もさせた「STAP細胞事件」はつい先日のことであった。早稲田理工からハーバード研究室勤務を経て、日本の先端科学の本山と称された理化学研究所に配属された小保方晴子をめぐる一連の騒動が、「学者バカ」を如実に示した。不正も流用もしないスーパーのレジのパートおばちゃんの方が立派にみえる。

    「持っている人」の弱み(苦悩)は、「持たぬ人」には理解しがたいものがある。世のため人のために尽力する学者も多いなか、一部に非常な社会的影響力を持つ学者が生まれる社会構造が出来上がっているからである。文系学者は政府の審議会や諮問機関で、国家の制度設計に大きな影響力を及ぼすが、理系学者は、研究費という競争的資金の争奪に苦闘する。

    一人の学者が個人単位で巨額の研究費を使える立場にあるというのは、学者による個別の不正が社会的損失に繋がることを示唆しているといえる。嘘八百を研究成果と発表する学者の自尊心は、競争社会に身を投じる者の狂想であろう。『小保方晴子の青春』なんて、実話風映画にしたら面白い。彼女を茶化して面白がっているのではなく、あまりに杜撰、あまりに情けない。

    「持たない」自分の青春に茶化されるものはないが、「持っている」者の宿命は、「持つべく人」がコントロールして生きていかねばならない。老子は、「他人に比べて秀でるものを持つことで慢心になるなら、いっそ持たぬ方がいい」と言った。「持つ」べく人の最大の任務は、「生かす」ことであろう。ACミランの本田が日替わりで、絶賛されもし、叩かれもする。

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    「持っている」者の宿命だ。日本でチンタラやっていればこうまで叩かれ、吊るし上げられることはないが、世界の目は世界の標準プレーを要求する。スポーツ界に身を投じる選手は数字と結果に縛られるが、学者は10年、20年結果を出せなくとも叩かれることはない。安易な世界でもあるが、それは偏った見方で、実際はこれほど地道な世界はないだろう。

    何の功績も喝采も浴びることなく研究を閉じる学者が大多数。しかし、メディアで持論を述べる学者は増大するも、意見は乱舞する。例えば少年が親を殺した事件について、A氏は「管理された教育が原因」といい、B氏は「甘やかされたのが原因」といい、C氏は「夫婦・親子ともども家庭崩壊が原因」と主張する。これはもう『群盲、象をなでる」である。

    最終的には「分らない」となる。分らないから様々想像するものだが、分からぬことを分かる事は難しく、「分かった」と言っても真偽は不明瞭。親の育児の歪みについての文化的な見地からの断定は更に至難である。よって、「人間はわが子に取ってマイナスになる育児を行う唯一の生物」という点について思考する。「過保護」、「悪魔の愛情」などなど…

    何事も便利なのは文明の恩恵だが、子育ては「力仕事」と自分に言い聞かせていた。楽はいいことだが、楽をしないいいこともある。この二つを照らし合わせた時、「楽をしないいいこと」の方が上回ったからである。最近は「食育」などという言葉も生まれ、これはレンジでチンの弁当を作る横着母に対する批判である。そういう母に限ってこのようにいう。

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    「毎日のことだし、やってられない」。これが現代のママより、昔の母親の方が子育てに優れていたことを現す一面であろう。優れているのは、キッチンの設備や、豊富な食材、金銭的裕福さではなく、意識が優れている。何かにつけて優れた人間と言うのは、「意識」が優れているから生まれてくることを考えれば、意識の希薄な現代ママは秀逸な母ではない。

    動物は小鳥でもライオンでも子をもつ年齢、つまり成長し成体になれば自然に育児本能は充実する。言い換えれば成体になった事が育児能力が備わったことを意味する。ところが人間は違う。「大人になった」ということは、必ずしも「正しい育児ができる」を意味しない。これが人間の育児の失敗の最大の要因であろう。自分は父親になった時、父親の自覚はゼロだった。

    「子を持てば自覚が出来るだと?」そんなのあり得ない。大金を持てば金持ちの自覚は出来ようし、使うに余りある金を持ったことと、子を持っての自覚は大違いである。父親の自覚とは大好きだったパチンコを止めること、タバコを止めることもそうであろうが、物理的な自覚だけでなく、父親としてどうあるべき、どういう役割を果たすかという自覚が必要だ。

    そのためには、「父親学」なる育児書を読むこともいいだろうが、何より大事と思ったのは、どういう父親が自分の理想の父親であるのかというシュミレーションであった。子どもが我がままを言ってるとき、グズっているとき、何かに興味をもっていそうなとき、あるいは持たせたいとき、イタズラをしたとき、叱る必要が発生したとき、その時にどういう父であるべきか?

    イメージ 7それを考えた。そして結論を得るとその役を演じることにした。つまり、自分には夫という顔もあれば、外ではあらゆる場所に相応した様々な自分の顔が存在するように、親となったら父親の顔を増やす。したがって、あくまで理想とする父親を演じる虚像であるから、本来のだらしない自分とは違う。地でやるのが楽は楽だが、それでは理想の父親に程遠い。

    父が他界していろいろ考えたことの中に、酒好き、女好きの父、世の中で浮名を流していたというそんな父だが、自分の前に存在していた父とはまるで違ったようであった。母との言い合いの中にいる父は、妻から見て許しがたい父であったようだが、それを言うなら父からみた母など許しがたいどころか、殺して煮て食ってもバチがあたらない女である。

    相手がある以上、どちらかの言い分だけが正しいという夫婦など存在しない。父は息子の前では立派な父であった。何をしても叱らないという点において、あれほど寛大な人はいないのではと思えるほどに、息子の愚行を許す人だった。菓子折り持って怪我をさせた喧嘩相手のところに行くのを楽しむかのように、そして相手の親の前で土下座をするのだった。

    これほど効き目のある躾はないであろう。父のその姿がいたたまれず、自省することになる。父は自分を一言も咎めない理由が不思議であった。聞きたいことは山ほどあったが、宿題を残して逝ってしまった。学問と違って確たる答えのない宿題は難しい。その代わり命ある限り思考することができる。当時も今も、青春期に父はまるで存在しない存在だった。

    存在しないが、ああいう母であった故にか、とても大事な父であった。「ない物の方が、ある物より大切」ということか。一人で上京して以降、時々日記のようなものを書いたが、最後のくだりには父への想いを綴っていた。自分が生を受けたとき、父は34歳で、周囲と違ってずいぶん年食った父だったが、「あなたに早く孫の顔をみせたい」などと書いていた。

    一度も叱らなかったことへの感謝も多く書いた。叱られなかったから助かった、有り難かったではなく、叱られない=信頼に対する感謝である。母は自分をダメにする女との危惧を持ったが、父はただただ空気であった。見えないが、なくてはならないのが空気である。いつも微風、大風も突風も吹かせない、穏やかな風である。その良さが分かったのは20歳頃。

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    過保護、溺愛という風は一度も感じたことがない。が、おそらく父の心中はその気持ちが充満していたであろう。親子といえどもオス同士の交わりは、人間以外の動物にあっても、いかばかり距離感がある。その距離感は、遠慮という配慮ではないのか?父と息子はそういうもの。娘は父にとって異性でしかない。だから、分かり難いもの、分かり得ないものとの存在。

    母と娘を見ていると、女同士は分かりすぎるから立ち入るのか、感性の世界観なのか、あまりに遠慮がなさ過ぎる。遠慮を思慮と置き換えれば聞こえはいいが、息子と父は同性理解があったとしても、相手の心に立ち入らない、越境しない事が不文律であろう。父と息子は、感情的馴れ合い関係であってはならないのかも知れない。


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  • 09/15/15--16:27: 『青春論』 ⑤
  • 父と息子を描いた作品でひらめくものと言えば、『子連れ狼』と『ロード・トゥ・パーディション』であろうか。『子連れ狼』は、小池一夫原作・小島剛夕画の日本の時代劇漫画(劇画)作品で、1970年9月から1976年4月まで『漫画アクション』(双葉社)に連載され、萬屋錦之介主演のテレビ時代劇として、1973年から1976年にかけて日本テレビ系列で放送された。

    漫画は読まなかったが、テレビドラマはちょくちょく観た。映画にもなったが、主演の若山富三郎があの時代にあり得ない二重あごデブで興醒めさせられる。侍が太っていてはダメだ。三船や萬屋体型でなきゃ。テレビ版では大五郎役の西川和孝に人気が集まった。『ロード・トゥ・パーディション』は2002年に公開された映画で、『子連れ狼』アメリカ版に思えた。

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    記事を書く前に、『ロード・トゥ・パーディション』について調べると、原作者は『子連れ狼』の影響を受けたとあった。『ロード・トゥ・パーディション』とは、「地獄への道」という意味で、これは、『子連れ狼』のキャッチコピーである、「冥府魔道」と同じ意味である。仰々しい言葉だが、原作者小池一夫の造語という。刀をマシンガンに持ち替えた、アメリカ版『子連れ狼』であった。

    「冥府」とは死後の世界または地獄で、「魔道」は正しい人の道ではない邪悪な道であり、つまり、地獄に堕ちるような魔物の道を生きる、と言うような意味合いであろう。『子連れ狼』の父子も、『ロード・トゥ・パーディション』の父子も、共に行く道は同じとしての心は通じ合っているが、感情的な絆があまりに冷静であること。これは男同士の世界観である。

    主人公拝一刀が、一子大五郎が、感情を露にしたのは、最終回の父が死ぬときの言葉と、大五郎の嗚咽だけであろう。子どもは泣くのが仕事というが、子どもが泣くのは好きでない自分は、いたいけでありながらも泣かない大五郎の肝のすわった気性の強さが好きであった。そのくせ、人の好意や親切心には涙を見せるところが子どもらしくもカワイイ。

    『北風と太陽』というイソップ童話は、「力では旅人の服は脱がせない」という哲学的象徴的な話しであると同様、子どもも怖がらせるより、やさしくする方が泣かせられるということ。女も強引に脱がすより、やさしい言葉が効果がある。が、「わたしって、無理やりが好き~!強姦願望あるみたい!」という女には、「悪いな、他を当たってくれ」と言うしかない。

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    このことは余談としても、大体において童話にはオカシな話が多い。狼がお婆さんに化けたり、潜水具もないのに亀に乗って海の底にもぐったり、お地蔵さんが、コトコトあるいたり、奇想天外であるが故に童話である。が、『北風と太陽』には以下のイチャモンがついていた。「『北風と太陽』は、子供のころは何の疑問も持たなかったが、今読むと納得できない。」

    「わたしの かちだね」と、たいようは いいました。

    「ね、わかっただろう。ひとは ちからより、やさしさに こころを うごかされるものなんだよ」

    「これはおかしい。納得できない。本文には『ちから』とか『やさしさ』という言葉は、この最後にしか出てこないからである。北風は吹きつけるだけのことをしただけだし、太陽は照りつけるだけのことをしたに過ぎない。それが『ちから』かと言えば、どちらも『ちから』だろう。照りつけるのは『ちから』であって『やさしさ』ではない。

    さらに、マントをとったのは別に心を動かされたからではない。単に暑かったという理由だけである。最後の教訓は議論のすり替えである。」と、コレは言われているとおりである。「あの山の麓にどちらが先に駆けつくか」を提案したのはウサギであり、それはまちがってはないが、「よし、分かった!」とその賭けに乗ったカメは身の程知らずもいいとこだ。

    ところが、話の筋とは上手くつくるものだから、ウサギが途中で昼寝をして負けたことになる。そこは単にウサギの失敗であったが、これが『ウサギとカメ』のお話の教訓である。多くの童話に教訓はあり、すべてのイソップ童話にも教訓が存在する。イソップ(アイソーポス)は、紀元前619年 - 紀元前564年ごろの人物で、童話作家だが奴隷だったと伝えられる。

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    『北風と太陽』の教訓は、「Persuasion is better than force. (説得は力に勝る)」と英語版にある。後にこう続く。「The complete moral of this is "Kindness, gentleness, and persuasion win where force fails."(この完全な教訓は『親切さ,やさしさ,説得が勝利し,力は敗北する』)となろう。「説得」だけでなく、なぜか、「親切さ、やさしさ」が入っている。

    確かに高圧的な物言いでは、「説得」というより、押し付けとなろう。親が子どもに何かを正すとき、その事がどんなに正しいことであっても、吐き捨てるような言い方なら子どもは聞こうとしない。ばかりか、反発する。やはり、親切さ、やさしさが説得の重要なポイントである。カメがウサギに駆けっこの提案をするのは無謀であるが、『北風と太陽』は北風が提案した。

    「どうだね、ためして みようじゃ ないか」
    と、きたかぜは いいました。

    「あの おとこの マントを、ひきはがせたほうが つよいってことに するんだ。やって みるかね」

    「いいとも」
    たいようは あたたかく ほほえみながら こたえました。

    カメとウサギの走力の差は歴然であるが、北風にはパワーという自負、自信があった。よもや太陽に負けるなど、考えもしなかったろう。が、太陽の照り付けの前にあえなく敗れ去った。そうはいっても、太陽の恵みは日照り、干ばつや飢饉と言う災害をもたらせる。旅人のように服を脱がす効果はあっても、熱中症で死者まで出してしまうのも太陽である。

    童話にオカシイとイチャモンをつけ、それを正しく修整してみても、物事はすべてが良いという事にはならない。『目くそ鼻くそを笑う』ではないが、自分が目くそである場合も多く、なのに鼻くそを笑うのも人間である。この世はすべてが喜劇と言ったバルザック、この世は悲劇といったシェークスピア、どちらも事実だが、どちらに組するかといえばバルザックだ。

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    この世にオカシきこと多し。悲劇もあるが世の中は総じて滑稽である。自分の青春期の9割がたは滑稽である。多くの悲劇も年月が経てば笑えてしまう。悲劇は喜劇に変わったりもするが、喜劇は永遠に喜劇である。だから人生は楽しい。「生の道」半ばで自ら命を絶った人に思いを馳せるが、彼らも生を長らえていたなら、一切が喜劇となったであろう。

    すべてを笑い話にできたであろう。そう考えると自殺はなんと悲劇であるか?笑い話に転換できない死は悲劇である。戦争で国のために散った若き英霊たちも悲劇である。あれを英雄とする解釈に異を唱えることには躊躇うが、「死」そのものについては悲劇であろう。人を助けるために一命を賭した行為は賛辞に価すれど、「死」そのものは悲劇である。

    童話は奇想天外であれ許せるが、人間は現実を生きている。童話に文句を言っても始まらないが、現実の実社会に対して文句を言うのはいい。ただし、自分に言うべく文句を履き違え、すべてを他人のせい、社会のせいにするのはどうであろうか。多くは自身にいうべく文句をグダグダ人にいう場合多し。『北風と太陽』の話にカチンと来た主は、以下の創作話を載せていた。

    『北風と太陽』

    北風という名前の男がいました。
    あるとき,北風が空の太陽と話をしていたときに,言い争いになりました。
    「どちらが強いか決めようじゃないか。あの旅人のコートを脱がした方が勝ちってことでどうだい?」
    と太陽は自分に有利な条件を出しました。

    「いいとも」
    北風は微笑みながらいいました。
    旅人は女性でした。
    太陽が照りつけると,旅人はコートを脱ぎました。
    「ぼくの勝ちってことでいいかい」
    太陽がそういうと,北風は
    「私もやらせてもらっていいかな」
    といいました。

    太陽がかげると,旅人はまたコートを羽織りました。
    北風は旅人のところに行って声をかけ,小声で何か話をしました。
    北風が札束を渡すと,旅人はコートを脱ぎました。
    そして,身につけていた衣服と下着も脱ぎました。

    「どちらもコートを脱がせられたから,引き分けってこと?」
    太陽はいいました。
    「下着まで脱がせたぼくの勝ちでは?」
    北風の言葉に太陽はうなずいたようです。

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    少し脚色を入れたが、「同じようなことを考える人間もいる」と感じた。何にしても、楽しく文句を言って生きた方がいい。のっけに『子連れ狼』、『ロード・トゥ・パーディション』の話をしたのは、父と息子の距離感について思考したからでもある。自分にとって、「父」とは何か?答が分からぬままに父は世を去った。その答えは自分が父として出していくしかない。

    父子に存在する適度な距離感こそが、父子たり得るものと思うが、距離感のない母娘のジャレあいは到底男に理解はできない?父子でそれって、考えただけで気持ち悪い。自分の青春について、親の事について多くを割いたが、やはり思春期の入り口としての心の葛藤も含めて、最も多くの時間を共有する対象であった。さて、家の中から足を踏み出してみる。

    やはり、青春を横臥するのは家の外であろう。親から躾けられ、教育された土台を持って子は社会に羽ばたいていく。そういう意味で人間教育は大事であろう。人間教育とは、人間としての賢さ、逞しさ、適応力、性格、情緒、人間としての善悪良否という基本、それらを家庭で施されるが、自分は施されたのだろうか?箸の持ち方、汚い字はうるさく言われた。

    家庭教育は人間教育である。人間教育とは、日々の生活や体験から、様々な基本的なことを身体で覚え、適応行動を統合する脳内に体験を積み重ねて記憶させることだが、これらは体で覚える教育。「習うよりは慣れろ」というが、何かを教わって身につけるには、毎日のこつこつとした練習(経験)からそれらに慣れ、いつの間に体で覚えてしまっている事。

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    低年齢ほど家庭環境や親の果たす役割が大きく、年齢が大きくなるにつれて友人や周囲などの影響の割合が大きくなる。これらを社会体験といっている。井深大氏の『0歳からの教育』の副題は、幼稚園からでは遅すぎるであったが、親になって実践し、またその結果をもみることとなって思うに、人間の基本性格は3歳までにほとんど完成されるようだ。

    「三つ子の魂、百まで」と、昔の人はこういう事を科学ではなく、本能的に感じとっていたのに畏れ入る。3歳までに脳に人間的基礎が完成し、次の段階として、知能を統合する新皮質が発達すると同時に、知能を使うトレーニングに移行していく。その年齢の子がしきりに、「これなに?」、「どうしてなの?」と盛んに疑問を発するのは、考え、記憶する脳トレである。

    子どもの頃に興味があったことは数限りないが、どうしても果たせなかったことは、川の源流に到達できなかったこと。自転車でどれだけ上流に向かい、そこから歩いて険しい山に何度入ったことか。どうしてたどりつけなかったかは、行けども行けども川の基点は遠かった。「沢登り」というのは、「山登り」の尾根をあるくよりも危険な登山といわれている。

    イメージ 7川の支流を上に上につきつめて行くと、最後に沢は無くなり、粒石の木の少ないジメジメした場所に出、そこから上は森林となり、人が入るのは大変だ。たくさんの支流をそれぞれ辿ると、大抵そういう場所に出る。川の源流は山の湧き水であり、最初の一滴などはない。各地には「源流体験ツアー」と銘打った沢登りもあるようで、死ぬまでに一度挑戦したい。
    青春時代はいつごろかという定義もない、人によって感じ方も違うだろうから、自分が決めればいい。物事を白黒決めたい人、定義したい人はいるが、定義できないものを定義すること自体がオカシイ。同様に、老人もいつからか定義できない。自分の青春時代は、中2か中3あたりから、25歳くらいまでであろうか。固定的なものではないが、まあ、そんなところか…


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  • 09/16/15--16:31: 『青春論』 ⑥

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     旅に出よう
     テントとシュラフの入ったザックをしょい
     ポケットには一箱の煙草と笛をもち
     旅に出よう


    この言葉をおいて高野悦子は青春のさなかに散った。同時に20年の短い生涯を終えた。昭和44年6月24日未明のこと。鉄道自殺だったが、「勇気があるよな」と言った奴がいた。「あれを勇気というのか?」と自分は正した。「そんなことできないだろ?」と彼は言った。「しないでいいことをしたんじゃないのか?勇気ってすべきことをすることだろ」と返した。

    当時の自分はそのような考えだった。今もその考えは変わっていない。「死ぬことは勇気のいることなのか」、この答えは謎だが、死にたい人間が死を選ぶのは、勇気ではないのではないか?勇気とは死にたくない人間が、危険を犯して危機に瀕した人を助ける行為ではないか?まちがったら自分の命を落とすことになりかねない、それでも救助に向かうような…

    自殺する人間は、実は死にたくない気持ちが強いという。そうであるなら自殺は勇気なのか?「謎」と言ったのはその辺のところだ。死にたくないが、それでも死のうとする理由は、生きていることへの絶望感であろうか?そのことが死にたくない人間を死に向かわせる大きな理由だろう。論理的にはそういうことになるが、死ぬ人間の実際の気持ちは分らない。

    経験もなければ体験もできないことだ。自殺の是非を思考すると、「死ぬなんてバカだよ」という言葉がどうしても出てくる。これが案外、無造作な言葉に思うのだが、バカだから死ぬのではなく、死ぬからバカだと思うわけで、実際問題、頭のいい学者や優秀エリートが自殺するのをみるに、彼らは賢い人間である。むしろバカより賢い人間が多く自殺するのでは?

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    統計があるわけではないが、そんな気がする。そういう時に「賢さ」って何だろうと考えてしまうのだ。自分は人間の賢さには二つあると思っている。一つは専門知識に長けた優秀者で世間では頭の良いと言われる人間。もう一つは人間としての賢さ、これは分別・道理に長けた人間か。いずれの頭の良さを決定するのは脳であり、人間の脳は大きく4つに分かれている。

    一番奥にある脳の働きが反射調節、次いで本能行動、その次が適応行動、そして一番表面に4番目の脳の働きとして創造行為という知能の働く部位。知能の働くが優れているのを「頭のよい賢さ」といい、適応行動を統合している3番目の脳の働きが、「人間としての賢さ」、「人間としての立派さ」であり、「あの人は教育を受けてないが立派な人」がこれに属する。

    また、「あの人は人間としてはダメだが頭はよいみたいだ」という人もいる。この場合の頭のよいは、単に高学歴である場合にいわれる。賢いにも二通りあるように、バカにも人間的なバカ、頭の悪いバカの二通りがいる。「人間としての賢さ」は、親の育て方など、毎日の生活体験が重要であるからして、家庭における躾の役割が大きいが、個々の自己向上心もある。

    「いい大学にいって賢くなりたい」そういう時代はあったが、現代はいい大学に行く理由は就職などの有利さであろう。「末は博士か大臣か」というのが、かつての男の子の理想とされ、そのために勉学が必要であった。一生懸命に勉強すれば博士になれる、大臣になれるというのも、見方を変えると滑稽であるが、それが男子の最高の栄誉だったのだ。

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    今の子どもは「大きくなってお金持ちになりたい」というらしく、これも夢といえば夢ともいえなくもないが、即物主義の時代の価値観であろう。「幸せとはお金のあること」なのかも知れない。『安っぽい幸福より、高貴の苦悩を』といわてもピンとこないかもしれない。これは哲学者の理想と言うのではなく、「安っぽい」とは何か、「高貴」とは何か?である。

    「安っぽい人間」、「高貴な人間」という言い方をする。そこから「安っぽい」、「高貴」を考えてみればいい。安っぽいと高貴は対義語であるが、人によって意味の深度は違うから各々は考えればいい。もっとも分かりやすい例を言うなら、お金が欲しい、お金が自分の幸せだと、それで体を売る女を、「安っぽい女」というが、安っぽい人間は安っぽい幸福を求める。

    金で女を買う男を自分は安っぽい男だと思っている。この議論は友人といろいろ尽くしたが、自分の考えは、金で体を売る女が安っぽいなら、当然それを買う男は安っぽいという論理である。卑しい人間に媚びたり貢いだりする人間は、卑しい人間以上に卑しいという考えを持っている。だから、自分はそういう女も男も大嫌いである。理由は、自分を卑しくさせるからだ。

    これを発見し、納得したのは映画『赤穂浪士』のシーン、セリフであった。勅使饗応役に任ぜられた浅野内匠頭長矩が、指南役である高家筆頭吉良上野介の強欲さに対してこのように言う。「賄賂によって動く政治をワシは卑しむ。卑しい人間の意を迎えることは、ワシを彼らよりは卑しい人間にすることではないか」と、なぜかこの言葉が自分の胸を打ったのだった。


    このブログにも度々書いた、「男は女に驕って当たり前」という態度の女が、自分の前にいたことはない。男がすべてにおいて支払いをするのは、男の甲斐性という世代的な感覚を持っている自分だが、だからこそ上のような態度、言い草をする女はイラン。恩着せがましさも抱かないし、感謝も求めないが、「要求はするな」、「黙っていろ」という気持ちであろう。

    口に出されると、卑しい女に思えてしまうのだ。主体性が失われ、女に媚びているような気にさせられる。それが嫌でたまらない。映画では浅野の考えを純粋としながらも、友人脇坂淡路守は家来を一括する。「殿がそのような考えであったからと、家来には家来の才覚というものがあろうというもの。相手は吉良じゃ。犬には犬の喜ぶ餌を与えるべきではないのか?」

    淡路守の進言に片岡源五右衛門は、「主命に背けと?」驚く。「それで万事が収まればよいではないか。主命に背いたことの咎は腹を切って収めればよい」と、このやり取りはスゴスギる。どちらが正しいかは分らないが、このセリフは殿中松の廊下における刃傷事件があったことの前提で書かれたものだから、すべては後出しじゃんけんであるが、共感を得た。

    このように二つの対立する考えに答を出すのは至難だが、「いずれに理あり」という問答には心を奪われる。哲学者の苦悩とはこういうことであろう。『安っぽい幸福より、高貴の苦悩を』という言葉に魅了はされるが、実践するのは並大抵でない。「加害者であるより、被害者の方が精神的に楽である」というのも、言葉の意味はわかるが、実際その場において苦しい。

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    かつて「私生児」という語句があった。今でも使うこともあるが、「非嫡出子」とか「婚外子」という言葉を使われる。いうまでもない「嫡出子」、「婚内子」とは婚姻という形態から授かった子をいう。「嫡出」の語を正統とする意見もあるが、子にこのような一定の価値観に基づく表現をとるべきではないとの批判から、「婚内子」がいいとされれている。

    「私生児」以前には「日陰者」という呼ばれ方をされていた。何の罪もない子どもを、このような呼び方で差別をするのが平然とあった時代である。日本人同士外の子を「あいの子」、「混血児」などといった。「あいの子」とは、第二次世界大戦後、日本に駐留していた米軍人と日本人女性の間に生まれた子どもを、侮蔑の意図を込めて、「あいの子」と呼んだ。

    これは、「昨日まで敵国だった国の人間の子供を生みやがって!」といった気持ちを表した言葉であろう。水商売女性や身を売って生活する女性が多かったこともあり、父親の存在すら不明だから、「私生児」、「日陰者」とも言われた。日陰に生まれ、日陰に育った子どもは、日向の人間をどのように捉えていたのか。なぜ日陰ができるかは時代の責任、国家の責任である。

    恋愛は文化ではないが、結婚は文化である。食欲も文化ではないが、食欲を三度にしたのは文化であろう。婚前の性交渉を禁止する文化もあれば、一夫多妻制の文化もある。いずれにしても結婚が文化である以上、合法的な婚姻から生まれない子について、とやかく言われる。繰り返すが、恋愛は文化ではない。したがって結婚した後にでも人を好きになる。

    イメージ 7むしろそうなるのが普通である。文化は自然を抑圧するし、その抑圧を当然と受け入れている人はそうならないのか、あるいはなっても隠している。いけないことだからである。不倫や浮気は、起こること自体が自然であろう。奨励ではなく自然といっている。行為を抑止する人もいるが、分らない程度にやる人の何と多きこと。悪事は分らないようにするものである。
    悪事をするなと言っても無駄だ。人はそんなに立派ではあるまい。だから陰でしなさいというのもおこがましい。いわずともそうするであろう。人は誰でも抑圧を嫌う。自分は抑圧を嫌うのに子どもを抑圧するのが親である。だからそういう親は何かにつけて、子どもにからかわれる。何かを注意すれば、「お母さんだって○○してるくせに」などといわれてむかつく。

    「○○」とは浮気のことではない。それこそ子どもには最大に隠しておきたいことだろうから。子どもは自分が注意されたときの親を親と思わない。同じ人間として親に非があれば非難をする。だから、子に注意するという事は、親が完璧でない以上、矛盾を孕んでいることになる。言い返さない子どももいるが、だからと言って何も思っていないわけではない。

    そんなことも理解しないで、親ズラする親のオメデタさ。口に出す子ばかりではない。口には出さずとも親をじっと観察しているのに、親は子を理解できない。ならば、せめて認識をもつことだ。同じように、人間は完全に相手を理解できない。青春期に大きな間違いをする理由は、人を正しく捉えてないということ。にも関わらず、若さゆえのジコチュウ、傲慢がでる。

    考えてみるといい。あの日、あの時、自分は相手の何がわかっていたのか?心の中まで考えて見たのか?そんなことは考えもせず、自分の思うままに行動し、発言していたのではないのか?若いというのは、何と無知であり、不誠実であろうか。青春期を顧みて思うのは、人に対する思い、洞察に関して言えば、今の100分の1もなかったであろう。それが青春なのだ。

    至らぬ者同士が織りなす日々は、ともすれば互いが誤解し合って離れていく。自分のどれだけも相手は知らず、相手のどれほども自分は知らず、知らない同士が勝手に判断し、間違った答を出す。それが青春であろう。すべてに正しい答を見つけられないのは今もそうだし、だから正しくないと言うよりも無知である。唯一救われるのは、互いが無知であることか。

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    無知で青春をやれたのは、相手も無知であったからだ。「青春とは何だ?」この命題に対する自分の答えはただ一つ。「青春とは無知である」これで言い尽くしている。成熟など予測もしない、5年後、10年後にどういう考えになるかなど、考えもしない。ただ、今を生きたというその残骸が青春である。残骸とは悪いものの言い方だから、青春には残照もある。

    「無知」とは否定的な意味ではなく、肯定的な意味もある。肯定を強めていうなら、青春が無知であるのは特権である。これは三島由紀夫も言ったことだが、三島がいわずとも自分の中に生まれた言葉。「青春の時期は、いつの時代でも恥多く悩ましいものだ。もう一度やれと言われてもお断りしたい」。これは吉行淳之介の言葉だが、彼が言わずとも同じ思いだ。

    バーナード・ショーはこういった。「青春?若いやつらにはもったいないね」。つまりはこういうこと。青春期にある若者は、青春の価値を知らない。今が青春であるのに何もその価値を知らないでいる。青春も人生の一時期であろう。ならば彼らは人生の価値すらも知らないで生きていることになる。青春とは、回想するしか分かりようがない。と、ショーは言う。

    やはり青春の価値は青春を終えて分かるものだし、平和の素晴らしさも、戦争があるからこそ感じられる。3.11東北大震災ですべてを失った小学生の女の子、彼女の次の言葉が耳から離れない。「何もかも失ってみて、今まで満たされすぎていたのがよくわかりました…」。彼女がそれらの事に気づいたのはいいことだが、あまりの代償を思うといたましい。

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  • 09/17/15--19:49: 『中年論』
  • 青春が終ると中年か?その前に青年がある。ならば『中年論』の前に『青年論』か?「青年の主張」はあるが、「中年の主張」はない。『青年論』で何を書くかも難しいが、『中年論』ならなおさらである。何を書くべきか、書くことがあるのか、見当もつかない。そんな状況の中、『中年論』と気負ってみたが、そのように追い込めば何とかなるだろうくらいの気分である。

    『青春論』はさまざまに想いを寄せる時期だが、『中年論』として書きたい何があるか?正直いって何にも浮かばないが、それでも書いてみようとした。青春が終ればすぐに老年というわけでなく、脂の乗った時期が中年なら、何かあるはずだと。「青春」は25歳くらいまでといったから、ならば「青年」は26~29歳くらいが妥当か?異論もあろうが30歳はいかにも中年だ。

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    中年の後に壮年を置くなら、30~45歳が中年、45歳~60歳が壮年、60歳を超えると老年と適当に区切ってみた。適当という言い方は好きではないが、そんなこと考えたこともないし、今の今考えて数字を当て嵌めてみた。定義も根拠もないが、無理やり決めろと自らにせかされて出した数字。ということで、短い期間の青年は省いて、『中年論』とやらを思考してみる。

    何が頭に浮かぶのやらさっぱり分らない白紙というのも面白い。中年は実は壮年と同じ意味で言われる。中年と壮年を分ける必要はないが、分けた理由はせっかく言葉があるからだ。人間を、少年期、青年期、中壮年期と分けたときに、中壮年期というのは安定した時期であり、あるいは危機を孕んでいる時期ともいえるが、中年期はなぜ斯様に相反する時期なのか?

    中年期があまりに複雑すぎるからではないか?つまり、いろんな状況下で様々な実体がある時期ではないのか?例えば心理学という分野で現されるのは、「乳幼児心理学」、「児童心理学」、「青少年心理学」。最近、老人問題がクローズアップされてきたのは、老齢社会に移行しているからで、老人問題が、「老齢心理学」という新たな学問研究を呼んでいる。

    イメージ 2そんな中で「中年心理学」ってあるのか?といえば、聞いた事がない。何故かを考えてみるに、中年心理は研究対象にならないというよりも、心理がどうこういうより、おそらく、職種や情緒の成熟度や既婚・未婚など様々な理由があり、その膨大なケースから中年を一律に縛れない、定義できない、よって心理学の立ち入る分野ではないのかも知れない。すべてはつたない想像だが、思考して見ればそのようでもある。サラリーマンもいれば野球選手、サッカー選手、プロボクサー、企業の役員、商店のおっちゃん、いい年こいてひきこもり、フリーターもいる、中年対象は何も男に限らない、中年女性も存在する。寺の僧侶、パートのおばちゃん、ソープのおばちゃんもいる。これらすべてを、「中年」とひっくるめて、一体何が定義できようか?

    「青春」は青い時代の不安心理などが共通の定義となり、老人も枯れた人間の不安心理は共通であろう。老人の誰もが死に向き合う時期でもある。安保法案成立をめぐる昨日の国会中継を見て感じる何かは人それぞれだが、あの方たちの多くは立派な中年だ。やってることの多くはパフォーマンスと見ている。デモの多くの人は日教組か、組合からの寄せ集めか?

    チベット問題では多くの僧とそれ以外の若者の焼身自殺があった。自らの死を賭して訴えるという凄みを感じたが、それから見ると本気度はどうなのだろう?議員の誰か一人でも焼身自殺でもするなら、時世は転換するかも知れないが、誰がそのような死をもった抗議をする者がいよう。だから本気度がないとはいわないが、本気度のレベルは段階があろうというもの。

    その前にJR火災事故の犯人が逮捕された。さすがは警察も商売というか、プロである。よくぞ見つけたものだと感心させられた。最近は「泥棒を、捕まえてみれば警察官」というのも珍しくはないが、教育界にも不行き届きな先生もいる、金融関係にも手クセの悪いのもいる、医師や弁護士にもお金大好き人間がいるように、どこの世界にもマヌケはいるものだ。

    JR火災事故の容疑者は子どもの火遊びかと思えば、なんと42歳のおっさんであった。この件とは無関係の8月9日夜に発生したJR京浜東北線沿線火災も、41歳の会社員であった。逮捕後の調べに対し、「火を付けて死のうと思った」と容疑を認めているという。菅野正彦容疑者は、「ティッシュペーパーにライターで火をつけた」と話しており、アパートは半焼した。

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    菅野容疑者は放火後、自室の窓から脱出し、巡回中の同署員に発見されたが軽い火傷を負っている。京浜東北線は約1時間40分にわたり運転を見合わせたほか、並走する東海道線も一部区間で運転を見合わせ、計約2万9千人に影響が出た。損害賠償を試算すると軽く億単位になる。死のうと思って火をつけたが、怖くなって窓から逃げ出す人間を表現する言葉があるのか?

    損害賠償支払い能力もないであろう。事件は死者もなく、数年の懲役刑がいいとこで、こういう奴に監獄はただメシにありつける天国か。「火付け盗賊・打ち首獄門」の時代もあったが、現代は罪人は少しとっちめて世に放つことになっている。JR火災事故の容疑者野田伊佐也(42)には驚いた。彼のバカげた行為にではなく親から20万の援助で生活しているその事。

    野田容疑者の父は著名な版画家で、東京藝術大学名誉教授の野田哲也(75)であるという。親がどこの誰であってもそれはいいが、42歳まで一度も職に就いたことはなく、親の仕送りで生活しているというその事も、野田家の問題だから結構だが、問題は彼の動機と言ってる事のアホ臭さ。「電気を大量に消費するJRが許せなかった」といっちょ前のことを言う無知男。

    若さとは無知、無知は特権といったが、おっさんにも無知はいる。確かにJRは膨大な電気を必要とするし、自前の発電所を所有するのは現在JR東日本だけとなっており、そのJR東日本も自前だけでは足りず、駅や踏切、通信設備など場所によっては電力会社から購入した電気を使っている。JR東日本の場合、年間62億4千万kWh(発表資料)となっている。

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    内訳は、自社火力発電電力量21億kWh(34%)、自社水力発電電力量14億3千万kWh(23%)、東電などからの購入電力量21億1千万kWh(43%)と、自社用発電設備だけでは電車は動かせない。そのため電力量の不足が言われた東日本大震災後の計画停電のとき、JR東日本路線で多くの運休があった。市民の足、公共のインフラといえども、ないときは節制する。

    野田容疑者が立派なことをいい、バカげた事をやるまえに、一人で飯も食えない人間が他人のふんどしで相撲を取るなである。どうせ食えない自称ミュージシャンなど即刻止めて、川崎駅前で人力車の仕事でもせーよ。文明批判をする奴が、エレキギターもってデカイ音を出して、大量に消費するからとJRを批判するなら、己は文明にあやかっていることを止める事。

    文明どころか、オムツも取れない状況でこの言い草は笑止千万である。親の仕送りに批判はあるが、それは他人の家庭のこと。それによって我が子が起こした失態を、雨戸を閉めて逃げ隠れしない親父であるからいいよ。堂々、メディアの前で醜態晒していたのは、責任を感じていたからだろう。その事よりも多くの迷惑をかけた住民への責任は拭えない。

    今回の事件において、鉄道評論家の川島令三氏はその損害額について、「かなりアバウトな単純計算」と断った上で、「特急券は本来の到着予定時刻よりも2時間以上遅れた場合のみ払い戻されるので、それを勘案すると、単純な比率で影響が出た全人数の半分より少し多い約5万2000人が払い戻し対象となる。特急券の料金約5000円としてかけると、2億6000万円になる」と算定。


    さらに先頭車両の損害が大きかったことから、1両を丸ごと交換するとして、「16両全体で約40億円なので、1両は2億5000万円くらい」と推測する。双方を加えると5億円の換算になる。今はないが、昔は子どもが線路に置石をするのは流行った。まかり間違えば脱線する危険性も高い。子どもの頃は学校で口酸っぱく注意をされたが2013年に子どもの置石事件があった。

    線路上に置き石をしたとして、京都府警八幡署は6月10日、列車往来危険の非行事実で、同府八幡市の小学生の男児(10)を児童相談所に書類送致した。電車好きの少年で、線路に置き石をし、「どうなるか見たかった」と、6件の置き石していたという。2011年8月には33歳の男が京阪線線路上に、2012年には53歳の男が名鉄名古屋本線線路上に置き石で逮捕されている。

    置き石(列車往来危険罪)は、危険度が大きく、他の犯罪に比べて特に重い罰則が定められている。往来危険罪(刑法125条)は、2年以上15年以下の懲役刑が定められており、これによって死者が出た場合、死刑または無期懲役刑となる。鉄道に対する妨害行為は、重大な事故を惹起する危険性が極めて高く、野田容疑者の行為も置き石と何ら変わらぬ危険行為である。

    父親である野田哲也氏は息子の逮捕を受け、「音楽なんかやっても大変だからやめたほうがいいじゃないかと言ったことはあります。どうしてもやめられず一人で住みたいと言うので、あまり干渉しない方が良いと考えました。生活できないので仕送りしていた。表現なら音楽でもできる。芸術家なら作品で訴えるべき。なぜこんなことになってしまったのか」と話している。

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    音楽が悪いわけでなく、売れないことが問題でなく、このような偏った考えを抱いてそれを実行に移すことが愚かであろう。野田容疑者が自己実現に向けて音楽にひた走ること、それを理解し協力する親がいることは幸福なことである。中年と言うのは、一般的に安定した時期であろうし、順風満帆といわずとも、問題のない日常生活を送っている者は多い。

    が、それでも何が起こるか分らないのも人生である。大体において自分の人生というものが見えて来て、将来の見通しが立っている矢先に、その軌道が一変するような天災、人災を経験する人も多い。自分に降りかからずとも、子どもや身内や親戚など、自分は何にも悪くないのに、突然に不幸や苦悩の中に突き落とされるのだ。自分にもあったが、封印している。

    起こった事をアレコレいいたくない性分でもあり、頭の中から葬っていることもある。力の及ばぬことは及ばない、よって後悔すらも無意味である。そのような思いがけないことで人生の軌道を狂わされた、それ以後は生あるかぎり、その事を嘆いて暮らしている人もいる。『光市母子殺人事件』と言うのがあった。「母子殺人」といい、「妻子殺人」といわない。

    被害遺族の本村洋氏は、最高裁第1小法廷が被告の上告を棄却したことを受け記者会見の席で、再婚していることを語った。「2009年に籍を入れさせていただきました。1人で生活し、いろいろと精神的に参っていた私を、支えていただける方と出会うことができました」。再婚にいろいろな意見はあるが、先へ進むことを選択した本村氏の考え方を尊重すべきである。

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     悲哀を持ち続けることが何の供養になるであろうか。誰があのような被害にあった妻子の事を忘れるものがいよう。「忘れたい」、「忘れるべき」というよりも、「忘れずにそれで先に進むべきである」。いつまでも死んだ子の年齢を数える親もいるが、その事自体は責められない。ただ、同じことをいつも人に話したい、聞いてもらいたいというのはどうだろう?

    そこについては批判的である。最初は誰でも同情はするが、だんだんと「またか」と思うようになる。愚痴というのは聞かされるのは嫌なものだし、愚痴の多い人から人は離れていく。不幸の上塗りはすべきではないのよ。実際、他人には関係のない事だから。「過去・現在・未来」という時の流れが分類されている。厳密にいうと、どれも定義は難しい。

    今がその瞬間なら、1秒後は過去であり、昨日や一昨日も十分過去であろう。10分先は拡大すれば未来であろう。「今」と言う言葉は、「瞬間」ではないし、「今」はいつまで「今」なのか?同様にいうなら「瞬間」とて1秒を1000に区切ることもできるが、瞬間湯沸かし器を購入したが、「どこが瞬間か?」とメーカーに文句を言い、あしらわれ、訴訟を起こす人などいまい。

    瞬間とは、「眼のまたたき(Blick des Auges)」に由来するドイツ語「Augenblick」は、すでに中世高地のドイツ語では時間的意味を与えられていた。後になって過去と未来の間に存する「今」という、きわめて短い時間的規定を有する語として使われるようになった。 友人に聞かれた事がある「過去っていつごろ?」。自分はその時10年と答えた。「10年ひと昔」をもじった。

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    「じゃ、未来は?」と聞かれ、100年後と答えた。理由は「一世紀が100年単位だから」とした。「じゃ、あなたの未来ってないの?」と言うから、「人類の未来や、地球の未来はあるけど、オレの場合は将来だな」といった。「未来と将来は違うの?」というから、「当たり前だろ?」と言ったら、「どう違うのよ」というので、「字が違うだろ」と煙に巻いておく。

    「未来」とは、現在や過去に対する客観的な時間の概念を表し、「将来」とは、具体的な人や物(会社など)が、これから先に持つであろう主観的な時間。未来はずっとずっと先、将来は適度に先。よって「近未来」といい、「近将来」はない。将来はそれほど先ではないから「近」は無用。青春期の若者が、「将来は中年になる」はいいが、「オレの未来は中年」は変。


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  • 09/18/15--17:50: 『中年論』 ②
  • 青春期と中年期のもっとも大きな違いは、青春期は独身、中年期は家庭を持つことではないか。ただし例外もある。19や20歳で婚姻した者もいるし、40代で独身もいる。30代で独身というのは普通といえるほど珍しくない。結婚適齢期というのは、結婚に適切であるとされる年齢であり、様々な社会においておおよそ決まっている。女子の場合は出産年齢の限界という問題もある。

    日本産婦人科学会によれば、高齢出産とは「35歳以上の初産婦」を指すが、高齢出産は様々な問題を孕んでおり、次のようなリスクが言われている。① 流産が増え、子どもが無事に産まれる率が下がる。② 病気にかかりやすくなる。③ 赤ちゃんの発育に影響が出る。④ 難産になりやすい。高年齢になるほどに卵子が老化し、受精卵の染色体異常が増加しやすくなる。

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    ダウン症などの発生率が高まり、流産や早産、死産も増加する。高血圧や尿タンパクなどの症状が見られる妊娠中毒症をはじめ、「前置胎盤」、「胎盤早期剥離」などの合併症の発生頻度が高くなる。また、妊娠前から太り過ぎだった妊婦は、妊娠高血圧や妊娠糖尿病のリスクが上がり、血流が悪いなど母体の体内環境が悪化すれば、胎児が低栄養となり、発育が阻害される。

    痩せすぎの母親も問題を孕む。痩せた妊婦から生まれる赤ちゃんは、低体重児であることが多く、出産時に体重の少ない赤ちゃんは、将来、糖尿病や心臓病などの生活習慣病を発症する可能性が高いということなどが分かっている。産道や子宮口が硬くなっているため、物理的にも難産になりやすく、帝王切開の確率が高まるなど、高齢出産は赤ちゃんにも母体にも影響が大きい。

    ガンは人間の老化現象といわれるように、年齢が上がるにつれて罹患率が高くなるが、子宮内膜症や子宮筋腫なども年齢が高くなるほど発生しやすい。高齢出産は、そもそもそういうリスクが高い時に妊娠してしまうことだ。反面、メリットもないわではない。出産すると若返りホルモンが分泌され、高齢出産の人は同年代の人より若々しい、経済的ゆとりの中で子育てができる。

    情緒(精神)が安定していて、余裕を持って育児できる。ある程度の年齢を経てから出産することで、ゆったりと子育てできると答える母親が多い。確かに豊富な人生経験を生かして大らかな気持ちで子どもに向き合っていけるであろう。また、30代、40代で赤ちゃんを産んだ女性は、子宮体がんのリスクが下がるとの研究もある。あらゆることにメリット、デメリットはある。

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    高齢出産とは違うが、アラフォーで結婚願望が大きい女性は選り好みもいいが、早期閉経(早発卵巣不全)の問題もある。一般的には50歳前後で迎えるといわれる閉経だが、20代~40代でも起こる。日本産科婦人科学会では、43歳未満までに起こる閉経を早期閉経としているが、20代の女性で1,000人に1人、30代で100人に1人と割合は少ないが、妊娠しないならOUTであろう。

    中年になるとやはり体も朽ちてくるし、その延長が寿命ということなら、老化を早めないことにも気を配せる時期でもある。中年とは何か?と問われるなら「魅力に溢れた時期」と答えるであろう。若い時はムチャクチャだった。思考も行動もなにもかもが、だが、それはそれでよかったというより、そうしかできなかったであろうし、何もしないよりはした事に悔いはない。

    中年と言うのは強烈な、「二律背反」に支えられている。男と女、老と若、善と悪、静と動、愚と賢など、挙げればキリがないが、安定と不安定という軸で見れば、これほど情緒が安定している時期は無い。が、一触即発の危機を孕んでいる人も決して少なくない。職業、家庭、社会的地位などの観点から統計調査をした学者は、中年がいかに安定した時期であるかを強調した。

    青春期や老齢期なら、「自分は○○だ」とか、「○○で悩んでいる」といって共感を得ることは多いが、中年になって「自分は○○だ」といっても、周囲と大きく違っている場合が多い。特に子育てや子どもにまつわること、配偶者にまつわること、収入や仕事にまつわること、人間関係の苦悩などは、共感を得ることの方が少ない。自分が青春より中年がいいとした一番の理由…

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    それは人間関係で苦悩したことだ。上手く行かなかったというのではなく、気を使った、あるいは相手に使わせた、簡単なこと(今に思うと)なのに、解決法が分らないなどと、とかく周囲のことが、周囲の人間を含めて分らないだらけの中に生きていたように思う。分らないから苦しい、分らないから悩む。人間が悩む大きな理由は、解決したいことができないからであろう。

    今は青春期に比べて、はるかに物が見える。見えることが正しいとは限らないが、様々な可能性としていくつにも見える。その中から正しいであろうものを選び出せばよいが、青春期には物事がまるで見えない。一つのことだけに終始することが多く、それだけ余裕がないのであろう。つまり、物を買うときにじっくりあれこれ選ぶ心のゆとりがない、そういう状態である。

    物事が見え過ぎるくらいに見える現在の方がずっと、ずっと生きていて楽しい。先ほど一瞬、自分を中年と言ったが、60過ぎて中年はないのだろう。が…、なぜだろうか老人だの、老齢期だのという自覚がない。では何歳くらいに思っているのか?とそういう数字的なものでもない。若いと思ってはいない。思っていることは、何で自分が老人であるのか?それが不思議。

    老齢年金もらって老人と思わないとは不届きかも知れぬが、アレは60歳になったら貰えるもので、老人になったから貰っているわけではない。という理屈が通用するとは思わないので、ここに書くだけで声を荒げて言ったりはしないが、確かに年齢というのは人によって、凄まじいギャップがあるものだ。60過ぎて「自分は老人」と思う人はいるだろう。思わぬ人もいるだろう。

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    それだけのことだ。だから自分はふと中年といったが、面倒くさいが中高年なら現実的かも知れん。最近は平均寿命もどんどん上がる時代で、50年前は男・67.74、女・72.92であった。どちらも13年程度延びていることになる。したがって昨今は60歳以上を老齢者とは言わず、高齢者という。老人といわず高人…と、はいわない。高人だと何のことだか分らない。

    多くの人が同じ思いであろう。40歳になっても、「何で私が40歳?」、50歳になっても、「何で自分が50歳?」の意識であろう。数字は数字として増えるとも減ることはないが、数字と意識のギャップは誰にもある。同級生のクソジジ~やクソババ~どもに、「年をとったな~」というと、「バカ、お前だって同じだろ?ワシラ同級生だ!」と言われてしまう。が、10歳は上に見える。

    どうしてこんなに変わるものだろうか?あの頃はみんな中学生顔、高校生顔していたのに、そりゃ中には老け顔もいたが、同級生を疑うことはなかった。今は、「同級生?」を疑いたいくらいに、クソジジ~、ババ~である。一番顕著なのは洋服だ。なんか知らんが1980円のポロシャツなんか着腐っているし、女は女で、おばさんコーナーにおいてあるような電柱体型服。

    マツコのようなデブ隠し服を着てる奴はいないが、皆さん御年相応な井出達である。「お前は何でそんな、VANとか着腐って、一体何歳だと思ってるんだ?」とは言われない。昔から、「お前は何を着ても似合うよな~」が、自分に対する称号だった。洋服には拘ったし、一つの楽しみだった。だから、自分が何が似合うというより、自分に服を似合わせる気でいた。

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    大層な服を着るわけではないが、服負けしない程度に現在も着ているつもりだ。何でもいい、何を着てもいい、となったら確かにクソジジ~かも知れない。いつかそうなるかも知れんが、アメリカ爺さんのように、周囲におもねることなく、着たいものを着て生活したい。もはや立たないんだから一人オシャレである。女も一緒、服を楽しむのは気持ちが若返るという。

    若い女は脱ぐためにめかすが、中年女が脱いでは見られたものではない(見れる女もいるが)。ならば脱がないためにめかせばいい。どうせ脱がないなら、補正下着で血圧上がらない程度に締め上げ、頑張ってスリーサイズ下の洋服を着ればいい。デブが悪いとは思わないが、デブだと着る服が限定される。ダイエットしてスリムになったら、洋服を着る楽しみも沸く。

    さて、女性も中年となれば何かと悩ましいことよ。夫婦なら使い込んだ体がどうあろうと然したる問題ではないが、独身女性はとりあえず本体も売りの重要な要素である。案ずるなかれ、女に飢えた男なら選り好みはしない。エロスというのは、若い時のみ重要ではないし、中年においても大切である。人間はあくまで「個」であるが、エロスの力は合一への欲求だ。

    エロスという合一・融合は、男女の身体的結合で表現されるが、それが真に「合一」であり、「融合」と言えるのか?若い頃なら異性に対する物珍しさ、新鮮さ、好奇心、余裕のなさから、相手に夢中になる事もできる。が、それは相手の体に夢中になるのであって、一たび使い込んだら別のものが食べたくなる。この世に異性は一人ではないから、仕方のないことだ。

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    「性より愛を大事にしなさい」と言うけれど、なぜそうすべきかが分らないのが若さである。「愛」と言っても他人への愛だけではないし、自己愛だって愛ではないか。好きでなくなった、興味が薄れた相手との生活をガマンして存続することは、ストレスではないだろうか?夫婦であれば互いが個々の時間を持ち、それが空気のような夫婦という続行の秘訣であろう。

    寝室を別にして干渉し合わず、子育てに食い違いもなくなるほどに成長すれば、わざわざ離婚をする理由もないし、現状でやれないことはない。これが大部分の夫婦ではないだろうか?互いが年数をかけて愛深まる夫婦というのは、新婚当初から気ままに浮気もし、好き放題で妻を泣かした夫が、それらから脱却して足を洗った暁に、懺悔が愛に変わるものだ。

    男が自分の不甲斐なさを認め、「よくぞ今までガマンしてついて来てくれた」という改悛が愛に変わっていく。男というバカな生物は、自分の至らなさに気づいたときは強いもの。代わりに自分で気づかないときは、テコでも動かない。浮名を流したどうしようもないダメ男の晩年こそ、妻を一途に愛するものだ。そういう男の気持ちと言うのは、同性としてよく分かる。

    じっと耐え、ガマンした妻に訪れる光明だ。最近の女はそこまで耐え、我慢ができない。だから離婚が増える。昔は離婚は近所の恥だったが、今はそれもない。目の前のダメ夫が20年、30年後に改悛して見違えるようないい男になるなど、想像もできまいばかりか、「冗談言わないでよ、3年だってガマンできない」と気丈なところを見せる現代のお嬢さんだ。

    夫婦円満のコツは、1にガマン、2にガマン、3、4もガマン、5もガマンであろう。若い頃はマジメで何も問題ない夫より、どうしようもないダメ夫であったほうが、中高年過ぎて至福の愛に満たされる妻になるかも知れない。但し、それはガマンをしたことへのご褒美である。妻に苦労をかけたのを実感する男ほどいい夫になる。ガキ大将が立派になるようにだ。

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    男はそういうものであろう。迷惑をかけたことに対する報いの分かる男こそ、男の情である。そういう男の心を若い女は知らない。遊んだ男ほど大人しくなるということを。どうにもならないエネルギーを出して、出して、出しまくった男ほど悟りの域に達する。自分はガマンして耐え忍ぶ女性を女の鏡として仰ぐ。どうしてもその部分に男はひれ伏すしかない。

    口が達者で言い合いして男を言い負かして、妻にひれ伏すような男などヘタレみたいなもので、男が本当に女に敵わないと懺悔する部分は、忍耐とガマンである。それが女になくなったというなら、今後、立派な男は現れないのではないか?なぜなら、男を真に魅力あるものにするのは女である。言うまでもなく、口うるさい女でないことだけは念のために…


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